一
むかし、金きん太たろ郎うという強つよい子こど供もがありました。相さが模みの国くに足あし柄がら山やまの山やま奥おくに生うまれて、おかあさんの山うばといっしょにくらしていました。
金きん太たろ郎うは生うまれた時ときからそれはそれは力ちからが強つよくって、もう七つ八つのころには、石いし臼うすやもみぬかの俵たわらぐらい、へいきで持もち上あげました。大たい抵ていの大おと人なを相あい手てにすもうを取とっても負まけませんでした。近きん所じょにもう相あい手てがなくなると、つまらなくなって金きん太たろ郎うは、一日にち森もりの中をかけまわりました。そしておかあさんにもらった大きなまさかりをかついで歩あるいて、やたらに大きな杉すぎの木や松まつの木をきり倒たおしては、きこりのまねをしておもしろがっていました。
ある日森もりの奥おくのずっと奥おくに入はいって、いつものように大きな木を切きっていますと、のっそり大きな熊くまが出て来きました。熊くまは目を光ひからせながら、
﹁だれだ、おれの森もりをあらすのは。﹂
と言いって、とびかかって来きました。すると金きん太たろ郎うは、
﹁何なんだ、熊くまのくせに。金きん太たろ郎うを知しらないか。﹂
と言いいながら、まさかりをほうり出だして、いきなり熊くまに組くみつきました。そして足あしがらをかけて、どしんと地じびたに投なげつけました。熊くまはへいこうして、両りょ手うてをついてあやまって、金きん太たろ郎うの家けら来いになりました。森もりの中で大たい将しょうぶんの熊くまがへいこうして金きん太たろ郎うの家けら来いになったのを見みて、そのあとからうさぎだの、猿さるだの、鹿しかだのがぞろぞろついて来きて、
﹁金きん太たろ郎うさん、どうぞわたくしも御ごけ家ら来いにして下ください。﹂
と言いいました。金きん太たろ郎うは、﹁よし、よし。﹂とうなずいて、みんな家けら来いにしてやりました。
それからは金きん太たろ郎うは、毎まい朝あさおかあさんにたくさんおむすびをこしらえて頂いただいて、森もりの中へ出でかけて行きました。金きん太たろ郎うが口くち笛ぶえを吹ふいて、
﹁さあ、みんな来こい。みんな来こい。﹂
と呼よびますと、熊くまを頭かしらに、鹿しかや猿さるやうさぎがのそのそ出て来きました。金きん太たろ郎うはこの家けら来いたちをお供ともに連つれて、一日にち山の中を歩あるきまわりました。ある日方ほう々ぼう歩あるいて、やがてやわらかな草くさの生はえている所ところへ来きますと、みんなは足あしを出だしてそこへごろごろ寝ねころびました。日がいい心ここ持ろもちそうに当あたっていました。金きん太たろ郎うが、
﹁さあ、みんなすもうを取とれ。ごほうびにはこのおむすびをやるぞ。﹂
と言いいますと、熊くまがむくむくした手てで地ちを掘ほって、土どひ俵ょうをこしらえました。
はじめに猿さるとうさぎが取とり組くんで、鹿しかが行ぎょ司うじになりました。うさぎが猿さるのしっぽをつかまえて、土どひ俵ょうの外そとへ持もち出だそうとしますと、猿さるがくやしがって、むちゃくちゃにうさぎの長ながい耳みみをつかんでひっぱりましたから、うさぎはいたがって手てをはなしました。それで勝しょ負うぶがつかなくなって、どちらもごほうびがもらえませんでした。
こんどはうさぎが行ぎょ司うじになって、鹿しかと熊くまが取とり組くみましたが、鹿しかはすぐ角つのごと熊くまにひっくり返かえされてしまいました。金きん太たろ郎うは、
﹁おもしろい、おもしろい。﹂
と言いって手てをたたきました。とうとういちばんおしまいに金きん太たろ郎うが土どひ俵ょうのまん中につっ立たって、
﹁さあ、みんなかかって来こい。﹂
と言いいながら、大おお手でをひろげました。そこでうさぎと、猿さると、鹿しかと、いちばんおしまいに熊くまがかかっていきましたが、片かたっぱしからころころ、ころがされてしまいました。
﹁何なんだ。弱よわ虫むしだなあ。みんないっぺんにかかって来こい。﹂
と金きん太たろ郎うが言いいますと、くやしがってうさぎが足あしを持もつやら猿さるが首くびに手てをかけるやら、大おおさわぎになりました。そして鹿しかが腰こしを押おして熊くまが胸むねに組くみついて、みんな総そうがかりでうんうんいって、金きん太たろ郎うを倒たおそうとしましたが、どうしても倒たおすことができませんでした。金きん太たろ郎うはおしまいにじれったくなって、からだを一ひと振ふりうんと振ふりますと、うさぎも猿さるも鹿しかも熊くまもみんないっぺんにごろごろ、ごろごろ土どひ俵ょうの外そとにころげ出だしてしまいました。
﹁ああ、いたい。ああ、いたい。﹂
とみんな口くち々ぐちに言いって、腰こしをさすったり、肩かたをもんだりしていました。金きん太たろ郎うは、
﹁さあ、おれにまけてかわいそうだから、みんなに分わけてやろう。﹂
と言いって、うさぎと猿さると鹿しかと熊くまをまわりにぐるりに並ならばせて、自じぶ分んがまん中に座すわって、おむすびを分わけてみんなで食たべました。しばらくすると金きん太たろ郎うは、
﹁ああ、うまかった。さあ、もう帰かえろう。﹂
と言いって、またみんなを連つれて帰かえっていきました。
二
帰かえって行いく道みち々みちも、森もりの中でかけっくらをしたり、岩いわの上で鬼おにごっこをしたりして遊あそび遊あそび行いくうちに、大きな谷たに川がわのふちへ出ました。水はごうごうと音おとを立たてて、えらい勢いきおいで流ながれて行いきますが、あいにく橋はしがかかっていませんでした。みんなは、
﹁どうしましょう。あとへ引ひき返かえしましょうか。﹂
と言いいました。金きん太たろ郎うはひとりへいきな顔かおをして、
﹁なあにいいよ。﹂
と言いいながら、そこらを見みまわしますと、ちょうど川かわの岸きしに二ふたかかえもあるような大きな杉すぎの木が立たっていました。金きん太たろ郎うはまさかりをほうり出だして、いきなり杉すぎの木に両りょ手うてをかけました。そして二、三度どぐんぐん押おしたと思おもうと、めりめりとひどい音おとがして、木は川かわの上にどっさりと倒たおれかかって、りっぱな橋はしができました。金きん太たろ郎うはまたまさかりを肩かたにかついで、先さきに立たって渡わたっていきました。みんなは顔かおを見み合あわせて、てんでんに、
﹁えらい力ちからだなあ。﹂
とささやき合あいながら、ついて行きました。
その時とき向むこうの岩いわの上にきこりが一ひと人りかくれていて、この様よう子すを見みていました。金きん太たろ郎うがむぞうさに、大きな木をおし倒たおしたのを見みて、目をまるくしながら、
﹁どうもふしぎな子こど供もだな。どこの子こど供もだろう。﹂
と独ひとり言ごとを言いいました。そして立たち上あがって、そっと金きん太たろ郎うのあとについて行きました。うさぎや熊くまに別わかれると、金きん太たろ郎うは一ひと人りで、また身みが軽るにひょいひょいと谷たにを渡わたったり、崖がけを伝つたわったりして、深ふかい深ふかい山やま奥おくの一軒けん家やに入はいっていきました。そこいらには白しろい雲くもがわき出だしていました。
きこりはそのあとからやっと木の根ねをよじたり、岩いわ角かどにつかまったりして、ついて行きました。やっとうちの前まえまで来きて、きこりが中をのぞきますと、金きん太たろ郎うはいろりの前まえに座すわって、おかあさんの山うばに、熊くまや鹿しかとすもうを取とった話はなしをせっせとしていました。おかあさんもおもしろそうに、にこにこ笑わらって聞きいていました。その時とききこりは出だしぬけに窓まどから首くびをぬっと出だして、
﹁これこれ、坊ぼうや。こんどはおじさんとすもうを取とろう。﹂
と言いいながら、のこのこ入はいって行いきました。そしていきなり金きん太たろ郎うの前まえに毛けむくじゃらな手を出だしました。山うばは﹁おや。﹂といってふしぎそうな顔かおつきをしましたけれど、金きん太たろ郎うはおもしろがって、
﹁ああ、取とろう。﹂
と、すぐむくむく肥ふとったかわいらしい手てを出だしました。そこで二ふた人りはしばらく真まっ赤かな顔かおをして押おし合あいました。そのうちきこりはふいと、
﹁もう止よそう。勝しょ負うぶがつかない。﹂
と言いって、手てを引ひっ込こめてしまいました。それから改あらためて座すわりなおして、山うばに向むかって、ていねいにおじぎをして、
﹁どうも、だしぬけに失しつ礼れいしました。じつはさっきぼっちゃんが、谷たに川がわのそばで大きな杉すぎの木を押おし倒たおしたところを見みて、おどろいてここまでついて来きたのです。今いままた腕うでずもうを取とって、いよいよ大だい力りきなのにおどろきました。どうしてこの子は今いまにえらい勇ゆう士しになりますよ。﹂
こう言いって、こんどは金きん太たろ郎うに向むかって、
﹁どうだね、坊ぼうやは都みやこへ出てお侍さむらいにならないかい。﹂
と言いいました。金きん太たろ郎うは目をくりくりさせて、
﹁ああ、お侍さむらいになれるといいなあ。﹂
と言いいました。
このきこりと見みせたのはじつは碓うす井いの貞さだ光みつといって、その時じぶ分ん日にほ本んい一ちのえらい大たい将しょうで名なだ高かい源みな頼もと光のらいこうの家けら来いでした。そして御ごし主ゅじ人んから強つよい侍さむらいをさがして来こいという仰おおせを受うけて、こんな風ふうをして日にほ本んの国くに中じゅうをあちこちと歩あるきまわっているのでした。
山うばもそう聞きくと、たいそう喜よろこんで、
﹁じつはこの子の亡なくなりました父ちちも、坂さか田たというりっぱな氏うじを持もった侍さむらいでございました。わけがございましてこのとおり山の中に埋うもれておりますものの、よいつてさえあれば、いつか都みやこへ出だして侍さむらいにして、家いえの名なをつがせてやりたいと思おもっておりました。そういうことでしたら、このとおりの腕わん白ぱく者ものでございますが、どうぞよろしくお願ねがい申もうします。﹂
とさもうれしそうに言いいました。
金きん太たろ郎うはそばで二ふた人りの話はなしを聞きいて、
﹁うれしいな、うれしいな。おれはお侍さむらいになるのだ。﹂
と言いって、小こお踊どりをしていました。
金きん太たろ郎うがいよいよ碓うす井いの貞さだ光みつに連つれられて都みやこへ上のぼるということを聞きいて、熊くまも鹿しかも猿さるもうさぎもみんな連つれ立だってお別わかれを言いいに来きました。金きん太たろ郎うはみんなの頭あたまを代かわりばんこになでてやって、
﹁みんな仲なかよく遊あそんでおくれ。﹂
と言いいました。みんなは、
﹁金きん太たろ郎うさんがいなくなってさびしいなあ。早はやくえらい大たい将しょうになって、また顔かおを見みせて下ください。﹂
と言いって、名なご残り惜おしそうに帰かえっていきました。金きん太たろ郎うはおかあさんの前まえに手てをついて、
﹁おかあさん、では行ってまいります。﹂
と言いいました。そして、貞さだ光みつのあとについて、とくいらしく出ていきました。
それから幾いく日にちも幾いく日にちもかかって、貞さだ光みつは金きん太たろ郎うを連つれて都みやこへ帰かえりました。そして頼らい光こうのおやしきへ行って、
﹁足あし柄がら山やまの奥おくで、こんな子こど供もを見みつけてまいりました。﹂
と、金きん太たろ郎うを頼らい光こうのお目にかけました。
﹁ほう、これはめずらしい、強つよそうな子こど供もだ。﹂
と頼らい光こうは言いいながら、金きん太たろ郎うの頭あたまをさすりました。
﹁だが金きん太たろ郎うという名なは侍さむらいにはおかしい。父ちち親おやが坂さか田たというのなら、今いまから坂さか田たの金きん時ときと名な乗のるがいい。﹂
そこで金きん太たろ郎うは坂さか田たの金きん時ときと名な乗のって、頼らい光こうの家けら来いになりました。そして大きくなると、えらいお侍さむらいになって、渡わた辺なべ綱のつな、卜うら部べの季すえ武たけ、碓うす井いの貞さだ光みつといっしょに、頼らい光こうの四天てん王のうと呼よばれるようになりました。