栄蔵の死

宮本百合子




        (一)

 
 
 
 
 
 
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 西
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 殿
 
 
 
 
 

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 姿
 お帰りやす
と云った。
 一通り部屋の中をグルッと見廻して、トンと突衿をすると一緒に、お君のすぐ顔の処へパフッと座ったお金は、やきもちやきな、金離れの悪い、五十女の持って居るあらゆる欠点けってんを具えた体を、前のめりにズーッとお君の方にしまげた。
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 どうしよう

 
 
 
 
 
 
「お父さんに来てもろうたがいい

 
「父はんに、来てもらお思うとるんやけど、どうどましょうなあ。
と云った。
 
 
 
 

 お君は、がっかりした様な声で眼の隅から鈍くお金を見て返事をした。
「とにかくそいじゃあそうして見るがいいさ、いくら彼んな人だって男一匹だもの、どうにかして行くだろうさ。
 ()()()姿
 禿()
 
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 鹿
 
 アア、アア
とけったるそうな、生欠伸をして、
「さあ御晩のしたくだ、
 この頃の水道の冷たさは、床の中では分らないねえ。
と云って、ボトボトと立ちあがった。
「ほんにすまん事、
 堪(ママ)しとくれやす。

 
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        (二)

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 姿
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 便
「どこもこんなもんよ。
 
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「静だすえなあ。

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 ()姿
 ()姿
 
 姿
 
 
「あかん。
とうめく様に云った。

 

 
 
 
 
 
 
 

 
 
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「そいでもな。
 お節は、沈んだ声で、うつむいて、ひろげた手紙を巻きながら重く口を開いた。
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 使()
 ()
 
「ほんにどうかならんかな。
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 お節は、気のすすまなそうに、行くとも行かんとも云わずに、ムッつりして居る栄蔵の顔を見た。

 
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 ()
 

 
 
 
 
 

 
「アアアア


 
 
「一人で居るので、あんまり所在ないから。
と云って仕事をもらって来て居た。
 出来るだけの事をせんではと一心に思って居るお節は仕事をたのんだ百姓共が、
「ほんにこの頃は、よっぽどひどい様に見えますなあ。何んしろ、ああやって旦はんに何もせいで居られては、偉う大尽はんやかて、食い込むさかい無理もあらへん。

 使
 
 
 
宿
 
 
 
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「お君もほんに、一気な事をせん様に云うてやらんけりゃあなあ、
 あのお金はんに、いびり殺されて仕舞う。

 
 便()

        (三)

 
 ()
 
 
 
 
 御免
と云った。
 内から首を出したのは、思い通りお金であった。
 栄蔵は一寸まごついた様に、古ぼけた茶の中折れを頭からつまみ下した。

 
と、栄蔵の手から軽い、すべっとしたカバンを受けとって、
「お前、お待ちかねの方が御出でだよ。

 
 
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 調()()()

 
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 ()
 
 
 
 父はん、
 よう来とくれはったなあ。
と云うなり、この半年ほどと云うもの堪え堪えして居た涙を一時にこぼした。

 
 
 
 
 
 ほんによう来とくれやはった、
 まっとんたんえ、父はん。
 ()
 綿
 
 よく見て御出で、
 こんなにお君を親切にしてやったのだから。

 
 
 
 

 
 
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 ()
 ()
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「ウハハハハ

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 良吉は、
「広告はよせよ、
 おい、い加減にしなきゃあ、兄さんがあてられるぜ。

 
 
 
 
 
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「又、隣りに入ってる。
 何ぼ何だって、あんまりだらしがなさすぎる、
 ひまさえあればべたくたしてさ――

 
 
 
 使()
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 ()
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と哀願する様にたのんだ。
 チラッとお君の顔を見て、軽い笑を口の端の辺にうかべながら、
「ええ大丈夫です、
 御心配なさらずと。

 
 
「そうすると、どうなるんです?」
などと、深く深く問うて来るのを、説明するのが栄蔵には快よかった。
 折々、
「な父はん、私も。
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「フフフフフ


 
 
 
 
 鹿
 
 
 
 どうぞ、これこれでございますから月々いくらかずつ出して下さいますまいか。

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「お君起きてんか?
と云った。


 

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「姑のある家へ行ったら、なかなかこれどころではないものだよ。

 


 

        (四)

 
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「眼を明いて歩けやい。

 
 
 どなた様でいらっしゃいますか。

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「同じ結核でも胸につきますよりは、腰骨についた方がよいようでございますから。

 
 
 
 
 

 

 
 
 
「ああ云う病気は殆んど一生の病気なんですからねえ。
 それをあの男は胸につくよりはいいなどと云って居るんですもの。
 ほんとうにお君も惨めなりゃ、あの男だって可哀そうじゃあありませんか。
 
 
「お嫁に行ってもろくな事はございませんねえ。
 お君さんがそんななんでございますか、まあ死ぬんでございますか奥様。
と、如何にも、思いがけない事があるもんだと云う様な顔をして居た。
 終いには、
「兎に角、時候が悪いんだねえ一体に。
 お前方も、手や足を汚くして爪を生やして居るとあんな大した事になって仕舞うよ。


 
 
 どうでしたえ

 調

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 お金は、川窪なんぞにと云う様に笑った。
「お前笑うてやが、私が川窪はんへも行かんでお前ばかりにまかいといたら困るやろが、
 ひとが、云いにくい事云うて来てんに笑うもんあらへんやないか。
 お金が口の中で、何かしきりにブツクサ云って居るのに見向きもしないで、お君の枕元へ行った。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 親子ほど有難いものはないねえ、
 親のくれたものだと思うと、袂糞でもおがむだろう。


 
「ほんにそうどっせ、
 袂糞やて父はんのおくれやはったものやと思えば有難う思うでのみますわ。
と云い返した。
「そうだろうってさ、
 お前のお父さんは袂糞位が関の山さ。
と捨白辞をのこして、パッパと隣りへ行ってしまった。
「あんまりどっせ、
 何ぼ義母はんやかて我慢ならん事云いやはる、ほんに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ()
 
 
 
「義母はんはこないだも義父はんと云うてでしたえ、
 若しお金をどむする事出けん様やったら私早う戻いて仕舞うた方がええてな。
 義母はんは、若しもの時はそうきめて御出でやはるんえきっと。
 
 

 
 
 ()()

 
 

 
 
 ()調
 
「自分が居る以上(ママ)してそんな事はさせない。
 
 姿
 
「そんな事をしてくれるな。

 ()
 
 
 私が不賛成です。


        (五)

 
 
 
 ()
「どうおしたのえ、それ。
 お君は、びっくりしてきいた。

 



 

 金の事になると馬鹿に耳の早いお金がいつの間にか、栄蔵の傍に座って話をきいて居た。

 
 


 お金は十円札に厭味な流し眼をくれて口の先で笑った。
「けど何なんでしょう、
 それだけで一年分をすませるつもりなんでしょう。
 まさか一月分ホイホイ出す人もないだろうから……
 
 
「あんた、ほんとにそれの世話を焼くつもりで居るんですか。
と短兵急に云った。


 
 鹿鹿
 

 
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 ()()
 
 

 
 
 
便
 鹿鹿
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 鹿
 
 


 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ()()

 ()()
 
 
 輿()
 
 
 調
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 ()
 
 ()

 
 
 
 

 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 立ちあがって、グングン上前を引っぱりながら出し抜けにそう云った。
「今夜え?
 あんまり急なのでお君はまごついた。


 

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「もう一度きめた事はやめられん。

 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 

        (六)

 
 
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 ()
 栄蔵は、自分と同年輩の男に対する様な気持で、何事も、突発的な病的になりやすい十七八の達に対するので、何かにつけて思慮が足りないとか、無駄な事をして居るとか思う様な事が多かった。
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「そやから、あんたもだまって云わいで置かんで、つけつけそな事云うもんやあらへん云うてやりなはればいいに。
 だまって聞いてなはるから益々図に乗ってひどい事云うのやあらへんか。

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 ()
 
 
 
 ()()
 
 簿

 
 
 
 

 もうこうなっては根の強い方が勝つんやから。
 
 
 
 
 

 ()
 
 
 
 
 
 
 
 
 ()
 

 鹿()
 便
 
 鹿
 
 
 
 ()

 
 
 ()調
 綿
 退
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「まあどうおしたのえ。
と云うなり手をとって土間を歩かせ大急ぎで床を取ってやすませた。

 



 使
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ()()
 ()()
 ()()
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「私もたった一人にて、何とも致し様これなく候故、何卒、十日ほどの御暇をもろうて一度帰って来て御くれなされ度。


        (七)

 
 西
 
 
 ()
 
「達か、
 戻ったんか。
と呼びとめた。
 思いがけなかったので、達は少しあわてながら又元に戻って、
「只今。
 どんななんですか、
 おっかさんに手紙をもらったのでびっくりして来ました。
と云って父のげっそりとして急に年とって見える顔をのぞいた。
「ほんにそうなんか、
 出されて戻ったんやないか。
 達は真赤になって、母親に話した通り父の納得なっとくの行くまで弁解した。
「そうか。
 そんならいいけど、
 先達っての事があるさかいな、
 気をつけんといかん。
 
 
 
 彼は巧く私を胡魔化す積りと見える。
 
 
 
「お前ほんに大丈夫なんか。
 夜になるまで四五度尋ねて、
 お父さんどうしてそうなんです、
 そんなに気になるならきいて御やりなさい。

 
 
「ほんにお前もいい若衆に御なりや。
 調
 
 
「いい息子はんを御持ちやから貴方はんも御安心どすえなあ。
 年を取っては、子のよいのが何よりどすさかい。

 
 
 
 ()()()
 
 
 
 
 
 
 
 
「そな事、よう分っとる、
 云わんとええ。

 
 
 
 

 
 
と云った。
 けれ共、母親は、どうぞ居てくれとたのんだ。

 
 
 
 
 
 
 
 

        (八)

 
 
 ()
 
 
 
 ()
 ()()()
 鹿
 
 ()()
 
 

 
 ()
 
 
 
 ()()
 それなら、今売るのをやめて、どっかからそれより高く買う男の来るのを待ってらしったらよかろう。
()
「人の足元を見ないでいい商売は出来ませんやね。

 
 
 
「何んやお前の懐に入っとる手紙は、
 早うお見せ。
 お節は、ハッとして懐を両手でしっかり押えた。
 そして震える声で、
「貴方お見なはらずといい手紙なんやからな、
 達によませて事柄だけきかせまっさかい。

 
 
 
 
 
 鹿
 鹿
 
 
 
と云った。
 お節は涙をボロボロこぼしながら、
 マアマアそう云わんで。

 ウウウウ
 ハアハア
 胸はひどく波打って居た。
 覚えとれ、鬼め。
 ほんにほんに憎い女子おなごやどうぞしてくれる、わしは子供の時からお主にひどい目に会わされてる。
 
 
 ()
 
 
 あばれた御かげで疲れやしたんやろ、
 明日はけっとようなりやすやろなあ。
 お節は涙を拭いて音をたてずにあちこちと物を片づけ土鍋に米をしかけてゆるりと足をのばした。
「ほんにまあ、珍らしい事やなあ。
 今日が楽しみや。
 
 
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2008925

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