一
むかしある国の田舎にお金持の百姓が住んでいました。百姓には兵隊のシモン、肥ふと満っちょのタラスに馬鹿のイワンという三人の息子と、つんぼでおしのマルタという娘がありました。兵隊のシモンは王様の家来になって戦争に行きました。肥ふと満っちょのタラスは町へ出て商人に﹇#底本では﹁に﹂が重複﹈なりました。馬鹿のイワンと妹のマルタは、家うちに残って背中がまがるほどせい出して働きました。兵隊のシモンは高い位と広い領地を得て、王様のお姫様をお嫁さんに貰いました。お給金もたくさんだし領地から上あがる収みい入りも大したものでしたが、彼はそれを、うまくしめくくっていくことが出来ませんでした。おまけに主人がもうけたものをお嫁さんが滅茶に使ってしまうので、いつも貧乏していなければなりませんでした。
そこで兵隊のシモンは自分の領地へ出かけて行って収みい入りをあつめようとしました。すると執事は言いました。
﹁収みい入りどころか、牛も馬も鋤すきも鍬くわもありません。何よりも先にそれを手に入れなくちゃいけません。そうすりゃ、やがてお金も入って来るでしょう。﹂
そこでシモンは父親のところへ行って言いました。
﹁お父さん、あなたはお金持なのに私にはまだ何もくれませんでした。あなたの持ちものを分けてその三分の一を私に下さい。そうすりゃ私の領地の手入をすることが出来ますから。﹂
すると年寄った父親は言いました。
﹁お前は家うちのためになることを何もしたことはない。それにどうして三分の一やることが出来よう。第一イワンやマルタにすまない。﹂
と、シモンは、
﹁イワンは馬鹿です。それにマルタはお嫁に行く年はとっくに過ぎていて、おまけにつんぼでおしです。あれ等に財産を持たしたってそれが何になるでしょう。﹂
と言いました。おじいさんは、
﹁じゃ、イワンが何というか聞いてみよう。﹂
と言いました。
イワンは、
﹁兄さんの欲しいだけ上げなさい。﹂
と言いました。
そこで兵隊のシモンは父親から分わけ前まえを貰ってほくほくもので自分の領地へうつしまた王様のところへ行って仕えました。
肥満のタラスもたくさんのお金をもうけてある商人の家うちへおむこさんに行きましたが、それでもまだお金が欲しいと思いました。そこでやはり父親のところへ出かけて行き、
﹁私にも私の分け前を下さい。﹂
と言いました。
しかし父親はタラスにも分けてやりたくなかったので、
﹁お前は、何一つ家うちへは持って来なかった。この家うちにあるものは、みんなイワンがかせぎ上げたのだから、どうしてあれや娘によくないことが出来よう。﹂
と言いました。が、しかしタラスは言いました。
﹁イワンに何が入るものですか、あいつは馬鹿です、誰だって嫁に来るものはありません。またあのおしだって何にもいりはしませんよ。﹂
そしてイワンに向って、
﹁おいイワン。おれに穀物を半分おくれよ。おれは道具なんか貰おうとは思わない。あの葦あし毛げの馬を一匹貰おう。あれはお前の畑仕事にはちっと不向きのようだから。﹂
と言いました。イワンは笑って、
﹁何でも入るだけ持って行くがいい。私はまたかせいで手に入れるよ。﹂
と言いました。
そこでタラスにも分前だけやりました。で、タラスは荷車で穀物を町へ運び、種馬をつれて行きました。こうしてイワンはよぼよぼの牝めう馬まを一匹だけ残され、以ま前え通り百姓をして両親を養って行きました。
二
ところが、それを年よった悪魔が見ていました。悪魔は、兄弟たちが財産の分け方でけんかをするだろうと思っていたのに、べつにいさかいもなく、仲良く別れて行ったので大へん腹を立てて、早速三人の小しょ悪うあ魔くまを呼び集めました。そして言いました。
﹁ここに兵隊のシモン、肥ふと満っちょのタラス、馬鹿のイワンと言う三人の兄弟がいる。こいつらは当然けんかをしなくてはならないのに仲良く暮し合っている。あの馬鹿のイワンの奴がすっかりおれの仕事をだいなしにしてしまったのだ。ところでお前たち三人は兄弟三人に取とついて奴等がお互いに目玉を引っこぬくようにしてやるのだ。どうだ、出来るかな。﹂
﹁はい、一つやってみましょう。﹂
と三人の小悪魔は言いました。
﹁じゃ、どんな風にはじめる。﹂
﹁わけはありません。﹂
と小悪魔は言いました。
﹁まず第一にあいつ等を一文無しにしてしまいます。そして一ひと片きれのパンも無くなった時分にみんなをおち合わせることにします。そうすりゃけんかするにきまっています。﹂
﹁なるほど、そいつはいい思いつきだ。お前たちもだいぶ仕事がうまくなったようだ。じゃ、行って来い。そしてあいつ等を仲たがいさせるまでは決して帰って来るな。でないとお前たちの生なま皮かわを引ひんむいでしまうぞ。﹂
小悪魔たちは早速ある沼地へ行って仕事について打合せをしはじめました。そしてめいめいが一番割りのいい役を取ろうとしてぎろんしました。が、とうとうくじ引で役割を決めることにしました。そしてもし一人が先に片づいたら他へ手伝いに行くことにしました。そこでくじ引をし、また日を決めて、だれがうまくやりとげたか、だれが手伝がほしいかを、知らせあうことにしました。
やがて約束の日が来ましたので、小悪魔たちは、沼地へ集まりました。すると兵隊シモンのところへ行った小悪魔が、
﹁おれの仕事はうまくすすんで行っている。明日シモンは親おや爺じのところへ帰るだろう。﹂
と口を切りました。
﹁どうしてそううまくやったのだ。﹂
と仲間が聞きました。すると第一の小悪魔は、
﹁まず第一におれはシモンを大へんな向う見ずにしてやった。するとあいつは大たんになって、王様に、全世界を攻め取ってやると言ったのだ。ところが王様がそれをほんとにして、あいつを大将にして印いん度ど王征伐にやった。両軍は向い合って陣をとった。ところがおれはその前の晩シモンの陣にある火薬をすっかりしめらせておき、また印度王の方にはかぞえ切れないほどの藁の兵隊をこしらえてやった。するとシモンの兵隊は、その大ぜいの藁兵にとりかこまれて、すっかりおそれてしまった。シモンは打てと命いいつけた。ところが鉄砲も大砲も弾た丸まが出なかった。そこでシモンの兵隊はおびえて羊のように逃げ出し、印度王はそれを、すっかり討ち取った。シモンはさんざんだ。王様は大そう怒って、シモンの領地を取り上げてしまうしみなは明日やつを死刑にしようとしている。それでおれの仕事はあと一日だけ、あいつをあいつの田舎へ逃してやるために牢屋から出してやればいいのだ。明日になりゃ、お前たちに手をかしてどんなことでもしてやるよ。﹂
すると今度はタラスのところへ行った第二の小悪魔が、
﹁おれの方は手伝ってもらわなくてもいい、うまく運んでいる。﹂
と言いながら、話し出しました。
﹁タラスはもう一週間と持ちこたえないだろう。おれはまず第一にあれをいっそうよくばりにし、肥ふと満っちょになるようにした。あいつのよくはいよいよひどくなって行って、何でも見るものごとに買いたくなるように仕向けてやった。それであいつはあり金をすっかりつかってしまい、なおさかんに買い込んでいる。もう大へん借金して買っている。一週間たつとかんじょうの日が来るが、その前に、おれはあいつの買い込んだ品物を、すっかりだいなしにしてやるんだ。するとあいつは支払が出来なくなって、親爺のところへくるだろう。﹂
﹁ところで、お前の方はどうだ。﹂
と二人の悪魔は第三の悪魔︵イワンの係︶に聞きました。
﹁そうだな。﹂
と第三の悪魔は元気なく言いました。
﹁おれの方はどうもうまく行かない。まずおれはあいつに、腹はら痛いたを起させてやろうと思ってあいつのお茶の中に、唾を吐き込んでやった。それからあいつの畑を、石のようにかんかんに固めて鋤すき返しが出来ないようにしておいた。そして、あいつはとても鋤きに出て来やしないだろうと思っていた。ところがあいつはとてつもない馬鹿で鋤を持って来て鋤きはじめた。あいつは腹が痛いので、うんうん唸りながら、それでも仕事は止やめない。そこでおれはあいつの鋤を破こわしてやった。ところがあいつは家うちへ行って別のを持って来てまた鋤きはじめた。おれは地面へもぐり込んでその鋤先を捉えた。が、鋤先にはいい捉えどころがない。あいつは一生けんめい﹇#底本では﹁い﹂が重複﹈鋤へ寄っかかる。おまけに鋤先は鋭く切れる。とうとうおれは手を切った。あいつはその畑をほとんど鋤いてしまって、あと小さい畝うね一つ残しただけだ。兄弟たち、一つ手を貸しに来てくれ。あいつの始末をつけないと、折せっ角かくの骨ほね折おりもだいなしになってしまう。もしあの馬鹿がああして畑の仕事をつづけて行くと、あいつらは困るということを知らないだろう。あいつが二人の兄を養って行くだろうからね。﹂
兵隊のシモン係の小悪魔は明日から手伝いに行くと約束しました。こうして彼等は別れました。
三
イワンは畑をたった一畝残したきり、鋤き返しました。それでまだ腹は痛みましたが、残りの一畝を片づけるつもりで、またやって来ました。そして例の牝馬に鋤を取りつけて、仕事にかかりました。ところが、一畝鋤きおわってまた後へ鋤き返そうとすると、何か鋤が木の根にでも引っかかったように、動かなくなってしまいました。それは例の小悪魔が、両りょ脚うあしを鋤先にからみつけて、引き戻しにかかっているのでした。
﹁これあ妙だ。﹂
とイワンは考えました。
﹁木の根っこなんて一つもなかったのに、さてはやはりあったんだな。﹂
イワンは片手を畝へ突っ込んで、探りました。すると、何かやわらかいものにふれたので、それを引っ掴んで出しました。見るとそれは木の根のようにまっ黒で、しかも、のたくり廻っているのでした。それはまぎれもなく、例の小悪魔でした。
﹁なんて汚えもんだ。﹂
イワンはそう言って、鋤にぶっつけようとして、それをふり上げました。すると小悪魔は苦しがって声をたてながら、言いました。
﹁どうかひどくしないで下さい。そのかわり何でもあなたの言いなり次第にいたします。﹂
﹁手てめ前え何が出来る。﹂
﹁あなたの言いなりに何でも。﹂
イワンは頭をかいて考えました。そして言いました。
﹁おりゃ腹が痛い。どうだ、なおせるか。﹂
﹁はい、なおせますとも。﹂
﹁よし、じゃなおしてくれ。﹂
小悪魔はすぐ畝の中へ這い込んで、しばらく爪で引っかいてさがし廻っていましたが、やがて、三本根の出た木の根を引っこぬいて来て、イワンに渡しました。そして、
﹁この根を一本だけお上りなさい。これを召し上がればどんな病気だってなおらないことはありません。﹂
と言いました。
イワンはそれを受取ると、根を一本むしり取って飲みました。腹はら痛いたはそれですぐなおりました。小悪魔はまた放して下さいとたのみました。
﹁私はすぐさまこの地の下へ飛込んでしまいます。そして二度と再び出ては参りません。﹂
と言いました。
﹁よろしい。﹂
とイワンは言いました。
﹁じゃ行け、神様がお前をお守り下さるように。﹂
イワンが神様の名を口にするかしないかに、小悪魔は水に落ちた石のように地面へはまり込みました。そして後には小さい穴が一つ残りました。
イワンは残りの木の根二本を帽子の中へしまって、また仕事をつづけました。そしてすっかり鋤きおえると、家うちへ帰りました。彼は馬をときはなして家うちへ入りました。するとそこには、兄の兵隊のシモンとそのお嫁さんが、夕ゆう飯めしを食っていました。シモンはその領地をすっかり取り上げられてしまい、命からがら牢屋をぬけ出して父親の家うちで暮すつもりで帰って来たのでした。
シモンはイワンを見ると、こう言いました。
﹁おれはお前と一しょに暮すつもりでやって来たんだが、おれの主人が見つかるまでおれと家内をやしなってくれ。﹂
﹁いいとも、いいとも。﹂
とイワンは言いました。
﹁どうぞいなさるがいい。﹂
ところがイワンが長椅子へ腰を下そうとすると、シモンのお嫁さんがその着物の臭いのを嫌って、シモンに、
﹁私はこんな汚い百姓と一しょに御飯をたべるのはいやです。﹂
と言いました。
そこでシモンは、
﹁お前の着物が大へん臭いので家内がいやだというのだよ。お前外へ行って飯を食ったらいいだろう。﹂
と言いました。
﹁いいとも、いいとも。﹂
とイワンは言いました。
﹁どうせ私は馬の飼かい葉ばの世話をせにゃならんから、外へ行こう。﹂
そうしてイワンは少しのパンと外がい套とうを持って牝馬をつれて野原へ行きました。
四
シモン係の小悪魔は、その晩すっかり自分の仕事をおえて、約束通りイワン係の小悪魔をたすけて、馬鹿をへこましてやるつもりで畑へやって来ました。彼はそこらあたりをさがし廻りましたが、仲間のすがたはみえないで、ただ一つ小さな穴を見つけました。
﹁こりゃきっと仲間の上によくないことが起ったわい。するとおれがあいつの代りをしなくちゃならない。この畑はすっかり鋤き返されてしまったから、あの馬鹿をとっちめるにはどうしてもあの牧まき場ばだな。﹂
そこで小悪魔は牧場へ出かけて行って、イワンの秣まぐ場さばに水をまき、草を泥だらけにしておきました。
イワンは野原から夜明け方に帰って来て、鎌をといで、秣場へ草刈りに出かけました。が、どうしたものか鎌を一二度ふったばかりでひどく刃がまがって、ちっとも切れなくなって、またとがねばなりませんでした。イワンはしばらく刈っていましたが、やがて、
﹁こりゃいけねえ。鎌とぎ道具を持って来なくちゃ。そしてパンも持って来ることにしよう。たとえ一週間かかったって、草を刈ってしまわずにおくものか。﹂
とひとりごちました。
小悪魔はそれを聞いて考え込みました。
﹁こいつはなかなか手に負えないぞ。こんな手じゃとても馬鹿を取っちめることは出来ない。何か他の手でやってみなくちゃ。﹂
イワンは家うちへ帰って鎌をといでまた草を刈りはじめました。小悪魔は草の中へもぐり込んで、その鎌の先きを捉えて、切きっ尖さきを地へ突っ込むようにしはじめました。イワンは、仕事が大へん骨折れると思いましたが、それでも秣場をすっかり刈りおえて、沼地に入っているところだけ少し残しました。小悪魔はその沼地へ入り込んで、
﹁たとえ両手を切り取られたって、刈らせるこっちゃない。﹂
と考えました。
イワンはやがてその沼地へ来ました。草はそう茂ってはいませんでした。が、鎌は思うように動きませんでした。イワンはすっかり怒ってしまってある限りの力をこめて、鎌をふりはじました。小悪魔は力負けして、もうとても持ちこたえることが出来なくなりました。いよいよだめだと思った小悪魔は、くさむらの中へよろけこんでしまいました。イワンは鎌をふってそのくさむらを引っ掴んで刈りましたので、小悪魔はそのしっぽを半分切り取られました。イワンは刈り取った草を妹にかき寄せるように言いつけて、今度はライ麦を刈りに行きました。イワンが鎌を持って行ってみると、れいのしっぽを切られた小悪魔は先に廻って麦を滅茶苦茶に乱しておいたので、また鎌がつかえなくなりました。それでイワンは家うちへ行って、別の鎌を持って来て、それで刈りはじめ、すっかりライ麦を取り入れてしまいました。
﹁さて、今後は燕から麦すむぎにかかることにしよう。﹂
とイワンは言いました。
すると、しっぽを切られた小悪魔は、考えました。
﹁ライ麦ではあいつをうまくやっつけることが出来なかったが、燕麦ではきっとやるから、明日になったらどうするか見てろ。﹂
小悪魔は翌あくる朝急いで燕麦の畑へ行きました。ところが燕麦はすっかり刈り倒してありました。イワンは麦粒のこぼれるのを少くするために、夜どおし刈ってしまったのでした。
小悪魔はひどく怒りました。
﹁あの馬鹿め、おれのからだ中傷だらけにしやがるし、うんざりさせやがった。これじゃまるで戦争よりも悪いや。畜生め、ちっとも睡ねむらないんだ。あんなやつにあっちゃとてもかなわない。ひとつ今度は麦束の中へ入って腐らしてやれ。﹂
そこで小悪魔はライ麦の畑へ行って、麦束の中に入り込みました。麦束は腐りはじめました。小悪魔は、麦束を暖めましたが、やがて自分のからだもぽかぽかと暖くなって、ぐっすり寝込んでしまいました。
イワンは馬に草をやると、用意して妹と一しょに、ライ麦を運びにやって来ました。やがて麦束を積みはじめました。二束ほど車に投げ込んで、三束目を上げようとして熊手をつき込むと、その尖さきが、小悪魔の背中へ、突き刺さりました。熊手をふり上げてみると、その尖にはしっぽの切れた小悪魔が、のがれようとして、しきりに身をもがいて、のたくっています。
﹁おやおや、また出て来やがった。﹂
﹁いや、ちがうんです。先来たのは私の兄弟です。私はあなたの兄さんのシモンについていたんです。﹂
と小悪魔は言いました。
﹁ふん、どいつだってかまやしない。お前も同じ目にあわしてやるのだ。﹂
イワンは小悪魔を荷車へたたきつけようとしました。小悪魔は叫びました。
﹁ま、待って下さい。二度とあなたの邪魔はいたしません。あなたの言いなりに何でもいたします。﹂
﹁じゃ、何が出来る。﹂
﹁何でもあなたのお好きなものから兵隊をこしらえることが出来ます。﹂
﹁兵隊は一たい何の役に立つのだ。﹂
﹁何の役にだってたちます。あなたが命令を下しさえすればどんなことでもします。﹂
﹁じゃ唄がうたえるかい。﹂
﹁ええ出来ますとも、あなたが命令なさりさえすれば。﹂﹇#﹁。﹂﹂は底本では欠落﹈
﹁よしよし、じゃ一つこしらえてくれ。﹂
すると小悪魔は、
﹁じゃ、その麦束を一束取って地べたにつきたてて、こうおっしゃればいいのです。﹇#﹁いいのです。﹂は底本では﹁いいのです。﹂﹂﹈
麦束よ麦束よ
おれの家来に命 いつける
一本一本の麦藁から
兵隊が一人ずつ飛び出して来い。」
イワンは麦束を取り上げて地べたへ叩きつけると、小悪魔の言った通りやりました。麦束がバラバラに解けて落ちたかと思うと、藁がのこらず兵隊になって、ラッパ吹きや、太鼓打ちまでそろっていました。こうして一隊すっかり出来上りました。おれの家来に
一本一本の麦藁から
兵隊が一人ずつ飛び出して来い。」
イワンは面白がって笑いながら、
「こりゃ面白い。立派だ。娘っ子がさぞ喜ぶこったろう。」
と言いました。
「じゃ私をはなして下さい。」
と小悪魔は言いました。
「そりゃいけない。」
とイワンは言いました。
「おれは兵隊を
そこで小悪魔は言いました。
「それはこうです。
私の家来に命 いつける
兵隊よ兵隊よ、
元の藁に飛んでかえれ。」
兵隊よ兵隊よ、
元の藁に飛んでかえれ。」
イワンがこう言うとまた麦の束になりました。そこで小悪魔はたのみ出しました。
﹁どうぞ、はなして下さいよ。﹂
イワンは、
﹁いいとも、いいとも。﹂
と言って、小悪魔を荷車の横へ押しあてると、片手でおさえながら熊手から引っこぬいてやりました。
﹁神様がお前をお守り下さるように。﹂
とイワンは言いました。
イワンが神様の名を口にするかしないかに、小悪魔は水に落ちた石のように地べたへ消えてしまいました。そして後には小さな穴が一つだけ残りました。
イワンは家うちに帰りました。家うちに帰ってみると、次の兄のタラスと、そのおかみさんが来ていて、晩飯を食っていました。
肥ふと満っちょのタラスは借金で首が廻らなくなって、父親のところへにげ帰って来たのでした。
タラスはイワンを見て言いました。
﹁おい、もう一度商売が出来るまでおれと家内を養ってくれ。﹂
﹁いいとも、いいとも。﹂
とイワンは言いました。
﹁よかったら、いつまでもいなさるがいい。﹂
イワンは上着をぬいで、椅子に腰を下そうとしました。するとタラスのおかみさんが言いました。
﹁私はこんな土百姓と一しょに御飯はいただけません。この汗の臭においったらがまんが出来ません。﹂
そこで肥ふと満っちょのタラスは言いました。
﹁どうもお前の臭いはひどすぎる。外で飯を食ってくれないか。﹂
するとイワンは言いました。
﹁いいとも、いいとも。どのみち私は馬の世話をしなくちゃならん。飼葉を刈る時刻だからね。﹂
五
タラスの係の小悪魔も、その晩手が空すいたので、約束どおりイワンの馬鹿を取っちめるために、仲間へ手をかすつもりでやって来ました。彼は畑へ行ってさんざん仲間をさがしましたが、一人もいませんでした。ただ一つの穴を見つけただけでした。彼は今度は牧場へ行って沼地で小悪魔のしっぽ一つ見つけました。そしてライ麦の刈あとでも、一つの穴を見つけました。
﹁こりゃきっと仲間によくないことがあったにちがいない。﹂
と小悪魔は考えました。
﹁一つおれが代ってあの馬鹿を取っちめなくちゃならないぞ。﹂
そこで小悪魔は、イワンをさがしに出かけました。イワンはとうに麦のしまつをして、森で木を伐きっていました。二人の兄たちは、急に人数がふえて、狭苦しくなったので、新しい家うちをたててもらおうと思って、木を伐れとイワンに命いいつけたところでした。
小悪魔は森へ出かけて行って、木の枝へ這い上って叉に陣どって、イワンの仕事のじゃまをしはじめました。イワンは一本の木の根元を伐りました。ところが、木はバッサリ倒れるはずなのに、倒れぎわに急にまがりくねって、他の枝へ引っかかりました。そこでイワンは、それをこねはずすために、一本の木を伐って棒をつくると、やっとのことで地べたに倒すことが出来ました。イワンはまた他の木を伐り倒しにかかりました。するとまた、前と同じようなことが起りました。イワンは汗びしょになりました。そしてようやく倒すことが出来ました。イワンは三本目の木に取りかかりました。が、今度もやはり同じ目にあいました。
イワンは、その日のうちに百本くらいは伐り倒すつもりでしたが、まだ十本も伐り倒さないうちに日も暮れかかり、疲れてすっかりへとへとになりました。イワンの身から体だからは、汗が湯気のように立ちのぼりましたが、それでも休まないで、働きつづけました。そしてまた他の木を伐りにかかりましたが、急に背中が痛んで来て、立っていることも出来なくなりました。そこでイワンは、斧をその木の根元に打ち込むと、どっかり腰を下して休みました。
小悪魔はイワンが仕事をやめたのを見て、大へん喜びました。
﹁あいつめとうとうくたびれやがったな。あれでもうやめるにちがいない。どれ、おれの方もこれで一休み休むことにするかな。﹂
と小悪魔は考えました。
小悪魔は木の枝にまたがって、クスクス笑いました。そのときイワンは急に立ち上がって、斧を引っこぬき、別のがわからうんと一打ち喰わせましたので、木は一たまりもなくどっと倒れました。小悪魔は全くふいを打たれて、足をはずす間もなく倒れた木に手をはさまれました。イワンは枝をおろしにかかりました。ところが小悪魔がその枝にひっかかって、もがいているのを見つけました。イワンはびっくりしました。
﹁おやおや、汚いやつめまた出て来やがったな。﹂
とイワンは言いました。
﹁いや、ちがうんです。私はあなたの兄さんのタラスについてたんです。﹂
と小悪魔は言いました。
﹁だれであろうがかれであろうが、もうだめだぞ。﹂
とイワンは言って、斧をふり上げて打ち下そうとしました。小悪魔は、
﹁助けて下さい。打たないで下さい。あなたのおっしゃることならなんでもいたします。﹂
とたのみました。
﹁じゃ何が出来る。﹂
﹁あなたの欲しいだけお金をこさえることが出来ます。﹂
﹁よしよし、じゃこさえてくれ。﹂
そこで小悪魔は、イワンにそのやりかたを教えました。
﹁樫かしの葉を取って、手の中でおもみなさい。そうすりゃ金貨が地べたに落ちて来ます。﹂
イワンは何枚かの葉を取って手の中でもみました。すると、金貨が手からこぼれ落ちました。
﹁これやお祭に若い者に見せるにゃもって来いだ。﹂
とイワンは言いました。
﹁じゃはなして下さい。﹂
と小悪魔は言いました。
﹁いいとも、いいとも。﹂
とイワンは言いました。そして、棒で木の枝をこじて、小悪魔をは﹇#﹁をは﹂は底本では﹁はを﹂﹈なしてやって、
﹁じゃ行け、神様がお前をお守り下さるように。﹂
と言いました。
イワンが神様の名を口にするかしないかに、小悪魔は水に落した石のように、地べたへ消えてしまいまし﹇#﹁し﹂は底本では﹁ち﹂﹈た。そして後には、一つだけ小さい穴が残りました。
六
こうして二人の兄たちの家うちをたてて、べつべつの暮しをはじめました。そしてイワンは秋のとり入れをすまし、ビールをつくると、お祭りをするから一しょに祝ってくれといって、兄たちを招よびました。兄たちはどうしても来ませんでした。
﹁百姓のお祭なんてちっとも面白くない。﹂
と兄たちは言いました。
そこでイワンは、百姓やおかみさんたちを招んで、御馳走を食べて酔っぱらうまでに飲みました。それから通りへ出て、村の若者や娘たちが踊っている広場へやって行きました。そして踊りの仲間に入り、女たちに、
﹁一つ私のために唄を唄ってくれ、そうすりゃ皆が生まれてまだ見たこともないものをやる。﹂
と言いました。
女たちは大笑いしてイワンをほめたたえる唄を歌いました。そして唄がすむと、
﹁さあ、約束のものをおくれ。﹂
と言いました。
﹁今すぐ持って来るよ。﹂
とイワンは言いました。そして種を入れる籠を持って森へ走って行きました。女たちは大笑いしました。
﹁あいつは馬鹿だ。﹂
と言いました。そしてもう他のことを話しこんでいました。
ところがまもなく、イワンは何か重いものを籠いっぱいに入れて、帰って来ました。
﹁これをやろうか。﹂
﹁ああ、おくれよ。﹂
イワンは、金貨を一つかみつかんで、女たちにまいてやりました。すると大へんな騒ぎになって、女たちはおしあいへしあい、ころげ廻ってそれを拾いました。ぐるりの男まで拾おうとして、おし合い、引ったくりました。あるおばあさんは、人の下になって、つぶされそうになりました。イワンは大笑いしました。
﹁おやおや、お前たちは馬鹿だなあ。﹂
とイワンは言いました。
﹁何だってそうおばあさんを押すんだ。静かにしろ、そしたらもっとやる。﹂
と言いました。そしてまたまきました。人々はイワンのぐるりを取りまいて拾いました。イワンは持っているだけ金貨をすっかりまいてやりました。人々はもっとまけと言いました。それでイワンは言いました。
﹁もう何もないよ。今度またまいてやる。さあ踊ろう。唄を歌っとくれ。﹂
女たちは歌い出しました。
﹁お前たちの唄はだめだ。﹂
とイワンは言いました。
﹁じゃ、これより上手がどこにいる。﹂
と女たちは言いました。
﹁すぐ見せてやる。﹂
とイワンは言いました。
イワンは納屋へ行って麦束を取り出すと、穂をたたいて地べたへとんとたてました。そして、
﹁さあ、やるぜ
麦束よ麦束よ
おれの家来に命 いつける
一本一本の麦藁から
兵隊一人ずつ飛び出して来い。」
おれの家来に
一本一本の麦藁から
兵隊一人ずつ飛び出して来い。」
と言いました。
すると藁束はバラバラに倒れて、数だけの兵隊になりました。太鼓やラッパを鳴らしはじめました。イワンは兵隊たちに、音楽を奏し唄を歌うように言いつけました。兵隊たちは音楽を奏し、唄を歌いました。イワンは兵隊に村中を練り歩かせました。村の人々は胆きもをつぶしてしまいました。
やがてイワンは︵だれにも来てはいけないといって︶兵隊を麦打ち場へつれて行きました。そしてまたもとの藁束にかえて、納屋の中へ入れておきました。
それからイワンは家うちへ帰って、厩うまやの中へころがってねてしまいました。
七
あくる朝、兵隊のシモンはそれを聞いて、イワンのところへ出かけました。
﹁おい、お前はあの兵隊をどこからつれて来て、どこへつれて行ったんだ。﹂
とたずねました。
﹁それを聞いてどうするんだね。﹂
とイワンは言いました。
﹁どうするってお前、兵隊さえありゃ何でも出来るよ。国一つでも自分のものになる。﹂
イワンはびっくりしました。
﹁ほう? じゃ何だって早くそう言わなかったのだね。私はいくらでも好きなだけこさえることが出来たのに。まあよかった。妹とわしとでたくさん麦を打っといて。﹂
イワンは兄を納屋へつれて行って言いました。
﹁だがいいかね、わしが兵隊をこさえたらお前さんはすぐつれて行かなきゃいけないよ。兵隊をこっちで養うことになると、一日で村中食いつぶされてしまうからな。﹂
シモンは、その兵隊をみんなつれて行くことを約束しました。そこでイワンは、こさえにかかりました。イワンが一束の麦藁を麦打場へほうり出すと、ぽんと一隊の兵隊があらわれました。また一束ほうり出すと、別の一隊があらわれました。こうしてたくさん作ったので、畑中一ぱいになってしまいました。
﹁もういいかね。﹂
とイワンは聞きました。
シモンは大へん喜んで、
﹁いいとも、いいとも。イワンよ全くありがとう。﹂
と言いました。
﹁なあに。﹂
とイワンは言いました。
﹁もっと入るようなら、また来なさるがいい。今年は麦藁はたくさんあるし、いくらでもこさえてあげるから。﹂
兵隊のシモンは早速その兵隊を指揮をして、隊伍をととのえると、戦いくさに出かけました。
兵隊のシモンが出かけてまもなく、肥ふと満っちょのタラスがやって来ました。タラスは昨日のことを聞いたのです。タラスはイワンに、こう言いました。
﹁お前はどこから金貨を手に入れたのだね。資もと本でさえありゃ、おれは世界中の金かねをみんな手に入れることが出来るんだがな。﹂
イワンはおどろきました。そして言いました。
﹁そりゃ本当かね。なら、もっと早くわしに言ってくれればよかった。わしはお前さんの好きなだけこさえてあげることが出来たに。﹂
タラスは喜びました。
﹁じゃ、手桶に三ばいだけおくれ。﹂
﹁いいとも、いいとも。じゃ森の中へ来なさるがいい。いや、待ちなさい、いいことがある。馬をつれて行こう。とてもお前さんだけじゃ持って来られそうにもないからな。﹂
そこで二人は馬をつれて森へ行きました。イワンは樫の葉をもんで、たくさん金貨をこさえました。
﹁さあ、これでいいかね。﹂
タラスはすっかり喜びました。
﹁さしあたってそれだけありゃたくさんだ。イワンよ、ありがとう。﹂
とタラスは言いました。
﹁なあにまた入るときには来なさるがいい。葉っぱはどっさり残っているからな。﹂
とイワンは言いました。
タラスは馬車一台に金貨をつみ込んで、商売をしに出かけました。
こうして二人の兄は出て行きました。シモンは戦に、タラスは商売に。そして、シモンは一国を平げて自分のものにし、タラスは商売で、たくさんお金をもうけました。
ところで二人の兄弟は逢ったとき、どうして兵隊を手に入れたか、どうして金を手に入れたかを話し合いました。兵隊のシモンはタラスにこう言いました。
﹁おれは国一つを平げて大へん立派な暮しをしている。がしかし、部下の兵隊に食わして行くだけの金がない。﹂
すると肥ふと満っちょのタラスはこう言いました。
﹁おれはまた金はどっさりもうけたがそれを番するものがない。﹂
すると兵隊のシモンは言いました。
﹁じゃ二人でイワンのところへ行こうじゃないか。あれに言っておれはもっと兵隊をこさえさせて、それにお前のお金の番をさせる。またお前はもっとあれに金をこさえさせてもらってそれでおれの部下に食べさせればいい。﹂
そこで二人は、イワンのところへ行きました。そして兵隊のシモンは、イワンにこう言いました。
﹁ねえイワン、おれのところには兵隊がもっとたりない。もう二三把わ分こさえておくれ。﹂
イワンは頭をふりました。
﹁いいや、わしはもう兵隊はこさえない。﹂
とイワンは言いました。
﹁でもお前はこさえてやると約束したじゃないか。﹂
﹁約束したのは知っているが、わしはもうこさえない。﹂
﹁なぜこさえない、馬鹿!﹂
﹁お前さんの兵隊は人殺しをした。わしがこの間道みち傍ばたの畑で仕事をしていたら、一人の女が泣きながら棺桶を運んで行くのを見た。わしはだれが死んだかたずねてみた。するとその女は、シモンの兵隊がわしの主人を殺したのだと言った。わしは兵隊は唄を歌って楽隊をやるとばかり考えていた。だのにあいつらは人を殺した。もう一人だってこさえてはやらない。﹂
こう言っていつまでもがんばって、イワンは兵隊をこさえませんでした。
肥ふと満っちょのタラスも、もっとお金をこしらえてくれとイワンにたのみました。しかしイワンは頭をふって、
﹁いいや、もうこさえない。﹂
と言いました。
﹁お前はこさえると約束したじゃないか。﹂
﹁そりゃした。だがもうこさえない。﹂
﹁なぜこさえない、馬鹿!﹂
﹁お前さんのお金がミカエルの娘の牝牛を奪って行ったからだ。﹂
﹁どうして。﹂
﹁ただ持って行ってしまったんだ。ミカエルの娘は牝牛を一匹もっていた。その家うちの子供たちはいつもその乳を飲んでいた。ところがこの間その子供たちがわしの家うちへやって来て、乳をくれと言った。で、わしは﹁お前んとの牝牛はどうしたんだ﹂とた﹇#底本では﹁た﹂が重複﹈ずねた。すると﹁肥ふと満っちょのタラスの家うちの支配人がやって来て金貨を三枚出した。するとお母っかあは牝牛をその男にくれてしまったので、おれたちの飲むものがなくなった。﹂と言った。わしはあの金貨を持って遊ぶんだとばかり考えていた。ところがお前さんはあの子供たちの牝牛を奪って行った。わしはもうお金をこさえてはやらない。﹂
イワンはこう言って、もう金をこさえようとはしませんでした。それで兄たちは出て行きました。そして二人は道々どうしたらいいか相談しました。そのうちに兵隊のシモンがこう言いました。
﹁じゃ、こうしようじゃないか。お前はおれにおれの兵隊を養うだけ金をくれるんだ。するとおれはお前におれの国を半分と、お前の金を番するのにたるだけの兵隊をやる。﹂
タラスはすぐ承知しました。そこで二人は自分たちの持ち物を分けて二人とも王様になり、お金持になりました。
八
イワンは家うちにいて両親を養い、唖おしの妹を相手に野ら仕事をして暮しました。さて、あるときのこと、イワンの家うちの飼犬が、病気にかかってからだ中おできだらけになり、今にも死にそうになりました。イワンはそれをかわいそうに思って、妹からパンを貰って、それを帽子に入れて持って行き、犬に投げてやりました。ところが、その帽子が破れていたので、れいの小悪魔から貰った小さな木の根が、一つ地べたに落ちました。老としよった犬はパンと一しょにその根を食べていました。そしてそれをのみ下したと思うと、急に、はね廻り、吠え、尾をふりはじめました。――つまり元通り元気になったのでした。
父親も母親もそれを見てすっかりおどろきました。
﹁どうして犬をなおしたのだ。﹂
と親たちはたずねました。
﹁わしはどんな病気でもなおすことの出来る根っこを二本持っていた。それを一つこの犬がのんだのだ。﹂
とイワンは答えました。
ところが、ちょうどその頃、王様のお姫様が病気にかかりました。王様は町々村々へおふれを出して、姫をなおした者には望み次第のほう美を与える、もしそのなおした者におよめさんがなかったら、姫をおよめさんにやるとつたえさせました。このおふれはイワンの村にも廻って来ました。
イワンの父親と母親は、イワンを呼んで言いました。
﹁お前王様のおふれを聞いたかね。お前の話と、どんな病気でもなおせる木の根っ子を持っているそうだが、これから一つ出かけてなおしてあげないかな。そうすりゃお前、これから一生幸しあ福わせに暮せるわけだがね。﹂
﹁いいとも、いいとも。﹂
とイワンは言いました。
そこでイワンは、出かける仕度をしました。イワンの両親は、イワンに一番いい着物を着せました。ところがイワンが戸口を出るとすぐ、手てな萎えの乞食ばあさんに、出あいました。
﹁人の話で聞いて来たが、お前様は人の病気をなおしなさるそうだが、どうかこの手をなおしておくんなさい。わしゃ一人じゃ靴もはけないからな。﹂
とそのばあさんは言いました。
﹁いいとも、いいとも。﹂
とイワンは言いました。そして、例の木の根っ子をくれてやって、それをのめとおばあさんに言いました。乞食ばあさんは、それをのんで、なおりました。手はわけなく動かすことが出来るようになりました。
父親と母親は、イワンについて王様のところまで行くつもりで、やって来ましたが、イワンがその根っ子をやってしまって、お姫様をなおすのが一本もなくなったと聞いて、イワンを叱りました。
﹁お前は乞食女をあわれんで、王様のお姫様をお気の毒とは思わないのだ。﹂
と言いました。しかし、イワンは、王様のお姫様もやはり気の毒だと思っていました。それで、馬の仕度をすると、荷車の中に藁をしいてその上に坐り、馬に一むちくれて出かけようとしました。
﹁どこへ行くんだ、馬鹿!﹂
﹁王様のお姫様をなおしに。﹂
﹁だがお前はもう一本もなおせるものをもっていないじゃないか。﹂
﹁ううん、大丈夫。﹂
とイワンは言いました。そして馬を出しました。
イワンは王様の御殿へ馬を走らせました。ところが、イワンがその御殿の閾しきいをまたぐかまたがないうちに、お姫様はなおりました。
王様は大そう喜んで、イワンをおそば近く呼んで、大へん立派な衣しょうを着せました。
﹁わしの婿になれ。﹂
と王様はおっしゃいました。
﹁いいとも、いいとも。﹂
とイワンは言いました。
そこでイワンは、お姫様と御こんれいしました。そのうち王様はまもなくおかくれになったので、イワン﹇#﹁ン﹂は底本では重複﹈は王様になりました。こうして三人の兄弟は一人のこらず王様になりました。
九
三人の兄弟はこうして、それぞれ王様になって国を治めました。長男の兵隊のシモンは大へんゆたかになりました。シモンは藁の兵隊でほんとの兵隊を集めました。かれは国中にふれを出して、家十軒ごとに兵隊一人ずつ出させました。ところがその兵隊はみんな背が高くて、かおかたちの立派なものでなくてはならないのでした。シモンはそんな兵隊をたくさん集めて、うまくならしておきました。そしてもし自分にさからう者があると、すぐさまこの兵隊をさし向けて、思い通りにしまつをしたので、誰もがシモンを恐がり出すようになりました。がしかし、シモンの暮しは大へんゆかいなものでした。眼について欲しいなと思ったものは何でもシモンの所も有のでした。シモンが兵隊をさし向けると、兵隊はシモンの欲しいものを立ちどころに持って来ました。
肥ふと満っちょのタラスもまたゆかいに暮していました。タラスはイワンから貰った金を少しもむだに使いませんでした。使わないばかりか、ますますそれを殖やしました。タラスは自分の国中におきてやさだめを作りました。金はみんな金庫へしまい、人民には税金をかけました。人頭税や、人や馬車には通行税、靴、靴下税、衣しょう税などをかけました。それからなお、自分で欲しいと思ったものは、何でも手に入れました。金のためには人民は何でも持って来るし、またどんな働きでもしました。――と言うのは、人民たち誰もかれもが金が要ったからでした。
イワンの馬鹿もやはり悪い暮しはしませんでした。亡くなった王様のおとむらいをすますとすぐ、王様の服をぬいで妃に箪たん笥すへしまわせました。そしてまた元の粗末な麻のシャツや股もも引ひき、百姓靴をつけて、百姓仕事にかえりました。
﹁あれじゃとてもやりきれない。退屈で、おまけにからだがぶくぶくに肥ふとって来るし、食たべ物ものはまずく、寝りゃからだがいたい。﹂
とイワンは言いました。そして両親や唖の妹をつれて来て元のように働きはじめました。
﹁あなたは王様でいらせられます。﹂
と人民の者が言いました。
﹁そりゃそれにちがいない。だが王様だって食わなけりゃならん。﹂
とイワンは言いました。
そこへ大臣の一人がやって来て言いました。
﹁金がないので役人たちに払うことが出来ません。﹂
﹁いいとも、いいとも。なけりゃ払わんでいい。﹂
とイワンは言いました。
﹁でも払わないと、役についてくれません。﹂
﹁いいとも、いいとも。役につかないがいい。そうすりゃ、働く時間がたくさんになる。役人たちに肥こや料しを運ばせるがいい。それに埃ごみはたくさんたまっている。﹂
そこへ人民たちが、裁判してもらいにやって来ました。そして中の一人が、言いました。
﹁こいつが私の金を盗みました。﹂
するとイワンは言いました。
﹁いいとも、いいとも。そりゃこの男に金が要ったからじゃ。﹂
そこで人民たちはイワンが馬鹿だと言うことに気がつきました。そこで妃はイワンにこう言いました。
﹁人民どもはみなあなたのことを馬鹿だと申しております。﹂
するとイワンは言いました。
﹁いいとも、いいとも。﹂
妃はそれでいろいろ考えてみました。しかし妃もやはり馬鹿でした。
﹁夫にさからってはいいものかしら、針の行くところへは糸も従って行くんだもの。﹂
と思いました。
そこで妃は着ていた妃の服をぬいで箪笥にしまい、唖娘のところへ行って百姓仕事を教わりました。そしてぼつぼつ仕事をおぼえると、夫の手だすけをしはじめました。
そこで賢い人はみんなイワンの国から出て行き、馬鹿ばかり残りました。
誰も金を持っていませんでした。みんなたっしゃで働きました。お互いに働いて食べ、また他の人をも養いました。
一〇
年よった悪魔は、三人の兄弟を取っちめたと言うたよりが来るか来るかと待っていました。が待っても待っても来ませんでした。そこで自分で出かけて行って、調べはじめました。かれはさんざんさがしまわりました。ところが三人の小悪魔にはあえないで、三つの小さな穴を見つけただけでした。
﹁てっきりやりしくじったにちがいない。そうとすりゃおれがやりゃよかった。﹂
そこで三人の兄弟をさがしに出かけましたが、かれらは元のところには住んでいないで、めいめいちがった国にいるのがわかりました。三人が三人とも、いい身分になって、立派に国を治めていました。それが、年よった悪魔をひどく困らせました。
﹁ようし。じゃおれの腕でやらなくちゃなるまい。﹂
と年よった悪魔は言いました。
年よった悪魔は、まず一番にシモン王のところへ、出かけました。しかし自分のほんとの姿ではなく、将軍の姿にばけて、シモンの御殿へのり込みました。
﹁シモン王様。﹂
と年寄りの悪魔は言いました。
﹁かねてお勇ましい御名前はよくうけたまわっております。つきまして、私わたくしも兵のことについてはいろいろと心得ております。ぜひあなたに御奉公申し上げたいと存じます。﹂
と言いました。
シモン王は、いろいろたずねてみました。そして、かれが役にたつことがわかったので、そば近く置いて使うことにしました。
この新しい司令官は、シモン王に強い軍隊の作りかたを教えはじめました。
﹁まず第一にもっと兵隊を集めましょう。国にはまだうんと遊んでいるものがおります。若い者は一人残らず兵隊にしなくちゃいけません。すると今の五倍だけの兵隊を得ることになります。次には新しい銃と大砲を手に入れなくちゃなりません。私わたくしは一時に五百発の弾た丸まを打ち出す銃をお目にかけることにいたしましょう。それは弾た丸まが豆のように飛び出します。さてそれから大砲も備えましょう。この大砲はあたれば人でも馬でも城でも焼いてしまいます。何でもみんな燃えてしまう大砲です。﹂
シモン王はこの新しい司令官の言うことに耳をかたむけて、国中の若者残らずを兵隊にしてしまい、また新式の銃や大砲をつくるために、新しくたくさんの工場をたてて、それらのものをこさえさせました。やがて、シモン王は、隣りの国の王に戦をしかけました。そして敵の軍隊に出あうやいなや、シモン王は兵隊たちに命令して新しい銃や大砲を雨あめ霰あられのように打ちかけて、またたく間に敵の軍隊の半分を打ち倒してしまいました。そこで隣の国の王はふるえ上って降参し、その領地のすべてを引きわたしました。シモン王は大喜びでした。
﹁今度は印度王をうち平げてやろう。﹂
とシモン王は言いました。
ところが印度王はシモン王のことを聞いて、すっかりその考えをまねてしまいました。そしてそればかりでなく、自分の方でいろいろと工夫しました。印度王の兵隊は、若い者ばかりでなく、よめ入前の娘まで加えて、シモン王の兵隊よりもずっとたくさんの兵隊を集めました。その上シモン王の銃や大砲とそっくり、同じものを作り、なお空を飛んで爆弾を投げ下す方法まで考えつきました。
シモン王は、隣の国の王を打ち負かしたと同じように印度王を負かしてやろうと考えて、いよいよ戦をはじめました。けれども、そんなに切れ味のよかった鎌も、今ではすっかり刃がかけてしまっていました。印度王はシモンの兵隊が弾た丸まのあたる場所まで行かないうちに、娘たちを空へ出して爆弾を投げ下させました。娘たちは、まるで油あぶ虫らむしに砂でもまくように、シモンの兵隊の上に、爆弾を投げ下しました。そこで、シモン王の兵隊は逃げ出し、シモン王一人だけ、とり残されてしまいました。印度王はシモンの領地を取り上げてしまい、兵隊のシモンは命からがら逃げ出しました。
さて、年よった悪魔はこちらを片づけたので今度はタラス王の方へ向いました。かれは商人に化けてタラスの国に足をとめ、店を出して、金を使いはじめました。かれは何を買っても大へん高くお金を払うので、誰もかもお金欲しさに、どしどしこの新しい商人のところへ集まって来ました。そこで大したお金が人々のふところに入って、人民たちはとどこおりなく税金を払うことが出来ました。
タラス王はほくほくもので喜びました。
﹁今度来たあの商人は気に入った。これでおれはよりたくさんの金を残すことが出来た。したがっておれの暮しはますますゆかいになるというものだ。﹂
とタラス王は思いました。
そこでタラス王は、新しい御殿をたてることにしました。かれは掲示を出して、材木や石材などを買入れることから、人夫を使うことをふれさせ、何によらず高い価ねを払うことにしました。タラス王はこうしておけば、今までのように人民たちが先を争って来るだろう、と考えていました。ところが、驚いたことには、材木も石材も人夫もすっかりれいの商人のところへ取られてしまいました。タラス王は価ねを引き上げました。すると商人は、それよりもずっと上につけました。タラス王はたくさんの金がありましたが、れいの商人はもっとたくさん持っています。で、商人は何から何までタラス王の上に出ました。
タラス王の御殿はそのままで、普ふし請んはちっともはかどりませんでした。
タラス王は庭をこさえようと考えました。秋になったので、その庭へ木を植えさせるつもりで、人民たちを呼びましたが、誰一人やって来ませんでした。みんな、れいの商人の家うちの池を掘りに行っていました。冬が来て、タラス王は、新しい外套につける黒くろ貂てんの皮が欲しくなったので、使つかいの者に買わせにやりました。すると使のものは帰って来て、言いました。
﹁黒貂の皮は一枚もございません。あの商人がすっかり高たか価ねで買いしめてしまって、敷物をこさえてしまいました。﹂
タラス王は今度は馬を買おうと思って、使をやりました。すると使の者が帰って来て言いました。
﹁あの商人が、残らず買ってしまいました。池に満たす水を運ばすためでございます。﹂
タラス王のすることは、何もかも、すっかり止まってしまいました。人民たちは誰一人タラス王の仕事をしようとはしませんでした。毎日せっせと働いて、例の商人から貰った金を、王のところへ持って来て納めるだけでした。こうして、タラス王はしまい切れないほどの金を集めることは出来ましたが、その暮しといったら、それはみじめになりました。王はもういろんなくわだてをやめて、ただ生きて行けるだけでがまんするようになりましたが、やがてそれも出来なくなりました。すべてに不自由しました。料理人も、馭ぎょ者しゃも、召使も、家来も、一人々々王を置き去りにして、れいの商人のところへ行ってしまいました。まもなく食たべ物ものにもさしつかえるようになりました。市場へ人をやってみると、何も買うものがありませんでした。――つまり例の商人が何もかも買い占めてしまって、人民たちはただ税金だけ王のところへ納めに来るだけでした。
タラス王は大へん腹を立てて、例の商人を国より外へ追い出してしまいました。ところが商人は、国ざかいのすぐ近くへ住まって、やはり前と同じようにやっています。人民たちは金欲しさに王をのけ者にしてしまって、何でもすべて商人のところへ持って行ってしまいました。
タラスはいよいよ困ってしまいました。何日もの間、食べるものがありませんでした。そしてうわさに聞くと、例の商人は今度はタラス王を買うと言って、いばっていると言うことでした。タラス王はすっかり胆をつぶして、どうしていいかわからなくなってしまいました。
ちょうどこの時兵隊のシモンがやって来て、
﹁助けてくれ、印度王にすっかりやられてしまった。﹂
と言いました。
しかし、タラス王自身も動きのとれないくらい苦しい立場になっていましたので、
﹁おれももう二日間というもの何一つ食べるものがないのだ。﹂
と言いました。
一一
二人の兄たちを取っちめてしまった年よった悪魔は、今度はイワンの方に向いました。かれは将軍の姿に化けて、イワンのところへ行って、軍隊をこさえなければいけないとすすめました。
﹁軍隊がなくては王様らしくありません。一つ私に命令して下されば私は人民たちから兵隊を集めて、こさえて御覧に入れます。﹂
と言いました。
イワンはかれのいうことをじっと聞いていましたが、
﹁いいとも、いいとも。じゃ一つ軍隊をこさえて唄を上手に歌えるようにしこんでくれ。私は兵隊が歌うのを聞くのは好きだ。﹂
と言いました。
そこで年よった悪魔は、イワンの国中を廻めぐって兵隊を集めにかかりました。かれは人々に、軍隊に入れば酒は飲めるし、赤いきれいな帽子を一つ貰える、と話しました。
人々は笑って
﹁酒はおれたちで造るんでどっさりある。それに帽子はすじの入った総ふさつきのでも女たちがこさえてくれる。﹂
と言いました。
そして誰一人兵隊になるものがありませんでした。
年よった悪魔はイワンのところへ帰って来て、言いました。
﹁どうも馬鹿共は、自分で進んでやろうとはしません。あれじゃいやでも入らせなくちゃなりませんでしょう。﹂
﹁いいとも、いいとも。やってみるがいい。﹂
とイワンは言いました。
そこで年よった悪魔は、人民たちはすべて兵隊に入らなくてはならない。これを拒むものはイワン王が死刑にしてしまわれるだろう、というおふれを出しました。
人民たちは将軍のところへやって来て、言いました。
﹁兵隊にならなければイワン王が死刑にしてしまうと言っているが、兵隊になったらどんなことをするのかまだ話を聞かせてもらわない。兵隊は殺されると聞いているがほんとかい。﹂
﹁うん、そりゃ時には殺される。﹂
これを聞いて人民たちはどうしてもきかなくなりました。
﹁じゃ、兵隊に行かないことにしよう。それよっか家うちで死んだ方がましだ。どうせ人間は死ぬもんだからな。﹂
と人民たちは言いました。
﹁馬鹿!お前たちはまったく馬鹿だ!兵隊に行きゃ必ず殺されるときまってやしない。だが行かなきゃイワン王に殺されてしまうんだぞ。﹂
人民たちはまったく途方にくれてしまいました。そしてイワンの馬鹿のところへ相談に行きました。
﹁将軍さまが、わしらに兵隊になれとおっしゃる。兵隊になりゃ殺されることがある。しかしならなきゃ、イワン王がわしらをみんな殺される、と言う話ですがほんとですか。﹂
イワンは大笑いして言いました。
﹁さあ、わしにもわからん。わし一人でお前さん方をみんな殺すことは出来ないしな。わしが馬鹿でなかったら、そのわけを話すことも出来るが、馬鹿なんでさっぱりわからんのじゃ。﹂
﹁それじゃわしらは兵隊にゃなりません。﹂
と人民たちはいいました。
﹁いいとも、いいとも。ならんでいい。﹂
とイワンは答えました。
そこで人民たちは、将軍のところへ行って、兵隊になることをことわりました。年よった悪魔はこの企ての駄目なことを見て取りました。そこでイワンの国を出て、タラカン王のところへ行って言いました。
﹁イワン王と戦をしてあの国を取ってしまってはいかがでしょう。あの国には金はちっともありませんが、穀物でも牛うし馬うまでも、その他何でもどっさりあります。﹂
そこでタラカン王は戦のしたくに取りかかり、大へんな軍隊を集めて、銃や大砲をよういすると、イワンの国へおしよせました。
人民たちは、イワンのところへかけつけてこう言いました。
﹁タラカン王が大軍をつれて攻めよせて来ました。﹂
﹁あ、いいとも、いいとも。来さしてやれ。﹂
とイワンは言いました。
タラカン王は、国ざかいを越えると、すぐ斥候を出して、イワンの軍隊のようすをさぐらせました。ところが、驚いたことにさぐってもさぐっても軍隊の影さえも見えません。今にどこからか現われて来るだろうと、待ちに待っていましたが、やはり軍隊らしいものは出て来ません。また、だれ一人タラカン王の軍隊を相手にして戦するものもありませんでした。そこでタラカン王は、村々を占領するために兵隊をつかわしました。兵隊たちが村に入ると、村の者たちは男も女も、びっくりして家うちを飛び出し、ものめずらしそうに見ています。兵隊たちが穀物や牛馬などを取りにかかると、要るだけ取らせて、ちっとも抵てむ抗かいしませんでした。次の村へ行くと、やはり同じことが起りました。そうして兵隊たちは一日二日と進みましたが、どの村へ行っても同じ有様でした。人民たちは何でもかでも兵隊たちの欲しいものはみんな持たせてやって、ちっとも抵てむ抗かいしないばかりか、攻めに来た兵隊たちを引きとめて、一しょに暮そうとするのでした。
﹁かわいそうな人たちだな。お前さんたちの国で暮しが出来なけりゃ、どうしておれたちの国へ来なさらないんだ。﹂
と村の者たちは言うのでした。
兵隊たちはどんどん進みました。けれどもどこまで行っても軍隊にはあいませんでした。ただ働いて食べ、また人をも食べさせてやって、面白く暮していて、抵てむ抗かいどころか、かえって兵隊たちにこの村に来て一しょに暮せという者ばかりでした。
兵隊たちはがっかりしてしまいました。そして、タラカン王のところへ行って言いました。
﹁この国では戦が出来ません。どこか他の国へつれて行って下さい。戦はしますがこりゃ一たい何ごとです。まるで豆のスープを切るようなものです。私たちはもうこの国で戦をするのはまっぴらです。﹂
タラカン王は、かんかんに怒りました。そして兵隊たちに、国中を荒しまわって、村をこわし、穀物や家を焼き、牛馬をみんな殺してしまえと命令しました。そして、
﹁もしもこの命令に従わない者は残らず死刑にしてしまうぞ。﹂
と言いました。
兵隊たちはふるえ上って、王の命令通りにしはじめました。かれらは、家や穀物などを焼き、牛馬などを殺しはじめました。しかし、それでも馬鹿たちは抵てむ抗かわないで、ただ泣くだけでした。おじいさんが泣き、おばあさんが泣き、若い者たちも泣くのでした。
﹁何だってお前さん方あ、わしらを痛めなさるだあ、何だって役に立つものを駄目にしなさるだあ。欲しけりゃなぜそれを持って行きなさらねえ。﹂
と人民たちは言うのでした。
兵隊たちはとうとうがまんが出来なくなりました。この上進むことが出来なくなりました。それで、もういうことをきかず、思い思いに逃げ出して行ってしまいました。
一二
年よった悪魔はこの手段を止よす外ほかありませんでした。兵隊を使ったんじゃ、とてもイワンを取っちめることは出来ませんでした。そこで今度は姿をかえて、立派な紳士に化けて、イワンの国に住みこみました。かれは肥ふと満っちょのタラスをやっつけたように、金の力でイワンをやっつけてやろうと考えたのです。
﹁一つ私はあなた様にいいことをしたいと思います。よい智慧をおかししたいと存じます。で、まずお国に家を一軒たてて、商売をはじめましょう。﹂
と年よった悪魔は言いました。
﹁いいとも、いいとも。気に入ったらこの国へ来て暮してくれ。﹂
とイワンは言いました。
翌くる朝この立派な紳士は、金貨の入った大きな袋と一枚の紙かみ片きれを持って広小路へ出て、こう演説しました。
﹁お前たちはまるで豚のような生活をしている。私はお前たちにもっといい暮し方を教えてやる。お前たちはこの図面を見て一つ家をこさえてくれ。お前たちはただ働けばよろしい。そのやり方は私が教え、おれいは金貨で払ってやる。﹂
そう言ってかれは金貨をみんなに見せました。馬鹿な人民たちはびっくりしました。かれらの間には、これまで金と言うものがありませんでした。かれらは品物と品物を取かえ合ったり、仕事は仕事でかんじょうし合っていたのでした。そこでみんなは、金貨を見て驚きました。
﹁まあ、何て重宝なもんだろう。﹂
と言いました。
それで、かれらは品物をやったり仕事をしたりして、紳士の金貨と取っかえはじめました。年よった悪魔は、タラスの国でやったと同じように、金貨をどしどし使い、人民たちは何でもかでも、またどんな仕事でも金貨と取っかえるためにやってのけました。
年よった悪魔はほくほくもので喜びました。そして、
﹁今度はなかなか運びがいい。これじゃあの馬鹿もそのうちにタラス同様、身から体だから霊たましいまでおれのものにしてしまえるぞ。﹂
とひとりで考えました。
しかし馬鹿どもは、金貨を手に入れるとすぐ、それを女たちにやって首飾にしてしまいました。娘たちはそれをおさげの中につけて飾りました。そして後には子供たちが、往来のまん中で、玩おも具ちゃにして遊びはじめました。誰もかも金貨をたくさん貰って持っていました。そこでもう貰おうとするものはなくなりました。けれども立派な紳士の家は、半分も出来てはいないし、その年入いり用ようの穀物や牛などの用意も出来ていませんでした。そこで働きに来てもらいたいことだの、穀物や牛などを買いたいことだのを知らせて、もっとたくさんの金貨をやることにしました。
しかし、働く人も、品物を持って来る人もありませんでした。時たま男の子や女の子たちが走って来て、卵と金貨を取っかえてもらうくらいでした。他には誰も来なかったので、紳士は食たべ物もの一つありませんでした。そこでれいの紳士は、空すき腹はらを抱えて何か食べるものを買おうと村へ行って、ある家うちに入りました。そして、鳥を一羽売ってもらおうと思って金貨を一枚出しましたが、そこのおかみさんは、どうしてもそれを受取りませんでした。
﹁私ゃたくさん持っています。﹂
と言いました。
今度は鰊にしんを買おうと思って、寡ご婦けさんのところへ行って金貨を出すと、
﹁もうたくさんです。﹂
と言いました、。
﹁私の家うちにゃそれを持って遊ぶような子供はいないし、それにいいもんだと思ってもう三枚もしまってありますからな。﹂
と言ってことわりました。
かれは今度は百姓家へ行って、パンと取っかえようとしました。けれどもやはり受取ろうとはしません。
﹁そりゃいらない。だが、お前さんが﹃キリスト様の御名によって﹄とおっしゃるなら、ちょっと待ちなされ、家内に話して一ひと片きれ貰って上げましょうから。﹂
と言いました。︵﹃キリスト様の御名によって﹄という言葉は露ろ西し亜やの乞食や巡礼たちが、物を下さいと言う前に必ず言う言葉で、﹁御生ですから﹂とか、﹁どうかお願いですから﹂といった意味の言葉です。︶
それを聞くと悪魔は唾を吐いて逃げ出しました。キリストの名を唱えたり聞いたりすることは、小ナイ刀フで突き倒されるよりも痛くこたえるからでした。
こうしてとうとうパンも手に入れることが出来ませんでした。誰もかも金貨を持っていたので、年よった悪魔はどこへ行っても、金で何一つ買うことは出来ませんでした。みんなたれもが、
﹁何か他の品物を持って来るか、でなけりゃここへ来て働くか、またはキリスト様の御名によっているものを貰うがいい。﹂
と言います。
しかし、年よった悪魔は、金より他には何一つ持っていませんでした。働くことはかれ大へんきらいなことだし、﹁キリスト様の御名によって﹂物を貰うことなどかれにはどうしたって出来ないことでした。年よった悪魔はひどく腹をたててしまいました。
﹁おれが金をやると言うのに、それより他の何が欲しいと言うんだ。金さえありゃ何だって買えるし、どんな人夫だって雇えるんだ。﹂
と悪魔は言いました。しかし、馬鹿たちはそれに耳をかそうとはしませんでした。
﹁いいや、わしらには金は要らない。わしらにゃ別に払いがあるわけじゃなし、税金も要らないから、貰ったところで使い道がないからな。﹂
と言うのでした。
年よった悪魔はひもじい腹を抱えて、ゴロリと横になりました。
すると、このことが、イワンの耳に入りました。人民たちは、イワンのところへ来て、こうたずねました。
﹁どうしたもんでしょう、立派な紳士が倒れています。あの人は、食い飲みもするし着飾ることもすきだが、働くことがきらいで、﹃キリスト様の御名によって﹄物を貰うことをしません。ただ誰にでも金貨をくれます。世間じゃはじめのうちはあの人の欲しがるものをくれてやったが、金貨がたくさんになったので、今じゃ誰もあの人にくれてやるものがありません。どうしたもんでしょう、あのままじゃ餓うえ死んでしまいます。﹂
イワンはじっと聞いていました。そして、
﹁いいとも、いいとも。そりゃ、みんなで養ってやるがいい。牧ひつ羊じか者いのように一軒一軒かわり番こに養ってやるがいい。﹂
これより外ほかに仕方がありませんでした。年よった悪魔は、かわり番こに家々を廻って食事をさせてもらうようになりました。
そのうちに番が来て、イワンの家うちへ行くことになったので年よった悪魔は御馳走になりにやって来ました。すると、れいの唖の娘が食事の仕度をしているところでした。
唖娘は今までに、たびたびなまけ者にだまされていました。そんな者に限って、ろくすっぽ受持の仕事はしないで、誰よりも食事に早くやって来て、おまけに人の分まで平げてしまうのでした。そこで娘は手を見て、なまけ者を見分けることにしました。ごつごつした硬い手の人はすぐテイブルにつかせましたが、そうでない人は、食べ残しのものしかくれてやりませんでした。
年よった悪魔はテイブルにつきました。すると唖娘は、早速その手を捉えて、調べにかかりました。ところが手にはちっとも硬いところがありません。すべすべしていて、爪が長く延びていました。唖娘は唸りながら、悪魔をテイブルから引きはなしました。するとイワンのおよめさんが言いました。
﹁悪く思わないで下さい。あれはごつごつした手を持った人でないと、テイブルにはつかせないんです。でもちょっとお待ちなさい。みんなが食べてしまったら、後でその残りをあげますから。﹂
年よった悪魔はひどく気を悪くしてしまいました。王様の家うちで自分を豚同様に扱っているのです。かれはイワンに言いました。
﹁誰もかも手を使って働かなきゃならないなんて、お前の国でももっとも馬ば鹿か気げた律おき法てだ。こんなことを考えるのも言わばお前が馬鹿だからだ。賢い人は何で働くか知っているか?﹂
するとイワンは言いました。
﹁わしらのような馬鹿にどうしてそんなことがわかるもんか。わしらは大抵の仕事は手や背中を使ってやるんだ。﹂
﹁だから馬鹿と言うんだ。ところがおれは頭で働く方法を一つ教えてやろう。そうすりゃ手で働くより頭を使った方がどんなに得だかわかるだろう。﹂
イワンはびっくりしました。そして、
﹁そうだとすりゃ、なるほど私らを馬鹿だと言うのももっともだ。﹂
と言いました。
そこで年よった悪魔は言葉をつづけて、
﹁しかしただ頭で働くのはよういじゃない。おれの手に硬いところがないと言ってお前たちはおれに食たべ物ものをあてがわないが、頭で働くことはそれよりも百倍もむずかしいと言うことをちっとも知らない。時としちゃ、全く頭がさけてしまうこともある。﹂
イワンは深く考え込みまし﹇#﹁し﹂は底本では﹁じ﹂﹈た。
﹁ほう? じゃ、お前さん、お前さん自分自身でどうしてそんなに自分を苦めているんだね。頭が悪い時ゃ、気持はよくないだろうしね。それよりゃ手や背中を使ってもっと楽な仕事したらよさそうなもんだがね。﹂
しかし悪魔は言いました。
﹁おれがそんなことをするのも、みんなお前たち馬鹿どもがかわいそうだからだ。もしおれがそうしないと、お前たちゃいつまでたっても馬鹿だ。だが、おれは頭で仕事をしたおかげで、お前たちにそれを教えてやることが出来るんだ。﹂
イワンはびっくりしました。
﹁じゃ、わしらを教えてくれ。わしらの手が萎えしびれた時に、そのかわりに頭で仕事をするようにね。﹂
とイワンは言いました。
悪魔は人民たちに教えることを約束しました。そこでイワンは、あらゆる人たちに頭で働くことを教えることの出来る立派な先生が来たこと、その先生は手よりも頭でやる方がずっと仕事が出来ること、人民たちは残らずこの立派な先生に教わりに来てよく習わなければならないことだのを、ふれさせました。
イワンの国には一つの高い塔がありました。その塔には、てっぺんにまで登ることの出来る階段がついていました。イワンはすべての人民たちが顔をよく見ることが出来るように、その立派な紳士を塔の上へつれて行きました。
そこで、れいの紳士は、塔のてっペンに立って演説をしはじめ、人民たちはかれを見ようとして集まりました。人民たちはこの紳士が手を使わないで頭で働く方法を見せてくれるものと思っていました。しかし、かれはどうしたら働かないで生くら活しを立てて行けるかということを、くりかえしくりかえし話しただけでした。人民たちは何が何だか、ちっともわかりませんでした。人民たちは紳士を見、考え、また見ましたが、とうとうおしまいにはめいめいの仕事をするために立ち去りました。
年よった悪魔は塔のてっペンに一日中立っていました。それから二日目もやはりたてつづけにしゃべりました。しかしあまり長くそこに立っていたためにすっかりお腹を空すかしてしまいました。しかし、たれもが塔の上へ食たべ物ものを持って行くことなど考えもしませんでした。手で働くよりももっとよく頭で働くことが出来るとしたらパンのよういくらいはもちろんのことだと思ったからでした。
その次の日も、年よった悪魔は塔のてっペンに立ってしゃべりました。人民たちは集まって来て、ちょっとの間立って見ていましたが、すぐ去って行きました。
イワンは人民たちに聞きました。
﹁どうだな。少しゃ頭で仕事をしはじめたかな。﹂
すると人民たちは言いました。
﹁いいや、まだはじめません。先生あいかわらずしゃべりつづけています。﹂
年よった悪魔はまた次の日も一日塔の上に立っていましたが、そろそろ弱って来て、前へつんのめったかと思うと、あかり取りの窓の側そばの、一本の柱へ頭を打っつけました。それを人民の一人が見つけて、イワンのおよめさんに知らせました。するとイワンのおよめさんは、野良に出ているイワンのところへ、かけつけました。
﹁来てごらんなさい。あの紳士が頭で仕事をやりはじめたそうですから。﹂
とイワンのおよめさんは言いました。
﹁ほう? そりゃほんとかな。﹂
とイワンは言って、馬を向け直して、塔へ行きました。ところがイワンが塔へ行きつくまでに、年よった悪魔はお腹が空いたのですっかり元気はなくなり、ひょろひょろしながら、頭を柱に打ちつけていました。そしてイワンが塔へちょうどついた時、年よった悪魔はつまずいてころぶと、ごろごろと階段をころんで、その一つ一つに頭をゴツンゴツンと打ちつけながら、地べたへ落ちて来ました。
﹁ほう? やっぱりほんとだったな、人間の頭がさけると言ったのは。でも、こりゃ水みず腫ぶくれどころじゃない。こんな仕事じゃ、頭はコブだらけになってしまうだろう。﹂
とイワンは言いました。
年よった悪魔は階段の一ばん下のところで一つとんぼがえりをして、そのまま地べたへ頭を突っ込みました。イワンはかれがどのくらい仕事をしたか見に行こうとしました。――その時急に地面がぱっとわれて紳士は中へ落っこっちてしまいました。そしてそのあとにはただ一つの穴が残りました。
イワンは頭をかきました。
﹁まあ何ていやな奴だろう。また悪魔だ。大きなことばかり言ってやがって、きっとあいつらの親爺に違いない。﹂
とイワンは言いました。
イワンは今でもまだ生きています。人々はその国へたくさん集まって来ます。かれの二人の兄たちも養ってもらうつもりで、かれのところへやって来ました。イワンはそれらのものを養ってやりました。
﹁どうか食たべ物ものを下さい。﹂
と言って来る人には、誰にでもイワンは、
﹁いいとも、いいとも。一しょに暮すがいい。わしらにゃ何でもどっさりある。﹂
と言いました。
ただイワンの国には一つ特別なならわしがありました。それはどんな人でも手のゴツゴツした人は食事のテイブルへつけるが、そうでない人はどんな人でも他の人の食べ残りを食べなければならないことです。