この書の世に出づるにいたりたるは、函館にある秦慶治氏、及び信濃にある神津猛氏のたまものなり。労作終るの日にあたりて、このものがたりを二人の恩人のまへにさゝぐ。
第壱章
︵一︶
蓮れん華げ寺じでは下宿を兼ねた。瀬川丑うし松まつが急に転やど宿がへを思ひ立つて、借りることにした部屋といふのは、其蔵く裏りつゞきにある二階の角のところ。寺は信州下しも水みの内ちご郡ほり飯山町二十何ヶ寺の一つ、真宗に附属する古こせ刹つで、丁度其二階の窓に倚より凭かゝつて眺めると、銀いて杏ふの大木を経へだてゝ飯山の町の一部分も見える。さすが信州第一の仏教の地、古代を眼めの前まへに見るやうな小都会、奇異な北国風の屋やづ造くり、板葺の屋根、または冬期の雪ゆき除よけとして使用する特別の軒のき庇びさしから、ところ〴〵に高く顕あらはれた寺院と樹木の梢まで――すべて旧めかしい町の光あり景さまが香の烟けぶりの中に包まれて見える。たゞ一ひと際きは目立つて此窓から望まれるものと言へば、現に丑松が奉職して居る其小学校の白く塗つた建たて築も物のであつた。
丑松が転やど宿がへを思ひ立つたのは、実は甚だ不快に感ずることが今の下宿に起つたからで、尤もつとも賄まかなひでも安くなければ、誰も斯こ様んな部屋に満足するものは無からう。壁は壁紙で張りつめて、それが煤すゝけて茶色になつて居た。粗造な床の間、紙表具の軸、外には古びた火鉢が置いてあるばかりで、何となく世離れた、静しづ寂かな僧坊であつた。それがまた小学教師といふ丑松の今の境遇に映つて、妙に佗わびしい感かん想じを起させもする。
今の下宿には斯かういふ事が起つた。半月程前、一人の男を供に連れて、下高井の地方から出て来た大おほ日ひな向たといふ大だい尽じん、飯山病院へ入院の為とあつて、暫しば時らく腰掛に泊つて居たことがある。入院は間もなくであつた。もとより内証はよし、病室は第一等、看護婦の肩に懸つて長い廊下を往つたり来たりするうちには、自おの然づと豪がう奢しやが人の目にもついて、誰が嫉しつ妬とで噂うはさするともなく、﹃彼あれは穢ゑ多ただ﹄といふことになつた。忽ち多くの病室へ伝つたはつて、患者は総そう立だち。﹃放逐して了しまへ、今直ぐ、それが出来ないとあらば吾われ儕〳〵挙こぞつて御免を蒙る﹄と腕うで捲まくりして院長を脅おびやかすといふ騒動。いかに金かね尽づくでも、この人種の偏へん執しふには勝たれない。ある日の暮、籠に乗せられて、夕闇の空に紛れて病院を出た。籠は其その儘まゝもとの下宿へ舁かつぎ込まれて、院長は毎日のやうに来て診察する。さあ今度は下宿のものが承知しない。丁度丑松が一日の勤つと務めを終つて、疲れて宿へ帰つた時は、一同﹃主かみ婦さんを出せ﹄と喚わめき立てるところ。﹃不浄だ、不浄だ﹄の罵ば詈りは無遠慮な客の口くち唇びるを衝ついて出た。﹃不浄だとは何だ﹄と丑松は心に憤つて、蔭ながらあの大日向の不ふし幸あはせを憐んだり、道いは理れのないこの非人扱ひを慨なげいたりして、穢多の種族の悲惨な運命を思ひつゞけた――丑松もまた穢多なのである。
見たところ丑松は純粋な北部の信州人――佐さく久ちひ小さが県たあたりの岩石の間に成長した壮わか年ものの一人とは誰の目にも受取れる。正教員といふ格につけられて、学力優等の卒業生として、長野の師範校を出たのは丁度二十二の年と齢しの春。社よの会なかへ突出される、直に丑松はこの飯山へ来た。それから足掛三年目の今日、丑松はたゞ熱心な青年教師として、飯山の町の人に知られて居るのみで、実際穢多である、新平民であるといふことは、誰一人として知るものが無かつたのである。
﹃では、いつ引越していらつしやいますか。﹄
と声をかけて、入つて来たのは蓮華寺の住職の匹つれ偶あひ。年の頃五十前後。茶色小紋の羽織を着て、痩せた白い手に珠ず数ゝを持ち乍ながら、丑松の前に立つた。土地の習なら慣はしから﹃奥様﹄と尊あ敬がめられて居る斯この有うは髪つの尼は、昔者として多少教育もあり、都みや会この生活も万まん更ざら知らないでも無いらしい口の利き振であつた。世話好きな性質を額にあらはして、微な声で口癖のやうに念仏して、対あひ手ての返事を待つて居る様子。
其時、丑松も考へた。明あ日すにも、今夜にも、と言ひたい場合ではあるが、さて差当つて引越しするだけの金が無かつた。実際持合せは四十銭しかなかつた。四十銭で引越しの出来よう筈も無い。今の下宿の払ひもしなければならぬ。月給は明あさ後つ日てでなければ渡らないとすると、否いやでも応でも其迄待つより外はなかつた。
﹃斯うしませう、明後日の午ひる後すぎといふことにしませう。﹄
﹃明後日?﹄と奥様は不思議さうに対手の顔を眺めた。
﹃明後日引越すのは其そん様なに可をか笑しいでせうか。﹄丑松の眼は急に輝いたのである。
﹃あれ――でも明後日は二十八日ぢやありませんか。別に可笑いといふことは御ござ座いませんがね、私はまた月が変つてから来いらつしやるかと思ひましてサ。﹄
﹃むゝ、これはおほきに左さ様うでしたなあ。実は私も急に引越しを思ひ立つたものですから。﹄
と何気なく言消して、丑松は故わ意ざと話はな頭しを変へて了しまつた。下宿の出来事は烈しく胸の中を騒がせる。それを聞かれたり、話したりすることは、何となく心に恐しい。何か穢多に関したことになると、毎い時つもそれを避けるやうにするのが是男の癖である。
﹃なむあみだぶ。﹄
と口の中で唱へて、奥様は別に深く掘つて聞かうともしなかつた。
︵二︶
蓮華寺を出たのは五時であつた。学校の日課を終ると、直ぐ其足で出掛けたので、丑松はまだ勤つと務めの儘の服みな装りで居る。白墨と塵ほこ埃りとで汚れた着古しの洋服、書物やら手帳やらの風呂敷包を小脇に抱へて、それに下げた駄ば穿き、腰弁当。多くの労働者が人中で感ずるやうな羞は恥ぢ――そんな思を胸に浮べ乍ら、鷹たか匠しやう町の下宿の方へ帰つて行つた。町々の軒は秋雨あがりの後の夕日に輝いて、人々が濡れた道路に群つて居た。中には立ちとゞまつて丑松の通るところを眺めるもあり、何かひそひそ立話をして居るのもある。﹃彼あそ処こへ行くのは、ありやあ何だ――むゝ、教員か﹄と言つたやうな顔付をして、酷はなはだしい軽けい蔑べつの色を顕あらはして居るのもあつた。是が自分等の預つて居る生徒の父兄であるかと考へると、浅あさ猿ましくもあり、腹立たしくもあり、遽にはかに不愉快になつてすたすた歩き初めた。
本町の雑誌屋は近頃出来た店。其前には新着の書物を筆太に書いて、人目を引くやうに張出してあつた。かねて新聞の広告で見て、出版の日を楽みにして居た﹃懴悔録﹄――肩に猪ゐの子こ蓮太郎氏著、定価までも書添へた広告が目につく。立ちどまつて、其人の名を思出してさへ、丑松はもう胸の踊るやうな心こゝ地ちがしたのである。見れば二三の青年が店みせ頭さきに立つて、何か新しい雑誌でも猟あさつて居るらしい。丑松は色の褪あせたズボンの袖かく嚢しの内へ手を突込んで、人知れず銀貨を鳴らして見ながら、幾度か其雑誌屋の前を往つたり来たりした。兎とに角かく、四十銭あれば本が手に入る。しかし其を今茲こゝで買つて了へば、明日は一文無しで暮さなければならぬ。転やど宿がへの用意もしなければならぬ。斯ういふ思かん想がへに制せられて、一旦は往きかけて見たやうなものゝ、やがて、復また引返した。ぬつと暖のれ簾んを潜つて入つて、手に取つて見ると――それはすこし臭にほ気ひのするやうな、粗悪な洋紙に印刷した、黄色い表紙に﹃懴悔録﹄としてある本。貧しい人の手にも触れさせたいといふ趣意から、わざと質素な体裁を択えらんだのは、是この書ほんの性質をよく表して居る。あゝ、多くの青年が読んで知るといふ今の世の中に、飽くことを知らない丑松のやうな年頃で、どうして読まず知らずに居ることが出来よう。智識は一種の饑ひも渇じさである。到頭四十銭を取出して、欲ほしいと思ふ其本を買求めた。なけなしの金とはいひ乍ながら、精こゝ神ろの慾には替へられなかつたのである。
﹃懴悔録﹄を抱いて――買つて反つて丑松は気の衰おと頽ろへを感じ乍ら、下宿をさして帰つて行くと、不ふ図と、途中で学校の仲間に出で逢あつた。一人は土屋銀之助と言つて、師範校時代からの同窓の友。一人は未まだ極ごく年若な、此頃準教員に成つたばかりの男。散歩とは二人のぶら〳〵やつて来る様子でも知れた。
﹃瀬川君、大層遅いぢやないか。﹄
と銀之助は洋ステ杖ッキを鳴し乍ら近ちかづいた。
正直で、しかも友達思ひの銀之助は、直に丑松の顔色を見て取つた。深く澄んだ目付は以前の快活な色を失つて、言ふに言はれぬ不安の光を帯びて居たのである。﹃あゝ、必きつ定と身から体だの具合でも悪いのだらう﹄と銀之助は心に考へて、丑松から下宿を探しに行つた話を聞いた。
﹃下宿を? 君はよく下宿を取替へる人だねえ――此こな頃ひだあそこの家うちへ引越したばかりぢやないか。﹄
と毒の無い調子で、さも心しんから出たやうに笑つた。其時丑松の持つて居る本が目についたので、銀之助は洋杖を小脇に挾んで、見せろといふ言葉と一緒に右の手を差出した。
﹃是かね。﹄と丑松は微ほゝ笑ゑみながら出して見せる。
﹃むゝ、﹁懴悔録﹂か。﹄と準教員も銀之助の傍に倚より添そひながら眺めた。
﹃相変らず君は猪子先生のものが好きだ。﹄斯う銀之助は言つて、黄色い本の表紙を眺めたり、一寸内な部かを開けて見たりして、﹃さう〳〵新聞の広告にもあつたツけ――へえ、斯こ様んな本かい――斯様な質素な本かい。まあ君のは愛読を通り越して崇拝の方だ。はゝゝゝゝ、よく君の話には猪子先生が出るからねえ。嘸さぞかしまた聞かせられることだらうなあ。﹄
﹃馬鹿言ひたまへ。﹄
と丑松も笑つて其本を受取つた。
夕ゆふ靄もやの群は低く集つて来て、あそこでも、こゝでも、最も早うちら〳〵灯あかりが点つく。丑松は明後日あたり蓮華寺へ引越すといふ話をして、この友達と別れたが、やがて少すこ許し行つて振返つて見ると、銀之助は往来の片隅に佇たゝ立ずんだ儘まゝ、熟じつと是こち方らを見送つて居た。半町ばかり行つて復た振返つて見ると、未だ友達は同じところに佇立んで居るらしい。夕ゆふ餐げの煙は町の空を籠めて、悄しよ然んぼりとした友達の姿も黄たそ昏がれて見えたのである。
︵三︶
鷹匠町の下宿近く来た頃には、鉦かねの声が遠をち近こちの空に響き渡つた。寺々の宵の勤おつ行とめは始まつたのであらう。丁度下宿の前まで来ると、あたりを警いましめる人足の声も聞えて、提ちや灯うちんの光に宵闇の道を照し乍ら、一挺ちやうの籠が舁がれて出るところであつた。あゝ、大尽が忍んで出るのであらう、と丑松は憐んで、黙もく然ねんとして其処に突立つて見て居るうちに、いよ〳〵其とは附添の男で知れた。同じ宿に居たとは言ひ乍ら、つひぞ丑松は大日向を見かけたことが無い。唯附添の男ばかりは、よく薬の罎びんなぞを提げて、出たり入つたりするところを見かけたのである。その雲を突くやうな大男が、今、尻端折りで、主人を保護したり、人足を指図したりする甲斐々々しさ。穢多の中でも卑い賤やしい身分のものと見え、其処に立つて居る丑松を同じ種やか族らとは夢にも知らないで、妙に人を憚はゞかるやうな様子して、一寸会ゑし釈やくし乍ら側を通りぬけた。門口に主かみ婦さん、﹃御機嫌よう﹄の声も聞える。見れば下宿の内は何となく騒々しい。人々は激昂したり、憤慨したりして、いづれも聞えよがしに罵つて居る。
﹃難あり有がたうぞんじます――そんなら御気をつけなすつて。﹄
とまた主婦は籠の側へ駈寄つて言つた。籠の内の人は何とも答へなかつた。丑松は黙つて立つた。見る〳〵舁かつがれて出たのである。
﹃ざまあ見やがれ。﹄
これが下宿の人々の最後に揚げた凱歌であつた。
丑松がすこし蒼あをざめた顔をして、下宿の軒を潜つて入つた時は、未だ人々が長い廊下に群むらがつて居た。いづれも感情を制おさへきれないといふ風で、肩を怒らして歩くもあり、板の間を踏み鳴らすもあり、中には塩を掴んで庭に蒔まき散ちらす弥次馬もある。主婦は燧ひう石ちいしを取出して、清きよ浄めの火と言つて、かち〳〵音をさせて騒いだ。
哀あは憐れみ、恐おそ怖れ、千々の思は烈しく丑松の胸中を往来した。病院から追はれ、下宿から追はれ、其残酷な待とり遇あつかひと恥はづ辱かしめとをうけて、黙つて舁がれて行く彼あの大尽の運命を考へると、嘸さぞ籠の中の人は悲なげ慨きの血なん涙だに噎むせんだであらう。大日向の運命は軈やがてすべての穢多の運命である。思へば他ひと事ごとでは無い。長野の師範校時代から、この飯山に奉職の身となつたまで、よくまあ自分は平気の平左で、普通の人と同じやうな量見で、危いとも恐しいとも思はずに通り越して来たものだ。斯かうなると胸に浮ぶは父のことである。父といふのは今、牧夫をして、烏ゑ帽ぼ子しヶ嶽だけの麓ふもとに牛を飼つて、隠者のやうな寂しい生しや涯うがいを送つて居る。丑松はその西にし乃のい入り牧場を思出した。その牧場の番小屋を思出した。
﹃阿おと爺つさん、阿爺さん。﹄
と口の中で呼んで、自分の部屋をあちこち〳〵と歩いて見た。不ふ図と父の言葉を思出した。
はじめて丑松が親の膝しつ下かを離れる時、父は一人息子の前途を深く案じるといふ風で、さま〴〵な物語をして聞かせたのであつた。其時だ――一族の祖先のことも言ひ聞かせたのは。東海道の沿岸に住む多くの穢多の種族のやうに、朝鮮人、支那人、露ロ西シ亜ア人、または名も知らない島々から漂着したり帰化したりした異邦人の末とは違ひ、その血統は古むかしの武士の落おち人うどから伝つたはつたもの、貧苦こそすれ、罪悪の為に穢れたやうな家族ではないと言ひ聞かせた。父はまた添つけ付たして、世に出て身を立てる穢多の子の秘訣――唯一つの希のぞ望み、唯一つの方てだ法て、それは身の素性を隠すより外に無い、﹃たとへいかなる目を見ようと、いかなる人に邂めぐ逅りあはうと決して其とは自うち白あけるな、一旦の憤いか怒り悲かな哀しみに是この戒いましめを忘れたら、其時こそ社よの会なかから捨てられたものと思へ。﹄斯う父は教へたのである。
一生の秘訣とは斯の通り簡単なものであつた。﹃隠せ。﹄――戒はこの一ひと語ことで尽きた。しかし其頃はまだ無我夢中、﹃阿おや爺ぢが何を言ふか﹄位に聞流して、唯もう勉強が出来るといふ嬉しさに家を飛出したのであつた。楽しい空想の時代は父の戒も忘れ勝ちに過ぎた。急に丑松は少こど年もから大人に近ちかづいたのである。急に自分のことが解つて来たのである。まあ、面白い隣の家から面白くない自分の家へ移つたやうに感ずるのである。今は自分から隠さうと思ふやうになつた。
︵四︶
あふのけさまに畳の上へ倒れて、暫しば時らく丑松は身動きもせずに考へて居たが、軈やがて疲つか労れが出て眠ねて了しまつた。不図目が覚めて、部屋の内なかを見廻した時は、点つけて置かなかつた筈の洋ラン燈プが寂しさうに照して、夕飯の膳も片隅に置いてある。自分は未だ洋服の儘まゝ。丑松の心こゝ地ろもちには一時間余も眠つたらしい。戸の外には時しぐ雨れの降りそゝぐ音もする。起き直つて、買つて来た本の黄色い表紙を眺め乍ら、膳を手前へ引寄せて食つた。飯おは櫃ちの蓋を取つて、あつめ飯の臭にほ気ひを嗅かいで見ると、丑松は最も早う嘆息して了つて、そこ〳〵にして膳を押おし遣やつたのである。﹃懴悔録﹄を披ひろげて置いて、先づ残りの巻まき煙たば草こに火を点けた。
この本の著者――猪子蓮太郎の思想は、今の世の下層社会の﹃新しい苦痛﹄を表あら白はすと言はれて居る。人によると、彼あの男をとこほど自分を吹ふい聴ちやうするものは無いと言つて、妙に毛嫌するやうな手合もある。成なる程ほど、其筆にはいつも一種の神経質があつた。到底蓮太郎は自分を離れて説はな話しをすることの出来ない人であつた。しかし思想が剛健で、しかも観察の精せい緻ちを兼ねて、人を吸ひき引つける力の壮さかんに溢あふれて居るといふことは、一度其著述を読んだものゝ誰しも感ずる特色なのである。蓮太郎は貧民、労働者、または新平民等の生活状態を研究して、社会の下層を流れる清水に掘りあてる迄は倦うまず撓たわまず努つ力とめるばかりでなく、また其を読者の前に突着けて、右からも左からも説とき明あかして、呑込めないと思ふことは何度繰返しても、読者の腹おなかの中に置かなければ承知しないといふ遣やり方かたであつた。尤もつとも蓮太郎のは哲学とか経済とかの方面から左さ様ういふ問こと題がらを取扱はないで、寧むしろ心理の研究に基どだ礎いを置いた。文章はたゞ岩石を並べたやうに思想を並べたもので、露むき骨だしなところに反つて人を動かす力があつたのである。
しかし丑松が蓮太郎の書いたものを愛読するのは唯其それ丈だけの理由からでは無い。新しい思想家でもあり戦士でもある猪子蓮太郎といふ人物が穢多の中から産れたといふ事実は、丑松の心に深い感動を与へたので――まあ、丑松の積りでは、隠ひそかに先輩として慕つて居るのである。同じ人間であり乍ら、自分等ばかり其そん様なに軽けい蔑べつされる道理が無い、といふ烈しい意気込を持つやうになつたのも、実はこの先輩の感化であつた。斯ういふ訳から、蓮太郎の著述といへば必ず買つて読む。雑誌に名が出る、必ず目を通す。読めば読む程丑松はこの先輩に手を引かれて、新しい世界の方へ連れて行かれるやうな気がした。穢多としての悲しい自覚はいつの間にか其頭を擡もちあげたのである。
今度の新著述は、﹃我は穢多なり﹄といふ文句で始めてあつた。其中には同族の無智と零落とが活きた画のやうに描いてあつた。其中には多くの正直な男をと女こをんなが、たゞ穢多の生れといふばかりで、社会から捨てられて行く光あり景さまも写してあつた。其中には又、著者の煩悶の歴史、歓うれし哀かなしい過去の追おも想ひで、精神の自由を求めて、しかも其が得られないで、不調和な社会の為に苦くるしみぬいた懐うた疑がひの昔むか語しがたりから、朝空を望むやうな新しい生涯に入る迄――熱心な男をと性この嗚すゝ咽りなきが声を聞くやうに書きあらはしてあつた。
新しい生涯――それが蓮太郎には偶然な身のつまづきから開けたのである。生れは信州高遠の人。古い穢多の宗いへ族がらといふことは、丁度長野の師範校に心理学の講師として来て居た頃――丑松がまだ入学しない以ま前へ――同じ南信の地方から出て来た二三の生徒の口から泄もれた。講師の中に賤民の子がある。是噂が全校へ播ひろがつた時は、一同驚おど愕ろきと疑うた心がひとで動揺した。ある人は蓮太郎の人物を、ある人はその容よう貌ばうを、ある人はその学識を、いづれも穢多の生れとは思はれないと言つて、どうしても虚う言そだと言張るのであつた。放逐、放逐、声は一部の教師仲間の嫉しつ妬とから起つた。嗚呼、人種の偏執といふことが無いものなら、﹃キシネフ﹄で殺される猶ユダ太ヤじ人んもなからうし、西洋で言いひ囃はやす黄禍の説もなからう。無理が通れば道理が引込むといふ斯この世の中に、誰が穢多の子の放逐を不当だと言ふものがあらう。いよ〳〵蓮太郎が身の素性を自白して、多くの校友に別わか離れを告げて行く時、この講師の為に同おも情ひやりの涙なんだを流すものは一人もなかつた。蓮太郎は師範校の門を出て、﹃学問の為の学問﹄を捨てたのである。
この当時の光あり景さまは﹃懴悔録﹄の中に精くはしく記載してあつた。丑松は身につまされるかして、幾いく度たびか読みかけた本を閉ぢて、目を瞑つぶつて、やがて其を読むのは苦しくなつて来た。同おも情ひやりは妙なもので、反つて底意を汲ませないやうなことがある。それに蓮太郎の筆は、面白く読ませるといふよりも、考へさせる方だ。終しまひには丑松も書いてあることを離れて了つて、自分の一生ばかり思ひつゞけ乍ら読んだ。
今日まで丑松が平和な月日を送つて来たのは――主に少年時代からの境遇にある。そも〳〵は小諸の向むか町ひまち︵穢多町︶の生れ。北佐久の高原に散布する新平民の種族の中でも、殊に四十戸ばかりの一いち族まきの﹃お頭かしら﹄と言はれる家柄であつた。獄らう卒もりと捕とり吏てとは、維新前まで、先祖代々の職つと務めであつて、父はその監督の報むく酬いとして、租税を免ぜられた上、別に俸ふ米ちをあてがはれた。それ程の男であるから、貧苦と零落との為め小県郡の方へ家を移した時にも、八歳の丑松を小学校へやることは忘れなかつた。丑松が根ねづ津む村らの学校へ通ふやうになつてからは、もう普な通みの児こど童もで、誰もこの可憐な新入生を穢多の子と思ふものはなかつたのである。最後に父は姫ひめ子こざ沢はの谷たに間あひに落着いて、叔父夫婦も一緒に移り住んだ。異かはつた土地で知るものは無し、強しひて是こち方らから言ふ必要もなし、といつたやうな訳で、終しまひには慣れて、少年の丑松は一番早く昔を忘れた。官費の教育を受ける為に長野へ出掛ける頃は、たゞ先祖の昔話としか考へて居なかつた位で。
斯ういふ過去の記憶は今丑松の胸の中に復いき活かへつた。七つ八つの頃まで、よく他の小供に調から戯かはれたり、石を投げられたりした、其恐おそ怖れの情はふたゝび起つて来た。朦おぼ朧ろげながらあの小諸の向町に居た頃のことを思出した。移住する前に死んだ母親のことなぞを思出した。﹃我は穢多なり﹄――あゝ、どんなに是一句が丑松の若い心を掻かき乱みだしたらう。﹃懴悔録﹄を読んで、反かへつて丑松はせつない苦くる痛しみを感ずるやうになつた。
第弐章
︵一︶
毎月二十八日は月給の渡る日とあつて、学校では人々の顔付も殊ことに引立つて見えた。課業の終を告げる大鈴が鳴り渡ると、男をと女こをんなの教員はいづれも早々に書物を片付けて、受持々々の教室を出た。悪いた戯づら盛ざかりの少年の群は、一時に溢れて、其騒しさ。弁当草履を振廻し、﹃ズック﹄の鞄を肩に掛けたり、風呂敷包を背し負よつたりして、声を揚げ乍ながら帰つて行つた。丑松もまた高等四年の一組を済まして、左みぎ右ひだりに馳せちがふ生徒の中を職員室へと急いだのである。
校長は応接室に居た。斯この人は郡視学が変ると一緒にこの飯山へ転任して来たので、丑松や銀之助よりも後から入つた。学校の方から言ふと、二人は校長の小こじ舅うとにあたる。其日は郡視学と二三の町会議員とが参校して、校長の案内で、各教場の授業を少すこ許しづゝ観た。郡視学が校長に与へた注意といふは、職員の監督、日にち々〳〵の教案の整理、黒板机腰掛などの器具の修繕、又は学生の間に流行する﹃トラホオム﹄の衛生法等、主に児童教育の形式に関した件ことであつた。応接室へ帰つてから、一同雑談で持切つて、室内に籠る煙たば草この烟けぶりは丁度白い渦うづのやう。茶でも出すと見えて、小使は出たり入つたりして居た。
斯この校長に言はせると、教育は則ち規則であるのだ。郡視学の命令は上官の命令であるのだ。もと〳〵軍隊風に児童を薫くん陶たうしたいと言ふのが斯人の主義で、日にち々〳〵の挙動も生活も凡すべて其から割出してあつた。時計のやうに正確に――これが座右の銘でもあり、生徒に説いて聞かせる教訓でもあり、また職員一同を指さし揮づする時の精神でもある。世間を知らない青年教育者の口癖に言ふやうなことは、無用な人生の装かざ飾りとしか思はなかつた。是主義で押通して来たのが遂に成功して――まあすくなくとも校長の心こゝ地ろもちだけには成功して、功績表彰の文字を彫刻した名誉の金きん牌ぱいを授与されたのである。
丁度その一生の記念が今応接室の机の上に置いてあつた。人々の視線は燦さん然ぜんとした黄金の光ひか輝りに集つたのである。一人の町会議員は其金質を、一人は其重めか量たと直さし径わたしとを、一人は其見積りの代価を、いづれも心に商量したり感嘆したりして眺めた。十八金、直さし径わたし九分、重めか量た五匁、代価凡そ三十円――これが人々の終しまひに一致した評価で、別に添へてある表彰文の中には、よく教育の施設をなしたと書いてあつた。県下教育の上に貢献するところ尠すくなからずと書いてあつた。﹃基金令第八条の趣旨に基き、金牌を授与し、之を表彰す﹄とも書いてあつた。
﹃実に今回のことは校長先生の御名誉ばかりぢや有ません、吾信州教育界の名誉です。﹄
と髯ひげの白い町会議員は改つて言つた。金縁眼鏡の議員は其尾に附いて、
﹃就きましては、有志の者が寄りまして御祝の印ばかりに粗酒を差上げたいと存じますが――いかゞでせう、今晩三浦屋迄御おい出でを願へませうか。郡視学さんも、何どう卒かまあ是非御同道を。﹄
﹃いや、左さ様ういふ御心配に預りましては実に恐縮します。﹄と校長は倚い子すを離れて挨拶した。﹃今回のことは、教育者に取りましても此上もない名誉な次第で、非常に私も嬉うれ敷しく思つては居るのですが――考へて見ますと、是ぞと言つて功績のあつた私ではなし、実は斯ういふ金牌なぞを頂戴して、反かへつて身の不肖を恥づるやうな次第で。﹄
﹃校長先生、左さ様う仰つて下すつては、使に来た私共が困ります。﹄
と痩せぎすな議員が右から手を擦もみ乍ら言つた。
﹃御辞退下さる程の御馳走は有ませんのですから。﹄
と白しら髯ひげの議員は左から歎願した。
校長の眼は得意と喜よろ悦こびとで火のやうに輝いた。いかにも心中の感情を包みきれないといふ風で、胸を突出して見たり、肩を動ゆすつて見たりして、軈やがて郡視学の方へ向いて斯う尋ねた。
﹃どうですな、貴あな方たの御都合は。﹄
と言はれて、郡視学は鷹おう揚やうな微ほゝ笑ゑみを口元に湛たゝへ乍ら、
﹃折せつ角かく皆さんが彼あ様ゝ言つて下さる。御厚意を無にするのは反つて失礼でせう。﹄
﹃御ごも尤つともです――いや、それではいづれ後刻御目に懸つて、御礼を申上げるといふことにしませう。何どう卒か皆さんへも宜よろ敷しく仰つて下さい。﹄
と校長は丁寧に挨拶した。
実際、地方の事情に遠いものは斯校長の現在の位置を十分会得することが出来ないであらう。地方に入つて教育に従事するものゝ第一の要件は――外でもない、斯校長のやうな凡俗な心づかひだ。曾かつて学校の窓で想像した種さま々〴〵の高尚な事を左さ様ういつ迄も考へて、俗悪な趣味を嫌いとひ避けるやうでは、一日たりとも地方の学校の校長は勤まらない。有力者の家うちなぞに、悦よろこびもあり哀かなしみもあれば、人と同じやうに言ひ入れて、振舞の座には神主坊主と同席に座すゑられ、すこしは地酒の飲みやうも覚え、土地の言葉も可を笑かしくなく使つ用かへる頃には、自然と学問を忘れて、無教育な人にも馴な染じむものである。賢いと言はれる教育者は、いづれも町会議員なぞに結托して、位置の堅固を計るのが普通だ。
帽子を執とつて帰つて行く人々の後に随いて、校長はそこ迄見送つて出た。軈やがて玄関で挨拶して別れる時、互に斯ういふ言葉を取とり替かはした。
﹃では、郡視学さんも御誘ひ下すつて、学校から直に御出を。﹄
﹃恐れ入りましたなあ。﹄
︵二︶
﹃小使。﹄
と呼ぶ校長の声は長い廊下に響き渡つた。
生徒はもう帰つて了つた。教場の窓は皆な閉つて、運うん動どう場ばに庭テニ球スする人の影も見えない。急に周そこ囲いらは森しん閑かんとして、時々職員室に起る笑声の外には、寂さみしい静かな風琴の調しらべがとぎれ〳〵に二階から聞えて来る位のものであつた。
﹃へい、何ぞ御用で御ござ座いますか。﹄と小使は上草履を鳴らして駈寄る。
﹃あ、ちよと、気の毒だがねえ、もう一度役場へ行つて催促して来て呉れないか。金おか銭ねを受取つたら直に持つて来て呉れ――皆さんも御待兼だ。﹄
斯う命じて置いて、校長は応接室の戸を開けて入つた。見れば郡視学は巻煙草を燻ふかし乍ら、独りで新聞を読み耽ふけつて居る。﹃失礼しました。﹄と声を掛けて、其その側わきへ自分の椅子を擦寄せた。
﹃見たまへ、まあ斯この信濃毎日を。﹄と郡視学は馴なれ々〳〵敷しく、﹃君が金牌を授与されたといふことから、教育者の亀鑑だといふこと迄、委くは敷しく書いて有ますよ。表彰文は全部。それに、履歴までも。﹄
﹃いや、今度の受賞は大変な評判になつて了ひました。﹄と校長も喜ばしさうに、﹃何処へ行つても直に其話が出る。実に意外な人迄知つて居て、祝つて呉れるやうな訳で。﹄
﹃結構です。﹄
﹃これといふのも貴あな方たの御骨折から――﹄
﹃まあ其は言はずに置いて貰ひませう。﹄と郡視学は対手の言葉を遮さへぎつた。﹃御互様のことですからな。はゝゝゝゝ。しかし吾党の中から受賞者を出したのは名誉さ。君の御およ喜ろこ悦びも御察し申す。﹄
﹃勝野君も非常に喜んで呉れましてね。﹄
﹃甥をひがですか、あゝ左さ様うでしたらう。私の許ところへも長い手紙をよこしましたよ。其を読んだ時は、彼あの男をとこの喜ぶ顔付が目に見えるやうでした。実際、甥は貴方の為を思つて居るのですからな。﹄
郡視学が甥と言つたのは、検定試験を受けて、合格して、此頃新しく赴任して来た正教員。勝野文平といふのが其男の名である。割合に新参の校長は文平を引立てゝ、自分の味方に附けようとしたので。尤もつとも席順から言へば、丑松は首座。生徒の人望は反つて校長の上にある程。銀之助とても師範出の若手。いかに校長が文平を贔ひい顧きだからと言つて、二人の位置を動かす訳にはいかない。文平は第三席に着けられて出たのであつた。
﹃それに引換へて瀬川君の冷淡なことは。﹄と校長は一段声を低くした。
﹃瀬川君?﹄と郡視学も眉をひそめる。
﹃まあ聞いて下さい。万まん更ざらの他人が受賞したではなし、定めし瀬川君だつても私の為に喜んで居て呉れるだらう、と斯う貴方なぞは御考へでせう。ところが大違ひです。こりやあ、まあ、私が直ぢ接かに聞いたことでは無いのですけれど――又、私に面と向つて、まさかに其そ様んなことが言へもしますまいが――といふのは、教育者が金牌なぞを貰つて鬼の首でも取つたやうに思ふのは大間違だと。そりやあ成なる程ほど人爵の一つでせう。瀬川君なぞに言はせたら価ねう値ちの無いものでせう。然し金牌は表しる章しです。表章が何も難あり有がたくは無い。唯其意味に価ねう値ちがある。はゝゝゝゝ、まあ左さ様うぢや有ますまいか。﹄
﹃どうしてまた瀬川君は其そ様んな思かん想がへを持つのだらう。﹄と郡視学は嘆息した。
﹃時代から言へば、あるひは吾われ儕〳〵の方が多少後おくれて居るかも知れません。しかし新しいものが必ずしも好いとは限りませんからねえ。﹄と言つて校長は嘲あざけつたやうに笑つて、﹃なにしろ、瀬川君や土屋君が彼あ様ゝして居たんぢや、万事私も遣りにくゝて困る。同志の者ばかり集つて、一致して教育事業をやるんででもなけりやあ、到底面白くはいきませんさ。勝野君が首座ででもあつて呉れると、私も大きに安心なんですけれど。﹄
﹃そんなに君が面白くないものなら、何とか其処には方法も有さうなものですがなあ。﹄と郡視学は意味ありげに相手の顔を眺めた。
﹃方法とは?﹄と校長も熱心に。
﹃他の学校へ移すとか、後あと釜がまへは――それ、君の気に入つた人を入れるとかサ。﹄
﹃そこです――同じ移すにしても、何か口実が無いと――余程そこは巧うまくやらないと――あれで瀬川君はなか〳〵生徒間に人望が有ますから。﹄
﹃さうさ、過失の無いものに向つて、出て行けとも言はれん。はゝゝゝゝ、余りまた細工をしたやうに思はれるのも厭だ。﹄と言つて郡視学は気を変へて、﹃まあ私の口から甥を褒めるでも有ませんが、貴方の為には必きつ定と御役に立つだらうと思ひますよ。瀬川君に比べると、勝るとも劣ることは有るまいといふ積りだ。一体瀬川君は何処が好いんでせう。どうして彼あ様んな教師に生徒が大騒ぎをするんだか――私なんかには薩さつ張ぱり解らん。他ひとの名誉に思ふことを冷笑するなんて、奈ど何ういふことがそんならば瀬川君なぞには難あり有がたいんです。﹄
﹃先づ猪子蓮太郎あたりの思想でせうよ。﹄
﹃むゝ――あの穢多か。﹄と郡視学は顔を渋しかめる。
﹃あゝ。﹄と校長も深く歎息した。﹃猪子のやうな男の書いたものが若いものに読まれるかと思へば恐しい。不健全、不健全――今日の新しい出版物は皆な青年の身をあやまる原も因となんです。その為に畸かた形はの人間が出来て見たり、狂きち見がひみたやうな男が飛出したりする。あゝ、あゝ、今の青年の思想ばかりは奈ど何うしても吾われ儕〳〵に解りません。﹄
︵三︶
不図応接室の戸を叩たゝく音がした。急に二人は口を噤つぐんだ。復また叩く。﹃お入り﹄と声をかけて、校長は倚い子すを離れた。郡視学も振返つて、戸を開けに行く校長の後姿を眺め乍ら、誰、町会議員からの使ででもあるか、斯う考へて、入つて来る人の様子を見ると――思ひの外な一人の教師、つゞいてあらはれたのが丑松であつた。校長は思はず郡視学と顔を見合せたのである。
﹃校長先生、何か御用談中ぢや有ませんか。﹄
と丑松は尋ねた。校長は一寸微ほゝ笑ゑんで、
﹃いえ、なに、別に用談でも有ません――今二人で御噂をして居たところです。﹄
﹃実はこの風間さんですが、是非郡視学さんに御目に懸つて、直接に御願ひしたいことがあるさうですから。﹄
斯かう言つて、丑松は一緒に来た同僚を薦すゝめるやうにした。
風間敬けい之のし進んは、時世の為に置去にされた、老朽な小学教員の一人。丑松や銀之助などの若手に比べると、阿おや爺ぢにしてもよい程の年頃である。黒木綿の紋付羽織、垢あか染じみた着物、粗末な小倉の袴を着けて、兢おづ々〳〵郡視学の前に進んだ。下り坂の人は気の弱いもので、すこし郡視学に冷酷な態やう度すが顕あらはれると、もう妙に固くなつて思ふことを言ひかねる。
﹃何ですか、私に用事があると仰おつしやるのは。﹄斯う催促して、郡視学は威ゐた丈けだ高かになつた。あまり敬之進が躊ぐづ躇〳〵して居るので、終しまひには郡視学も気を苛いらつて、時計を出して見たり、靴を鳴らして見たりして、
﹃奈ど何ういふ御話ですか。仰つて見て下さらなければ解りませんなあ。﹄
もどかしく思ひ乍ら椅子を離れて立上るのであつた。敬之進は猶なほ々〳〵言ひかねるといふ様子で、
﹃実は――すこし御願ひしたい件ことが有まして。﹄
﹃ふむ。﹄
復また室の内は寂しんとして暫しば時らく声がなくなつた。首を垂れ乍ら少すこ許し慄ふるへて居る敬之進を見ると、丑松は哀あは憐れみの心を起さずに居られなかつた。郡視学は最も早う堪こらへかねるといふ風で、
﹃私は是で多いそ忙がしい身体です。何か仰ることがあるなら、ずん〳〵仰つて下さい。﹄
丑松は見るに見かねた。
﹃風間さん、其そん様なに遠慮しない方が可いゝぢや有ませんか。貴方は退職後のことを御相談して頂きたいといふんでしたらう。﹄斯う言つて、軈やがて郡視学の方へ向いて、﹃私から伺ひます。まあ、風間さんのやうに退職となつた場合には、恩給を受けさして頂く訳に参りませんものでせうか。﹄
﹃無論です、そんなことは。﹄と郡視学は冷かに言放つた。﹃小学校令の施行規則を出して御覧なさい。﹄
﹃そりやあ規則は規則ですけれど。﹄
﹃規則に無いことが出来るものですか。身体が衰弱して、職務を執るに堪へないから退職する――其を是こち方らで止める権利は有ません。然し、恩給を受けられるといふ人は、満十五ヶ年以上在職したものに限つた話です。風間さんのは十四ヶ年と六ヶ月にしかならない。﹄
﹃でも有ませうが、僅か半歳のことで教育者を一人御救ひ下さるとしたら。﹄
﹃其そ様んなことを言つて見た日にやあ際さい涯げんが無い。何ぞと言ふと風間さんは直に家の事情、家の事情だ。誰だつて家の事情のないものはありやしません。まあ、恩給のことなぞは絶あき念らめて、折せつ角かく御静養なさるが可いゝでせう。﹄
斯う撥はね付つけられては最も早う取付く島が無いのであつた。丑松は気の毒さうに敬之進の横顔を熟みま視もつて、
﹃どうです風間さん、貴方からも御願ひして見ては。﹄
﹃いえ、只今の御話を伺へば――別に――私から御願する迄も有ません。御言葉に従つて、絶あき念らめるより外は無いと思ひます。﹄
其時小使が重たさうな風呂敷包を提げて役場から帰つて来た。斯このしらせを機しほに、郡視学は帽子を執つて、校長に送られて出た。
︵四︶
男女の教員は広い職員室に集つて居た。其日は土曜日で、月給取の身にとつては反つて翌あすの日曜よりも楽しく思はれたのである。茲こゝに集る人々の多くは、日にち々〳〵の長い勤つと務めと、多数の生徒の取扱とに疲くたぶれて、さして教育の事業に興味を感ずるでもなかつた。中には児童を忌み嫌ふやうなものもあつた。三種講習を済まして、及第して、漸やうやく煙草のむことを覚えた程の年若な準教員なぞは、まだ前さ途きが長いところからして楽しさうにも見えるけれど、既に老朽と言はれて髭ばかり厳いかめしく生えた手合なぞは、述懐したり、物羨みしたりして、外よそ目めにも可いた傷はしく思ひやられる。一月の骨折の報むく酬いを酒に代へる為、今茲に待つて居るやうな連中もあるのであつた。
丑松は敬之進と一緒に職員室へ行かうとして、廊下のところで小使に出逢つた。
﹃風間先生、笹屋の亭主が御目に懸りたいと言つて、先さつ刻きから来て待つて居りやす。﹄
不意を打たれて、敬之進はさも苦々しさうに笑つた。
﹃何? 笹屋の亭主?﹄
笹屋とは飯山の町はづれにある飲食店、農夫の為に地酒を暖めるやうな家うちで、老朽な敬之進が浮世を忘れる隠れ家といふことは、疾とくに丑松も承知して居た。けふ月給の渡る日と聞いて、酒の貸の催促に来たか、とは敬之進の寂しい苦にが笑わらひで知れる。﹃ちよツ、学校まで取りに来なくてもよささうなものだ。﹄と敬之進は独ひと語りごとのやうに言つた。﹃いゝから待たして置け。﹄と小使に言含めて、軈やがて二人して職員室へと急いだのである。
十月下旬の日の光は玻ガラ璃スま窓どから射入つて、煙草の烟けぶりに交る室内の空気を明く見せた。彼あそ処この掲示板の下に一ひと群むれ、是処の時間表の側わきに一ひと団かたまり、いづれも口から泡を飛ばして言ひのゝしつて居る。丑松は室の入口に立つて眺めた。見れば郡視学の甥をひといふ勝野文平、灰色の壁に倚より凭かゝつて、銀之助と二人並んで話して居る様子。新しい艶のある洋服を着て、襟えり飾かざりの好みも煩うるさくなく、すべて適ふさはしい風俗の中うちに、人を吸ひき引つける敏すば捷しこいところがあつた。美しく撫なで付つけた髪の色の黒さ。頬の若々しさ。それに是男の鋭い眼付は絶えず物を穿せん鑿さくするやうで、一いつ時ときも静や息すんでは居られないかのやう。これを銀之助の五分刈頭、顔の色赤々として、血肥りして、形なりも振ふりも関はず腕うで捲まくりし乍ら、談はなしたり笑つたりする肌合に比べたら、其二人の相違は奈どん何なであらう。物見高い女教師連の視線はいづれも文平の身に集つた。
丑松は文平の瀟こざ洒つぱりとした風なり采ふりを見て、別に其を羨む気にもならなかつた。たゞ気懸りなのは、彼あの新教員が自分と同じ地方から来たといふことである。小こも諸ろ辺の地理にも委くは敷しい様子から押して考へると、何い時つ何処で瀬川の家の話を聞かまいものでもなし、広いやうで狭い世間の悲しさ、あの﹃お頭﹄は今これ〳〵だと言ふ人でもあつた日には――無論今となつて其そ様んなことを言ふものも有るまいが――まあ万々一――それこそ彼あの教員も聞捨てには為しまい。斯う丑松は猜うた疑がひ深ぶかく推量して、何となく油断がならないやうに思ふのであつた。不安な丑松の眼まなこには種さま々〴〵な心配の種が映つて来たのである。
軈て校長は役場から来た金の調べを終つた。それ〴〵分配するばかりになつたので、丑松は校長を助けて、人々の机の上に十月分の俸給を載せてやつた。
﹃土屋君、さあ御土産。﹄
と銀之助の前にも、五十銭づゝ封じた銅貨を幾本か並べて、外に銀貨の包と紙さ幣つとを添へて出した。
﹃おや〳〵、銅貨を沢山呉れるねえ。﹄と銀之助は笑つて、﹃斯こん様なにあつては持上がりさうも無いぞ。はゝゝゝゝ。時に、瀬川君、けふは御引越が出来ますね。﹄
丑松は笑つて答へなかつた。傍そばに居た文平は引取つて、
﹃どちらへか御引越ですか。﹄
﹃瀬川君は今夜から精しや進うじん料理さ。﹄
﹃はゝゝゝゝ。﹄
と笑ひ葬つて、丑松は素早く自分の机の方へ行つて了つた。
毎月のこととは言ひ乍ら、俸給を受取つた時の人々の顔付は又格別であつた。実に男女の教員の身にとつては、労はた働らいて得た収穫を眺めた時ほど愉快に感ずることは無いのである。ある人は紙の袋に封じた儘まゝの銀貨を鳴らして見る、ある人は風呂敷に包んで重たさうに提げて見る、ある女教師は又、海えび老ちや茶ばか袴まの紐ひもの上から撫なでゝ、人知れず微笑んで見るのであつた。急に校長は椅子を離れて、用事ありげに立上つた。何事かと人々は聞耳を立てる。校長は一つ咳払ひして、さて器械的な改つた調子で、敬之進が退職の件ことを報告した。就いては来る十一月の三日、天長節の式の済んだ後あと、この老功な教育者の為に茶話会を開きたいと言出した。賛成の声は起る。敬之進はすつくと立つて、一礼して、軈やがて拍子の抜けたやうに元の席へ復かへつた。
一同帰り仕度を始めたのは間も無くであつた。男女の教員が敬之進を取とり囲まいて、いろ〳〵言ひ慰めて居る間に、ついと丑松は風呂敷包を提ひつさげて出た。銀之助が友達を尋さがして歩いた時は、職員室から廊下、廊下から応接室、小使部屋、昇降口まで来て見ても、もう何処にも丑松の姿は見えなかつたのである。
︵五︶
丑松は大急ぎで下宿へ帰つた。月給を受取つて来て妙に気強いやうな心こゝ地ろもちにもなつた。昨日は湯にも入らず、煙草も買はず、早く蓮華寺へ、と思ひあせるばかりで、暗い一ひと日ひを過したのである。実際、懐ふと中ころに一文の小使もなくて、笑ふといふ気には誰がならう。悉すつ皆かり下宿の払ひを済まし、車さへ来れば直に出掛けられるばかりに用意して、さて巻煙草に火を点けた時は、言ふに言はれぬ愉快を感ずるのであつた。
引越は成るべく目立たないやうに、といふ考へであつた。気掛りなは下宿の主かみ婦さんの思おも惑はくで――まあ、この突だし然ぬけな転やど宿がへを何と思つて見て居るだらう。何か彼あの放逐された大尽と自分との間には一種の関係があつて、それで面白くなくて引越すとでも思はれたら奈ど何うしよう。あの愚痴な性質から、根ねほ彫りは葉ほ刻り聞きゝ咎とがめて、何な故ぜ引越す、斯う聞かれたら何と返事をしたものであらう。そこがそれ、引越さなくても可いゝものを無理に引越すのであるから、何となく妙に気が咎とがめる。下手なことを言出せば反つて藪蛇だ。﹃都合があるから引越す。﹄理由は其で沢山だ。斯う種いろ々〳〵に考へて、疑つたり恐れたりして見たが、多くの客を相手にする主婦の様子は左さ様う心配した程でも無い。さうかうする中に、頼んで置いた車も来る。荷物と言へば、本箱、机、柳やな行ぎが李うり、それに蒲団の包があるだけで、道具は一切一台の車で間に合つた。丑松は洋ラン燈プを手に持つて、主婦の声に送られて出た。
斯うして車の後に随ついて、とぼ〳〵と二三町も歩いて来たかと思はれる頃、今迄の下宿の方を一寸振返つて見た時は、思はずホツと深い溜息を吐ついた。道み路ちは悪し、車は遅し、丑松は静かに一生の変うつ遷りかはりを考へて、自分で自分の運命を憐み乍ら歩いた。寂しいとも、悲しいとも、可を笑かしいとも、何ともかとも名の附けやうのない心こゝ地ろもちは烈しく胸の中を往来し始める。追おも憶ひでの情は身に迫つて、無限の感慨を起させるのであつた。それは十一月の近ちかづいたことを思はせるやうな蕭せう条でうとした日で、湿つた秋の空気が薄い烟けぶりのやうに町々を引包んで居る。路みち傍ばたに黄ばんだ柳の葉はぱら〳〵と地に落ちた。
途中で紙の旗を押立てた少年の一ひと群むれに出遇つた。音楽隊の物真似、唱歌の勇しさ、笛太鼓も入乱れ、足拍子揃へて面白可笑しく歌つて来るのは何処の家うちの子か――あゝ尋常科の生徒だ。見れば其後に随いて、少年と一緒に歌ひ乍ら、人目も関はずやつて来る上機嫌の酔さけ漢よひがある。蹣よろ跚〳〵とした足元で直に退職の敬之進と知れた。
﹃瀬川君、一寸まあ見て呉れ給へ――是が我輩の音楽隊さ。﹄
と指ゆびさし乍ら熟じゆ柿くし臭くさい呼い吸きを吹いた。敬之進は何処かで飲んで来たものと見える。指された少年の群は一度にどつと声を揚げて、自分達の可あは傷れな先生を笑つた。
﹃始めえ――﹄敬之進は戯れに指揮するやうな調子で言つた。﹃諸君。まあ聞き給へ。今こん日にち迄我輩は諸君の先生だつた。明あ日すからは最も早う諸君の先生ぢや無い。そのかはり、諸君の音楽隊の指揮をしてやる。よしか。解つたかね。あはゝゝゝ。﹄と笑つたかと思ふと、熱い涙なんだは其顔を伝つて流れ落ちた。
無邪気な音楽隊は、一斉に歓呼を揚げて、足拍子揃へて通過ぎた。敬之進は何か思出したやうに、熟じつと其少年の群を見送つて居たが、軈やがて心付いて歩き初めた。
﹃まあ、君と一緒に其処迄行かう。﹄と敬之進は身を慄ふるはせ乍ら、﹃時に瀬川君、まだ斯の通り日も暮れないのに、洋ラン燈プを持つて歩くとは奈ど何ういふ訳だい。﹄
﹃私ですか。﹄と丑松は笑つて、﹃私は今引越をするところです。﹄
﹃あゝ引越か。それで君は何処へ引越すのかね。﹄
﹃蓮華寺へ。﹄
蓮華寺と聞いて、急に敬之進は無言になつて了つた。暫しば時らくの間、二人は互に別々のことを考へ乍ら歩いた。
﹃あゝ。﹄と敬之進はまた始めた。﹃実に瀬川君なぞは羨ましいよ。だつて君、左さ様うぢやないか。君なぞは未だ若いんだもの。前途多望とは君等のことだ。何どう卒かして我輩も、もう一度君等のやうに若くなつて見たいなあ。あゝ、人間も我輩のやうに老込んで了つては駄目だねえ。﹄
︵六︶
車は遅かつた。丑松敬之進の二人は互に並んで話し〳〵随いて行つた。とある町へ差掛かつた頃、急に車夫は車を停めて、冷ひや々〴〵とした空気を呼吸し乍ながら、額に流れる汗を押拭つた。見れば町の空は灰色の水蒸気に包まれて了しまつて、僅に西の一方に黄な光が深く輝いて居る。いつもより早く日は暮れるらしい。遽にはかに道み路ちも薄暗くなつた。まだ灯あかりを点つける時刻でもあるまいに、もう一軒点けた家うちさへある。其軒先には三浦屋の文字が明あり白〳〵と読まれるのであつた。
盛な歓楽の声は二階に湧上つて、屋そ外とに居る二人の心に一層の不愉快と寂さび寥しさとを添へた。丁度人々は酒さか宴もりの最中。灯ほか影げ花やかに映つて歌舞の巷ちまたとは知れた。三しや味みは幾挺かおもしろい音ねを合せて、障子に響いて媚こびるやうに聞える。急に勇しい太鼓も入つた。時々唄に交つて叫ぶやうに聞えるは、囃はや方しかたの娘の声であらう。これも亦また、招よばれて行く妓こと見え、箱屋一人連れ、褄つま高く取つて、いそ〳〵と二人の前を通過ぎた。
客の笑声は手に取るやうに聞えた。其中には校長や郡視学の声も聞えた。人々は飲んだり食つたりして時の移るのも知らないやうな様子。
﹃瀬川君、大層陽気ぢやないか。﹄と敬之進は声を潜ひそめて、﹃や、大おほ一いち座ざだ。一体今こん宵やは何があるんだらう。﹄
﹃まだ風間さんには解らないんですか。﹄と丑松も聞耳を立て乍ら言つた。
﹃解らないさ。だつて我輩は何なんにも知らないんだもの。﹄
﹃ホラ、校長先生の御祝でさあね。﹄
﹃むゝ――むゝ――むゝ、左さ様うですかい。﹄
一曲の唄が済んで、盛な拍手が起つた。また盃の交やり換とりが始つたらしい。若い女の声で、﹃姉さん、お銚子﹄などと呼び騒ぐのを聞捨てゝ、丑松敬之進の二人は三浦屋の側わきを横ぎつた。
車は知らない中に前さきへ行つて了つた。次第に歌舞の巷を離れると、太鼓の音も遠く聞えなくなる。敬之進は嘆息したり、沈吟したりして、時々絶望した人のやうに唐だし突ぬけに大きな声を出して笑つた。﹃浮ふせ世い夢のごとし﹄――それに勝手な節を付けて、低声に長く吟じた時は、聞いて居る丑松も沈んで了つて、妙に悲しいやうな、可いた痛ましいやうな心こゝ地ろもちになつた。
﹃吟声調てうを成さず――あゝ、あゝ、折せつ角かくの酒も醒めて了つた。﹄
と敬之進は嘆息して、獣の呻う吟なるやうな声を出し乍ら歩く。丑松も憐んで、軈て斯う尋ねて見た。
﹃風間さん、貴方は何処迄行くんですか。﹄
﹃我輩かね。我輩は君を送つて、蓮華寺の門前まで行くのさ。﹄
﹃門前迄?﹄
﹃何な故ぜ我輩が門前迄送つて行くのか、其は君には解るまい。しかし其を今君に説明しようとも思はないのさ。御互ひに長く顔を見合せて居ても、斯うして親ちかしくするのは昨今だ。まあ、いつか一度、君とゆつくり話して見たいもんだねえ。﹄
やがて蓮華寺の山門の前まで来ると、ぷいと敬之進は別れて行つて了つた。奥様は蔵く裏りの外まで出迎へて喜ぶ。車はもうとつくに。荷物は寺男の庄太が二階の部屋へ持運んで呉れた。台所で焼く魚のにほひは、蔵裏迄も通つて来て、香の煙に交つて、住すみ慣なれない丑松の心に一種異様の感かん想じを与へる。仏に物を供へる為か、本堂の方へ通ふ子坊主もあつた。二階の部屋も窓の障子も新しく張替へて、前に見たよりはずつと心こゝ地ろもちが好い。薬湯と言つて、大根の乾ひ葉ばを入れた風呂なども立てゝ呉れる。新しい膳に向つて、うまさうな味噌汁の香にほひを嗅いで見た時は、第一この寂しげな精しや舎うじやの古壁の内に意外な家庭の温あた暖ゝかさを看み付つけたのであつた。
第参章
︵一︶
もとより銀之助は丑松の素性を知る筈がない。二人は長野の師範校に居る頃から、極く好く気性の合つた友達で、丑松が佐さく久ちひ小さが県たあたりの灰色の景色を説き出すと、銀之助は諏す訪は湖この畔ほとりの生れ故郷の物語を始める、丑松が好きな歴史の話をすれば、銀之助は植物採集の興味を、と言つたやうな風に、互ひに語り合つた寄宿舎の窓は二人の心を結びつけた。同窓の記憶はいつまでも若く青々として居る。銀之助は丑松のことを思ふ度に昔を思出して、何となく時の変うつ遷りかはりを忍ばずには居られなかつた。同じ寄宿舎の食堂に同じ引割飯の香にほひを嗅いだ其友達に思ひ比べると、実に丑松の様子の変つて来たことは。あの憂いう欝うつ――丑松が以前の快活な性質を失つた証拠は、眼付で解る、歩き方で解る、談はな話しをする声でも解る。一体、何が原も因とで、あんなに深く沈んで行くのだらう。とんと銀之助には合点が行かない。﹃何かある――必ず何か訳がある。﹄斯う考へて、どうかして友達に忠告したいと思ふのであつた。
丑松が蓮華寺へ引越した翌あく日るひ、丁度日曜、午後から銀之助は尋ねて行つた。途中で文平と一緒になつて、二人して苔こけ蒸むした石の階段を上ると、咲残る秋草の径みちの突当つたところに本堂、左は鐘楼、右が蔵裏であつた。六角形に出来た経堂の建たて築も物のもあつて、勾配のついた瓦屋根や、大陸風の柱や、白壁や、すべて過去の壮大と衰すゐ頽たいとを語るかのやうに見える。黄ばんだ銀いて杏ふの樹の下に腰を曲こゞめ乍ら、余念もなく落葉を掃いて居たのは、寺男の庄太。﹃瀬川君は居りますか。﹄と言はれて、馬鹿丁寧な挨拶。やがて庄太は箒はうきをそこに打捨てゝ置いて、跣すあ足しの儘まゝで蔵裏の方へ見に行つた。
急に丑松の声がした。あふむいて見ると、銀いて杏ふに近い二階の窓の障子を開けて、顔を差出して呼ぶのであつた。
﹃まあ、上りたまへ。﹄
と復た呼んだ。
︵二︶
銀之助文平の二人は丑松に導かれて暗い楼はし梯ごだんを上つて行つた。秋の日は銀杏の葉を通して、部屋の内へ射しこんで居たので、変色した壁紙、掛けてある軸、床の間に置並べた書ほ物んと雑誌の類たぐひまで、すべて黄に反射して見える。冷ひや々〴〵とした空気は窓から入つて来て、斯の古い僧坊の内にも何となく涼さは爽やかな思を送るのであつた。机の上には例の﹃懴悔録﹄、読伏せて置いた其本に気がついたと見え、急に丑松は片隅へ押隠すやうにして、白い毛布を座蒲団がはりに出して薦すゝめた。
﹃よく君は引越して歩く人さ。﹄と銀之助は身あた辺りを眺め廻し乍ら言つた。﹃一度瀬川君のやうに引越す癖が着くと、何度でも引越したくなるものと見える。まあ、部屋の具合なぞは、先の下宿の方が好ささうぢやないか。﹄
﹃何な故ぜ御引越になつたんですか。﹄と文平も尋ねて見る。
﹃どうも彼あそ処この家うちは喧やかましくつて――﹄斯かう答へて丑松は平気を装はうとした。争はれないもので、困つたといふ気けし色きはもう顔に表れたのである。
﹃そりやあ寺の方が静は静だ。﹄と銀之助は一向頓着なく、﹃何ださうだねえ、先の下宿では穢多が逐おひ出だされたさうだねえ。﹄
﹃さう〳〵、左さ様ういふ話ですなあ。﹄と文平も相あひ槌づちを打つた。
﹃だから僕は斯う思つたのさ。﹄と銀之助は引取つて、﹃何か其そ様んな一寸したつまらん事にでも感じて、それで彼あの下宿が嫌に成つたんぢやないかと。﹄
﹃どうして?﹄と丑松は問ひ反した。
﹃そこがそれ、君と僕と違ふところさ。﹄と銀之助は笑ひ乍ら、﹃実は此こな頃ひだ或雑誌を読んだところが、其中に精神病患者のことが書いてあつた。斯うさ。或人が其男の住すま居ひの側わきに猫を捨てた。さあ、其猫の捨ててあつたのが気になつて、妻君にも相談しないで、其日の中にぷいと他へ引越して了つた。斯ういふ病的な頭あた脳まの人になると、捨てられた猫を見たのが移ひつ転こしの動機になるなぞは珍しくも無い、といふ話があつたのさ。はゝゝゝゝ――僕は瀬川君を精神病患者だと言ふ訳では無いよ。しかし君の様子を見るのに、何処か身体の具合でも悪いやうだ。まあ、君は左さ様うは思はないかね。だから穢多の逐おひ出だされた話を聞くと、直に僕は彼あの猫のことを思出したのさ。それで君が引越したくなつたのかと思つたのさ。﹄
﹃馬鹿なことを言ひたまへ。﹄と丑松は反そり返かへつて笑つた。笑ふには笑つたが、然しそれは可をか笑しくて笑つたやうにも聞えなかつたのである。
﹃いや、戯じよ言うだんぢやない。﹄と銀之助は丑松の顔を熟みま視もつた。﹃実際、君の顔色は好くない――診みて貰つては奈ど何うかね。﹄
﹃僕は君、其そ様んな病人ぢや無いよ。﹄と丑松は微ほゝ笑ゑみ乍ら答へた。
﹃しかし。﹄と銀之助は真ま面じ目めになつて、﹃自分で知らないで居る病人はいくらも有る。君の身体は変調を来して居るに相違ない。夜寝られないなんて言ふところを見ても、どうしても生理的に異常がある――まあ僕は左さ様う見た。﹄
﹃左さ様うかねえ、左様見えるかねえ。﹄
﹃見えるともサ。妄まう想さう、妄想――今の患者の眼に映つた猫も、君の眼に映つた新平民も、皆みんな衰弱した神経の見せる幻まぼ像ろしさ。猫が捨てられたつて何だ――下らない。穢多が逐おひ出だされたつて何だ――当あた然りまへぢや無いか。﹄
﹃だから土屋君は困るよ。﹄と丑松は対あひ手ての言葉を遮さへぎつた。﹃何い時つでも君は早呑込だ。自分で斯うだと決めて了ふと、もう他の事は耳に入らないんだから。﹄
﹃すこし左さ様ういふ気味も有ますなあ。﹄と文平は如才なく。
﹃だつて引越し方があんまり唐だし突ぬけだからさ。﹄と言つて、銀之助は気を変へて、﹃しかし、寺の方が反つて勉強は出来るだらう。﹄
﹃以ま前へから僕は寺の生活といふものに興味を持つて居た。﹄と丑松は言出した。丁度下女の袈け裟さ治ぢ︵北信に多くある女の名︶が湯ゆわ沸かしを持つて入つて来た。
︵三︶
信州人ほど茶を嗜たしなむ手合も鮮すく少なからう。斯かういふ飲のみ料ものを好むのは寒い山国に住む人々の性来の特色で、日に四五回づゝ集つて飲むことを楽みにする家族が多いのである。丑松も矢やは張り茶好の仲間には泄もれなかつた。茶器を引寄せ、無造作に入れて、濃く熱いやつを二人の客にも勧め、自分も亦茶椀を口くち唇びるに押おし宛あて乍ながら、香かうばしく焙あぶられた茶の葉のにほひを嗅いで見ると、急に気分が清々する。まあ蘇いき生かへつたやうな心こゝ地ろもちになる。やがて丑松は茶椀を下に置いて、寺住の新しい経験を語り始めた。
﹃聞いて呉れ給へ。昨日の夕方、僕はこの寺の風呂に入つて見た。一日働いて疲くた労ぶれて居るところだつたから、入つた心こゝ地ろもちは格別さ。明あか窓りまどの障子を開けて見ると紫しをの花なぞが咲いてるぢやないか。其時僕は左さ様う思つたねえ。風呂に入り乍ら蟋きり蟀〴〵すを聴くなんて、成なる程ほど寺らしい趣味だと思つたねえ。今迄の下宿とは全まる然で様子が違ふ――まあ僕は自分の家うちへでも帰つたやうな心こゝ地ろもちがしたよ。﹄
﹃左さ様うさなあ、普通の下宿ほど無趣味なものは無いからなあ。﹄と銀之助は新しい巻煙草に火を点つけた。
﹃それから君、種いろ々〳〵なことがある。﹄と丑松は言葉を継いで、﹃第一、鼠の多いには僕も驚いた。﹄
﹃鼠?﹄と文平も膝を進める。
﹃昨ゆう夜べは僕の枕まく頭らもとへも来た。慣なれなければ、鼠だつて気味が悪いぢやないか。あまり不思議だから、今朝其話をしたら、奥様の言草が面白い。猫を飼つて鼠を捕らせるよりか、自然に任せて養つてやるのが慈悲だ。なあに、食くひ物ものさへ宛あて行がつて遣やれば、其そん様なに悪いた戯づらする動物ぢや無い。吾う寺ちの鼠は温おと順なしいから御覧なさいツて。成程左さ様う言はれて見ると、少すこ許しも人を懼おそれない。白ひる昼まですら出て遊あすんで居る。はゝゝゝゝ、寺の内なかの光けし景きは違つたものだと思つたよ。﹄
﹃そいつは妙だ。﹄と銀之助は笑つて、﹃余程奥様といふ人は変つた婦をん人なと見えるね。﹄
﹃なに、それほど変つても居ないが、普通の人よりは宗教的なところがあるさ。さうかと思ふと、吾わた儕しどもだつて高たか砂さごで一緒になつたんです、なんて、其そ様んなことを言出す。だから、尼あ僧まともつかず、大だい黒こくともつかず、と言つて普通の家うちの細君でもなし――まあ、門もん徒とで寺らに日を送る女といふものは僕も初めて見た。﹄
﹃外にはどんな人が居るのかい。﹄斯う銀之助は尋ねた。
﹃子坊主が一人。下女。それに庄太といふ寺男。ホラ、君等の入つて来た時、庭を掃いて居た男があつたらう。彼あれが左さ様うだあね。誰も彼あの男をとこを庄太と言ふものは無い――皆みんな﹁庄馬鹿﹂と言つてる。日に五ごた度びづつ、払あけ暁がた、朝八時、十二時、入いり相あひ、夜の十時、これだけの鐘を撞つくのが彼あの男をとこの勤つと務めなんださうだ。﹄
﹃それから、あの何は。住職は。﹄とまた銀之助が聞いた。
﹃住職は今留守さ。﹄
斯う丑松は見たり聞いたりしたことを取交ぜて話したのであつた。終しまひに、敬之進の娘で、是寺へ貰はれて来て居るといふ、そのお志保の話も出た。
﹃へえ、風間さんの娘なんですか。﹄と文平は巻煙草の灰を落し乍ら言つた。﹃此こな頃ひだ一度校友会に出て来た――ホラ、あの人でせう?﹄
﹃さう〳〵。﹄と丑松も思出したやうに、﹃たしか僕等の来る前の年に卒業して出た人です。土屋君、左さ様うだつたねえ。﹄
﹃たしか左様だ。﹄
︵四︶
其日蓮華寺の台所では、先住の命日と言つて、精しや進うじ物んものを作るので多いそ忙がしかつた。月々の持ぢさ斎いには経を上げ膳を出す習なら慣はしであるが、殊に其日は三十三回忌とやらで、好物の栗飯を炊たいて、仏にも供へ、下宿人にも振舞ひたいと言ふ。寺内の若僧の妻までも来て手伝つた。用意の調とゝのつた頃、奥様は台所を他ひとに任せて置いて、丑松の部屋へ上つて来た。丑松も、銀之助も、文平も、この話好きな奥様の目には、三人の子のやうに映つたのである。昔者とは言ひ乍ら、書生の談はな話しも解つて、よく種いろ々〳〵なことを知つて居た。時々宗をし教への話なぞも持出した。奥様はまた十二月二十七日の御週忌の光あり景さまを語り聞かせた。其冬の日は男をと女こをんなの檀徒が仏の前に集つて、記念の一夜を送るといふ昔からの習慣を語り聞かせた。説教もあり、読経もあり、御おで伝んせ抄うの朗読もあり、十二時には男女一同御夜食の膳に就くなぞ、其御通夜の儀式のさま〴〵を語り聞かせた。
﹃なむあみだぶ。﹄
と奥様は独語のやうに繰返して、やがて敬之進の退職のことを尋ねる。
奥様に言はせると、今の住職が敬之進の為に尽したことは一通りで無い。あの酒を断つたらば、とは克よく住職の言ふことで、禁酒の証文を入れる迄に敬之進が後悔する時はあつても、また〳〵縒よりが元へ戻つて了ふ。飲めば窮こまるといふことは知りつゝ、どうしても持つた病には勝てないらしい。その為に敷居が高くなつて、今では寺へも来られないやうな仕末。あの不ふし幸あはせな父親の為には、どんなにかお志保も泣いて居るとのことであつた。
﹃左さ様うですか――いよ〳〵退職になりましたか。﹄
斯う言つて奥様は嘆息した。
﹃道理で。﹄と丑松は思出したやうに、﹃昨日私が是こち方らへ引越して来る時に、風間さんは門の前まで随いて来ましたよ。何故斯うして門の前まで一緒に来たか、それは今説明しようとも思はない、なんて、左さ様う言つて、それからぷいと別れて行つて了ひました。随分酔つて居ましたツけ。﹄
﹃へえ、吾う寺ちの前まで? 酔つて居ても娘のことは忘れないんでせうねえ――まあ、それが親子の情ですから。﹄
と奥様は復また深い溜息を吐ついた。
斯ういふ談はな話しに妨さまたげられて、銀之助は思ふことを尽さなかつた。折せつ角かく言ふ積りで来て、それを尽さずに帰るのも残念だし、栗飯が出来たからと引留められもするし、夜にでもなつたらば、と斯う考へて、心の中では友達のことばかり案じつゞけて居た。
夕飯は例になく蔵く裏りの下座敷であつた。宵の勤おつ行とめも済んだと見えて、給仕は白い着物を着た子坊主がして呉れた。五ごぶ分し心んの灯は香の煙に交る夜の空気を照らして、高い天井の下をおもしろく見せる。古壁に懸けてある黄な法ころ衣もは多分住職の着るものであらう。変つた室内の光あり景さまは三人の注意を引いた。就わけ中ても、銀之助は克よく笑つて、其高い声が台所迄も響くので、奥様は若い人達の話を聞かずに居られなかつた。終しまひにはお志保までも来て、奥様の傍に倚より添そひ乍ら聞いた。
急に文平は快活らしくなつた。妙に婦人の居る席では熱心になるのが是男の性分で、二階に三人で話した時から見ると、この下座敷へ来てからは声の調子が違つた。天性愛あい嬌けうのある上に、清すゞしい艶のある眸ひとみを輝かし乍ら、興に乗つてよもやまの話を初めた時は、確に面白い人だと思はせた。文平はまた、時々お志保の方を注意して見た。お志保は着物の前を掻合せたり、垂れ下る髪の毛を撫付けたりして、人々の物語に耳を傾けて居たのである。
銀之助はそんなことに頓着なしで、軈やがて思出したやうに、
﹃たしか吾わた儕しどもの来る前の年でしたなあ、貴あな方たが等たの卒業は。﹄
斯う言つてお志保の顔を眺めた。奥様も娘の方へ振向いた。
﹃はあ。﹄と答へた時は若々しい血潮が遽にはかにお志保の頬に上つた。そのすこし羞は恥ぢを含んだ色は一ひと層しほ容おも貌ばせを娘らしくして見せた。
﹃卒業生の写真が学校に有ますがね、﹄と銀之助は笑つて、﹃彼あの頃ころから見ると、皆みんな立派な姉さんに成りましたなあ――どうして吾わた儕しどもが来た時分には、まだ鼻は洟なを垂らしてるやうな連中もあつたツけが。﹄
楽しい笑声は座敷の内に溢あふれた。お志保は紅あかくなつた。斯ういふ間にも、独り丑松は洋ラン燈プの火ほか影げに横になつて、何か深く物を考へて居たのである。
︵五︶
﹃ねえ、奥様。﹄と銀之助が言つた。﹃瀬川君は非常に沈んで居ますねえ。﹄
﹃左さや様うさ――﹄と奥様は小首を傾かしげる。
﹃一さき昨をと々ゝ日ひ、﹄と銀之助は丑松の方を見て、﹃君が斯のお寺へ部屋を捜しに来た日だ――ホラ、僕が散歩してると、丁度本町で君に遭でつ遇くはしたらう。彼あの時ときの君の考へ込んで居る様子と言つたら――僕は暫しば時らくそこに突立つて、君の後姿を見送つて、何とも言ひ様の無い心こゝ地ろもちがしたねえ。君は猪子先生の﹁懴悔録﹂を持つて居た。其時僕は左さ様う思つた。あゝ、また彼あの先生の書いたものなぞを読んで、神経を痛めなければ可いゝがなあと。彼あ様ゝいふ本を読むのは、君、可くないよ。﹄
﹃何故?﹄と丑松は身を起した。
﹃だつて、君、あまり感化を受けるのは可くないからサ。﹄
﹃感化を受けたつても可いぢやないか。﹄
﹃そりやあ好い感化なら可いけれども、悪い感化だから困る。見たまへ、君の性質が変つて来たのは、彼の先生のものを読み出してからだ。猪子先生は穢多だから、彼あ様ゝいふ風に考へるのも無理は無い。普通の人間に生れたものが、なにも彼あの真似を為なくてもよからう――彼あれ程ほど極端に悲まなくてもよからう。﹄
﹃では、貧民とか労働者とか言ふやうなものに同情を寄せるのは不いか可んと言ふのかね。﹄
﹃不可と言ふ訳では無いよ。僕だつても、美しい思想だとは思ふさ。しかし、君のやうに、左さ様う考へ込んで了つても困る。何故君は彼あ様ゝいふものばかり読むのかね、何故君は沈んでばかり居るのかね――一体、君は今何を考へて居るのかね。﹄
﹃僕かい? 別に左さ様う深く考へても居ないさ。君等の考へるやうな事しか考へて居ないさ。﹄
﹃でも何かあるだらう。﹄
﹃何かとは?﹄
﹃何か原因がなければ、そんなに性質の変る筈が無い。﹄
﹃僕は是で変つたかねえ。﹄
﹃変つたとも。全まる然で師範校時代の瀬川君とは違ふ。彼あの時分は君、ずつと快活な人だつたあね。だから僕は斯う思ふんだ――元来君は欝ふさいでばかり居る人ぢや無い。唯あまり考へ過ぎる。もうすこし他の方面へ心を向けるとか、何とかして、自分の性質を伸ばすやうに為たら奈ど何うかね。此こな頃ひだから僕は言はう〳〵と思つて居た。実際、君の為に心配して居るんだ。まあ身体の具合でも悪いやうなら、早く医者に診せて、自分で自分を救ふやうに為るが可いゝぢやないか。﹄
暫しば時らく座敷の中は寂しんとして話声が絶えた。丑松は何か思出したことがあると見え、急に喪心した人のやうに成つて、茫ばう然ぜんとして居たが。やがて気が付いて我に帰つた頃は、顔色がすこし蒼ざめて見えた。
﹃どうしたい、君は。﹄と銀之助は不思議さうに丑松の顔を眺めて、﹃はゝゝゝゝ、妙に黙つて了つたねえ。﹄
﹃はゝゝゝゝ。はゝゝゝゝ。﹄
と丑松は笑ひ紛まぎらはして了つた。銀之助も一緒になつて笑つた。奥様とお志保は二人の顔を見比べて、熱心に聞き惚れて居たのである。
﹃土屋君は﹁懴悔録﹂を御読みでしたか。﹄と文平は談はな話しを引取つた。
﹃否いゝえ、未まだ読んで見ません。﹄斯う銀之助は答へた。
﹃何か彼の猪子といふ先生の書いたものを御覧でしたか――私は未だ何なんにも読んで見ないんですが。﹄
﹃左さ様うですなあ、僕の読んだのは﹁労働﹂といふものと、それから﹁現代の思潮と下層社会﹂――あれを瀬川君から借りて見ました。なか〳〵好いところが有ますよ、力のある深刻な筆で。﹄
﹃一体彼の先生は何処を出た人なんですか。﹄
﹃たしか高等師範でしたらう。﹄
﹃斯ういふ話を聞いたことが有ましたツけ。彼の先生が長野に居た時分、郷里の方でも兎とに角かく彼あ様ゝいふ人を穢多の中から出したのは名誉だと言つて、講習に頼んださうです。そこで彼の先生が出掛けて行つた。すると宿屋で断られて、泊る所が無かつたとか。其そ様んなことが面白くなくて長野を去るやうになつた、なんて――まあ、師範校を辞やめてから、彼の先生も勉強したんでせう。妙な人物が新平民なぞの中から飛出したものですなあ。﹄
﹃僕も其は不思議に思つてる。﹄
﹃彼あ様んな下等人種の中から、兎に角思想界へ頭を出したなんて、奈ど何うしても私には其理由が解らない。﹄
﹃しかし、彼の先生は肺病だと言ふから、あるひは其病気の為に、彼あそ処こまで到いつたものかも知れません。﹄
﹃へえ、肺病ですか。﹄
﹃実際病人は真面目ですからなあ。﹁死﹂といふ奴を眼めの前まへに置いて、平しよ素つちゆう考へて居るんですからなあ。彼の先生の書いたものを見ても、何となく斯う人に迫るやうなところがある。あれが肺病患者の特色です。まあ彼の病気の御蔭で豪えらく成つた人はいくらもある。﹄
﹃はゝゝゝゝ、土屋君の観察は何処迄も生理的だ。﹄
﹃いや、左さ様う笑つたものでも無い。見たまへ、病気は一種の哲学者だから。﹄
﹃して見ると、穢多が彼あ様ゝいふものを書くんぢや無い、病気が書かせるんだ――斯う成りますね。﹄
﹃だつて、君、左さ様う釈さとるより外に考へ様は無いぢやないか――唯新平民が美しい思想を持つとは思はれないぢやないか――はゝゝゝゝ。﹄
斯ういふ話を銀之助と文平とが為して居る間、丑松は黙つて、洋ラン燈プの火を熟み視つめて居た。自おの然づと外そ部とに表れる苦悶の情は、頬の色の若々しさに交つて、一層その男らしい容おも貌ばせを沈ちん欝うつにして見せたのである。
茶が出てから、三人は別の話はな頭しに移つた。奥様は旅先の住職の噂うはさなぞを始めて、客の心を慰める。子坊主は隣の部屋の柱に凭もたれて、独りで舟を漕いで居た。台所の庭の方から、遠く寂しく地響のやうに聞えるは、庄馬鹿が米を舂つく音であらう。夜も更ふけた。
︵六︶
友達が帰つた後、丑松は心の激昂を制おさへきれないといふ風で、自分の部屋の内を歩いて見た。其日の物語、あの二人の言つた言葉、あの二人の顔に表れた微細な感情まで思出して見ると、何となく胸むな肉じゝの戦ふ慄るへるやうな心地がする。先輩の侮辱されたといふことは、第一口く惜やしかつた。賤民だから取るに足らん。斯かういふ無法な言草は、唯考へて見たばかりでも、腹立たしい。あゝ、種族の相違といふ屏わだの前には、いかなる熱い涙も、いかなる至情の言葉も、いかなる鉄てつ槌つゐのやうな猛烈な思想も、それを動かす力は無いのであらう。多くの善良な新平民は斯うして世に知られずに葬り去らるゝのである。
斯この思かん想がへに刺激されて、寝床に入つてからも丑松は眠らなかつた。目を開いて、頭を枕につけて、種さま々〴〵に自分の一生を考へた。鼠が復た顕れた。畳の上を通る其足音に妨げられては、猶なほ々〳〵夢を結ばない。一旦吹消した洋燈を細目に点つけて、枕まく頭らもとを明くして見た。暗い部屋の隅の方に影のやうに動く小ちひさな動物の敏はし捷こさ、人を人とも思はず、長い尻尾を振り乍ら、出たり入つたりする其有様は、憎らしくもあり、をかしくもあり、﹃き、き﹄と鳴く声は斯の古い壁の内に秋の夜の寂さび寥しさを添へるのであつた。
それからそれへと丑松は考へた。一つとして不安に思はれないものはなかつた。深く注意した積りの自分の行おこ為なひが、反つて他ひとに疑はれるやうなことに成らうとは――まあ、考へれば考へるほど用意が無さ過ぎた。何な故ぜ、あの大日向が鷹匠町の宿から放逐された時に、自分は静じ止つとして居なかつたらう。何な故ぜ、彼あん様なに泡を食つて、斯の蓮華寺へ引越して来たらう。何故、あの猪子蓮太郎の著述が出る度に、自分は其を誇り顔に吹ふい聴ちやうしたらう。何故、彼様に先輩の弁護をして、何か斯う彼の先輩と自分との間には一種の関係でもあるやうに他ひとに思はせたらう。何故、彼の先輩の名前を彼あ様ゝ他ひとの前で口に出したらう。何故、内証で先輩の書いたものを買はなかつたらう。何故、独りで部屋の内に隠れて、読みたい時に密そつと出して読むといふ智慧が出なかつたらう。
思ひ疲れるばかりで、結まと局まりは着かなかつた。
一夜は斯ういふ風に、褥しとねの上で慄ふるへたり、煩はん悶もんしたりして、暗いところを彷さま徨よつたのである。翌あく日るひになつて、いよ〳〵丑松は深く意こゝろを配るやうに成つた。過すぎ去さつた事は最も早う仕方が無いとして、是これから将さ来きを用心しよう。蓮太郎の名――人物――著述――一切、彼あの先輩に関したことは決して他ひとの前で口に出すまい。斯う用心するやうに成つた。
さあ、父の与へた戒いましめは身に染しみ々〴〵と徹こたへて来る。﹃隠せ﹄――実にそれは生いき死しにの問題だ。あの仏弟子が墨染の衣に守り窶やつれる多くの戒も、是この一戒に比べては、寧いつそ何でもない。祖師を捨てた仏弟子は、堕落と言はれて済む。親を捨てた穢多の子は、堕落でなくて、零落である。﹃決してそれとは告うち白あけるな﹄とは堅く父も言ひ聞かせた。これから世に出て身を立てようとするものが、誰が好んで告うち白あけるやうな真似を為よう。
丑松も漸やうやく二十四だ。思へば好い年と齢しだ。
噫あゝ。いつまでも斯うして生きたい。と願へば願ふほど、余計に穢多としての切ない自覚が湧き上るのである。現世の歓楽は美しく丑松の眼に映じて来た。たとへ奈い何かなる場合があらうと、大切な戒ばかりは破るまいと考へた。
第四章
︵一︶
郊外は収とり穫いれの為に忙せはしい時節であつた。農夫の群はいづれも小屋を出て、午後の労働に従事して居た。田たの面もの稲は最も早う悉すつ皆かり刈り乾して、すでに麦さへ蒔まき付つけたところもあつた。一ひと年ゝせの骨折の報むく酬いを収めるのは今である。雪の来ない内に早く。斯うして千曲川の下流に添ふ一面の平野は、宛あだ然かも、戦場の光あり景さまであつた。
其日、丑松は学校から帰ると直に蓮華寺を出て、平ふだ素んの勇気を回とり復かへす積りで、何処へ行くといふ目めあ的ても無しに歩いた。新町の町はづれから、枯々な桑畠の間を通つて、思はず斯この郊外の一角へ出たのである。積上げた﹃藁わらによ﹄の片蔭に倚より凭かゝつて、霜枯れた雑草の上に足を投出し乍ら、肺の底までも深く野の空気を吸入れた時は、僅に蘇いき生かへつたやうな心こゝ地ろもちになつた。見れば男女の農夫。そこに親子、こゝに夫婦、黄に揚る塵ほこ埃りを満身に浴びながら、我劣らじと奮闘をつゞけて居た。籾もみを打つ槌つちの音は地に響いて、稲いね扱こく音に交つて勇しく聞える。立ちのぼる白い煙もところ〴〵。雀の群は時々空に舞揚つて、騒しく鳴いて、軈やがてまたぱツと田の面に散乱れるのであつた。
秋の日は烈しく照りつけて、人々には言ふに言はれぬ労苦を与へた。男は皆な頬ほつ冠かぶり、女は皆な編あみ笠がさであつた。それはめづらしく乾はし燥やいだ、風の無い日で、汗は人々の身体を流れたのである。野に満ちた光を通して、丑松は斯の労働の光あり景さまを眺めて居ると、不ふ図と、倚より凭かゝつた﹃藁によ﹄の側わきを十五ばかりの一人の少年が通る。日に焼けた額と、柔やは嫩らかな目付とで、直に敬之進の忰せがれと知れた。省しや吾うごといふのが其少年の名で、丁度丑松が受持の高等四年の生徒なのである。丑松は其容かほ貌つきを見る度に、彼の老朽な教育者を思出さずには居られなかつた。
﹃風間さん、何どち処らへ?﹄
斯う声を掛けて見る。
﹃あの、﹄と省吾は言いひ淀よどんで、﹃母さんが沖︵野外︶に居やすから。﹄
﹃母さん?﹄
﹃あれ彼処に――先生、あれが吾う家ちの母さんでごはす。﹄
と省吾は指差して見せて、すこし顔を紅あかくした。同僚の細君の噂うはさ、それを丑松も聞かないでは無かつたが、然し眼めの前まへに働いて居る女が其人とはすこしも知らなかつた。古びた上うは被つぱり、茶色の帯、盲めく目らじ縞まの手てつ甲かふ、編笠に日を避よけて、身体を前後に動かし乍ら、々せつせと稲の穂を扱こき落おとして居る。信州北部の女はいづれも強つ健よい気象のものばかり。克よく働くことに掛けては男子にも勝まさる程であるが、教員の細君で野の面らにまで出て、烈しい気候を相手に精出すものも鮮すく少ない。是これも境遇からであらう、と憐んで見て居るうちに、省吾はまた指差して、彼の槌を振上げて籾もみを打つ男、彼あれは手伝ひに来た旧むかしからの出入のもので、音作といふ百姓であると話した。母と彼あの男をとことの間に、箕みを高く頭の上に載せ、少すこ許しづつ籾を振ひ落して居る女、彼あれは音作の﹃おかた﹄︵女房︶であると話した。丁度其女房が箕を振る度に、空しひ殻なの塵ほこりが舞揚つて、人々は黄色い烟を浴びるやうに見えた。省吾はまた、母の傍わきに居る小娘を指差して、彼が異はら母ちがひの妹のお作であると話した。
﹃君の兄弟は幾いく人たりあるのかね。﹄と丑松は省吾の顔を熟ま視もり乍ら尋ねた。
﹃七人。﹄といふ省吾の返事。
﹃随分多勢だねえ、七人とは。君に、姉さんに、尋常科の進さんに、あの妹に――それから?﹄
﹃まだ下に妹が一人と弟が一人。一番年う長への兄さんは兵隊に行つて死にやした。﹄
﹃むゝ左さ様うですか。﹄
﹃其中で、死んだ兄さんと、蓮華寺へ貰はれて行きやした姉さんと、私わしと――これだけ母さんが違ひやす。﹄
﹃そんなら、君やお志保さんの真ほん実たうの母さんは?﹄
﹃最も早う居やせん。﹄
斯ういふ話をして居ると、不ふ図と継まゝ母はゝの呼声を聞きつけて、ぷいと省吾は駈出して行つて了つた。
︵二︶
﹃省吾や。お前めへはまあ幾いく歳つに成つたら御手伝ひする積りだよ。﹄と言ふ細君の声は手に取るやうに聞えた。省吾は継母を懼おそれるといふ様子して、おづ〳〵と其前に立つたのである。
﹃考へて見な、もう十五ぢやねえか。﹄と怒を含んだ細君の声は復た聞えた。﹃今日は音さんまで御おた頼のま申うして、斯うして塵ほこ埃りだらけに成つて働かまけて居るのに、それがお前の目には見えねえかよ。母さんが言はねえだつて、さつさと学校から帰つて来て、直に御手伝ひするのが当あた然りまへだ。高等四年にも成つて、未まだ螽いな捕ごとりに夢中に成つてるなんて、其そ様んなものが何処にある――与太坊主め。﹄
見れば細君は稲いね扱こく手を休めた。音作の女房も振返つて、気の毒さうに省吾の顔を眺め乍ら、前掛を〆しめ直なほしたり、身体の塵ほこ埃りを掃つたりして、軈やがて顔に流れる膏あぶ汗らあせを拭いた。莚むしろの上の籾は黄な山を成して居る。音作も亦た槌の長柄に身を支へて、うんと働いた腰を延ばして、濃く青い空気を呼吸した。
﹃これ、お作や。﹄と細君の児を叱る声が起つた。﹃どうして其そ様んな悪いた戯づらするんだい。女の児は女の児らしくするもんだぞ。真ほん個とに、どいつもこいつも碌なものはありやあしねえ。自分の子ながら愛あい想そが尽きた。見ろ、まあ、進を。お前達二人より余よつ程ぽど御手伝ひする。﹄
﹃あれ、進だつて遊あすんで居やすよ。﹄といふのは省吾の声。
﹃なに、遊んでる?﹄と細君はすこし声を震はせて、﹃遊んでるものか。先さつ刻きから御子守をして居やす。其そ様んなお前のやうな役に立たずぢやねえよ。ちよツ、何ぞと言ふと、直に口答へだ。父さんが過め多た甘やかすもんだから、母さんの言ふことなぞ少ちつ許とも聞きやしねえ。真ほん個とに図づ太ない口の利きやうを為る。だから省吾は嫌ひさ。すこし是こち方らが遠慮して居れば、何処迄いゝ気に成るか知れやしねえ。あゝ必きつ定とまた蓮華寺へ寄つて、姉さんに何か言付けて来たんだらう。それで斯こん様なに遅くなつたんだらう。内証で隠れて行つて見ろ――酷いぞ。﹄
﹃奥様。﹄と音作は見兼ねたらしい。﹃何どう卒かまあ、今こん日ちのところは、私わしに免じて許して下さるやうに。ない︵なあと同じ農夫の言葉︶、省吾さん、貴あん方たもそれぢやいけやせん。母さんの言ふことを聞かねえやうなものなら、私だつて提さげ棒ぼう︵仲裁︶に出るのはもう御免だから。﹄
音作の女房も省吾の側へ寄つて、軽く背を叩たゝいて私さゝ語やいた。軈て女房は其手に槌の長柄を握らせて、﹃さあ、御手伝ひしやすよ。﹄と亭主の方へ連れて行つた。﹃どれ、始めずか︵始めようか︶。﹄と音作は省吾を相手にし、槌を振つて籾を打ち始めた。﹃ふむ、よう。﹄の掛声も起る。細君も、音作の女房も、復た仕事に取懸つた。
図はからず丑松は敬之進の家族を見たのである。彼あの可憐な少年も、お志保も、細君の真ほん実たうの子では無いといふことが解つた。夫の貧を養ふといふ心から、斯うして細君が労苦して居るといふことも解つた。五人の子の重荷と、不幸な夫の境遇とは、細君の心を怒り易く感じ易くさせたといふことも解つた。斯う解つて見ると、猶なほ々〳〵丑松は敬之進を憐むといふ心を起したのである。
今はすこし勇気を回復した。明あきらかに見、明に考へることが出来るやうに成つた。眼めの前まへに展ひろがる郊外の景色を眺めると、種さま々〴〵の追おも憶ひでは丑松の胸の中を往つたり来たりする。丁度斯うして、田たん圃ぼの側わきに寝そべり乍ら、収とり穫いれの光さ景まを眺めた彼あの無邪気な少年の時代を憶おも出ひだした。烏ゑ帽ぼ子し一帯の山脈の傾斜を憶出した。其傾斜に連なる田畠と石垣とを憶出した。茅ちが萱や、野菊、其他種々な雑草が霜葉を垂れる畦あぜ道みちを憶出した。秋風が田の面を渡つて黄な波を揚げる頃は、螽いなごを捕つたり、野鼠を追出したりして、夜はまた炉ろば辺たで狐と狢むじなが人を化かした話、山家で言ひはやす幽霊の伝説、放ほし縦いまゝな農夫の男をと女こをんなの物語なぞを聞いて、余念もなく笑ひ興じたことを憶おも出ひだした。あゝ、穢多の子といふ辛い自覚の味を知らなかつた頃――思へば一昔――其頃と今とは全く世を隔てたかの心地がする。丑松はまた、あの長野の師範校で勉強した時代のことを憶出した。未だ世の中を知らなかつたところからして、疑ひもせず、疑はれもせず、他ひとと自分とを同じやうに考へて、笑つたり騒いだりしたことを憶出した。あの寄宿舎の楽しい窓を憶出した。舎監の赤い髭を憶出した。食堂の麦飯の香にほひを憶出した。よく阿あ弥み陀だのに当つて、買ひに行つた門前の菓子屋の婆さんの顔を憶出した。夜の休やす息みを知らせる鐘が鳴り渡つて、軈やがて見廻りに来る舎監の靴の音が遠く廊下に響くといふ頃は、沈まりかへつて居た朋輩が復また起出して、暗い寝室の内で雑談に耽つたことを憶出した。終しまひには往生寺の山の上に登つて、苅かる萱かやの墓の畔ほとりに立ち乍ら、大おほきな声を出して呼び叫んだ時代のことを憶出して見ると――実に一生の光あり景さまは変りはてた。楽しい過去の追おも憶ひでは今の悲かな傷しみを二重にして感じさせる。﹃あゝ、あゝ、奈ど何うして俺は斯こん様なに猜うた疑がひ深ぶかくなつたらう。﹄斯う天を仰いで歎息した。急に、意外なところに起る綿のやうな雲を見つけて、しばらく丑松はそれを眺め乍ら考へて居たが、思はず知らず疲つか労れが出て、﹃藁によ﹄に倚より凭かゝつたまゝ寝て了つた。
︵三︶
ふと眼を覚まして四そこ辺いらを見廻した時は、暮色が最も早う迫つて来た。向ふの田の中の畦あぜ道みちを帰つて行く人々も見える。荒くれた男女の農夫は幾群か丑松の側わきを通り抜けた。鍬くはを担いで行くものもあり、俵を背負つて行くものもあり、中には乳ちの呑み児ごを抱だき擁かゝへ乍ら足早に家路をさして急ぐのもあつた。秋の一ひと日ひの烈しい労働は漸やうやく終を告げたのである。
まだ働いて居るものもあつた。敬之進の家族も急いで働いて居た。音作は腰を曲こゞめ、足に力を入れ、重い俵たはらを家の方へ運んで行く。後には女二人と省吾ばかり残つて、籾もみを振ふるつたり、それを俵へ詰めたりして居た。急に﹃かあさん、かあさん。﹄と呼ぶ声が起る。見れば省吾の弟、泣いて反そり返かへる児を背お負ぶひ乍ら、一人の妹を連れて母親の方へ駈寄つた。﹃おゝ、おゝ。﹄と細君は抱取つて、乳房を出して銜くはへさせて、
﹃進や。父さんは何してるか、お前めへ知らねえかや。﹄
﹃俺おら知んねえよ。﹄
﹃あゝ。﹄と細君は襦じゆ袢ばんの袖口でを押拭ふやうに見えた。﹃父さんのことを考へると、働く気もなにも失くなつて了ふ――﹄
﹃母さん、作ちやんが。﹄と進は妹の方を指差し乍ら叫んだ。
﹃あれ。﹄と細君は振返つて、﹃誰だい其袋を開けたものは――誰だい母さんに黙つて其袋を開けたものは。﹄
﹃作ちやんは取つて食ひやした。﹄と進の声で。
﹃真ほん実とに仕方が無いぞい――彼あの娘こは。﹄と細君は怒気を含んで、﹃其袋を茲こゝへ持つて来な――これ、早く持つて来ねえかよ。﹄
お作は八やつ歳つばかりの女の児。麻の袋を手に提げた儘、母の権幕を畏おそれて進みかねる。﹃母さん、お呉くんな。﹄と進も他の子供も強せ請がみ付く。省吾も其と見て、母の傍へ駈寄つた。細君はお作の手から袋を奪取るやうにして、
﹃どれ、見せな――そいつたツても、まあ、情ない。道理で先さつ刻きから穏おと順なしいと思つた。すこし母さんが見て居ないと、直に斯こ様んな真似を為る。黙つて取つて食ふやうなものは、泥棒だぞい――盗ぬす人ツとだぞい――ちよツ、何処へでも勝手に行つて了へ、其そ様んな根こん性じやうの奴は最も早う母さんの子ぢやねえから。﹄
斯う言つて、袋の中に残る冷つめたい焼おや餅きらしいものを取出して、細君は三人の児に分けて呉れた。
﹃母さん、俺おんにも。﹄とお作は手を出した。
﹃何だ、お前は。自分で取つて食つて置き乍ら。﹄
﹃母さん、もう一つお呉くんな。﹄と省吾は訴へるやうに、﹃進には二つ呉れて、私わしには一つしか呉ねえだもの。﹄
﹃お前は兄さんぢやねえか。﹄
﹃進には彼あ様んな大いのを呉れて。﹄
﹃嫌なら、廃よしな、さあ返しな――機嫌克よくして母さんの呉れるものを貰つた例ためしはねえ。﹄
進は一つ頬張り乍ら、軈やがて一つの焼おや餅きを見せびらかすやうにして、﹃省吾の馬鹿――やい、やい。﹄と呼んだ。省吾は忌いま々〳〵敷しいといふ様子。いきなり駈寄つて、弟の頭を握にぎ拳りこぶしで打つ。弟も利かない気。兄の耳の辺あたりを打ち返した。二人の兄弟は怒の為に身を忘れて、互に肩を聳して、丁度野けも獣ののやうに格あら闘そひを始める。音作の女房が周あ章わてゝ二人を引分けた時は、兄弟ともに大な声を揚げて泣叫ぶのであつた。
﹃どうしてまあ兄きや弟うだ喧いげ嘩んくわを為るんだねえ。﹄と細君は怒つて、﹃左さ様うお前達に側はたで騒がれると、母さんは最も早う気が狂ちがひさうに成る。﹄
斯の光あり景さまを丑松は﹃藁によ﹄の蔭に隠れ乍ら見て居た。様子を聞けば聞くほど不幸な家族を憐まずには居られなくなる。急に暮鐘の音に驚かされて、丑松は其処を離れた。
寂しい秋晩の空に響いて、また蓮華寺の鐘の音が起つた。それは多くの農夫の為に、一日の疲つか労れを犒ねぎらふやうにも、楽しい休やす息みを促うながすやうにも聞える。まだ野に残つて働いて居る人々は、いづれも仕事を急ぎ初めた。今は夕ゆふ靄もやの群が千ちく曲まが川はの対岸を籠こめて、高かう社しや山ざん一帯の山脈も暗く沈んだ。西の空は急に深い焦こげ茶ちや色に変つたかと思ふと、やがて落ちて行く秋の日が最後の反射を田たの面もに投げた。向ふに見える杜もりも、村落も、遠く暮色に包まれて了つたのである。あゝ、何の煩ひも思ひ傷むことも無くて、斯かういふ田園の景色を賞することが出来たなら、どんなにか青春の時代も楽しいものであらう。丑松が胸の中に戦ふ懊あう悩なうを感ずれば感ずる程、余計に他そ界との自然は活いき々〳〵として、身に染しみるやうに思はるゝ。南の空には星一つ顕あらはれた。その青々とした美しい姿は、一層夕暮の眺望を森おご厳そかにして見せる。丑松は眺め入り乍ら、自分の一生を考へて歩いた。
﹃しかし、其が奈ど何うした。﹄と丑松は豆畠の間の細道へさしかゝつた時、自分で自分を激はますやうに言つた。﹃自分だつて社会の一ひと員りだ。自分だつて他ひとと同じやうに生きて居る権利があるのだ。﹄
斯の思かん想がへに力を得て、軈て帰りかけて振返つて見た時は、まだ敬之進の家族が働いて居た。二人の女が冠つた手拭は夕闇に仄ほの白じろく、槌の音は冷ひや々〴〵とした空気に響いて、﹃藁を集めろ﹄などゝいふ声も幽かすかに聞える。立つて是こち方らを向いたのは省吾か。今は唯動いて居る暗い影かとばかり、人々の顔も姿も判らない程に暮れた。
︵四︶
﹃おつかれ﹄︵今晩は︶と逢あふ人毎に声を掛けるのは山家の黄たそ昏がれの習なら慣はしである。丁度新町の町はづれへ出て、帰つて行く農夫に出逢ふ度に、丑松は斯この挨拶を交とり換かはした。一ぜんめし、御休所、笹屋、としてある家うちの前で、また﹃おつかれ﹄を繰返したが、其は他の人でもない、例の敬之進であつた。
﹃おゝ、瀬川君か。﹄と敬之進は丑松を押留めるやうにして、﹃好い処で逢つた。何時か一度君とゆつくり話したいと思つて居た。まあ、左さ様う急がんでもよからう。今夜は我輩に交つき際あつて呉れてもよからう。斯ういふ処で話すのも亦また一興だ。是非、君に聞いて貰ひたいこともあるんだから――﹄
斯かう慫そゝ慂のかされて、丑松は敬之進と一緒に笹屋の入口の敷居を跨いで入つた。昼は行商、夜は農夫などが疲つか労れを忘れるのは茲こゝで、大な炉ろには﹃ぼや﹄︵雑木の枝︶の火が赤々と燃上つた。壁に寄せて古ふる甕がめのいくつか並べてあるは、地酒が溢れて居るのであらう。今は農家は忙しい時と季きで、長く御みこ輿しを座すゑるものも無い。一人の農夫が草わら鞋ぢば穿きの儘まゝ、ぐいと﹃てツぱ﹄︵こつぷ酒︶を引掛けて居たが、軈やがて其男の姿も見えなくなつて、炉ろば辺たは唯二人の専も有のとなつた。
﹃今晩は何にいたしやせう。﹄と主かみ婦さんは炉の鍵に大鍋を懸け乍ら尋ねた。﹃油けん汁ちんなら出来やすが、其ぢやいけやせんか。河で捕れた鰍かじかもごはす。鰍でも上げやせうかなあ。﹄
﹃鰍?﹄と敬之進は舌なめずりして、﹃鰍、結構――それに、油汁と来ては堪こたへられない。斯ういふ晩は暖い物に限りますからね。﹄
敬之進は酒慾の為に慄へて居た。素しら面ふで居る時は、からもう元気の無い人で、言葉もすくなく、病人のやうに見える。五十の上を一つか二つも越したらうか、年の割合には老ふけたといふでも無く、まだ髪は黒かつた。丑松は﹃藁によ﹄の蔭で見たり聞いたりした家族のことを思ひ浮べて、一層斯この人ひとに親しくなつたやうな心地がした。﹃ぼや﹄の火も盛んに燃えた。大鍋の中の油けん汁ちんは沸ふつ々〳〵と煮立つて来て、甘さうな香にほひが炉辺に満みち溢あふれる。主かみ婦さんは其を小こど丼んぶりに盛つて出し、酒は熱あつ燗かんにして、一本づゝ古風な徳利を二人の膳の上に置いた。
﹃瀬川君。﹄と敬之進は手酌でちびり〳〵始め乍ら、﹃君が飯山へ来たのは何時でしたつけねえ。﹄
﹃私わたしですか。私が来てから最も早う足掛三年に成ります。﹄と丑松は答へた。
﹃へえ、其そん様なに成るかねえ。つい此こな頃ひだのやうにしか思はれないがなあ。実に月日の経つのは早いものさ。いや、我輩なぞが老込む筈だよ。君等がずん〳〵進歩するんだもの。我輩だつて、君、一度は君等のやうな時代もあつたよ。明日は、明日は、明日はと思つて居る内に、もう五十といふ声を聞くやうに成つた。我輩の家うちと言ふのはね、もと飯山の藩士で、少年の時分から君侯の御側に勤めて、それから江戸表へ――丁度御ごい維ツし新んに成る迄。考へて見れば時勢は還うつり変つたものさねえ。変遷、変遷――見たまへ、千曲川の岸にある城跡を。彼あの名残の石垣が君等の目にはどう見えるね。斯う蔦つたや苺いちごなどの纏まと絡ひついたところを見ると、我輩はもう言ふに言はれないやうな心こゝ地ろもちになる。何処の城跡へ行つても、大抵は桑くは畠ばたけ。士族といふ士族は皆な零落して了つた。今日迄踏ふみ堪こたへて、どうにかかうにか遣つて来たものは、と言へば、役場へ出るとか、学校へ勤めるとか、それ位のものさ。まあ、士族ほど役に立たないものは無い――実は我輩も其一人だがね。はゝゝゝゝ。﹄
と敬之進は寂しさうに笑つた。やがて盃の酒を飲乾して、一寸舌打ちして、それを丑松へ差し乍ら、
﹃一つ交換といふことに願ひませうか。﹄
﹃まあ、御おし酌やくしませう。﹄と丑松は徳利を持添へて勧めた。
﹃それは不いか可ん。上げるものは上げる、頂くものは頂くサ。え――君は斯の方は遣やらないのかと思つたが、なか〳〵いけますねえ。君の御手並を拝見するのは今夜始めてだ。﹄
﹃なに、私のは三さん盃ばい上じや戸うごといふ奴なんです。﹄
﹃兎とに角かく、斯盃は差上げます。それから君のを頂きませう。まあ君だから斯こ様んなことを御話するんだが、我輩なぞは二十年も――左さや様うさ、小学教員の資格が出来てから足掛十五年に成るがね、其間唯同じやうなことを繰返して来た。と言つたら、また君等に笑はれるかも知れないが、終しまひには教場へ出て、何を生徒に教へて居るのか、自分乍ら感覚が無くなつて了つた。はゝゝゝゝ。いや、全くの話が、長く教員を勤めたものは、皆な斯ういふ経験があるだらうと思ふよ。実際、我輩なぞは教育をして居るとは思はなかつたね。羽はお織りは袴かまで、唯月給を貰ふ為に、働いて居るとしか思はなかつた。だつて君、左さ様うぢやないか、尋常科の教員なぞと言ふものは、学問のある労働者も同じことぢやないか。毎日、毎日――騒しい教場の整理、大勢の生徒の監督、僅わづ少かの月給で、長い時間を働いて、克よくまあ今日迄自分でも身体が続いたと思ふ位だ。あるひは君等の目から見たら、今茲こゝで我輩が退職するのは智ち慧ゑの無い話だと思ふだらう。そりやあ我輩だつて、もう六ヶ月踏ふみ堪こたへさへすれば、仮たと令へ僅わづ少かでも恩給の下さがる位は承知して居るさ。承知して居ながら、其が我輩には出来ないから情ない。是から以さ後き我輩に働けと言ふのは、死ねといふも同じだ。家内はまた家内で心配して、教員を休やめて了しまつたら、奈ど何うして活くら計しが立つ、銀行へ出て帳面でもつけて呉れろと言ふんだけれど、どうして君、其そ様んな真似が我輩に出来るものか。二十年来慣れたことすら出来ないものを、是から新規に何が出来よう。根気も、精分も、我輩の身体の内にあるものは悉すつ皆かりもう尽きて了つた。あゝ、生きて、働いて、仆たふれるまで鞭むち撻うたれるのは、馬車馬の末路だ――丁度我輩は其馬車馬さ。はゝゝゝゝ。﹄
︵五︶
急に入つて来た少年に妨げられて、敬之進は口を噤つぐんだ。流なが許しもとに主かみ婦さん、暗い洋ラン燈プの下で、かちや〳〵と皿小鉢を鳴らして居たが、其と見て少年の側へ駈寄つた。
﹃あれ、省吾さんでやすかい。﹄
と言はれて、省吾は用事ありげな顔付。
﹃吾う家ちの父さんは居りやすか。﹄
﹃あゝ居なさりやすよ。﹄と主婦は答へた。
敬之進は顔を渋しかめた。入口の庭の薄暗いところに佇たゝ立ずんで居る省吾を炉ろば辺たまで連れて来て、つく〴〵其可憐な様子を眺ながめ乍ながら、
﹃奈ど何うした――何か用か。﹄
﹃あの、﹄と省吾は言いひ淀よどんで、﹃母さんがねえ、今夜は早く父さんに御帰りなさいツて。﹄
﹃むゝ、また呼びによこしたのか――ちよツ、極きまりを遣やつてら。﹄と敬之進は独ひと語りごとのやうに言つた。
﹃そんなら父さんは帰りなさらないんですか。﹄と省吾はおづ〳〵尋ねて見る。
﹃帰るサ――御話が済すめば帰るサ。母さんに斯う言へ、父さんは学校の先生と御話して居ますから、其が済めば帰りますツて。﹄と言つて、敬之進は一段声を低くして、﹃省吾、母さんは今何してる?﹄
﹃籾もみを片付けて居りやす。﹄
﹃左さ様うか、まだ働いてるか。それから彼あの……何か……母さんはまた例いつものやうに怒つてやしなかつたか。﹄
省吾は答へなかつた。子供心にも、父を憐むといふ目付して、黙つて敬之進の顔を熟みま視もつたのである。
﹃まあ、冷つめたさうな手をしてるぢやないか。﹄と敬之進は省吾の手を握つて、﹃それ金おあ銭しを呉れる。柿でも買へ。母さんや進には内証だぞ。さあ最も早うそれで可いゝから、早く帰つて――父さんが今言つた通りに――よしか。解つたか。﹄
省吾は首を垂れて、萎しをれ乍ら出て行つた。
﹃まあ聞いて呉れたまへ。﹄と敬之進は復また述懐を始めた。﹃ホラ、君が彼の蓮華寺へ引越す時、我輩も門前まで行きましたらう――実は、君だから斯こ様んなこと迄も御話するんだが、彼寺には不義理なことがしてあつて、住職は非常に怒つて居る。我輩が飲む間は、交つき際あはぬといふ。情ないとは思ふけれど、其そ様んな関係で、今では娘の顔を見に行くことも出来ないやうな仕末。まあ、彼寺へ呉れて了つたお志保と、省吾と、それから亡くなつた総領と、斯う三人は今の家内の子では無いのさ。前せんの家内といふのは、矢やは張り飯山の藩士の娘でね、我輩の家うちの楽な時代に嫁かたづいて来て、未だ今のやうに零落しない内に亡なくなつた。だから我輩は彼あい女つのことを考へる度に、一生のうちで一番楽しかつた時代を思出さずには居られない。一いつ盃ぱいやると、きつと其時代のことを思出すのが我輩の癖で――だつて君、年を取れば、思出すより外に歓たの楽しみが無いのだもの。あゝ、前せんの家内は反かへつて好い時に死んだ。人間といふものは妙なもので、若い時に貰つた奴がどうしても一番好いやうな気がするね。それに、性質が、今の家内のやうに利きかん気では無かつたが、そのかはり昔風に亭主に便たよるといふ風で、何どこ処ま迄でも我輩を信じて居た。蓮華寺へ行つたお志保――彼あの娘こがまた母親に克よく似て居て、眼付なぞはもう彷そつ彿くりさ。彼娘の顔を見ると、直に前せんの家内が我輩の眼に映る。我輩ばかりぢやない、他ひとが克く其を言つて、昔話なぞを始めるものだから、さあ今の家内は面白くないと見えるんだねえ。正直御話すると、我輩も蓮華寺なぞへ彼娘を呉れたくは無かつた。然し吾う家ちに置けば、彼娘の為にならない。第一、其では可愛さうだ。まあ、蓮華寺では非常に欲ほしがるし、奥様も子は無し、それに他の土地とは違つて寺て院らを第一とする飯山ではあり、するところからして、お志保を手放して遣つたやうな訳さ。﹄
聞けば聞くほど、丑松は気の毒に成つて来た。成なる程ほど、左さ様う言はれて見れば、落らく魄はくの画ゑす像がた其その儘まゝの様子のうちにも、どうやら武士らしい威厳を具へて居るやうに思はるゝ。
﹃丁度、それは彼娘の十三の時。﹄と敬之進は附つけ和たして言つた。
︵六︶
﹃噫あゝ。我輩の生しや涯うがいなぞは実に碌ろく々〳〵たるものだ。﹄と敬之進は更に嘆息した。﹃しかし瀬川君、考へて見て呉れたまへ。君は碌々といふ言葉の内に、どれほどの酸苦が入つて居ると考へる。斯かうして我輩は飲むから貧乏する、と言ふ人もあるけれど、我輩に言はせると、貧乏するから飲むんだ。一日たりとも飲まずには居られない。まあ、我輩も、始の内は苦くる痛しみを忘れる為に飲んだのさ。今では左さ様うぢや無い、反つて苦痛を感ずる為に飲む。はゝゝゝゝ。と言ふと可を笑かしく聞えるかも知れないが、一晩でも酒の気が無からうものなら、寂しくて、寂しくて、身体は最も早うがた〳〵震ふるへて来る。寝ても寝られない。左さ様うなると殆ほとんど精神は無感覚だ。察して呉れたまへ――飲んで苦しく思ふ時が、一番我輩に取つては活きてるやうな心こゝ地ろもちがするからねえ。恥を御話すればいろ〳〵だが、我輩も飯山学校へ奉職する前には、下高井の在で長く勤めたよ。今の家内を貰つたのは、丁度その下高井に居た時のことさ。そこはそれ、在に生れた女だけあつて、働くことは家内も克よく働く。霜を掴つかんで稲を刈るやうなことは到底我輩には出来ないが――我輩がまた其そ様んな真似をして見給へ、直に病気だ――ところが彼あい女つには堪へられる。貧苦を忍ぶといふ力は家内の方が反つて我輩より強いね。だから君、最も早う斯う成つた日にやあ、恥も外聞もあつたものぢや無い、私は私でお百姓する、なんて言出して、馬鹿な、女の手で作なぞを始めた。我輩の家に旧もとから出入りする百姓の音作、あの夫婦が先代の恩返しだと言つて、手伝つては呉れるがね、どうせ左さ様ううまく行きツこはないさ。それを我輩が言ふんだけれど、どうしても家内は聞入れない。尤もつとも、我輩は士族だから、一反歩は何坪あるのか、一束つかに何斗の年貢を納めるのか、一升蒔まきで何俵の籾もみが取れるのか、一体年ねんに肥料が何どの位要いるものか、其そ様んなことは薩さつ張ぱり解らん。現に我輩は家内が何坪借りて作つて居るかといふことも知らない。まあ、家内の量見では、子供に耕さ作くでも見習はせて、行く〳〵は百姓に成つて了ふ積りらしいんだ。そこで毎い時つでも我輩と衝突が起る。どうせ彼あ様んな無学な女は子供の教育なんか出来よう筈も無い。実際、我輩の家庭で衝突の起おこ因りと言へば必ず子供のことさ。子供がある為に夫婦喧嘩もするやうなものだが、又、その夫婦喧嘩をした為に子供が出来たりする。あゝ、もう沢たく山さんだ、是上出来たら奈ど何うしよう、一人子供が増ふえれば其それ丈だけ貧苦を増すのだと思つても、出来るものは君どうも仕方が無いぢやないか。今の家内が三番目の女の児を産んだ時、えゝお末と命つけてやれ、お末とでも命けたら終おしまひに成るか、斯う思つたら――どうでせう、君、直にまた四番目サ。仕方が無いから、今度は留吉とした。まあ、五人の子供に側で泣き立てられて見たまへ。なか〳〵遣やりきれた訳のものでは無いよ。惨苦、惨苦――我輩は子供の多い貧乏な家庭を見る度に、つく〴〵其惨苦を思ひやるねえ。五人の子供ですら食はせるのは容易ぢやない、若もしまた是上に出来でもしたら、我輩の家なぞでは最も早う奈ど何うしていゝか解らん。﹄
斯う言つて、敬之進は笑つた。熱い涙は思はず知らず流れ落ちて、零おち落ぶれた袖を湿ぬらしたのである。
﹃我輩は君、これでも真面目なんだよ。﹄と敬之進は、額と言はず、頬と言はず、腮あごと言はず、両手で自分の顔を撫で廻した。﹃どうでせう、省吾の奴も君の御厄介に成つてるが、彼あ様んな風で物に成りませうか。もう少すこ許し活溌だと好いがねえ。どうも女のやうな気分の奴で、泣易くて困る。平しよ素ツちゆう弟に苦いぢめられ通しだ。同じ自分の子で、どれが可愛くて、どれが憎いといふことは有さうも無ささうなものだが、それがそれ、妙なもので、我輩は彼の省吾が可愛さうでならない。彼の通り弱いものだから、其それ丈だけ哀あは憐れみも増すのだらうと思ふね。家内はまた弟の進贔びい顧き。何ぞといふと、省吾の方を邪魔にして、無むや暗みに叱るやうなことを為る。そこへ我輩が口を出すと、前せん妻さいの子ばかり可愛がつて進の方は少ちつ許とも関かまつて呉れんなんて――直に邪推だ。だからもう我輩は何にも言はん。家内の為る通りに為せて、黙つて見て居るのさ。成るべく家内には遠ざかるやうにして、密そつと家うちを抜け出して来ては、独りで飲むのが何よりの慰たの藉しみだ。稀たまに我輩が何か言はうものなら、私は斯こん様なに裸はだ体かで嫁に来やしなかつたなんて、其を言はれると一いち言ごんも無い。実際、彼あい奴つが持つて来た衣も類のは、皆な我輩が飲んで了つたのだから――はゝゝゝゝ。まあ、君等の目から見たら、さぞ我輩の生涯なぞは馬鹿らしく見えるだらうねえ。﹄
述懐は反かへつて敬之進の胸の中を軽くさせた。其晩は割合に早く酔つて、次第に物の言ひ様も煩くどく、終しまひには呂ろれ律つも廻らないやうに成つて了つたのである。
軈やがて二人は斯この炉ろば辺たを離れた。勘定は丑松が払つた。笹屋を出たのは八時過とも思はれる頃。夜の空気は暗く町々を包んで、往来の人通りもすくない。気が狂ちがつて独ひと語りごとを言ひ乍ら歩く女、酔つて家うちを忘れたやうな男、そんな手合が時々二人に突当つた。敬之進は覚おぼ束つかない足あし許もとで、やゝともすれば往来の真中へ倒れさうに成る。酔眼朦もう朧ろう、星の光すら其瞳には映りさうにも見えなかつた。拠よんどころなく丑松は送り届けることにして、ある時は右の腕で敬之進の身から体だを支へるやうにしたり、ある時は肩へ取とり縋すがらせて背お負ぶふやうにしたり、ある時は抱だき擁かゝへて一緒に釣合を取り乍ら歩いた。
漸やつとの思で、敬之進を家まで連れて行つた時は、まだ細君も音作夫婦も働いて居た。人々は夜露を浴び乍ら、屋そ外とで仕事を為て居るのであつた。丑松が近ちかづくと、それと見た細君は直に斯う声を掛けた。
﹃あちや、まあ、御困りなすつたでごはせう。﹄
第五章
︵一︶
十一月三日はめづらしい大霜。長い〳〵山国の冬が次第に近ちかづいたことを思はせるのは是これ。其朝、丑松の部屋の窓の外は白い煙に掩おほはれたやうであつた。丑松は二十四年目の天長節を飯山の学校で祝ふといふ為に、柳やな行ぎが李うりの中から羽織袴を出して着て、去年の外ぐわ套いたうに今年もまた身を包んだ。
暗い楼はし梯ごだんを下りて、北向の廊下のところへ出ると、朝の光がうつくしく射して来た。溶けかゝる霜と一緒に、日にあたる裏庭の木この葉はは多く枝を離れた。就わけ中ても、脆もろいのは銀いて杏ふで、梢こずゑには最も早う一ひと葉はの黄もとゞめない。丁度其霜しも葉ばの舞ひ落ちる光あり景さまを眺め乍ら、廊下の古壁に倚より凭かゝつて立つて居るのは、お志保であつた。丑松は敬之進のことを思出して、つく〴〵彼あの落らく魄はくの生しや涯うがいを憐むと同時に、亦また斯この人を注意して見るといふ気にも成つたのである。
﹃お志保さん。﹄と丑松は声を掛けた。﹃奥様に左さ様う言つて呉れませんか――今日は宿直の当番ですから何どう卒か晩の弁当をこしらへて下さるやうに――後で学校の小使を取りによこしますからツて――ネ。﹄
と言はれて、お志保は壁を離れた。娘の時代には克よくある一種の恐怖心から、何となく丑松を憚はゞかつて居るやうにも見える。何処か敬之進に似たところでもあるか、斯かう丑松は考へて、其となく俤おもかげを捜さがして見ると、若々しい髪のかたち、額つき――まあ、どちらかと言へば、彼あの省吾は父親似、斯この人はまた亡なくなつたといふ母親の方にでも似たのであらう。﹃眼付なぞはもう彷そつ彿くりさ﹄と敬之進も言つた。
﹃あの、﹄とお志保はすこし顔を紅あかくし乍ら、﹃此こな頃ひだの晩は、大層父が御厄介に成りましたさうで。﹄
﹃いや、私の方で反かへつて失礼しましたよ。﹄と丑松は淡さつ泊ぱりした調子で答へた。
﹃昨日、弟が参りまして、其話をいたしました。﹄
﹃むゝ、左さ様うでしたか。﹄
﹃さぞ御困りで御ござ座いましたらう――父が彼あ様ゝいふ風ですから、皆さんの御厄介にばかり成りまして。﹄
敬之進のことは一いつ時ときもお志保の小な胸を離れないらしい。柔やは嫩らかな黒くろ眸ひとみの底には深い憂うれ愁ひのひかりを帯びて、頬も紅あかく泣なき腫はれたやうに見える。軈やがて斯ういふ言葉を取交した後、丑松は外套の襟で耳を包んで、帽子を冠つて蓮華寺を出た。
とある町の曲り角で、外套の袖かく袋しに手を入れて見ると、古い皺しわだらけに成つた手袋が其その内なかから出て来た。黒の莫メリ大ヤ小スの裏毛の付いたやつで、皺を延ばして填はめた具合は少すこ許し細く緊しまり過ぎたが、握つた心こゝ地ろもちは暖かであつた。其手袋を鼻の先へ押当てゝ、紛ぷんとした湿し気けくさい臭にほ気ひを嗅いで見ると、急に過すぎ去さつた天長節のことが丑松の胸の中に浮んで来る。去年――一昨年――一昨々年――噫あゝ、未だ世の中を其それ程ほど深く思ひ知らなかつた頃は、噴ふき飯だしたくなるやうな、気楽なことばかり考へて、この大祭日を祝つて居た。手袋は旧もとの儘まゝ、色は褪さめたが変らずにある。それから見ると人の精こゝ神ろの内な部かの光あり景さまの移り変ることは。これから将さ来きの自分の生涯は畢つま竟り奈ど何うなる――誰が知らう。来年の天長節は――いや、来年のことは措おいて、明日のことですらも。斯う考へて、丑松の心は幾いく度たびか明くなつたり暗くなつたりした。
さすがに大祭日だ。町々の軒は高く国旗を掲げ渡して、いづれの家も静粛に斯の記念の一ひと日ひを送ると見える。少年の群は喜ばしさうな声を揚げ乍ら、霜に濡れた道路を学校の方へと急ぐのであつた。悪いた戯づら盛ざかりの男の生徒、今日は何時にない大人びた様子をして、羽織袴でかしこまつた顔付のをかしさ。女生徒は新しい海えび老ちや茶ばか袴ま、紫袴であつた。
︵二︶
国のみかどの誕生の日を祝ふために、男女の生徒は足拍子揃へて、二階の式場へ通ふ階段を上つた。銀之助は高等二年を、文平は高等一年を、丑松は高等四年を、いづれも受持々々の組の生徒を引連れて居た。退職の敬之進は最も早う客分ながら、何となく名残が惜まるゝといふ風で、旧もとの生徒の後に随ついて同じやうに階段を上るのであつた。
斯の大祭の歓よろ喜こびの中にも、丑松の心を驚かして、突然新しい悲かな痛しみを感ぜさせたことがあつた。といふは、猪子蓮太郎の病気が重くなつたと、ある東京の新聞に出て居たからで。尤もつとも丑松の目に触れたは、式の始まるといふ前、審くはしく読む暇も無かつたから、其その儘まゝ懐ふと中ころへ押込んで来たのであつた。世には短い月日の間に長い生涯を送つて、あわただしく通り過ぎるやうに生れて来た人がある。恐らく蓮太郎も其一人であらう。新聞には最も早うむつかしいやうに書いてあつた。あゝ、先輩の胸中に燃える火は、世を焼くよりも前さきに、自分の身体を焚やき尽して了しまふのであらう。斯ういふ同おも情ひやりは一いつ時ときも丑松の胸を離れない。猶なほ繰返し読んで見たさは山々、しかし左さ様うは今の場合が許さなかつた。
其日は赤十字社の社員の祝賀をも兼ねた。式場に集る人々の胸の上には、赤い織色の綬きれ、銀の章しるしの輝いたのも面白く見渡される。東の壁のところに、二十余人の寺々の住職、今年にかぎつて蓮華寺一人欠けたのも物足りないとは、流さす石がに土地柄も思はれてをかしかつた。殊に風采の人目を引いたのは、高柳利三郎といふ新進政事家、すでに檜ひの舞きぶ台たいをも踏んで来た男で、今年もまた代議士の候補者に立つといふ。銀之助、文平を始め、男女の教員は一同風琴の側に集つた。
﹃気をつけ。﹄
と呼ぶ丑松の凛りんとした声が起つた。式は始つたのである。
主座教員としての丑松は反つて校長よりも男女の少年に慕はれて居た。丑松が﹃最敬礼﹄の一声は言ふに言はれぬ震動を幼いものゝ胸に伝へるのであつた。軈やがて、﹃君が代﹄の歌の中に、校長は御みえ影いを奉開して、それから勅語を朗読した。万歳、万歳と人々の唱へる声は雷らいのやうに響き渡る。其日校長の演説は忠孝を題に取つたもので、例の金きん牌ぱいは胸の上に懸つて、一ひと層しほ其風采を教育者らしくして見せた。﹃天長節﹄の歌が済む、来賓を代表した高柳の挨拶もあつたが、是はまた場慣れて居る丈だけに手に入つたもの。雄弁を喜ぶのは信州人の特色で、斯ういふ一場の挨拶ですらも、人々の心を酔はせたのである。
平和と喜よろ悦こびとは式場に満ち溢れた。
閉会の後、高等四年の生徒はかはる〴〵丑松に取とり縋すがつて、種いろ々〳〵物を尋ねるやら、跳はねるやら。あるものは手を引いたり、あるものは袖の下を潜り抜けたりして、戯れて、避よけて行かうとする丑松を放すまいとした。仙太と言つて、三年の生徒で、新平民の少年がある。平ふだ素んから退のけ者ものにされるのは其生徒。けふも寂しさうに壁に倚より凭かゝつて、皆みんなの歓よろこび戯れる光あり景さまを眺め乍ら立つて居た。可愛さうに、仙太は斯この天長節ですらも、他の少年と同じやうには祝ひ得ないのである。丑松は人知れず口くち唇びるを噛み〆しめて、﹃勇気を出せ、懼おそれるな﹄と励ますやうに言つて遣りたかつた。丁度他の教師が見て居たので、丑松は遁にげるやうにして、少年の群を離れた。
今朝の大霜で、学校の裏庭にある樹木は大概落葉して了しまつたが、桜ばかりは未だ秋の名残をとゞめて居た。丑松は其葉蔭を選んで、時々私さゝ語やくやうに枝を渡る微風の音にも胸を踊らせ乍ら、懐ふと中ころから例の新聞を取出して展ひろげて見ると――蓮太郎の容体は余程危あやふいやうに書いてあつた。記者は蓮太郎の思想に一々同意するものでは無いが、兎とも角かくも新平民の中から身を起して飽くまで奮闘して居る其意気を愛せずには居られないと書いてあつた。惜まれて逝ゆく多くの有望な人々と同じやうに、今また斯の人が同じ病苦に呻しん吟ぎんすると聞いては、うたゝ同情の念に堪へないと書いてあつた。思ひあたることが無いでもない、人に迫るやうな渠かれの筆の真しん面めん目もくは斯うした悲あは哀れが伴ふからであらう、斯ういふ記者も亦またその為に薬やく籠ろうに親しむ一人であると書いてあつた。
動揺する地上の影は幾度か丑松を驚かした。日の光は秋風に送られて、かれ〴〵な桜の霜葉をうつくしくして見せる。蕭せう条でうとした草木の凋てう落らくは一層先輩の薄命を冥めい想さうさせる種となつた。
︵三︶
敬之進の為に開いた茶話会は十一時頃からあつた。其日の朝、蓮華寺を出る時、丑松は廊下のところでお志保に逢つて、この不幸な父親を思出したが、斯うして会場の正面に座すゑられた敬之進を見ると、今度は反あべ対こべに彼の古壁に倚凭つた娘のことを思出したのである。敬之進の挨拶は長い身の上の述懐であつた。憐むといふ心があればこそ、丑松ばかりは首を垂れて聞いて居たやうなものゝ、さもなくて、誰が老おいの繰くり言ごとなぞに耳を傾けよう。
茶話会の済んだ後のことであつた。丁度庭テニ球スの遊あそ戯びを為るために出て行かうとする文平を呼留めて、一緒に校長はある室の戸を開けて入つた。差向ひに椅子に腰掛けたは運動場近くにある窓のところで、庭テニ球ス狂きちがひの銀之助なぞが呼び騒ぐ声も、玻ガラ璃スに響いて面白さうに聞えたのである。
﹃まあ、勝野君、左さ様う運動にばかり夢中にならないで、すこし話したまへ。﹄と校長は忸なれ々〳〵敷しく、﹃時に、奈ど何うでした、今日の演説は?﹄
﹃先生の御演説ですか。﹄と文平が打ラッ球ケッ板トを膝の上に載せて、﹃いや、非常に面白く拝うか聴ゞひました。﹄
﹃左さ様うですかねえ――少すこ許しは聞きごたへが有ましたかねえ。﹄
﹃御世辞でも何でも無いんですが、今迄私が拝うか聴ゞつた中うちでは、先まづ第一等の出来でしたらう。﹄
﹃左さ様う言つて呉れる人があると難あり有がたい。﹄と校長は微笑み乍ら、﹃実は彼あの演説をするために、昨ゆう夜べ一晩かゝつて準した備くしましたよ。忠孝といふ字義の解釈は奈ど何う聞えました。我輩の積りでは、あれでも余程頭あた脳まを痛めたのさ。種いろ々〳〵な字典を参考するやら、何やら――そりやあもう、君。﹄
﹃どうしても調べたものは調べた丈のことが有ます。﹄
﹃しかし、真ほん実たうに聞いて呉れた人は君くらゐのものだ。町の人なぞは空々寂々――いや、実際、耳を持たないんだからねえ。中には、高柳の話に酷ひどく感服してる人がある。彼あ様んな演説屋の話と、吾われ儕〳〵の言ふことゝを、一緒にして聞かれて堪たまるものかね。﹄
﹃どうせ解らない人には解らないんですから。﹄
と文平に言はれて、不平らしい校長の顔付は幾いく分らか和やはらいで来た。
其時迄、校長は何か言ひたいことがあつて、それを言はないで、反かへつて斯かういふ談はな話しをして居るといふ風であつたが、軈やがて思ふことを切出した。わざ〳〵文平を呼留めて斯室へ連れて来たのは、どうかして丑松を退ける工夫は無いか、それを相談したい下心であつたのである。﹃と云ふのはねえ、﹄と校長は一段声を低くした。﹃瀬川君だの、土屋君だの、彼あ様ゝいふ異分子が居ると、どうも学校の統一がつかなくて困る。尤もつとも土屋君の方は、農科大学の助手といふことになつて、遠からず出掛けたいやうな話ですから――まあ斯この人ひとは黙つて居ても出て行く。難物は瀬川君です。瀬川君さへ居なくなつて了へば、後は君、もう吾われ儕〳〵の天下さ。どうかして瀬川君を廃よして、是非其後へは君に座すわつて頂きたい。実は君の叔父さんからも種いろ々〳〵御話が有ましたがね、叔父さんも矢やつ張ぱり左さ様ういふ意見なんです。何とか君、巧うまい工夫はあるまいかねえ。﹄
﹃左さ様うですなあ。﹄と文平は返事に困つた。
﹃生徒を御覧なさい――瀬川先生、瀬川先生と言つて、瀬川君ばかり大騒ぎしてる。彼あん様なに大騒ぎするのは、瀬川君の方で生徒の機嫌を取るからでせう? 生徒の機嫌を取るといふのは、何か其処に訳があるからでせう? 勝野君、まあ君は奈ど何う思ひます。﹄
﹃今の御話は私に克よく解りません。﹄
﹃では、君、斯う言つたら――これはまあ是これ限ぎりの御話なんですがね、必きつ定と瀬川君は斯の学校を取らうといふ野心があるに相ちが違ひないんです。﹄
﹃はゝゝゝゝ、まさか其程にも思つて居ないでせう。﹄と笑つて、文平は校長の顔を熟みま視もつた。
﹃でせうか?﹄と校長は疑深く、﹃思つて居ないでせうか?﹄
﹃だつて、未まだ其そ様んなことを考へるやうな年と齢しぢや有ません――瀬川君にしろ、土屋君にしろ、未だ若いんですもの。﹄
この﹃若いんですもの﹄が校長を嘆息させた。庭で遊ぶ庭テニ球スの球の音はおもしろく窓の玻ガラ璃スに響いた。また一勝負始まつたらしい。思はず文平は聞耳を立てた。その文平の若々しい顔付を眺めると、校長は更に嘆息して、
﹃一体、瀬川君なぞは奈ど何ういふことを考へて居るんでせう。﹄
﹃奈何いふことゝは?﹄と文平は不思議さうに。
﹃まあ、近頃の瀬川君の様子を見るのに、非常に沈んで居る――何か斯う深く考へて居る――新しい時代といふものは彼あ様ゝ物を考へさせるんでせうか。どうも我輩には不思議でならない。﹄
﹃しかし、瀬川君の考へて居るのは、何か別の事でせう――今、先生の仰つたやうな、其そ様んな事ぢや無いでせう。﹄
﹃左さ様うなると、猶なほ々〳〵我輩には解釈が付かなくなる。どうも我輩の時代に比べると、瀬川君なぞの考へて居ることは全く違ふやうだ。我輩の面白いと思ふことを、瀬川君なぞは一向詰らないやうな顔してる。我輩の詰らないと思ふことを、反つて瀬川君なぞは非常に面白がつてる。畢つま竟り一緒に事しご業とが出来ないといふは、時代が違ふからでせうか――新しい時代の人と、吾われ儕〳〵とは、其そん様なに思かん想がへが合はないものなんでせうか。﹄
﹃ですけれど、私なぞは左さ様う思ひません。﹄
﹃そこが君の頼たの母もしいところさ。何どう卒か、君、彼あ様ゝいふ悪い風潮に染まないやうにして呉れたまへ。及ばずながら君のことに就いては、我輩も出来るだけの力を尽すつもりだ。世の中のことは御互ひに助けたり助けられたりさ――まあ、勝野君、左さ様うぢや有ませんか。今茲こゝで直に異分予を奈ど何うするといふ訳にもいかない。ですから、何か好い工夫でも有つたら、考へて置いて呉れたまへ――瀬川君のことに就いて何か聞込むやうな場合でも有つたら、是非それを我輩に知らせて呉れたまへ。﹄
︵四︶
盛んな遊戯の声がまた窓の外に起つた。文平は打ラッ球ケッ板トを提げて出て行つた。校長は椅子を離れて玻ガラ璃スの戸を上げた。丁度運動場では庭テニ球スの最中。大人びた風の校長は、まだ筋骨の衰おと頽ろへを感ずる程の年頃でも無いが、妙に遊戯の嫌ひな人で、殊に若いものゝ好な庭球などゝ来ては、昔の東洋風の軽けい蔑べつを起すのが癖。だから、﹃何を、児こど戯もらしいことを﹄と言つたやうな目付して、夢中になつて遊ぶ人々の光あり景さまを眺めた。
地は日の光の為に乾き、人は運動の熱の為に燃えた。いつの間にか文平は庭へ出て、遊戯の仲間に加つた。銀之助は今、文平の組を相手にして、一戦を試みるところ。流さす石がの庭テニ球スき狂ちがひもさん〴〵に敗北して、軈やがて仲間の生徒と一緒に、打ラッ球ケッ板トを捨てゝ退いた。敵方の揚げる﹃勝ゲ負エ有ム﹄の声は、拍手の音に交つて、屋そ外との空気に響いておもしろさうに聞える。東よりの教室の窓から顔を出した二三の女教師も、一緒になつて手を叩たゝいて居た。其時、幾組かに別れて見物した生徒の群は互ひに先を争つたが、中に一人、素早く打ラッ球ケッ板トを拾つた少年があつた。新平民の仙太と見て、他の生徒が其側へ馳かけ寄よつて、無理無体に手に持つ打ラッ球ケッ板トを奪ひ取らうとする。仙太は堅く握つた儘まゝ、そんな無法なことがあるものかといふ顔付。それはよかつたが、何時まで待つて居ても組のものが出て来ない。﹃さあ、誰か出ないか﹄と敵方は怒つて催促する。少年の群は互ひに顔を見合せて、困つて立つて居る仙太を冷笑して喜んだ。誰も斯この穢多の子と一緒に庭球の遊あそ戯びを為ようといふものは無かつたのである。
急に、羽織を脱ぎ捨てゝ、そこにある打ラッ球ケッ板トを拾つたは丑松だ。それと見た人々は意味もなく笑つた。見物して居る女教師も微ほゝ笑ゑんだ。文平贔びい顧きの校長は、丑松の組に勝たせたくないと思ふかして、熱心になつて窓から眺ながめて居た。丁度午後の日を背うし後ろにしたので、位置の利は始めから文平の組の方にあつた。
﹃壱ワン、零ゼロ。﹄
と呼ぶのは、網の傍に立つ審判官の銀之助である。丑松仙太は先づ第一の敗を取つた。見物して居る生徒は、いづれも冷笑を口くち唇びるにあらはして、仙太の敗を喜ぶやうに見えた。
﹃弐ツウ、零ゼロ。﹄
と銀之助は高く呼んだ。丑松の組は第二の敗を取つたのである。﹃弐ツウ、零ゼロ。﹄と見物の生徒は聞えよがしに繰返した。
敵方といふのは、年若な準教員――それ、丑松が蓮華寺へ明あき間まを捜しに行つた時、帰かへ路りに遭で遇あつた彼男と、それから文平と、斯う二人の組で、丑松に取つては侮あなどり難い相手であつた。それに、敵方の力は揃つて居るに引替へ、味方の仙太はまだ一向に練習が足りない。
﹃参スリイ、零ゼロ。﹄
と呼ぶ声を聞いた時は、丑松もすこし気を苛いらつた。人種と人種の競争――それに敗ひけを取るまいといふ丑松の意気が、何となく斯こ様んな遊戯の中にも顕あらはれるやうで、﹃敗まけるな、敗けるな﹄と弱い仙太を激はますのであつた。丑松は撃サア手ブ。最後の球を打つ為に、外そと廓ぐるわの線の一角に立つた。﹃さあ、来い﹄と言はぬばかりの身構へして、窺うかゞひ澄まして居る文平を目がけて、打込んだ球はかすかに網に触れた。﹃触タッチ﹄と銀之助の一声。丑松は二度目の球を試みた。力あまつて線を越えた。ああ、﹃落フオウル﹄だ。丑松も今は怒気を含んで、満身の力を右の腕に籠め乍ら、勝つも負けるも運は是球一つにあると、打込む勢は獅子奮進。青年の時代に克よくある一種の迷想から、丁度一生の運命を一時の戯たはむれに占ふやうに見える。﹃内イン﹄と受けた文平もさるもの。故わ意ざと丑松の方角を避けて、うろ〳〵する仙太の虚すきを衝ついた。烈しい日の光は真ま正と面もに射して、飛んで来る球のかたちすら仙太の目には見えなかつたのである。
﹃勝ゲ負エ有ム。﹄
と人々は一音に叫んだ。仙太の手から打ラッ球ケッ板トを奪ひ取らうとした少年なぞは、手を拍うつて、雀こを躍どりして、喜んだ。思はず校長も声を揚げて、文平の勝利を祝ふといふ風であつた。
﹃瀬川君、零ゼロ敗まけとはあんまりぢやないか。﹄
といふ銀之助の言葉を聞捨てゝ、丑松はそこに置いた羽織を取上げながら、すご〳〵と退いた。やがて斯この運うん動どう場ばから裏庭の方へ廻つて、誰も見て居ないところへ来ると、不図何か思出したやうに立留つた。さあ、丑松は自分で自分を責めずに居られなかつたのである。蓮太郎――大日向――それから仙太、斯う聯想した時は、猜うた疑がひと恐おそ怖れとで戦ふ慄るへるやうになつた。噫あゝ、意地の悪い智ち慧ゑはいつでも後から出て来る。
第六章
︵一︶
天長節の夜は宿直の当番であつたので、丑松銀之助の二人は学校に残つた。敬之進は急に心細く、名残惜しくなつて、いつまでも此処を去り兼ねる様子。夕飯の後、まだ宿直室に話しこんで、例の愚痴の多い性質から、生おひ先さき長い二人に笑はれて居るうちに、壁の上の時計は八時打ち、九時打つた。それは翌よく朝あさの霜の烈しさを思はせるやうな晩で、日中とは違つて、めつきり寒かつた。丑松が見廻りの為に出て行つた後、まだ敬之進は火鉢の傍に齧かじり付いて、銀之助を相手に掻かき口く説どいて居た。
軈やがて二十分ばかり経つて丑松は帰つて来た。手てさ提げラ洋ン燈プを吹消して、急いで火鉢の側わきに倚添ひ乍ら、﹃いや、もう屋そ外とは寒いの寒くないのツて、手も何も凍かじかんで了ふ――今夜のやうに酷き烈びしいことは今こと歳しになつて始めてだ。どうだ、君、是通りだ。﹄と丑松は氷のやうに成つた手を出して、銀之助に触つた。﹃まあ、何といふ冷い手だらう。﹄斯かう言つて、自分の手を引込まして、銀之助は不思議さうに丑松の顔を眺めたのである。
﹃顔色が悪いねえ、君は――奈ど何うかしやしないか。﹄
と思はず其を口に出した。敬之進も同じやうに不審を打つて、
﹃我輩も今、其を言はうかと思つて居たところさ。﹄
丑松は何か思出したやうに慄へて、話さうか、話すまいか、と暫しば時らく躊ちう躇ちよする様子にも見えたが、あまり二人が熱心に自分の顔を熟みま視もるので、つい〳〵打明けずには居られなく成つて来た。
﹃実はねえ――まあ、不思議なことがあるんだ。﹄
﹃不思議なとは?﹄と銀之助も眉をひそめる。
﹃斯ういふ訳さ――僕が手てさ提げラ洋ン燈プを持つて、校舎の外を一廻りして、あの運動場の木馬のところまで行くと、誰か斯う僕を呼ぶやうな声がした。見れば君、誰も居ないぢやないか。はてな、聞いたやうな声だと思つて、考へて見ると、其その筈はずさ――僕の阿おや爺ぢの声なんだもの。﹄
﹃へえ、妙なことが有れば有るものだ。﹄と敬之進も不いぶ審かしさうに、﹃それで、何ですか、奈ど何んな風に君を呼びましたか、其声は。﹄
﹃﹁丑松、丑松﹂とつゞけざまに。﹄
﹃フウ、君の名前を?﹄と敬之進はもう目を円まるくして了しまつた。
﹃はゝゝゝゝ。﹄と銀之助は笑出して、﹃馬鹿なことを言ひたまへ。瀬川君も余よツ程ぽど奈ど何うかして居るんだ。﹄
﹃いや、確かに呼んだ。﹄と丑松は熱心に。
﹃其そ様んな事があつて堪るものか。何かまた間違へでも為たんだらう。﹄
﹃土屋君、君は左さ様う笑ふけれど、確かに僕の名を呼んだに相違ないよ。風が呻う吟なつたでも無ければ、鳥が啼いたでも無い。そんな声を、まさかに僕だつて間違へる筈も無からうぢやないか。どうしても阿爺だ。﹄
﹃君、真ほん実たうかい――戯じよ語うだんぢや無いのかい――また欺かつぐんだらう。﹄
﹃土屋君は其だから困る。僕は君これでも真ま面じ目めなんだよ。確かに僕は斯この耳で聞いて来た。﹄
﹃其耳が宛あてに成らないサ。君の父おと上つさんは西にし乃のい入りの牧場に居るんだらう。あの烏ゑ帽ぼ子しヶ嶽だけの谷たに間あひに居るんだらう。それ、見給へ。其父おと上つさんが斯こ様んな隔かけ絶はなれた処に居る君の名前を呼ぶなんて――馬鹿らしい。﹄
﹃だから不思議ぢやないか。﹄
﹃不思議? ちよツ、不思議といふのは昔の人のお伽とぎ話ばなしだ。はゝゝゝゝ、智識の進んで来た今日、そんな馬鹿らしいことの有るべき筈が無い。﹄
﹃しかし、土屋君。﹄と敬之進は引取つて、﹃左さ様う君のやうに一概に言つたものでもないよ。﹄
﹃はゝゝゝゝ、旧弊な人は是だから困る。﹄と銀之助は嘲あざけるやうに笑つた。
急に丑松は聞耳を立てた。復また何か聞きつけたといふ風で、すこし顔色を変へて、言ふに言はれぬ恐おそ怖れを表したのである。戯れて居るので無いといふことは、其真面目な眼付を見ても知れた。
﹃や――復た呼ぶ声がする。何だか斯う窓の外の方で。﹄と丑松は耳を澄まして、﹃しかし、あまり不思議だ。一寸、僕は失敬するよ――もう一度行つて見て来るから。﹄
ぷいと丑松は駈出して行つた。
さあ、銀之助は友達のことが案じられる。敬之進はもう心に驚いて了しまつて、何かの前しら兆せでは有るまいか――第一、父親の呼ぶといふのが不思議だ、と斯う考へつゞけたのである。
﹃それはさうと、﹄と敬之進は思付いたやうに、﹃斯うして吾われ儕〳〵ばかり火鉢にあたつて居るのも気きが懸ゝりだ。奈ど何うでせう、二人で行つて見てやつては。﹄
﹃むゝ、左さ様うしませうか。﹄と銀之助も火鉢を離れて立上つた。﹃瀬川君はすこし奈ど何うかしてるんでせうよ。まあ、僕に言はせると、何か神経の作用なんですねえ――兎とに角かく、それでは一寸待つて下さい。僕が今、手てさ提げラ洋ン燈プを点つけますから。﹄
︵二︶
深い思に沈み乍ら、丑松は声のする方へ辿たどつて行つた。見れば宿直室の窓を泄もれる灯ひが、僅に庭の一部分を照して居るばかり。校舎も、樹木も、形を潜めた。何もかも今は夜の空気に包まれて、沈まり返つて、闇に隠れて居るやうに見える。それは少すこ許しも風の無い、とした晩で、寒さむ威さは骨に透しみ徹とほるかのやう。恐らく山国の気候の烈しさを知らないものは、斯かうした信濃の夜を想像することが出来ないであらう。
父の呼ぶ声が復また聞えた。急に丑松は立留つて、星明りに周そこ囲いらを透すかして視みたが、別に人の影らしいものが目に入るでも無かつた。すべては皆な無言である。犬一つ啼いて通らない斯の寒い夜に、何が音を出して丑松の耳を欺かう。
﹃丑松、丑松。﹄
とまた呼んだ。さあ、丑松は畏おそれず慄ふるへずに居られなかつた。心はもう底の底までも掻かき乱みだされて了しまつたのである。たしかに其は父の声で――皺しや枯がれた中にも威厳のある父の声で、あの深い烏ゑ帽ぼ子しヶ嶽だけの谷たに間あひから、遠く斯この飯山に居る丑松を呼ぶやうに聞えた。目をあげて見れば、空とても矢やは張り地の上と同じやうに、音も無ければ声も無い。風は死に、鳥は隠れ、清すゞしい星の姿ところ〴〵。銀河の光は薄い煙のやうに遠く荘おご厳そかな天を流れて、深大な感動を人の心に与へる。さすがに幽かすかな反射はあつて、仰げば仰ぐほど暗い藍色の海のやうなは、そこに他界を望むやうな心地もせらるゝのであつた。声――あの父の呼ぶ声は、斯の星夜の寒空を伝つて、丑松の耳の底に響いて来るかのやう。子の霊たま魂しひを捜すやうな親の声は確かに聞えた。しかし其意味は。斯う思ひ迷つて、丑松はあちこち〳〵と庭の内を歩いて見た。
あゝ、何を其そん様なに呼ぶのであらう。丑松は一生の戒を思出した。あの父の言葉を思出した。自分の精神の内な部かの苦くる痛しみが、子を思ふ親の情からして、自然と父にも通じたのであらうか。飽くまでも素性を隠せ、今日までの親の苦心を忘れるな、といふ意味であらうか。それで彼の牧場の番小屋を出て、自分のことを思ひ乍ら呼ぶ其声が谿た谷にから谿谷へ響いて居るのであらうか。それとも、また、自分の心の迷ひであらうか。といろ〳〵に想像して見て、終しまひには恐おそ怖れと疑うた心がひとで夢中になつて、﹃阿おと爺つさん、阿爺さん。﹄と自分の方から目あて的どもなく呼び返した。
﹃やあ、君は其処に居たのか。﹄
と声を掛けて近ちかづいたのは銀之助。つゞいて敬之進も。二人はしきりに手てさ提げラ洋ン燈プをさしつけて、先づ丑松の顔を調べ、身の周まは囲りを調べ、それから闇を窺うかゞふやうにして見て、さて丑松からまた〳〵父の呼声のしたことを聞取つた。
﹃土屋君、それ見たまへ。﹄
敬之進は寒さと恐おそ怖れとで慄へ乍ら言つた。銀之助は笑つて、
﹃どうしても其そ様んなことは理窟に合はん。必きつ定と神経の故せゐだ。一体、瀬川君は妙に猜うた疑がひ深ぶかく成つた。だから其そ様んな下らないものが耳に聞えるんだ。﹄
﹃左さ様うかなあ、神経の故せゐかなあ。﹄斯う丑松は反省するやうな調子で言つた。
﹃だつて君、考へて見たまへ。形の無いところに形が見えたり、声の無いところに声が聞えたりするなんて、それそこが君の猜うた疑がひ深ぶかく成つた証拠さ。声も、形も、其は皆な君が自分の疑心から産うみ出だした幻だ。﹄
﹃幻?﹄
﹃所いは謂ゆる疑心暗鬼といふ奴だ。耳に聞える幻――といふのも少すこ許し変な言葉だがね、まあ左さ様ういふことも言へるとしたら、其が今夜君の聞いたやうな声なんだ。﹄
﹃あるひは左さ様うかも知れない。﹄
暫しば時らく、三人は無言になつた。天も地もとして、声が無かつた。急に是の星夜の寂せき寞ばくを破つて、父の呼ぶ声が丑松の耳の底に響いたのである。
﹃丑松、丑松。﹄
と次第に幽かすかになつて、啼ないて空を渡る夜の鳥のやうに、終しまひには遠く細く消えて聞えなくなつて了つた。
﹃瀬川君。﹄と銀之助は手提洋燈をさしつけて、顔色を変へた丑松の様子を不思議さうに眺め乍ら、﹃どうしたい――君は。﹄
﹃今、また阿おや爺ぢの声がした。﹄
﹃今? 何にも聞えやしなかつたぢやないか。﹄
﹃ホウ、左さ様うかねえ。﹄
﹃左様かねえもないもんだ。何なんにも声なぞは聞えやしないよ。﹄と言つて、銀之助は敬之進の方へ向いて、﹃風間さん、奈ど何うでした――何か貴方には聞えましたか。﹄
﹃いゝえ。﹄と敬之進も力を入れた。
﹃ホウラ。風間さんにも聞えなければ、僕にも聞えない。聞いたのは、唯君ばかりだ。神経、神経――どうしても其に相違ない。﹄
斯う言つて、軈て銀之助はあちこちと闇を照らして見た。天は今僅かに星の映る鏡、地は今大な暗い影のやう。一つとして声のありさうなものが、手提洋燈の光に入るでもなかつた。﹃はゝゝゝゝ。﹄と銀之助は笑ひ出して、﹃まあ、僕は耳に聞いたつて信じられない。目に見たつて信じられない。手に取つて、触さはつて見て、それからでなければ其そ様んなことは信じられない。いよ〳〵こりやあ、僕の観察の通りだ。生理的に其様な声が聞えたんだ。はゝゝゝゝ。それはさうと、馬鹿に寒く成つて来たぢやないか。僕は最も早う斯うして立つて居られなくなつた――行かう。﹄
︵三︶
其晩、寝床へ入つてからも、丑松は父と先輩とのことを考へて、寝られなかつた。銀之助は直にもう高たか鼾いびき。どんなに丑松は傍に枕を並べて居る友達の寝顔を熟みま視もつて、その平おだ穏やかな、安しづ静かな睡ねむ眠りを羨んだらう。夜も更ふけた頃、むつくと寝床から跳はね起おきて、一旦細くした洋ラン燈プを復た明くしながら、蓮太郎に宛てた手紙を書いて見た。今はこの病気見舞すら人目を憚はゞかつて認したゝめる程に用心したのである。時々丑松は書きかけた筆を止めて、洋燈の光に友達の寝顔を窺つて見ると、銀之助は死んだ魚のやうに大な口を開いて、前後も知らず熟睡して居た。
全く丑松は蓮太郎を知らないでも無かつた。人の紹介で逢つて見たことも有るし、今こと歳しになつて二三度手紙の往とり復やりもしたので、幾いく分らか互ひの心こゝ情ろもちは通じた。然し、蓮太郎は篤志な知己として丑松のことを考へて居るばかり、同じ素性の青年とは夢にも思はなかつた。丑松もまた、其秘密ばかりは言ふことを躊ちう躇ちよして居る。だから何となく奥歯に物が挾まつて居るやうで、其晩書いた丑松の手紙にも十分に思つたことが表れない。何な故ぜ是これ程ほどに慕つて居るか、其さへ書けば、他の事はもう書かなくても済すむ。あゝ――書けるものなら丑松も書く。其を書けないといふのは、丑松の弱点で、とう〳〵普通の病気見舞と同じものに成つて了つた。﹃東京にて、猪子蓮太郎先生、瀬川丑松より﹄と認したゝめ終つた時は、深く〳〵良こゝ心ろを偽いつはるやうな気がした。筆を投なげうつて、嘆息して、復また冷い寝床に潜り込んだが、少すこ許しとろ〳〵としたかと思ふと、直に恐しい夢ばかり見つゞけたのである。
翌朝のことであつた。蓮華寺の庄馬鹿が学校へやつて来て、是非丑松に逢ひたいと言ふ。﹃何の用か﹄を小使に言はせると、﹃御目に懸つて御渡ししたいものが御ござ座います﹄とか。出て行つて玄関のところで逢へば、庄馬鹿は一通の電報を手渡しした。不とり取あへ敢ず開封して読下して見ると、片仮名の文字も簡短に、父の死去したといふ報しら知せが書いてあつた。突然のことに驚いて了つて、半信半疑で繰返した。確かに死去の報知には相違なかつた。発信人は根津の叔父。﹃直ぐ帰れ﹄としてある。
﹃それはどうも飛んだことで、嘸さぞ御力落しで御座ませう――はい、早速帰りまして、奥様にも申上げまするで御座ます。﹄
斯かう庄馬鹿が言つた。小こど児ものやうに死を畏れるといふ様子は、其愚おろかしい目付に顕あらはれるのであつた。
丑松の父といふは、日頃極めて壮健な方で、激は烈げしい気候に遭で遇あつても風邪一つ引かず、巌がん畳でふな体から躯だは反かへつて壮わか夫ものを凌しのぐ程の隠居であつた。牧夫の生しや涯うがいといへばいかにも面白さうに聞えるが、其実普通の人に堪へられる職業では無いのであつて、就わけ中ても西乃入の牧場の牛飼などと来ては、﹃彼あの隠居だから勤まる﹄と人にも言はれる程。牛の性質を克よく暗記して居るといふ丈では、所しよ詮せんあの烏ゑ帽ぼ子しヶ嶽だけの深い谿たに谷あひに長く住むことは出来ない。気候には堪へられても、寂さび寥しさには堪へられない。温あた暖ゝかい日の下に産れて忍耐の力に乏しい南国の人なぞは、到底斯かういふ山の上の牧夫に適しないのである。そこはそれ、北部の信州人、殊に丑松の父は素朴な、勤勉な、剛健な気象で、労苦を労苦とも思はない上に、別に人の知らない隠遁の理由をも持つて居た。思慮の深い父は丑松に一生の戒を教へたばかりで無く、自分も亦た成るべく人目につかないやうに、と斯う用心して、子の出世を祈るより外にもう希のぞ望みもなければ慰なぐ藉さめもないのであつた。丑松のため――其を思ふ親の情からして、人里遠い山の奥に浮世を離れ、朝夕炭焼の煙りを眺め、牛の群を相手に寂しい月日を送つて来たので。月々丑松から送る金の中から好すきな地酒を買ふといふことが、何よりの斯この牧夫のたのしみ。労苦も寂さび寥しさも其の為に忘れると言つて居た。斯ういふ阿おや爺ぢが――まあ、鋼鉄のやうに強いとも言ひたい阿爺が、病気の前まへ触ぶれも無くて、突然死去したと言つてよこしたとは。
電報は簡短で亡くなつた事情も解らなかつた。それに、父が牧場の番小屋に上るのは、春雪の溶け初める頃で、また谷々が白く降り埋うづめられる頃になると、根津村の家へ下りて来る毎まい年としの習慣である。もうそろ〳〵冬籠りの時節。考へて見れば、亡くなつた場処は、西乃入か、根津か、其すら斯電報では解らない。
しかし、其時になつて、丑松は昨ゆう夜べの出来事を思出した。あの父の呼声を思出した。あの呼声が次第に遠く細くなつて、別わか離れを告げるやうに聞えたことを思出した。
斯の電報を銀之助に見せた時は、流さす石がの友達も意外なといふ感かん想じに打たれて、暫しば時らく茫ぼん然やりとして突立つた儘まゝ、丑松の顔を眺めたり、死去の報しら告せを繰返して見たりした。軈やがて銀之助は思ひついたやうに、
﹃むゝ、根津には君の叔父さんがあると言つたツけねえ。左さ様ういふ叔父さんが有れば、万事見ては呉れたらう。しかし気の毒なことをした。なにしろ、まあ早速帰る仕度をしたまへ。学校の方は、君、奈ど何うにでも都合するから。﹄
斯う言つて呉れる友達の顔には真実が輝き溢あふれて居た。たゞ銀之助は一ひと語ことも昨夜のことを言出さなかつたのである。﹃死は事実だ――不思議でも何でも無い﹄と斯この若い植物学者は眼で言つた。
校長は時刻を違たがへず出勤したので、早速この報しら知せを話した。丑松は直にこれから出掛けて行きたいと話した。留守中何分宜よろ敷しく、受持の授業のことは万事銀之助に頼んで置いたと話した。
﹃奈どん何なにか君も吃びつ驚くりなすつたでせう。﹄と校長は忸なれ々〳〵敷しい調子で言つた。﹃学校の方は君、土屋君も居るし、勝野君も居るし、其そ様んなことはもう少すこ許しも御心配なく。実に我輩も意外だつた、君の父おと上つさんが亡なくならうとは。何どう卒か、まあ、彼あち方らの御用も済み、忌きぶ服くでも明けることになつたら、また学校の為に十分御尽力を願ひませう。吾われ儕〳〵の事しご業とが是これ丈だけに揚つて来たのも、一つは君の御骨折からだ。斯うして君が居て下さるんで、奈どん何なにか我輩も心強いか知れない。此こな頃ひだも或処で君の評判を聞いて来たが、何だか斯う我輩は自分を褒められたやうな心こゝ地ろもちがした。実際、我輩は君を頼りにして居るのだから。﹄と言つて気を変へて、﹃それにしても、出掛けるとなると、思つたよりは要かゝるものだ。少すこ許しぐ位らゐは持合せも有ますから、立替へて上げても可いゝのですが、どうです少すこ許し御持ちなさらんか。もし御おい入りよ用うなら遠慮なく言つて下さい。足りないと、また困りますよ。﹄
と言ふ校長の言葉はいかにも巧みであつた。しかし丑松の耳には唯わざとらしく聞えたのである。
﹃瀬川君、それでは届を忘れずに出して行つて下さい――何も規則ですから。﹄
斯う校長は添つけ加たして言つた。
︵四︶
丑松が急いで蓮華寺へ帰つた時は、奥様も、お志保も飛んで出て来て、電報の様子を問ひ尋ねた。奈どん何なに二人は丑松の顔を眺めて、この可いた傷ましい報しら知せの事実を想像したらう。奈何に二人は昨夜の不思議な出来事を聞取つて、女心に恐しくあさましく考へたらう。奈何に二人は世にある多くの例ためしを思出して、死を告げる前しら兆せ、逢ひに来る面影、または闇を飛ぶといふ人ひと魂だまの迷信なぞに事寄せて、この暗合した事実に胸を騒がせたらう。
﹃それはさうと、﹄と奥様は急に思付いたやうに、﹃まだ貴方は朝飯前でせう。﹄
﹃あれ、左さ様うでしたねえ。﹄とお志保も言葉を添へた。
﹃瀬川さん。そんなら準した備くして御おい出でなすつて下さい。今直に御飯にいたしますから。是これから御出掛なさるといふのに、生あい憎にく何にも無くて御気の毒ですねえ――塩しほ鮭びきでも焼いて上げませうか。﹄
奥様はもう涙ぐんで、蔵く裏りの内をぐる〳〵廻つて歩いた。長い年月の精しや舎うじやの生活は、この女の性質を感じ易く気短くさせたのである。
﹃なむあみだぶ。﹄
と斯この有うは髪つの尼あまは独ひと語りごとのやうに唱へて居た。
丑松は二階へ上つて大急ぎで旅の仕度をした。場合が場合、土産も買はず、荷物も持たず、成るべく身軽な装なりをして、叔母の手織の綿入を行かう李りの底から出して着た。丁度そこへ足を投出して、脚きや絆はんを着けて居るところへ、下女の袈裟治に膳を運ばせて、つゞいて入つて来たのはお志保である。いつも飯めし櫃びつは出し放し、三度が三度手盛りでやるに引きかへ、斯うして人に給仕して貰ふといふは、嬉うれ敷しくもあり、窮屈でもあり、無造作に膳を引寄せて、丑松はお志保につけて貰つて食つた。其日はお志保もすこし打解けて居た。いつものやうに丑松を恐れる様子も見えなかつた。敬之進の境涯を深く憐むといふ丑松の真実が知れてから、自然と思おも惑はくを憚はゞかる心も薄らいで、斯うして給仕して居る間にも種いろ々〳〵なことを尋ねた。お志保はまた丑松の母のことを尋ねた。
﹃母ですか。﹄と丑松は淡さつ泊ぱりとした男らしい調子で、﹃亡くなつたのは丁度私が八やつ歳つの時でしたよ。八歳といへば未だほんの小供ですからねえ。まあ、私は母のことを克よく覚えても居ない位なんです――実際母親といふものゝ味を真ほん実たうに知らないやうなものなんです。父おや親ぢだつても、矢張左さ様うで、この六七年の間は一緒に長く居て見たことは有ません。いつでも親子はなれ〴〵。実は父親も最も早う好い年でしたからね――左さ様うですなあ貴方の父おと上つさんよりは少すこ許し年う長へでしたらう――彼あ様ゝいふ風に平ふだ素ん壮たつ健しやな人は、反かへつて病気なぞに罹かゝると弱いのかも知れませんよ。私なぞは、ですから、親に縁の薄い方の人間なんでせう。と言へば、まあお志保さん、貴方だつても其御仲間ぢや有ませんか。﹄
斯この言葉はお志保の涙を誘ふ種となつた。あの父親とは――十三の春に是寺へ貰はれて来て、それぎり最も早う一緒に住んだことがない。それから、あの生うみの母親とは――是はまた子供の時分に死別れて了つた。親に縁の薄いとは、丁度お志保の身の上でもある。お志保は自分の家の零落を思出したといふ風で、すこし顔を紅あかくして、黙つて首を垂れて了つた。
そのお志保の姿を注意して見ると、亡くなつた母親といふ人も大おほ凡よそ想像がつく。﹃彼あの娘この容かほ貌つきを見ると直すぐに前せんの家内が我輩の眼に映る﹄と言つた敬之進の言葉を思出して見ると、﹃昔風に亭主に便たよるといふ風で、どこまでも我輩を信じて居た﹄といふ女の若い時は――いづれこのお志保と同じやうに、情の深い、涙なみ脆だもろい、見る度に別の人のやうな心こゝ地ろもちのする、姿ありさまの種いろ々〳〵に変るやうな人であつたに相違ない。いづれこのお志保と同じやうに、醜くも見え、美しくも見え、ある時は蒼く黄ばんで死んだやうな顔付をして居るかと思ふと、またある時は花のやうに白い中うちにも自然と紅あか味みを含んで、若く、清く、活々とした顔付をして居るやうな人であつたに相違ない。まあ、お志保を通して想像した母親の若い時の俤おもかげは斯かうであつた。快活な、自然な信州北部の女の美質と特色とは、矢張丑松のやうな信州北部の男をと子この眼に一番よく映るのである。
旅の仕度が出来た後、丑松はこの二階を下りて、蔵く裏りの広間のところで皆みんなと一緒に茶を飲んだ。新しい木製の珠じゆ数ず、それが奥様からの餞別であつた。やがて丑松は庄馬鹿の手作りにしたといふ草わら鞋ぢを穿はいて、人々のなさけに見送られて蓮華寺の山門を出た。
第七章
︵一︶
それは忘れることの出来ないほど寂しい旅であつた。一をと昨ゝ年しの夏帰省した時に比べると、斯かうして千ちく曲まが川はの岸に添ふて、可なつ懐かしい故郷の方へ帰つて行く丑松は、まあ自分で自分ながら、殆んど別の人のやうな心地がする。足掛三年、と言へば其程長い月日とも聞えないが、丑松の身に取つては一生の変うつ遷りかはりの始つた時代で――尤もつとも、人の境遇によつては何時変つたといふことも無しに、自然に世を隔てたやうな感かん想じのするものもあらうけれど――其精こゝ神ろの内な部かの革命が丑松には猛烈に起つて来て、しかも其を殊に深く感ずるのである。今は誰を憚はゞかるでも無い身。乾はし燥やいだ空気を自由に呼吸して、自分のあやしい運命を悲しんだり、生涯の変転に驚いたりして、無限の感慨に沈み乍ながら歩いて行つた。千曲川の水は黄緑の色に濁つて、声も無く流れて遠い海の方へ――其岸に蹲うづくまるやうな低い楊やな柳ぎの枯々となつた光さ景ま――あゝ、依然として旧もとの通りな山河の眺望は、一層丑松の目を傷いたましめた。時々丑松は立留つて、人目の無い路みち傍ばたの枯草の上に倒れて、声を揚げて慟どう哭こくしたいとも思つた。あるひは、其を為したら、堪へがたい胸の苦いた痛みが少すこ許しは減つて軽く成るかとも考へた。奈いか何んせん、哭なきたくも哭くことの出来ない程、心は重く暗く閉とぢ塞ふさがつて了つたのである。
漂泊する旅人は幾群か丑松の傍わきを通りぬけた。落魄の涙に顔を濡して、餓うゑた犬のやうに歩いて行くものもあつた。何か職業を尋ね顔に、垢あか染じみた着物を身に絡まとひ乍ら、素足の儘まゝで土を踏んで行くものもあつた。あはれげな歌を歌ひ、鈴振鳴らし、長途の艱難を修行の生いの命ちにして、日に焼けて罪つみ滅ほろぼし顔な巡礼の親子もあつた。または自堕落な編あみ笠がさ姿すがた、流さす石がに世を忍ぶ風ふぜ情いもしをらしく、放ほし肆いまゝに恋慕の一曲を弾じて、銭を乞ふやうな卑いやしい芸人の一組もあつた。丑松は眺め入つた。眺め入り乍ら、自分の身の上と思ひ比べた。奈どん何なに丑松は今の境涯の遣やる瀬せなさを考へて、自在に漂泊する旅人の群を羨んだらう。
飯山を離れて行けば行く程、次第に丑松は自由な天地へ出て来たやうな心こゝ地ろもちがした。北国街道の灰色な土を踏んで、花やかな日の光を浴び乍ら、時には岡に上り時には桑畠の間を歩み、時にはまた街道の両側に並ぶ町々を通過ぎて、汗も流れ口も乾き、足た袋びも脚絆も塵ほこ埃りに汚まみれて白く成つた頃は、反かへつて少すこ許し蘇生の思に帰つたのである。路みち傍ばたの柿の樹は枝も撓たわむばかりに黄な珠を見せ、粟は穂を垂れ、豆は莢さやに満ち、既に刈取つた田畠には浅々と麦の萌もえ初めたところもあつた。遠をち近こちに聞える農夫の歌、鳥の声――あゝ、山家でいふ﹃小六月﹄だ。其日は高社山一帯の山脈も面白く容かたちを顕あらはして、山と山との間の深い谷蔭には、青々と炭焼の煙の立登るのも見えた。
蟹かに沢ざはの出はづれで、当世風の紳士を乗せた一台の人く力る車まが丑松に追付いた。見れば天長節の朝、式場で演説した高柳利三郎。代議士の候補者に立つものは、そろ〳〵政見を発表する為に忙しくなる時節。いづれ是人も、選挙の準した備くとして、地方廻りに出掛けるのであらう。と見る丑松の側わきを、高柳は意気揚々として、すこし人を尻目にかけて、挨拶も為せずに通過ぎた。二三町離れて、車の上の人は急に何か思付いたやうに、是こち方らを振返つて見たが、別に丑松の方では気にも留めなかつた。
日は次第に高くなつた。水みの内ちの平野は丑松の眼めの前まへに展けた。それは広ひろ濶〴〵とした千曲川の流域で、川上から押流す泥砂の一面に盛上つたところを見ても、氾はん濫らんの凄すさまじさが思ひやられる。見渡す限り田畠は遠く連ねて、欅けやきの杜もりもところ〴〵。今は野も山も濃く青い十一月の空気を呼吸するやうで、うら枯れた中にも活いき々〳〵とした自然の風おも趣むきを克よく表して居る。早く斯この川の上流へ――小ちひ県さがたの谷へ――根津の村へ、斯う考へて、光の海を望むやうな可なつ懐かしい故郷の空をさして急いだ。
豊野と言つて汽車に乗るべきところへ着いたは、午後の二時頃。車で駈付けた高柳も、同じ列車を待合せて居たと見え、発車時間の近いた頃に休茶屋からやつて来た。﹃何ど処こへ行くのだらう、彼あの男は。﹄斯う思ひ乍ら、丑松は其となく高柳の様子を窺うかゞふやうにして見ると、先さ方きも同じやうに丑松を注意して見るらしい。それに、不思議なことには、何となく丑松を避けるといふ風で、成るべく顔を合すまいと勉めて居た。唯互ひに顔を知つて居るといふ丈、つひぞ名乗合つたことが有るではなし、二人は言葉を交さうともしなかつた。
軈て発車を報せる鈴の音が鳴つた。乗客はいづれも埒らちの中へと急いだ。盛さかんな黒くろ烟けぶりを揚げて直江津の方角から上つて来た列車は豊野停ステ車ーシ場ョンの前で停つた。高柳は逸いち早はやく群ひと集ごみの中を擦すり抜ぬけて、一室の扉とを開けて入る。丑松はまた機関車近よ邇りの一室を択えらんで乗つた。思はず其処に腰掛けて居た一人の紳士と顔を見合せた時は、あまりの奇遇に胸を打たれたのである。
﹃やあ――猪子先生。﹄
と丑松は帽子を脱いで挨拶した。紳士も、意外な処で、といふ驚喜した顔付。
﹃おゝ、瀬川君でしたか。﹄
︵二︶
夢む寐びにも忘れなかつた其人の前に、丑松は今偶然にも腰掛けたのである。壮年の発達に驚いたやうな目付をして、可なつ懐かしさうに是こち方らを眺めたは、蓮太郎。敬慕の表情を満面に輝かし乍ら、帰省の由いは緒れを物語るのは、丑松。実に是邂めぐ逅りあひの唐突で、意外で、しかも偽りも飾りも無い心の底の外そ面とに流あら露はれた光あり景さまは、男をと性こと男性との間に稀たまに見られる美しさであつた。
蓮太郎の右側に腰掛けて居た、背の高い、すこし顔色の蒼い女は、丁度読みさしの新聞を休やめて、丑松の方を眺めた。玻ガラ璃ス越ごしに山々の風景を望んで居た一人の肥大な老紳士、是も窓のところに倚より凭かゝつて、振返つて二人の様子を見比べた。
新聞で蓮太郎のことを読んで見舞状まで書いた丑松は、この先輩の案外元気のよいのを眼めの前まへに見て、喜びもすれば不思議にも思つた。かねて心配したり想像したりした程に身から体だの衰おと弱ろへが目につくでも無い。強い意志を刻んだやうな其大な額――いよ〳〵高く隆とび起だした其頬の骨――殊に其眼は一種の神経質な光を帯びて、悲壮な精こゝ神ろの内な部かを明あり白〳〵と映して見せた。時として顔の色いろ沢つやなぞを好く見せるのは彼あの病気の習ひ、あるひは其その故せゐかとも思はれるが、まあ想像したと見たとは大違ひで、血を吐く程の苦くる痛しみをする重い病人のやうには受取れなかつた。早速丑松は其事を言出して、﹃実は新聞で見ました﹄から、﹃東京の御宅へ宛てゝ手紙を上げました﹄まで、真実を顔に表して話した。
﹃へえ、新聞に其そ様んなことが出て居ましたか。﹄と蓮太郎は微ほゝ笑ゑんで、﹃聞違へでせう――不わ良るかつたといふのを、今不わ良るいといふ風に、聞違へて書いたんでせう。よく新聞には左さ様ういふ間違ひが出て来ますよ。まあ御覧の通り、斯うして旅行が出来る位ですから安心して下さい。誰がまた其そ様んな大おほ袈げ裟さなことを書いたか――はゝゝゝゝ。﹄
聞いて見ると、蓮太郎は赤倉の温泉へ身体を養ひに行つて、今其帰かへ途りみちであるとのこと。其時同つ伴れの人々をも丑松に紹介した。右側に居る、何となく人格の奥おく床ゆかしい女は、先輩の細君であつた。肥大な老紳士は、かねて噂うはさに聞いた信州の政せい客かく、この冬打つて出ようとして居る代議士の候補者の一人、雄弁と侠をと気こぎとで人に知られた弁護士であつた。
﹃あゝ、瀬川君と仰おつしやるんですか。﹄と弁護士は愛あい嬌けうのある微ほゝ笑ゑみを満面に湛へ乍ら、快活な、磊らい落らくな調子で言つた。﹃私は市村です――只今長野に居ります――何どう卒かまあ以後御心易く。﹄
﹃市村君と僕とは、﹄蓮太郎は丑松の顔を眺めて、﹃偶然なことから斯こん様なに御懇意にするやうになつて、今では非常な御世話に成つて居ります。僕の著述のことでは、殊にこの市村君が心配して居て下さるんです。﹄
﹃いや。﹄と弁護士は肥大な身体を動ゆすつた。﹃我輩こそ反かへつて種いろ々〳〵御世話に成つて居るので――まあ、年だけは猪子君の方がずつと若い、はゝゝゝゝ、しかし其他のことにかけては、我輩の先輩です。﹄斯う言つて、何か思出したやうに嘆息して、﹃近頃の人物を数へると、いづれも年少気鋭の士ですね。我輩なぞは斯の年と齢しに成つても、未だ碌ろく々〳〵として居るやうな訳で、考へて見れば実に御恥しい。﹄
斯かういふ言葉の中には、真に自身の老大を悲むといふ情こゝろが表れて、創意のあるものを忌いむやうな悪い癖は少すこ許しも見えなかつた。そも〳〵は佐渡の生れ、斯の山国に落着いたは今から十年程前にあたる。善にも強ければ悪にも強いと言つたやうな猛烈な気象から、種さま々〴〵な人の世の艱難、長い政治上の経験、権勢の争奪、党派の栄枯の夢、または国事犯としての牢獄の痛苦、其他多くの訴訟人と罪人との弁護、およそありとあらゆる社会の酸いと甘いとを嘗なめ尽して、今は弱いもの貧しいものゝ味方になるやうな、涙脆い人と成つたのである。天の配剤ほど不思議なものは無い――この政客が晩年に成つて、学もあり才もある穢多を友人に持たうとは。
猶なほ深く聞いて見ると、これから市村弁護士は上田を始めとして、小諸、岩村田、臼田なぞの地方を遊説する為、政見発表の途みちに上るのであるとのこと。親しく佐久小県地方の有権者を訪問して草わら鞋ぢば穿き主義で選挙を争ふ意気込であるとのこと。蓮太郎はまた、この友人の応援の為、一つには自分の研究の為、しばらく可なつ懐かしい信州に踏止まりたいといふ考へで、今宵は上田に一泊、いづれ二三日の内には弁護士と同道して、丑松の故郷といふ根津村へも出掛けて行つて見たいとのことであつた。この﹃根津村へも﹄が丑松の心を悦ばせたのである。
﹃そんなら、瀬川さんは今飯山に御お奉い職でですな。﹄と弁護士は丑松に尋ねて見た。
﹃飯山――彼処からは候補者が出ませう? 御存じですか、あの高柳利三郎といふ男を。﹄
蛇じやの道は蛇へびだ。弁護士は直に其を言つた。丑松は豊野の停ステ車ーシ場ョンで落合つたことから、今この同じ列車に乗込んで居るといふことを話した。何か思当ることが有るかして、弁護士は不思議さうに首を傾かしげ乍ながら、﹃何処へ行くのだらう﹄を幾度となく繰返した。
﹃しかし、是だから汽車の旅は面白い。同じ列車の内に乗合せて居ても、それで互ひに知らずに居るのですからなあ。﹄
斯う言つて弁護士は笑つた。
病のある身ほど、人の情の真まことと偽いつはりとを烈しく感ずるものは無い。心にも無いことを言つて慰めて呉れる健たつ康しやな幸しあ福はせ者ものの多い中に、斯ういふ人々ばかりで取とり囲まかれる蓮太郎の嬉うれしさ。殊に丑松の同おも情ひやりは言葉の節々にも表れて、それがまた蓮太郎の身に取つては、奈どん何なにか胸に徹こたへるといふ様子であつた。其時細君は籠の中に入れてある柿を取出した。それは汽車の窓から買取つたもので、其色の赤々としてさも甘さうに熟したやつを、択よつて丑松にも薦すゝめ、弁護士にも薦めた。蓮太郎も一つ受取つて、秋の果この実みのにほひを嗅かいで見みな乍がら、さて種さま々〴〵な赤倉温泉の物語をした。越後の海岸まで旅したことを話した。蓮太郎は又、東京の市場で売られる果くだ実ものなぞに比較して、この信濃路の柿の新しいこと、甘いことを賞めちぎつて話した。
駅々で車の停る毎に、農夫の乗客が幾群か入込んだ。今は室の内も放ほし肆いまゝな笑声と無遠慮な雑談とで満さるゝやうに成つた。それに、東海道沿岸などの鉄道とは違ひ、この荒くわ寥うれうとした信濃路のは、汽車までも旧式で、粗造で、山家風だ。其列車が山へ上るにつれて、窓の玻ガラ璃スに響いて烈しく動揺する。終しまひには談はな話しも能よく聞取れないことがある。油のやうに飯山あたりの岸を浸す千曲川の水も、見れば大な谿流の勢に変つて、白波を揚げて谷底を下るのであつた。濃く青く清々とした山気は窓から流込んで、次第に高原へ近ちかづいたことを感ぜさせる。
軈やがて、汽車は上田へ着いた。旅人は多くこの停ステ車ーシ場ョンで下りた。蓮太郎も、妻君も、弁護士も。﹃瀬川君、いづれそれでは根津で御目に懸ります――失敬。﹄斯かう言つて、再会を約して行く先輩の後姿を、丑松は可なつ懐かしさうに見送つた。
急に室の内は寂しくなつたので、丑松は冷い鉄の柱に靠もたれ乍ら、眼を瞑つむつて斯この意外な邂めぐ逅りあひを思ひ浮べて見た。慾を言へば、何となく丑松は物足りなかつた。彼あれ程ほど打解けて呉れて、彼程隔ての無い言葉を掛けられても、まだ丑松は何処かに冷よそ淡〳〵しい他人行儀なところがあると考へて、奈ど何うして是程の敬慕の情が彼の先輩の心に通じないのであらう、と斯う悲しくも情なくも思つたのである。嫉ねたむでは無いが、彼かの老紳士の親しくするのが羨ましくも思はれた。
其時になつて丑松も明あきらかに自分の位置を認めることが出来た。敬慕も、同情も、すべて彼の先輩に対して起る心の中のやるせなさは――自分も亦た同じやうに、﹃穢多である﹄といふ切ない事実から湧上るので。其秘密を蔵かくして居る以上は、仮たと令ひ口の酸くなるほど他の事を話したところで、自分の真情が先輩の胸に徹こたへる時は無いのである。無理もない。あゝ、あゝ、其を告うち白あけて了つたなら、奈どん何なに是胸の重荷が軽くなるであらう。奈何に先輩は驚いて、自分の手を執つて、﹃君も左さ様うか﹄と喜んで呉れるであらう。奈何に二人の心と心とがハタと顔を合せて、互ひに同じ運命を憐むといふ其深い交まじ際はりに入るであらう。
左さ様うだ――せめて彼の先輩だけには話さう。斯う考へて、丑松は楽しい再会の日を想像して見た。
︵三︶
田中の停ステ車ーシ場ョンへ着いた頃は日暮に近かつた。根津村へ行かうとするものは、こゝで下りて、一里あまり小ちひ県さがたの傾斜を上らなければならない。
丑松が汽車から下りた時、高柳も矢張同じやうに下りた。流さす石が代議士の候補者と名乗る丈あつて、風おし采だしは堂々とした立派なもの。権勢と奢侈とで饑うゑたやうな其姿の中には、何ど処ことなく斯かう沈んだところもあつて、時々盗むやうに是こち方らを振返つて見た。成るべく丑松を避けるといふ風で、顔を合すまいと勉めて居ることは、いよ〳〵其素そぶ振りで読めた。﹃何処へ行いくのだらう、彼男は。﹄と見ると、高柳は素早く埒らちを通り抜けて、引隠れる場処を欲しいと言つたやうな具合に、旅人の群に交つたのである。深く外套に身を包んで、人目を忍んで居るさへあるに、出迎への人々に取とり囲まかれて、自分と同じ方角を指して出掛けるとは。
北国街道を左へ折れて、桑くは畠ばたけの中の細道へ出ると、最も早う高柳の一行は見えなかつた。石垣で積上げた田圃と田圃との間の坂路を上るにつれて、烏ゑ帽ぼ子し山脈の大傾斜が眼めの前まへに展けて来る。広野、湯の丸、籠の塔、または三さん峯ぽう、浅間の山々、其他ところ〴〵に散布する村落、松林――一つとして回おも想ひでの種と成らないものはない。千ちく曲まが川はは遠く谷底を流れて、日をうけておもしろく光るのであつた。
其日は灰紫色の雲が西の空に群むらがつて、飛ひ騨だの山脈を望むことは出来なかつた。あの千古人跡の到らないところ、もし夕雲の隔へだてさへ無くば、定めし最も早う皚がい々〳〵とした白雪が夕日を帯びて、天地の壮観は心を驚かすばかりであらうと想像せられる。山を愛するのは丑松の性分で、斯うして斯の大傾斜大谿谷の光あり景さまを眺めたり、又は斯の山間に住む信州人の素朴な風俗と生活とを考へたりして、岩石の多い凸でこ凹ぼこした道を踏んで行つた時は、若々しい総身の血潮が胸を衝ついて湧上るやうに感じた。今は飯山の空も遠く隔つた。どんなに丑松は山の吐く空気を呼吸して、暫しば時らく自分を忘れるといふ其楽しい心地に帰つたであらう。
山上の日没も美しく丑松の眼に映つた。次第に薄れて行く夕暮の反射を受けて、山々の色も幾いく度たびか変つたのである。赤は紫に。紫は灰色に。終しまひには野も岡も暮れ、影は暗く谷から谷へ拡つて、最後の日の光は山の巓いたゞきにばかり輝くやうになつた。丁度天空の一角にあたつて、黄ばんで燃える灰色の雲のやうなは、浅間の煙の靡なびいたのであらう。
斯かういふ楽しい心こゝ地ろもちは、とは言へ、長く続かなかつた。荒あら谷やのはづれ迄行けば、向ふの山腹に連なる一村の眺望、暮色に包まれた白壁土壁のさま、其山家風の屋根と屋根との間に黒ずんで見えるのは柿の梢こずゑか――あゝ根津だ。帰つて行く農夫の歌を聞いてすら、丑松はもう胸を騒がせるのであつた。小諸の向町から是こ処ゝへ来て隠れた父の生しや涯うがい、それを考へると、黄たそ昏がれの景気を眺める気も何も無くなつて了しまふ。切なさは可なつ懐かしさに交つて、足もおのづから慄ふるへて来た。あゝ、自然の胸ふと懐ころも一ひと時ときの慰なぐ藉さめに過ぎなかつた。根津に近ちかづけば近くほど、自分が穢多である、調里︵新平民の異名︶である、と其心こゝ地ろもちが次第に深く襲おそひ迫つて来たので。
暗くなつて第二の故郷へ入つた。もと〳〵父が家族を引連れて、この片田舎に移つたのは、牧場へ通ふ便利を考へたばかりで無く、僅わづ少かばかりの土地を極く安く借受けるやうな都合もあつたからで。現に叔父が耕して居るのは其畠である。流さす石がに用心深い父は人目につかない村はづれを択えらんだので、根津の西町から八町程離れて、とある小高い丘の裾すそのところに住んだ。
長野県小県郡根津村大字姫子沢――丑松が第二の故郷とは、其五十戸ばかりの小部落を言ふのである。
︵四︶
父の死去した場処は、斯この根津村の家ではなくて、西にし乃のい入り牧場の番小屋の方であつた。叔父は丑松の帰村を待受けて、一緒に牧場へ出掛ける心つも算りであつたので、兎も角も丑松を炉ろば辺たに座すゑ、旅の疲つか労れを休めさせ、例の無慾な、心の好ささうな声で、亡くなつた人の物語を始めた。炉の火は盛さかんに燃えた。叔母も啜すゝり上げ乍ながら耳を傾けた。聞いて見ると、父の死去は、老の為でもなく、病の為でも無かつた。まあ、言はゞ、職業の為に突然な最後を遂げたのであつた。一体、父が家畜を愛する心は天性に近かつたので、随つて牧夫としての経験も深く、人にも頼まれ、牧場の持主にも信ぜられた位。牛の性質なぞはなか〳〵克よく暗記して居たもの。よもや彼あの老練な人が其道に手ぬかりなどの有らうとは思はれない。そこがそれ人の一生の測りがたさで、不ふ図とある種牛を預つた為に、意外な出来事を引起したのであつた。種牛といふのは性た質ちが悪かつた。尤もつとも、多くの牝めう牛しの群の中へ、一頭の牡をう牛しを放つのであるから、普通の温おと順なしい種牛ですら荒くなる。時としては性質が激変する。まして始めから気象の荒い雑種と来たから堪たまらない。広ひろ濶〴〵とした牧場の自由と、誘ふやうな牝牛の鳴声とは、其種牛を狂ふばかりにさせた。終しまひには家養の習慣も忘れ、荒々しい野獣の本ほん性しやうに帰つて、行ゆく衛へが知れなくなつて了しまつたのである。三日経たつても来ない。四日経つても帰らない。さあ、父は其を心配して、毎日水草の中を捜さがして歩いて、ある時は深い沢を分けて日の暮れる迄も尋ねて見たり、ある時は山から山を猟あさつて高い声で呼んで見たりしたが、何処にも影は見えなかつた。昨日の朝、父はまた捜しに出た。いつも遠く行く時には、必ず昼ひ飯るを用意して、例の﹃山猫﹄︵鎌かま、鉈なた、鋸のこぎりなどの入物︶に入れて背し負よつて出掛ける。ところが昨日に限つては持たなかつた。時刻に成つても帰らない。手伝ひの男も不思議に思ひ乍ら、塩を与へる為に牛小屋のあるところへ上つて行くと、牝牛の群が喜ばしさうに集まつて来る。丁度其中には、例の種牛も恍とぼけ顔がほに交つて居た。見れば角は紅く血に染つた。驚きもし、呆あきれもして、来合せた人々と一緒になつて取押へたが、其時はもう疲れて居た故せゐか、別に抵てむ抗かひも為なかつた。さて男は其そ処こ此こ処ゝと父を探して歩いた。漸やうやく岡の蔭の熊笹の中に呻う吟めき倒れて居るところを尋ね当てゝ、肩に掛けて番小屋迄連れ帰つて見ると、手当も何も届かない程の深ふか傷で。叔父が聞いて駈付けた時は、まだ父は確しつ乎かりして居た。最後に気い息きを引取つたのが昨夜の十時頃。今日は人々も牧場に集つて、番小屋で通夜と極めて、いづれも丑松の帰るのを待受けて居るとのことであつた。
﹃といふ訳で、﹄と叔父は丑松の顔を眺めた。﹃私が阿あに兄きに、何か言つて置くことはねえか、と尋ねたら、苦しい中にも気象はしやんとしたもので、﹁俺も牧夫だから、牛の為に倒れるのは本望だ。今となつては他に何にも言ふことはねえ。唯気にかゝるのは丑松のこと。俺が今日迄の苦労は、皆な彼あい奴つの為を思ふから。日頃俺は彼奴に堅く言聞かせて置いたことがある。何どう卒か丑松が帰つて来たら、忘れるな、と一言左さ様う言つてお呉れ。﹂﹄
丑松は首を垂れて、黙つて父の遺言を聞いて居た。叔父は猶なほ言葉を継いで、
﹃﹁それから、俺は斯この牧場の土と成りたいから、葬式は根津の御寺でしねえやうに、成るなら斯の山でやつてお呉れ。俺が亡なくなつたとは、小こも諸ろの向町へ知らせずに置いてお呉れ――頼む。﹂と斯う言ふから、其時私わしが﹁むゝ、解つた、解つた﹂と言つてやつたよ。すると阿あに兄きは其が嬉うれしかつたと見え、につこり笑つて、軈やがて私の顔を眺め乍らボロ〳〵と涙を零こぼした。それぎりもう阿兄は口を利かなかつた。﹄
斯ういふ父の臨終の物語は、言ふに言はれぬ感激を丑松の心に与へたのである。牧場の土と成りたいと言ふのも、山で葬式をして呉れと言ふのも、小諸の向町へ知らせずに置いて呉れと言ふのも、畢つ竟まるところは丑松の為を思ふからで。丑松は其精神を酌くみ取とつて、父の用意の深いことを感ずると同時に、又、一旦斯うと思ひ立つたことは飽くまで貫かずには置かないといふ父の気たま魄しひの烈しさを感じた。実際、父が丑松に対する時は、厳格を通り越して、残酷な位であつた。亡くなつた後までも、猶なほ丑松は父を畏おそれたのである。
やがて丑松は叔父と一緒に、西乃入牧場を指して出掛けることになつた。万事は叔父の計らひで、検けん屍しも済み、棺も間に合ひ、通夜の僧は根津の定じや津うし院んゐんの長老を頼んで、既に番小屋の方へ登つて行つたとのこと。明日の葬式の用意は一切叔父が呑込んで居た。丑松は唯出掛けさへすればよかつた。此処から烏ゑ帽ぼ子しヶ獄だけの麓まで二十町あまり。其間、田沢の峠なぞを越して、寂しい山道を辿らなければならない。其晩は鼻を掴つまゝれる程の闇で、足あし許もとさへも覚束なかつた。丑松は先に立つて、提灯の光に夜路を照らし乍ら、山深く叔父を導いて行つた。人里を離れて行けば行くほど、次第に路は細く、落ち朽ちた木葉を踏分けて僅かに一ひと条すぢの足跡があるばかり。こゝは丑松が少年の時代に、克よく父に連れられて、往つたり来たりしたところである。牛小屋のある高原の上へ出る前に、二人はいくつか小山を越えた。
︵五︶
谷を下ると其処がもう番小屋で、人々は狭い部屋の内に集つて居た。灯は明あか々〳〵と壁を泄もれ、木もく魚ぎよの音も山の空気に響き渡つて、流れ下る細谷川の私さゝ語やきに交つて、一層の寂しさあはれさを添へる。家の構つく造りは、唯雨あめ露つゆを凌ぐといふばかりに、葺ふきもし囲ひもしてある一軒屋。たまさか殿城山の間道を越えて鹿かざ沢は温泉へ通ふ旅人が立寄るより外には、訪とふ人も絶えて無いやうな世離れたところ。炭焼、山番、それから斯の牛飼の生活――いづれも荒くれた山住の光あり景さまである。丑松は提ちや灯うちんを吹消して、叔父と一緒に小屋の戸を開けて入つた。
定津院の長老、世話人と言つて姫子沢の組合、其他父が生前懇意にした農家の男をと女こをんな――それらの人々から丑松は親切な弔くや辞みを受けた。仏前の燈明は線香の烟けぶりに交る夜の空気を照らして、何となく部屋の内も混雑して居るやうに見える。父の遺なき骸がらを納めたといふは、極ごく粗末な棺。其周まは囲りを白い布で巻いて、前には新しい位ゐは牌いを置き、水、団子、外には菊、樒しきみの緑みど葉りばなぞを供へてあつた。読経も一きりになつた頃、僧の注意で、年老いた牧夫の見納めの為に、かはる〴〵棺の前に立つた。死別の泪なみだは人々の顔を流れたのである。丑松も叔父に導かれ、すこし腰を曲こゞめ、薄暗い蝋らふ燭そくの灯影に是世の最後の別わか離れを告げた。見れば父は孤独な牧夫の生涯を終つて、牧場の土深く横はる時を待つかのやう。死顔は冷かに蒼あをざめて、血の色も無く変りはてた。叔父は例の昔むか気しか質たぎから、他あの界よの旅の便りにもと、編笠、草わら鞋ぢ、竹の輪なぞを取添へ、別に魔まよ除けと言つて、刃物を棺の蓋の上に載せた。軈やがて復また読どき経やうが始まる、木魚の音が起る、追懐の雑談は無邪気な笑声に交つて、物食ふ音と一緒になつて、哀しくもあり、騒がしくもあり、人々に妨げられて丑松は旅の疲つか労れを休めることも出来なかつた。
一夜は斯ういふ風に語り明した。小諸の向町へは通知して呉れるなといふ遺言もあるし、それに移ひつ住こし以この来かた十七年あまりも打絶えて了つたし、是こち方らからも知らせてやらなければ、向ふからも来なかつた。昔の﹃お頭﹄が亡くなつたと聞伝へて、下手なものにやつて来られては反つて迷惑すると、叔父は唯そればかり心配して居た。斯の叔父に言はせると、墓を牧場に択んだのは、かねて父が考へて居たことで。といふは、もし根津の寺なぞへ持込んで、普通の農家の葬式で通ればよし、さも無かつた日には、断然謝こと絶わられるやうな浅あさ猿ましい目に逢ふから。習慣の哀しさには、穢多は普通の墓地に葬る権利が無いとしてある。父は克く其を承知して居た。父は生前も子の為に斯ういふ山奥に辛抱して居た。死後もまた子の為に斯の牧場に眠るのを本望としたのである。
﹃どうかして斯の﹁おじやんぼん﹂︵葬式︶は無事に済ましたい――なあ、丑松、俺はこれでも気が気ぢやねえぞよ。﹄
斯ういふ心配は叔父ばかりでは無かつた。
翌あく日るひの午後は、会葬の男をと女こをんなが番小屋の内うち外そとに集つた。牧場の持主を始め、日頃牝牛を預けて置く牛乳屋なぞも、其と聞伝へたかぎりは弔ひにやつて来た。父の墓地は岡の上の小松の側わきと定まつて、軈やがていよいよ野辺送りを為ることになつた時は、住み慣れた小屋の軒を舁かつがれて出た。棺の後には定津院の長老、つゞいて腕白顔な二人の子坊主、丑松は叔父と一緒に藁わら草ざう履りば穿き、女はいづれも白の綿帽子を冠つた。人々は思ひ〳〵の風俗、紋付もあれば手てお織りじ縞まの羽織もあり、山家の習ひとして多くは袴も着けなかつた。斯の飾りの無い一行の光あり景さまは、素朴な牛飼の生涯に克よく似合つて居たので、順序も無く、礼儀も無く、唯真まご心ゝろこもる情一つに送られて、静かに山を越えた。
式も亦また簡短であつた。単調子な鉦かね、太鼓、鐃ねうの音、回おも想ひでの多い耳には其も悲哀な音楽と聞え、器械的な回向と読経との声、悲なげ嘆きのある胸には其もあはれの深い挽ばん歌かのやうに響いた。礼らい拝はいし、合掌し、焼香して、軈て帰つて行く人々も多かつた。棺は間もなく墓と定めた場処へ移されたので、そこには掘起された﹃のつぺい﹄︵土の名︶が堆うづ高たかく盛上げられ、咲残る野菊の花も土足に踏散らされてあつた。人々は土を掴つかんで、穴をめがけて投入れる。叔父も丑松も一ひと塊かたまりづゝ投入れた。最後に鍬くはで掻落した時は、崖崩れのやうな音して烈しく棺の蓋を打つ。それさへあるに、土気の襄の上ぼる臭にほ気ひは紛ぷんと鼻を衝ついて、堪へ難い思をさせるのであつた。次第に葬られて、小山の形の土饅頭が其処に出来上るまで、丑松は考深く眺め入つた。叔父も無言であつた。あゝ、父は丑松の為に﹃忘れるな﹄の一ひと語ことを残して置いて、最後の呼吸にまで其精神を言ひ伝へて、斯うして牧場の土深く埋もれて了つた――もう斯この世よの人では無かつたのである。
︵六︶
兎とも角かくも葬式は無事に済すんだ。後の事は牧場の持主に頼み、番小屋は手伝ひの男に預けて、一同姫子沢へ引取ることになつた。斯この小屋に飼かひ養やしなはれて居る一匹の黒猫、それも父の形見であるからと、しきりに丑松は連帰らうとして見たが、住すみ慣なれた場処に就く家畜の習ひとして、離れて行くことを好まない。物を呉れても食はず、呼んでも姿を見せず、唯縁の下をあちこちと鳴き悲む声のあはれさ。畜生乍ながらに、亡くなつた主人を慕ふかと、人々も憐んで、是これから雪の降る時節にでも成らうものなら何を食つて山籠りする、と各てん自でに言ひ合つた。﹃可愛さうに、山猫にでも成るだらず。﹄斯う叔父は言つたのである。
やがて人々は思ひ〳〵に出掛けた。番小屋を預かる男は塩を持つて、岡の上まで見送り乍ら随ついて来た。十一月上旬の日の光は淋しく照して、この西乃入牧場に一層荒くわ寥うれうとした風おも趣むきを添へる。見れば小松はところ〴〵。山やま躑つゝ躅じは、多くの草木の中に、牛の食はないものとして、反かへつて一面に繁茂して居るのであるが、それも今は霜枯れて見る影が無い。何もかも父の死を冥想させる種と成る。愁うれひつゝ丑松は小山の間の細道を歩いた。父を斯この牧場に訪れたは、丁度足掛三年前の五月の下旬であつたことを思出した。それは牛の角の癢かゆくなるといふ頃で、斯の枯々な山躑躅が黄や赤に咲乱れて居たことを思出した。そここゝに蕨わらびを采とる子供の群を思出した。山鳩の啼なく声を思出した。其時は心こゝ地ろもちの好い微そよ風かぜが鈴蘭︵君影草とも、谷間の姫百合とも︶の花を渡つて、初夏の空気を匂はせたことを思出した。父は又、岡の上の新緑を指して見せて、斯の西乃入には柴草が多いから牛の為に好いと言つたことを思出した。其青葉を食ひ、塩を嘗なめ、谷川の水を飲めば、牛の病は多く癒なほると言つたことを思出した。父はまた附つけ和たして、さま〴〵な牧畜の経験、類を以て集る牛の性質、初めて仲間入する時の角押しの試験、畜生とは言ひ乍ら仲間同志を制裁する力、其他女王のやうに牧場を支配する一頭の牝牛なぞの物語をして、それがいかにも面白く思はれたことを思出した。
父は斯この烏ゑ帽ぼ子しヶ嶽だけの麓に隠れたが、功名を夢見る心は一生火のやうに燃えた人であつた。そこは無欲な叔父と大に違ふところで、その制おさへきれないやうな烈しい性質の為に、世に立つて働くことが出来ないやうな身分なら、寧いつそ山奥へ高ひつ踏こめ、といふ憤慨の絶える時が無かつた。自分で思ふやうに成らない、だから、せめて子孫は思ふやうにしてやりたい。自分が夢見ることは、何どう卒か子孫に行はせたい。よしや日は西から出て東へ入る時があらうとも、斯この志ばかりは堅く執とつて変るな。行け、戦へ、身を立てよ――父の精神はそこに在つた。今は丑松も父の孤独な生涯を追懐して、彼あの遺言に籠る希望と熱情とを一層力強く感ずるやうに成つた。忘れるなといふ一生の教をし訓への其生いの命ち――喘あへぐやうな男をと性この霊たま魂しひの其呼吸――子の胸に流れ伝はる親の其血潮――それは父の亡くなつたと一緒にいよ〳〵深い震動を丑松の心に与へた。あゝ、死は無言である。しかし丑松の今の身に取つては、千百の言葉を聞くよりも、一もつ層と深く自分の一生のことを考へさせるのであつた。
牛小屋のあるところまで行くと、父の残した事業が丑松の眼に映じた。一ひと週まはりすれば二里半にあまるといふ天然の大牧場、そここゝの小松の傍わきには臥ねたり起きたりして居る牝牛の群も見える。牛小屋は高原の東の隅に在つて、粗そま造つな柵の内には未まだ角の無い犢こうしも幾頭か飼つてあつた。例の番小屋を預かる男は人々を款もて待なし顔がほに、枯草を焚いて、猶なほさま〴〵の燃たき料つけを掻集めて呉れる。丁度そこには叔父も丑松も待合せて居た。男も、女も、斯の焚火の周まは囲りに集つたかぎりは、昨夜一晩寝なかつた人々、かてゝ加へて今日の骨折――中にはもう烈しい疲つか労れが出て、半分眠り乍ら落葉の焼ける香を嗅いで居るものもあつた。叔父は、牛の群に振舞ふと言つて、あちこちの石の上に二合ばかりの塩を分けてやる。父の飼ひ慣れたものかと思へば、丑松も可なつ懐かしいやうな気になつて眺ながめた。それと見た一頭の黒い牝牛は尻毛を動かして、塩の方へ近ちかづいて来る。眉みけ間んと下腹と白くて、他はすべて茶褐色な一頭も耳を振つて近いた。吽もうと鳴いて犢こうしの斑ぶちも。さすがに見慣れない人々を憚るかして、いづれも鼻をうごめかして、塩の周まは囲りを遠廻りするものばかり。嘗なめたさは嘗めたし、烏うさ散んな奴は見て居るし、といふ顔付をして、じり〳〵寄りに寄つて来るのもあつた。
斯の光あり景さまを見た時は、叔父も笑へば、丑松も笑つた。斯ういふ可愛らしい相手があればこそ、寂しい山奥に住まはれもするのだと、人々も一緒になつて笑つた。やがて一同暇乞ひして、斯の父の永眠の地に別わか離れを告げて出掛けた。烏帽子、角かく間ま、四あづ阿まや、白根の山々も、今は後に隠れる。富士神社を通とほ過りすぎた頃、丑松は振返つて、父の墓のある方を眺めたが、其時はもう牛小屋も見えなかつた――唯、蕭せう条でうとした高原のかなたに当つて、細々と立登る一ひと条すぢの煙の末が望まれるばかりであつた。
第八章
︵一︶
西乃入に葬られた老牧夫の噂うはさは、直に根津の村中へ伝ひろ播がつた。尾をひ鰭れを付けて人は物を言ふのが常、まして種牛の為に傷けられたといふ事実は、些すく少なからず好もの奇ずきな手合の心を驚かして、到いたる処に茶話の種となる。定めし前さきの世には恐しい罪を作つたことも有つたらう、と迷信の深い者は直に其を言つた。牧夫の来歴に就いても、南佐久の牧場から引移つて来た者だの、甲州生れだの、いや会津の武士の果で有るのと、種さま々〴〵な臆測を言ひ触らす。唯たゞ、小こも諸ろの穢多町の﹃お頭かしら﹄であつたといふことは、誰一人として知るものが無かつたのである。
﹃御苦労招よび﹄︵手伝ひに来て呉れた近所の人々を招く習慣︶のあつた翌あく日るひ、丑松は会葬者への礼廻りに出掛けた。叔父も。姫子沢の家には叔母一人留守居。御茶漬後すぎ︵昼飯後︶は殊更温あた暖ゝかく、日の光が裏庭の葱ねぎ畠ばたけから南かぼ瓜ちやを乾し並べた縁側へ射し込んで、いかにも長のど閑かな思をさせる。追ふものが無ければ鶏も遠慮なく、垣根の傍に花を啄つむもあり、鳴くもあり、座敷の畳に上つて遊ぶのもあつた。丁度叔母が表に出て、流のところに腰を曲こゞめ乍ら、鍋なべを洗つて居ると、そこへ立つて丁寧に物を尋ねる一人の紳士がある。﹃瀬川さんの御宅は﹄と聞かれて、叔母は不思議さうな顔付。つひぞ見掛けぬ人と思ひ乍ら、冠つて居る手拭を脱とつて挨拶して見た。
﹃はい、瀬川は手前でごはすよ――失礼乍ら貴あん方たは何どち方らさ様まで?﹄
﹃私ですか。私は猪子といふものです。﹄
蓮太郎は丑松の留守に尋ねて来たのであつた。﹃もう追おつ付つけ帰つて参じやせう﹄を言はれて、折せつ角かく来たものを、兎とも角かくも其では御邪魔して、暫しば時らく休ませて頂かう、といふことに極め、軈やがて叔母に導かれ乍ら、草くさ葺ぶきの軒を潜くゞつて入つた。日頃農夫の生活に興を寄せる蓮太郎、斯かうして炉ろば辺たで話すのが何より嬉うれ敷しいといふ風で、煤すゝけた屋根の下を可なつ懐かしさうに眺ながめた。農家の習ひとして、表から裏口へ通り抜けの庭。そこには炭俵、漬物桶、又は耕作の道具なぞが雑ごち然や〳〵置き並べてある。片隅には泥の儘まゝの﹃かびた芋﹄︵馬鈴薯︶山のやうに。炉は直ぐ上あがり端はなにあつて、焚火の煙のにほひも楽しい感かん想じを与へるのであつた。年々の暦と一緒に、壁に貼はり付つけた錦絵の古く変色したのも目につく。
﹃生あい憎にくと今こん日ちは留守にいたしやして――まあ吾う家ちに不幸がごはしたもんだで、その礼廻りに出掛けやしてなあ。﹄
斯かう言つて、叔母は丑松の父の最後を蓮太郎に語り聞かせた。炉の火はよく燃えた。木製の自在鍵に掛けた鉄てつ瓶びんの湯も沸ふつ々〳〵と煮立つて来たので、叔母は茶を入れて款もて待なさうとして、急に――まあ、記憶といふものは妙なもので、長く〳〵忘れて居た昔の習慣を思出した。一体普通の客に茶を出さないのは、穢多の家の作法としてある。煙たば草この火ですら遠慮する。瀬川の家も昔は斯ういふ風であつたので其を破つて普通の交際を始めたのは、斯この姫子沢へ移ひつ住こしてから以この来かた。尤もつとも長い月日の間には、斯の新しい交際に慣れ、自おの然づと出入りする人々に馴な染じみ、茶はおろか、物の遣り取りもして、春は草餅を贈り、秋は蕎そ麦ば粉こを貰ひ、是こち方らで何とも思はなければ、他ひとも怪みはしなかつたのである。叔母が斯こ様んな昔の心こゝ地ろもちに帰つたは近頃無いことで――それも其その筈はず、姫子沢の百姓とは違つて気恥しい珍客――しかも突だし然ぬけに――昔者の叔母は、だから、自分で茶を汲む手の慄へに心付いた程。蓮太郎は其そ様んなことゝも知らないで、さも〳〵甘うまさうに乾いた咽の喉どを濡うるほして、さて種さま々〴〵な談はな話しに笑ひ興じた。就わけ中ても、丑松がまだ紙た鳶こを揚げたり独こ楽まを廻したりして遊んだ頃の物語に。
﹃時に、﹄と蓮太郎は何か深く考へることが有るらしく、﹃つかんことを伺ふやうですが、斯この根津の向町に六左衛門といふ御おだ大いじ尽んがあるさうですね。﹄
﹃はあ、ごはすよ。﹄と叔母は客の顔を眺めた。
﹃奈ど何うでせう、御聞きでしたか、そこの家うちについ此頃婚礼のあつたとかいふ話を。﹄
斯う蓮太郎は何気なく尋ねて見た。向町は斯の根津村にもある穢多の一部落。姫子沢とは八町程離れて、西町の町はづれにあたる。其処に住む六左衛門といふは音に聞えた穢多の富もの豪もちなので。
﹃あれ、少ちつ許とも其そ様んな話は聞きやせんでしたよ。そんなら聟むこさんが出来やしたかいなあ――長いこと彼あす処この家の娘も独ひと身りで居りやしたつけ。﹄
﹃御存じですか、貴方は、その娘といふのを。﹄
﹃評判な美しい女でごはすもの。色の白い、背のすらりとした――まあ、彼あ様んな身分のものには惜しいやうな娘こだつて、克よく他ひとが其を言ひやすよ。へえもう二十四五にも成るだらず。若く装つくつて、十九か二十位にしか見せやせんがなあ。﹄
斯ういふ話をして居る間にも、蓮太郎は何か思ひ当ることがあるといふ風であつた。待つても〳〵丑松が帰つて来ないので、軈て蓮太郎はすこし其そこ辺いらを散歩して来るからと、田たん圃ぼの方へ山の景色を見に行つた――是非丑松に逢ひたい、といふ言こと伝づてを呉々も叔母に残して置いて。
︵二︶
﹃これ、丑松や、猪子といふ御客様さんがお前めへを尋ねて来たぞい。﹄斯かう言つて叔母は駈寄つた。
﹃猪子先生?﹄丑松の目は喜よろ悦こびの色で輝いたのである。
﹃多はあ時るか待つて居なすつたが、お前が帰らねえもんだで。﹄と叔母は丑松の様子を眺め乍ら、﹃今々其処へ出て行きなすつた――ちよツくら、田たん圃ぼの方へ行つて見て来るツて。﹄斯う言つて、気を変へて、﹃一体彼あの御客様は奈ど何ういふ方だえ。﹄
﹃私の先生でさ。﹄と丑松は答へた。
﹃あれ、左さ様うかつちや。﹄と叔母は呆れて、﹃そんならそのやうに、御礼を言ふだつたに。俺はへえ、唯お前の知つてる人かと思つた――だつて、御友達のやうにばかり言ひなさるから。﹄
丑松は蓮太郎の跡を追つて、直に田圃の方へ出掛けようとしたが、丁度そこへ叔父も帰つて来たので、暫しば時らく上あがり端はなのところに腰掛けて休んだ。叔父は酷ひどく疲れたといふ風、家の内へ入るが早いか、﹃先づ、よかつた﹄を幾度と無く繰返した。何もかも今は無事に済んだ。葬式も。礼廻りも。斯ういふ思かん想がへは奈どん何なに叔父の心を悦よろこばせたらう。﹃ああ――これまでに漕こぎ付つける俺の心配といふものは。﹄斯う言つて、また思出したやうに安心の溜息を吐くのであつた。﹃全く、天の助けだぞよ。﹄と叔父は附加して言つた。
平和な姫子沢の家の光あり景さまと、世の変うつ遷りかはりも知らずに居る叔父夫婦の昔むか気しか質たぎとは、丑松の心に懐旧の情を催さした。裏庭で鳴き交す鶏の声は、午後の乾はし燥やいだ空気に響き渡つて、一層長のど閑かな思を与へる。働好な、壮たつ健しやな、人の好い、しかも子の無い叔母は、いつまでも児こど童ものやうに丑松を考へて居るので、其児こど童もあ扱つかひが又、些すく少なからず丑松を笑はせた。﹃御覧やれ、まあ、あの手付なぞの阿おや爺ぢさんに克く似てることは。﹄と言つて笑つた時は、思はず叔母も涙が出た。叔父も一緒に成つて笑つた。其時叔母が汲んで呉れた渋茶の味の甘かつたことは。款もて待なし振ぶりの田ゐな舎かま饅んぢ頭ゆう、その黒砂糖の餡あんの食ひ慣れたのも、可なつ懐かしい少年時代を思出させる。故郷に帰つたといふ心こゝ地ろもちは、何よりも深く斯ういふ場合に、丑松の胸を衝ついて湧わき上あがるのであつた。
﹃どれ、それでは行つて見て来ます。﹄
と言つて家を出る。叔父も直ぐに随いて出た。何か用事ありげに呼留めたので、丑松は行かうとして振返つて見ると、霜しも葉ばの落ちた柿の樹の下のところで、叔父は声を低くして
﹃他ほ事かぢやねえが、猪子で俺は思出した。以も前と師範校の先生で猪子といふ人が有つた。今日の御客様は彼あの人ひととは違ふか。﹄
﹃それですよ、その猪子先生ですよ。﹄と丑松は叔父の顔を眺め乍ら答へる。
﹃むゝ、左さ様うかい、彼人かい。﹄と叔父は周あた囲りを眺め廻して、やがて一寸親指を出して見せて、﹃彼人は是これだつて言ふぢやねえか――気を注つけろよ。﹄
﹃はゝゝゝゝ。﹄と丑松は快活らしく笑つて、﹃叔父さん、其そ様んなことは大丈夫です。﹄
斯う言つて急いだ。
︵三︶
﹃大丈夫です﹄とは言つたものゝ、其実丑松は蓮太郎だけに話す気で居る。先輩と自分と、唯二人――二度とは無い、斯かういふ好い機会は。と其を考へると、丑松の胸はもう烈しく踊るのであつた。
枯々とした草土手のところで、丑松は蓮太郎と一緒に成つた。聞いて見ると、先輩は細君を上田に残して置いて、其日の朝根津村へ入つたとのこと。連つれは市村弁護士一人。尤もつとも弁護士は有権者を訪問する為に忙せはしいので、旅やど舎やで別れて、蓮太郎ばかり斯の姫子沢へ丑松を尋ねにやつて来た。都合あつて演説会は催さない。随つて斯の村で弁護士の政論を聞くことは出来ないが、そのかはり蓮太郎は丑松とゆつくり話せる。まあ、斯ういふ信濃の山の上で、温あた暖ゝかな小春の半日を語り暮したいとのことである。
其日のやうな楽しい経験――恐らく斯の心こゝ地ろもちは、丑松の身にとつて、さう幾度もあらうとは思はれなかつた程。日頃敬慕する先輩の傍に居て、其人の声を聞き、其人の笑顔を見、其人と一緒に自分も亦た同じ故郷の空気を呼吸するとは。丑松は唯話すばかりが愉快では無かつた。沈だ黙まつて居る間にも亦た言ふに言はれぬ愉快を感ずるのであつた。まして、蓮太郎は――書いたものゝ上に表れたより、話して見ると又別のおもしろみの有る人で、容かほ貌つきは厳やかましいやうでも、存外情の篤あつい、優しい、言はゞ極く平民的な気象を持つて居る。左さ様ういふ風だから、後進の丑松に対しても城へだ郭てを構へない。放ほし肆いまゝに笑つたり、嘆息したりして、日あたりの好い草土手のところへ足を投出し乍ら、自分の病気の話なぞを為た。一度車に乗せられて、病院へ運ばれた時は、堪へがたい虚から咳ぜきの後で、刻むやうにして喀かく血けつしたことを話した。今は胸も痛まず、其程の病苦も感ぜず、身体の上のことは忘れる位に元気づいて居る――しかし彼あ様ゝいふ喀血が幾回もあれば、其時こそ最も早う駄目だといふことを話した。
斯ういふ風に親しく言葉を交へて居る間にも、とは言へ、全く丑松は自分を忘れることが出来なかつた。﹃何い時つ例のことを切出さう。﹄その煩はん悶もんが胸の中を往つたり来たりして、一いつ時ときも心を静や息すませない。﹃あゝ、伝う染つりはすまいか。﹄どうかすると其そ様んなことを考へて、先輩の病気を恐しく思ふことも有る。幾度か丑松は自分で自分を嘲あざけつた。
千ちく曲まが川は沿岸の民情、風俗、武士道と仏教とがところ〴〵に遺した中世の古蹟、信越線の鉄道に伴ふ山上の都会の盛衰、昔の北国街道の栄えい花ぐわ、今の死駅の零落――およそ信濃路のさま〴〵、それらのことは今二人の談はな話しに上つた。眼めの前まへには蓼たて科しな、八つが嶽、保ほふ福く寺じ、又は御みさ射や山ま、和田、大門などの山々が連つて、其山腹に横はる大傾斜の眺望は西にし東ひがしに展ひらけて居た。青白く光る谷底に、遠く流れて行くは千曲川の水。丑松は少年の時代から感化を享うけた自然のこと、土地の案内にも委くはしいところからして、一々指差して語り聞かせる。蓮太郎は其話に耳を傾けて、熱心に眺め入つた。対岸に見える八重原の高原、そこに人家の煙の立ち登る光さ景まは、殊に蓮太郎の注意を引いたやうであつた。丑松は又、谷底の平地に日のあたつたところを指差して見せて、水に添ふて散布するは、依よだ田く窪ぼ、長瀬、丸まり子こなどの村落であるといふことを話した。濃く青い空気に包まれて居る谷の蔭は、霊泉寺、田沢、別所などの温泉の湧くところ、農夫が群れ集る山の上の歓楽の地、よく蕎そ麦ばの花の咲く頃には斯この辺へんからも労苦を忘れる為に出掛けるものがあるといふことを話した。
蓮太郎に言はせると、彼も一度は斯ういふ山の風景に無感覚な時代があつた。信州の景色は﹃パノラマ﹄として見るべきで、大自然が描いた多くの絵画の中では恐らく平凡といふ側に貶おとされる程のものであらう――成なる程ほど、大きくはある。然し深い風おも趣むきに乏しい――起きたり伏たりして居る波な濤みのやうな山々は、不安と混雑とより外に何の感かん想じをも与へない――それに対むかへば唯心が掻かき乱みだされるばかりである。斯う蓮太郎は考へた時代もあつた。不思議にも斯の思かん想がへは今度の旅行で破ぶち壊こはされて了しまつて、始めて山といふものを見る目が開あいた。新しい自然は別に彼の眼めの前まへに展けて来た。蒸むし煙けぶる傾斜の気い息き、遠く深く潜む谷の声、活きもし枯れもする杜もりの呼吸、其間にはまた暗影と光と熱とを帯びた雲の群の出没するのも目に注ついて、﹃平野は自然の静息、山嶽は自然の活動﹄といふ言葉の意味も今更のやうに思ひあたる。一概に平凡と擯しり斥ぞけた信州の風景は、﹃山気﹄を通して反かへつて深く面白く眺められるやうになつた。
斯ういふ蓮太郎の観察は、山を愛する丑松の心を悦よろこばせた。其日は西の空が開けて、飛ひ騨だの山脈を望むことも出来たのである。見れば斯の大谿谷のかなたに当つて、畳み重なる山と山との上に、更に遠く連なる一列の白壁。今年の雪も早や幾度か降り添ふたのであらう。その山々は午後の日をうけて、青空に映り輝いて、殆んど人の気たま魄しひを奪ふばかりの勢であつた。活いき々〳〵とした力のある山塊の輪郭と、深い鉛えん紫しの色を帯びた谷々の影とは、一層その眺望に崇高な趣を添へる。針木嶺、白馬嶽、焼嶽、鎗が嶽、または乗のり鞍くら嶽がたけ、蝶が嶽、其他多くの山獄の峻けはしく競きそひ立つのは其処だ。梓川、大白川なぞの源を発するのは其処だ。雷鳥の寂しく飛びかふといふのは其処だ。氷河の跡の見られるといふのは其処だ。千古人跡の到らないといふのは其処だ。あゝ、無言にして聳そびえ立つ飛騨の山脈の姿、長とこ久しへに荘おご厳そかな自然の殿堂――見れば見る程、蓮太郎も、丑松も、高い気象を感ぜずには居られなかつたのである。殊に其日の空気はすこし黄に濁つて、十一月上旬の光に交つて、斯の広ひ濶ろい谿たに谷あひを盛んに煙けぶるやうに見せた。長い間、二人は眺め入つた。眺め入り乍ら、互に山のことを語り合つた。
︵四︶
噫あゝ。幾度丑松は蓮太郎に自分の素性を話さうと思つたらう。昨夜なぞは遅くまで洋ラン燈プの下で其事を考へて、もし先輩と二人ぎりに成るやうな場合があつたなら、彼あ様ゝ言はうか、此か様う言はうかと、さま〴〵の想像に耽ふけつたのであつた。蓮太郎は今、丑松の傍に居る。さて逢あつて見ると、言出しかねるもので、風景なぞのことばかり話して、肝心の思ふことは未まだ話さなかつた。丑松は既に種いろ々〳〵なことを話して居乍ら、未だ何なんにも蓮太郎に話さないやうな気がした。
夕飯の用意を命じて置いて来たからと、蓮太郎に誘はれて、丑松は一緒に根津の旅やど舎やの方へ出掛けて行つた。道々丑松は話しかけて、正直なところを言はう〳〵として見た。それを言つたら、自分の真情が深く先輩の心に通ずるであらう、自分は一もつ層と先輩に親むことが出来るであらう、斯う考へて、其を言はうとして、言ひ得ないで、時々立止つては溜息を吐くのであつた。秘密――生いき死しににも関はる真ほん実たうの秘密――仮たと令ひ先さ方きが同じ素性であるとは言ひ乍ら、奈ど何うして左さ様う容たや易すく告うち白あけることが出来よう。言はうとしては躊ちう躇ちよした。躊躇しては自分で自分を責めた。丑松は心の内な部かで、懼おそれたり、迷つたり、悶えたりしたのである。
軈やがて二人は根津の西町の町はづれへ出た。石地蔵の佇たゝ立ずむあたりは、向むか町ひまち――所いは謂ゆる穢多町で、草くさ葺ぶきの屋や造ねが日あたりの好い傾斜に添ふて不規則に並んで居る。中にも人目を引く城のやうな一ひと郭かまへ、白壁高く日に輝くは、例の六左衛門の住すみ家かと知れた。農業と麻あさ裏うら製づく造りとは、斯この部落に住む人々の職業で、彼の小諸の穢多町のやうに、靴、三味線、太鼓、其他獣皮に関したものの製造、または斃へい馬ばの売買なぞに従事して居るやうな手合は一人も無い。麻裏はどの穢多の家うちでも作るので、﹃中抜き﹄と言つて、草履の表に用つかふ美しい藁がところ〴〵の垣根の傍に乾してあつた。丑松は其を見ると、瀬川の家の昔を思出した。小諸時代を思出した。亡くなつた母も、今の叔母も、克よく其の﹃中抜き﹄を編んで居たことを思出した。自分も亦また少年の頃には、戸隠から来る﹃かはそ﹄︵草履裏の麻︶なぞを玩おも具ちやにして、父の傍で麻裏造る真似をして遊んだことを思出した。
六左衛門のことは、其時、二人の噂うはさに上つた。蓮太郎はしきりに彼の穢多の性質や行おこ為なひやらを問ひ尋ねる。聞かれた丑松とても委くは敷しくは無いが、知つて居る丈だけを話したのは斯うであつた。六左衛門の富は彼が一代に作つたもの。今日のやうな俄には分かぶ限げん者しやと成つたに就いては、甚はなはだ悪しざまに罵るものがある。慾深い上に、虚栄心の強い男で、金の力で成ることなら奈ど何んな事でもして、何どう卒かして﹃紳士﹄の尊称を得たいと思つて居る程。恐らく上流社会の華はなやかな交際は、彼が見て居る毎日の夢であらう。孔雀の真似を為する鴉からすの六左衛門が東京に別荘を置くのも其為である。赤十字社の特別社員に成つたのも其為である。慈善事業に賛成するのも其為である。書画骨こつ董とうで身の辺まはりを飾るのも亦た其為である。彼あれ程ほど学問が無くて、彼程蔵書の多いものも鮮すく少なからう、とは斯この界かい隈わいでの一つ話に成つて居る。
斯ういふことを語り乍ら歩いて行くうちに、二人は六左衛門の家の前へ出て来た。丁度午後の日を真まと面もにうけて、宏おほ壮きな白壁は燃える火のやうに見える。建物幾いく棟むねかあつて、長い塀へいは其周まは囲りを厳いかめしく取とり繞かこんだ。新平民の子らしいのが、七つ八つを頭かしらにして、何か﹃めんこ﹄の遊びでもして、其塀の外に群り集つて居た。中には頬の紅あかい、眼付の愛らしい子もあつて、普通の家の小供と些すこ少しも相違の無いのがある。中には又、卑しい、愚おろ鈍かしい、どう見ても日蔭者の子らしいのがある。是れを眺めても、穢多の部落が幾通りかの階級に別れて居ることは知れた。親らしい男は馬を牽ひいて、其小供の群に声を掛けて通り、姉らしい若い女は細帯を巻付けた儘まゝで、いそ〳〵と二人の側を影のやうに擦すり抜ぬけた。斯うして無智と零落とを知らずに居る穢多町の空気を呼吸するといふことは、可いた傷ましいとも、恥かしいとも、腹立たしいとも、名のつけやうの無い思をさせる。﹃吾われ儕〳〵を誰だと思ふ。﹄と丑松は心に憐んで、一いつ時ときも早く是処を通過ぎて了しまひたいと考へた。
﹃先生――行かうぢや有ませんか。﹄
と丑松はそこに佇たゝ立ずみ眺ながめて居る蓮太郎を誘ふやうにした。
﹃見たまへ、まあ、斯の六左衛門の家うちを。﹄と蓮太郎は振返つて、﹃何ど処こから何処まで主人公の性質を好く表してるぢや無いか。つい二三日前、是の家に婚礼が有つたといふ話だが、君は其そ様んな噂うはさを聞かなかつたかね。﹄
﹃婚礼?﹄と丑松は聞きゝ咎とがめる。
﹃その婚礼が一通りの婚礼ぢや無い――多分彼あ様ゝいふのが政治的結婚とでも言ふんだらう。はゝゝゝゝ。政事家の為することは違つたものさね。﹄
﹃先生の仰おつしやることは私に能よく解りません。﹄
﹃花嫁は君、斯の家の娘さ。御おむ聟こさんは又、代議士の候補者だから面白いぢやないか――﹄
﹃ホウ、代議士の候補者? まさか彼の一緒に汽車に乗つて来た男ぢや有ますまい。﹄
﹃それさ、その紳士さ。﹄
﹃へえ――﹄と丑松は眼を円くして、﹃左さ様うですかねえ――意外なことが有れば有るものですねえ――﹄
﹃全く、僕も意外さ。﹄といふ蓮太郎の顔は輝いて居たのである。
﹃しかし何処で先生は其そ様んなことを御聞きでしたか。﹄
﹃まあ、君、宿屋へ行つて話さう。﹄
第九章
︵一︶
一軒、根津の塚つか窪くぼといふところに、未まだ会葬の礼に泄もれた家が有つて、丁度序ついでだからと、丑松は途中で蓮太郎と別れた。蓮太郎は旅やど舎やへ。直に後から行く約束して、丑松は畠中の裏道を辿たどつた。塚窪の坂の下まで行くと、とある農家の前に一人の飴あめ屋や、面白可を笑かしく唐たう人じん笛ぶえを吹立てゝ、幼をさ稚ない客を呼集めて居る。御得意と見えて、声を揚げて飛んで来る男をと女こをんなの少年もあつた――彼あす処こからも、是こ処ゝからも。あゝ、少年の空想を誘ふやうな飴屋の笛の調子は、どんなに頑ぐわ是んぜないものゝ耳を楽ませるであらう。いや、買ひに集る子供ばかりでは無い、丑松ですら思はず立止つて聞いた。妙な癖で、其笛を聞く度に、丑松は自分の少年時代を思出さずに居られないのである。
何を隠さう――丑松が今指して行く塚窪の家には、幼をさ馴なな染じみが嫁かたづいて居る。お妻といふのが其女の名である。お妻の生さ家とは姫子沢に在つて、林檎畠一つ隔へだてゝ、丑松の家の隣に住んだ。丑松がお妻と遊んだのは、九こゝ歳のつに成る頃で、まだ瀬川の一家族が移住して来て間も無い当時のことであつた。もと〳〵お妻の父といふは、上田の在から養子に来た男、根が苦労人ではあり、他よそ所も者のでもあり、するところからして、自おの然づと瀬川の家にも後うし見ろみと成つて呉れた。それに、丑松を贔ひい顧きにして、伊いせ勢まう詣でに出掛けた帰かへ途りみちなぞには、必ず何か買つて来て呉れるといふ風であつた。斯ういふ隣同志の家の子供が、互ひに遊友達と成つたは不思議でも何でも無い。のみならず、二人は丁度同い年であつたのである。
楽しい追おも憶ひでの情は、唐人笛の音を聞くと同時に、丑松の胸の中に湧わき上あがつて来た。朦おぼ朧ろげながら丑松は幼いお妻の俤おもかげを忘れずに居る。はじめて自分の眼に映つた少をと女めの愛らしさを忘れずに居る。あの林檎畠が花ざかりの頃は、其枝の低く垂下つたところを彷さま徨よつて、互ひに無邪気な初恋の私さゝ語やきを取交したことを忘れずに居る。僅かに九こゝ歳のつの昔、まだ夢のやうなお伽とぎ話ばなしの時代――他のことは多く記憶にも残らない程であるが、彼の無む垢くな情こゝ緒ろもちばかりは忘れずに居る。尤もつとも、幼い二人の交まじ際はりは長く続かなかつた。不ふ図と丑松はお妻の兄と親しくするやうに成つて、それぎり最も早うお妻とは遊ばなかつた。
お妻が斯この塚窪へ嫁かたづいて来たは、十六の春のこと。夫といふのも丑松が小学校時代の友達で、年と齢しは三人同じであつた。田ゐな舎かの習なら慣はしとは言ひ乍ら、殊ことに彼の夫婦は早く結婚した。まだ丑松が師範校の窓の下で歴史や語学の研究に余念も無い頃に、もう彼の若い夫婦は幼いものに絡まとひ付かれ、朝に晩に﹃父さん、母さん﹄と呼ばれて居たのであつた。
斯かういふ過去の歴史を繰返したり、胸を踊らせたりして、丑松は坂を上つて行つた。山の方から溢あふれて来る根津川の支流は、清く、浅く、家々の前を奔はしり流れて居る。路みち傍ばたの栗の梢こずゑなぞ、早や、枯れ〴〵。柿も一葉を留めない程。水草ばかりは未だ青々として、根を浸すありさまも心地よく見られる。冬ふゆ籠ごもりの用意に多いそ忙がしい頃で、人々はいづれも流のところに集つて居た。余念も無く蕪かぶ菜なを洗ふ女の群の中に、手拭に日を避よけ、白い手をあらはし、甲かひ斐/々″々\しく働く襷たす掛きがけの一人――声を掛けて見ると、それがお妻で、丑松は斯の幼馴染の様子の変つたのに驚いて了しまつた。お妻も亦た驚いたやうであつた。
其日はお妻の夫も舅しうとも留守で、家に居るのは唯姑しうとめばかり。五人も子供が有ると聞いたが、年とし嵩かさなのが見えないは、大方遊びにでも行つたものであらう。五いつ歳ゝばかりを頭かしらに、三人の女の児は母親に倚より添そつて、恥かしがつて碌ろくに御お辞じ儀ぎも為なかつた。珍しさうに客の顔を眺めるもあり、母親の蔭に隠れるもあり、漸やうやく歩むばかりの末の児は、見み慣なれぬ丑松を怖れたものか、軈やがてしく〳〵やり出すのであつた。是光あり景さまに、姑も笑へば、お妻も笑つて、﹃まあ、可を笑かしな児だよ、斯の児は。﹄と乳房を出して見せる。それを咬くはへて、泣なき吃じや逆つくりをし乍ながら、密そつと丑松の方を振向いて見て居る児こど童もの様子も愛らしかつた。
話好きな姑は一人で喋しや舌べつた。お妻は茶を入れて丑松を款もて待なして居たが、流さす石がに思出したことも有ると見えて、
﹃そいつても、まあ、丑松さんの大きく御おな成んなすつたこと。﹄
と言つて、客の顔を眺ながめた時は、思はず紅あかくなつた。
会葬の礼を述べた後、丑松はそこ〳〵にして斯の家を出た。姑と一緒に、お妻も亦また門口に出て、客の後姿を見送るといふ様子。今更のやうに丑松は自われ他ひとの変うつ遷りかはりを考へて、塚窪の坂を上つて行つた。彼の世帯染みた、心の好ささうな、何ど処こやら床ゆかしいところのあるお妻は――まあ、忘れずに居る其俤に比べて見ると、全く別の人のやうな心こゝ地ろもちもする。自分と同い年で、しかも五人子持――あれが幼をさ馴なな染じみのお妻であつたかしらん、と時々立止つて嘆息した。
斯ういふ追おも懐ひでの情は、とは言へ、深く丑松の心を傷けた。平しよ素つちゆうもう疑うた惧がひの念を抱いて苦くる痛しみの為に刺こ激づき廻されて居る自分の今に思ひ比べると、あの少年の昔の楽しかつたことは。噫、何にも自分のことを知らないで、愛らしい少をと女めと一緒に林檎畠を彷さま徨よつたやうな、楽しい時代は往いつて了しまつた。もう一度丑松は左さ様ういふ時代の心こゝ地ろもちに帰りたいと思つた。もう一度丑松は自分が穢多であるといふことを忘れて見たいと思つた。もう一度丑松は彼の少年の昔と同じやうに、自由に、現この世よの歓たの楽しみの香を嗅いで見たいと思つた。斯う考へると、切ない慾のぞ望みは胸を衝ついて春の潮のやうに湧き上る。穢多としての悲しい絶望、愛といふ楽しい思かん想がへ、そんなこんなが一緒に交つて、若い生いの命ちを一ひと層しほ美しくして見せた。終しまひには、あの蓮華寺のお志保のことまでも思ひやつた。活々とした情の為に燃え乍ら、丑松は蓮太郎の旅やど舎やを指して急いだのである。
︵二︶
御泊宿、吉田屋、と軒のき行あん燈どんに記してあるは、流さす石がに古い街道の名なご残り。諸国商人の往来もすくなく、昔の宿はいづれも農家となつて、今はこの根津村に二三軒しか旅はた籠ご屋やらしいものが残つて居ない。吉田屋は其一つ、兎とか角く商売も休み勝ち、客間で秋しう蚕こ飼ふ程の時世と変りはてた。とは言ひ乍ら、寂さびれた中にも風ふぜ情いのあるは田ゐな舎かの古い旅やど舎やで、門口に豆を乾並べ、庭では鶏も鳴き、水を舁かついで風呂場へ通ふ男の腰付もをかしいもの。炉ろで焚たく﹃ぼや﹄の火は盛んに燃え上つて、無邪気な笑声が其周まは囲りに起るのであつた。
﹃左さ様うだ――例のことを話さう。﹄
と丑松は自分で自分に言つた。吉田屋の門口へ入つた時は、其思かん想がへが復また胸の中を往来したのである。
案内されて奥の方の座敷へ通ると、蓮太郎一人で、弁護士は未だ帰らなかつた。額、唐紙、すべて昔の風を残して、古びた室内の光さ景まとは言ひ乍ら、談はな話しを為するには至極静かで好かつた。火鉢に炭を加へ、其側に座蒲団を敷いて、相さし対むかひに成つた時の心こゝ地ろもちは珍めづ敷らしくもあり、嬉うれ敷しくもあり、蓮太郎が手づから入れて呉れる茶の味は又格別に思はれたのである。其時丑松は日頃愛読する先輩の著述を数へて、始めて手にしたのが彼あの大作、﹃現代の思潮と下層社会﹄であつたことを話した。﹃貧しきものゝなぐさめ﹄、﹃労働﹄、﹃平凡なる人﹄、とり〴〵に面白く味あぢはつたことを話した。丑松は又、﹃懴悔録﹄の広告を見つけた時の喜よろ悦こびから、飯山の雑誌屋で一冊を買取つて、其を抱いて内なか容みを想像し乍ら下宿へ帰つた時の心こゝ地ろもち、読み耽つて心に深い感動を受けたこと、社よの会なかといふものゝ威ちか力らを知つたこと、さては其著述に顕あらはれた思かん想がへの新しく思はれたことなぞを話した。
蓮太郎の喜よろ悦こびは一通りで無かつた。軈て風呂が湧いたといふ案内をうけて、二人して一緒に入りに行つた時も、蓮太郎は其を胸に浮べて、かねて知己とは思つて居たが、斯かう迄自分の書いたものを読んで呉れるとは思はなかつたと、丑松の熱心を頼たの母もしく考へて居たらしいのである。病が病だから、蓮太郎の方では遠慮する気味で、其そ様んなことで迷惑を掛けたく無い、と健たつ康しやなものゝ知らない心配は絶えず様子に表はれる。斯うなると丑松の方では反かへつて気の毒になつて、病の為に先輩を恐れるといふ心は何処へか行つて了つた。話せば話すほど、哀あは憐れみは恐おそ怖れに変つたのである。
風呂場の窓の外には、石を越して流下る水の声もおもしろく聞えた。透すき澄とほるばかりの沸わかし湯ゆに身体を浸し温めて、しばらく清流の響に耳を嬲なぶらせる其楽しさ。夕暮近い日の光は窓からさし入つて、蒸むし烟けぶる風呂場の内を朦もう朧ろうとして見せた。一ぱい浴びて流しのところへ出た蓮太郎は、湯気に包まれて燃えるかのやう。丑松も紅あかくなつて、顔を伝ふ汗の熱さに暫しば時らく世の煩わづらひを忘れた。
﹃先生、一つ流しませう。﹄と丑松は小こを桶けを擁かゝへて蓮太郎の背うし後ろへ廻る。
﹃え、流して下さる?﹄と蓮太郎は嬉しさうに、﹃ぢやあ、願ひませうか。まあ君、ざつと遣つて呉れたまへ。﹄
斯うして丑松は、日頃慕つて居る其人に近いて、奈ど何ういふ風に考へ、奈何いふ風に言ひ、奈何いふ風に行ふかと、すこしでも蓮太郎の平生を見るのが楽しいといふ様子であつた。急に二人は親した密しみを増したやうな心こゝ地ろもちもしたのである。
﹃さあ、今度は僕の番だ。﹄
と蓮太郎は湯を汲かい出だして言つた。幾度か丑松は辞退して見た。
﹃いえ、私は沢山です。昨日入つたばかりですから。﹄と復また辞退した。
﹃昨日は昨日、今日は今日さ。﹄と蓮太郎は笑つて、﹃まあ、左さ様う遠慮しないで、僕にも一つ流させて呉れたまへ。﹄
﹃恐れ入りましたなあ。﹄
﹃どうです、瀬川君、僕の三助もなか〳〵巧いものでせう――はゝゝゝゝ。﹄と戯れて、やがて蓮太郎はそこに在る石シャ鹸ボンを溶いて丑松の背中へつけて遣り乍ら、﹃僕がまだ長野に居る時分、丁度修学旅行が有つて、生徒と一緒に上州の方へ出掛けたことが有りましたツけ。まだ覚えて居るが、彼あの時の投票は、僕がそれ大食家さ。しかし大食家と言はれる位に、彼の頃は壮たつ健しやでしたよ。それからの僕の生涯は、実に種いろ々〳〵なことが有ましたねえ。克よくまあ僕のやうな人間が斯うして今日迄生きながらへて来たやうなものさ。﹄
﹃先生、もう沢山です。﹄
﹃何だねえ、今始めたばかりぢや無いか。まだ、君、垢が些ちつ少とも落ちやしない。﹄
と蓮太郎は丁寧に丑松の背中を洗つて、終しまひに小桶の中の温い湯を掛けてやつた。遣ひ捨ての湯水は石鹸の泡に交つて、白くゆるく板敷の上を流れて行つた。
﹃君だから斯こ様んなことを御話するんだが、﹄と蓮太郎は思出したやうに、﹃僕は仲間のことを考へる度に、実に情ないといふ心こゝ地ろもちを起さずには居られない。御恥しい話だが、思想の世界といふものは、未だ僕等の仲間には開けて居ないのだね。僕があの師範校を出た頃には、それを考へて、随分暗い月日を送つたことも有ましたよ。病気になつたのも、実は其結果さ。しかし病気の為に、反かへつて僕は救はれた。それから君、考へてばかり居ないで、働くといふ気になつた。ホラ、君の読んで下すつたといふ﹁現代の思潮と下層社会﹂――あれを書く頃なぞは、健たつ康しやだといふ日は一日も無い位だつた。まあ、後日新平民のなかに面白い人物でも生れて来て、あゝ猪子といふ男は斯こ様んなものを書いたかと、見て呉れるやうな時が有つたら、それでもう僕なぞは満足するんだねえ。むゝ、その踏台さ――それが僕の生しや涯うがいでもあり、又希のぞ望みでもあるのだから。﹄
︵三︶
言はう〳〵と思ひ乍ら、何か斯かう引止められるやうな気がして、丑松は言はずに風呂を出た。まだ弁護士は帰らなかつた。夕飯の用意にと、蓮太郎が宿へ命じて置いたは千曲川の鮠はや、それは上田から来る途中で買取つたとやらで、魚ぎよ田で楽んにこしらへさせて、一緒に初冬の河魚の味を試みたいとのこと。仕度するところと見え、摺すり鉢ばちを鳴らす音は台所の方から聞える。炉ろば辺たで鮠の焼ける香は、ぢり〳〵落ちて燃える魚あぶ膏らの煙に交つて、斯の座敷までも甘うまさうに通つて来た。
蓮太郎は鞄かばんの中から持薬を取出した。殊に湯上りの顔色は病気のやうにも見えなかつた。嗅ぐともなしに﹃ケレオソオト﹄のにほひを嗅いで見て、軈やがて高柳のことを言出す。
﹃して見ると、瀬川君はあの男と一緒に飯山を御出掛でしたね。﹄
﹃どうも不思議だとは思ひましたよ。﹄と丑松は笑つて、﹃妙に是こち方らを避よけるといふやうな風でしたから。﹄
﹃そこがそれ、心に疚やましいところの有る証拠さ。﹄
﹃今考へても、彼の外ぐわ套いたうで身体を包んで、隠れて行くやうな有様が、目に見えるやうです。﹄
﹃はゝゝゝゝ。だから、君、悪いことは出来ないものさ。﹄
と言つて、それから蓮太郎は聞いて来た一いち伍ぶし一じゆ什うを丑松に話した。高柳が秘密に六左衛門の娘を貰つたといふ事実は、妙なところから出たとのこと。すこし調べることがあつて、信州で一番古い秋葉村の穢多町︵上田の在にある︶、彼処へ蓮太郎が尋ねて行くと、あの六左衛門の親戚で加しかも讐かた敵きのやうに仲の悪いとかいふ男から斯の話が泄もれたとのこと。蓮太郎が弁護士と一緒に、今朝この根津村へ入つた時は、折も折、丁度高柳夫婦が新婚旅行にでも出掛けようとするところ。無論先さ方きでは知るまいが、確に是こち方らでは後姿を見届けたとのことであつた。
﹃実に驚くぢやないか。﹄と蓮太郎は嘆息した。﹃瀬川君、君はまあ奈ど何う思ふね、彼の男の心こゝ地ろもちを。これから君が飯山へ帰つて見たまへ――必きつ定とあの男は平気な顔して結婚の披露を為るだらうから――何ど処こか遠方の豪家からでも細君を迎へたやうに細こし工らへるから――そりやあもう新平民の娘だとは言ふもんぢやないから。﹄
斯ういふ話を始めたところへ、下女が膳を持運んで来た。皿の上の鮠はやは焼きたての香を放つて、空すき腹ばらで居る二人の鼻を打つ。銀色の背、樺かばと白との腹、その鮮あたらしい魚が茶色に焼け焦げて、ところまんだら味噌の能よく付かないのも有つた。いづれも肥え膏あぶらづいて、竹の串に突きさゝれてある。流さす石がに嗅ぎつけて来たと見え、一匹の小猫、下女の背うし後ろに様子を窺うかゞふのも可を笑かしかつた。御給仕には及ばないを言はれて、下女は小猫を連れて出て行く。
﹃さあ、先生、つけませう。﹄と丑松は飯めし櫃びつを引取つて、気いきの出るやつを盛り始めた。
﹃どうも済すみません。各めい自〳〵勝手にやることにしようぢや有ませんか。まあ、斯かうして膳に向つて見ると、あの師範校の食堂を思出さずには居られないねえ。﹄
と笑つて、蓮太郎は話し〳〵食つた。丑松も骨ほね離ばなれの好い鮠はやの肉を取つて、香ばしく焼けた味噌の香を嗅ぎ乍ら話した。
﹃あゝ。﹄と蓮太郎は箸持つ手を膝の上に載せて、﹃どうも当世紳士の豪えらいには驚いて了しまふ――金といふものゝ為なら、奈ど何んなことでも忍ぶのだから。瀬川君、まあ、聞いて呉れたまへ。彼の通り高柳が体裁を飾つて居ても、実は非常に内輪の苦しいといふことは、僕も聞いて居た。借財に借財を重ね、高利貸には責められる、世間への不義理は嵩かさむ、到底今年選挙を争ふ見込なぞは立つまいといふことは、聞いて居た。しかし君、いくら窮境に陥つたからと言つて、金を目めあ的てに結婚する気に成るなんて――あんまり根性が見え透すいて浅あさ猿ましいぢやないか。あるひは、彼男に言はせたら、六左衛門だつて立派な公民だ、其娘を貰ふのに何の不思議が有る、親子の間柄で選挙の時なぞに助けて貰ふのは至あた当りまへぢやないか――斯う言ふかも知れない。それならそれで可いゝさ。階級を打破して迄までも、気に入つた女を貰ふ位の心意気が有るなら、又面白い。何故そんなら、狐こ鼠そ々/々\と祝しう言げんなぞを為るんだらう。何故そんなら、隠れてやつて来て、また隠れて行くやうな、男らしくない真似を為るんだらう。苟いやしくも君、堂々たる代議士の候補者だ。天下の政治を料理するなどと長広舌を振ひ乍ら、其人の生涯を見れば奈ど何うだらう。誰やらの言草では無いが、全まる然で紳士の面を冠つた小人の遣方だ――情ないぢやないか。成なる程ほど世間には、金に成ることなら何でもやる、買手が有るなら自分の一生でも売る、斯かういふ量見の人はいくらも有るさ。しかし、彼男のは、売つて置いて知らん顔をして居よう、といふのだから酷はなはだしい。まあ、君、僕等の側に立つて考へて見て呉れたまへ――是これ程ほど新平民といふものを侮辱した話は無からう。﹄
暫しば時らく二人は言葉を交さないで食つた。軈てまた蓮太郎は感慨に堪へないと言ふ風で、病気のことなぞはもう忘れて居るかのやうに、
﹃彼あの男をとこも彼男なら、六左衛門も六左衛門だ。そんなところへ娘を呉れたところで何が面白からう。是これから東京へでも出掛けた時に、自分の聟は政事家だと言つて、吹聴する積りなんだらうが、あまり寝覚の好い話でも無からう。虚栄心にも程が有るさ。ちつたあ娘のことも考へさうなものだがなあ。﹄
斯う言つて蓮太郎は考深い目付をして、孤ひとり思に沈むといふ様子であつた。
聞いて見れば聞いて見るほど、彼の政事家の内幕にも驚かれるが、又、この先輩の同族を思ふ熱情にも驚かれる。丑松は、弱い体から躯だの内に燃える先輩の精神の烈しさを考へて、一種の悲壮な感かん想じを起さずには居られなかつた。実際、蓮太郎の談はな話しの中には丑松の心を動かす力が籠つて居たのである。尤もつとも、病のある人ででも無ければ、彼あ様ゝは心を傷めまい、と思はれるやうな節々が時々其言葉に交つて聞えたので。
︵四︶
到頭丑松は言はうと思ふことを言はなかつた。吉田屋を出たのは宵よひ過ぎる頃であつたが、途々それを考へると、泣きたいと思ふ程に悲しかつた。何故、言はなかつたらう。丑松は歩き乍ら、自分で自分に尋ねて見る。亡おや父ぢの言葉も有るから――叔父も彼あ様ゝ忠告したから――一旦秘密が自分の口から泄もれた以上は、それが何い時つ誰の耳へ伝はらないとも限らない、先輩が細君へ話す、細君はまた女のことだから到底秘密を守つては呉れまい、斯かういふことに成ると、それこそ最も早う回とり復かへしが付かない――第一、今の場合、自分は穢多であると考へたく無い、是迄も普通の人間で通つて来た、是これから将さ来きとても無論普通の人間で通りたい、それが至当な道理であるから――
種いろ々〳〵弁いひ解わけを考へて見た。
しかし、斯ういふ弁解は、いづれも後から造こしらへて押付けたことで、それだから言へなかつたとは奈何しても思はれない。残念乍ら、丑松は自分で自分を欺いて居るやうに感じて来た。蓮太郎にまで隠して居るといふことは、実は丑松の良心が許さなかつたのである。
あゝ、何を思ひ、何を煩ふ。決して他の人に告うち白あけるのでは無い。唯あの先輩だけに告白けるのだ。日頃自分が慕つて居る、加しかも自分と同じ新平民の、其人だけに告白けるのに、危い、恐しいやうなことが何処にあらう。
﹃どうしても言はないのは虚う偽そだ。﹄
と丑松は心に羞はぢたり悲んだりした。
そればかりでは無い。勇み立つ青春の意気も亦また丑松の心に強い刺激を与へた。譬たとへば、丑松は雪霜の下に萌もえる若草である。春待つ心は有ながらも、猜うた疑がひと恐おそ怖れとに閉ぢられて了しまつて、内な部かの生いの命ちは発の達びることが出来なかつた。あゝ、雪霜が日にあたつて、溶けるといふに、何の不思議があらう。青年が敬慕の情を心ゆく先輩の前に捧げて、活きて進むといふに、何の不思議があらう。見れば見るほど、聞けば聞くほど、丑松は蓮太郎の感化を享うけて、精神の自由を慕はずには居られなかつたのである。言ふべし、言ふべし、それが自分の進む道み路ちでは有るまいか。斯う若々しい生命が丑松を励ますのであつた。
﹃よし、明日は先生に逢つて、何もかも打ぶち開まけて了はう。﹄
と決心して、姫子沢の家をさして急いだ。
其晩はお妻の父おや親ぢがやつて来て、遅くまで炉ろば辺たで話した。叔父は蓮太郎のことに就いて別に深く掘つて聞かうとも為なかつた。唯丑松が寝床の方へ行かうとした時、斯ういふ問を掛けた。
﹃丑松――お前めへは今日の御おき客やく様さんに、何にも自分のことを話しやしねえだらうなあ。﹄
と言はれて、丑松は叔父の顔を眺めて、
﹃誰が其そ様んなことを言ふもんですか。﹄
と答へるには答へたが、それは本心から出た言葉では無いのであつた。
寝床に入つてからも、丑松は長いこと眠られなかつた。不思議な夢は来て、眼めの前まへを通る。其人は見納めの時の父の死顔であるかと思ふと、蓮太郎のやうでもあり、病の為に蒼あをざめた蓮太郎の顔であるかと思ふと、お妻のやうでもあつた。あの艶を帯もつた清すゞしい眸ひとみ、物言ふ毎にあらはれる皓しら歯は、直に紅あかくなる頬――その真情の外そ部とに輝き溢あふれて居る女らしさを考へると、何時の間にか丑松はお志保の俤おもかげを描いて居たのである。尤もつともこの幻まぼ影ろしは長く後まで残らなかつた。払あけ暁がたになると最も早う忘れて了つて、何の夢を見たかも覚えて居ない位であつた。
第拾章
︵一︶
いよ〳〵苦くる痛しみの重荷を下す時が来た。
丁度蓮太郎は弁護士と一緒に、上田を指して帰るといふので、丑松も同行の約束した。それは父を傷きずつけた種牛が上田の屠とぎ牛う場ばへ送られる朝のこと。叔父も、丑松も其立会として出掛ける筈になつて居たので。昨夜の丑松の決心――あれを実行するには是この上うへも無い好い機し会ほ。復また逢あはれるのは何時のことやら覚おぼ束つかない。どうかして叔父や弁護士の聞いて居ないところで――唯先輩と二人ぎりに成つた時に――斯う考へて、丑松は叔父と一緒に出掛ける仕度をしたのであつた。
上田街道へ出ようとする角のところで、そこに待合せて居る二人と一緒になつた。丑松は叔父を弁護士に紹介し、それから蓮太郎にも紹介した。
﹃先生、これが私の叔父です。﹄
と言はれて、叔父は百姓らしい大な手を擦もみ乍ながら、
﹃丑松の奴がいろ〳〵御世話様に成りますさうで――昨さく日じつはまた御出下すつたさうでしたが、生あい憎にくと留守にいたしやして。﹄
斯かういふ挨拶をすると、蓮太郎は丁寧に亡なくなつた人の弔くや辞みを述べた。
四人は早く発たつた。朝じめりのした街道の土を踏んで、深い霧の中を辿たどつて行つた時は、遠をち近こちに鶏の鳴き交す声も聞える。其日は春先のやうに温あた暖ゝかで、路傍の枯草も蘇いき生かへるかと思はれる程。灰色の水蒸気は低く集つて来て、僅かに離れた杜もりの梢こずゑも遠く深く烟けぶるやうに見える。四人は後になり前になり、互に言葉を取交し乍ら歩いた。就わけ中ても、弁護士の快活な笑声は朝の空気に響き渡る。思はず足も軽く道も果はか取どつたのである。
東上田へ差懸つた頃、蓮太郎と丑松の二人は少すこ許し連つれに後おくれた。次第に道み路ちは明くなつて、ところ〴〵に青空も望まれるやうに成つた。白い光を帯び乍ら、頭の上を急いだは、朝雲の群。行ゆく先てにあたる村落も形を顕あらはして、草くさ葺ぶきの屋根からは煙の立ち登る光さ景まも見えた。霧の眺めは、今、おもしろく晴れて行くのである。
蓮太郎は苦しい様子も見せなかつた。この石いし塊ころの多い歩き難い道を彼あ様ゝして徒ひ歩ろつても可いゝのかしらん、と丑松はそれを案じつゞけて、時々蓮太郎を待合せては、一緒に遅く歩くやうに為たが、まあ素しろ人うと目めで眺めたところでは格別気い息きの切れるでも無いらしい。漸やうやく安心して、軈やがて話し〳〵行く連の二人の後姿は、と見ると其時は凡およそ一町程も離れたらう。急に日があたつて、湿しめつた道路も輝き初めた。温やは和らかに快こゝ暢ろよい朝の光は小ちひ県さがたの野に満ち溢あふれて来た。
あゝ、告うち白あけるなら、今だ。
丑松に言はせると、自分は決して一生の戒を破るのでは無い。是これが若もし世間の人に話すといふ場合ででも有つたら、それこそ今迄の苦心も水の泡であらう。唯斯この人ひとだけに告白けるのだ。親兄弟に話すも同じことだ。一向差支が無い。斯う自分で自分に弁いひ解ほどいて見た。丑松も思慮の無い男では無し、彼あれ程ほど堅い父の言葉を忘れて了しまつて、好んで死地に陥るやうな、其そ様んな愚おろかな真似を為する積りは無かつたのである。
﹃隠せ。﹄
といふ厳粛な声は、其時、心の底の方で聞えた。急に冷つめたい戦みぶ慄るひが全身を伝つて流れ下る。さあ、丑松もすこし躊ため躇らはずには居られなかつた。﹃先生、先生﹄と口の中で呼んで、どう其を切出したものかと悶もがいて居ると、何か目に見えない力が背うし後ろに在つて、妙に自分の無法を押止めるやうな気がした。
﹃忘れるな﹄とまた心の底の方で。
︵二︶
﹃瀬川君、君は恐しく考へ込んだねえ。﹄と蓮太郎は丑松の方を振返つて見た。﹃時に、大分後れましたよ。奈ど何うですか、少すこ許し急がうぢや有ませんか。﹄
斯う言はれて、丑松も其後に随ついて急いだ。
間も無く二人は連に追付いた。鳥のやうに逃げ易い機会は捕まらなかつた。いづれ未まだ先輩と二人ぎりに成る時は有るであらう、と其を丑松は頼みに思ふのである。
日は次第に高くなつた。空は濃く青く透すき澄とほるやうになつた。南の方かたに当つて、ちぎれ〳〵な雲の群も起る。今は温あた暖ゝかい光の為に蒸むされて、野も煙り、岡も呼吸し、踏んで行く街道の土の灰色に乾く臭にほ気ひも心こゝ地ろもちが好い。浅々と萌もえ初そめた麦畠は、両側に連つて、奈どん何なに春待つ心の烈しさを思はせたらう。斯かうして眺ながめ〳〵行く間にも、四人の眼に映る田ゐな舎かが四色で有つたのはをかしかつた。弁護士は小作人と地主との争あら闘そひを、蓮太郎は労働者の苦くる痛しみと慰なぐ藉さめとを、叔父は﹃えご﹄、﹃山やま牛ごば蒡う﹄、﹃天てん王わう草ぐさ﹄、又は﹃水みづ沢おも瀉だか﹄等の雑草に苦しめられる耕作の経験から、収とり穫いれに関係の深い土質の比較、さては上州地方の平野に住む農夫に比べて斯の山の上の人々の粗なげ懶やりな習慣なぞを――流さす石がに三人の話は、生活といふことを離れなかつたが、同じ田舎を心に描いても、丑松のは若々しい思かん想がへから割出して、働くばかりが田舎ではないと言つたやうな風に観察する。斯かういふ思ひ〳〵の話に身が入つて、四人は疲つか労れを忘れ乍ら上田の町へ入つた。
上田には弁護士の出張所も設けて有る。そこには蓮太郎の細君が根津から帰る夫を待受けて居たので。蓮太郎と弁護士とは、一寸立寄つて用事を済すました上、また屠牛場で一緒に成るといふことにしよう、其種牛の最後をも見よう――斯かういふ約束で別れた。丑松は叔父と連立つて一ひと歩あし先へ出掛けた。
屠牛場近く行けば行く程、亡くなつた牧夫のことが烈しく二人の胸に浮んで来た。二人の話は其追おも懐ひでで持切つた。他人が居なければ遠慮も要いらず、今は何を話さうと好すき自じい由うである。
﹃なあ、丑松。﹄と叔父は歩き乍ら嘆息して、﹃へえ、もう今日で六日目だぞよ。兄貴が亡くなる、お前めへがやつて来る。葬おじ式やんぼんを出す、御苦労招びから、礼廻りと、丁度今日で六日目だ。あゝ、明日は最も早う初七日だ。日数の早く経たつには魂たま消げて了ふ。兄貴に別れたのは、つい未だ昨日のやうにしか思はれねえがなあ。﹄
丑松は黙つて考へ乍ら随いて行つた。叔父は言葉を継いで、
﹃真ほん実たうに世の中は思ふやうに行かねえものさ。兄貴も、是から楽をしようといふところで、彼あ様んな災難に罹るなんて。まあ、金を遺のこすぢや無し、名を遺すぢや無し、一生苦労を為つゞけて、其苦労が誰の為かと言へば――畢つま竟り、お前や俺の為だ。俺も若え時は、克よく兄貴と喧嘩して、擲なぐられたり、泣かせられたりしたものだが、今となつて考へて見ると、親兄弟程難あり有がたいものは無えぞよ。仮たと令ひ世界中の人が見放しても、親兄弟は捨てねえからなあ。兄貴を忘れちやならねえと言ふのは――其処だはサ。﹄
暫しば時らく二人は無言で歩いた。
﹃忘れるなよ。﹄と叔父は復た初めた。﹃何どの程くれえまあ兄貴もお前の為に心配して居たものだか。ある時、俺に、﹁丑松も今が一番危え時だ。斯うして山の中で考へたと、世間へ出て見たとは違ふから、そこを俺が思つてやる。なか〳〵他人の中へ突出されて、内うち兜かぶとを見み透すかされねえやうに遂やり行とげるのは容易ぢやねえ。何どう卒かしてうまく行やつて呉れゝば可いゝが――下手に学問なぞをして、つまらねえ思かん想がへを起さなければ可いゝが――まあ、三十に成つて見ねえ内は、安心が出来ねえ。﹂と斯ういふから、﹁なあに、大丈夫――丑松のことなら俺が保証する。﹂と言つてやつたよ。すると、兄貴は首を振つて、﹁どうも不いか可ねえもので、親の悪いところばかり子に伝はる。丑松も用心深いのは好いゝが、然し又、あんまり用心深過ぎて反つて疑はれるやうな事が出来やすまいか。﹂としきりに其を言ふ。其時俺が、﹁左さ様う心配した日には際き限りが無え。﹂と笑つたことサ。はゝゝゝゝ。﹄と思出したやうに慾の無い声で笑つて、軈て気を変へて、﹃しかし、能くまあ、お前も是迄に漕付けて来た。最早大丈夫だ。全くお前には其丈の徳が具そなはつて居るのだ。なにしろ用心するに越したことはねえぞよ。奈ど何んな先生だらうが、同じ身分の人だらうが、決して気は許せねえ――そりやあ、もう、他人と親兄弟とは違ふからなあ。あゝ、兄貴の生きてる時分には、牧場から下つて来る、俺や婆さんの顔を見る、直にお前の噂うはさだつた。もう兄貴は居ねえ。是からは俺と婆さんと二人ぎりで、お前の噂をして楽むんだ。考へて見て呉れよ、俺も子は無しサ――お前より外に便りにするものは無えのだから。﹄
︵三︶
例の種牛は朝のうちに屠とぎ牛う場ばへ送られた。種牛の持主は早くから詰掛けて、叔父と丑松とを待受けて居た。二人は、空車引いて馳かけて行く肉屋の丁でつ稚ちの後に随いて、軈て屠牛場の前迄行くと、門の外に持主、先まづ見るより、克よく来て呉れたを言ひ継つゞける。心から老牧夫の最後を傷いたむといふ情じや合うあひは、斯持主の顔色に表れるのであつた。﹃いえ。﹄と叔父は対手の言葉を遮さへぎつて、﹃全く是こち方らの不てぬ注か意りから起つた事なんで、貴あん方たを恨うらみる筋は些ちつ少ともごはせん。﹄とそれを言へば、先さ方きは猶なほ々〳〵痛み入る様子。﹃私はへえ、面目なくて、斯かうして貴あん方たが等たに合せる顔も無いのでやす――まあ畜生の為したことだからせえて︵せえては、しての訛なまり、農夫の間に用ゐられる︶、御災難と思つて絶あき念らめて下さるやうに。﹄とかへす〴〵言ふ。是こ処ゝは上田の町はづれ、太郎山の麓に迫つて、新しく建てられた五棟ばかりの平屋。鋭い目付の犬は五六匹門外に集つて来て、頻しきりに二人の臭にほ気ひを嗅いで見たり、低声につたりして、やゝともすれば吠ほえ懸りさうな気けは勢ひを示すのであつた。
持主に導かれて、二人は黒い門を入つた。内に庭を隔へだてゝ、北は検査室、東が屠殺の小屋である。年の頃五十余のでつぷり肥つた男が人々の指図をして居たが、其老練な、愛あい嬌けうのある物の言振で、屠とし手ゆの頭かしらといふことは知れた。屠手として是処に使つ役かはれて居る壮わか丁ものは十人計ばかり、いづれ紛まがひの無い新平民――殊に卑い賤やしい手合と見えて、特色のある皮膚の色が明あり白〳〵と目につく。一人々々の赤ら顔には、烙やき印がねが押当てゝあると言つてもよい。中には下層の新平民に克よくある愚鈍な目付を為しな乍がら是こち方らを振返るもあり、中には畏いぢ縮けた、兢おづ々〳〵とした様子して盗むやうに客を眺めるもある。目めざ鋭とい叔父は直に其それと看みて取つて、一寸右の肘ひぢで丑松を小こ衝づいて見た。奈何して丑松も平気で居られよう。叔父の肘が触さはるか触らないに、其暗号は電エレ気キのやうに通じた。幸ひ案じた程でも無いらしいので、漸やつと安心して、それから二人は他の談はな話しの仲間に入つた。
繋留場には、種牛の外に、二頭の牡牛も繋つないであつて、丁度死刑を宣告された罪人が牢ひと獄やの内に押おし籠こめられたと同じやうに、一刻々々と近いて行く性いの命ちの終を翹まち望のぞんで居た。丑松は今、叔父や持主と一緒に、斯この繋留場の柵さくの前に立つたのである。持主の言草ではないが、﹃畜生の為たこと﹄と思へば、別に腹が立つの何のといふ其そ様んな心こゝ地ろもちには成らないかはりに、可いた傷ましい父の最後、牧場の草の上に流れた血潮――堪へがたい追おも憶ひでの情は丑松の胸に浮んで来たのである。見れば他のは佐渡牛といふ種類で、一頭は黒く、一頭は赤く、人間の食慾を満すより外には最も早う生きながらへる価ねう値ちも無い程に痩やせて、其憔みす悴ぼらしさ。それに比べると、種牛は体格も大きく、骨組も偉たくましく、黒毛艶々として美しい雑種。持主は柵の横木を隔てゝ、其鼻面を撫でゝ見たり、咽の喉どの下を摩さすつてやつたりして、
﹃わりや︵汝なんぢは︶飛んでもねえことを為て呉れたなあ。何も俺だつて、好んで斯こ様んな処へ貴様を引張つて来た訳ぢやねえ――是といふのも自じご業ふじ自と得くだ――左さ様う思つて絶あき念らめろよ。﹄
吾児に因果でも言含めるやうに掻かき口く説どいて、今更別わか離れを惜むといふ様子。
﹃それ、こゝに居なさるのが瀬川さんの子むす息こさんだ。御おわ詑びをしな。御詑をしな。われ︵汝︶のやうな畜生だつて、万更霊たま魂しひの無えものでも有るめえ。まあ俺の言ふことを好く覚えて置いて、次の生よには一もつ層と気の利いたものに生れ変つて来い。﹄
斯かう言ひ聞かせて、軈やがて持主は牛の来歴を二人に語つた。現に今、多くを飼養して居るが、是これに勝まさる血ちす統ぢのものは一頭も無い。父牛は亜ア米メ利リ加カ産、母牛は斯しか々〴〵、悪い癖さへ無くば西にし乃のい入り牧場の名牛とも唄はれたであらうに、と言出して嘆息した。持主は又附つけ加たして、斯この種牛の肉の売うり代しろを分けて、亡くなつた牧夫の追善に供へたいから、せめて其で仏の心を慰めて呉れといふことを話した。
其時獣医が入つて来て、鳥打帽を冠つた儘、人々に挨拶する。つゞいて、牛肉屋の亭主も入つて来たは、屠つぶされた後の肉を買取る為であらう。間も無く蓮太郎、弁護士の二人も、叔父や丑松と一緒になつて、庭に立つて眺めたり話したりした。
﹃むゝ、彼あれが御話のあつた種牛ですね。﹄と蓮太郎は小声で言つた。人々は用意に取掛かると見え、いづれも白の上うは被つぱり、冷飯草履は脱いで素足に尻端折。笑ふ声、私さゝ語やく声は、犬の鳴声に交つて、何となく構内は混雑して来たのである。
いよ〳〵種牛は引出されることになつた。一同の視線は皆な其方へ集つた。今迄沈まりかへつて居た二頭の佐渡牛は、急に騒ぎ初めて、頻と頭を左右に振動かす。一人の屠手は赤い方の鼻面を確しつ乎かと制おさへて、声をして制したり叱つたりした。畜生ながらに本む能しが知らせると見え、逃げよう〳〵と焦り出したのである。黒い佐渡牛は繋がれたまゝ柱を一廻りした。死地に引かれて行く種牛は寧むしろ冷おち静つき澄ましたもので、他の二頭のやうに悪わるを為するでも無く、悲しい鳴声を泄もらすでも無く、僅かに白い鼻息を見せて、悠いう々〳〵と獣医の前へ進んだ。紫色の潤うるみを帯びた大きな目は傍で観て居る人々を睥へい睨げいするかのやう。彼の西乃入の牧場を荒あばれ廻つて、丑松の父を突殺した程の悪牛では有るが、斯かうした潔いさぎよい臨終の光あり景さまは、又た人々に哀あは憐れみの情を催おこさせた。叔父も、丑松もすくなからず胸を打たれたのである。獣医はあちこちと廻つて歩き乍ら、種牛の皮を撮つまんで見たり、咽の喉どを押へて見たり、または角を叩たゝいて見たりして、最後に尻尾を持上たかと思ふと、検査は最も早う其で済んだ。屠手は総懸りで寄つて群たかつて、﹃しツ〳〵﹄と声を揚げ乍ら、無理無体に屠殺の小屋の方へ種牛を引入れた。屠手の頭かしらは油断を見澄まして、素早く細引を投げ搦からむ。と音して牛の身体が板敷の上へ横に成つたは、足と足とが引締められたからである。持主は茫ばう然ぜんとして立つた。丑松も考深い目付をして眺め沈んで居た。やがて、種牛の眉みけ間んを目懸けて、一人の屠手が斧をの︵一方に長さ四五寸の管くだがあつて、致命傷を与へるのは是この管である︶を振ふり翳かざしたかと思ふと、もう其が是畜生の最後。幽かすかな呻うめ吟きを残して置いて、直に息を引取つて了つた――一撃で種牛は倒されたのである。
︵四︶
日の光は斯この小屋の内へ射入つて、死んで其処に倒れた種牛と、多いそ忙がしさうに立働く人々の白い上うは被つぱりとを照した。屠手の頭は鋭い出刃庖丁を振つて、先づ牛の咽の喉どを割さく。尾を牽ひくものは直に尾を捨て、細引を持つものは細引を捨てゝ、いづれも牛の上に登つた。多勢の壮わか丁ものが力に任せ、所嫌はず踏付けるので、血潮は割かれた咽喉を通して紅あかく板敷の上へ流れた。咽喉から腹、腹から足、と次第に黒い毛皮が剥はぎ取とられる。膏と血との臭にほ気ひは斯の屠牛場に満ち溢あふれて来た。
他の二頭の佐渡牛が小屋の内へ引入れられて、撃うち殺されたのは間も無くであつた。斯の可いた傷ましい光あり景さまを見るにつけても、丑松の胸に浮ぶは亡くなつた父のことで。丑松は考深い目付を為しな乍がら、父の死を想おもひつゞけて居ると、軈て種牛の毛皮も悉すつ皆かり剥取られ、角も撃ち落され、脂肪に包まれた肉なか身みからは湯気のやうな息の蒸むし上のぼるさまも見えた。屠手の頭は手も庖丁も紅く血潮に交まみれ乍ら、あちこちと小屋の内を廻つて指さし揮づする。そこには竹たけ箒ばうきで牛の膏あぶらを掃いて居るものがあり、こゝには砥石を出して出刃を磨いで居るものもあつた。赤い佐渡牛は引割と言つて、腰こし骨ぼねを左右に切開かれ、其骨と骨との間へ横木を入れられて、逆さか方さまに高く釣るし上げられることになつた。
﹃そら、巻くぜ。﹄と一人の屠手は天井にある滑くる車まを見上げ乍ら言つた。
見る〳〵小屋の中まん央なかには、巨おほ大きな牡牛の肉から身だが釣るされて懸つた。叔父も、蓮太郎も、弁護士も、互に顔を見合せて居た。一人の屠手は鋸のこぎりを取出した、脊あば髄らを二つに引割り始めたのである。
回ゑか向うするやうな持主の目は種牛から離れなかつた。種牛は最も早う足さへも切離された。牧場の草踏散らした双ふた叉またの蹄つめも、今は小屋から土間の方へ投はふ出りだされた。灰紫色の膜に掩おほはれた臓腑は、丁度斯う大風呂敷の包のやうに、べろ〳〵した儘まゝで其処に置いてある。三人の屠手は互に庖丁を入れて、骨に添ふて肉を切開くのであつた。
烈しい追おも憶ひでは、復た〳〵丑松の胸中を往来し始めた。﹃忘れるな﹄――あゝ、その熱い臨終の呼吸は、どんなに深い響となつて、生残る丑松の骨の膸ずゐまでも貫しみ徹とほるだらう。其を考へる度に、亡くなつた父が丑松の胸中に復いき活かへるのである。急に其時、心の底の方で声がして、丑松を呼び警いましめるやうに聞えた。﹃丑松、貴様は親を捨てる気か。﹄と其声は自分を責めるやうに聞えた。
﹃貴様は親を捨てる気か。﹄
と丑松は自分で自分に繰返して見た。
成なる程ほど、自分は変つた。成程、一にも二にも父の言葉に服従して、それを器械的に遵じゆ奉んぽうするやうな、其そ様んな児こど童もでは無くなつて来た。成程、自分の胸の底は父ばかり住む世界では無くなつて来た。成程、父の厳しい性格を考へる度に、自分は反つて反あべ対こべな方へ逸ぬけ出だして行つて、自由自在に泣いたり笑つたりしたいやうな、其そ様んな思かん想がへを持つやうに成つた。あゝ、世の無情を憤いきどほる先輩の心こゝ地ろもちと、世に随へと教へる父の心地と――その二人の相違は奈どん何なであらう。斯う考へて、丑松は自分の行く道み路ちに迷つたのである。
気がついて我に帰つた時は、蓮太郎が自分の傍に立つて居た。いつの間にか巡査も入つて来て、獣医と一緒に成つて眺めて居た。見れば種牛は股もゝから胴へかけて四つの肉かた塊まりに切たち断きられるところ。右の前足の股の肉は、既に天井から垂たれ下さがる細引に釣るされて、海綿を持つた一人の屠手が頻と其血を拭ふのであつた。斯うして巨おほ大きな種牛の肉から体だは実に無造作に屠ほふられて了しまつたのである。屠手の頭が印判を取出して、それぞれの肉の上へ押して居るかと見るうちに、一方では引取りに来た牛肉屋の丁でつ稚ち、編アン席ペラ敷いた箱を車の上に載せて、威勢よく小屋の内へがら〳〵と引きこんだ。
﹃十二貫五百。﹄
といふ声は小屋の隅の方に起つた。
﹃十一貫七百。﹄
とまた。
屠ほふられた種牛の肉は、今、大きな秤はかりに懸けられるのである、屠手の一人が目方を読み上げる度に、牛肉屋の亭主は鉛筆を舐なめて、其を手帳へ書留めた。
やがて其日の立会も済み、持主にも別れを告げ、人々と一緒に斯の屠牛場から引取らうとした時、もう一度丑松は小屋の方を振返つて見た。屠手のあるものは残物の臓腑を取片付ける、あるものは手てを桶けに足を突込んで牛の血潮を洗ひ落す、種牛の片股は未まだ釣るされた儘で、黄な膏あぶらと白い脂肪とが日の光を帯びて居た。其時は最早あの可いた傷ましい回おも想ひでの断片といふ感かん想じも起らなかつた。唯大きな牛肉の塊としか見えなかつた。
第拾壱章
︵一︶
﹃先まづ好かつた。﹄と叔父は屠牛場の門を出た時、丑松の肩を叩たゝいて言つた。﹃先づまあ、是これで御関所は通り越した。﹄
﹃あゝ、叔父さんは声が高い。﹄と制するやうにして、丑松は何か思出したやうに、先へ行く蓮太郎と弁護士との後姿を眺ながめた。
﹃声が高い?﹄叔父は笑ひ乍ら、﹃ふゝ、俺のやうな皺しや枯がれ声ごゑが誰に聞えるものかよ。それは左さ様うと、丑松、へえ最も早う是で安心だ。是こ処ゝまで漕こぎ付つければ、最早大丈夫だ。どのくれえ、まあ、俺も心配したらう。あゝ今夜からは三人で安あん気きに寝られる。﹄
牛肉を満載した車は二人の傍を通過ぎた。枯々な桑くは畠ばたけの間には、其車の音がから〳〵と響き渡つて、随ついて行く犬の叫び声も何となく喜ばしさうに聞える。心の好い叔父は唯訳も無く身を祝つて、顔の薄うす痘あば痕たも喜よろ悦こびの為に埋もれるかのやう。奈ど何ういふ思かん想がへが来て今の世の若いものゝ胸を騒がせて居るか、其そ様んなことはとんと叔父には解らなかつた。昔者の叔父は、斯この天気の好いやうに、唯一族が無事でさへあれば好かつた。軈やがて、考深い目付を為て居る丑松を促うながして、昼仕度を為るために急いだのである。
昼ちう食じきの後、丑松は叔父と別れて、単ひと独りで弁護士の出張所を訪ねた。そこには蓮太郎が細君と一緒に、丑松の来るのを待受けて居たので。尤もつとも、一同で楽しい談はな話しをするのは三時間しか無かつた。聞いて見ると細君は東京の家へ、蓮太郎と弁護士とは小諸の旅やど舎やまで、其日四時三分の汽車で上田を発つといふ。細君は深く夫の身の上を案じるかして、一緒に東京の方へ帰つて呉れと言出したが、蓮太郎は聞入れなかつた。もと〳〵友人や後進のものを先にして、家のものを後にするのが蓮太郎の主義で、今度信州に踏留まるといふのも、畢つま竟りは弁護士の為に尽したいから。其は細君も万々承知。夫の気象として、左さ様ういふのは無理もない。しかし斯の山の上で、夫の病気が重りでもしたら。斯ういふ心配は深く細君の顔色に表はれる。﹃奥おく様さん、其そん様なに御心配無く――猪子君は私が御預りしましたから。﹄と弁護士が引受顔なので、細君も強ひてとは言へなかつた。
先輩が可なつ懐かしければ其細君までも可懐しい。斯う思ふ丑松の情は一層深くなつた。始めて汽車の中で出で逢あつた時からして、何となく人格の奥おく床ゆかしい細君とは思つたが、さて打解けて話して見ると、別に御世辞が有るでも無く、左さ様うかと言つて可い厭やに澄まして居るといふ風でも無い――まあ、極ごく淡さつ泊ぱりとした、物に拘こう泥でいしない気象の女と知れた。風なり俗ふりなぞには関かまはない人で、是これから汽車に乗るといふのに、其それ程ほど身のまはりを取とり修つくろふでも無い。男の見て居る前で、僅かに髪を撫なで付けて、旅の手荷物もそこ〳〵に取とり収まとめた。あの﹃懴悔録﹄の中に斯この人ひとのことが書いてあつたのを、急に丑松は思出して、兎とも角かくも普通の良い家庭に育つた人が種族の違ふ先輩に嫁かたづく迄までの其二人の歴史を想像して見た。
汽車を待つ二三時間は速すぐに経たつた。左さう右かうするうちに、停ステ車ーシ場ョンさして出掛ける時が来た。流さす石が弁護士は忙せはしい商売柄、一緒に門を出ようと為するところを客に捕つて、立つて時計を見乍らの訴訟話。蓮太郎は細君を連れて一ひと歩あし先へ出掛けた。﹃あゝ何時復た先生に御目に懸れるやら。﹄斯う独ひと語りごとのやうに言つて、丑松も見送り乍ら随いて行つた。せめてもの心尽し、手荷物の鞄かばんは提げさせて貰ふ。其そ様んなことが丑松の身に取つては、嬉うれ敷しくも、名なご残りを惜し敷くも思はれたので。
初冬の光は町の空に満ちて、三人とも羞まぶ明しい位であつた。上田の城跡について、人通りのすくない坂道を下りかけた時、丑松は先輩と細君とが斯ういふ談はな話しを為るのを聞いた。
﹃大丈夫だよ、左さ様うお前のやうに心配しないでも。﹄と蓮太郎は叱るやうに。
﹃その大丈夫が大丈夫で無いから困る。﹄と細君は歩き乍ら嘆息した。﹃だつて、貴方は少ちつ許とも身体を関はないんですもの。私が随いて居なければ、どんな無理を成さるか知れないんですもの。それに、斯の山の上の陽気――まあ、私は考へて見たばかりでも怖おそろしい。﹄
﹃そりやあ海岸に居るやうな訳にはいかないさ。﹄と蓮太郎は笑つて、﹃しかし、今年は暖あた和ゝかい。信州で斯こ様んなことは珍しい。斯の位の空気を吸ふのは平気なものだ。御覧な、其証拠には、信州へ来てから風邪一つ引かないぢやないか。﹄
﹃でせう。大変に快よく御おな成んなすつたでせう。ですから猶なほ々〳〵大切にして下さいと言ふんです。折せつ角かく快く成りかけて、復また逆ぶり返かへしでもしたら――﹄
﹃ふゝ、左さ様う大事を取つて居た日にや、事しご業とも何も出来やしない。﹄
﹃事業? 壮たつ健しやに成ればいくらでも事業は出来ますわ。あゝ、一緒に東京へ帰つて下されば好いんですのに。﹄
﹃解らないねえ。未まだ其そ様んなことを言つてる。奈何してまあ女といふものは左さ様う解らないだらう。何どれ程ほど私が市村さんの御世話に成つて居るか、お前だつて其それ位くらゐのことは考へさうなものぢやないか。其人の前で、私に帰れなんて――すこし省かん慮がへの有るものなら、彼あ様んなことの言へた義理ぢや無からう。彼あ様ゝいふことを言出されると、折角是こつ方ちで思つたことも無に成つて了ふ。それに今度は、すこし自分で研究したいことも有る。今胸に浮んで居る思かん想がへを完ま成とめて書かうといふには、是非とも自分で斯の山の上を歩いて、田園生活といふものを観察しなくちやならない。それには実にもつて来いといふ機会だ。﹄と言つて、蓮太郎はすこし気を変へて、﹃あゝ好い天気だ。全く小こは春るび日よ和りだ。今度の旅行は余程面白からう――まあ、お前も家うちへ行つて待つて居て呉れ、信州土産はしつかり持つて帰るから。﹄
二人は暫しば時らく無言で歩いた。丑松は右の手の鞄を左へ持ち変へて、黙つて後から随いて行つた。やがて高い白壁造りの倉庫のあるところへ出て来た。
﹃あゝ。﹄と細君は萎しをれ乍ら、﹃何な故ぜ私が帰つて下さいなんて言出したか、其訳を未だ貴方に話さないんですから。﹄
﹃ホウ、何か訳が有るのかい。﹄と蓮太郎は聞咎める。
﹃外ほかでも無いんですけれど。﹄と細君は思出したやうに震へて、﹃どうもねえ、昨夜の夢見が悪くて――斯う恐しく胸騒ぎがして――一晩中私は眠られませんでしたよ。何だか私は貴方のことが心配でならない。だつて、彼あ様んな夢を見る筈が無いんですもの。だつて、其夢が普た通ゞの夢では無いんですもの。﹄
﹃つまらないことを言ふなあ。それで一緒に東京へ帰れと言ふのか。はゝゝゝゝ。﹄と蓮太郎は快活らしく笑つた。
﹃左さ様う貴方のやうに言つたものでも有ませんよ。未さ来きの事を夢に見るといふ話は克よく有ますよ。どうも私は気に成つて仕様が無い。﹄
﹃ちよツ、夢なんぞが宛あてに成るものぢや無し――﹄
﹃しかし――奇きた異いなことが有れば有るものだ。まあ、貴方の死んだ夢を見るなんて。﹄
﹃へん、御ごへ幣いか舁つぎめ。﹄
︵二︶
不思議な問答をするとは思つたが、丑松は其を聞いて、格別気にも懸けなかつた。彼あれ程ほど淡さつ泊ぱりとして、快さば濶けた気象の細君で有ながら、左そ様んなことを気に為するとは。まあ、あの夢といふ奴は児こど童もの世界のやうなもので、時と場所の差別も無く、実に途方も無いことを眼めの前まへに浮べて見せる。先輩の死――どうして其そ様んな馬鹿らしいことが細君の夢に入つたものであらう。しかし其を気にするところが女だ。と斯う感じ易い異性の情こゝ緒ろを考へて、いつそ可を笑かしくも思はれた位。﹃女といふものは、多く彼あ様ゝしたものだ。﹄と自分で自分に言つて見た時は、思はず彼の迷信深い蓮華寺の奥様を、それからあのお志保を思出すのであつた。
橋を渡つて、停ステ車ーシ場ョン近くへ出た。細君はすこし後に成つた。丑松は左の手に持ち変へた鞄をまた〳〵右の手に移して、蓮太郎と別わか離れの言葉を交し乍ら歩いた。
﹃そんなら先生は――﹄と丑松は名残惜しさうに聞いて見る。﹃いつ頃まで信州に居らつしやる御積りなんですか。﹄
﹃僕ですか。﹄と蓮太郎は微ほゝ笑ゑんで答へた。﹃左さ様うですなあ――すくなくとも市村君の選挙が済むまで。実はね、家内も彼あ様ゝ言ひますし、一旦は東京へ帰らうかとも思ひましたよ。ナニ、これが普通の選挙の場合なら、黙つて帰りますサ。どうせ僕なぞが居たところで、大した応援も出来ませんからねえ。まあ市村君の身になつて考へて見ると、先生は先生だけの覚悟があつて、候補者として立つのですから、誰を政敵にするのも其味は一つです。はゝゝゝゝ。しかし、市村君が勝つか、あの高柳利三郎が勝つか、といふことは、僕等の側から考へると、一寸普通の場合とは違ふかとも思はれる――﹄
丑松は黙つて随いて行つた。蓮太郎は何か思出したやうに、後から来る細君の方を振返つて見て、やがて復また歩き初める。
﹃だつて、君、考へて見て呉れたまへ。あの高柳の行やり為かたを考へて見て呉れたまへ。あゝ、いくら吾われ儕〳〵が無智な卑い賤やしいものだからと言つて、蹈ふみ付つけられるにも程が有る。どうしても彼あ様んな男に勝たせたくない。何どう卒かして市村君のものに為て遣りたい。高柳の話なぞを聞かなければ格別、聞いて、知つて、黙つて帰るといふことは、新平民として余り意い気く地ぢが無さ過ぎるからねえ。﹄
﹃では、先生は奈ど何うなさる御積りなんですか。﹄
﹃奈何するとは?﹄
﹃黙つて帰ることが出来ないと仰おつしやると――﹄
﹃ナニ、君、僅かに打撃を加へる迄までのことさ。はゝゝゝゝ。なにしろ先さ方きには六左衛門といふ金主が附いたのだから、いづれ買収も為るだらうし、壮士的な運動も遣やるだらう。そこへ行くと、是こつ方ちは草わら鞋ぢ一足、舌一枚――おもしろい、おもしろい、敵はたゞ金の力より外に頼りに為るものが無いのだからおもしろい。はゝゝゝゝ。はゝゝゝゝ。﹄
﹃しかし、うまく行つて呉れると好いですがなあ――﹄
﹃はゝゝゝゝ。はゝゝゝゝ。﹄
斯かういふ談はな話しをして行くうちに、二人は上田停ステ車ーシ場ョンに着いた。
上野行の上り汽車が是こ処ゝを通る迄には未だ少すこ許し間が有つた。多くの旅客は既に斯の待合室に満ち溢あふれて居た。細君も直に一緒になつて、三人して弁護士を待受けた。蓮太郎は巻煙草を取出して、丑松に勧め、自分もまた火を点つけて、其を燻ふかし〳〵何を言出すかと思ふと、﹃いや、信州といふところは余程面白いところさ。吾われ儕〳〵のやうなものを斯こん様なに待遇するところは他の国には無いね。﹄と言ひさして、丑松の顔を眺ながめ、細君の顔を眺め、それから旅たび客びとの群をも眺め廻し乍ら、﹃ねえ瀬川君、僕も御承知の通りな人間でせう。他の場合とは違つて選挙ですから、実は僕なぞの出る幕では無いと思つたのです。万一、選挙人の感情を害するやうなことが有つては、反かへつて藪やぶ蛇へびだ。左さ様う思ふから、まあ演説は見合せにする考へだつたのです。ところが信州といふところは変つた国柄で、僕のやうなものに是非談はな話しをして呉れなんて――はあ、今夜は小諸で、市村君と一緒に演説会へ出ることに。﹄と言つて、思出したやうに笑つて、﹃この上田で僕等が談話をした時には七百人から集りました。その聴衆が実に真面目に好く聞いて呉れましたよ。長野に居た新聞記者の言草では無いが、﹁信州ほど演説の稽古をするに好い処はない、﹂――全く其通りです。智識の慾に富んで居るのは、斯の山国の人の特色でせうね。これが他の国であつて見たまへ、まあ僕等のやうなものを相手にして呉れる人はありやしません。それが信州へ来れば﹁先生﹂ですからねえ。はゝゝゝゝ。﹄
細君は苦笑ひをしながら聞いて居た。
軈て、切符を売出した。人々はぞろ〳〵動き出した。丁度そこへ弁護士、肥大な体から躯だを動ゆすり乍ら、満面に笑ゑみを含んで馳け付けて、挨拶する間も無く蓮太郎夫婦と一緒に埒らちの内へと急いだ。丑松も、入場切符を握つて、随いて入つた。
四番の上りは二十分も後れたので、それを待つ旅客は﹃プラットホオム﹄の上に群むらがつた。細君は大時計の下に腰掛けて茫ばう然ぜんと眺め沈んで居る、弁護士は人々の間をあちこちと歩いて居る、丑松は蓮太郎の傍を離れないで、斯うして別れる最後の時までも自分の真情を通じたいが胸中に満ち〳〵て居た。どうかすると、丑松は自分の日和下駄の歯で、乾いた土の上に何か画かき初める。蓮太郎は柱に倚より凭かゝり乍ら、何の文字とも象しる徴しとも解らないやうなものが土の上に画かれるのを眺め入つて居た。
﹃大分汽車は後れましたね。﹄
といふ蓮太郎の言葉に気がついて、丑松は下駄の歯の痕あとを掻消して了しまつた。すこし離れて斯この光あり景さまを眺めて居た中学生もあつたが、やがて他わきを向いて意味も無く笑ふのであつた。
﹃あ、ちよと、瀬川君、飯山の御おと住こ処ろを伺つて置きませう。﹄斯う蓮太郎は尋ねた。
﹃飯山は愛あた宕ごま町ちの蓮華寺といふところへ引越しました。﹄と丑松は答へる。
﹃蓮華寺?﹄
﹃下水内郡飯山町蓮華寺方――それで分ります。﹄
﹃むゝ、左さ様うですか。それから、是これはまあ是これ限ぎりの御話ですが――﹄と蓮太郎は微ほゝ笑ゑんで、﹃ひよつとすると、僕も君の方まで出掛けて行くかも知れません。﹄
﹃飯山へ?﹄丑松の目は急に輝いた。
﹃はあ――尤もつとも、佐久小県の地方を廻つて、一旦長野へ引揚げて、それからのことですから、まだ奈ど何うなるか解りませんがね、若もし飯山へ出掛けるやうでしたら是非御おた訪づねしませう。﹄
其時、汽笛の音が起つた。見れば直江津の方角から、長い列車が黒くろ烟けぶりを揚げて進んで来た。顔も衣きも服のも垢あか染じみ汚れた駅夫の群は忙しさうに駈けて歩く。やがて駅長もあらはれた。汽車はもう人々の前に停つた。多くの乗客はいづれも窓に倚より凭かゝつて眺める。細君も、弁護士も、丑松に別わか離れを告げて周あわ章たゞしく乗込んだ。
﹃それぢや、君、失敬します。﹄
といふ言葉を残して置いて、蓮太郎も同じ室へ入る、直に駅夫が飛んで来てぴしやんと其戸を閉めて行つた。丑松の側に居た駅長が高く右の手を差上げて、相図の笛を吹鳴らしたかと思ふと、汽車はもう線路を滑り初めた。細君は窓から顔を差出して、もう一度丑松に挨拶したが、たゞさへ悪い其色艶が忘れることの出来ないほど蒼あをかつた。見る見る乗客の姿は動揺して、甲から乙へと影のやうに通過ぎる。丑松は喪心した人のやうになつて、長いこと同じところに樹うゑたやうに立つた。あゝ、先輩は行つて了つた、と思ひ浮べた頃は、もう汽車の形すら見えなかつたのである。後に残る白い雲のやうな煙の群、その一団一団の集あつ合まりが低く地の上に這はふかと見て居ると、急に風に乱れて、散り〴〵になつて、終しまひに初冬の空へ掻消すやうに失くなつて了つた。
︵三︶
何な故ぜ人の真情は斯う思ふやうに言ひ表すことの出来ないものであらう。其日といふ其日こそは、あの先輩に言ひたい〳〵と思つて、一度となく二度となく自分で自分を励まして見たが、とう〳〵言はずに別れて了しまつた。どんなに丑松は胸の中に戦ふ深い恐おそ怖れと苦くる痛しみとを感じたらう。どんなに丑松は寂しい思を抱いだき乍ながら、もと来た道を根津村の方へと帰つて行つたらう。
初七日も無事に過ぎた。墓参りもし、法事も済み、わざとの振舞は叔母が手料理の精しや進うじんで埒らち明あけて、さて漸やうやく疲つか労れが出た頃は、叔父も叔母も安心の胸を撫下した。独り精こゝ神ろの苦たゝ闘かひを続けたのは丑松で、蓮太郎が残して行つた新しい刺激は書いたものを読むにも勝まさる懊あう悩なうを与へたのである。時として丑松は、自分の一生のことを考へる積りで、小ちひ県さがたの傾斜を彷さま徨よつて見た。根津の丘、姫子沢の谷、鳥が啼なく田たん圃ぼわ側きなぞに霜枯れた雑草を蹈ふみ乍ら、十一月上旬の野辺に満ちた光を眺めて佇たゝ立ずんだ時は、今更のやうに胸を流れる活きた血潮の若々しさを感ずる。確たし実かに、自分には力がある。斯かう丑松は考へるのであつた。しかし其力は内な部かへ〳〵と閉とぢ塞ふさがつて了つて、衝ついて出て行く道が解らない。丑松はたゞ同じことを同じやうに繰返し乍ら、山の上を歩き廻つた。あゝ、自然は慰めて呉れ、励ましては呉れる。しかし右へ行けとも、左へ行けとも、そこまでは人に教へなかつた。丑松が尋ねるやうな問には、野も、丘も、谷も答へなかつたのである。
ある日の午後、丑松は二通の手紙を受取つた。二通ともに飯山から。一通は友人の銀之助。例の筆まめ、相変らず長々しく、丁度談はな話しをするやうな調子で、さま〴〵慰なぐ藉さめを書き籠め、さて飯山の消息には、校長の噂うはさやら、文平の悪口やら、﹃僕も不幸にして郡視学を叔父に持たなかつた﹄とかなんとか言ひたい放題なことを書き散らし、普通教育者の身を恨うらみ罵のゝしり、到底今日の教育界は心ある青年の踏み留まるべきところでは無いと奮慨してよこした。長野の師範校に居る博物科の講師の周旋で、いよ〳〵農科大学の助手として行くことに確定したから、いづれ遠からず植物研究に身を委ゆだねることが出来るであらう――まあ、喜んで呉れ、といふ意味を書いてよこした。
功名を慕ふ情熱は、斯の友人の手紙を見ると同時に、烈しく丑松の心を刺激した。一体、丑松が師範校へ入学したのは、多くの他の学友と同じやうに、衣食の途みちを得る為で――それは小学教師を志願するやうなものは、誰しも似た境遇に居るのであるから――とはいふものゝ、丑松も無論今の位置に満足しては居なかつた。しかし、銀之助のやうな場合は特別として、高等師範へでも行くより外に、小学教師の進んで出る途は無い。さも無ければ、長い〳〵十年の奉公。其義務年限の間、束縛されて働いて居なければならない。だから丑松も高等師範へ――といふことは卒業の当時考へないでも無い。志願さへすれば最早とつくに選抜されて居たらう。そこがそれ穢多の悲しさには、妙にそちらの方には気が進まなかつたのである。丑松に言はせると、たとへ高等師範を卒業して、中学か師範校かの教員に成つたとしたところで、もしも蓮太郎のやうな目に逢つたら奈ど何うする。何ど処こまで行つても安心が出来ない。それよりは飯山あたりの田ゐな舎かに隠れて、じつと辛抱して、義務年限の終りを待たう。其間に勉強して他の方面へ出る下地を作らう。素性が素性なら、友達なんぞに置いて行かれる積りは毛頭無いのだ。斯う嘆息して、丑松は深く銀之助の身の上を羨んだ。
他の一通は高等四年生総代としてある。それは省吾の書いたもので、手紙の文句も覚束なく、作文の時間に教へた通りをそつくり其儘の見舞状、﹃根津にて、瀬川先生――風間省吾より﹄としてあつた。﹃猶なほ々〳〵﹄とちひさく隅の方に、﹃蓮華寺の姉よりも宜よろ敷しく﹄としてあつた。
﹃姉よりも宜敷。﹄
と繰返して、丑松は言ふに言はれぬ可なつ懐かしさを感じた。やがてお志保のことを考へる為に、裏の方へ出掛けた。
︵四︶
追おも憶ひでの林檎畠――昔若木であつたのも今は太い幹となつて、中には僅かに性いの命ちを保つて居るやうな虫ばみ朽ちたのもある。見れば木立も枯れ〴〵、細く長く垂れ下る枝と枝とは左右に込合つて、思ひ〳〵に延びて、いかにも初冬の風おも趣むきを顕あらはして居た。その裸ら々ゝとした幹の根元から、芽も籠る枝のわかれ、まだところ〴〵に青み残つた力なげの霜葉まで、日につれて地に映る果樹の姿は丑松の足あし許もとにあつた。そここゝの樹の下に雄をす雌めすの鶏、土を浴びて静じ息つとして蹲はひ踞つくばつて居るのは、大方羽虫を振ふ為であらう。丁度この林檎畠を隔てゝ、向ふに草くさ葺ぶきの屋根も見える――あゝ、お妻の生さ家とだ。克よく遊びに行つた家うちだ。薄煙青々と其土壁を泄もれて立登るのは、何となく人懐しい思をさせるのであつた。
﹃姉よりも宜よろ敷しく。﹄
とまた繰返して、丑松は樹と樹の間をあちこちと歩いて見た。
楽しい思かん想がへは来て、いつの間にか、丑松の胸の中に宿つたのである。昔、昔、少年の丑松があの幼をさ馴なな染じみのお妻と一緒に遊んだのは爰こゝだ。互に人目を羞はぢらつて、輝く若葉の蔭に隠れたのは爰だ。互に初恋の私さゝ語やきを取交したのは爰だ。互に無邪気な情の為に燃え乍ら、唯もう夢中で彷さま徨よつたのは爰だ。
斯かういふ風に、過去つたことを思ひ浮べて居ると、お妻からお志保、お志保からお妻と、二人の俤おもかげは往いつたり来たりする。別にあの二人は似て居るでも無い。年と齢しも違ふ、性質も違ふ、容かほ貌かたちも違ふ。お妻を姉とも言へないし、お志保を妹とも思はれない。しかし一方のことを思出すと、きつと又た一方のことをも考へて居るのは不思議で――
あゝ、穢多の悲なげ嘆きといふことさへ無くば、是これ程ほど深く人懐しい思も起らなかつたであらう。是程深く若い生いの命ちを惜むといふ気にも成らなかつたであらう。是程深く人の世の歓たの楽しみを慕ひあこがれて、多くの青年が感ずることを二倍にも三倍にもして感ずるやうな、其そ様んな切なさは知らなかつたであらう。あやしい運命に妨さまたげられゝば妨げられる程、余計に丑松の胸は溢あふれるやうに感ぜられた。左さ様うだ――あのお妻は自分の素性を知らなかつたからこそ、昔一緒にこの林檎畠を彷さま徨よつて、蜜のやうな言葉を取交しもしたのである。誰が卑い賤やしい穢多の子と知つて、其朱くち唇びるで笑つて見せるものが有らう。もしも自分のことが世に知れたら――斯ういふことは考へて見たばかりでも、実に悲しい、腹立たしい。懐しさは苦しさに交つて、丑松の心を掻乱すやうにした。
思ひ耽ふけつて樹の下を歩いて居ると、急に鶏の声が起つて、森しん閑かんとした畠の空気に響き渡つた。
﹃姉よりも宜よろ敷しく。﹄
ともう一度繰返して、それから丑松は斯この場処を出て行つた。
其晩はお志保のことを考へ乍ら寝た。一度有つたことは二度有るもの。翌あくる晩も其又次の晩も、寝る前には必ず枕の上でお志保を思出すやうになつた。尤も朝になれば、そんなことは忘れ勝ちで、﹃奈ど何うして働かう、奈何して生活しよう――自分は是から将さ来き奈何したら好からう﹄が日にち々〳〵心を悩ますのである。父の忌きぶ服くは半ば斯ういふ煩悶のうちに過したので、さていよ〳〵﹃奈何する﹄となつた時は、別に是ぞと言つて新しい途みちの開けるでも無かつた。四五日の間、丑松はうんと考へた積りであつた。しかし、後になつて見ると、唯もう茫ぼん然やりするやうなことばかり。つまり飯山へ帰つて、今迄通りの生活を続けるより外ほかに方法も無かつたのである。あゝ、年は若し、経験は少し、身は貧しく、義務年限には縛られて居る――丑松は暗い前途を思ひやつて、やたらに激昂したり戦ふ慄るへたりした。
第拾弐章
︵一︶
二ふた七なぬ日かが済すむ、直に丑松は姫子沢を発たつことにした。やれ、それ、と叔父夫婦は気を揉もんで、暦を繰つて日を見るやら、草わら鞋ぢの用意をして呉れるやら、握むす飯びは三つも有れば沢山だといふものを五つも造こしらへて、竹の皮に包んで、別に瓜の味みそ噌づ漬けを添へて呉れた。お妻の父おや親ぢもわざわざやつて来て、炉ろば辺たでの昔語。煤すゝけた古壁に懸かる例の﹃山猫﹄を見るにつけても、亡なくなつた老牧夫の噂うはさは尽きなかつた。叔母が汲んで出す別わか離れの茶――其色も濃く香も好いのを飲下した時は、どんなにか丑松も暖い血みう縁ちのなさけを感じたらう。道祖神の立つ故ふる郷さとの出口迄叔父に見送られて出た。
其日は灰色の雲が低く集つて、荒くわ寥うれうとした小ちひ県さがたの谷たに間あひを一層暗あん欝うつにして見せた。烏ゑ帽ぼ子し一帯の山脈も隠れて見えなかつた。父の墓のある西乃入の沢あたりは、あるひは最も早う雪が来て居たらう。昨日一日の凩こがらしで、急に枯々な木立も目につき、梢こずゑも坊主になり、何となく野山の景色が寂しく冬らしくなつた。長い、長い、考へても淹うん悶ざりするやうな信州の冬が、到たう頭とうやつて来た。人々は最早あの染くちなしぞめの真綿帽子を冠り出した。荷をつけて通る馬の鼻息の白いのを見ても、いかに斯この山上の気候の変化が激烈であるかを感ぜさせる。丑松は冷い空気を呼吸し乍ら、岩石の多い坂路を下りて行つた。荒あら谷やの村はづれ迄行けば、指の頭さきも赤く腫はれ脹ふくらんで、寒さの為に感覚を失つた位。
田中から直江津行の汽車に乗つて、豊野へ着いたのは丁度正ひ午るすこし過。叔母が呉れた握むす飯びは停ステ車ーシ場ョン前の休茶屋で出して食つた。空すき腹ばらとは言ひ乍ら五つ迄は。さて残つたのを捨てる訳にもいかず、犬に呉れるは勿もつ体たいなし、元の竹の皮に包んで外ぐわ套いたうの袖かく袋しへ突込んだ。斯うして腹をこしらへた上、川船の出るといふ蟹沢を指して、草わら鞋ぢの紐ひもを〆しめ直なほして出掛けた。其間凡およそ一里許ばかり。尤も往きと帰りとでは、同じ一里が近く思はれるもので、北国街道の平たひ坦らな長い道を独りてく〳〵やつて行くうちに、いつの間にか丑松は広ひろ濶〴〵とした千ちく曲まが川はの畔ほとりへ出て来た。急いで蟹沢の船場迄行つて、便びん船せんは、と尋ねて見ると、今々飯山へ向けて出たばかりといふ。どうも拠よんどころない。次の便船の出るまで是こ処ゝで待つより外は無い。それでもまだ歩いて行くよりは増だ、と考へて、丑松は茶屋の上あがり端はなに休んだ。
霙みぞれが落ちて来た。空はいよ〳〵暗あん澹たんとして、一面の灰紫色に掩おほはれて了しまつた。斯うして一時間の余も待つて居るといふことが、既にもう丑松の身にとつては、堪へ難い程の苦くる痛しみであつた。それに、道を急いで来た為に、いやに身から体だは蒸むされるやう。襯シャ衣ツの背中に着いたところは、びつしより熱い雫しづくになつた。額に手を当てゝ見れば、汗に濡ぬれた髪の心こゝ地ろもちの悪さ。胸のあたりを掻かき展ひろげて、少すこ許し気い息きを抜いて、軈やがて濃い茶に乾いた咽の喉どを霑うるほして居る内に、ポツ〳〵舟に乗る客が集つて来る。あるものは奥の炬こた燵つにあたるもあり、あるものは炉辺へ行つて濡れた羽織を乾すもあり、中には又茫ぼん然やりと懐手して人の談はな話しを聞いて居るのもあつた。主かみ婦さんは家うちの内でも手拭を冠り、藍染真綿を亀の甲のやうに着て、茶を出すやら、座蒲団を勧めるやら、金こん米ぺい糖たうは古い皿に入れて款もて待なした。
丁度そこへ二台の人く力る車まが停つた。矢やは張り斯の霙みぞれを衝ついて、便船に後おくれまいと急いで来た客らしい。人々の視線は皆な其方に集つた。車夫はまるで濡鼠、酒さか代てが好いかして威勢よく、先づ雨あま被よけを取とり除はづして、それから手荷物のかず〳〵を茶屋の内へと持運ぶ。つゞいて客もあらはれた。
︵二︶
丑松が驚いたのは無理もなかつた。それは高柳の一行であつた。往ゆきに一緒に成つて、帰りにも亦また斯この通り一緒に成るとは――しかも、同じ川舟を待合はせるとは。それに往きには高柳一人であつたのが、帰りには若い細君らしい女と二人連。女は、薄うす色いろ縮ちり緬めんのお高こ祖そを眉まぶ深かに冠つたまゝ、丑松の腰掛けて居る側を通り過ぎた。新しい艶のある吾あづ妻まコ袍ー衣トに身を包んだ其嫋すら娜りとした後姿を見ると、斯この女が誰であるかは直に読める。丑松はあの蓮太郎の話を想おも起ひおこして、いよ〳〵其が事実であつたのに驚いて了しまつた。
主かみ婦さんに導かれて、二人はずつと奥の座敷へ通つた。そこには炬こた燵つが有つて、先客一人、五十あまりの坊主、直に慣なれ々〳〵しく声を掛けたところを見ると、かねて懇意の仲ででも有らう。軈やがて盛んな笑声が起る。丑松は素知らぬ顔、屋そ外との方へ向いて、物もの寂さみしい霙みぞれの空を眺めて居たが、いつの間にか後の方へ気を取られる。聞くとは無しについ聞耳を立てる。座敷の方では斯こ様んな談はな話しをして笑ふのであつた。
﹃道理で――君は暫しば時らく見えないと思つた。﹄と言ふは世よ慣なれた坊主の声で、﹃私わしは又、選挙の方が忙しくて、其で地方廻りでも為して居るのかと思つた。へえ、左さ様うですかい、そんな御おめ目で出た度いことゝは少すこ許しも知らなかつたねえ。﹄
﹃いや、どうも忙しい思おもひを為て来ましたよ。﹄斯かう言つて笑ふ声を聞くと、高柳はさも得意で居るらしい。
﹃それはまあ何よりだつた。失礼ながら、奥おく様さんは? 矢やは張り東京の方からでも?﹄
﹃はあ。﹄
この﹃はあ﹄が丑松を笑はせた。
談はな話しの様子で見ると、高柳夫婦は東京の方へ廻つて、江の島、鎌倉あたりを見物して来て、是から飯山へ乗込むといふ寸法らしい。そこは抜目の無い、細工の多い男だから、根津から直に引返すやうなことを為しないで、わざ〳〵遠廻りして帰つて来たものと見える。さて、坊主を捕つかまへて、片腹痛いことを吹ふい聴ちやうし始めた。聞いて居る丑松には其心情の偽いつはりが読め過ぎるほど読めて、終しまひには其処に腰掛けても居られないやうになつた。﹃恐しい世の中だ﹄――斯う考へ乍ら、あの夫婦の暗い秘密を自分の身に引比べると、さあ何となく気懸りでならない。やがて、故わ意ざと無頓着な様子を装つくろつて、ぶらりと休茶屋の外へ出て眺めた。
霙みぞれは絶えず降りそゝいで居た。あの越後路から飯山あたりへかけて、毎まい年とし降る大雪の前さき駆ぶれが最早やつて来たかと思はせるやうな空模様。灰色の雲は対岸に添ひ徊さま徘よつた、広ひろ濶〴〵とした千曲川の流域が一層遠く幽かすかに見渡される。上高井の山脈、菅平の高原、其他畳み重なる多くの山々も雪雲に埋うづ没もれて了しまつて、僅かに見えつ隠れつして居た。
斯うして茫ばう然ぜんとして、暫しば時らく千曲川の水を眺めて居たが、いつの間にか丑松の心は背うし後ろの方へ行つて了つた。幾度か丑松は振返つて二人の様子を見た。見まい〳〵と思ひ乍ら、つい見た。丁度乗船の切符を売出したので、人々は皆な争つて買つた。間も無く船も出るといふ。混雑する旅人の群に紛まぎれて、先さ方きの二人も亦た時々盗むやうに是こち方らの様子を注意するらしい――まあ、思おも做ひなしの故せゐかして、すくなくとも丑松には左さ様う酌とれたのである。女の方で丑松を知つて居るか、奈何か、それは克よく解らないが、丑松の方では確かに知つて居る。髪のかたちこそ新婚の人のそれに結ひ変へては居るが、紛れの無い六左衛門の娘、白いもの花やかに彩いろ色どりして恥の面を塗り隠し、野心深い夫に倚より添そひ、崖がけにある坂路をつたつて、舟に乗るべきところへ下りて行つた。﹃何と思つて居るだらう――あの二人は。﹄斯う考へ乍ら、丑松も亦た人々の後に随ついて、一緒にその崖を下りた。
︵三︶
川舟は風変りな屋形造りで、窓を附け、舷ふなべりから下を白く化粧して赤い二本筋を横に表してある。それに、艫とも寄よりの半分を板戸で仕切つて、荷積みの為に区別がしてあるので、客の座るところは細長い座敷を見るやう。立てば頭が支へる程。人々はいづれも狭苦しい屋形の下に膝を突合せて乗つた。
やがて水を撃つ棹さをの音がした。舟底は砂の上を滑り始めた。今は二挺櫓ろで漕ぎ離れたのである。丑松は隅の方に両足を投出して、独り寂しさうに巻煙草を燻ふかし乍ながら、深い〳〵思に沈んで居た。河の面に映る光線の反射は割合に窓の外を明くして、降りそゝぐ霙の眺めをおもしろく見せる。舷ふなべりに触れて囁つぶやくやうに動揺する波の音、是こち方らで思つたやうに聞える眠たい櫓のひゞき――あゝ静かな水の上だ。荒くわ寥うれうとした岸の楊やな柳ぎもところ〴〵。時としては其冬木の姿を影のやうに見て進み、時としては其枯々な枝の下を潜るやうにして通り抜けた。是これから将さ来きの自分の生涯は畢つま竟り奈ど何うなる。斯う丑松は自分で自分に尋ねることもあつた。誰が其を知らう。窓から首を出して飯山の空を眺めると、重く深く閉とぢ塞ふさがつた雪雲の色はうたゝ孤独な穢多の子の心を傷いたましめる。残酷なやうな、可なつ懐かしいやうな、名のつけやうの無い心こゝ地ろもちは丑松の胸の中を掻かき乱みだした。今――学校の連中は奈ど何うして居るだらう。友達の銀之助は奈何して居るだらう。あの不幸な、老朽な敬之進は奈何して居るだらう。蓮華寺の奥様は。お志保は。と不図、省吾から来た手紙の文句なぞを思出して見ると、逢あひたいと思ふ其人に復また逢はれるといふ楽みが無いでもない。丑松はあの寺の古壁を思ひやるごとに、空寂なうちにも血の湧くやうな心こゝ地ろもちに帰るのであつた。
﹃蓮華寺――蓮華寺。﹄
と水に響く櫓の音も同じやうに調子を合せた。
霙は雪に変つて来た。徒つれ然〴〵な舟の中は人々の雑談で持切つた。就わけ中ても、高柳と一緒になつた坊主、茶にしたやうな口軽な調子で、柄に無い政事上の取とり沙ざ汰た、酢すの菎こん蒻にやくのとやり出したので、聞く人は皆な笑ひ憎んだ。斯この坊主に言はせると、選挙は一種の遊戯で、政事家は皆な俳優に過ぎない、吾われ儕〳〵は唯見物して楽めば好いのだと。斯の言葉を聞いて、また人々が笑へば、そこへ弥次馬が飛出す、其尾に随いて贔ひい顧き不ぶひ贔い顧きの論が始まる。﹃いよ〳〵市村も侵きり入こんで来るさうだ。﹄と一人が言へば、﹃左さ様う言ふ君こそ御先棒に使つ役かはれるんぢや無いか。﹄と攪まぜ返かへすものがある。弁護士の名は幾度か繰返された。其を聞く度に、高柳は不快らしい顔付。ふゝむと鼻の先で笑つて、嘲つたやうに口唇を引ひき歪ゆがめた。
斯かういふ他ひとの談はな話しの間にも、女は高柳の側に倚添つて、耳を澄まして、夫の機嫌を取り乍ら聞いて居た。見れば、美しい女の数にも入るべき人で、殊ことに華はな麗やかな新婚の風俗は多くの人の目を引いた。髪は丸まる髷まげに結ひ、てがらは深しん紅くを懸け、桜色の肌き理め細やかに肥えあぶらづいて、愛あい嬌けうのある口元を笑ふ度に掩ひかくす様は、まだ世帯の苦労なぞを知らない人である。さすが心の表情は何ど処こかに読まれるもので――大きな、ぱつちりとした眼のうちには、何となく不安の色も顕あらはれて、熟じつと物を凝み視つめるやうな沈んだところも有つた。どうかすると、女は高柳の耳の側へ口を寄せて、何か人に知れないやうに私さゝ語やくことも有つた。どうかすると又、丑松の方を盗むやうに見て、﹃おや、彼の人は――何処かで見掛けたやうな気がする﹄と斯う其眼で言ふことも有つた。
同族の哀あは憐れみは、斯の美しい穢多の女を見るにつけても、丑松の胸に浮んで来た。人種さへ変りが無くば、あれ程の容きり姿やうを持ち、あれ程富ゆた有かな家に生れて来たので有るから、無論相当のところへ縁付かれる人だ――彼あ様んな野心家の餌ゑばなぞに成らなくても済すむ人だ――可愛さうに。斯う考へると同時に、丁度女も自分と同じ秘密を持つて居るかと思ひやると、どうも其処が気懸りでならない。よしんば先さ方きで自分を知つて居るとしたところで、其が奈ど何うした、と丑松は自分で自分に尋ねて見た。根津の人、または姫子沢のもの、と思つて居るなら自分に取つて一向恐れるところは無い。恐れるとすれば、其は反かへつて先さ方きのことだ。斯う自分で答へて見た。第一、自分は四五年以この来かた、数へる程しか故郷へ帰らなかつた――卒業した時に一度――それから今度の帰省が足掛三年目――まあ、あの向町なぞは成るべく避よけて通らなかつたし、通つたところで他ひとが左さ様う注意して見る筈も無し、見たところで何処のものだか解らない――大丈夫。斯う用心深く考へても見た。畢つま竟り自分が二人の暗い秘密を聞知つたから、それで斯う気が咎とがめるのであらう。彼あ様ゝして私さゝ語やくのは何でも無いのであらう。避けるやうな素そぶ振りは唯人目を羞はぢるのであらう。あの目付も。
とはいふものゝ、何となく不安に思ふ其懸念が絶えず心の底にあつた。丑松は高柳夫婦を見ないやうにと勉つとめた。
︵四︶
千曲川の瀬に乗つて下ること五里。尤もつとも、其間には、ところ〴〵の舟場へも漕ぎ寄せ、洪水のある度に流れるといふ粗造な船橋の下をも潜り抜けなどして、そんなこんなで手間取れた為に、凡およそ三時間は舟旅に費かゝつた。飯山へ着いたのは五時近い頃。其日は舟の都合で、乗客一同上かみの渡しまで。丑松は人々と一緒に其処から岸へ上つた。見れば雪は河原にも、船橋の上にも在つた。丁度小降のなかを暮れて、仄ほの白じろく雪の町々。そこにも、こゝにも、最早ちら〳〵灯あかりが点く。其時蓮華寺で撞つく鐘の音が黄たそ昏がれの空に響き渡る――あゝ、庄馬鹿が撞くのだ。相変らず例の鐘楼に上つて冬の一ひと日ひの暮れたことを報せるのであらう。と其を聞けば、言ふに言はれぬ可なつ懐かしさが湧上つて来る。丑松は久し振りで飯山の地を踏むやうな心こゝ地ろもちがした。
半月ばかり見ないうちに、家々は最も早う冬ふゆ籠ごもりの用意、軒丈ほどの高さに毎まい年とし作りつける粗末な葦よし簾ずの雪がこひが悉すつ皆かり出来上つて居た。越後路と同じやうな雪国の光あり景さまは丑松の眼めの前まへに展ひらけたのである。
新町の通りへ出ると、一筋暗く踏みつけた町中の雪道を用事ありげな男をと女こをんなが往つたり来たりして居た。いづれも斯この夕暮を急ぐ人々ばかり。丑松は右へ避よけ、左へ避けして、愛あた宕ご町をさして急いで行かうとすると、不ふ図と途中で一人の少年に出で逢あつた。近いて見ると、それは省吾で、何か斯う酒の罎びんのやうなものを提げて、寒さうに慄ふるへ乍ながらやつて来た。
﹃あれ、瀬川先生。﹄と省吾は嬉しさうに馳かけ寄よつて、﹃まあ、魂たま消げた――それでも先生の早かつたこと。私はまだ〳〵容易に帰りなさらないかと思ひやしたよ。﹄
好く言つて呉れた。斯の無邪気な少年の驚喜した顔付を眺ながめると、丑松は最も早うあのお志保に逢ふやうな心こゝ地ろもちがしたのである。
﹃君は――お使かね。﹄
﹃はあ。﹄
と省吾は黒ずんだ色の罎を出して見せる。出して見せ乍ら、笑つた。
果して父の為に酒を買つて帰つて行くところであつた。﹃此こな頃ひだは御手紙を難有う。﹄斯かう丑松は礼を述べて、一寸学校の様子を聞いた。自分が留守の間、毎日誰か代つて教へたと尋ねた。それから敬之進のことを尋ねて見た。
﹃父さん?﹄と省吾は寂さみしさうに笑つて、﹃あの、父さんは家に居りやすよ。﹄
よく〳〵言ひ様に窮こまつたと見えて、斯う答へたが、子供心にも父を憐むといふ情じや合うあひは其顔色に表れるのであつた。見れば省吾は足袋も穿はいて居なかつた。斯うして酒の罎を提げて悄しよ然んぼりとして居る少年の様子を眺めると、あの無職業な敬之進が奈何して日を送つて居るかも大おほ凡よそ想像がつく。
﹃家へ帰つたらねえ、父さんに宜よろ敷しく言つて下さい。﹄
と言はれて、省吾は御辞儀一つして、軈やがてぷいと駈出して行つて了つた。丑松も雪の中を急いだ。
︵五︶
宵よひの勤おつ行とめも終る頃で、子坊主がかん〳〵鳴らす鉦かねの音を聞き乍ら、丑松は蓮華寺の山門を入つた。上の渡しから是こゝ処ま迄で来るうちに、もう悉すつ皆かり雪だらけ。羽織の裾も、袖も真白。其と見た奥様は飛んで出て、吾子が旅からでも帰つて来たかのやうに喜んだ。人々も出て迎へた。下女の袈け裟さ治ぢは塵はた払きを取出して、背中に附いた雪を払つて呉れる。庄馬鹿は洗すゝ足ぎの湯を汲んで持つて来る。疲れて、がつかりして、蔵く裏りの上あがり框がまちに腰掛け乍ら、雪の草わら鞋ぢを解ほどいた後、温あた暖ゝかい洗すゝぎ湯ゆの中へ足を浸した時の其丑松の心地は奈どん何なであつたらう。唯たゞ――お志保の姿が見えないのは奈何したか。人々の情を嬉うれ敷しく思ふにつけても、丑松は心に斯かう考へて、何となく其人の居ないのが物足りなかつた。
其時、白びや衣くえに袈け裟さを着けた一人の僧が奥の方から出て来た。奥様の紹ひき介あはせで、丑松は始めて蓮華寺の住職を知つた。聞けば、西京から、丑松の留守中に帰つたといふ。丁度町の檀だん家かに仏事が有つて、これから出掛けるところとやら。住職は一寸丑松に挨拶して、寺内の僧を供に連れて出て行つた。
夕ゆふ飯はんは蔵裏の下座敷であつた。人々は丑松を取とり囲まいて、旅の疲つか労れを言慰めたり、帰省の様子を尋ねたりした。煤けた古壁によせて、昔からあるといふ衣えか桁うには若い人の着るものなぞが無造作に懸けてある。其晩は学校友達の婚礼とかで、お志保も招ばれて行つたとのこと。成なる程ほど左さ様う言はれて見ると、其人の平ふだ常ん衣ぎらしい。亀きつ甲かふ綛がすりの書生羽織に、縞しまの唐たう桟ざんを重ね、袖だゝみにして折り懸け、長なが襦じゆ袢ばんの色の紅梅を見るやうなは八やつ口くちのところに美しくあらはれて、朝に晩に肌身に着けるものかと考へると、その壁の模様のやうに動かずにある着物が一ひと層しほお志保を可なつ懐かしく思出させる。のみならず、五分心の洋ラン燈プのひかりは香の煙に交る室内の空気を照らして、物の色艶なぞを奥床しく見せるのであつた。
さま〴〵の物語が始まつた。驚き悲しむ人々を前に置いて、丑松は実地自分が歴へて来た旅の出来事を語り聞かせた。種牛の為に傷けられた父の最後、番小屋で明した山の上の一夜、牧場の葬式、谷蔭の墓、其他草を食ひ塩を嘗なめ谷川の水を飲んで烏ゑ帽ぼ子しヶ嶽だけの麓に彷さま徨よふ牛の群のことを話した。丑松は又、上田の屠とぎ牛う場ばのことを話した。其小屋の板敷の上には種牛の血汐が流れた光あり景さまを話した。唯、蓮太郎夫婦に出逢つたこと、別れたこと、それから飯山へ帰る途中川舟に乗合した高柳夫婦――就わけ中ても、あの可あは憐れな美しい穢多の女の身の上に就いては、決して一ひと語ことも口外しなかつた。
斯うして帰省中のいろ〳〵を語り聞かせて居るうちに、次第に丑松は一種不思議な感かん想じを起すやうに成つた。それは、丑松の積りでは、対手が自分の話を克よく聞いて居て呉れるのだらうと思つて、熱心になつて話して居ると、どうかすると奥様の方では妙な返事をして、飛んでも無いところで﹃え?﹄なんて聞き直して、何か斯う話を聞き乍ら別の事でも考へて居るかのやうに――まあ、半分は夢中で応うけ対こたへをして居るのだと感づいた。終しまひには、対手が何にも自分の話を聞いて居ないのだといふことを発みい見だした。しばらく丑松は茫ぼん然やりとして、穴の開くほど奥様の顔を熟みま視もつたのである。
克く見れば、奥様は両方のを泣なき腫はらして居る。唯さへ気の短い人が余計に感じ易く激し易く成つて居る。言ふに言はれぬ心配なことでも起つたかして、時々深い憂うれ愁ひの色が其顔に表はれたり隠れたりした。一体、是これは奈ど何うしたのであらう。聞いて見れば留守中、別に是ぞと変つた事も無かつた様子。銀之助は親切に尋ねて呉れたといふし、文平は克よく遊びに来て話して行くといふ。それから斯の寺の方から言へば、住職が帰つたといふことより外に、何も新しい出来事は無かつたらしい。それにしても斯の内な部かの様子の何処となく平ふだ素んと違ふやうに思はれることは。
軈やがて袈裟治は二階へ上つて行つて、部屋の洋ラン燈プを点つけて来て呉れた。お志保はまだ帰らなかつた。
﹃奈ど何うしたんだらう、まあ彼の奥様の様子は。﹄
斯う胸の中で繰返し乍ら、丑松は暗い楼はし梯ごだんを上つた。
其晩は遅く寝た。過度の疲労に刺激されて、反かへつて能よく寝就かれなかつた。例の癖で、頭を枕につけると、またお志保のことを思出した。尤も何いく程ら心に描いて見ても、明あき瞭らかに其人が浮んだためしは無い。どうかすると、お妻と混ごつ同ちやになつて出て来ることも有る。幾度か丑松は無駄骨折をして、お志保の俤を捜さうとした。瞳を、頬を、髪のかたちを――あゝ、何処を奈ど何う捜して見ても、何となく其処に其人が居るとは思はれ乍ら、それで奈何しても統まと一まりが着かない。時としては彼あのつつましさうに物言ふ声を、時としては彼の口くち唇びるにあらはれる若々しい微ほゝ笑ゑみを――あゝ、あゝ、記憶ほど漠ぼん然やりしたものは無い。今、思ひ出す。今、消えて了ふ。丑松は顕はつ然きりと其人を思ひ浮べることが出来なかつた。
第拾参章
︵一︶
﹃御おた頼のま申うします。﹄
蓮華寺の蔵く裏りへ来て、斯う言ひ入れた一人の紳士がある。それは丑松が帰つた翌あく朝るあさのこと。階し下たでは最も早う疾とつくに朝あさ飯はんを済まして了つたのに、未だ丑松は二階から顔を洗ひに下りて来なかつた。﹃御頼申します。﹄と復また呼ぶので、下女の袈裟治は其を聞きつけて、周あ章わてゝ台処の方から飛んで出て来た。
﹃一寸伺ひますが、﹄と紳士は至極丁寧な調子で、﹃瀬川さんの御宿は是こち方らさ様までせうか――小学校へ御お出でなさる瀬川さんの御宿は。﹄
﹃左さ様うでやすよ。﹄と下女は襷たすきを脱はづし乍ら挨拶した。
﹃何ですか、御お在い宿でで御ござ座いますか。﹄
﹃はあ、居なさりやす。﹄
﹃では、是非御目に懸りたいことが有まして、斯ういふものが伺ひましたと、何どう卒か左さ様う仰おつしやつて下さい。﹄
と言つて、紳士は下女に名刺を渡す。下女は其を受取つて、﹃一寸、御待ちなすつて﹄を言捨て乍ら、二階の部屋へと急いだ。
丑松は未まだ寝床を離れなかつた。下女が枕まく頭らもとへ来て喚よび起おこした時は、客の有るといふことを半分夢中で聞いて、苦しさうに呻う吟なつたり、手を延ばしたりした。軈やがて寝ねぼ惚けま眼なこを擦り〳〵名刺を眺めると、急に驚いたやうに、むつくり跳はね起きた。
﹃奈ど何うしたの、斯この人ひとが。﹄
﹃貴あん方たを尋ねて来なさりやしたよ。﹄
暫しば時らくの間、丑松は夢のやうに、手に持つた名刺と下女の顔とを見比べて居た。
﹃斯人は僕のところへ来たんぢや無いんだらう。﹄
と不審を打つて、幾度か小首を傾かしげる。
﹃高柳利三郎?﹄
と復また繰返した。袈裟治は襷を手に持つて、一寸小肥りな身から体だを動ゆすつて、早く返事を、と言つたやうな顔付。
﹃何か間違ひぢやないか。﹄到頭丑松は斯う言出した。﹃どうも、斯こ様んな人が僕のところへ尋ねて来る筈はずが無い。﹄
﹃だつて、瀬川さんと言つて尋ねて来なすつたもの――小学校へ御出なさる瀬川さんと言つて。﹄
﹃妙なことが有ればあるもんだなあ。高柳――高柳利三郎――彼の男が僕のところへ――何の用が有つて来たんだらう。兎とも角かくも逢つて見るか。それぢやあ、御上りなさいツて、左さ様う言つて下さい。﹄
﹃それはさうと、御飯は奈ど何うしやせう。﹄
﹃御飯?﹄
﹃あれ、貴あん方たは起きなすつたばかりぢやごはせんか。階し下たで食べなすつたら? 御おみ味お噌つ汁けも温めてありやすにサ。﹄
﹃廃よさう。今朝は食べたく無い。それよりは客を下の座敷へ通して、一寸待たして置いて下さい――今、直に斯部屋を片付けるから。﹄
袈裟治は下りて行つた。急に丑松は部屋の内を眺め廻した。着物を着更へるやら、寝道具を片付けるやら。そこいらに散ちら乱かつたものは皆な押入の内へ。床の間に置並べた書ほ籍んの中には、蓮太郎のものも有る。手てば捷しこく其を机の下へ押込んで見たが、また取出して、押入の内の暗い隅の方へ隠か蔽くすやうにした。今は斯この部屋の内にあの先輩の書いたものは一冊も出て居ない。斯う考へて、すこし安心して、さて顔を洗ふつもりで、急いで楼はし梯ごだんを下りた。それにしても何の用事があつて、彼あ様んな男が尋ねて来たらう。途中で一緒に成つてすら言葉も掛けず、見れば成る可く是こち方らを避よけようとした人。其人がわざ〳〵やつて来るとは――丑松は客を自分の部屋へ通さない前から、疑うた心がひと恐おそ怖れとで慄ふるへたのである。
︵二︶
﹃始めまして――私は高柳利三郎です。かねて御名前は承つて居りましたが、つい未まだ御おた尋づねするやうな機会も無かつたものですから。﹄
﹃好く御お入い来で下さいました。さあ、何どう卒かまあ是こち方らへ。﹄
斯かういふ挨拶を蔵裏の下座敷で取交して、やがて丑松は二階の部屋の方へ客を導いて行つた。
突然な斯の来客の底意の程も図りかね、相さし対むかひに座すわる前から、もう何となく気き不ま味づかつた。丑松はすこしも油断することが出来なかつた。とは言ふものゝ、何気ない様子を装つくろつて、自分は座蒲団を敷いて座り、客には白い毛布を四つ畳みにして薦すゝめた。
﹃まあ、御敷下さい。﹄と丑松は快くわ濶いくわつらしく、﹃どうも失礼しました。実は昨晩遅かつたものですから、寝過して了しまひまして。﹄
﹃いや、私こそ――御おつ疲か労れのところへ。﹄と高柳は如才ない調子で言つた。﹃昨さく日じつは舟の中で御一緒に成ました時に、何とか御挨拶を申上げようか、申上げなければ済まないが、と斯かう存じましたのですが、あんな処で御挨拶しますのも反かへつて失礼と存じまして――御見懸け申し乍ら、つい御無礼を。﹄
丁度取引でも為るやうな風に、高柳は話し出した。しかし、愛あい嬌けうのある、明てき白ぱきした物の言いひ振ぶりは、何処かに人をけるところが無いでもない。隆とした其風なり采ふりを眺めたばかりでも、いかに斯の新進の政事家が虚栄心の為に燃えて居るかを想おも起ひおこさせる。角帯に纏ひつけた時計の鎖は富豪の身を飾ると同じやうなもの。それに指輪は二つまで嵌はめて、いづれも純金の色に光り輝いた。﹃何の為に尋ねて来たのだらう、是男は。﹄と斯う丑松は心に繰返して、対手の暗い秘密を自分の身に思比べた時は、長く目と目を見合せることも出来ない位。
高柳は膝を進めて、
﹃承りますれば御不幸が御有なすつたさうですな。さぞ御力落しでいらつしやいませう。﹄
﹃はい。﹄と丑松は自分の手を眺め乍ら答へた。﹃飛んだ災難に遭であ遇ひまして、到頭阿おや爺ぢも亡なくなりました。﹄
﹃それは奈ど何うも御気の毒なことを。﹄と言つて、急に高柳は思ひついたやうに、﹃むゝ、左さ様う々/々\、此こな頃ひだも貴方と豊野の停ステ車ーシ場ョンで御一緒に成つて、それから私が田中で下りる、貴方も御下りなさる――左様でしたらう、ホラ貴方も田中で御下りなさる。丁度彼の時が御帰省の途中だつたんでせう。して見ると、貴方と私とは、往きも、還りも御一緒――はゝゝゝゝ。何か斯う克よく〳〵の因いん縁ねんづくとでも、まあ、申して見たいぢや有ませんか。﹄
丑松は答へなかつた。
﹃そこです。﹄と高柳は言葉に力を入れて、﹃御縁が有ると思へばこそ、斯かうして御話も申上げるのですが――実は、貴方の御心情に就きましても、御察し申して居ることも有ますし。﹄
﹃え?﹄と丑松は対あひ手ての言葉を遮さへぎつた。
﹃そりやあもう御察し申して居ることも有ますし、又、私の方から言ひましても、少すこ許しは察して頂きたいと思ひまして、それで御邪魔に出ましたやうな訳なんで。﹄
﹃どうも貴方の仰おつしやることは私に能く解りません。﹄
﹃まあ、聞いて下さい――﹄
﹃ですけれど、どうも貴方の御話の意味が汲取れないんですから。﹄
﹃そこを察して頂きたいと言ふのです。﹄と言つて、高柳は一段声を低くして、﹃御聞及びでも御ござ座いませうが、私も――世話して呉れるものが有まして――家内を迎へました。まあ、世の中には妙なことが有るもので、あの家内の奴が好く貴方を御知り申して居るのです。﹄
﹃はゝゝゝゝ、奥おく様さんが私を御存じなんですか。﹄と言つて丑松は少すこ許し調子を変へて、﹃しかし、それが奈ど何うしました。﹄
﹃ですから私も御話に出ましたやうな訳なんで。﹄
﹃と仰ると?﹄
﹃まあ、家内なぞの言ふことですから、何が何だか解りませんけれど――実際、女の話といふものは取留の無いやうなものですからなあ――しかし、不思議なことには、彼あい奴つの家うちの遠い親類に当るものとかが、貴方の阿おと爺つさんと昔御懇意であつたとか。﹄斯かう言つて、高柳は熱心に丑松の様子を窺うかゞふやうにして見て、﹃いや、其そ様んなことは、まあ奈何でもいゝと致しまして、家内が貴方を御知り申して居ると言ひましたら、貴方だつても御聞流しには出来ますまいし、私も亦た私で、どうも不安心に思ふことが有るものですから――実は、昨晩は、その事を考へて、一睡も致しませんでした。﹄
暫しば時らく部屋の内には声が無かつた。二人は互ひに捜さぐりを入れるやうな目付して、無言の儘まゝで相対して居たのである。
﹃噫あゝ。﹄と高柳は投げるやうに嘆息した。﹃斯こ様んな御話を申上げに参るといふのは、克よく〳〵だと思つて頂きたいのです。貴方より外に吾わた儕しども夫ふう婦ふのことを知つてるものは無し、又、吾儕夫婦より外に貴方のことを知つてるものは有ません――ですから、そこは御互ひ様に――まあ、瀬川さん左さ様うぢや有ませんか。﹄と言つて、すこし調子を変へて、﹃御承知の通り、選挙も近いてまゐりました。どうしても此こ際ゝのところでは貴方に助けて頂かなければならない。もし私の言ふことを聞いて下さらないとすれば、私は今、こゝで貴方と刺しちがへて死にます――はゝゝゝゝ、まさか貴方の性いの命ちを頂くとも申しませんがね、まあ、私は其程の決心で参つたのです。﹄
︵三︶
其時、楼はし梯ごだんを上つて来る人の足音がしたので、急に高柳は口を噤つぐんで了しまつた。﹃瀬川先生、御おき客やく様さんでやすよ。﹄と呼ぶ袈裟治の声を聞きつけて、ついと丑松は座を離れた。唐紙を開けて見ると、もうそこへ友達が微笑み乍ら立つて居たのである。
﹃おゝ、土屋君か。﹄
と思はず丑松は溜息を吐いた。
銀之助は一寸高柳に会ゑし釈やくして、別に左さ様う主客の様子を気に留めるでもなく、何か用事でも有るのだらう位に、例の早合点から独り定めに定めて、
﹃昨夜君は帰つて来たさうだね。﹄
と慣なれ々〳〵しい調子で話し出した。相変らず快活なは斯の人。それに遠からず今の勤つと務めを廃やめて、農科大学の助手として出掛けるといふ、その希のぞ望みが胸の中に溢あふれるかして、血肥りのした顔の面は一層活々と輝いた。妙なもので、短く五分刈にして居る散髪頭が反かへつて若い学者らしい威厳を加へたやうに見える。友達ながらに一段の難あり有がたみが出来た。丑松は何となく圧けお倒されるやうにも感じたのである。
心の底から思ひやる深い真情を外に流あら露はして、銀之助は弔くや辞みを述べた。高柳は煙草を燻し〳〵黙つて二人の談はな話しを聞いて居た。
﹃留守中はいろ〳〵難有う。﹄と丑松は自分で自分を激はますやうにして、﹃学校の方も君がやつて呉れたさうだねえ。﹄
﹃あゝ、左どうにか右かうにか間に合せて置いた。二級懸持ちといふやつは巧くいかないものでねえ。﹄と言つて、銀之助は恰さも心しんから出たやうに笑つて、﹃時に、君は奈ど何うする。﹄
﹃奈何するとは?﹄
﹃親の忌服だもの、四週間位は休ませて貰ふサ。﹄
﹃左様もいかない。学校の方だつて都合があらあね。第一、君が迷惑する。﹄
﹃なに、僕の方は関はないよ。﹄
﹃明日は月曜だねえ。兎とに角かく明日は出掛けよう。それはさうと、土屋君、いよ〳〵君の希のぞ望みも達したといふぢやないか。君から彼あの手紙を貰つた時は、実に嬉しかつた。彼あん様なに早く進はか行どらうとは思はなかつた。﹄
﹃ふゝ、﹄と銀之助は思出し笑ひをして、﹃まあ、御蔭でうまくいつた。﹄
﹃実際うまくいつたよ。﹄と友達の成功を悦よろこぶ傍から、丑松は何か思ひついたやうに萎しをれて、﹃県庁の方からは最も早う辞令が下つたかね。﹄
﹃いゝや、辞令は未だ。尤もつとも義務年限といふやつが有るんだから、ただ廃やめて行く訳にはいかない。そこは県庁でも余程斟しん酌しやくして呉れてね、百円足らずの金を納めろと言ふのさ。﹄
﹃百円足らず?﹄
﹃よしんば在学中の費用を皆な出せと言はれたつて仕方が無い。其位のことで勘かん免べんして呉れたのは、実に難有い。早速阿おや爺ぢの方へ請ね求だつてやつたら、阿爺も君、非常に喜んでね、自身で長野迄出掛けて来るさうだ。いづれ、其内には沙汰があるだらうと思ふよ。まあ、君と斯かうして飯山に居るのも、今月一ぱい位のものだ。﹄
斯う言つて銀之助は今更のやうに丑松の顔を眺めた。丑松は深い溜息を吐ついて居た。
﹃別の話だが、﹄と銀之助は言葉を継ついで、﹃君の好な猪子先生――ホラ、あの先生が信州へ来てるさうだねえ。昨日僕は新聞で読んだ。﹄
﹃新聞で?﹄丑松の頬は燃え輝いたのである。
﹃あゝ、信毎に出て居た。肺病だといふけれど、熾さか盛んな元気の人だねえ。﹄
と蓮太郎の噂うはさが出たので、急に高柳は鋭い眸ひとみを銀之助の方へ注いだ。丑松は無言であつた。
﹃穢多もなか〳〵馬鹿にならんよ。﹄と銀之助は頓着なく、﹃まあ、思かん想がへから言へば、多少病的かも知れないが、しかし進んで戦ふ彼あの勇気には感服する。一体、肺病患者といふものは彼あ様ゝいふものか知らん。彼の先生の演説を聞くと、非常に打たれるさうだ。﹄と言つて気を変へて、﹃まあ、瀬川君なぞは聞かない方が可いゝよ――聞けば復また病気が発おこるに極きまつてるから。﹄
﹃馬鹿言ひたまへ。﹄
﹃あはゝゝゝゝ。﹄
と銀之助は反そり返かへつて笑つた。
遽には然かに丑松は黙つて了つた。丁度、喪心した人のやうに成つた。丁度、身体中の機だう関ぐが一時に動はた作らきを止めて、斯うして生きて居ることすら忘れたかのやうであつた。
﹃奈何したんだらう、また瀬川君は――相変らず身体の具合でも悪いのかしら。﹄と斯う銀之助は自分で自分に言つて見た。やゝしばらく三人は無言の儘で相対して居た。﹃今日は僕は是で失敬する。﹄と銀之助が言出した時は、丑松も我に帰つて、﹃まあ、いゝぢやないか﹄を繰返したのである。
﹃いや、復また来る。﹄
銀之助は出て行つて了つた。
︵四︶
﹃只たゞ今いま猪子といふ方の御話が出ましたが、﹄と高柳は巻煙草の灰を落し乍ら言つた。﹃あの、何ですか、瀬川さんは彼あの方と御懇意でいらつしやるんですか。﹄
﹃いゝえ。﹄と丑松はすこし言いひ淀よどんで、﹃別に、懇意でも有ません。﹄
﹃では、何か御関係が御有なさるんですか。﹄
﹃何も関係は有ません。﹄
﹃左さや様うですか――﹄
﹃だつて関係の有やうが無いぢやありませんか、懇意でも何でも無い人に。﹄
﹃左さ様う仰れば、まあ、そんなものですけれど。はゝゝゝゝ。彼の方は市村君と御一緒のやうですから、奈ど何ういふ御縁故か、もし貴方が御存じならば伺つて見たいと思ひまして。﹄
﹃知りません、私は。﹄
﹃市村といふ弁護士も、あれでなか〳〵食へない男なんです。彼あ様んな立派なことを言つて居ましても、畢つま竟り猪子といふ人を抱きこんで、道具に使つ用かふといふ腹に相違ないんです。彼の男が高尚らしいやうなことを言ふかと思ふと、私は噴ふき飯だしたくなる。そりやあもう、政事屋なんてものは皆な穢きたない商売人ですからなあ――まあ、其道のもので無ければ、可い厭やな内幕も克よく解りますまいけれど。﹄
斯う言つて、高柳は嘆息して、
﹃私とても、斯うして何時まで政界に泳いで居る積りは無いのです。一日も早く足を洗ひたいといふ考へでは有るのです。如いか何んせん、素養は無し、貴あな方たが等たのやうに規則的な教育を享うけたでは無し、それで此の生存競争の社よの会なかに立たうといふのですから、勢ひ常道を踏んでは居られなくなる。あるひは、貴方等の目から御覧に成つたらば、吾わた儕しどもの事しご業とは華は麗ででせう。成なる程ほど、表うは面べは華麗です。しかし、これほど表面が華麗で、裏う面らの悲惨な生しや涯うがいは他に有ませうか。あゝ、非常な財産が有つて、道楽に政事でもやつて見ようといふ人は格別、吾儕のやうに政事熱に浮かされて、青年時代から其方へ飛込んで了つたものは、今となつて見ると最も早う奈何することも出来ません。第一、今日の政事家で政論に衣食するものが幾いく人たりありませう。実際吾わた儕しどもの内幕は御話にならない。まあ、斯こ様んなことを申上げたら、嘘のやうだと思召すかも知れませんが、正直な御話が――代議士にでもして頂くより外ほかに、さしあたり吾儕の食ふ道は無いのです。はゝゝゝゝ。何と申したつて、事実は事実ですから情ない。もし私が今度の選挙に失敗すれば、最早につちもさつちもいかなくなる。どうしても此こ際ゝのところでは出るやうにして頂かなければならない。どうしても貴方に助けて頂かなければならない。それには先づ貴方に御おす縋がり申して、家内のことを世間の人に御話下さらないやうに。そのかはり、私も亦また、貴方のことを――それ、そこは御相談で、御互様に言はないといふやうなことに――何どう卒か、まあ、私を救ふと思おぼ召しめして、是この話はなしを聞いて頂きたいのです。瀬川さん、是は私が一生の御願ひです。﹄
急に高柳は白い毛布を離れて、畳の上へ手を突いた。丁度哀あは憐れみをもとめる犬のやうに、丑松の前に平身低頭したのである。
丑松はすこし蒼あをざめて、
﹃どうも左さ様う貴方のやうに、独りで物を断きめて了しまつては――﹄
﹃いや、是非とも私を助けると思召して。﹄
﹃まあ、私の言ふことも聞いて下さい。どうも貴方の御話は私に合がて点んが行きません。だつて、左さ様うぢや有ますまいか。なにも貴あな方たが等たのことを私が世間の人に話す必要も無いぢや有ませんか。全く、私は貴方等と何の関係も無い人間なんですから。﹄
﹃でも御ござ座いませうが――﹄
﹃いえ、其では困ります。何も私は貴方等を御助け申すやうなことは無し、私は亦また、貴方等から助けて頂くやうなことも無いのですから。﹄
﹃では?﹄
﹃ではとは?﹄
﹃畢つま竟りそんなら奈何して下さるといふ御考へなんですか。﹄
﹃どうするも斯かうするも無いぢや有ませんか。貴方と私とは全く無関係――はゝゝゝゝ、御話は其それ丈だけです。﹄
﹃無関係と仰ると?﹄
﹃是これ迄までだつて、私は貴方のことに就いて、何なんにも世間の人に話した覚は無し、是から将さ来きだつても矢やは張り其通り、何も話す必要は有ません。一体、私は左様他ひ人とのことを喋しや舌べるのが嫌ひです――まして、貴方とは今日始めて御目に懸つたばかりで――﹄
﹃そりやあ成程、私のことを御話し下さる必要は無いかも知れません。私も貴方のことを他ひ人とに言ふ必要は無いのです。必要は無いのですが――どうも其では何となく物足りないやうな心こゝ地ろもちが致しまして。折せつ角かく私も斯うして出ましたものですから、十分に御意見を伺つた上で、御為に成るものなら成りたいと存じて居りますのです。実は――左様した方が、貴方の御為かとも。﹄
﹃いや、御親切は誠に難有いですが、其そん様なにして頂く覚は無いのですから。﹄
﹃しかし、私が斯うして御話に出ましたら、万まん更ざら貴方だつて思当ることが無くも御ござ座いますまい。﹄
﹃それが貴方の誤解です。﹄
﹃誤解でせうか――誤解と仰ることが出来ませうか。﹄
﹃だつて、私は何なんにも知らないんですから。﹄
﹃まあ、左さ様う仰れば其迄ですが――でも、何とか、そこのところは御相談の為やうが有さうなもの。悪いことは申しません。御互ひの身の為です。決して誰の為でも無いのです。瀬川さん――いづれ復また私も御邪魔に伺ひますから、何どう卒か克よく考へて御置きなすつて下さい。﹄
第拾四章
︵一︶
月曜の朝早く校長は小学校へ出勤した。応接室の側の一間を自分の室と定めて、毎朝授業の始まる前には、必ず其処に閉とぢ籠こもるのが癖。それは一日の事務の準した備くをする為でもあつたが、又一つには職員等たちの不平と煙草の臭にほ気ひとを避ける為で。丁度其朝は丑松も久し振の出勤。校長は丑松に逢つて、忌服中のことを尋ねたり、話したりして、軈てまた例の室に閉籠つた。
この室の戸を叩たゝくものが有る。其音で、直に校長は勝野文平といふことを知つた。いつも斯ういふ風にして、校長は斯この鍾きに愛いりの教員から、さま〴〵の秘密な報告を聞くのである。男教員の述懐、女教員の蔭口、其他時間割と月給とに関する五うる月さ蠅いほどの嫉ねたみと争ひとは、是こ処ゝに居て手に取るやうに解るのである。其朝も亦、何か新しい注進を齎もたらして来たのであらう、斯う思ひ乍ら、校長は文平を室の内へ導いたのであつた。
いつの間にか二人は丑松の噂うはさを始めた。
﹃勝野君。﹄と校長は声を低くして、﹃君は今、妙なことを言つたね――何か瀬川君のことに就いて新しい事実を発見したとか言つたね。﹄
﹃はあ。﹄と文平は微ほゝ笑ゑんで見せる。
﹃どうも君の話は解りにくゝて困るよ。何時でも遠廻しに匂はせてばかり居るから。﹄
﹃だつて、校長先生、人の一生の名誉に関かゝはるやうなことを、左さ様う迂うく濶わつには喋しや舌べれないぢや有ませんか。﹄
﹃ホウ、一生の名誉に?﹄
﹃まあ、私の聞いたのが事実だとして、其が斯の町へ知れ渡つたら、恐らく瀬川君は学校に居られなくなるでせうよ。学校に居られないばかりぢや無い、あるひは社会から放逐されて、二度と世に立つことが出来なくなるかも知れません。﹄
﹃へえ――学校にも居られなくなる、社会からも放逐される、と言へば君、非常なことだ。それでは宛まる然で死刑を宣告されるも同じだ。﹄
﹃先まづ左さ様う言つたやうなものでせうよ。尤も、私が直ぢ接かに突留めたといふ訳でも無いのですが、種いろ々〳〵なことを綜あつめて考へて見ますと――ふふ。﹄
﹃ふゝぢや解らないねえ。奈ど何んな新しい事実か、まあ話して聞かせて呉れ給へ。﹄
﹃しかし、校長先生、私から其そ様んな話が出たといふことになりますと、すこし私も迷惑します。﹄
﹃何な故ぜ?﹄
﹃何故ツて、左様ぢや有ませんか。私が取つて代りたい為に、其様なことを言ひ触らしたと思はれても厭ですから――毛頭私は其様な野心が無いんですから――なにも瀬川君を中傷する為に、御話するのでは無いんですから。﹄
﹃解つてますよ、其様なことは。誰が君、其様なことを言ふもんですか。其様な心配が要るもんですか。君だつても他の人から聞いたことなんでせう――それ、見たまへ。﹄
文平が思はせ振な様子をして、何か意味ありげに微笑めば微笑むほど、余計に校長は聞かずに居られなくなつた。
﹃では、勝野君、斯ういふことにしたら可いゝでせう。我輩は其話を君から聞かない分にして置いたら可いゝでせう。さ、誰も居ませんから、話して聞かせて呉れ給へ。﹄
斯う言つて、校長は一寸文平に耳を貸した。文平が口を寄せて、何か私さゝ語やいて聞かせた時は、見る〳〵校長も顔色を変へて了しまつた。急に戸を叩く音がする。ついと文平は校長の側を離れて窓の方へ行つた。戸を開けて入つて来たのは丑松で、入るや否や思はず一ひと歩あし逡あと巡ずさりした。
﹃何を話して居たのだらう、斯この二人は。﹄と丑松は猜うた疑ぐり深ぶかい目付をして、二人の様子を怪まずには居られなかつたのである。
﹃校長先生、﹄と丑松は何気なく尋ねて見た。﹃どうでせう、今日はすこし遅く始めましたら。﹄
﹃左さや様う――生徒は未まだ集りませんか。﹄と校長は懐中時計を取出して眺める。
﹃どうも思ふやうに集りません。何を言つても、是雪ですから。﹄
﹃しかし、最も早う時間は来ました。生徒の集る、集らないは兎とに角かく、規則といふものが第一です。何どう卒ぞ小使に左様言つて、鈴を鳴らさせて下さい。﹄
︵二︶
其朝ほど無思想な状あり態さまで居たことは、今迄丑松の経験にも無いのであつた。実際其朝は半分眠り乍ら羽織袴を着けて来た。奥様が詰て呉れた弁当を提げて、久し振で学校の方へ雪道を辿たどつた時も、多くの教員仲間から弔くや辞みを受けた時も、受持の高等四年生に取とり囲まかれて種いろ々〳〵なことを尋ねられた時も、丑松は半分眠り乍ら話した。授業が始つてからも、時々眼めの前まへの事こと物がらに興味を失つて、器械のやうに読本の講釈をして聞かせたり、生徒の質問に答へたりした。其日は遊戯の時間の監督にあたる日、鈴が鳴つて休みに成る度に、男女の生徒は四方から丑松に取とり縋すがつて、﹃先生、先生﹄と呼んだり叫んだりしたが、何を話して何を答へたやら、殆んど其感覚が無かつた位。丑松は夢見る人のやうに歩いて、あちこちと馳せちがふ多くの生徒の監督をした。
銀之助が駈寄つて、
﹃瀬川君――君は気分でも悪いと見えるね。﹄
と言つたのは覚えて居るが、其他の話はすべて記憶に残らなかつた。
斯かういふ中にも、唯一つ、あの省吾に呉れたいと思つて、用意したものを持つて来ることだけは忘れなかつた。昼休みには、高等科から尋常科までの生徒が学校の内で飛んだり跳ねたりして騒いだ。なかには広い運動場に出て、雪投げをして遊ぶものもあつた。丁度高等四年の教室には誰も居なかつたので、そこへ丑松は省吾を連れて行つて、新聞紙に包んだものを取出して見せて、
﹃君に呈あげようと思つて斯ういふものを持つて来ました。帳面です、内に入つてるのは。是これは君、家へ帰つてから開けて見るんですよ。いいかね。学校の内で開けて見るんぢや無いんですよ――ね、是を君に呈げますから。﹄
と言つて、丑松は自分の前に立つ少年の驚き喜ぶ顔を見たいと思ふのであつた。意外にも省吾は斯の贈物を受けなかつた。唯もう目を円まるくして、丑松の様子と新聞紙の包とを見比べるばかり。奈ど何うして斯こ様んなものを呉れるのであらう。第一、それからして不思議でならない。と言つたやうな顔付。
﹃いゝえ、私は沢山です。﹄
と省吾は幾度か辞退した。
﹃其そ様んな、君のやうな――﹄と丑松は省吾の顔を眺めて、﹃人が呈あげるツて言ふものは、貰ふもんですよ。﹄
﹃はい、難有う。﹄と復た省吾は辞退した。
﹃困るぢやないか、君、折せつ角かく呈げようと思つて斯うして持つて来たものを。﹄
﹃でも、母さんに叱られやす。﹄
﹃母さんに? 其様な馬鹿なことが有るもんか。私が呈げるツて言ふのに、叱るなんて――私は君の父おと上つさんとも懇意だし、それに、君の姉さんには種いろ々〳〵御世話に成つて居るし、此こな頃ひだから呈げよう〳〵と思つて居たんです。ホラ、よく西洋綴の帳面で、罫の引いたのが有ませう。あれですよ、斯の内に入つてるのは。まあ、君、其そ様んなことを言はないで、是を家へ持つて帰つて、作文でも何でも君の好なものを書いて見て呉れたまへ。﹄
斯う言つて、其を省吾の手に持たして居るところへ、急に窓の外の方で上草履の音が起る。丑松は省吾を其処に残して置いて、周あ章わてゝ教室を出て了つた。
︵三︶
東の廊下の突当り、二階へ通ふやうになつて居る階段のところは、あまり生徒もやつて来なかつた。丑松が男女の少年の監督に忙せはしい間に、校長と文平の二人は斯この静かな廊下で話した――並んで灰色の壁に倚より凭かゝり乍ながら話した。
﹃一体、君は誰から瀬川君のことを聞いて来たのかね。﹄と校長は尋ねて見た。
﹃妙な人から聞いて来ました。﹄と文平は笑つて、﹃実に妙な人から――﹄
﹃どうも我輩には見当がつかない。﹄
﹃尤も、人の名誉にも関はることだから、話だけは為するが、名前を出して呉れては困る、と先さ方きの人も言ふんです。兎とに角かく代議士にでも成らうといふ位の人物ですから、其様な無責任なことを言ふ筈はずも有ません。﹄
﹃代議士にでも?﹄
﹃ホラ。﹄
﹃ぢやあ、あの新しい細君を連れて帰つて来た人ぢや有ませんか。﹄
﹃まあ、そこいらです。﹄
﹃して見ると――はゝあ、あの先生が地方廻りでもして居る間に、何処かで其様な話を聞込んで来たものかしら。悪い事は出来ないものさねえ。いつか一度は露あら顕はれる時が来るから奇体さ。﹄と言つて、校長は嘆息して、﹃しかし、驚ろいたねえ。瀬川君が穢多だなぞとは、夢にも思はなかつた。﹄
﹃実際、私も意外でした。﹄
﹃見給へ、彼あの容よう貌ばうを。皮膚といひ、骨格といひ、別に其様な賤民らしいところが有るとも思はれないぢやないか。﹄
﹃ですから世間の人が欺だまされて居たんでせう。﹄
﹃左様ですかねえ。解らないものさねえ。一寸見たところでは、奈ど何うしても其様な風に受取れないがねえ。﹄
﹃容貌ほど人を欺すものは有ませんさ。そんなら、奈何でせう、彼あの性質は。﹄
﹃性質だつても君、其様な判断は下せない。﹄
﹃では、校長先生、彼の君の言ふこと為なすことが貴方の眼には不思議にも映りませんか。克よく注意して、瀬川丑松といふ人を御覧なさい――どうでせう、彼あの物を視る猜うた疑がひ深ぶかい目付なぞは。﹄
﹃はゝゝゝゝ、猜疑深いからと言つて、其が穢多の証拠には成らないやね。﹄
﹃まあ、聞いて下さい。此こな頃ひだ迄まで瀬川君は鷹たか匠しやう町の下宿に居ましたらう。彼あの下宿で穢多の大尽が放逐されましたらう。すると瀬川君は突だし然ぬけに蓮華寺へ引越して了ひましたらう――ホラ、をかしいぢや有ませんか。﹄
﹃それさ、それを我輩も思ふのさ。﹄
﹃猪子蓮太郎との関係だつても左さ様うでせう。彼あ様んな病的な思想家ばかり難あり有がたく思はないだつて、他にいくらも有さうなものぢや有ませんか。彼様な穢多の書いたものばかり特に大騒ぎしなくても好ささうなものぢや有ませんか。どうも瀬川君が贔ひい顧きの仕方は普通の愛読者と少すこ許し違ふぢや有ませんか。﹄
﹃そこだ。﹄
﹃未まだ校長先生には御話しませんでしたが、小こも諸ろの与よ良らといふ町には私の叔父が住んで居ます。其町はづれに蛇じや堀ぼり川がはといふ沙すな河がはが有まして、橋を渡ると向町になる――そこが所いは謂ゆる穢多町です。叔父の話によりますと、彼処は全町同じ苗字を名乗つて居るといふことでしたツけ。其苗字が、確か瀬川でしたツけ。﹄
﹃成程ねえ。﹄
﹃今でも向町の手合は苗字を呼びません。普通に新平民といへば名前を呼捨です。おそらく明治になる前は、苗字なぞは無かつたのでせう。それで、戸籍を作るといふ時になつて、一村挙こぞつて瀬川と成つたんぢや有るまいかと思ふんです。﹄
﹃一寸待ちたまへ。瀬川君は小諸の人ぢや無いでせう。小ちひ県さがたの根津の人でせう。﹄
﹃それが宛あてになりやしません――兎に角、瀬川とか高橋とかいふ苗字が彼あの仲間に多いといふことは叔父から聞きました。﹄
﹃左様言はれて見ると、我輩も思当ることが無いでも無い。しかしねえ、もし其が事実だとすれば、今迄知れずに居る筈も無からうぢやないか。最も早う疾とつくに知れて居さうなものだ――師範校に居る時代に、最早知れて居さうなものだ。﹄
﹃でせう――それそこが瀬川君です。今こん日にちまで人の目を暗くらまして来た位の智ち慧ゑが有るんですもの、余程狡かう猾くわつの人間で無ければ彼あの真似は出来やしません。﹄
﹃あゝ。﹄と校長は嘆息して了つた。﹃それにしても、よく知れずに居たものさ、どうも瀬川君の様子がをかしい〳〵と思つたよ――唯、訳も無しに、彼あ様ゝ考へ込む筈はずが無いからねえ。﹄
急に大鈴の音が響き渡つた。二人は壁を離れて、長い廊下を歩き出した。午後の課業が始まると見え、男女の生徒は上草履鳴らして、廊下の向ふのところを急いで通る。丑松も少年の群に交り乍ら、一寸是こち方らを振向いて見て行つた。
﹃勝野君。﹄と校長は丑松の姿を見送つて、﹃成なる程ほど、君の言つた通りだ。他ひとの一生の名誉にも関はることだ。まあ、もうすこし瀬川君の秘密を探つて見ることに為しようぢやないか。﹄
﹃しかし、校長先生。﹄と文平は力を入れて言つた。﹃是話が彼の代議士の候補者から出たといふことだけは決して他ひとに言はないで置いて下さい――さもないと、私が非常に迷惑しますから。﹄
﹃無論さ。﹄
︵四︶
時間表によると、其日の最をは終りの課業が唱歌であつた。唱歌の教師は丑松から高等四年の生徒を受取つて、足拍子揃へさして、自分の教室の方へ導いて行つた。二時から三時まで、それだけは丑松も自由であつたので、不図、蓮太郎のことが書いてあつたとかいふ昨日の銀之助の話を思出して、応接室を指して急いで行つた。いつも其机の上には新聞が置いてある。戸を開けて入つて見ると、信毎は一昨日の分も残つて、まだ綴込みもせずに散とり乱ちらした儘。その読みふるしを開けた第二面の下のところに、彼の先輩のことを見つけた時は、奈どん何なに丑松も胸を踊らせて、﹃むゝ――あつた、あつた﹄と驚き喜んだらう。
﹃何処へ行つて是この新聞を読まう。﹄先づ心に浮んだは斯うである。﹃斯この応接室で読まうか。人が来ると不いけ可ない。教室が可いゝか。小使部屋が可か――否、彼処へも人が来ないとは限らない。﹄と思ひ迷つて、新聞紙を懐に入れて、応接室を出た。﹃いつそ二階の講堂へ行つて読め。﹄斯う考へて、丑松は二階へ通ふ階段を一階づゝ音のしないやうに上つた。
そこは天長節の式場に用ひられた大広間、長い腰掛が順序よく置並べてあるばかり、平ふだ素んはもう森しん閑かんとしたもので、下手な教室の隅なぞよりは反つて安全な場処のやうに思はれた。とある腰掛を択えらんで、懐から取出して読んで居るうちに、いつの間にか彼の高柳との間答――﹃懇意でも有ません、関係は有ません、何にも私は知りません﹄と三度迄も心を偽つて、師とも頼み恩人とも思ふ彼の蓮太郎と自分とは、全く、赤の他人のやうに言消して了つたことを思出した。﹃先生、許して下さい。﹄斯かう詑わびるやうに言つて、軈やがて復また新聞を取上げた。
漠ばく然ぜんとした恐おそ怖れの情は絶えず丑松の心を刺激して、先輩に就いての記事を読み乍らも、唯もう自分の一生のことばかり考へつゞけたのであつた。其から其へと辿つて反省すると、丑松は今、容易ならぬ位置に立つて居るといふことを感ずる。さしかゝつた斯の大きな問題を何とか為なければ――左さ様うだ、何とか斯この思かん想がへを纏めなければ、一切の他の事は手にも着かないやうに思はれた。
﹃さて――奈ど何うする。﹄
斯う自分で自分に尋ねた時は、丑松はもう茫ばう然ぜんとして了しまつて、其答を考へることが出来なかつた。
﹃瀬川君、何を君は御読みですか。﹄
と唐だし突ぬけに背うし後ろから声を掛けた人がある。思はず丑松は顔色を変へた。見れば校長で、何か穿さぐ鑿りを入れるやうな目付して、何時の間にか腰掛のところへ来て佇たゝ立ずんで居た。
﹃今――新聞を読んで居たところです。﹄と丑松は何気ない様子を取とり装つくろつて言つた。
﹃新聞を?﹄と校長は不思議さうに丑松の顔を眺めて、﹃へえ、何か面白い記こ事とでも有ますかね。﹄
﹃ナニ、何でも無いんです。﹄
暫しば時らく二人は無言であつた。校長は窓の方へ行つて、玻ガラ璃ス越ごしに空の模様を覗のぞいて見て、
﹃瀬川君、奈何でせう、斯の御天気は。﹄
﹃左様ですなあ――﹄
斯ういふ言葉を取交し乍ら、二人は一緒に講堂を出た。並んで階段を下りる間にも、何となく丑松は胸騒ぎがして、言ふに言はれぬ不快な心こゝ地ろもちに成るのであつた。
邪推かは知らないが、どうも斯この校長の態しむ度けが変つた。妙に冷しら淡〴〵しく成つた。いや、冷淡しいばかりでは無い、可い厭やに神経質な鼻でもつて、自分の隠して居る秘密を嗅ぐかのやうにも感ぜらるゝ。﹃や?﹄と猜うた疑ぐり深ぶかい心で先さ方きの様子を推量して見ると、さあ、丑松は斯の校長と一緒に並んで歩くことすら堪へ難い。どうかすると階段を下りる拍子に、二人の肩と肩とが触すれ合あふこともある。冷つめたい戦みぶ慄るひは丑松の身体を通して流れ下るのであつた。
小使が振鳴らす最をは終りの鈴の音は、其時、校内に響き渡つた。そここゝの教室の戸を開けて、後から〳〵押して出て来る少年の群は、長い廊下に満ち溢あふれた。丑松は校長の側を離れて、急いで斯の少年の群に交つた。
やがて生徒は雪道の中を帰つて行つた。いづれも学問する児こど童もらしい顔付の殊勝さ。弁当箱を振廻して行くもあれば、風呂敷包を頭の上に戴のせて行くもある。十そろ露ば盤ん小脇に擁かゝへ、上草履提げ、口笛を吹くやら、唱歌を歌ふやら。呼ぶ声、叫ぶ声は、犬の鳴声に交つて、午後の空気に響いて騒しく聞える、中には下駄の鼻緒を切らして、素足で飛んで行く女の児もあつた。
不安と恐怖との念おもひを抱き乍ら、丑松も生徒の後に随いて、学校の門を出た。斯かうしてこの無邪気な少年の群を眺めるといふことが、既にもう丑松の身に取つては堪へがたい身の苦くる痛しみを感ずる媒なかだちとも成るので有る。
﹃省吾さん、今御帰り?﹄
斯う丑松は言葉を掛けた。
﹃はあ。﹄と省吾は笑つて、﹃私わしも後あ刻とで蓮華寺へ行きやすよ、姉さんが来ても可いゝと言ひやしたから。﹄
﹃むゝ――今夜は御説教があるんでしたツけねえ。﹄
と思出したやうに言つた。暫しば時らく丑松は可なつ懐かしさうに、駈出して行く省吾の後姿を見送りながら立つた。雪の大路の光あり景さまは、丁度、眼めの前まへに展ひらけて、用事ありげな人々が往つたり来たりして居る。急に烈しい眩めま暈ひに襲おそはれて、丑松は其処へ仆たふれかゝりさうに成つた。其時、誰か斯かう背うし後ろから追迫つて来て、自分を捕つかまへようとして、突だし然ぬけに﹃やい、調てう里りツ坊ぱう﹄とでも言ふかのやうに思はれた。斯う疑へば恐しくなつて、背後を振返つて見ずには居られなかつたのである――あゝ、誰が其様なところに居よう。丑松は自分を嘲あざけつたり励ましたりした。
第拾五章
︵一︶
酷は烈げしい、犯し難い社よの会なかの威ちか力らは、次第に、丑松の身に迫つて来るやうに思はれた。学校から帰へつて、蓮華寺の二階へ上つた時も、風呂敷包をそこへ投はふ出りだす、羽織袴を脱捨てる、直に丑松は畳の上に倒れて、放ほし肆いまゝな絶望に埋うづ没もれるの外は無かつた。眠るでも無く、考へるでも無く、丁度無感覚な人のやうに成つて、長いこと身動きも為せずに居たが、軈やがて起直つて部屋の内を眺め廻した。
楽しさうな笑声が、蔵く裏りの下座敷の方から、とぎれ〳〵に聞えた。聞くとも無しに聞耳を立てると、其日も亦また文平がやつて来て、人々を笑はせて居るらしい。あの邪あど気けない、制おさへても制へきれないやうな笑声は、と聞くと、省吾は最も早う遊びに来て居るものと見える。時々若い女の声も混つた――あゝ、お志保だ。斯かう聞き澄まして、丑松は自分の部屋の内を歩いて見た。
﹃先生。﹄
と声を掛けて、急に入つて来たのは省吾である。
丁度、階し下たでは茶を入れたので、丑松にも話しに来ないか、と省吾は言付けられて来た。聞いて見ると、奥様やお志保は下座敷に集つて、そこへ庄馬鹿までやつて来て居る。可を笑かしい話が始つたので、人々は皆な笑ひ転げて、中にはもう泣いたものが有るとのこと。
﹃あの、勝野先生も来て居なさりやすよ。﹄
と省吾は添つけ付たして言つた。
﹃左さ様う? 勝野君も?﹄と丑松は徴笑み乍ら答へた。遽には然かに、心の底から閃めいたやうに、憎にく悪しみの表情が丑松の顔に上つた。尤もつとも直に其は消えて隠れて了つたのである。
﹃さあ――私わしと一緒に早く来なされ。﹄
﹃今直に後から行きますよ。﹄
とは言つたものゝ、実は丑松は行きたくないのであつた。﹃早く﹄を言ひ捨てゝ、ぷいと省吾は出て行つて了つた。
楽しさうな笑声が、復また、起つた。蔵裏の下座敷――それはもう目に見ないでも、斯かうして声を聞いたばかりで、人々の光あり景さまが手に取るやうに解る。何もかも丑松は想像することが出来た。定めし、奥様は何か心に苦にすることがあつて、其を忘れる為にわざ〳〵面白可を笑かしく取とり做なして、それで彼あ様んな男のやうな声を出して笑ふのであらう。定めし、お志保は部屋を出たり入つたりして、茶の道具を持つて来たり、其を入れて人々に薦すゝめたり、又は奥様の側に倚より添そひ乍ら談はな話しを聞いて微ほゝ笑ゑんで居るのであらう。定めし、文平は婦をん人な子こど供もと見て思ひ侮あなどつて、自分独りが男ででも有るかのやうに、可い厭やに容よう子すを売つて居ることであらう。嘸さぞ。そればかりでは無い、必きつ定とまた人のことを何とかかんとか――あゝ、あゝ、素うま性れが素性なら、誰が彼様な男なぞの身の上を羨まう。
現世の歓楽を慕ふ心は、今、丑松の胸を衝いてむら〳〵と湧き上つた。捨てられ、卑いやしめられ、爪つま弾はじきせられ、同じ人間の仲間入すら出来ないやうな、つたない同族の運命を考へれば考へるほど、猶なほ々〳〵斯の若い生いの命ちが惜まるゝ。
﹃何故、先生は来なさらないですか。﹄
斯かう言ひ乍ら、軈やがて復また迎へにやつて来たのは省吾である。
あまり邪あど気けないことを言つて督せき促たてるので、丑松は斯の少年を慫そゝ慂のかして、いつそ本堂の方へ連れて行かうと考へた。部屋を出て、楼はし梯ごだんを下りると、蔵裏から本堂へ通ふ廊下は二つに別れる。裏庭に近い方を行けば、是非とも下座敷の側を通らなければならない。其処には文平が話しこんで居るのだ。丑松は表側の廊下を通ることにした。
︵二︶
古い僧坊は廊下の右側に並んで、障子越しに話声なぞの泄もれて聞えるは、下宿する人が有ると見える。是この寺てらの広く複こみ雑いつた構たて造かたといつたら、何ど処こに奈ど何ういふ人が泊つて居るか、其すら克よくは解らない程。平ふだ素んは何の役にも立ちさうも無い、陰気な明間がいくつとなく有る。斯うして省吾と連立つて、細長い廊下を通る間にも、朽ち衰へた精しよ舎うじやの気は何となく丑松の胸に迫るのであつた。壁は暗く、柱は煤け、大きな板戸を彩いろ色どつた古画の絵具も剥落ちて居た。
斯の廊下が裏側の廊下に接つゞいて、丁度本堂へ曲らうとする角のところで、急に背うし後ろの方から人の来る気けは勢ひがした。思はず丑松は振返つた。省吾も。見ればお志保で、何か用事ありげに駈寄つて、未だ物を言はない先からもう顔を真まつ紅かにしたのである。
﹃あの――﹄とお志保は艶のある清すゞしい眸ひとみを輝かした。﹃先程は、弟が結構なものを頂きましたさうで。﹄
斯う礼を述べ乍ら、其口くち唇びるで嬉しさうに微ほゝ笑ゑんで見せた。
其時奥様の呼ぶ声が聞えた。逸いち早はやくお志保は聞きつけて、一寸耳を澄まして居ると、﹃あれ、姉さん、呼んでやすよ。﹄と省吾も姉の顔を見上げた。復た呼ぶ声が聞える。驚いたやうに引返して行くお志保の後姿を見送つて、軈て省吾を導いて、丑松は本堂の扉ひらきを開けて入つた。
あゝ、精舎の静しづ寂かさ――丁度其は古蹟の内を歩むと同じやうな心こゝ地ろもちがする。円まるい塗柱に懸かる時計の針の刻々をきざむより外には、斯この高く暗い天井の下に、一つとして音のするものは無かつた。身に沁み入るやうな沈黙は、そこにも、こゝにも、隠れ潜んで居るかのやう。目に入るものは、何もかも――錆さびを帯びた金こん色じきの仏壇、生気の無い蓮はすの造つく花りばな、人の空想を誘ふやうな天てん界がいの女によ人にんの壁に画かかれた形かた像ち、すべてそれらのものは過すぎ去さつた時代の光ひか華りと衰おと頽ろへとを語るのであつた。丑松は省吾と一緒に内陣迄も深く上つて、仏壇のかげにある昔の聖僧達の画像の前を歩いた。
﹃省吾さん。﹄と丑松は少年の横顔を熟ま視もり乍ら、﹃君はねえ、家う眷ちの人の中で誰が一番好きなんですか――父さんですか、母さんですか。﹄
省吾は答へなかつた。
﹃当てゝ見ませうか。﹄と丑松は笑つて、﹃父さんでせう?﹄
﹃いゝえ。﹄
﹃ホウ、父さんぢや無いですか。﹄
﹃だつて、父さんはお酒ばかり飲んでゝ――﹄
﹃そんなら君、誰が好きなんですか。﹄
﹃まあ、私わしは――姉さんでごはす。﹄
﹃姉さん? 左様かねえ、君は姉さんが一番好いかねえ。﹄
﹃私は、姉さんには、何でも話しやすよ、へえ父さんや母さんには話さないやうなことでも。﹄
斯かう言つて、省吾は何の意味もなく笑つた。
北の小座敷には古い涅ねは槃んの図が掛けてあつた。普通の寺によくある斯の宗教画は大抵模うつ倣しの模倣で、戯しば曲ゐがゝりの配くみ置あはせとか、無意味な彩いろ色どりとか、又は熱帯の自然と何の関係も無いやうな背景とか、そんなことより外ほかに是これぞと言つて特とり色えの有るものは鮮すく少ない。斯この寺のも矢張同じ型ではあつたが、多少創意のある画ゑか家きの筆に成つたものと見えて、ありふれた図に比べると余程活いき々〳〵して居た。まあ、宗をし教への方の情熱が籠るとは見えない迄も、何となく人の心をける樸まじ実めなところがあつた。流さす石が、省吾は未だ子供のことで、其禽とり獣けものの悲なげ嘆きの光さ景まを見ても、丁度お伽とぎ話ばなしを絵で眺めるやうに、別に不思議がるでも無く、驚くでも無い。無邪気な少年はたゞ釈しや迦かの死を見て笑つた。
﹃あゝ。﹄と丑松は深い溜息を吐ついて、﹃省吾さんなぞは未だ死ぬといふことを考へたことが有ますまいねえ。﹄
﹃私わしがでごはすか。﹄と省吾は丑松の顔を見上げる。
﹃さうさ――君がサ。﹄
﹃はゝゝゝゝ。ごはせんなあ、其そ様んなことは。﹄
﹃左様だらうねえ。君等の時代に其様なことを考へるやうなものは有ますまいねえ。﹄
﹃ふゝ。﹄と省吾は思出したやうに笑つて、﹃お志保姉さんも克よく其様なことを言ひやすよ。﹄
﹃姉さんも?﹄と丑松は熱心な眸を注いだ。
﹃はあ、あの姉さんは妙なことを言ふ人で、へえもう死んで了ひたいの、誰だあれも居ないやうな処へ行つて大きな声を出して泣いて見たいのツて――まあ、奈ど何うして其様な気になるだらず。﹄
斯う言つて、省吾は小首を傾かしげて、一寸口笛吹く真似をした。
間も無く省吾は出て行つた。丑松は唯単ひと独りになつた。急に本堂の内な部かはとして、種さま々〴〵の意味ありげな装飾が一層無言のなかに沈んだやうに見える。深い天井の下に、いつまでも変らずにある真しん鍮ちゆうの香炉、花立、燈明皿――そんな性いの命ちの無い道具まで、何となく斯う寂じや寞くまくな瞑めい想さうに耽つて居るやうで、仏壇に立つ観くわ音んおんの彫像は慈悲といふよりは寧むしろ沈黙の化けし身んのやうに輝いた。斯ういふ静しづ寂かな、世離れたところに立つて、其人のことを想おもひ浮べて見ると、丁度古蹟を飾る花草のやうな気がする。丑松は、血の湧く思を抱き乍ら、円い柱と柱との間を往つたり来たりした。
﹃お志保さん、お志保さん。﹄
あてども無く口の中で呼んで見たのである。
いつの間には四そこ壁いらは暗くなつて来た。青白い黄たそ昏がれ時どきの光は薄明く障子に映つて、本堂の正面の方から射しこんだので、柱と柱との影は長く畳の上へ引いた。倦うみ、困くるしみ、疲れた冬の一ひと日ひは次第に暮れて行くのである。其時白びや衣くえを着けた二人の僧が入つて来た。一人は住職、一人は寺内の若僧であつた。灯あかしは奥深く点ついて、あそこにも、こゝにも、と見て居るうちに、六挺ばかりの蝋らふ燭そくが順序よく並んで燃とぼる。仏壇を斜に、内陣の角のところに座を占めて、金きん泥でいの柱の側に掌てを合はせたは、住職。一段低い外陣に引下つて、反対の側にかしこまつたは、若僧。やがて鉦かねの音が荘おご厳そかに響き渡る。合唱の声は起つた。
﹃なむからかんのう、とらやあ、やあ――﹄
宵よひの勤おつ行とめが始つたのである。
あゝ、寂しい夕暮もあればあるもの。丑松は北の間の柱に倚より凭かゝり乍ら、目を瞑つぶり、頭をつけて、深く〳〵思ひ沈んで居た。﹃若もし自分の素性がお志保の耳に入つたら――﹄其を考へると、つく〴〵穢多の生いの命ちの味気なさを感ずる。漠然とした死滅の思想は、人懐しさの情に混つて、烈しく胸中を往来し始めた。熾さか盛んな青春の時とき代よに逢ひ乍ら、今迄経で験あつたことも無ければ翹の望ぞんだことも無い世の苦といふものを覚えるやうに成つたか、と考へると、左さ様ういふ思かん想がへを起したことすら既にもう切なく可いた傷ましく思はれるのであつた。冷つめたい空気に交る香の煙のにほひは、斯の夕暮に一層のあはれを添へて、哀かなしいとも、堪へがたいとも、名のつけやうが無い。遽には然かに、二人の僧の声が絶えたので、心づいて眺めた時は、丁度読どき経やうを終つて仏の名を称となへるところ。間も無く住職は珠ず数ゝを手にして柱の側を離れた。若僧は未まだ同じ場処に留つた。丑松は眺め入つた――高らかに節つけて読む高祖の遺訓の終る迄までも――其文章を押頂いて、軈やがて若僧の立上る迄も――終しまひには、蝋燭の灯が一つ〳〵吹消されて、仏前の燈明ばかり仄ほのかに残り照らす迄も。
︵三︶
夕飯の後、蓮華寺では説教の準した備くを為るので多いそ忙がしかつた。昔からの習なら慣はしとして、定紋つけた大おほ提ぢや灯うちんがいくつとなく取出された。寺内の若僧、庄馬鹿、子坊主まで聚よつて会たかつて、火を点ともして、其を本堂へと持運ぶ。三人はその為に長い廊下を往つたり来たりした。
説教聞きにとこゝろざす人々は次第に本堂へ集つて来た。是寺に附く檀だん家かのものは言ふも更さらなり、其と聞伝へたかぎりは誘ひ合せて詰掛ける。既にもう一生の行つと程めを終つた爺さん婆さんの群ばかりで無く、随分種さま々〴〵の繁せ忙はしい職業に従ふ人々まで、其を聴かうとして熱心に集ふのを見ても、いかに斯の飯山の町が昔風の宗教と信仰との土地であるかを想像させる。聖おき経やうの中にある有名な文句、比たと喩へなぞが、普通の人の会話に交るのは珍しくも無い。娘の連はいづれも美しい珠数の袋を懐にして、蓮華寺へと先を争ふのであつた。
それは丑松の身に取つて、最も楽しい、又最も哀しい寺てら住ずみの一夜であつた。どんなに丑松は胸を踊らせて、お志保と一緒に説教聞く歓たの楽しみを想像したらう。あゝ、斯ういふ晩にあたつて、自分が穢多であるといふことを考へたほど、切ない思を為たためしは無い。奥様を始め、お志保、省吾なぞは既に本堂へ上つて、北の間の隅のところに集つて居た。見れば中の間から南の間へかけて、男をと女こをんなの信徒、あそこに一ひと団かたまり、こゝにも一団、思ひ〳〵に挨拶したり話したりする声は、忍んではするものゝ、何となく賑に面白く聞える。庄馬鹿が、自慢の羽織を折目正しく着飾つて、是これ見みよがしに人々のなかを分けて歩くのも、をかしかつた。其取澄ました様子を見て、奥様も笑へば、お志保も笑つた。丁度丑松の座つたところは、永代読経として寄附の金高と姓名とを張出してある古壁の側、お志保も近くて、髪の香が心地よくかをりかゝる。提灯の影は花やかに本堂の夜の空気を照らして、一層その横顔を若々しくして見せた。何といふ親しげな有様だらう、あの省吾を背うし後ろから抱いて、すこし微ほゝ笑ゑんで居る姉らしい姿は。斯う考へて、丑松はお志保の方を熟みま視もる度たびに、言ふに言はれぬ楽しさを覚えるのであつた。
説教の始まるには未だ少すこ許し間が有つた。其時文平もやつて来て、先づ奥様に挨拶し、お志保に挨拶し、省吾に挨拶し、それから丑松に挨拶した。あゝ、嫌な奴が来た、と心に思ふばかりでも、丑松の空想は忽ち掻かき乱みだされて、慄ぞつとするやうな現実の世界へ帰るさへあるに、加おま之けに、文平が忸なれ々〳〵敷しい調子で奥様に話しかけたり、お志保や省吾を笑はせたりするのを見ると、丑松はもう腹立たしく成る。斯うした女子供のなかで談はな話しをさせると、実に文平は調子づいて来る男で、一寸したことをいかにも尤もつともらしく言ひこなして聞かせる。それに、この男の巧者なことには、妙に人ひと懐なつこい、女の心をけるやうなところが有つて、正味自分の価ねう値ちよりは其を二倍にも三倍にもして見せた。万事深く蔵つゝんで居るやうな丑松に比べると、親切は反かへつて文平の方にあるかと思はせる位。丑松は別に誰の機嫌を取るでも無かつた――いや、省吾の方には優やさしくしても、お志保に対する素振を見ると寧いつそ冷つれ淡ないとしか受取れなかつたのである。
﹃瀬川君、奈ど何うです、今日の長野新聞は。﹄
と文平は低こご声ゑで誘かまをかけるやうに言出した。
﹃長野新聞?﹄と丑松は考深い目付をして、﹃今日は未だ読んで見ません。﹄
﹃そいつは不思議だ――君が読まないといふのは不思議だ。﹄
﹃何な故ぜ?﹄
﹃だつて、君のやうに猪子先生を崇拝して居ながら、あの演説の筆記を読まないといふのは不思議だからサ。まあ、是非読んで見たまへ。それに、あの新聞の評が面白い。猪子先生のことを、﹁新平民中の獅子﹂だなんて――巧いことを言ふ記者が居るぢやあないか。﹄
斯う口では言ふものゝ、文平の腹の中では何を考へて居るか、と丑松は深く先さ方きの様子を疑つた。お志保はまた熱心に耳を傾けて、二人の顔を見比べて居たのである。
﹃猪子先生の議論は兎とに角かく、あの意気には感服するよ。﹄と文平は言葉を継いで、﹃あの演説の筆記を見たら、猪子先生の書いたものを読んで見たくなつた。まあ君は審くはしいと思ふから、其で聞くんだが、あの先生の著述では何が一番傑作と言はれるのかね。﹄
﹃どうも僕には解らないねえ。﹄斯う丑松は答へた。
﹃いや、戯じよ語うだんぢや無いよ――実際、君、僕は穢多といふものに興味を持つて来た。あの先生のやうな人物が出るんだから、確に研究して見る価ねう値ちは有るに相違ない。まあ、君だつても、其で﹁懴悔録﹂なぞを読む気に成つたんだらう。﹄と文平は嘲あざけるやうな語気で言つた。
丑松は笑つて答へなかつた。流さす石がにお志保の居る側で、穢多といふ言葉が繰返された時は、丑松はもう顔色を変へて、自分で自分を制へることが出来なかつたのである。怒いか気りと畏おそ怖れとはかはる〴〵丑松の口くち唇びるに浮んだ。文平は又、鋭い目付をして、其微細な表情までも見み泄もらすまいとする。﹃御気の毒だが――左さ様う君のやうに隠したつても無駄だよ﹄と斯う文平の目が言ふやうにも見えた。
﹃瀬川君、何か君のところには彼の先生のものが有るだらう。何でも好いから僕に一冊貸して呉れ給へな。﹄
﹃無いよ――何にも僕のところには無いよ。﹄
﹃無い? 無いツてことがあるものか。君の許ところに無いツてことがあるものか。なにも左さ様う隠さないで、一冊位貸して呉れたつて好ささうなものぢやないか。﹄
﹃いや、僕は隠しやしない。無いから無いと言ふんさ。﹄
遽には然かに、蓮華寺の住職が説教の座へ上つたので、二人はそれぎり口を噤んで了つた。人々はいづれも座すわり直したり、容かたちを改めたりした。
︵四︶
住職は奥様と同おな年いどしといふ。男のことであるから割合に若々しく、墨すみ染ぞめの法ころ衣もに金きん襴らんの袈け裟さを掛け、外陣の講座の上に顕はれたところは、佐さく久ちひ小さが県たあ辺たりに多い世間的な僧侶に比べると、遙はるかに高尚な宗教生活を送つて来た人らしい。額広く、鼻隆く、眉すこし迫つて、容おも貌ばせもなか〳〵立派な上に、温和な、善良な、且つ才智のある性質を好く表して居る。法話の第一部は猿の比たと喩へで始まつた。智識のある猿は世に知らないといふことが無い。よく学び、よく覚え、殊に多くの経文を暗誦して、万人の師匠とも成るべき程の学問を蓄はへた。畜生の悲しさには、唯だ一つ信ずる力を欠いた。人は、よし是猿ほどの智識が無いにもせよ、信ずる力あつて、はじめて凡夫も仏の境には到り得る。なんと各おの々〳〵位がた、合点か。人間と生れた宿すく世せのありがたさを考へて、朝夕念仏を怠り給ふな。斯かう住職は説出したのである。
﹃なむあみだぶ、なむあみだぶ。﹄
と人々の唱へる声は本堂の広間に満ち溢れた。男も、女も、懐ふと中ころから紙入を取出して、思ひ〳〵に賽さい銭せんを畳の上へ置くのであつた。
法話の第二部は、昔の飯山の城主、松平遠江守の事蹟を材たねに取つた。そも〳〵飯山が仏教の地と成つたは、斯の先祖の時代からである。火のやうな守かみの宗教心は未だ年若な頃からして燃えた。丁度江戸表へ参勤の時のこと、日頃欝むす積ぼれて解けない胸中の疑問を人々に尋ね試みたことがある。﹃人は死んで、畢つま竟り奈ど何うなる。﹄侍臣も、儒者も、斯この問とひには答へることが出来なかつた。林大だい学がくの頭かみに尋ねた。大学の頭ですらも。それから守は宗教に志し、渋谷の僧に就いて道を聞き、領地をば甥をひに譲り、六年目の暁に出家して、飯山にある仏教の先お祖やと成つたといふ。なんと斯発ほつ心しんの歴史は味あぢはひのある話ではないか。世の多くの学者が答へることの出来ない、其難問に答へ得るものは、信心あるものより外に無い。斯う住職は説き進んだのである。
﹃なむあみだぶ、なむあみだぶ。﹄
一斉に唱へる声は風のやうに起つた。人々は復また賽銭を取出して並べた。
斯ういふ説教の間にも、時々丑松は我を忘れて、熱心な眸ひとみをお志保の横顔に注いだ。流さす石がに人目を憚はゞかつて見まい〳〵と思ひ乍らも、つい見ると、仏壇の方を眺め入つたお志保の目付の若々しさ。不思議なことには、熱い涙が人知れず其顔を流れるといふ様子で、時々啜すゝり上げたり、密そつと鼻を拭かんだりした。尚よく見ると、言ふに言はれぬ恐おそ怖れと悲うれ愁ひとが女らしい愛らしさに交つて、陰か影げのやうに顕あらはれたり、隠れたりする。何をお志保は考へたのだらう。何を感じたのだらう。何を思出したのだらう。斯かう丑松は推量した。今夜の法話が左さ様う若い人の心を動かすとも受取れない。有あり体ていに言へば、住職の説教はもう旧ふるい、旧い遣方で、明治生れの人間の耳には寧いつそ異様に響くのである。型に入つた仮せり白ふのやうな言廻し、秩序の無い断片的な思想、金色に光り輝く仏壇の背景――丁度それは時代な劇しばゐでも観て居るかのやうな感かん想じを与へる。若いものが彼あ様ゝいふ話を聴いて、其程胸を打たれようとは、奈ど何うしても思はれなかつたのである。
省吾はそろ〳〵眠くなつたと見え、姉に倚より凭かゝつた儘まゝ、首を垂れて了しまつた。お志保はいろ〳〵に取とり賺すかして、動ゆすつて見たり、私さゝ語やいて見たりしたが、一向に感覚が無いらしい。
﹃これ――もうすこし起きておいでなさいよ。他ひと様さまが見て笑ふぢや有ありませんか。﹄と叱るやうに言つた。奥様は引取つて、
﹃其処へ寝かして置くが可いゝやね。ナニ、子供のことだもの。﹄
﹃真ほん実とに未まだ児ねん童ねえで仕方が有ません。﹄
斯う言つて、お志保は省吾を抱直した。殆んど省吾は何にも知らないらしい。其時丑松が顔を差出したので、お志保も是こち方らを振向いた。お志保は文平を見て、奥様を見て、それから丑松を見て、紅あかくなつた。
︵五︶
法話の第三部は白隠に関する伝説を主にしたものであつた。昔、飯山の正しや受うじ菴ゆあんに恵端禅師といふ高僧が住んだ。白隠が斯の人を尋ねて、飯山へやつて来たのは、まだ道を求めて居る頃。参禅して教を聴く積りで、来て見ると、掻集めた木この葉はを背負ひ乍らとぼ〳〵と谷たに間あひを帰つて来る人がある。散ざん切ぎり頭あたまに、髯ひげ茫ばう々〳〵。それと見た白隠は切込んで行つた。﹃そもさん。﹄斯かういふ熱心は、漸やうやく三回目に、恵端の為に認められたといふ。それから朝夕師として侍かしづいて居たが、さて終しまひには、白隠も問答に究して了しまつた。究するといふよりは、絶望して了つた。あゝ、彼あ様んな問を出すのは狂きち人がひだ、と斯う師匠のことを考へるやうに成つて、苦しさのあまりに其処を飛出したのである。思案に暮れ乍ら、白隠は飯山の町はづれを辿つた。丁度収とり穫いれの頃で、堆うづ高だかく積上げた穀物の傍に仆たふれて居ると、農夫の打つ槌つちは誤つて斯この求道者を絶息させた。夜露が口に入る、目が覚める、蘇いき生かへると同時に、白隠は悟つた。一説に、彼は町はづれで油売に衝つき当あたつて、其油に滑つて、悟つたともいふ。静じや観うく庵わんあんとして今日迄残つて居るのは、この白隠の大悟した場処を記念する為に建てられたものである。
斯の伝説は兎とに角かく若いものゝ知らないことであつた。それから自分の意見を述べて、いよ〳〵結くゝ末りといふ段になると、毎いつ時も住職は同じやうな説教の型に陥る。自力で道に入るといふことは、白隠のやうな人物ですら容易で無い。吾他力宗は単ひと純へに頼むのだ。信ずるのだ。導かれるのだ。凡夫の身をもつて達するのだ。呉々も自おの己れを捨てゝ、阿あみ弥だに陀よ如ら来いを頼み奉るの外は無い。斯う住職は説き終つた。
﹃なむあみだぶ、なむあみだぶ。﹄
と人々の唱へる声は暫しば時らく止まなかつた。多くの賽銭はまた畳の上に集つた。お志保も殊勝らしく掌てを合せて、奥様と一緒に唱へて居たが、涙は其若い頬を伝つて絶とめ間ども無く流れ落ちたのである。
やがて聴衆は珠数を提さげて帰つて行つた。奥様も、お志保も、今は座を離れて、円柱の側に佇たゝ立ずみ乍ら、人々に挨拶したり見送つたりした。雪がまた降つて来たといふので、本堂の入口は酷ひどく雑踏する。女連は多く後になつた。殊に思ひ〳〵の風俗して、時の流はや行りに後れまいとする町の娘の有様は、深く〳〵お志保の注意を引くのであつた。お志保は熟じつと眺め入り乍ら、寺住の身と思比べて居たらしいのである。
﹃や、どうも今晩の御説教には驚きましたねえ。﹄と文平は住職に近いて言つた。﹃実に彼の白隠の歴史には感服して了ひました。まあ、始めてです、彼あ様ゝいふ御話を伺つたことは。あの白隠が恵端禅師の許ところへ尋ねて行く。あそこのところが私は気に入りました。斯う向ふの方から、掻集めた木葉を背負ひ乍ら、散切頭に髯茫々といふ姿で、とぼ〳〵と谷間を帰つて来る人がある。そこへ白隠が切込んで行つた。﹁そもさん。﹂――彼あ様ゝいかなければ不い可けませんねえ。﹄と身振手真似を加へて喋しや舌べりたてたので、住職はもとより、其を聞く人々は笑はずに居られなかつた。さうかうする中に、聴衆は最も早う悉すつ皆かり帰つて了ふ。急に本堂の内は寂しく成る。若僧や子坊主は多いそ忙がしさうに後片付。庄馬鹿は腰を曲こゞめ乍ら、畳の上の賽銭を掻集めて歩いた。
其時は最も早う丑松の姿が本堂の内に見えなかつた。丑松は省吾を連れて、蔵裏の方へ見送つて行つてやつた。丁度文平が奥様やお志保の側で盛んに火花を散らして居る間に、丑松は黙つて省吾を慰いた撫はつたり、人の知らない面倒を見て遣つたりして居たのである。
第拾六章
︵一︶
次第に丑松は学校へ出勤するのが苦しく成つて来た。ある日、あまりの堪へがたさに、欠席の届を差出した。其朝は遅くまで寝て居た。八時打ち、九時打ち、軈やがて十時打つても、まだ丑松は寝て居た。窓の障しや子うじは冬の日をうけて、其光が部屋の内へ射しこんで来たのに、丑松は枕まく頭らもとを照らされても、まだそれでも起きることが出来なかつた。下女の袈裟治は部屋々々の掃除を済すまして、最も早うとつくに雑ざふ巾きん掛がけまで為して了しまつた。幾度か二階へも上つて来て見た。来て見ると、丑松は疲れて、蒼あをざめて、丁度酣たべ酔すごした人のやうに、寝床の上に倒れて居る。枕頭は取散らした儘まゝ。あちらの隅に書物、こちらの隅に風呂敷包、すべて斯の部屋の内に在る道具といへば、各めい自〳〵勝手に乗出して踊つたり跳ねたりした後のやうで、其乱雑な光あり景さまは部屋の主人の心の内な部かを克よく想像させる。軈てまた袈裟治が湯ゆわ沸かしを提げて入つて来た時、漸やうやく丑松は起上つて、茫ぼん然やりと寝床の上に座つて居た。寝過ぎと衰おと弱ろへとから、恐しい苦痛の色を顔に表して、半分は未だ眠り乍ら其処に座つて居るかのやう。﹃御飯を持つて来ませうか。﹄斯う袈裟治が聞いて見ても、丑松は食ふ気に成らなかつたのである。
﹃あゝ、気分が悪くて居なさると見える。﹄
と独ひと語りごとのやうに言ひ乍ら、袈裟治は出て行つた。
それは北国の冬らしい、寂しい日であつた。ちひさな冬の蠅は斯の部屋の内に残つて、窓の障子をめがけては、あちこち〳〵と天井の下を飛びちがつて居た。丑松が未だ斯の寺へ引越して来ないで、あの鷹匠町の下宿に居た頃は、煩うるさいほど沢山蠅の群が集つて、何ど処こから塵ほこ埃りと一緒に舞込んで来たかと思はれるやうに、鴨居だけばかりのところを組くんづ離ほぐれつしたのであつた。思へば秋風を知つて、短い生いの命ちを急いだのであらう。今は僅かに生残つたのが斯うして目につく程の季節と成つた。丑松は眺め入つた。眺め入り乍ら、十二月の近いたことを思ひ浮べたのである。
斯かうして、働けば働ける身をもつて、何なんにも為せずに考へて居るといふことは、決して楽では無い。官費の教育を享うけたかはりに、長い義務年限が纏つき綿まとつて、否でも応でも其間厳重な規則に服した従がはなければならぬ、といふことは――無論、丑松も承知して居る。承知して居乍ら、働く気が無くなつて了つた。噫あゝ、朝寝の床は絶望した人を葬る墓のやうなもので有らう。丑松は復たそこへ倒れて、深い睡ねむ眠りに陥おち入いつた。
︵二︶
﹃瀬川先生、御客様でやすよ。﹄
と喚よび起おこす袈裟治の声に驚かされて、丑松は銀之助が来たことを知つた。銀之助ばかりでは無い、例の準教員も勤つと務めの儘の服みな装りでやつて来た。其日は、地方を巡回して歩く休職の大尉とやらが軍事思想の普及を計る為、学校の生徒一同に談はな話しをして聞かせるとかで、午後の課業が休みと成つたから、一寸暇を見て尋ねて来たといふ。丑松は寝床の上に起直つて、半ば夢のやうに友達の顔を眺めた。
﹃君――寝て居たまへな。﹄
斯う銀之助は無造作な調子で言つた。真実丑松をいたはるといふ心が斯この友達の顔色に表れる。丑松は掛蒲団の上にある白い毛布を取つて、丁度褞どて袍らを着たやうな具合に、其を身に纏まとひ乍ら、
﹃失敬するよ、僕は斯こ様んなものを着て居るから。ナニ、君、其そん様なに酷ひどく不わ良るくも無いんだから。﹄
﹃風か邪ぜですか。﹄と準教員は丑松の顔を熟みま視もる。
﹃まあ、風邪だらうと思ふんです。昨夜から非常に頭が重くて、奈ど何うしても今朝は起きることが出来ませんでした。﹄と丑松は準教員の方へ向いて言つた。
﹃道理で、顔色が悪い。﹄と銀之助は引取つて、﹃インフルヱンザが流は行やるといふから、気をつけ給へ。何か君、飲んで見たら奈何だい。焼味噌のすこし黒くろ焦こげに成つたやつを茶漬茶椀かなんかに入れて、そこへ熱にえ湯ゆを注つぎ込こんで、二三杯もやつて見給へ。大抵の風邪は愈なほつて了しまふよ。﹄と言つて、すこし気を変へて、﹃や、好い物を持つて来て、出すのを忘れた――それ、御おみ土や産げだ。﹄
斯かう言つて、風呂敷包の中から取出したのは、十一月分の月給。
﹃今日は君が出て来ないから、代理に受取つて置いた。﹄と銀之助は言葉を続けた。
﹃克よく改めて見て呉れ給へ――まあ有る積りだがね。﹄
﹃それは難有う。﹄と丑松は袋入りの銀貨取混ぜて受取つて、﹃確に。して見ると今日は二十八日かねえ。僕はまた二十七日だとばかり思つて居た。﹄
﹃はゝゝゝゝ、月給取が日を忘れるやうぢやあ仕様が無い。﹄と銀之助は反そり返かへつて笑つた。
﹃全く、僕は茫ぼん然やりして居た。﹄と丑松は自分で自分を励ますやうにして、﹃今月は君、小だらう。二十九、三十と、十一月も最も早う二日しか無いね。あゝ今年も僅かに成つたなあ。考へて見ると、うか〳〵して一年暮して了つた――まあ、僕なぞは何なんにも為なかつた。﹄
﹃誰だつて左さ様うさ。﹄と銀之助も熱心に。
﹃君は好いよ。君はこれから農科大学の方へ行つて、自分の好きな研究が自由にやれるんだから。﹄
﹃時に、僕の送別会もね、生徒の方から明日にしたいと言出したが――﹄
﹃明日に?﹄
﹃しかし、君も斯うして寝て居るやうぢやあ――﹄
﹃なあに、最早愈なほつたんだよ。明日は是非出掛ける。﹄
﹃はゝゝゝゝ、瀬川君の病気は不わ良るくなるのも早いし、快よくなるのも早い。まあ大病人のやうに呻う吟なつてるかと思ふと、また虚う言そを言つたやうに愈なほるから不思議さ――そりやあ、もう、毎いつ時も御極りだ。それはさうと、斯うして一緒に馬鹿を言ふのも僅かに成つて来た。其内に御別れだ。﹄
﹃左様かねえ、君はもう行つて了ふかねえ。﹄
斯ういふ言葉を取交して、二人は互に感慨に堪へないといふ様子であつた。其時迄、黙つて二人の談はな話しを聞いて、巻煙草ばかり燻ふかして居た準教員は、唐だし突ぬけに斯こ様んなことを言出した。
﹃今日僕は妙なことを聞いて来た。学校の職員の中に一人新平民が隠れて居るなんて、其そ様んなことを町の方で噂うはさするものが有るさうだ。﹄
︵三︶
﹃誰が其様なことを言出したんだらう。﹄と銀之助は準教員の方へ向いて言つた。
﹃誰が言出したか、其は僕も知らないがね。﹄と準教員はすこし困こ却まつたやうな調子で、﹃要するに、人の噂に過ぎないんだらうと思ふんだ。﹄
﹃噂にもよりけりさ。其様なことを言はれちやあ、大に吾われ儕〳〵が迷惑するねえ。克よく町の人は種いろ々〳〵なことを言触らす。やれ、女の教員が奈ど何うしたの、男の教員が斯か様うしたのツて。何な故ぜ、左さ様う人の噂が為たいんだらう。そんなら、君、まあ学校の職員を数へて見給へ。穢多らしいやうな顔付のものが吾儕の中にあるかい。実に怪しからんことを言ふぢやないか――ねえ、瀬川君。﹄
斯う言つて、銀之助は丑松の方を見た。丑松は無言で、白い毛布に身を包んだまゝ。
﹃はゝゝゝゝ。﹄と銀之助は笑ひ出した。﹃校長先生は随分几きち帳やう面めんな方だが、なんぼなんでも新平民とは思はれないし、と言つて、教員仲間に其様なものは見当りさうも無い。左様さなあ――いやに気取つてるのは勝野君だ――まあ、其様な嫌疑のかゝるのは勝野君位のものだ。﹄
﹃まさか。﹄と準教員も一緒になつて笑つた。
﹃そんなら、君、誰だと思ふ。﹄と銀之助は戯れるやうに、﹃さしづめ、君ぢやないか。﹄
﹃馬鹿なことを言ひ給へ。﹄と準教員はすこし憤む然つとする。
﹃はゝゝゝゝ、君は直に左さ様う怒おこるから不いか可ん。なにも君だと言つた訳では無いよ。真ほん箇たうに、君のやうな人には戯じよ語うだんも言へない。﹄
﹃しかし。﹄と準教員は真ま面じ目めに成つて、﹃是これがもし事実だと仮定すれば――﹄
﹃事実? 到たう底てい其様なことは有得べからざる事実だ。﹄と銀之助は聞入れなかつた。﹃何故と言つて見給へ。学校の職員は大抵出でど処こが極きまつて居る。君等のやうに講習を済まして来た人か、勝野君のやうに検定試験から入つて来た人か、または吾われ儕〳〵のやうに師範出か――是より外には無い。若もし吾儕の中に其そ様んな人が有るとすれば、師範校時代にもう知れて了ふね。卒業する迄も其が知れずに居るなんてことは、寄宿舎生活が許さないさ。検定試験を受けるやうな人は、いづれ長く学校に関係した連中だから、是も知れずに居る筈が無し、君等の方はまた猶なほ更さらだらう。それ見給へ。今になつて、突然其様なことを言触らすといふは、すこし可を笑かしいぢやないか。﹄
﹃だから――﹄と準教員は言葉に力を入れて、﹃僕だつても事実だと言つた訳では無いサ。若もし事実だと仮定すれば、と言つたんサ。﹄
﹃若もしかね。はゝゝゝゝ。君の言ふ若は仮定する必要の無い若だ。﹄
﹃左さ様う言へばまあ其迄だが、しかし万一其そ様んなことが有るとすれば、奈ど何ういふ結果に成つて行くものだらう――僕は考へたばかりでも恐しいやうな気がする。﹄
銀之助は答へなかつた。二人の客はもうそれぎり斯こ様んな話を為なかつた。
軈やがて二人が言葉を残して出て行かうとした時は、丑松は喪心した人のやうで、其顔色は白い毛布に映つて、一層蒼ざめて見えたのである。﹃あゝ、瀬川君は未だ快よくないんだらう。﹄斯かう銀之助は自分で自分に言ひ乍ら、準教員と一緒に楼はし梯ごだんを下りて行つた。
暫しば時らく丑松は茫然として部屋の内を眺め廻して居たが、急に寝床を片付けて、着物を着更へて見た。不ふ図と思ひついたやうに、押入の隅のところに隠して置いた書物を取出した。それはいづれも蓮太郎を思出させるもので、彼の先輩が心血と精力とを注ぎ尽したといふ﹃現代の思潮と下層社会﹄、小冊子には﹃平凡なる人﹄、﹃労働﹄、﹃貧しきものゝ慰め﹄、それから﹃懴悔録﹄なぞ。丑松は一々内な部かを好く改めて見て、蔵書の印がはりに捺おして置いた自分の認みと印めを消して了つた。ほかに、床の間に置並べた語学の参考書の中から、五六冊不要なのを抜取つて、塵ほこ埃りを払つて、一緒にして風呂敷に包んで居ると、丁度そこへ袈裟治が入つて来た。
﹃御出掛?﹄
斯う声を掛ける。丑松はすこし周あ章わてたといふ様子して、別に返事もしないのであつた。
﹃この寒いのに御出掛なさるんですか。﹄と袈裟治は呆あきれて、蒼あをざめた丑松の顔を眺めた。﹃気分が悪くて寝て居なさる人が――まあ。﹄
﹃いや、もう悉すつ皆かり快くなつた。﹄
﹃ほゝゝゝゝ。それはさうと、御おな腹かが空きやしたらう。何か食べて行きなすつたら――まあ、貴あん方たは今朝から何なんにも食べなさらないぢやごはせんか。﹄
丑松は首を振つて、すこしも腹は空かないと言つた。壁に懸けてある外ぐわ套いたうを除はづして着たのも、帽子を冠つたのも、着る積りも無く着、冠る積りも無く冠つたので、丁度感覚の無い器械が動くやうに、自分で自分の為することを知らない位であつた。丑松はまた、友達が持つて来て呉れた月給を机の抽ひき匣だしの中へ入れて、其内を紙の袋のまゝ袂へも入れた。尤も幾いく許ら置いて、幾許自分の身に着けたか、それすら好くは覚えて居ない。斯うして書物の包を提げて、成るべく外套の袖で隠すやうにして、軈てぶらりと蓮華寺の門を出た。
︵四︶
雪は往来にも、屋根の上にもあつた。﹃みの帽子﹄を冠り、蒲がまの脛はゞ穿きを着け、爪つま掛かけを掛けた多くの労働者、または毛布を頭から冠つて深く身を包んで居る旅人の群――其そ様んな手合が眼めの前まへを往つたり来たりする。人や馬の曳く雪ゆき橇ぞりは幾いく台つか丑松の側を通り過ぎた。
長い廻廊のやうな雪ゆき除よけの﹃がんぎ﹄︵軒のき廂びさし︶も最も早う役に立つやうに成つた。往来の真中に堆うづ高だかく掻集めた白い小山の連つゞ接きを見ると、今に家々の軒丈よりも高く降り積つて、これが飯山名物の﹃雪山﹄と唄うたはれるかと、冬期の生なり活はひの苦くる痛しみを今更のやうに堪へがたく思出させる。空の模様はまた雪にでも成るか。薄い日のひかりを眺めたばかりでも、丑松は歩き乍ら慄ふるへたのである。
上かみ町まちの古本屋には嘗かつて雑誌の古を引取つて貰つた縁故もあつた。丁度其店みせ頭さきに客の居なかつたのを幸さいはひ、ついと丑松は帽子を脱いで入つて、例の風呂敷包を何気なく取出した。﹃すこしばかり書ほ籍んを持つて来ました――奈ど何うでせう、是これを引取つて頂きたいのですが。﹄と其を言へば、亭主は直に丑松の顔色を読んで、商あき人んどらしく笑つて、軈やがて膝を進め乍ら風呂敷包を手前へ引寄せた。
﹃ナニ、幾いく許らでも好いんですから――﹄
と丑松は添つけ加たして言つた。
亭主は風呂敷包を解ほどいて、一冊々々書物の表紙を調べた揚句、それを二通りに分けて見た。語学の本は本で一通り。兎も角も其それ丈だけは丁寧に内なか部みを開けて見て、それから蓮太郎の著したものは無造作に一方へ積重ねた。
﹃何いか程ほどばかりで是は御譲りに成る御積りなんですか。﹄と亭主は丑松の顔を眺めて、さも持余したやうに笑つた。
﹃まあ、貴方の方で思つたところを附けて見て下さい。﹄
﹃どうも是節は不景気でして、一向に斯かういふものが捌はけやせん。御引取り申しても好うごはすが、しかし金高があまり些いさ少ゝかで。実は申上げるにしやしても、是こち方らの英語の方だけの御おね直だ段んで、新刊物の方はほんの御ごあ愛いけ嬌う――﹄と言つて、亭主は考へて、﹃こりや御持帰りに成りやした方が御為かも知れやせん。﹄
﹃折せつ角かく持つて来たものです――まあ、左様言はずに、引取れるものなら引取つて下さい。﹄
﹃あまり些いさ少ゝかですが、好うごはすか。そんなら、別々に申上げやせうか。それとも籠こめて申上げやせうか。﹄
﹃籠めて言つて見て下さい。﹄
﹃奈いか何ゞでせう、精一杯なところを申上げて、五十五銭。へゝゝゝゝ。それで宜よろしかつたら御引取り申して置きやす。﹄
﹃五十五銭?﹄
と丑松は寂しさうに笑つた。
もとより何いく程らでも好いから引取つて貰ふ気。直に話は纏まとまつた。あゝ書物ばかりは売るもので無いと、予かねて丑松も思はないでは無いが、然しこゝへ持つて来たのは特別の事情がある。やがて自分の宿処と姓名とを先さ方きの帳面へ認したゝめてやつて、五十五銭を受取つた。念の為、蓮太郎の著したものだけを開けて見て、消して持つて来た瀬川といふ認みと印めのところを確めた。中に一冊、忘れて消して無いのがあつた。﹃あ――ちよつと、筆を貸して呉れませんか。﹄斯う言つて、借りて、赤々と鮮あざ明やかに読まれる自分の認印の上へ、右からも左からも墨黒々と引いた。
﹃斯うして置きさへすれば大丈夫。﹄――丑松の積りは斯うであつた。彼の心は暗かつたのである。思ひ迷ふばかりで、実は奈ど何うしていゝか解らなかつたのである。古本屋を出て、自分の為したことを考へ乍ら歩いた時は、もう哭なきたい程の思に帰つた。
﹃先生、先生――許して下さい。﹄
と幾度か口の中で繰返した。其時、あの高柳に蓮太郎と自分とは何の関係も無いと言つたことを思出した。鋭い良心の詰とが責めは、身を衛まもる余儀なさの弁いひ解わけと闘つて、胸には刺されるやうな深い〳〵悲いた痛みを感ずる。丑松は羞はぢたり、畏おそれたりしながら、何処へ行くといふ目めあ的ても無しに歩いた。
︵五︶
一ぜんめし、御おん酒さけ肴さかな、笹屋、としてあるは、かねて敬之進と一緒に飲んだところ。丑松の足は自然とそちらの方へ向いた。表の障子を開けて入ると、そここゝに二三の客もあつて、飲のみ食くひして居る様子。主かみ婦さんは流なが許しもとへ行つたり、竈かまどの前に立つたりして、多いそ忙がしさうに尻しり端はし折をりで働いて居た。
﹃主か婦みさん、何か有ますか。﹄
斯かう丑松は声を掛けた。主婦は煤すゝけた柱の傍に立つて、手を拭ふき乍ながら、
﹃生あい憎にく今こん日ちは何なんにも無くて御気の毒だいなあ。川魚の煮たいたのに、豆腐の汁つゆならごはす。﹄
﹃そんなら両方貰ひませう。それで一杯飲まして下さい。﹄
其時、一人の行商が腰掛けて居た樽たるを離れて、浅黄の手拭で頭を包み乍ら、丑松の方を振返つて見た。雪靴の儘まゝで柱に倚より凭かゝつて居た百姓も、一寸盗むやうに丑松を見た。主かみ婦さんが傾かしげた大徳利の口を玻コ璃ッ杯プに受けて、茶色に気いきの立つ酒をなみ〳〵と注いで貰ひ、立つて飲み乍ら、上目で丑松を眺める橇そり曳ひきらしい下等な労働者もあつた。斯ういふ風に、人々の視線が集まつたのは、兎とに角かく毛色の異かはつた客が入つて来た為、放ほし肆いまゝな雑談を妨さまたげられたからで。尤もつとも斯この物見高い沈黙は僅かの間であつた。やがて復また盛んな笑声が起つた。炉ろの火も燃え上つた。丑松は炉ろば辺たに満ち溢あふれる﹃ぼや﹄の烟のにほひを嗅かぎ乍ながら、そこへ主婦が持出した胡くる桃みあ足しの膳を引寄せて、黙つて飲んだり食つたりして居ると、丁度出て行く行商と摺違ひに釣の道具を持つて入つて来た男がある。
﹃よう、めづらしい御客様が来てますね。﹄
と言ひ乍ら、釣竿を柱にたてかけたのは敬之進であつた。
﹃風間さん、釣ですか。﹄斯かう丑松は声を掛ける。
﹃いや、どうも、寒いの寒くないのツて。﹄と敬之進は丑松と相さし対むかひに座を占めて、﹃到とて底も川端で辛棒が出来ないから、廃やめて帰つて来た。﹄
﹃ちつたあ釣れましたかね。﹄と聞いて見る。
﹃獲えも物の無しサ。﹄と敬之進は舌を出して見せて、﹃朝から寒い思をして、一匹も釣れないでは君、遣やり切きれないぢやないか。﹄
其調子がいかにも可を笑かしかつた。盛んな笑声が百姓や橇そり曳ひきの間に起つた。
﹃不とり取あへ敢ず、一つ差上げませう。﹄と丑松は盃さかづきの酒を飲乾して薦すゝめる。
﹃へえ、我輩に呉れるのかね。﹄と敬之進は目を円まるくして、﹃こりやあ驚いた。君から盃を貰はうとは思はなかつた――道理で今日は釣れない訳だよ。﹄と思はず流れ落ちる涎よだれを拭つたのである。
間も無く酒てう瓶しの熱いのが来た。敬之進は寒さと酒慾とで身を震はせ乍ら、さも〳〵甘うまさうに地酒の香を嗅いで見て、
﹃しばらく君には逢あはなかつたやうな気がするねえ。我輩も君、学校を休やめてから別に是これといふ用が無いもんだから、斯こ様んな釣なぞを始めて――しかも、拠よんどころなしに。﹄
﹃何ですか、斯の雪の中で釣れるんですか。﹄と丑松は箸を休やめて対手の顔を眺めた。
﹃素しろ人うとは其だから困る。尤も我輩だつて素人だがね。はゝゝゝゝ。まあ商売人に言はせると、冬はまた冬で、人の知らないところに面白味がある。ナニ、君、風さへ無けりや、左さ様う思つた程でも無いよ。﹄と言つて、敬之進は一口飲んで、﹃然し、瀬川君、考へて見て呉れ給へ。何が辛いと言つたつて、用が無くて生きて居るほど世の中に辛いことは無いね。家内やなんかが々せつせと働いて居る側で、自分ばかり懐ふと手ころでして見ても居られずサ。まだそれでも、斯うして釣に出られるやうな日は好いが、屋そ外とへも出られないやうな日と来ては、実に我輩は為する事が無くて困る。左様いふ日には、君、他に仕方が無いから、まあ昼寝を為ることに極きめてね――﹄
至極真面目で、斯こ様んなことを言出した。この﹃昼寝を為ることに極めてね﹄が酷ひどく丑松の心を動かしたのである。
﹃時に、瀬川君。﹄と敬之進は酒さけ徒のみらしい手付をして、盃を取上げ乍ら、﹃省吾の奴も長々君の御世話に成つたが、種いろ々〳〵家の事情を考へると、どうも我輩の思ふやうにばかりもいかないことが有るんで――まあ、その、学校を退ひかせようかと思ふのだが、君、奈ど何うだらう。﹄
︵六︶
﹃そりやあもう我輩だつて退校させたくは無いさ。﹄と敬之進は言葉を続けた。﹃せめて普通教育位は完全に受けさせたいのが親の情さ。来年の四月には卒業の出来るものを、今茲こゝで廃やめさせて、小僧奉公なぞに出して了しまふのは可愛さうだ、とは思ふんだが、実際止むを得んから情ない。彼あ様んな茫ぼん然やりした奴やつだが、万まん更ざら学問が嫌ひでも無いと見えて、学校から帰ると直に机に向つては、何か独りでやつてますよ。どうも数学が出来なくて困る。其かはり作文は得意だと見えて、君から﹁優﹂なんて字を貰つて帰つて来ると、それは大おほ悦よろこびさ。此こな頃ひだも君に帳面を頂いた時なぞは、先生が作文を書けツて下すつたと言つてね、まあ君どんなに喜びましたらう。その嬉しがりやうと言つたら、大切に本箱の中へ入れて仕舞つて置いて、何度出して見るか解らない位さ。彼あの晩は寝言にまで言つたよ。それ、左さ様ういふ風だから、兎とに角かくやる気では居るんだねえ。其を思ふと廃して了へと言ふのは実際可愛さうでもある。しかし、君、我輩のやうに子供が多勢では左どうにも右かうにも仕様が無い。一概に子供と言ふけれど、その子供がなか〳〵馬鹿にならん。悪いた戯づらなくせに、大おほ飯めし食ぐらひばかり揃つて居て――はゝゝゝゝ、まあ君だから斯こ様んなことまでも御話するんだが、まさか親の身として、其そん様なに食ふな、三杯位にして節ひかへて置け、なんて過あん多まり吝けち嗇〳〵したことも言へないぢやないか。﹄
斯ういふ述懐は丑松を笑はせた。敬之進も亦また寂しさうに笑つて、
﹃ナニ、それもね、継まゝ母はゝででも無けりや、またそこにもある。省吾の奴を奉公にでも出して了つたら、と我輩が思ふのは、実は今の家内との折合が付かないから。我輩はお志保や省吾のことを考へる度に、どの位あの二人の不ふし幸あはせを泣いてやるか知れない。奈ど何うして継母といふものは彼あん様な邪推深いだらう。此こな頃ひだも此頃で、ホラ君の御寺に説教が有ましたらう。彼あの晩ばん、遅くなつて省吾が帰つて来た。さあ、家内は火のやうになつて怒つて、其そん様なに姉さんのところへ行きたくば最も早う家うちなんぞへ帰らなくても可いゝ。出て行つて了へ。必きつ定とまた御寺へ行つて余計なことをべら〳〵喋しや舌べつたらう。必定また姉さんに悪い智慧を付けられたらう。だから私の言ふことなぞは聞かないんだ。斯う言つて、家内が責める。すると彼あい奴つは気が弱いもんだから、黙つて寝床の内へ潜り込んで、しく〳〵やつて居ましたつけ。其時、我輩も考へた。寧いつそこりや省吾を出した方が可いゝ。左さ様うすれば、口は減るし、喧けん嘩くわの種は無くなるし、あるひは家う庭ちが一もつ層と面白くやつて行かれるかも知れない。いや――どうかすると、我輩は彼あの省吾を連れて、二人で家うちを出て了はうか知らん、といふやうな気にも成るのさ。あゝ。我輩の家う庭ちなぞは離散するより外ほかに最も早う方法が無くなつて了つた。﹄
次第に敬之進は愚痴な本性を顕した。酒気が身体へ廻つたと見えて、頬も、耳も、手までも紅あかく成つた。丑松は又、一向顔色が変らない。飲めば飲む程、反かへつて頬は蒼あを白じろく成る。
﹃しかし、風間さん、左さ様う貴方のやうに失望したものでも無いでせう。﹄と丑松は言ひ慰めて、﹃及ばず乍ら私も力に成つて上げる気で居るんです。まあ、其盃を乾したら奈ど何うですか――一つ頂きませう。﹄
﹃え?﹄と敬之進はちら〳〵した眼付で、不思議さうに対あひ手ての顔を眺めた。﹃これは驚いた。盃を呉れろと仰るんですか。へえ、君は斯の方もなか〳〵いけるんだね。我輩は又、飲めない人かとばかり思つて居た。﹄
と言つて盃をさす。丑松は其を受取つて、一息にぐいと飲のみ乾ほして了つた。
﹃烈しいねえ。﹄と敬之進は呆あきれて、﹃君は今日は奈ど何うかしやしないか。左さ様う君のやうに飲んでも可いゝのか。まあ、好加減にした方が好からう。我輩が飲むのは不思議でも何でも無いが、君が飲むのは何だか心配で仕様が無い。﹄
﹃何な故ぜ?﹄
﹃何故ツて、君、左様ぢやないか。君と我輩とは違ふぢや無いか。﹄
﹃はゝゝゝゝ。﹄
と丑松は絶望した人のやうに笑つた。
︵七︶
何か敬之進は言ひたいことが有つて、其を言ひ得ないで、深い溜息を吐くといふ様子。其時はもう百姓も、橇そり曳ひきも出て行つて了つた。余念も無く流なが許しもとで鍋なべを鳴らして居る主かみ婦さん、裏口の木戸のところに佇たゝ立ずんで居る子供、この人達より外に二人の談はな話しを妨さまたげるものは無かつた。高い天井の下に在るものは、何もかも暗く煤すゝけた色を帯びて、昔の街道の名なご残りを顕あらはして居る。あちらの柱に草わら鞋ぢ、こちらの柱に干かん瓢ぺう、壁によせて黄な南かぼ瓜ちやいくつか並べてあるは、いかにも町はづれの古い茶屋らしい。土間も広くて、日あたりに眠る小猫もあつた。寒さの為に身を潜すくめ乍ら目を瞑つて居る鶏もあつた。
薄い日の光は明あか窓りまどから射して、軒から外へ泄もれる煙の渦を青白く照した。丑松は茫然と思ひ沈んで、炉ろに燃え上る﹃ぼや﹄の焔ほのほを熟み視つめて居た。赤々とした火の色は奈どん何なに人の苦痛を慰めるものであらう。のみならず、強ひて飲んだ地酒の酔心地から、やたらに丑松は身を慄ふるはせて、時には人目も関はず泣きたい程の思に帰つた。あゝ声を揚げて放ほし肆いまゝに泣いたなら、と思ふ心は幾度起るか知れない。しかし涙は頬を霑うるほさなかつた――丑松は嗚すゝ咽りなくかはりに、大きく口を開いて笑つたのである。
﹃あゝ。﹄と敬之進は嘆息して、﹃世の中には、十年も交つき際あつて居て、それで毎いつ時でも初対面のやうな気のする人も有るし、又、君のやうに、其そん様なに深い懇意な仲で無くても、斯うして何もかも打明けて話したい人が有る。我輩が斯こ様んな話をするのは、実際、君より外に無い。まあ、是非君に聞いて貰ひたいと思ふことが有るんでね。﹄とすこし言淀んで、﹃実は――此こな頃ひだ久し振で娘に逢ひました。﹄
﹃お志保さんに?﹄丑松の胸は何となく踊るのであつた。
﹃といふのは、君、あの娘この方から逢つて呉れろといふ言こと伝づけがあつて――尤もつとも、我輩もね、君の知つてる通り蓮華寺とは彼あ様ゝいふ訳だし、それに家内は家内だし、するからして、成るべく彼の娘には逢はないやうにして居る。ところが何か相談したいことが有ると言ふもんだから、まあ、その、久し振で逢つて見た。どうも若いものがずん〳〵大きく成るのには驚いて了ふねえ。まるで見違へる位。それで君、何の相談かと思ふと、最も早う々/々\奈ど何うしても蓮華寺には居られない、一日も早く家うちへ帰るやうにして呉れ、頼む、と言ふ。事情を聞いて見ると無理もない。其時我輩も始めて彼の住職の性質を知つたやうな訳サ。﹄
と言つて、敬之進は一寸徳利を振つて見た。生あい憎にく酒は盃さかづきに満たなかつた。やがて一口飲んで、両手で口の端はたを撫なで廻して、
﹃斯かうです。まあ、君、聞いて呉れ給へ。よく世間には立派な人物だと言はれて居ながら、唯女をん性なといふものにかけて、非常に弱い性た質ちの男があるものだね。蓮華寺の住職も矢やは張り其だらうと思ふよ。彼あれ程ほど学問もあり、弁才もあり、何一つ備はらないところの無い好い人で、殊ことに宗をし教への方の修行もして居ながら、それでまだ迷が出るといふのは、君、奈ど何ういふ訳だらう。我輩は娘から彼あの住職のことを聞いた時、どうしても其が信じられなかつた。いや、嘘だとしか思はれなかつた。実に人は見かけによらないものさね。ホラ、彼の住職も長いこと西京へ出張して居ましたよ。丁度帰つて来たのは、君が郷里の方へ行つて留守だつた時さ。それからといふものは、まあ娘に言はせると、奈ど何うしても養おと父つさんの態しむ度けとは思はれないと言ふ。かりそめにも仏の御弟子ではないか。袈け裟さを着つけて教を説く身分ではないか。自分の職業に対しても、もうすこし考へさうなものだと思ふんだ。あまり浅あさ猿ましい、馬鹿馬鹿しいことで、他ひとに話も出来ないやね。奥様はまた奥様で、彼あ様ゝいふ性質の女だから、人並勝れて嫉しつ妬とぶ深かいと来て居る。娘はもう悲いやら恐しいやらで、夜も碌々眠られないと言ふ。呆あきれたねえ、我輩も是この話を聞いた時は。だから、君、娘が家うちへ帰りたいと言ふのは、実際無理もない。我輩だつて、其様なところへ娘を遣やつて置きたくは無い。そりやあもう一日も早く引取りたい。そこがそれ情ないことには、今の家内がもうすこし解つて居て呉れると、奈ど何うにでもして親子でやつて行かれないことも有るまいと思ふけれど、現に省吾一人にすら持余して居るところへ、またお志保の奴が飛込んで来て見給へ――到とて底も今の家内と一緒に居られるもんぢや無い。第一、八人の親子が奈何して食へよう。其や是やを考へると、我輩の口から娘に帰れとは言はれないぢやないか。噫あゝ、辛抱、辛抱――出来ることを辛抱するのは辛抱でも何でも無い、出来ないところを辛抱するのが真ほん実たうの辛抱だ。行け、行け、心を毅しつ然かり持て。奥様といふものも附いて居る。その人の傍に居て離れないやうにしたら、よもや無理なことを言懸けられもしまい。たとへ先さ方きが親らしい行為をしない迄までも、これまで育てゝ貰つた恩義も有る。一旦蓮華寺の娘と成つた以上は、奈ど何んな辛いことがあらうと決して家うちへ帰るな。そこを勤め抜くのが孝行といふものだ。とまあ、賺すかしたり励はげましたりして、無理やりに娘を追立てゝやつたよ。思へば可愛さうなものさ。あゝ、あゝ、斯ういふ時に先の家内が生きて居たならば――﹄
敬之進の顔には真実と苦痛とが表れて、眼は涙の為に濡ぬれ輝いた。成程、左様言はれて見ると、丑松も思ひ当ることがないでもない。あの蓮華寺の内な部かの光あり景さまを考へると、何か斯う暗い雲が隅のところに蟠わだかまつて、絶えず其が家庭の累わづらひを引起す原も因とで、住職と奥様とは無言の間に闘つて居るかのやう――譬たとへば一方で日があたつて、楽しい笑声の聞える時でも、必ず一方には暴あ風ら雨しが近ちかづいて居る。斯ういふ感かん想じは毎日のやうに有つた。唯其は何処の家う庭ちにも克よくある角つの突づき合あひ――まあ、住職と奥様とは互ひに仏弟子のことだから、言はゞ高尚な夫婦喧嘩、と丑松も想像して居たので、よもや其雲のわだかまりがお志保の上にあらうとは思ひ設けなかつたのである。奥様がわざ〳〵磊らい落らくらしく装よそほつて、剽へう軽きんなことを言つて、男のやうな声を出して笑ふのも、其為だらう。紅なん涙だが克よくお志保の顔を流れるのも、其為だらう。どうもをかしい〳〵と思つて居たことは、この敬之進の話で悉すつ皆かり読めたのである。
長いこと二人は悄しよ然んぼりとして、互ひに無言の儘まゝで相さし対むかひに成つて居た。
第拾七章
︵一︶
勘定を済まして笹屋を出る時、始めて丑松は月給のうちを幾いく許ら袂たもとに入れて持つて来たといふことに気が着いた。それは銀貨で五十銭ばかりと、外に五円紙さ幣つ一枚あつた。父の存命中は毎月為かは替せで送つて居たが、今は其を為する必要も無いかはり、帰省の当時大分費つかつた為に斯この金かねが大切のものに成つて居る、彼かれ是これを考へると左様無暗には費はれない。しかし丑松の心は暗かつた。自分のことよりは敬之進の家族を憐むのが先で、兎とに角かく省吾の卒業する迄、月謝や何かは助けて遣やりたい――斯う考へるのも、畢つま竟りはお志保を思ふからであつた。
酔つて居る敬之進を家うちまで送り届けることにして、一緒に雪道を歩いて行つた。慄ふるへるやうな冷い風に吹かれて、寒さむ威さに抵てむ抗かひする力が全身に満ち溢あふれると同時に、丑松はまた精こゝ神ろの内な部かの方でもすこし勇気を回復した。並んで一緒に歩く敬之進は、と見ると――釣竿を忘れずに舁かついで来た程、其そん様なに酷ひどく酔つて居るとも思はれないが、しかし不規則な、覚束ない足あし許もとで、彼あつ方ちへよろ〳〵、是こつ方ちへよろ〳〵、どうかすると往来の雪の中へ倒れかゝりさうに成る。﹃あぶない、あぶない。﹄と丑松が言へば、敬之進は僅かに身を支へて、﹃ナニ、雪の中だ? 雪の中、結構――下手な畳の上よりも、結句是この方はうが気楽だからね。﹄これには丑松も持余して了しまつて、若もし是この雪ゆきの中で知らずに寝て居たら奈ど何うするだらう、斯う思ひやつて身を震はせた。斯の老朽な教育者の末路、彼の不幸なお志保の身の上――まあ、丑松は敬之進親子のことばかり思ひつゞけ乍ら随ついて行つた。
敬之進の住すま居ひといふは、どこから見ても古い粗造な農家風の草屋。もとは城しろ側わきの広小路といふところに士族屋敷の一つを構へたとか、其はもうずつと旧ふるい話で、下高井の方から帰つて来た時に、今のところへ移うつ住りすんだのである。入口の壁の上に貼付けたものは、克よく北信の地方に見かける御札で、烏の群れて居る光さ景まを表してある。土壁には大根の乾ひ葉ば、唐たう辛がらしなぞを懸け、粗末な葦よし簾ずの雪がこひもしてあつた。丁度其日は年ねん貢ぐを納めると見え、入口の庭に莚むしろを敷きつめ、堆うづ高だかく盛上げた籾もみは土間一ぱいに成つて居た。丑松は敬之進を助け乍ら、一緒に敷居を跨いで入つた。裏木戸のところに音作、それと見て駈寄つて、いつまでも昔忘れぬ従しも僕べらしい挨拶。
﹃今日は御おね年ん貢ぐを納めるやうにツて、奥おく様さんも仰おつしやりやして――はい、弟の奴も御手伝ひに連れて参じやした。﹄
斯ういふ言葉を夢中に聞捨てゝ、敬之進は其処へ倒れて了つた。奥の方では、怒いか気りを含んだ細君の声と一緒に、叱られて泣く子供の声も起る。﹃何したんだ、どういふもんだ――めた︵幾度も︶悪わる戯さしちや困るぢやないかい。﹄といふ細君の声を聞いて、音作は暫しば時らく耳を澄まして居たが、軈やがて思ひついたやうに、
﹃まあ、それでも旦那さんの酔ひなすつたことは。﹄
と旧むかしの主人を憐んで、助け起すやうにして、暗い障しや子うじの蔭へ押隠した。其時、口笛を吹き乍ら、入つて来たのは省吾である。
﹃省吾さん。﹄と音作は声を掛けた。﹃御願ひでごはすが、彼の地ぢや親うやさん︵ぢおやの訛なまり、地主の意︶になあ、早く来て下さいツて、左様言つて来て御おく呉んなんしよや。﹄
︵二︶
間も無く細君も奥の方から出て来て、其処に酔倒れて居る敬之進が復た〳〵丑松の厄介に成つたことを知つた。周まは囲りに集る子供等は、いづれも母親の思おも惑はくを憚はゞかつて、互に顔を見合せたり、慄ふるへたりして居た。流さす石がに丑松の手前もあり、音作兄弟も来て居るので、細君は唯夫を尻目に掛けて、深い溜息を吐くばかりであつた。毎度敬之進が世話に成ること、此こな頃ひだはまた省吾が結構なものを頂いたこと、其それや是これやの礼を述べ乍ら、せか〳〵と立つたり座すわつたりして話す。丑松は斯この細君の気の短い、忍こら耐へじ力やうの無い、愚痴なところも感じ易いところも総すべて外そ部とへ露あら出はれて居るやうな――まあ、四十女に克よくある性質を看みて取つた。丁度そこへ来て、座りもせず、御辞儀もせず、恍とぼけ顔がほに立つた小娘は、斯細君の二番目の児である。
﹃これ、お作や。御辞儀しねえかよ。其そん様なに他ひと様さまの前で立つてるもんぢや無えぞよ。奈ど何うして吾う家ちの児は斯かう行儀が不わ良るいだらず――﹄
といふ細君の言葉なぞを聞入れるお作では無かつた。見るからして荒くれた、男の児のやうな小娘。これがお志保の異はら母ちがひの姉きや妹うだいとは、奈何しても受取れない。
﹃まあ、斯この児こは兄きや姉うだ中いぢゆうで一番仕様が無え――もうすこし母さんの言ふことを聞くやうだと好いけれど。﹄
と言はれても、お作は知らん顔。何時の間にかぷいと駈出して行つて了つた。
午後の光は急に射入つて、暗い南窓の小障子も明るく、幾年張替へずにあるかと思はれる程の紙の色は赤黒く煤すゝけて見える。﹃あゝ日が照あたつて来た、﹄と音作は喜んで、﹃先さつ刻き迄は雪模様でしたが、こりや好い塩あん梅ばいだ。﹄斯う言ひ乍ら、弟と一緒に年貢の準した備くを始めた。薄く黄ばんだ冬の日は斯の屋根の下の貧苦と零落とを照したのである。一度農家を訪れたものは、今丑松が腰掛けて居る板敷の炉ろば辺たを想像することが出来るであらう。其処は家族が食事をする場処でもあれば、客を款もて待なす場処でもある。庭は又、勝手でもあり、物置でもあり、仕事場でもあるので、表から裏口へ通り抜けて、すくなくも斯の草屋の三分の一を土間で占めた。彼あち方らの棚には茶椀、皿小鉢、油カン燈テラ等を置き、是こち方らの壁には鎌を懸け、種物の袋を釣るし、片隅に漬物桶、炭俵。台所の道具は耕作の器械と一緒にして雑ごち然や〳〵置並べてあつた。高いところに鶏の塒ねぐらも作り付けてあつたが、其は空巣も同然で、鳥らしいものが飼はれて居るとは見えなかつたのである。
斯この草屋はお志保の生れた場処で無いまでも、蓮華寺へ貰はれて行く前、敬之進の言葉によれば十三の春まで、斯の土壁の内に育てられたといふことが、酷ひどく丑松の注意を引いた。部屋は三間ばかりも有るらしい。軒の浅い割合に天井の高いのと、外そ部とに雪がこひのして有るのとで、何となく家うちの内が薄暗く見える。壁は粗末な茶色の紙で張つて、年とし々〴〵の暦と錦絵とが唯一つの装飾といふことに成つて居た。定めしお志保も斯の古壁の前に立つて、幼い眼に映る絵の中の男をと女こをんなを自分の友達のやうに眺めたのであらう。思ひやると、其昔のことも俤おもかげに描かれて、言ふに言はれぬ可なつ懐かしさを添へるのであつた。
其時、草色の真綿帽子を冠り、糸織の綿入羽織を着た、五十余あまりの男が入口のところに顕あらはれた。
﹃地ぢや親うやさんでやすよ。﹄
と省吾は呼ばゝり乍ら入つて来た。
︵三︶
地主といふは町会議員の一人。陰気な、無ぶあ愛い相そな、極ごく〳〵口の重い人で、一寸丑松に会ゑし釈やくした後、黙つて炉の火に身を温めた。斯かういふ性た質ちの男は克く北部の信州人の中にあつて、理わ由けも無しに怒つたやうな顔付をして居るが、其実怒つて居るのでも何でも無い。丑松は其を承知して居るから、格別気にも留めないで、年貢の準した備くに多いそ忙がしい人々の光あり景さまを眺め入つて居た。いつぞや郊外で細君や音作夫婦が秋の収とり穫いれに従事したことは、まだ丑松の眼にあり〳〵残つて居る。斯この庭に盛上げた籾の小山は、実に一ひと年ゝせの労働の報むく酬いなので、今その大部分を割いて高い地代を払はうとするのであつた。
十六七ばかりの娘が入つて来て、筵の上に一升桝ますを投げて置いて、軈やがてまた駈出して行つた。細君は庭の片隅に立つて、腰のところへ左の手をあてがひ乍ら、さも〳〵つまらないと言つたやうな風に眺めた。泣いて屋そ外とから入つて来たのは、斯の細君の三番目の児、お末と言つて、五いつ歳ゝに成る。何か音作に言ひなだめられて、お末は尚なほ々〳〵身を慄ふるはせて泣いた。頭から肩、肩から胴まで、泣きじやくりする度に震へ動いて、言ふことも能くは聞取れない。
﹃今に母さんが好い物を呉れるから泣くなよ。﹄
と細君は声を掛けた。お末は啜すゝり上げ乍ら、母親の側へ寄つて、
﹃手が冷つめたい――﹄
﹃手が冷い? そんなら早く行つて炬おこ燵たへあたれ。﹄
斯かう言つて、凍つた手を握にぎ〆りしめながら、細君はお末を奥の方へ連れて行つた。
其時は地主も炉ろば辺たを離れた。真綿帽子を襟巻がはりにして、袖口と袖口とを鳥の羽はが翅ひのやうに掻合せ、半ば顔を埋うづめ、我と我身を抱き温め乍ら、庭に立つて音作兄弟の仕度するのを待つて居た。
﹃奈ど何うでござんすなあ、籾もみのこしらへ具合は。﹄
と音作は地主の顔を眺める。地主の声は低くて、其返事が聞取れない位。軈やがて、白い手を出して籾を抄すくつて見た。一粒口の中へ入れて、掌ての上ひらのをも眺ながめ乍ながら、
﹃空しひ穀なが有るねえ。﹄
と冷ひや酷ゝかな調子で言ふ。音作は寂しさうに笑つて、
﹃空穀でも無いでやす――雀には食はれやしたが、しかし坊主︵稲の名︶が九分で、目は有りやすよ。まあ、一俵造こしらへて掛けて見やせう。﹄
六つばかりの新しい俵が其処へ持出された。音作は箕みの中へ籾を抄すく入ひいれて、其を大きな円形の一斗桝へうつす。地主は﹃とぼ﹄︵丸棒︶を取つて桝の上を平に撫なで量はかつた。俵の中へは音作の弟が詰めた。尤もつとも弟は黙つて詰めて居たので、兄の方は焦もど躁かしがつて、﹃貴様これへ入れろ――声掛けなくちや御年貢のやうで無くて不いけ可ない。﹄と自分の手に持つ箕みを弟の方へ投げて遣つた。
﹃さあ、沢どつ山しり入れろ――一わたりよ、二わたりよ。﹄
と呼ぶ音作の声が起つた。一俵につき大桝で六斗づゝ、外に小桝で――娘が来て投げて置いて行つたので、三升づゝ、都合六斗三升の籾の俵が其処へ並んだ。
﹃六俵で内取に願ひやせう。﹄
と音作は俵さん蓋だはらを掩おほひ冠せ乍ら言つた。地主は答へなかつた。目を細くして無言で考へて居るは、胸の中に十そろ露ば盤んを置いて見るらしい。何い時つの間にか音作の弟が大きな秤はかりを持つて来た。一俵掛けて、兄弟してうんと力を入れた時は、二人とも顔が真まつ紅かに成る。地主は衡はかりざをの平たひ均らになつたのを見澄まして、錘おもりの糸を動かないやうに持添へ乍ら調べた。
﹃いくら有やす。﹄と音作は覗のぞき込んで、﹃むゝ、出では放うで題えあるは――﹄
﹃十八貫八百――是は魂たま消げた。﹄と弟も調子を合せる。
﹃十八貫八百あれば、まあ、好い籾です。﹄と音作は腰を延ばして言つた。
﹃しかし、俵へうにもある。﹄と地主はどこまでも不満足らしい顔付。
﹃左さ様うです。俵にも有やすが、其は知れたもんです。﹄
といふ兄の言葉に附いて、弟はまた独ひと語りごとのやうに、
﹃俺おらがとこは十八貫あれば好いだ。﹄
﹃なにしろ、坊主九分交りといふ籾ですからなあ。﹄
斯う言つて、音作は愚しい目付をしながら、傲がう然ぜんとした地主の顔色を窺うかゞひ澄ましたのである。
︵四︶
斯この光あり景さまを眺めて居た丑松は、可あは憐れな小作人の境きや涯うがいを思ひやつて――仮たと令ひ音作が正直な百姓気かた質ぎから、いつまでも昔の恩義を忘れないで、斯うして零落した主人の為に尽すとしても――なか〳〵細君の痩腕で斯の家族が養ひきれるものでは無いといふことを感じた。お志保が苦しいから帰りたいと言つたところで、﹃第一、八人の親子が奈ど何うして食へよう﹄と敬之進も酒の上で泣いた。噫あゝ、実に左さ様うだ。奈何して斯こ様んなところへ帰つて来られよう。丑松は想像して慄ふるへたのである。
﹃まあ、御茶一つお上り。﹄と音作に言はれて、地主は寒さうに炉辺へ急いだ。音作も腰に着けた煙草入を取出して、立つて一服やり乍ら、
﹃六俵の二斗五升取ですか。﹄
﹃二斗五升ツてことが有るもんか。﹄と地主は嘲あざけつたやうに、﹃四斗五升よ。﹄
﹃四斗……﹄
﹃四斗五升ぢや無いや、四斗七升だ――左様だ。﹄
﹃四斗七升?﹄
斯ういふ二人の問答を、細君は黙つて聞いて居たが、もう〳〵堪こらへきれないと言つたやうな風に、横合から話を引取つて、
﹃音さん。四斗七升の何のと言はないで、何どう卒か悉すつ皆かり地ぢや親うやさんの方へ上げて了つて御おく呉んなんしよや――私わしはもう些すこ少しも要いりやせん。﹄
﹃其そ様んな、奥おく様さんのやうな。﹄と音作は呆あきれて細君の顔を眺める。
﹃あゝ。﹄と細君は嘆息した。﹃何いく程ら私ばかり焦あ心せつて見たところで、肝かん心じんの家うちの夫ひとが何なんにも為ずに飲んだでは、やりきれる筈がごはせん。其を思ふと、私はもう働く気も何も無くなつて了しまふ。加おま之けに、子供は多勢で、与よ太た︵頑愚︶なものばかり揃つて居て――﹄
﹃まあ、左さ様う仰おつしやらないで、私わしに任せなされ――悪いやうには為しねえからせえて。﹄と音作は真心籠めて言いひ慰なぐさめた。
細君は襦じゆ袢ばんの袖口でを押拭ひ乍ら、勝手元の方へ行つて食くひ物ものの準した備くを始める。音作の弟は酒を買つて帰つて来る。大丼が出たり、小皿が出たりするところを見ると、何が無くとも有あり合あはせのもので一杯出して、地主に飲んで貰ふといふ積りらしい。思へば小作人の心こゝ根ろねも可あは傷れなものである。万事は音作のはからひ、酒の肴さかなには蒟こん蒻にやくと油あぶ揚らげの煮付、それに漬物を添へて出す位なもの。軈やがて音作は盃さかづきを薦すゝめて、
﹃冷れいですよ、燗かんではごはせんよ――地ぢや親うやさんは是こつ方ちでいらつしやるから。﹄
と言はれて、始めて地主は微ほゝ笑ゑみを泄もらしたのである。
其時まで、丑松は細君に話したいと思ふことがあつて、其を言ふ機会も無く躊ちう躇ちよして居たのであるが、斯うして酒が始つて見ると、何い時つ是地主が帰つて行くか解らない。御おし相やう伴ばんに一つ、と差される盃を辞退して、ついと炉辺を離れた。表の入口のところへ省吾を呼んで、物の蔭に佇たゝ立ずみ乍ら、袂から取出したのは例の紙の袋に入れた金である。丑松は斯う言つた。後あ刻とで斯の金を敬之進に渡して呉れ。それから家の事情で退校させるといふ敬之進の話もあつたが、月謝や何かは斯この中なかから出して、是非今迄通りに学校へ通はせて貰ふやうに。﹃いゝかい、君、解つたかい。﹄と添つけ加たして、それを省吾の手に握らせるのであつた。
﹃まあ、君は何といふ冷い手をしてゐるだらう。﹄
斯う言ひ乍ら、丑松は少年の手を堅く握り締めた。熟じつと其の邪あど気けない顔付を眺めた時は、あのお志保の涙に霑ぬれた清すゞしい眸ひとみを思出さずに居られなかつたのである。
︵五︶
敬之進の家を出て帰つて行く道すがら、すくなくも丑松はお志保の為に尽したことを考へて、自分で自分を慰めた。蓮華寺の山門に近ちかづいた頃は、灰色の雲が低く垂下つて来て、復また雪になるらしい空模様であつた。蒼さう然ぜんとした暮色は、たゞさへ暗い丑松の心に、一層の寂しさ味気なさを添へる。僅かに天の一方にあたつて、遠く深く紅くれなゐを流したやうなは、沈んで行く夕日の反射したのであらう。
宵の勤おつ行とめの鉦かねの音は一種異様な響を丑松の耳に伝へるやうに成つた。それは最も早う世離れた精しや舎うじやの声のやうにも聞えなかつた。今は梵ぼん音おんの難あり有がた味さも消えて、唯同じ人間世界の情慾の声、といふ感かん想じしか耳の底に残らない。丑松は彼の敬之進の物語を思ひ浮べた。住職を卑しむ心は、卑しむといふよりは怖れる心が、胸を衝ついて湧上つて来る。しかしお志保は其程香かのある花だ、其程人をける女らしいところが有るのだ、と斯う一方から考へて見て、いよ〳〵其人を憐むといふ心こゝ地ろもちに成つたのである。
蓮華寺の内な部かの光あり景さま――今は丑松も明に其真相を読むことが出来た。成なる程ほど、左様言はれて見ると、それとない物の端はしにも可いた傷ましい事実は顕れて居る。左さ様う言はれて見ると、始めて丑松が斯の寺へ引越して来た時のやうな家庭の温あた味ゝかさは何時の間にか無くなつて了つた。
二階へ通ふ廊下のところで、丑松はお志保に逢あつた。蒼あをざめて死んだやうな女の顔付と、悲かな哀しみの溢あふれた黒くろ眸ひとみとは――たとひ黄たそ昏がれ時どきの仄ほのかな光のなかにも――直に丑松の眼に映る。お志保も亦また不思議さうに丑松の顔を眺めて、丁度喪さう心しんした人のやうな男の様子を注意して見るらしい。二人は眼と眼を見交したばかりで、黙つて会ゑし釈やくして別れたのである。
自分の部屋へ入つて見ると、最早そこいらは薄暗かつた。しかし丑松は洋ラン燈プを点けようとも為なかつた。長いこと茫然として、独りで暗い部屋の内に座すわつて居た。
︵六︶
﹃瀬川さん、御勉強ですか。﹄
と声を掛けて、奥様が入つて来たのは、それから二時間ばかり経たつてのこと。丑松の机の上には、日にち々〳〵の思かん想がへを記かき入いれる仮綴の教案簿なぞが置いてある。黄ばんだ洋ラン燈プの光は夜の空気を寂さみしさうに照して、思ひ沈んで居る丑松の影を古い壁の方へ投げた。煙たば草このけむりも薄く籠こもつて、斯この部屋の内を朦もう朧ろうと見せたのである。
﹃何どう卒ぞ私に手紙を一本書いて下さいませんか――済すみませんが。﹄
と奥様は、用意して来た巻紙状袋を取出し乍ら、丑松の返事を待つて居る。其様子が何となく普た通ゞでは無い、と丑松も看みて取つて、
﹃手紙を?﹄と問ひ返して見た。
﹃長野の寺て院らに居る妹のところへ遣やりたいのですがね、﹄と奥様は少すこ許し言いひ淀よどんで、﹃実は自分で書かうと思ひまして、書きかけては見たんです。奈ど何うも私共の手紙は、唯長くばかり成つて、肝かん心じんの思ふことが書けないものですから。寧いつそこりや貴あな方たに御願ひ申して、手短く書いて頂きたいと思ひまして――どうして女の手紙といふものは斯う用が達もとらないのでせう。まあ、私は何枚書き損つたか知れないんですよ――いえ、なに、其そん様なに煩むづかしい手紙でも有ません。唯解るやうに書いて頂きさへすれば好いのですから。﹄
﹃書きませう。﹄と丑松は簡短に引受けた。
斯この答こたへに力を得て、奥様は手紙の意味を丑松に話した。一身上のことに就いて相談したい――是この手紙着ちや次くし第だい、是非々々々々出掛けて来るやうに、と書いて呉れと頼んだ。蟹沢から飯山迄は便船も発たつ、もし舟が嫌なら、途中迄車に乗つて、それから雪橇に乗替へて来るやうに、と書いて呉れと頼んだ。今度といふ今度こそは絶あき念らめた、自分はもう離縁する考へで居る、と書いて呉れと頼んだ。
﹃他の人とは違つて、貴方ですから、私も斯こ様んなことを御願ひするんです。﹄と言ふ奥様の眼は涙ぐんで来たのである。﹃訳を御話しませんから、不思議だと思つて下さるかも知れませんが――﹄
﹃いや。﹄と丑松は対あひ手ての言葉を遮さへぎつた。﹃私も薄々聞きました――実は、あの風間さんから。﹄
﹃ホウ、左さ様うですか。敬之進さんから御聞きでしたか。﹄と言つて、奥様は考深い目付をした。
﹃尤もつとも、左様委くは敷しい事は私も知らないんですけれど。﹄
﹃あんまり馬鹿々々しいことで、貴方なぞに御話するのも面目ない。﹄と奥様は深い溜息を吐つき乍ら言つた。﹃噫あゝ、吾う寺ちの和尚さんも彼あの年と齢しに成つて、未まだ今度のやうなことが有るといふは、全く病気なんですよ。病気ででも無くて、奈何して其様な心こゝ地ろもちに成るもんですか。まあ、瀬川さん、左様ぢや有ませんか。和尚さんもね、彼病気さへ無ければ、実に気分の優しい、好い人ひ物となんです――申分の無い人物なんです――いえ、私は今だつても和尚さんを信じて居るんですよ。﹄
︵七︶
﹃奈ど何うして私は斯かう物に感じ易いんでせう。﹄と奥様は啜すゝり上げた。﹃今度のやうなことが有ると、もう私は何なんにも手に着きません。一体、和尚さんの病気といふのは、今更始つたことでも無いんです。先住は早く亡なくなりまして、和尚さんが其後へ直つたのは、未まだ漸やうやく十七の年だつたといふことでした。丁度私が斯この寺てらへ嫁かたづいて来た翌よく々〳〵年とし、和尚さんは西京へ修業に行くことに成ましてね――まあ、若い時には能よく物が出来ると言はれて、諸国から本山へ集る若手の中でも五本の指に数へられたさうですよ――それで私は、其頃未だ生きて居た先住の匹つれ偶あひと、今寺内に居る坊さんの父おと親つさんと、斯う三人でお寺を預つて、五年ばかり留守居をしたことが有ました。考へて見ると、和尚さんの病気はもう其頃から起つて居たんですね。相手の女といふは、西京の魚うをの棚たな、油あぶらの小こう路ぢといふところにある宿屋の総領娘、といふことが知れたもんですから、さあ、寺内の先せんの坊さんも心配して、早速西京へ出掛けて行きました。其時、私は先住の匹つれ偶あひにも心配させないやうに、檀だん家かの人達の耳へも入れないやうにツて、奈どん何なに独りで気を揉もみましたか知れません。漸やつとのこと、お金を遣つて、女の方の手を切らせました。そこで和尚さんも真ほん実たうに懲こりなければ成らないところです。ところが持つて生れた病は仕方の無いもので、それから三年経たつて、今度は東京にある真宗の学校へ勤めることに成ると、復また病気が起りました。﹄
手紙を書いて貰ひに来た奥様は、用をそつちのけにして、種いろ々〳〵並べたり訴へたりし始めた。淡さつ泊ぱりしたやうでもそこは女の持前で、聞いて貰はずには居られなかつたのである。
﹃尤も、﹄と奥様は言葉を続けた。﹃其時は、和尚さんを独りで遣やつては不いけ可ないといふので――まあ学校の方から月給は取れるし、留守中のことは寺内の坊さんが引受けて居て呉れるし、それに先住の匹つれ偶あひも東京を見たいと言ふもんですから、私も一緒に随いて行つて、三人して高たか輪なわのお寺を仕切つて借りました。其処から学校へは何いく程らも無いんです。克よく和尚さんは二にほ本んえ榎のきの道み路ちを通ひました。丁度その二本榎に、若い未ごけ亡さ人んの家うちがあつて、斯この人ひとは真宗に熱心な、教育のある女でしたから、和尚さんも法はな話しを頼まれて行き〳〵しましたよ。忘れもしません、其女といふは背のすらりとした、白い優しい手をした人で、御墓参りに行くところを私も見掛けたことが有ます。ある時、其未ごけ亡さ人んの噂うはさが出ると、和尚さんは鼻の先で笑つて、﹁むゝ、彼あの女をんなか――彼あ様んなひねくれた女は仕方が無い﹂と酷ひどく譏けなすぢや有ませんか。奈ど何うでせう、瀬川さん、其時は最早和尚さんが関係して居たんです。何時の間にか女は和尚さんの種を宿しました。さあ、和尚さんも蒼あをく成つて了つて、﹁実は済すまないことをした﹂と私の前に手を突いて、謝あや罪まつたのです。根が正直な、好い性質の人ですから、悪かつたと思ふと直に後悔する。まあ、傍はたで見て居ても気の毒な位。﹁頼む﹂と言はれて見ると、私も放うつ擲ちやつては置かれませんから、手紙で寺内の坊さんを呼寄せました。其時、私の思ふには、﹁あゝ是これは私に子が無いからだ。若し子供でも有つたら一もつ層と和尚さんも真面目な気分に御おな成んなさるだらう。寧いつそ其女の児を引取つて自分の子にして育てようかしら。﹂と斯う考へたり、ある時は又、﹁みす〳〵私が傍に附いて居乍ら、其そ様んな女に子供迄出来たと言はれては、第一私が世間へ恥かしい。いかに言つても情ないことだ。今度こそは別れよう。﹂と考へたりしたんです。そこがそれ、女といふものは気の弱いもので、優しい言葉の一つも掛けられると、今迄の事は最も早う悉すつ皆かり忘れて了ふ。﹁あゝ、御気の毒だ――私が居なかつたら、奈どん何なに不自由を成さるだらう。﹂とまあ私も思ひ直したのですよ。間も無く女は和尚さんの子を産落しました。月つき不たら足ずで、加おま之けに乳が無かつたものですから、満まる二ふた月つきとは其児も生きて居なかつたさうです。和尚さんが学校を退ひくことに成つて、飯山へ帰る迄の私の心配は何どれ程ほどだつたでせう――丁度、今から十年前のことでした。それからといふものは、和尚さんも本気に成ましたよ。月に三度の説教は欠かさず、檀家の命日には必ず御経を上げに行く、近在廻りは泊り掛で出掛ける――さあ、檀家の人達も悉すつ皆かり信用して、四年目の秋には本堂の屋根の修繕も立派に出来上りました。彼あ様ゝいふ調子で、ずつと今迄進んで来たら、奈どん何なにか好からうと思ふんですけれど、少すこ許し羽振が良くなると直すぐに物に飽きるから困る。倦あ怠きが来ると、復また病気が起る。そりやあもう和尚さんの癖なんですからね。あゝ、男といふものは恐しいもので、彼あれ程ほど平ふだ常ん物の解つた和尚さんで有ながら、病気となると何の判みさ別かへも着かなくなる。まあ瀬川さん、考へて見て下さい。和尚さんも最も早う五十一ですよ。五十一にも成つて、未まだ其そ様んな気で居るかと思ふと、実に情ないぢや有ませんか。成なる程ほど――今こん日にち飯山あたりの御おて寺らさ様んで、女狂ひを為しないやうなものは有やしません。ですけれど、茶屋女を相手に為するとか、妾狂ひを為るとか言へば、またそこにも有る。あのお志保に想おもひを懸けるなんて――私は呆あきれて物も言へない。奈ど何う考へて見ても、其様な量見を起す和尚さんでは無い筈はずです。必きつ定と、奈何かしたんです。まあ、気でも狂ちがつて居るに相違ないんです。お志保は又、何もかも私に打開けて話しましてね、﹁母おつ親かさん、心配しないで居て下さいよ、奈ど何んな事が有つても私が承知しませんから﹂と言ふもんですから――いえ、彼あの娘こはあれでなか〳〵毅しや然んとした気象の女ですからね――其を私も頼みに思ひまして、﹁お志保、確しつ乎かりして居てお呉れよ、阿おと爺つさんだつても物の解らない人では無し、お前と私の心こゝ地ろもちが屈いたら、必きつ定と思ひ直して下さるだらう、阿爺さんが正気に復かへるも復らないも二人の誠まご意ゝろ一つにあるのだからね﹂斯かう言つて、二人でさん〴〵哭なきました。なんの、私が和尚さんを悪く思ふもんですか。何どう卒かして和尚さんの眼が覚めるやうに――そればつかりで、私は斯こ様んな離縁なぞを思ひ立つたんですもの。﹄
︵八︶
誠まご意ゝろ籠る奥様の述懐を聞取つて、丑松は望みの通りに手紙の文句を認したゝめてやつた。幾度か奥様は口の中で仏の名を唱となへ乍ながら、これから将さ来きのことを思ひ煩わづらふといふ様子に見えるのであつた。
﹃おやすみ。﹄
といふ言葉を残して置いて奥様が出て行つた後、丑松は机の側に倒れて考へて居たが、何時の間にかぐつすり寝込んで了つた。寝ても、寝ても、寝足りないといふ風で、斯うして横になれば直に死んだ人のやうに成るのが此頃の丑松の癖である。のみならず、深いところへ陥おち落いるやうな睡ねむ眠りで、目が覚めた後は毎いつ時も頭が重かつた。其晩も矢張同じやうに、同じやうな仮うた寝ゝねから覚めて、暫しば時らく茫ぼん然やりとして居たが、軈やがて我に帰つた頃は、もう遅かつた。雪は屋そ外とに降り積ると見え、時々窓の戸にあたつて、はた〳〵と物の崩れ落ちる音より外には、寂しんとして声一つしない、それは沈ひつ静そりとした、気の遠くなるやうな夜――無論人の起きて居る時刻では無かつた。階し下たでは皆な寝たらしい。不ふ図と、何か斯う忍しのび音ねに泣くやうな若い人の声が細々と耳に入る。どうも何処から聞えるのか、其は能よく解らなかつたが、まあ楼はし梯ごだんの下あたり、暗い廊下の辺ででもあるか、誰かしら声を呑のむ様子。尚なほ能く聞くと、北の廊下の雨戸でも明けて、屋そ外とを眺ながめて居るものらしい。あゝ――お志保だ――お志保の嗚すゝ咽りなきだ――斯う思ひ附くと同時に、言ふに言はれぬ恐おそ怖れと哀あは憐れみとが身を襲おそふやうに感ぜられる。尤も、丑松は半分夢中で聞いて居たので、つと立上つて部屋の内を歩き初めた時は、もう其声が聞えなかつた。不思議に思ひ乍ら、浮足になつて耳を澄ましたり、壁に耳を寄せて聞いたりした。終しまひには、自分で自分を疑つて、あるひは聞いたと思つたのが夢ででもあつたか、と其音の実ほんとか虚うそかすらも判断が着かなくなる。暫しば時らく丑松は腕組をして、油の尽きて来た洋ラン燈プの火を熟みま視もり乍ら、茫然とそこに立つて居た。夜は更ける、心しんは疲れる、軈て押入から寝道具を取出した時は、自分で自分の為ることを知らなかつた位。急に烈しく睡ねむ気けが襲さして来たので、丑松は半分眠り乍ら寝ねま衣きを着更へて、直に復また感おぼ覚えの無いところへ落ちて行つた。
第拾八章
︵一︶
毎まい年とし降る大雪が到たう頭とうやつて来た。町々の人家も往来もすべて白く埋うづ没もれて了つた。昨夜一晩のうちに四尺余あまりも降積るといふ勢で、急に飯山は北国の冬らしい光あり景さまと変つたのである。
斯うなると、最も早う雪の捨てどころが無いので、往来の真中へ高く積上げて、雪の山を作る。両側は見事に削り落したり、叩き付けたりして、すこし離れて眺めると、丁度長い白壁のやう。上へ〳〵と積上げては踏み付け、踏み付けては又た積上げるやうに為るので、軒のき丈だけばかりの高さに成つて、対むかひあふ家と家とは屋根と廂ひさしとしか見えなくなる。雪の中から掘出された町――譬たとへば飯山の光あり景さまは其であつた。
高柳利三郎と町会議員の一人が本町の往来で出で逢あつた時は、盛んに斯雪を片付ける最中で、雪ゆき掻かきを手にした男をと女こをんなが其そ処こ此こ処ゝに群むらがり集つて居た。﹃どうも大降りがいたしました。﹄といふ極りの挨拶を交とり換かはした後、軈やがて別れて行かうとする高柳を呼留めて、町会議員は斯う言出した。
﹃時に、御聞きでしたか、彼あの瀬川といふ教員のことを。﹄
﹃いゝえ。﹄と高柳は力を入れて言つた。﹃私は何なんにも聞きません。﹄
﹃彼の教員は君、調てう里り︵穢多の異名︶だつて言ふぢや有ませんか。﹄
﹃調里?﹄と高柳は驚いたやうに。
﹃呆あきれたねえ、是これには。﹄と町会議員も顔を皺しかめて、﹃尤もつとも、種いろ々〳〵な人の口から伝つたはり伝つた話で、誰が言出したんだか能よく解らない。しかし保証するとまで言ふ人が有るから確たし実かだ。﹄
﹃誰ですか、其保証人といふのは――﹄
﹃まあ、其は言はずに置かう。名前を出して呉れては困ると先さ方きの人も言ふんだから。﹄
斯う言つて、町会議員は今更のやうに他ひとの秘密を泄もらしたといふ顔付。﹃君だから、話す――秘密にして置いて呉れなければ困る。﹄と呉々も念を押した。高柳はまた口唇を引歪めて、意味ありげな冷あざ笑わらひを浮べるのであつた。
急いで別れて行く高柳を見送つて、反あべ対こべな方角へ一町ばかりも歩いて行つた頃、斯この噂うは好さずきな町会議員は一人の青年に遭で遇あつた。秘密に、と思へば思ふ程、猶なほ々〳〵其を私さゝ語やかずには居られなかつたのである。
﹃彼の瀬川といふ教員は、君、是これだつて言ひますぜ。﹄
と指を四本出して見せる。尤も其意味が対手には通じなかつた。
﹃是だつて言つたら、君も解りさうなものぢや無いか。﹄と町会議員は手を振り乍ら笑つた。
﹃どうも解りませんね。﹄と青年は訝いぶかしさうな顔付。
﹃了さと解りの悪い人だ――それ、調里のことを四しそ足くと言ふぢやないか。はゝゝゝゝ。しかし是は秘密だ。誰にも君、斯様なことは話さずに置いて呉れ給へ。﹄
念を押して置いて、町会議員は別れて行つた。
丁度、そこへ通りかゝつたのは、学校へ出勤しようとする準教員であつた。それと見た青年は駈寄つて、大雪の挨拶。何時の間にか二人は丑松の噂を始めたのである。
﹃是これはまあ極ごく〳〵秘密なんだが――君だから話すが――﹄と青年は声を低くして、﹃君の学校に居る瀬川先生は調里ださうだねえ。﹄
﹃其さ――僕もある処で其話を聞いたがね、未だ半信半疑で居る。﹄と準教員は対手の顔を眺め乍ら言つた。﹃して見ると、いよ〳〵事実かなあ。﹄
﹃僕は今、ある人に逢つた。其人が指を四本出して見せて、彼の教員は是だと言ふぢやないか。はてな、とは思つたが、其意味が能く解らない。聞いて見ると、四足といふ意味なんださうだ。﹄
﹃四足? 穢多のことを四足と言ふかねえ。﹄
﹃言はあね。四足と言つて解らなければ、﹁よつあし﹂と言つたら解るだらう。﹄
﹃むゝ――﹁よつあし﹂か。﹄
﹃しかし、驚いたねえ。狡かう猾くわつな人間もあればあるものだ。能よく今い日ままで隠か蔽くして居たものさ。其そ様んな穢けがらはしいものを君等の学校で教員にして置くなんて――第一怪しからんぢやないか。﹄
﹃叱しツ。﹄
と周あ章わてゝ制するやうにして、急に準教員は振返つて見た。其時、丑松は矢張学校へ出勤するところと見え、深く外ぐわ套いたうに身を包んで、向ふの雪の中を夢見る人のやうに通る。何か斯う物を考へ〳〵歩いて行くといふことは、其の沈み勝ちな様子を見ても知れた。暫しば時らく丑松も佇たち立どまつて、熟じつと是こち方らの二人を眺めて、軈て足早に学校を指して急いで行つた。
︵二︶
雪に妨げられて、学校へ集る生徒は些すく少なかつた。何い時つまで経たつても授業を始めることが出来ないので、職員のあるものは新聞縦覧所へ、あるものは小使部屋へ、あるものは又た唱歌の教室に在る風琴の周まは囲りへ――いづれも天の与へた休やす暇みとして斯の雪の日を祝ふかのやうに、思ひ〳〵の圜わに集つて話した。
職員室の片隅にも、四五人の教員が大火鉢を囲とり繞まいた。例の準教員が其中へ割込んで入つた時は、誰が言出すともなく丑松の噂を始めたのであつた。時々盛んな笑声が起るので、何事かと来て見るものが有る。終しまひには銀之助も、文平も来て、斯の談はな話しの仲間に入つた。
﹃奈ど何うです、土屋君。﹄と準教員は銀之助の方を見て、﹃吾われ儕〳〵は今、瀬川君のことに就いて二派に別れたところです。君は瀬川君と同窓の友だ。さあ、君の意見を一つ聞かせて呉れ給へ。﹄
﹃二派とは?﹄と銀之助は熱心に。
﹃外でも無いんですがね、瀬川君は――まあ、近頃世間で噂のあるやうな素性の人に相違ないといふ説と、いや其様な馬鹿なことが有るものかといふ説と、斯う二つに議論が別れたところさ。﹄
﹃一寸待つて呉れ給へ。﹄と薄うす鬚ひげのある尋常四年の教師が冷静な調子で言つた。﹃二派と言ふのは、君、少すこ許し穏当で無いだらう。未まだ、左さ様うだとも、左様では無いとも、断言しない連中が有るのだから。﹄
﹃僕は確に其様なことは無いと断言して置く。﹄と体操の教師が力を入れた。
﹃まあ、土屋君、斯ういふ訳です。﹄と準教員は火鉢の周まは囲りに集る人々の顔を眺ながめ廻して、﹃何な故ぜ其そ様んな説が出たかといふに、そこには種いろ々〳〵議論も有つたがね、要するに瀬川君の態度が頗すこぶる怪しい、といふのがそも〳〵始りさ。吾われ儕〳〵の中に新平民が居るなんて言触らされて見給へ。誰だつて憤慨するのは至あた当りまへぢやないか。君始め左様だらう。一体、世間で其様なことを言触らすといふのが既にもう吾儕職員を侮辱してるんだ。だからさ、若し瀬川君に疚やましいところが無いものなら、吾儕と一緒に成つて怒りさうなものぢやないか。まあ、何とか言ふべきだ。それも言はないで、彼あ様ゝして黙つて居るところを見ると、奈ど何うしても隠して居るとしか思はれない。斯う言出したものが有る。すると、また一人が言ふには――﹄と言ひかけて、軈やがて思付いたやうに、﹃しかし、まあ、止さう。﹄
﹃何だ、言ひかけて止すやつが有るもんか。﹄と背の高い尋常一年の教師が横よこ鎗やりを入れる。
﹃やるべし、やるべし。﹄と冷笑の語気を帯びて言つたのは、文平であつた。文平は準教員の背うし後ろに立つて、巻煙草を燻ふかし乍ら聞いて居たのである。
﹃しかし、戯じよ語うだんぢや無いよ。﹄と言ふ銀之助の眼は輝いて来た。﹃僕なぞは師範校時代から交つき際あつて、能く人物を知つて居る。彼あの瀬川君が新平民だなんて、其そ様んなことが有つて堪るものか。一体誰が言出したんだか知らないが、若もし世間に其様な風評が立つやうなら、飽あく迄までも僕は弁護して遣らなけりやならん。だつて、君、考へて見給へ。こりや真ま面じ目めな問題だよ――茶を飲むやうな尋あた常りまへな事とは些すこ少し訳が違ふよ。﹄
﹃無論さ。﹄と準教員は答へた。﹃だから吾われ儕〳〵も頭を痛めて居るのさ。まあ、聞き給へ。ある人は又た斯ういふことを言出した。瀬川君に穢多の話を持掛けると、必ず話はな頭しを他わきへ転そらして了ふ。いや、転して了ふばかりぢや無い、直に顔色を変へるから不思議だ――其顔色と言つたら、迷惑なやうな、周あ章わてたやうな、まあ何ともかとも言ひやうが無い。それそこが可を笑かしいぢやないか。吾儕と一緒に成つて、﹁むゝ、調てう里りツ坊ぱうかあ﹂とかなんとか言ふやうだと、誰も何とも思やしないんだけれど。﹄
﹃そんなら、君、あの瀬川丑松といふ男に何ど処こか穢多らしい特色が有るかい。先づ、其からして聞かう。﹄と銀之助は肩を動ゆすつた。
﹃なにしろ近頃非常に沈んで居られるのは事実だ。﹄と尋常四年の教師は、腮あごの薄うす鬚ひげを掻上げ乍ら言ふ。
﹃沈んで居る?﹄と銀之助は聞きゝ咎とがめて、﹃沈んで居るのは彼あの男をとこの性質さ。それだから新平民だとは無論言はれない。新平民でなくたつて、沈ちん欝うつな男はいくらも世間にあるからね。﹄
﹃穢多には一種特別な臭にほ気ひが有ると言ふぢやないか――嗅いで見たら解るだらう。﹄と尋常一年の教師は混まぜ返かへすやうにして笑つた。
﹃馬鹿なことを言給へ。﹄と銀之助も笑つて、﹃僕だつていくらも新平民を見た。あの皮膚の色からして、普通の人間とは違つて居らあね。そりやあ、もう、新平民か新平民で無いかは容かほ貌つきで解る。それに君、社よの会なかから度のけ外ものにされて居るもんだから、性質が非常に僻ひがんで居るサ。まあ、新平民の中から男らしい毅しつ然かりした青年なぞの産れやうが無い。どうして彼あ様んな手合が学問といふ方面に頭を擡もちあげられるものか。其から推おしたつて、瀬川君のことは解りさうなものぢやないか。﹄
﹃土屋君、そんなら彼あの猪子蓮太郎といふ先生は奈ど何うしたものだ。﹄と文平は嘲あざけるやうに言つた。
﹃ナニ、猪子蓮太郎?﹄と銀之助は言いひ淀よどんで、﹃彼あの先生は――彼あれは例外さ。﹄
﹃それ見給へ。そんなら瀬川君だつても例外だらう――はゝゝゝゝ。はゝゝゝゝ。﹄
と準教員は手を拍うつて笑つた。聞いて居る教員等たちも一緒になつて笑はずには居られなかつたのである。
其時、斯の職員室の戸を開けて入つて来たのは、丑松であつた。急に一同口を噤つぐんで了しまつた。人々の視線は皆な丑松の方へ注ぎ集つた。
﹃瀬川君、奈ど何うですか、御病気は――﹄
と文平は意味ありげに尋ねる。其調子がいかにも皮肉に聞えたので、準教員は傍に居る尋常一年の教師と顔を見合せて、思はず互に微ほゝ笑ゑみを泄もらした。
﹃難あり有がたう。﹄と丑松は何気なく、﹃もうすつかり快よくなりました。﹄
﹃風か邪ぜですか。﹄と尋常四年の教師が沈おち着つき澄まして言つた。
﹃はあ――ナニ、差たいしたことでも無かつたんです。﹄と答へて、丑松は気を変へて、﹃時に、勝野君、生あい憎にく今日は生徒が集まらなくて困つた。斯この様子では土屋君の送別会も出来さうも無い。折角準した備くしたのにツて、出て来た生徒は張合の無いやうな顔してる。﹄
﹃なにしろ是この雪ゆきだからねえ。﹄と文平は微笑んで、﹃仕方が無い、延ばすサ。﹄
斯かういふ話をして居るところへ、小使がやつて来た。銀之助は丑松の方にばかり気を取られて、小使の言ふことも耳へ入らない。それと見た体操の教師は軽く銀之助の肩を叩いて、
﹃土屋君、土屋君――校長先生が君を呼んでるよ。﹄
﹃僕を?﹄銀之助は始めて気が付いたのである。
︵三︶
校長は郡視学と二人で応接室に居た。銀之助が戸を開けて入つた時は、二人差向ひに椅子に腰懸けて、何か密議を凝こらして居るところであつた。
﹃おゝ、土屋君か。﹄と校長は身を起して、そこに在る椅子を銀之助の方へ押おし薦すゝめた。﹃他ほかの事で君を呼んだのでは無いが、実は近頃世間に妙な風評が立つて――定めし其はもう君も御承知のことだらうけれど――彼あ様ゝして町の人が左とや右かく言ふものを、黙つて見ても居られないし、第一斯かういふことが余り世間へ伝ひろ播がると、終しまひには奈ど何んな結果を来すかも知れない。其に就いて、茲こゝに居られる郡視学さんも非常に御心配なすつて、態わざ々〳〵斯この雪に尋ねて来て下すつたんです。兎とに角かく、君は瀬川君と師範校時代から御一緒ではあり、日頃親しく往ゆき来ゝもして居られるやうだから、君に聞いたら是この事ことは一番好く解るだらう、斯う思ひましてね。﹄
﹃いえ、私だつて其そ様んなことは解りません。﹄と銀之助は笑ひ乍ら答へた。﹃何とでも言はせて置いたら好いでせう。其様な世間で言ふやうなことを、一々気にして居たら際き限りが有ますまい。﹄
﹃しかし、左様いふものでは無いよ。﹄と校長は一寸郡視学の方を向いて見て、軈やがて銀之助の顔を眺め乍ら、﹃君等は未だ若いから、其程世間といふものに重きを置かないんだ。幼稚なやうに見えて、馬鹿にならないのは、世間さ。﹄
﹃そんなら町の人が噂うはさするからと言つて、根も葉も無いやうなことを取上げるんですか。﹄
﹃それ、それだから、君等は困る。無論我輩だつて其様なことを信じないさ。しかし、君、考へて見給へ。万まん更ざら火の気の無いところに煙の揚る筈はずも無からうぢやないか。いづれ是には何か疑はれるやうな理由が有つたんでせう――土屋君、まあ、君は奈ど何う思ひます。﹄
﹃奈何しても私には左様思はれません。﹄
﹃左様言へば、其迄だが、何かそれでも思ひ当る事が有さうなものだねえ。﹄と言つて校長は一段声を低くして、﹃一体瀬川君は近頃非常に考へ込んで居られるやうだが、何が原も因とで彼あ様ゝ憂欝に成つたんでせう。以前は克よく吾輩の家うちへもやつて来て呉れたツけが、此節はもう薩さつ張ぱり寄付かない。まあ吾われ儕〳〵と一緒に成つて、談はなしたり笑つたりするやうだと、御互ひに事情も能よく解るんだけれど、彼あ様ゝして独りで考へてばかり居られるもんだから――ホラ、訳を知らないものから見ると、何かそこには後暗い事でも有るやうに、つい疑はなくても可い事まで疑ふやうに成るんだらうと思ふのサ。﹄
﹃いえ。﹄と銀之助は校長の言葉を遮さへぎつて、﹃実は――其には他に深い原因が有るんです。﹄
﹃他に?﹄
﹃瀬川君は彼様いふ性た質ちですから、なか〳〵口へ出しては言ひませんがね。﹄
﹃ホウ、言はない事が奈何して君に知れる?﹄
﹃だつて、言葉で知れなくたつて、行おこ為なひの方で知れます。私は長く交つき際あつて見て、瀬川君が種いろ々〳〵に変つて来た径みち路すぢを多少知つて居ますから、奈ど何うして彼あ様ゝ考へ込んで居るか、奈何して彼様憂欝に成つて居るか、それはもう彼の君の為することを見ると、自然と私の胸には感じることが有るんです。﹄
斯かういふ銀之助の言葉は深く対手の注意を惹いた。校長と郡視学の二人は巻煙草を燻ふかし乍ら、奈ど何う銀之助が言出すかと、黙つて其話を待つて居たのである。
銀之助に言はせると、丑松が憂欝に沈んで居るのは世間で噂うはさするやうなことゝ全く関係の無い――実は、青年の時代には誰しも有勝ちな、其胸の苦くる痛しみに烈しく悩まされて居るからで。意中の人が敬之進の娘といふことは、正に見当が付いて居る。しかし、丑松は彼様いふ気象の男であるから、其を友達に話さないのみか、相手の女にすらも話さないらしい。それそこが性分で、熟じつと黙つて堪こらへて居て、唯敬之進とか省吾とか女の親兄弟に当る人々の為に種さま々〴〵なことを為して遣やつて居る――まあ、言はないものは、せめて尽して、それで心を慰めるのであらう。思へば人の知らない悲かな哀しみを胸に湛へて居るのに相違ない。尤もつとも、自分は偶然なことからして、斯ういふ丑松の秘密を感かん得づいた。しかも其はつい近頃のことで有ると言出した。﹃といふ訳で、﹄と銀之助は額へ手を当てゝ、﹃そこへ気が付いてから、瀬川君の為ることは悉すつ皆かり読めるやうに成ました。どうも可を笑かしい〳〵と思つて見て居ましたツけ――そりやあもう、辻つじ褄つまの合はないやうなことが沢たく山さん有つたものですから。﹄
﹃成なる程ほどねえ。あるひは左様いふことが有るかも知れない。﹄
と言つて、校長は郡視学と顔を見合せた。
︵四︶
軈やがて銀之助は応接室を出て、復またもとの職員室へ来て見ると、丑松と文平の二人が他の教員に取とり囲まかれ乍ら頻しきりに大火鉢の側で言争つて居る。黙つて聞いて居る人々も、見れば、同じやうに身を入れて、あるものは立つて腕組したり、あるものは机に倚より凭かゝつて頬ほゝ杖づゑを突いたり、あるものは又たぐる〳〵室内を歩き廻つたりして、いづれも熱心に聞耳を立てゝ居る様子。のみならず、丑松の様子を窺うかゞひ澄まして、穿さぐ鑿りを入れるやうな眼付したものもあれば、半信半疑らしい顔付の手合もある。銀之助は談はな話しの調子を聞いて、二人が一方ならず激昂して居ることを知つた。
﹃何を君等は議論してるんだ。﹄
と銀之助は笑ひ乍ら尋ねた。其時、人々の背うし後ろに腰掛け、手帳を繰り繙ひろげ、丑松や文平の肖にが顔ほを写生し始めたのは準教員であつた。
﹃今ね、﹄と準教員は銀之助の方を振向いて見ながら、﹃猪子先生のことで、大分やかましく成つて来たところさ。﹄と言つて、一寸鉛筆の尖さ端きを舐なめて、復また微ほゝ笑ゑみ乍ら写生に取懸つた。
﹃なにも其そん様なにやかましいことぢや無いよ。﹄斯う文平は聞きゝ咎とがめたのである。﹃奈ど何うして瀬川君は彼あの先生の書いたものを研究する気に成つたのか、其を僕は聞いて見たばかりだ。﹄
﹃しかし、勝野君の言ふことは僕に能よく解らない。﹄丑松の眼は燃え輝いて居るのであつた。
﹃だつて君、いづれ何か原因が有るだらうぢやないか。﹄と文平は飽あく迄までも皮肉に出る。
﹃原因とは?﹄丑松は肩を動ゆすり乍ら言つた。
﹃ぢやあ、斯かう言つたら好からう。﹄と文平は真面目に成つて、﹃譬たとへば――まあ僕は例を引くから聞き給へ。こゝに一人の男が有るとしたまへ。其男が発狂して居るとしたまへ。普な通みのものが其様な発狂者を見たつて、それほど深い同情は起らないね。起らない筈はずさ、別に是こち方らに心を傷いためることが無いのだもの。﹄
﹃むゝ、面白い。﹄と銀之助は文平と丑松の顔を見比べた。
﹃ところが、若もしこゝに酷ひどく苦んだり考へたりして居る人があつて、其人が今の発狂者を見たとしたまへ。さあ、思ひつめた可いた傷ましい光あり景さまも目に着くし、絶望の為に痩せた体格も目に着くし、日影に悄しよ然んぼりとして死といふことを考へて居るやうな顔付も目に着く。といふは外でも無い。発狂者を思ひやる丈だけの苦くる痛しみが矢張是こち方らにあるからだ。其処だ。瀬川君が人生問題なぞを考へて、猪子先生の苦んで居る光あり景さまに目が着くといふのは、何か瀬川君の方にも深く心を傷めることが有るからぢや無からうか。﹄
﹃無論だ。﹄と銀之助は引取つて言つた。﹃其が無ければ、第一読んで見たつて解りやしない。其だあね、僕が以ま前へから瀬川君に言つてるのは。尤も瀬川君が其を言へないのは、僕は百も承知だがね。﹄
﹃何な故ぜ、言へないんだらう。﹄と文平は意味ありげに尋ねて見る。
﹃そこが持つて生れた性分サ。﹄と銀之助は何か思出したやうに、﹃瀬川君といふ人は昔から斯うだ。僕なぞはもうずん〳〵暴さら露けだして、蔵しまつて置くといふことは出来ないがなあ。瀬川君の言はないのは、何も隠す積りで言はないのぢや無い、性分で言へないのだ。はゝゝゝゝ、御気の毒な訳さねえ――苦むやうに生れて来たんだから仕方が無い。﹄
斯う言つたので、聞いて居る人々は意味も無く笑出した。暫しば時らく準教員も写生の筆を休やめて眺めた。尋常一年の教師は又、丑松の背うし後ろへ廻つて、眼を細くして、密そつと臭にほ気ひを嗅かいで見るやうな真似をした。
﹃実は――﹄と文平は巻煙草の灰を落し乍ら、﹃ある処から猪子先生の書いたものを借りて来て、僕も読んで見た。一体、彼あの先生は奈ど何ういふ種類の人だらう。﹄
﹃奈何いふ種類とは?﹄と銀之助は戯れるやうに。
﹃哲学者でもなし、教育家でもなし、宗教家でもなし――左様かと言つて、普通の文学者とも思はれない。﹄
﹃先生は新しい思想家さ。﹄銀之助の答は斯うであつた。
﹃思想家?﹄と文平は嘲あざけつたやうに、﹃ふゝ、僕に言はせると、空想家だ、夢想家だ――まあ、一種の狂きち人がひだ。﹄
其調子がいかにも可を笑かしかつた。盛んな笑声が復また聞いて居る教師の間に起つた。銀之助も一緒に成つて笑つた。其時、憤慨の情は丑松が全身の血潮に交つて、一時に頭あた脳まの方へ衝きかゝるかのやう。蒼あをざめて居た頬は遽には然かに熱して来て、も耳も紅あかく成つた。
︵五︶
﹃むゝ、勝野君は巧いことを言つた。﹄と斯う丑松は言出した。﹃彼あの猪子先生なぞは、全く君の言ふ通り、一種の狂きち人がひさ。だつて、君、左さ様うぢやないか――世間体の好いやうな、自分で自分に諂へつ諛らふやうなことばかり並べて、其を自伝と言つて他ひとに吹ふい聴ちやうするといふ今の世の中に、狂きち人がひででも無くて誰が冷汗の出るやうな懴悔なぞを書かう。彼の先生の手から職業を奪うば取ひとつたのも、彼様いふ病気に成る程の苦くる痛しみを嘗なめさせたのも、畢つま竟り斯この社会だ。其社会の為に涙を流して、満まん腔かうの熱情を注いだ著述をしたり、演説をしたりして、筆は折れ舌は爛たゞれる迄も思ひ焦こがれて居るなんて――斯こ様んな大おほ白たは痴けが世の中に有らうか。はゝゝゝゝ。先生の生涯は実に懴悔の生しや涯うがいさ。空想家と言はれたり、夢想家と言はれたりして、甘んじて其冷笑を受けて居る程の懴悔の生涯さ。﹁奈ど何んな苦しい悲しいことが有らうと、其を女々しく訴へるやうなものは大丈夫と言はれない。世間の人の睨にらむ通りに睨ませて置いて、黙つて狼のやうに男らしく死ね。﹂――其が先生の主義なんだ。見給へ、まあ其主義からして、もう狂きち人がひ染じみてるぢやないか。はゝゝゝゝ。﹄
﹃君は左様激するから不いか可ん。﹄と銀之助は丑松を慰なだ撫めるやうに言つた。
﹃否いや、僕は決して激しては居ない。﹄斯かう丑松は答へた。
﹃しかし。﹄と文平は冷あざ笑わらつて、﹃猪子蓮太郎だなんて言つたつて、高が穢多ぢやないか。﹄
﹃それが、君、奈何した。﹄と丑松は突込んだ。
﹃彼あ様んな下等人種の中から碌ろくなものゝ出よう筈が無いさ。﹄
﹃下等人種?﹄
﹃卑い劣やしい根性を持つて、可い厭やに癖ひがんだやうなことばかり言ふものが、下等人種で無くて君、何だらう。下手に社会へ突でし出やばらうなんて、其様な思かん想がへを起すのは、第一大間違さ。獣か皮はいぢりでもして、神しん妙べうに引込んでるのが、丁度彼の先生なぞには適当して居るんだ。﹄
﹃はゝゝゝゝ。して見ると、勝野君なぞは開化した高尚な人間で、猪子先生の方は野蛮な下等な人種だと言ふのだね。はゝゝゝゝ。僕は今迄、君も彼の先生も、同じ人間だとばかり思つて居た。﹄
﹃止せ。止せ。﹄と銀之助は叱るやうにして、﹃其様な議論を為たつて、つまらんぢやないか。﹄
﹃いや、つまらなかない。﹄と丑松は聞入れなかつた。﹃僕は君、是これでも真ま面じ目めなんだよ。まあ、聞き給へ――勝野君は今、猪子先生のことを野蛮だ下等だと言はれたが、実際御説の通りだ。こりや僕の方が勘違ひをして居た。左様だ、彼の先生も御説の通りに獣か皮はいぢりでもして、神妙にして引込んで居れば好いのだ。それさへして黙つて居れば、彼様な病気なぞに罹かゝりはしなかつたのだ。その身体のことも忘れて了つて、一日も休まずに社会と戦つて居るなんて――何といふ狂きち人がひの態ざまだらう。噫あゝ、開化した高尚な人は、予あらかじめ金牌を胸に掛ける積りで、教育事業なぞに従事して居る。野蛮な、下等な人種の悲しさ、猪子先生なぞは其様な成功を夢にも見られない。はじめからもう野末の露と消える覚悟だ。死を決して人生の戦場に上つて居るのだ。その慨然とした心意気は――はゝゝゝゝ、悲しいぢやないか、勇しいぢやないか。﹄
と丑松は上歯を顕あらはして、大きく口を開いて、身を慄ふるはせ乍ら欷すゝ咽りなくやうに笑つた。欝うつ勃ぼつとした精神は体から躯だの外そ部とへ満ち溢あふれて、額は光り、頬の肉も震へ、憤怒と苦痛とで紅く成つた時は、其の粗野な沈欝な容貌が平いつ素もよりも一もつ層と男をと性こらしく見える。銀之助は不思議さうに友達の顔を眺めて、久し振で若く剛つよく活々とした丑松の内な部かの生いの命ちに触れるやうな心こゝ地ろもちがした。
対手が黙つて了しまつたので、丑松もそれぎり斯こ様んな話をしなかつた。文平はまた何時までも心の激昂を制おさへきれないといふ様子。頭ごなしに罵のゝしらうとして、反かへつて丑松の為に言いひ敗まくられた気味が有るので、軽けい蔑べつと憎にく悪しみとは猶なほ更さら容貌の上に表れる。﹃何だ――この穢多めが﹄とは其の怒いか気りを帯びた眼が言つた。軈て文平は尋常一年の教師を窓の方へ連れて行つて、
﹃奈ど何うだい、君、今の談はな話しは――瀬川君は最も早う悉すつ皆かり自分で自分の秘密を自白したぢやないか。﹄
斯かう私さゝ語やいて聞かせたのである。
丁度準教員は鉛筆写生を終つた。人々はいづれも其周まは囲りへ集つた。
第拾九章
︵一︶
この大雪を衝ついて、市村弁護士と蓮太郎の二人が飯山へ乗込んで来る、といふ噂うはさは学校に居る丑松の耳にまで入つた。高柳一味の党派は、斯この風説に驚かされて、今更のやうに防ばう禦ぎよを始めたとやら。有権者の訪問、推薦状の配付、さては秘密の勧誘なぞが頻しきりに行はれる。壮士の一ひと群むれは高柳派の運動を助ける為に、既に町へ入込んだともいふ。選挙の上の争あら闘そひは次第に近いて来たのである。
其日は宿直の当番として、丑松銀之助の二人が学校に居残ることに成つた。尤もつとも銀之助は拠よんどころない用事が有ると言つて出て行つて、日暮になつても未だ帰つて来なかつたので、日誌と鍵とは丑松が預つて置いた。丑松は絶えず不安の状あり態さま――暇さへあれば宿直室の畳の上に倒れて、独りで考へたり悶もだえたりしたのである。冬の一ひと日ひは斯ういふ苦しい心づかひのうちに過ぎた。入いり相あひを告げる蓮華寺の鐘の音が宿直室の玻ガラ璃スま窓どに響いて聞える頃は、殊ことに烈しい胸騒ぎを覚えて、何となくお志保の身の上も案じられる。もし奥様の決心がお志保の方に解りでもしたら――あるひは、最も早う解つて居るのかも知れない――左様なると、娘の身として其を黙つて視て居ることが出来ようか。と言つて、奈ど何うして彼の継母のところなぞへ帰つて行かれよう。
﹃あゝ、お志保さんは死ぬかも知れない。﹄
と不ふ図と斯ういふことを想ひ着いた時は、言ふに言はれぬ哀かな傷しみが身を襲おそふやうに感ぜられた。
待つても、待つても、銀之助は帰つて来なかつた。長い間丑松は机に倚より凭かゝつて、洋ラン燈プの下もとにお志保のことを思浮べて居た。斯うして種さま々〴〵の想像に耽ふけり乍ら、悄しよ然んぼりと五分心の火を熟み視つめて居るうちに、何時の間にか疲つか労れが出た。丑松は机に倚凭つた儘まゝ、思はず知らずそこへ寝ねて了しまつたのである。
其時、お志保が入つて来た。
︵二︶
こゝは学校では無いか。奈ど何うして斯こ様んなところへお志保が尋ねて来たらう。と丑松は不思議に考へないでもなかつた。しかし其疑うた惑がひは直に釈とけた。お志保は何か言ひたいことが有つて、わざ〳〵自分のところへ逢ひに来たのだ、と斯う気が着いた。あの夢見るやうな、柔やは嫩らかな眼――其を眺めると、お志保が言はうと思ふことはあり〳〵と読まれる。何故、父や弟にばかり親切にして、自分には左さ様う疎よそ々〳〵しいのであらう。何故、同じ屋根の下に住む程の心やすだては有乍ら、優しい言葉の一つも懸けて呉れないのであらう。何故、其口くち唇びるは言ひたいことも言はないで、堅く閉とぢ塞ふさがつて、恐おそ怖れと苦くる痛しみとで慄へて居るのであらう。
斯ういふ楽しい問は、とは言へ、長く継つゞかなかつた。何時の間にか文平が入つて来て、用事ありげにお志保を促うながした。終しまひには羞はづかしがるお志保の手を執とつて、無理やりに引立てゝ行かうとする。
﹃勝野君、まあ待ち給へ。左さ様う君のやうに無理なことを為しなくツても好からう。﹄
と言つて、丑松は制おし止とゞめるやうにした。其時、文平も丑松の方を振返つて見た。二人の目は電いな光づまのやうに出で逢あつた。
﹃お志保さん、貴あな方たに好いゝ事ことを教へてあげる。﹄
と文平は女の耳の側へ口を寄せて、丑松が隠か蔽くして居る其恐しい秘密を私さゝ語やいて聞かせるやうな態度を示した。
﹃あツ、其そ様んなことを聞かせて奈ど何うする。﹄
と丑松は周あ章わてゝ取とり縋すがらうとして――不ふ図と、眼が覚めたのである。
夢であつた。斯う我に帰ると同時に、苦くる痛しみは身を離れた。しかし夢の裡なかの印象は尚残つて、覚めた後までも恐おそ怖れの心が退かない。室内を眺め廻すと、お志保も居なければ、文平も居なかつた。丁度そこへ風呂敷包を擁かゝへ乍ら、戸を開けて入つて来たのは銀之助であつた。
﹃や、どうも大変遅くなつた。瀬川君、まだ君は起きて居たのかい――まあ、今夜は寝て話さう。﹄
斯う声を掛ける。軈やがて銀之助はがた〳〵靴の音をさせ乍ながら、洋服の上衣を脱いで折釘へ懸けるやら、襟カラを取つて机の上に置くやら、または無造作にズボン釣を外すやらして、﹃あゝ、其内に御別れだ。﹄と投げるやうに言つた。八畳ばかり畳の敷いてあるは、克く二人の友達が枕を並べて、当番の夜を語り明したところ。今は銀之助も名なご残り惜をしいやうな気に成つて、着た儘の襯シャ衣ツとズボン下とを寝ねま衣きがはりに、宿直の蒲団の中へ笑ひ乍ら潜り込んだ。
﹃斯かうして君と是部屋に寝るのも、最も早う今夜限ぎりだ。﹄と銀之助は思出したやうに嘆息した。﹃僕に取つては是これが最終の宿直だ。﹄
﹃左さ様うかなあ、最早御別れかなあ。﹄と丑松も枕に就き乍ら言つた。
﹃何となく斯かう今夜は師範校の寄宿舎にでも居るやうな気がする。妙に僕は昔を懐おも出ひだした――ホラ、君と一緒に勉強した彼の時代のことなぞを。噫あゝ、昔の友達は皆な奈何して居るかなあ。﹄と言つて、銀之助はすこし気を変へて、﹃其は左様と、瀬川君、此こな頃ひだから僕は君に聞いて見たいと思ふことが有るんだが――﹄
﹃僕に?﹄
﹃まあ、君のやうに左様黙つて居るといふのも損な性分だ。どうも君の様子を見るのに、何か非常に苦しい事が有つて、独りで考へて独りで煩はん悶もんして居る、としか思はれない。そりやあもう君が言はなくたつて知れるよ。実際、僕は君の為に心配して居るんだからね。だからさ、其そん様なに苦しいことが有るものなら、少すこ許し打開けて話したらば奈ど何うだい。随分、友達として、力に成るといふことも有らうぢやないか。﹄
︵三︶
﹃何な故ぜ、君は左さ様うだらう。﹄と銀之助は同おも情ひやりの深い言葉を続けた。﹃僕が斯かういふ科学書生で、平しよ素つちゆう其そつ方ちの研究にばかり頭を突込んでるものだから、あるひは僕見たやうなものに話したつて解らない、と君は思ふだらう。しかし、君、僕だつて左様冷い人間ぢや無いよ。他ひとの手てき疵ずを負つて苦んで居るのを、傍はたで観て嘲わ笑らつてるやうな、其そ様んな残酷な人間ぢや無いよ。﹄
﹃君はまた妙なことを言ふぢやないか、誰も君のことを残酷だと言つたものは無いのに。﹄と丑松は臥うつ俯ぶしになつて答へる。
﹃そんなら僕にだつて話して聞かせて呉れ給へな。﹄
﹃話せとは?﹄
﹃何も左様君のやうに蔵つゝんで居る必要は有るまいと思ふんだ。言はないから、其で君は余計に苦しいんだ。まあ、僕も、一時は研究々々で、あまり解剖的にばかり物事を見過ぎて居たが、此頃に成つて大に悟つたことが有る。それからずつと君の心こゝ情ろもちも解るやうに成つた。何故君があの蓮華寺へ引越したか、何な故ぜ君が其様に独りで苦んで居るか――僕はもう何もかも察して居る。﹄
丑松は答へなかつた。銀之助は猶なほ言葉を継ついで、
﹃校長先生なぞに言はせると、斯ういふことは三文の価ねう値ちも無いね。何ぞと言ふと、直に今の青年の病気だ。しかし、君、考へて見給へ。彼先生だつて一度は若い時も有つたらうぢやないか。自分等は鼻唄で通り越して置き乍ら、吾われ儕〳〵にばかり裃かみしもを着て歩けなんて――はゝゝゝゝ、まあ君、左さ様うぢや無いか。だから僕は言つて遣やつたよ。今日彼あの先生と郡視学とで僕を呼付けて、﹁何な故ぜ瀬川君は彼あ様ゝ考へ込んで居るんだらう﹂と斯う聞くから、﹁其は貴あな方たが等たも覚えが有るでせう、誰だつて若い時は同じことです﹂と言つて遣つたよ。﹄
﹃フウ、左様かねえ、郡視学が其様なことを聞いたかねえ。﹄
﹃見給へ、君があまり沈んでるもんだから、つまらないことを言はれるんだ――だから君は誤解されるんだ。﹄
﹃誤解されるとは?﹄
﹃まあ、君のことを新平民だらうなんて――実に途方も無いことを言ふ人も有れば有るものだ。﹄
﹃はゝゝゝゝ。しかし、君、僕が新平民だとしたところで、一向差支は無いぢやないか。﹄
長いこと室の内には声が無かつた。細目に点けて置いた洋ラン燈プの光は天井へ射して、円く朦もう朧ろうと映つて居る。銀之助は其を熟み視つめ乍ら、種いろ々〳〵空想を描いて居たが、あまり丑松が黙つて了つて身動きも為ないので、終しまひには友達は最も早う眠つたのかとも考へた。
﹃瀬川君、最早睡ねたのかい。﹄と声を掛けて見る。
﹃いゝや――未まだ起きてる。﹄
丑松は息を殺して寝床の上に慄ふるへて居たのである。
﹃妙に今夜は眠られない。﹄と銀之助は両手を懸蒲団の上に載せて、﹃まあ、君、もうすこし話さうぢやないか。僕は青年時代の悲かな哀しみといふことを考へると、毎いつ時も君の為に泣きたく成る。愛と名――あゝ、有為な青年を活すのも其だし、殺すのも其だ。実際、僕は君の心情を察して居る。君の性分としては左さ様うあるべきだとも思つて居る。君の慕つて居る人に就いても、蔭かげ乍ながら僕は同情を寄せて居る。其だから今夜は斯こ様んなことを言出しもしたんだが、まあ、僕に言はせると、あまり君は物を六むづヶ敷しく考へ過ぎて居るやうに思はれるね。其処だよ、僕が君に忠告したいと思ふことは。だつて君、左様ぢや無いか。何も其様に独りで苦んでばかり居なくたつても好からう。友達といふものが有つて見れば、そこはそれ相談の仕様によつて、随分道も開けるといふものさ――﹁土屋、斯かう為たら奈ど何うだらう﹂とか何とか、君の方から切出して呉れると、及ばず乍ら僕だつて自分の力に出来る丈のことは尽すよ。﹄
﹃あゝ、左さ様う言つて呉れるのは君ばかりだ。君の志は実に難あり有がたい。﹄と丑松は深い溜息を吐いた。﹃まあ、打開けて言へば、君の察して呉れるやうなことが有つた。確かに有つた。しかし――﹄
﹃ふむ。﹄
﹃君はまだ克よく事情を知らないから、其で左様言つて呉れるんだらうと思ふんだ。実はねえ――其人は最早死んで了しまつたんだよ。﹄
復また二人は無言に帰つた。やゝしばらくして、銀之助は声を懸けて見たが、其時はもう返事が無いのであつた。
︵四︶
銀之助の送別会は翌あく日るひの午前から午後の二時頃迄へ掛けて開らかれた。昼を中へんだは、弁当がはりに鮨すしの折詰を出したからで。教員生徒はかはる〴〵立つて別わか離れの言葉を述べた。余興も幾組かあつた。多くの無邪気な男をと女こをんなの少年は、互ひに悲んだり笑つたりして、稚をさ心なごゝろにも斯の日を忘れまいとするのであつた。
斯かういふ中にも、独り丑松ばかりは気が気で無い。何を見たか、何を聞いたか、殆ほとんど其が記憶にも留らなかつた。唯頭あた脳まの中に残るものは、教員や生徒の騒しい笑声、余興のある度に起る拍手の音、または斯の混雑の中にも時々意味有げな様子して盗むやうに自分の方を見る人々の眼付――まあ、絶えず誰かに附つけ狙ねらはれて居るやうな気がして、其方の心配と屈託と恐おそ怖れとで、見たり聞いたりすることには何の興味も好奇心も起らないのであつた。どうかすると丑松は自分の身体ですら自分のものゝやうには思はないで、何もかも忘れて、心一つに父の戒を憶出して見ることもあつた。﹃見給へ、土屋君は必きつ定と出世するから。﹄斯う私さゝ語やき合ふ教員同志の声が耳に入るにつけても、丑松は自分の暗い未来に思比べて、すくなくも穢多なぞには生れて来なかつた友達の身の上を羨んだ。
送別会が済すむ、直に丑松は学校を出て、急いで蓮華寺を指して帰つて行つた。蔵く裏りの入口の庭のところに立つて、奥座敷の方を眺めると、白衣を着けた一人の尼が出たり入つたりして居る。一昨日の晩頼まれて書いた手紙のことを考へると、彼が奥様の妹といふ人であらうか、と斯かう推測が付く。其時下女の袈裟治が台処の方から駈寄つて、丑松に一枚の名刺を渡した。見れば猪子蓮太郎としてある。袈裟治は言葉を添へて、今朝斯この客が尋ねて来たこと、宿は上町の扇屋にとつたとのこと、宜よろ敷しくと言置いて出て行つたことなぞを話して、まだ外にでつぷり肥つた洋服姿の人も表に立つて居たと話した。﹃むゝ、必きつ定と市村さんだ。﹄と丑松は独ひと語りごちた。話の様子では確かに其らしいのである。
﹃直に、これから尋ねて行つて見ようかしら。﹄とは続いて起つて来た思かん想がへであつた。人目を憚はゞかるといふことさへなくば、無論尋ねて行きたかつたのである。鳥のやうに飛んで行きたかつたのである。﹃まあ、待て。﹄と丑松は自分で自分を制おし止とゞめた。彼の先輩と自分との間には何か深い特別の関係でも有るやうに見られたら、奈何しよう。書いたものを愛読してさへ、既に怪しいと思はれて居るではないか。まして、うつかり尋ねて行つたりなんかして――もしや――あゝ、待て、待て、日の暮れる迄待て。暗くなつてから、人知れず宿屋へ逢ひに行かう。斯う用心深く考へた。
﹃それは左様と、お志保さんは奈ど何うしたらう。﹄と其人の身の上を気きづ遣かひ乍ら、丑松は二階へ上つて行つた。始めて是寺へ引越して来た当時のことは、不ふ図と、胸に浮ぶ。見れば何もかも変らずにある。古びた火鉢も、粗末な懸物も、机も、本箱も。其に比べると人の境きや涯うがいの頼み難いことは。丑松はあの鷹たか匠しやう町の下宿から放逐された不幸な大日向を思出した。丁度斯の蓮華寺から帰つて行つた時は、提ちや灯うちんの光に宵闇の道を照し乍ら、一挺の籠が舁かつがれて出るところであつたことを思出した。附添の大男を思出した。門口で﹃御機嫌よう﹄と言つた主婦を思出した。罵のゝしつたり騒いだりした下宿の人々を思出した。終しまひにはあの﹃ざまあ見やがれ﹄の一言を思出すと、慄ぞ然つとする冷つめたい震みぶ動るひが頸ぼん窩のくぼから背骨の髄へかけて流れ下るやうに感ぜられる。今は他ひと事ごととも思はれない。噫あゝ、丁度それは自分の運命だ。何故、新平民ばかり其そん様なに卑いやしめられたり辱はづかしめられたりするのであらう。何故、新平民ばかり普通の人間の仲間入が出来ないのであらう。何故、新平民ばかり斯の社会に生きながらへる権利が無いのであらう――人生は無慈悲な、残酷なものだ。
斯う考へて、部屋の内を歩いて居ると、唐紙の開く音がした。其時奥様が入つて来た。
︵五︶
いかにも落がつ胆かりしたやうな様子し乍ら、奥様は丑松の前に座すわつた。﹃斯こ様んなことになりやしないか、と思つて私も心配して居たんです。﹄と前置をして、さて奥様は昨ゆう宵べの出来事を丑松に話した。聞いて見ると、お志保は郵便を出すと言つて、日暮頃に門を出たつきり、もう帰つて来ないとのこと。箪たん笥すの上に載せて置いて行つた手紙は奥様へ宛てたもので――それは真心籠めて話をするやうに書いてあつた、ところ〴〵涙に染にじんで読めない文字すらもあつたとのこと。其中には、自分一人の為に種さま々〴〵な迷惑を掛けるやうでは、義理ある両親に申訳が無い。聞けば奥様は離縁の決心とやら、何どう卒か其それ丈だけは思ひとまつて呉れるやうに。十三の年から今こん日にち迄まで受けた恩愛は一生忘れまい。何時までも自分は奥様の傍に居て親と呼び子と呼ばれたい心は山々。何事も因いん縁ねんづくと思ひ諦あきらめて呉れ、許して呉れ――﹃母上様へ、志保より﹄と書いてあつた、とのこと。
﹃尤も――﹄と奥様は襦じゆ袢ばんの袖口でを押拭ひ乍ら言つた。﹃若いものゝことですから、奈ど何んな不量見を起すまいものでもない、と思ひましてね、昨夜一晩中私は眠りませんでしたよ。今朝早く人を見させに遣やりました。まあ、父おと親つさんの方へ帰つて居るらしい、と言ひますから――﹄斯かう言つて、気を変へて、﹃長野の妹も直に出掛けて来て呉れましたよ。来て見ると、斯光あり景さまでせう。どんなに妹も吃びつ驚くりしましたか知れません。﹄奥様はもう啜すゝ上りあげて、不幸な娘の身の上を憐むのであつた。
可愛さうに、住すみ慣なれたところを捨て、義理ある人々を捨て、雪を踏んで逃げて行く時の其心こゝ地ろもちは奈どん何なであつたらう。丑松は奥様の談はな話しを聞いて、斯の寺を脱けて出ようと決心する迄のお志保の苦くる痛しみ悲かな哀しみを思ひやつた。
﹃あゝ――和尚さんだつても眼が覚めましたらうよ、今度といふ今度こそは。﹄と昔むか気しか質たぎな奥様は独語のやうに言つた。
﹃なむあみだぶ。﹄と口の中で繰返し乍ら奥様が出て行つた後、やゝしばらく丑松は古壁に倚より凭かゝつて居た。哀あは憐れみと同おも情ひやりとは眼に見ない事こと実がらを深い﹃生﹄の絵のやうに活して見せる。幾度か丑松はお志保の有様を――斯この寺の方を見かへり〳〵急いで行く其有様を胸に描いて見た。あの釣と昼寝と酒より外には働く気のない老朽な父親、泣く喧けん嘩くわする多くの子供、就わけ中ても継母――まあ、あの家へ帰つて行つたとしたところで、果して是これから将さ来き奈ど何うなるだらう。﹃あゝ、お志保さんは死ぬかも知れない。﹄と不図昨夕と同じやうなことを思ひついた時は、言ふに言はれぬ悲しい心こゝ地ろもちになつた。
急に丑松は壁を離れた。帽子を冠り、楼はし梯ごだんを下り、蔵裏の廊下を通り抜けて、何か用事ありげに蓮華寺の門を出た。
︵六︶
﹃自分は一体何処へ行く積りなんだらう。﹄と丑松は二三町も歩いて来たかと思はれる頃、自分で自分に尋ねて見た。絶望と恐怖とに手を引かれて、目めあ的ても無しに雪道を彷さま徨よつて行つた時は、半ば夢の心地であつた。往来には町の人々が群り集つて、春迄も消えずにある大雪の仕末で多いそ忙がしさう。板いた葺ぶきの屋根の上に降積つたのが掻かき下おろされる度に、それがまた恐しい音して、往来の方へ崩れ落ちる。幾度か丑松は其音の為に驚かされた。そればかりでは無い、四五人集つて何か話して居るのを見ると、直に其を自分のことに取つて、疑はず怪まずには居られなかつたのである。
とある町の角のところ、塩物売る店の横手にあたつて、貼はり付つけてある広告が目についた。大幅な洋紙に墨黒々と書いて、赤い﹃インキ﹄で二重に丸なぞが付けてある。其下に立つて物見高く眺めて居る人々もあつた。思はず丑松も立留つた。見ると、市村弁護士の政見を発表する会で、蓮太郎の名前も演題も一緒に書並べてあつた。会場は上町の法福寺、其日午後六時から開会するとある。
して見ると、丁度演説会は家々の夕飯が済む頃から始まるのだ。
丑松は其広告を読んだばかりで、軈てまた前と同じ方角を指して歩いて行つた。疑心暗鬼とやら。今は其を明あかるい日ひか光りの中に経験する。種いろ々〳〵な恐しい顔、嘲り笑ふ声――およそ人種の憎にく悪しみといふことを表したものは、右からも、左からも、丑松の身を囲とり繞まいた。意地の悪い烏は可い厭やに軽けい蔑べつしたやうな声を出して、得たり賢しと頭の上を啼ないて通る。あゝ、鳥ですら斯雪の上に倒れる人を待つのであらう。斯う考へると、浅あさ猿ましく悲しく成つて、すた〳〵肴さか町なまちの通りを急いだ。
何時の間にか丑松は千ちく曲まが川はの畔ほとりへ出て来た。そこは﹃下しもの渡し﹄と言つて、水に添ふ一帯の河原を下みお瞰ろすやうな位置にある。渡しとは言ひ乍ら、船橋で、下高井の地方へと交通するところ。一筋暗い色に見える雪の中の道には旅人の群が往つたり来たりして居た。荷を積けた橇そりも曳かれて通る。遠くつゞく河かは原らは一面の白い大海を見るやうで、蘆ろて荻きも、楊柳も、すべて深く隠れて了しまつた。高社、風原、中の沢、其他越後境へ連る多くの山々は言ふも更なり、対岸にある村落と杜もりの梢こずゑとすら雪に埋うづ没もれて、幽かすかに鶏の鳴きかはす声が聞える。千曲川は寂しく其間を流れるのであつた。
斯ういふ光あり景さまは今丑松の眼めの前まへに展ひらけた。平ふだ素んは其程注意を引かないやうな物まで一々の印象が強く審くはしく眼に映つて見えたり、あるときは又、物の輪かた郭ちすら朦もう朧ろうとして何もかも同じやうにぐら〳〵動いて見えたりする。﹃自分は是これから将さ来き奈ど何うしよう――何処へ行つて、何を為よう――一体自分は何の為に是この世よの中へ生れて来たんだらう。﹄思ひ乱れるばかりで、何の結まと末まりもつかなかつた。長いこと丑松は千曲川の水を眺め佇たゝ立ずんで居た。
︵七︶
一生のことを思ひ煩わづらひ乍ながら、丑松は船橋の方へ下りて行つた。誰か斯う背うし後ろから追ひ迫つて来るやうな心こゝ地ろもちがして――無論其そ様んなことの有るべき筈が無い、と承知して居乍ら――それで矢張安心が出来なかつた。幾度か丑松は背後を振返つて見た。時とすると、妙な眩めま暈ひご心ゝ地ちに成つて、ふら〳〵と雪の中へ倒れ懸りさうになる。﹃あゝ、馬鹿、馬鹿――もつと毅しつ然かりしないか。﹄とは自分で自分を叱りす言葉であつた。河原の砂の上を降り埋めた雪の小山を上つたり下りたりして、軈やがて船橋の畔へ出ると、白い両岸の光あり景さまが一層広ひろ濶〴〵と見渡される。目に入るものは何もかも――そここゝに低く舞ふ餓うゑた烏の群、丁度川舟のよそほひに忙しさうな船頭、又は石油のいれものを提げて村を指して帰つて行く農夫の群、いづれ冬期の生なり活はひの苦くる痛しみを感ぜさせるやうな光あり景さまばかり。河の水は暗緑の色に濁つて、嘲あざけりつぶやいて、溺おぼれて死ねと言はぬばかりの勢を示し乍ら、川上の方から矢のやうに早く流れて来た。
深く考へれば考へるほど、丑松の心は暗くなるばかりで有つた。斯この社会から捨てられるといふことは、いかに言つても情ない。あゝ放逐――何といふ一生の恥はづ辱かしさであらう。もしも左様なつたら、奈ど何うして是これから将さ来き生くら計しが立つ。何を食つて、何を飲まう。自分はまだ青年だ。望もある、願ひもある、野心もある。あゝ、あゝ、捨てられたくない、非人あつかひにはされたくない、何時迄も世間の人と同じやうにして生きたい――斯う考へて、同族の受けた種さま々〴〵の悲しい恥、世にある不道理な習慣、﹃番太﹄といふ乞食の階級よりも一もつ層と劣等な人種のやうに卑いやしめられた今こん日にち迄までの穢多の歴史を繰返した。丑松はまた見たり聞いたりした事実を数へて、あるひは追はれたりあるひは自分で隠れたりした人々、父や、叔父や、先輩や、それから彼の下高井の大尽の心こゝ地ろもちを身に引比べ、終しまひには娼あそ婦びめとして秘密に売買されるといふ多くの美しい穢多の娘の運命なぞを思ひやつた。
其時に成つて、丑松は後悔した。何故、自分は学問して、正しいこと自由なことを慕ふやうな、其そ様んな思かん想がへを持つたのだらう。同じ人間だといふことを知らなかつたなら、甘んじて世の軽蔑を受けても居られたらうものを。何な故ぜ、自分は人らしいものに斯世の中へ生れて来たのだらう。野山を駆け歩く獣の仲間ででもあつたなら、一生何の苦くる痛しみも知らずに過されたらうものを。
歓うれし哀かなしい過去の追おも憶ひでは丑松の胸の中に浮んで来た。この飯山へ赴任して以この来かたのことが浮んで来た。師範校時代のことが浮んで来た。故ふる郷さとに居た頃のことが浮んで来た。それはもう悉すつ皆かり忘れて居て、何年も思出した先ため蹤しの無いやうなことまで、つい昨日の出来事のやうに、青々と浮んで来た。今は丑松も自分で自分を憐まずには居られなかつたのである。軈やがて、斯ういふ過去の追おも憶ひでがごちや〳〵胸の中で一緒に成つて、煙のやうに乱れて消えて了しまふと、唯二つしか是から将さ来きに執るべき道は無いといふ思かん想がへに落ちて行つた。唯二つ――放逐か、死か。到底丑松は放逐されて生きて居る気は無かつた。其よりは寧むしろ後あ者との方を択えらんだのである。
短い冬の日は何時の間にか暮れかゝつて来た。もう二度と現この世よで見ることは出来ないかのやうな、悲壮な心地に成つて、橋の上から遠く眺ながめると、西の空すこし南寄りに一帯の冬雲が浮んで、丁度可なつ懐かしい故郷の丘を望むやうに思はせる。其は深い焦こげ茶ちや色で、雲くも端べりばかり黄に光り輝くのであつた。帯のやうな水蒸気の群も幾いく条すぢか其上に懸つた。あゝ、日没だ。蕭せう条でうとした両岸の風物はすべて斯この夕暮の照ひか光りと空気とに包まれて了つた。奈どん何なに丑松は﹃死﹄の恐しさを考へ乍ら、動揺する船橋の板いた縁べり近く歩いて行つたらう。
蓮華寺で撞つく鐘の音は其時丑松の耳に無限の悲しい思を伝へた。次第に千曲川の水も暮れて、空に浮ぶ冬雲の焦茶色が灰がゝつた紫色に変つた頃は、もう日も遠く沈んだのである。高く懸る水蒸気の群は、ぱつと薄赤い反射を見せて、急に掻かき消けすやうに暗く成つて了つた。
第弐拾章
︵一︶
せめて彼の先輩だけに自分のことを話さう、と不ふ図と、丑松が思ひ着いたのは、其橋の上である。
﹃噫あゝ、それが最後の別おわ離かれだ。﹄
とまた自分で自分を憐むやうに叫んだ。
斯ういふ思かん想がへを抱いて、軈やがて以も前と来た道の方へ引返して行つた頃は、閏うるふ六日ばかりの夕月が黄たそ昏がれの空に懸つた。尤も、丑松は直に其足で蓮太郎の宿屋へ尋ねて行かうとはしなかつた。間も無く演説会の始まることを承知して居た。左様だ、其の済むまで待つより外は無いと考へた。
上の渡し近くに在る一軒の饂うど飩ん屋やは別に気の置けるやうな人も来ないところ。丁度其前を通りかゝると、軒を泄もれる夕ゆふ餐げの煙に交つて、何か甘うまさうな物のにほひが屋うちの外迄も満ち溢あふれて居た。見れば炉ろの火も赤々と燃え上る。思はず丑松は立留つた。其時は最も早う酷ひどく饑ひも渇じさを感じて居たので、わざ〳〵蓮華寺迄帰るといふ気は無かつた。ついと軒を潜つて入ると、炉ろば辺たには四五人の船頭、まだ他に飲のみ食くひして居る橇そり曳ひきらしい男もあつた。時を待つ丑松の身に取つては、飲みたく無い迄も酒を誂あつらへる必要があつたので、ほんの申訳ばかりにお調子一本、饂飩はかけにして極ごく熱いところを、斯かう注文したのが軈て眼めの前まへに並んだ。丑松はやたらに激昂して慄ふるへたり、丼どんぶりにある饂飩のにほひを嗅いだりして、黙つて他ひとの談はな話しを聞き乍ら食つた。
零落――丑松は今その前に面と向つて立つたのである。船頭や、橇そり曳ひきや、まあ下等な労働者の口から出る言葉と溜息とは、始めて其意味が染しみ々〴〵胸に徹こたへるやうな気がした。実際丑松の今の心こゝ地ろもちは、今日あつて明日を知らない其日暮しの人々と異なるところが無かつたからで。炉の火は好く燃えた。人々は飲んだり食つたりして笑つた。丑松も亦また一緒に成つて寂しさうに笑つたのである。
斯かうして待つて居る間が実に堪へがたい程の長さであつた。時は遅く移り過ぎた。そこに居た橇曳が出て行つて了ふと、交いれ替かはりに他の男が入つて来る。聞くとも無しに其話を聞くと、高柳一派の運動は非常なもので、壮士に掴ませる金ばかりでもちつとやそつとでは有るまいとのこと。何屋とかを借りて、事務所に宛てゝ、料理番は詰つめ切きり、酒は飲のみ放はう題だい、帰つて来る人、出て行く人――其混雑は一通りで無いと言ふ。それにしても、今夜の演説会が奈どん何なに町の人々を動すであらうか、今頃はあの先輩の男らしい音声が法福寺の壁に響き渡るであらうか、と斯う想像して、会も終に近くかと思はれる頃、丑松は飲のみ食くひしたものゝ外に幾いく干らかの茶代を置いて斯この饂飩屋を出た。
月は空にあつた。今迄黄ばんだ洋ラン燈プの光の内に居て、急に斯かう屋うちの外へ飛出して見ると、何となく勝手の違つたやうな心地がする。薄く弱い月の光は家々の屋根を伝つて、往来の雪の上に落ちて居た。軒のき廂びさしの影も地にあつた。夜の靄もやは煙のやうに町々を籠めて、すべて遠く奥深く物寂しく見えたのである。青白い闇――といふことが言へるものなら、其は斯ういふ月夜の光あり景さまであらう。言ふに言はれぬ恐おそ怖れは丑松の胸に這ひ上つて来た。
時とすると、背うし後ろの方からやつて来るものが有つた。是こち方らが徐そろ々〳〵歩けば先さ方きも徐々歩き、是方が急げば先方も急いで随ついて来る。振返つて見よう〳〵とは思ひ乍らも、奈ど何うしても其を為することが出来ない。あ、誰か自分を捕つかまへに来た。斯う考へると、何時の間にか自分の背うし後ろへ忍び寄つて、突だし然ぬけに襲ひかゝりでも為るやうな気がした。とある町の角のところ、ぱつたり其足音が聞えなくなつた時は、始めて丑松も我に帰つて、ホツと安心の溜息を吐つくのであつた。
前の方からも、亦また。あゝ月明りのおぼつかなさ。其光には何どれ程ほどの物の象かたちが見えると言つたら好からう。其陰には何程の色が潜んで居ると言つたら好からう。煙るやうな夜の空気を浴び乍ら、次第に是こち方らへやつて来る人影を認めた時は、丑松はもう身を縮すくめて、危険の近ちかづいたことを思はずには居られなかつたのである。一寸是方を透して視て、軈て影は通過ぎた。
それは割合に気候の緩ゆるんだ晩で、打てば響くかと疑はれるやうな寒夜の趣とは全く別の心地がする。天は遠く濁つて、低いところに集る雲の群ばかり稍やゝ仄ほの白じろく、星は隠れて見えない中にも唯一つ姿を顕あらはしたのがあつた。往来に添ふ家々はもう戸を閉めた。ところ〴〵灯は窓から泄もれて居た。何の音とも判らない夜の響にすら胸を踊らせ乍ら、丑松はとした町を通つたのである。
︵二︶
丁度演説会が終つたところだ。聴衆の群は雪を踏んでぞろ〳〵帰つて来る。思ひ〳〵のことを言ふ人々に近いて、其となく会の模様を聞いて見ると、いづれも激昂したり、憤慨したりして、一人として高柳を罵のゝしらないものは無い。あるものは斯の飯山から彼あ様んな人物を放逐して了しまへと言ふし、あるものは市村弁護士に投票しろと呼ぶし、あるものは又、世にある多くの政事家に対して激烈な絶望を泄もらし乍ら歩くのであつた。
月明りに立留つて話す人々も有る。其一ひと群むれに言はせると、蓮太郎の演説はあまり上手の側では無いが、然し妙に人をる力が有つて、言ふことは一々聴衆の肺腑を貫いた。高柳派の壮士、六七人、頻しきりに妨害を試みようとしたが、終しまひには其も静しづまつて、水を打つたやうに成つた。悲壮な熱情と深刻な思想とは蓮太郎の演説を通しての著しい特色であつた。時とすると其が病的にも聞えた。最後に蓮太郎は、不真面目な政事家が社会を過あやまり人道を侮辱する実例として、烈しく高柳の急所をつ衝ついた。高柳の秘密――六左衛門との関係――すべて其卑しい動機から出た結婚の真相が残るところなく発表された。
また他の一群に言はせると、其演説をして居る間、蓮太郎は幾度か血を吐いた。終つて演壇を下りる頃には、手に持つた子ハンケチが紅く染つたとのことである。
兎に角、蓮太郎の演説は深い感動を町の人々に伝へたらしい。丑松は先輩の大胆な、とは言へ男をと性こらしい行やり動かたに驚いて、何となく不安な思を抱かずには居られなかつたのである。それにしても最も早う宿屋の方に帰つて居る時刻。行つて逢あはう。斯う考へて、夢のやうに歩いた。ぶらりと扇屋の表に立つて、軒行燈の影に身を寄せ乍ら、屋な内かの様子を覗のぞいて見ると、何か斯う取込んだことでも有るかのやうに人々が出たり入つたりして居る。亭主であらう、五十ばかりの男、周あわ章たゞしさうに草履を突掛け乍ら、提ちや灯うちん携げて出て行かうとするのであつた。
呼留めて、蓮太郎のことを尋ねて見て、其時丑松は亭主の口から意外な報しら知せを聞取つた。今々法福寺の門前で先輩が人の為に襲はれたといふことを聞取つた。真ほん実とか、虚う言そか――もし其が事実だとすれば、無論高柳の復ふく讐しうに相違ない。まあ、丑松は半信半疑。何を考へるといふ暇も無く、たゞ〳〵胸を騒がせ乍ら、亭主の後に随ついて法福寺の方へと急いだのである。
あゝ、丑松が駈付けた時は、もう間に合はなかつた。丑松ばかりでは無い、弁護士ですら間に合はなかつたと言ふ。聞いて見ると、蓮太郎は一ひと歩あし先へ帰ると言つて外ぐわ套いたうを着て出て行く、弁護士は残つて後仕末を為して居たとやら。傷といふは石か何かで烈しく撃たれたもの。只たゞさへ病弱な身、まして疲れた後――思ふに、何の抵てむ抗かひも出来なかつたらしい。血は雪の上を流れて居た。
︵三︶
左とも右かくも検けん屍しの済む迄までは、といふので、蓮太郎の身体は外套で掩おほふた儘まゝ、手を着けずに置いてあつた。思はず丑松は跪ひざまづいて、先輩の耳の側へ口を寄せた。まだそれでも通じるかと声を掛けて見る。
﹃先生――私です、瀬川です。﹄
何と言つて呼んで見ても、最早聞える気けし色きは無かつたのである。
月の光は青白く落ちて、一層凄せい愴さうとした死の思を添へるのであつた。人々は同じやうに冷い光と夜気とを浴び乍ら、巡査や医者の来るのを待まち佗わびて居た。あるものは影のやうに蹲うづくまつて居た。あるものは並んで話し〳〵歩いて居た。弁護士は悄しよ然んぼり首を垂れて、腕組みして、物も言はずに突立つて居た。
軈て町の役人が来る、巡査が来る、医者が来る、間も無く死体の検査が始つた。提灯の光に照された先輩の死顔は、と見ると、頬の骨隆たかく、鼻尖り、堅く結んだ口唇は血の色も無く変りはてた。男らしい威厳を帯びた其容おも貌ばせのうちには、何処となく暗い苦痛の影もあつて、壮烈な最後の光あり景さまを可いた傷ましく想像させる。見る人は皆な心を動された。万事は侠をと気こぎのある扇屋の亭主の計らひで、検屍が済む、役人達が帰つて行く、一先づ死体は宿屋の方へ運ばれることに成つた。戸板の上へ載せる為に、弁護士は足の方を持つ、丑松は頭の方へ廻つて、両手を深く先輩の脇の下へ差入れた。あゝ、蓮太郎の身体は最早冷かつた。奈どん何なに丑松は名残惜しいやうな気に成つて、蒼あをざめた先輩の頬へ自分の頬を押宛てゝ、﹃先生、先生。﹄と呼んで見たらう。其時亭主は傍へ寄つて、だらりと垂れた蓮太郎の手を胸の上に組合せてやつた。斯うして戸板に載せて、其上から外套を懸けて、扇屋を指して出掛けた頃は、月も落ちかゝつて居た。人々は提灯の光に夜道を照し乍ら歩いた。丑松は亦たさく〳〵と音のする雪を踏んで、先輩の一生を考へ乍ら随ついて行つた。思当ることが無いでも無い。あの根村の宿屋で一緒に夕ゆふ飯めしを食つた時、頻に先輩は高柳の心を卑いやしで﹇#﹁卑いやしで﹂はママ﹈、﹃是程新平民といふものを侮辱した話は無からう﹄と憤つたことを思出した。あの上田の停ステ車ーシ場ョンへ行く途中、丁度橋を渡つた時にも、﹃どうしても彼あ様んな男に勝たせたく無い、何どう卒かして斯この選挙は市村君のものにして遣りたい﹄と言つたことを思出した。﹃いくら吾われ儕〳〵が無智な卑い賤やしいものだからと言つて、踏付けられるにも程が有る﹄と言つたことを思出した。﹃高柳の話なぞを聞かなければ格別、聞いて、知つて、黙つて帰るといふことは、新平民として余り意い気く地ぢが無さ過ぎるからねえ﹄と言つたことを思出した。それから彼あの細君が一緒に東京へ帰つて呉れと言出した時に、先輩は叱つたりしたりして、丁度生なま木きを割さくやうに送り返したことを思出した。彼かれ是これを思合せて考へると――確かに先輩は人の知らない覚かく期ごを懐にして、斯この飯山へ来たらしいのである。
斯ういふことゝ知つたら、もうすこし早く自分が同じ新平民の一人であると打明けて話したものを。あるひは其を為たら、自分の心こゝ情ろもちが先輩の胸にも深く通じたらうものを。
後悔は何の益やくにも立たなかつた。丑松は恥ぢたり悲んだりした。噫あゝ、数時間前には弁護士と一緒に談はなし乍ら扇屋を出た蓮太郎、今は戸板に載せられて其同じ門を潜るのである。不とり取あへ敢ず、東京に居る細君のところへ、と丑松は引受けて、電報を打つ為に郵便局の方へ出掛けることにした。夜は深かつた。往来を通る人の影も無かつた。是非打たう。局員が寝て居たら、叩たゝき起しても打たう。それにしても斯この電報を受取る時の細君の心こゝ地ろもちは。と想像して、さあ何と文句を書いてやつて可いゝか解らない位であつた。暗く寂さみしい四辻の角のところへ出ると、頻に遠くの方で犬の吠ほえる声が聞える。其時はもう自分で自分を制おさへることが出来なかつた。堪へ難い悲かな傷しみの涙は一時に流れて来た。丑松は声を放つて、歩き乍ら慟どう哭こくした。
︵四︶
涙は反かへつて枯れ萎しをれた丑松の胸を湿うるほした。電報を打つて帰る道すがら、丑松は蓮太郎の精神を思ひやつて、其を自分の身に引比べて見た。流さす石がに先輩の生しや涯うがいは男らしい生涯であつた。新平民らしい生涯であつた。有の儘まゝに素性を公言して歩いても、それで人にも用ゐられ、万よろづ許されて居た。﹃我は穢多を恥とせず。﹄――何といふまあ壮さかんな思かん想がへだらう。其に比べると自分の今の生涯は――
其時に成つて、始めて丑松も気がついたのである。自分は其を隠か蔽くさう隠蔽さうとして、持つて生れた自然の性質を銷すり磨へらして居たのだ。其為に一いつ時ときも自分を忘れることが出来なかつたのだ。思へば今迄の生涯は虚いつ偽はりの生涯であつた。自分で自分を欺あざむいて居た。あゝ――何を思ひ、何を煩ふ。﹃我は穢多なり﹄と男らしく社会に告白するが好いではないか。斯う蓮太郎の死が丑松に教へたのである。
紅あかく泣なき腫はらした顔を提げて、やがて扇屋へ帰つて見ると、奥の座敷には種さま々〴〵な人が集つて後の事を語り合つて居た。座敷の床の間へ寄せ、北を枕にして、蓮太郎の死体の上には旅行用の茶色の膝ひざ懸かけをかけ、顔は白い布ハンケチで掩おほふてあつた。亭主の計らひと見えて、其前に小机を置き、土かは器らけの類たぐひも新しいのが載せてある。線香の煙に交る室内の夜の空気の中に、蝋らふ燭そくの燃とぼるのを見るも悲しかつた。
警察署へ行つた弁護士も帰つて来て、蓮太郎のことを丑松に話した。上田の停ステ車ーシ場ョンで別れてから以この来かた、小こも諸ろ、岩村田、志賀、野沢、臼田、其他到るところに蓮太郎が精くはしい社会研究を発表したこと、それから長野へ行き斯の飯山へ来る迄の元気の熾さか盛んであつたことなぞを話した。﹃実に我輩も意外だつたね。﹄と弁護士は思出したやうに、﹃一緒に斯こ処ゝの家うちを出て法福寺へ行く迄も、彼あ様んな烈しいことを行やらうとは夢にも思はなかつた。毎いつ時も演説の前には内なか容みの話が出て、斯か様う言ふ積りだとか、彼あ様ゝ話す積りだとか、克よく飯をやり乍ら其を我輩に聞かせたものさ。ところが、君、今夜に限つては其そ様んな話が出なかつたからねえ。﹄と言つて、嘆息して、﹃あゝ、不親切な男だと、君始め――まあ奈ど何んな人でも、我輩のことを左様思ふだらう。思はれても仕方無い。全く我輩が不親切だつた。猪子君が何と言はうと、細君と一緒に東京へ返しさへすれば斯こ様んなことは無かつた。御承知の通り、猪子君も彼あ様ゝいふ弱い身体だから、始め一緒に信州を歩くと言出した時に、何どの位くらゐ我輩が止めたか知れない。其時猪子君の言ふには、﹁僕は僕だけの量見があつて行くのだから、決して止めて呉れ給ふな。君は僕を使つ役かふと見てもよし、僕はまた君から助けられると見られても可いゝ――兎とに角かく、君は君で働き、僕は僕で働くのだ。﹂斯ういふものだから、其程熱心に成つて居るものを強ひて廃よし給へとも言はれんし、折角の厚意を無にしたくないと思つて、それで一緒に歩いたやうな訳さ。今になつて見ると、噫あゝ、あの細君に合せる顔が無い。﹁奥おく様さん、其様に御心配なく、猪子君は確かに御預りしましたから﹂なんて――まあ我輩は奈ど何うして御おわ詑びをして可いゝか解らん。﹄
斯う言つて、萎しをれて、肥大な弁護士は洋服の儘まゝでかしこまつて居た。其時は最も早うこの扇屋に泊る旅人も皆な寝て了つて、たゞさへ気の遠くなるやうな冬の夜が一ひと層しほの寂しさを増して来た。日頃新平民と言へば、直に顔を皺しかめるやうな手合にすら、蓮太郎ばかりは痛み惜まれたので、殊に其悲惨な最後が深い同情の念を起させた。﹃警察だつても黙つて置くもんぢや無い。見給へ、きつと最も早う高柳の方へ手が廻つて居るから。﹄と人々は互に言合ふのであつた。
見れば見るほど、聞けば聞くほど、丑松は死んだ先輩に手を引かれて、新しい世界の方へ連れて行かれるやうな心地がした。告白――それは同じ新平民の先輩にすら躊ちう躇ちよしたことで、まして社会の人に自分の素性を暴さら露けださうなぞとは、今こん日にち迄まで思ひもよらなかつた思かん想がへなのである。急に丑松は新しい勇気を掴つかんだ。どうせ最早今迄の自分は死んだものだ。恋も捨てた、名も捨てた――あゝ、多くの青年が寝食を忘れる程にあこがれて居る現世の歓楽、それも穢多の身には何の用が有らう。一新平民――先輩が其だ――自分も亦た其で沢山だ。斯う考へると同時に、熱い涙は若々しい頬を伝つて絶とめ間ども無く流れ落ちる。実にそれは自分で自分を憐むといふ心から出た生いの命ちの汗であつたのである。
いよ〳〵明日は、学校へ行つて告うち白あけよう。教員仲間にも、生徒にも、話さう。左様だ、其を為るにしても、後々までの笑草なぞには成らないやうに。成るべく他ひとに迷惑を掛けないやうに。斯う決心して、生徒に言つて聞かせる言葉、進退伺に書いて出す文句、其他種いろ々〳〵なことまでも想像して、一夜を人々と一緒に蓮太郎の遺なき骸がらの前で過したのであつた。彼かれ是これするうちに、鶏が鳴いた。丑松は新しい暁の近いたことを知つた。
第弐拾壱章
︵一︶
学校へ行く準した備くをする為に、朝早く丑松は蓮華寺へ帰つた。庄馬鹿を始め、子坊主迄、談はな話しは蓮太郎の最後、高柳の拘こう引いんの噂うはさなぞで持切つて居た。昨日の朝丑松の留守へ尋ねて来た客が亡なくなつた其人である、と聞いた時は、猶なほ々〳〵一同驚き呆あきれた。丑松はまた奥様から、妹が長野の方へ帰るやうに成つたこと、住職が手を突いて詑わび入いつたこと、それから夫婦別れの話も――まあ、見合せにしたといふことを聞取つた。
﹃なむあみだぶ。﹄
と奥様は珠ず数ゝを爪つま繰ぐり乍ら唱となへて居た。
丁度十二月朔つい日たちのことで、いつも寺では早く朝あさ飯はんを済すますところからして、丑松の部屋へも袈裟治が膳を運んで来た。斯かうして寺の人と同じやうに早く食ふといふことは、近頃無いためし――朝は必ず生なま温あたゝかい飯に、煮詰つた汁と極きまつて居たのが、其日にかぎつては、飯も焚きたての気いきの立つやつで、汁は又、煮立つたばかりの赤味噌のにほひが甘うまさうに鼻の端さきへ来るのであつた。小皿には好物の納豆も附いた。其時丑松は膳に向ひ乍ら、兎とも角かくも斯うして生きながらへ来た今こん日にち迄までを不思議に難あり有がたく考へた。あゝ、卑い賤やしい穢多の子の身であると覚期すれば、飯を食ふにも我知らず涙が零こぼれたのである。
朝飯の後、丑松は机に向つて進退伺を書いた。其時一生の戒を思出した。あの父の言葉を思出した。﹃たとへいかなる目を見ようと、いかなる人に邂めぐ逅りあはうと、決して其とは自うち白あけるな、一旦の憤いか怒り悲かな哀しみに是この戒いましめを忘れたら、其時こそ社よの会なかから捨てられたものと思へ。﹄斯う父は教へたのであつた。﹃隠せ﹄――其を守る為には今日迄何どれ程ほどの苦心を重ねたらう。﹃忘れるな﹄――其を繰返す度に何程の猜うた疑がひと恐おそ怖れとを抱いたらう。もし父が斯この世に生きながらへて居たら、まあ気でも狂つたかのやうに自分の思かん想がへの変つたことを憤り悲むであらうか、と想像して見た。仮たと令ひ誰が何と言はうと、今はその戒を破り棄てる気で居る。
﹃阿おと爺つさん、堪かん忍にんして下さい。﹄
と詑入るやうに繰返した。
冬の朝日が射して来た。丑松は机を離れて窓の方へ行つた。障しや子うじを開けて眺めると、例の銀いて杏ふの枯かれ々〴〵な梢こずゑを経へだてゝ、雪に包まれた町々の光あり景さまが見渡される。板いた葺ぶきの屋根、軒のき廂びさし、すべて目に入るかぎりのものは白く埋れて了つて、家と家との間からは青々とした朝あさ餐げの煙が静かに立登つた。小学校の建たて築も物のも、今、日をうけた。名なご残り惜をしいやうな気に成つて、冷つめたく心こゝ地ろもちの好い朝の空気を呼吸し乍ら、やゝしばらく眺め入つて居たが、不図胸に浮んだは蓮太郎の﹃懴悔録﹄、開巻第一章、﹃我は穢多なり﹄と書起してあつたのを今更のやうに新しく感じて、丁度この町の人々に告白するやうに、其文句を窓のところで繰返した。
﹃我は穢多なり。﹄
ともう一度繰返して、それから丑松は学校へ行く準した備くにとりかゝつた。
︵二︶
破戒――何といふ悲しい、壮いさましい思かん想がへだらう。斯かう思ひ乍ら、丑松は蓮華寺の山門を出た。とある町の角のところまで歩いて行くと、向ふの方から巡査に引かれて来る四五人の男に出で逢あつた。いづれも腰繩を附けられ、蒼あをざめた顔付して、人目を憚はゞかり乍ら悄しを々〳〵と通る。中に一人、黒の紋付羽織、白足袋穿ばき、顔こそ隠して見せないが、当世風の紳士姿は直に高柳利三郎と知れた。克よく見ると、一緒に引かれて行く怪しげな風体の人々は、高柳の為に使つ役かはれた壮士らしい。流石に心は後へ残るといふ風で、時々立留つては振返つて見る度に、巡査から注意をうけるやうな手合もあつた。﹃あゝ、捕つて行くナ。﹄と丑松の傍に立つて眺めた一人が言つた。﹃自業自得さ。﹄とまた他の一人が言つた。見る〳〵高柳の一行は巡査の言ふなりに町の角を折れて、軈やがて雪山の影に隠れて了つた。
男女の少年は今、小学校を指して急ぐのであつた。近在から通ふ児こど童もなぞは、絨フランネルの布き片れで頭を包んだり、肩掛を冠つたりして、声を揚げ乍ら雪の中を飛んで行く。町の児こど童もは又、思ひ〳〵に誘ひ合せて、後になり前になり群を成して行つた。斯かうして邪あど気けない生徒等と一緒に、通かよひ忸なれた道路を歩くといふのも、最早今日限りであるかと考へると、目に触れるものは総すべて丑松の心に哀かなし可なつ懐かしい感かん想じを起させる。平ふだ素んは煩うるさいと思ふやうな女の児の喋おし舌やべりまで、其朝にかぎつては、可懐しかつた。色の褪さめた海えび老ちや茶ばか袴まを眺めてすら、直に名残惜しさが湧上つたのである。
学校の運動場には雪が山のやうに積上げてあつた。木馬や鉄かな棒ぼうは深く埋うづ没もれて了しまつて、屋そ外との運動も自由には出来かねるところからして、生徒はたゞ学校の内な部かで遊んだ。玄関も、廊下も、広い体操場も、楽しさうな叫び声で満ち溢あふれて居た。授業の始まる迄まで、丑松は最後の監督を為る積りで、あちこち〳〵と廻つて歩くと、彼あそ処こでも瀬川先生、此こ処ゝでも瀬川先生――まあ、生徒の附つき纏まとふのは可愛らしいもので、飛んだり跳はねたりする騒がしさも名残と思へば寧いつそいぢらしかつた。廊下のところに立つた二三の女教師、互にじろ〳〵是こち方らを見て、目と目で話したり、くす〳〵笑つたりして居たが、別に丑松は気にも留めないのであつた。其朝は三年生の仙太も早く出て来て体操場の隅に悄しよ然んぼりとして居る。他の生徒を羨ましさうに眺め佇たゝ立ずんで居るのを見ると、不あひ相かは変らず誰も相手にするものは無いらしい。丑松は仙太を背うし後ろから抱だき〆しめて、誰が見ようと笑はうと其そ様んなことに頓着なく、自おの然づと外そ部とに表れる深い哀あは憐れみの情こゝ緒ろを寄せたのである。この不幸な少年も矢張自分と同じ星の下に生れたことを思ひ浮べた。いつぞやこの少年と一緒に庭テニ球スの遊あそ戯びをして敗けたことを思ひ浮べた。丁度それは天長節の午後、敬之進を送る茶話会の後であつたことなどを思ひ浮べた、不図、廊下の向ふの方で、尋常一年あたりの女の生徒であらう、揃つて歌ふ無邪気な声が起つた。
『桃から生れた桃太郎、
気はやさしくて、力もち――』
気はやさしくて、力もち――』
その唱歌を聞くと同時に、思はず涙は丑松の顔を流れた。
大鈴の音が響き渡つたのは間も無くであつた。生徒は互ひに上草履鳴して、我われ勝がちに体操場へと塵ほこ埃りの中を急ぐ。軈やがて男女の教師は受持受持の組を集めた。相図の笛ふえも鳴つた。次第に順を追つて、教師も生徒も動き始めたのである。高等四年の生徒は丑松の後に随ついて、足拍子そろへて、一緒に長い廊下を通つた。
︵三︶
応接室には校長と郡視学とが相さし対むかひに成つて、町会議員の来るのを待受けて居た。それは丑松のことに就いて、集つて相談したい、といふ打合せが有つたからで。尤もつとも、郡視学は約束の時間よりも早く、校長を尋ねてやつて来たのである。
校長に言はせると、何も自分は悪意あつて異分子を排斥するといふ訳では無い。自分はもう旧派の教育者と言はれる一人で、丑松や銀之助なぞとはずつと時代が違つて居る。今日とても矢張自分等の時代で有ると言ひたいが、実は何い時つの間にか世の中が変うつ遷りかはつて来た。何が可こ畏はいと言つたつて、新しい時代ほど可畏いものは無い。あゝ、老いたくない、朽くちたくない、何いつ時ま迄でも同じ位置と名誉とを保つて居たい、後進の書生輩などに兜かぶとを脱いで降参したくない。それで校長は進取の気象に富んだ青年教師を遠ざけようとする傾かた向むきを持つのである。
のみならず、丑松や銀之助は彼の文平のやうに自分の意を迎へない。教員会のある度に、意見が克よく衝突する。何かにつけて邪魔に成る。彼あ様んな喙くちばしの黄色い手合が、校長の自分よりも生徒に慕はれて居るとあつては、第一それが小癪に触る。何も悪意あつて排斥するでは無いが、学校の統一といふ上から言ふと、是これも亦また止むを得ん――斯う校長は身の衛まもりかたを考へたので。
﹃町会議員も最も早う見えさうなものだ。﹄と郡視学は懐中時計を取出して眺め乍ら言つた。﹃時に、瀬川君のこともいよ〳〵物に成りさうですかね。﹄
この﹃物に﹄が校長を笑はせた。
﹃しかし。﹄と郡視学は言葉を継ついで、﹃是こつ方ちから其を言出しては面白くない。町の方から言出すやうになつて来なければ面白くない。﹄
﹃其です。其を私も思ふんです。﹄と校長は熱心を顔に表して答へた。
﹃見給へ。瀬川君が居なくなる、土屋君が居なくなる、左さ様うなれば君もう是こつ方ちのものさ。瀬川君のかはりには彼あの甥をひを使つ役かつて頂くとして、手の明いたところへは必ず僕が適当な人物を周旋しますよ。まあ、悉すつ皆かり吾党で固めて了はうぢや有ませんか。左さ様うして置きさへすれば、君の位置は長く動きませんし、僕も亦また折角心配した甲か斐ひがあるといふもんです――はゝゝゝゝ。﹄
斯ういふ談はな話しをして居るところへ、小使が戸を開けて入つて来た。続いて三人の町会議員もあらはれた。
﹃さあ、何どう卒ぞ是こち方らへ。﹄と校長は椅子を離れて丁寧に挨拶する。
﹃いや、どうも遅なはりまして、失礼しました。﹄と金縁の眼鏡を掛けた議員が快くわ濶いくわつな調子で言つた。﹃実は、高柳君も彼様いふやうな訳で、急に選挙の模様が変りましたものですから。﹄
︵四︶
其日、長野の師範校の生徒が二十人ばかり、参観と言つて学校の廊下を往つたり来たりした。丑松が受持の教室へも入つて来た。丁度高等四年では修身の学課を終つて、二時間目の数学に取掛つたところで、生徒は頻しきりに問題を考へて居る最中。参観人の群が戸を開けてあらはれた時は、一時靴の音で妨げられたが、軈やがて其も静つてもとの通りに成つた。寂しんとした教室の内には、石盤を滑る石筆の音ばかり。丑松は机と机との間を歩いて、名残惜しさうに一同の監督をした。時々参観人の方を注意して見ると、制服着た連中がずらりと壁に添ふて並んで、いづれも一いつ廉ぱしの批評家らしい顔付。楽しい学生時代の種さま々〴〵は丑松の眼めの前まへに彷ちら彿ついて来た。丁度自分も同級の人達と一緒に、師範校の講師に連れられて、方々へ参観に出掛けた当時のことを思ひ浮べた。残酷な、とは言へ罪の無い批評をして、到るところの学校の教師を苦めたことを思ひ浮べた。丑松とても一度は斯の参観人と同じ制服を着た時代があつたのである。
﹃出来ましたか――出来たものは手を挙げて御覧なさい。﹄
といふ丑松の声に応じて、後列の方の級長を始め、すこし覚束ないと思はれるやうな生徒まで、互に争つて手を挙げた。あまり数学の出来る方でない省吾までも、めづらしく勇んで手を挙げた。
﹃風間さん。﹄
と指名すると、省吾は直に席を離れて、つか〳〵と黒板の前へ進んだ。
冬の日の光は窓の玻ガラ璃スを通して教へ慣なれた教室の内を物寂しく照して見せる。平ふだ素んは何の感かん想じをも起させない高い天井から、四まは辺りの白壁まで、すべて新しく丑松の眼に映つた。正面に懸けてある黒板の前に立つて、白墨で解こた答へを書いて居る省吾の後姿は、と見ると、実に今が可愛らしい少年の盛り、肩揚のある筒つゝ袖そで羽ばお織りを着て、首すこし傾かしげ、左の肩を下げ、高いところへ数字を書かうとする度に背延びしては右の手を届かせるのであつた。省吾は克く勉強する質たちの生徒で、図画とか、習字とか、作文とかは得意だが、毎いつ時も理科や数学で失しく敗じつて、丁度十五六番といふところを上つたり下つたりして居る。不思議にも其日は好く出来た。
﹃是と同じ答の出たものは手を挙げて御覧なさい。﹄
後列の方の生徒は揃つて手を挙げた。省吾は少すこ許し顔を紅あかくして、やがて自分の席へ復もどつた。参観人は互に顔を見合せ乍ら、意味の無い微ほゝ笑ゑみを交とり換かはして居たのである。
斯かういふことを繰返して、問題を出したり、説明して聞かせたりして、数学の時間を送つた。其日に限つては、妙に生徒一同が静粛で、参観人の居ない最初の時間から悪わる戯ふざけなぞを為るものは無かつた。極きまりで居眠りを始める生徒や、狐こ鼠そ々/々\机の下で無線電話をかける技師までが、唯もう行儀よくかしこまつて居た。噫あゝ、生徒の顔も見納め、教室も見納め、今は最後の稽古をする為に茲こゝに立つて居る、と斯かう考へると、自おの然づと丑松は胸を踊らせて、熱心を顔に表して教へた。
︵五︶
﹃無論市村さんは当選に成りませう。﹄と応接室では白しろ髯ひげの町会議員が世よ慣なれた調子で言出した。﹃人気といふ奴やつは可おそ畏ろしいものです。高柳君が彼あ様ゝいふことになると、最早誰も振向いて見るものが有ません。多少掴つかませられたやうな連中まで、ずつと市村さんの方へ傾かしいで了ひました。﹄
﹃是これといふのも、あの猪子といふ人の死んだ御蔭なんです――余程市村さんは御礼を言つても可いゝ。﹄と金縁眼鏡の議員が力を入れた。
﹃して見ると新平民も馬鹿になりませんかね。﹄と郡視学は胸を突出して笑つた。
﹃なりませんとも。﹄と白髯の議員も笑つて、﹃どうして、彼あれ丈だけの決心をするといふのは容易ぢや無い。しかし猪子のやうな人ひ物とは特別だ。﹄
﹃左さ様うさ――彼あれは彼、是これは是さ。﹄
と顔に薄うす痘あば痕たのある商人の出らしい議員が言出した時は、其処に居並ぶ人々は皆笑つた。﹃彼は彼、是は是﹄と言つた丈だけで、其意味はもう悉すつ皆かり通じたのである。
﹃はゝゝゝゝ。只たゞ今いま御話の出ました﹁是﹂の方の御相談ですが、﹄と金縁眼鏡の議員は巻煙草を燻ふかし乍ら、﹃郡視学さんにも一つ御心配を願ひまして、あまり町の方でやかましく成りません内に――左様、御転任に成るといふものか、乃ない至しは御休職を願ふといふものか、何とかそこのところを考へて頂きたいもので。﹄
﹃はい。﹄と郡視学は額へ手を当てた。
﹃実に瀬川先生には御気の毒ですが、是も拠よんどころない。﹄と白髯の議員は嘆息した。﹃御承知の通りな土地柄で、兎とか角く左様いふことを嫌ひまして――彼先生は実はこれ〳〵だと生徒の父兄に知れ渡つて御覧なさい、必きつ定と、子供は学校へ出さないなんて言出します。そりやあもう、眼に見えて居ます。現に、町会議員の中にも、恐しく苦情を持出した人がある。一体学務委員が気が利かないなんて、私共に喰つて懸るといふ仕末ですから。﹄
﹃まあ、私共始め、左さ様ういふことを伺つて見ますと、あまり好い心こゝ地ろもちは致しませんからなあ。﹄と薄うす痘あば痕たの議員が笑ひ乍ら言葉を添へる。
﹃しかし、それでは学校に取りまして非常に残念なことです。﹄と校長は改あらたまつて、﹃瀬川君が好くやつて下さることは、定めし皆さんも御聞きでしたらう――私もまあ片腕程に頼みに思つて居るやうな訳で。学才は有ますし、人物は堅たし実かですし、それに生徒の評う判けは良し、若手の教育者としては得難い人だらうと思ふんです。素うま性れが卑い賤やしいからと言つて、彼あ様ゝいふ人を捨てるといふことは――実際、聞えません。何どう卒かまあ皆さんの御尽力で、成らうことなら引留めるやうにして頂きたいのですが。﹄
﹃いや。﹄と金縁眼鏡の議員は校長の言葉を遮つた。﹃御ごも尤つともです。只今のやうな校長先生の御意見を伺つて見ますと、私共が斯こ様んな御相談に参るといふことからして、恥入る次第です。成なる程ほど、学問の上には階級の差別も御ござ座いますまい。そこがそれ、迷信の深い土地柄で。左様いふ美しい思かん想がへを持つた人は鮮すく少ないものですから――﹄
﹃どうも未まだそこまでは開けませんのですな。﹄と薄痘痕の議員が言つた。
﹃ナニ、それも、猪子先生のやうに飛抜けて了へば、また人が許しもするんですよ。﹄と白髯の議員は引取つて、﹃其証拠には、宿屋でも平気で泊めますし、寺て院らでも本堂を貸しますし、演説を為するといへば人が聴きにも出掛けます。彼あの先生のは可い厭やに隠か蔽くさんから可いゝ。最初からもう名乗つてかゝるといふ遣方ですから、左さ様うなると人情は妙なもので、むしろ気の毒だといふ心こゝ地ろもちに成る。ところが、瀬川先生や高柳君の細君のやうに、其を隠か蔽くさう〳〵とすると、余計に世間の方では厳やかましく言出して来るんです。﹄
﹃大きに――﹄と郡視学は同意を表した。
﹃どうでせう、御転任といふやうなことにでも願つたら。﹄と金縁眼鏡の議員は人々の顔を眺め廻した。
﹃転任ですか。﹄と郡視学は仔細らしく、﹃兎とか角く条件附の転任は巧くいきませんよ。それに、斯かういふことが世間へ知れた以上は、何ど処この学校だつても嫌がりますさ――先づ休職といふものでせう。﹄
﹃奈ど何うなりとも、そこは貴方の御意見通りに。﹄と白髯の議員は手を擦もみ乍ら言つた。﹃町会議員の中には、﹁怪しからん、直に追出して了へ﹂なんて、其様な暴論を吐くやうな手合も有るといふ場合ですから――何どう卒かまあ、何分宜よろ敷しいやうに、御取計ひを。﹄
︵六︶
兎とに角かく其日の授業だけは無事に済した上で、と丑松は湧わき上あがるやうな胸の思を制おさへ乍ながら、三時間目の習字を教へた。手習ひする生徒の背うし後ろへ廻つて、手に手を持添へて、漢字の書方なぞを注意してやつた時は、奈どん何なに其筆先がぶる〳〵と震へたらう。周まは囲りの生徒はいづれも伸のしかかつて眺ながめて、墨だらけな口を開いて笑ふのであつた。
小使の振鳴す大鈴の音が三時間目の終を知らせる頃には、最も早う郡視学も、町会議員も帰つて了つた。師範校の生徒は猶なほ残つて午後の授業をも観たいといふ。昼ひ飯るの後、生徒の監督を他の教師に任せて置いて、丑松は後仕末をする為に職員室に留つた。其となく返すものは返す、調べるものは調べる、後になつて非難を受けまいと思へば思ふほど、心の惶あわたゞしさは一通りで無い。職員室の片隅には、手の明いた教員が集つて、寄ると触さはると法福寺の門前にあつた出来事の噂うはさ。蓮太郎の身を捨てた動機に就いても、種さま々〴〵な臆測が言ひはやされる。あるものは過度の名誉心が原も因とだらうと言ひ、あるものは生くら活しに究つまつた揚句だらうと言ひ、あるものは又、精神に異状を来して居たのだらうといふ。まあ、十人が十色のことを言つて、誹けなしたり謗くさしたりする、稀たまに蓮太郎の精神を褒ほめるものが有つても、寧ろ其を肺病の故せゐにして了しまつた。聞くともなしに丑松は人々の噂を聞いて、到底誤解されずに済すむ世の中では無いといふことを思ひ知つた。﹃黙つて狼のやうに男らしく死ね﹄――あの先輩の言葉を思出した時は、悲しかつた。
午後の課目は地理と国語とであつた。五時間目には、国語の教科書の外に、予かねて生徒から預つて置いた習字の清書、作文の帳面、そんなものを一緒に持つて教室へ入つたので、其と見た好もの奇ずきな少年はもう眼を円くする。﹃ホウ、作文が刪な正ほつて来た。﹄とある生徒が言つた。﹃図画も。﹄と又。丑松はそれを自分の机の上に載せて、例のやうに教科書の方へ取掛つたが、軈やがて平いつ素もの半分ばかりも講釈したところで本を閉ぢて、其日はもう其で止めにする、それから少すこ許し話すことが有る、と言つて生徒一同の顔を眺め渡すと、﹃先生、御話ですか。﹄と気の早いものは直に其を聞くのであつた。
﹃御話、御話――﹄
と請求する声は教室の隅から隅までも拡ひろがつた。
丑松の眼は輝いて来た。今は我知らず落ちる涙を止とゞめかねたのである。其時、習字やら、図画やら、作文の帳面やらを生徒の手に渡した。中には、朱で点を付けたのもあり、優とか佳とかしたのもあつた。または、全く目を通さないのもあつた。丑松は先づ其その詑わびから始めて、刪な正ほして遣やりたいは遣りたいが、最も早う其を為する暇が無いといふことを話し、斯うして一緒に稽古を為るのも実は今日限りであるといふことを話し、自分は今別わか離れを告げる為に是こ処ゝに立つて居るといふことを話した。
﹃皆さんも御存じでせう。﹄と丑松は噛んで含めるやうに言つた。﹃是この山国に住む人々を分けて見ると、大おお凡よそ五通りに別れて居ます。それは旧士族と、町の商人と、お百姓と、僧ばう侶さんと、それからまだ外に穢多といふ階級があります。御存じでせう、其穢多は今でも町はづれに一ひと団かたまりに成つて居て、皆さんの履はく麻あさ裏うらを造つくつたり、靴や太鼓や三味線等を製こしらへたり、あるものは又お百姓して生くら活しを立てゝ居るといふことを。御存じでせう、其穢多は御出入と言つて、稲を一束づゝ持つて、皆さんの父おと親つさんや祖おぢ父いさんのところへ一年に一度は必ず御機嫌伺ひに行きましたことを。御存じでせう、其穢多が皆さんの御家へ行きますと、土間のところへ手を突いて、特別の茶椀で食くひ物ものなぞを頂戴して、決して敷居から内な部かへは一ひと歩あしも入られなかつたことを。皆さんの方から又、用事でもあつて穢多の部落へ御おい出でになりますと、煙たば草こは燐マッ寸チで喫のんで頂いて、御茶は有ありましても決して差上げないのが昔からの習慣です。まあ、穢多といふものは、其程卑い賤やしい階級としてあるのです。もし其穢多が斯この教室へやつて来て、皆さんに国語や地理を教へるとしましたら、其時皆さんは奈何思ひますか、皆さんの父おと親つさんや母おつ親かさんは奈ど何う思ひませうか――実は、私は其卑い賤やしい穢多の一人です。﹄
手も足も烈しく慄ふるへて来た。丑松は立つて居られないといふ風で、そこに在る机に身を支へた。さあ、生徒は驚いたの驚かないのぢやない。いづれも顔を揚げたり、口を開いたりして、熱心な眸ひとみを注いだのである。
﹃皆さんも最も早う十五六――万まん更ざら世もの情ごゝろを知らないといふ年と齢しでも有ません。何どう卒ぞ私の言ふことを克よく記お憶ぼえて置いて下さい。﹄と丑松は名なご残り惜をしさうに言葉を継ついだ。
﹃これから将さ来き、五年十年と経つて、稀たまに皆さんが小学校時代のことを考へて御覧なさる時に――あゝ、あの高等四年の教室で、瀬川といふ教員に習つたことが有つたツけ――あの穢多の教員が素性を告うち白あけて、別わか離れを述べて行く時に、正月になれば自分等と同じやうに屠と蘇そを祝ひ、天長節が来れば同じやうに君が代を歌つて、蔭ながら自分等の幸しあ福はせを、出世を祈ると言つたツけ――斯かう思出して頂きたいのです。私が今斯かういふことを告うち白あけましたら、定めし皆さんは穢けがらはしいといふ感かん想じを起すでせう。あゝ、仮たと令ひ私は卑い賤やしい生れでも、すくなくも皆さんが立派な思かん想がへを御持ちなさるやうに、毎日其を心掛けて教へて上げた積りです。せめて其の骨折に免じて、今こん日にち迄までのことは何どう卒か許して下さい。﹄
斯かう言つて、生徒の机のところへ手を突いて、詑わび入いるやうに頭を下げた。
﹃皆さんが御家へ御帰りに成りましたら、何どう卒ぞ父おと親つさんや母おつ親かさんに私のことを話して下さい――今迄隠か蔽くして居たのは全く済すまなかつた、と言つて、皆さんの前に手を突いて、斯うして告うち白あけたことを話して丁さい――全く、私は穢多です、調里です、不浄な人間です。﹄
と斯う添つけ加たして言つた。
丑松はまだ詑び足りないと思つたか、二ふた歩あし三みあ歩し退あと却ずさりして、﹃許して下さい﹄を言ひ乍ら板敷の上へ跪ひざまづいた。何事かと、後列の方の生徒は急に立上つた。一人立ち、二人立ちして、伸のしかゝつて眺めるうちに、斯の教室に居る生徒は総立に成つて、あるものは腰掛の上に登る、あるものは席を離れる、あるものは廊下へ出て声を揚げ乍ら飛んで歩いた。其時大鈴の音が響き渡つた。教室々々の戸が開いた。他の組の生徒も教師も一緒になつて、波な濤みのやうに是こち方らへ押おし溢あふれて来た。
* * *
十二月に入つてから銀之助は最も早う客分であつた。其日は午後の一時半頃から、自分の用事で学校へ出て来て居て、丁度職員室で話しこんで居る最中、不図丑松のことを耳に入れた。思はず銀之助はそこを飛出した。玄関を横よこ過ぎつて、長い廊下を通ると、肩掛に紫むら頭さき巾づきん、帰り仕度の女生徒、あそこにも、こゝにも、丑松の噂を始めて、家路に向ふことを忘れたかのやう。体操場には男の生徒が集つて、話は矢張丑松の噂で持切つて居た。左右に馳はせ違ちがふ少年の群を分けて、高等四年の教室へ近いて見ると、廊下のところに校長、教師五六人、中に文平も、其他高等科の生徒が丑松を囲とり繞まいて、参観に来た師範校の生徒まで呆あきれ顔がほに眺め佇たゝ立ずんで居たのである。見れば丑松はすこし逆とり上のぼせた人のやうに、同僚の前に跪ひざまづいて、恥の額を板敷の塵ほこ埃りの中に埋めて居た。深い哀あは憐れみの心は、斯この可いた傷ましい光あり景さまを見ると同時に、銀之助の胸を衝ついて湧わき上あがつた。歩み寄つて、助け起し乍ら、着物の塵ほこ埃りを払つて遣ると、丑松は最早半分夢中で、﹃土屋君、許して呉れ給へ﹄をかへすがへす言ふ。告白の涙は奈どん何なに丑松の頬を伝つて流れたらう。
﹃解つた、解つた、君の心こゝ地ろもちは好く解つた。﹄と銀之助は言つた。﹃むむ――進退伺も用意して来たね。兎とに角かく、後の事は僕に任せるとして、君は直に是これから帰り給へ――ね、君は左さ様うし給へ。﹄
︵七︶
高等四年の生徒は教室に居残つて、日頃慕つて居る教師の為に相談の会を開いた。未まだ初う心ぶで、複こみ雑いつた社よの会なかのことは一向解らないものばかりの集あつ合まりではあるが、流さす石が正直なは少年の心、鋭い神経に丑松の心こゝ情ろもちを汲取つて、何とかして引止める工夫をしたいと考へたのである。黙つて視て居る時では無い、一同揃つて校長のところへ歎願に行かう、と斯う十六ばかりの級長が言出した。賛成の声が起る。
﹃さあ、行かざあ。﹄
と農夫の子らしい生徒が叫んだ。
相談は一決した。例の掃除をする為に、当番のものだけを残して置いて、少年の群は一緒に教室を出た。其中には省吾も交つて居た。丁度校長は校長室の倚い子すに倚より凭かゝつて、文平を相手に話して居るところで、そこへ高等四年の生徒が揃つて顕あらはれた時は、直に一同の言はうとすることを看て取つたのである。
﹃諸君は何か用が有るんですか。﹄
と、しかし、校長は何気ない様子を装つくろひ乍ながら尋ねた。
級長は卓テー子ブルの前に進んだ。校長も、文平も、凝きつと鋭い眸をこの生徒の顔おも面てに注いだ。省吾なぞから見ると、ずつと夙ま慧せた少年で、言ふことは了はつ然きり好く解る。
﹃実は、御願ひがあつて上りました。﹄と前置をして、級長は一同の心こゝ情ろもちを表いひ白あらはした。何どう卒かして彼の教員を引留めて呉れるやうに。仮たと令へ穢多であらうと、其そ様んなことは厭いとはん。現に生徒として新平民の子も居る。教師としての新平民に何の不都合があらう。是はもう生徒一同の心からの願ひである。頼む。斯う述べて、級長は頭を下げた。
﹃校長先生、御願ひでごはす。﹄
と一同声を揃へて、各てん自でに頭を下げるのであつた。
其時校長は倚子を離れた。立つて一同の顔を見渡し乍ら、﹃むゝ、諸君の言ふことは好く解りました。其程熱心に諸君が引留めたいといふ考へなら、そりやあもう我輩だつて出来るだけのことは尽します。しかし物には順序がある。頼みに来るなら、頼みに来るで、相当の手続を踏んで――総代を立てるとか、願書を差出すとかして、規則正しくやつて来るのが礼です。左様どうも諸君のやうに、大勢一緒に押掛けて来て、さあ引留めて呉れなんて――何といふ無作法な行やり動かたでせう。﹄と言はれて、級長は何か弁いひ解わけを為しようとしたが、軈やがて涙ぐんで黙つて了つた。
﹃まあ、御聞きなさい。﹄と校長は卓テー子ブルの上にある書かき面つけを拡ひろげて見せ乍ら、﹃是通り瀬川先生からは進退伺が出て居ます。是これは一応郡視学の方へ廻さなければなりませんし、町の学務委員にも見せなければなりません。仮たと令ひ我輩が瀬川先生を救ひたいと思つて、単ひと独りで焦あ心せつて見たところで、町の方で聞いて呉れなければ仕方が無いぢや有ませんか。﹄と言つて、すこし声を和げて、﹃然し、我輩一人の力で、奈ど何う是これを処置するといふ訳にもいかんのですから、そこを諸君も好く考へて下さい。彼あ様ゝいふ良い教師を失ふといふことは、諸君ばかりぢやない、我輩も残念に思ふ。諸君の言ふことは好く解りました。兎に角、今日は是で帰つて、学課を怠らないやうにして下さい。諸君が斯ういふことに喙くちばしを容いれないでも、無論学校の方で悪いやうには取計ひません――諸君は勉強が第一です。﹄
文平は腕組をして聞いて居た。手持無沙汰に帰つて行く生徒の後姿を見送つて、冷かに笑つて、軈て校長は戸を閉めて了つた。
第弐拾弐章
︵一︶
﹃一寸伺ひますが、瀬川君は是こち方らへ参りませんでしたらうか。﹄
斯う声を掛けて、敬之進の住すま居ひを訪れたのは銀之助である。友達思ひの銀之助は心配し乍ら、丑松の後を追つて尋ねて来たのであつた。
﹃瀬川さん?﹄とお志保は飛んで出て、﹃あれ、今御帰りに成ましたよ。﹄
﹃今?﹄と銀之助はお志保の顔を眺ながめた。﹃それから何どつちの方へ行きましたらう、御存じは有ますまいかしら。﹄
﹃よくも伺ひませんでしたけれど、﹄とお志保は口くち籠ごもつて、﹃あの、猪子さんの奥おく様さんが東京から御見えに成るさうですね。多分その方へ。ホラ市村さんの御宿の方へ尋ねていらしツたんでせうよ――何でも其そ様んなやうな瀬川さんの口振でしたから。﹄
﹃市村さんの許ところへ? 先づ好かつた。﹄と銀之助は深い溜息を吐いた。﹃実は僕も非常に心配しましてね、蓮華寺へ行つて聞いて見ました。御寺で言ふには、未だ瀬川君は学校から帰らんといふ。それから市村さんの宿へ行つて見ると、彼あす処こにも居ません。ひよつとすると、こりや貴あな方たの許ところかも知れない、斯う思つてやつて来たんです。﹄と言つて、考へて、﹃むゝ、左さ様うですか、貴方の許へ参りましたか――﹄
﹃丁度、行違ひに御おな成んなすつたんでせう。﹄とお志保は少すこ許し顔を紅あかくして、﹃まあ御上りなすつて下さいませんか、此こ様んな見苦しい処で御ござ座いますけれど。﹄
と言はれて、お志保に導かれて、銀之助は炉ろば辺たへ上つた。
紅く泣なき腫はれたお志保の頬には涙の痕あとが未だ乾かずにあつた。奈ど何ういふことを言つて丑松が別れて行つたか、それはもうお志保の顔付を眺めたばかりで、大おお凡よその想像が銀之助の胸に浮ぶ。あの小学校の廊下のところで、人々の前に跪ひざまづいて、有の儘まゝに素性を自白するといふ行やり為かたから推おして考へても――確かに友達は非常な決心を起したのであらう。其心根は。思へば憫びん然ぜんなものだ。斯う銀之助は考へて、何どう卒かして友達を助けたい、と其をお志保にも話さうと思ふのであつた。銀之助は先づお志保の身の上から聞き初めた。
貧し苦しい境遇に居るお志保は、直に、銀之助の頼たの母もしい気象を看て取つたのである。のみならず、丑松と斯人とは無二の朋友であるといふことも好く承知して居る。真ほん実たうに自分の心こゝ地ろもちも解つて、身を入れて話を聞いて呉れるのは斯人だ、と斯う可なつ懐かしく思ふにつけても、さて、奈何して父親の許ところへ帰つて居るか、其を尋ねられた時はもう〳〵胸一ぱいに成つて了しまつた。蓮華寺を脱けて出ようと決心する迄の一いち伍ぶし一じゆ什う――思へば涙の種――まあ、何から話して可いものやら、お志保には解らない位であつた。流さす石が娘心の感じ易さ、暗く煤すゝけた土壁の内な部かの光あり景さまをも物羞はづかしく思ふといふ風で、﹃ぼや﹄を折おり焚くべて炉の火を盛んにしたり、着物の前を掻合せたりして語り聞かせる。お志保に言はせると、いよ〳〵彼の寺を出ようと思立つたのは、泣いて、泣いて、泣尽した揚句のこと。﹃仮たと令ひ先さ方きが親らしい行おこ為なひをしない迄も、是これ迄まで育てゝ貰つた恩義も有る。一旦蓮華寺の娘となつた以上は、奈何な辛いことがあらうと決して家へ帰るな。﹄――とは堅い父の言葉でもあつた。宵闇の空に紛まぎれて迷ひ出たお志保は、だから、何処へ帰るといふ目めあ的ても無かつたのである。悲しい夢のやうに歩いて来る途中、不図、雪の上に倒れて居る人に出で逢あつた。見れば其その酔さけ漢よひは父であつた。其時お志保は左さ様う思つた。父はもう凍え死んだのかと思つた。丁度通りかかる音作を呼留めて、一緒に助け起して、漸やつとのことで家まで連帰つて見ると、今すこし遅からうものなら既に生命を奪とられるところ。それぎり敬之進は床の上に横に成つた。医者の話によると、身体の衰おと弱ろへは一通りで無い。所しよ詮せん助かる見込は有るまいとのことである。
そればかりでは無い。不ふし幸あはせは斯の屋根の下にもお志保を待受けて居た。来て見ると、もう継母も、異はら母ちがひの弟きや妹うだいも居なかつた。尤もつとも、其前の晩、烈しい夫婦喧嘩があつて、継母はお志保のことや父の酒のことを言つて、奈何して是から将さ来き生くら計しが立つと泣叫んだといふ。いづれ下高井にある生さ家とを指して、三人だけ子供を連れて、父の留守に家出をしたものらしい。それは継母が自分で産んだ子供のうち、三番目のお末を残して、進に、お作に、それから留吉と、斯かう引連れて行つた。割合に温おと順なしいお末を置いて、あの厄介者のお作を腰に付けたは、流さす石がに後のことをも考へて行つたものと見える。継母が末の児を背お負ぶひ、お作の手を引き、進は見み慣なれない男に連れられて、後を見かへり〳〵行つたといふことは、近所のかみさんが来ての話で解つた。
斯ういふ中にも、ひとり力に成るのは音作で、毎日夫婦して来て、物を呉れるやら、旧むかしの主人をいたはるやら、お末をば世話すると言つて、自分の家の方へ引取つて居るとのこと。貧苦の為に離散した敬之進の家族の光あり景さま――まあ、お志保が銀之助に話して聞かせたことは、ざつと斯うであつた。
﹃して見ると――今御家にいらつしやるのは、父おと親つさんに、貴方に、それから省吾さんと、斯う三人なんですか。﹄銀之助は気の毒さうに尋ねたのである。
﹃はあ。﹄とお志保は涙ぐんで、垂下る鬢びんの毛を掻上げた。
︵二︶
丑松のことは軈やがて二人の談はな話しに上つた。友に篤い銀之助の有様を眺めると、お志保はもう何もかも打明けて話さずには居られなかつたのである。其時、丑松の逢ひに来た様子を話した。顔は蒼あをざめ、眼は悲かな愁しみの色を湛たゝへ、思ふことはあつても十分に其を言ひ得ないといふ風で――まあ、情が迫つて、別わか離れの言葉もとぎれ〳〵であつたことを話した。忘れずに居る程のなさけがあらば、せめて社よの会なかの罪つみ人びとと思へ、斯かう言つて、お志保の前に手を突いて、男らしく素性を告うち白あけて行つたことを話した。
﹃真ほん実たうに御気の毒な様子でしたよ。﹄とお志保は添つけ加たした。﹃いろ〳〵伺つて見たいと思つて居りますうちに、瀬川さんはもう帽子を冠つて、さつさと出て行つてお了ひなさる――後で私はさん〴〵泣きました。﹄
﹃左さ様うですかあ。﹄と銀之助も嘆息して、﹃あゝ、僕の想像した通りだつた。定めし貴あな方たも驚いたでせう、瀬川君の素性を始めて御聞きになつた時は。﹄
﹃いゝえ。﹄お志保は力を入れて言ふのであつた。
﹃ホウ。﹄と銀之助は目を円まるくする。
﹃だつて今日始めてでも御ござ座いませんもの――勝野さんが何ど処こかで聞いていらしツて、いつぞや其を私に話しましたんですもの。﹄
この﹃始めてでも御座ません﹄が銀之助を驚した。しかし文平が何の為に其様なことをお志保の耳へ入れたのであらう、と聞きゝ咎とがめて、
﹃彼あの男をとこも饒おし舌やべ家りで、真ほん個たうに仕方が無い奴だ。﹄と独ひと語りごとのやうに言つた。やがて、銀之助は何か思ひついたやうに、﹃何ですか、勝野君は其そん様なに御寺へ出掛けたんですか。﹄
﹃えゝ――蓮華寺の母が彼あ様ゝいふ話好きな人で、男の方は淡さつ泊ぱりして居て可いゝなんて申しますもんですから、克よく勝野さんも遊びにいらツしやいました。﹄
﹃何だつてまた彼男は其そ様んなことを貴方に話したんでせう。﹄斯かう銀之助は聞いて見るのであつた。
﹃まあ、妙なことを仰おつしやるんですよ。﹄とお志保は其を言ひかねて居る。
﹃妙なとは?﹄
﹃親類はこれ〳〵だの、今に自分は出世して見せるのツて――﹄
﹃今に出世して見せる?﹄と銀之助は其処に居ない人を嘲あざけつたやうに笑つて、﹃へえ――其様なことを。﹄
﹃それから、あの、﹄とお志保は考深い眼付をし乍ら、﹃瀬川さんのことなぞ、それは酷ひどい悪口を仰いましたよ。其時私は始めて知りました。﹄
﹃あゝ、左さ様うですか、それで彼あの話はなしを御聞きに成つたんですか。﹄と言つて銀之助は熱心にお志保の顔を眺ながめた。急に気を変へて、﹃ちよツ、彼男も余計なことを喋舌つて歩いたものだ。﹄
﹃私もまあ彼様な方だとは思ひませんでした。だつて、あんまり酷いことを仰るんですもの。その悪口が普た通ゞの悪口では無いんですもの――私はもう口く惜やしくて、口惜しくて。﹄
﹃して見ると、貴方も瀬川君を気の毒だと思つて下さるんですかなあ。﹄
﹃でも、左様ぢや御座ませんか――新平民だつて何だつて毅しつ然かりした方の方が、彼あ様んな口先ばかりの方よりは余よつ程ぽど好いぢや御座ませんか。﹄
何の気なしに斯ういふことを言出したが、軈やがてお志保は伏目勝に成つて、血肥りのした娘らしい手を眺めたのである。
﹃あゝ。﹄と銀之助は嘆息して、﹃奈ど何うして世の中は斯かう思ふやうに成らないものなんでせう。僕は瀬川君のことを考へると、実際哭なきたいやうな気が起ります。まあ、考へて見て下さい。唯あの男は素性が違ふといふだけでせう。それで職業も捨てなければならん、名誉も捨てなければならん――是これ程ほど残酷な話が有ませうか。﹄
﹃しかし、﹄とお志保は清すゞしい眸ひとみを輝した。﹃父おと親つさんや母おつ親かさんの血ちす統ぢが奈どん何なで御座ませうと、それは瀬川さんの知つたことぢや御座ますまい。﹄
﹃左様です――確かに左様です――彼男の知つたことでは無いんです。左様貴方が言つて下されば、奈どん何なに僕も心強いか知れません。実は僕は斯う思ひました――彼男の素性を御聞に成つたら、定めし貴方も今迄の瀬川君とは考へて下さるまいかと。﹄
﹃何な故ぜでせう?﹄
﹃だつて、それが普通ですもの。﹄
﹃あれ、他ひとは左さ様うかも知れませんが、私は左様は思ひませんわ。﹄
﹃真ほん実とに? 真実に貴方は左様考へて下さるんですか――﹄
﹃まあ、奈ど何うしたら好う御座んせう。私は是でも真面目に御話して居る積りで御座ますのに。﹄
﹃ですから、僕が其を伺ひたいと言ふんです。﹄
﹃其と仰おつしやるのは?﹄
とお志保は問ひ反して、対あひ手ての心を推量し乍ら眺めた。若々しい血潮は思はずお志保の頬に上るのであつた。
︵三︶
力の無い謦せの声が奥の方で聞えた。急にお志保は耳を澄して心配さうに聞いて居たが、軈やがて一寸会ゑし釈やくして奥の方へ行つた。銀之助は独り炉ろば辺たに残つて燃え上る﹃ぼや﹄の火ほの炎ほを眺ながめ乍ら、斯かういふ切ない境遇のなかにも屈せず倒れずに行やる気で居るお志保の心の若々しさを感じた。烈しい気候を相手に克よく働く信州北部の女は、いづれも剛健な、快活な気象に富むのである。苦痛に堪へ得ることは天性に近いと言つてもよい。まあ、お志保も矢やは張り其血を享うけたのだ。優や婉さしいうちにも、どことなく毅しや然んとしたところが有る。斯う銀之助は考へて、奈ど何う友達のことを切出したものか、と思ひつゞけて居た。間も無くお志保は奥の方から出て来た。
﹃奈ど何うですか、父おと上つさんの御様子は。﹄と銀之助は同おも情ひや深りぶかく尋ねて見る。
﹃別に変りましたことも御座ませんけれど、﹄とお志保は萎しをれて、﹃今日は何なんにも頂きたくないと言つて、お粥かゆを少ぽつ許ちり食べましたばかり――まあ、朝から眠りつゞけなんで御座ますよ。彼あん様なに眠るのが奈ど何うでせうかしら。﹄
﹃何しろ其は御心配ですなあ。﹄
﹃どうせ長なが保もちは有ありますまいでせうよ。﹄とお志保は溜息を吐いた。﹃瀬川さんにも種いろ々〳〵御世話様には成ましたが、医者ですら見込が無いと言ふ位ですから――﹄
斯う言つて、癖のやうに鬢びんの毛を掻上げた。
﹃実に、人の一生はさま〴〵ですなあ。﹄と銀之助はお志保の境きや涯うがいを思ひやつて、可いた傷ましいやうな気に成つた。﹃温い家庭の内に育つて、それほど生活の方の苦くる痛しみも知らずに済すむ人もあれば、又、貴方のやうに、若い時から艱かん難なんして、其風なみ波かぜに搓もまれて居るなかで、自然と性質を鍛きたへる人もある。まあ、貴方なぞは、苦んで、闘つて、それで女になるやうに生れて来たんですなあ。左さ様ういふ人は左様いふ人で、他ひとの知らない悲しい日も有るかはりに、また他の知らない楽しい日も有るだらうと思ふんです。﹄
﹃楽しい日?﹄とお志保は寂しさうに微ほゝ笑ゑみ乍ら、﹃私なぞに其そ様んな日が御座ませうかしら。﹄
﹃有ますとも。﹄と銀之助は力を入れて言つた。
﹃ほゝゝゝゝ――是これ迄までのことを考へて見ましても、其様な日なぞは参りさうも御座ません。まあ、私が貰はれて行きさへしませんければ、蓮華寺の母だつても彼あ様んな思は為ずに済みましたのでせう。彼母を置いて出ます前には、奈どん何なに私も――﹄
﹃左様でせうとも。其は御察し申します。﹄
﹃いえ――私はもう死んで了しまひましたも同じことなんで御座ます――唯たゞ、人様の情を思ひますものですから、其を力に……斯かうして生きて……﹄
﹃あゝ、瀬川君のも苦しい境遇だが、貴方のも苦しい境遇だ。畢つま竟り貴方が其程苦しい目に御お逢あひなすつたから、それで瀬川君の為にも哭ないて下さるといふものでせう。実は――僕は、あの友達を助けて頂きたいと思つて、斯うして貴方に御話して居るやうな訳ですが――﹄
﹃助けろと仰ると?﹄お志保の眸ひとみは急に燃え輝いたのである。﹃私の力に出来ますことなら、奈ど何んなことでも致しますけれど。﹄
﹃無論出来ることなんです。﹄
﹃私に?﹄
暫しば時らく二人は無言であつた。
﹃いつそ有の儘を御話しませう。﹄と銀之助は熱心に言出した。﹃丁度学校で宿直の晩のことでした。僕が瀬川君の意中を叩いて見たのです。其時僕の言ふには、﹁君のやうに左さ様う独りで苦んで居ないで、少すこ許し打明けて話したら奈ど何うだ。あるひは僕見たやうな殺風景なものに話したつて解らない、と君は思ふかも知れない。しかし、僕だつて、其そ様んな冷つめたい人間ぢや無いよ。まあ、僕に言はせると、あまり君は物を煩むづかしく考へ過ぎて居るやうに思はれる。友達といふものも有つて見れば、及ばず乍ら力に成るといふことも有らうぢやないか。﹂斯かう言ひました。すると、瀬川君は始めて貴方のことを言出して――﹁むゝ、君の察して呉れるやうなことがあつた。確かに有つた。しかし其人は最も早う死んで了つたものと思つて呉れたまへ。﹂斯う言ふぢや有ませんか。噫――瀬川君は自分の素性を考へて、到底及ばない希のぞ望みと絶あき念らめて了しまつたのでせう。今はもう人を可なつ懐かしいとも思はん――是程悲しい情愛が有ませうか。それで瀬川君は貴方のところへ来て、今迄蔵つゝんで居た素性を自白したのです。そこです――もし貴方に彼あの男の真こゝ情ろもちが解りましたら、一つ助けてやらうといふ思かん想がへを持つて下さることは出来ますまいか。﹄
﹃まあ、何と申上げて可いゝか解りませんけれど――﹄とお志保は耳の根元までも紅あかくなつて、﹃私はもう其積りで居りますんですよ。﹄
﹃一生?﹄と銀之助はお志保の顔を熟ま視もり乍ら尋ねた。
﹃はあ。﹄
このお志保の答は銀之助の心を驚したのである。愛も、涙も、決心も、すべて斯この一息のうちに含まれて居た。
︵四︶
兎とも角かくも是この事ことを話して友達の心を救はう。市村弁護士の宿へ行つて見た様子で、復また後の使にやつて来よう。斯う約束して、軈やがて銀之助は炉辺を離れようとした。
﹃あの、御願ひで御座ますが――﹄とお志保は呼留めて、﹃もし﹁懴悔録﹂といふ御本が御座ましたら、貸して頂く訳にはまゐりますまいか。まあ、私なぞが拝見したつて、どうせ解りはしますまいけれど。﹄
﹃﹁懴悔録﹂?﹄
﹃ホラ、猪子さんの御書きなすつたとかいふ――﹄
﹃むゝ、あれですか。よく貴方は彼あ様んな本を御存じですね。﹄
﹃でも、瀬川さんが平しよ素つちゆう読んでいらつしやいましたもの。﹄
﹃承知しました。多分瀬川君の許ところに有ませうから、行つて話して見ませう――もし無ければ、何ど処こか捜さがして見て、是非一冊贈らせることにしませう。﹄
斯う言つて、銀之助は弁護士の宿を指して急いだ。
丁度扇屋では人々が蓮太郎の遺なき骸がらの周まは囲りに集つたところ。親切な亭主の計ひで、焼場の方へ送る前に一応亡くなつた人の霊たま魂しひを弔とむらひたいといふ。読どき経やうは法福寺の老僧が来て勤めた。其日の午後東京から着いたといふ蓮太郎の妻君――今は未亡人――を始め、弁護士、丑松もかしこまつて居た。旅で死んだといふことを殊ことにあはれに思ふかして、扇屋の家の人もかはる〴〵弔ひに来る。縁もゆかりも無い泊客ですら、其と聞伝へたかぎりは廊下に集つて、寂しい木魚の音に耳を澄すのであつた。
焼香も済み、読経も一きりに成つた頃、銀之助は丑松の紹ひき介あはせで、始めて未亡人に言葉を交した。長野新聞の通信記者なぞも混とり雑こみの中へ尋ねて来て、聞き取つたことを手帳に書留める。
﹃貴方が奥おく様さんでいらつしやいますか。﹄と記者は職掌柄らしい調子で言つた。
﹃はい。﹄と未亡人の返事。
﹃奥様、誠に御気の毒なことで御座ます。猪子先生の御名前は予かねて承知いたして居りまして、蔭かげ乍ながら御慕ひ申して居たのですが――﹄
﹃はい。﹄
斯かういふ挨拶はすべて追おも憶ひでの種であつた。人々の談はな話しは蓮太郎のことで持切つた。軈やがて未亡人は夫と一緒に信州へ来た当時のことを言出して、別れる前の晩に不思議な夢を見たこと、妙に夫の身の上が気に懸つたこと、其を言つて酷ひどく叱られたことなぞを話した。彼是を思合せると、彼あの時ときにもう夫は覚かく期ごして居ることが有つたらしい――信州の小春は好いの、今度の旅行は面白からうの、土みや産げはしつかり持つて帰るから家へ行つて待つて居れの、まあ彼あれが長の別わか離れの言葉に成つて了しまつた。斯う言つて、思ひがけない出来事の為に飛んだ迷惑を人々に懸けた、とかへす〴〵気の毒がる。流さす石がに堪へがたい女の情もあらはれて、淡さつ泊ぱりした未亡人の言葉は反つて深い同情を引いたのである。
弁護士は銀之助を部屋の片隅へ招いた。相談といふは丑松の身に関したことであつた。弁護士の言ふには、丑松も今となつては斯の飯山に居にくい事情も有らうし、未亡人はまた未亡人で是から帰るには男の手を借りたくも有らうし、するからして、あの蓮太郎の遺骨を護つて、一緒に東京へ行つて貰ひたいが奈何だらう――選挙を眼めの前まへにひかへさへしなければ、無論自身で随いて行くべきでは有るが、それは未亡人が強ひて辞退する。せめて斯の際選挙の方に尽力して夫の霊たま魂しひを慰めて呉れといふ。聞いて見れば未亡人の志も、尤もつとも。いつそ是これは丑松を煩したい――一切の費用は自分の方で持つ――是非。とのことであつた。
﹃といふ訳で、瀬川さんにも御話したのですが、﹄と弁護士は銀之助の顔を眺め乍ら言つた。﹃学校の方の都合は、君、奈ど何んなものでせう。﹄
﹃学校の方ですか。﹄と銀之助は受けて、﹃実は――瀬川君を休職にすると言つて、その下相談が有つたといふ位ですから、無論差支は有ますまいよ。校長の話では、郡視学も其積りで居るさうです。まあ、学校の方のことは僕が引受けて、奈どん何なにでも都合の好いやうに致しませう。一日も早く飯山を発ちました方が瀬川君の為には得策だらうと思ふんです。﹄
斯かういふ相談をして居るところへ、棺ひつぎが持運ばれた。復また読経の声が起つた。人々は最後の別わか離れを告げる為に其棺の周まは囲りへ集つた。軈て焼場の方へ送られることに成つた頃は、もう四そこ辺いらも薄暗かつたのである。いよ〳〵舁かつがれて、﹃いたや﹄︵北国にある木の名︶造りの橇へ載せられる光あり景さまを見た時は、未亡人はもう其処へ倒れるばかりに泣いた。
︵五︶
火を入れるところまで見届けて、焼場から帰つた後、丑松は弁護士や銀之助と火鉢を取とり囲まいて、扇屋の奥座敷で話した。無つれ情ない運命も、今は丑松の方へ向いて、微すこし笑つて見せるやうに成つた。あの飯山病院から追はれ、鷹たか匠しやう町の宿からも追はれた大日向が――実は、放逐の恥はづ辱かしめが非常な奮発心を起させた動機と成つて――亜ア米メ利リ加カの﹃テキサス﹄で農業に従事しようといふ新しい計画は、意外にも市村弁護士の口を通して、丑松の耳に希のぞ望みを囁さゝやいた。教育のある、確たし実かな青年を一人世話して呉れ、とは予かねて弁護士が大日向から依頼されて居たことで、丁度丑松とは素性も同じ、定めし是話をしたら先さ方きも悦よろこばう。望みとあらば周旋してやるが奈ど何うか。﹃テキサス﹄あたりへ出掛ける気は無いか。心懸け次第で随分勉強することも出来よう。是話には銀之助も熱心に賛成した。﹃見給へ――捨てる神あれば、助ける神ありさ。﹄と銀之助は其を言ふのであつた。
﹃明後日の朝、大日向が我輩の宿へ来る約束に成つて居る。むゝ、丁度好い。兎とに角かく逢あつて見ることにしたまへ。﹄
斯ういふ弁護士の言葉は、枯れ萎れた丑松の心を励はげまして、様子によつては頼んで見よう、働いて見ようといふ気を起させたのである。
そればかりでは無い。銀之助から聞いたお志保の物語――まあ、あの可憐な決心と涙とは奈どん何なに深い震動を丑松の胸に伝へたらう。敬之進の病気、継母の家出、そんなこんなが一緒に成つて、一ひと層しほお志保の心情を可いた傷はしく思はせる。あゝ、絶望し、断念し、素性まで告白して別れた丑松の為に、ひそかに熱い涙をそゝぐ人が有らうとは。可はづ羞かしい、とはいへ心の底から絞しぼ出りだした真まこ実との懴悔を聞いて、一生を卑い賤やしい穢多の子に寄せる人が有らうとは。
﹃どうして、君、彼あの女はなか〳〵しつかりものだぜ。﹄
と銀之助は添つけ加たして言つた。
其翌日、銀之助は友達の為に、学校へも行き、蓮華寺へも行き、お志保の許ところへも行つた。蓮華寺にある丑松の荷物を取纏めて、直に要いるものは要るもの、寺へ預けるものは預けるもので見みわ別けをつけたのも、すべて銀之助の骨折であつた。銀之助はまた、お志保のことを未亡人にも話し、弁護士にも話した。女は女に同おも情ひやりの深いもの。殊にお志保の不幸な境遇は未亡人の心を動したのであつた。行く〳〵は東京へ引取つて一緒に暮したい。丑松の身が極きまつた暁には自分の妹にして結めあ婚はせるやうにしたい。斯かう言出した。兎とに角かく、後の事は弁護士も力を添へる、とある。といふ訳で、万事は弁護士と銀之助とに頼んで置いて、丑松は惶あわ急たゞしく飯山を発たつことに決めた。
第弐拾参章
︵一︶
いよ〳〵出発の日が来た。払よあ暁け頃から霙みぞれが降出して、扇屋に集る人々の胸には寂しい旅の思を添へるのであつた。
一台の橇そりは朝早く扇屋の前で停つた。下りた客は厚あつ羅らし紗やの外套で深く身を包んだ紳士風の人、橇そり曳ひきに案内させて、弁護士に面会を求める。﹃おゝ、大日向が来た。﹄と弁護士は出て迎へた。大日向は約束を違たがへずやつて来たので、薄暗いうちに下高井を発たつたといふ。上れと言はれても上りもせず、たゞ上あがり框がまちのところへ腰掛けた儘まゝで、弁護士から法律上の智ち慧ゑを借りた。用談を済し、蓮太郎への弔くや意みを述べ、軈やがてそこそこにして行かうとする。其時、弁護士は丑松のことを語り聞きかせて、
﹃まあ、上るさ――猪子君の細君も居るし、それに今話した瀬川君も一緒だから、是非逢つてやつて呉れたまへ。其そ様んなところに腰掛けて居たんぢや、緩ゆつ々くり談はな話しも出来ないぢや無いか。﹄
と強しひるやうに言つた。然し大日向は苦にが笑わらひするばかり。奈どん何なに薦すゝめられても、決して上らうとはしない。いづれ近い内に東京へ出向くから、猪子の家を尋ねよう。其折丑松にも逢はう。左さ様ういふ気心の知れた人なら双方の好都合。委くは敷しいことは出京の上で。と飽あく迄までも言ひ張る。
﹃其そん様なに今日は御急ぎかね。﹄
﹃いえ、ナニ、急ぎといふ訳でも有ませんが――﹄
斯かういふ談はな話しの様子で、弁護士は大日向の顔に表れる片意地な苦痛を看て取つた。
﹃では、斯うして呉れ給へ。﹄と弁護士は考へた。上の渡しを渡ると休茶屋が有る。彼処で一同待合せて、今朝発たつ人を送る約束。多分丑松の親友も行つて居る筈はず。一ひと歩あし先へ出掛けて待つて居て呉れないか。兎とに角かく丑松を紹介したいから。と呉々も言ふ。﹃むゝ、そんなら御待ち申しませう。﹄斯う約束して、とう〳〵大日向は上らずに行つて了つた。
﹃大日向も思出したと見えるなあ。﹄
と弁護士は独ひと語りごとのやうに言つて、旅の仕度に多いそ忙がしい未亡人や丑松に話して笑つた。
蓮華寺の庄馬鹿もやつて来た。奥様からの使と言つて、餞せん別べつのしるしに物なぞを呉れた。別に草わら鞋ぢ一足、雪の爪掛一つ、其は庄馬鹿が手製りにしたもので、ほんの志ばかりに納めて呉れといふ。其時丑松は彼の寺住を思出して、何となく斯この人ひとにも名なご残りが惜まれたのである。過すぎ去さつたことを考へると、一緒に蔵裏の内に居た人の生しや涯うがいは皆な変つた。住職も変つた。奥様も変つた。お志保も変つた。自分も亦た変つた。独り変らないのは、馬鹿々々と呼ばれる斯人ばかり。斯う丑松は考へ乍ら、斯の何いつ時ま迄でも児こど童ものやうな、親戚も無ければ妻子も無いといふ鐘楼の番人に長の別わか離れを告げた。
省吾も来た。手荷物があらば持たして呉れと言ひ入れる。間も無く一台の橇の用意も出来た。遺骨を納めた白木造りの箱は、白い布で巻いた上をまた黒で包んで、成るべく人目に着かないやうにした。橇の上には、斯この遺骨の外に、蓮太郎が形見のかず〳〵、其他丑松の手荷物なぞを載せた。世間への遠慮から、未亡人と丑松とは上の渡し迄歩いて、対岸の休茶屋で別に二台の橇を傭やとふことにして、軈て一同﹃御機嫌克よう﹄の声に送られ乍ら扇屋を出た。
霙みぞれは蕭しと々〳〵降りそゝいで居た。橇曳は饅まん頭ぢゆ笠うがさを冠り、刺さし子この手袋、盲めく目らじ縞まの股引といふ風俗で、一人は梶棒、一人は後押に成つて、互に呼吸を合せ乍ながら曳いた。﹃ホウ、ヨウ﹄の掛声も起る。丑松は人々と一緒に、先輩の遺骨の後に随いて、雪の上を滑る橇の響を聞き乍ら、静かに自分の一生を考へ〳〵歩いた。猜うた疑がひ、恐おそ怖れ――あゝ、あゝ、二六時中忘れることの出来なかつた苦くる痛しみは僅かに胸を離れたのである。今は鳥のやうに自由だ。どんなに丑松は冷い十二月の朝の空気を呼吸して、漸やうやく重荷を下したやうな其蘇生の思に帰つたであらう。譬たとへば、海上の長旅を終つて、陸をかに上つた時の水夫の心こゝ地ろもちは、土に接くち吻づけする程の可なつ懐かしさを感ずるとやら。丑松の情は丁度其だ。いや、其よりも一もつ層と歓うれしかつた、一層哀しかつた。踏む度にさく〳〵と音のする雪の上は、確たし実かに自分の世界のやうに思はれて来た。
︵二︶
上の渡しの方へ曲らうとする町の角で、一同はお志保に出で逢あつた。
丁度お志保は音作を連れて、留守は音作の女房に頼んで置いて、見送りの為に其処に待合せて居たところ。丑松とお志保――実にこの二人の歓会は傍はたで観る人の心にすら深い〳〵感動を与へたのであつた。冠つて居る帽子を無造作に脱いで、お志保の前に黙礼したは、丑松。清すゞしい、とはいへ涙に霑ぬれた眸ひとみをあげて、丑松の顔を熟ま視もつたは、お志保。仮たと令ひ口くち唇びるにいかなる言葉があつても、其時の互の情こゝ緒ろもちを表すことは出来なかつたであらう。斯かうして現この世よに生きながらへるといふことすら、既にもう不思議な運命の力としか思はれなかつた。まして、さま〴〵な境涯を通とほ過りこして、復また逢ふ迄の長い別わか離れを告げる為に、互に可なつ懐かしい顔と顔とを合せることが出来ようとは。
丑松の紹介で、お志保は始めて未亡人と弁護士とを知つた。女同志は直に一緒に成つて、言葉を交し乍ら歩き初めた。音作も亦また、丑松と弁護士との談はな話しな仲か間まに入つて、敬之進の容体などを語り聞せる。正直な、樸ぼく訥とつな、農夫らしい調子で、主人思ひの音作が風間の家のことを言出した時は、弁護士も丑松も耳を傾けた。音作の言ふには、もしも病人に万一のことが有つたら一切は自分で引受けよう、そのかはりお志保と省吾の身の上を頼む――まあ、自分も子は無し、主人の許しは有るし、するからして、あのお末を貰受けて、形見と思つて育やしなふ積りであると話した。
上の渡しの長い船橋を越えて対岸の休茶屋に着いたは間も無くであつた。そこには銀之助が早くから待受けて居た。例の下高井の大尽も出て迎へる。弁護士が丑松に紹介した斯この大日向といふ人は、見たところ余り価ねう値ちの無ささうな――丁度田舎の漢方医者とでも言つたやうな、平凡な容かほ貌つきで、これが亜ア米メ利リ加カの﹃テキサス﹄あたりへ渡つて新事業を起さうとする人物とは、いかにしても受取れなかつたのである。しかし、言葉を交して居るうちに、次第に丑松は斯この人ひとの堅たし実かな、引締つた、どうやら底の知れないところもある性質を感かん得づくやうに成つた。大日向は﹃テキサス﹄にあるといふ日本村のことを丑松に語り聞せた。北佐久の地方から出て遠く其日本村へ渡つた人々のことを語り聞せた。一人、相応の資産ある家に生れて、東京麻布の中学を卒業した青年も、矢張其渡航者の群に交つたことなぞを語り聞せた。
﹃へえ、左さ様うでしたか。﹄と大日向は鷹匠町の宿のことを言出して笑つた。﹃貴方も彼あす処この家に泊つておいででしたか。いや、彼時は酷ひどい熱にえ湯ゆを浴せかけられましたよ。実は、私も、彼様いふ目に逢はせられたもんですから、其が深も因とで今度の事しご業とを思立つたやうな訳なんです。今でこそ斯うして笑つて御話するやうなものゝ、どうして彼時は――全く、残念に思ひましたからなあ。﹄
盛んな笑声は腰掛けて居る人々の間に起つた。其時、大日向は飛んだところで述懐を始めたと心付いて、苦々しさうに笑つて、丑松と一緒にそこへ腰掛けた。
﹃かみさん――それでは先さつ刻きのものを茲こゝへ出して下さい。﹄
と銀之助は指図する。﹃お見みた立て﹄と言つて、別わか離れの酒を斯の江かう畔はんの休茶屋で酌くみ交かはすのは、送る人も、送られる人も、共に〳〵長く忘れまいと思つたことであつたらう。銀之助は其朝の亭主役、早くから来てそれ〴〵の用意、万事無造作な書生流儀が反つて熱あたゝかい情を忍ばせたのである。
﹃いろ〳〵君には御世話に成つた。﹄と丑松は感慨に堪へないといふ調子で言つた。
﹃それは御互ひサ。﹄と銀之助は笑つて、﹃しかし、斯うして君を送らうとは、僕も思ひがけなかつたよ。送別会なぞをして貰つた僕の方が反かへつて君よりは後に成つた。はゝゝゝゝ――人の一生といふ奴は実際解らないものさね。﹄
﹃いづれ復また東京で逢はう。﹄と丑松は熱心に友達の顔を眺ながめる。
﹃あゝ、其内に僕も出掛ける。さあ何なんにもないが一いつ盃ぱい飲んで呉れ給へ。﹄と言つて、銀之助は振返つて見て、﹃お志保さん、済すみませんが、一つ御おし酌やくして下さいませんか。﹄
お志保は酒てう瓶しを持添へて勧めた。歓よろ喜こびと哀かな傷しみとが一緒になつて小な胸の中を往来するといふことは、其白い、優しい手の慄ふるへるのを見ても知れた。
﹃貴あな方たも一つ御上りなすつて下さい。﹄と銀之助は可はづ羞かしがるお志保の手から無理やりに酒てう瓶しを受取つて、かはりに盃を勧め乍ら、﹃さあ、僕が御酌しませう。﹄
﹃いえ、私は頂けません。﹄とお志保は盃を押隠すやうにする。
﹃そりや不いけ可ない。﹄と大日向は笑ひ乍ら言葉を添へた。﹃斯かういふ時には召上るものです。真似でもなんでも好う御座んすから、一つ御受けなすつて下さい。﹄
﹃ほんのしるしでサ。﹄と弁護士も横から。
﹃何どう卒ぞ、それでは、少ぽつ許ちり頂かせて下さい。﹄
と言つて、お志保は飲む真似をして、紅あかくなつた。
︵三︶
次第に高等四年の生徒が集つて来た。其日の出発を聞伝へて、せめて見送りしたいといふ可憐な心根から、いづれも丑松を慕つてやつて来たのである。丑松は頬の紅い少年と少年との間をあちこちと歩いて、別わか離れの言葉を交とり換かはしたり、ある時は一つところに佇たち立とゞまつて、是これから将さ来きのことを話して聞せたり、ある時は又た霙みぞれの降るなかを出て、枯かれ々〴〵な岸の柳の下に立つて、船橋を渡つて来る生徒の一ひと群むれを待ち眺ながめたりした。
蓮華寺で撞く鐘の音が起つた。第二の鐘はまた冬の日の寂せき寞ばくを破つて、千曲川の水に響き渡つた。軈て其音が波うつやうに、次第に拡つて、遠くなつて、終しまひに霙の空に消えて行く頃、更に第三の音が震ふ動るへるやうに起る――第四――第五。あゝ庄馬鹿は今あの鐘楼に上つて撞き鳴らすのであらう。それは丑松の為に長い別わか離れを告げるやうにも、白々と明あけ初そめた一生のあけぼのを報せるやうにも聞える。深い、森おご厳そかな音響に胸を打たれて、思はず丑松は首を垂れた。
第六――第七。
詞ことばの無い声は聞くものゝ胸から胸へ伝つたはつた。送る人も、送られる人も、暫しば時らく無言の思を取交したのである。
やがて橇そりの用意も出来たといふ。丑松は根津村に居る叔父夫婦のことを銀之助に話して、嘸さぞあの二人も心配して居るであらう、もし自分の噂うはさが姫子沢へ伝つたら、其為に叔父夫婦は奈ど何んな迷惑を蒙かうむるかも知れない、ひよつとしたら彼あの村むらには居られなくなる――奈ど何うしたものだらう。斯う言出した。﹃其時はまた其時さ。﹄と銀之助は考へて、﹃万事大日向さんに頼んで見給へ。もし叔父さんが根津に居られないやうだつたら、下高井の方へでも引越して行くさ。もう斯うなつた以上は、心配したつて仕方が無い――なあに、君、どうにか方法は着くよ。﹄
﹃では、其話をして置いて呉れ給へな。﹄
﹃宜よろしい。﹄
斯う引受けて貰ひ、それから例の﹃懴悔録﹄はいづれ東京へ着いた上、新本を求めて、お志保のところへ送り届けることにしよう、と約束して、軈やがて丑松は未亡人と一緒に見送りの人々へ別わか離れを告げた。弁護士、大日向、音作、銀之助、其他生徒の群はいづれも三台の橇そりの周まは囲りに集つた。お志保は蒼あをざめて、省吾の肩に取とり縋すがり乍ら見送つた。
﹃さあ、押せ、押せ。﹄と生徒の一人は手を揚げて言つた。
﹃先生、そこまで御供しやせう。﹄とまた一人の生徒は橇の後押棒に掴つかまつた。
いざ、出掛けようとするところへ、準教員が霙の中を飛んで来て、生徒一同に用が有るといふ。何事かと、未亡人も、丑松も振返つて見た。蓮太郎の遺骨を載せた橇を先は頭なに、三台の橇曳は一旦入れた力を復また緩めて、手持無沙汰にそこへ佇たゝ立ずんだのであつた。
︵四︶
﹃其それ位くらゐのことは許して呉れたつても好ささうなものぢや無いか。﹄と銀之助は準教員の前に立つて言つた。﹃だつて君、考へて見給へ。生徒が自分達の先生を慕つて、そこまで見送りに随ついて行かうと言ふんだらう。少年の情としては美しいところぢや無いか。寧むしろ賞めてやつて好いことだ。それを学校の方から止めるなんて――第一、君が間違つてる。其そ様んな使に来るのが間違つてる。﹄
﹃左さ様う君のやうに言つても困るよ。﹄と準教員は頭を掻き乍ら、﹃何も僕が不いけ可ないと言つた訳では有るまいし。﹄
﹃それなら何な故ぜ学校で不可と言ふのかね。﹄と銀之助は肩を動ゆすつた。
﹃届けもしないで、無断で休むといふ法は無い。休むなら、休むで、許ゆる可しを得て、それから見送りに行け――斯う校長先生が言ふのさ。﹄
﹃後で届けたら好からう。﹄
﹃後で? 後では届にならないやね。校長先生はもう非常に怒つてるんだ。勝野君はまた勝野君で、どうも彼あの組くみの生徒は狡ず猾るくて不いか可ん、斯ういふことが度々重ると学校の威信に関かゝはる、生徒として規則を守らないやうなものは休校させろ――まあ斯う言ふのさ。﹄
﹃左様器械的に物を考へなくつても好からう。何ぞと言ふと、校長先生や勝野君は、直に規則、規則だ。半日位休ませたつて、何だ――差支は無いぢやないか。一体、自分達の方から進んで生徒を許すのが至あた当りまへだ。まあ勧めるやうにしてよこすのが至当だ。兎とも角かくも一緒に仕事をした交よし誼みが有つて見れば、自分達が生徒を連れて見送りに来なけりやならない。ところが自分達は来ない、生徒も不いけ可ない、無断で見送りに行くものは罰するなんて――其そ様んな無法なことがあるもんか。﹄
銀之助は事情を知らないのである。昨日校長が生徒一同を講堂に呼集めて、丑松の休職になつた理由を演説したこと、其時丑松の人物を非難したり、平ふだ素んの行おこ為なひに就いて烈しい攻撃を加へたりして、寧ろ今度の改革は︵校長はわざ〳〵改革といふ言葉を用ゐた︶学校の将来に取つて非常な好都合であると言つたこと――そんなこんなは銀之助の知らない出来事であつた。あゝ、教育者は教育者を忌む。同僚としての嫉しつ妬と、人種としての軽けい蔑べつ――世を焼く火ほの焔ほは出発の間際まで丑松の身に追ひ迫つて来たのである。
あまり銀之助が激するので、丑松は一旦橇そりを下りた。
﹃まあ、土屋君、好いゝ加かげ減んにしたら好からう。使に来たものだつて困るぢや無いか。﹄と丑松は宥なだめるやうに言つた。
﹃しかし、あんまり解らないからさ。﹄と銀之助は聞入れる気けし色きも無かつた。﹃そんなら僕の時を考へて見給へ。あの時の送別会は半日以上かゝつた。僕の為に課業を休んで呉れる位なら、瀬川君の為に休むのは猶なほ更さらのことだ。﹄と言つて、生徒の方へ向いて、﹃行け、行け――僕が引受けた。それで悪かつたら、僕が後で談判してやる。﹄
﹃行け、行け。﹄とある生徒は手を振り乍ら叫んだ。
﹃それでは、君、僕が困るよ。﹄と丑松は銀之助を押止めて、﹃送つて呉れるといふ志は有難いがね、其為に生徒に迷惑を掛けるやうでは、僕だつてあまり心こゝ地ろもちが好くない。もう是こ処ゝで沢たく山さんだ――わざ〳〵是処迄まで来て呉れたんだから、それでもう僕には沢山だ。何どう卒か、君、生徒を是こ処ゝで返して呉れ給へ。﹄
斯う言つて、名残を惜む生徒にも同じ意味の言葉を繰返して、やがて丑松は橇に乗らうとした。
﹃御機嫌よう。﹄
それが最後にお志保を見た時の丑松の言葉であつた。
蕭せう条でうとした岸の柳の枯枝を経へだてゝ、飯山の町の眺なが望めは右側に展ひらけて居た。対岸に並び接つゞく家々の屋根、ところ〴〵に高い寺院の建たて築も物の、今は丘陵のみ残る古城の跡、いづれも雪に包まれて幽かすかに白く見渡される。天気の好い日には、斯この岸からも望まれる小学校の白壁、蓮華寺の鐘楼、それも霙の空に形を隠した。丑松は二度も三度も振向いて見て、ホツと深い大溜息を吐ついた時は、思はず熱い涙が頬を伝つて流れ落ちたのである。橇そりは雪の上を滑り始めた。
︵明治三十九年三月︶