戸を明くれば、十六日の月桜の梢こずゑにあり。空くう色しよく淡あはくして碧みどり霞かすみ、白はく雲うん団だん々〴〵、月に近ちかきは銀の如く光り、遠きは綿の如く和やわらかなり。
春しゆ星んせい影かげよりも微かすかに空を綴つゞる。微びば茫うげ月つし色よく、花に映えいじて、密みつなる枝は月を鎖とざしてほの闇くらく、疎そなる一いつ枝しは月にさし出でゝほの白く、風ふぜ情い言ひ尽つくし難がたし。薄うすき影と、薄うすき光は、落らく花ゝわ点てん々〳〵たる庭に落ちて、地を歩す、宛さながら天てんを歩あゆむの感かんあり。
浜の方はうを望めば、砂さし洲う茫ばう々〴〵として白し。何ど処こやらに俚り歌かを唱うたふ声あり。
又
已すでにして雨はら〳〵と降り来きぬ。やがてまた止やみぬ。
春しゆ雲んうん月つきを籠こめて、夜よるほの白く、桜あう花くわ澹たんとして無からむとす。蛙かはづの声いと静かなり。