感謝すべき新東京年中行事

――第四回郷土舞踊と民謡の会・批判――

折口信夫





まづ演出に対して

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悲観せずに居られない日本の民俗芸術

青年館の事業に於てだけでなく、田舎を歩いて見ても常に感じる事であるが、日本の現在の民俗芸術の出発点が比較的近代にあり、而も、其本源が極めて単純で、今尚分化の過程の複雑でない事を思はせる事が屡である。殊に今度のものに於て一層此感が深められた様な気がする。合評会の席上で此事を話して、柳田先生から大分訓戒を戴いたが、どうも其気持ちは、やはり移らないで居る。大体に於て、念仏系統・万歳系統、此二つに分れ、而も其が近世の演芸者の演芸種目の関係上、混乱を来して居ると言つた、極めてものたりないと言はうか、寂しすぎると言はうか、当代の隠者、榎本其角でもあり、平賀源内でもあり、又、原武太夫でもあり、更に最適切には蜀山人を思はせる偉才兼常清佐先生をして、極端なる無視と残虐をホシイマヽにするにまかせるより外はないと言うた歴史的の事情があるのである。日本の民俗芸術をあまりに悲観しすぎると、柳田先生は仰言つたけれども、どうしても悲観せずに居られない。其程分化展開の程度が低いのである。此事に就いては、必兼常先生が同じ誌上で実証して居られる事と思ふが、実際否む事の出来ない事実なのである。

異彩を思はせた臼太鼓踊り


鹿()()()姿
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伊勢踊り・たゝら踊りと物忌生活の印象と

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たのむの神事から上覧踊りへの推移の跡


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民俗芸術史の立ち場から


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練道・立合の演劇化せる前と後と

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演芸種目の固定に対する打開



どつさり節と六斎念仏と










底本:「折口信夫全集 21」中央公論社
   1996(平成8)年11月10日初版発行
底本の親本:「折口信夫全集 第十七卷」中央公論社
   1967(昭和42)年3月25日発行
初出:「民俗芸術 第二巻第六号」
   1929(昭和4)年6月発行
※底本の題名の下に書かれている「昭和四年六月「民俗芸術」第二巻第六号」はファイル末の「初出」欄に移しました。
入力:門田裕志
校正:フクポー
2018年10月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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