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マカラム街の珈コー琲ヒー店キャフェ・バンダラウェラは、雨期の赤土のような土ト耳ル古コ珈琲のほかに、ジャマイカ産の生しょ薑うが水をも売っていた。それには、タミル族の女給の唾つばと、適度の蠅はえの卵とが浮かんでいた。タミル人は、この錫セイ蘭ロン島の奥地からマドラスの北部へかけて、彼らの熱愛する古式な長キャ袖フタ着ンと、真しん鍮ちゅう製の水みず甕がめと、金いろの腕輪とを大事にして、まるで瘤ジイ牛プのように山野に群ぐん棲せいしていた。それは﹁古代からそのままに残された人種﹂の一つの代表といってよかった。彼らは、エルカラとコラヴァとカスワとイルラの四つの姓ケイ閥ストからできあがっていた。そして、そのどれもが、何よりも祖先と女の子を尊重した。祖先は、タミル族に、じつは彼らが、あの栄誉ある古王国ドラヴィデアの分流であることを示してくれるのに役立ったから、彼らはその祭日を忘れずに、かならずマハウェリ・ガンガの河へ出かけて行って、めいめいの象といっしょに水掃礼を受けた。が、女の子を歓迎したのは、そういう民族的に根拠のある感情からではなかった。女は、彼らにとって、家畜の一種としての財産だったからだ。女の子が生まれると、彼らはそれを、風や雑草の悪あく霊りょうから保護して育てて、大きくなるのを待ってコロンボの町へ売りに出た。この、タミル族の若い女どもを買い取るのは、おもにそこの旅客街のキャフェだった。女給にするのだ。ことに、ポダウィヤの酋しゅ長うちょう後嗣選挙区にある、ポダウィヤ盆地産の女は値がよかった。なぜといえば、イギリス旦マス那ターの﹁文か明わ履ぐ物つ﹂のようなチョコレート色の皮膚と、象ぞう牙げの眼と、蝋ろう引びきの歯、護ご謨む細工のように柔やわ軟らかな弾力に富む彼女らの yoni とは、すでに英イギ吉リス利マス旦タ那ーの市場においても定評がなかったか？
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We beg to inform Travellers to Ceylon that we issue, under special arrangements with the Governments of Ceylon and of India and Burma, tickets over all Railway Lines, and keep complete and detailed information of everything pertaining to travel in Ceylon, India and Burma−.
こういう、暑い夜の冒険を暗示する旅行会社の広告文書である。この小冊子的煽せん情じょうに身をあたえて、せいろんへ、せいろんへ、せいろんへ、山ポラ高ア・帽ハットをへるめっとに替えた英イギ吉リ利ス人が、肩からすぐ顔の生えているじゃあまんが、あオウら・まマあイと鼻の穴から発声する亜ア米メ利リ加カ女が、肌はだ着ぎを洗せん濯たくしたことのない猶ユダ太ヤ人が、しかし、仏フラ蘭ン西ス人だけは長い航海を軽けい蔑べつして、本国で葡ぶど萄う酒のついた口ひげをていねいに掃除しているあいだに各国人を拾い上げたお洒しゃ落れな観光団が、トランクの山積が、写真機が、旅行券が、信用状が、せいろんへ、せいろんへ、せいろんへ――だれが言い出したともなく、一九二九年の旅行の流モウ行ドは、この新しく﹁発見されたせいろんへ﹂と、ここに一決した形で、いまのところ、せいろんは、すべての粋シックな旅行の唯一の目的地になりすましている。が、この島は何も今年出現したわけではなくドラヴィデア王国の古世から実在していたので、その証拠には、エルカラとコラヴァとカスワとイラルから成る多タ美ミ児ル族が、カランダガラの山腹に、峡谷に、平原に、カラ・オヤの河べりに、白セイ藻ロン苔・モスの潰かい汁じゅうで、和オラ蘭ンダ更さら紗さの腰サア巻ロンで、腕輪で、水みず甕がめで、そして先祖の伝説で、部落部落の娘たちをすっかり美装させ、蠱こけ化っとさせ、性熟させて、ようろっぱの旦だん那な方が渡海してくるのを、むかあしから、じいっと気ながに待っていた。
錫セイ蘭ロン島――東洋の真珠――は、その風光の美と豊富さにおいて、他にこれを凌りょ駕うがするものなし。赤道を北に去ること四百マイルにして、中部以南はいささか暑さに失するきらいありといえども、それも、つねに親切なる涼風に恵まるるため、決して他国人の想像するほどにてはあらず。ことに、一歩北部連山地方にいたらんか、その温候は四季を通じて倫ロン敦ドンの秋を思わしめ、自然の表情、またこの山岳部にきわまるというべし。途中、古こそ蒼うの宗教都市カンデイあり。史的興味と東洋色の極地を探ねて、遠く白欧より杖つえをひく人士、年々歳々――うんぬん。
コロンボ市はもちろん、カンデイ市および丘ヒル郡ごおりのニューラリアには﹁こんなところにこんな！﹂と驚く壮麗なホテルがあって、それぞれ穏当な値段で訪問者に﹁旅の便宜﹂をあたえている。だから、せいろんは、いまでは、時計ばかり見て急ぐ寄港者よりも、欧ヨー羅ロッ巴パの公休を日限いっぱいに費やそうという長期滞留の旅客のほうを、はるかにたくさん持つ。以下はこの錫蘭島の提供する吸アト引ラク物ションのほんのすこしの例――豪華な見物自動車。十一人で十一か国語を話し、しかもあんまりチップを期待しない奇跡的案内者組合。日光と雨量。植ジャ物ン帝グ国ルへの侵入。象。豹ひょう。野牛。自ワイ然ルド豚・ボア。鹿しか。土人娘。これらへの鉄砲による突撃。アヌラダプラとポロナルワの旧都における考古学の研究。幾世紀にわたるせセイいロろニんイ人ズ独特の灌かん漑がい術。旅ヌ行メ記ン念ト物ウの収集。宝石掘り。青玉石の洪こう水ずい。鼈べっ甲こう製品の安価。真鍮と銀の技能。そしてタミル族の女。
一つの注意――日中正午前後は、ちょっとの外出にも、東ソラ印・タ度ピ帽イ――ソラという樹木の髄で作った一種の土民笠がさ――をかぶるか、または洋こう傘もりをさすかして、正確に太陽の直射を拒絶すべきこと。あなた自身の利益のために。
旅行季節――十一月の後半から三月中旬までを最適とす。四月と五月は炎暑。六月、九月は南西の貿易風。十月、十一月は北東貿易風。同時に降雨期。
特別の注意――東洋旅行にたいがい付属する数々の不便不快は、せいろんではすくない。西ようろっぱにおけると同じに、生命も財産もきわめて安全である。白い治下に黒い暴動などあり得るわけはない。旅行者の発見するものは、心臓的な歓迎と、微笑と、丁てい重ちょうだけだ。だから、白人の旅行者は、いっそう気をつけて、黒い神経にさわるような言動はいっさいつつしんでもらいたい。態度の優美は﹁大いそぎの文明国﹂でよりも、かえってこの﹁怠慢な東洋﹂で完全に実行されている。で、みんな静かに、しずかに動き回ること――うんぬん。
と、これらのすべては、前提旅行会社が白い人々に対して発している心ノウ得テスやらおレク願エいトやらだが、そこで、欧ヨー羅ロッ巴パの旅行団は、このことごとくを承知したうえで、せいろんへ、せいろんへ、せいろんへ、すうつ・けいすの急きゅ湍うたんが、かあき色膝ひざきりずぼんの大行列が、パス・ポートが、旅トラ人ヴェ用ラア手ス・形チェ帳ッキが、もう一度、せいろんへ、せいろんへ、せいろんへ――無作法な笑い声のあいだから妖よう異いな諸国語を泡あわ立だたせて、みんなひとまず、首府コロンボ港で欧羅巴からの船を捨てた。
すると、同市マカラム街の珈コー琲ヒー店キャフェ・バンダラウェラでは、タミル族の女給どもを多量に用意して、この﹁旦マス那ター﹂方の来潮に備えていたのだ。
多タ美ミ児ル族の女たちは昼は、暗い土間の奥から行こう人じんに笑いかけたり、生しょ薑うが水をささげてテーブルへ接近したり、首飾りを手製するために外国貨幣をあつめたりした。そして、夜は、籐パラ駕ンキ籠ンに揺られて英イギ吉リ利ス旦那のもとへ通ったり、ひまな晩は、馬マラ来イ・竹ラタンで笊ざるを編んで、土人市場のアブドの雑貨店へ売り出した。
3
﹁また来てる﹂
﹁どこに﹂
﹁あすこに﹂
﹁あら！ ほんと﹂
キャフェ・バンダラウェラで、タミル種族の女給たちが、こんなことを言いあった。
マカラム街は﹁堡フォ砦ー区ト﹂と呼ばれるコロンボ市の中心に近く﹁奴隷の湖﹂をまえにしている欧風の散歩街だった。コロンボは、この王クラ冠ウン植・コ民ロニ地ーの王クラ冠ウンで、そして、それは、前総督ヒュー・クリフォード卿きょうによれば﹁東洋のチャーリン・クロス﹂でもあった。各会社大客船の寄港地。貨物船による物資の集散。濠ごう州しゅう、あふりか、支し那な、日本への関門。そうです。十六世紀に、葡ポル萄トガ牙ル人がここの海岸へ城塁を築きました。それを、あとから和オラ蘭ンダの征服者が改造しました。そしておらんだ人は、いま市ペ場タ区アのあるところを自分たちの住宅街ときめて、市内湖に浮かぶ﹁奴隷の島﹂で、土民を飼い慣らしました。が、いぎりす旦マス那ターが見えるようになってから、治世は一変しました。英吉利旦那は、和蘭の城パア邑ジャアさんなんかとはすっかり肌あいが違って、ものやさしいことが好きで、不思議にも、奴隷牧畜がきらいでした。で、堡フォ砦ートは土へ還って、そのあとに、停車場と郵便局と病院と大学と教会と、リプトン製茶会社とＹＭＣＡ会館とが、植物のように生え出しました。市ペ場タ区アはいま、あらゆる東洋的な土器と石器と竹器と、平和と柔順と汗かん臭しゅうとの楽しい交よろ歓こび場のにわでしかありませんし、むかしの﹁奴隷島﹂では、馬マラ来イ人の家族とあふがん族の家庭が、椰や子しの葉で葺ふいた庇ひさしの下で、ぼろぼろのお米を噛かみしめて、一晩じゅう発達した性技巧を弄ろうして、そのお米の数ほども多い子供を産んで、つまり、一口には、皆がみな、いぎりす旦マス那ターの御政治をこころの底から讃ほめたたえて、この区域から立ち昇るＷＡＲＮという感謝の声々が一つ一つ、忠実な銀ぎん蠅ばえに化けて、あるものは﹁奴隷の湖﹂を越してマカラム街に櫛しっ比ぴする珈コー琲ヒー店の食卓へ、またはホテル皇プリ太ン子スの婦人便所へ、他の一派は、丘の樹間に笹レー絹スのそよぐ総督官舎の窓へと、それぞれに答礼使の意図をもって、ぶうん、ぶうんと飛行して行った。
そのマカラム街には、赫かく灼しゃくたる陽線がこんな情景を点描していた――。
紺こん青じょうに発火している空、太陽に酔った建物と植物、さわるとやけどする鉄の街燈柱、まっ黒に這はっているそれらの影、張り出し前ファ門サードの下を行くアフガン人の色絹行商人、交通巡査の大日ひが傘さ、労役牛の汗、ほこりで白い撒さっ水すい自動車の鼻、日射病の芝しば生ふ、帽子のうしろに日覆おお布いを垂らしたシンガリイス連隊の行進、女持ちのパラソルをさして舗道に腰かけている街上金貸業者、人リキ力シャ車・マ人ンの結シイ髪ニョン、ナウチ族の踊り子の一隊、黄絹のももひきに包まれた彼女らの脚、二つの鼻孔をつないでいる金属の輪、螺コイ環ルの髪、貝かい殻がらの耳飾り、閃せん光こうする秋なが波しめ、頭上に買い物を載せてくる女たち、英イギ吉リス利マス旦タ那ーのすばらしい自用車、あんぺらを着た乞こじ食きども、外国人に舌を出す土人の子、路傍に円座して芭ばし蕉ょうの葉に盛ったさいごん米と乾ドライカレーを手づかみで食べている舗装工夫の一団、胸いっぱいに勲章を飾って首に何匹もの蛇へびを巻きつけた蛇使いの男、籠かごから蛇を出して瀬戸物らっぱで踊らせる馬マラ来イ人、蛇スネ魅ーク師・チャーマーの一行、手に手に土人団うち扇わをかざした紐ニュ育ーヨークの見物客、微風にうなずくたびに匂う肉にっ桂けい園、ゆらゆらと陽かげ炎ろうしている聖セントジョセフ大学の尖せん塔とう、キャフェ・バンダラウェラの白と青のだんだら日よけ、料理場を通して象ぞう眼がんのように見える裏の奴隷湖、これらを奇異に吸収しながら、そのキャフェまえの歩道の一卓で生しょ薑うが水と蠅はえの卵を流しこんでいる日本人の旅行者夫妻、それから、すこし離れて、横眼で日本人を観察しているヤトラカン・サミ博士と、博士の椅い子す。
4
とうとう、好奇心の誘惑が、ヤトラカン・サミ博士を負かした。
この黄色い人種は、いったいどんな口を利くだろう？――こういう興味がさっきから、好学の老博士を、しっかり把はあ握くしていたのだ。博士は、白い旅客に話しかける時のように、こっちからこの日本人に言語を注射して、その反応を見ることによって試験してやろうと決意した。
日本人は、松葉のように細い、鈍い白眼で、博士と博士の椅い子すを凝視していた。それは、何ごとにかけても十分理解力のあることを示している、妙に誇りの高い眼だった。博士はふと、まるで挑チャ戦レンジされているような不快さを感じて、急に、その、腰かけている大型椅子の左右の肘アー掛ムのところで、二本の鉄棒を動かしはじめた。椅子の下で、小さな車が、軋きしんで鳴った。ヤトラカン・サミ博士は、歩道の上を、椅子ごとすうっと日本人のそばへ流れ寄った。
ヤトラカン・サミ博士の椅子は、あの、欧州戦争に参加した国々の公園などで、時おり、足の悪い、あるいは全然脚のない廃兵が、嬉き々きとして乗りまわしているのを見かけることのある、一種の locomotive chair だった。椅子の脚に、前後左右に回転する小さな車輪がついていて、そして、ちょうどその安楽椅子の両腕の位置に、すこし前寄りに、まるで自動車のブレーキのような棒が二本下から生えている。で、座者は櫓ろを漕こぐように交互にこの棒を動かして、自在にその椅子車を運転することができるのだった。
いま、ヤトラカン・サミ博士は、非常な能率さで博士の移動椅子を移動して、日本人たちのテーブルへ滑ってきている。が男の日本人は、旅行ずれのしている不愛想な表情で、博士と博士の椅子をいっしょに無視した。
そして彼は、ジャマイカの生しょ薑うが水の上に広げたコロンボ発行のせゼ・いセイろロンん・イ独ンデ立ペン新デン聞ト――一九二九・五・九・木曜日という、その日の日付のある――を、わざとがさがささせて、急いで、活字のあとを追いはじめた。
これは、脚のわるい印イン度ドこ乞じ食きだろう。
だれが、くそ、こんなやつの相手になんかなるもんか――。
その日本人の動作が、こう大声に表明した。
しかし、ヤトラカン・サミ博士は、その脚部に、なんらの故障をも持ってはいないのである。博士の歩ロコ行モテ椅ィブ子・チェアは、いわば博士の印イン度ド的貴族趣味の一つのあらわれにしか、すぎなかった。
The Ceylon Independent
The Newspaper For The People
市当局と世論――昨日の定例市会で市議マラダナ氏の浄水池移転問題に関する質問に対し市長は委員会を代表して、うんぬん。
チナイヤ河口に死体漂着――二十四、五歳の白人青年。裸体。
ピストルのあとと打撲傷。
殺害のうえ停泊中の汽船より投棄か。
即時バラピテ警察の活動。うんぬん。
授業時間問題のその後――コロンボ小学児童父兄会が朝の始業時間に関して、市学務課に陳情書を提出したことは本紙の昨夕刊が報道したとおりだが、同会実行委員はこれのみでは手ぬるしとなし、本日市庁に出頭口頭をもって、うんぬん。
――こうして新聞を読んでいる、日本人の旅行者の男へ、博学なヤトラカン・サミ博士は、はじめ日本人が梵ぼん語ごであろうと取ったところの、つまり、それほど自家化している、英イギ吉リス利だ旦ん那なのことばを、例のうす眠たい東洋的表現とともに、ふわりと、じつにふわありと投げかけた。
﹁旦マス那ター、ちょっと、手相を見さしてやって下さい。やすい。安や価すいよ――﹂
と。
5
ヤトラカン・サミ博士は、ひそかに人間の生き方を天体の運行と結びつけていた。
こんなぐあいに。
はるか西の方かたバビロンの高山に道ステ路イム圧・ロ固ウラ機ーの余剰蒸気のようなもうもうたる一団の密雲が湧わき起こった。
それが、白はく髪はつ白はく髯ぜんの博識たちがあっと驚いているうちに、豪雨と、暴風と、鳥獣の賛美と、人民の意思を具現し、日光をあつめ、植物どもの吐息を吸い、鉱石の扇動に乗じて、いつの間にか、絢けん爛らん大規模な架空塔の形をそなえるにいたった。これは、何千年か昔のことでもあり、また、毎日の出来事でもあるのだ。
が、この雄壮な無限層塔の頂きには、ばびろにあと、アッシリアと、埃エジ及プトと、羅ロー馬マと、そうしてドラヴィデア王国の星たちが美々しく称神の舞踊をおどりつづけ、塔の根もとには向ひま日わ葵りが日にち輪りんへ話しかけ、諸国から遊学に来た大学者のむれが天文の書物を背負い、不可思議な観測の器械を提げて、あとから後からと塔の内部の螺らせ旋ん階段を昇って行った。が、それは、要するに、バビロンの架空塔だった。だから、ついに大キャ異タス変トロフは来た。はるか西境ばびろんの高山に、道ステ路イム圧・ロ固ウラ機ーの余剰蒸気のようなもうもうたる一団の密雲が横に倒れた。塔の頂上は大地を叩ノッ扉クして、心霊の眠りを覚ました。何千年か昔のことでもあり、また、昨日、いや、毎日の出来事でもある天文と、観測と、碩せき学がく大家どもと、彼らの白しら髪がと白しら髯ひげは、豪雨と、暴風の、鳥獣の苦くも悶んと、人民の失望と、日光の動揺と植物の戦せん慄りつと、鉱石の平伏といっしょに、宇宙へ四散した。神通は連山をまたいで慟どう哭こくし﹁黒い魔術﹂は帰き依え者を抱いて大だい鹹かん湖こへ投身した。空は一度、すんでのことで地に接せっ吻ぷんしそうに近づき、それから、こんどはいっそう高く遠く、悠ゆう々ゆうと満ち広がった。そうして、この、物理の懊おう悩のうと、天体の憂患と、犬いぬ猫ねこの狼ろう狽ばいと、人知の粉砕のすぐあとに来たものは、ふたたび天地の整せい頓とんであり、その謳おう歌かであり、ひサンま・フわラワりーどもの太陽への合唱隊だった。が、そこに新生した蒼そう穹きゅうは、全く旧態をやぶったすがただった。白はく髪はつ白はく髯ぜんの博識たちがあっとおどろいているうちに、山から山へ、いつの間にか脈々たる黄こう道どうの虹にじが横たわっていた。暗黒と光明の前表は、鹹かん湖こにも、多島海にも、路傍の沼にも、それこそ、まるで水草の花のように浮かんで、なよなよと人の採取を待つことになった。これは、つまりは星が映っていたのだ。が、この新発見に狂喜した人々は、はじめて、希望をもって上空を仰いだ。そこには、あの架空塔の倒壊事件以来、羊や山や羊ぎや蟹かにや獅し子しや昆こん虫ちゅうのたぐいに仮かた体いして、山河に飛散していたもろもろの星が、すっかりめいめいの意味をもって、ちゃあんとそれぞれ天空の位置にはめ込まれていた。そしてそこから、さかんに予現の断片を投下しながら、彼らは一つにつながって、太陽と月げつ輪りんの周囲を乱舞しだした。遊星の軌ブデ道アクは一定した。星は、かれらが一時逃避した無機物有機物によって、双魚座、宝ほう瓶べい宮きゅう、磨まげ羯つき宮ゅう、射手座、天てん蠍けつ宮、天てん秤びん座、処女座、獅子宮、巨きょ蟹かい宮、両子宮、金牛宮、白羊座、と、この十二の名で呼ばれることになった。こうして星座ができ上がった。同時に人は、自分の手のひらをも見直した。すると、驚くべきことには、星座はそこにもあった。一つひとつの星の象徴が、皮膚の渦かも紋んとなって人間の掌たなごころにありありと沈黙していたのだ。双魚線、宝瓶紋、磨羯線、射手線、天秤線、獅子紋、白羊線等、すべて上天の親星と相関連して、個人個人に、その運命の方向にあらゆる定じょ業うごうを、彼の手のひらから黙示しようとひしめき合っていた。恐れおののいた人々は、自分の手のひらの線や紋と、それと糸を引く頭上の星とを、たとえば金牛線と金牛宮、処女紋と処女座といったふうに、対照し、相談し、示教を乞こい、そのうえ、草木の私ささ語やきに聴覚を凝らし、風雨の言動に心しん耳じをすまし、虫魚の談笑を参考することによって、自己の秘願の当不当、その成否、手段、早道はもとより、一インチさきの闇あん黒こくに待っている喜怒哀楽の現象を、すべて容易に予知し、判読し、対策し転換を図ることができると知ったのである。あらびやん占アス星トロ学ジイは、印イン度ドアウルヤ派の正教に進入して、ここに、この手パア相ミス学トリイを樹立していた。そして、それはいま、タミル族の碩せき学がくヤトラカン・サミ博士に伝わっているのだ。これは、何千年か昔のできごとであると同時に、また、この瞬間の現実事でもあった。ヤトラカン・サミ博士は、おそらくは英イギ吉リス利マス旦タ那ーの着古しであろうぼろぼろのシャツの裾すそを格こう子しじ縞まの腰サア巻ロンの上へ垂らして、あたまを髷シイニョンに結い上げて、板きれへ革かわ緒おをすげた印イン度ド履き物を素すあ足しで踏んで、例の移動椅い子すに腰かけて、それを小舟のように漕こいで、そうして、胸のところへ、首から、手てあ垢かで汚れた厚ぼう紙るがみの広告をぶら下げて、日がな一日、毎日毎日このマカラム街を中心に、このへん一帯の旅客区域の舗道を熱帯性の陽線に調子を合わして、ゆっくりゆっくりと運転し歩いていた。
その広告紙には、博士が、話しかけながら、日本人の旅行者夫妻にも見せたように、こう英イギ吉リス利だ旦ん那なの文字がつながっていた。
﹁倫ロン敦ドンタイムスとせいろん政府によって証明されたる世界的驚異・印イン度ドアウルヤ派の手相学泰斗・ヤトラカン・サミ博士、過去未来を通じて最高の適中率・しかも見料低廉。とくに博士は、婆は羅ら・破シヴ鬼ァに知友多く、彼らの口をとおして旦マス那ター・奥ミセ方スの身の上をさぐり出し、書物のように前に繰りひろげてみせることができます。あなたは、ただ黙って、博士の眼の下へあなたの手のひらを突き出せばいいのです・うんぬん﹂
ヤトラカン・サミ博士は、この、売うら占ない乞こじ食きに紛らわしい風いで体たちでもう、何年となく、せいろん島コロンボ市の、ことにマカラム街の珈コー琲ヒー店キャフェ・バンダラウェラのあたりを、一日いっぱいうろついて、街上に、白い旅客たちの旦マス那ターと奥ミセ様スたちを奇襲して、その手相を明らかにあらわれていると称して、ひどく猥わい褻せつなことを、たとえばあの、Kama Sutra や Ananga Ranga にでてくるような、閨けい技ぎの秘ひお奥うや交合の姿態などを細密に説いて、旦マス那ターがたをよろこばせ、若い夫人たちの顔を赫あかくするのを、半公認の稼かぎ業ょうにしているのだった。だから、一般の市パア民ジャアの眼には、博士は、りっぱな﹁狂きち気がいの老乞食﹂に相違なかった。が、きちがいでも、乞食でも、これが博士の興味の全部であり、生き甲が斐いを感ずるすべてであり、そうして、不本意ながら食物のために必要な零細な印ル度ピ銀イを得る唯一の道だったので、博士としては、じつに愉快な、満足以上に満足な仕事だったろう。なかでも、白い美婦人の手をとって彼女の性生活を言い当てたり、あたらしい秘密の刺激をあたえたりするときは、老年の博士自身も、どうかすると、その大椅子の上で、ふと異常な興奮を感ずるようなことがないでもなかった。この、ヤトラカン・サミ博士の椅子車というのは、腰かけるところも、両脚も、うしろの寄りかかりも、すばらしく大だい々だいとした珍しいもので、ちょうど女がひとり、股またを広げてしゃがんで、上半身をまっすぐに、両手を前へ伸ばして、まるで、ヤトラカン・サミ博士を背後から抱擁しているように見える、特別のこしらえだった。どこからどこまで、幅の広い、分の厚い、頑がん丈じょうな、馬マラ来イ半島渡来の竹ラタ籐ンで籠かご編あみにできていて、内部は、箱のようになっているらしかったが、表面は、全体を雲ドリ斎ル織スで巻き締めてあって、上から、一めんに何か防水剤のような黒い塗料がきせてあった。そして、それに、小さな車輪と、運転用の鉄の棒とが付いていた。博士は、まるで躄いざりのようにこの椅子車に乗ったまま、自分で動かして、外国人のいそうなところは、ピイ・ノオ汽船会社の前でも、デヒワラ博物館の近くへでも、どこへでも出かけて行った。椅子の背中には、鍋なべ、マッチ、米の袋、罐かん入いりのカレー粉などが、神式の供え物かなんぞのように、いつも大げさに揺れていた。これらが、そして、これらだけが、博士の生活必需品の全部だった。煙たば草こは、いぎりす旦那の吸いがらを路上で拾ってのんだし、夜は、肉シナ桂モン園・ガーデンへ移動椅子を乗り入れて、椅子の上に円く膝ひざを抱いて、星と会話し、草や風と快談して毎朝を迎えた。ヤトラカン・サミ博士は、屋根のある一定の住まいを拒絶していたのだ。そこで、太陽といっしょに椅子のうえで眼をさますと、博士はまず、アヌラダプラの月明石階段の破片である、その一個の月ムー明ン・石ストンの首掛けへ一日の祈念を凝らし、それから、長い時間を費やして、丹たん念ねんに鼻眼鏡をみがく。言い忘れていたが、博士は、これも、ひとりの英イギ吉リ利ス旦那からの拝領物であるところの、硝た子まの欠けた鼻眼鏡をかけているのである。それが、博士の性格的な風ふう貌ぼうと相まって、博士の達識ぶりを、いちだんと引き立たせて見せていた。
言うまでもなく、ヤトラカン・サミ博士は、あうるや学派に属し、印イン度ド正教を信奉する多タ美ミ児ル族、エルカラ閥の誠忠な一人だった。で、博士は、ズボンと上衣に分離している英イギ吉リ利ス旦那の服装を、あくまでも否定していた。これは、博士ばかりではない。このとき、本土のカルカッタでは、盟友マハトマ・ガンジ君が洋服排斥の示威運動を指揮し、手に入る限りの洋服を集めて街上に山を築き、それを焚たき火びして大喚声をあげたために、金六片ペンスの科料に処せられているではないか。それなのに、ヤトラカン・サミ博士が、この服な装りでマカラム街の珈コー琲ヒー店キャフェ・バンダラウェラの前などへ椅子を進めると、同じタミル族のくせにすっかり英イギ吉リ利ス旦那に荒らされ切っている女給どもが、奴隷湖の見える暗い土間の奥から走り出てきて、まるで犬を追うように大声するのである。
﹁また来た﹂
﹁どこに﹂
﹁あすこ﹂
﹁あら！ ほんと﹂
ヤトラカン・サミ博士は、これを悲しいと思った。
博士が、いぎりす奥ミセ様スをはじめ白い女客に、手相にまぎれて猛悪な性談をささやくことが大ハ好ピきイなのは、ことによると、この同胞の女たちへの復ふく讐しゅうのための、博士らしい考案だったかも知れない。もっともタミル族の女給どもは、老博士を、というよりも、いつも博士の椅子を嘲ちょ笑うしょうしたのだが、しかし、この椅子の存在なくしては、博士自身の存在もあり得ないのである。
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ヤトラカン・サミ博士は、自分の手相術を疑似科学の歴史できれいに裏打ちしていた。
こんなぐあいに。
Palmistry, Chiromancy, または Coirognomy ――すべて手相学である。
この手相学は、手のひらの線と、その手の持つ顔や感情を研究することによって、手の所有者の性格と運命を知り出すという神秘学の一つで、もとカバラ猶ユダ太ヤ接神学者の一派と、印イン度ドの婆ばら羅も門ん宗に起こったものだ。カバラ学者すなわちカバリストの接セオ神ソフ論ィは、えすらあるの苗びょうである、ヤコブ家長の十二人の子から流れ出ている創コス世モゴ説ニイに、その根拠をおく。つまり手相学は、占星学に負うところ多いのである。が、中世にいたって、いっそうこの手相学を体系化したのが、一五〇四年に、みずから手相を判読して自分の暗殺を予言したコクルスだった。こうして、十九世紀末から現代にかけて、ことに婆ばら羅も門んアウルヤ派の手相学は、多くの信仰者を作って、昔の盛時にかえった観がある。しかし、いぎりす旦那の故国では、ヤトラカン・サミ博士のように手相見をもって職業とすることは、おもにあのジプシーを考慮に入れた浮浪人法によって、禁止されているのだ。
ヤトラカン・サミ博士は、すでにこういう華々しい手相学を、もう一つ、アウルヤ派の宗教原理でいっそう深遠なものに装丁することにも、みごとに成功していた。
こんなぐあいに。
婆ばら羅も門ん主義は、唯一無二の婆羅を信心し、吠ヴェ陀ダを奉って進展してきた宗教である。したがって、ほんとの婆羅教は単モノ神セイ論ズムなのだが、これが、その分派であるところの印イン度ド教になると、いつの間にかにぎやかな多ポリ神セイ論ズムに変化している。この印度教の教義は、一種の三位一体論である。ヤトラカン・サミ博士らのいわゆる Trimurti だ。言いかえれば、婆羅門宗においてはたった一つだった本尊が、つまり、その中心思想がヤトラカン・サミ博士の印度教では、三つの形にわかれて顕現している。婆羅と、美ヴィ須シ奴ヌと、邪シヴ魔ァと。
婆羅は、創生を役目とする。
美須奴は、保存をつかさどる。
邪魔は、破壊を仕事にする。
と、いったように、理屈で、こうはっきり三座に区別されているくらいだから、じっさい信仰する場合には、めいめいが、このなかのどれか一つを選びとって、それを自分の吠ヴェ陀ダとしているにすぎない。で、事実は、やはり一神教なのである。要するに、印度四階級中最高の地位を占める僧ブ侶ラ階マ級ンのうちである学者は生産の婆羅を採り、他の人々は温容の美須奴に走り、また別派は、破壊の大マハ王・デヴァである邪魔に就いて言いようのない苛かぎ行ょうをくぐりながら、ひたすら転身をこいねがう。そして、これら三つの神デイ性テが、それぞれの婆羅門にとって Veda であるところに、全印度教を通じての確実な単ユニ一テイ教リア会ンができあがっているのだ。ヤトラカン・サミ博士が、その一つの邪魔派を標ひょ榜うぼうする練達の道士であることは、いうまでもないのである。
こうして、Siva は破壊の吠ヴェ陀ダである。破壊は、いま実在するものをいったん無に帰して、そのかわり、そこに全く新しい実在を築こうとする第一の着手だ。だから、ヤトラカン・サミ博士は、こころからふるえおののき、剃かみ刀そりを遠ざけ、月ムー光ン・石ストンを崇あがめ、板っぺらの沓くつをはき、白髪の髷まげを水で湿し、手相見の紙着板を首にぶら下げ、大型移動椅子を万年住宅としてつつしんで、これに近づかなければならない。――
ヤトラカン・サミ博士の耳へは、草木と、風雨と、鳥獣と、虫魚と、山河とが、四六時ちゅう邪魔神の秘密通信を自然の呼吸として吹き込んでいる。
こんなぐあいに。
印度の大地も、婆羅門の社しゃ祠しも、学者たちの墓跡も、タミル族の民族精神も、女給に出ているその娘どもも、彼女らの美しい yoni も、いまはすっかり、じつにすっかり英イギ吉リス利マス旦タ那ーの﹁文か明わ履ぐ物つ﹂によって、見るも無残に踏みにじられていることは、何とあっても吠ヴェ陀ダのよろこびたまわぬところだ。ことに、豪ごう快かい倨きょ傲ごうの破壊神邪シヴ魔ァにとっては、一日も耐えられない汚辱に相違ない――が、この旦マス那ター方は銀ルピを持っている。連隊を教練している。そして、十字架と病院と学校事業と社会施設とで、交換に、同胞から労力と資源と、それから Thank you を奪とり上げているのだ。もっとも、いつまでもこうではあるまい。しかし、いまはまだ、すこし早いのだ。カルカッタの若者マハトマ・ガンジも同じ意見である。まだ早い。まだ、すこうし早い。だから、それまでは静かに、しずかに動き回って、手パア相ミス術トリイと、白人の女への猥わい言げんと、この椅子車と――それはいいが、ヤトラカン・サミ博士の一生のうちに、博士が、﹁ついにその椅子を蹴けって踊り出る日﹂が、いったい来るだろうか。
せいろん政庁のいぎりす旦那たちは、とうの昔から、博士の名を赤いんくで台ブッ張ク・アプしてある。そして、﹁きちがいの老乞食﹂と言い触らして、例の便利な浮浪人取締法を借りて、絶えず合法に看視しているのだ。
だが、ヤトラカン・サミ博士は、乞食でいっこうさしつかえなかった。事実、婆羅門僧の修行には四つの階かい梯ていがある。道者たらんとするものは、まず学生を振り出しに、つぎに家庭人として生活し、それから隠レク士ルウスに転化し、第四に、そして最後に、森へ入って、茎ハア類ブを食し、百姓どもの慈善を受けて乞食にならなければならない。このうらやむべき境きょ涯うがいにいたって、はじめて婆羅門アウルヤ学派の知識と名乗り、次ぎの世に生まれ変わりたいと思うものをも、自由自在に望むことが許されるのである。ヤトラカン・サミ博士は、ただ、森林の乞食の代わりに、市街の乞食をえらんだだけだ。森には、白い美女がいない。しきりに彼女らの恥ずかしがる言葉をささやいて、ひそかに復ふく讐しゅうの一種を遂げることが、森林ではできない。そういう快かいを行やる機会がないのだ。が、コロンボ市の旅行者区域マカラム街あたりをこの椅い子すで﹁流し﹂ているかぎり――ヤトラカン・サミ博士は、こんど生まれ変わる時は、どうかして、その、奥ミセ様スたちのブルマスに化けし身んしたいものだと、いつも、こんなに突き詰めて考えているくらいだった。
そして、あの、うまく乞食の域にまで到達したときに、森へ行かずに、コロンボ市中に踏みとどまっていたからこそ、ヤトラカン・サミ博士は、これは、もう十何年も前のことだが、月明の肉シナ桂モン園・ガーデンで散策中の英イギ吉リス利ミ奥セ様スを強ごう姦かんし、邪シヴ魔ァの力を借りて一晩じゅう彼女を破壊しつくし、その死体を馬マラ来イ・籐ラタンの大バス型ケッ籠ト・椅チェ子アへしっくりと編み込んで、それを車にいや、住まいに、いま楽しく、こうしてマカラム街付近を乗りまわすことができるのではないか。
じっさい、ヤトラカン・サミ博士の椅子のなかでは、いつか行方不明になった何代目かの総レデ督ィ・夫カヴ人ァナが、じっと腰を落とし、股またをひろげ、膝ひざを張り、上半身をややうしろへ反り、両腕を伸ばして、忠実に、じつに忠実に、あれからずうっと博士の体重と思想と生活の全部を、背後から支持しているのだ。
7
作者は、一九二九年の五月九日、せいろん島コロンボ市マカラム街の珈コー琲ヒー店キャフェ・バンダラウェラの歩道の一卓で妻とともに生しょ薑うが水をすすりながら、焼けつくような日光のなかに踊る四囲の印イン度ド的街景に眼を配っていた。そこへ、車のついた椅子に乗った、白髪赫顔の老乞食が近づいてきて、手相を見せてくれと言った。その、あらゆる天候によごれ切った、皺しわのふかい顔と、奇妙なかたちの彼の椅子とを見ているうちに、私のあたまをこんな幻ファ景ンタジーが走ったのである。