登場人名
エスカラス、
ローナの領主。
パーリス、領主の親族、年若き貴公子。
キャピューレット┐
├相確執せる二名族の長者。
モンタギュー ┘
キャピューレットが一族の一老人︵叔父︶。
ローミオー、モンタギューの息。
マーキューシオー、領主の親族にしてローミオーの友。
ベン
ーリオー、モンタギューの甥にしてローミオーの友。
チッバルト、キャピューレットが妻の甥。
ロレンス法師、フランシス派の僧。
ヂョン、同じ派の僧。
バルターザー、ローミオーの下人。
サンプソン︵或ひはサムソン︶┐
├キャピューレット家の下人。
グレゴリー ┘
ピーター、ヂューリエットが乳母の下人。
エーブラハム、モンタギューの下人。
藥種屋の老人。
樂人甲、乙、丙。
パーリスの侍こし童ゃう。他の侍こし童ゃう。警吏一人。
モンタギュー夫人、モンタギューの妻。
キャピューレット夫人、キャピューレットの妻。
ヂューリエット、キャピューレットの女。
ヂューリエットの乳母。
ローナの領主。
パーリス、領主の親族、年若き貴公子。
キャピューレット┐
├相確執せる二名族の長者。
モンタギュー ┘
キャピューレットが一族の一老人︵叔父︶。
ローミオー、モンタギューの息。
マーキューシオー、領主の親族にしてローミオーの友。
ベンーリオー、モンタギューの甥にしてローミオーの友。
チッバルト、キャピューレットが妻の甥。
ロレンス法師、フランシス派の僧。
ヂョン、同じ派の僧。
バルターザー、ローミオーの下人。
サンプソン︵或ひはサムソン︶┐
├キャピューレット家の下人。
グレゴリー ┘
ピーター、ヂューリエットが乳母の下人。
エーブラハム、モンタギューの下人。
藥種屋の老人。
樂人甲、乙、丙。
パーリスの侍こし童ゃう。他の侍こし童ゃう。警吏一人。
モンタギュー夫人、モンタギューの妻。
キャピューレット夫人、キャピューレットの妻。
ヂューリエット、キャピューレットの女。
ヂューリエットの乳母。
其他ローナの市民。兩家の親族。假裝舞踏者、門衞、
番衆、侍者等。
ローナの市民。兩家の親族。假裝舞踏者、門衞、
番衆、侍者等。
序詞役。
場所 ローナ。マンチュア。
ローナ。マンチュア。
（本文は、譯詞との釣合ひ上、固有名詞の發音に手心を加へたる部分あり。但し爰に録したるものが最も正しきに近しと知られたし。）
［＃改丁］ロミオとヂュリエット
序詞
序詞役 威權 相如 く二名族 が、
處ところは花はなのローナにて、
古ふるき怨うら恨みを又またも新あらたに、
血ちで血ちを洗あらふ市うち内わげ鬪んく爭わ。
かゝる怨ゑん家かの胎たい内ないより薄はく運うんの二情じゃ人うじん、
惡あく縁えん慘むごく破やぶれて身みを宿しゅ怨くゑんと共ともに埋うづむ。
死しの影かげの附つき纒まとふ危あやふき戀こひの履りれ歴き、
子こ等らが非ひご業ふに果はてぬるまでは、
如い何かにしても解とけかねし親おや々〳〵の忿いかり、
是これぞ今いまより二時じか間んの吾われ等らが演えん劇げき、
御みこ心ゝろ長ながく御ごら覽んぜられさふらはゞ、
足たらはぬ所ところは相あひ勵はげみて償つぐのひ申まうさん。
ローナにて、
古ふるき怨うら恨みを又またも新あらたに、
血ちで血ちを洗あらふ市うち内わげ鬪んく爭わ。
かゝる怨ゑん家かの胎たい内ないより薄はく運うんの二情じゃ人うじん、
惡あく縁えん慘むごく破やぶれて身みを宿しゅ怨くゑんと共ともに埋うづむ。
死しの影かげの附つき纒まとふ危あやふき戀こひの履りれ歴き、
子こ等らが非ひご業ふに果はてぬるまでは、
如い何かにしても解とけかねし親おや々〳〵の忿いかり、
是これぞ今いまより二時じか間んの吾われ等らが演えん劇げき、
御みこ心ゝろ長ながく御ごら覽んぜられさふらはゞ、
足たらはぬ所ところは相あひ勵はげみて償つぐのひ申まうさん。
第一幕
第 一場 ローナ。街上 。
カピューレット家 の下人 サンプソンとグレゴリーとが劍 と楯 とを持 って出 る。
サン やい、グレゴリー、誓せい言ごんぢゃ、こちとらは石コー炭ルなんぞは擔かつぐまいぞよ、假かりにも。︵不面目な賤しい仕しご事となんぞはすまいぞよ︶。
グレ さうとも／＼、そんな事 をすりゃ、奴隷 も同然 ぢゃわい。
サン いやさ、俺 が癇 に障 るが最後 、すぐにも引 ッこ拔 いてくれようといふンぢゃ。
グレ さうよなァ、頸くび根ねッ子こは、成なろうなら、頸コラ輪ー︵首くび枷かせ︶から引ひッこ拔ぬいてゐるがよいてや。︵罪人にはならぬがよいてや︶。
サン 俺 が腹 を立 ったとなりゃ、忽 ち（敵手 をば）眞二 つにしてくれる。
（以下、口合 は邦語 に直譯 しては通 ぜざれば、意 を取 りて義譯 す。後段 にも斯 かる例 しば／＼あるべし。）
グレ ところが、其 立 つまでが手間 が取 れうて。
サン 何 の、すぐ立 つわい、モンタギュー家 の飼犬 を見 たゞけでも。
グレ はて、立たつと言いへば不ゐす動わりぢゃがや。不ゐす動わりは立たち往わう生じゃうぢゃ。出でむ向かうて往ゆかけんけりゃ鬪けん爭くわにァならぬわい。
サン はて、飼犬 を見 たゞけでも向 うてゆくわい。モンタギューの奴等 と見 りゃ、男 でも女 でも關 うたことァない。
グレ へッ、關 はいで放任 っておくのでがな、それが汝 の弱蟲 の證據 ぢゃ。
サン したり。そこで、とかく弱よわ蟲むしの女をな子ごばかりが玩か弄まはれまするとけつかる。いや、俺おれは、野やら郎うをば抛はふり出だし、女めら郎うをば制か裁まはう。
グレ 鬪戰 は、主人衆 や吾等 男共 のすることぢゃ。
サン いざ鬪爭 となりゃ、そんな斟酌 は要 らんこっちゃ。男共 を叩 きみじいたら、女共 をもやっつけてくれう。
グレ やっつける？
サン それ、彼奴等 の「額 」を打破 ってくれうわい。意味 は如何樣 にも取 らっせいよ。
グレ それは先方 の感 じ次第 ぢゃ。
サン はて、身 に沁々 と感 じようわい、俺 も隨分 と評判 の女 たらしぢゃに依 って。
グレ へん、魚さかなでなうて幸しあ福はせぢゃわい、汝おぬしが魚さかななら、女をんなたらしでは無なうて總そう菜ざいの鹽し大ほ口だ魚らと來きてけつからう。……︵一方を見て︶拔ぬけよ︵劍を︶、モンタギューの奴やつ等らが來きたわい。
サン さ、拔 いたわ、鬪爭 を買 はっせい、尻押 をせう。
グレ 何 ぢゃ！ 尻 に帆 を掛 ける？
サン 心配 すない。
グレ 何 の、汝 を！
サン 此方 の非分 にならぬやうに、先方 から發端 けさせい。
グレ 行違 ふ途端 に睨 みつけてくれう、如何 思 やがらうと關 ふものかえ。
サン うんにゃ、如何 爲 やがらうと關 ふものかえ。俺 は指 の爪 を噛 んでくれう、それで默 ってゐりゃ恥 さらしぢゃ。
エブラ お手前 は吾等 に對 うて指 の爪 を噛 まっしゃったな？
サン 如何 にも爪 を噛 みまする。
エブラ 吾等 に對 うて噛 まっしゃるのか？
サン （グレゴリーを顧みて）然 と言 うても、理分 か？
グレ いゝや。
サン （エブラに對ひて）いゝや、足下 たちに對 うて噛 みはせんが、噛 む。
グレ こりゃ鬪爭 を賣 らっしゃるのぢゃな？
エブラ 鬪爭 ！ いや、決 して。
サン 鬪爭 なら敵手 にならう。汝等 には負 けんぞ。
エブラ 勝 ちもすまい。
サン むゝ。……
と詰 る。此時 上手 よりモンタギューの親族 ベンーリオー出 る。
ーリオーグレ （サンプソンに對ひ、小聲にて）勝 つわいと言 はっせい。（下手を見やりて）あそこへ殿 の親族 の一人 が來 せた。
サン うんにゃ、勝 つわい。
エブラ 
吐 け。
サン 拔ぬけ、男をとこなら。グレゴリー、えいか、頼たのむぞよ、しっかり。
サンプソンとエブラハムと劍 を拔 いて戰 ふ。ベンーリオー此 體 を見 て駈 け來 り、劍 を拔 き、割 って入 る。
ーリオーベン 待 った／＼！ 藏 めい劍 を。こゝな向不見 が。
カピューレット長者 の甥 チッバルト下手 より出 る。
チッバ やア、下げ司す下げら郎うを敵あひ手てにして汝おぬしは劍けんを拔ぬかうでな？ ベンーリオー、こちを向むけ、命いのちを取とってくれう。
ーリオー、こちを向むけ、命いのちを取とってくれう。
と劍 を拔 く。
ベン いや、これは和わぼ睦くさせうためにしたことぢゃ。劍けんを藏をさめい、でなくば、其その劍けんを以もって予わしと共ともに、こいつらを引ひき分わけておくりゃれ。
いや、これは和わぼ睦くさせうためにしたことぢゃ。劍けんを藏をさめい、でなくば、其その劍けんを以もって予わしと共ともに、こいつらを引ひき分わけておくりゃれ。チッバ 何なんぢゃ、拔ぬいてゐながら、和わぼ睦くぢゃ！ 和わぼ睦くといふ語ことばは大だい嫌きらひぢゃ、地ぢご獄くほどに、モンタギューの奴やつ等らほどに、汝うぬほどにぢゃ。卑ひけ怯ふも者のめ、覺かく悟ごせい！
突ついてかゝる。ベンーリオー餘よ義ぎなく敵あひ手てになる。此この途とた端ん、兩りゃ家うけの關くわ係んけ者いじゃ、双さう方はうより出いで來きたり、入いり亂みだれて鬪たゝかふ。市しみ民ん及および警けい吏りち長ゃう等ら棍クラ棒ッブを携たづさへて出いで來きたる。
ーリオー餘よ義ぎなく敵あひ手てになる。此この途とた端ん、兩りゃ家うけの關くわ係んけ者いじゃ、双さう方はうより出いで來きたり、入いり亂みだれて鬪たゝかふ。市しみ民ん及および警けい吏りち長ゃう等ら棍クラ棒ッブを携たづさへて出いで來きたる。
警吏長 棍棒組 よ、戟組 よ！ 打 て／＼！ 打据 ゑいカピューレットを！ モンタギューを打据 ゑい！
カピューレット長者 寢衣 のまゝにて、其 妻 カピューレット夫人 はそれを止 めつゝ、出 る。
カピ長 此 騷動 は何事 ぢゃ？ やア／＼、予 が長 い劍 を持 て、長 い劍 を。
カピ妻 杖 をば、杖 をば！ 何 の爲 に長 い劍 を？
カピ長 えい、劍けんぢゃといふに。見みいあれを、モンタギューの長ちゃ者うじゃめが來きをって、俺おれに見みよがしに刃やいばを揮ふりをる。
モンタギュー長者 白刃 を堤 げ、其 妻 モンタギュー夫人 それを止 めつゝ、出 る。
モン長 おのれ、カピューレットめ！……とめるな、放 せ。
モン妻 鬪 はう爲 になら、一歩 でも出 させますな。
領主 やア、平へい和わを亂みだす暴ばう人じんども、同どう胞ばうの血ちを以もって刃はが金ねを穢けがす不ふら埓ちや奴つ……聽ききをらぬな？……やア〳〵、汝おの等れら、邪よこしまなる嗔しん恚にの炎ほのほを己おのが血けっ管くわんより流ながれ出いづる紫むらさきの泉いづみを以もって消けさうと試こゝろむる獸けだ類ものども、嚴げん罰ばつを怖おそるゝならば、其その血ちな腥まぐさい手てから兇きょ暴うばうの劍けんを抛なげうち、怒いかれる領りゃ主うしゅが宣こと言ばを聽きけ。カピューレットよ、モンタギューよ、汝なん等ぢら二人にんの由よしも無なき爭あら論そひが原もととなって、同どう胞ばうの鬪とう諍ぢょう既すでに三みた度びに及および、市しな内いの騷さう擾ぜう一ひと方かたならぬによって、當たうローナの故こら老うど共も、其その身みにふさはしき老らう實じつの飾かざりを脱ぬぎ棄すて、何なん十年ねんと用もちひざりしため、古ふるび錆さびついたる戟ほこ共どもを同おなじく年とし老おいたる手てん々でに把とり、汝なん等ぢらが心こゝろに錆さびつきし意いし趣ゅの中ちゅ裁うさいに力ちからを費つひやす。爾じ後ご再ふたゝび公こう安あんを亂みだるに於おいては汝なん等ぢらが命いのちは無ないぞよ。今こん日にちは餘よの者もの共どもは皆みな立たち退され、カピューレットは予よに從したがひ參まゐれ。モンタギュー、其そ方ちは、此この午ひる後ごに、尚なほ申まうし聞きかすこともあれば、裁さい判ばん所しょフリータウンへ參さん向かうせい。更あらためて申まうすぞ、命いのちが惜をしくば、皆みな立たち退され。
ローナの故こら老うど共も、其その身みにふさはしき老らう實じつの飾かざりを脱ぬぎ棄すて、何なん十年ねんと用もちひざりしため、古ふるび錆さびついたる戟ほこ共どもを同おなじく年とし老おいたる手てん々でに把とり、汝なん等ぢらが心こゝろに錆さびつきし意いし趣ゅの中ちゅ裁うさいに力ちからを費つひやす。爾じ後ご再ふたゝび公こう安あんを亂みだるに於おいては汝なん等ぢらが命いのちは無ないぞよ。今こん日にちは餘よの者もの共どもは皆みな立たち退され、カピューレットは予よに從したがひ參まゐれ。モンタギュー、其そ方ちは、此この午ひる後ごに、尚なほ申まうし聞きかすこともあれば、裁さい判ばん所しょフリータウンへ參さん向かうせい。更あらためて申まうすぞ、命いのちが惜をしくば、皆みな立たち退され。
モンタギュー夫婦 とベンーリオーだけ殘 りて皆 入 る。
ーリオーだけモン長 此 舊 い爭端 をば何者 が新 しう發 きをったか？ 甥 よ、おぬしは最初 から傍 にゐたか？
ベン いや、私わたくしが參まゐった頃ころには、敵てきの下げに人んと御ごけ家らい來し衆ゅとがもう既すでに戰たゝかうてをりました。それを引ひき分わけうとて拔ぬ劍きましたる途とた端んに、彼あのチッバルトの我がむ武し者ゃめが劍けんを拔ぬいて駈かけ付つけ、鬪たゝ戰かひを挑いどみ、白しら刃はを揮ふり
し、徒いたづらに虚こく空うをば斫きりまする程ほどに、風かぜは習しふ々〳〵と音おとを立たてゝ彼かれが不ふか覺くを嘲あざける風ふぜ情い。かくて互たがひに衝ついつ撃うっつの折をりから、おひ〳〵多たに人ん數ず馳はせ加くははり、左さい右ふに別わかれて戰たゝかふ處ところへ、領と主のが見みえさせられ、左さ右うなく引ひき別わけと相あひ成なりました。
いや、私わたくしが參まゐった頃ころには、敵てきの下げに人んと御ごけ家らい來し衆ゅとがもう既すでに戰たゝかうてをりました。それを引ひき分わけうとて拔ぬ劍きましたる途とた端んに、彼あのチッバルトの我がむ武し者ゃめが劍けんを拔ぬいて駈かけ付つけ、鬪たゝ戰かひを挑いどみ、白しら刃はを揮ふりし、徒いたづらに虚こく空うをば斫きりまする程ほどに、風かぜは習しふ々〳〵と音おとを立たてゝ彼かれが不ふか覺くを嘲あざける風ふぜ情い。かくて互たがひに衝ついつ撃うっつの折をりから、おひ〳〵多たに人ん數ず馳はせ加くははり、左さい右ふに別わかれて戰たゝかふ處ところへ、領と主のが見みえさせられ、左さ右うなく引ひき別わけと相あひ成なりました。モン妻 おゝ、ロミオは何ど處こに？︵ベンーリオーに︶今け日ふそなた逢あはしましたか？ 此この騷さう動どうに關かゝ係りあうてゐなんだは、ま、何なによりも喜よろこばしい。
ーリオーに︶今け日ふそなた逢あはしましたか？ 此この騷さう動どうに關かゝ係りあうてゐなんだは、ま、何なによりも喜よろこばしい。ベン さア、今け朝さ、東ひがしの金きんの窓まどから朝あさ日ひか影げのまだ覗のぞきませぬ頃ころ、胸むねの悶もだへを慰なぐさめませうと、郊かう外ぐわいに出でましたところ、市まちからは西にしに當あたる、とある楓かへでの杜もり蔭かげに、見みれば、其そ樣んな早あさ朝まだきに、御ごし子そ息くが歩あるいてござる、近ちかづけば、それと見みて取とり、忽たちまちのうちに杜もりの繁しげみへ。人ひと目めを避さくるは相あひ身みた互がひ、浮うき世よを煩うるさう思おもふ折をりには、身みひ一とつでさへも多おほいくらゐ、強あながち同つ志れを追おはずともと、只たゞもう己おのが心こゝろの後あとをのみ追おうて、人ひと目めを避さくる其その人ひとをば此こち方らからも避さけました。
さア、今け朝さ、東ひがしの金きんの窓まどから朝あさ日ひか影げのまだ覗のぞきませぬ頃ころ、胸むねの悶もだへを慰なぐさめませうと、郊かう外ぐわいに出でましたところ、市まちからは西にしに當あたる、とある楓かへでの杜もり蔭かげに、見みれば、其そ樣んな早あさ朝まだきに、御ごし子そ息くが歩あるいてござる、近ちかづけば、それと見みて取とり、忽たちまちのうちに杜もりの繁しげみへ。人ひと目めを避さくるは相あひ身みた互がひ、浮うき世よを煩うるさう思おもふ折をりには、身みひ一とつでさへも多おほいくらゐ、強あながち同つ志れを追おはずともと、只たゞもう己おのが心こゝろの後あとをのみ追おうて、人ひと目めを避さくる其その人ひとをば此こち方らからも避さけました。モン長 げに、幾いく朝あさも〳〵、未まだ乾ひぬ露つゆに涙なみだを置おき添そへ、雲くもには吐とい息きの雲くもを加くはへて、彷うろ徨ついてゐるのを見み掛かけたとか。されども遠とほい東ひん方がしの、曙あけ姫ぼのひめの寢ねど所ころから、あの活いき々〳〵した太たい陽やうが小をぐ昏らい帳とばりを開あけかくれば、重おもい心こゝろの倅せがれめは其その明あかるさから迯にげ戻もどり、窓まどを閉とぢ、日ひを嫌きらうて、我われから夜よるをば製つくりをる。良よい分ふん別べつをして此この病やまひの根ねを絶たたねば、一定ぢゃう、忌いまはしい不ふし祥ゃうの基もとゐ。
ベン で叔父上 には其 根 を御 ぞんじでござりますか？
でモン長 いや、知 りもせねば、知 らせもせぬわい。
ベン 質問 して御覽 じたことがござりますか？
モン長 予わしはもとより、親したしい誰たれ彼かれにも探さぐらせたれども、倅せがれめは、只たゞもう其その胸むねの内うちに、何なに事ごとをも祕ひし隱かくして、いっかな餘よじ人んには知しらせぬゆゑ、探さぐることも發みい見だすことも出で來きぬ有あり樣さま――それが身みの爲ためにならぬのは知しれてあれど――可いた憐いけな蕾つぼみの其そのうるはしい花はな瓣びらが、風かぜにも開ひらかず、日ひ光にもまだ照てり映はえぬうちに、意いぢ地わ惡るの螟あを蛉むしめにあさましう食はまれてしまふやうに。彼あれが愁なげ歎きの源もとさへ知しれゝば、直すぐにも療れい治ぢしたう思おもふのぢゃが。
ベン あれ、あそこへロミオどのが。お避はづしなされませ。私わたくしが聞きゝ質たゞして見みませう。どうしても拒こばまッしゃらうかも知しれぬが。
あれ、あそこへロミオどのが。お避はづしなされませ。私わたくしが聞きゝ質たゞして見みませう。どうしても拒こばまッしゃらうかも知しれぬが。モン長 それが首尾 よう自白 けさせる役 に立 てばよいが。……奧 、さ、參 らう。
モンタギュー夫婦 入 る。ロミオ近 づく。
ベン や、お早 うござる。
や、おロミオ そんなに早 うござるか？
ベン 今 九時 を打 ったばかり。
ロミオ あゝ／＼、味氣無 い時間 は長 い。……今 急 いで去 んだは予 の父 でござったか？
ベン いかにも。どういふ味氣 ない事 があって、時 を長 いとは被言 る？
いかにも。どういふロミオ 得 れば時 が短 うなるが、其物 が得 られぬゆゑ。
ベン 戀 ぢゃな？
︵此このあたりも、一問もん、一答たふこと〴〵く口パン合ニン式グしきの警けい句くにして、到たう底てい、原げん語ごど通ほりには譯やくしがたきゆゑ、義ぎや譯くとす。︶
ロミオ 人 の爲 に……
ベン 戀人 の爲 に？
ロミオ 戀 ひ焦 るゝ效 もなく、其人 の爲 に蔑視 まれて。
ベン やれ／＼、柔和 しらしう見 ゆる彼 の戀 めが、そんな酷 いことや手荒 いことをしますか？
やれ／＼、ロミオ あゝ〳〵！ 戀こひめは始しゞ終ゅう目めか隱くしをしてゐて、目めは無なけれども存ぞん分ぶん其その的まとをば射いとめをる！……え、何ど處こで食しょ事くじをしようぞ？……︵四あた下りを見して︶あゝ〳〵！ こりゃまア何なんといふ淺あさましい騷さう擾ぜう？ いや、其その仔しさ細いはお言いやるには及およばぬ、殘のこらず聞きいた。是これ皆みな憎にくいが原もととは言いへ、可かは愛ゆいにも深ふかい〳〵縁えんがある……すれば是こりゃ憎にくみながらの可かは愛ゆさ！ 可かは愛ゆいながらの憎にくさといふもの！ 無むから出でた有うぢゃ！ 悲かなしい戲たはぶれ、沈しづんだ浮うは氣き、目めや易すい醜みにくさ、重おもい羽は毛ね、白しろい煤すゝ、冷つめたい火ひ、健すこ康やかな病びゃ體うたい、醒さめた眠ねむり！ あゝ、有ありのまゝとは同おなじでない物もの！ 恰ちょうど其その樣やうな切せつない戀こひを感かんじながら、戀こひの誠まことをば感かんぜぬ切せつなさ！……何なんで笑わらふンぢゃ？
して︶あゝ〳〵！ こりゃまア何なんといふ淺あさましい騷さう擾ぜう？ いや、其その仔しさ細いはお言いやるには及およばぬ、殘のこらず聞きいた。是これ皆みな憎にくいが原もととは言いへ、可かは愛ゆいにも深ふかい〳〵縁えんがある……すれば是こりゃ憎にくみながらの可かは愛ゆさ！ 可かは愛ゆいながらの憎にくさといふもの！ 無むから出でた有うぢゃ！ 悲かなしい戲たはぶれ、沈しづんだ浮うは氣き、目めや易すい醜みにくさ、重おもい羽は毛ね、白しろい煤すゝ、冷つめたい火ひ、健すこ康やかな病びゃ體うたい、醒さめた眠ねむり！ あゝ、有ありのまゝとは同おなじでない物もの！ 恰ちょうど其その樣やうな切せつない戀こひを感かんじながら、戀こひの誠まことをば感かんぜぬ切せつなさ！……何なんで笑わらふンぢゃ？
（斯 くの如 き對照式 の綺語 ――技巧的 な比喩語 ――を竝 ぶることはシェークスピヤの青年期 にはイギリス文壇 の流行 なりしなり。以下 にも同例 多 し。）
ベン 何 の、泣 いてゐるぢゃ。
ロミオ 泣 くとは、何故 に？
ベン その歎 きを思 ひやって。
そのロミオ はて、それは深しん切せつの爲しす過ごし。いっそ迷めい惑わく。おのが心しん痛つうばかりでも心しん臟ざうが痛いたうなるのに、足き下みまでが泣ないてくりゃると、一段だんと胸むねが迫せまる。足き下みの同どう情じゃうは多おほ過すぎる予わしの悲かな痛しみに、只たゞ悲かな痛しみを添そへるばかり。戀こひは溜ため息いきの蒸ゆ氣げに立たつ濃こい煙けむり、激げきしては眼めの裡うちに火ひば花なを散ちらし、窮きうしては涙なみだの雨あめを以もって大おほ海うみの水みか量さをも増ます。さて其その外ほかでは、何なんであらうか？ 性しゃ根うねの亂みだれぬ亂らん心しん……息いきの根ねをも杜とむる苦にがい物もの。……命いのちを砂さと糖うづ漬けにする程ほどの甘あまい物もの。さらば。
ベン まったり！ 一しょに行 かう。予 を棄 てゝ行 くとはひどい。
まったり！ 一しょにロミオ とうに棄 てゝしまうた身 ぢゃ。予 は爰 にはゐぬ、これはロミオでは無 い、ロミオは何處 か他所 にゐよう。
ベン いや、眞實 の白状 をなされ、こなたが戀 ひ慕 ふ人 とは誰 れぢゃ？
いや、ロミオ 白状 せいとは、予 に拷問 の苦痛 をさせうとてか？
ベン 拷問 ！ 何 の、只 まッすぐに自白 なされといふのぢゃ。
ロミオ はて、それは病びゃ人うにんの遺ゆゐ言ごんを白はく状じゃうと呼よぶやうなもの、わるい上うへにわるい異いみ名ゃう！ が、白はく状じゃうせう、予わしには戀こひ女をんながある。
ベン 戀 と睨 んだ時 に、それ程 は見拔 いてゐた。
ロミオ ても偉 い射手 ぢゃの！ そして其 女 は誰 れが目 にも立 つ美人 。
ベン 目 に立 つ的 ならば、射落 すことは容易 からう。
ロミオ はて、其その覘ねらひは外はづれた。戀キュ愛ーピ神ッドの弱よわ弓ゆみでは射いお落とされぬ女をんなぢゃ。處ダイ女ヤ神ナの徳とくを具そなへ、貞てい操さうの鐵てつの鎧よろひに身みを固かためて、戀こひの稚をさない孱へろ弱〳〵矢やなぞでは些いさ小ゝかの手てき創ずをも負おはぬ女をんな。言いひ寄よる語ことばに圍かこまれても、戀こひする眼まなこに襲おそはれても、いっかな心こゝろを動うごかさぬ、賢けん人じんを墮だら落くさする黄こが金ねにも前まへ垂だれをば擴ひろげぬ。おゝ、限かぎりない美うつくしさには富とみながら、其その美うつくしさは只たゞ一代だい限かぎり、死しねば種たねまでも盡つくるとは、貧しが乏ない〳〵運うん命めい！
ベン では其 女 は嫁入 はせぬと誓 うたのぢゃな？
ではロミオ いかにも。其その物もの吝をしみが甚いかい損そん失しつ。折せっ角かくの美うつくしさも、其その偏へん屈くつゆゑに餓うゑ死じにをして、其その美うつくしさを子しそ孫んには能よう傳つたへぬ。美うつくしうて、賢かしこうて、予わしを思おもひ死じにさする程ほどに賢かし過こすぎた美びじ人んゆゑ、恐おそらくは冥みゃ利うりが盡つき、よもや天てん國ごくへは登のぼれまい。彼あ女れが戀こひはせぬと誓ちかうたゝめ、予わしは斯かうして物ものを言いうてゐるものゝ、生いきながら死しんでゐるのぢゃ。
ベン ま、予 の言 ふことを聽 いて、其 女 をばお忘 れなされ。
ま、ロミオ おゝ！ 教 へてくれい、どうしたら忘 れられるか？
ベン もッと目 に自由 を與 へて、あちこちの他 の美人 を見 たらよからう。
もッとロミオ 他ほかのと較くらぶれば彌いよ
彼あ女れをば絶ぜつ美びぢゃと言いはねばならぬことになる。美びじ人んの額ひたひに觸ふるゝ彼あの幸しあ福はせな假め面んどもは、孰どれも黒くろ々〴〵と製つくってはあれど、それが却かへって其その底そこの白しろい面かほを思おも出ひださする。目めを失なくした男をとこが、其その失なくした目めといふ寶たからをば忘わすれぬ例ためし。如ど何んな拔ばつ群くんな美びじ人んをお見みせあっても、それは只たゞ其その拔ばつ群くんな美びをも拔ぬく拔ばつ群くんな美びじ人んを思おも出ひださす備おぼ忘えち帳ゃうに過すぎぬであらう。さらば。忘わするゝ法はふを教をしふることは足き下みの力ちからでは出で來きぬ。
彼あ女れをば絶ぜつ美びぢゃと言いはねばならぬことになる。美びじ人んの額ひたひに觸ふるゝ彼あの幸しあ福はせな假め面んどもは、孰どれも黒くろ々〴〵と製つくってはあれど、それが却かへって其その底そこの白しろい面かほを思おも出ひださする。目めを失なくした男をとこが、其その失なくした目めといふ寶たからをば忘わすれぬ例ためし。如ど何んな拔ばつ群くんな美びじ人んをお見みせあっても、それは只たゞ其その拔ばつ群くんな美びをも拔ぬく拔ばつ群くんな美びじ人んを思おも出ひださす備おぼ忘えち帳ゃうに過すぎぬであらう。さらば。忘わするゝ法はふを教をしふることは足き下みの力ちからでは出で來きぬ。ベン 教 へかたの不足 は其中 に償 はう、借 りたまゝでは死 ぬまいぞ。
二ふた人りともに入はひる。
第だい二場ぢゃう 同どう處しょ。街がい上じゃう。
カピューレット長者 を先 に、年若 き貴公子 パリス（下人 一人 從 いて）出 る。
カピ長 モンタギューとても右 同樣 の懲罰 にて謹愼 を仰附 けられた。したが、吾々 老人 に取 っては、平和 を守 ることはさまで困難 しうはあるまいでござる。
パリス 何 れも名譽 の家柄 であらせらるゝに、久 しう確執 をなされたはお氣 の毒 な儀 でござった。時 に、吾等 が申入 れた事 の御返答 は？
カピ長 先せん度ど申まうした通とほりを繰くり返かへすまでゞござる。何なに分ぶんにも世せけ間ん知らず、まだ十四よ度どとは年としの變かは移り目めをば見みぬ女むすめ、せめてもう二ふた夏なつの榮わか枯ばおちばを見みせいでは、適とし齡ごろとも思おもひかねます。
パリス 姫 よりも若 うて、見事 、母親 になってゐるのがござるのに。
カピ長 いや、速はやう成なるものは速はやう壞くづるゝ。末すゑの頼たのみを皆みな枯からし、只たゞ一ひと粒つぶだけ殘のこった種た子ね、此この土よで頼たのもしいは彼あ兒ればかりでござる。さりながら、パリスどの、先まづ言いひ寄よって女むすめの心こゝろをば動うごかしめされ。彼あ女れの諾いな否やが肝かん腎じん、吾われ等らの意こゝ志ろは添そへ物もの、女むすめが諾うけひく上うへは吾われ等らの承しょ諾うだくは其その取しゅ捨しゃの外ほかには出でませぬ。今こよ宵ひ、家かれ例いに因より、宴えん會くわいを催もよふしまして、日ひご頃ろ別べっ懇こんの方かた々〴〵を多おほ勢ぜい客まろ人うどに招まねきましたが、貴こな下たが其その組くみに加くははらせらるゝは一段だんと吾わが家やの面めん目もくにござる。今こよ宵ひ、陋らう屋をくにて、地ちを蹈ふむ明みょ星うじゃうが群むれ輝かゞやき、暗やみ天ぞらをさへも明あかるう照てらすを御ごら覽んあれ。譬たとへば、緩なま漫のろい冬ふゆの後しりへに華はなやかな春はるめが來くるのを見みて、血けっ氣きさ壯かんな若わかい手てあ合ひが感かんずるやうな樂たのしさ、愉こゝ快ろよさを、蕾つぼみの花はなの少をと女めらと立たち交まじらうて、今こよ宵ひ我わが家やで領りゃうせられませうず。悉こと〴〵く聽きき、悉こと〴〵く視みて、さて後のちに最いっち價ねう値ちのあるのを取とらッしゃれ。熟とくと觀みらるゝと、女むすめも其その一ひと人りとして數かずには入はひってゐても、勘かん定ぢゃうには入はひらぬかも知しれぬ。さゝ、一しょにござれ。……︵下人に︶やい、汝そちはローナ中ぢゅうを駈かけって︵書附を渡し︶爰こゝに名なま前への書かいてある人ひと達たちを見み附つけて、今こよ宵ひ我わが邸やしきで懇ねんごろに御ごじ入ゅら來いをお待まち申まうすと言いへ。
ローナ中ぢゅうを駈かけって︵書附を渡し︶爰こゝに名なま前への書かいてある人ひと達たちを見み附つけて、今こよ宵ひ我わが邸やしきで懇ねんごろに御ごじ入ゅら來いをお待まち申まうすと言いへ。
カピューレット長者 とパリスと入 る。
下人 こゝに名なま前への書かいてある人ひと達たちを見み附つけい！ えゝと、靴くつ屋やは尺ものさしで稼かせげか、裁した縫て師やは足あし型かたで稼かせげ、漁れふ夫しは筆ふでで稼かせげ、畫ゑか工きは網あみで稼かせげと書かいてあるわい。こゝに名なま前への書かいてある人ひと達たちを見み附つけて來こいと言いひ附つかったが、書かき手てが如どの何や樣うな名なま前へを書かきをったやら、こりゃ一向かうに見み附つからぬわい。學もの者しりの處ところへ往ゆかにゃならぬ。……︵一方を見て︶お、ちょうどよい。
ベンーリオー先 にロミオ從 いて出 る。
ーリオーベン 馬ば鹿かな！ そこがそれ、火ひは火ひで壓おさへられ、苦くは苦くで減げんぜられる例ためしぢゃ。逆ぎゃくに囘ま轉はると目めが眩まうたのが癒なほり、死しぬる程ほどの哀かな愁しみも別べつの哀かな愁しみがあると忘わすれらるゝ。新あたらしい毒どくを目めに染しませて舊ふるい毒どくを拔ぬくがよい。
馬ば鹿かな！ そこがそれ、火ひは火ひで壓おさへられ、苦くは苦くで減げんぜられる例ためしぢゃ。逆ぎゃくに囘ま轉はると目めが眩まうたのが癒なほり、死しぬる程ほどの哀かな愁しみも別べつの哀かな愁しみがあると忘わすれらるゝ。新あたらしい毒どくを目めに染しませて舊ふるい毒どくを拔ぬくがよい。ロミオ それには車前草 が一ち好 からう。
ベン それとは？
それとは？ロミオ 脛 の傷 には。
ベン ローミオー、貴下 は氣 が狂 うたのか？
ローミオー、ロミオ 氣きは狂ちがはぬが、狂きち人がひよりも辛つらい境きゃ界うがい……牢らう獄ごくに鎖とぢ込こめられ、食しょくを斷たたれ、笞むちうたれ、苛かし責ゃくせられ……︵下人の近づいたのを見て︶や、機きげ嫌んよう。
下人 はい、御機嫌 ようござりませ。旦那 は能 う讀 まッしゃりますか？
ロミオ いかにも……不幸 に逢 ふて、身 の不運 を解 むわい。
下人 はて、その樣 な事 は書 が無 くても知 れましょ。いや、眼 で讀 むものをば讀 まッしゃりますかと聞 きますのぢゃ。
ロミオ さア、其 文字 や其 言語 を知 ってをればなう。
下人 正直 なことを言 はっしゃる。御機嫌 ようござらっしゃりませ！
ロミオ まて／＼、讀 めるわい。
マーチノー殿どの、同じく夫おく人がた及および令むず孃めご方がた。アンセルム伯はく、同おなじく美うつきしき令いも妹とご達がた。
トルーオー殿どの後こう室しつ。
プラセンシオー殿どの、同おなじく可かれ憐んなる姪めひ御ごた達ち。マーキューシオー、同おなじく舍しゃ弟てい
レンタイン。
叔を父ぢ御ごカピューレット殿どの、同おなじく夫ふじ人ん、同おなじく令むす孃めご達がた。麗うるはしき姪めひのローザライン。リヤ。
レンシオー殿どの、同おなじく令をひ甥ごチッバルト。リューシオー及および快くわ活いくわつなるヘレナ。
トルーオー殿どの後こう室しつ。
プラセンシオー殿どの、同おなじく可かれ憐んなる姪めひ御ごた達ち。マーキューシオー、同おなじく舍しゃ弟ていレンタイン。
叔を父ぢ御ごカピューレット殿どの、同おなじく夫ふじ人ん、同おなじく令むす孃めご達がた。麗うるはしき姪めひのローザライン。リヤ。
レンシオー殿どの、同おなじく令をひ甥ごチッバルト。リューシオー及および快くわ活いくわつなるヘレナ。
下人 えゝ、あの……
ロミオ え、あの夜會 にか？
下人 手前方 へ。
ロミオ 手前方 とは？
下人 主人方 へ。
ロミオ いかさま、それを眞先 に問 ふべきであった。
下人 問とはっしゃらいでも申まうしませう。手てま前へ主しゅ人じんはカピューレット長ちゃ者うじゃでござります。若もし貴こな下たがモンタギュー家けの方かたでござらっしゃらぬならば、來わせて酒さか杯づきを取とらッしゃりませ。御ごき機げ嫌んようござりませう！
ベン 其そのカピューレットの例れい會くわいに、足き下みの戀こひ慕したふローザラインが、此このローナで評ひゃ判うばんのあらゆる美びじ人んた達ちと同どう席せきするは良よい都つが合ふぢゃ。そこへ往いて、昏くらまぬ目めで、予わしが見みする或ある顏かほとローザラインのとをお見みく比らべあったら、白はく鳥てうと思おもうてござったのが鴉からすのやうにも見みえうぞ。
其そのカピューレットの例れい會くわいに、足き下みの戀こひ慕したふローザラインが、此このローナで評ひゃ判うばんのあらゆる美びじ人んた達ちと同どう席せきするは良よい都つが合ふぢゃ。そこへ往いて、昏くらまぬ目めで、予わしが見みする或ある顏かほとローザラインのとをお見みく比らべあったら、白はく鳥てうと思おもうてござったのが鴉からすのやうにも見みえうぞ。ロミオ 信しん仰かうの堅かたい此この眼まなこに、假かりにも其その樣やうな不ふし信んじ心んが起おこるならば、涙なみだは炎ほのほとも變かはりをれ！ 何なん度ど溺おぼれても死しにをらぬ此この明すき透とほる異げだ端うめ、を言いうた科とがで火ひあ刑ぶりにせられをれ！ 何なんぢゃ、予わしの戀こひ人びとよりも美うつくしい！ 何なにもかも見みと通ほしの太たい陽やうでも、現この世よ創はじまって以この來かた、又またとは彼あれ女ほ程どの女をなごをば見みなんだのぢゃ。
を言いうた科とがで火ひあ刑ぶりにせられをれ！ 何なんぢゃ、予わしの戀こひ人びとよりも美うつくしい！ 何なにもかも見みと通ほしの太たい陽やうでも、現この世よ創はじまって以この來かた、又またとは彼あれ女ほ程どの女をなごをば見みなんだのぢゃ。ベン さ、傍わきに誰たれも居ゐず、右みぎの目めにも左ひだりの目めにもローザラインばかりを懸かけ較くらべておゐやった時ときには、美うつくしうも見みえつらうが、其その水すゐ晶しゃうの秤はか皿りざらに、今こよ宵ひ予わしが見みする或ある目めざましい美びじ人んを懸かけて、さて後のちに、其その戀こひ姫びめどのと貫くわ目んめを較くらべて御ごら覽うじたなら、今いまは最いっち善よう見みゆるのが最もは早や善ようは見みえまいぞや。
さ、傍わきに誰たれも居ゐず、右みぎの目めにも左ひだりの目めにもローザラインばかりを懸かけ較くらべておゐやった時ときには、美うつくしうも見みえつらうが、其その水すゐ晶しゃうの秤はか皿りざらに、今こよ宵ひ予わしが見みする或ある目めざましい美びじ人んを懸かけて、さて後のちに、其その戀こひ姫びめどのと貫くわ目んめを較くらべて御ごら覽うじたなら、今いまは最いっち善よう見みゆるのが最もは早や善ようは見みえまいぞや。ロミオ それを見 たうは無 けれど、自分 のゝ美麗 さを見 ようために、一しょに往 かう。
二ふた人りと共も入はひる。
第だい三場ぢゃう 同どう處しょ。カピューレットの一室しつ。
カピューレット夫人 を先 に、乳母 從 いて出 る。
カピ妻 乳母 よ、女 は何處 にゐます？ 呼 んでくりゃれ。
乳母 はれま、十二の年としの清しゃ淨うじ潔ゃう白けっぱくを賭かけますがな、ござれと善よう言いうておいたに。……︵奧に向ひて︶もしえ、羊こひ兒つじさん！ もしえ、姫ひめ鳥どりさん！……鶴つる龜かめ々／々＼！……あのお兒こは何ど處こへ往ゆかッしゃったか！……もしえ、ヂュリエットさま！
ヂュリエット出 る。
ヂュリ 何 え！ 呼 びゃるのは誰 れぢゃ？
乳母 お母 さまぢゃ。
ヂュリ はい、母 さま。何御用 ？
カピ妻 用ようとは斯かうぢゃ。乳う母ばや、ちっとの間ま退は席づしてたも、内ない密しょうの話はなしぢゃによって。……いや〳〵、乳う母ば、戻もどりゃ、一ひと通ゝほり聽きいておいて貰もらうたはうがよかった。知しっての通とほり、女むすめの齡としも喃なう、既もうおひ〳〵適とし齡ごろぢゃ。
乳母 はい／＼、存 じてをりますとも、孃 さまの年齡 なら、何時間 と言 ふことまで。
カピ妻 まだ眞實 の十四にはなりませぬ。
乳母 ならっしゃりませぬとも、此この齒はを十四本ほん賭かけますがな……と言いうても、其その十四本ほんが、ほんに〳〵、もう只たった四本ほんしかござりませぬわい。……初はつ穗ほま節つり︵八朔︶までは最も早う幾いく日かでござりますえ？
カピ妻 二週間 と零餘 が幾 らか。
乳母 零はし餘たが如ど何うあらうと、一年ねん三百六十日にちの中うちで、初はつ穗ほま節つりの夜よるになれば、恰ちゃうどお十四にならッしゃります。スーザンと孃ぢゃうとは……南な無むあみだぶ……同おない齡どしでござりました。スーザンは神かみ樣さまのお傍そばに居をりまする、私わたくしには過すぎた奴やつでござりましたが。……それはさうと、只たゞ今いま申まうしました通とほり、初はつ穗ほま節つりの夜よるになると、恰ちゃうどお十四にならッしゃります、大だい丈ぢゃ夫うぶでござります、はい、善よう記おぼえて居をりまする。地ぢし震んがあってから恰ちゃうど最も早う十一年ねん目め……忘わすれもしませぬ……一年ねん三百六十日にちの中うちで、はい、其その日ひに乳ちば離なれをなされました。妾わたしが乳ちゝ首くびへ苦にが艾よもぎを塗まぶって鳩はと小ご舍やの壁かべ際ぎはで日ひな向たぼっこりをして……殿との樣さまと貴こな下たはマンチュアにござらしゃりました……いや、まだ〳〵耄ぼきゃしませぬ。それはさうと、只たゞ今いまも申まうしました通とほり、妾わたしの乳ちゝの尖さ所きの苦にが艾よもぎを嘗なめさっしゃると、苦にがいので、阿あは呆うどのがむづかって、乳ちゝをなァ憎にくがって！ すると鳩はと小ご舍やが、がた〳〵〳〵。わしに出でて行ゆけといふにゃ及およばんと思おもうてゐたのに。……それから既もう十一年ねん、其その時ときになァ單ひと身りだ立ちをさっしゃりましたぢゃ、いや、眞ほんの事こと、彼あっ方ちこ此っ方ちと駈かけらッしゃって、恰ちゃうど其その前まえの日ひに小こび額たひに怪け我がさッしゃって……其その時とき亡や夫どが……南なむ無やん安やう養か界い！ 面おも白しろい人ひとでなァ……孃ぢゃうを抱だき起おこして﹁これ、俯うつ向むきに轉こ倒ろばしゃったな？ 今いまに一もっ段と怜りこ悧うも者のにならッしゃると、仰あふ向むけに轉こ倒ろばっしゃらう、なァ、孃いと？﹂と言いふとな、ま、いかなこと、此このお兒こがいの、ふいと啼なき止やまっしゃって、﹁唯あい﹂ぢゃといの。︵笑ふ︶戲じゃ談うだんが今いまとなって眞ほんの事ことになったと思おもふと！ ほんに〳〵、千年ねん生いきたとても、これが忘わすれられることかいな。﹁仰あふ向むけに轉こ倒ろばっしゃらう、なァ、孃いと﹂と言いふと、阿あは呆うどのが啼なき止だまって、﹁唯あい﹂ぢゃといの。︵笑ふ︶
らッしゃって、恰ちゃうど其その前まえの日ひに小こび額たひに怪け我がさッしゃって……其その時とき亡や夫どが……南なむ無やん安やう養か界い！ 面おも白しろい人ひとでなァ……孃ぢゃうを抱だき起おこして﹁これ、俯うつ向むきに轉こ倒ろばしゃったな？ 今いまに一もっ段と怜りこ悧うも者のにならッしゃると、仰あふ向むけに轉こ倒ろばっしゃらう、なァ、孃いと？﹂と言いふとな、ま、いかなこと、此このお兒こがいの、ふいと啼なき止やまっしゃって、﹁唯あい﹂ぢゃといの。︵笑ふ︶戲じゃ談うだんが今いまとなって眞ほんの事ことになったと思おもふと！ ほんに〳〵、千年ねん生いきたとても、これが忘わすれられることかいな。﹁仰あふ向むけに轉こ倒ろばっしゃらう、なァ、孃いと﹂と言いふと、阿あは呆うどのが啼なき止だまって、﹁唯あい﹂ぢゃといの。︵笑ふ︶カピ妻 もうよう、もうよい、お默 り。
乳母 はい〳〵、默だまりまする、でもな、笑わらはいではをられませぬ、啼なくのを止やめて、﹁唯あい﹂と言いはッしゃったと思おもふと。でもな、眞ほん實たうに小こび額たひの處ところに雛ひよ鷄っこのお睾きん丸たま程ほどの大おほきな腫こ瘤ぶが出で來きましたぞや、危あぶないことよの、それで甚きつう啼なき入いらッしゃった。亡や夫どが﹁これ、俯うつ向むきに轉こ倒ろばしゃったか？ 今いまに適とし齡ごろにならッしゃると仰あふ向むけに轉こ倒ろばッしゃらう、なァ、孃いと？﹂といふとな、啼なき止だまって﹁唯あい﹂ぢゃといの。︵笑ふ︶。
ヂュリ そして汝 も默 りゃ。默 ってたも、と言 へば。
乳母 はい〳〵、もうしまひました。南なむ無みょ冥う加があらせたまへ！ 多おほ勢ぜい育そだてた嬰あか兒さんの中うちで最いっち可いた憐いけであったはお前まへぢゃ。其そのお前まへの御ごこ婚んれ禮いを見みることが出で來くれば、予わしの本ほん望まうでござります。
カピ妻 さ、其その婚こん禮れいの事ことを話はなさうとしたのぢゃ。むすめよ、そもじは婚こん禮れいがしたいか、どうぢゃ？
ヂュリ 其樣 な名譽事 は、わしゃまだ夢 にも思 ふてゐぬ。
乳母 ま、名譽事 といの！ わしばかりが乳 を献 げたので無 かったなら、其 智慧 は乳 から入 ったとも言 ひませうずに。
カピ妻 ならば、今いま、よう思おもふて見みや、そもじよりも年とし下したの姫ひめ御ご前ぜで、とうに、此このローナで、母はゝ親おやにおなりゃったのもある。わしも、今いま思おもへば、そもじと同おなじ程ほどの年とし齡ごろに嫁よめ入いって、そもじを生まうけました。摘つまんで言いへば、斯かうぢゃ、あのパリス殿どのがそもじを内うち室かたにしたいといの。
ローナで、母はゝ親おやにおなりゃったのもある。わしも、今いま思おもへば、そもじと同おなじ程ほどの年とし齡ごろに嫁よめ入いって、そもじを生まうけました。摘つまんで言いへば、斯かうぢゃ、あのパリス殿どのがそもじを内うち室かたにしたいといの。乳母 ま、あのよな！ 姫ひいさまえ、あのよなお方かた、世せか界いぢ中ゅうの女をな衆ごしゅが……ほんに奇きれ麗いな、蝋らう細ざい工く見みたやうな。
カピ妻 此 ローナに夏 が來 ても、あのやうな花 は咲 かぬ。
ローナに乳母 ほんとに花 ぢゃ、眞實 の活 きた花 ぢゃ。
夫人 どうぞいの、あのやうなお方かたを可い愛としいと思おもはぬか？ 今こよ宵ひの宴えん會くわいには彼あの方かたも見みゆる筈はず、パリス殿どのの顏かほといふ一ひと卷まきの書ふみを善よう讀よんで、美びの筆ふでで物ものしてある懷なつかしい意い味みをば味あぢはや。顏かほ中ぢゅうのどこも〳〵釣つり合あひが善よう取とれて、何なに一ひとつ不ふそ足くはないが、萬まん一にも、呑のみ込こめぬ不ふし審んがあったら、傍わき註ちゅうほどに物ものを言いふ眼めつ附きを見みや。したが、此この戀こひの一ひと卷まきに只たゞ一ひとつ足たらはぬことゝいふは、表おも紙てがみがまだ附つかず、美うつくしう綴とぢても無ない。魚うをはまだ沖おき中なかにぢゃ。總そうじて内うちの美びを韜つゝむは外ほかの美びの身みの譽ほまれ、金きん玉ぎょくの物もの語がたりを金きんの鈎はさ子みがねに抱だかすれば、誰たが目めにも立りっ派ぱな寶たか物らもの。彼かの君きみの有もたせます限かぎりの物ものがそもじのとなることゆゑ、嫁よめ入いりしやればとて、其そな方たに何なんの損そんも無ないのぢゃ。
乳母 損 どころかいな！ 女子 は男 ゆゑに肥 りますわいの。
カピ妻 さ、ちゃッと言 や、パリス殿 をお好 きゃることが出來 るか？
ヂュリ さア、好すいても見みませう、見みて好すかるゝものなら。とはいへ、わたしの目めの矢やご頃ろは、母はゝさまのお許ゆるしをば限かぎりにして、それより強きつうは射い込こまぬやうにいたしませう。
下人 お方かたさま、お客きゃ人くじんも渡わたらせられ、御ごぜ膳ん部ぶも出でました、貴こな下たをばお召めし、姫ひいさまをばお尋たづね、乳おん母ばどのはお庖だい厨どころで大おほ小こゞ言と、何なにもかも大おほ紛らん亂ちき。小わた僕くしめはこれからお給きふ仕じに參まゐらにゃなりませぬ。すぐにいらせられませい。
カピ妻 すぐ行 こ。（下人入 る）……ヂュリエットや、さ、若伯 が待 ってぢゃ。
乳母 さ、早 う往 て、嬉 しい晝 に嬉 しい夜 をば添 へさっしゃれ。
皆みな々〳〵入はひる。
第だい四場ぢゃう 同どう處しょ。街がい上じゃう。
國くわ巡いこ禮くじゅんれいに假かさ裝うしたるロミオを先さきに、マーキューシオー、ベンーリオー、おの〳〵思おもひ〳〵の假かさ裝う、他ほかに五六人にん、いづれも道だう外けたる假かめ面んを携たづさへ、炬たい火まつ持もち、太たい鼓こが係ゝり等とう、多おほ勢ぜいひきつれて出でる。
ロミオ 何 と、例 の通 りに斷口上 を言 うて入場 ったものか、但 しは無 しにせうか？
ベン あのやうな冗あく繁どいことは最も早う流は行やらぬ。肩かた飾かけで目めか飾くしをしたキューピッドに彩さい色しきした韃だっ靼たん形がたの小こゆ弓みを持もたせて、案か山ゞ子しのやうに、娘むす達めたちを追おひさするのは最も早う陳ふるい。それから後こう見けんに附つけて貰もらうて、覺おぼ束つか無なげに例れいの入にふ場ぢゃうの長つら白ねを述のべるのも嬉うれしう無ない。先さ方きが如ど何う思おもはうとも、此こっ方ちは此こっ方ちで、思おもふ存ぞん分ぶんに踊をどりぬいて還かへらう。
あのやうな冗あく繁どいことは最も早う流は行やらぬ。肩かた飾かけで目めか飾くしをしたキューピッドに彩さい色しきした韃だっ靼たん形がたの小こゆ弓みを持もたせて、案か山ゞ子しのやうに、娘むす達めたちを追おひさするのは最も早う陳ふるい。それから後こう見けんに附つけて貰もらうて、覺おぼ束つか無なげに例れいの入にふ場ぢゃうの長つら白ねを述のべるのも嬉うれしう無ない。先さ方きが如ど何う思おもはうとも、此こっ方ちは此こっ方ちで、思おもふ存ぞん分ぶんに踊をどりぬいて還かへらう。ロミオ ︵炬火持に對ひ︶俺おれに炬たい火まつを與くれい。俺おれには迚とても浮うかれた眞ま似ねは出で來きぬ。餘あんまり氣きが重おもいによって、寧いっそ明あかるいものを持もたう。
マーキュ いや／＼、ロミオどん、是非 とも足下 を踊 らせねばならぬ。
ロミオ いや〳〵、滅めっ相さうな。足き下みの舞をど踏りぐ靴つの底そこは輕かるいが、予わしの心こゝろの底そこは鉛なまりのやうに重おもいによって、踊をどることはおろか、歩あるきたうもない。
マーキュ はて、足下 は戀人 ではないか？ すればキューピッドの翼 でも借 りて、鴉 や鳶 のやうに翔 ったがよからう。
ロミオ 彼あい奴つの箭やさ先きかゝってゐるゆゑ、翼はねを借かりたとても翔かけられぬわい、鳶とびや鴉からすのやうにも飛とべず、悲かなしい思おもひに繋つながれてゐるゆゑ、鷹たかのやうに高たかうも飛とべぬ。戀こひの重おも荷にに壓おし伏つけらるゝばかりぢゃ。
マーキュ 何 ぢゃ、壓伏 ける？ あの戀 に重荷 を？ さりとは温柔 しい者 を慘酷 しう扱 うたものぢゃ。
ロミオ なに、戀こひを温や柔さしい？ 温や柔さしいどころか、粗がさ暴つな殘あら忍けない者ものぢゃ。荊いば棘らのやうに人ひとの心むねを刺さすわい。
マーキュ はて、戀こひめが殘あら忍けないことをすれば、此こ方ちからも殘あら忍けなうしたがよい。刺さしをったら、此こっ方ちからも刺さして、壓へこ倒ましたがよい。︵從者を顧みて︶……面つらを隱かくす假め面んを與くれ。
ベン さア／＼、敲戸 いて入 ったり。入 ったらば、直 一しょに踊 り出 さうぞよ。
さア／＼、ロミオ ︵從者にむかひ︶俺おれには炬たい火まつを與くれ。氣きの輕かるい陽やう氣きな手てあ合ひは、舞をど踏りぐ靴つの踵かゝとで澤たん山と無むか感んか覺くな燈とう心しん草ぐさを擽こそぐったがよい。俺おれは、祖ぢゝ父いの訓をし言へど通ほり、蝋らう燭そく持もちをして高たか見みの見けん物ぶつ。﹁好よい目めが出でた時とき、中や止めるは老く巧ろ者と﹂ぢゃ。
（舞踏室 又 は客室 の床上 に刈 り集 めたるばかりの燈心草 （藺 ）を敷 きしは當時 の上流 の習 はしなり。）
マーキュ へん﹁黒くろい鼠ねずみ﹂と來くりゃ夜よま警は吏りの定きま文りも句んくぢゃが、もしも足き下みが﹁黒くろ馬うま﹂なら、﹁沼ぬま﹂からではなく、はて、恐おほ惶それながら、足き下みが首くびッたけ沒はまってゐる戀こひの淵ふち樣さまから引ひき上あげてもやらうに。……︵皆々に對ひ︶おい、どうした？ こりゃ晝ひるの炬たい火まつぢゃわ。︵むだな費つひえぢゃ。︶
ロミオ 何 の其樣 なことが。
マーキュ はて、斯かう愚ぐ圖ずついてゐるのは、晝ひる間ま炬たい火まつを燃つけてゐるも同どう然ぜんと言いふのぢゃ。これ、善よい意い味みに取とりゃれ。五智ちに只たゞ一度どッきりといふのが分ふん別べつ智ちぢゃが、善よい意い味みの事ことになら、分ふん別べつ智ちが常つねに五度ども働はたらく。
ロミオ さア、會 へ行 かうとはわるい意味 でもなからう、が、行 くのは智慧者 の所爲 ではない。
マーキュ とは何故 に？
ロミオ 昨夜 予 は夢 を見 た。
マーキュ 俺 も見 た。
ロミオ そして足下 の夢 は？
マーキュ 空想家 は囈言 や空言 を言 ふのが癖 ぢゃといふことを。
ロミオ 囈言 や空言 の中 にも動 かぬ眞理 が籠 ってゐる。
マーキュ おゝ、それならば、あの、足き下みは昨ゆう夜べはマブ媛ひめ︵夢妖精︶とお臥ねやったな！ 彼あい奴つは妄もう想ざうを産うまする産さん婆ばぢゃ、町まち年どし寄よりの指ゆび輪わに光ひかる瑪めな瑙うだ玉まよりも小ちひさい姿すがたで、芥けし子つ粒ぶの一群ぐんに車くるまを牽ひかせて、眠ねぶってゐる人にん間げんの鼻はな柱ばしらを横よこ切ぎりをる。其その車くるまの輻やは手てな長が蜘ぐ蛛もの脛すね、天てん蓋がいは蝗いな蟲ごの翼はね、※むながい﹇＃﹁革＋引﹂、40-5﹈は姫ひめ蜘ぐ蛛もの絲いと、頸くび輪わは水みづのやうな月つきの光ひか線り、鞭むちは蟋こほ蟀ろぎの骨ほね、其その革かは紐ひもは豆まめの薄うす膜かは、御ぎょ者しゃは懶ぶし惰ゃうな婢はしための指ゆび頭さきから發ほじ掘りだす彼かの圓まる蟲むしといふ奴やつの半はん分ぶんがたも無ない鼠ねず裝みし束ゃうぞくの小ちひさい羽はむ蟲し、車しゃ體たいは榛はしばみの實みの殼から、それをば太おほ古むかしから妖すだ精まの車くる工ましと定きまってゐる栗り鼠すと
とが製つくりをった。さて、此この樣やうな行ぎゃ裝うさうで、彼きゃ奴つが毎まい夜よ々／々＼、戀こひ人びと共どもの頭あた腦まの中なかを馳かけると、それが忽たちまち種さま々〴〵の夢ゆめとなる。廷てい臣しんの膝ひざを走はしれば平へい身しん低てい頭とうの夢ゆめとなり、代だい言げん人にんの指ゆびを走はしれば忽たちまち謝しゃ金きんの夢ゆめとなり、美びじ人んの唇くちびるを走はしれば忽たちまち接キッ吻スの夢ゆめとなる。……其その唇くちびるを、時ときとすると、マブめ、腹はらを立たって水みづ腫ぶくれに爛たゞれさせをる、息いきが香にほ菓ひぐ子わしで臭くさいからぢゃ。或あるひはまた廷てい臣しんの鼻はなの上うへを走はしる、と叙ぢょ任にんを嗅かぎ出だす夢ゆめを見みる、或あるひは獻をさ納めぶ豚たの尻しっ尾ぽの毛けで牧ぼく師しの鼻はなを擽こそぐると、僧ばうずめ、寺じり領ゃうが殖ふえたと見みる。或あるひは兵へい卒そつの頸くび筋すぢ元もとを駈かける、すると敵てきの首くびを取とる夢ゆめやら、攻のっ略とりやら、伏ふせ兵ぜいやら、西イス班パニ牙アの名めい劍けんやら、底そこ拔ぬけの祝しゅ盃くはいやら、途とた端んに耳みゝ元もとで陣ぢん太だい鼓こ、飛とび上あがる、目めを覺さます、おびえ駭おどろいて、一ひと言こと二ふた言こと祈いのりをする、又また就ね眠いる。乃ない至しは眞まよ夜な中かに馬うまの鬣たてがみを紛こぐ糾らからせ、又または懶ぶし惰ゃう女をんなの頭かみ髮のけを滅めち茶ゃめ滅ち茶ゃに縺もつれさせて、解とけたら不ふか幸うの前ぜん兆てうぢゃ、なぞと氣きを揉もまするもマブが惡いた戲づら。或あるひは娘むす共めどもが仰あふ向むけに臥ねてゐる時じぶ分んに、上うへから無むし上ゃうに壓おさ迫へつけて、つい忍がま耐んする癖くせを附つけ、難なんなく強つは者ものにしてのくるも彼きゃ奴つの業わざ。乃ない至しは……
とが製つくりをった。さて、此この樣やうな行ぎゃ裝うさうで、彼きゃ奴つが毎まい夜よ々／々＼、戀こひ人びと共どもの頭あた腦まの中なかを馳かけると、それが忽たちまち種さま々〴〵の夢ゆめとなる。廷てい臣しんの膝ひざを走はしれば平へい身しん低てい頭とうの夢ゆめとなり、代だい言げん人にんの指ゆびを走はしれば忽たちまち謝しゃ金きんの夢ゆめとなり、美びじ人んの唇くちびるを走はしれば忽たちまち接キッ吻スの夢ゆめとなる。……其その唇くちびるを、時ときとすると、マブめ、腹はらを立たって水みづ腫ぶくれに爛たゞれさせをる、息いきが香にほ菓ひぐ子わしで臭くさいからぢゃ。或あるひはまた廷てい臣しんの鼻はなの上うへを走はしる、と叙ぢょ任にんを嗅かぎ出だす夢ゆめを見みる、或あるひは獻をさ納めぶ豚たの尻しっ尾ぽの毛けで牧ぼく師しの鼻はなを擽こそぐると、僧ばうずめ、寺じり領ゃうが殖ふえたと見みる。或あるひは兵へい卒そつの頸くび筋すぢ元もとを駈かける、すると敵てきの首くびを取とる夢ゆめやら、攻のっ略とりやら、伏ふせ兵ぜいやら、西イス班パニ牙アの名めい劍けんやら、底そこ拔ぬけの祝しゅ盃くはいやら、途とた端んに耳みゝ元もとで陣ぢん太だい鼓こ、飛とび上あがる、目めを覺さます、おびえ駭おどろいて、一ひと言こと二ふた言こと祈いのりをする、又また就ね眠いる。乃ない至しは眞まよ夜な中かに馬うまの鬣たてがみを紛こぐ糾らからせ、又または懶ぶし惰ゃう女をんなの頭かみ髮のけを滅めち茶ゃめ滅ち茶ゃに縺もつれさせて、解とけたら不ふか幸うの前ぜん兆てうぢゃ、なぞと氣きを揉もまするもマブが惡いた戲づら。或あるひは娘むす共めどもが仰あふ向むけに臥ねてゐる時じぶ分んに、上うへから無むし上ゃうに壓おさ迫へつけて、つい忍がま耐んする癖くせを附つけ、難なんなく強つは者ものにしてのくるも彼きゃ奴つの業わざ。乃ない至しは……ロミオ しッ／＼、もう止 めた、止 めた！ 足下 は意義 もないことをばかりお言 やる。
マーキュ さもさうず、夢ゆめの話はなしぢゃ。夢ゆめは空くう想さうの兒こで、役やくに立たたぬ腦なうから生うまるゝ。そも〳〵空くう想さうは、空くう氣きよりも仄ほのかなもので、今いまは北ほっ國こくの結こほ氷りに言いひ寄よるかと思おもへば、忽たちまち腹はらを立たてゝ吹ふき變かはって、南みなみの露つゆに心こゝろを寄よするといふ其その風かぜよりも浮うは氣きなものぢゃ。
ベン 其その風かぜに似にた浮うかれ話ばなしに、大だい分ぶんの時ときが潰つぶれた。ようせぬと、夜やく會わいが果はてゝ、時とき後おくれになってしまはう。
其その風かぜに似にた浮うかれ話ばなしに、大だい分ぶんの時ときが潰つぶれた。ようせぬと、夜やく會わいが果はてゝ、時とき後おくれになってしまはう。ロミオ ︵獨語のやうに︶俺おれはまた早はやまりはせぬかと思おもふ。運うんの星ほしに懸かゝってある或さる怖おそろしい宿しゅ命くめいが、今こよ宵ひの宴えんに端はしを開ひらいて、世よに倦うみ果はてた我わが命めい數すうを、非ひご業ふむ無ざ慚んの最さい期ごによって、絶たたうとするのではないか知しらぬ。とはいへ、一生しゃうの航ふな路ぢをば一ひとへに神かみに任まかした此この身み！……︵一同に對ひ︶さ、さ、元げん氣きな人ひと達たち。
ベン 打 て、太鼓 を。
一同どう揃そろうて入はひる。
第だい五場ぢゃう 同どう處しょ。カピューレット邸ていの廣ひろ間ま。
甲給仕 ポトパンは何處 へ往 せた？ かたづける手傳 ひをしをらぬ。かたづけ役 の癖 に！ 拭役 の癖 に！
乙給仕 饗應 の式作法 一切 を、一人 や二人 の、洗 ひもせぬ手 でしてのくるやうでは、穢 いことぢゃ。
甲給仕 疊たゝ椅みい子すを彼あっ方ちへ、膳ぜん棚だなもかたづけて。よしか、其その皿さらも頼たのんだ。おいおい、杏あん菓ずぐ子わしを一ひと片きれだけ取とっ除といてくりゃ。それから足おぬ下し、深しん切せつがあるなら、門もん番ばんにさう言いうて、スーザンとネルを入はひらせてくりゃ。︵奧に向つて﹇＃﹁向つて﹂はママ﹈︶……アントニー！ ポトパン！
丙（ポトパン）と丁（アントニー）と出 で來 る。
丙 唯 、こゝにゐるわい。
甲給仕 足おぬ下しをば、大おほ廣びろ間まで、最さっ前きから呼ばってぢゃ、探さがしてぢゃ、尋たづしてぢゃ。
してぢゃ。丁 さう彼あッ方ちこ此ッ方ちに居をることは出で來きんわ。︵一同に對ひ︶ささ、働はたらいた働はたらいた。暫ちっ時とのまぢゃ、働はたらいた〳〵。さうして長なが生いきすりゃ持もち丸まる長ちゃ者うじゃぢゃ。
一同どうかたづけながら入はひる。
カピューレット長ちゃ者うじゃを先さきに、ヂュリエット及および同どう族ぞくの者もの多おほ勢ぜい一方ぱうより出いで、他たは方うより出いで來きたる賓ひん客きゃくの男なん女にょ及およびロミオ、マーキューシオー等ら假かさ裝うし者ゃの一群ぐんを迎むかふる。
カピ長 ︵ロミオの一群に︶ようこそ、方かた々〴〵！ 肉ま刺めで患なやんで居をらん婦ふじ人んは、何いづれも喜よろこんで舞お踏あ敵ひ手てになりませうわい。……︵婦人連に對ひ︶あァ、はァ、姫ひめ御ご前ぜたち！ 舞を踏どるを否いやぢゃと被おし言ゃる仁ひとがあるか？ 品ひん取どって舞を踏どらッしゃらぬ仁ひとは、誓せい文もん、肉ま刺めが出で來きてゐるンぢゃらう。何なんと圖づぼ星しであらうが？……︵ロミオらに對ひ︶ようこそ！ 吾われ等らとても假め面んを被つけて、美びじ人んの耳みみへ氣きに入いりさうな話はなしを囁さゝやいたこともござったが、あゝ、それは既もう過むか去しぢゃ、遠とほい〳〵過むか去しぢゃ。……方かた々〴〵、ようこそ來わせられた……︵樂人を顧みて︶さゝ、樂がく人じん共ども、はじめい。……︵一同に對ひ︶開ひらいた〳〵！ つゝと開ひらいて、さゝ、舞を踏どったり、娘むす達めたち。
もっと燭あか火しを持もて、家けら來いど共も！ 食テー卓ブルを疊たゝんでしまうて、爐ろの火ひを消けせ、餘あまり室ざし内きが熱あつうなったわ。……あゝ、こりゃ思おもひがけん好よい慰なぐ樂さみであったわい。……︵同族の一老人に對ひて︶いや、叔を父ぢ御ご、まま腰こしを下おろしめされ、貴こな下たも予わしも最も早う舞ダン踏スじ時だ代いを過すごしてしまうた。お互たがひに假め面んを着つけて以この來かた、もう何なん年ねんにならうかの？
カピ叔 大丈夫 、三十年 ぢゃ。
カピ長 何なんと被おし言ゃる！ まさかに然さほ程どではない、まさかに。リューセンシオーの婚こん禮れい以いら來いぢゃによって、すぐ鼻はなの先さきにペンテコスト︵祭日︶が來きたとして、二十五年ねん、あの時をりに被か假ぶ面ったのぢゃ。
カピ叔 いや、もそっと經たつ、もそっと。彼あれの倅せがれがもそっと年としを取とってをる。もう三十ぢゃ。
カピ長 確 とさやうか？ あの倅 には、つい二年程前 かたまでは、後見人 が附 いてをった。
ロミオ （傍の給仕に對ひて）あの武家 と手 を取 りあうてござる彼 姫 は何誰 ぢゃ？
給仕 小僕 は存 じませぬ。
ロミオ おゝ、あの姫ひめの美あて麗やかさで、輝かゞやく燭とも火しびが又また一段だんと輝かゞやくわい！ 夜よるの頬ほゝに照てり映はゆる彼あの姫ひめが風ふぜ情いは、宛さな然がら黒エシ人オツ種プの耳みゝ元もとに希きた代いの寶はう玉ぎょくが懸かゝったやう、使つかはうには餘あまり勿もっ體たい無なく、下げか界いの物ものとしては餘あまり靈い妙みじい！ あゝ、あの姫ひめが餘よの女をん共などもに立たち交まじらうてゐるのは、雪ゆきはづかしい白しら鳩はとが鴉からすの群むれに降おりたやう。此この一ひと舞をど踏りが濟すんだなら、姫ひめの居ゐど處ころに目めを着つけ、此この賤いやしい手てを、彼あの君きみの玉ぎょ手くしゅに觸ふれ、せめてもの男をと冥こみ利ゃうりにせう。あゝ、俺おれは今いままでに戀こひをしたか？ やい、眼まなこよ、せなんだと誓せい言ごんせい！ 今こん夜やといふ今こん夜やまでは、眞まことの美びじ人んをば見みなんだわい。
チッバ あの聲こわ音ねはモンタギュー家けの奴やつに相さう違ゐない。……︵從者に對ひ︶予よが細ほ刃そ劍みを持もて。……何なんぢゃ？ 下げす司やっ奴こめが、道だう外け假め面んに面おもてを隱かくして、此この祝しゅ典くてんを蹈ふみ附つけにしようとは不ふら埓ちぢゃ！ カピューレットの正しゃ統うとうたる權けん利りを以もって、彼きゃ奴つめをば打ぶち殺ころしても、俺おれゃ罪ざい惡あくとは思おもはぬわい。
カピ長 はて、甥 よ、何 としたのぢゃ！ おぬしは何 で其樣 に息卷 くのぢゃ？
チッバ 叔父上 、あれは敵方 のモンタギューでござる。今夜 の祝典 を辱 めん惡意 を抱 いて來 をったのでござる。
カピ長 年若 のロミオではないか？
チッバ でござる、そのロミオ奴 でござる。
カピ長 まゝ、堪かん忍にんして、放うち任すてゝおきゃれ、立りっ派ぱな紳しん士しらしう立たち振ふる舞まうてをる上うへに、實じつを言いへば、日ひご頃ろローナが、徳とくもあり行ぎゃ状うじゃうもよい若わか者ものと自じま慢んの種たねにしてゐるロミオぢゃ。全ぜん市しの富とみに易かへても、我わが家やで危きが害いを加くはへたうない。ぢゃによって、堪かん忍にんして見みぬ介ふりをしてゐやれ。これは予よの意い志しぢゃ、予よを重おもんじておくりゃらば、顏がん色しょくを麗うるはしうし、其そのむづかしい貌かほを止やめておくりゃれ。祝いは宴ひも最な中かに不ふに似あ合ひぢゃわい。
ローナが、徳とくもあり行ぎゃ状うじゃうもよい若わか者ものと自じま慢んの種たねにしてゐるロミオぢゃ。全ぜん市しの富とみに易かへても、我わが家やで危きが害いを加くはへたうない。ぢゃによって、堪かん忍にんして見みぬ介ふりをしてゐやれ。これは予よの意い志しぢゃ、予よを重おもんじておくりゃらば、顏がん色しょくを麗うるはしうし、其そのむづかしい貌かほを止やめておくりゃれ。祝いは宴ひも最な中かに不ふに似あ合ひぢゃわい。チッバ いや、不似合 でござらん、あんな奴 が居 るからは。堪忍 はなりませぬ。
カピ長 はて、堪かん忍にんせにゃなりませぬ。これさ、どうしたもの！ せにゃならぬといふに。これさ〳〵、こゝの主ある長じは乃お公れでは無ないか？ 汝おぬしか？ さゝゝ。汝おぬしが堪かん忍にんならん！ はれやれ、汝おぬしは來らい賓ひん中ちゅうに大おほ鬪げん爭くわを起おこさせうぞよ！ 大おほ騷さう動どうを爲し出で來かさうわい！ えゝ、汝おぬしのやうなのが、その！
チッバ でも、これは耻辱 でござる。
カピ長 さゝゝ、沒わか分らん曉をと漢こぢゃ。確しかと然さや樣うか？ 其その樣やうなことをすれば身みだ爲めになるまい。……すれば、何なんぢゃな、では乃お公れの命いふ令ことを聽きかぬ！ はて、今いまが時ときぢゃ。……︵來賓の方に向ひて︶よう〳〵、出で來きた！︵又チッバルトに對ひ︶向むか不うみ見ずにも程ほどがあるわさ、さゝ。はて、靜しづかに、若もし……︵從者を顧みて︶もそっと燭あか火しを持もて、燭あか火しを！……︵又チッバルトに對ひ︶どうしたものぢゃ！ 是ぜ非ひとも靜しづかにして貰もらはう。……︵來らい賓ひんに對むかひ︶陽やう氣きに〳〵！
チッバ 無むり理わう往じゃ生うの堪かん忍にんと持もち前まへの癇かん癪しゃくとの出で逢あひがしらで、挨あい拶さつの反そりが合あはぬゆゑ、肉から體だぢ中ゅうが顫ふる動へるわい。引ひき退さがらう。併しかし今いまこそ甘あまったるう見みえてをる汝うぬが今こん夜やの推すゐ參さんに、やがて苦にがい味あぢを見みせてくれうぞ。
チッバルト入 る。
此間 にロミオは假面 のまゝ、巡禮姿 のまゝにてヂュリエットに近 づき、膝 まづきて恭 しく其 手 を取 る。
ロミオ 此 賤 しい手 で尊 い御堂 を汚 したを罪 とあらば、面 を赧 うした二人 の巡禮 、此 唇 めの接觸 を以 て、粗 い手 の穢 した痕 を滑 かに淨 めませう。
ヂュリ 巡じゅ禮んれいどの、作さは法ふに善よう合かなうた御ごし信んか仰うぢゃに、其その樣やうにおッしゃッては、其そのお手てに甚いかァい氣きの毒どく。聖せい者じゃがたにも御み手てはある、其その御み手てに觸ふるゝのが巡じゅ禮んれいの接キ吻ッ禮スとやら。
ロミオ でも聖者 にも唇 があり、巡禮 にも唇 がござりまする。
ヂュリ さア、それはお祈願 だけに用 ふるもの。
ロミオ おゝ、いでさらば、我わが聖せい者じゃよ、手ての爲なす所わ爲ざを唇くちびるに爲なさしめたまへ。唇くちびるが祈いのりまする、聽ゆるしたまへ、さもなくば、信しん心じんも破やぶれ、心こゝろも亂みだれまする。
ヂュリ 切 なる祈願 の心 は酌 んでも、動 かぬのが聖者 の心 。
ロミオ では、お動 きなされな、祈願 の御報 をいたゞきます。
と接吻 する。
ヂュリ では、其 罪 は妾 の唇 へ移 りましたのかえ？
ロミオ 何なに、わたしの罪つみが移うつった？ おゝ、嬉うれしうもお咎とがめなされた！ では、其その罪つみを戻もどして下くだされ。
と又 接吻 する。
ヂュリ ても、まア、御均等 な。
乳母 姫 さま、お母 さまがお話 がありますといな。
これにてヂュリエット離 るゝ。
ロミオ あの方 の母御 とは、何誰 ぢゃ？
乳母 はて、お若わかい方かた、母はゝ御ごさ樣まは此このお邸やしきの内おか室たさまぢゃがな、よいお仁ひとで、御ごは發つめ明いな、御ごて貞いせ節つな。わしは、今いま貴こな下たが話はなしてござらしゃった孃ぢゃうさまを育そだてました。もしえ、あの子こを手てに入いれさッしゃるお仁ひとは、澤たん山と々／々＼貨ちん幣からにありつきますぞや。
ロミオ ではカピューレットの女 か？ おゝ、怖 しい勘定狂 はせ！ 俺 の命 はこりゃもう敵 からの借物 ぢゃわ。
ーリオーベン さア、歸 らう／＼。娯樂 はもう頂點 ぢゃ。
さア、ロミオ なるほど、さうらしい。（獨語のやうに）なりゃこそ彌 心 が不安 になる。
カピ長 あ、いや、方かた々〴〵、お歸かへり支じた度くをなされな。粗そま末つな點ごだ心んながら、只たゞ今いま準よう備いち中ゅうでござる。︵皆々代る〴〵長者に近づきて、小聲に挨拶して歸りゆく︶……でござるか？ はて、然しからば、何いづれも忝かたじけなうござった。かたじけなうござる。御ごき機げ嫌んようござりませ。……︵從者に向ひ︶もそっと燭あか火しを持もて、こゝへ！……︵賓客を送り果てゝ、家人の方に向ひ︶さゝ、此この上うへは、寢ねやう〳〵。あゝ、こりゃ、とんと夜よが更ふけたわ。どりゃ俺おれも休やすまう。
ヂュリ 乳母 、こゝへ來 や。あのお方 は誰 れ？
乳母 タイビリオーさまのお嗣子 でござります。
ヂュリ 今 戸口 から出 てゆかうとしてゐるのは誰 れ？
乳母 さいな、ペトルーチオーさまの若樣 でござりましょ。
ヂュリ あの方 は、ありゃ誰 れ？ その後 から行 かッしゃる……ありゃ踊 らなんだ人 ぢゃ。
乳母 存 じませぬ。
ヂュリ さ、往 て、問 うて來 や。……
もしも婚禮 が濟 んだお方 なら、墓 が予 の新床 とならうも知 れぬ。
乳母 名 はロミオと言 うて、お邸 とは敵 どうしのモンタギュー家 の若 ぢゃといな。
ヂュリ ︵獨語的に︶類たぐ無ひないわが戀こひが、類たぐひないわが憎にく怨しみから生うまれるとは！ とも知しらで早はやう見み知しり、然さうと知しった時ときはもう晩おそ蒔まき！ あさましい因いん果ぐわな戀こひ、憎にくい敵かたきをば可かは愛ゆいと思おもはにゃならぬ。
乳母 何 ぢゃいな、それは？ 何 を言 うてござる？
ヂュリ 歌 ぢゃ……今 がた一しょに舞踏 った人 に教 へて貰 うた歌 ぢゃ。
乳母 はい〳〵、只たゞ今いま！……さゝ、參まゐりましょ。お客きゃ人くじんは皆みなもう歸かへってしまはッしゃれた。
ヂュリエットを促 して入 る。
［＃改ページ］第二幕
序詞役 扨 も老 いにたる情慾 は方 に最期 の床 に眠 りて、
うら若わかき戀れん情じゃうが其その跡あとを襲つぐべく起おき出いづる。
曾かつては憧あこがれて、爲ために死しなんとまで呻うめきつる其その美びぢ女ょも
今いまの目めには美うつくしとも見みえず、ヂュリエット姫ひめに比くらべては。
かくて戀こひつ戀こはれつ、二ふた人りは一樣やうに色いろに迷まよへり、
然しかはあれど、歎かこ顏ちがほに、敵かたきの子こに言いひ寄よる辛つらさ、
女をんなもまた鉤つりばりより戀こひの甘あま餌ゑさを盜ぬすむ怖おそろしさ。
敵かたきどしなれば誓かね約ごとをも世よの人ひと並なみには告つげがたく、
姫ひめも同おなじ思おもひながら、逢あふべき傳つ手ては更さらに少すくなし。
さもあれ、情じゃ火うくわは力ちからを、時ときは便びん宜ぎを與あたへければ、
限かぎりなき危あやふさの中うちに、二ふた人りは限かぎりなく嬉うれしく逢あへり。
序じょ詞しや役く入はひる。
第だい一場じゃう
第だい一場じゃう ローナ。カピューレット邸ていの庭てい園ゑんの石いし垣がきに沿そへる小こみ逕ち。
ロミオ出 る。
ロミオ 心しん臟ざうが此こ處ゝに殘のこってゐるのに、何なんで歸かへることが出で來きようぞい？ 鈍どんな土つち塊くれめ、引ひッ返かへして、おのが中たま心しひを搜さがしをれ。
ベン
ーリオーとマーキューシオーと出る。ベン ローミオー！ ロミオどの！ ローミオー！
ローミオー！ ロミオどの！ ローミオー！マーキュ 彼奴 めは怜悧者 ぢゃ、一定 とうに拔駈 して、今頃 は（家 に）臥 てゐるのであらう。
ベン いや〳〵、此こっ方ちへ走はしって來きて、此この石いし垣がきを飛とび越こえた。マーキューシオーどの、呼よんで見みさっしゃい。
いや〳〵、此こっ方ちへ走はしって來きて、此この石いし垣がきを飛とび越こえた。マーキューシオーどの、呼よんで見みさっしゃい。マーキュ いや、序ついでに祈いのり出だして見みよう。……︵呪文の口眞似にて︶ローミオーよ！ 浮うは氣きよ！ 狂きゃ人うじんよ！ 煩ぼん惱なうよ！ 戀こひ人びとよ！ 溜ため息いきの姿すがたにて出しゅ現つげんめされ。たッた一句くをでも宣お言ほせられたならば、小それ生がしは滿まん足ぞくいたす。只たゞ﹁嗚あ呼ゝ﹂とだけ叫さけばっしゃい、たッた一ひと言こと、戀ラヴとか、鳩ダヴとか宣お言ほせられい。此こ方ちの昔むか馴しな染じみのーナス殿どのを美ほめさっしゃい、乃ない至しは盲めん目ないの息むす子こど殿の、例れいのコーフェーチュアの王わうさんが乞こじ食きむ娘すめに惚ほれた時じぶ分んに、見みご事と圖づぼ星しを射い中あてたといふ彼あの弓ゆみ取とりのキューピッドに何なんとか綽あだ號なでも附つけさっしゃい。……聞きこえぬな、動うごかぬな、出でて來こぬな。はて、お猿さるどのは亡なくなられたさうな。こりゃ彌いよ祈いのらねばならぬ。……︵又祈祷の口眞似︶あはれ、ローザラインの彼あの星ほしのやうな眼まみ附つき、あの高たか々〴〵とした額ひたひ、あの眞まっ紅くれなゐの唇くちびる、あの可かは憐ゆらしい足あし、あの眞まっ直すぐな脛すね、あのぶる〳〵と顫ふるへる太ふと股もゝ乃ない至し其その近ちか邊まにある處とこ々ろ〴〵に掛かけて祈いのりまするぞ。速すみやかに御ごし正ゃう體たいを現あらはせられい。
ーナス殿どのを美ほめさっしゃい、乃ない至しは盲めん目ないの息むす子こど殿の、例れいのコーフェーチュアの王わうさんが乞こじ食きむ娘すめに惚ほれた時じぶ分んに、見みご事と圖づぼ星しを射い中あてたといふ彼あの弓ゆみ取とりのキューピッドに何なんとか綽あだ號なでも附つけさっしゃい。……聞きこえぬな、動うごかぬな、出でて來こぬな。はて、お猿さるどのは亡なくなられたさうな。こりゃ彌いよ祈いのらねばならぬ。……︵又祈祷の口眞似︶あはれ、ローザラインの彼あの星ほしのやうな眼まみ附つき、あの高たか々〴〵とした額ひたひ、あの眞まっ紅くれなゐの唇くちびる、あの可かは憐ゆらしい足あし、あの眞まっ直すぐな脛すね、あのぶる〳〵と顫ふるへる太ふと股もゝ乃ない至し其その近ちか邊まにある處とこ々ろ〴〵に掛かけて祈いのりまするぞ。速すみやかに御ごし正ゃう體たいを現あらはせられい。ベン 聞 えたら、腹 を立 たうぞ。
マーキュ 何なんの腹はらを立たたう。若もし戀こひ女をんなの魔まの輪わぢ近かくへ奇おつ異りきな魔まも物のを祈いのり出だして、彼おて女きが調てう伏ぶくしてしまふまで、それを突つッ立たたせておいたならば、それこそ惡てん戲ごうでもあらうけれど、今いまのは正しゃ直うぢ正きし當ゃうたうな呪じゅ文もんぢゃ、彼おて女きの名なを借かりて、ロミオめを祈いのり出ださうとしたまでの事ことぢゃ。
ベン こりゃ何なんでも、木この間まに隱かくれて、夜よつ露ゆと濡ぬれの幕まくという洒しゃ落れであらう。戀こひは盲めくらといふから、闇やみは恰ちょうどお誂あつらへぢゃ。
こりゃ何なんでも、木この間まに隱かくれて、夜よつ露ゆと濡ぬれの幕まくという洒しゃ落れであらう。戀こひは盲めくらといふから、闇やみは恰ちょうどお誂あつらへぢゃ。マーキュ はて、戀こひが盲めくらなら的まとを射い中あてることは出で來きまい。今いま頃ごろはロミオめ、枇び杷わの木こか蔭げに蹲しゃ踞がんで、あゝ、予わしの戀おて人きが、あの娘むす共めどもが内ない密しょで笑わらふ此この枇び杷はのやうならば、何なんのかのと念ねんじて居ゐよう。おゝ、ロミオ、若もし足おぬ下しの戀おて人きが、な、それ、開あけ放っぱなしの何なにとやらで、そして足おぬ下しが彼あ女れの細ほそ長なが林りん檎ごであつたなら！﹇＃﹁あつたなら！﹂はママ﹈ ロミオ、さらば。野のて天んの床とこでは寒さぶうて寢ねられぬ、下げす司ど床こで臥ねよう。さ、往ゆかうか？
ベン では、去 う。見附 けられまいと爲 てゐるものを搜 すのは無要 ぢゃ。
では、
二ふた人りとも入はひる。
第だい二場ぢゃう 同どう處しょ。カピューレット家けの庭てい園ゑん。
ロミオ前 に出 る。
ロミオ 人 の痛手 を嘲 りをる、自身 で創 を負 うたことの無 い奴 は。……
や、待まてよ！ あの窓まどから洩もるゝ光あか明りは？ あれは、東ひが方し、なればヂュリエットは太たい陽やうぢゃ！……あゝ、昇のぼれ、麗うるはしい太たい陽やうよ、そして嫉りん妬きぶ深かい月つきを殺ころせ、彼あい奴つは腰こし元もとの卿そもじの方はうが美うつくしいのを恨くやしがって、あの通とほり、蒼あをざめて居ゐる。あの嫉やき妬もち家やきに奉ほう公こうするのはよしゃれ。彼あい奴つの制しき服せは青あを白じろい可い嫌やな色いろぢゃゆゑ、阿あは呆うの外ほかは誰たれも着きぬ、脱ぬいでしまや。……おゝ、ありゃ姫ひめぢゃ。戀こひ人びとぢゃ！ あゝ、此この情こゝろを知しらせたいなア！……何なにやら言いうてゐる。いや、何なにも言いうてはゐぬ。言いはいでもかまはぬ、あの目めが物ものを言いふ。あの目めへ返へん答たふをせふ。……あゝ、こりゃあんまり厚あつ顏かましかった。俺おれに言いうてゐるのでは無ない。大おほ空ぞら中ぢゅうで最いっち美うつくしい二ふた箇つの星ほしが、何なにか用ようがあって餘よ所そへ行ゆくとて、其その間あひだ代かはって光ひかってくれと姫ひめの眼めに頼たのんだのぢゃな。若もし眼めが星ほしの座ざに直なほり、星ほしが姫ひめの頭つむりに宿やどったら、何なんとあらう！ 姫ひめの頬ほゝの美うつくしさには星ほしも羞はに耻かまうぞ、日にっ光くわうの前まへの燈ランプのやうに。然しかるに天てんへ上のぼった姫ひめの眼めは、大おほ空ぞら中ぢゅうを殘のこる隈くまもなう照てらさうによって、鳥とりどもが晝ひるかと思おもうて、嘸さぞ啼なき立たつることであらう。あれ、頬ほゝを掌てのひらへもたせてゐる！ おゝ、あの頬ほゝに觸ふれようために、あの手てぶ袋くろになりたいなア！
ヂュリ あゝ／＼！
ロミオ 物ものを言いうた。おゝ、今いま一度ど物もの言いうて下くだされ、天てん人にんどの！ さうして高たかい處ところに光ひかり輝かゞやいておゐやる姿すがたは、驚おどろき異あやしんで、後あとへ退さがって、目めを白しろうして見み上あげてゐる人にん間げん共どもの頭とう上じゃうを、翼はねのある天てんの使つかひが、徐しづかに漂たゞよふ雲くもに騎のって、虚こく空うの中たゞ心なかを渡わたってゐるやう！
ヂュリ おゝ、ロミオ、ロミオ！ 何な故ぜ卿おまへはロミオぢゃ！ 父てゝ御ごをも、自じし身んの名なをも棄すてゝしまや。それが否いやならば、せめても予わしの戀こひ人ゞとぢゃと誓せい言ごんして下くだされ。すれば、予わしゃ最も早うカピューレットではない。
ロミオ （傍を向きて）もっと聞 かうか？ すぐ物 を言 はうか？
ヂュリ 名なま前へだけが予わしの敵かたきぢゃ。モンタギューでなうても立りっ派ぱな卿おまへ。モンタギューが何なんぢゃ！ 手てでも、足あしでも、腕かひなでも、面かほでも無ない、人ひとの身みに附ついた物ものではない。おゝ、何なにか他ほかの名なま前へにしや。名なが何なんぢゃ？ 薔ば薇らの花はなは、他ほかの名なで呼よんでも、同おなじやうに善よい香かがする。ロミオとても其その通とほり、ロミオでなうても、名なは棄すてゝも、其その持もち前まへのいみじい、貴たふとい徳とくは殘のこらう。……ロミオどの、おのが有ものでもない名なを棄すてゝ、其その代かはりに、予わしの身みをも、心こゝろをも取とって下くだされ。
ロミオ ︵前へ進みて︶おゝ、取とりませう。言こと葉ばを其その儘まゝ。一ひと言こと、戀こひ人ゞとぢゃと言いうて下くだされ、直すぐにも洗せん禮れいを受うけませう。今け日ふからは最も早うロミオで無ない。
ヂュリ や、誰 れぢゃ、夜 の闇 に包 まれて、内密事 を聞 きゃった其方 は？
ロミオ 名なは何なんと言いうたものか予わしは知しらぬ。なう、我わが聖せい者じゃよ、わが名なは君きみの敵かたきぢゃとあるゆゑ、自じぶ分んながら憎にくうて〳〵、紙かみに書かいてあるものなら、引ひき破やぶってしまひたい。
ヂュリ お前 の言葉 はまだ百言 とは聞 かなんだが、其 聲 には記憶 がある。ロミオどのでは無 いか、モンタギューの？
ロミオ 孰 らでもない、卿 が嫌 ひぢゃと言 やるならば。
ヂュリ ま、どうして此こ處ゝへ？ して、まア何なんの爲ために？ あの石いし垣がきは高たかいゆゑ容たや易すうは攀のぼられぬに、それにお前まへの身みぶ分んは、若もし家うちの者ものが見み附つくれば、忽たちまちお命いのちが無なからうずに。
ロミオ あの石いし垣がきは、戀こひの輕かるい翼つばさで踰こえた。如い何かな鐵てっ壁ぺきも戀こひを遮さへぎることは出で來きぬ。戀こひは欲ほっすれば如どの何や樣うな事ことをも敢あへてするもの。卿そもじの家うちの人ひと達たちとても予わしを止とゞむる力ちからは有もたぬ。
ヂュリ でも見附 くれば殺 しませうぞえ。
ロミオ あゝ、彼かれ等ら十人にん、二十人にんの劍けんよりも、それ、その卿そもじの眼まなこにこそ人ひとを殺ころす力ちからはあれ。唯たゞもう可かは愛ゆい目めをして下くだされ、彼かれ等らに憎にくまれうと何なんの厭いとはう。
ヂュリ 予 ゃ何樣 な事 があっても、お前 をば見附 けさせたうない。
ロミオ 幸さいはひ夜よるの衣ころもを被きてゐる、見み附つけらるゝ筈はずはない。とはいへ卿そもじに愛あいせられずば、立たち地どころに見み附つけられ、憎にくまれて、殺ころされたい、愛あいされぬ苦くるしみを延のばさうより。
ヂュリ 誰 が案内 をしておいでなされた？
ロミオ 戀こひが案しる内べぢゃ。尋たづねて見みい、と眞まっ先さきに促す進ゝめたも戀こひなれば、智ち慧ゑを借かしたも戀こひ、目めを借かしたも戀こひ、予わしは舵かぢ取とりではないけれども、此この樣やうな貨たからを得えようためなら、千里り萬里りの荒あら海うみの、其その先さきの濱はまへでも冐ばう險けんしよう。
ヂュリ 夜よるといふ假め面んを附つけてゐればこそ、でなくば恥はづかしさに此この頬ほゝが眞まっ赤かにならう、今こよ宵ひ言いうたことをついお前まへに聽きかれたゆゑ。予わしとても、體てい裁さいつくり、そなことを言いひはせぬ、と言いひたいは山やま々〳〵なれど、式しきや作さは法ふは、もうおさらば！ もし、予わしを可い愛としう思おもうて下くださるか？﹁唯うん﹂と被おッ言しゃるであらうがな。そして、それをまた實まことと思おもはう。でも誓せい言ごんなどなされると︵却かへって︶心こゝ元ろもとない、戀こひ人ゞとが誓せい言ごんを破やぶるのはヂョーヴ神じんも只たゞ笑わらうてお濟すましなさるといふゆゑ。おゝ、ロミオどの、可い愛としう思おもうて下くださるが實まことなら、其その通とほり誠せい實じつに言いうて下くだされ。それとも、餘あまり手てが輕るう手てに入いったとお思おもひなさるやうならば、故わざと怖こはい貌かほをして、憎にくさうに否いやと言いはう、たとひお言いひ寄よりなされても。さもなくば、世せか界いかけて否いやとは言いはぬ。あゝ、モンタギューどの、このやうに愚おろからしう言いうたなら、わしを蓮はす葉はなともお思おもひなさらうが、巧じゃ妙うずに餘よ所そ々／々＼しう作つくりすます人ひと達たちより、もそッと眞しん實じつな女をな子ごになって見みせう。いゝえ、わしとても、若もし戀こひの祕ない密しょうを聽きかれなんだら、もッと餘よ所そ々／々＼しうしたであらう。ぢゃによって、お恕ゆるしなされ、斯かう速はやう靡なびいたをば浮うは氣きゆゑと思おもうて下くださるな、夜よるの暗やみに油ゆだ斷んして、つい下した心ごゝろを知しられたゝめぢゃ。
ロミオ 姫 よ、あの實 を結 ぶ樹々 の梢 の尖々 をば白銀色 に彩 ってゐるあの月 を誓語 に懸 け……
ヂュリ おゝ、夜毎 に位置 の變 る不貞節 な月 なんぞを誓言 にお懸 けなさるな。お前 の心 が月 のやうに變 るとわるい。
ロミオ では、何 を誓語 に懸 けよう？
ヂュリ 誓せい言ごんには及およびませぬ。若もし又また、誓せい言ごんなさるなら、わたしが神かみ樣さまとも思おもふお前まへの身みをお懸かけなされ、すればお言こと葉ばを信しんじませう。
ロミオ 予 の眞心 が眞實 戀 ひ慕 ふ……
ヂュリ あゝ、もし、誓せい言ごんは、およしなされ。嬉うれしいとは思おもへども、今こよ宵ひすぐに約やく束そくするのは、粗そこ忽つらしうて、無むぶ分んべ別つで、早さっ急きふで、あッといふ間まに消きえる稻いな妻づまのやうで、嬉うれしうない。戀こひしいお人ひと、さよなら！ 此この戀こひの莟つぼみは、皐さつ月きの風かぜに育そだてられて、又また逢あふまでには美うつくしう咲さくであらう。さよなら〳〵！ お前まへの胸むねにも予わしの胸むねにも、なつかしい安あん息そくの宿やどりますやう！
ロミオ すりゃ、これぎりで別 れようといふのか？
ヂュリ では、どうせいと被言 るのぢゃ？
ロミオ 予 の誓言 と取換 に、卿 の眞實 の誓言 が聽 きたい。
ヂュリ わしの誓言 は、さう言 はれぬ前 に、献 げてしまうた。もう一度 献 げらるゝやうであって欲 しい。
ロミオ では、取戻 したいか？ 何 の爲 に？
ヂュリ 有ある限かぎりを改あらためて獻あげうために。とはいへ、それも、畢ひっ竟きゃうは、戀こひしいからのこと、献あげたいと思おもふ心こゝろも海うみ、戀こひしいと思おもふ心こゝろも海うみの、其その底そこは測はかり知しられぬ。献あぐれば献あぐる程ほど、尚なほ戀こひしさの増ますばかりで、どちらにも限かぎりは無ない。
奧おくで何なにやら、かしましい聲こゑがする。戀こひしいお方かた、さよなら……あいあい、乳う母ば、今いますぐに！……モンタギューどの、必かならず渝かはらず。ちょと待まってゝ下くだされ、すぐ又また戻もどって來こう。
ヂュリエット入 る。
ロミオ おゝ、有あり難がたい、かたじけない、何なんといふ嬉うれしい夜よる！ が、夜よるぢゃによって、もしや夢ゆめではないか知しらぬ。現うつゝにしては、餘あんまり嬉うれし過すぎてらしい。
らしい。
ヂュリエット再 び階上 に現 はるゝ。
ヂュリ ロミオどの、もう三みこ言とだけ、それで今こよ宵ひは別わかれませう。これ、お前まへの心こゝろに虚いつ僞はりがなく、まこと夫めを婦とにならう氣きなら、明あ日す才さい覺かくして使つか者ひをば上あげませうほどに、何い日つ、何ど處こで式しきを擧あぐるといふ返へん辭じをして下くだされ、すれば、一生しゃうの運うん命めいをばお前まへの足あし下もとに抛なげ出だして、世せか界いの如ど何んな端はてまでも、わしの殿との御ごとして隨ついてゆきませう。
乳母 （奧にて）姫 さま！
ヂュリ あい、今 すぐに。……したが、萬 一にも正 しうないお心 を有 ってござらば、どうぞ……
乳母 （奧にて）姫 さま！
ヂュリ 今いますぐに行ゆくわいの。……縁えん談だんを斷ふっ然ゝり止やめ、予わしをば勝かっ手てに泣なかして下くだされ。明あ日す使つかひを送あげませうぞ。
ロミオ 後 の生 をも誓言 にかけて……
ヂュリ 千 たびも萬 たびも御機嫌 よう。
ヂュリエット入 る。
ロミオ 千せんたびも萬まんたびも俺おれは機きげ嫌んがわるうなったわ、卿そもじといふ光ひか明りが消きえたによって。戀こひ人ゞとに逢あふ嬉うれしさは、寺てら子こど共もが書しょ物もつに離はなるゝ心こゝ持ろもちと同おなじぢゃが、別わかるゝ時ときの切せつなさは、澁じふ面めんつくる寺てら屋やが通よひぢゃ。
ロミオそろ／＼と退 る。
ヂュリエット又 階上 に現 れて、窃 と口笛 を鳴 らす。
ヂュリエット
ヂュリ hヒiスsトt！ ローミオー！ hヒiスsトt！……おゝ、こちの雄をた鷹かをば呼よび返かへす鷹たか匠じゃうの聲こゑが欲ほしいなア、囚とら人はれの身みゆゑ聲こゑが嗄しゃがれて、高たか々〴〵とは能よう呼よばぬ。さもなかったなら、木こだ魂まひ姫めが臥ねてゐる其その洞ほら穴あなが裂さくる程ほどに、また、あの姫ひめの空うつろな聲こゑが予わしの聲こゑよりも嗄しゃがるゝ程ほどに、ロミオ〳〵と呼よばうものを。
ロミオ や、俺おれの名なを呼よぶは戀こひ人ゞとぢゃ。あゝ、戀こひ人ゞとの夜よるの聲こわ音ねは、白しろ銀がねの鈴すゞのやうにやさしうて、聞きけば聞きくほどなつかしい！
ヂュリ ローミオー！
ロミオ 戀人 か？
ヂュリ 明日 、何時頃 に使 ひを送 げうぞ？
ロミオ 九時 に。
ヂュリ あい、ちがへはせぬ。あゝ、その時ときまでが二十年ねん！ あれ、忘わすれた、何なんでお前まへを呼よび返かへしたのやら？
ロミオ 思 ひ出 しなさるまで、斯 うして此處 に立 ってゐよう。
ヂュリ さうしてゐて欲 しいから、わたしゃ尚 と忘 れませう。一しょにゐたい、といふ事 ばかりは忘 れずに。
ロミオ 予 は又 いつまでも斯 うして此處 に立 ってゐよう、卿 にも忘 れさせ、自分 も此家 の事 の外 は皆 忘 れて。
ヂュリ もう夜よが明あくる。往いんで欲ほしいとは思おもへども、小こと鳥りの脚あしに、氣きま儘ゝむ少す女めが、囚めし人うどの鎖くさりのやうに絲いとを附つけて、ちょと放はなしては引ひき戻もどし、又また飛とばしては引ひき戻もどすがやうに、お前まへを往いなしたうもあるが、惜をしうもある。
ロミオ 卿 の小鳥 になりたいなア！
ヂュリ お前まへを小こと鳥りにしたいなア！ したが、餘あんまり可かは愛ゆがって、つい殺ころしてはならぬゆゑ、もうこれで、さよなら！ さよなら！ あゝ、別わかれといふものは悲かなし懷なつかしいものぢゃ。夜よが明あくるまで、斯かうしてさよならを言いうてゐたい。
ヂュリエット入 る。
ロミオ 卿そもじの目めには安あん眠みんが、卿そもじの胸むねには安あん心しんの宿やどるやう！ あゝ、其その安あん眠みんとも安あん心しんともなって、君きみの美うつくしい胸むねや目めに宿やどりたいなア！……これから上しゃ人うにんの庵いほりへ往いて、今こよ宵ひの仕しあ合はせを話はなした上うへ、何なにかと助ぢょ力りょくを求もとめよう。
ロレンス法師 提籃 を携 へて出 る。
ロレ 灰はひ色いろ目めの旦あしたが顰しか縮めつ面らの夜よるに對むかうて笑ゑめば、光ひか明りの縞しまが東とう方ばうの雲くもを彩いろどり、剥はげかゝる暗やみは、日ひの神かみの火ひの輪わの前まへに、さながら醉ゑひ人どれのやうに蹣よろ跚めく。どりゃ、太ひ陽が其その燃もゆるやうな眼まなこを擧あげて今け日ふの晝ひるを慰なぐさめ、昨さく夜やの濕しっ氣きを乾かわかす前まへに、毒どくある草くさや貴たふとい液しるを出だす花はなどもを摘つんで、吾われ等らの此この籃かごを一杯ぱいにせねばならぬ。萬ばん有いうの母はゝたる大だい地ぢは其その墓はか所どころでもあり、又また其その埋まい葬さう地ちたるものが其その子こぶ宮くろでもある、さて其その子こぶ宮くろより千差さ萬別べつの兒こど供もが生うまれ、其その胸むねをまさぐりて乳ちを吸すふやうに、更さらに何なにか一ひと種くさ宛づゝ靈い妙みじい殊ことなる效かう能のうのある千種しゅ萬種しゅを吸すひ出いだす。あゝ、夥おびたゞしいは草くさや木きや金きん石せきどもの其その本ほん質しつに籠こもれる奇きど特くぢゃ。地ちじ上ゃうに存そんする物ものたる限かぎり、如い何かな惡あしい品しなも何なに等らかの益えきを供きょうせざるは無なく、又また如い何かな善よいものも用よう法はふ正たゞしからざれば其その性せいに悖もとり、圖はからざる弊へいを生しゃうずる習ならひ。美びと徳くも法はふを誤あやまれば惡あく徳とくと化くわし、惡あく徳とくも用よう處しょを得えて威ゐげ嚴んを生しゃうず。此この孱かよ弱わい、幼いと稚けない蕚はなぶさの裡うちに毒どくも宿よどれば藥やく力りきもある、嗅かいでは身から體だぢ中ゅうを慰なぐさむれども、嘗なむるときは心しん臟ざうと共ともに五官くわんを殺ころす。かゝる敵かたきが、植しょ物くぶ界つかいにも、人にん間げん界かいにも、常つねに陣ぢんどって相あひ鬪たゝかふ……仁じん心しんと害がい心しんとが……而しかうして惡あしい方かたが勝かつときは、忽たちまち毒どく蟲むしに取とり附つかれて、其その植しょ物くぶつは枯かれ果はつる。
ロミオ出 る。
ロミオ お早 うござります。
ロレ 冥みゃ加うがあらせたまへ！ 誰たれぢゃ、此この早さう朝てうに、なつかしい其その聲こわ音ねは？ ほう、若わかい癖くせに早はや起おきは、心こゝろに煩わづ悶らひのある證しょ據うこぢゃ。老おいの目めは苦くら勞うに覺さめ勝がち、苦くら勞うの宿やどる處ところには兎とか角く睡すゐ眠みんの宿やどらぬものぢゃが、心こゝろに創きずが無なく腦なうに蟠わだかまりのない若わかい者ものは、手てあ足しを横よこにするや否いなや、好よい心こゝ持ろもちに眠ねむらるゝ筈はずぢゃに、かう早はやう起おきさしゃったは、こりゃ何なにか煩わづ悶らひが無なうてはならぬ。さうでなくば、こちのロミオは、昨ゆう夜べは床とこに就つかなんだのぢゃな。
ロミオ 其通 りでござる、眠 なんだ故 にこそ嬉 しい安心 。
ロレ 神 よ、罪 を赦 させられい！ さてはローザラインと一しょぢゃな！
ロミオ ローザラインと一しょぢゃと被言 るか？ 其 名前 も、其 名前 に伴 ふ悲痛 も、予 ゃ最早 みんな忘 れてしまうた。
ロレ それでこそ好 い子 ぢゃ。すれば、何處 におゐやったのぢゃ？
ロミオ 二度どと問とはれいでも話はなしませう。仇かた敵きの家いへで酒しゅ宴えんの最さい中ちゅう、だまし撃うちに予わしに創きずを負おはした者ものがあったを、此こ方ちからも手てを負おはした。二ふた人りの受うけた創きずは貴こな僧たの藥やく力りきを借かれば治なほる。なう、上しゃ人うにん、予わしは其その敵てきを憎にくみはせぬ、かうして頼たのみに來きたのも、互たがひの身みの爲ためを思おもふからぢゃ。
ロレ はて、明白 と素直 に被言 れ。懺悔 が謎 のやうであると、赦免 も謎 のやうなことにならう。
ロミオ されば明はっ白きりと言いはうが、予わしはカピューレット家けのあの美うつくしい娘むすめを又またと無ない戀こひ人ゞとと定きめてしまうた。予わしが定きめたれば先むか方うもまた其その通とほりに定きめたのでござる。手ては筈ずは皆みな濟すんだ、殘のこるは貴こな僧たに行おこなうて貰もらふ神しん聖せいな式しきばかり。何い時つ、何ど處こで、如ど何うして逢あうて、如ど何う言いひ寄よって、如ど何んな誓せい言ごんをしたかは、歩あるきながら話はなしませうほどに、先まづ承しょ引ういんして下くだされ、今け日ふ婚こん禮れいさすることを。
ロレ 祖そ師しフランシス上しゃ人うにん！ こりゃまた何なんたる變かはりやうぢゃ！ あれほどに戀こひ焦こがれておゐやつた﹇＃﹁おゐやつた﹂はママ﹈ローザラインを最も早う棄すてゝおしまやったか？ されば若わかい手てあ合ひの戀こひは其その心こゝろには宿やどらいで其その眼がん中ちゅうに宿やどると見みえた。Jヂェeシsュuー Mマaリrヤia！ どれほど苦にがい水みづが其その蒼あを白じろい頬ほゝをローザラインの爲ために洗あらうたことやら？ 幾どれ何ほどの鹽しほ辛から水みづを無む用だにしたことやら、今いまは餘なご波りさへもない其その戀こひを味あぢつけうために！ 卿そなたの溜ため息いきはまだ大おほ空ぞらに湯ゆ氣げと立たち昇のぼり、卿そなたの先さき頃ごろの呻うな吟りご聲ゑはまだ此この老おいの耳みゝに鳴なってゐる。それ、まだ其その頬ほゝに古ふるい涙なみだの汚よごれが拭ぬぐはれいで殘のこってある。卿そなたはやはり卿そなたで、あの愁なげ歎きは卿そなたの愁なげ歎きであったなら、それは皆みなローザラインの爲ためであったに、なりゃ、其その心こゝろが變かはったか？ すれば、此この一語ごを唱となへしめ……女をんなは心こゝろの移うつる筈はず、男をと心こごころさへも堅けん固ごにあらず。
ロミオ 貴僧 はローザラインに戀 をすなというて、幾 たびもお叱 りゃったぞよ。
ロレ 戀 をすなではない、溺 るなと言 うたのぢゃ。
ロミオ そして戀 を葬 れと被言 ったぞよ。
ロレ 前 のを墓 に葬 って、別 のを掘出 せとは曾 ぞ言 はぬ。
ロミオ なう、叱しかって下くださるな。此こん度どの女をんなは、此こ方ちで思おもへば、彼あ方ちでも思おもひ、此こ方ちで慕したへば、彼あ方ちでも慕したふ。以さ前きのはさうで無なかった。
ロレ おゝ、それは、卿そなたの戀こひをば、能よう會ゑと得くしてもゐぬことを、只たゞ口くち頭さきで誦よむ類たぐひぢゃと見み拔ぬいてゐた爲ためでもあらう。したが、こゝな浮うは氣きも者の、ま、予わしと一しょに來きやれ、仔しさ細いあって助ぢょ力りきせう、……此この縁えん組ぐみが原もとで兩りゃ家うけの確かく執しつを和わぼ睦くに變かへまいものでもない。
ロミオ おゝ、速 う。早急 に濟 まさにゃならぬ。
ロレ いや、賢 う徐 うぢゃ。馳出 す者 は蹉躓 くわい。
ロレンス先さきに、ロミオ從つひて入はひる。
第だい四場ぢゃう 同どう處しょ。街がい上じゃう。
ベンーリオーとマーキューシオーと出 る。
ーリオーとマーキューシオーとマーキュ ロミオめは何處 へ往 きをったか？ 歸 らなんだか昨夜 は？
ベン うん、父者 の家 へは。家來 に逢 うて聞 いた。
うん、マーキュ はて、あの蒼白 い情無 し女 のローザラインめが散々 に奴 を苦 めるによって、果 は狂人 にもなりかねまいわい。
ベン カピューレットの一族 のチッバルトが、ロミオが父者 へ宛 てゝ、書面 をば送 ったさうな。
カピューレットの一マーキュ 誓文 、決鬪状 であらう。
ベン ロミオは返事 をやるであらう。
ロミオはマーキュ 字 の書 ける程 の者 なら、返事 をせいでか？
ベン いや、しかけられたからは、立合 はうと返事 をせう。
いや、しかけられたからは、マーキュ あゝ、ロミオの奴やつめ、奴やつは最も早う死しんでゐるわい！ あの眞まッ白しろな小あま婦ッちょの黒くろい目めでしてやられた、耳みゝは戀こひ歌かで射いと貫ほされる、心しん臟ざうの眞まッ中たゞ央なかは例れいの盲めく小らこ僧ぞうの彼あの稽けい古こ矢やで打ぶち碎くたかれる。何どうして、あのチッバルトと立たち合あふことなぞが出で來けうぞい。
ベン え、如何 な男 ぢゃチッバルトは？
え、マーキュ 昔むか話しばなしの猫チッ王バルトぢゃと思おもうたら當あてが違ちがはう。見みご事と武ぶし士だ道うの式しき作さは法ふに精せい通つう遊あそばしたお達たつ人じんさまぢゃ。譜ふほ本んで歌うたを唱うたふやうに、時まも距きょ離りも釣つり合あひも違ちがへず、一ひい、二ふうと間まを置おいて、三みッつと言いふ途とた端んに敵あひ手ての胸むな元もとへ貫ずぶ通り、絹きぬ鈕ぼたんをも芋いも刺ざしにしようといふ決けっ鬪とう師しぢゃ。例れいの第だい一條でう、第だい二條でうを口くち癖ぐせにする決けっ鬪とう師しの嫡ちゃ々き〳〵ぢゃ。あゝ、百發ぱつ百中ちゅうの進すゝみ突づきとござい！ 次つぎは逆ぎゃ突くづき？ 參まゐったか突づきとござる！
ベン え、何突 ？
え、マーキュ 白びゃ癩くらい、あのやうな變へん妙めう來らいな、異お樣つに氣き取どった口もの吻いひをしをる奴やつは斃くたばりをれ、陳ちん奮ぷん漢かんめ！ ﹁イエスも照せう覽らんあれ、拔ばっ群くんな劍けん士しでござる！ いや、拔ばっ群くんな丈ます夫らをでござる！﹂ へん、拔ばっ群くんな淫すべ婦たでござるが聞きいて呆あきれるわい。何なんと、お祖ぢ父いさん、情なさ無けない世よの中なかとなったではござらぬか、朝あさから晩ばんまで流りう行かうを仕しい入れまって、口くちさへ開あけば pパaルrドdンoネnnez-モmアois, pパaルrドdンoネnnez-モmアois! 新しん型がたの細ずぼ袴んを穿はかねば、半はん時とき、片へん時しも立たってをられぬ如あゝ是いふ
共あぶどもに惱なやまされねばならぬとは？ おゝ、又またしても bぼoんn! bぼoんn! ぶん〳〵！
って、口くちさへ開あけば pパaルrドdンoネnnez-モmアois, pパaルrドdンoネnnez-モmアois! 新しん型がたの細ずぼ袴んを穿はかねば、半はん時とき、片へん時しも立たってをられぬ如あゝ是いふ共あぶどもに惱なやまされねばならぬとは？ おゝ、又またしても bぼoんn! bぼoんn! ぶん〳〵！
ロミオ出る。
ベン ロミオが來 せた、ロミオが。
ロミオがマーキュ 
を拔ぬかれた鯡にしんの干ひも物のといふ面つら附つきぢゃ。おゝ、にしは、にしは、てもまア憫あさ然ましい魚ぎょ類るゐとはなられたな！ こりゃ最も早うペトラークが得とく意いの戀こひ歌かをお手ての物ものともござらう。ローラなどはロミオが愛ひ姫めに比くらべては山やま出だしの下はし婢ためぢゃ、もっとも、歌うただけはローラが遙はるかに上じゃ等うとうのを作つくって貰もらうた。はて、ダイドーは自じだ墮らく落をん女なで、クレオパトラは赤あか面つらの乞こじ食きを女んな、ヘレンやヒーローは賣ばい女ぢょ、賤せん女ぢょで、シスビは碧あを瞳めだまぢゃ何なんのかのと申まうせども、所しょ詮せんは取とるに足たらぬ。……なうなう、ロミオの君きみ、えへん、bボoンnジjュoーuルr! これはフランス式しきの細ほそ袴ずぼんに對たいしてのフランス式しきの御ごあ挨いさ拶つでござる。昨ゆう夜べは、ようも巧うま々〳〵と贋にせ金がねを掴つかませやったの。
を拔ぬかれた鯡にしんの干ひも物のといふ面つら附つきぢゃ。おゝ、にしは、にしは、てもまア憫あさ然ましい魚ぎょ類るゐとはなられたな！ こりゃ最も早うペトラークが得とく意いの戀こひ歌かをお手ての物ものともござらう。ローラなどはロミオが愛ひ姫めに比くらべては山やま出だしの下はし婢ためぢゃ、もっとも、歌うただけはローラが遙はるかに上じゃ等うとうのを作つくって貰もらうた。はて、ダイドーは自じだ墮らく落をん女なで、クレオパトラは赤あか面つらの乞こじ食きを女んな、ヘレンやヒーローは賣ばい女ぢょ、賤せん女ぢょで、シスビは碧あを瞳めだまぢゃ何なんのかのと申まうせども、所しょ詮せんは取とるに足たらぬ。……なうなう、ロミオの君きみ、えへん、bボoンnジjュoーuルr! これはフランス式しきの細ほそ袴ずぼんに對たいしてのフランス式しきの御ごあ挨いさ拶つでござる。昨ゆう夜べは、ようも巧うま々〳〵と贋にせ金がねを掴つかませやったの。ロミオ 二人 ともお早 うござる。なに、贋金 とは？
マーキュ 吾々 の目 をお拔 きゃって。後 は言 はいでもぢゃ。
ロミオ マーキューシオーどの、恕ゆるして下くだされ、實じつは是ぜ非ひない所しょ用ようがあったからぢゃ。あんな際をりには、つい、その、禮れいを曲まぐることがある習ならひぢゃ。
マーキュ ふん、あんな際 には、足腰 の曲 げ方 が異 ふといふのぢゃな？
ロミオ といふのは、慇懃 に挨拶 するためといふ意 か？
マーキュ 其通 り、御深切 な解釋 ぢゃ。
ロミオ これはまた御丁寧 なお言葉 ぢゃ。
マーキュ はて、禮法 にかけては一代 の精華 とも崇 められてゐる乃公 ぢゃ。
ロミオ 精華 とは名譽 の異名 か？
マーキュ いかにも。
ロミオ では、予 の舞踏靴 は名譽 なものぢゃ、此通 り孔 だらけぢゃによって。
マーキュ 出で來きた。此この上うへは洒しゃ落れく競らべぢゃぞ。これ、足おぬ下しの其その薄うすっぺらな靴くつの底そこは、今いまに悉こと〴〵く磨すり減へって、果はては見みぐ苦るしい眞まッ赤かな足あしを出だしゃらうぞよ。
ロミオ はて、見みぐるしい眞まッ赤かな恥はぢを駄だ洒じ落ゃるとは足おぬ下しのこと。それ、もう、薄うすっぺらな智ち慧ゑの底そこが見みえるわ！
マーキュ おい、應援 けてくれ、ベンーリオー。智慧 の息 が切 れるわ。
ーリオー。ロミオ 鞭 を加 てい、鞭 を、もっと／＼。さうで無 いと「勝 った」と呼 ぶぞよ。
マーキュ いや、こんな阿あ呆ほらしい拔ぬけ駈がけの競きゃ爭うさうは最も早う中や止めぢゃ。何な故ぜと言いへ、足おぬ下しは最はじ初めからぬけてゐるわ。何なんと、頭づ拔ぬけた洒しゃ落れであらうが。
ロミオ 成程 、愚鈍者事 にかけては、足下 は生得 頭拔 けてゐる。
マーキュ 巧 く脱 けをったな、咬 むぞよ。
ロミオ はて「咬 んでたもるな、阿呆鳥 どのよ」ぢゃ。
マーキュ 足下 の洒落 は橙々酢 といふ格 ぢゃ、藥味 にしたら酸 ぱからう。
ロミオ ぢゃによって、かうした味 の脱 けた代物 に撒布 けてゐるのぢゃ。
マーキュ おゝ、ても善 う寸 から尺 に伸 びる莫大小口 とは足下 の口 ぢゃ。
ロミオ はて、伸 びると言 へば、その伸 びるとは足下 の鼻 の下 ぢゃ、今 天下 に並 びもない拔作 どのとは足下 のことぢゃ。
マーキュ ︵笑って︶何なんと、かう洒し落ゃれのめしてゐるはうが、惚ほれたの、腫はれたのと呻う吟めいてゐるよりは優ましであらうが？ 今け日ふこそは、つッともう人ひと好ずきのする立りっ派ぱなロミオぢゃ、今け日ふこそは正しゃ面うめん、側そく面めん、何ど處こから見みても正しゃうめん贋まが無ひなしのロミオぢゃ。女をんなの事ことで愁なき言ごと言いふは、例たとへば、彼あの弄あは僕うめが、見みともない面つらをして、例れいの棒ボー切ブルをおったてゝ……
ベン もう止 めた、もう止 めた。
もうマーキュ しかけた一件 を、止 めいとは如何 ぢゃ？
ベン 默 ってゐたら、尚 ほ其上 に、何 を爲出 さうも知 れぬわい。
マーキュ 大おほちがひぢゃ、何なにをしようぞい。事ことはとうに終すんだわ。もう何なにもする氣きは無ない。
ロミオ やれ／＼、お上品 な問答 ！
︵此この原げん詞しは“Here's goodly gear.”此この意い味み不ふふ分んめ明い。乳う母ばとピーターとの來きたるを見み附つけての評ひゃ語うごとも、マーキューシオーとベンーリオーの猥わい雜ざつな問もん答だふを反はん語ごて的きに評ひゃうしたるものと解かいせらる。こゝには後こう者しゃを正たゞしと見みて、其その義ぎに譯やくしておきたり。︶
乳う母ばが先さきに、下げに人んピーター大おほきな扇せん子すを持もちて從ついて出でる。
ーリオーの猥わい雜ざつな問もん答だふを反はん語ごて的きに評ひゃうしたるものと解かいせらる。こゝには後こう者しゃを正たゞしと見みて、其その義ぎに譯やくしておきたり。︶
乳う母ばが先さきに、下げに人んピーター大おほきな扇せん子すを持もちて從ついて出でる。
マーキュ 船 ぢゃ／＼！
ベン 二艘 々々 。男襦袢 と女襦袢 ぢゃ。
二乳母 ピーター！
ピータ あい／＼！
乳母 予 の扇子 を。
マーキュ ピーターどんや、扇子 で面 を隱 さうちふのぢゃ、扇子 の方 が美 しいからなう。
乳母 殿方 、お早 うござります。
マーキュ 御婦人 、お晩 うござります。
乳母 え、晩 うござりますとえ。
マーキュ いかにも。それ、その日時計 の淫亂 な手 が午過 の標 に達 いてゐるわさ。
乳母 はれま、此人 は！ 何 たるお人 ぢゃお前 は？
ロミオ 御婦人 、これは事壞 しの爲 に神樣 が造 らせられた男 ぢゃ。
乳母 ほんに、巧うまいことを被おっ言しゃる。事こと壞こはしの爲ために出で來きた人ひとぢゃといの！ あの、殿との方がたえ、ロミオの若わか樣さまには何ど處こへゐたら逢あはれうかの、御ごぞ存んじなら教をしへて下くだされ。
ロミオ 予わしが教をしへう。したが、其その若わか樣さまは彌いよ逢あはッしゃる時じぶ分んには、尋たづねてござる今いまよりは老ふけてゐませうぞ。はて、最いっち年とし少わかのロミオは予わしぢゃ。これより粗まづいのは今いまはない。
逢あはッしゃる時じぶ分んには、尋たづねてござる今いまよりは老ふけてゐませうぞ。はて、最いっち年とし少わかのロミオは予わしぢゃ。これより粗まづいのは今いまはない。乳母 てもま、巧 いことを被言 る。
マーキュ 何なんぢゃ、最いっち粗まづいのをば甘う美まい？ はて、巧うまい意い味みの取とりやうぢゃの。賢けん女ぢょ々々。
乳母 貴下 がロミオさまなら、何處 ぞで改 めて御密會 （御面會）がお願 ひ申 したうござります。
ベン （笑って）今 に、優待といふ積 りで、誘惑をはじめかねまい。
（笑って）マーキュ 慶庵婆 だ／＼！ 來 た／＼！
ロミオ 來 たとは何 が？
マーキュ はて、兎 ではない、兎 にしても脂肪 の滿 った奴 ではなうて、節肉祭式 の肉饅頭 、食 はぬうちから、陳 びて、萎 びて……
︵歌ふ︶。やんれ、黴かびの生はえた雌めす兎うさぎ、
やんれ、黴かびの生はえた雌めす兎うさぎ、
レント祭さいには相さう應おうなれど
黴かびた兎うさぎぢゃ二十人にんでも食くへぬ、
食くはぬうちから黴かびたと聞きけば……
ロミオ、父御 の館 へおぢゃれ。あそこで飮 まうぞ。
ロミオ 後 から行 かう。
マーキュ お媼 どん、さらば。さらば／＼。
「姫 さん／＼／＼……」
ーリオーと乳母 はい、御ごき機げ嫌んよう。……もし〳〵、あの人ひとは、ま、何なんといふ無ぶさ作は法ふな若わかい衆しゅでござるぞ？ あくたいもくたいばかり言いうて。
ロミオ あれは自分 の饒舌 るのを聽 くことの好 きな男 、一月 かゝってもやり切 れぬやうな事 を、一分間 で饒舌 り立 てようといふ男 ぢゃ。
乳母 おのれ、わしの事ことを何なんとでも言いうて見みをれ、目めに物ものを見みせうぞい。よしんば見みかけより強つよからうと、あんな奴やつがまだ別べつに二十人にんあらうと、大だい事じない。自じり力きで敵かなはぬなら、人ひとを頼たのむわいの。碌ろくでなしの和わ郎ろめ！ 彼あい奴つらに阿あは呆うにされて堪たまるかいの。彼あい奴つらの無ごろ頼つき仲なか間まぢゃありゃせぬわい。……︵下人に對ひて︶汝おのしも傍そばに立たってゐながら、予わしが隨えい意や的うにされてゐるのを、見みてゐるとは何なんの事こッちゃい。
ピータ 誰たれもお前まへを隨えい意や的うには爲しやせぬがや。若もしも其そな樣いなことがあれば、此この利わざ劍ものを引ひき拔ぬかいでかいの。こりゃ拔ぬかんければならん場ばあ合ひぢゃとさへ思おもうたら、わしゃ人ひとに負まくるこっちゃない。
乳母 えゝ、ほんに〳〵、悔くやしうて〳〵、身から體だぢ中ゅうが顫ふるへるわいの。碌ろくでなしの和わ郎ろめが！……︵ロミオに對ひて︶もし〳〵、貴こな下たさまえ、最さい前ぜんも申まうしましたが、妾わしの姫ひいさまが、貴こな下たを搜さがして來こいとの吩いひ咐つけでな、其その仔わ細けは後あとにして、先まづ言いうて置おくことがござります、若もしも貴こな下たが、世せけ間んで言いふやうに、阿あは呆うの極ごく樂らくへ姫ひいさまを伴つれて行ゆかっしゃるやうならば、ほんに〳〵、世せけ間んで言いふ通とほり、不ふら埓ちな事ことぢゃ。何な故ぜと被おッ言しゃりませ、姫ひいさまはまだ齡としがゆかッしゃらぬによって、騙だまさッしゃるやうであれば、ほんにそれは惡わるいこっちゃ、御ごふ婦じ人んを騙だまさッしゃるは卑ひけ怯ふぢゃ、非ひだ道うぢゃ。
ロミオ お乳母 どの、おぬしのお姫 さんへ慇懃 に傳 へて下 され。予 は飽迄 も言 うておく……
乳母 はれ、善よいお仁ひとや、ほんに其その通とほり申まうしましょわいな。ほんに、ま、何どの樣やうに喜よろこばッしゃらう。
ロミオ 其通 りにとは、何 を？ まだ何 も言 やせぬのに。
乳母 飽迄 も言 うて置 く、とおッしゃったと言 や、それが立派 なお言傳手 ぢゃがな。
ロミオ なう、姫ひめに勸すゝめて下くだされ、此この晝ひる過すぎに、何なんとか才さい覺かくして懺ざん悔げし式きに來こらるゝやう。あのロレンス殿どのの庵あん室じつで、懺ざん悔げの式しきを濟すまして婚こん禮れいする心こゝろなれば。こりゃ骨ほね折をり賃ちんぢゃ。
乳母 いえ、めっさうな。一錢 も戴 きませぬ。
ロミオ まゝ、是非 とも。
乳母 では、此この晝ひる過すぎに？ む、む、其その樣やうにいたしましょ。
ロミオ あ、これ、お待まち。やがて、あの寺てらの塀へい外そとへ、おぬしに渡わたす爲ために、繩なは梯ばし子ごのやうに編あみ合あはせたものを家けら來いに持もたせて遣やりませう。それこそは忍しのぶ夜や半はに嬉うれしい事ことの頂ちゃ點うてんへ此この身みを運はこぶ縁えんの綱つな。……さよなら。眞しん實じつを盡つくしておくりゃれ、きっと骨ほね折をりの報むくひはせう。さらば。姫ひめへ宜よろしう傳つたへて下くだされ。
乳母 御機嫌 やういらせられませい！……あ、もし／＼。
ロミオ 何 とかお言 やったか？
乳母 御家來 は口 の堅 いお人 かいな？ 二人 ぎりの祕密 は洩 れぬ、三人目 が居 らねば、と言 ひますぞや。
ロミオ 大丈夫 ぢゃ、鋼鐡 のやうに堅 い男 ぢゃ。
乳母 それならば。こちの姫ひいさまはな、それは〳〵憐しほらしうて……ほんに、ほんに、まだ幼ちひさうて、分たわ別いもないことを言いうてゞあった時じぶ分んは……お、あのな、パリス樣さまと言いうて、お立りっ派ぱな方かたがな、どうぞして物ものにせうと氣きを揉もまっしゃるのぢゃが、あのよな人ひとに逢あふよりは、予わしゃ蟾ひき蜍がへるに逢あうたはうが優ましぢゃ、と言いうてな、あの蟾ひき蜍がへるに。予わしも折をり々〳〵は腹はらを立たっても見みますのぢゃ、パリスどのゝ方はうが、ずっと好よい男をとこぢゃと言いうてな。すると、眞ほんの事ことぢゃ、孃ぢゃうは眞まっ蒼さをな顏かほにならっしゃる、圖づ無ない白しろ布ぬののやうに。え、ロミオと萬ロー迭ヅメ香リとは、頭かし字らじが同おなじかいな？
ロミオ いかにも。それが、何 としたぞ？ 兩方 ともＲ ぢゃ。
乳母 はれま、人ひとを！ そりゃ、犬いぬの名なぢゃがな。Ｒアールがお前まへの……いやいや、何なにか他ほかの字じに相さう違ゐないわいの。……何なんでもな、貴こな下たと萬ロー迭ズメ香リとが如ど何うとやらしたといふ、何なんぢゃ知しらんが、面おも白しろさうな額がく言げん︵格言︶とやらを作つくらしゃってぢゃ、貴こな下たが聞きかッしゃれば喜よろこばッしゃらうやうな。
ロミオ 姫 に宜 しう言 うて下 され。
ロミオ入る。
乳母 はい／＼、申 しましょとも。……ピーター！
ピータ あい／＼！
乳母 先 へ、そして急歩的 と。
乳う母ばとピーターと入はひる。
第だい五場ぢゃう 同どう處しょ。カピューレットの庭てい園ゑん。
ヂュリエット出る。
ヂュリ 乳う母ばを出だしてやった時とき、時とけ計いは九こゝのつを打うってゐた。半はん時じか間んで歸かへるといふ約やく束そく。若もしや逢あへなんだかも知しれぬ。いや〳〵、さうでは無ない。えゝも、乳う母ばめは跛ちん足ばぢゃ！ 戀こひの使つか者ひには思おも念ひをこそ、思おも念ひは殘のこる夜よるの影かげを遠とほ山やま蔭かげに追おひ退のける旭あさ光ひの速はやさよりも十倍ばいも速はやいといふ。ぢゃによって、戀こひの神かみの御みく輦るまは翼はね輕がるの鳩はとが牽ひき、風かぜのやうに速はやいキューピッドにも双ふたつの翼はねがある。あれ、もう太たい陽やうは、今け日ふの旅たび路ぢの峠たうげまでも達とゞいてゐる。九時じから十二時じまでの長ながい〳〵三時じか間ん、それぢゃのに、まだ歸かへって來こぬ。乳う母ばめに、情じゃうが燃もえてゐたら、若わかい温あたゝかい血ちがあったら、テニスの球たまのやうに、予わしが吩いひ咐つくるや否いなや戀こひ人ゞとの許とこへ飛とんで行ゆき、また戀こひ人ゞとの返へん辭じと共ともに予わしの手ても元とへ飛とび返かへって來きつらうもの。……あゝ、老らう人じんといふものは、死しんでゞもゐるかのやうに、太たい儀ぎさうに緩のろ漫〳〵と、重おもくるしう、蒼あを白じろう、鉛なまりのやうに……
おゝ、嬉うれしや、歸かへって來きた。……なう乳う母ばいの、如ど何うぞいの？ あの方かたに逢あやったかや？……侶ともは彼あ方ちへ。
乳母 ピーター。……入口 に控 へてゐや。
ピーター入る。
ヂュリ さ、乳う母ばいの。……ま、何なんで其その樣やうな情なさけない顏かほしてゐやる？ 悲かなしい消しら息せであらうとも、せめて嬉うれしさうに言いうてたも。若もし嬉うれしい消しら息せなら、それを其そ樣んな顏かほをして彈ひきゃるのは、床ゆかしい知しらせの琴ことの調しらべを臺だい無なしにしてしまふといふもの。
乳母 おゝ、辛しん度ど！ 暫ちい時とまァ休やすまして下くだされ。あゝ〳〵、骨ほね々〴〵が痛いたうて痛いたうて！ ま、どの位くらゐほッつきまはったことやら！
ヂュリ 予わしの骨ほね々〴〵を其そな方たに與やっても、速はやう其その消しら息せが此こっ方ちへ欲ほしい。これ、どうぞ聞きかしてたも。なう、乳う母ばや、乳う母ばいなう、如ど何うぢゃぞいの？
乳母 ま、氣忙 しい！ 暫時 の間 が待 てぬかいな？ 息 が切 れて物 が言 はれぬではないかいな？
ヂュリ 息いきが切きれて言いはれぬと言いやる程ほどなら、息いきは切きれてゐぬ筈はずぢゃ。何なんのかのと言いひ譯わけしてゐやるのが肝かん腎じんの一ひと言ことより長ながいわいの。これ、吉きつか、凶きょうか？ 速はやう言いや。それさへ言いうてたもったら、詳くは細しい事ことは後あとでもよい。速はやう安あん心しんさしてたも、吉きつか、凶きょうか？
乳母 はて、お前まへは阿あ呆ほらしいお人ひとぢゃ、あのやうな男をとこを選えらばッしゃるとは目めが無ないのぢゃ。ロミオ！ ありゃ不い可けんわいの。面つら附つきこそは誰たれよりも見みよけれ、脛すね附つきが十人にん並なみ以いじ上ゃうぢゃ、それから手てや足あしや胴どうやは彼かれ此これ言いふが程ほども無ないが、外ほかには、ま、類るゐが無ない。行ぎゃ儀うぎ作さは法ふの生きっ粹すゐぢゃありやせん﹇＃﹁ありやせん﹂はママ﹈、でも眞ほんの事こと、仔こひ羊つじのやうに、温おと和なしい人ひとぢゃ。さァ〳〵〳〵、小い女とよ、信しん心じんさっしゃれ。……え、もう終すみましたかえ、お晝ひるの食しょ事くじは？
ヂュリ いゝえ〳〵。其そ樣んな事ことは、もう夙とうに知しってゐる。婚こん禮れいの事ことをば何なんと言いうてぢゃ？ さ、それを。
乳母 はれ、頭づつ痛うがする！ あゝ、何なんといふ頭づつ痛うであらう！ 頭あたまが粉こな
に碎くだけてしまひさうに疼うづくわいの。脊せな中かぢゃ。……そっち〳〵。……おゝ、脊せな中かが、脊せな中かが！ ほんに貴こな孃たが怨うらめしいわいの、遠とほい遠とほい處ところへ太たい儀ぎな使つか者ひに出ださッしやって﹇＃﹁出ださッしやって﹂はママ﹈、如こ是んな死しぬるやうな思おもひをさすとは！
に碎くだけてしまひさうに疼うづくわいの。脊せな中かぢゃ。……そっち〳〵。……おゝ、脊せな中かが、脊せな中かが！ ほんに貴こな孃たが怨うらめしいわいの、遠とほい遠とほい處ところへ太たい儀ぎな使つか者ひに出ださッしやって﹇＃﹁出ださッしやって﹂はママ﹈、如こ是んな死しぬるやうな思おもひをさすとは！ヂュリ ほんに氣きの毒どくぢゃ、氣きぶ分んが惡わるうてはなァ。したが、乳う母ば、乳う母ばや、乳う母ばいなう、何どう卒ぞ言いうてたも、戀こひ人ゞとが何なんと被おッ言しゃった？
乳母 さいな、あの方 の言 はッしゃるには、行儀 もよければ深切 でもあり、男振 はよし、器量人 でもあり、流石 に身分 のある殿方 らしう……お母 さまは何處 にぢゃ？
ヂュリ 母はゝさまは何ど處こにぢゃ？ 母はゝ樣さまは家うちにぢゃ。何ど處こに行ゆかしゃらうぞ？ 何なにを言いやるぞい！﹁あの方かたが被おッ言しゃるには、身みぶ分んのある殿との方がたらしう、お母かゝ樣さまは何ど處こにぢゃ？﹂
乳母 はれ、まア！ そのやうに熱あつくならッしゃるな。これさ、まァ、ほんに〳〵。それが痛いたむ節ふし々〴〵の塗ぬり藥ぐすりになりますかいの？ これからは自じぶ分んで使つかひ歩あるきをばさっしゃったがよい。
ヂュリ まァ、仰山 な騷 ぎぢゃ！……これの、ロミオが何 と被言 った？
乳母 お前 今日 はお參詣 に往 ても可 いといふお許可 が出 ましたかえ？
ヂュリ あいの。
乳母 では、なう、急いそいでロレンス樣さまの庵あん室じつまで往ゆかっしゃれ。あそこでお前まへを内うち室かたになさるゝ人ひとが待まってぢゃ。そりゃこそ頬ほっ邊ぺたへ放みだ埓らな血ちめが上のぼるわ、所つま詮りは何なにを聞きいても直すぐに眞まっ赤かにならッしゃらうぢゃまで。速はやうお寺てらへ。予わしはまた別べつの方はうへ往いて梯はし子ごを取とって來こねばならぬ、其その梯はし子ごでお前まへの戀こひ人びとが、今こよ宵ひ暗くらうなるが最さい後ご、鳥とりの巣すへ登のぼらッしゃるのぢゃ。予わしは只たゞもう齷あく齬せくとお前まへを喜よろこばさうと念おもうて。したが、やがて夜よるになると、お前まへも骨ほねが折をれうぞや。さ、予わしは食しょ事くじをせう。貴こな孃たは庵あん室じつへ速はやうゆかしゃれ。
ヂュリ 速 う其 幸福 に！……乳母 や、きげんよう。
二ふた人りとも入る。
第だい六場ぢゃう 同どう處しょ。ロレンス法ほふ師しの庵あん室じつ。
ロレンス法師 が先 に、ロミオ從 いて出る。
ロレ 諸天善神 、願 はくは此 神聖 なる式 に笑 ませられませい、ゆめ後日 悲哀 を降 さしまして御譴責 遊 ばされますな。
ロミオ アーメン、アーメン！ 如ど何んな悲かな哀しみが來こようとも、姫ひめの顏かほを見みる嬉うれしさの其その刹せつ那なには易かへられない。神たふ聖とい語ことばで二ふた人りの手てを結むすび合あはして下くだされば、戀こひを亡ほろぼす死しの爲ために此この身みが如どの何や樣うにならうとまゝ。妻つまと呼よぶことさへ叶かなへば、心こゝ殘ろのこりはない。
ロレ さうした過くわ激げきの歡くわ樂んらくは、とかく過くわ激げきの終をはりを遂とぐる。火ひと煙えん硝せうとが抱だき合あへば忽たちまち爆ばく發はつするがやうに、勝かち誇ほこる最さな中かにでも滅ほろび失うせる。上うへなう甘あまい蜂はち蜜みつは旨うま過すぎて厭いやらしく、食くうて見みようといふ氣きが鈍にぶる。ぢゃによって、戀こひも程ほどよう。程ほどよい戀こひは長ながう續つゞく、速はやきに過すぐるは猶なほ遲おそきに過すぐるが如ごとしぢゃ。
ヂュリエット出る。
それ、姫ひめが來わせた。おゝ、あのやうな輕かるい足あしでは、いつまで蹈ふむとも、堅かたい石いし道みちは磨へるまいわい。戀こひ人びとは、夏なつの風かぜに戲たはむれ遊あそぶあの埓らちもない絲かげ遊ろふに騎のッかっても、落おちぬであらう。さほどに輕かるいものが空あだな歡たの樂しみ！
ヂュリ ︵ロレンスを抱きて︶教けふ父ふさま、ごきげんよろしう！
ロレ 其そのお返かへ禮しは、二ふた人りぶ分ん、ロミオの口くちから。
ヂュリ ︵ロミオを抱きて︶ではロミオにも。でないとお返かへ禮しが多おほ過すぎよう。
ロミオ あゝ、ヂュリエット、今け日ふを嬉うれしい、かたじけないと思おもふ心こゝろが予わしと同おなじに滿いっ腔ぱいなら、しかもそれを現あらはす力ちからが予わしよりも多おほいなら、今け日ふの出であ會ひで二ふた人りが感かんずる此この夢ゆめのやうな嬉うれしさを、床ゆかしい天てん樂がくのやうな卿そもじの聲こゑで、四あた邊りの空くう氣きも融と解ろくるばかりに、なつかしう奏かなでゝ下くだされ。
ヂュリ 内なか實みの十分ぶんな思しさ想うは、言こと葉ばの花はなで飾かざるには及およばぬ。算かぞへらるゝ身しん代だいは貧まづしいのぢゃ。妾わしの戀こひは、分ぶん量りゃうが大おほきう〳〵なったゆゑに、今いまは其その半はん分ぶんをも計かん算ぢゃうすることが出で來きぬわいの。
ロレ さゝ、予わしと一しょにござれ。速はやう濟すましてのけう。慮りょ外ぐわいながら、尊たふとい教けう會くわいが二ふた人りを一ひと人りに合がっ體たいさするまでは、さし對むかひでゐてはなりませぬのぢゃ。
ロレンスに從 いて二人 とも入る。
［＃改ページ］第三幕
第 一場 ローナ。街上 。
マーキューシオー先 に、ベンーリオー、侍童 、下人等 從 いて出 る。
ーリオー、ベン マーキューシオーどの、もう歸かへらう。暑あつくはある、カピューレット家けの奴やつ等らが出であ歩るいてもゐる、出でっ會くはしたが最さい後ご、鬪けん爭くわをせねばなるまい。かういふ暑あつい日ひには、えて氣きちがひめいた血ちが騷さわぐものぢゃ。
マーキューシオーどの、もう歸かへらう。暑あつくはある、カピューレット家けの奴やつ等らが出であ歩るいてもゐる、出でっ會くはしたが最さい後ご、鬪けん爭くわをせねばなるまい。かういふ暑あつい日ひには、えて氣きちがひめいた血ちが騷さわぐものぢゃ。マーキュ おい、酒さか亭やへ入はひった當たう座ざには、劍けんを食テー卓ブルの下したへ叩たゝきつけて﹁神かみよ、願ねがはくは此こい奴つに必ひつ要えうあらしめたまふな﹂なぞといってゐながら、忽たちまち二杯はい目めの酒さけが利きいて、何なんの必ひつ要えうも無ないのに、給きふ仕じに人んを敵あひ手てに引ひっこぬく手てあ合ひがあるが、足おぬ下しが其その仲なか間まぢゃ。
ベン 予 がそんな仲間 か？
マーキュ さゝ、足下 はイタリーで誰 れにも負 を取 らぬ易怒男 ぢゃ、直 に怒 るやうに仕向 けられる、仕向 けらるれば直 怒 る。
ベン して何 にするんぢゃ？
して
（此 原詞 は“And what to?”「して何 の爲 に？」といふ義 。マーキューシオーはそれをわざと“And what two?”の意味 に取 りて例 の駄洒落 のキッカケとする。）
マーキュ 何なん人にん？ いや、足おぬ下しのやうなのが二ふた人りとゐたら、忽たちまち殺ころしあうてしまはうから、二ふた人りともゐなくならう。はて、足おぬ下しなぞは髭ひげの毛け一筋すぢの多おほい少すくないが原もとでも叩たゝき合あふ。或あるひは足おぬ下しの目めの色いろが榛はし色ばみいろぢゃによって、そこで相あひ手てが榛はしばみの實みを噛かみ割わったと言いふだけの事ことで、鬪けん爭くわを買かひかねぬ。その眼まなこでなうて、そんな鬪けん爭くわを買かふ眼まなこが何ど處こにあらう？ 足おぬ下しの頭あたまには鷄たま卵ごに黄き蛋みが充つ實まってゐるやうに、鬪けん爭くわが充いっ滿ぱいぢゃ、しかも度たび々〴〵打ど撲やされたので、少ちっ許と腐くさ爛れ氣ぎ味みぢゃわい。足おぬ下しは、街まち中なかで咳せきをして足おぬ下しの飼かひ犬いぬの日ひな向たぼこりを驚おどろかしたと言いうて、或ある男をとこと鬪けん爭くわをした。復イー活スタ祭ーま前へに新した調てお胴ろ衣しを着きたと言いうて、或ある裁した縫て師やと掴つかみ合あひ、新あたらしい靴くつに古ふるい紐ひもを附つけをったと言いうて、誰たれ某やらとも爭い論がみ合あうた。それでゐて俺おれに鬪けん爭くわをすまいぞと異いけ見んめいたことを被お言しゃるのか？
ベン 予 が足下 ほど鬪爭好 と言 ふことが實 なら、無條件 で此 命 を一時間位 は賣 ってやってもよいわい。
マーキュ ろはぢゃ！ ろッはッは！ ろッはッは！（と笑ふ）。
チッバルトを先 に、カピューレットの黨人 出る。
ベン や、カピューレットのやつらが來 をった。
や、カピューレットのやつらがマーキュ へん、かまふものかえ。
チッバ 俺おれに附くッ着ついて來こう、彼きゃ奴つ等らと談だんじてくれう。……︵ベンーリオーらに︶諸かた氏〴〵、機きげ嫌んよう。一言ごん申まうしたうござる。
ーリオーらに︶諸かた氏〴〵、機きげ嫌んよう。一言ごん申まうしたうござる。マーキュ ただ一言 でござるか？ 何 かお添 へなさい。一言 兼 一撃 としたら如何 ぢゃ？
チッバ 機會 さへ與 しゃらば、何時 でも敵手 になり申 さう。
マーキュ 此方 から與 さねば、其方 では機會 が出來 ぬと被言 るか？
チッバ マーキューシオー、足下 は平生 あのロミオと調子 を合 せて……
マーキュ 何なんぢゃ、調てう子しを合あはせて？ 吾われ等らを樂がく人にん扱あつかひにするのか？ 樂がく人にん扱あつかひに爲すりゃ、耳みゝを顛でん覆ぐりかへらする音おん樂がくを聞きかす。準よう備いせい。︵劍に手を掛けて︶乃お公れの胡こき弓うは此こ劍れぢゃ、今いまに足おぬ下しを踊をどらせて見みせう。畜ちく生しゃう、調てう子しを合あはす！
ベン こゝは往來 ぢゃ、どうぞ閑寂 な處 で冷靜 に談判 をするか、さもなくば別 れたがよい。衆人 が見 るわ。
こゝはマーキュ 見 る爲 の眼 ぢゃ、見 るがえいわ。他 が如何 思 はうと介意 ふものかえ。
ロミオ出る。
チッバ 足下 とは中直 りぢゃ。あそこへ奴 が來 をった。
マーキュ 奴やつぢゃ？ へん、ロミオが足おぬ下しの奴やっこなものか？ 何い時つ足おぬ下しが給しき服せを着きせた？ はて、先さきに立たって決ば鬪し場ょへ行ゆきゃれ、ロミオも隨と行もをせう。それが奴やっこの役やくなら、ロミオは足おぬ下しさ樣まのお抱かゝ奴へやっこぢゃ。
チッバ （ロミオに對ひて）やい、ロミオ、足下 に對 する俺 が情合 からは是限 しか言 へぬ。……汝 は惡漢 ぢゃ。
ロミオ チッバルト、足き下みを愛あいする仔しさ細いがあって、怒いからねばならぬ其その挨あい拶さつをもわるうは取とらぬ。予わしは惡あく漢たうではない。さらば、足き下みは予わしを知しらぬのぢゃ。
ロミオ行 きかくる。
チッバ 小僧 め、それが無禮 の辨解 にはならぬぞ。戻 って拔劍 け。
ロミオ 予わしは無ぶれ禮いをした覺おぼえはない、いや、其その仔しさ細いの分わかるまでは迚とても會ゑと得くのゆかぬ程ほどに予わしは足き下みを愛あいしてゐるのぢゃ。カピューレットどの、予わしは今いまカピューレットといふ其その名なま前へを我わが名なも同どう樣やうに大たい切せつに思おもうてゐる、まゝ、堪かん忍にんさっしゃれ。
マーキュ おゝ、柔てぬ弱るい、不ふめ面んも目くな、卑ひれ劣つな降かう參さん！ 此この上うへは劍けんあるのみぢゃ。︵劍を拔く︶。チッバルト、いやさ、猫ねこ王またどの、お往ゆきゃらうか？
チッバ 何 ぞ俺 に用 があるか？
マーキュ 猫ねこ王またどの、九こゝ箇のつあるといふ足おぬ下しの命いのちが只たッた一ひとつだけ所しょ望もうしたいが、其その後のちの擧しこ動なし次しだ第いで殘のこる八やッ箇つも叩たゝき挫みじくまいものでもない。耳みゝ形がたの
を掴つかんで其その劍けんをお拔ぬきゃれ、速はやうせぬと乃お公れの劍けんが足おぬ下しの耳みゝ元もとへお見み舞まひ申まうすぞ。
を掴つかんで其その劍けんをお拔ぬきゃれ、速はやうせぬと乃お公れの劍けんが足おぬ下しの耳みゝ元もとへお見み舞まひ申まうすぞ。チッバ 合點 だ。
ロミオ マーキューシオー君 、まア／＼、劍 を。
マーキュ さ、突 いて來 い。
チッバルトとマーキューシオーと鬪 ふ。
ロミオ 拔ぬ劍け、ベンーリオー、二ふた人りの武えも器のを叩たゝき落おとさう。これさ〳〵、恥はぢぢゃ〳〵、亂らん暴ばうをすな？ チッバルト、マーキューシオー、領と主のの嚴げん命めいでは無ないか、ローナの街まち頭なかで鬪たゝ諍かひをしてはならぬ筈はずぢゃ。これさ、チッバルト！ マーキューシオー！
ーリオー、二ふた人りの武えも器のを叩たゝき落おとさう。これさ〳〵、恥はぢぢゃ〳〵、亂らん暴ばうをすな？ チッバルト、マーキューシオー、領と主のの嚴げん命めいでは無ないか、ローナの街まち頭なかで鬪たゝ諍かひをしてはならぬ筈はずぢゃ。これさ、チッバルト！ マーキューシオー！チッバルト
マーキュ やられた！ 畜ちく生しゃう、兩りゃ方うはうの奴やつ等らめ！ やられたわい。去いにをったか、彼きゃ奴つめ無むき創ずで？
ベン や、手 を負 うたか足下 は？
や、マーキュ 唯うん、唯うん、引ひっ掻かかれた〳〵。はて、これで十分ぶんぢゃ。侍こや童っこめは何ど處こにをる？ 小やっ奴こ、はよ往いって下げく科わい醫し者ゃを呼よんで來こい。
ロミオ これ、氣 を確 に。手傷 は決 して重 うはない。
マーキュ さうぢゃ。井ゐ戸どほどに深ふかくも無なければ、教けう會くわいの入いり口ぐち程ほどには廣ひろくもない、が十分ぶんぢゃ、役やくには立たつ。明あ日す訪たづねてくれい、すれば墓はかの中なかから御ごあ挨いさ拶つぢゃ。先まづ乃お公れの一生しゃうも、誓せい文もん、總そう仕じま舞ひが澄すんでしまうた。……畜ちく生しゃう、兩りゃ方うはうの奴やつ等らめ！……うぬ！ 犬いぬ、鼠ねずみ、
鼠はつかねずみ、猫ねこ股また、人にん間げんを引ひっ掻かいて殺ころしをる！ 一ひふ二うみ三いで劍けんを使つかふ駄だ法ぼ螺ら吹ふ家きめ！ 破ごろ落つ戸き、惡あく黨たう！ 何なんで眞まん中なかへ飛とび込こんだんぢゃ足おぬ下しは！ 足おぬ下しの腕うでの下したでやられた。
鼠はつかねずみ、猫ねこ股また、人にん間げんを引ひっ掻かいて殺ころしをる！ 一ひふ二うみ三いで劍けんを使つかふ駄だ法ぼ螺ら吹ふ家きめ！ 破ごろ落つ戸き、惡あく黨たう！ 何なんで眞まん中なかへ飛とび込こんだんぢゃ足おぬ下しは！ 足おぬ下しの腕うでの下したでやられた。ロミオ みんな爲 を思 うてしたのぢゃ。
マーキュ おい、ベンーリオー、何ど處こぞ家うちの中なかへ伴つれて行いってくれ、速はやうせぬと氣きぜ絶つしさうぢゃ。畜ちく生しゃう、兩りょ方うはうの奴やつ等ら！ とう〳〵俺おれを蛆うじ蟲むしの餌ゑじ食きにしてしまひをった。參まゐった、しっかり參まゐった。畜ちく生しゃう、兩りゃ方うはうの奴やつ等ら！
ーリオー、何ど處こぞ家うちの中なかへ伴つれて行いってくれ、速はやうせぬと氣きぜ絶つしさうぢゃ。畜ちく生しゃう、兩りょ方うはうの奴やつ等ら！ とう〳〵俺おれを蛆うじ蟲むしの餌ゑじ食きにしてしまひをった。參まゐった、しっかり參まゐった。畜ちく生しゃう、兩りゃ方うはうの奴やつ等ら！
ベンーリオーに介抱 せられて、マーキューシオー入 る。
ーリオーにロミオ 領りゃ主うしゅには近きん親しんたる信しん友いうのマーキューシオーが俺おれ故ゆゑあのやうな重ふか傷でを負おひ、俺おれはまた只たゞ一時とき程ほど縁えん者じゃとなったあのチッバルト故ゆゑに汚をめ名いを受うけた。おゝ、ヂュリエット、卿おまひの艶あて麗やかさが俺おれを柔にう弱じゃくにならせて、日ひご頃ろ鍛きたうておいた勇ゆう氣きの鋒きっさきが鈍にぶってしまうた。
ベンーリオー又 出る。
ーリオーベン おゝ、ロミオ〳〵、マーキューシオーはお死しにゃったぞよ！ あの勇ゆう敢かんな魂たましひは氣きみ短じかに此この世よを厭いとうて、雲くもの上うへへ昇のぼってしまうた。
おゝ、ロミオ〳〵、マーキューシオーはお死しにゃったぞよ！ あの勇ゆう敢かんな魂たましひは氣きみ短じかに此この世よを厭いとうて、雲くもの上うへへ昇のぼってしまうた。ロミオ けふの此 惡運 は此儘 では濟 むまい。これは只 不幸 の手始 、つゞく不幸 が此 結局 をせねばならぬ。
チッバルト又 出る。
ベン 我武者 のチッバルトめが又 來 をった。
ロミオ なに、無ぶ事じで、勝かち誇ほこって？ マーキューシオーが殺ころされたのに！ 此この上うへは禮れい儀ぎも寛くわ大んだいも天てん外ぐわいに抛なげうった。
を眼まなこの忿いか怨りの神かみよ、案あん内ない者じゃとなってくれい！……︵チッバルトに對ひ︶やい、チッバルト、先せん刻こく足おぬ下しが俺おれにくれた﹁惡あく漢たう﹂の名なは今いま返かへす、受うけ取とれ。マーキューシオーの魂たましひがつい頭とう上じゃうに立たち迷まようて同どう伴ばん者じゃを求もとめてゐる、足おぬ下しか、俺おれか、兩ふた人りながらか、同どう伴ばんをせねばならぬぞ。
を眼まなこの忿いか怨りの神かみよ、案あん内ない者じゃとなってくれい！……︵チッバルトに對ひ︶やい、チッバルト、先せん刻こく足おぬ下しが俺おれにくれた﹁惡あく漢たう﹂の名なは今いま返かへす、受うけ取とれ。マーキューシオーの魂たましひがつい頭とう上じゃうに立たち迷まようて同どう伴ばん者じゃを求もとめてゐる、足おぬ下しか、俺おれか、兩ふた人りながらか、同どう伴ばんをせねばならぬぞ。チッバ 青 二才 どの、最初 同伴 って來 た足下 ぢゃ、冥土 へ行 くも一しょにお往 きゃれ。
ロミオ それは此劍 が決 めるわ。
ベン ロミオ、速はやう！ 速はやう迯にげた！ あれ、市まち人びとが騷さわぎはじむる。チッバルトは落らく命めいぢゃ。狼うろ狽たへてゐるところでない。捕とらへられたならば、領りゃ主うしゅは死しざ罪いを宣せん告こくせう。速はやう落おちた、速はやう〳〵！
ロミオ、速はやう！ 速はやう迯にげた！ あれ、市まち人びとが騷さわぎはじむる。チッバルトは落らく命めいぢゃ。狼うろ狽たへてゐるところでない。捕とらへられたならば、領りゃ主うしゅは死しざ罪いを宣せん告こくせう。速はやう落おちた、速はやう〳〵！ロミオ おゝ、俺 ゃ運命 の玩弄物 ぢゃわい！
ベン おい、何 をしてゐるのぢゃ？
おい、
ロミオ入る。
市人等 出る。
甲市人 マーキューシオーを殺 した奴 は何方 へ逃 げました？ 人殺 しのチッバルトは何方 へ逃 げました？
ベン そこにゐるのがチッバルトでござる。
そこにゐるのがチッバルトでござる。甲市人 ござれ、吾等 と一しょに。御領主 の命 でござる、ござれ。
此この時とき、領りゃ主うしゅ公こう爵しゃく、多おほ勢ぜいの從じゅ者うしゃを引ひき連つれて出る。モンタギュー長ちゃ者うじ夫ゃふ婦うふ、カピューレット長ちゃ者うじ夫ゃふ婦うふ、其その他た多おほ勢ぜい出る。
領主 その不埓 な爭鬪 を始 めた者共 は何方 にをる？
ベン 憚 りながら、此 不運 なる騷擾 のあさましき經緯 は手前 が言上 いたしませう。それに倒 れをりまする男 が御親戚 のマーキューシオーどのを殺害 しましたるをロミオと申 す若人 が討取 ってござります。
カピ妻 なに、チッバルト！ おゝ、わしの甥をひの、弟おとうとの子この！ おゝ、御との領さ主ま！ おゝ、甥をひよ！ わが夫つま！ おゝ、大だい事じの〳〵、親うか族らの血ちし汐ほが流ながされてゐる！ 公こう平へいな御ごり領ゃう主しゅさま、モンタギューの血ちを流ながして吾われ等らのを償つぐなうて下くださりませい。おゝ、甥をひよ〳〵！
領主 ベンーリオーよ、此 無慚 な鬪諍 を始 めたのは誰 れぢゃ？
ーリオーよ、ベン チッバルトにござります、ロミオに殺ころされたましたる。ロミオは言こと葉ば穩おだやかに、此この爭さう端たんの取とるに足たらぬ由よしを反はん省せいさせ、二ふたつには殿とののお怒いかりを思おもひやれ、と聲せい色しょくを和やはらげ、膝ひざを曲まげて、さま〴〵に申まうしましたなれども、中ちゅ裁うさいには耳みゝを假かしませぬチッバルト、理りふ不じ盡んなる怒いかりの切きっ先さき、只たゞ一ひと突つきにとマーキューシオー殿どのの胸むな元もとをめがけて突ついてかゝりまする、此こな方たも同おなじく血けっ氣きの勇ゆう士し、なにを小ちょ才こざ覺いなと立たち向むかひ、氷こほりの死しの手てをば引ひッ外ぱづして右め手てに附つけ入いりまする手しゅ練れんの切きっ先さき、それを撥はね反かへすチッバルト。ロミオは其その時とき聲こゑ高たかく﹁お待まちゃれ、兩かた氏〴〵！ 退ひいた〳〵！﹂といふより速はやく劍けんを拔ぬいて、その怖おそろしい切きっ先さきをば、叩たゝ伏きふせ〳〵、二人にんが間あひだに割わって入いる、腕かひなの下したよりチッバルトが突つき出だしましたる毒どく刃じんに、マーキューシオーどのは敢あへ無ない最さい期ご。さて、チッバルトは其その儘まゝ一旦たん逃にげ去さりましたが、やがて又また取とって返かへすを、今いまや復ふく讐しうの念ねんに滿みちたるロミオが見みるよりも、電でん光くわうの如ごとく切きってかゝり、引ひき分わけまする間ひまさへもござらぬうちに、チッバルトは突つき殺ころされ、倒たふるゝ途とた端んに身みを飜ひるがへし、ロミオは逃にげ去さってござりまする。此この儀ぎ相さう違ゐあらば、ベンーリオーが命いのちを召めされませう。
チッバルトにござります、ロミオに殺ころされたましたる。ロミオは言こと葉ば穩おだやかに、此この爭さう端たんの取とるに足たらぬ由よしを反はん省せいさせ、二ふたつには殿とののお怒いかりを思おもひやれ、と聲せい色しょくを和やはらげ、膝ひざを曲まげて、さま〴〵に申まうしましたなれども、中ちゅ裁うさいには耳みゝを假かしませぬチッバルト、理りふ不じ盡んなる怒いかりの切きっ先さき、只たゞ一ひと突つきにとマーキューシオー殿どのの胸むな元もとをめがけて突ついてかゝりまする、此こな方たも同おなじく血けっ氣きの勇ゆう士し、なにを小ちょ才こざ覺いなと立たち向むかひ、氷こほりの死しの手てをば引ひッ外ぱづして右め手てに附つけ入いりまする手しゅ練れんの切きっ先さき、それを撥はね反かへすチッバルト。ロミオは其その時とき聲こゑ高たかく﹁お待まちゃれ、兩かた氏〴〵！ 退ひいた〳〵！﹂といふより速はやく劍けんを拔ぬいて、その怖おそろしい切きっ先さきをば、叩たゝ伏きふせ〳〵、二人にんが間あひだに割わって入いる、腕かひなの下したよりチッバルトが突つき出だしましたる毒どく刃じんに、マーキューシオーどのは敢あへ無ない最さい期ご。さて、チッバルトは其その儘まゝ一旦たん逃にげ去さりましたが、やがて又また取とって返かへすを、今いまや復ふく讐しうの念ねんに滿みちたるロミオが見みるよりも、電でん光くわうの如ごとく切きってかゝり、引ひき分わけまする間ひまさへもござらぬうちに、チッバルトは突つき殺ころされ、倒たふるゝ途とた端んに身みを飜ひるがへし、ロミオは逃にげ去さってござりまする。此この儀ぎ相さう違ゐあらば、ベンーリオーが命いのちを召めされませう。カピ妻 此この仁じんはモンタギューの親しん戚せきゆゑ、贔ひい屓きご心ゝろがさもない事ことを申まうさせまする。此この不ふせ正いな爭たゝ鬪かひには二十人にん餘よも關かゝ係づらうて只たんだ一ひと人りを殺ころしたに相さう違ゐござりませぬ。殿とのさまに願ねがひまする、是ぜ非ひともお成せい敗ばいの下くださりませい。ロミオはチッバルトを殺ころしたからは、生いかしてはおかれませぬ。
領主 ロミオはチッバルトを、チッバルトはマーキューシオーを殺 したとすれば、マーキューシオーの血 を償 ふべき者 は誰 れぢゃ？
モン長 それはロミオではござりませぬ、彼 れはマーキューシオーどのゝ親友 でござる。倅 が曲事 は國法 によって絶 たるべきチッバルトの命 を絶 ったまでゝござります。
領主 其その曲きょ事くじゆゑに、即そっ刻こく追つゐ放はうを申まう附しつくる。汝なん等ぢらの偏へん執しふに予われ等らまでも卷まき込こまれ、其その粗そば暴うの鬪とう諍じゃうによって我わが血けつ族ぞくの血ちし汐ほを流ながした。わが此この不ふか幸うを汝なん等ぢらにも悔くやます爲ため、きびしい科くわ料れうを課くわさうずるわ。陳いひ辯わけも分ぶん
も聽きかぬ。涙なみだも祈きと祷うも罪つみをば贖あがなはぬぞよ。それゆゑに何なにも申まうすな。急いそぎロミオを退たち去さらせい。さもなうて見み附つけられなば、其その時ときが即やがて最さい期ごぢゃ。此この死しが骸いを荷になひゆきて、予よが命めいを待まて。人ひと殺ごろしを憫あはれむは人ひとを殺ころすにひとしいわい。
も聽きかぬ。涙なみだも祈きと祷うも罪つみをば贖あがなはぬぞよ。それゆゑに何なにも申まうすな。急いそぎロミオを退たち去さらせい。さもなうて見み附つけられなば、其その時ときが即やがて最さい期ごぢゃ。此この死しが骸いを荷になひゆきて、予よが命めいを待まて。人ひと殺ごろしを憫あはれむは人ひとを殺ころすにひとしいわい。
第だい二場ぢゃう 同どう處しょ。カピューレットの庭てい園ゑん。
ヂュリエット出る。
ヂュリ 驅かけよ速はやう、火ひの脚あしの若わか駒ごまよ、日ひの神かみの宿やどります今こよ宵ひの宿やどへ。フェートンのやうな御ぎょ者しゃがゐたなら、西にしへ〳〵と鞭むちをあてゝ、すぐにも夜よるを將つれて來こうもの、曇くもった夜よるを。隙すき間まもなう黒くろい帳とばりを引ひき渡わたせ、戀こひを助たすくる夜よるの闇やみ、其その闇やみに町まちの者ものの目めも閉ふさがれて、ロミオが、見みられもせず、噂うはさもされず、予わしの此この腕かひなの中なかへ飛とび込こんでござらうやうに。戀こひ人ゞとは其その麗うるはしい身みの光ひか明りで、戀こひ路ぢの闇やみをも照てらすといふ。若もし又また戀こひが盲めくらならば、夜よるこそ戀こひには一段だんと似に合あふ筈はず。さア、來きやれ、夜よるよ、黒くろづくめの服きものを被きた、見みるから眞ま面じ目めな、嚴いか格めしい老らう女ぢょどの、速はやう來きて教をしへてたも、清しゃ淨うじ無ゃう垢むくの操みさをを二ふたつ賭かけた此この勝しょ負うぶに負まける工くふ夫うを教をしへてたも。汝そなたの黒くろい外マン套トルで頬ほゝに羽はばたく初う心ぶな血ちをすッぽりと包つゝんでたも、すれば臆おく病びゃうな此この心こゝろも、見みぬゆゑに強きつうなって、何なにするも戀こひの自しぜ然んと思おもふであらう。夜よるよ、來きやれ、速はやう來きやれ、ローミオー！ あゝ、夜よるの晝ひるとはお前まへの事ことぢゃ。夜よるの翼つばさに降おりたお前まへは、鴉からすの背せに今いま降ふりかゝる其その雪ゆきの白しろう見みゆるよりも白しろいであらう。速はやう來こい、やさしい、懷なつかしい夜よるの闇やみ、さ、予わしのロミオを賜たもれ。ロミオがお死しにゃれば、汝そちに遣やらう程ほどに、細きり截こまざいて星ほしにせい、したら大おほ空ぞらが見みかはすばかり美うつくしうなって、世せか界いぢ中ゅうの者ものが夜よるに惚ほれ、もう誰たれもあの爛ぎら々〳〵した太たい陽やうを拜をがまぬやうにもなるであらう。おゝ、戀こひの屋やし敷きは買かうたれど、おのが住すま居ひにはまだならぬ、身みは人ひとに賣うったれど、まだ賞しゃ翫うくわんはして貰もらへぬ。あゝ、待まつ間まがもどかしい、祭まつりの前まへの晩ばんに氣きをいらつ子こど供ものやうに、製こしらへて貰もらうた晴はれ着ぎはあっても、被きることが成ならぬので。……おゝ、あれ、乳う母ばが。きっと消しら息せぢゃ。ロミオの名なをでも告つぐる舌したは天てん人にんの聲こゑと聞きこゆる。……これ、乳う母ば、何なんの消しら息せぢゃ？ 持もってゐやるは何なんぢゃ？ ロミオが取とって來こいと言いやった綱つなかや？
乳母 あい／＼、綱 ぢゃ。
ヂュリ あゝ、まア！ 何事 が起 ったのぢゃ？ 何 で其方 は手 を絞 るのぢゃ？
乳母 あゝ、かなしや！ 死しなしゃった〳〵〳〵！ もう無だ效めでござります、もう無だ效めでござります。あゝ、かなしや！……逝いなしゃった、殺ころされさっしゃった、死しなしゃった！
ヂュリ え、それほどに天 が無慈悲 か！
乳母 天てんは如ど何うあらうと、ロミオは無む慈じ悲ひぢゃ。おゝ、ロミオどのが、ロミオどのが！ ……誰たれが思おもひがけうぞい？ ロミオどのが！
ヂュリ 何なんで予わしに氣きを揉もますのぢゃ？ 其その樣やうな怖おそろしい唸うなり聲ごゑは地ぢご獄くでなうては聞きかれぬ筈はずぢゃ。ロミオが自じが害いでもなされたか？ これ、唯あいと言いって見みや、その唯あいといふ一ひと言ことが、只たゞ一ひと目めで人ひとを殺ころす毒コカ龍トリスの目めにもまして、怖おそろしい憂うき目めを見みする。其その樣やうな羽は目めとならば、予わしの身みは最も早う駄だ目めぢゃ。これ、お死しにゃったが實ぢゃうならば、唯あいと言いや。さうでなくば否いなと言いや。たった一ひと言こと二ふた言ことで此この身みの生しゃ死うしが決きまるのぢや﹇＃﹁決きまるのぢや﹂はママ﹈。
乳母 其その創きずを見みましたが、此この眼めで見みましたが……南な無むさんぼう！……ちょうど此このお立りっ派ぱな胸むな元もとに。いた〳〵しい、無むざ慚んな、いた〳〵しい死しに顏がほ。蒼あを白じろう、灰はひのやうに蒼あを白じろうなって、血ちみどろになって、どこもどこも血ちが凝こごりついて。見みると其その儘まゝ、わしゃ氣きを失うしなうてしまひましたわいの。
ヂュリ おゝ、裂 けよ！ 此 胸 よ！ 破産 した不幸 な心 よ、一思 ひに裂 けてしまうてくれい！ 目 も此上 は牢 へ入 れ、もう自由 を見 るな！ 穢 しい塵芥 め、元 の土塊 へ歸 りをれ、活 きて働 くには及 ばぬわい、ロミオと一しょに同 じ柩車 の積荷 となりをれ！
乳母 おゝ、チッバルトどの、チッバルトどの、此上 もない頼 もしいお方 であったに！ おゝ、お懇 なチッバルトどの！ お立派 なお方 ！ お前 が亡 くならっしゃるのを生 きてゐて見 ようとは！
ヂュリ や、こりゃ、風向 が變 うたわ、如何 した暴風雨 ぢゃ？ ロミオが殺 されて、そしてチッバルトもお死 にゃったか？ 大事 な從兄 も、尚 ほ大事 なロミオどのも？ もしさうならば、大審判日 の喇叭手 よ、世 は最早 絶滅 ぢゃと宣告 せい！ あの二人 が逝 にゃったなら、生 きてゐる甲斐 はない！
乳母 チッバルトどのはお死 にゃって、ロミオどのは追放 ぢゃ。下手人 のロミオどのは追放 にならッしゃったのぢゃ。
ヂュリ おゝ／＼！……あのロミオの手 でチッバルトを？
乳母 さよぢゃ／＼。あゝ／＼、さよぢゃわいの！
ヂュリ おゝ、花 の顏 に潛 む蝮 の心 ！ あんな奇麗 な洞穴 にも毒龍 は棲 ふものか？ 面 は天使 、心 は夜叉 ！ 美 しい虐君 ぢゃ！ 鳩 の翼 被 た鴉 ぢゃ！ 狼根性 の仔羊 ぢゃ！ 見 た目 は神々 しうて心 は卑 しい！ 外面 とは裏表 ！ いやしい聖僧 、氣高 い惡黨 ！ おゝ、造化主 よ、あのやうな可憐 しらしい人間 の肉體 にすら夜叉 の魂 を宿 らせたなら、地獄 の夜叉 の肉體 には何者 を住 ませうとや？ あんな内容 にあのやうな表紙 を附 けた書 があらうか？ あんな華麗 な宮殿 に虚僞 譎詐 が棲 はうとは！
乳母 さゝ、頼たのまれぬ、信しんぜられぬ、不ふし正ゃう直ぢきは男をとこの習ならひぢゃ。どれも〳〵吐うそつき、誓せい言ごん破やぶり、ろくでなしの詐いつ僞はり者ものぢゃ。あゝ、彼あい僮つめは何ど處こへ往いにをったぞ？ 火しゃ酒うちゅうを持もて來きてくりゃ。此この苦くるしみ、此この歎なげき、此この悲かなしみで、わしゃ齡としを取とってしまふわいの。ロミオの奴やつ、恥はぢ掻かきをれ！
吐うそつき、誓せい言ごん破やぶり、ろくでなしの詐いつ僞はり者ものぢゃ。あゝ、彼あい僮つめは何ど處こへ往いにをったぞ？ 火しゃ酒うちゅうを持もて來きてくりゃ。此この苦くるしみ、此この歎なげき、此この悲かなしみで、わしゃ齡としを取とってしまふわいの。ロミオの奴やつ、恥はぢ掻かきをれ！ヂュリ そのやうなことを言いふ汝そちの舌したこそ腐くさりをれ！ 恥はぢを掻かかしゃる身みぶ分んかいの、彼あの方かたの額ひたひには恥はぢなどは恥はづかしがって能よう坐すわらぬ。あれこそは此この世よの名めい譽よといふ名めい譽よが、只たった一ほと人り王わう樣さまとなって、坐すわる帝てい座ざぢゃ。おゝ、何なんといふ獸けだ物ものぢゃ予わしは、かりにも彼あの方かたを惡わるういふとは！
乳母 從兄 どのを殺 した人 をお前 は善 う言 はうでな？
ヂュリ 殿との御ごぢゃ、惡わるう言いうてならうか！ あゝ、我わが夫つま、どの舌したで滑すべッこうせうぞ、つい三みと時きが程ほど連つれ添そうた妻つまの口くちで創きずだらけにしたお前まへの名なを？ とは言いひながら何な故ぜ殺ころした汝おのれは、予わしの從いと兄こを？ さア、お前まへをば從いと兄こめが殺ころしたでもあらうによって。戻もどれ、おろかな涙なみだめ、元もとの泉いづみへ戻もどりをれ。悲かな歎しみに献さゝぐる貢みつぎを間まち違がへて喜よろ悦こびに献まゐ上らせをる。チッバルトが殺ころしたでもあらう我わが夫つまは生いき存ながらへて、我わが夫つまを殺ころしたでもあらうチッバルトが死しんだのぢゃ。すれば、嬉うれしいことばかり、予わしゃ何なんで泣なくのぢゃ？ 最さい前ぜん聞きいた一ひと言ことが、その一ひと言ことが、チッバルトが死しにゃったよりも悲かなしいのぢゃ。辛つらい、忘わすれたい。おゝ、それが切ひし實〳〵と思おもひ出ださるゝ、怖おそろしい罪ざい惡あくを罪ざい人にんが忘わすれぬやうに。﹁チッバルトは死しなしゃれた、そしてロミオは……追つゐ放はう！﹂……﹁追つゐ放はう﹂……其その﹁追つゐ放はう﹂といふ一ひと言ことがチッバルトを一萬まん人にんも殺ころしてのけた。チッバルトが死しにゃったばかりでも可よい程ほどの不ふし幸あはせであったものを。若もし又また不ふし幸あはせは同つ伴れを好このみ、是ぜ非ひとも他ほかの不ふし幸あはせを同つれ伴だって來こねばならぬなら、﹁チッバルトが死しなしゃれた﹂というた次つぎに、父とゝさまとか、母はゝさまとか、乃ない至しお二ふた人りもろともとか、乳う母ばが何な故ぜ言いひをらぬ。すればまだしも尋ひと常とほりの憂うき悲かな歎しみで濟すまうものを。チッバルトがお死しにゃった上うへに、殿しんがりに﹁ロミオは追つゐ放はう﹂。追つゐ放はうと聞きくからは、父ちゝ母はゝもチッバルトもロミオもヂュリエットも皆みん々な〳〵殺ころされてしまうたのぢゃ。﹁ロミオは追つゐ放はう！﹂其その一ひと言ことが人ひとを殺ころす力ちからには際はても量はかりも限きりも界さかひも無ないわいの。言こと葉ばでは言いひ盡つくされぬ不ふし幸あはせぢゃ。……なう、父とゝ樣さまや母はゝ樣さまは何ど處こにぢゃ。
乳母 チッバルトどのゝ死骸 に取着 いてお泣 きゃってでござります。彼方 へ往 かしゃるなら案内 をしませう。
ヂュリ 涙なみだで創きず口ぐちを洗あらはしゃるがよい、其その涙なみだの乾ひる頃ころにはロミオの追つゐ放はうを悔くやむ予わしの涙なみだも大たい概がい盡つけう。其その綱つなを拾ひろうてたも。……ても憫ふび然んな綱つなよの、汝おぬ等しらは欺だまされたなう、汝おぬ等しらも予わしもぢゃ、ロミオが追つゐ放はうになりゃったによって。ロミオは汝おぬ等しらをば寢ね室まへの通かよ路ひぢにせうとお思おもやったに、予わしは志おも望ひを能えい遂とげいで、處をと女めのまゝで世よを去さるのぢゃ。さ、綱つなよ。さ、乳う母ばよ。これから婚こん禮れいの床とこへ往ゆかう。ロミオではない死しに神がみよ、予わしは此この身みを任まかさうわいの！
乳母 速はやう居ゐ間まへゆかしゃれ。お前まへを喜よろこばす眞ほん實〴〵のロミオを搜さがして來こう。其その居ゐど處こは知しってをる。これの、こちのロミオどのは、今こよ宵ひこゝへ來きやしゃる筈はずぢゃ。わしが往いて呼よんで來こう。はて、ロレンスさまの庵あん室じつに、ロミオは隱かくれてござらッしゃります。
ヂュリ おゝ、速 う逢 うて！ そして此 指輪 を予 の勳爵士 どのに手渡 して、訣別 にござるやう傳 へてたも。
二ふた人りともに入る。
第だい三場ぢゃう 同どう處しょ。ロレンス法ほふ師しの庵あん室じつ。
ロレンス法師 出る。
ロレ ロミオよ、出でてござれ、出でてござれよ、こりゃ人ひと目めを怕おそれ憚はゞかる男をとこ。あゝ、卿そなたは憂うき苦くら勞うに見み込こまれて、不ふし幸あはせと縁えん組ぐみをお爲しやったのぢゃわ。
ロミオ出る。
ロミオ 師 の御坊 か、消息 は何 とぢゃ？ 殿 の宣告 は何 とあったぞ？ まだ知 らぬ何樣 な不幸 が、予 と知合 にならうといふのぢゃ？
ロレ されば、其 可厭 友達衆 に和子 は親 しみが多過 ぎるわい。お宣告 を知 らせに來 た。
ロミオ 一定 、命 を召 されうでな？
ロレ いや、寛大 なお宣告 、一命 は召 されいで、追放 にせいとの命令 ぢゃ。
ロミオ なに、追つゐ放はう！ 慈じ悲ひぢゃ、死しざ罪いと言いうて下くだされ。謫さす竄らへの身みとなるは死しぬるよりも怖おそろしい。追つゐ放はうと言いうて下くださるな。
ロレ いや、ローナからは追つゐ放はうぢゃが、世せか界いは廣ひろい、まゝ、落おち着ついてござれ。
ローナからは追つゐ放はうぢゃが、世せか界いは廣ひろい、まゝ、落おち着ついてござれ。ロミオ ローナの市まちを離はなれては世せか界いは無ない、有あるものは只たゞ煉れん獄ごくぢゃ、苛かし責ゃくぢゃ、地ぢご獄くぢゃ。此こ處ゝから逐おはるゝは世せか界いから逐おはるゝも同おなじ事こと、世せか界いから逐おはるゝは殺ころさるゝも同おなじ事こと、すれば追つゐ放はうとは死しざ罪いの隱かくし名なぢゃ。死しざ罪いの事ことを追つゐ放はうといはッしゃるは、黄わう金ごんの斧まさ鉞かりで予わしの首くびを刎はねておいて、汝そちは幸しあ福はせぢゃと笑わらうてござるやうなものぢゃ。
ローナの市まちを離はなれては世せか界いは無ない、有あるものは只たゞ煉れん獄ごくぢゃ、苛かし責ゃくぢゃ、地ぢご獄くぢゃ。此こ處ゝから逐おはるゝは世せか界いから逐おはるゝも同おなじ事こと、世せか界いから逐おはるゝは殺ころさるゝも同おなじ事こと、すれば追つゐ放はうとは死しざ罪いの隱かくし名なぢゃ。死しざ罪いの事ことを追つゐ放はうといはッしゃるは、黄わう金ごんの斧まさ鉞かりで予わしの首くびを刎はねておいて、汝そちは幸しあ福はせぢゃと笑わらうてござるやうなものぢゃ。ロレ おゝ、罪つみ深ふかや〳〵！ おゝ、作さは法ふ知しらず、恩おん知しらず！ これ、卿そなたの罪ざい科くわは國こく法はふでは死しざ罪いとある、然しかるに慈じひ悲ぶ深かい御ごり領ゃう主しゅが卿そなたの肩かたを持もち、御ごは法ふを曲まげ、怖おそろしい死しざ罪いの名なを追つゐ放はうとは變かへさせられた。其その難あり有がたいお慈じ悲ひが分わからぬか！
ロミオ 慈じ悲ひではなうて、そりゃ苛かし責ゃくぢゃ。ヂュリエットがゐやる此こ處ゝは天てん國ごく、こゝに住すむ限かぎりは猫ねこも犬いぬも鼠はつかねずみも、どのやうな屑はか々ない物ものも、姫ひめの顏かほが見みらるゝゆゑ天てん國ごくにゐるのぢゃが、ロミオにはそれが能かなはぬ。腐くさ肉れにくに集たかる蒼あを蠅ばへでもロミオには優ます幸しあ福はせ者ものぢゃ、風み雅やびた分ぶん際ざいぢゃ。彼あい奴つ等らは可い憐としいヂュリエットの手ての白はく玉ぎょくを掴つかむことも出で來くる、また姫ひめの脣くちびるから……其その上うへ下したの脣くちびるが、淨きよい温しと淑やかな處をぼ女こ氣ぎで、互たがひに密ひ接たと合あふのをさへ惡わるいことゝ思おもうてか、いつも眞まっ赤かになってゐる……其その姫ひめの脣くちびるから永えい劫がう死しなぬ天てん福ぷくを窃そっと盜ぬすむことも出で來くる、ロミオにはそれが能かなはぬ。ロミオは追つゐ放はうの身みの上うへぢゃ。蒼あを蠅ばへでも能ようすることをロミオばかりは能ようせぬ、彼あい奴つ等らは自じい由うの身み、吾われ等らは追つゐ放はう！ これでも足おぬ下しは追つゐ放はうを死しざ罪いでないとおしゃるかいの？ 調てう合がふした毒どくはないか、研とぎすました刃やいばはないか、如い何かに卑いやしうても大だい事じない、一ひと思おもひに死しぬ法はふは無ないか？……﹁追つゐ放はう﹂……﹁追つゐ放はう﹂で殺ころさるゝのは俺おれゃ否いやぢゃ！ おゝ、御ごば坊うよ、追つゐ放はうとは墮だご獄くの輩やからが用もちふる語ことば、唸うなり聲ごゑが附つき物もの。そのやうな語ことばを聞きかせて予わしを切きりさいなむとは酷むごいわい、つれないわい、それでも高かう僧そうか、司しく悔わい僧そうか、教けう導どう師しか、莫ばく逆ぎゃくと誓ちかうた信しん友いうか？
鼠はつかねずみも、どのやうな屑はか々ない物ものも、姫ひめの顏かほが見みらるゝゆゑ天てん國ごくにゐるのぢゃが、ロミオにはそれが能かなはぬ。腐くさ肉れにくに集たかる蒼あを蠅ばへでもロミオには優ます幸しあ福はせ者ものぢゃ、風み雅やびた分ぶん際ざいぢゃ。彼あい奴つ等らは可い憐としいヂュリエットの手ての白はく玉ぎょくを掴つかむことも出で來くる、また姫ひめの脣くちびるから……其その上うへ下したの脣くちびるが、淨きよい温しと淑やかな處をぼ女こ氣ぎで、互たがひに密ひ接たと合あふのをさへ惡わるいことゝ思おもうてか、いつも眞まっ赤かになってゐる……其その姫ひめの脣くちびるから永えい劫がう死しなぬ天てん福ぷくを窃そっと盜ぬすむことも出で來くる、ロミオにはそれが能かなはぬ。ロミオは追つゐ放はうの身みの上うへぢゃ。蒼あを蠅ばへでも能ようすることをロミオばかりは能ようせぬ、彼あい奴つ等らは自じい由うの身み、吾われ等らは追つゐ放はう！ これでも足おぬ下しは追つゐ放はうを死しざ罪いでないとおしゃるかいの？ 調てう合がふした毒どくはないか、研とぎすました刃やいばはないか、如い何かに卑いやしうても大だい事じない、一ひと思おもひに死しぬ法はふは無ないか？……﹁追つゐ放はう﹂……﹁追つゐ放はう﹂で殺ころさるゝのは俺おれゃ否いやぢゃ！ おゝ、御ごば坊うよ、追つゐ放はうとは墮だご獄くの輩やからが用もちふる語ことば、唸うなり聲ごゑが附つき物もの。そのやうな語ことばを聞きかせて予わしを切きりさいなむとは酷むごいわい、つれないわい、それでも高かう僧そうか、司しく悔わい僧そうか、教けう導どう師しか、莫ばく逆ぎゃくと誓ちかうた信しん友いうか？ロレ はてさて、愚 な狂人 どの、ま、予 の言 ふことを聽 かっしゃれ。
ロミオ きっとまた追放 といふことを被言 るであらう。
ロレ いや、其 語 の鋭鋒 を防 ぐ甲胄 を與 さう。逆境 の甘 い乳 ぢゃと謂 ふ哲學 こそは人 の心 の慰 め草 ぢゃ、よしや追放 の身 とならうと。
ロミオ それ、また﹁追つゐ放はう﹂と！ えゝ、哲てつ學がくめ、腐くさりをれ！ 哲てつ學がくでヂュリエットが出で來き、市まちが移うつされ、領りゃ主うしゅの宣せん告こくが取とり消けさるれば知しらぬこと、哲てつ學がくが何なんの役やくに立たつ、何なんにならう？ もう聽きかぬ。
ロレ おゝ、すれば狂人 には耳 が無 いと見 える。
ロミオ 無 い筈 ぢゃ、賢 い人 にさへ目 が無 い世 ぢゃ。
ロレ いや、卿 の今 の身 の上 について、談 じたい事 があるのぢゃ。
ロミオ 身みに感かんじておゐやらぬ事ことを、何なんで談だんずることが出で來けう。足こな下たが予わし程ほどに齡としが若わかうて、あのヂュリエットが戀こひ人びとで、婚こん禮れいの式しきを擧あげて只たんだ一時ときも經たたぬうちにチッバルトをば殺ころして、予わしのやうに戀こひ焦こがれ、予わしのやうにあさましう追つゐ放はうされた上うへでなら、予わしに談だんずることも出で來けうずれ、このやうに頭かみ髮のけを掻かき毟むしって、ま此この樣やうに地ぢび上たに倒たふれて、まだ掘ほらぬ墓はか穴あなの尺しゃくを取とることも出で來けうずれ！
ロミオ頭髮 を掻毟 り仰向 に倒 れて歎 く。此時 奧 にて戸 を叩 く音 。
ロレ 起たちゃれ。案あん内ないがある。ロミオや、速はやう身みを匿かくしゃれ。
ロミオ 俺 ゃ匿 れぬ。胸 の惱悶 の唸 きの息 が霧 のやうに立籠 めて追手 の目 を塞 いだら知 らぬこと。
ロレ あれ、あの叩たゝくことは！……誰たれぢゃな！……速はやう起たちゃ。捕とらへられうぞよ。……暫しばらく〳〵！……立たちゃ〳〵。
予わしの書しょ齋さいへ。……只たゞ今いま々／々＼！……はてさて、愚おろかにも程ほどがあるわ！……はい〳〵、只たゞ今いま參まゐります！
けたゝましうお叩 きゃるは何人 ぢゃ？ どこから見 えたぞ？ 何 の御用 ぢゃ？
乳母 （内にて）用 は入 ってから申 しまする、ヂュリエットさまからでござります。
ロレ なれば、ようこそ。
乳母 おゝ、御坊 さま、御坊 さま、姫 さまの殿御 は何處 にござらッしゃります、ロミオさまは何處 に？
ロレ それ、そこに地上 に、おのが涙 に醉 うて。
乳母 おゝ／＼、こちの姫 さまも、ま、ちょうど其通 りぢゃがな！
ロレ ても、いたましい悲哀 の感應 ！ 氣 の毒 な境遇 ！
乳母 こちのも其その通とほりに平へた伏ばって、泣べ面そかいて、哭なき立たてゝぢゃ。立たたッしゃれ〳〵。男をとこなら立たたッしゃりませ。姫ひめの爲ためぢゃ、ヂュリエットどのの爲ためぢゃ、起おきさッしゃれ、立たたしませ。︵此時ロミオ唸うめく。︶何なんで其その樣やうに歎なげかッしゃるのぢゃ、何なんで其その樣やうに大おほ業げふに？
ロミオ （俄に起ち上りて）おゝ、乳母 ！
乳母 あゝ、もし！ これさ、もし！ はて、死しぬれば何なにもかも結おし局まひぢゃがな。
ロミオ 今 ヂュリエットと被言 ったの？ 姫 は何 としてぢゃ？ 姫 は予 を二人 が中 の歡樂 の其 水子 を姫 の身内 の血 で汚 した怖 しい殺人者 と思 うてはゐやらぬか？ 何處 にぢゃ？ 何 としてぢゃ？ わしの内密妻 は破 れた互 ひの誓文 を何 と言 うてぢゃ？
乳母 おゝ、何なにも言いはッしゃらいで、泣ないてばっかり。寢ねど床この上うへに倒たふれさっしゃるかと思おもふと、即やがて又また飛とび起おきてチッバルトと呼よばらっしゃる、かと思おもふと、ロミオと呼よばって、又また横よこ倒たふしにならっしゃります。
ロミオ すりゃ、其その名なま前へに胸むな板いたを射い拔ぬかれたやうに思おもうて、其その名なま前への持もち主ぬしが大だい事じの近うか親らを殺ころしたゆゑ。おゝ、御ごば坊う、をしへて下くだされ、此この肉にく體たいの何どのあたりに、予わしの醜けが穢らはしい名なは宿やどってゐるぞ？ さ、をしへて下くだされ、其その憎にくい居ゐど所ころを切霧裂さいてくれう。
ロレ まゝゝ、滅めっ相そうなことをすまい。これ、男をとこではないか？ 姿すがたを見みれば男をとこぢゃが、其その涙なみだは宛さな然がらの女をな子ごぢゃ。狂きち氣がひめいた其その振ふる舞まひは理りせ性いのない獸けだ類もの同どう然ぜん。男をとこらしうも女をなごらしうも見みえて、獸けだ類ものらしうも見みゆる見みともない振ふる舞まひ！ はてさて、呆あきれ果はてた。誓せい文もん、予わしは今もす少こし立りっ派ぱな氣きだ質てぢゃと思おもうてゐたに。チッバルトを殺ころした上うへに、おのが身みをも殺ころさうとや？ 自みづから墮だぢ地ご獄くの罪つみを犯をかして、卿そなたゆゑにこそ生いきてゐやるあの姫ひめをも殺ころさうとや？ 何なんで卿そなたは出しゅ生っしゃうを呪のろひ、天てんを、地ちを呪のろふのぢゃ？ 生せいと天てんと地ちと此この三みつが相あひ合あうて出で來きた身みをば、つい無むふ分んべ別つに棄すてうでな？ 馬ば鹿かな、馬ば鹿かな！ 姿すがたを、戀こひを、分ふん別べつを辱はづかしむる振ふる舞まひといふものぢゃ。譬たとへば、吝りん嗇しょ者くもののやうに貨たからは夥おびたゞしう有もってをっても、正たゞしう用もちふることを知しらぬ、姿すがたをも、戀こひをも、分ふん別べつをも、其その身みの盛かざ飾りとなるやうには。卿そなたの其その氣けだ高かい姿すがたは徒ほんの蝋らう細ざい工くど同うや樣う、男をとこの勇ゆう氣きからは外はづれたものぢゃ。卿そなたの戀こひの盟ちか約ひは内なか容みの無ない空から誓ぜい文もん、なりゃこそ養はご育くまうと誓ちかうた戀こひをも殺ころしてのけうと爲しやるのぢゃ、卿そなたの分ふん別べつは姿すがたや戀こひの飾かざりぢゃが、本ほん體たいが善ようないので不かた具はとなり、愚おろかな卒そつが藥くす筐りいれの火くわ藥やくのやうに、扱あつかひかたがわるいので爆ばく發はつし、我われと我わが武ぶ器きで身みを滅ほろぼす。こりゃ、しっかりとお爲しやらう！ つい最いま前がたまで戀こひしさに死しぬる苦くるしみを爲してござった其その戀こひ人ゞとのヂュリエットは恙つゝがない。すれば、それが先まづ幸しあ福はせ。またチッバルトは卿そなたを殺ころしたでもあらうずに、卿そなたがチッバルトを殺ころした。それもまた一ひとつの幸しあ福はせ。次つぎに死しざ罪いともあるべき國こく法はふは卿そなたの身みか方たとなって追つゐ放はうで事こと濟ずみ。それもまた一ひとつの幸しあ福はせ。天てんの恩めぐ惠みは重かさね〴〵脊せに下くだり、幸かう福ふくが餘よそ所ゆき行すが姿たで言いひ寄よりをる。それに何なんぢゃ、意い地ぢくねの曲まがった少こめ女らうのやうに、口くち先さきを尖とがらせて運うん命めいを呪のろひ、戀こひを呪のろふ。氣きを附つけゃ、氣きを附つけゃ、さういふ輩やからがあさましい最さい期ごを遂とぐる。さゝ、豫さだ定めど通ほり、戀こひ人ゞとの許もとへ往いて、居ゐ間まへ攀よぢ登のぼり、速はやう慰なぐさめてやりめされ。したが、夜よば番んの置おかれぬうちに別わかれませうぞ、マンチュアへ往ゆかれぬやうになってはならぬ。マンチュアに蟄ちっしてゐやる間あひだに、わしが機をりを見みて二ふた人りが内ない祝しう言げんの顛もと末すゑを公おほやけにし、兩りゃ家うけの確かく執しつを調てう停ていし、御ごり領ゃう主しゅの赦ゆるしを乞こひ、やがて卿そなたを呼よび返かへすことにせう、其その折をりの喜よろ悦こびは出でて行ゆく今いまの悲かな痛しみの千せん萬まん倍ばいであらうぞよ。……乳おん母ば、先さきへ往ゆきゃれ。姫ひめによう傳つたへたもれ、家かな内いぢ中ゅうを早はやう就ね褥かしめさと被おし言ゃれ、歎なげきに疲つかれたれば眠ねむるは定ぢゃうぢゃ。ロミオは今いま直すぐ參まゐらるゝ。
乳母 はれま、結けっ構こうなお教けう訓くんぢゃ、夜よすがら此こ處ゝに居ゐの殘こっても、聽ちゃ聞うもんがしたいわいの。てもま、學がく問もんは偉きついものぢゃな！ 殿とのさん、貴こな方たが來きさしますことを姫ひいさまに申まうしましょ。
ロミオ さういうて、戀人 に、叱 る準備 をさせてたもれ。
乳母 もしえ、この指ゆび輪わは姫ひいさまから、わしに貴こな下たへ上あげませいと言いうて。さ、速はやう、急いそがしゃれ、甚いかう夜よが深ふけたによって。
ロミオ おゝ、これで心 が安 らいだわ！
ロレ さ、速はやう往ゆきゃれ。さらばぢゃ。貴こな下たの幸かう運うんは只たゞ此この一ひとつに繋かゝる、夜よば番んの置おかれぬうちに出しゅ立ったつするか、さなくば夜よ明あくる頃ころ姿すがたを窶やつして此この市まちを遠とほざかるか、二ふたつに一ひとつぢゃ。マンチュアに蟄ちっしてござれ、忠まめ實やかな僕をとこを求もとめ、時とき折おり、其その男をとこして此こな方たの吉きッ左さ右うを知しらせう。さ、手てを。もう晩おそい。さらばぢゃ、機きげ嫌んよう。
ロミオ 此上 も無 い歡樂 が予 を呼 ぶのでなかったら、斯 う早急 に別 るゝのは悲 しいことであらう。恙 なうござりませ。
二ふた人り左さい右うに別わかれて入る。
第だい四場ぢゃう 同どう處しょ。カピューレット家けの一室しつ。
カピューレット長者 、同 じく夫人 及 びパリス出る。
カピ長 かやうな珍ちん變ぺんが起おこったによって、女むすめに説とき聞きかす暇いとまもござらなんだ。女むすめもチッバルトを甚きつう懷なつかしう思おもうてをったに、また吾われ等らとても同どう樣やうぢゃに。さりながら人ひとは皆みな死しぬるやうに生うまれたもの。もう今こよ宵ひは晩おそうござる、女むすめは降おりては參まゐるまいぢゃまで。貴こな下たがござったればこそ、さもなくば吾われ等らとても、一時ときも前さきに、臥や床すんだでござらう。
パリス かういふ愁なげ傷きの最さな中かには祝しう言げんの話はなしも出で來きまい。お内うちかた、おさらばでござる。娘むす御めごによろしう傳つたへて下くだされ。
カピ妻 心得 ました、女 の心 は明日 早 う質 しましょ。今宵 は悲嘆 に囚 はれて、閉籠 めてのみ居 まする。
パリス行 きかくる。
カピ長 いや、なう、パリスどの、女むすめは敢あへて献けんじまする。彼かれめは何なに事ごとたりとも吾われ等らの意こゝ志ろざしには背そむくまいでござる、いや、其その儀ぎは聊いさゝかも疑うたがひ申まうさぬ。……奧おくよ、其そな許たは寢ねる前まへに女むすめに逢あうて、婿むこがねパリスどのゝ深ふかい心こゝ入ろいれの程ほどを知しらせて、よいかの、次つぎの水すゐ曜えう日びには……いや、待まちゃれ、けふは何なに曜えう日びぢゃ？
パリス 月曜日 でござる。
カピ長 月げつ曜えう日び！ はゝア！ かうッと、水すゐ曜えう日びはちと急きふぢゃ。木もく曜えう日びにせう。……女むすめに、木もく曜えう日びには此この殿とのと祝しふ言げんさすると被おし言ゃれ。ようござるか？ 此この早さっ急きふに異い議ぎはござらぬか？ 業げふ々〳〵しうはすまい、ほんの近ちかしい輩やから一兩りゃ名うめい、はて、何な故ぜと被おし言ゃれ、近きん親しんチッバルトが殺ころされて間まがないことゆゑ、盛せい宴ゑんを催もよふすときは無むじ情ゃうな行しこ爲なしとも思おもはれうによって。されば、近ちかしい友とも達だちをば只たんだ五六名めい限かぎり招まねくことにしませう。……したが、貴こな下た、木もく曜えう日びでようござるか？
パリス 吾等 は其 木曜日 が明日 であってほしうござる。
カピ長 さらば、先まづお歸かへりあれ。なれば木もく曜えう日びと定きめまする。……卿そなたは寢ねる前まへに女むすめに逢あうて、當たう日じつの準こゝ備ろまうけをさせたがよい。……おさらばでござる。予わしが居ゐ間まへ燭あか火しを持もて！ はれやれ、晩おそうなったわい、こりゃ軈やがてお早はやうと言いはねばなるまい。……さゝ、お休やすみなされ。
パリスと夫ふう婦ふと左さい右うに分わかれて入る。
第だい五場ぢゃう 同どう處しょ。カピューレットの庭てい園ゑん。
ロミオとヂュリエットと樓上 の窓口 に現 るゝ。
ヂュリ 去いなうとや？ 夜よはまだ明あきゃせぬのに。怖こはがってござるお前まへの耳みゝに聞きこえたは雲ひば雀りではなうてナイチンゲールであったもの。夜よご毎とに彼あそ處この柘じゃ榴くろへ來きて、あのやうに囀さへずりをる。なア、今いまのは一きっ定とナイチンゲールであらうぞ。
ロミオ いや〳〵、旦あさを知しらする雲ひば雀りぢゃ、ナイチンゲールの聲こゑではない。戀こひ人びとよ、あれ、お見みやれ、意い地ぢの惡わるい横よこ縞じまめが東ひがしの空そらの雲くもの裂さけ目めにあのやうな縁へりを附つけをる。夜よるの燭とも火しびは燃もえ盡つきて、嬉うれしげな旦あしためが霧きり立たつ山やまの巓いたゞきにもう足あしを爪つま立だてゝゐる。速はやう往いぬれば命いのち助たすかり、停とゞまれば死しなねばならぬ。
ヂュリ あの光ひか明りは朝あさぢゃない、いえ〳〵、朝あさ日ひではないわいの。ありゃ太たい陽やうがお前まへの爲ために、今こよ宵ひマンチュアへの道みち案しる内べに炬たい火まつ持もちの役やくさしょとて、急きふに呼よび出だした光ひかり物ものぢゃ。ぢゃによって、大だい事じない、まだ去いなしゃるには及およばぬ。
ロミオ 捕とらはれうと、死しざ罪いにならうと、恨うらみはない、卿そもじの望のぞみとあれば。あの灰はひ色いろは朝あさの眼めで無ないとも言いはう、ありゃ嫦シン娥シヤの額ひたひから照てり返かへす白びゃ光くくわうぢゃ。また吾われ等らの頭かしらの上うへで大おほ空ぞら高たかう鳴なり響ひゞくあの奏そう樂がくも、雲ひば雀りの聲こゑでは無ないと言いはう。去いにたいよりも此こ處ゝに居ゐたいが幾いく層そう倍ばいぢゃ。さ、死しよ、來きたれ、喜よろこんで迎むかへう！ それがヂュリエットの望のぞみぢゃ。さ、戀こひ人びと、どうぢゃ？ もっと話はなさう。朝あさではない。
ヂュリ いや、朝あさぢゃ、朝あさぢゃ。速はやう去いなしませ、速はやう〳〵！ 聞きゝ辛づらい、蹴け立たたましい高たか調てう子しで、調てう子しは外づれに啼なき立だつるは、ありゃ雲ひば雀りぢゃ。雲ひば雀りの聲こゑは懷なつかしいとは虚いつ僞はり、なつかしい人ひとを引ひき分わけをる。蟇ひきと目めを交とり換かへたとは事まこ實とか？ ならば何な故ぜ聲こゑまでも交とり換かへなんだぞ？ あの聲こゑがあればこそ、抱いだきあうた腕かひなと腕かひなを引ひき離はなし、朝あさ彦びこ覺さます歌うた聲ごゑで、可い愛としいお前まへを追おひ立たてをる。おゝ、速はやう去いなしませ、だん〴〵明あかるうなって來くる。
ロミオ 明 るうなればなる程 、暗 うなる二人 が身 の上 。
乳母 姫 さま！
ヂュリ 乳母 か？
乳母 御方樣 が只今 お居間 へ入 らせられます。夜 は明 けた、もし、油斷 なう心 を配 って。
ヂュリ なりゃ、窓 よ、日光 を内 へ、命 を外 へ。
ロミオ おさらば、おさらば！ これを名殘 に（と接吻して）降 りて去 う。
ヂュリ ︵樓上より︶お前まへもう去いなしますか？ あゝ、戀こひ人びとよ、殿との御ごよ、わが夫つまよ、戀こひ人びとよ！ きっと毎まい日にち消たよ息りして下くだされ。これ、一時ときも百日にちなれば、一分ぷんも百日にちぢゃ。おゝ、そんな風ふうに勘かん定ぢゃうしたら、また逢あふまでには予わしは老とし年よりになってしまはう！
ロミオ さらばぢゃ！ かりそめにも機會 さへあれば消息 を怠 ることではない。
ヂュリ おゝ、また逢 はれうかいの？
ロミオ 念 には及 ばぬ。今 の此 憂苦勞 は、後 の樂 しい昔語 ぢゃ。
ヂュリ おゝ、如ど何うせうぞ！ 心こゝろめが忌いまはしい取とり越こし苦ぐら勞うをさせをる。下したにゐやしゃるのを此こ處ゝから見みると、どうやら墓はかの底そこの死しに人んのやう。目めの故せゐか知しらねども、お前まへの顏かほが蒼あをう見みゆる。
ロミオ 眞しん實じつ、予わしの目めにも、卿そもじの顏かほが然さう見みゆる。憂うき悲かな愁しみが互たがひの血ちし汐ほを涸からしたのぢゃ。おさらば、おさらば！
ロミオ入る。
ヂュリ おゝ、運うん命め神いよ、運うん命め神いよ！ 皆みなが汝そちを浮うは氣きも者のぢゃといふ。いかに汝そちが浮うは氣きであらうと、世よに聞きこえた堅かた實ぎな人ひとを何なんとすることも出で來きまい。いや、やっぱり浮うは氣きがよい、そしたら彼あの人ひとを直すぐ
いて予わしへ返かへしてたもらうによって。
いて予わしへ返かへしてたもらうによって。カピ妻 （内にて）女 や／＼！ 起 きてかいの？
ヂュリ 誰たれぢゃ呼よぶは？ 母かゝさまか知しらぬ。晩おそうまで眠ねぶらいでか、早はやうから目めを覺さましてか？ 何なに事ごとがあって、見みえたやら？
カピューレット夫人 出る。
カピ妻 ま、其方 、如何 ぞしやったか？
ヂュリ 心地 がわるうござります。
カピ妻 いつまでも從いと兄こどのゝのことを悔くやんでゐやるか？ これの、涙なみだで洗あらうたら墓はかから出でて來きやると思おもうてか？ 出でて來きやったとても生いかすことは出で來きまい。ぢゃによって、思おもひ切きりゃ。歎なげくは愛まご情ゝろの深ふかい證しるしぢゃが、餘あまりに深ふかう歎なげくは分ふん別べつの足たらはぬ證しるしぢゃ。
ヂュリ でも此樣 な不幸 は存分 に泣 いてのけたい。
カピ妻 存分 にお泣 きゃらうと、不幸 な人 が歸 りはせぬ。
ヂュリ 返 らぬことゝ思 うても、存分 に泣 かいではをられぬ。
カピ妻 では、其方 は、殺 した當 の惡黨 が尚 存 へてゐくさるのを、然程 にはお泣 きゃらぬな？
ヂュリ え、惡黨 とはえ？
カピ妻 あのロミオの惡黨 。
ヂュリ ︵傍を向き︶惡あく黨たうと彼あの人ひとでは大おほきな相ちが違ひぢゃ！……神かみ樣さま、あの者ものを赦ゆるさせられませ！ わたしは眞しん實じつ赦ゆるしてゐます。とは言いへ、思おもひ出だすと、悲かなしうてなりませぬ。
カピ妻 と言 ふのも、あの二心 の下手人 めが生存 へてをるからぢゃ。
ヂュリ あい、さうぢゃ、わたしの此 手 が能 う達 かぬ遠 い處 に。わたしの手 一 つで從兄 どのゝ敵 が討 ちたい。
カピ妻 敵かたきは一きっ定と取とってやります。懸けね念んには及およばぬ。すれば、最も早う泣なきゃんな。あの追おひ放はら人はれの無なら頼ずも漢のが住すんでゐるマンチュアに使つかひを送おくり、さる男をとこに言いひ含ふくめて尋よの常つねならぬ飮のみ物ものを彼あい奴つめに飮のませませう、すれば即やがてチッバルトが冥めい途どの道みち伴づれ。さうなれば其そな方たの心こゝろも慰なぐさまう。
ヂュリ ほんにロミオの顏かほを……死しに顏がほを……見みるまでは、妾わたしゃ如ど何うしても心こゝろが勇いさまぬ、從いと兄こがお死しにゃったのが、それ程ほどに心こゝろに沁しみて悲かなしい。母かゝさま、其その毒どくを持もって行ゆく使つかひの男をとことやらが定きまったら、藥くすりは妾わたしが調てう合がふせう、ロミオがそれを手てに入いれたら、直すぐにも安あん眠みんしをるやうに。おゝ、彼あい奴つの名なを聞きくと身みが顫ふるへる。もどかしいなア、チッバルトを殺ころしをった彼あい奴つの肉から體だをば掻かき毟むしって、懷なつかしい〳〵從いと兄こへの此この眞まご情ゝろを見みすることも出で來きぬか！
カピ妻 方法 は自身 で工夫 しやれ、使者 は予 が搜 しませう。それはさうと、めでたい報道 を持 って來 たぞや。
ヂュリ めでたい事 とは耳寄 りな、此樣 な辛 い時 に。それは何樣 な事 でござります？
カピ妻 はて、其そな方たは仁なさ情けぶ深かい父てゝ御ごをお有もちゃってぢゃ。其そな方たに愁なげ歎きを忘わすれさせうとて、俄にはかにめでたい日ひをお定さだめなされた、予わしも其そな方たも曾つひぞ思おもひがけぬめでたい日ひを。
ヂュリ はれま、母樣 、それはまた何樣 な？
カピ妻 はて、女むすめよ、次つぎの木もく曜えう日びの朝あさ早はやう、あの風みや流びな、立りっ派ぱな若わか殿とののパリスどのが、セント・ピーターの會くわ堂いだうで、めでたう其そな方たを花はな嫁よめ御ごにお爲しやる筈はずぢゃ。
ヂュリ そのセント・ピーターの會くわ堂いだう懸かけて、いゝや、ピーターどのをも誓ちか言ひにかけて、何なんのそれがめでたからう！ 嫁よめ入いりはせぬわいの。何なんといふ早さっ急きふぢゃ。申まう入しいれも聞きかぬうちに婚こん禮れいとは何なに事ごとぢゃ？ 父とゝさまに言いうて下くだされ、わたしは嫁よめ入いりはまだしませぬ。嫁よめ入いりすれば如ど何うあってもロミオへ往ゆく、憎にくいと思いふあのロミオへ、パリスどのへ往ゆくよりは。まア、ほんに、思おもひがけない！
カピ妻 あれ、父ちゝ御ごがわせた。自じし身んで然さう言いうて、父ちゝ御ごがそれを其そな方たから聞きいて、何なんと思おもはしゃるかを見みたがよい。
カピューレット長者 先 に乳母 從 いて出る。
カピ長 日ひが沈しずむと露つゆが降おりるは尋よの常つねぢゃが、甥をひの日ひの沒いりには如どし瀧ゃぶ雨りぢゃ。どうぢゃ！ 噴みづ水ふ像きどの！ え、まだ泣ないておぢゃるか？ え、いつまでも雨し天けつゞきか？ 其おぬ許しは只たんだ一ひとつの小ちひさい身から體だで、船ふねにもなれば、海うみにも風かぜにもなりゃる。先まづ目めは海うみぢゃ、終たえ始ず涙なみだの滿みち干ひきがある、身から體だは船ふね、其その鹽しほ辛からい浪なみを走はしる、溜ため息いきは風かぜぢゃ、涙なみだの浪なみと共ともに荒あれり、涙なみだはまたそれを得えて倍ます荒あるゝ、はて、和なぎが急きふに來こなんだら、命いのちの船ふねが顛ひっ覆くりかへってしまふわい。……何なんとぢゃ、卿そなた！ 吩いひ咐つけた通とほりをお語かたりゃったか？
り、涙なみだはまたそれを得えて倍ます荒あるゝ、はて、和なぎが急きふに來こなんだら、命いのちの船ふねが顛ひっ覆くりかへってしまふわい。……何なんとぢゃ、卿そなた！ 吩いひ咐つけた通とほりをお語かたりゃったか？カピ妻 はい、申まうしましたなれど、有あり難がたうはござりますが、望のぞまぬと言いうてゐます。阿あは呆うめは墓はかへ嫁よめ入いりしたがようござります！
カピ長 ま、待 たしませ！ 如何 したと言 はします、いさや、どうしたと被言 るのぢゃ？ え！ 望 まぬ？ 有難 いとは思 はぬか？ 其 身 の名譽 ぢゃと思 はぬか？ おのれ、嬉 しいとも思 ひをらぬか、あのやうな、分不相應 の貴人 を親 が婿 にしてとらしたをば？
ヂュリ さア、名めい譽よぢゃとは思おもはねど、嬉うれしいとは思おもひまする。嫌いやなものを名めい譽よには能ようせねど、其その嫌いやなことも妾わたしを可かわ愛ゆさにして下くだされたと思おもへば嬉うれしい。
カピ長 何なんぢゃ、何なんぢゃ！ 小こり理く窟つ屋やが！ 何なんぢゃそれは？ ﹁名めい譽よぢゃ﹂、﹁嬉うれしいと思おもひまする﹂、﹁嬉うれしいと思おもひませぬ﹂。しかも尚なほ﹁名めい譽よぢゃとは思おもひませぬ﹂はて、こゝな我わが儘まゝどの、嬉うれしがったり名めい譽よがったりする間ひまに、其その上けっ等こうな脚すね節ふしでも調し査らべておきゃ、次つぎの木もく曜えう日びにパリスと一しょに會くわ堂いだうへ行ゆくために。さうでないと、簀すの子この上うへへ叩たゝき伏ふせて、引ひき摺ずって行ゆかうぞよ。おのれ、萎ゐわ黄うび病ゃうで死しんだやうな面つらをしをって！ うぬ〳〵、碌ろくでなし！ おのれ、白びゃ蝋くろ面うづらめが！
カピ妻 あさましい！ 貴下 は氣 でも狂 うたか？
ヂュリエット父 の前 に膝 まづく。
ヂュリ もうし、父上 、膝 をついて願 ひまする、たった一言 堪忍 して聽 いて下 され。
カピ長 くたばりをれ、碌ろくでなしめが！ 不ふか孝うせ千んば萬んな奴やつぢゃ！ こりゃやい、次つぎの木もく曜えう日びに教けう會くわ堂いだうへ往ゆきをらう。往ゆかずば、又またと此この顏かほを見みるな。言いふな、答こたへるな、返へん答たふするな。此この指ゆびがむづ〳〵するわい。……奧おくよ、子こをば神かみが只たゞ一ひと人りしか賜たまはらなんだのを不ふそ足くらしう思おもうたこともあったが、今いまとなっては此こや奴つ一ひと人りすら多おほ過すぎる、取とりも直なほさず、呪じゅ咀そぢゃ、禍わざ厄はひぢゃ、うぬ〳〵、賤はし婢たをんなめ！
乳母 はれまア、可かは愛いさ相うに！ 其その樣やうに叱しからしゃりますは、殿とのさま、それは貴こな下たが無む理りでござります。
カピ長 なゝ、なぜぢゃ、賢けん女ぢょどの！ 聰おり明こう樣さま、まゝ、お默だまりなされ。喋べち々ゃ語つきたくば、とっとゝ彼あ方ちへ往いて、冗むだ口ぐち仲なか間まと饒しゃ舌べれ。
乳母 お爲 にならぬことは言 ひませぬわいの。
カピ長 はい、さやうなら、御機嫌 よう！
乳母 物言 うては、わるいかいな？
カピ長 默だまれ、むが〳〵むが〳〵と、阿あは呆うめ！ 其おぬ許しの御ごた託くせ宣んは、冗むだ口ぐち仲なか間まと酒さけでも飮のみ合あふ時ときに被おし言ゃれ、こゝには用ようは無ないわ。
乳母 貴下 は餘 り逆上 せてござる。
カピ長 はて、氣きちがひにもなるわさ。晝ひるも夜よるも、季きも節せつも、念ねん々〳〵刻こく々〳〵、働はたらいてゐよが、遊あそんでゐよが、只たゞ一ひと人りゐよが、多おほ勢ぜいと共ともにゐよが、女むすめめが縁えん邊ぺんを苦くら勞うにせなんだ時ときは無ない。やっとの事ことで、門もん閥ばつ家かの、良よい領りゃ地うち有もちの、年としの若わかい、教けう育いくも立りっ派ぱな、何なに樣さま才さい徳とくの具ぐそ足くした男をとこは斯かうもありたいもの、と望のぞまるゝ通とほりに出でき來あ上がってゐる婿むこを搜さがして、供あて給がへば、見みともない、吠ほえ面づらさかいて、泣なき偶にん人ぎゃうめ、幸しあ福はせをば幸しあ福はせとも思おもひをらいで、﹁嫁よめ入いりはせぬ﹂の、﹁戀こひは知しらぬ﹂の、﹁まだ年とし齡はがゆかぬ﹂の、﹁赦ゆるして下くだされい﹂の、と吐ぬかしをる。したが、嫁よめ入いりをせぬとならば、赦ゆるしてもくれう。好すきな處ところで草くさ食はみをれ、此こ處ゝには住すまさぬわい。やい、よう思おもへ、よう考かんがへをれ、戲たは言ぶれごとは言いはぬ乃お公れぢゃ。木もく曜えう日びは今いまの間ま、胸むねに手てを置おいて思しあ案んせい。我わが子こならば親しん友いうの許もとへ遣やる、さなくば首くびを縊くゝらうと、乞こじ食きをせうと、餓うゑて途のた上れじ死にをしをらうとまゝぢゃ、誓せい文もん、我わが子ことは思おもはぬわい、また何なに一ひとつたりと、汝おのれには與くれまいぞよ。よいか、二言ごんは無ないぞよ。誓せい言ごんは破やぶらぬぞよ。
ヂュリ 大おほ空ぞらの雲くもの中なかにも此この悲かな痛しみの底そこを見みと透ほす慈じ悲ひは無ないか？ おゝ、母かゝさま、わたしを見み棄すてゝ下くださりますな！ 此この婚こん禮れいを延のばして下くだされ、せめて一ひと月つき、一週しう間かん。それも能かなはぬなら、チッバルトが臥ねてゐやる薄うす昏ぐらい廟べうの中なかに婚こん禮れいの床とこを設まうけて下くだされ。
カピ妻 わしに物 を被言 んな、わしは最早 何 も言 ひますまいほどに。好 きにしや、もう其方 には關 ひませぬほどに。
ヂュリ おゝ！……おゝ、乳う母ばや！ 如ど何うしたらよいであらうぞ？ 夫をっとは地ちじ上ゃう、誓ちか約ひは天てん上じゃう。何なんとして其その誓ちか約ひが再ふたゝび地ちじ上ゃうに戻もどらうぞ、其その夫つまが地ちを離はなれて天てんから取とり戻もどしてたもらずば？……慰なぐさめてたも、教をしへてたも。……かなしや〳〵、此この身みのやうな孱かよ弱わい者ものを天てんまでが陰たく謀らんで責せめさいなむ！……これ、乳う母ば、どうせう？ 嬉うれしいことを言いうてたも。何なんぞ慰なぐさめはないかいの？
乳母 誓せい文もん、ござります。ロミオどのは追つゐ放はうの身みぢゃほどに、世せか界いが崩くづれうと、戻もどって來きて何なんのかのと言いはッしゃらう筈はずは無ない。よしや戻もどらッしゃるにせい、ほんの窃こつ々そりの内ない密しょ沙ざ汰たぢゃ。すれば、かうなってしまうた上うへは、あの若わか殿とのへ嫁よめ入いらッしゃるが最いっち良よい分ふん別べつぢゃ。おゝ、ほんに可かは憐いらしいお方かた。彼あな方たに比くらべてはロミオどのは雜ざふ巾きんぢゃ。萠もえ黄ぎい色ろの、活いき々〳〵とした美うつくしい眼めつ附き、鷲わしの目めよりも立りっ派ぱぢゃ。ほんに〳〵、こんどのお配つれ偶あひこそ貴こな孃たのお幸しあ福はせであらうぞ、前まへのよりはずっと優ましぢゃ。よし然さうでないにせい、前まへのは最も早う絶だ滅めぢゃ、いや、絶だ滅めも同どう樣やうぢゃ、離はなれて住すんでござって、貴こな孃たのまゝにならぬによって。
ヂュリ そりや［＃「そりや」はママ］其方 本氣 で言 やるか？
乳母 はい、本氣 でも本心 でもござります、でなくば罰 が當 たれ！
ヂュリ 其通 りに！
乳母 えゝ？
ヂュリ なに、あの、其そな方たの慰なぐさめで不ふ思し議ぎに心こゝろが安おち堵ついた。奧おくへ往いて、母はゝ樣さまに言いうてたも、父ちゝ上うへの御ごふ不きょ興うを受うけたゆゑ、懺ざん悔げをして罪つみを赦ゆるして貰もらはうとて、ロレンスどのゝ庵あん室じつへわしが往いんだと。
乳母 はい／＼、心得 ました。それこそ賢 い御分別 ぢゃ。
ヂュリ 罰ばち當あたりの夜やし叉ゃめ！ おゝ、惡あく魔まめ！ 予わしに誓ちか約ひを破やぶらせうとしをるばかりか、前まへには幾いく千せん度たびも比くらべ物ものの無ないやうに褒ほめちぎった予わしの殿との御ごを其その同おなじ舌したで惡あく口こうしをる。……去いね、相さう談だん敵あひ手てにした其そ方ちぢゃが、其そ方ちと予わしとは今いまからは心こゝろは別べつ々〳〵。……御ごば坊うの許ところへ往いて救すくひを乞こはう。事ことが皆みな破やぶれても、死しぬる力ちからは此この身みに有ある。
ヂュリエット入る。
［＃改ページ］第四幕
第 一場 ローナ。ロレンス法師 の庵室 。
ロレンス法師 とパリスと出る。
ロレ 木曜日 と仰 せらるゝか？ では早急 な事 ぢゃ。
パリス 舅 カピューレットどのが其樣 にしたいと被言 る。予 とてもそれを遲 うしたいとは思 ひませぬ。
ロレ 姫 の心 はまだ知 らぬと仰 せらるゝ。すれば段取 が素直 でない、吾等 は好 もしう思 ひませぬ。
パリス チッバルトの落らく命めいをいみじう歎なげいてゞあったゆゑ、涙なみだの宿やどには戀ーナ神スは笑ゑまぬものと、縁えん談だんを差さし控ひかへてゐたところ、餘あまり甚きつう歎なげいては姫ひめの身みが心こゝ元ろもとない、獨ひとりでゐれば洪こう水ずゐのやうに出でる涙なみだも、交まじらふ者ものがあれば堰せき止とむることも出で來きるものと、舅しう御とごの才さい覺かくにて、急きふに婚こん禮れいと事ことが決きまった。速はやうせねばならぬ仔わ細けを、何なんと會ゑと得くめされたか？
ロレ ︵傍を向きて︶それは遲おそうせねばならぬ仔わ細けが、此こ方ちに解わかってをらなんだらなア！……あれ、御ごら覽うぜ、姫ひめが此こ庵ゝにわせられた。
ヂュリエット出る。
パリス 嬉 しう逢 ひました、我妻 。
ヂュリ 妻 とも呼 ばしませ、婚禮 が叶 ふなら。
パリス 叶 はいでならうか、此次 の木曜日 には？
ヂュリ 叶 はいでならぬことは叶 ふ筈 ぢゃ。
ロレ こりゃ格言 ぢゃわい。
パリス 今日 は師 の御坊 に懺悔 をばしよう爲 にわせられたか？
ヂュリ はい、というたなら、貴下 へ自白 をしたことになりませうぞ。
パリス 吾等 を思 うてゐるといふことを、御坊 に打明 けて言 うて下 され。
ヂュリ では、打明 けて申 しませう、わたしは御坊樣 を思 うてゐます。
パリス 吾等 をも同 じやうに思 うてゐる、と言 うて下 されうがな。
ヂュリ さア、言 ふにせい、それは背 で言 うてこそ價値 もあれ、面 を見合 せて言 はうより。
パリス やれ、笑止 や、卿 の面 は涙 で甚 う汚 れてゐる。
ヂュリ 涙 が何程 の事 をしませう、生得 、見 ともない面 ぢゃもの。
パリス 其樣 なことを被言 るのは、われから我面 を讒訴 するのぢゃ。
ヂュリ 眞 の事 は讒訴 とは言 はれぬ、ましてこれは後言 ではない、直 に面 に對 うて言 うてゐるのぢゃもの。
パリス いや、卿 の面 は今 では予 の有 ぢゃに、それをば其樣 に惡 しう被言 るのは讒訴 ぢゃ。
ヂュリ ほんに然さうもあらうか、妾わたしの有ものではないゆゑ。……︵ロレンスに︶御ごぼ坊うさ樣ま、今いまお暇ひまでござりますか、改あらためて晩ばんのお祈いの祷りご頃ろに參まゐりませうか？
ロレ いや、今いまでも故こし障ゃうは無ない。……若わか殿との、憚はゞかりぢゃが、暫しばらくの間あひだ、こゝを吾われ等らに。
パリス おゝ、かりそめにも勤ごん行ぎゃうのお妨さまたげをしてはならぬ！……ヂュリエットどの、木もく曜えう日びには朝あさ早はやうお迎むかへに行ゆきませうぜ。それまでは、おさらば。此この聖きよい接キッ吻スを保し有まっておいて下くだされ。
パリス入る。
ヂュリ おゝ、早はやう扉とを閉しめて、そしてしめてまうたら、わたしと一しょに泣ないて下くだされ。もう絶だ望めぢゃ！ 絶だ望めぢゃ、絶だ望めぢゃ！
ロレ あゝ、これ、ヂュリエットや、其その悲かな歎しみは善よう知しってをる！ 何なんぼう搾しぼっても予わしの智ち慧ゑには能あたはぬ。次つぎの木もく曜えうには、寸すん分ぶんの猶ゆう豫よもなう、彼あの若わかと婚こん禮れいを爲しやらねばならぬと聞きいた。
ヂュリ いゝえ〳〵、それを中や止めにする方てだ便てが無ないなら、聞きいたなぞとおッしゃるな。お前まへの智ち慧えにも能あたはぬなら、つい予わしの覺かく悟ごをば良よい分ふん別べつぢゃと讃ほめて下くだされ、すれば此この懷くわ劒いけんで今いま直すぐに敢して行のけう。ロミオとわしの心こゝろと心こゝろを結むすび合あはせたは神かみ樣さま、手てと手てを繋つないだはお前まへ。すれば、お前まへがロミオへの封ふい印んが代はりにした此この手てを、他あだし證しょ書うしょの封ふう印いんに使つかはうより、又また僞いつはりの無ない此この心こゝろを操みさをに背そむいて他あだし男をとこに向むけうより、此この懷くわ劒いけんで手ても心こゝろも突つき殺ころしてのけう。ぢゃによって今いま直すぐにお前まへの長ながい年ねん功こうで良よい思しあ案んをして下くだされ。さもなくば、此この怖おそろしい懷くわ劒いけんを難なん儀ぎの瀬せど戸ぎ際はの行ぎゃ司うじにして、年としの功こうも智ち慧えの力ちからも如ど何うとも能ようせぬ女をん一なひ人とりの面めん目もくを今いまこゝで裁とり決さばかす、見みて下くだされ。さ、早はやう何なんとなと言いうて下くだされ。わしゃ早はやう死しにたい、お前まへの言いふことが何なんの役やくにも立たたぬやうなら。
ロレ まア、お待まちゃれ。助たすかる術すべを思おもひついたわ。必ひっ死しの厄やくを脱のがれうためゆゑ必ひっ死しの振ふる舞まひをもせねばならぬ。パリスどのと祝しう言げんするよりも寧いっそ自じが害いせうと程ほどの逞たくましい意こゝ志ろざしがおりゃるなら、いゝやさ、恥は辱ぢを免まぬかれうために死しなうとさへお爲しやるならば、同おなじ望のぞみのために死しぬるに似にた一ある事ことをば多たぶ分ん敢して行のくることが出で來けう。敢して行のけう意こゝろなら救すくはるゝ術すべを授さづけう。
ヂュリ おゝ、パリスどのと祝しう言げんをせう程ほどなら、あの塔たふの上うへから飛とんで見みい、山やま賊だちの跳はび梁こる夜よみ道ちを行ゆけ、蛇へびの棲すむ叢くさむらに身みを潛ひそめいとも言いはッしゃれ。吼ほゆる荒あら熊くまと一しょにも繋つながれう、墓はかの中なかにも幽おし閉こめられう、から〳〵と鳴なる骸がい骨こつや穢むさい臭くさい向むか脛はぎや黄きばんだ頤あごのない髑しゃ髏れかうべが夜よる々〳〵掩おほひ被かぶさらうと。又また昨きの日ふ今け日ふの新しん墓ばかで死しび人との墓はか衣ぎに苞くるまって隱かくれてゐよとも言いはッしゃれ。聞きいたばかりでも、例つねは身みの毛けが彌よ立だったが、大だい事じの操みさをを立たつる爲ためなら、躊ちゅ躇うちょせいで敢して行のけう。
ロレ では、待まちゃれ。先まづ今け日ふは立たち歸かへって、嬉うれしさうにもてなし、パリスどのとの祝しう言げんを承しょ諾うだくしやれ。明あ日すは水すい曜えう日びぢゃ。明あ日すは何なんとかして一ひと人りでお臥ねやれ、乳う母ばをも同おなじ間まには臥ねかさッしゃるな。床とこにお入はひりゃったら、︵小さき藥瓶を取出し︶此この瓶びんを取とって此これなる藥やく水すゐをばお飮のみゃれ。すると、即やがて慄ぞ然っとして眠ねむたいやうな氣きも持ちが血けっ管くわ中んぢゅうに行ゆき渡わたり、脈みゃ搏くはくも例いつものやうではなうて、全まったく止やみ、生いきてをるとは思おもはれぬ程ほどに呼こき吸ふも止とまり、體ぬく温みも失うする。頬ほゝ、唇くちびるの薔ば薇らも褪あせて、蒼あを白じろい灰はひと變かはる。目めの窓まどもはたと閉とづる、生いの活ちの日ひがつい暮くれて行ゆく時ときのやうに。どこも〳〵硬しゃ固ちこばって、冷つめたうなって、自じざ在いな活はた動らきをば失うしなうて、死しに切きったやうにも見みえう。さて、此この死しに切きったらしい相すがたで四十二時とき經たつときは、氣きも持ちの好よい睡ねむりから醒さむるやうに、自しね然んと起おきさッしゃらう。然しかるに、翌あく朝るあさ、あの新むこ郎ど殿のが卿おことを迎むかひにとて來わするころは、卿おことは恰ちゃうど死しんでゐる。すれば、當この國くにの風なら習はし通どほりに、顏かほは故わざと隱かくさいで、最いっち良よい晴はれ衣ぎを着きせ、柩ひつ車ぎぐるまに載のせて、カピューレット家け代だい々〳〵の古ふるい廟たま舍やへ送おくられさッしゃらう。其その間ひまに、予わしの消しら息せで、ロミオが此この計けい畫くわくを知しり、卿おことが覺さめさッしゃる前まへに、此こ方ちへ來くることとならう。予わしも共とも々〴〵目めさ覺めまで番ばんをして、其その夜よの中うちにロミオが卿おことをばマンチュアへ伴つれて行いなう。卿おことの心こゝろさへ變かはらずば、女め々ゝしい臆おく病びゃ心うごゝろの爲ために、敢して行のくる勇ゆう氣きさへ弛ゆるまなんだら、此この度たびの耻は辱ぢは脱のがれられうぞ。
ヂュリ 下くだされ、さ、それを。早はやうそれを！ おゝ、何なんの臆おく病びゃ心うごゝろ！
ロレ まゝ、歸かへらしめ。︵藥瓶を渡し︶さらば、逞たくましう覺かく悟ごして、首しゅ尾びよう事ことを爲し遂とげさッしゃれ。予わしはまた一さる法ほふ師しに、卿おことの殿との御ごへの書しょ面めんを持もたせ、急いそいでマンチュアまで遣やりませう。
ヂュリ 戀こひよ、予わしに力ちからをくれい！ 力ちからさへあれば事ことは成ならう。……御ごば坊うさま、さらば。
左さい右うへ別わかれて入る。
第だい二場ぢゃう 同どう處しょ。カピューレット邸ていの一室しつ。
カピューレット長ちゃ者うじゃを先さきに、同おなじく夫ふじ人ん、乳う母ば、并ならびに下げに人ん甲かふ、乙おつ、從ついて出る。
カピ長 こゝに書 いてあるだけの客人 を招待 せい。……
やい、汝 は料理人 の老練 な奴 を二十人 ばかり雇 うて來 い。
乙下人 御懸念 なされますな、先 づ指 を嘗 めさせて見 て雇 ひまする。
カピ長 それはまた如何 した理由 ぢゃ？
乙下人 はて、うぬが指 を能 う嘗 めぬやうな奴 は不可 ぬ料理人 でござります。それゆゑ指 を能 う嘗 めぬ奴 は採用 げませぬ。
カピ長 往 け／＼。……
必ひつ定ぢゃう、何なにかと行ゆき屆とゞかぬがちであらうわい。え、こりゃ、女むすめはロレンス御ごば坊うの許ところへ往いたか？
乳母 さよでござります。
カピ長 うゝ、御ごば坊うの庇かげで、ちと料れう簡けんも直なほりをらうわい。氣きま儘ゝな、沒わか分ら曉ず的やの賤あま婦っちゃめぢゃ。
ヂュリエット出る。
乳母 あれ、孃 が嬉 しさうな顏 して、お懺悔 から歸 らしゃれた。
カピ長 どうぢゃ、剛情張 が？ どこを漫歩 いて？ 何處 にゐたのぢゃ？
ヂュリ 父とゝさまの命おほ令せごとに省そむいた不ふか孝うの罪つみを悔くやむことを習ならうた處ところに。︵膝まづきて︶かうして地ちに平ひれ伏ふして父とゝさまの赦ゆるしを乞こへいと、あのロレンスどのが言いはれました。どうぞ堪かん忍にんして下くだされ！ これからは善よう命おほ令せつけを聽ききまする。
カピ長 それ、パリスどのを呼 びにやって、速 う此事 を知 らせい。明日 は朝 の間 に此 縁結 びを濟 さうわい。
ヂュリ その若 にロレンスどのゝ庵室 で逢 うたゆゑ、女 の謹愼 に障 らぬ限 りの、ふさはしい會釋 をしておきました。
カピ長 はて、それは重ちょ疉うで々う／々＼。よし〳〵。起たちゃ〳〵。︵ヂュリエットを扶け起し︶さうなうてはならぬ筈はずぢゃ。……ま、ともかくも若わかに逢あはうわ、さうぢゃ、はて、速はやう往いて彼かの人ひとを伴つれて來こいといふに。……さてはや、實じつに高かう徳とくのあの上しゃ人うにん、此この市まち中ぢゅうの者もので、誰たれ一ひと人り、彼かの人ひとの庇かげを蒙かうむらぬものはないわい。
ヂュリ 乳母 や、一しょに部屋 へ來 て、明日 被 ねばならぬ最 ち似合 ふ晴衣 を手傳 うて撰 んでくりゃ。
カピ妻 木曜日 までは急 ぐに及 ばぬ。まだ澤山 間 があるがな。
カピ長 乳母 よ、往 け一しょに。……明日 教會 へ往 くことにせう。
ヂュリエットと乳母 と入る。
カピ妻 では、準備 をする暇 もあるまい。もう即 て夜 ぢゃ。
カピ長 なにさ〳〵、乃お公れが馳かけ驅ずり奔ま走はるわさ、さすれば、大だい丈ぢゃ夫うぶ、どうにかなるわさ。卿そなたは、ヂュリエットの許とこへ往いて、着きる物ものを手てつ傳だうてやりゃ。乃お公れは今こん夜やは寢やすむまい。はて、任まかせておきゃ。今こん夜やほどは女にょ房うば役うやくをせうわい。……︵奧に向ひて︶こりゃ、誰たれかゐぬか！……皆みな出では拂らうてしまうた。むゝ、自じし身んでパリスどのゝ邸やしきへ往いて、明あ朝すの準こゝ備ろがまへをさせて來こう。心こゝろがおそろしう輕かるうなったわい、あの我わが儘まゝ者ものめが改かい心しんしをったによって。
二ふた人りともに入る。
第だい三場ぢゃう 同どう處しょ。ヂュリエットの居ゐ間ま。
ヂュリエットを先 に乳母 從 いて出る。
ヂュリ あい、其その晴はれ着ぎが最いっち佳よい。それはさうと、乳う母ばや、今こよ宵ひは予わしをどうぞ一ひと人りで寢ねかしてくりゃ。知しってゐやる通とほりの、執ねぢ拗くれた、此この罪つみ深ふかい心こゝろを、神かみ樣さまに赦ゆるして貰もらふため、いろ〳〵とお祷いのりをせねばならぬ。
カピューレットの夫人 出る。
カピ妻 え、何 と、忙 しうおぢゃるなら、手傳 ひませうか？
ヂュリ いゝえ、母かゝ樣さま、明あ日すの式しきに相ふさ應はしい入いり用ような品しな程ほどは既もう撰えり出だしておきました。それゆゑ、妾わたしにはお介かま意ひなう、乳う母ばはお傍そばで夜よぢ中ゅうお使つかひ下くだされませ。かうした早さっ急きふな取とり込こみゆゑ、嘸さぞお手てが足たりますまい。
カピ妻 では、機嫌 よう、床 に就 いてお休 み、それが何 よりも大切 ぢゃほどに。
ヂュリ さやうなら！……又またいつ逢あはるゝやら。……おゝ、總そう身みが寒さむけ立だって、血けっ管くわ中んぢゅうに沁しみ徹とほる怖おそろしさに、命いのちの熱ねつも凍こ結ゞえさうな！ 寧いっそ皆みなを呼よび戻もどさうか？ 乳う母ば！……えゝ、乳う母ばが何なんの役やくに立たつ？ 怖おそろしい此この一場ばは、一ひと人りで如ど何うあっても勤つとめにゃならぬ。……さア、來こい、瓶びんよ。
とはいへ、若もし此この藥くすりに、何なんの效きゝ力めも無なかったなら？ すれば、明あ日すの朝あさとなって、結けっ婚こんを爲しようでな？ いや〳〵。……それは此こ劍れが︵と懷劍を取り上げ︶させぬ。……やい、其そ處こにさうしてゐい。︵と懷劍を下に置く︶。……萬まん一、此この藥くすりが毒どく藥やくであったら？ ロミオどのと縁えん組ぐみさせておきながら、此この婚こん禮れいをさすときは、宗しゅ門うもんの恥はぢとなるによって、それで予わしを殺ころさうといふ深ふかい陰たく謀みの毒どく藥やくではあるまいものでもない。いや〳〵、よもや其その樣やうなこともあるまい、不ふだ斷んから上しゃ人うにんと人ひとに崇あがめられた彼あの法ほふ師しぢゃ。……したが、墓はかの中なかに臥ねてゐる時じぶ分ん、まだロミオがお來きやらぬうちに、若もし目めが覺さめたら何なんとせう？ さア、それが怖おそろしい！ 其その窖あなむろで呼い吸きが塞つまってはしまやせぬか？ 其その穢むさい穴あなの中なかへは清きよい空くう氣きは些つゆ程ほども通かよはぬゆゑ、ロミオどのが來わする頃ころには予わしゃ死しんでしまうてゐねばなるまい。若もし生いきてゐるやうなら……時ときも時とき、處ところも處ところ、墓はかも墓はか、年としを經へた埋はふ葬むり所どころ、何なん百年ねんの其その間あひだの先せん祖ぞの骨ほねが填つ充まってあり、まだ此この間あひだ埋うめたばかりの彼あのチッバルトも血ちまぶれの墓はか衣ぎのまゝで、定さだめて腐くさりかけてゐるであらうし、また眞まよ夜な中かの幾いく時ときかは幽いう靈れいも出でるといふ……えゝ、どうしょう、目めが覺さめたら？……厭いやらしい其その臭にほひと、聞きけば必きっ然と狂きち亂がひになるといふ彼あの曼まん陀だ羅ら華げを根ねびくやうな、凄すごい氣き味みのわるい聲こゑを聞きいたら……おゝ、早はやまって覺さめた時じぶ分んに、其その樣やうな怖おそろしい、畏こはいものに取とり卷まかれたら、氣きが違ちがはいでをられうか？ 先せん祖ぞの衆しゅうの手てや足あしやを偶ふと玩もて具あそびにはしはすまいか？ 手てき傷ずだらけのチッバルトを血ちみどろの墓はか衣ぎから引ひき出だしゃせぬか？ 狂きゃ氣うきの餘あまり、世よに聞きこえた或さる親うか族らの骨ほねを取とり上あげ、棍ばう棒ぎれのやうに揮ふりして、我われと我わが手てで此この腦なう天てんをば摧くだきゃせぬか？ あれ〳〵！ チッバルトの怨をん靈りゃうが、細ほそ刃みで斫きられた返へん報ぽうをしようとて、ロミオを追おひしてゐるのが見みゆるやうぢゃ！ あ、あれ、待まってたべ、チッバルト！……ロミオ、わしぢゃ！ これはお前まへを思おもうて飮のむのぢゃ。
して、我われと我わが手てで此この腦なう天てんをば摧くだきゃせぬか？ あれ〳〵！ チッバルトの怨をん靈りゃうが、細ほそ刃みで斫きられた返へん報ぽうをしようとて、ロミオを追おひしてゐるのが見みゆるやうぢゃ！ あ、あれ、待まってたべ、チッバルト！……ロミオ、わしぢゃ！ これはお前まへを思おもうて飮のむのぢゃ。
カピューレット夫人 と乳母 と出る。
カピ妻 待 ちゃ、乳母 、此 鍵 を持 って往 て、もそっと藥味 を取 って來 てたも。
乳母 お庖厨 では、棗 や榲
を與 れいと呼 んでゐます。
カピューレット長者 出る。
カピ長 さゝゝゝゝ、働はたらけ〳〵！ 二番ばん鷄どりが啼ないたぞ、深カア夜ヒ鐘ウが鳴なったわ、もう三時じぢゃ。こりゃアンヂェリカ、燒やき饅まん頭ぢうはよいかの？ 費つひ用えは介か意まふな、費つひ用えは。
乳母 またしてもお干せっ渉かひを爲しやしゃります、さゝ、お就やす褥みなされませ。誓せい文もん、明あ日すは病びゃ人うにんにならしゃりませうぞえ、此こよ夜ひ寢ねやしゃらぬと。
カピ長 うんにゃ、ちょっともぢゃ。はて、其その前ぜんには、もそっと些ささ細いな事ことで、幾いくたびも夜よあ明かしをしたものぢゃが、曾つひぞ病びゃ氣うきなぞになったことは無ないわい。
カピ妻 さいの、其その時じぶ分んには甚きつい鼠ねず捕みとりであったさうな。したが、わたしが不ね寢ずの番ばんをするゆゑ、今いまは其その樣やうな鼠ねずみをば捕とらすことぢゃない。
カピ長 妬 きをるわい、妬 きをるわい！……
やい／＼、そりゃ何 ぢゃ？
甲下人 料理番 のでござります、が、何 ぢゃやら存 じませぬ。
カピ長 急 げ／＼。
やい、もそっと枯かれた薪まきを取とって來こい。ピーターに聞きけ、すると、在あり處しょをば教をしへるわい。
乙下人 眼 がござりますから、薪位 は見附 けまする、へい、ピーターには及 びませぬ。
カピ長 南なむ無さ三ん、やりをるわい。おもしろい下げす司や野ら郎うめ！ 何なんぢゃ、薪まきを見みる眼めぢゃ？ 乃お公れゃまた薪まき目めくらかと思おもうた。……はれやれ、夜よが明あけたわ。今いまに彼あの若わかが樂がく人じん共どもを將ゐて來わするであらう、さうせうと被おし言ゃったによって。
もう來 せたわ、……（奧に向ひて）乳母 ……奧 よ！ こりゃ、やい！……こりゃ乳母 、乳母 といへば！
さゝ、ヂュリエットを起おこして、着きか飾ざらせい。俺おれは往いてパリスどのに挨あい拶さつせう。……さゝ、急いそげ〳〵。婿むこどのは最も早う來わせたわ。急いそげ急いそげ。
皆みな入る。
第だい五場ぢゃう 同どう處しょ。ヂュリエットの居ゐ間ま。
ヂュリエット前まへの場ばの儘まゝに寢ねど床こに倒たふれ臥ふしてゐる。床とこには帳とばりがかけてある。乳う母ば出る。
乳母 孃ぢゃうさま！ これさ、孃ぢゃうさま！ ヂュリエットさま！ ぐっすりと睡ね入いってぢゃな、定ぢゃう？ はて、仔こひ羊つじさんえ！ はて、姫ひいさまえ！ ま、こゝなお寢ねば坊うさんえ！ はて、可いと憐しぼさん！ これの、お姫ひいさま！ 戀こひ人びとさんえ！ はてま、花はな嫁よめ御ごさんえ！ えゝも、うんとも言いはっしゃらぬ。もう三文もんがた眠ねようでな？ なりゃ一週しう間かんがたも眠ねやっしゃれ、明あ日すの晩ばんとなると眠ねらるゝことではない、あの若わかがお前まへを眠ねかさぬと根ねを据すゑてぢゃ。……南なむ無さん三ぼ寶う、ほんにまア善よう眠ね込こんでござることぢゃ！ でも是ぜ非ひ起おこさにゃならぬ。……孃ぢゃうさま孃ぢゃうさま〳〵！ 其その床とこの中なかへあの若わかが這は入ひらしゃってもよいかや？ そしたら飛とび起おきさっしゃらうがな。何なんと然さうであらうがな？︵寢床の帳を開く︶。ま、支した度くまで爲しやしゃれて！ 着め衣したまゝで！ それでまた寢ねたのかいな！ どうしても起おこさにゃなりませぬわい！︵ゆすぶりながら︶姫ひいさま！ 姫ひいさま！……あゝ、かなしや！ はれ、誰たれぞ來きて下くだされ、たれぞ！ 姫ひいさまが死しなしゃってぢゃ！ おゝ、悲かなしや〳〵、生うまれなんだが優ましであったものを！ 速はやう火しゃ酒うちうを持もって來きて下くだされ！ 殿とのさまえ、奧おくさま！
カピューレット夫人 出る。
カピ妻 ま、何 といふ騷 ぎぢゃ？
乳母 おゝ、かなしや／＼！
カピ妻 如何 したのぢゃ？
乳母 あれを、あれを！ おゝ、悲 しや／＼！
カピ妻 ︵立寄りて︶おゝ、おゝ！ 女むすめよ、我わが子こよ、これ、生いきてたも、目めを開あいてたも、其そな方たが死しにゃると、予わしも一しょに死しにますわいの。誰たれぞ來きて下くだされ！ 人ひとを呼よびゃ、人ひとを。
カピューレット長者 出る。
カピ長 どうしたものぢゃ、さ、速 うヂュリエットを、殿御 が來 せたに。
乳母 姫ひいさまは亡なくならしゃった、死しなしゃりました、亡なくならッしゃった。あら、かなしや〳〵！
カピ妻 あら、悲 しや、女 は死 にました、死 にました、死 にましたわいなう！
カピ長 やッ！ どれ、どこに。……やれ、悲かなしや！ こりゃ冷つめたいわ、血ちが沈しずんで、節ふし々〳〵が固しゃ硬ちこばって、こりゃ此この唇くちびるから息いきが離はなれてから最も早う久ひさしい。廣ひろい野の邊べにも又またと無ない其その花はなに、時ときならぬ霜しもが降おりたがやうに、死しんで行ゆく女むすめ、ヂュリエット！
乳母 おゝ、かなしや／＼！
カピ妻 おゝ、なさけなや／＼！
カピ長 女 を奪 うて泣 かせをる死神 めに、此 舌 を縛 られて、物 を言 ふことが能 はぬわい。
ロレンス法師 とパリス、樂人 らを引連 れて出る。
ロレ さゝ、嫁御寮 の教會行 の身支度 は整 ひましたかの？
カピ長 いかにも、往ゆきて再ふたゝび還かへらぬ支した度くが。おゝ、婿むこどの、いざ婚こん禮れいの前まへの夜よに、死しに神がみめが貴こな下たの妻つまを寢ね取とりをった。あれ、あのやうに花はなの相すがたの色いろも褪あせたわ。死しに神がみが吾われ等らの婿むこ、死しに神がみが吾われ等らの嗣あと子つぎ、此この上うへは吾われ等らも死しんで何なにもかも彼あい奴つに與くれう、命いのちも財しん産だいも何なにもかも死しに神がみめに與くれませうわい。
パリス 今朝 、面 を見 る嬉 しさをば、久 しう待焦 れてをったに、此樣 な樣 を見 ようとは！
カピ妻 憎 や、かなしや、あさましや、怨 めしや！ 休 む間 もなう行 く長 い年月 の間 にも、又 と、こんな情 ない日 があらうかいの！ 只 一人 の、可愛 い一人 の、大事 の／＼祕藏兒 をば、樂 みとも慰 めとも思 うてゐたを、取 ってゆかれてしまうたと思 へば、もう二度 とは逢 はれぬ處 へ！
乳母 おゝ、悲かなしや！ おゝ、かなしや〳〵〳〵！ こんな情なさけない、こんなあさましい日ひには、わしゃ曾つひぞ遭あうたことがない！ おゝ、こんな！ こんな！ こんな！ こんな怨うらめしい！ こんな忌いまはしい惡あく日にちは、わしゃ曾つひぞ〳〵。おゝ、悲かなしや〳〵！
パリス 欺だまされて、中なかを裂さかれて、侮ぶじ辱ょくされて、賤さげ蔑すまれて、殺ころされてしまうたのぢゃ。憎にくい死しに神がみめに欺だまされたのぢゃ。慘む酷ごい〳〵汝おのれめには滅ほろぼされたのぢゃ！ おゝ、戀こひ人ゞとよ！ 我わが命いのちよ！ いや〳〵、命いのちとは言いはれぬ、死しんでしまうてゐやる我わが戀こひ人びと！
カピ長 さげすまれ、困くるしめられ、憎にくまれて、何なんの罪つみもなうて殺ころされてしまうたのぢゃ！ あさましい惡あく日にちめ、何なんで汝おのれは吾わが家やへは來きをったぞ、此このめでたい式しきを殺ころさうとて、此このめでたい式しきを殺ころさうとて！ おゝ、女むすめよ！ おゝ、女むすめよ！ 女むすめどころかい、我わが靈たま魂しひよ！ 其そな方たは死しにゃった！ あゝ、あゝ！ 女むすめは死しんでしまうた、女むすめが死しねば俺おれの樂たのしみも最も早う絶たえたわ。
ロレ しづまりめされ！ 如ど何うしたものぢゃ！ 起おこってしまうた騷さわぎは、騷さわげばとて治をさまるものではない。そも〳〵此この娘むす御めごは天てんと貴こな下たの兩りゃ有うもちぢゃ、今いまや天てんの獨ひと有りもちとなったは娘むす御めごの爲ためには幸しあ福はせ。貴こな下たの有もち分ぶんは死しが取とるといへば與やらぬわけにはゆかぬが、天てんの分ぶんは永えい劫ごふ不ふめ滅つぢゃ。娘むす御めごの出しゅ世っせを願ねがひ、其その昇しょ進うしんをば此この世よの天てん國ごくとも思おもはしゃった貴こな下たが、只たゞ今いま娘むす御めごが雲くもの上うへの眞まことの天てん國ごくへ昇しゃ進うしんせられたのを、何なんとして歎なげかしゃるぞ！ おゝ、安やすらかにならしゃれたを、其その樣やうに取とり亂みだして悲な嘆げかしゃるは、正たゞしう愛あいさっしゃる所ゆゑ以んで無ない。婚こんして壽じゅなるは必かならずしも良りゃ縁うゑんならず、婚こんして夭えう折せつす、却かへって良りゃ縁うえん。さ、涙なみだを乾かわかして、迷まん迭ねん香くわうを死なき骸がらに
ましゃれ。そして習なら慣はし通どほり、最いっち佳よい晴はれ衣ぎを着きせて、教けう會くわいへ送おくらっしゃれ。涙なみだを禁とどめあへぬは痴おろかな情じゃうの自しぜ然んなれども、理りせ性いの眼まなこからは笑わら草ひぐさでござるぞよ。
ましゃれ。そして習なら慣はし通どほり、最いっち佳よい晴はれ衣ぎを着きせて、教けう會くわいへ送おくらっしゃれ。涙なみだを禁とどめあへぬは痴おろかな情じゃうの自しぜ然んなれども、理りせ性いの眼まなこからは笑わら草ひぐさでござるぞよ。カピ長 婚こん儀ぎの爲ためにと準よう備いした一切さいが役やく目めを變かへて葬さう儀ぎの用よう。祝いはひの樂がくは哀かなしい鐘かねの音ね、めでたい盛ちさ宴うが法ほふ事じの饗もて應なし、樂たのしい頌しょ歌うかは哀あはれな挽ばん歌か、新にひ床どこに撒まく花はなは葬はふむる死なき骸がらの用ように立たつ。何なに事ごとも、皆みなうらはら。
ロレ 先まづ奧おくに入いらせられい。……内おく室がたも一しょに入いらせられい。……パリスどのにも。……何いづれも亡なき姫ひめの隨と行もをして墓はか場ばへ行ゆく準した備くをなされ。こりゃ何なにか仔しさ細いあって天てんのお咎とがめ、此この上うへ、天てん意いに逆さからうて、ゆめ〳〵御みい赫か怒りをば招まねかせらるゝな。
甲樂人 こりゃ最早 樂器 をしまうて歸 ってもよいであらう。
乳母 ほんに、御ごく苦ら勞うでござったが、ま、しまはッしゃれ〳〵。して見みようもない﹁事こと﹂になったのぢゃわいの。
甲樂人 成程 、御道理 でござります、したが、今 に如何 にかなる「琴 」でござりませう。
ピーター出 る。
ピータ 樂がく人じんさん、おゝ、樂がく人じんさん、﹁心こゝろの慰なぐさめ、心こゝろの慰なぐさめ﹂。乃おい公らを陽やう氣きにさせてくれる氣きなら、頼たのむ、聽きかせてくれ、例れいの﹁心こゝろの慰なぐさめ﹂を。
甲樂人 何故 「心 の慰 め」をでござります？
ピータ はて、樂がく人じんさん、何な故ぜと言いうて、今いま、乃お公れの心こゝろの中なかでは﹁予わしの心こゝろは悲かな哀しみに……﹂が始はじまってゐる最さい中ちゅうぢゃ。ぢゃによって、何なにか可を笑かし悲なさ哀けない奴やつをば聽きかせてくりゃ、乃お公れは怏くさ々〳〵してかなはぬによって。
甲樂人 いや、滅相 な、そんな氣分 ぢゃござりませぬ。
ピータ 否 ぢゃと被言 るか？
甲樂人 さやう。
ピータ よいわ、今 に見 い、身體中 に鳴響 くやうに支拂 うてくれうぞ。
甲樂人 何 を支拂 はッしゃります？
ピータ 金 ぢゃ無 いぞ、輕蔑 をぢゃ。太鼓持扱 ひにしてくれるわ。
甲樂人 すれば、此方 も卿 をば從僕扱 ひにしてくれう。
ピータ すれば、其その從さん僕ぴんさまのお帶こし劍のものを汝ぬし等らの賤どた頭まへ上のせてくれう。︵短き鈍劍を拔いて揮りし︶これ、大たい概がいで大ぶう言〳〵を止やめぬと、其その太たい鼓こづ面らをはりまげて地つちん中なかへめりこますぞよ、は如ど何うだ？
し︶これ、大たい概がいで大ぶう言〳〵を止やめぬと、其その太たい鼓こづ面らをはりまげて地つちん中なかへめりこますぞよ、は如ど何うだ？甲樂人 それ、そのめったりはったりが音樂 （律呂）と謂 ふものぢゃ。
乙樂人 もし／＼、もう好 い加減 に其 鈍劍 を藏 はっしゃれ、駄洒落 も最早 ぬきにさっしゃれ。
ピータ 何なんぢゃ、劍けんを藏しまうて洒しゃ落れを拔ぬけ？ よし！ すれば、名めい劍けんを藏しまうて名めい洒じゃ落れで打うち挫ひしいでくれう。さ、男をとこらしう試し合あうて見みい。
（歌ふ）鋭 き悲愁 に心 傷 み
我胸 堪難 く沈 める時 、
其時 音樂 の銀 の調 は……
何故 「銀 の調 」ぢゃ？ 何故 「音樂 の銀 の調 」ぢゃ？……猫腸絃子 どん、さ、何 とぢゃ？
甲樂人 はて、銀 は好 い音色 を出 すからでござります。
ピータ 中等 ぢゃな！……三絃胡弓子 どん、足下 は？
乙樂人 銀 の調 と言 ふのは、はて、樂人 は賃銀 を儲 くるからぢゃ。
ピータ これも中等 ぢゃ！……提琴柱子 どん、足下 は？
丙樂人 予 ゃ如何 言 うてよいか知 らぬ。
ピータ ほい、眞まっ平ぴら御ごめ免んなれぢゃ。足おぬ下しは唄うた方かたであったものを。乃お公れが代かはって言いはう。そも〳〵﹁音おん樂がくの銀ぎんの調しらべ﹂と謂いっぱ、はて、とかく樂がく人じんは金貨には能ようありつかぬからぢゃ。
（歌ふ）其時 音樂 の銀 の調 は
たちまち欝結 れし憂思 を解 く。
たちまち
ピーター歌 ひながら入る。
甲樂人 何 といふ煩 い奴 ぢゃ彼奴 は！
乙樂人 はッつけ野郎 め！……さ、奧 へ往 て、會葬者 の來 るまで待 ってゐて食事 にありつかう。
第五幕
第 一場 マンチュア。街上 。
ロミオ出る。
ロミオ 頼たのもしらしい夢ゆめの告つげが實まことならば、やがて喜よろこばしい消たよ息りがあらう。わが胸むねの主ぬし︵戀の神︶もいと安やす靜らかに鎭ちん座ざめされた、されば例いつになく嬉うれしうて〳〵、日ひがな一ひと日ひ心こゝろが浮うかるゝ。俺おれが死しんでゐると、姫ひめが來きて、俺おれの脣くちびるに接せっ吻ぷんして命いのちの息いきを吹ふき込こんでくれたと見みた……死しんだ者ものが思しあ案んするとは不ふ思し議ぎな夢ゆめ！……すると、即やがて蘇いき生かへって帝てい王わうとなった夢ゆめ。あゝ〳〵！ 戀こひの影かげ坊ばう師しでさへ此この位くらゐ嬉うれしいとすると、遂とげられた眞まことの戀こひは、まア、どんなに樂たのしからうぞ？
ロミオの下人 バルターザー長靴 の旅裝 にて出る。
や、ローナからの音たよ信りぢゃ！ どうぢゃ、バルターザー！ 御ごば坊うからの消たよ息りは無なかったか？ 姫ひめは如ど何うぢゃ、父ちゝ上うへは御ご無ぶ事じか？ ヂュリエットは何なにとしておゐやる？ 先まづ、それを聞きかう、姫ひめさへ安あん穩のんなら何なに事ごとも大だい事じないわい。
ローナからの音たよ信りぢゃ！ どうぢゃ、バルターザー！ 御ごば坊うからの消たよ息りは無なかったか？ 姫ひめは如ど何うぢゃ、父ちゝ上うへは御ご無ぶ事じか？ ヂュリエットは何なにとしておゐやる？ 先まづ、それを聞きかう、姫ひめさへ安あん穩のんなら何なに事ごとも大だい事じないわい。
バル すれば、何なに事ごとも大だい事じござりませぬ、姫ひいさまは御ごあ安んの穩んにカピューレット家け代だい々〳〵のお墓はか所どころにお休やすみ、朽くちぬ靈みた魂まは天てん使しがたと御ご一しょにござります。手てま前へは姫ひいさまが御ごし親んる類ゐがたのお廟たま所やへ入いらせらるゝを見みるや否いなや、驛はや馬うまに飛とび乘のってお知しらせに參まゐりました。此この樣やうな惡あしいお使つかひも命おほ置せおかせられた役やく目めゆゑでござります、御ごめ免んなされませい。
ロミオ そりゃ實まことか？……おのれ、怨うらめしい運うん星せいめら！……俺おれの宿やどを知しってゐような。筆ふでと紙かみとを手てに入いれて、そして驛はや馬うまをも傭やとうてくれ。今こよ宵ひのうちに出た發たうわ。
バル まゝ、お耐こらへなされませい、甚いかうお色いろも蒼あをざめて、物もの狂ぐるほしげな御ごや樣う子す、ひょんな事ことでも遊あそばしさうな。
ロミオ 馬ば鹿かな、何なんの、そんな事ことを！ 俺おれには介か意まはいで吩いひ咐つくることをせい。御ごば坊うからの書しょ状じゃうは無なかったか？
バル いえ、ござりませぬ。
ロミオ よし／＼。早 う往 て、馬 どもを傭 うてくれ、やがて會 はう。
バルターザー入る。ロミオ獨 殘 る。
はて、ヂュリエット、今こよ宵ひは一しょに臥ねようぞ。……そこで、其その方てだ法てぢゃが……おゝ、害がい心しんよ、ても速はやう入はひって來きをるなア、絶ぜつ望ばうした者ものの胸むねへは！……思おもひ出だすは彼あの藥やく種しゅ屋や……たしか此この邊あたりに住すんでゐる筈はず……いつぞや見みた折をりは、身みに襤つゞ褸れを着ゆて、藥やく草さう類るゐを撰えってをったが、顏かほは痩やせ枯がれ、眉まゆ毛げは蔽おほい被かぶさり、鋭するどい貧ひんに躯みを削けづられて、殘のこったは骨ほねと皮かは。貧まづしい店みせ前さきには※おほがめ﹇＃﹁︵口＋口︶／田／一／黽﹂、202-2﹈の甲かふ、鰐わにの剥はく製せい、不ぶか恰っか好うな魚うをの皮かはを吊つるして、周まは圍りの棚たなには空から箱ばこ、緑りょ色くしょくの土つちの壺つぼ、及および膀ばう胱くわう、黴かびた種た子ね、使つかひ殘のこりの結ゆは繩へなは、乾ひか枯らびた薔ば薇らなどを口いひ實わけほどに取とり散ちらして貧みす羸ぼらしう飾かざった店みせ附つき。其その貧まづしさを見みるまゝに、思おもはず獨ひと語りごって、此このマンチュアで毒どくを賣うれば、直すぐにも命いのちを取とらるれども、若もしも毒どくが欲ほしければ賣うりさうなのは此こい奴つめ、と思おもうたが、今け日ふある知しらせであったまで。むゝ、あの貧ひん人じんから是ぜ非ひ毒どくを買もとめうわい。……何なんでも此この邊へんであった。祭さい日じつゆゑ貧びん乏ばふ店みせが閉しまってある。……いや、なう〳〵！ 藥やく種しゅ屋やはおりゃるか？
藥種屋 かしましう呼 ばッしゃるは誰 ぢゃ？
ロミオ ま、こゝへ來きやれ。かう見みたところ不ふに如ょ意いさうな。こりゃ此こ處ゝに四十兩りゃうある、予わしに毒どく藥やくを一匁もんめほど賣うってくりゃれ、直すぐに血けっ管くわんに行ゆき渡わたって世よに果あきはてた飮のみ主ぬしを立たち地どころに死しなすやうな、又また、射うち出だされた焔えん硝せうが怖おそろしい大たい砲はうの胴どう中なかから激はげしう急きふに走はしり出でるやうに、息いきをば此この體みう内ちから逐おひ出だしてくれる毒どくが欲ほしい。
果あきはてた飮のみ主ぬしを立たち地どころに死しなすやうな、又また、射うち出だされた焔えん硝せうが怖おそろしい大たい砲はうの胴どう中なかから激はげしう急きふに走はしり出でるやうに、息いきをば此この體みう内ちから逐おひ出だしてくれる毒どくが欲ほしい。藥種屋 されば、其その樣やうな大だい毒どく藥やくをば貯たくはへてはをりまするが、マンチュアの御ごは法っ度とでは、賣うったりゃ、命いのちがござりませぬ。
ロミオ 其その樣やうに貧まづしうあさましう暮くらしてゐても、汝おぬしは死しぬるのが怖おそろしいか？ 飢うゑは頬ほゝに、逼ひっ迫ぱくは眼めに、侮ぶじ辱ょく貧ひん窮きうは背せに懸かゝってある。無つれ情ない此この浮うき世よに法はっ度とはあっても、つゆ汝おぬしの爲ためにはならぬ。ならば、貧ひんを守まもるにも及およばぬ。法はっ度とを犯をかして之これを取とりゃれ。
藥種屋 意 は好 みませねど、貧苦 めがお言葉 に從 ひまする。
ロミオ 此方 も其 貧苦 にこそ拂 へ、意 には拂 はぬわい。
藥種屋 （藥瓶を渡しながら）これをばお好 みの飮料 に入 れて飮 ませられい。たとひ二十人力 おじゃらしませうとも、立地 に片附 かッしゃりませう。
ロミオ 此この黄こが金ねを遣つかはすぞ、これこそは人ひとの心こゝろの大だい毒どく藥やくぢゃ、汝おぬしが賣うりかぬる此この些さま末つなる藥やく種しゅよりも此この濁ぢょ世くせでは遙はるかに怖おそろしい人ひと殺ごろしをするもの。汝おぬしでは無なうて予わしこそは毒どくを賣うるのぢゃ。さらば。食たべ物ものを買もとめて些ちと肉にくを附つけたがよい。……︵行きかけて藥瓶を見て︶毒どくではない興きつ奮けぐ劑すりよ、さア一しょに、ヂュリエットの墓はかへ來こい、あそこで汝そちを使つかはにゃならぬ。
二ふた人りともに入る。
第だい二場ぢゃう
第だい二場ぢゃう ローナ。ロレンス法ほふ師しの庵あん室じつ。
フランシス派 の僧 ヂョン出る。
ヂョン フランシス宗 の御僧 はゐさしますか！ なう／＼、御坊 ！
ロレンス法師 出る。
ロレ あれはヂョン坊ばうの聲こゑぢゃ。……さてようこそお戻もどりゃったマンチュアから。してロミオは何なんと被おし言ゃった？ 若もし筆ふでに物ものせられたならば、其その書しょ面めんを見みせやれ、
ヂョン いやの、同どう伴ばん者しゃに連つれ立だたうとて、同どう門もん跣せん足そくの或ある御ごば坊うを尋たづねて、町まちで或ある病びゃ家うかをお見み舞まやってゐるのに逢あうたところ、町まちの檢けん疫えきの役やく人にん衆しゅうに兩ふた人りながら時じえ疫きの家うちにゐたものぢゃと疑うたがはれて、戸そ外とへ出づることを禁とゞめられた、それゆゑマンチュアの急きふ用ようも其その場ばで止とめられてしまうたわいの。
ロレ すれば誰 が持 って往 んだぞ、ロミオへの予 の書状 は？
ヂョン はて、屆とゞけることを能ようせなんだのぢゃ。……これ、此この通とほり持もって戻もどった。……此こ庵ちへ屆とゞけうと思おもうてもな、皆みなが傳でん染せんを怖こはがりをるによって、使つかひの男をとこさへも雇やとへなんだわいの。
ロレ はれ、それは物もっ怪けの不ふう運んの！ 眞しん實じつ、重ぢゅ大うだいな容よう易ゐならぬ用よう向むきの其その書しょ面めん、それが等なほ閑ざりになった上うへは、どのやうな一大だい事じが出で來けうも知しれぬ。御ごば坊うよ、早はやう往いて、何ど處こぞで、鐵かな梃てこを才さい覺かくして、急いそいで此こ處ゝへ持もって來きて下くだされ。
ヂョン うゝ、すれば、往 て持來 う。
ヂョン坊 入る。
ロレ 此この上うへは、そっと墓はか所しょまで往ゆかねばならぬ。此この三みと時きが間あひだに、ヂュリエットは目めを覺さまさう。始しじ終ゅうをロミオに知しらせなんだとお知しりゃったら嘸さぞ予わしを怨うらむであらう。したが、マンチュアへは改あらためて書かき送おくり、ロミオがお來きやるまでは、姫ひめを庵あん室じつにかくまっておかう。不ふび便んや、生いきた骸むくろとなって、死しに人んの墓はかの中なかに埋うもれてゐやる！
パリス先 に、侍童 從 いて、草花 と炬火 とを携 へて出 で來 る。
パリス 侍わら童はよ、其その炬たい火まつをおこせ。彼あ方ちへ往いて、つッと離はなれてゐい。……いや、それを消けせ、人ひと目めに掛かゝりたうない。あの水いち松ゐの下したで、長なが々〳〵と横よこになって、此この洞ほらめいた地ちの上うへに直ひたと耳みゝを附つけてゐい、穴あなを掘ほるので、土つちが緩ゆるんで、和やはらいでゐるによって、踏ふめば直すぐに足あし音あとが聞きこえう。したら、人ひとが來きたといふ知しらせに、口くち笛ぶえを吹ふかうぞ。その花はなもおこせ。吩いひ附つけたやうにせい、さ。
侍童 （傍を向きて）こんな墓原 に一人 立 ってゐるのは怖 らしい、が、ま、やって見 よう。
パリス ︵廟の前へ進みて︶なつかしい花はなの我わぎ妹も子こ、花はなを此この新にひ床どこの上うへに撒まいて……あゝ、天てん蓋がいは石いしや土つち塊くれ……其その撒まいた草くさ花はなに夜よご毎とに香かほる水みづを注そゝがう。若もしそれが盡つきたなら、歎なげきに搾しぼる予わしが涙なみだを。和そも女じへの夜よご毎との手たむ向けは、かうして花はなを撒まいて泣なくことぢゃわい。
むゝ、侍こわ童らはめが何なにか來きたと知しらせをる。いま〳〵しい、何なに者ものであらう、今いま頃ごろ此この邊あたりへ彷さま徨ようて、俺おれが眞まご情ゝろの囘ゑか向うをば妨さまたげをる。や、炬たい火まつを持もって來くるわ！……夜よるよ、ちっとの間ま、俺おれを包つゝんでくれい。
パリス退 る。
ロミオ先 に、バルターザー炬火 、鶴嘴等 を携 へて出る。
ロミオ
ロミオ 其その鶴つる嘴はしと鐵かな梃てこを此こ方ちへ。こりゃ、此この書しょ状じゃうをば、明あ日す早はやう父ちゝ上うへへ屆とゞけてくれ。其その炬たい火まつをこちへ。さて、確しかと申まう附しつくる、如い何かな事ことを見みき聞ゝせうとも、悉こと〴〵く立たち離はなれ、予わしが仕しご事との妨さま碍たげをばすまいぞよ。予わしが廟たまやへ降おりるは、姫ひめの面かほを見みようがためでもあるが、それよりも姫ひめが身みに着つけた貴たふとい指ゆび輪わを或ある大たい切せつな用ように使つかはうため取とり外はづして來くるのが主おもな目もく的てきぢゃによって、早はやう往いね。若もし疑うたがうて立たち戻もどり、予わしが所しょ行ぎゃうを窺うかゝひなど致いたさうなら、天てんも照せう覽らんあれ、汝おのれが四肢し五體たいを寸すん々〴〵に切きり裂さき、飽あくことを知しらぬ此この墓はかを肥こやすべく撒まき散ちらさうぞよ。時じこ刻くが時じこ刻くゆゑ、俺おれの心こゝろは殘ざん忍にん、兇きょ暴うばう、餓うゑたる虎とら、鳴なり渡わたる荒あら海うみよりも猛たけしいぞよ。
バルタ はい／＼、立去 りまする、お妨碍 は仕 りませぬ。
ロミオ それでこそ予わしへの忠ちゅ節うせつ。これを取とれ。︵と金子を與へ︶末すゑ長ながうめでたう暮くらせ。さらばぢゃ。
バルタ ︵傍を向きて︶あゝは言いはせられるが、ま、此この邊あたりにかくれてゐよう。お顏かほの色いろも心こゝ懸ろがゝり、お心こゝろの中うちも疑うたがはしい。
ロミオ ︵廟の前に進みて︶汝おのれ、死しの母ぼた胎いめ、世よに又またとない珍ちん羞しゅうを貪むさぼり食くひをった憎にッくい胃ゐの腑ふめ、汝おのれの腐くさった顎あぎとをば、まッ此このやうに押おし開ひらいて、︵と廟の扉を抉こぢあけながら︶汝おのれへの面つら當あてに、無む理りに食ゑぢ餌きを填つめ充こまう。
パリス ありゃ追つゐ放はうされた高かう慢まんなモンタギューめぢゃ。彼あい奴つが從いと兄こを殺ころしたゆゑ、美うつくしい戀こひ人ゞとが、愁しう歎たんの餘あまりにお死しにゃったといふこと。こゝへ來きをったは、死しが骸いに侮はづ辱かしめを加くはへよう爲ためでがな。捉とらへてくれう。……やい、モンタギューめ、破はれ廉ん恥ちな所しょ行ぎゃうを止やめい。怨うらみを死むく骸ろにまで及およぼさうとは、墮だぢ地ご獄くの人にん非ぴに人んめ、引ひき立たつる、尋じん常じゃうに從ついて來こい。生いけてはおかぬぞ。
ロミオ いかにも、生いきてをられぬ身みぢゃ。なればこそ此こ墓ゝへは來きた。いやなう、若わか、命いの知ちしらずの者ものに手て出だしをなさるな。早はやうお迯にげなされ。此この亡もう者じゃ達たちの事ことを思おもうて怖おそれたがよい。予わしを腹はら立だたせて、又またの罪ざい惡あくを犯をかさせて下くださるな。おゝ、速はやう去いなしゃれ。眞しん實じつ、予わしは自じぶ分んよりも足おぬ下しを可い愛としう思おもうてゐる、予わしは自じさ殺つをしようと覺かく悟ごして此こ處ゝへ來きた者ものであるに依よって。さゝ、速はやう去いなしゃれ。生いき存ながらへて、後ごじ日つ、自じぶ分んは、狂きち人がひの仁なさ情けで、危あやふい所ところを助たすかったとお言いひなされ。
パリス どう頼 まうとも聽 かぬわい。重罪人 として引立 つるは。
ロミオ では俺 を怒 らす氣 か？ ならば、覺悟 せい！
侍童 大變 ぢゃ、戰 うてぢゃ！ 速 う夜番 の衆 を呼 んで來 よう。
パリス おゝ、しまうた！……仁情 があるなら廟 を開 いてヂュリエットと一しょに埋 めてくれい。
パリス息絶 ゆる。
ロミオ おゝ、承しょ引ういんしたぞ。……面おもてを檢しらべて見みよう。……マーキューシオーの親しん戚せきのパリス殿どのぢゃ！ 馬うまに騎のって來くる途とち中ゅう、家けら來いめが何なんとか言いうた、心こゝろが亂みだれてゐて善よう聽きいてはゐなんだが？ ヂュリエットと此このパリスとが婚こん禮れいをする筈はずであったとか言いうた。いや、さうは言いはなんだか？ 夢ゆめか？ 今いまがたパリスが、ヂュリエットの事ことを言いうたゆゑ、それで此こ樣んなことを思おもふのか？ 此この心こゝろが狂くるうたか？……おゝお手てをおこしゃれ、薄はく運うんの名めい簿ぼの裡うちに、俺おれと並ならべ書がきにせられた足おぬ下しぢゃ！ 予わしが今いま埋うめて進しんぜよう名めい譽よの墓はかに。墓はかか？ いや〳〵、こりゃ墓はかではない、明あかり窓まどぢゃ、なア、足き下み。はて、ヂュリエットが居ゐるゆゑに、其その艶あて麗やかさで、此この窖あなむろが光ひかり輝かゞやく宴えん席せきとも見みゆるわい。……死しに人んどのよ、死しに人んの手てで埋うめられて、其そ處こで臥ねやれ。
パリスの死骸 を廟 の中 に横 たへる。
人ひとは動やゝもすれば、其その最いま期はに心こゝろが浮うかるゝ！ それを看かん護ごに人んが死しぬる前まへの電いな光づまと命よんでゐる。おゝ、これが電いな光づまと言いはれようか？……おゝ、戀こひ人びとよ！ 我わが妻つまよ！ 卿そなたの息いきの蜜みつを吸すひ盡つくした死しに神がみも、卿そなたの艶あて麗やかさには能えい勝かたいでか、其その蒼あを白じろい旗はた影かげはなうて美びの旗はた章じるしの鮮あざやな此この唇くちびる、此この兩りゃ頬うほゝ。……おゝ、チッバルト、足おぬ下しも其そ處こにゐるか、血ちに染そみたまゝで？ まだ嫩うら若わかい足おぬ下しを眞まッ二ぷたつにした其その同おなじ手てで、當たうの敵かたきを切きり殺ころして進しんぜるが、せめてもの追つゐ善ぜんぢゃ。從いと兄こどの、赦ゆるしてくれい。……あゝ、戀こひしい、懷なつかしい、ヂュリエット、何なんとして今いま尚なほ斯かうも艶あて麗やかぢゃ？ 若もしや形かたちのない死しに神がみが卿そなたの色いろ香かに迷まようて、あの骨ほねばかりの怪くわ物いぶつめが、己おのが嬖おも妾ひものにしようために、此この黒くら闇やみに蓄かこうておくのではないか知しらぬ。それが氣きが懸ゝりゆゑ、俺おれゃもう決けっして此この暗やみの館やかたを離はなれぬ。卿そなたの侍こし女もとの蛆うじ共どもと一しょに俺おれゃ永いつ久までも此こ處ゝにゐよう。おゝ、今いまこゝで永えい劫がふ安あん處じょの法はふを定さだめ、憂うき世よにき果はてた此この肉から體だから薄ふし運あはせの軛くびきを振ふり落おとさう。……眼めよ、見みよ、これが最なご後りぢゃぞ！ 腕かひなよ、抱だけ、これが最なご後りぢゃ！ おゝ、息いきの戸との脣くちびるよ、人ひとの命いのちを長とこ永しなへに買かひ占しむる死しの證しょ文うもんに天てん下が晴はれた接せっ吻ぷんの奧おく印いんせよ！……︵毒藥の瓶を取り出し︶さ、來こい、苦にがい、飮のみぐるしい案あん内ない者じゃよ！ やい、命いの知ちしらずの舵かん手どりよ、苦くるしい海うみに病やみ疲つかれた此この小こぶ船ねを、速はやう巖いは礁か角どへ乘のり上あげてくれ！……さ、戀こひ人ゞとに！︵と飮む︶。おゝ、眞しん實じつな彼あの藥やく種しゅ屋や、效きゝ力めは忽たちまち……かう接せっ吻ぷんして俺おれゃ死しぬるわ。
き果はてた此この肉から體だから薄ふし運あはせの軛くびきを振ふり落おとさう。……眼めよ、見みよ、これが最なご後りぢゃぞ！ 腕かひなよ、抱だけ、これが最なご後りぢゃ！ おゝ、息いきの戸との脣くちびるよ、人ひとの命いのちを長とこ永しなへに買かひ占しむる死しの證しょ文うもんに天てん下が晴はれた接せっ吻ぷんの奧おく印いんせよ！……︵毒藥の瓶を取り出し︶さ、來こい、苦にがい、飮のみぐるしい案あん内ない者じゃよ！ やい、命いの知ちしらずの舵かん手どりよ、苦くるしい海うみに病やみ疲つかれた此この小こぶ船ねを、速はやう巖いは礁か角どへ乘のり上あげてくれ！……さ、戀こひ人ゞとに！︵と飮む︶。おゝ、眞しん實じつな彼あの藥やく種しゅ屋や、效きゝ力めは忽たちまち……かう接せっ吻ぷんして俺おれゃ死しぬるわ。
ヂュリエットへ臥ふし重かさなるやうにして息いき絶たゆる。
此この時とき、一方ぱうへロレンス法ほふ師しが提ちゃ燈うちん、鶴つる嘴はし、鋤すき等とうを携たづさへて出いで來きたる。
ロレ 南無 やフランシス上人 、護 らせられい！ はれ、けったいな、今宵 此 老脚 が幾 たび墓穴 に蹉躓 いたことやら！……誰 れぢゃ、そこにゐるのは？
バルタ 怪 しうは無 い者 、貴僧 を善 う存 じてをる者 でござる。
ロレ ほい、其その許もとか！ さらば問とはうが、あしこのあの炬たい火まつは、ありゃ何なんでおじゃる、蛆うじ蟲むしや目めも無ない髑どく髏ろを空むなしう照てらすあの光ひかりは？ かう見みたところ、カペル家けの廟たま舍やの前まへぢゃが。
バルタ 其通 りにござります。あそこに主人 が居 られまする、御坊 の可憐 しう思 はせらるゝ。
ロレ とは誰 れぢゃ？
バルタ ロミオさまでござります。
ロレ え、こゝへ參 られて久 しいか？
バルタ 半時餘 りになりまする。
ロレ なりゃ墓穴 まで一しょにおじゃれ。
バルタ いや、僕ぼくは能えい行ゆきませぬ。主しゅ人じんは僕わたくしをば既はや往いんだとのみ思おもうてをられます。若もしも此こ處ゝに止とゞまって樣やう子すなど窺うかゞはうならば、斬きり殺ころしてのけうと、怖おそろしい見けん脈みゃくで嚇おどされました。
ロレ ならば、此こ處ゝにござれ。予わしが獨ひとりで往ゆかう。はて、氣きが懸ゝりになって來きたわ。おゝ、こりゃ何なにか不ふし祥ゃうな事ことが出しゅ來つらいしたのでは無ないか知しらぬまでい。
バルタ 最さい前ぜん、此この水いち松ゐの蔭かげで居ゐね眠むってゐますうちに、夢ゆめうつゝに、主しゅ人じんとさる人ひととが戰たゝかうて、主しゅ人じんが其その人ひとをば殺ころしたと見みました。
ロレンスは廟 の方 へ進 む。
ロレ ローミオー！ あら、あら、何事 ぢゃ此 血汐 は、これ、此 廟舍 の入口 の石 を染 めた此 血汐 は？ 主 もない此 劍 は？ 此樣 な平和 の場所 に血 まぶれにして棄 てゝあるは、こりゃ何 としたことであらう？
と廟 の中 へ進 み入 る。
や、ローミオー！ おゝ、色いろは蒼まッ白さを！……外ほかにも誰たれやら？ や、パリスどのまで？ 剩あまつさへ血ちし汐ほに浸ひたって？……あゝ〳〵、何なんといふ無むざ慚んな時じこ刻くぢゃ、如こん是なあさましい事ことをば一時ときに爲し出で來かすとは！……や、姫ひめが身みう動ごき爲しやる。
ヂュリ おゝ、嬉 しや御坊樣 か！ 殿御 は何處 にぢゃ？ 行 き處 は記 えてゐる、おゝ、さうぢゃ、そこへ予 は來 てゐるのぢゃ？
ロミオは何處 にぢゃ？
ロレ 人ひと聲ごゑがする。……こりゃ姫ひめよ、ま、早はやう出でてござれ、そこは死しや疫えき癘れいや無む理りな睡すゐ眠みんの宿やどぢゃほどに。人にん間げん以いじ上ゃうの力ちからの爲ために折せっ角かくの計はか畫りごとが皆みな敗やぶれた、さ、早はやうござれ。和そも女じの殿との御ごは、それ、其そ處こに胸むな元もとにお死しにゃってぢゃ。パリスどのもぢゃ。さゝ、尼あま御ごた達ちの仲う間ち中へ、頼たのうで和そも女じを入いれておかう。あれ、夜よば番んが來くるわ、委ゐさ細いの事ことは後あとで〳〵。さゝ、ヂュリエット、ござれ〳〵。予わしゃもう此こ處ゝには能ようをらぬわ。
ロレンス狼狽 へて入る。
ヂュリ さ、速はやう去いなしゃれ、予わしは去いなぬほどに。……こりゃ何なんぢゃ？ 戀こひ人ゞとが手てに握にぎりゃったは盃さかづきか？ さては毒どくを飮のんで非ひご業ふの最さい期ごをお爲しやったのぢゃな。……まア、あたじけない！ 皆みんな飮のんでしまうて、隨ついて行ゆかう予わたしの爲ために只たゞ一滴てきをも殘のこしておいてはくれぬ。……お前まへの脣くちびるを吸すはうぞ。毒どくがまだ殘のこって居ゐたら、それこそは假かりの命いのちから實まことの命いのちへ囘かへらする大だい妙めう藥やく！……まだ温ぬくい、お前まへの脣くちびる！
とロミオの死骸 に接吻 する。
此時 奧 にて又 多勢 の人聲 する。
番甲 （奧にて）案内 せい。どちらぢゃ。
ヂュリ や、人ひと聲ごゑ？ なりゃ、片へん時しも早はやう。……おゝ、嬉うれしや、短たん劍けん！︵ロミオが佩びたる短劍を取りて︶さ、鞘さやはこゝに。︵と胸を貫き︶そこに居ゐ附ついて、予わしを死しなせてくれ。
と息いき絶たゆる。
夜よば番んの者もの甲かふ、乙おつ、丙へい、其その他た多おほ勢ぜいパリスの侍こわ童らはを案あん内ない者じゃにして出る。
侍童 こゝぢゃ。あの炬火 が燃 えてをる處 がそれぢゃ。
番甲 此この邊あたりは血ちだらけぢゃ。墓はか場ばの界かい隈わいを探さがさっしゃい。さゝ、見みつけ次しだ第いに、かまうたことは無ない、引ひき立たてめさ。
二三人 入る。
はれ、無むざ慚んな！ こゝに若わか殿とのが殺ころされてござる、のみならず、既もう二ふつ日かも葬はふむられてござったヂュリエットどのが、つい今いまがた死しなっしゃれたやうに血ちを流ながして、温ぬくいまゝで。……誰たれぞ早はやう御ごり領ゃう主しゅ樣さまへ。カピューレットどのゝ邸やしきへも走はしった。モンタギューどのを起おこして來こい。他あとの者ものは、探さがせ〳〵。
番乙 これはロミオどのゝ家來 でおりゃる。墓場 で見付 けました。
番甲 殿 さまの渡 らせらるゝまで、逃 さぬやうに護 ってござれ。
番丙 これなる老らう僧そうは、顫ふるへながら溜とい息きを吐つき、涙なみだを流ながしてをりまする。只たゞ今いま墓はか場ばから參まゐるところを取とり押をさへて、これなる鋤すきと鶴つる嘴はしとを取とり上あげました。
番甲 甚 う胡散 な。その僧 をも留 めておかっしゃい。
領主 朝 まだきに如何 なる珍事 が出來 したのぢゃ、予 が夢 を驚 かして呼出 だすは？
カピューレット長者夫婦 、其他 出る。
カピ長 何 とした事 ぢゃ、街上 にて人々 の叫 き立 つるは？
カピ妻 往わう來らいの人ひと々〴〵は、或あるひはロミオと呼よび、或あるひはヂュリエット、或あるひはパリスと呼よびかはして、聲こゑ々〴〵に叫わめき立たて、吾わが屋やの廟たま屋やへと急いそぎまする。
領主 吾等 の耳 を驚 かす變事 とは何事 ぢゃ？
番甲 申まう上しあげまする、こゝにパリス樣さまが殺ころされて居ゐさせられます、またロミオにも、また其その以いぜ前んに死みま去かりました筈はずのヂュリエットにも、體ぬく温もりのあるまゝ、新あたらしく殺ころされてをられまする。
領主 あくまでも手 を盡 して此 虐殺 の所因 を査 べい。
番甲 これにをりまする老僧 、また殺 されましたるロミオの僕 一人 、何 れも墓 を發 きまするに屈竟 の道具 をば携 へてをりまする。
カピ長 やゝ、これは！ おゝ、我わが妻つまよ、あれ、見みさしませ、愛むす女めの體みう内ちから血ちが流ながるゝ！ えゝ、此この劍けんは住すみ家かをば間まち違がへをったわ。こやつが住すむべきモンタギューが腰こしなる宿やどは裳もぬ脱けの殼からで、無むざ慚んや、愛むす女めの胸むねが鞘さや！
カピ妻 おゝ、悲 しや！ 此 慘 しい死樣 は、老 いゆく此身 をば墓 へ急 がす死鐘 ぢゃ。
モンタギュー長者 、其他 出る。
領主 さ、こゝへ、モンタギュー。時ときならず早はやう起おき出いでめされたが、目めに入いるものは、時ときならず早はやう臥ねた息むす子こどのゝ寐ねす姿がたぢゃ。
モン長 なう、情なさけなや、我わが君きみ！ 我わが子この追つゐ放はうを歎なげ悲きの餘あまりに衰おとろへて、妻つまは昨やぜ夜ん相あひ果はてました。尚なほ此この上うへにも老らう人じんをさいなむは如い何かなる不ふか幸うぢゃ。
領主 あれ、あれをお見 ゃれ［＃「お見 ゃれ」はママ］。
モン長 おゝ、汝 、不所存者 めが！ 父 を押退 けて先 へ墓 へ入 らうとは、何 といふ作法知 らずぢゃ、汝 ！
領主 暫しば時らく叫けう喚くわんの口くちを閉とぢよ、先まづ此この疑ぎわ惑くを明あきらかにして其その源げん流りうを取とり調しらべん。然しかる後のち、われ將はた卿おん等みらの悲なげ歎きを率ひきゐて、敵かたきの命いのちをも取とり遣つかはさん。先まづそれまでは悲ひた歎んを忍しのんで、此この不ふし祥ゃう事じの吟ぎん味みを主しゅとせい。……嫌けん疑ぎの徒とも輩がらを引ひき出だせ。
ロレ 手てま前へこそは、力りき量りゃうは最いっち不ふそ足くながら、時ときも處ところも手てま前へに不ふ利りでござるゆゑ、此この怖おそろしい殺ひと人ごろしの第だい一番ばんの嫌けん疑ぎし者ゃでござりませう。只たゞ今いま此こ處れにて呪のろはるべくもあり、恕ゆるさるべくもある手てま前への所しょ行ぎゃうを告こく發はつもし、辯べん解かいも仕つかまつりませう。
領主 さらば、汝 が存 じをる限 りを疾 く申 せ。
ロレ 手てみ短じかに申まうしませう、管くだ々しう申まうさうには命いのちが覺おぼ束つかなうござりまする。……そこにお死しにゃったるロミオこそはヂュリエットが正たゞしい夫をっと、またそこにお死しにゃったるヂュリエットこそはそのロミオが貞てい節せつなる宿やどの妻つま、二ふた人りを嫁めあはしたは手てま前へ。また二ふた人りが内ない祝しう言げんの日ひはチッバルトどのゝ大だい厄やく日じつ、非ひご業ふの最さい期ごが因もととなって新にい婿むこどのには當たう市しお構かまひの身みの上うへとなり、ヂュリエットどのゝ悲ひた歎んの種たね、さうとは知しらずチッバルトどのをお歎なげきゃるとのみ思おぼ召しめされ、其その歎なげきを除のぞかうとてパリスどのへ無む理り強じひの婚こん禮れい沙ざ汰た、其その時とき姫ひめが庵いほ室りへわせられ、此この二度どの祝しう言げんを脱のがるゝ手す段べを教をしへてくれい、然さなくば此こ處ゝで自じが害いすると半はん狂きゃ亂うらんの面おも持ゝち、是ぜ非ひなく、自じと得くの法はふにより、眠ねむ劑りぐすりを授さづけましたところ、案あんの如ごとくに效きゝ力めありて、死しせるにひとしき其その容よう態だい、手てま前へ其その間あひだに書しょ状じゃうして、藥やく力りきの盡つくるは今こよ宵ひ、姫ひめをば假かりの墓はか所しょより、來きたりて救すくひ出だされよ、とロミオ方かたへ申まうし遣やりしに、使しそ僧うヂョンと申まうす者もの、不ふり慮ょの事ことにて抑ひき留とめられ、夜やぜ前ん其その書しょを持もち歸かへってござりまするゆゑ、目め覺ざめなば嘸さぞ當たう惑わく、と姫ひめを救すくひ出いださんため、只たゞ一ひと人りにて參まゐりしは、窃ひそかに庵いほ室りにかくまひおき、後ごじ日つ機をりを見みて、ロミオへ送おくり屆とゞけん存ぞん念ねん、然しかるに參まゐり見みれば、姫ひめの目め覺ざむる少すこしき前まへ方かた、非ひが業ふの最さい期ごはパリスどのとロミオどの。其その中うち、姫ひめの目め覺ざめ﹇＃﹁目め覺ざめ﹂は底本では﹁目め覺さめ﹂﹈しゆゑ、天てんの爲なせる業わざは是ぜ非ひに及およばず、ともかく出でてござれ、と勸すゝむるうちに、近ちかづく人ひと聲ごゑ、予われら駭おどろき逃にげ出いでましたが、絶ぜつ望ばうの餘あまりにや、姫ひめは續つゞいて參まゐりもせず、やがて自じが害いを致いたしたと相あひ見みえまする。手てま前へが存ぞんじをりまするは是これ限ぎり。内ない祝しう言げんの儀ぎは乳う母ばが善よう承しょ知うちの筈はず。何なに事ごとにまれ、予われらが不ふら埓ちと御ごけ檢んだ斷ん遊あそばれうならば、餘よめ命い幾いく何ばくもなき老らう骨こつ、如い何かな御ごげ嚴んけ刑いにも處しょせられませう。
領主 予 は常 に足下 をば正 しい僧 と信 じてをったわ。……ロミオの僕 は何處 にをる？ 彼 れは此儀 に對 して何 と申 すぞ？
バルタ 僕わたくしめは、ヂュリエット樣さまお死しき去ょの事ことをば、マンチュアの主しゅ人じん方がたへ傳つたへましたるところ、主しゅ人じんは直すぐに驛はや馬うまにて、彼かし處こから御ごべ廟うし所ょまで參まゐられ、墓はかへ入はひられまする前まへに、此この書しょ面めんを朝あさ早はやう親おや御ごさ樣まへ渡わたしてくれいと申まうされ、速すみやかに此こ處ゝを立たち去さらずば殺ころしてしまふぞと嚇おどされました。
領主 其その書しょ面めん見みようわ。これへ。……して、夜よば番んを呼よび起おこした伯はくの侍こわ童らはとやらは何ど處こに居をる？……こりや﹇＃﹁こりや﹂はママ﹈、其そ方ちの主しゅ人じんは此この處ところへは何なにしにわせたぞ？
侍童 御おん方かたの墓はかへ撒まかうとて花はなを持もってわせられました。遠とほくへ離はなれてゐいと仰おほせられましたゆゑ、僕わたくしはさやう致いたしました。やがて燈あか火りを持もった人ひとがわせて、墓はかを發ひらかうと爲しやしゃるやいな、御ごし主ゅじ人んは劍けんを拔ぬかしゃれました。それで僕わたくしは走かけ出いだして夜よば番んの衆しゅうを呼よびました。
領主 此この書しょ面めんにて僧そうが申まう條しでうの證あかりは立たったり、情じゃ事うじの顛てん末まつ、女をんなが死しき去ょの報しら告せまた貧ひん窮きうなる藥やく種しゅ屋やより毒どく藥やくを買かひ求もとめてそれを持じさ參んし、此こ處れなる女をんなの墓はかの中なかにて自じさ殺つなさん底そこ意いまで、明めい白はくと相あひ成なったわ。……仇かた敵きど同う士しは何いづれにあるぞ？ カピューレット！ モンタギュー！……見みい、是これ皆みな汝おぬ等したちが相にく憎みあ惡ひの懲こら罰しめ、天てんは故わざと子こど供も等らを愛あいしあはせ、以もって汝おぬ等しらが歡よろ樂こびをば殺ころさせられたわ。予われ將はた汝おぬ等しらの確なか執たがひを等なほ閑ざりに視みす過ごしたる罪つみによって、近うか親らを二ふた人りまでも失うしなうた。御ごば罰つに漏もれたる者ものはない。
カピ長 おゝ、モンタギューどの、御おん手てをば與あたへさせられい。これをこそ愛むす女めへの御ごゆ結ひな納うとも思おもひまする、他ほかに望のぞみとてはござらぬわい。
モン長 いや、こなたよりはまだ參まゐらするものがおぢゃる。吾われ等ら純じゅ金んきんにて姫ひめの像ざうを建たて申まうし、此このローナが同おなじ呼よび名なで知しらるゝ限かぎり、貞てい節せつなヂュリエットどのゝ黄こが金ねの像ざうをば上うへ無なき記かた念みと崇あがめさせん。
ローナが同おなじ呼よび名なで知しらるゝ限かぎり、貞てい節せつなヂュリエットどのゝ黄こが金ねの像ざうをば上うへ無なき記かた念みと崇あがめさせん。カピ長 女 と並 べてロミオどのゝ黄金 の像 をも建 て申 そう、互 ひの不和 の憫然 な犧牲 ！
領主 物もの悲がなしげなる靜しづけさをば此この朝あさ景げし色きが齎もたらする。日ひも悲かなしみてか、面おもてを見みせぬわ。いざ、共ともに彼かな方たへ往いて、盡つきぬ愁なげ歎きを語かたり合あはん。赦ゆるすべき者ものもあれば、罰ばっすべき者ものもある。哀あはれなる物もの語がたりは多おほけれども、此このロミオとヂュリエットの戀こひ物もの語がたりに優まさるはないわい。
ロミオとヂュリエット （完）