萬葉集卷十六

正岡子規




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 調調
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さし鍋に湯わかせ子供いちひ津の檜橋より來むきつにあむさむ
 こは狐の鳴くを聞きてよめる歌にて狐に沸湯を浴びせてやらんと戲れしなり。眞率なる滑稽甚だ興あり。
ごも敷き青菜煮もてきうつばりにむかばき懸けてやすむ此君
 食事の時の有樣なるべし。或る人が行騰むかばきを梁に懸けて休息して居る處へ薦(食事のために敷く者)を敷き菜を煮て持て來たといふ事にて、材料極めて多し。
はちす葉はかくこそあれもおきまろが家なる者はうもの葉にあらし
 うもの葉は芋の葉なり。おきまろは人名なり。これは蓮の葉を見て「これが蓮の葉ぢや、おき丸の内にあるのは芋の葉であつたらう」といふ意なり。無邪氣なる滑稽今人の思ひよらぬ處なり。
玉箒刈りこ鎌麻呂むろの樹となつめがもとゝかき掃かむため
 鎌麿は鎌を擬人法にしたるなり。玉箒は箒木なるべし。我邦に擬人法無しといふ人あれど物を人に擬するは神代記に多く見え歌にも例あり。此卷に鹿と蟹とが自己の境遇を述ぶる長歌二首あり。擬人法の長き者なり。
からたちのうばら刈りそけ倉建てむくそ遠くまれ櫛造る刀自
 歌に糞を詠まずといふ人あれど此歌には詠みこみあり。しかも屎まると詠みたり。
勝間田の池はわれ知る蓮無ししかいふ君が鬚無きがごと
 こは人の知れる歌なり。或る人、勝間田の池の蓮を見て歸りて其趣を女に語りけるに女此歌を詠みて戲れたるなり。其實、池には蓮多くあり、其人には鬚多くあるを反對にいへる處滑稽にして面白し。此歌の第二句「池はわれ知る」とあるは「池は蓮無し」といふべき其中へ「われ知る」の一句を插入したる處最も巧なる言葉づかひなり。後世の歌、此變化を知らざるがために單調に墮ち了れり。萬葉調を主張しながら「句の獨立」などくだらぬ論を爲す者は論語よみの論語知らずとやいはん。ついでにいふ、前の歌も此歌も三句切なり。
奈良山の兒の手柏のふたおもにかにもかくにもねぢけ人の友
 佞人ねいじんを詠めり。此歌、殺風景なる佞人を題としながら其の調の高きために歌が氣高く聞ゆるなり。此調の高き所以は初句より一氣呵成に言ひ流し最後に名詞を以て結び、一箇の動詞をも著けざる處に在り。末句を八字にしたるも結ぶに力強ければなり。此調萬葉以後に無し。
吾妹子が額におふる雙六のことひの牛の鞍の上の瘡
 此歌は理窟の合はぬ無茶苦茶な事をわざと詠めるなり。馬鹿げたれど馬鹿げ加減が面白し。
寺々のめ餓鬼申さく大みわのを餓鬼たばりて其子産まさむ
 これは大みわの朝臣といふ人が餓鬼の如く痩せたるを嘲りて戲れたる者にて、女の餓鬼が大みわの朝臣を夫に持ちて子を産みたいといふ。といへる、奇想天外なり。普通ならば「夫に持ちたい」といふばかりにて結ぶべきを更に一歩を進めて「其子うまさむ」といふ處作者の伎倆を見るに足る。ついでにいふ、前の歌の「雙六すごろく」此歌の「餓鬼」皆漢語なり。
〔日本 明治32・2・28 二〕
[#底本ではここに「編注」あり。「寺々の」の歌の最後は普通「産まはむ」と訓む、という内容]

此頃のわが戀力記し集め功に申さば五位の冠
「功」「五位」皆漢語なり。戀に骨折る功勞をいはゞ五位ぐらゐの値打はある、と自ら戲れいへる歌なり。
 戀に骨折る程度ともいふべき事を「こひぢから」といふ一語につゞめたる作者のはたらき畏るべき者あり。此の活用あるため萬葉は常に調子高き事を得たるに反し、古今以後にては詞は總て古きによるの主義にて全く造語を禁じたるため皆腰拔の歌となりたり。時として近時の俗謠に調子善き者あるは詞に束縛せられずして却つて詞を活用するに因る。自ら萬葉の旨を得たるものなり。
 長歌はこゝに論ぜざる者なれど餘り珍しければ前に言ひたる蟹の述懷の歌一首を擧ぐべし。
おしてるや難波のを江に、庵つくりなまりて居る、蘆蟹を大君召すと、何せむにわを召すらめや、あきらけくわが知る事を、歌人とわを召すらめや、笛ふきとわを召すらめや、琴ひきとわを召すらめや、かもかくもみこと受けむと、今日今日と飛鳥に到り、立ちたれどおきなに到り、つかねどもつくぬに到り、ひむがしの中の御門ゆ、參り來てみこと受くれば、馬にこそふもだしかくもの、牛にこそ鼻繩はくれ、足引の此片山の、もむ楡を五百枝剥き垂れ、天照るや日のけに干し、さひづるやから臼につき、庭に立つから臼につき、おしてるや難波の小江の、はつ垂れを辛く垂れ來て、すゑ人の造れる瓶を、今日行きて明日取り持ち來、わが目らに鹽ぬりたべと、申しはやさも、申しはやさも
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 使
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底本:「子規全集 第七卷 歌論 選歌」講談社
   1975(昭和50)年7月18日第1刷発行
※底本では編者によって補われた文字が〈 〉で示されています。本ファイルの作成に当たっては、底本が用いた〈 〉をそのまま使用しました。
入力:土屋隆
校正:川向直樹
2005年5月25日作成
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