ルヴエルの『夜鳥』

平林初之輔




 日本には厳密な意味でのコントの作家がない。コントにふさわしい断面もしくは刹那せつなにおいて人生をとらえる俊敏な把握力とこれを軽快に表現する表現力とをそなえた作家が日本にはまだない。偉大なる長編作家が日本にないことはよくいわれているし、それも事実であるが、それと同時に秀れたコントの作家も日本にはないということを我々は公平に認めなくてはならぬ。
 田中早苗氏の翻訳によって最近モーリス・ルヴェルのコント集が『夜鳥』として出版された。三十編のコントを収めている。ルヴェルはフランスのポーと称せられている。しかしそう称せられている程ポーに似ているわけではない。ポーの作品は山から掘りだしたままの鉱石のなかにひらめく金塊の趣があるが、ルヴェルの作品には彫琢の限りをつくした珠玉のような趣がある。コント作家としての技巧においては彼はポーとは比較にならぬほど優れている。ポーは決してコント作者とはいえぬ。ポーの与える戦慄は、怪奇で、物すごくて、ひやりと冷たいものに触れるような感じがするが、ルヴェルの与える戦慄はチャーミングである。ピティー〔哀れみ、同情〕とペーソス〔悲哀〕とが大部分の作品の底に横わっている。
 モーパッサンもすぐれたコント作家であった。しかしモーパッサンとルヴェルと比べると二十年の時代の差がはっきりとあらわれている。モーパッサンのコントは、人生を圧搾し、縮図にしたような趣が多分にあるに比して、ルヴェルのコントには、人生を鋭利なナイフで切ってその断面を見せたというようなさわやかな感じがある。抜きさしならぬといった風の表現の必然性がより多くルヴェルに見られる。田中氏の一字一句いやしくせぬ訳筆と相まって近来会心の書物であった。

(『東京朝日新聞』一九二八年八月一日)






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