内田百間氏は夏目先生の門下にして僕の尊敬する先輩なり。文章に長じ、兼ねて志しだ田り流うの琴に長ず。
著書﹁冥めい途ど﹂一巻、他人の廡下に立たざる特色あり。然れども不幸にも出版後、直に震災に遭へるが為に普あまねく世に行はれず。僕の遺憾とする所なり。内田氏の作品は﹁冥途﹂後も佳作必ずしも少からず。殊に﹁女性﹂に掲げられたる﹁旅順開城﹂等の数篇等は戞かつ々かつたる独創造の作品なり。然れどもこの数篇を読めるものは︵僕の知れる限りにては︶室生犀星、萩原朔太郎、佐佐木茂索、岸田国士等の四氏あるのみ。これ亦また僕の遺憾とする所なり。天下の書しよ肆し皆新作家の新作品を市に出さんとする時に当り、内田百間氏を顧みざるは何故ぞや。僕は佐藤春夫氏と共に、﹁冥途﹂を再び世に行はしめんとせしも、今に至つて微力その効を奏せず。内田百間氏の作品は多少俳味を交へたれども、その夢幻的なる特色は人後に落つるものにあらず。こは恐らくは前記の諸氏も僕と声を同じうすべし。内田百間氏は今早稲田ホテルに在り。誰か同氏を訪うて作品を乞ふものなき乎か。僕は単に友情の為のみにあらず、真面目に内田百間氏の詩的天才を信ずるが為に特にこの悪文を草するものなり。