かけはしの記

正岡子規




 
五月雨に菅の笠ぬぐ別れ哉
 知己の諸子はなむけの詩文たまはる。
ほととぎすみ山にこもる声きゝて木曾のかけはしうちわたるらん   伽羅生
卯の花を雪と見てこよ木曾の旅   古白
山路をり/\悲しかるへき五月哉  同
 又碧梧桐子の文に
日と雨を菅笠の一重に担ひ山と川を竹杖の一端にひつさげ木賃を宿とし馬子を友とし浮世の塵をはなれて仙人の二の舞をまねられ単身岐蘇路を過ぎて焦れ恋ふ故郷へ旅立ちさるゝよし嬉しきやうにてうれしからず悲しきやうにて悲しからず。願はくは足を強くし顔を焦して昔の我君にはあらざりけりと故郷人にいはれ給はん事を。山ものいはず川語らず。こゝにはなむけの文を奉りて御首途を送りまゐらす。
五月雨や木曾は一段の碓氷嶽   碧梧桐
 
つゝら折幾重の峯をわたりきて雲間にひくき山もとの里
 
見あぐれば信濃につゞく若葉哉
 軽井沢はさすがに夏猶寒く透間もる浅間おろしに一重の旅衣、見はてぬ夢を護るに難かり。例ならず疾く起きいでゝ窓を開けば幾重の山嶺屏風をめぐらして草のみ生ひ茂りたれば其の色染めたらんよりも麗はし。
山々は萌黄浅葱やほとゝぎす
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あれ家や茨花さく臼の上
 
 
日はくれぬ雨はふりきぬ旅衣袂かたしきいづくにか寝ん
 辿()()()
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またきより秋風そ吹く山深み尋ねわびてや夏もこなくに
 
 
むらきえし山の白雪きてみれば駒のあかきにゆらく卯の花
 峠にて馬を下る。鶯の時ならぬ音に驚かされて、
鶯や野を見下せば早苗取
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やさしくもあやめさきけり木曾の山
 奈良井ならゐの茶屋に息ひて茱萸ぐみはなきかと問へば茱萸といふものは知り侍らず。珊瑚実ならば背戸にありといふ、山中の珊瑚さてもいぶかしと裏に廻れば矢張り茱萸なり。二十五六ばかりの都はづかしきあるじの女房親切にそをとりてくれたり。峡中第一の難処といふ鳥居嶺は若葉の風に夢を薫らせて痩せ馬の力に面白う攀ぢ登る。
馬の背や風吹きこぼす椎の花
 沿駿竿竿
 
折からの木曾の旅路を五月雨
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かけはしやあぶない処に山つゝじ
桟や水へとゞかず五月雨
 歌
むかしたれ雲のゆきゝのあとつけてわたしそめけん木曾のかけはし
 ()()()()

 ()()()宿
寝ぬ夜半をいかにあかさん山里は月出づるほどの空だにもなし
 ()()()便
はらわたもひやつく木曾の清水かな
 ()()()()辿()()
白雲や青葉若葉の三十里
 
 
桑の実の木曾路出づれば穂麦かな
 宿
 沿()
撫子や人には見えぬ笠のうら
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草枕むすぶまもなきうたゝねのゆめおどろかす野路の夕立
 
 
すげ笠の生国名のれほとゝきす
 
下り舟岩に松ありつゝじあり
 ※(「塞」の「土」に代えて「衣」、第3水準1-91-84)









 
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2003527
2014104

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