上じょ州うしゅうの田いな舎かの話である。某ある日ひの夕方、一人の農夫が畑から帰っていた。それは柄えの長い鍬くわを肩にして、雁がん首くびを蛇じゃ腹ばらのように叩き潰つぶした煙きせ管るをくわえていた。そして、のろのろと牛のように歩いていると、路みち傍ばたの松の木の下に異様な物を見つけた。 ﹁ほう﹂ それは見る眼にも眩まぶしい金と銀の金具をちりばめた轎かごであった。 ﹁諸だい侯みょうの乗るような轎じゃねえか﹂ それにしても、轎かご夫かきもいなければ伴ともの者もいない。まるで投げ棄すててでもあるように置いてあるのが不思議でならなかった。轎の中はひっそりとしていて、何た人れも乗っていそうにないし、見ている漢ものもないので、轎の傍へ寄って往って垂たれをあげた。垂れをあげて農夫は驚いた。轎の中にはお姫さまのようなな女がいた。 ﹁これは、どうも﹂ 農夫はあわてて垂れをおろそうとしところで﹇#﹁おろそうとしところで﹂はママ﹈、女がちらとこっちを見た。同時に農夫はのけぞった。 ﹁わ﹂ それは眼も鼻も口もないのっぺらぽうの顔であった。農夫は転げるように逃げ帰ったが、それから病気になって死んでしまった。 その農夫が怪しい轎を見た日のこと、それから数分と経たたない時刻に、その村からよっぽど離れた村の農夫が、これも畑から帰っていると、路みち傍ばたに金と銀の金具のある轎があった。不思議に思って垂れをあげて見ると、中にお姫さまのような女がいた。そして、驚いて垂れを下ろそうとしたところで、女が顔をあげたが、それもやっぱりのっぺらぽうであった。で、その農夫も仰天して逃げ帰ったが、これも病気になって死んでしまった。