諜報中継局

海野十三




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1



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ゼルコフ「一体どうするんだね、この始末は……」
大統領「どうするもないさ。余は余の既定方針に基き、それを強行するまでだ」
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大統領「わが物量は、日本の生産数量に比し、絶対に圧倒的である。余は物量をもって、完全に日本を屈服させ得るという信念を今もって堅持けんじしている」
ゼルコフ「困った信念だ。そういう信念は、対日戦の現段階に於て、一日も早く訂正さるべきだ。日本軍及び日本国民を物量だけで屈服せしめることは出来ないのだ。えてくが、日本軍の体当たいあたり戦法に対して、われは適確なる防禦を未だに持っていないではないか」
大統領「適確なる防禦法は、豊富なる物量を持って押すことだ。攻めるも護るも、これで押徹せばよいのだ。遅疑ちぎ逡巡しゅんじゅんすれば、そこに破綻が生ずる。君がそういう国家の不利益を、この上もたらさないことを望む」
ゼルコフ「なんだって。そんなぼんくらな考えで大統領でございとおさまっていられてたまるものか。おれはこれを委員会へ警告しておくからな」
大統領「それは御随意ごずいいに。余が大統領である以上、それを余の最善と信ずる方向へ向けるのはけだし当然のことだ」
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大統領「余は大統領である。誰が余を大統領に選定したにしろ、余は大統領たるの職権を信ずるところに従って振うばかりである」
 退
秘書「大統領閣下……」
秘書「はい、只今」
 
秘書「御用はこれで……」
大統領「ない。またゼルコフが来るかもしれん。来たら、病気で寝ているといってくれたまえ」
 突然ゼルコフが、この部屋へ闖入ちんにゅうしてくる。
ゼルコフ「おい大統領。言い残したことがある。君は君の政策戦略に責任を持つね」
大統領「御念に及び申さぬ」
ゼルコフ「もし失敗したらどうする。そのとき君は責任をって辞職するか」
大統領「はい、そのときは責任を執りまする。りっぱに責任を……どうぞ委員会の紳士方へよろしく」

ゼルコフ「なにい。(傍白)大統領のやつ、少し折れて来たかな。いやいや、困った莫迦ばか者だて」





 エル・ピー通信社の編集長室にて。
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編集長「大統領にしてみれば、ボイコットされてもいいと思っているよ。彼の狙っているのは、世界の帝王だからね。わが国の大統領なんか、それにくらべれば微微びびたる存在だよ。“影”の委員会が大統領をおさえる力を持っていたのは、少くとも千九百四十四年より以前のことだ」
記者パイク「そうかなあ。しかし僕はユダヤ人組合――“影”の委員会の実力をそんなに下算したくない。大統領は、此頃このごろすこし頭がどうかしているね」
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記者パイク「その会議は、例によって記者は締め出しでしょうな」
編集長「もちろんだ。西太平洋に於ける惨敗の直後のことだから、警戒は一層厳重げんじゅうとなろう。外科の大家ヴィニー博士を帯同して行った方がいいな」
記者パイク「今晩の会議の内容は分っているのかね」
編集長「分らない。しかし想像は出来る。日本軍の体当り戦術に対しての対策研究に在ることは明白だといっていいだろう」
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記者パイク「編集長は、ジャップを友人に持ったことがあるのかね」
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記者パイク「あの話なら聞いたがね、ニミッツがジャップは猿だといったんだから、檻につなぐのは当り前じゃないか」
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記者パイク「真珠湾――いや台湾沖フィリピン沖のかたきだ」
編集長「ところがその俘虜ふりょの勇士だというのが、僕の知っている日本人だったんだ」
記者パイク「えっ、何だって」
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記者パイク「ふうん、それが本当だとすると、頭のいい役人がいやがったもんだよ」
編集長「戦争が済んだら、僕はこの件についていささかものをいいたいと考えている」
記者パイク「じゃあ行ってきますよ」

編集長「ああそうか。要慎ようじんして行きたまえ。汚い奴がうようよしているからね」





 プリストン大学地下講堂にて。
座長ハル博士「途中ですが、只今特使が私のところへ見えました。それによると、本会議中、大統領閣下が微行びこうをもってここへ臨席されるそうです」
 拍手が起る。
座長ハル博士「この光栄に対して、会長アインスタイン博士が欠席して居らるるのは遺憾いかんであります。衆議をもって、同博士の参加をもう一度慫慂しょうようしてはどうかと思いますが、御意見は……」
 満場の拍手。
座長「では、全員御賛成と認めます。それでは早速アインスタイン博士へ使者を出すことにします」
 満場がやがやと雑音を発す。
 座長のつちの音。
座長「では、中断されたる会議を続けます。マスネー博士どうぞ」
マスネー博士「不幸中断されましたが、余の述べんとするところは、あといくばくも残って居りません。……で、結論でありまするが、要するにわが国ユー・エス・エーの最大の弱点は人的資源の減少に在り、これを補填ほてんする一つの有効なる方法として、余が述べ来りたる人体集成手術隊じんたいしゅうせいしゅじゅつたいの編成が急がれるのであります」
 マスネー博士がコップから水を呑む音。
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 マスネー博士が、電報の紙をぱりぱりいわせる。
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 マスネー博士、また水を呑む。コップははげしい音をたてて卓を打つ。
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座長「では、採決に入ります。実行に移すことに御賛成の方は御起立ねがいます」
 満員起立の音聞える。
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 大拍手が起る。
座長「するとマスネー博士、さしあたり欧州の方へ行かれますか」
マスネー博士「はい。それが便利です」
座長「しかし実際のわが人的資源の損害は太平洋方面がはげしいのですが、こっちの方へも行っていただけませぬか」

マスネー博士(やや狼狽ろうばいせる声)「いや、まだ太平洋の方は温度気圧湿度などの条件と手術の関係が研究できて居りませぬので、当分太平洋は……それに、欧州方面で試験すべきことが多々たた残って居りまして、ぜひとも欧州専門にいたしたく……」





 同じ会場にて。
座長「テイラー博士。どうぞ」
テイラー博士「ウラニウム爆弾が使用されねばならぬと盛んに喧伝けんでんされていますが、余の意見としては、わが国ユー・エス・エーにはウラニウムの手持がすくなく、到底とうていこのたびの戦争の間に合いかねると考えます」
「同感」と叫ぶ者あり。
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 歎息ためいきが聞える。
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 会衆の歎息が再び聞かれる。
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 会衆は三たびうなった。
テイラー博士「しかし余はこの問題を見事解決したのである。余の研究室では、送信真空管乃至はオッシログラフ用ブラウン管ぐらいの、極めて軽便けいべんなる大きさの新サイクロトロン――名付けてテイクロトロンというものを作ることに成功した。偉力いりょくはジーイー研究所の最大なるものに比し、更に七十パーセント方強力である。わずかこればかりのテイクロトロンが……」
 会衆の歎声たんせいが大きくなり、「テイクロトロン」「テイクロトロン」と声が高い。
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「ほうほう」「驚異きょういだ」「テイクロトロンを早く見たいものだ」などの声あり。
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「なるほど」「もっともだ」「微少のボロンをはかり、微少のエネルギーを出すことに苦心するとは皮肉な現象だ」などという者あり。
テイラー博士「実は本日ここへ試作のテイクロトロンを持参して、諸君の高覧こうらんきょうしたいと思っていたところ、出掛けるときまでに間に合わなかった」
「それは残念だ」「形だけでも見たい」と叫ぶ者あり。
テイラー博士「しかし余のこの報告が終了する頃までには、余の助手がここへ持参じさん出来る筈であったが、どうしたものか、いまだに姿が見えぬ」
「後刻でもよい」という者。「今、どこまで出来ているのか」とたずねる者など。
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「いや、その心配無用」「その実験が見たい」「今日の実験では、出てくるエネルギーを何につかうのか」と叫ぶ者あり。テイラー博士のテイクロトロンの研究報告は、俄然がぜん一座を大きく刺激しげきしたようであった。
テイラー博士「わが研究室に於ける本日の実験においては、出力エネルギーをもって、構内こうないの一隅にある巨大なる山毛欅ぶなを倒そうと計画している。
「それは大丈夫か」「果して倒れるか」「出力が大きすぎて山毛欅がぶうんと飛んできて大学の建築物を壊すようなことはないか」などの声あり。
テイラー博士「それは厳重げんじゅうに計算の結果、適量なるボロンを併用することにしてあるから、危険はないと思う」
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座長(木槌きづちを叩きて)「諸君、静粛せいしゅくに願いまする。本件の結論をテイラー博士より聴取したいと思います。テイラー博士」
テイラー博士「はい、それではわがテイクロトロンの……」
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秘書カスリン「ええ、大統領閣下はお若い時から実に幸運の固まりのような方ですのよ」
その愛人「そうですかねぇ。プリストン大学のときも、三十分早く自動車があの町に着いていれば、どうしたってあの洪水で溺死していたわけです」
カスリン「いや、あたくしにとっては最大の不幸ですわ。これで近く秘書を辞職することになるでしょう」
愛人「ええっ。それは何故です。婦人としてわが国ユー・エス・エー最高の栄誉えいよある地位を……」
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愛人「なるほど。まことに同情にたえません」
カスリン「それに大統領閣下が、このごろ非常に神経質になられて、何でもおうたがいになるのですよ」
愛人「しかしもうすこし辛抱しんぼうして居られたら……閣下は、その中では何もかもよく分って居られるのでしょう」
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愛人「それは困りましたね。あなたをおとしいれる黒幕の主人公がはっきり分って居れば、僕はその人物をミシンで血煙ちけむりをたたせてやるのですがねえ」
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愛人「平凡なる理由?」
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愛人「ええ、そりゃそうですが……しかしあなたは閣下の傍にいるからそのように美しいのではありませんか」

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委員A「えたって出て来るものか。一九四四年にはゴムの在庫が全部無くなるということは一年前から分っていたんだ。今更いまさら……」
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長官「闇の親分のところなら有るだろう」
委員A「高くて駄目だ。公価こうかの百倍積んだって出しやしない」
長官「しかし有るなら買うより仕方がない。タイヤなしで飛行機をとばすわけにも行かんからね」
委員K「水上すいじょう飛行機と飛行士ばかり作っちゃどうかね。あれならタイヤはいらないが……」
長官「ゴムのタイヤのついた飛行機を作れという命令が来ているんだ。困ったなあ。やみの王国に依存いぞんしたとしても、今後何ヶ月保証が出来るやら分らんからなあ」
委員G「長官ここに最も有効なるアイデアがある」
長官「ほう、それは大歓迎だいかんげいだ。そのアイデアというのは……」
委員G「遮二無二しゃにむに、マライ半島へ突入とつにゅうするんだ。そしてゴムをあつめる」
委員A「駄目だ。マライはイギリスが担当している」
委員G「そんなことに気を使う必要はない。わが国ユー・エス・エーは必要とする物を何時でもほっするときに取る権利があるんだ」
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委員A「そうは思わんがなあ、僕は……。長官、あなたはどう考えられますな」
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委員連中「全く困る」「日本兵は乱暴だ」「気が変だ」
長官「たった日本の体当り一機で、わが空母や戦艦や大型輸送船を一隻ずつ轟沈撃破せられてたまるものじゃない。殊に味方の人的資源の損害は、敵に何百倍何千倍するのだから、こんな割のあわぬ不経済な戦闘はない。吾人の生産陣がいくら頑張ろうと、一週間に一隻の空母をこしらえるわけにはいかない。いや一週間に一隻の割で空母をこしらえて行っても、現在のようなおびただしい被害では、それを補填ほてんすることが出来ないのだ」
委員A「長官に何か妙案はないのか」
長官「妙案とて有るものか。平凡なることながら、足の長い爆撃機――つまりB2932のようなものを十万台ぐらい作って、同時に日本本土攻撃を加えるしかない」
委員A「十万台? それは一年では出来ない。少くとも五年間はかかる」
長官「やむを得ないのだ。長年月を要しても……。日本本土爆撃の外、わが国の勝つ手なしである」
委員A「しかし、わが長距離超重爆撃機が未だ日本本土上空に達しない以前に、日本軍の体当り戦闘機群に補捉されて、一機また一機と消耗しょうもうしていったら、どういうことになるのか」
長官「日本戦闘機の達し得られない高高度を飛んでいくのだ。成層圏せいそうけんから入っていくのだ」
委員A「日本の戦闘機はやはり成層圏まで邀撃ようげきしてくるだろう。そのときはどうなる」
長官「ああ、もうよしてくれ。胸が詰まるだけだ」
委員N「長官に申します。本会議は生産委員会であります。生産に直接関係なき議論のために貴重きちょうな時間を浪費することをやめられたい」
長官「ああ、そのとおり。ではこれより改めて開会とします……」
 長官木槌きづちを叩く。




 或る工場の片隅にて。
技師長ヤーソン「ゴムがない、タングステンがない。これじゃ何も作れやしない」
職工長ワイス「本当かい、それは……」
職工長「なぜそれを集めねえんだ」
技師長「集めるって、ストック切れだ。それに海外からの輸入はほとんど皆無だ。君たちも来月あたりには仕事にあぶれるぞ」
職工長「しかし労働時間は五十四時間にえたんだよ。仕事は忙しい筈なんだが……」
技師長「重要資源がなくなれば、間に合わせの仕事で不足を補わなければならない。つまらんことで忙しくなるのさ。溶接工ようせつこうが、ハンマー取って金敷かなしきの上を叩いたりするようなことになるよ」
職工長「つまらねえなあ、じゃあ一つ始めるか」
技師長「何を始めるって。ああ、そうか。ストライキか」
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技師長「すこし大きくやるんだな」
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技師長「おれはその間、魚釣りにでも行ってこようや」
職工長「魚釣りにねえ。しかし気をつけなよ、ビクトリー・ガールに。十二歳ぐらいのやつでも結構けっこうスピロヘーターやゴノコッケンをふんだんに持っていやがるそうだからね」
技師長「ふん。あのちんぴら娘はおれ達を相手にしやしないよ。兵隊にかぎるんだ」
職工長「ところがそうじゃないとよ。だから本職の姐御あねごが怒っていたよ」
技師長「君は、いやにそのへん消息しょうそくに詳しいんだね。いいのがいるのだろう、姐御の中に……」
職工長「ちょいとおれの財布さいふふくらんでいるところを見て貰おうかい」
技師長「それも結構だが、ストライキをやりそこねて、軍隊へ送り込まれるような真似をやらないように気をつけるがいい。ヨーロッパ行きならいいが、そういう場合は決って太平洋だからな。それは自分で墓穴はかあなへ旅行するようなもんだよ」

職工長「分っていら。なあおれがそんなへまをやるかよ」





 ハワイ真珠湾のビクトリー・ホールにて。
太平洋艦隊司令長官「……最大の欠陥けっかんは、命令系統が一つでないということだ。強敵日本軍に対して同時作戦が行われないでは、勝利へのみちは絶対に発見されないのだ。このことは再三余の繰返くりかえしたところだ」
五艦隊司令長官「ハルゼーもそのことをいっていた。本当に可哀想だ……」
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九艦隊司令長官「君が横車を押していると思うがなあ。比島を日本軍に渡した不名誉を取返すと共に、次期の大統領を狙っているという評判だぜ」
南西太平洋軍総司令官「くだらん噂だ。比島を知り、東洋を知る者は、余を置いて外ない。あのスチルウエルの醜態しゅうたいを見なさい」
九艦隊司令長官「じゃあ君が重慶じゅうけいへ乗込むといいね。そうすれば余もまた、寒いところからとび出せる」
五艦隊司令長官「おいおい、余り大きなことをいうなよ。君の艦隊は、絶交した友人のように、西太平洋の海空戦を知らん顔をして見ているんだからねえ」
九艦隊司令長官「北辺ほくへんの護りは、本当いえば最も大切なんだ。あそこはわが国ユー・エス・エー頸動脈けいどうみゃくに一等近いところなんだ。敗戦の将づれに変なことをいって貰いたくないね」
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 誰も答えず。
太平洋艦隊司令長官「意見がなければ、余は……」
南西太平洋軍総司令官「それはもちろん比島奪回の一本道だ」
七艦隊司令長官「それに反対する」
太平洋艦隊司令長官「すると日本本土攻略こうりゃくの方だな」
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五艦隊司令長官「臆病おくびょう組というのも入れておいて貰いたいね。こっちで救援をもとめているのに、知らん顔をして逃げ出したやつがいたからねえ」
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 一同椅子から立上る音す。
太平洋艦隊司令長官「大統領閣下に対し、わが海軍首脳部一同は敬意を捧げまする」
大統領「やあ有難う。さあ、掛け給え」
南西太平洋軍総司令官「お身体の方はどうですか。痲痺まひはまだ参りますかな」
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太平洋艦隊司令長官「御同感いたしまする」
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南西太平洋軍総司令官「勝利を得るより外に途なしです。比島奪回なる太い一本道を、総力あげて決行するのが最善の途だと思いまする」
太平洋艦隊司令長官「ちょっと待った。君は先刻さっきの協定を……忘れていないだろうね」
大統領「なんだ、なんだ。もっと大きい声でいえ」
太平洋艦隊司令長官「はい、閣下かっか。国内に対しても国外に対しても、有効なる宣撫手段せんぶしゅだんは、われらが勝利を得るより外に途なしでありまする」
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南西太平洋軍総司令官「大統領閣下よりかかる御質問にあずかって恐縮である。ありていに申せば、必勝のために要する物量は、現在供給されている量の五百倍を要する」
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大統領「それは不可能である。五百倍だ二千倍だというが、目下の一千五百万人の兵員を五百倍とすれば四十五億人、二千倍とすれば百八十億人――わが国の人口は一億三千万人であることは常識である。諸君になお常識なるものありや」
(沈黙長し)
南西太平洋軍総司令官「敢えて反駁はんばくいたすようでおそれ入るが、わが国ユー・エス・エーの人口はなるほど一億三千万人であるが、反枢軸国すうじくこくの人口総計は……」
大統領「わずか三十五億人ではないか。君の要求する四十五億人に足らざること十億人、彼の要求する百八十億人に足らざること実に百四十五億人――しかもこれは嬰児えいじまで動員すると仮定しての勘定かんじょうである。しかもこれに供給する兵器弾薬の量を考えると、余はこれをまかなう方法を知らぬ」
(沈黙)
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(沈黙)
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 白堊館の大統領寝室において。
影の大統領「いくら兵力を太平洋方面に注ぎこんでも、焼石やけいしに水ではないか」
大統領「乞う、余に時間を貸し与えよ」
影の大統領「わが国力を破産浪費させるために、きさまを大統領にしてやったのではないぞ」
大統領「乞う、余に時間を……」
影の大統領「昨日から始まっている日本軍の体当たいあたり機のワシントン爆撃、ニューヨーク爆撃はあれは何だ。わが防禦力ぼうぎょりょく発揮はっきし得ないのはどうしたわけか。世界各国に兵器弾薬をふんだんに貸与たいよしているくせに、自分の頭の上を防禦できないとは何ということだ。おい、聞いているのか」
大統領「乞う、余に……」
影の大統領「これは約束だ。責任をって貰おう。今直ぐに、責任を執れ」
大統領「乞う、余に時間を貸し与えよ」
影の大統領「絶対に不可だ。さあ、今すぐ責任を執れ。これに署名して辞職するか……」
大統領「辞職はしない」
影の大統領「しないでは許さぬ。わが委員会は既に武装してこの白亜館に詰めかけている。委員会は、君が責任を執って、離任することを要求している」
大統領「もっとくだけて話そう。もうあと二ヶ年を余に貸し与えよ」
影の大統領「不可だ」
大統領「無人飛行機で日本を攻めるアイデアがあるのだ。余にあと一年半を……」
影の大統領「断じて不可だ。現在只今、取引を終了したい」
大統領「いやだ」
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大統領「ま、待て!」
 銃声響く。
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副大統領「はあ。参りました」
影の大統領「これが、君のマイクの前で読上げる布告文ふこくぶんだ。読んで見給え」
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影の大統領「どうじゃな、何か文句があるか」
副大統領「いえ、どういたしまして。すこぶる結構であります」
影の大統領「そうか。では早速さっそく、命ずることがある。日本政府へ申入れをせよ」
副大統領「えっ、日本政府へ。何を……」

影の大統領「休戦の提議だ。五ヶ年間の休戦協定を申入れろ。これが今回の決算だ。現在のわが国ユー・エス・エーとしては、正直なところ、これ以上戦う能力はないのだ」






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   1991353111

   19441912

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20141215

http://www.aozora.gr.jp/




●表記について


●図書カード