棚たなから落おちる牡ぼ丹た餅もちを待まつ者ものよ、唐から様やうに巧たくみなる三さん代だい目めよ、浮ふぼ木くをさがす盲めく目らの亀かめよ、人にん参じん呑のんで首くび縊くらんとする白たは痴け漢ものよ、鰯いわしの頭あたまを信しん心〴〵するお怜りこ悧う連れんよ、雲くもに登のぼるを願ねがふ蚯み蚓ずの輩ともがらよ、水みづに影うつる月つきを奪うばはんとする山やま猿ざるよ、無むげ芸い無むの能う食しよくもたれ総そう身みに智ち恵ゑの廻まはりかぬる男をとこよ、木きに縁よつて魚うをを求もとめ草くさを打うつて蛇へびに驚をどろく狼うろ狽たへ者ものよ、白おし粉ろいに咽むせて成じや仏うぶつせん事ことを願ねがふ艶ゑん治ぢら郎うよ、鏡かゞみと睨にらめ競くらをして頤あごをなでる唐から琴こと屋やよ、惣て世間一切の善男子、若し遊んで暮すが御執心ならば、直ちにお宗旨を変へて文学者となれ。
我わが所いは謂ゆる文ぶん学がく者しやとはフィヒテが“UユeーbバeルrdダaスsWウeエsーeゼnン dデeスsGゲeレlーeルhテrンten”に述のべたてし、七むづかしきものにあらず。内ない新しん好かうが﹃一ひと目め土づゝ堤み﹄に穿ゑぐりし通つう仕じこ込みの御おん作さく者しや様さま方がた一いち連れんを云ふなれば、其職しよ分くぶんの更さらに重おもくして且かつ尊たふときは豈あに夫かの扇せん子すで前ひた額ひを鍛きたへる野の幇だい間この比ひならんや。
夫それ文ぶん学がく者しやを目もくして預よげ言んし者やなりといふは生き野や暮ぼ一いつ点てん張ばりの釈しや義くぎにして到たう底てい咄はなしの出で来きるやつにあらず。我わが通つう仕じこ込みの御おん作さく者しや様さま方がたを尊そん崇すうし其利りや益くのいやちこなるを欽きん仰ぎやうし、其職しよ分くぶんをもて重おもく且かつ大だいなりとなすは能よく俗ぞく物ぶつを教をしえ能よく俗ぞく物ぶつに渇かつ仰がうせらるゝが故ゆゑなり、︵渠かれ等らが通つうの原げん則そくを守まもりて俗ぞく物ぶつを斥せき罵ばするにも関かかはらず。︶然しながら縦たと令ひ俗ぞく物ぶつに渇かつ仰がうせらるといへども路みち傍ばたの道だう祖ろく神じんの如く渇かつ仰がうせらるにあらす、又賞めで喜よろこばるゝと雖いへ﹇#ルビの﹁いへ﹂は底本では﹁いへど﹂﹈ども親おやの因いん果ぐわが子こに報むくふ片かた輪わ娘むすめの見みせ世も物のの如く賞めで喜よろこばるゝの謂いひにあらねば、決して〳〵心しん配ぱいすべきにあらす。否いな、俗ぞく物ぶつの信しん心〴〵は文ぶん学がく者しや即ち御おん作さく者しや様さま方がたの生せい命めいなれば、否いな、俗ぞく物ぶつの鑑かん賞しやうを辱かたじけなふするは御おん作さく者しや様さま方がた即ち文ぶん学がく者しやが一いち期ごの栄えい誉よなれば、之を非ひな難んするは畢ひつ竟きやう当たう世せいの文ぶん学がくを知しらざる者といふべし。
此この故ゆゑに当たう世せいの文ぶん学がく者しやは口くちに俗ぞく物ぶつを斥せき罵ばする事頗すこぶる甚はなはだしけれど、人じん気きの前まへに枉わう屈くつして其奴どれ隷いとなるは少すこしも珍めづらしからず。大おほ入いりだ評ひや判うばんだ四版はんだ五版ばんだ傑けつ作さくぢや大たい作さくぢや豊ほう年ねんぢや万まん作さくぢやと口こう上じやうに咽の喉どを枯からし木きど戸せ銭んを半はん減まけにして見みせる縁えん日にちの見みせ世も物の同どう様やう、薩さつ摩ま蝋らふてら〳〵と光ひかる色いろ摺ずり表べう紙しに誤ごま魔く化わして手てふ拭きが紙みにもならぬ厄やく介かい者ものを売うり附つけるが斯しだ道うの極ごく意い、当たう世せい文ぶん学がく者しやの心こゝ意ろい気きぞかし。さりながら人じん気きの奴どれ隷いとなるも畢ひつ竟きやうは俗ぞく物ぶつ済さい度どといふ殊しゆ勝しようらしき奥おくの手てがあれば強あながち無むよ用うと呼よばゝるにあらず、却かへつて之これ中なか々〳〵の大だい事じ決けつして等なほ閑ざりにしがたし。俗ぞく人じんを教をしふる功くど徳くの甚じん深しん広くわ大うだいにしてしかも其勢せい力りよくの強きや盛うせい宏くわ偉うゐなるは熊くま肝のゐ宝はう丹たんの販はん路ろ広ひろきをもて知しらる。洞どう簫せうの声こゑは嚠りう喨りやうとして蘇そ子しの膓はらわたを断ちぎりたれど終つひにトテンチンツトンの上うは調でう子し仇あだつぽきに如しかず。カントの超てう絶ぜつ哲てつ学がくや余よよ姚うの良りや知うち説せつや大だいは即すなはち大だいなりと雖いへども臍へそ栗くり銭ぜにを牽ひき摺ずり出だすの術じゆつは遥はるかに生なま臭ぐさ坊ばう主ずが南な無む阿あみ弥だ陀ぶ仏つに及およばず。されば大だい恩おん教けう主しゆは先まづ阿あご含んを説せつ法ぱうし志しだ道うけ軒んは隆りゆ々う〳〵と木ぼく陰いんを揮ふり回まはす、皆みな之これこの呼こき吸ふを呑のみ込こんでの上うへの咄はなしなり。流さす石がに明めい治ぢの御おん作さく者しや様さま方がたは通つうの通つうだけありて俗ぞく物ぶつ済さい度どを早はやくも無む二にの本ほん願ぐわんとなし俗ぞく物ぶつの調てう子しを合がて点んして能よく幇たい間こを叩たゝきてお髯ひげの塵ちりを払はらふの工くふ風うを大たい悟ごし、向むかふ三さん軒げん両りや隣うどなりのお蝶てふ丹たん次じら郎うお染そめ久ひさ松まつよりやけにひねつた﹁ダンス﹂の MミiツsスsBビ.ー Aエ.ー Bべaーe. ﹇#﹁Miss B. A. Bae.﹂は斜体字﹈瓦ぐわ斯す糸いと織おりに綺き羅らを張はる印いん刷さつ局きよくの貴レ婦デ人イに到るまで随ずゐ喜き渇かつ仰がうせしむる手てぎ際は開かい闢びや以くい来らいの大おほ出で来きなり。聞きけば聖バイ書ブルを糧かてにする道だう徳とく家かが二十五銭の指ゆび環わを奮ふん発ぱつしての﹁ヱンゲージメント﹂、綾りよ羅うら錦きん繍しゆうの姫ひい様さまが玄げん関くわ番んばんの筆ふで助すけ君くんにやいの〳〵を極きめ込こんだ果はての﹁ヱロープメント﹂、皆みな之これ小せう説せつの功くど徳くなりといふ。よしや一斗との﹁モルヒ子﹂に死しなぬ例ためしありとも月つき夜よに釜かまを抜ぬかれぬ工くふ風うを廻めぐらし得うべしとも、当たう世せい小せう説せつの功くど徳くを授さづかり少すこしも其利りや益くを蒙かうむらぬ事曾かつて有あるべしや。
冒ばう険けん譚だんの行おこなはれし十八世せい紀きには航かう海かいの好かう奇きし心んを焔もやし、京きや伝うでんの洒しや落れぼ本ん流りう行かうせし時ときは勘かん当だう帳ちやうの紙しす数う増ぞう加かせしとかや。抑も辻つじ行あん灯どう廃すたれて電でん気きと灯うの光くわ明うみやう赫かく灼しやくとして闇やみ夜よなき明めい治ぢの小せう説せつが社しや会くわいに於ける影えい響きやうは如いか何ん。﹃戯げさ作く﹄と云へる襤ぼ褸ろを脱ぬぎ﹃文ぶん学がく﹄といふ冠かむり着つけしだけにても其効かう果くわの著いちゞるしく大だいなるは知しらる。
英いぎ吉り利すは野やぼ暮が堅たき真ま面じ目め一いつ方ぱうの国くになれば、人にん間げんの元ぐわ来んらい醜しう悪あくなるにお気きが附つかれずして、ゾオラが偶たま々〳〵醜しう悪あくのまゝを写うつせば青あを筋すじ出して不ふだ道うと徳く文ぶん書しよなりと罵のゝしり叫わめく事さりとは野や暮ぼの行いき過すぎ余あまりに業げふ々〳〵しき振ふる舞まひなり。さりながら論ろん語ごに唾つを吐はきて梅むめ暦ごよみを六りく韜とう三さん略りやくとする当たう世せいの若わか檀だん那な気かた質ぎは其それとは反うら対はらにて愈いよ々〳〵頼たのもしからず。東とう京きやうの或る固オル執ソド派キシカー教けう会くわいに属ぞくする女ぢよ学がつ校かうの教けう師しが曾そが我もの物がた語りの挿さし画ゑに男なん女によの図づあるを見みて猥わい褻せつ文ぶん書しよなりと飛とんだ感かん違ちがひして炉ろち中うに投なげ込こみしといふ一ツ咄ばなしも近ちか頃ごろ笑せう止しの限かぎりなれど、如ど何う考かんがへても聖バイ書ブルよりは小せう説せつの方はうが面おも白しろいには違ちがひなく、教けう師しの眼めを窃ぬすんでは﹁よくッてよ﹂派は小せう説せつに現うつゝを抜ぬかすは此この頃ごろの女ぢよ生せい徒と気かた質ぎなり。例たとへば地ちを打うつ槌つちは外はづるとも青せい年ねん男なん女によにして小せう説せつ読よまぬ者なしといふ鑑かん定ていは恐おそらく外はづれツこななるべし。
俗ぞく界かいに於おける小せう説せつの勢せい力りよく斯かくの如ごとく大だいなれば随したがつて小せう説せつ家か即すなはち今いまの所いは謂ゆる文ぶん学がく者しやのチヤホヤせらるゝは人じん気き役やく者しやも物ものの数かづならず。此この故ゆゑに腥なまぐさき血ちの臭にほひ失うせて白おし粉ろいの香かをり鼻はなを突つく太たい平へいの御み代よにては小せう説せつ家か即ち文ぶん学がく者しやの数かず次しだ第い々/々\に増ぞう加かし、鯛たひは﹇#﹁鯛たひは﹂はママ﹈花はなは見みぬ里さともあれど、鯡にしん寄よる北ほつ海かいの浜はま辺べ、薯じね蕷んじやう掘ほる九きう州しゆうの山やま奥おくに到いたるまで石せき版ばん画ゑと赤あか本ほんは見みざるの地ちなしと鼻はなうごめかして文ぶん学がくの功くど徳く無むり量やう広くわ大うだいなるを説とく当たう世せい男をとこ殆ほとんど門かど並なみなり。寄よれば触さはれば高かう慢まんの舌した爛たゞらしてヤレ沙シヱ翁ークスピーヤは造ざう化くわの一ひと人り子ごであると胴どら羅ま魔ご声ゑを振ふり染しぼり西さい鶴くわくは九きう皐かうに鳶とんびトロヽを舞まふと飛とンだ通つうを抜ぬかし、何なにかにつけては美びが学くの受うけ売うりをして田いな舎かも者のの緋ひメレンスは鮮あざやかだから美びで江戸ツ子の盲めく縞らじまはジミだから美びでないといふ滅めつ法ぱふの大だい議ぎろ論んに近きん所じよ合がつ壁ぺきを騒さわがす事少しも珍めづらしからず。好もの奇ずきな統とう計けい家かが概がい算さんに依れば小こづ遣かい帳ちやうに元げん禄ろくを拈ひねる通つう人じん迄まで算さん入にうして凡およそ一いつ町ちや内うないに百﹁ダース﹂を下くだる事あるまじといふ。
夫れ台だい所どころに於ける鼠ねづみの勢せい力りよくの法はふ外ぐわいなる飯めし焚たき男をとこが升ます落おとしの計けい略りやくも更に討たう滅めつしがたきを思へば、社しや会くわ問いも題んだいに耳みゝ傾かたむくる人いかで此一いつ町ちや内うない百﹁ダース﹂の文ぶん学がく者しやを等なほ閑ざりにするを得うべき。若し惣すべての文ぶん学がく者しやを駆かつて兵へい役えきに従じゆ事うじせしめば常じや備うび軍ぐんは頓にはかに三さん倍ばいして強きや兵うへいの実じつ忽たちまち挙あがるべく、惣すべての文ぶん学がく者しやに支しは払らふ原げん稿かう料れうを算つもれば一万噸とんの甲かふ鉄てつ艦かん何なん艘ざうかを造つくるに当あたるべく、惣すべての文ぶん学がく者しやが消せう費ひする筆ひつ墨ぼく料れうを徴ちよ収うしうすれば慈じぜ善ん病びや院うゐん三ツ四ツを設つくる事決けつして難かたきにあらず、惣すべての文ぶん学がく者しやが喰くひ潰つぶす米こめと肉にくを蓄ちく積せきすれば百ひや度くたび饑きき饉ん来きたるとも更さらに恐おそるゝに足たらざるべく、若もし又惣すべての文ぶん学がく者しやを一いち時じに殺さつ戮りくすれば其死し屍ゝは以て日につ本ぽん海かいを埋うづむべく其血ちは以て太たい平へい洋ようを変へん色しよくせしむべし。
文ぶん学がく者しやは一の社しや会くわ問いも題んだいなり、貧ひん民みんが、僧ばう侶ずが、娼しや妓うぎが社しや会くわ問いも題んだいとなれる如く。
熟つら々〳〵考かんがふるに天てんに鳶とんびありて油あぶ揚らげをさらひ地ちに土もぐ鼠らもちありて蚯みゝ蚓ずを喰くらふ目め出で度たき中なかに人にん間げんは一いち日にちあくせくと働はたらきて喰くひかぬるが今け日ふ此この頃ごろの世せち智が辛らき生しや涯うがいなり。学がつ校こうの卒そつ業げふ証しよ書うしよが二枚まいや三枚まい有あつたとて鼻はなを拭ふく足たしにもならねば高たかが壁かべの腰こし張ばりか屏びや風うぶの下した張ばりが関せきの山やまにて、偶たま々〳〵荷にや厄つか介いにして箪たん笥すに蔵しまへば縦た令とへば虫むしに喰くはるゝとも喰くふ種たねには少すこしもならず。学がく士しですの何なんのと云ツた処ところで味みそ噌す摺りの法はふを知しらずお辞じ義ぎの礼れい式しきに熟じゆくせざれば何ど処こへ行いつても敬けいして遠とほざけらるが結お局ちにて未まだしも敬けいさるゝだけを得とくにして責せめてもの大おほ出で来きといふべし。ミルトンの詩しを高たからかに吟ぎんじた処ところで饑きか渇つは中なか々に医いしがたくカントの哲てつ学がくに思おもひを潜ひそめたとて厳げん冬とう単たん衣い終つひに凌しのぎがたし。学がく問もん智ちし識きは富ふ士じの山やまほど有あツても麺ぱ包ん屋やが眼めには唖び銭た一いち文もんの価ねう値ちもなければ取ツけヱべヱは中なか々〳〵以もつての外ほかなり。トヾの結つま局りが博はく物ぶつ館くわんに乾ひも物のの標へう本ほんを残のこすか左さなくば路ろと頭うの犬いぬの腹はらを肥こやすが世よに学がく者しやとしての功こう名みやう手てが柄らなりと愚ぐ痴ちを覆こぼす似え而せ非ナツシユは勿もち論ろん白こ痴けのドン詰づまりなれど、さるにても笑せう止しなるは世よの是これ沙さ汰た、飯めし粒つぶに釣つらるゝ鮒ふな男をとこがヤレ才さい子しぢや怜りこ悧うも者のぢやと褒ほめそやされ、偶たまさか活いきた精せい神しんを有もつ者ものあれば却かへつて木で偶くのあしらひせらるゝ事沙さ汰たの限かぎりなり。騙かた詐りが世よわ渡たり上じや手うずで正しや直うぢきが無いく気ぢ力な漢し、無むは法うが活くわ溌つぱつで謹きん直ちよくが愚ぐ図づ、泥すつ亀ぽんは天てんに舞まひ鳶とんびは淵ふちに躍をどる、さりとは不ふ思し議ぎづくめの世よの中なかぞかし。
斯かゝる中なかにも社しや会くわいに大だい勢せい力りよくを有いうする文ぶん学がく者しやどのは平へい気きの平へい三ざで行ゆき詰づまりし世よを屁へとも思おもはず。春はるうら〳〵蝶てふと共ともに遊あそぶや花はなの芳よし野のや山まに玉たまの巵さかづきを飛とばし、秋あきは月つきてら〳〵と漂たゞよへる潮うしほを観みて絵ゑの島しまの松まつに猿さるなきを怨うらみ、厳げん冬とうには炬こた燵つを奢おごりの高たか櫓やぐらと閉とぢ籠こもり、盛せい夏かには蚊か帳やを栄えい耀えうの陣ぢん小ご屋やとして、米こめは俵たはらより涌わき銭ぜには蟇がま口ぐちより出いづる結けつ構こうな世よの中なかに何なにが不ふそ足くで行ゆき倒だふれの茶ちや番ばん狂きや言うげんする事かとノンキに太たい平へい楽らく云ふて、自じさ作くの小せう説せつが何なん十じつ遍ぺん摺ずりとかの色いろ表べう紙しを付つけて売うり出だされ、二にが号う活くわ字つじの広くわ告うこくで披ひろ露うさるゝ外ほかは何なんの慾よくもなき気きら楽く三昧まい、あツたら老おひ先さきの長ながい青せい年ねん男なん女によを堕だら落くせしむる事は露つゆ思おもはずして筆ふで費づひえ紙かみ費づひえ、高たかが大たい家かと云はれて見みたさに無むや暗みに原げん稿かう紙しを書かきちらしては屑くづ屋やに忠ちう義ぎを尽つくすを手てが柄らとは心ここ得ろえるお目め出でたき商しや売うばいなり。月つき雪ゆき花はなは魯おろか犬いぬが子こを産うんだとては一いつ句くを作つくり猫ねこが肴さかなを窃ぬすんだとては一いつ杯ぱいを飲のみ何なにかにつけて途とは方うもなく嬉うれしがる事おかめが甘あま酒ざけに酔ゑふと仝おなじ。
斯かくの如ごとく文ぶん学がく者しやは身みぶ分ん不ふさ相うお応うに勢せい力りよくを有いうし且つ身みぶ分ん不ふさ相うお応うにのンきなり。世よに気きら楽くなるものは文ぶん学がく者しやなり、世よに羨うらやましき者ものは文ぶん学がく者しやなり、接せつ待たいの酒さけを飲のまぬ者も文ぶん学がく者しやたらん事を欲ほつし、落おちたるを拾ひろはぬ者も文ぶん学がく者しやたるを願ねがふべし。
然しかるに世よにすねたる阿あは呆うは痛いたく文ぶん学がく者しやを斥せき罵ばすれども是れ中なか々〳〵に識しき見けんの狭けふ陋ろうを現げん示じせし世よま迷いご言とたるに過すぎず。冷れい静せいなる社しや会くわ的いてきの眼めを以もつて見みれば、等ひとしく之れ土どき居よして土どし食よくする一ツ穴あなの蚯みゝ蚓ずの徒ともがらなれば何いづれを高たかしとし何いづれを低ひくしとなさん。濁どぶ醪ろくを引ひつ掛かける者が大だい福ふくを頬ほゝ張ばる者を笑わらひ売ばい色しよくに現うつゝを抜ぬかす者が女によ房うばうにデレる鼻はな垂たらしを嘲あざける、之れ皆他ひとの鼻はなの穴あなの広ひろきを知しつて我わが尻しりの穴あなの窄せまきを悟さとらざる烏を滸この白しれ者ものといふべし。窮きゆ理うり決けつして迂うなるにあらず実じつ践せん何なんぞ浅あさしと云はんや。魚さか肴なは生なま臭ぐさきが故ゆゑに廉やすからず蔬やさ菜いは土つち臭くさしといへども尊たふとし。馬むまに角つのなく鹿しかに※たてがみ﹇#﹁馬+のつくり﹂、219-16﹈なく犬いぬは※にやん﹇#﹁口+若﹂、219-16﹈と啼ないてじやれず猫ねこはワンと吠ほえて夜よを守まもらず、然しかれども自おのづから馬むまなり鹿しかなり犬いぬなり猫ねこなるを妨さまたけず。稼かせぐものあれば遊あそぶ者あり覚さめる者あれば酔ゑふ者あるが即ち世よの実じつ相さうなれば己おのれ一ひと人りが勝かつ手てな出では放うだ題いをこねつけて好いい子この顔かほをするは云はふ様やうなき歿わか分ら暁ず漢や言ごん語ごど同うだ断んといふべし。縦たと令ひ石いし橋ばしを叩たゝいて理りく窟つを拈ひねる頑ぐわ固んこ党とうが言ことの如く、文ぶん学がく者しやを以もつて放はう埓らつ遊いう惰だ怠たい慢まん痴ちは呆う社しや会くわいの穀ごく潰つぶし太たい平へいの寄きせ生いち虫うとなすも、兎とに角かく文ぶん学がく者しやが天てん下かの最さい幸かう最さい福ふくなる者たるに少すこしも差さし閊つかへなし。然しかるを愚ぐ図づ々/々\と賢さかしらだちて罵のゝしるは隣とな家りのお菜かずを考かんがへる独ひと身りも者のの繰くり言ごとと何なんぞ択えらまん。
加しか之のみならず、文ぶん学がく者しやを以もつて怠たい慢まん遊いう惰だの張ちや本うほんとなすおせツかいは偶たま〳〵怠たい慢まん遊いう惰だの却かへつて神かみの天てん啓けいに協かなふを知しらざる白たは痴けなり。謹つゝしんで慮おもんぱかるに神かみの御みめ恵ぐみ洽あまねかりし太たい古こ創さう造〴〵の時じだ代いには人にん間げん無む為ゐにして家かげ業ふといふ七むづかしきものもなければ稼かせぐといふ世せ話わもなく面おも白しろおかしく喰くつて寝ねて日ひな向たぼこりしてゐられたものゝ如し。アダムの二にほ本んぼ棒うが意い地ぢ汚きたなさの摂つまみ喰ぐひさへ為せずば開かい闢びやく以いら来い五千年ねん﹇#ルビの﹁ねん﹂は底本では﹁わん﹂﹈の今こん日にちまで人にん間げんは楽パラ園ダイスの居ゐさ候ふらふをしてゐられべきにとンだ飛とばツ塵ちりが働はたらいて喰くふといふ面めん倒だうを生しやうじは扨さても迷めい惑わく千せん万ばんの事ならずや。神かみが創さう造〴〵の御みこ心ゝろは人にん間げんを楽たのしましめんとするにありて苦くるしましめんとするにあらず。無む為ゐは天てん則そくなり、無ぶし精やうは神しん慮りよに協かなへり。正しや直うぢきの頭かうべに神かみ宿やどる――嫌いやな思をして稼かせぐよりは真まツ正しや直うぢきに遊あそんで暮くらすが人にん間げんの自しぜ然んにして祈いのらずとても神かみや守まもらん。文ぶん学がく者しやを以て大だいのンきなり大だい気きら楽くなり大だい阿あは呆うなりといふ事の当たう否ひは兎とも角かくも眼めばかりパチクリさして心こゝろは藻もぬ脱けの売からとなれる木ミ乃イ伊ラ文ぶん学がく者しやは豈あに是れ人にん間げんの精きつ粋すゐにあらずや。
且つ又聖バイ経ブルの教ふる処ところに依よれば天てん国こくに行ゆかんとすれば是ぜ非ひとも小せう児にの心こゝろを有もたざるべからず。小せう児にの如くタワイなく、意い気く地ぢなく、湾わん白ぱくで、ダヾをこねて、遊あそび好ずきで、無むは法ふで、歿わか分らず暁やで、或ある時ときはお山やまの大たい将しやうとなりて空から威ゐば張りをし、或ある時ときはデレリ茫ばう然ぜんとしてお芋いもの煮にえたも御ごぞ存んじなきお目め出でたき者は当たう世せう﹇#﹁たうせう﹂はママ﹈の文ぶん学がく者しやを置おいて誰たぞや。
文学者なる哉、文学者なる哉。天てん変ぺん地ち異いを笑わらつて済すますものは文ぶん学がく者しやなり。社しや会くわい人じん事じを茶ちやにして仕し舞まふ者は文ぶん学がく者しやなり。否いな、神の特とく別べつなる贔ひい屓きを受うけて自しぜ然んに hヒyプpノnタoイtズize さるものは文ぶん学がく者しやなり。文学者なる哉、文学者なる哉。
我れ三さん文もん字じ屋や金きん平ぴら夙つとに救ぐせ世いの大だい本ほん願ぐわんを起おこし、終つひに一いつ切さいの善ぜん男なん善ぜん女によをして悉ことごとく文ぶん学がく者しやたらしめんと欲ほつし、百で買かツた馬むまの如くのたり〳〵として工くふ風うを凝こらし、虱しらみを捫ひねる事一万疋に及びし時酒さか屋やの厮こぞ童うが﹁キンライ﹂節ふしを聞いて豁くわ然つぜん大たい悟ごし、茲に椽えん大だいの椎しひ実のみ筆ふでを揮ふるつて洽あまねく衆しゆ生じやうの為ために為ゐ文ぶん学がく者しや経きやうを説せつ解かいせんとす。
右から見ても左から見ても文学者は最幸最福なる動物なり。我が抜ばつ苦く与よら楽くの説せつ法ぱうを疑うたがふ事なく一いち図づに有ありがたがツて盲まう信しんすれば此この世よからの極ごく楽らく往おう生じやう決けつして難かたきにあらず。銀ぎん価かの下げら落くを心しん配ぱいする苦くら労うし性やう、月げつ給きふの減げん額がくに気きを揉もむ神しん経けい先せん生せい、若もしくは身から躰だにもてあます食しよくもたれの豚ぶたの子こ、無むや暗みに首くびを掉ふりたがる張はり子この虎とら、来きたつて此説せつ法ぱうを聴ちや聞うもんし而してのち文ぶん学がく者しやとなれ。朝あさ飯めし前まへの仕しご事とにして天てん下かを驚をどろかす事虎コ列レ刺ラよりも甚はなはだしく天てん下かに評ひや判うばんさる事蜘く蛛も男をとこよりも隆さかんなるは唯其れ文学者あるのみ、文学者あるのみ。