帽子のない水兵
田中貢太郎
まだ横須賀行の汽車が電化しない時のことであった。夕方の六時四十分比(ごろ)、その汽車が田浦を発車したところで、帽子を冠(かぶ)らない蒼(あお)い顔をした水兵の一人が、影法師のようにふらふら二等車の方へ入って往った。
︵またこの間の水兵か︶
それに気の注(つ)いた客は、数日前にもやはりそのあたりで、影法師のようなその水兵を見かけていた。その時二等車の方から列車ボーイが出て来た。
﹁君、この間も見たが、今二等車の方へ往った水兵は、なんだね﹂
列車ボーイは眼をくるくるとさした。
﹁帽子のない水兵でしたか﹂
﹁そうだよ﹂
﹁入って往ったのですか﹂
﹁往ったとも、気が注かなかったかね﹂
﹁それじゃ、また出たのか﹂
﹁出たとは﹂
﹁そんなことを云いますよ﹂
客はその後で、列車ボーイから、三人伴(づ)れの水兵が、田浦方面へ遊びに往っていて、帰りにその一人が帽子を無くしていたので、それがために、途中で轢(れき)死(し)していると云うことを聞かされた。
底本‥﹁伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典﹂学研M文庫、学習研究社
2003︵平成15︶年10月22日初版発行
底本の親本‥﹁新怪談集 実話篇﹂改造社
1938︵昭和13︶年
入力‥Hiroshi_O
校正‥noriko saito
2010年10月20日作成
青空文庫作成ファイル‥
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