旅日記

昭和十四年

種田山頭火







 




春の夜の明日は知らない
かたすみで寝る
句はまづいが真情也。


 









 






  宿

 






 









  
 





 




・さざなみの島はまことに菜の花ざかり
 涙ながれて春の夜のかなしくはないけれど
・春風のうごくさかなを売りあるく
 春は船でとんだりはねたり
 テープうつくしく春のさざなみ





 






 




宿

  
 

  
 
  




 


宿


  



 







 


















 

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※(丸4、1-13-4)








 




 


 


  

 
  
 



 


 
 
 
 
 
 
 

椿



 



 
 





 



  

 
  寿
 椿
  
 
 
  
 



 

・逢うて菜の花わかれて菜の花ざかり
 いちめんの菜の花の花ざかりをゆく
 さくらちりかゝる旅とたつたよ
・旅もいつしかおたまじやくしが泳いでゐる
  途上


稿
稿
 



 




 
 
 
 







 



 












宿



 

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沿







()()
宿宿

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 椿


 宿
 
  

  
 
 




廿

 


宿








  
 
 

 



廿

 






調







とかく飲みすぎ食べすぎ、そしてしやべりすぎる自分をあはれむ、あはれまないではゐられない!


 
  
 
 
  
 

 
 

椿



 

 
 


 



廿

 







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廿

 


  


 
 
  





廿



  

 



  




廿

 


  
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廿





 
 

 
 
 
 
 
 

 
 



廿

 

 


西

 




 裁判所の桜若葉がうつくしくて
 すつかり葉桜となり別れる
 バスのとまつたところが刑務所の若葉
 八ツ手若葉のひつそりとして
・お留守らしい青木の実の二つ三つ
                  (みどりさんを訪ねて)
 雲かげもない日のあなたを訪ねて来た
・藤棚の下いつせいにおべんたうをひらいて(紫雲藤、幼稚園生)
 六地蔵さんぽかぽか陽がさした
・幾山河あてなくあるいて藤の花ざかり
・ぼうたんや咲いてゐるのも散つてゐるのも
 枯れきつて何の若葉かそよいでゐる(家康鎧掛松)
・しんこ細工のうらうら鳥がうまれサカナうまれ
 蔓ばら咲かせてようはやるお医者
 くわう/\鳴くや屋上の鶴は二羽(松菱デパート)
 木馬に乗せられて乗つて春風
 ぼうしよこちよに、ハイ七階であります、春(エレベーターガール)
一階二階五階七階春らんまん

“浜松の印象”


  
 
  

 

 



廿

 

天長節。
早起、今朝はいよ/\出立である、浜松では滞在しすぎた。……




宿



 
 

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鹿



宿
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  途上所見
・若葉つマヽゝまれて今日は入営式
 山のよさを水のうまさをからだいつぱい
 何やら花ざかりなり河鹿鳴くなり
 山うぐひすしきりに啼けば河鹿も鳴いて
・山をふかめて河鹿しきりに
・水のあかるくながれてくれば河鹿なく
 しばし谷間で、辨当行李も洗ふ
・道しるべ立たせたまふは南無地蔵尊
・ほほけて蕗のとうよい宿だな
・あつまりて音たてるほどの谷川となり
・山はしぐれて濡れるもよかろ
・若葉わけのぼるお山はけふもしぐれて
・山の宿としいやなラヂオが春の曲
・我れここに花ありて蝶
 何となく人のなつかしく歩く
  述懐
・母よ、しみ/″\首に頭陀袋フクロをかけるとき

  “山の宿”
「山坊の暮色静春の雨」とは!
山層々  お茶菓子!    その坐蒲団
水淙々           鼻緒の赤さが
雲去来  湯上り      大きい暗い家
      マヽてらなし
              おばあさん
霧朦朧  廊下鳴る     おかみさん 主人は不在?
              むすめさん
     古色蒼然!
“朝は           お風呂こゆつくり
タマゴに          地酒! みかんとは!
マヽノリ          オムレツ!
   定石”            たくあん
破れて縫うてあるもの
閑古鳥よ啼け
古雑誌を読みつゝ
水声山色
老人――
“得何和”
“一人を楽しむ”





 西







宿宿

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大荷を負うて、醤油樽、おゝ酒樽もあるよ


売店、ポスト、電話、無料休憩所、
何のかのとうるさいけれど。――



七十才、乗物ぎらひの酒ずきとよ
下り阪でも急だから骨が折れた。
咲かない馬酔木の芽のうつくしさ
平山から瀬尻へ。――
“天龍のぼれば[#「のぼれば」は底本では「のほれば」]”小唄二つ三つ
天龍のぼればのぼれば
逢ひたい若葉がせまる若葉がせまる
(酔余の一ふし二ふし)
おれのこころは
天龍の水よ
わがまゝきまゝ
流れてゆかう

 

西()()

西()()宿宿 

 

 





 



  
 

 
 
  

 


 


 





 西

 覿()()
水を飲むこと
歩くこと
これが私の健康法だ、そして――
好きな物を、好きな事を
好きなだけ――



(夜半、感ずるところありて、記し置く。)
友へのたよりにその一節として次のやうに書き添へることは忘れなかつた。――


西

宿


宿


()

 


宿宿
()()鹿





()()辿宿

宿





今日の話題(旅のエピソードいろ/\)
穿




()()
電車では天龍川は味へない、トンネルばかりだから。
抜ける前の歯の悩ましさよ。
・朝の水のおもむろに筏ながれくる
・山の上まで家があつて畑があつて青々
 岩が落ちてきさうな山吹のちる
 朝風河鹿ほんによろしいな
・水があふるゝ山のをとめのうつくしさ
・郵便やさん藤の花を持ちあるく
 山がせまる谷がちゞまつてまつさを
・旅人の身ぬちしみとほる水なり
 水をひいてこんなところにも一軒屋
・足もと蕨が生えてゐてのびやかな
・歩いてまいにちいたどりが伸び伸びて
・屋根に石置いて春のうれしく
・伐つては流す木を水に水に木を
・曇りてしづかな河鹿しきり鳴く
・いちにち木を伐り木を挽きひとり
 けふも一つのよい事をしてあげて歩く
(杣人に斧を拾うてあげた)

 
 
 

 

 
 


 
 
 

 
 




 



穿
()








()


西


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()()



“いろ/\”
私の旅とお産――
淡々居、阿弥坊居、折嶺居、そして若水居。




  天龍川を前に
 向ふ岸へは日がさしてうそ寒い二三軒
・屋根に石を、春もまだまだ寒い
  平岡の神代榎
・なんと大きな木の芽ぶかうともしない
 遠山の雪うららかに晴れきつた
・桑の若葉のその中の家と墓と
・うらうら残つたのがちる
 おぢいさんも戦闘帽でハイキング
 裏門、訪ね来て山羊に鳴かれる
  高遠
・なるほど信濃の月が出てゐる
 飲んでもうたうても蛙鳴く
 さくらはすつかり葉桜となりて月夜
・旅の月夜のふくろう啼くか
 水音の月がのぼれば葉桜の花びら
・ポストはそこに旅の月夜で
  五月三日の月蝕
・旅の月夜のだんだんげてくる
  アメのウヲ
・みすゞかる信濃の水のすがたとも
  井月の墓前にて
・お墓したしくお酒をそゝぐ
・お墓撫でさすりつゝ、はるばるまゐりました
 駒ヶ根をまへにいつもひとりでしたね
・供へるものとては、野の木瓜の二枝三枝
 “井月の墓”
伊那町から東へ(高遠への途中)一里余、美篶ミスズ村六道原、漬大根の産地、墓域は一畝位、檜の垣、二俣松一本立つ(入口に)、野木瓜椋鳥
┌ツツジ
├ヒノキ苗
└散松葉
墓碑、(自然石)“降るとまで人には見せて花曇り”
(井月にふさはしい)





姿
()
“苧環をくりかけてあり梅の宿”
“何処やらに鶴の声きく霞かな”
“駒ヶ嶽に日和さだめて稲の花”
井月の偽筆! 彼は地下で微苦笑してゐることだろう!

 
 

()()



 










()
 

  


 西
  



 











宿
宿


落葉松は林立したのがうつくしい、若葉の下にゐると夢みるこゝちがする。
白樺は若木が数本並んでゐるのがうつくしい、彼は無用の気高さといつたやうなものを持つてゐる。

  




 ※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)


 
 


 ()
 





 








雲雀よりうへにやすらふ山路かな(ばせを翁)
木曽の栃うき世の人の土産かな(凡兆隠人)

姿
沿姿



沿鹿





宿


宿



 
 
 
 
 



 


 


 
 

 
 
 

 

 
  
 姿
 
 ()()




 



調


()
かけはしや命をからむ蔦かつら(芭蕉翁)










宿





  興禅寺の義仲廟
 さくらちりをへたるところ朝日将軍の墓
・かけはしふめば旅のこゝろのゆるゝとも
 おべんたうを食べて洗うて寝覚の床で
 筧の水のあふるれば誰もひとくち
・苔むしてよい墓のぬしはわからないが
・日が落ちる山のあなたへ雲のゆく
 たちまち暗くたちまち明るく青い山(トンネルつゞけば)
・旅のこゝろのふとんおもたく寝る

  (寝覚の床の句碑二つ)
筏士に何とか問む青あらし   也有翁
ひるがほに昼寝せうもの床の山   芭蕉翁






 




宿










()
()




 
 
 
 
 
  
 

禿

  
 


  
 


 



 















  




  ※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)







便便

 



 














()()



  

  
 
  
 

 

()()

 

 



 

  畝傍御陵
・松老いて鴉啼くなり
  橿原神宮
・この松の千代に八千代の芽吹いてみどり
・みたらし噴く水のしづかなる声
・旅もをはりの尿の赤く
 枯れきつてあたゝかな風ふく
 あすは雨らしい風が麦の穂の列
 ぽろり歯がぬけてくれて大阪の月あかり
 ぬけた歯はそこら朝風に抜け捨てゝ
 一人もよろしい大和国原そこはかとなく
 若い人々のその中に私もまじり春の旅






 

宿

  
 鹿





 


 




 

 鹿

  
 







 
   1987629251
5-86



201076
2011117

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