田舎の蚊々、汝なんじ竹藪の奥に生れて、その親も知らず、昼は雪せっ隠ちんにひそみて伏兵となり、夜は臥がし床ょうをくぐりて刺客となる、咄とつ汝の一身は総てこれ罪なり、人の血を吸ふは殺生罪なり、蚊帳の穴をくぐるは偸ちゅ盗うとう罪なり、耳のほとりにむらがりて、雷声をなすは妄語罪なり、酒の香をしたふて酔ふことを知らざるは、飲酒罪なり、汝五逆の罪を犯してなほ生を人界にぬすむは、そもそも何の心ぞ、あくまで血にふくれて、腹のさくるは自じご業うじ自と得くなり、子をさして母をこまらせ親を苦しめて子をなかせたる罪の、今忽たちまち報ひ来て我手の先に斃たおれたり、悟れや汝生きて桓かん公こうの血に罪を作らんよりは、死して文人の手に葬らるるにしかず、丈じょ草うそうかつて汝が先祖を引導す、我また汝を柩ひつぎにおさめて東方十万億土花の都の俳人によするものなり、何の恨みか存ぜん喝かつ。
念仏のとぎれけり蚊をたたく声
〔『法の雷』第十三号 明治24・10・15〕