光り合ういのち

倉田百三




幼きころ




 幼きいのちは他者の手にある。もし愛する者が用意されてなかったら、自分のいのちの記憶もなく、死んでしまうよりない。今日生きながらえている者は必ず愛されて育てられて来たのである。
 我々は生れた時のことを記憶していない。愛の手は、そして乳房は自分が知らぬのに待ち設けられてあった。
 人間のいのちの受け身の考え方の優先権、自主的生活の不徹底性がここに根ざしている。
 私の記憶はおぼろでそしてちぎれちぎれだ。そのフラッシュド・バック――。
 私は、母親の背中で泣いていた。母は私を揺ぶりながら、店先をあちこち歩いていた。私はハシカだったらしい。機嫌が悪く、母の背中に頬を当てて、熱ばんだ体に病覚を感じて泣いていた。あわれな、小さな生きものだ。おんぶしたまま母は後ろを振り向く。顔に涙の条が光っている。
 母親は私の尻をやさしくたたきつつ、田舎じみた子守歌をうたった。
 そのリフレーンが、へんに耳に残っている。
寝ないのかええ、こんな餓鬼やホイ
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うつそみのか弱きさがをもてあまし
  威怒のみ仏われ懸くるなり
白浪の刃を交わすすべもなく
  持てるふぐりをわれははじらう
 
 
 婿

婿
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 姿
 
 
 
 
 
 
 歿婿
 
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2


 姿便()

 
 
 
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 綿()
 綿綿
 
 
百平(父の名)氏温厚玉の如く、義母に仕え孝養到らざるなく、家庭に波風なく……
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 便
 

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 使
 西
 
 
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巻くや繃帯白妙の 衣の袖は紅に染み
真白に細き手をのべて……
 あの調べも、歌詞も実にいい「ほづつの響遠ざかり」の歌をうたいつつ、「日の本の、仁と愛とに富む婦人」の所作事が演じられた時、私は感激に涙ぐむばかりになっていた。今でもあの歌は傑作と思う。
たふれし人の顔色は 野辺の草葉にさも似たり
 
 使
 
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 姿
 
 

 使
 
 
 
 
 
 
 
二ににっこり授けてもろたらやれたのもしや
 と歌っている神だ。
「親鸞一人のために」五劫思惟ごごうしゆいしてくれた仏だ。
ひそやかにたのしめと我にたまひつる
春やときはに花ぐもりして
 こうした秘密の契りと法悦とのある心境がなくては、宗教は外面的な、薄っぺらな騒がしいものになってしまうであろう。
一つひろい世界を打ちまはり一せん二せんでたすけ行く
 こうした大衆的な、街頭的な、そして現世利益的な救いのための働きは、確かに宗教になくてはならないところの、それがなくては遂に享受の宗教に終って、火宅熱腸の信仰ではないところの、無くてはならないものではあるが、しかもそれにもかかわらず、信仰には又一面この秘やかな密契と面々授受との、全く私的な境地がなくては活ける信仰ではないことを牢記すべきである。


3


 西()()
 西()
 
 
 
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 西西西西
 
 姿
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 宿
   
 宿
 
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 西
西


 
 西
 

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 西()姿
 西


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 調
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 使
 
 
 
 便()()姿
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敦盛さまは笛の役 その姫君は琴の役
 
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5


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 宿使
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 宿
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 調
 
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 西


 

 調
 

 
 
 

 
 

 鹿
 
 
 
 
 
 
 
 

 


 
 

 
 
 
 
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 辿()退退
 
 
 
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 西西
 西
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宿


 

 
 
 

 
 
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 退
 
 
 
 
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 使
 使
 





1














 
 西()()姿
 
 
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 宿
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 西
 
 
 
 
 
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 西
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 使
 

 
 
 

 
 
 西
 
 
 
 
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 西
 西
 

 

 
 

 

 

 

 

 
 
 
 

 
 
 
 
 

 



 

 
 

 

 





 
 
 

 
 
 

 
 
 





 
 

 

 
 
 姿
 西
 
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2


 姿使()()
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 使使
 使
 
 使


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98-14
 使
西
 

 
 
西

 



 



 99-13


 

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()

 
 使
 
 
 
 


 
 




 101-14


 

鹿


 


 






 
 
 
 
 使



 
 

 使
 
 

 

 

 

 
 
 
 

 
 
 

 
 
 
 

 
 

 


 

 


 

 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 便
 
 
 使
 
 108-9姿
 
108-12

 
 

 
 


 


 

 



 




 

 

 

 

 
()

 
 

 


 
 ()
 使使

 使

 

 
 

 


 
 
 


 

 

 

 
 ()()退
 
 西
 
 
 
 
 
 
 
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 114-14
 114-16
 

 


 

 

 

 
 
 



 
 
 
 

 
 

 

 

 
 



 

 

 
 
 


 
 

 

 
 
 
 
 




 

 
 







 





 
 
 
 

 
 


 





 

 
 


3


 尾道での年少の私の憧憬はもとより思春のものだけではなく、文化と学芸と――いのち一般の美しいもの、価あるものへの思慕であった。もし尾道という土地にそうした、施設と雰囲気とがありさえしたら、私は勿論燃えるような熱情をもってそれに向かって行ったであろう。しかし不幸にして尾道には商業学校以上の学校もなく、芸術的なサークルもなかった。私のいのちの中の一番のエレメントを引き出す空気が欠けていたことは惜しむべきことであった。実際私はどんな高い文化と教養との素地的な訓練にも応え得る玉のようなナイーブさと、鋭い感受性とを持った少年だったのだ。周囲は私にとって常に足りないものであったことは今なおうらみとせずにはいられない。
 思えば私は尾道でも美しいもの、価あるものを掘り出すように探し求めていたのだ。美しい、温かい瀬戸内海的な自然、クラシカルな匂いのある寺々、それは尊いものであったが、人間のつくり出す尾道のカラーは、美しい時にも多少商業的な卑俗性をもったものであった。しかし殷賑な通商、豊富な漁猟によって生気を帯びた生活エネルギーは、比較的不便な陸路のために封鎖的になったこの港街に独特な精彩と活況とを与えた。そしてそれが幾世代に渡り保存されたので、由緒ある港としてのいぶしがかって浅膚さからすくわれていた。年少の私はそうした空気の中から美と生命とを探し出そうとしていたのであった。
 尾道の思い出が、少女達との思春の絵本や、手習いのすさびのようなものしかないのはそのためであった。
 ※[#「仝」の「工」に代えて「久」、屋号を示す記号、122-11]の裏門から出て、千光寺山へ登る山ふところに林にかこまれた神社があった。丑寅神社と言って氏神であった。或る日私は氏子総代の伯父につれられてこの神社に参詣した。拝殿で私たちのためにお神楽があげられた。拝殿の反り気味の欄干の側には楓の樹が燃えるように夕日に映えていた。白い装束をつけた神主が玉串をささげて祝詞のりとをささげたが、冒頭に、
秋山にもみぢ葉燃ゆる神無月、大神のみ前につつしみて申さく、氏子、倉田大人、みめぐみもて、うから健かに、なりわい栄えて……
 
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めづらしと吾が思うきみは秋山の初もみぢ葉に似てこそありつれ
 
 鹿
 

 


 

 
 

 

 

 


 












 


 
 





 
 

 


 

 




 
 




 ()
 
128-4

 


 



 ()

 128-18


 

 

天地を照らす日月の極みなくあるべきものを何か思わむ
 
 
 

 
 

 
 

 

 
130-7



 

 
 
 




 
 
 

 


 

 

 

 

 



 

 

 
 









 

















 鹿
 
 
言に言でていわばゆゆしみ山川のたぎつ心をせかえたりけり

 

 調

 

 
 

 
 
 

 

 

 

 
 


遅速も汝をこそ待ため向つ峰の椎の小枝の相は違わじ
 
 

 

 

 

 

 
 

 



 
 

かしこきや時の帝を懸けつれば音のみし哭かゆ朝宵にして」
 


 
 
 

 調

 
 138-12
 
 

 







 

 
 
 殿姿
 姿
 


穿
 

穿

西
姿

 





 




 

 
 
 
 



 



 
調
 

 
 

 
調
 
 
 
 椿
 
柳こそ伐ればはえすれ世の人の恋に死なむをいかにせよとぞ
 



鹿


 
鹿鹿
 使


4


 
 ()()
 
 鹿鹿
 西U+26C0C146-7

 
 
 

 

 


 
 

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 ()()()()()
 
真間の手児奈の奥津城どころ
 と彼女は口吟んだものだ。又森の下草に散りしいている花を見て、
桜の花は散りにけるかも
 桜と私がやると、彼女は直ぐに
春さらばかざしにせむといし
 
 
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 ()()()輿
 ()()輿()()()
 
 
 輿殿
 
 殿

 
 
 
 
 
 
 綿
 

 

 
 ()退
 使
 

 
 
西


 
 
 
 
 
 退
 
 
  ()調
 調
 
 
 
 
 
 






 
 




 
()
 
姿
 
 


 
 


 

 


 


 

 
 
 
 
 殿
 
 
 ()()
 
 
 
 ()
  
 
 
 
 
 
 
Children, come here, I will tell you a story about George Washington.
 
 157-18
 
 
You make much joke.
 とその少女が言ったので、私はちょっと面食らって、
Children like joke.
 
 


 

 
 退
 

 
 退

 
 

 
 
 
Where are you going?
 と通りで見かけた時など私が呼びかけると、
I'm going to market.
 
 
 






 
 
 
 
 
 
 

 


 



 
 
  
 
 
 
 
163-9西
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 
 
 退
 
 
 

 
 
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 辿

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 姿
 
 
 
  
 


5


 
 
 
 
 
 


 


 
 

 
 
 
 
 
 

 

 
 宿
 宿
 
 姿
 宿
 
  
 宿
 
 
 172-18()穿

 

 
 

 

 

 
鹿
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 
 
 
 調
 
 
 
 
Let me open your flour-gate with my keet
 

 

 
 
Won't you go to play card?
 と彼の二階の部屋の窓の下で声をかけると、
Yes, I'll.
 
 使
 
 
 
 
 ()
 
白きを見れば夜ぞふけにける
 
 
 
 
 
 宿()
 
 

 

 
 

 姿()
 宿
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
  
 
 ()
 
 
 
 
 
 
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6


 
 
 
 
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 ()


 
 
比叡尾の山のあけぼのに
紅匂う花がすみ
 と私たちは声を揃えて校歌を唱う。
 神秘の狭霧はなかなか晴れようとはせぬ。
 やがて風が出て霧がちぎれ初めると紫色に染みながら、団々として飛んで行き、麓にひろがる三次平野や、めぐり流れる川々のパノラマがひろがって行く。
やアハれ
朝まにゃ小烏、霧をはらえ
 
 姿
 
()西
 
 

 姿()
 
 
 
 使
 
 

 
 ()

 
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 宿

 
 
    
 ()
 
 
 
 
 
 
 
 
 ()姿
 
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 穿
 

 姿

 
 
 

 
 
 
()
 

 
 
 
 
 
 使
 
 

 

 
 

 
 
 
 

 


 
 
 
 

 
 

 
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 宿
 
 
 ()宿()

 
 
 

 
 
 
 姿
 

 

 
 ()()
 
 退
 

 
Cherry, Cherry, Cherry!
 と三つ重ねてあった英文字は今だに私の目にハッキリと浮んで来る。それから私は上級生の好事家たちにチェリイとあだ名されていた。
 その、そのかみの桜色の美少年は今はすすきの穂のような灰色の頭髪になり、そしてそれを追って胸の血をたぎらせた若獅子のような少年は老いた退役将校として、江南の野に戦死してしまった。そのラブ・レターのことで私をからかった中村憲吉君も今は亡い。
 すべては移り流れる。かわらぬものは生の欲望の尽きるまで燃えてやまぬ焔の執拗さと、何ものかの心霊の招く方へのあくがれの旅の足どりである。生き行くものはあわれなるかな。


7


 
 
 
 
 
 
 
 
 ()
 ()
 
 
 宿
 
 
 ()

 
 
 
 宿
 
 
 



 
 
 
 

 
 






 

 
 

 使
  
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 西

 

 



 使



 
()
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 ()()()

 


 

 
 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
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 退
 
 
 宿
 
 ()
 
 
 
 
 穿
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 

 



 





 


西

 


 


 


 
 
 
 
 
 
 
 婿
 
 ()
 
 
 使
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 ()寿
 
 
 
 

 

 
 
 
 
 
 
 
 







底本:「光り合ういのち」(人間の記録121)、日本図書センター
   2001(平成13)年9月25日第1刷発行
底本の親本:「光り合ういのち」現代社
   1957(昭和32)年
初出:「いのち」
   1937(昭和12)年2月号より連載
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※底本の誤植が疑われるところは、「光り合ふいのち」1949(昭和24)年6月15日発行、萬葉出版社を用いて訂正注記しました。
入力:藤原隆行
校正:大野裕
2012年8月31日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について

「仝」の「工」に代えて「久」、屋号を示す記号    98-14、99-13、101-14、108-9、108-12、114-14、122-11、128-4、128-18、130-7、138-12、157-18、163-9、172-18
「虫+田」    114-16
「謹のつくり」、U+26C0C    146-7


●図書カード