本文溝渕ニ送りし状の草■御覧の為ニさし出ス︵朱筆︶ 先日入二御聴一候小弟志願略相認候間、入二御覧一候。小弟二男ニ生れ成長ニ及まで家兄に従ふ。上国ニ遊びし頃、深︵ふかく︶君恩の辱︵かたじけなき︶を拝し海軍ニ志あるを以、官︵か請んにこひ︶爾来欧︵マ心マ︶刻骨、其術を事実ニ試とせり。独︵ひ奈とりいかん︶せん、才踈︵おろそか︶ニ識浅く加︵し之かのみならず︶、単身︵四孤字消︶剣、窮困資材ニ乏︵とぼしき︶故に成功速︵すみやか︶ならず、然に略海軍の起歩をなす。是老兄の知所なり。数年間東西に奔走し、屡故人に遇て路人の如くす。人誰か父母の国を思ハざらんや。然ニ忍で之を顧ざるハ、情の為に道に乖︵もと︶り宿志の蹉︵さ躓ち︶を恐るゝなり。志願果して不︵なレらず就ん︶バ、復何︵な為んのため︶にか君顔を拝せん。是小弟長く浪遊して仕禄を求めず、半生労苦辞せざる所、老兄ハ小弟を愛するもの故、大略を述︵のぶ︶。御察可レ被レ下候。
十一月
頓首。
坂本龍馬