こゝろなきうたのしらべは
ひとふさのぶだうのごとし
なさけあるてにもつまれて
あたゝかきさけとなるらむ
ぶだうだなふかくかゝれる
むらさきのそれにあらねど
こゝろあるひとのなさけに
かげにおくふさのみつよつ
そはうたのわかきゆゑなり
あぢはひもいろもあさくて
おほかたはかみてすつべき
うたゝねのゆめのそらごと
一 秋の思
秋
秋は
秋は来ぬ
風の来て
青き
自然の酒とかはりけり
秋は来ぬ
秋は来ぬ
おくれさきだつ
みな
笑ひの酒を悲みの
秋は来ぬ
秋は来ぬ
くさきも
たれかは秋に酔はざらめ
君笛を吹けわれはうたはむ
初恋
まだあげ
前にさしたる
花ある君と思ひけり
やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
人こひ
わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の
君が
林檎畑の
おのづからなる
問ひたまふこそこひしけれ
狐のわざ
庭にかくるゝ小狐の
人なきときに
秋の葡萄の樹の影に
しのびてぬすむつゆのふさ
恋は狐にあらねども
君は葡萄にあらねども
人しれずこそ忍びいで
君をぬすめる
髪を洗へば
髪を洗へば紫の
足をあぐれば
われに
目にながむれば
まきてはひらく
手にとる酒は
若き
耳をたつれば
きたりて
口をひらけばうたびとの
一ふしわれはこひうたふ
あゝかくまでにあやしくも
熱きこゝろのわれなれど
われをし君のこひしたふ
その涙にはおよばじな
君がこゝろは
君がこゝろは
風にさそはれ鳴くごとく
それかきならす
一つの糸のさはりさへ
君がこゝろにかぎりなき
しらべとこそはきこゆめれ
あゝなどかくは触れやすき
君が優しき心もて
かくばかりなる
触れたまはぬぞ
傘に姿をつゝむとも
かわく
顔と顔とをうちよせて
あゆむとすればなつかしや
乱れて
恋の
ぬれてこひしき夢の
染めてぞ燃ゆる
雨になやめる足まとひ
歌ふをきけば梅川よ
しばし
いづこも恋に
それ
こひしき雨よふらばふれ
秋の入日の照りそひて
傘の涙を
手に手をとりて行きて帰らじ
秋に隠れて
わが手に植ゑし白菊の
おのづからなる時くれば
一もと花の
秋に
知るや君
こゝろもあらぬ
声にもれくる一ふしを
知るや君
深くも
底にかくるゝ
知るや君
あやめもしらぬやみの夜に
知るや君
まだ
胸にひそめる琴の
知るや君
秋風の歌
さびしさはいつともわかぬ山里に
尾花みだれて秋かぜぞふく
しづかにきたる秋風の
西の海より吹き起り
舞ひたちさわぐ白しら雲くもの
飛びて行くへも見ゆるかな
暮ゆふ影かげ高く秋は黄の
桐きりの梢こずゑの琴の音ねに
そのおとなひを聞くときは
風のきたると知られけり
ゆふべ西にし風かぜ吹き落ちて
あさ秋の葉の窓に入り
あさ秋風の吹きよせて
ゆふべの鶉うづら巣に隠かくる
ふりさけ見れば青あを山やまも
色はもみぢに染めかへて
霜しも葉ばをかへす秋風の
空そらの明かが鏡みにあらはれぬ
清すずしいかなや西風の
まづ秋の葉を吹けるとき
さびしいかなや秋風の
かのもみぢ葉ばにきたるとき
道を伝ふる婆ばら羅も門んの
西に東に散るごとく
吹き漂ただ蕩よはす秋風に
飄ひるがへり行く木この葉はかな
朝あさ羽ばうちふる鷲わし鷹たかの
明あけ闇くれ天そらをゆくごとく
いたくも吹ける秋風の
羽はねに声あり力あり
見ればかしこし西風の
山の木この葉をはらふとき
悲しいかなや秋風の
秋の百もも葉はを落すとき
人は利つる剣ぎを振ふるへども
げにかぞふればかぎりあり
舌は時とき世よをのゝしるも
声はたちまち滅ぶめり
高くも烈はげし野も山も
息いぶ吹きまどはす秋風よ
世をかれ〴〵となすまでは
吹きも休やむべきけはひなし
あゝうらさびし天あめ地つちの
壺つぼの中うちなる秋の日や
落葉と共に飄ひるがへる
風の行ゆく衛へを誰か知る
雲のゆくへ
庭にたちいでたゞひとり
秋しゅ海うか棠いどうの花を分け
空ながむれば行く雲の
更さらに秘密を闡ひらくかな
小詩二首
一
ゆふぐれしづかに
ゆめみんとて
よのわづらひより
しばしのがる
きみよりほかには
しるものなき
花かげにゆきて
こひを泣きぬ
すぎこしゆめぢを
おもひみるに
こひこそつみなれ
つみこそこひ
いのりもつとめも
このつみゆゑ
たのしきそのへと
われはゆかじ
なつかしき君と
てをたづさへ
くらき冥よ府みまでも
かけりゆかん
二
しづかにてらせる
月のひかりの
などか絶間なく
ものおもはする
さやけきそのかげ
こゑはなくとも
みるひとの胸に
忍び入るなり
なさけは説とくとも
なさけをしらぬ
うきよのほかにも
朽くちゆくわがみ
あかさぬおもひと
この月かげと
いづれか声なき
いづれかなしき
強敵
一つの花に蝶ちょうと蜘く蛛も
小蜘蛛は花を守まもり顔
小蝶は花に酔ひ顔に
舞へども〳〵すべぞなき
花は小蜘蛛のためならば
小蝶の舞まひをいかにせむ
花は小蝶のためならば
小蜘蛛の糸をいかにせむ
やがて一つの花散りて
小蜘蛛はそこに眠れども
羽つば翼さも軽き小蝶こそ
いづこともなくうせにけれ
別離
人妻をしたへる男の山に登り其
女の家を望み見てうたへるうた
誰たれかとゞめん旅たび人びとの
あすは雲くも間まに隠るゝを
誰か聞くらん旅人の
あすは別れと告げましを
清きよき恋とや片かたし貝がひ
われのみものを思ふより
恋はあふれて濁にごるとも
君に涙をかけましを
人ひと妻づま恋ふる悲しさを
君がなさけに知りもせば
せめてはわれを罪つみ人びとと
呼びたまふこそうれしけれ
あやめもしらぬ憂うしや身は
くるしきこひの牢ひと獄やより
罪の鞭しも責とをのがれいで
こひて死なんと思ふなり
誰たれかは花をたづねざる
誰かは色い彩ろに迷はざる
誰かは前にさける見て
花を摘つまんと思はざる
恋の花にも戯たはむるゝ
嫉ねた妬みの蝶ちょうの身ぞつらき
二つの羽はねもをれ〳〵て
翼つばさの色はあせにけり
人の命を春の夜の
夢といふこそうれしけれ
夢よりもいや〳〵深き
われに思ひのあるものを
梅の花さくころほひは
蓮はすさかばやと思ひわび
蓮の花さくころほひは
萩はぎさかばやと思ふかな
待つまも早く秋は来きて
わが踏む道に萩さけど
濁にごりて待てる吾わが恋は
清き怨うらみとなりにけり
望郷
寺をのがれいでたる僧のうたひ
しそのうた
いざさらば
これをこの世のわかれぞと
のがれいでては住みなれし
御みて寺らの蔵く裏りの白しら壁かべの
眼にもふたたび見ゆるかな
いざさらば
住めば仏のやどりさへ
火ほの炎ほの宅いへとなるものを
なぐさめもなき心より
流れて落つる涙かな
いざさらば
心の油濁るとも
ともしびたかくかきおこし
なさけは熱くもゆる火の
こひしき塵ちりにわれは焼けなむ
﹇#改段﹈
二 六人の処をと女め
おえふ
処をと女めぞ経へぬるおほかたの
われは夢ゆめ路ぢを越えてけり
わが世の坂にふりかへり
いく山やま河かはをながむれば
水みづ静しづかなる江戸川の
ながれの岸にうまれいで
岸の桜の花はな影かげに
われは処をと女めとなりにけり
都みや鳥こどり浮うく大川に
流れてそゝぐ川かは添ぞひの
白しろ菫すみれさく若わか草ぐさに
夢多かりし吾わが身かな
雲むらさきの九ここ重のへの
大宮内につかへして
清せい涼りょ殿うでんの春の夜よの
月の光に照らされつ
雲を彫ちりばめ濤なみを刻ほり
霞かすみをうかべ日をまねく
玉の台うてなの欄おば干しまに
かゝるゆふべの春の雨
さばかり高き人の世の
耀かがやくさまを目にも見て
ときめきたまふさま〴〵の
ひとりのころもの香かをかげり
きらめき初そむる暁あか星ぼしの
あしたの空に動くごと
あたりの光きゆるまで
さかえの人のさまも見き
天あまつみそらを渡る日の
影かたぶけるごとくにて
名なの夕暮に消えて行く
秀ひいでし人の末は路ても見き
春しづかなる御みそ園の生ふの
花に隠れて人を哭なき
秋のひかりの窓に倚より
夕雲とほき友を恋ふ
ひとりの姉をうしなひて
大宮内の門かどを出いで
けふ江戸川に来て見れば
秋はさみしきながめかな
桜の霜しも葉は黄に落ちて
ゆきてかへらぬ江戸川や
流れゆく水静かにて
あゆみは遅きわがおもひ
おのれも知らず世を経ふれば
若き命いのちに堪へかねて
岸のほとりの草を藉しき
微ほほ笑ゑみて泣く吾身かな
おきぬ
みそらをかける猛あら鷲わしの
人の処をと女めの身に落ちて
花の姿に宿やどかれば
風あら雨しに渇かわき雲に饑うゑ
天あま翅かけるべき術すべをのみ
願ふ心のなかれとて
黒くろ髪かみ長き吾身こそ
うまれながらの盲めし目ひなれ
芙ふよ蓉うを前さきの身とすれば
泪なみだは秋の花の露
小をご琴とを前さきの身とすれば
愁うれひは細き糸の音
いま前さきの世は鷲の身の
処女にあまる羽つば翼さかな
あゝあるときは吾心
あらゆるものをなげうちて
世はあぢきなき浅あさ茅ぢ生ふの
茂れる宿やどと思ひなし
身は術すべもなき蟋こほ蟀ろぎの
夜よるの野のぐ草さにはひめぐり
たゞいたづらに音ねをたてて
うたをうたふと思ふかな
色いろにわが身をあたふれば
処女のこゝろ鳥となり
恋に心をあたふれば
鳥の姿は処女にて
処女ながらも空そらの鳥
猛あら鷲わしながら人の身の
天あめと地つちとに迷ひゐる
身の定めこそ悲しけれ
おさよ
潮うしほさみしき荒あら磯いその
巌いは陰かげわれは生れけり
あしたゆふべの白しろ駒ごまと
故ふる郷さと遠きものおもひ
をかしくものに狂へりと
われをいふらし世のひとの
げに狂はしの身なるべき
この年までの処をと女めとは
うれひは深く手もたゆく
むすぼほれたるわが思おもひ
流れて熱あつきわがなみだ
やすむときなきわがこゝろ
乱みだれてものに狂ひよる
心を笛の音ねに吹かん
笛をとる手は火にもえて
うちふるひけり十とをの指
音ねにこそ渇かわけ口くち唇びるの
笛を尋たづぬる風ふぜ情いあり
はげしく深きためいきに
笛の小をだ竹けや曇るらん
髪は乱れて落つるとも
まづ吹き入るゝ気い息きを聴きけ
力をこめし一ふしに
黄つ楊げのさし櫛ぐし落ちてけり
吹けば流るゝ流るれば
笛吹き洗ふわが涙
短き笛の節ふしの間まも
長き思おもひのなからずや
七つの情こころ声を得て
音ねをこそきかめ歌うた神がみも
われ喜よろこびを吹くときは
鳥も梢こずゑに音ねをとゞめ
怒いかりをわれの吹くときは
瀬せを行く魚も淵ふちにあり
われ哀かなしみを吹くときは
獅し子しも涙をそゝぐらむ
われ楽たのしみを吹くときは
虫も鳴く音ねをやめつらむ
愛のこゝろを吹くときは
流るゝ水のたち帰り
悪にくみをわれの吹くときは
散り行く花も止とどまりて
慾よくの思おもひを吹くときは
心の闇やみの響ひびきあり
うたへ浮うき世よの一ふしは
笛の夢路のものぐるひ
くるしむなかれ吾わが友よ
しばしは笛の音ねに帰れ
落つる涙をぬぐひきて
静かにきゝね吾笛を
おくめ
こひしきまゝに家を出いで
こゝの岸よりかの岸へ
越えましものと来て見れば
千鳥鳴くなり夕まぐれ
こひには親も捨てはてて
やむよしもなき胸の火や
鬢びんの毛を吹く河風よ
せめてあはれと思へかし
河かは波なみ暗く瀬を早み
流れて巌いはに砕くだくるも
君を思へば絶間なき
恋の火ほの炎ほに乾かわくべし
きのふの雨の小をや休みなく
水みか嵩さや高くまさるとも
よひ〳〵になくわがこひの
涙の滝におよばじな
しりたまはずやわがこひは
花はな鳥とりの絵にあらじかし
空かが鏡みの印かた象ち砂の文字
梢の風の音にあらじ
しりたまはずやわがこひは
雄を々をしき君の手に触れて
嗚あ呼あ口くち紅べにをその口に
君にうつさでやむべきや
恋は吾身の社やしろにて
君は社の神なれば
君の祭つく壇ゑの上ならで
なににいのちを捧ささげまし
砕くだかば砕け河かは波なみよ
われに命はあるものを
河波高く泳ぎ行き
ひとりの神にこがれなん
心のみかは手も足も
吾身はすべて火ほの炎ほなり
思ひ乱れて嗚呼恋の
千ちす筋ぢの髪の波に流るゝ
おつた
花仄ほの見ゆる春の夜の
すがたに似たる吾わが命いのち
朧おぼ々ろおぼろに父ちち母ははは
二つの影と消えうせて
世に孤みな児しごの吾身こそ
影より出でし影なれや
たすけもあらぬ今は身は
若き聖ひじりに救はれて
人なつかしき前まへ髪がみの
処をと女めとこそはなりにけれ
若き聖ひじりののたまはく
時をし待たむ君ならば
かの柿の実をとるなかれ
かくいひたまふうれしさに
ことしの秋もはや深し
まづその秋を見よやとて
聖に柿をすゝむれば
その口くち唇びるにふれたまひ
かくも色よき柿ならば
などかは早くわれに告げこぬ
若き聖ののたまはく
人の命の惜をしからば
嗚あ呼あかの酒を飲むなかれ
かくいひたまふうれしさに
酒なぐさめの一つなり
まづその春を見よやとて
聖に酒をすゝむれば
夢の心地に酔ひたまひ
かくも楽しき酒ならば
などかは早くわれに告げこぬ
若き聖ののたまはく
道行き急ぐ君ならば
迷ひの歌をきくなかれ
かくいひたまふうれしさに
歌も心の姿なり
まづその声をきけやとて
一ふしうたひいでければ
聖は魂たまも酔ひたまひ
かくも楽しき歌ならば
などかは早くわれに告げこぬ
若き聖ののたまはく
まことをさぐる吾身なり
道の迷まよひとなるなかれ
かくいひたまふうれしさに
情なさけも道の一つなり
かゝる思おもひを見よやとて
わがこの胸に指ざせば
聖は早く恋ひわたり
かくも楽しき恋ならば
などかは早くわれに告げこぬ
それ秋の日の夕まぐれ
そゞろあるきのこゝろなく
ふと目に入るを手にとれば
雪より白き小石なり
若き聖ののたまはく
智恵の石とやこれぞこの
あまりに惜しき色なれば
人に隠して今も放はなたじ
おきく
くろかみながく
やはらかき
をんなごころを
たれかしる
をとこのかたる
ことのはを
まこととおもふ
ことなかれ
をとめごころの
あさくのみ
いひもつたふる
をかしさや
みだれてながき
鬢びんの毛を
黄つ楊げの小をぐ櫛しに
かきあげよ
あゝ月つきぐさの
きえぬべき
こひもするとは
たがことば
こひて死なんと
よみいでし
あつきなさけは
誰たがうたぞ
みちのためには
ちをながし
くにには死ぬる
をとこあり
治兵衛はいづれ
恋か名か
忠兵衛も名の
ために果はつ
あゝむかしより
こひ死にし
をとこのありと
しるや君
をんなごころは
いやさらに
ふかきなさけの
こもるかな
小春はこひに
ちをながし
梅川こひの
ために死ぬ
お七はこひの
ために焼け
高尾はこひの
ために果つ
かなしからずや
清姫は
蛇へびとなれるも
こひゆゑに
やさしからずや
佐さよ容ひ姫めは
石となれるも
こひゆゑに
をとこのこひの
たはぶれは
たびにすてゆく
なさけのみ
こひするなかれ
をとめごよ
かなしむなかれ
わがともよ
こひするときと
かなしみと
いづれかながき
いづれみじかき
﹇#改段﹈
三 生のあけぼの
草枕
夕波くらく啼なく千鳥
われは千鳥にあらねども
心の羽はねをうちふりて
さみしきかたに飛べるかな
若き心の一ひと筋すぢに
なぐさめもなくなげきわび
胸の氷のむすぼれて
とけて涙となりにけり
蘆あし葉はを洗ふ白波の
流れて巌いはを出づるごと
思ひあまりて草枕
まくらのかずの今いくつ
かなしいかなや人の身の
なきなぐさめを尋たづね侘わび
道なき森に分け入りて
などなき道をもとむらん
われもそれかやうれひかや
野のず末ゑに山に谷たに蔭かげに
見るよしもなき朝夕の
光もなくて秋暮れぬ
想おもひも薄く身も暗く
残れる秋の花を見て
行くへもしらず流れ行く
水に涙の落つるかな
身を朝あさ雲ぐもにたとふれば
ゆふべの雲の雨となり
身を夕ゆふ雨あめにたとふれば
あしたの雨の風となる
されば落葉と身をなして
風に吹かれて飄ひるがへり
朝の黄きぐ雲もにともなはれ
夜よる白河を越えてけり
道なき今の身なればか
われは道なき野を慕ひ
思ひ乱れてみちのくの
宮みや城ぎ野のにまで迷ひきぬ
心の宿やどの宮城野よ
乱れて熱き吾わが身には
日影も薄く草枯れて
荒れたる野こそうれしけれ
ひとりさみしき吾耳は
吹く北風を琴ことと聴きき
悲み深き吾目には
色い彩ろなき石も花と見き
あゝ孤ひと独りみの悲かな痛しさを
味ひ知れる人ならで
誰たれにかたらん冬の日の
かくもわびしき野のけしき
都のかたをながむれば
空冬雲に覆おほはれて
身にふりかゝる玉たま霰あられ
袖そでの氷と閉ぢあへり
みぞれまじりの風勁つよく
小川の水の薄氷
氷のしたに音するは
流れて海に行く水か
啼ないて羽はか風ぜもたのもしく
雲に隠るゝかさゝぎよ
光もうすき寒さむ空ぞらの
汝なれも荒れたる野にむせぶ
涙も凍る冬の日の
光もなくて暮れ行けば
人めも草も枯れはてて
ひとりさまよふ吾身かな
かなしや酔ふて行く人の
踏めばくづるゝ霜柱
なにを酔ひ泣く忍び音ねに
声もあはれのその歌は
うれしや物の音ねを弾ひきて
野末をかよふ人の子よ
声しら調べひく手も凍りはて
なに門かどづけの身の果はてぞ
やさしや年もうら若く
まだ初恋のまじりなく
手に手をとりて行く人よ
なにを隠るゝその姿
野のさみしさに堪へかねて
霜と霜との枯草の
道なき道をふみわけて
きたれば寒し冬の海
朝は海うみ辺べの石の上へに
こしうちかけてふるさとの
都のかたを望めども
おとなふものは濤なみばかり
暮はさみしき荒あら磯いその
潮うしほを染めし砂に伏し
日の入るかたをながむれど
湧わきくるものは涙のみ
さみしいかなや荒波の
岩に砕くだけて散れるとき
かなしいかなや冬の日の
潮うしほとともに帰るとき
誰たれか波路を望み見て
そのふるさとを慕はざる
誰か潮の行くを見て
この人の世を惜をしまざる
暦こよみもあらぬ荒磯の
砂路にひとりさまよへば
みぞれまじりの雨雲の
落ちて潮となりにけり
遠く湧きくる海の音
慣れてさみしき吾耳に
怪しやもるゝものの音ねは
まだうらわかき野路の鳥
嗚あ呼あめづらしのしらべぞと
声のゆくへをたづぬれば
緑の羽はねもまだ弱き
それも初はつ音ねか鶯うぐひすの
春きにけらし春よ春
まだ白雪の積れども
若菜の萌もえて色青き
こゝちこそすれ砂の上へに
春きにけらし春よ春
うれしや風に送られて
きたるらしとや思へばか
梅が香かぞする海の辺べに
磯辺に高き大おほ巌いはの
うへにのぼりてながむれば
春やきぬらん東しの雲のめの
潮しほの音ね遠き朝ぼらけ
春
一 たれかおもはむ
たれかおもはむ鶯うぐひすの
涙もこほる冬の日に
若き命は春の夜の
花にうつろふ夢の間まと
あゝよしさらば美うま酒ざけに
うたひあかさん春の夜を
梅のにほひにめぐりあふ
春を思へばひとしれず
からくれなゐのかほばせに
流れてあつきなみだかな
あゝよしさらば花影に
うたひあかさん春の夜を
わがみひとつもわすられて
おもひわづらふこゝろだに
春のすがたをとめくれば
たもとににほふ梅の花
あゝよしさらば琴ことの音ねに
うたひあかさん春の夜を
二 あけぼの
紅くれなゐ細くたなびけたる
雲とならばやあけぼのの
雲とならばや
やみを出いでては光ある
空とならばやあけぼのの
空とならばや
春の光を彩いろどれる
水とならばやあけぼのの
水とならばや
鳩はとに履ふまれてやはらかき
草とならばやあけぼのの
草とならばや
三 春は来ぬ
春はきぬ
春はきぬ
初はつ音ねやさしきうぐひすよ
こぞに別わか離れを告げよかし
谷間に残る白雪よ
葬りかくせ去こ歳ぞの冬
春はきぬ
春はきぬ
さみしくさむくことばなく
まづしくくらくひかりなく
みにくゝおもくちからなく
かなしき冬よ行きねかし
春はきぬ
春はきぬ
浅みどりなる新にひ草ぐさよ
とほき野のも面せを画ゑがけかし
さきては紅あかき春はる花ばなよ
樹き々ぎの梢こずゑを染めよかし
春はきぬ
春はきぬ
霞かすみよ雲よ動ゆるぎいで
氷れる空をあたゝめよ
花の香かおくる春風よ
眠れる山を吹きさませ
春はきぬ
春はきぬ
春をよせくる朝あさ汐じほよ
蘆あしの枯かれ葉はを洗ひ去れ
霞に酔へる雛ひな鶴づるよ
若きあしたの空に飛べ
春はきぬ
春はきぬ
うれひの芹せりの根を絶えて
氷れるなみだ今いづこ
つもれる雪の消えうせて
けふの若菜と萌もえよかし
四 眠れる春よ
ねむれる春ようらわかき
かたちをかくすことなかれ
たれこめてのみけふの日を
なべてのひとのすぐすまに
さめての春のすがたこそ
また夢のまの風ふぜ情いなれ
ねむげの春よさめよ春
さかしきひとのみざるまに
若紫の朝霞
かすみの袖そでをみにまとへ
はつねうれしきうぐひすの
鳥のしらべをうたへかし
ねむげの春よさめよ春
ふゆのこほりにむすぼれし
ふるきゆめぢをさめいでて
やなぎのいとのみだれがみ
うめのはなぐしさしそへて
びんのみだれをかきあげよ
ねむげの春よさめよ春
あゆめばたにの早さわらびの
したもえいそぐ汝ながあしを
かたくもあげよあゆめ春
たえなるはるのいきを吹き
こぞめの梅の香ににほへ
五 うてや鼓
うてや鼓つづみの春の音
雪にうもるゝ冬の日の
かなしき夢はとざされて
世は春の日とかはりけり
ひけばこぞめの春霞
かすみの幕をひきとぢて
花と花とをぬふ糸は
けさもえいでしあをやなぎ
霞のまくをひきあけて
春をうかゞふことなかれ
はなさきにほふ蔭をこそ
春の台うてなといふべけれ
小こち蝶ょうよ花にたはぶれて
優しき夢をみては舞ひ
酔ゑふて羽はそ袖でもひら〳〵と
はるの姿をまひねかし
緑のはねのうぐひすよ
梅の花笠ぬひそへて
ゆめ静しづかなるはるの日の
しらべを高く歌へかし
小詩
くめどつきせぬ
わかみづを
きみとくまゝし
かのいづみ
かわきもしらぬ
わかみづを
きみとのまゝし
かのいづみ
かのわかみづと
みをなして
はるのこゝろに
わきいでん
かのわかみづと
みをなして
きみとながれん
花のかげ
明星
浮べる雲と身をなして
あしたの空そらに出でざれば
などしるらめや明星の
光の色のくれなゐを
朝の潮うしほと身をなして
流れて海に出でざれば
などしるらめや明星の
清すみて哀かなしききらめきを
なにかこひしき暁あか星ぼしの
空むなしき天あまの戸を出でて
深くも遠きほとりより
人の世近く来きたるとは
潮うしほの朝のあさみどり
水みな底そこ深き白石を
星の光に透すかし見て
朝の齢よはひを数ふべし
野の鳥ぞ啼なく山やま河かはも
ゆふべの夢をさめいでて
細く棚たな引びくしのゝめの
姿をうつす朝ぼらけ
小さ夜よには小夜のしらべあり
朝には朝の音ねもあれど
星の光の糸の緒をに
あしたの琴ことは静しづかなり
まだうら若き朝の空
きらめきわたる星のうち
いと〳〵若き光をば
名なづけましかば明星と
潮音
わきてながるゝ
やほじほの
そこにいざよふ
うみの琴
しらべもふかし
もゝかはの
よろづのなみを
よびあつめ
ときみちくれば
うらゝかに
とほくきこゆる
はるのしほのね
酔歌
旅と旅との君や我
君と我とのなかなれば
酔ふて袂たもとの歌うた草ぐさを
醒さめての君に見せばやな
若き命も過ぎぬ間まに
楽しき春は老いやすし
誰たが身にもてる宝たからぞや
君くれなゐのかほばせは
君がまなこに涙あり
君が眉には憂うれ愁ひあり
堅かたく結べるその口に
それ声も無きなげきあり
名もなき道を説とくなかれ
名もなき旅を行くなかれ
甲か斐ひなきことをなげくより
来きたりて美うまき酒に泣け
光もあらぬ春の日の
独りさみしきものぐるひ
悲しき味の世の智恵に
老いにけらしな旅人よ
心の春の燭とも火しびに
若き命を照らし見よ
さくまを待たで花散らば
哀かなしからずや君が身は
わきめもふらで急ぎ行く
君の行ゆく衛へはいづこぞや
琴こと花はな酒さけのあるものを
とゞまりたまへ旅人よ
二つの声
朝
たれか聞くらん朝の声
眠ねむりと夢を破りいで
彩あやなす雲にうちのりて
よろづの鳥に歌はれつ
天のかなたにあらはれて
東の空に光あり
そこに時ときあり始はじめあり
そこに道あり力あり
そこに色あり詞ことばあり
そこに声あり命あり
そこに名ありとうたひつゝ
みそらにあがり地にかけり
のこんの星ともろともに
光のうちに朝ぞ隠るゝ
暮
たれか聞くらん暮の声
霞の翼つばさ雲の帯
煙の衣ころも露の袖そで
つかれてなやむあらそひを
闇のかなたに投げ入れて
夜の使つかひの蝙かは蝠ほりの
飛ぶ間も声のをやみなく
こゝに影あり迷まよひあり
こゝに夢あり眠ねむりあり
こゝに闇あり休やす息みあり
こゝに永ながきあり遠きあり
こゝに死ありとうたひつゝ
草木にいこひ野にあゆみ
かなたに落つる日とともに
色なき闇に暮ぞ隠るゝ
哀歌
中野逍遙をいたむ
﹃秀才香骨幾人憐、秋入長安夢愴然、琴台旧譜前柳、風流銷尽二千年﹄、これ中野逍遙が秋しゅ怨うえ十んじ絶ゅうぜつの一なり。逍遙字は威卿、小字重太郎、予州宇和島の人なりといふ。文科大学の異材なりしが年僅わづかに二十七にしてうせぬ。逍遙遺稿正外二篇、みな紅心の余唾にあらざるはなし。左に掲ぐるはかれの清怨を写せしもの、﹃寄語残月休長嘆、我輩亦是艶生涯﹄、合せかゝげてこの秀才を追慕するのこゝろをとゞむ。
思君九首 中野逍遙
思君我心傷 思君我容瘁
中夜坐松蔭 露華多似涙
思君我心悄 思君我腸裂
昨夜涕涙流 今朝尽成血
示君錦字詩 寄君鴻文冊
忽覚筆端香 外梅花白
為君調綺羅 為君築金屋
中有鴛鴦図 長春夢百禄
贈君名香篋 応記韓寿恩
休将秋扇掩 明月照眉痕
贈君双臂環 宝玉価千金
一鐫不乖約 一題勿変心
訪君過台下 清宵琴響揺
佇門不敢入 恐乱月前調
千里囀金鶯 春風吹緑野
忽発頭屋桃 似君三両朶
嬌影三分月 芳花一朶梅
渾把花月秀 作君玉膚堆
かなしいかなや流れ行く
水になき名をしるすとて
今はた残る歌うた反ほ古ごの
ながき愁うれひをいかにせむ
かなしいかなやする墨すみの
いろに染めてし花の木の
君がしらべの歌の音に
薄き命のひゞきあり
かなしいかなや前さきの世は
みそらにかゝる星の身の
人の命のあさぼらけ
光も見せでうせにしよ
かなしいかなや同じ世に
生れいでたる身を持ちて
友の契ちぎりも結ばずに
君は早くもゆけるかな
すゞしき眼まなこつゆを帯び
葡ぶど萄うのたまとまがふまで
その面影をつたへては
あまりに妬ねたき姿かな
同じ時とき世よに生れきて
同じいのちのあさぼらけ
君からくれなゐの花は散り
われ命あり八やへ重むぐ葎ら
かなしいかなやうるはしく
さきそめにける花を見よ
いかなればかくとゞまらで
待たで散るらんさける間まも
かなしいかなやうるはしき
なさけもこひの花を見よ
いと〳〵清きそのこひは
消ゆとこそ聞けいと早く
君し花とにあらねども
いな花よりもさらに花
君しこひとにあらねども
いなこひよりもさらにこひ
かなしいかなや人の世に
あまりに惜しき才ざえなれば
病やまひに塵ちりに悲かなしみに
死にまでそしりねたまるゝ
かなしいかなやはたとせの
ことばの海のみなれ棹ざを
磯にくだくる高たか潮じほの
うれひの花とちりにけり
かなしいかなや人の世の
きづなも捨てて嘶いななけば
つきせぬ草に秋は来て
声も悲しき天の馬
かなしいかなや音ねを遠み
流るゝ水の岸にさく
ひとつの花に照らされて
飄ひるがへり行く一ひと葉はぶ舟ね
﹇#改段﹈
四 深林の逍しょ遙うよう、其他
深林の逍遙
力を刻きざむ木こだ匠くみの
うちふる斧のあとを絶え
春の草くさ花ばな彫ほり刻ものの
鑿のみの韻にほひもとゞめじな
いろさま〴〵の春の葉に
青あを一ひと筆ふでの痕あともなく
千ち枝えにわかるゝ赤あか樟くすも
おのづからなるすがたのみ
檜ひのきは荒し杉直し
五葉は黒し椎しひの木の
枝をまじゆる白しら樫かしや
樗あふちは茎をよこたへて
枝と枝とにもゆる火の
なかにやさしき若わか楓かへで
山やま精びこ
ひとにしられぬ
たのしみの
ふかきはやしを
たれかしる
ひとにしられぬ
はるのひの
かすみのおくを
たれかしる
木こだ精ま
はなのむらさき
はのみどり
うらわかぐさの
のべのいと
たくみをつくす
大おほ機はたの
梭をさのはやしに
きたれかし
山精
かのもえいづる
くさをふみ
かのわきいづる
みづをのみ
かのあたらしき
はなにゑひ
はるのおもひの
なからずや
木精
ふるきころもを
ぬぎすてて
はるのかすみを
まとへかし
なくうぐひすの
ねにいでて
ふかきはやしに
うたへかし
あゆめば蘭らんの花を踏み
ゆけば楊やま梅もも袖に散り
袂たもとにまとふ山やま葛くづの
葛のうら葉をかへしては
女ひか蘿げの蔭のやまいちご
色よき実こそ落ちにけれ
岡やまつゞき隈くま々ぐまも
いとなだらかに行き延のびて
ふかきはやしの谷あひに
乱れてにほふふぢばかま
谷に花さき谷にちり
人にしられず朽くつるめり
せまりて暗き峡はざまより
やゝひらけたる深みや山ま木ぎの
春は小こえ枝だのたゝずまひ
しげりて広き熊笹の
葉末をふかくかきわけて
谷のかなたにきて見れば
いづくに行くか滝川よ
声もさびしや白糸の
青き巌いはほに流れ落ち
若き猿ましらのためにだに
音おとをとゞむる時ぞなき
山精
ゆふぐれかよふ
たびびとの
むねのおもひを
たれかしる
友にもあらぬ
やまかはの
はるのこゝろを
たれかしる
木精
夜をなきあかす
かなしみの
まくらにつたふ
なみだこそ
ふかきはやしの
たにかげの
そこにながるゝ
しづくなれ
山精
鹿はたふるゝ
たびごとに
妻こふこひに
かへるなり
のやまは枯るゝ
たびごとに
ちとせのはるに
かへるなり
木精
ふるきおちばを
やはらかき
青葉のかげに
葬れよ
ふゆのゆめぢを
さめいでて
はるのはやしに
きたれかし
今しもわたる深みや山まかぜ
春はしづかに吹きかよふ
林の簫しょうの音ねをきけば
風のしらべにさそはれて
みれどもあかぬ白しろ妙たへの
雲の羽はそ袖での深山木の
千ちえ枝だにかゝりたちはなれ
わかれ舞ひゆくすがたかな
樹き々ぎをわたりて行く雲の
しばしと見ればあともなき
高き行ゆく衛へにいざなはれ
千々にめぐれる巌いは影かげの
花にも迷ひ石に倚より
流るゝ水の音をきけば
山は危ふく石わかれ
削けづりてなせる青あを巌いはに
砕けて落つる飛たき潭みづの
湧きくる波の瀬を早み
花やかにさす春の日の
光ひか烱り照りそふ水けぶり
独り苔こけむす岩を攀よぢ
ふるふあゆみをふみしめて
浮べる雲をうかゞへば
下にとゞろく飛たき潭みづの
澄むいとまなき岩波は
落ちていづくに下るらん
山精
なにをいざよふ
むらさきの
ふかきはやしの
はるがすみ
なにかこひしき
いはかげを
ながれていづる
いづみがは
木精
かくれてうたふ
野の山の
こゑなきこゑを
きくやきみ
つゝむにあまる
はなかげの
水のしらべを
しるやきみ
山精
あゝながれつゝ
こがれつゝ
うつりゆきつゝ
うごきつゝ
あゝめぐりつゝ
かへりつゝ
うちわらひつゝ
むせびつゝ
木精
いまひのひかり
はるがすみ
いまはなぐもり
はるのあめ
あゝあゝはなの
つゆに酔ひ
ふかきはやしに
うたへかし
ゆびをりくればいつたびも
かはれる雲をながむるに
白きは黄なりなにをかも
もつ筆にせむ色いろ彩あやの
いつしか淡く茶を帯びて
雲くれなゐとかはりけり
あゝゆふまぐれわれひとり
たどる林もひらけきて
いと静かなる湖の
岸辺にさける花はな躑つつ躅じ
うき雲ゆけばかげ見えて
水に沈める春の日や
それ紅くれなゐの色染めて
雲紫むらさきとなりぬれば
かげさへあかき水鳥の
春のみづうみ岸の草
深き林や花つゝじ
迷ふひとりのわがみだに
深ふか紫むらさきの紅くれなゐの
彩あやにうつろふ夕まぐれ
母を葬るのうた
うき雲はありともわかぬ大空の
月のかげよりふるしぐれかな
きみがはかばに
きゞくあり
きみがはかばに
さかきあり
くさはにつゆは
しげくして
おもからずやは
そのしるし
いつかねむりを
さめいでて
いつかへりこん
わがはゝよ
紅あか羅らひく子も
ますらをも
みなちりひぢと
なるものを
あゝさめたまふ
ことなかれ
あゝかへりくる
ことなかれ
はるははなさき
はなちりて
きみがはかばに
かゝるとも
なつはみだるゝ
ほたるびの
きみがはかばに
とべるとも
あきはさみしき
あきさめの
きみがはかばに
そゝぐとも
ふゆはましろに
ゆきじもの
きみがはかばに
こほるとも
とほきねむりの
ゆめまくら
おそるゝなかれ
わがはゝよ
合唱
一 暗あん香こう
はるのよはひかりはかりとおもひしを
しろきやうめのさかりなるらむ
姉
わかきいのちの
をしければ
やみにも春の
香かに酔はん
せめてこよひは
さほひめよ
はなさくかげに
うたへかし
妹
そらもゑへりや
はるのよは
ほしもかくれて
みえわかず
よめにもそれと
ほのしろく
みだれてにほふ
うめのはな
姉
はるのひかりの
こひしさに
かたちをかくす
うぐひすよ
はなさへしるき
はるのよの
やみをおそるゝ
ことなかれ
妹
うめをめぐりて
ゆくみづの
やみをながるゝ
せゝらぎや
ゆめもさそはぬ
香かなりせば
いづれかよるに
にほはまし
姉
こぞのこよひは
わがともの
うすこうばいの
そめごろも
ほかげにうつる
さかづきを
こひのみゑへる
よなりけり
妹
こぞのこよひは
わがともの
なみだをうつす
よのなごり
かげもかなしや
木きね下が川はに
うれひしづみし
よなりけり
姉
こぞのこよひは
わがともの
おもひははるの
よのゆめや
よをうきものに
いでたまふ
ひとめをつゝむ
よなりけり
妹
こぞのこよひは
わがともの
そでのかすみの
はなむしろ
ひくやことのね
たかじほを
うつしあはせし
よなりけり
姉
わがみぎのてに
くらぶれば
やさしきなれが
たなごころ
ふるればいとゞ
やはらかに
もゆるかあつく
おもほゆる
妹
もゆるやいかに
こよひはと
とひたまふこそ
うれしけれ
しりたまはずや
うめがかに
わがうまれてし
はるのよを
二 蓮れん花げぶ舟ね
しは〳〵もこほるゝつゆははちすはの
うきはにのみもたまりけるかな
姉
あゝはすのはな
はすのはな
かげはみえけり
いけみづに
ひとつのふねに
さをさして
うきはをわけて
こぎいでん
妹
かぜもすゞしや
はがくれに
そこにもしろし
はすのはな
こゝにもあかき
はすばなの
みづしづかなる
いけのおも
姉
はすをやさしみ
はなをとり
そでなひたしそ
いけみづに
ひとめもはぢよ
はなかげに
なれが乳ちぶ房さの
あらはるゝ
妹
ふかくもすめる
いけみづの
葉にすれてゆく
みなれざを
なつぐもゆけば
かげみえて
はなよりはなを
わたるらし
姉
荷はす葉はにうたひ
ふねにのり
はなつみのする
なつのゆめ
はすのはなふね
さをとめて
なにをながむる
そのすがた
妹
なみしづかなる
はなかげに
きみのかたちの
うつるかな
きみのかたちと
なつばなと
いづれうるはし
いづれやさしき
三 葡ぶど萄うの樹きのかげ
はるあきにおもひみたれてわきかねつ
ときにつけつゝうつるこゝろは
妹
たのしからずや
はなやかに
あきはいりひの
てらすとき
たのしからずや
ぶだうばの
はごしにくもの
かよふとき
姉
やさしからずや
むらさきの
ぶだうのふさの
かゝるとき
やさしからずや
にひぼしの
ぶだうのたまに
うつるとき
妹
かぜはしづかに
そらすみて
あきはたのしき
ゆふまぐれ
いつまでわかき
をとめごの
たのしきゆめの
われらぞや
姉
あきのぶだうの
きのかげの
いかにやさしく
ふかくとも
てにてをとりて
かげをふむ
なれとわかれて
なにかせむ
妹
げにやかひなき
くりごとも
ぶだうにしかじ
ひとふさの
われにあたへよ
ひとふさを
そこにかゝれる
むらさきの
姉
われをしれかし
えだたかみ
とゞかじものを
かのふさは
はかげのたまに
てはふれて
わがさしぐしの
おちにけるかな
四 高たか楼どの
わかれゆくひとををしむとこよひより
とほきゆめちにわれやまとはん
妹
とほきわかれに
たへかねて
このたかどのに
のぼるかな
かなしむなかれ
わがあねよ
たびのころもを
とゝのへよ
姉
わかれといへば
むかしより
このひとのよの
つねなるを
ながるゝみづを
ながむれば
ゆめはづかしき
なみだかな
妹
したへるひとの
もとにゆく
きみのうへこそ
たのしけれ
ふゆやまこえて
きみゆかば
なにをひかりの
わがみぞや
姉
あゝはなとりの
いろにつけ
ねにつけわれを
おもへかし
けふわかれては
いつかまた
あひみるまでの
いのちかも
妹
きみがさやけき
めのいろも
きみくれなゐの
くちびるも
きみがみどりの
くろかみも
またいつかみん
このわかれ
姉
なれがやさしき
なぐさめも
なれがたのしき
うたごゑも
なれがこゝろの
ことのねも
またいつきかん
このわかれ
妹
きみのゆくべき
やまかはは
おつるなみだに
みえわかず
そでのしぐれの
ふゆのひに
きみにおくらん
はなもがな
姉
そでにおほへる
うるはしき
ながかほばせを
あげよかし
ながくれなゐの
かほばせに
ながるゝなみだ
われはぬぐはん
梭の音を聞くべき人は今いづこ
心を糸により
涙ににじむ
やぶれし
暮れ行く空をながむれば
ねぐらに急ぐ
あとを慕ふてかあ/\と
かもめ
波に生れて波に死ぬ
恋の
夢むすぶべきひまもなし
流れて帰るわだつみの
鳥の
波にうきねのかもめどり
流星
人待ち顔のさみしさに
ゆふべの空をながむれば
雲の宿りも捨てはてて
何かこひしき人の世に
流れて落つる星一つ
君と遊ばん
君と遊ばん夏の夜の
青葉の影の下すゞみ
短かき夢は結ばずも
せめてこよひは歌へかし
雲となりまた雨となる
昼の
星の光をかぞへ見よ
夢かうつゝか
星に仮寝の織姫の
ひゞきもすみてこひわたる
昼の夢
みめうるはしきをとめごは
さめて忘るゝ夜のならひ
忘れがたくはありけるものか
ゆめと知りせばなまなかに
さめざらましを世に
うらわかぐさのうらわかみ
何をか夢の名残ぞと
問はゞ答へん目さめては
熱き涙のかわく間もなし
東西南北
男ごころをたとふれば
つよくもくさをふくかぜか
もとよりかぜのみにしあれば
きのふは東けふは西
女ごころをたとふれば
かぜにふかるゝくさなれや
もとよりくさのみにしあれば
きのふは南けふは北
懐古
ちよろづ神のかんつどひ
つどひいませしあめつちの
それ
八重かきわけて行くごとく
野の鳥ぞ
日は照らせども影ぞなき
熱き涙をそゝぎてし
目をめぐらせばさゞ波や
志賀の都は荒れにしと
むかしを思ふ
澄める
春は
のぼりて見ればけぶり立つ
民のかまどのながめさへ
消えてあとなき雲に入る
冬はしぐるゝ
大宮内のともしびや
さむさは雪に凍る夜の
むかしは遠き船いくさ
人の
今はむなしきわだつみの
まん/\としてきはみなし
むかしはひろき関が原
つるぎに夢を争へど
今は
ばう/\としてはてもなき
われ
都のかたを眺むれば
あゝあゝ熱きなみだかな
たれかしるらん花ちかき
みだれて熱きくるしみを
うつしいでけり白壁に
ひとしれずこそ乾きけれ
あゝあゝ白き白壁に
わがうれひありなみだあり
四つの
をとこの
お夏の髪にかゝるとき
をとこの早きためいきの
をとこの熱き手の
お夏の手にも触るゝとき
をとこの涙ながれいで
お夏の袖にかゝるとき
をとこの黒き目のいろの
お夏の胸に映るとき
をとこの
お夏の口にもゆるとき
人こそしらね
ふたりの身より流れいで
げにこがるれど慕へども
やむときもなき清十郎
天馬
序
南の
よな/\北の宿に行く
血の
かたくななりし男さへ
星の光を眼に見ては
身にふりかゝる
天の
にほひいでたる声をあげ
さへづり狂ふ
げにめづらしき春の歌
春を得知らぬ
かのうぐひすのひとこゑに
枕の紙のしめりきて
人なつかしきおもひあり
まだ時ならぬ白百合の
こゝろの慾の夢を恋ひ
花の
空にかゝれる星のいろ
春さきかへる
よしや
なにを酔ひ鳴く
なにを告げくる鶴の声
それ鳥の
よろこびありと祝ふあり
高き
声をあげさせたまふらん
世を傾けむ
茂れる
いでたまふかとのゝしれど
誰かしるらん
まことの北をさししめし
さみしき
沈める水に
名もなき賤の片びさし
春の夜風の音を絶え
村の南のかたほとり
その夜生れし
流るゝ水の
北に生れし
栗毛にまじる紫は
色あけぼのの春霞
光をまとふ
星のひかりもをさまりて
啼く鶯に花ちれば
嗚呼この村に生れてし
馬のありとや問ふ人もなし
あな
緑の髪をうちふるひ
雄馬は人に
箱根の
胸は
かの
飲めども
目はひさかたの朝の星
うるほひ光る
東に照らし西に入る
天つみそらを渡る日の
朝日夕日の
雲の絶間に極むらん
二つの耳をたとふれば
いと
そよげる草の葉のごとく
高くも
狂へば長き
うちふりうちふる乱れ髪
燃えてはめぐる血の
流れて
深くも遠き
あゝ
富士の高根の雪に鳴き
夕つげわたる鳥の音に
木曽の
かの
光の末に隠るべき
雄馬の身にてありながら
なさけもあつくなつかしき
箱根も遠し三井寺や
日も
さゝなみ青き湖の
岸の
天の雄馬のすがたをば
誰かは思ひ誰か知る
しらずや人の
歩むためしはあるものを
天馬の
歩むためしのなからめや
見よ藤の葉の影深く
岸の若草
春花に酔ふ
そのかげを
一つの
見えざる神の
一つうつろふ野の色に
つきせぬ天のうれひあり
嗚呼
高く
照る日の影の雲に鳴き
空に流るゝ
飲みつくすとも
天馬よ
鳥のきて
その姿こそ雄々しけれ
岸のほとりに生れてし
天の牝馬は
かの
霞に
すゝき尾花にまねかれて
誰か
たのしきうたを耳にして
日も暖かに花深き
西も空をば慕はざる
誰か秋鳴くかりがねの
かなしき歌に耳たてて
ふるさとさむき
雲の
白き
四つの
その
春は
病める力に石を引き
夏は
牝馬にあまる塩を負ふ
秋は広瀬の
冬は野末に日も暮れて
みぞれの道の泥に
鶴よみそらの雲に飽き
朝の霞の香に酔ひて
春の光の空を飛ぶ
道なき森に驚きて
あけぼの露にふみ迷ふ
鋭き爪のこひしやな
鹿よ
谷間の水に
人をつめたくあぢきなく
思ひとりしは
命を薄くあさましく
思ひ
強き
花に涙をそゝぐより
悲しいかなや春の野に
天の牝馬のかぎりなき
渇ける口をなにかせむ
悲しいかなや行く水の
岸の柳の樹の蔭の
かの
饑ゑたる
身は
しげれる宿にうまるれど
かなしや
その
あゝ
狂ひもいでよ
噛み砕けとぞ祈るなる
牝馬のこゝろ
尽きせぬ草のありといふ
天つみそらの慕はしや
渇かぬ水の湧くといふ
天の泉のなつかしや
せまき
空を行くべき馬の身の
心ばかりははやれども
病みては
草に生れて草に泣く
姿やさしき天の馬
うき世のものにことならで
消ゆる命のもろきかな
散りてはかなき
そのすがたにも似たりけり
波に消え行く
そのすがたにも似たりけり
げに世の常の馬ならば
かくばかりなる
身の
声ふりあげて
乱れて長き鬣の
この世かの世の別れにも
心ばかりは
深く悲しき声きけば
あゝ
天のうれひを紫の
野末の花に吹き残す
世の名残こそはかなけれ
花によりそふ鶏の
いづれあやめとわきがたく
さも似つかしき
姿やさしき
かたちを恥づるこゝろして
花に隠るゝありさまに
品かはりたる
雄々しくたけき
とさかの色も
黄なる
尾はしだり尾のなが/\し
問ふても見まし
よそほひありく
いひたげなるぞいぢらしき
画にこそかけれ
それにも通ふ一つがひ
霜に
雨に入日の夕まぐれ
空に一つの明星の
闇行く水に動くとき
日を迎へんと鶏の
露けき朝の明けて行く
空のながめを
燃ゆるがごとき
雲のゆくへを
闇もこれより隣なる
声ふりあげて鳴くときは
ひとの
夜は日に通ふ夢まくら
明けはなれたり夜はすでに
いざ
あなあやにくのものを見き
見しらぬ
あしたの空に鳴き渡り
草かき分けて来るはなぞ
妻恋ふらしや
ねたしや露に
朝日にうつる影見れば
雲をあざむくばかりなり
力あるらし声たけき
かくと見るより堪へかねて
背をや高めし
蹴爪に土をかき狂ふ
二つの
たがひに蹴合ふ
蹴るや
敵の
爪も折れよと蹴返しぬ
蹴られて落つるくれなゐの
血潮の花も地に染みて
二つの
たがひにひるむ風情なし
そこに声あり涙あり
争ひ狂ふ四つの
あな
一声長く悲鳴して
あとに仆るゝ夫鳥の
あたりにさける花
あゝあゝ熱き涙かな
あるに甲斐なき妻鳥は
せめて一声鳴けかしと
なにとは知らぬかなしみの
いつか
思ひ乱れて
鳴くや
我を恋ふらし
姿も色もなつかしき
花のかたちと思ひきや
かなしき敵とならんとは
花にもつるゝ
鳥に
おそろしきかな其の心
なつかしきかな其の
鳥の命のもろきかな
火よりも燃ゆる恋見れば
見よ動きゆく大空の
照る日も雲に薄らぎて
花に色なく風吹けば
野はさびしくも変りけり
かなしこひしの
冷えまさりゆく
たよりと思ふ一ふしの
いづれ
よりそふごとくかの敵に
なにとはなしに身をよする
妻鳥のこゝろあはれなれ
あないたましのながめかな
さきの楽しき花ちりて
空色暗く
雲にかなしき野のけしき
生きてかへらぬ鳥はいざ
いづれあやめを踏み分けて
野末を帰る二羽の
松島
古き扉に身をよせて
葡萄のかげにきて見れば
ほられて薄き葡萄葉の
影にかくるゝ栗鼠よ
姿ばかりは隠すとも
かくすよしなし
うしほにひゞく
かねにこの日の暮るゝとも
こひしきやなぞ甚五郎