保ほ土どヶ谷やの某ある寺てらの僧侶が写真を撮る必要があって、横浜へ往って写真屋へ入り、レンズの前へ立っていると、写真師は機械に故障が出来たからと云って撮影を中止した。 僧侶はしかたなしに次の写真屋へ往って、レンズの前へ立ってたところで、どうした事かその写真師も、レンズに故障が出来たと云って中止した。僧侶はよく故障が出来るものだが、どうした事だと独言を云いながら、又次の写真屋へ往った。そして、又レンズの前へ立ったところで、又機械に故障が出来たと云って謝こと絶わられた。僧侶は業をにやして、 ﹁何故そんなに、機械に故障が起るのだ﹂ と云って詰問すると、写真師は、 ﹁あなたは、こうしてみると一人だが、黒い布を被ってみると、後うしろへ女の顔が出て来る﹂ と云った。そこで交渉の結果、警官を呼んで来て、警官の手で撮影してもらい、出来あがったところを見ると、僧侶の頭の上へ髪を振り乱した女が坐っていた。警察では奇怪至極とあって内務省へ報告した。その報告書は内務省に現存して、浅野正せい恭きょ翁うおうも一読したと云って、筆者は浅野翁からそれを聞かされた。そして、写真に現われた女は、その僧侶の先妻であったが、その先妻が病気で歿なくなる時、後妻をもらってくれるなと遺言したが、僧侶がそれを守らなかったので、その怪異が起ったものであった。