一
一席申し上げます。お耳慣れました西洋人情話の外げだ題いを、松まつの操みさお美びじ人んの生いき埋うめとあらためまして…これは池いけの端はたの福ふく地ち先生が口うつしに教えて下すったお話で、仏フラ蘭ン西スの侠おと客こだてが節せっ婦ぷを助けるという趣向、原書は Bベuリrッiドedaエlラiイfフeという書名だそうで、酔った時はちと云い悪にくい外題でございますが、生きながら女を土どち中ゅうに埋うずめ、生埋めに致しましたを土中から掘出しまする仏蘭西の話を、日本に飜なおして、地名も人名も、日本の事に致しましただけで、前ぜん以てお断りを申さんでは解りませんから、申し上げまするが、アレキサンドルを石いし井いさ山ん三郎ろうという侠おと客こだてにして、此の石井山三郎は、相そう州しゅう浦うら賀がご郡おり東浦賀の新あら井いま町ちに船かい問せん屋どんやで名主役を勤めた人で、事実有りました人で、明和の頃名高い人で、此の人の身の上に能よく似て居りますから、此の人に擬なぞらえ、又カウランという美人をお蘭らんと名づけ、ヴリウという賊がございますが、是は粥かゆ河かわ圖ずし書ょという宝暦八年に改かい易えきに成りました金かな森もり兵ひょ部うぶ小しょ輔うゆう様の重役で千二百石を取った立派なお方だが、身持が悪くて、悪事を働きました事を聞きましたから、これを圖書の身の上にいたし、又マクスにチャーレという、彼あち方らに悪人がござりますからマクスを眞まく葛ずし周ゅう玄げんという医者にして、チャーレを千ちし島まれ禮いぞ三うという金森家の御おな納んど戸や役くにいたし、巴パリ里ーの都が江戸の世界、カライの港が相州浦賀で、倫ロン敦ドンが上かず総さの天てん神じん山やま、鉄道は朝あさ船ふね夕ゆう船ふねに成っておりますだけで、お話はすべて原あち書らの儘まゝにしてお聞きに入れますから、宜しく其そち方らでお聞分けを願います。金森家の瓦解に成りましてから、多く家来も有りましたが皆散り〳〵ばら〴〵になりまして、嫡子出いず雲もの守かみ、末の子まで、南なん部ぶだ大いぜ膳んだ大い夫ふ様へお預けに成りました。粥河圖書は年とし齢ごろ二十六七で、色の白い人じん品ぴんの好よい仁ひとで、尤も大禄を取った方は自然品格が違います。大だい分ぶ貯えも有りまして、白しろ金かね台だい町まちへ地面を有もちまして、庭なども結構にして、有ゆう福ふくに暮して居りました。眞葛周玄と云う医者を連れて、丁度十月十二日池上のお籠こもりで、唯今以て盛りまするが、昔から実に大した講こう中じゅうがありまして、法華宗は講中の気が揃いまして、首に珠じゅ数ずをかけ団うち扇わだ太い鼓こを持って出なければなりません様に成って居ります。粥河は素もとより遊山半分信心は附つけたりですから、眞葛の外に長ちょ治うじという下男を連れて、それに芳よし町ちょうの奴やっこの小こか兼ねという芸者、この奴というのは男らしいという綽あだ名なで、この小兼は厭いや味みの無い誠にさっぱりとした女で、芸が善よくって器量も好ようございます。それに客愛想も好よいから当時の流はや行りっ妓こで家うちには少しの貯えも有るという位、もう一人はその頃の狂歌師談だん洲しゅ樓うろ焉うえ馬んばの弟子で馬うま作さくという男、併しかし狂歌は猿さる丸まる太だい夫ふのお尻いどという赤あかッ下ぺ手ただが一いっ中ちゅ節うぶしを少し呻うなるので、それで客の幇たい間こを持って世を渡るという男、唯此の男の顔を見ると何となく面白くなるという可愛らしい男で、皆様が贔屓にして供に連れて歩くという、此の五人連で好いゝ天気でぶら〳〵と出掛けました。 馬﹁私わたくしは初めて来たので、尤もお宗しゅ旨うしで無いからだが何うも素敵で﹂ ときょろ〳〵する。両側は一面に枝えだ柿がきを売る家いえが並んで、其の並びには飴菓子屋汁粉屋飯屋などが居て、常には左のみ賑かではございませんが、一年の活くら計しを二日で取るという位な苛ひどい商いだが、実に盛んな事で、お参りの衆は皆首に珠数を掛けて太鼓を叩きまする。 馬﹁斯う何だか珠数と太鼓が無いと極りが悪いようで、もし珠数と太鼓を買おうじゃアありませんか、珠数というのを﹂ 圖﹁馬鹿ア云え、此の連中にそんな物が入いるもんか、入いらんぜ﹂ 馬﹁それでも何だか無いと形なりが極りませんから、兼ちゃんお待ちよ珠数を買うから…おい婆さん﹂ 婆﹁はい〳〵﹂ 馬﹁あの珠数は幾らだ﹂ 婆﹁はい〳〵其そち方らはなんで三分二朱でございます﹂ 馬﹁高いね、もう些ちっと安直なのは無いかね、安いので宜しい、今日一日の掛流しだから、安いのが好いい、安いのは無いかい、其そっ方ちの方のは幾らだ﹂ 婆﹁此こち方らのは白檀ですから一両二分で﹂ 馬﹁ひゃア篦べら棒ぼうに高い〳〵、もっと安いのは無いか、此こっ方ちのは﹂ 婆﹁これは紫した檀んですから二分で宜うございます﹂ 馬﹁まだ高い〳〵、おいほんの間に合せにするのだから﹂ 婆﹁そんなら梅と桜に遊ばせ﹂ 馬﹁それは安いかい﹂ 婆﹁六百文でございます﹂ 馬﹁妙々梅と桜で六百出しゃ気儘か、宜しい…皆みな様さん先へ入らっしゃい…じゃア婆さん此こ金れで﹂ 婆﹁生あい憎にくお釣がございません、お気の毒様で、何うかお端はし銭たがございますなら﹂ 馬﹁じゃア斯うしよう、お参りをして来るからそれ迄に取替えて置いてお呉れ﹂ 婆﹁はい畏かしこまりました﹂ と婆ばゞあは金を受取り珠数を渡します。馬作は珠数を首に掛け、 馬﹁そんなら婆さん屹きっ度と頼んだぜ、さア此こい奴つが有りゃア大威張だ、時に兼ちゃん何うです大変な賑いですねえ、今日のお賽銭は何どのくらい上りましょう、羨うらやましいね私もお祖そし師さ様まに成りてえ、もしあんな別嬪なぞに拝まれてね﹂ 兼﹁馬鹿アお云いな勿体ない﹂ 馬﹁さア来た〳〵﹂ と本堂に上り柏手をポン〳〵。 馬﹁いや柏手じゃア無かった粗そゝ忽っかしくッて宜いい、南無妙法蓮華経〳〵〳〵南なア無ん妙めウ法蓮華経もし一ちょ寸っと様子が好いいじゃアありませんか別嬪ばかりずうっとさ、色気の有る物にゃア仏様でも敵かないませんね、女がお参りに来なくっちゃアいけません、何うも鼻筋の通った口元の締った所とこは左さだ團ん次じに似て、顋あごの斯う…髪はえ際ぎわや眼の所とこは故人高たか助すけにその儘で、面おもざしは團十郎にすっぱりで、あゝありゃア先さっ刻き遇あった﹂ 兼﹁何を云ってるのだえ騒々しいねえ﹂ 馬﹁何さお祖師様のお顔の事さ﹂ 兼﹁お祖師様のお顔に先さっ刻き遇ったかえ﹂ 馬﹁いえ何さ…扨さて忠ちゅ二うじもお蔭様で一度にふッ切りまして漸く歩けるように成りましたから、お礼に一ちょ寸っと是非上らなくッちゃアならんと申しましたが、生あい憎にく今日はお約束がございまして、それで私わたくしが言こと伝づてを頼まれて参りました宜しく申し上げて呉れと申しました﹂ 圖﹁これ〳〵馬作何を云うのだ﹂ 馬﹁いえさ、私わたくしの友達がお祖師様の御ごり利や益くで横根を吹っ切りましたから、其のお礼のことづかりを云ってる処で﹂ 皆々﹁アハヽヽヽ﹂二
これから元もと名なむ村らの所へ来ると丹たん波ば屋やという茶漬屋がありますが、此こ処こも客が一杯で彼あれから右へ切れて、川崎へ掛る石橋の所、妻つま恋ごい村むらへ出ようとする角に葭よし簀ずっ張ぱりが有って、其の頃は流はや行りました麦藁細工で角兵衛獅子を拵こしらえ、又竹に指さした柿などが弁慶にしてあります。床しょ几うぎには一ちょ寸っと煙草盆があって、店の方にはに捻ねじ鉄かね松まつ風かぜに狸たぬきの糞くそなどという駄菓子が並べてございます。唯今茶を汲んで居る娘は年が十八九で、眼元が締り、色くっきりと白くして豊しも頬ぶくれの愛敬のある、少しも白おし粉ろい気けの無い実に透すき通とおる様な、是が本当の美人と申すので、此の娘が今襷たす掛きがけで働いて居ります、余あんまり美しいから人が立停って見て居る様子。 馬﹁もし旦那一ちょ寸っと御覧なさい、素晴しい別嬪で、御覧なさいあの何うも前掛などが垢染みて居るが何うも別嬪で﹂ 圖﹁成程是は美人だ﹂ 馬﹁木き地じで化粧なしで綺麗だから、何うも得て何処か悪い所とこの有るもんだが、こりゃア疵きず気けなしの尤えらい玉で﹂ 周玄は中々の助平だから先刻から途みち々〳〵女を見て悦んで居る所へ、 馬﹁先生何うです彼あの娘は見事じゃアありませんか﹂ 周﹁はゝア成なアる〳〵いやこれは美人、こりゃア恐入った代しろ物ものだ、もし彼あの床几に腰を掛けてる客ね、茶は呑みたく無いが、あの娘を見たい計りで腰を掛けて居ますわ、実に古今無類の嬋せん妍けん窈よう窕ちょうたる物、正に是れ沈ちん魚ぎょ落らく雁がん閉へい月げつ羞しゅ花うかの粧よそおいだ﹂ 馬﹁はゝ当とう帰き大だい黄おう芍しゃ薬くやく桂けい枝しかね、薬の名のような賞ほめ方だからおかしい、何しろ一ちょ寸っと休んで近くで拝見などは何うでげしょう﹂ 皆々﹁それがよかろう﹂ 馬﹁はい御免﹂ 娘﹁入らっしゃいまし﹂ ︵先から居る客︶﹁こりゃア大きにお邪魔を致しやした、どれ出掛けましょう﹂ 娘﹁まア御ごゆ緩っくりと遊ばしまし左様なら有難う﹂ 馬﹁旦那御ごろ覧うじろ今の三人連づれは顔附でも知れるが皆みんな助平連れんで、此こ家この娘を見たばっかりでもう煙草入を忘れて往いきましたぜ﹂ 圖﹁そりゃア困るだろう、返して遣んな﹂ 馬﹁返せたッて此の人込の中で知れやアしません、へゝゝゝこりゃアお祖師様から私わたくしへの授かり物で、有難い、いえさ、向むこうでもこの人込の中だから気が附きゃア仕ません、忘れて居ますわ﹂ と懐の中へ入れる。 圖﹁止せといえばよ、手前お祖師様の罰ばちが当るぜ、止しなよ﹂ と云う所へ前の客はきょろ〳〵眼まなこで遣って来まして、 客﹁只今此こ処ゝへ煙草入を忘れましたが後あとで気が附きましたので、もし此処にゃア落ちていませんでしたか﹂ 馬作は不ふし性ょう無ぶし承ょうに懐から煙草入を出しまして、 馬﹁はい今追おっ懸かけて返して上げようと思って居たが、是ですか﹂ 客﹁へいこれでございます、有難うございました、いえも詰らん煙草入ですが途中で煙草が無いと困りますから、左様なら有難うございます﹂ とずいと往ってしまう。馬作は後あとで口を明いて向むこうを眺めて、 馬﹁あゝあれだ、取りに来きようが余あんまり早い取りに来ようだ﹂ 圖﹁狡ずるい事をするとつまり損をするぜ﹂ 馬﹁損をするってえ旦那是迄私わたくしは何にでも損をした事はございません、そりゃアもう、からッきし酔ってお座敷を勤めてもね、物を忘れた事はありません、そりゃアもう其そ処こらに有る物を何でも拾って袂へ入れてね、お肴でも何でも構やア仕ません、それだから家うちへ帰るとね何い時つでも手拭の八本位袂から出るので、そりゃア実に慥たしかなもので…いや待てよ…あゝ珠じゅ数ずの釣つりを取るのを忘れた﹂ 圖﹁はゝゝゝそれ見ろ、直すぐに罰ばちが当った﹂ 馬﹁いや忌いめえましい、時に兼かねちゃんは何うしたろう、まだ来ねえ、だが旦那あの妓こぐれえ買かい喰ぐいの好きな妓はありませんぜ、先さっ刻きも大きな樽柿と蒸ふかし芋を両方の手に持って、歩きながらこう両方の喰くい競くらべを為しながら…あゝ来た〳〵…兼ちゃあん此処だ〳〵、あんまり遅いから待って居たので﹂ 兼﹁おや左そ様う、今頼まれた物を買ってる中うち遅くなったの﹂ 馬﹁頼まれ物だと、なんだ串柿かね、おい姉ねえさんお茶をおくれ﹂ 茶碗も沢たん山とはございませんから、お客の帰る傍から其の茶碗を洗ってしとやかに茶を汲んで出す。 娘﹁貴方お茶をお上り遊ばせ﹂ と出すのを見ると元小兼の主しゅ方うかたの娘で、本多長門守様の御家来岩瀬某なにがしと申し、二百石を頂戴した立派な所のお嬢様で何う零おち落ぶれてこんな葭よし簀ずっ張ぱりに渋茶を売って居るかと、小兼はじっと娘の顔を見詰めた切り、暫くは口もきけません。 兼﹁お嬢様まア何うなすった﹂ 娘﹁兼や誠に面目次第も無い、お母っか様さまと私と一昨年からこんな業わざをして﹂ 兼﹁ほんにまアねえ、私わたくしも御存じの母が亡くなりまして其の亡くなる前にも、何うぞして入らっしゃる所が知れ無いかと申して、何うか尋ねて御恩に成ったお礼を申してと、もう此こな方たに斯うやって入らっしゃる事が知れゝば、及ばずながら疾とうにお力にも成って上げましたものを、もう此こな方たに入らっしゃるとは知りませんもんですから…本当にまア好よく……馬作さん何だって勿体ない、お嬢様にお茶など戴いて好いい気になって、彼あっ方ちへお出でよう﹂ 馬﹁だって茶店の姉さんに此こっ方ちから茶を汲んで出す奴が有るものか﹂ 兼﹁こりゃア私の御主人様だよう﹂ 娘﹁お母っか様さま兼が参りましたよ、一ちょ寸っとお逢い遊ばせ﹂ 破れた二枚屏風の中に年齢五十五六の老母、三年越し喘息に悩みこん〳〵咳をしながら、 母﹁兼や誠に暫く﹂三
兼﹁御新造様誠に御無沙汰致しました﹂ 母﹁まだお前が十五六の時分に逢った切りで、それから三年振で今日逢うと、一ちょ寸っと見ては話も出来ない位見忘れる様に大きく成ったのう、人の噂に大層働きの好よい芸者になったとは聞いたが、お前は一体親孝行で母を大事にしたが、旦那様もお前は感心だ、あゝいう芸者などには似合わぬ者とお誉ほめなすったが、是も孝行の徳だ、私は又斯こんな姿になるまで零おち落ぶれました﹂ 兼﹁もう唯今お嬢様にも左そ様う申すので、何どうかして何ど処こに入らっしゃるか知れ無い訳もあるまいと尋ねましても何うしても知れませんので、慥たしか何い時つぞや三み田たに入らっしゃる様子を聞きましたが﹂ 母﹁三田の三角の所とこの詰らない所ところに引ひっ込こんで、それから此こっ方ちへ便たよって来て、誠に私も三年越し喘息で、今にも死ぬかと思うが死なれもし無いで、早く死んだら娘あれにも却かえって楽をさせる様に成ると思って居るばかりで、此の節此こっ方ちへ来て麦藁細工を夜なべに内職して、夜寝る眼も寝ずに娘あれが大事にしてくれるから、それ故私も斯こうやって命を繋いで居るばかりで、お前に遇あっても何一つ遣る事も出来ないで﹂ 兼﹁何う致しまして飛んだ事を、私わたくしももう何です、有難い事に皆様が贔ひい屓きにして下すって、明あし日たももうお約束でいけませんが、明あさ後っ日ては屹きっ度と此こち方らへお尋ね申します、お力に成るという訳にも参りますまいが、母の遺言もございますし、何うぞ気を落さずに気を確しっかりとなすって居て下さいまし、これは誠に少しばかりですが﹂ と合がっ切さい袋ぶくろから小粒を二つばかり出しまして、 兼﹁これはほんの私わたくしの心ばかり何うか何ぞ召めし上あが物りものでも﹂ 母﹁そんな心配しないでも好よい、私はお前に何ぞ上げようと思って居るに却かえって貰っては﹂ 兼﹁いゝえほんの心ばかりで、生あい憎にく今日は持合せがなんですから又出直して参ります、本当に能よくねえ斯んな所とこにお住いで﹂ 馬﹁兼ちゃんお出掛に成りましたよ、行ゆくよ﹂ 兼﹁先へお出でよ、直すぐに行いくから﹂ 名残り惜しいから何かぐず〳〵して﹁何いずれ又﹂と小兼は出掛けます。娘も見送りながら葭よし簀ずっ張ぱりを出ようとすると、川崎道から参りましたのは相州東浦賀の名主役石井山三郎で、連れて参った男は西浦賀の江えど戸や屋は半ん治じ、ちょっと競いな肌せな男で、これは芳よし町ちょうの小兼と疾とうより深い中で、今は其の叔父の銚子屋へ預けの身の上、互に逢いたいと一心に思って居るところ、 兼﹁おや半ちゃん、おや旦那誠にお久し振、何うしなすったか一ちょ寸っと御機嫌伺に上りたいと思っても船が嫌いなもんですから、此こ処ゝでまアお目に懸るとは本当に思い掛けない訳で﹂ 山﹁実に此処で遇あおうとはなア、兼公、半公もお前めえに逢いてえだろうが出られねえ首尾で、今日は漸く暇を貰って出て来たが、直ぐお前めえの所とこへも往いけねえというのは何分世間を憚はばかる訳で﹂ 兼﹁まア何でも好いい、嬉しいねえ、此処で旦那にお目に懸るとは本当に馬作さん御ごり利や益くで﹂ 馬﹁さて旦那誠に暫く、もし早速だが聞いてお呉んなせえ、兼ちゃんはお宗旨では無かったのを此の節半ちゃんに逢わして下さいッて、それからの信心でね、今日もお参りに往いくから一緒に往いこうとッて兼ちゃんのお供で﹂ 山﹁そりゃア好いいがお客が先へ往った様子だ、早く往いきねえ﹂ 馬﹁なアに彼あれは二三度遇った客で、なにさ一向訳の分らん奴で、途中で落合ってはッ直すぐさまお供という様な訳ですから、此処で旦那にお目に懸れば直すぐに馬の乗のり替けえお客の乗のり替けえてえ奴で、実に此処でお目に懸るたア有あり難がてえね、もし今もね兼ちゃんがお祖師様を拝むのを傍で聞いてましたが、あの混雑する中で半ちゃんに〳〵半ちゃんに〳〵というのが能よく聞えるのでこれは何うしても是ぜっ非ぴ両方からお賽銭を取るので、旦那今日はずうっと川崎泊りでしょう、今夜は藤屋へ泊って半ちゃんに逢わして遣って下さい﹂ と馬作はのべつに喋って居ります。山三郎は其の話を聞きながし、心ともなく今小兼の出て来た葮よし簀ずッ張ぱりの中を見ますると十八九の綺麗な娘、思わず驚きまして、 山﹁美しい娘だのう﹂ 兼﹁旦那あれは私の旧もとの御主人様ですから、お願いで、何うぞ休んで沢たん山とお茶代を置いてッて下さい﹂ と半治と二人を家の中へ突込む様にして、馬作を連れて出て往って仕舞いました。 山﹁能よく慣れない事が出来ますね﹂ 娘﹁はい誠に慣れませんで、お客様へ前後して間違っていけません﹂ といううち屏風の内でこん〳〵こん〳〵咳入りまして、今にも死ぬかと思う程に苦しく見える喘息で、娘はお客にも構わず飛んで往ゆきまして、撫でたり胸を押えたり介抱する様子を、山三郎は見て居りましたが、孝心面おもてに現われてなか〳〵浮気や外み見えでする介抱でございません。 山﹁成程此の介抱は容易に出来ない介抱だ、感心な娘だのう半治、客にも構わず夢中になって母親を一生懸命に看病するが、あれはなか〳〵出来るもので無い﹂ と頻しきりに感心して見て居りまする。四
山三郎は娘の老母を看病する体ていを感心して見て居りましたが、咳も少し止った様子。 山﹁姉さん治おさまったかえ﹂ 娘﹁はい有難うございます、もう少し立ちますと治おさまります、もう恟びっくり致しました﹂ 山﹁さぞお母っかさんはせつのうございましょう﹂ 母﹁誠に失礼でございますが、お客様を置きまして介抱いたしますが、もう咳込んで参りますと今にも息が止るかと思いますくらいでございます、寒くなりますと昼夜に四五度たびぐらい咳込みますから﹂ 山﹁さぞお困りで有ろう、併しかし感心な娘御で、お前さんは好よい子を持ってお仕合せで﹂ 母﹁はい、もう此の娘この手一つ計りでございます、是から又寒くなりますと、夜分寝ずに咳きますので誠に堪こらえかねます、寧いっそ一ひト思いに死んだら此の娘こも助かると思いますけれども、死ぬにも死なれませんしねえ貴あな方た﹂ 山﹁そんな弱い気を出してはいけません、何か外ほかに別段親類も何も無いのかね﹂ 母﹁はい﹂ 山﹁唯お前さんと此のお娘こさん切きりかね、私は田舎者で相州東浦賀の者で、小兼に聞けば能よく分りますが、入らざる奴と思し召すかは知りませんが、年も往いかん娘御が彼あの介抱をなさる様子、実に孝心で、私は始めてお目に懸ったが、中々親孝行という事は出来ないもので、心しん底そこから感心しました、真実の処を申すが、女ばかりで別に親類もなく相談する処も無くってお困りの節は、見み継ついで上げますから、小兼に話して手紙の一本も遣よこしなされば直すぐに出て来て話相手にも成りましょうから、お心置なく小兼にまで一ちょ寸っと言こと伝づてをなさるよう﹂ 母﹁有難うございます、御親切様に、彼あれの母は私わた共くしどもへ勤めて実じつ銘めいな者で、それも亡なりましたそうですが、それでも彼が芸者とか何とかで母を養いまして、商売柄に似合わない親切者で、何うか贔ひい屓きにしてお遣やり遊ばして﹂ 山﹁誠に少ないがお母っかさんに此こ金れで何ぞ温あったかい物でも買って上げて﹂ と紙入を出して萠もえ黄ぎき金んら襴んの金入から取出しました、其の頃はガクで入って居りますから、何十両だか勘定の分らん程ざくりと掴つか出みだして小こぎ菊くの紙に包み、 山﹁少すこ許しばかりですが、もう行きますからお茶代に﹂ と出して出掛けまする。 娘﹁これはまア沢山に有難うございます、もしお母っかさん兼がお茶代を心附けて呉れましたから、彼あの方が沢山置いてって下さいました、大変掴んで﹂ 母﹁左そ様うかえ、お前が私を孝行にするから御祖師様の御ごり利や益くで此のお銭あしも﹂ と開けて見ると中は金きんで十両許ばかり、其の頃の十両ですから恟びっくりして 母﹁おやまアお金だよ﹂ 娘﹁ほんとにまアこんなに沢山、御親切な方ですねえ、彼あん様なに仰しゃって、浦賀の者だから手紙をよこせとまで仰しゃって有難い事ですねえ、まアお母っかさん少し落着いたらお粥でもお上り遊ばせ、どれお夕ゆう飯はんの支度を為しましょう﹂ と娘は右の金を神棚へ上げ、その中うち暗くなるから彼あち方らこ此ち方ら片付けるうちぽつーり〳〵と降出して来ました。日ひぐ癖せの所せ為えか、今晴れたかと思うとどうと烈しく降出して来て、込合います往来もばったりと止りました。娘は辺あたりを片附けようと思うと縁台の上に萠もえ黄ぎき金んら襴んの結構な金入が乗って有るから、 娘﹁おやお母っかさん大変な事を為すった、あの先さっ刻き沢山お心附を下すった旦那様が、お金入を忘れて入らっしゃいましたよ、中には余よっ程ぽどお金が有りますが嘸さぞお困りでございましょう、彼あの方の事ですから外にもお貯えはありましょうが、兎に角私わたくしがお宿迄お届け申しましょう﹂ 母﹁それでもお前、お宿は浦賀だと仰しゃったが﹂ 娘﹁いえあの今夜は川崎の本もと藤ふじへ泊るからとのお話を聞きましたから、小兼も慥たしかそこへ往いく様子ですし、ひょっとお差さし支つかえでも有るとお気の毒ですから、ちょっくり川崎まで行って参ります、それに雨は降るし日は暮くれるし、もうお客も有りますまいから心配しないで留守をして居て下さい、少しの間に往って来ますから﹂ と母の枕元に手当をして、両りょ褄うづま取って、小風呂敷に萠黄金襴の金入を包み、帯の間へんで戸を開けて出ようとすると、軒下に立って居る武さむ士らい、雨具が無いから素すは跣だしで其の頃は雪駄でありますから、それを腰にんで戸に倚より掛って居る。 武﹁これはお邪魔で、なに拙者雨具を持たんで少し軒下を拝借して﹂ 娘﹁それはお困りさまで、中へ入ってお休み遊ばせ﹂ 武﹁姉ねえさん此の降るのに何ど処こへお出でだ﹂ 娘﹁私わたくしはあの六郷の方まで参るので﹂ 武﹁六郷の方へ行ゆくのなら幸いだ、拙者もこれから参るのだから一緒に行ゆこう﹂ 娘﹁私わたくしは急ぎますから﹂ と不気味だからそこ〳〵に挨拶して行ゆき過ぎますと、武さむ士らいはピシャ〳〵供の仲ちゅ間うげんと一緒に跡を追って来る。此こち方らは弥いよ々〳〵変だと思いますから早足にして、あれから堤つゝ方みかたを離れて道みち塚づかへ出て、徳とく持もち村むらの霊れい巌がん寺じを横に見て西にし塚づか村むらへ出る畑中の小高い処、此こな方たは藪やぶ畳だゝみの屏風の様になって居る草原の処を通り掛ると、﹁姉ねえさん待ちな﹂と突いき然なり武さむ士らいが後うしろから襟えり上がみを掴つかむから﹁あれー﹂と云う中うちに足首を取って無理に藪やぶ蔭かげへ担かつぎ込み﹁ひッひッ﹂というを引ひっ□し、仲ちゅ間うげんは此の間まに帯の間にんで有りました彼かの金かね入いれを引ひっ奪たくり﹁是を盗とられては私わたくしが﹂といううち武さむ士らいは□□って怪けしからん振舞をしようとする処へ通り掛った一いち人にんは粥かゆ河かわ圖ずし書ょで、傍はたから見兼て飛んで入いり、突いき然なり武さむ士らいの襟上取って引倒し、又仲ちゅ間うげんをやッと云って放り出した。仲ちゅ間うげんは仰あお向むけになって見ると驚きました。傍かたわらに一本ぽんの品格の好いい男が佇たゝずんで居るから少し怯おくれて居ました。 圖﹁何だ手てま前えは、何をする、斯様なる怪けしからん事をして何と心得て居る、何だ此の女を辱はずかしめんとするのか、捨置き難い奴だが今こん日にちは信心参りの事だから許す、行ゆけ〳〵﹂ 仲﹁なんだ、行ゆけとはなんだ、人をいきなり投げやアがッて、此の野郎叩ッくじくぞ﹂ と云ううち今一人の武さむ士らいは引抜いて切って掛る、無むざ慙んに切られるような圖書でない。処へ眞葛周玄が駈けて来るという、一ちょ寸っと一息して後あとを申上げます。五
西塚村で孝女お蘭が災難に遇あいます処へ、通り掛った粥河圖書が、悪わる武ざむ士らいを取って投げまする、片かた方〳〵はなか〳〵きかん奴で、大胆不敵の奴で長い刀を引抜いて切って掛る、切られるようなる人で無いから、粥河圖書は短かな二尺三寸ばかりの刀をもって、胸むね打うちにしてどーんと打込むと、彼かの者は切られたと思い、腕前に恐れてばら〳〵〳〵下男諸共転がるように、田たん甫ぼ畦あぜ道みちの嫌いなく逃延びる。所へ、少し後おくれた眞葛周玄は駈付けて、 周﹁何どういう訳か分りませんが、まア宜いい塩あん梅ばいに此の娘こに疵きずが付かないで、おや此の娘こは先さっ刻き茶店に出て居たあの石橋の際きわの、何うしてまアこんな処へ﹂ 娘﹁はい有難うございます、思い掛なく旦那様が好よい所へお通り掛りで、厭な人が後あとから附いて来て川崎まで道連になると申しますから、私わたくしはぎょっとして逃げようと思いますと、出しぬけに後うしろから抱付かれ、殺されようとする処をお助け下すって誠に有難うございます﹂ 周﹁まア〳〵怪我が無くって宜よかった併しかし何か取られはせんかえ﹂ 娘﹁はい誠に済まない事を致しました、私わたくしの店へお休みなすったお方が忘れ物をなすって、それをお届け申しましょうと川崎の藤屋まで参ります途中で、お金の入って有る物を只今の悪者が帯の間から持って逃げました﹂ 周﹁金入には多分に入って居たのかえ﹂ 娘﹁はい﹂ 周﹁そのくらいなものはまア宜いい、金ずくには替えられないお前の身に怪我さえ無ければ宜よろしい、それは先方へ話して金高が分りさえすれば何うにでも成る此こ処ゝを通り掛ってお助け申した以上は…何さそれは多分でも有るまいから、此処においでになる大たい夫ふが如いか何よ様うとも致して進ぜられる、何しろお家うちまで送ってからの事、それからお話は家うちへ往って内訳話に致しましょう、ねえ大夫それが宜いいじゃア有りませんか﹂ 圖﹁それも左そ様うだ、それじゃア宜よろしき様に﹂ 周﹁それは僕の胸中に心得て居りますから﹂ と両人が娘の後あと先さきに附添って茶店へ帰って来ました。 娘﹁お母っかさん飛んだ災難に逢って帰りました﹂ 母﹁なに災難に逢ったと、どんな災難に、だから云わない事じゃア無い﹂ 娘﹁悪わる武ざむ士らいに掴つかまって私わたくしはもう殺される処を、通り掛りの旦那様に助けられて、そして其の方は先せん刻こくお休みなすったお方で﹂ 母﹁おやまア飛んだ事、貴あな方た何うも何ともお礼の申し様もございません、見苦しゅうございますが何どう卒ぞ此こち方らへ﹂ 周﹁はい〳〵さア大夫此こち方らへ、扨さて私は先刻此処へ休んだ者で、処が此こな方たのお嬢様が強ごう□に遇おうという処を斯こうやって計らずもこうお助け申すというも何ぞの縁で、お母っかさん私は眞葛周玄という無骨者で、此の後ごは何なに卒とぞ別懇に、扨実は先刻此こな方たへお寄り申して、小兼とのお話を段々承ったが、あの小兼は大夫が長らくの間の御ごひ贔い屓きで、それから様子を聞きましたが、どうか前は本多長門殿の御家来だそうで﹂ 母﹁はい、申すも面目ございませんが、元は岩瀬と申し、少々はお高も戴きました者でございますが、金森様の事に付いてお屋敷は不首尾となり、殿様へ種しゅ々〴〵御意見を申し上げ、諫かん言げんとかをいたしたので重役の憎みを受け、御おい暇とまになりましたが、なんの此の屋敷ばかり日は照らぬという気性で浪人致し、其の後のち浪ろう宅たくにおいて切腹いたし、私わたくしもそれから続いての心配が病気になって﹂ 周﹁へゝえそれははやお気の毒な訳で、就ついては嬢さんをお助けなすった大夫は、身柄は小兼にお聞きになれば分りますが、前ぜん々〳〵は今お話しの金森家の重臣で、千石余あまりをお取り遊ばしたお方で、主しゅ家うかは彼あの通りの大変で、余儀なく只今は白金台町にお浪宅ではありますが、お貯えが有って、何一つ御不足の無いお身の上で、お庭なぞも手広く取って極ごくお気楽のおくらしですが、以前と違いお手てず少くなで、只今以もって御ごし新ん造ぞが無いので何うか一人欲ほしいと仰しゃるので、僕も種いろ々〳〵お世話を申して、好よいのをと思うが、扨さて何うも長し短しで丁度好いと云うのが無いもので、今の身の上は町人と交つき際あいもする身の上だがまさか町人と縁組をするも嫌いやだし、何か手てさ捌ばきも出来るような柔和な屋敷者で、遊ばせ言葉で無ければと仰しゃる、そうかと云って不ふき器りょ量うでもいかんし、誠に僕も殆ほとんど閉口いたす、処が先刻此の店へ腰を掛けて御息女を見られた処が、殊ことの外ほか御ぎょ意いに入いって何うかあれをと仰しゃる、尤もっともお母っかさんぐるみお引取申しても宜しい訳で、実は小兼に一ちょ寸っと其の橋渡しを頼もうと思っているうち、他に客でも出来たか逃げたので、甚だ失敬だが僕が打ぶっつけにと立戻って来る途中で、前の始末で助けて上げたは、是も全く御縁だから、何どう卒かお母さん得心して速すみやかに承諾して下さい、僕が媒なこ介うどする、お聞きゝ済ずみなれば誠に満足で、何うか平ひらに御承知を願いたい﹂六
母﹁はい、思おぼ召しめしの段は誠に有難うございますが、何どうも只今の身の上では、貴方方の様な立派な処へ参られもしませんし、それに身みな丈りこそ大きゅうございますが、誠に子供の様でございますから、世間知らずで中々もう立派なお家うちの御ごし新ん造ぞになるなどは出来ませんので﹂ 周﹁あれさ、そんな事を仰しゃっても其れはいかん、貴方のお目から左そ様うでもあろうが、其そ処こがさ、それ、御相談で段々習おうよりは慣れろで、下世話でも能よく云う事で習って出来ない事はない、何でも為すれば出来ますから﹂ 母﹁有難うございますが、此の事ばかりは当人が得心しませんでは親の一存にもゆきませんから、篤とくと考えて娘とも相談の上御挨拶致しますから、四五日何うかお待ちなすって﹂ 周﹁四五日などと云って、承われば置忘れた人の金入とかを届けようとて、途みちで災難に遇あって、それを向むこうへ掛合って上げようと心配して居るくらいな所﹂ 母﹁お前何かえ、彼あれを盗まれたのかえ﹂ 娘﹁はい、飛んだ事を致しました、担かつがれて行ゆく時、帯の間にんで居りましたのを、仲ちゅ間うげ体んていの者が手を入れて抜出して持って往ゆきました、何うしたら宜ようございましょう﹂ 母﹁えゝ其れを奪とられては﹂ 周﹁それも大夫が其の金を向むこうへ償まとって、さのみ大した事でも有りますまいから、それを此こち方らで整ちゃ然んとして、いえさ誠に失敬だが、それは大夫の方で何どの様ようにも致されようから、そんな事は心配なしに、相談は早いが宜よろしい、何でも命を助けた恩人が頼む事だから、貴方の方でも嫌いやとは仰しゃれまい、殊ことに結構な事で、此の上も無く目め出で度たい事で、何うか早そう々〳〵結納を取とり交かわして、いえも善は急げで早い方が宜よい、早いがよろしい、妙だ、先刻菓子を包もうと糊入を買おうと思ったら、中ちゅ奉うぼ書うしょを出したから買っといたが、こゝに五枚残って居る、妙だ、硯すゞ箱りばこがある、早速書きましょう、えゝ目録は何なんで、帯代が三十両、宜しい、昆こん布ぶ、白しら髪が、扇、※するめ﹇#﹁魚+昜﹂、U+9C11、22-2﹈、柳やな樽ぎだる宜しい﹂ と無闇に書立て、粥河圖書の眼の前で名前を書いて彼あち方らへ此こち方らへと遣やり取とりをさせました。母親は恩人だから厭とも云われず、娘は唯もじ〳〵して居る。周玄は結納を取とり替かわし無理無体に約定を極きめて、 周﹁兎も角明朝僕が又上ります﹂ と独りで承知して帰りました。扨さてお話は二つになりまして、川崎の本藤にては山三郎半治小かね馬作の四人が一つの座敷で、 馬﹁何うも今日ほど不思議で、何だか嬉しくって成らねえ事こたア無ねえね、もし旦那忘れもしない六年跡あとのお祭で、兼ちゃんが思い切ってずうっと手てこ古ま舞いになって出た姿が大おお評ひょ判うばんで、半ちゃんがその時の姿を見て岡おか惚ぼれをして、とうとう斯こうなったが、兄さんが固くってお家うちを不か首ぶ尾って居るうち、兼ちゃんが独りで見み継ついで居るなあんて、本当に女の子に可愛がられて遊んで居るなどは世の中に余り類が有りませんぜ、え、鰻、これは結構、有難く頂戴﹂ 山﹁師匠相替らず延のべ続つゞけだのう、どうもサ師匠の顔を見ると自ひと然りでに可笑しくなるよ﹂ 馬﹁私わたくしも貴方のお顔を見るとせい〳〵しますよ、何うか何い時つまでもお顔を見て居てえ﹂ 山﹁時に先さっ刻き休んだ茶店の娘むすめの、彼あれは好いい娘こだのう﹂ 兼﹁好いい娘こだって貴方彼あれは二百石も取った岩瀬主水様と云う私わたくしのお母ふくろが勤めたお屋敷のお嬢様で、お運が悪いので、殿様のお屋敷に騒動が出来て、旦那様は…半元服したような名は何なんてえのですかねえ…そら意見する事は﹂ 山﹁諫かん言げんか﹂ 兼﹁腹切はなんてえの﹂ 山﹁切腹か﹂ 兼﹁そう〳〵旦那様が、その半元服をなすったもんだから、到頭あんなに零おち落ぶれてしまったんですが、それでもお嬢様があゝ遣やって彼あん様なに親孝行をなさるんですよ、だがあんな扮な装りをして入らしっても透すき通とおるような好いい御器量で﹂ 山﹁己もまだ彼あの位好いい女を見たことがねえ﹂ 馬﹁新井町の旦那が見た事が無いと云うが、本当に彼あのくらいの娘むすめは少ねえ、併しかし彼の娘の方でも旦那に気のあった筈で、十両ばかり少ねえよとざっくり置いたというから、定めし気がありましたろう﹂ 山﹁師匠じゃアあるめえし金を見て気のある奴が有るものか、おゝそれで気が付いた、此こ家こへ祝儀を遣らなくっちゃアいかん、おい半治包んで﹂ と金入を出そうと思って、ふと懐中を捜さぐりますと無いから、 山﹁オヤ金入を落したか、こーと、あ先さっ刻き彼あの娘の所へ心附けた時紙入から出したが、包んで遣った儘まゝ忘れて来た﹂ 馬﹁そりゃアおいねえ事をしました、余よっ程ぽど有りましたろう﹂ 山﹁なに些ちっと計ばかりさ、二十両も有ったろう﹂ 馬﹁そりゃア大変だ、私わたくしが取って来ましょう﹂ 山﹁宜いいわ、失なくなる時にゃア失るから大騒ぎやって行かなくっても宜い、彼あア云う親孝行の娘こだから有りゃア取って置いて呉れる﹂ 馬﹁そりゃア左そ様うですが、親孝行でも兼ちゃんの前じゃア云い悪にくいが人間の心は変り易やすいから﹂ 山﹁お前とは違うよ﹂ 馬﹁それでも知慧附ける奴が有りますからねえ﹂ 山﹁宜いいよ、まだ掛かけ守まもりの中に金が有るから遣って呉れ﹂ と総そう花ばなでずらりと行ゆき渡ります。 山﹁さア今夜は早寝にして、兼公は久し振だから半治の脇へ寝かして、師匠、お前と己は此こっ方ちへ寝よう﹂ と是から襖ふすまを閉たって障子を締め、夜と具こを二つ宛ずつ並べて敷く。 山﹁おい其そっ方ちの床は離さねえでも宜いい、師匠何をして居るのだ﹂ 馬﹁へい、襖からかみを閉たて切きっていきれるから斯こう枕元に立って立番をしているので、これから縁側へ整ちゃ然んとお湯を持って行いくんだ、何うです今夜は一ひと役やく二分ぶ宛ずつと極めましょう﹂ 山﹁そんな慾張を云わねえで早く来て寝て仕舞いねえ﹂ 馬﹁何うせ今夜は眠ねられねえね﹂ とぴしゃりと襖からかみを閉たて切きります。七
此こち方らは三年振で逢って、 兼﹁本当にまア、何うしてまア、好よく来てお呉れだねえ﹂ 半﹁己も茫ぼん然やりして銚子屋に預けられて居るが、もう半年も辛抱すれば新井町の旦那が兄さんに話をして遣るから、少しの間辛抱しろというから、それを楽たのしみに世間に見られねえ様にして居るのよ﹂ 兼﹁私の方からは、必ず手紙で何い時つ幾いく日かに何うすると、ちゃんと極めて上げるのに、稀たまに手紙の返辞の一本ぐらいよこしても宜いいじゃア無いか﹂ 半﹁銚子屋のは頑か固たいからそう〳〵出歩く訳にもゆかず、そりゃア己だっても心配はして居るけれども、左そ様うはいかねえ﹂ 兼﹁本当に男と云うものは情じょうのない者と思って居るが、情のある人てえものは凡およそ無いもので﹂ 半﹁そりゃアお前めえの厄介になって悉まる皆で小遣まで貰って遊んで居るんだから、些ちっとは己だって義理も人情も知って居るから、己が世に出るようになればお前めえにも芸者は廃やめさしてえと思って居る﹂ 兼﹁私も年は取るし、彼あれ是これと考えると蝋燭の心しんのたつ様で、終しまいにゃア桂けい庵あん婆ばゞあに追おい遣つかわれるように成るだろうと大てえ抵〳〵心配さ、愚痴をいうようだがお前まえの身が定さだまらないではと極きまりを付けようと思っても、船でなければ行かれないし、案じてばっかり、本当にお前義理が悪いよ﹂ 馬﹁旦那、こりゃア寝られませんぜ﹂ 山﹁大変な処とこへ来たなア﹂ 馬﹁御ごも尤っともで、実に恐れ入った﹂ 山﹁黙って寝た振をして居ねえ﹂ 馬﹁どうも寝られませんな、斯こういう事には時々出合いますが一番寿命の毒だ、まア旦那お寝やすみなさい﹂ と一ひと際きわ蕭ひっ然そりとする。時に隣座敷は武さむ士らい体ていのお客、降込められて遅くなって藤屋へ着き、是から湯にでも入ろうとする処を、廊下では二人で窃そっと覗のぞいて居る。 男﹁貴方そう仰しゃるが、これが間違になるといけませんぜ﹂ 田舎者﹁宿屋の番頭さんは物の間違にならん様にするが当あた然りまえで、私わしが目で見て証拠が有るので、なに間違えば好ええ、私わしが脊し負ょって立つ﹂ 番﹁そんなら屹きっ度と宜ようございますか﹂ 田﹁えゝも好ええちゅうに﹂ 番﹁御免下さい﹂ と宿屋の番頭は障子をさらりと開けて、 番﹁お草くた臥びれ様さまで﹂ 武士﹁大きに厄介で﹂ 番﹁先程は沢山お茶代を有難うございます、主ある人じは宿しゅ内くないに少し寄合がござりまして只今帰りましたので碌々お礼も申し上げませんで、えー少々旦那様に伺うかゞいますが、此こ所ゝに入らっしゃるお方はお相宿のお方ですが、お荷物が紛ふん失じつ致しまして、何ういう間違か貴方の床の間に有ります其のお荷物が私わしのだと仰しゃるので、判はっ然きりとは分りませんが念の為に改めて見たいとこう被おっ仰しゃるので、誠に失礼ではございますがお荷物の処を﹂ 田舎﹁へい御免なせえ、お前様だ﹂ 武士﹁何だと﹂ 田﹁お前まえ様さまア丹波屋で飯まんまアたべて居たが、雨たんと降らねえうち段々人が出て来たが、まだ沢山客が無なえうち己うらと此の鹿かの八はちと斯こう斜はすけえに並んで飯たべて居ると、お前様ア斯う並んで酒え呑んで、お前様ア先い出るとき緩ゆるりと食べろとって会釈して、お前様ア忘れもしねえ、なんとお武さむ士らい様さまでも身柄のある人ア違ったもんだ、己うらのような百姓に傍そべへ参って緩ゆっくりてえ挨拶して行くたアえらいねえと噂アして、お前めえさま帰って仕舞った後あとで見ると置いた包つゝみが無ねえから後を追おっ掛かけてお前まえさまア尋ねたが、混こむ雑な中かだから知れましねえ、漸く後あとを追って参めえりまして、此こ家ゝへ来るとお前めえ様さま足い洗って上あがるところだ、他ひ人との荷物を自分の荷物のように知らぬ顔をして呆れた人だア﹂ 武﹁怪けしからん奴だ、慌あわてゝ詰らん事をいうな、これ、手てま前えの荷物を失ったと云うのか、これ、能よく似た物も有る物だから気をつけて口をきけ、他ほかのことゝは違うぞ﹂ 田﹁他ほかの事とは違うと、とぼけたっていけねえ、あんでも丹波屋の横の座敷で斜はすになって飯まんまア食って居たとき、お前めえ緩ゆっくりとって出て往ったから、叮てえ嚀ねえなお武さむ士れえだと思って居いっけが、後あとに包みが無ねえから後あとを追っかけて境やま内じゅう索たずねたが知れ無なえから、まア此こ家ゝへ来るとお前めえさま足い垢よごれたてゝ洗って上あがる所、荷物に木札が附いてるから見れば知れる、相そう州しゅう三みう浦らご郡おり高たか沢ざわ町まち井いげ桁たや屋よね米ぞ藏うと慥たしかに四よの布ぶ風ろ呂し敷きに白い切きれで女房が縫って、高たか沢ざわ井いげ桁たよ米ねと書いてあるが証拠だ中なか結ゆわえもある、どうも御ごに人んて体いにも似合わねえ、他ひ人との荷物を持って其そ処こへ置いて何なんだ﹂ 武﹁これ如い何かに其の方の荷物が紛ふん失じつしたとて濫みだりに他たに人んを賊といっては済まんぞ、苟いやしくも武ぶ士したる者が他ひ人との荷物を持って己おのれの物とし賊なぞを働く様なる者と思うか、手前は拙者を賊に落すか、他ひ人との荷物を盗んだというのか﹂ 田﹁盗まねえものが此こ所ゝに有るものか、己おらが飯まんまア喰って魂たま消げて誉ほめて居た傍そばに置いた荷物が無ねえ、何より中の品物が証拠だ、麦藁細工の香箱が七つに御守がある、そりゃア村の多たじ治ろ郎う、勘かん太たろ郎う、新しん藏ぞう、文ぶん吉きち、藤とう治じろ郎う、多たぞ藏う、彌や五ご右え衞も門んの七人に買って来て呉れてえ頼まれて、御守が七つ御おく供も物つが七つある、それは宜ええが金が二十両脇から預かって、小さい風呂敷に包んで金がある﹂八
武﹁呆たわけた事をいうな、麦藁細工が七つ有ろうが、金が有ろうがそれが盗んだという証拠に成るものか、これ、番頭、これへ出ろ﹂ 番﹁私わたくしは分りませんが証拠のない詰らん事をいってお武ぶけ家さ様まに御立腹おさせ申して甚だ迷惑致します﹂ 田﹁迷惑するたって現げん在ぜえ此こ処ゝに﹂ 武﹁じゃア手てま前え荷物をめさして遣やるまいものでもないが、若もし包つゝみを解ほどいて中の荷物が相違致すと余儀なく手前の首を切らなければならん、武士の荷物をめ、賊ぞく名みょうを負わして間違った恐れ入ったでは済まんぞ、今までの失礼も勘弁し難い処だが、田舎者で分らん奴だから此の儘行ゆくなれば許して遣るが、強たってめるとなれば、若し荷物相違致せば首を切るぞ﹂ 田﹁切られべえ、命より大事な他人に預った物があるから、是え失なくなしちゃア私わし活いきてる事が出来ねえ﹂ 武﹁左さよ様うなればめろ、相違致せば番頭も許さんぞ、さアめろ﹂ と広ひろ桟ざんの風呂敷木綿、真田の中なか結ゆいを引ひき解ほどいて広げると違って居る。麦藁細工も入ってはあるが違ってある。玩おも具ちゃが二つばかりに本が二三冊、紙入の中なか入いれ見たような物や何かゞ有るが皆違って居るから、 田﹁はアこれアはア飛んだ事を﹂ と百姓は真まっ青さおになって慄ふるえて居る。 武﹁さア何どうだ、拙者を賊に落して申訳があるか、もう許さんぞ、併しかし此こ所ゝは旅はた人ご宿やで、当家には相客もあって迷惑になろうから、此の近辺の田たん甫ぼに参って成敗致そう、淋しい処まで行ゆけ﹂ 田﹁誠に、へい何い時つの間に大事な他人に預かった金もある包を盗まれましたか、何うも風呂敷の縞しま柄がらといい木札が附いて似て居るもんなで、何どう卒ぞ御勘弁をはア願ねげえます。 武﹁勘弁相成らん、それだから前に其の方のとは違うと云うのだ、然しかるを強しいて強情を申し張り、殊ことに命より荷物が大切だ、切られても構わんというからめさしたのだ、さアもう許さんから行ゆけ武士に二言は無い、番頭手前も怪けしからん奴だ﹂ 番﹁だから、私わたくしも申すので﹂ 武﹁これ米藏と一緒に参ったもの、逃にげ支じた度くをするな、これへ出ろ﹂ 男﹁どうぞ御免なすって﹂ と手を突いて詫わび入いるを、武さむ士らいは無理無体に引ひっ張ぱり出だして廊下へ出る。田舎者は、 田﹁御免下さい〳〵、御免さない﹇#﹁御免さない﹂はママ﹈ほーい〳〵ほーい〳〵﹂ と泣く。茲こゝへ見兼ねて出ましたのが新井町の石井山三郎、 山﹁お武ぶけ家さ様ままア暫しばらく﹂ 武﹁なんだ﹂ 山﹁私わたくしはお隣座敷に相宿に成りました者で、只今彼あす所こにて承われば重々貴方様の御尤もで、実に此の者共は怪けしからん奴で、先刻より様々の不ぶれ礼いを申し上げ何とも申し様もございませんが、何を申すも田舎者で、預り物が紛ふん失じつ致して少々逆とり上のぼせて居る様にも見受けますれば、お荷物に手を附けました段は重々恐れ入りますが何うか何も心得ません者と思おぼ召しめし只ひた管すら御勘弁を、此の儀当人に成り替りまして、私わたくしがお詫わびを致します、当家も迷惑致す事ですから何分とも御了簡を﹂ 武﹁いや其の許もとは隣の座敷にお居でのか、そして此の者の連つれ衆しゅうか﹂ 山﹁いえ連つれではございません、手前は相州東浦賀で、高沢までは遠くも離れませんから其それ等らの訳をもちまして願いますので、何うか幾重にも御勘弁を﹂ 武﹁お前は分りそうな人だが、今も聞いたろうが、拙者は始め許して置いたので、根が百姓の分らん奴の云う事だから黙って居たので、然しかるに段々附け上って拙者が手荷物をめさせて呉れと申すが、もし荷物を検めて違えば許さんぞと申した所が、其れは構わん、何でも二十両の金きん子すを拙者が盗んだに相違ないと疑われて見れば棄て置おかれんで、荷物を検めさしたから斯かよ様うに成ったので、何どう卒ぞ手を引いて下さい﹂ 山﹁何うかそう仰しゃらずに御勘弁を﹂ 武﹁なりません﹂ 山﹁これ程申しても御勘弁なりませんか﹂ 武﹁罷まかり成らん﹂ 山﹁これお百姓、高沢町の人、お聞きの通り種いろ々〳〵とお詫を申してもお聞入れがないから、お前ももう何うも詮しか方たがない手打に成りなさい﹂ 田﹁それでも何うか御勘弁を願います、情ない訳で、何分にも﹂ 武﹁相成らん、さア早く出ろ﹂ 山﹁若もしお聞きゝ済ずみがなければ止むを得ず申すが、此の荷物は貴方のお荷物ですか﹂ 武﹁左様﹂ 山﹁この荷物の中に萠黄金襴の金入が有るが、これは貴方の所持の品でありますか﹂ 武﹁左様、手前の所持で﹂ 山﹁結構な品で、この金入は世にも稀まれなる切きれで、何いずれでお求めになりましたか﹂ 武﹁これはなんで、芝しば口ぐち三丁目の紀きの国くに屋やと申すが何時も出入で誂あつらえるのだが、其そ所こへ誂えずに、本ほん町ちょうの、なにアノ照てり降ふり町ちょうの宮みや川がわで買おうと思ったら、彼あす店こは高いから止めて、浅あさ草くさ茅かや町ちょうの松まつ屋やへ誂えて﹂ 山﹁へゝえ、裏の切も大したもので﹂ 武﹁なに好よくも無い、ほんの廉やす物もので﹂ 山﹁へゝえ、これは太閤殿下が常に召された物を日光様が拝領になって、神しん君くんが御ご帰き依えの摩まり利しそ支ん尊て天んの御みえ影いをお仕立になる時、此の切きれを以もってお仕立になり、それを拝領した旗はた下もとが有って、其の切を私わた方くしかたで得て拵こしらえた萠黄金襴の守袋で、此れを金入にしては済まん訳だが、拙者親共より形見に貰った品物だが、何うして貴方これを所持なさる﹂ 武﹁それは﹂ 山﹇#﹁山﹂は底本では﹁武﹂﹈﹁いやさ何を以て堤方村で失った金入を、何うして貴方が所持するかさア何ういう訳が承りたい﹂ と山三郎に問詰められて、むゝと武さむ士らいは押詰って、急に顔色を変えまする。これから掛合になりまするお話、一ちょ寸っと一息つきまして申し上げます。九
引続きまして、何ど処この国でも悪人という者はありますもので、今悪わる武ざむ士らいが形なりの拵こしらえなどは上品にして、誠に情なさけのありそうな、黒の羽織に蝋ろい色ろの大小で、よもや此の人が悪事をするなどとは思いも寄らぬ体ていで、其の上最初の掛合は極ごく柔かでございますから、田舎者は猛たけり立って荷物を検あらためる様になりました。山三郎も始めはおとなしく掛合ったが聞きません。元より隣座敷で覗のぞいて居りましたから包つゝみの中から出た物をよく視ると、親の形見に貰った萠もえ黄ぎき金んら襴んの守袋、それが出たから何どうしてこれが貴方の手に有ると云われ、よもやそれ程の金入とも存じませんから好いゝ加かげ減んに胡ご麻ま化かし掛けたを問詰められ、流さす石がの悪人も顔がん色しょくが変って返答に差詰りました。田舎者はこれを見ると喜びました。 田﹁誠に有難うございます、何なんてえ太ふてえ奴で、其の荷物が己おらが荷物でなくっても、此の人の金入其の中へ突つッ込こんで置くからは己おらが泥棒と云っても過あやまりは無ねえ、それに己おらを斬るてえ嚇おどかしやアがって何とも呆れ返けえった野郎だ、さア出る処へ出て白しれえ黒くれえを分けてやろう﹂ 山﹁まア宜よいわ…扨さて貴方は何ういう訳で私わたくしの金入を其の包の中へ入れて、是は他わ所きで購かい求もとめたなどと、武さむ士らいが人を欺き実じつ以もって怪けしからん事だ、さア何ういう訳で貴方の物になすったか、何ど処こから買入れたか篤とくと調べなければ成りません、又此の事は此とこ宿ろの名主か代官へでもお届をしなければ成りません﹂ 武﹁誠に重々恐入った、実は池上へ参詣して帰り掛け、堤方村の往来中なかで拾ったので、見れば誠に結構な金入なり、其の遺おと失しぬ主しへ知らせようと存じても、彼あの通りの混雑で何分分らん、遺失主の無い事故ゆえ只今其の返答に差詰ったので、実は拾ったので、何うか遺失主を調べて返したいと思って居た処、お持主が其の許もとであれば速すみやかにお返し申すのみで、何も其の儘で壱銭も中の金か銭ねは遣い捨てません、それが慥たしかなる証拠で、何うか何なに分ぶんにも此の事は御内分にお計はからい下さるれば千せん万ばん有難うございます、何分にも内ない済さいに願います﹂ 山﹁全く拾ったと仰しゃるか、拾ったなら拾ったに為しましょうが、それじゃア此の者が包を間違えても仮よしんば又お前さんの懐を捜しても、他ひ人との物は己おれの物と思って他たに人んを欺くような人だから此の者を切るの突くのと仰しゃる気きづ遣かいは有るまいが、猶なお念のため申す、愈いよ々〳〵此の者をお許しなさるか﹂ 武﹁尤も左様で、其の許もとの仰しゃる事に於おいては聊いさゝかも申もう分しぶんはございません﹂ 田﹁それ御覧なせえ、何だっても此の野郎が申分ねえなんて先さっ刻きの権けん幕まくはなんだ、今にも打ぶっ斬きるべえとしやがって、何うもはア私わしア勘弁し度たくっても連つれの鹿の八どんに済まねえから、矢やっ張ぱり出る処へ出ますべえ﹂ 山﹁それでも悪いから此こ処ゝは先まず此の儘にしなさい、此こ家ゝも旅はた人ご宿やで迷惑をするし、お前も向うの包と取違えたのは粗そこ忽つで詮しか方たがないから、先ず此処は控えて居なさい、それを彼かれ是これ荒立って見ると事柄が面倒になるから、私わたしも許すから、併しかしお前も預り物を紛ふん失じつして嘸さぞ心配であろうが、幸い此の紙入に二十両遺のこって有るから、お前にこれを進上するから、遺お失とさん積りで向へ持って行ゆきさえすれば事が済むから、此処は此の儘穏おだやかにしないと、此の家うちも迷惑するから﹂ 田﹁お前めえ様さまにゃア何うして、なに其の金ア此の野郎から貰もれえますわ﹂ 山﹁まア私に何事も任して置きなせえ﹂ と山三郎は種いろ々〳〵に和なだめて、此の場は漸く穏かに納まりましたが、彼かの武さむ士らいはこそっぱゆくなったと見えまして、夜中にこそ〳〵と立って仕舞った。山三郎は惜おし気げもなく二十両の金を井桁屋米藏に遣りましたが、人は助けて置きたいもので。山三郎、江戸屋半治は相州浦賀へ帰り、小兼馬作は芳町へ、彼かの田舎者二人は共々連立って高沢町へ帰りました。十
扨さてお話は二ふた岐みちに分れ、白金台町に間口は彼かれ是これ二十間けん許ばかりで、生いけ垣がきに成って居ります、門もちょっと屋根のある雅が致ちな拵こしらえで、後うしろの方へまわると格子造りで、此こち方らは勝手口で、格子の方をガラ〳〵と開けて這入って見ると、中なか見み世せの玩おも具ちゃ屋やにありそうな家やづ作くりであります。此の日芸者小兼は早く起きて白金の清せい正しょ公うこ様うさまへお詣まいりに行ゆきました。一体芸者衆しゅは朝寝ですが、其の日は心がけて早く起き、まだ下女が焚たき付つけて居て御ごぜ飯んも出来ないくらいの所へ、 兼﹁御免なさい〳〵﹂ 下女﹁はい、入いらっしゃいまし、何どち所らから﹂ 兼﹁あの粥河様のお邸やしきは此こち方らさまで﹂ 下女﹁はい、手前で、何どち方らから﹂ 兼﹁芳町のかねが参ったと御新造様にそう仰しゃって、誠につまらん物でありますがお土産のしるしに是を何どう卒か上げて下さい﹂ 下女﹁左様で﹂ と下女が案内して奥へ通し、八畳敷ばかりの茶の間で、片かた方〳〵に一間の床の間があって脇の所が戸棚になって、唐木の棚があります。長手の火鉢の向うに坐って居るのが粥河の女房お蘭らん、年はとって二十一、只今申す西洋元服で、丸髷に結って金無垢の櫛かんざしで黒縮緬の羽織を引ひっ掛かけている様子は、自然と備わる愛敬、思わず見み惚とれるような好いい御新造で、 蘭﹁こちらへお這入り﹂ 兼﹁誠にまア御無沙汰をいたしまして、そして結構なお住すま居いでどうかして上りたいと思って今こん日にちは一生懸命に早く起きて、白金の清正公様へお参りをして、序ついでと申しては済みませんがそれから上りました、本当に貴方が此こち方らに入らっしゃることは今まで少しも存じませんでして﹂ 蘭﹁私も一ちょ寸っと知らせたいと思ったけれども種いろ々〳〵其そ所こには訳があって……よくまア訪ねて来てお呉れだ、何うかして私も訪ねたいと思っても勝手に出る事も出来ないで﹂ 兼﹁まア元服なすって、よくお似合で、そして本当によいお住すま居いでまアお広くって綺麗で、桜時分は嘸さぞ好ようございましょう、そして高台で、のんびりとなさいましょうねえ、私などの家うちは狭くって隣も向むこうもくっついて居ります、其の替り便利には、お彼岸や何かで珍らしい物が出来たり、おめでたい事で時々向う前で遣やったり貰ったりする時は坐って居て手を出せば届きますが、斯こう云う所に入らっしっては好ようございますねえ、これは貴方詰らん物ですが些ちっとばかり取って参りました、ほんに貴方お目に懸ったのは丁度三年後あとの池上様のお籠こもりの日で、彼あの時私が彼あす所こを通り掛り麦藁細工の有ったのが目に付いて居ります、葮よし簀ずっ張ぱりでねえ、それも彼所にあゝ遣って入らっしゃる事も存じませんで…あの御新造がお亡なくなりで…それから此こち方らへ入らっしったので﹂ 蘭﹁此こち方らへ来てから﹇#﹁来てから﹂は底本では﹁来てかち﹂﹈一年半許ばかりして旦那様が懇ねんごろに御介抱して下すって、葬式も立派に出て、何も云置く事もなく私の身の上も安心して母も亡なくなったから誠に仕しあ合わせだよ﹂ 兼﹁あらまア些ちっとも存じません、其の後ご旦那様にお目に懸っても左そ様うとも何とも仰しゃらずに、余あんまり憎らしいじゃア有りませんか、そしてお寺は﹂ 蘭﹁谷やな中かの瑞ずい林りん寺じで﹂ 兼﹁知らない事とてお吊とむらいにも出ませんで、嘸さぞまア御愁傷で、あなたが此こち方らへ入らっしって御安心になってお亡かくれで、本当にまア旦那様は毎度御贔屓にして招よんで下すっても、貴方の事は今申す通り少しも仰しゃらず、漸く他わきで聞いて参りましたが本当に余あんまりだと存じて居りました、もし彼あの時相州浦賀の石井山三郎様と仰しゃるお方がお寄りになりましたろう﹂ 蘭﹁あゝ﹂十一
兼﹁彼あの方は浦賀で大した人で、さっぱりした気きッ象ぷのよい男おと達こだてで、女などを誉ほめたことのない方ですが、あなたをまア親孝行のお嬢様だって独りで誉めて居て、大概な者は気に入りませんが、貴方なら貰いたいと云って、江戸屋の半治さんという人を掛合にお遣やんなすったら、もう此こな方たへ御縁組になってお引ひっ越こしになったと聞き、仕方がないと云ってそれ限ぎりになって﹂ 蘭﹁かねや本当に彼あの方は情なさ深けぶかい方で、私も彼あち方らへ縁付かれるようなれば宜いいと思って居たが、是には種いろ々〳〵義理があって、彼あの方が私に沢山心付を下すって、其の時金入をお忘れで、それを私が持って藤屋まで参る途中で災難に遇あって、道で助けられた其のお方が私の旦那で、今では何不足なく何んでも彼かでも欲ほしいものは買って遣るからと仰しゃるから安心して居るわ﹂ 兼﹁それはまア結構で、本当にまア旦那様はあなたを可愛がって、左そ様うして御辛抱で、ちゃんとお宅へお帰りでしょう﹂ 蘭﹁それについて私も種いろ々〳〵心配して居る事があるので私の様な不ふつ束ゝか者もので御ぎょ意いに入いらぬか知れないけれども、去年の十一月からさっぱりお宅へお帰りがないの﹂ 兼﹁お宅へお帰りがないと云って何ど処こへ入らっしゃいました﹂ 蘭﹁私には鎌倉道に竹ヶ崎と云う所があって、山の半なか途ごろで前が入いり海うみで宜いい所が有ったから、何どうせ毎まい年ねん湯治に行ゆく位なら、景色も空気も宜よいから、其そ処こへ普請をして遣ろうと云って、其の普請に掛って入らっしゃると云うけれども、去年の暮からさっぱり手紙も遣よこして下さらず、此こち方らから手紙を出し度たくも女ばかりで左そ様うもならず、何か外ほかに出来でもして私が嫌いやになって万一見捨られた時は親類も身寄も何もないから行ゆく所もなく、兼や何うかお前を力に思うよ、私はお前に逢いたいと始終思っていたわ﹂ 兼﹁呆れますよ、本当にまア貴方の様な美くしい結構な御新造様がお一人いらっしゃれば御辛抱なさりそうなものを、去年の十一月からお帰りにならないてえのは何てえ事でございましょう……其のお宅というのへ入らっしゃいましたか﹂ 蘭﹁まだ往っては悪い﹂ 兼﹁入らっしゃいまし悪い事がありますものか﹂ 蘭﹁だって知れないものを﹂ 兼﹁構わずに入らっしゃいまし、屹きっ度と極りが付いて斯こう云う者と斯うと云う訳じゃありません、詰らん者を集めて浮うかれているのでしょうから、出し抜けに往って玩おも弄ちゃ箱ばこをひっくりかえしたような芸者を揚げている所へ、お娯たのしみと云って引ひきずり出してお遣やりなさい、貴方は人が好いいからいけません﹂ 蘭﹁大層遠いそうで﹂ 兼﹁私はお祭の時往って知っております、竹ヶ崎と云うのは法ほっ華けで寺らのある所で、舟で行いくと直じきです。入らっしゃい﹂ 蘭﹁そう、舟は恐かないかね﹂ 兼﹁なに今時分は北風が吹くと船頭に聞いておりますから直じきに往いかれます、そして追おい風かぜで宜ようございます、高たか輪なわから乗ると造作はございません、入らっしゃいましよ〳〵﹂ 蘭﹁往ゆき度たいが道も知れないから﹂ 兼﹁入らっしゃいよ私が御一緒にお付き申しますから﹂ 蘭﹁かねが往って呉れゝば﹂ 兼﹁入らっしゃいまし﹂ と無理に勧めるのは、小兼は江戸屋半治に逢いたいからで、お蘭もそんなら往ゆこうと、下女へ話して急に着物を着替え小紋縮緬の変り裏に黒くろ朱じゅ子すに繻しゅ珍っちんの帯をしめて、丸髷の後おくれ髪を撫なであげ、白金を出まして、高輪の湊みな屋とやと云う船宿から真ま帆ほを上げて参りますと、船は走りますから横須賀へ着きましたのは丁度只今の二時少々廻った頃、それから多たど度む村らへ出てなだれを下りて往ゆくと鎌倉へ出る、此こっ方ちへ参れば倉くら富とみへ出る、鎌倉道の曲り角に井桁屋米藏と云う饅頭屋があって蒸せい籠ろうを積み上げて店へ邪魔になる程置き並べて、亭主は頻しきりに土へっ竈ついを焚たき付つけて居る、女房は襷たす掛きがけで、粉だらけの手をして頻りに饅頭をこねて居る。 兼﹁一ちょ寸っともし少々物をお聞き申します﹂ 男﹁お掛けなさえまし、此こち方らへおかけなさえ﹂ 兼﹁あの竹ヶ崎へ参りますには﹂ 男﹁竹ヶ崎は此こっ方ちイずいと往って突当って左へきれて、構わず南みな西みにしへきれて這入ると宮がある、其の宮の前まいに新しん浄じょ寺うじと云う寺がある、其そ処こを突つっ切きって往いくと信しん行ぎょ寺うじと云うお寺様アある、それを横切って往ゆくと地じぞ蔵う寺じの前へ出る、其処を右へ往ゆくと諏すわ訪さ様まの鎮守様がある、そこを突当って登ると竹ヶ崎へ出ます﹂ 兼﹁有難うございます、そうして其処に此の頃新規に立派な別荘の様な物が出来ましてすか﹂ 男﹁其処の別当は諏訪様の御支配だ﹂ 兼﹁いえ、なんです、新規にお屋敷見たいな家うちが出来ましたろうか﹂ 男﹁お屋敷か、あゝ此の間兼かね吉きちが往ったっけのう、お直なお、それ竹ヶ崎の南みな山みやまでなア﹂ 女房﹁此こっ方ちへおかけなさい、おや小兼さんかえ﹂十二
兼﹁まアどうも不思議じゃアないか、お直さんかえ﹂ 女房﹁お掛けよう、まア懐かしかったよまア、何い時つもお変りなく、まア久振で丁度六年振で、何時でも同じ様だねえ、兼ちゃん此の通りで本当にお辞儀したくも手を突く事が出来ない、粉だらけで、何どうせ仕様が無いから何どんな者でも堅くさえあれば宜いいと思ってこんないけ好かない男を持って﹂ 米﹁何だ、いけ好かねえなんて﹂ 直﹁おや堪忍おしよ、本当に半ちゃんも疾とうっから銚子屋に居るって、此の間来てお前に遇わして呉れって頼むのだよ、私も江戸屋のお直とって江あっ戸ちに居た時分から半ちゃんとは古い馴染だし、何でも隠さずに話をするが、半ちゃんもお前にゃア種いろ々〳〵世話になって済まないって、そりゃア真ほんに銚子屋に預けられて居ても女じょ郎うろ買かい一つしないで堅くして居るんだよ、真ほんに感心さ、それもお前に惚ほれてるのだから何うかして夫婦にしたいねえ﹂ 兼﹁私あたしも御新造様を竹ヶ崎までお送り申して、帰りにゃア是非半ちゃんに逢い度たいから私あたしの来た事を知らしてお呉れな﹂ 直﹁あゝ帰りにお寄りよ、屹きっ度と半ちゃんを呼んで置くから、あらお茶代は入らないに、あゝそれじゃアお気の毒だねえ、そんなら此こ所ゝをこうずいと往って構わず突当って聞くと直じき知れるよ﹂ 兼﹁あゝ有難う、分りました、左様ならば﹂ と小兼はお蘭を連れて路みちを聞き〳〵竹ヶ崎の山へ来て見ると、芝を積んで枳きこ殻くを植え、大きな丸太を二本立て、表門があり、梅うめ林ばやしが有りまして、此こち方らには葡萄棚もあり其の他種いろ々〳〵な菓くだ物ものも作ってありまして、彼是一町許ばかり入ると、屋根は瓦かわ葺らぶきだが至って風流な家やづ作くりがあります。ずいと入ろうとは思ったが、また彼是手間取れると半治に逢うのが遅くなるから、 兼﹁あの恐入りますが私はこれから下おりますよ﹂ 蘭﹁もう少し往っておくれ、何だか私ア間が悪いよ﹂ 兼﹁なにお間の悪い事がありますものか、これア貴あな方たのお家うちですものを、私わたくしはまた上りますから御免なさい﹂ と気がせくからはら〳〵と外へかけて出ました。 蘭﹁あれまア兼が﹂ と暫く其そっ方ちを見送って居ましたが、何時まで立っても居いられませんから、徐そろ々〳〵と門の中へ入りました。だが矢やっ張ぱり極きまりが悪く若もし間違やアしないか、誰たれか居るかと見ると、長ちょ治うじという下男が掃除をして居る。 長﹁おや、御新造様﹂ 蘭﹁長治お前まで来たっ切りで﹂ 長﹁これはどうも思い掛けない、何うして、へゝえ何ですか芳町の小兼が、そうで﹂ 蘭﹁お前までが嫌って帰って呉れないから、家うちア女ばかりで心細くっていけないから、漸ようやく来たのだよ、すこしも便たよりをしないのは余あんまりで﹂ 長﹁私わたくしも此こち方らへお供をして参りましたが、何分御普請が此の通りで埓らちが明きませんし、建たて前まえが済んで造ぞう作さくになってから長くって、折角片付いてもまた御意に入りませんで、又打ぶち毀こわして新規に仕直すなどいう仕儀で、誠に私わたしもじれッたくって、漸くまア此の位出来ましたが、又材木などが差さし支つかえて…まア彼あち方らへお出で遊ばせ、此こ処ゝが這入り口で﹂ 蘭﹁ほんに旦那様は材きのお選みが六むずかしくってお囂やかましいからねえ﹂ 長﹁併しかしまア十分に出来ました、広くはございませんが、此処がお座敷で、此処が貴方のお居間になる様にとって別段綺麗に出来ました﹂ 蘭﹁どうも床柱でも天井でも立派なこと、何うも広い庭だねえ、彼あの大きな松は﹂ 長﹁あれは植えたのではない元からあるので、灯籠だけは此こっ方ちへお持ちなすったので﹂ 蘭﹁どうも広いお泉せん水すいで﹂ 長﹁あれは海です、あんな大きな泉水が有るもんですか﹂ 蘭﹁そうかえ、ほんに好よい景色で誠に心持がせい〳〵するよ﹂ 長﹁もう少し早く入らっしゃると牡ぼた丹んが盛りでございました﹂ 蘭﹁旦那様は今日はお家うちにかえ﹂ 長﹁あの何なんで、何なんとか申した変な名でございました其そ所こへ材木を買出しながら行くって、帰りに何で周玄さんというお医者が御一緒で、事に依ると金沢へ廻るかも知れんと被おっ仰しゃいました、併しかし今晩はお帰りになりましょうか、それとも明みょ日うにちに成るかも知れません﹂ 蘭﹁女中は幾いく人たり居るえ﹂ 長﹁一人も居りません﹂ 蘭﹁この広い家うちに女中が居ないなんて虚う言そをおつきよ﹂ 長﹁いえ居たのですがいけません、此処らの女は相さが模みお女んなで尻ばかり撫でて、実にどうも行儀も作法も知りません旦那様の前でも何でも構わず大きな足を踏ふん跨ばたげて歩いたり、旦那様がお誂あつらえなすってお拵え遊ばした桐の胴丸の火鉢へ、寒いって胼あか胝ぎれだらけな足を上げて、立たって居て踵かゝとをあぶるので、旦那はすっかり怒って仕舞って早そう々〳〵お暇いとまになりました、実に女だけは江戸に限ります﹂ 蘭﹁おほゝゝゝそうかえ怪けしからない﹂ 長﹁今御膳を上げますから、嘸さぞお草くた臥びれでしょう、まア緩ゆっくりと﹂ といって烟草盆や茶菓子などを運びますに皆長治一人でする様子、お蘭は縁側へ出て見て居りましたが、用よう場ばへ参ろうと思って縁側をずいと行って突当ると、三尺許ばかりの喜きつ連れご格う子しがあるから、用場かと思いずーっと開けると、用場では有りませんで、其そ処こは書物棚になって居ります、本箱などが幾つも積重なって居りますから、疎そそ相うな事をした、用場かと思って大切な書物のある処を無闇に明けて済まないと、徐そっと閉めようとすると、昔の屋やし敷きも女ので足袋を穿いて居るのに、縁側が出でき来た立てで新らしい足袋ですからツル〳〵と辷すべって書物棚へ思わず倒れ掛って手を突くと、其の棚がギーと芝居でする田楽道具の様にるから恟びっくりして後あとへ下って覗くと、下に階はし梯ごの降り口がありますから、はて此こ様んな処に階梯のある訳はないが、穴蔵の様になって居るが何だか知らん、兎に角こんな所を開けて見ては済まないと前もとの様に書棚を直して出て来ると、長治は膳部を持って出る。彼あの辺は三月頃は初鰹の刺身が出来まして、それに海苔の付合せを沢山にして、其の他ほかキスだの鎌倉海老などと魚が出るが、どうも近所に料理屋はない様子、何処から魚を取寄せるか、自分料理で斯う早く出来る訳もないし、何うした事かと女の廻り気で種いろ々〳〵と考えて居りまする、其の中うち灯あか火りがつきますと、長治が屏風を立廻し、山風で寒いからと小こが掻いま巻きに夜よ着ぎを持運び、其そ処こへ置いて台所へ下さがりました。十三
お蘭は自分で床とこを展のべて寝ましたが、寝ても寝られませんから、旦那様は今日もお帰りはないか、何時迄待ってもお帰りがなくっては、淋しい処に居るのも嫌いやだし、何しに来たとお叱りを受けはしないかと種いろ々〳〵と心配して居ると、六枚折の屏風を開いて這入って来たのが粥河圖書で、ずーっと前へ立ったから、お蘭は恟びっくりして起ると、 圖﹁お蘭か﹂ 蘭﹁おやお帰りでござりましたか﹂ 圖﹁能よく来たな、今帰った、能よく出て来た、一ちょ寸っと便りをし度たいと思ったが誠に普請も長く掛るし、それに今日は浦賀へ行ゆくの、金沢へ行ゆくのと誘われて、暇を欠くので、つい〳〵便りも致さなんだが、能よく来たのう﹂ 蘭﹁貴方が来いとも被おっ仰しゃらないに参ってはお叱りを受けようかと思いまして参りかねて居りましたが、兼が何んでも行ゆけと勧めますから参りまして、能よく遅くもお帰りで﹂ 圖﹁左様か、今夜は淋さみしかろうが、これから余儀なく一ちょ寸っと行いかなければならんが、明あし日たは正ひる午ま前えに帰って来ようから、まアゆっくり寝るが宜いい﹂ 蘭﹁それじゃアお帰り遊ばして直すぐに是から又夜お出いで遊ばしますか、このお淋さみしい道を…誠に悪い事を致しました、折角お帰り遊ばしても私わたくしが参って居りますから又直すぐに外ほかへ入らっしゃるのは私わたくしがお邪魔になって…それでお腹立なれば、明朝帰りますから御勘弁遊ばして、何どう卒ぞ御げ寝しなって﹂ 圖﹁決して左そ様う云う訳ではない、余儀ない義理で誘われて居るので、一ちょ寸っと大津辺まで行いかなければならん、銚子屋と云う料理屋に集会して居るから、一寸顔を出して、是非夜よが更けるだろうが、事によると浦賀へ誘われると帰られないが明あし日たの朝は屹度帰るよ﹂ と慌てゝ煙管筒を仕舞って出て行ゆきました。お蘭が送り出そうと思って居る中うち、ぱったり襖を閉たて切きって、出たかと思って考えるに表の門の開いた様子もないし、夫の外そとへ出たのも怪しく、夜よぶ深かに私の顔を見て直ぐに出てお仕舞い遊ばしたのは、何か他に増ます花はなでも出来て居て、他の座敷へ隠してあるのではないか、左そ様うして見ると先さっ刻き見た書棚の廻り階ばし梯ごの降り口のあったも怪しいが、はてな﹂ と悋気と云う訳ではなけれど、自分が身寄頼りもなく、圖書に捨てられては行ゆき処どころのない心細い処から、手てと灯ぼしを点つけて窃そうっと抜足して縁側へ出て、昼の中うち見て置いた三尺の開きを明けて、書棚の両方に手をかけて押すと、ギーと廻る。下に階はし梯ごの降おり口くちがあるのを見ると、灯あか火りが障子へさして座敷がありそうに思いましたから、手てと灯もしを吹消して階梯段を降りて参りまして、降り切ると一間ばかりの廊下のようなものが逶うねって付いてあります。彼あの辺は皆垣が石のような処で、其そ処こを切きり穿ほりまして穴蔵様ような物が山の半はん腹ぷくにありまして、宛まるで倉く庫らの様になって居りますから、縁側を伝わって段々手てさ索ぐりで行ゆくと、六畳ばかりの座敷がありまして、一間の床の間がありまして巻物や手箱などが乗ってあります。杉戸が二重になって居て両隅の障子へ灯あか火りがさしまして人ひと声ごえがする様ですが、唯今なれば硝子障子で能よく分りますが、其の頃は唯の障子でございますから尠すこしも分りません。傍かたわらにある机を持って来て、其の上に乗って、欄間の障子の穴から覗こうと思ったが、障子に破れた穴もないので覗けないから、して居た銀ぎん脚あしの簪かんで、障子の建たて合あわせを音もせずに窃そっと簪をさしてねじると、障子が細く明きましたから、お蘭が内を差覗くと驚きました。十四
穴の中に斯様なる座敷をこしらえ、広間は彼是二十二三畳もあろうと思われ、棚には植木鉢その外種いろ々〳〵結構な物が並べてあり、置物は青磁の香炉古代蒔絵の本台などが置並べて前に緞どん子すの褥しとねを置いて傍かたわらの刀かけに大小を置き、綿入羽織を着て、前の盃はい盤ばんには結構なる肴があって、傍かたわらに居るのが千島禮三とて金森家の御おこ小なん納ど戸や役くを勤めた人物、這入口に居るのが眞葛周玄、黄八丈に黒縮緬の羽織を着て頻りに支きり配もりをして居り、それからずっと次に居並んで居ります者が彼是百五六十人許ばかり、商人体ていの者も居おれば、或あるいは旅たび僧そう体ていの者や武士体の者、種いろ々〳〵なる男がずっと居並んで居て、面部に斫き疵ずなどのある怖こわらしい男が居る。其の次の間に、年齢十六七の娘が縛られ、猿さる轡ぐつわをかけられて声も出す事が出来ませんで、唯涙をはら〳〵零こぼして、島田髷を振りみだし、殊に憫あわれな姿でおります。傍かたわらに居る千島禮三が、つか〳〵粥河圖書の傍そばへ来て、 禮﹁大たい夫ふ、何処へ行ってもどうも別にこれぞと云う大まぶな仕事もなく、東海道金かな谷やの寺で大だい妙みょ寺うじと申すは法華宗の大寺で、これへ這入って金八百両取ったが、彼あの寺にしては存外有りましたが、それから西浦賀の上じょ成うせ寺いじは平へい生ぜい有りそうに思って其の夜忍び込み、此の寺で二百両で、金は随分あるにもせよ肴がなくてはお淋しかろうと存じて、これは西浦賀の江戸屋と云う家うちへ縁付く話が定きまったと云う、名主吉よし崎ざき惣そう右え衞も門んの娘おみわと云う評判もの、大夫の寝酒のお肴に連れて来たが、お蘭さんがお出いでになったと申すことだが、お蘭さんがお出になれば何どんな者をお目にかけても迚とても往いかんから、この美人は禮三が□□□□るからお譲りを願います﹂ 圖﹁それは勝手に致せ﹂ 周﹁こう〳〵千島氏貴公は誠にうまいことを考えるが、東浦賀の吉崎の娘は君が知って居たのではなかろう、此の眞葛周玄が知って居て、道みち程のりからして、斯こう々〳〵いう所を通って往ゆくと大寺があって、此処に斯ういう豪農がある、陣屋は斯ういう山を越さなければならんという事まで貴公に道を教えたからこそ、首尾能よく連れて来られたのだというものだ、それを君が□□□□るてえ訳にはいかん、大夫是はどうか周玄へ此の娘を頂戴したい、自分年を取りまして斯様な若い美人を□□□□た事がないから、どうか﹂ 圖﹁何うでも勝手に致せ﹂ 禮﹁これ〳〵何だ、汝われは旅稼ぎの按摩で、枕探しで旅を稼いで居たのが、処を離れて頭つむ髪りを生はやして黒の羽織を着て、藪医者然たる扮な装りして素人を嚇おどかし、大寺などへ入いり込こんで勝手は少し心得て居るだろうが、八州にでも取とり構こまれ、さアと云う時は此の千島禮三と大夫が居らん時はぶる〳〵して先へ逃げ出す役に立たず、畢竟己が骨を折ったから己が抱いて寝るのだ﹂ 周﹁それはいかんよ足そっ下かなどは悪事に掛けてはまだ青いからね﹂ 禮﹁黙れ、青いとは何なんだ、青かろうが若かろうが多寡が汝われは旅かせぎの按摩上り、己は千島禮三と云う小納戸役を勤め、大夫とも同席する身分だ控え居れ﹂ 周﹁これさ、仮たと令え然るべき武士で何役を勤めたにもせよ、斯うやって悪事を共にすれば、縛なわに就いて処しお刑きになる時は同じ事だ、今きょ日うに及んで無用の格式論、小納戸役がどう致した、馬鹿な面つらを﹂ 禮﹁なに何がどうしたと﹂ 長﹁待ちねえ〳〵騒々しいじゃねえか、今日はお蘭さんがお出いでなすったを独りで寝かして、斯うやって大夫が各おの々〳〵と一所にうまい酒を呑もうと云うのに何の事だ、周玄さんお前なんざア是迄さんざ新造を瞞着して来たのだから、いゝや、斯う為しよう、周玄さんが□□□□ても、禮三さんが□□□□ても議論の種だから中を採とって此の長治が今夜□□□□よう﹂ 圖﹁何だ、千島は鯉口を切って周玄を斬る積りか、よい〳〵此の婦人は己が貰った﹂ と傍かたわらにある刀の小柄を抜く手も見せず打った手裏剣は、彼かの女の乳の上へプツリと立ちましたから、女はひーと身を震わして倒れる。この有様を見ると、お蘭は﹁あゝなさけない﹂と机を下りにかゝると、踏み外ずすとたんに脾ひば腹らを打ちまして、お蘭は気絶致しましたが、是から何うなりますか、次の条くだりに申し上げます。十五
引続きまして、粥河圖書の女房お蘭の身の上は、予かねて申し上げます通り西洋の話でございまして、アレキサンドルという侠おと客こだてがコウランという貞節なる婦人を助けるという、アレキサンドルに擬にせました人が相州東浦賀新井町の石井山三郎という廻船問屋で、名主役を勤めました人で、此の人は旗はた下もとの落らく胤いんということを浦賀で聞きましたが、其の頃は浦賀に御番所がございまして、浦賀奉行を立ておかれました。一体浦賀は漁猟場所で御承知の通り海浜の土地でありますが、町屋も多く、女じょ郎うろ屋やなどもございまして誠に盛んな所で、それにつれては種いろ々〳〵公事訴訟等もありまして、御奉行様も中々お骨の折れる事でございます。又御奉行に仰付けられます時は、お上から寒かろうと黒縮緬に葵あおいの御紋付の羽織を拝領いたしますもので、此のお話のずっと前まえ方かた、一いっ色しき宮くな内いと申す二千五百石のお旗下が奉行を仰付けられて参って居るうち、石井の家の娘すみという者が小間使の奉公に往っておりました。するとこれにお手が付きまして、すみが懐姙致しました。海とか山とか話の解る迄すみを下げまして、十分に手当を致し其の後のちとうとう縁えん切きりとの事になりましたが、当あたる十とつ月きにすみの産落しましたのが山三郎、それから致して此のおすみには、これも同じく浦賀の大おおヶがや谷ま町ちで廻船問屋で名主役を勤めていた吉崎宗右衞門の弟惣そう之のす助けが養子に来て、おすみの腹に次に出来ましたのが女の子で、これをお藤と申しました。山三郎は十一二の頃物心を知ってから己は二千五百石の一色宮内の胤たね、世が世なれば鎗一筋の立派な武士、運悪くして町ちょ家うかに生おい立たったが生涯町家の家は継がん、此の家は父てゝ親おやの違う妹のお藤に譲って、己は後見になって、弱きを助け強きを挫くじき、不当者のある時は仲へ入って弱い者を助けて遣り度たいとの志を立てまして、幼い時から剣術を習いましたが、お武家の胤だけに素性が宜しく忽ちに免許を取りました。剣術は真影流の名人、力は十八人力あったと申します。嘘か真まこ実とかは解りませんが、此の事は私わたくしが彼あの土地へ参ったとき承りました。明和四年に山三郎は年三十歳でございまして、品格の宜よい立派な男で、旦那様〳〵と人が重んじまするのは、憫かわ然いそうなものがあると惜気もなく金でも米でも恵みまするので、それにその頃は浦賀に陣屋がありまして、組屋敷の役人が威張りまして町人百姓などを捉とらえて只今申す圧制とか何とか云うので、少し気に入らんことがあると無闇に横よこ面つらを張飛ばしたり、動やゝもすれば柄に手を掛けてビンタ打うち切きるなどというがある、其の時山三郎は仲へ入って武さむ士らいを和なだめ、それでも聞かんと直じき々〳〵奉行に面談致すなどというので、上の者も恐れて山三郎には自然頭を下げる様になり、又弱い者は山三郎を見まして旦那様〳〵と遠くから腰を屈かゞめて尊敬いたします。殊に落はな語し家かなどを極く可愛がりました人だそうで、丁度四月十一日のこと、山三郎は釣が好きでございますから徳田屋という船宿へ一艘ぱい言付けて置いて、遊んで居るなら一所に行ゆけと幇たい間こもちの馬うま作さくを連れて鴨居沖へ釣に出ました。一体此こ辺ゝらは四月時分には随分大きな魚ものもかゝります。 山﹁毎いつもお前は船は嫌きれえだというが、どうだい釣は、怖こわえ事はあるめえ﹂ 馬﹁恐れ入りましたな、私わたくしはね一体船は嫌いですがね、こうどうも畳を敷いたような平らな海に出たのア初めてゞ、旦那私わたくしゃア急に船が好きになりましたぜ、何うして馬作の家うちから見ると余よっ程ぽど平らで、私わたくしの家うちなんざアね此こっ方ちを蹈ふむと彼あっ方ちが上り、彼あっ方ちを蹈むと此こっ方ちが上りね、どうして海の方が余よっ程ぽど平らさ、あゝ宜いい心持ちだ、どうも好いい景色だ、もし向うに見える大おお山やま見たよなニューッと此こっ方ちへ出て居るのは何ですな﹂ 山﹁あれは上かず総さの天神山で﹂ 馬﹁へゝえ彼あれが、近く見えますねえ、旦那に此の間伺いましたが彼あれがたしか鋸のこ山ぎりやまですね、成程鋸見たようで﹂ 山﹁師匠どうだ釣は﹂ 馬﹁私わたしは釣はどうもいけません﹂ 山﹁なぜ﹂ 馬﹁釣はどうも、凡およそ私わたくしの釣れた例ためしが無いというんだからいけません、私わた達くしたちのアただぽん〳〵放り込んで浮うきの動くのを見て居るだけですから面白くも何とも有りません、折節ね旦那のお供でね沖釣などに出で来かける事もありますがね、馬作は竿も餌も魚むこ任うまかせにして只御ごし酒ゅを頂くばかりいえも何うせいけません﹂ 山﹁そんな事をいわずに釣って見な、此こゝ辺らの魚はまた違うから﹂ 馬﹁それに蚯みゝ蚓ずなどをいじるのが何うも厭で﹂ 山﹁なに海の釣は餌が違うよ、蝦えびで鯛を釣るという事があるが其の通り海の餌は生いきた魚よ、此の小こあ鰺じを切って餌にするのだ﹂ 馬﹁へゝえ鰺の餌で、それで何が釣れますか﹂ 山﹁鰺で鰺が釣れるよ﹂ 馬﹁へゝえ魚は不人情なもんで、共とも食ぐいですね、へえ、鰺で鰺が釣れますか﹂ 山﹁何でもさ、目めば張るでも鯖さばでも、鯖なぞは造作もなく釣れるよ﹂ 馬﹁へえ鯖なぞが釣れますか、私わたくしなんざア鯖ア読んだ事は毎度ありますけれど﹂ 山﹁まアそんな事は宜いいにして其の糸へ此の餌を刺して放り込んで見ねえ﹂十六
馬﹁へゝえ此の糸を斯うやるのですか、是はどうも余よっ程ぽど深いな、何うも何処まで深いか知れませんぜ、旦那貴方ア両方の手に糸を持って、やはゝゝゝ両方に大きな魚を、それは何で﹂ 山﹁是こりゃア鯖さ﹂ 長﹁恐入りましたな、私わたくしア只糸を斯うやって居いれば宜いいので、何うも私わたくしのア魚の方で馬鹿にして居りますからねえ些ちっとも来ません、旦那の方にゃア矢やっ張ぱり魚も面白いと見えて貴方の方へばかり行いきますぜ、何でも馬作の方へは魚が状を廻して彼あい奴つの所へは往いくななぞって話はな合しあいをつけて来ないとみえます……やはゝゝゝゝ釣れた〳〵旦那釣れましたぜ、これは不思議釣れましたからどうも妙で、是は大事にして置きたい、生れて始めて釣ったというので跡で料りょ理うって、有難い、どうも面白い、どうも海は広いから魚の数があって馬鹿な魚もあって馬作の針に引ひっ掛かゝるやつが有るから妙だな、どうも数が多いからおとゝゝゝそれは何で﹂ 山﹁これは目めば張るだ﹂ 馬﹁有難い、めばる、どうも旨い魚で、何だって旦那有難い、もし旦那私わたくしア急に釣が好きになりました、や、はゝゝゝ又釣れた〳〵、旦那又釣れましたぜ﹂ 山﹁これさ師匠のように騒いじゃアいけねえ、これさ、びしゃ〳〵溌はねるから活いけ船ふねへ早く放り込んで置きねえ﹂ 馬﹁有難い、こりゃア旦那何うぞ大事にして、あはゝゝゝ旦那まア両方の手に釣りあげて、あれまた獲とれました、これは不思議、容わけ易なしに釣れるので、あゝ〳〵〳〵﹂ 山﹁どうした﹂ 馬﹁魚が其処まで来て彼あっ方ちへ又ずうっと行きました﹂ 山﹁釣り落したか﹂ 馬﹁へえ釣り落しました、あゝ又来た、あれ来きは来たが私わたくしの顔を見て左様ならって﹂ 山﹁なに、左様ならと云うものか﹂ と山三郎も馬作も面白いから日の暮くれるのも知らずに釣って居りますと、今朝から余あんまり晴過ぎて日ひな並みの好よすぎたせいか、ぴらりっと南の方に小さな雲が出ました。すると見る間に忽ち広がってぽつーりぽつりと雨が顔に当って来ました。 山﹁あゝ悪いな、師匠早く釣を揚げて仕舞いねえ﹂ 馬﹁旦那何だって其そん様なに急ぐんで﹂ 山﹁急ぐって急がねえって、あゝ悪い時に連れて来たな、余あんまり日並が好よすぎたから怪しいとは思ったが、何うも天気を見みそ損くなった、仕方がねえ、気を大丈夫に持って呉れ、師匠颶はや風てだよ﹂ 馬﹁はやて、えーそれは大変、旦那どうか早く上げてお呉んなさい﹂ 山﹁馬鹿アいいねえ、此所は海の真まん中なかだ、何うして上る事が出来るものか﹂ 馬﹁でもお願いだから上げて下さい、私わたくしは困りますから、それだから私わたくしは釣は嫌いだと云うのに貴方が大丈夫だ〳〵と仰しゃるから来たので﹂ 山﹁憫かわ然いそうに、己も颶はや風てと知って居れば来やアしない、騒いではいかんよ、二里も沖へ出て居るから足あが掻いてもいかんよ、騒いでも仕方がない、まア気を確しっかり船に攫つかまって居な﹂ と山三郎は直すぐに裾を端はし折ょって、腕まくりをして、力があるから浦賀の方へ行こうとすると、雲足の早いこと、見る間に空一杯に広がりまして忽ち波足が高くなって来ると思うと、ざアー〳〵どうと雨は車軸を流すように降り出し、風は烈しく吹ふっ掛かけてどう〳〵〳〵と浪を打ち揚げます。山三郎の乗って居るのは小こあ鰺じお送くりと云う小さな船だから耐たまりません、船は打揚げ打うち下おろされまして、揚る時には二三間宛ずつも空中へ飛揚るようで、又下おりる時には今にも奈落の底へ墜おち入いりますかと思う程の有様で、実に山三郎も迚とてももういかんと心得ましたから、只船ふな舷べりに掴つかまって、船の沈んではならんと垢あかを掻かい出だすのみで、実に最もう身体も疲れ果てゝ仕舞いましたが、馬作が転がり出すといかんから、笘とま枕くらの所へ帯を取ってくる〳〵と縛り附けて自分も共に笘枕の柱に掴って、唯船の流れ着くのを待ちますばかり。馬作は尾びろ籠うなお話だがげろ〳〵吐きまして、腹は終しまいには何もないので、物も出ませんで、皺しゃ枯がれっ声になりまして南無金比羅大権現、南無水天宮、南無不動様と三つを掛合にして三つの内何どっちか一つは験きくだろうと思って無闇に神を祷いのって居ります。山三郎も身体は疲れてもうどうも致す事は出来ませんで、只船がずしーんがら〳〵どしーんと打揚げられ打落されて居るが、実に危あやういことでありまして、其の中うちに幾百里吹流されましたか、山三郎にもとんと分りません、稍やや暫くたって一つの大浪にどゝどゝどーんと打揚げられまして、じゝゝゝじーと波の中へ船の舳へさ先きを突込みまして動かなくなりました。山三郎ははて船が流れ着いたなと、漸やっと起上ってよく〳〵見ますと、松の根方の草のはえて居る砂原へ船は打上げられました。十七
山﹁師匠、おい馬作、しっかりしねえよ、気を確たしかに持ちなよ﹂ 馬﹁へえ、あゝ旦那貴方助かって居ますか﹂ 山﹁うん、船は着いたが最もういゝと思うと落がっ胆かりして死ぬものだから、何処の島へ着いても気をしっかり持っていねえよ﹂ 馬﹁へえ、確しっかり持ちたくも此の塩あん梅ばいでは持てそうもございません、旦那忘れても釣はお止よしなさいよ、生涯孫まご子この代まで釣ばかりはさせるものじゃアありません、驚きましたねえ、あゝ〳〵、此処は何処でしょう﹂ 山﹁何処だかどうも分らん、何いずれ何処かの島へ着いたのだろう﹂ 馬﹁家うちも何もなければ昔から話に聞いた無人島とか云って人間が居なくって、恐ろしいそれ虎だの獅子や何かが出て来て人間を頭からもり〳〵喰って仕舞うてえのじゃ有りませんか﹂ 山﹁そんな話も聞いたが、そうかも知れねえ﹂ 馬﹁これはどうも情ない、日本へ帰れそうもない、だから私わたくしゃア釣は嫌いだというに、無理に来い〳〵と仰しゃって、何うかして日本へ帰れるようにして下さい﹂ 山﹁今更そんな愚痴をいっても仕方がねえ、一体まア此の土地が何処の国だか分らんから、だがたんと流されやアしめえと思うが、上総房州の内なれば宜いいが事によったら伊豆の島辺あたりかも知れねえ、まだ〳〵それなれば旨うめえが﹂ 馬﹁旨くも何ともありません、流されたのも長い間で、実に私わたくしはどうも何とも彼かともいい様のない、生しょ体うたいも何もございません、残らず食ったものは吐いたから最もう腹の中は空からっぽうでひょろ抜けがして﹂ 山﹁まア此処へ上あがんなよ﹂ 馬﹁上れません、動けません﹂ 山﹁違ちげえねえ、縛ってあるから﹂ と山三郎は馬作を縛り附けた帯を解きまして、 山﹁さア立ちねえ﹂ 馬﹁足もなにも利きゝません﹂ 山﹁確しっかりしねえ、最もう波も風もありやアしねえ﹂ と山三郎はひらりっと陸お地かへ揚あがったが、此の土地は何ど国こかは知らず若もし人家もなくば、少し浪が静しずかになったから帰ろうという時に船がなければならんから、命の綱は此の船だ、大だい切じと心付いたから、疲れて居るが十八人力もある山三郎、力に任して船の舳みよしを取りまして、ずる〳〵と砂原の処へ引揚げて、松の根ねが形たへすっぱりと繋もや綱いを取りまして、 山﹁さア是じゃア宜いい、師匠最もう宜いい﹂ 馬﹁何時まで船に居ても仕様がございませんねえ﹂ 山﹁なに師匠もう陸お地かへ揚っていらアな﹂ 馬﹁だが、どうだか私わたくしゃア矢やっ張ぱり船に居るような心持で、ふら〳〵して、此処がもし外国だと、貴方と両ふた人りで私わた共くしどもは日本人で助けてと云っても向むこうにゃア知れますまいねえ、こんな事と知ったら通弁の一人も雇って来れば好よかったっけが、貴方お金がありますか﹂ 山﹁金は釣に来たのだから沢たん山とは持って来ない﹂ 馬﹁それでも幾いく干らばかりあります﹂ 山﹁掛かけ守まもりの中に十両ぐらいあるよ﹂ 馬﹁えらいねえ何うも、私わたくしは西浦賀の大崎の旦那に貰った御祝儀を、後生大事に紙入へ入れて置きましたが、船から皆みんな転がり出てほんに仕様がねえ、併しかし何どんな国でも王様がございましょうねえ﹂ 山﹁そりゃア有るだろうさ﹂ 馬﹁有難い、王様がありゃア其の王様に頼んで日本へ帰れる様にして貰えましょうねえ、それに食くい物ものも何も喰いませんから腹の減った事を打明けて頼んでねえ、どうも斯う腹が減っては狼が来ても逃げる事が出来ませんから、先まず其の前に握むす飯びでも何でも喰いたいあゝ喰いたい﹂ 山﹁これさ、まア待ちなよ、まア何しろ人家のある所へ出よう﹂ と山三郎は無理に馬作の手を引いてだん〳〵行ゆくと、山手へ出ましたが、道もなく、松しょ柏うはく生おい繁しげり、掩おい冠かぶさったる熊笹を蹈ふみ分わけて参りますと、元より素足の儘ですから熊笹の根に足を引掛けて爪を引っぱがし、向むこ脛うずねをもり〳〵摺すり破こわし血だらけになりながら七八町も登りますと、闇くらくって分りませんが山の上は平らで、樹きに掴まって能よく見ると、こんもりとした森があるから、森を見みあ当てに彼是れ二十町許ばかりも行ゆき、又斜なだ崖れを下くだると、森の林の内にちら〳〵灯あか火りが見える。 山﹁師匠家うちがあると見えて灯あか火りが見えるよ﹂ 馬﹁家うちでせえありゃア化物屋敷でもなんでも宜いい、有難い、何か喰たべられましょうか、腹が減って居るから何でも好いい早く喰いたい﹂ と云いながら参ると、こう小さな流れがありまして、丸木橋が掛っている、これを漸くに渡ると卵らん塔とう場ばがあって、もと此処には家うちでもありましたか只石いし礎ずえばかり残ってあるが、其の後うしろは森で、卵塔場について参ると喜きつ連れご格う子しの庵室様ようのものがありまして、今の灯あか火りは此の庵室の内からさすのでありました。十八
山﹁師匠これは古寺だぜ﹂ 馬﹁いやはやどうも心細うございますな、折角尋ねて来れば古寺とは情ない、何だか私わたくしは死んだような気になりました﹂ 山﹁待ちなよ、此処に土台石のある処を見れば、元なんでも家うちがあって、毀こわされて引いたのだろう…御ごあ庵んし主ゅさ様ま御庵主々々﹂ 馬﹁何が御安心です、少しも安心しないじゃア有りませんか﹂ 山﹁庵主を訪とうのだよ…、手前どもは相州東浦賀の者でございますが、今こん日にち漂流致しまして、漸よう々〳〵此こゝ所ま迄で参ったので、決して胡うさ散んな者ではないから一泊願いとうございますが、えーもしお留守でございますか、おい〳〵師匠少しも答こたえがねえから誰も居ねえのだろう﹂ 馬﹁心細うございますねえ、誰もいない処へ来て、上あがるとにゅーと何か出でもすると驚きますねえ﹂ 山﹁御免﹂ と云いながら喜きつ連れご格う子しへ手をかけて左右へ明けて見ると、正面に本尊が飾ってある。銅あか灯ゞね籠どうろうがあって、雪ぼん洞ぼり様ようの物に灯あか火りが点ついてあるけれども、誠に暗くって分らん。 山﹁師匠まア板畳の処まで上んなよ﹂ 馬﹁へえ上りましょう、船でざぶ〳〵やられるよりやアお寺でも家根があって、まゝまア宜いい心持の様だ﹂ と持じぶ仏つに向いまして、 馬﹁暗くって分りませんが、如来様か観音様かどなた様かは存じませんが、手前は日にっ本ぽんの大おお坂さか町ちょうの者で烏うて亭い馬作と申す者で、釣に出まして此の国へ流された者で、御ごり利や益くを持ちまして日にっ本ぽんへお帰しを願います…おや旦那彼あす処こに高たか坏つきのような物の上に今坂だか何だか乗って居ります、なんでも宜しいお供くも物つを頂かして﹂ 山﹁よしなよ、おもりものだよ﹂ 馬﹁おもり物でもなんでも少しの間願います、返せば宜うございましょう、今お供物を頂きます、其の替り日にほ本んへ帰れば一つを拾とおにしてお返し申しますから、頂戴﹂ 山﹁よしなよ﹂ 馬﹁おもり物をとっては済みませんが、日にほ本んだか西洋だか食くい物ものの味で支那か印度かゞ分るような訳で﹂ とむしゃ〳〵喰いまして、﹁腹が﹇#﹁腹が﹂は底本では﹁腹か﹂﹈減ると甘うまい物で、旦那これは日にっ本ぽんに違いない、日にっ本ぽんらしい味がする﹂ 山﹁よしなよ、取る物じゃアない﹂ と馬作を喩さとして居りますと、其の内に足音がしますから、山三郎は格子の透すきから見ると、先へ麻あさ衣ごろもを着た坊主が一人に、紺看板に真鍮巻の木刀を差した仲ちゅ間うげ体んていの男が、四尺四方もある大きな早はや桶おけを荷かついで、跡から龕がん灯どうを照しました武さむ士らいが一人附きまして、頭巾面まぶ深かにして眼ばかり出して、様子は分りませんがごた〳〵這入って来ました。山三郎は飛んだ事をしたと思って、 山﹁師匠此処へ下りな、いけねえことをしたな、何ど所こかの葬とむ式らいがあっておもり物を整ちゃ然んと備えてあったに、お前めえが喰って仕舞って咎められては申訳が無ねえ﹂ 馬﹁葬とむ式らいが来たら旦那強こわ飯めしか饅頭だろう、何なんぞお手伝をしましょうか﹂ 山﹁意地の穢きたない事を云いなさんな、彼あっ方ちへ行っていよう﹂ と二人は片隅の所へ隠れていると、どか〳〵上って来て武さむ士らいは被った頭巾を取り龕灯提灯を翳かざして、 武士﹁大きに御苦労〳〵﹂ 何か和尚と囁きながら烟たば草こを出してぱくり〳〵と呑んでいますのを、山三郎が片蔭に隠れていて目を付けると、何所でか見た様な武さむ士らいだと思い出すと、三年前あとの十月十二日の夜川崎の本藤の二階で、此の武さむ士らいが百姓を嚇おどして…殊に己おのれの金入を盗んだ武さむ士らいで…彼あの儘助けて返したが、彼あい奴つは此処等にうろ〳〵しているか、何処の者か知れんが甚だ妙だ、篤とくと様子を見ようと、尚お姿を隠しておりますと、又仲間共とこそ〳〵囁きまして、ぽんと畳を二畳揚げて、根ねだ太い板たを剥はがして仲間体の者が飛下りて、石蓋を払って其の中へ彼かの大いなる棺桶をずっと入れて、元の様に石蓋を斑まだらに置いて、根太を並べて畳を敷いて、さアこれで宜いいと坊主もお経を上げずに、四人もずうっと出かけました。十九
山三郎は暫く考えていましたが、 山﹁師匠﹂ 馬﹁へい、なんですか﹂ 山﹁お前が喋しゃべるかと思って心配したが、宜いい塩梅だった﹂ 馬﹁だが、旦那坊主も付いていたが経も上げず、ひどい貧乏な葬とむ式らいで、何どんな裏うら店だなでも小さい袋に煎餅ぐらいはあるに、何か食たべ物ものがあろうと思ったにひどい事で﹂ 山﹁怪しいな﹂ 馬﹁ヘエなんです﹂ 山﹁訝いぶかしいな﹂ 馬﹁二分貸かして呉れ﹂ 山﹁何でも此こい奴つはあやしい、これから葬とむ式らいのあとを見えがくれに追って行ゆくから、お前喋っちゃアいかんよ、喋ると向うへ知れるから黙っていな﹂ 馬﹁へい、だが旦那黙って歩くぐらい草くた臥びれるものは有りません﹂ と段々遠見に追って参りますと、五六町も行ゆくと山道で、これから七八町のなだれで、海かい辺へんへ接しまして、風も大きになぎました様子、併しかし海岸だからどう〳〵ざば〳〵と浪を打つ音絶えず、片かた方〳〵は山手になって右と左に切れる道があって、こゝに石が建てゝある。 山﹁おい待ちな、此処に道知るべが書いてある﹂ 馬﹁何が書いてありますか﹂ 山﹁此処に何処の何村と書いてゞもあれば、何いずれ国くに尽づくし﹇#﹁国くに尽づくし﹂に﹁*﹂印、欄外に校注‥﹁国の名をかきあつめたるもの。﹂﹈にある国だろうから何とか分ろう、心配をしなさんな﹂ 馬﹁日にっ本ぽんは広いけれども鹿児島熊本ならまだしも、支那朝鮮などと来ては困りますねえ﹂ 山﹁黙っていなよ、多分日にほ本んの内だから大丈夫だ、えー南みな走みは清しみ水ずか観んの音ん西せい北ほく大おお津つみ道ちよ横こす須か賀み道ちと、なんだ何処の国かと思った﹂ 馬﹁鹿児島ですか﹂ 山﹁どうも師匠篦べら棒ぼうだな﹂ 馬﹁篦棒と云われちゃ心持が悪いねえ﹂ 山﹁風の吹しで元の処へ帰って来たのだ、始めは鴨居から西と北りで一里半も沖へ出たろう、あの通り烈しい風であったが風が東い南な風さに変って元の所へ来たのだ、鴨居よりは些ちと寄っているが、師匠此こ所ゝは真まほ堀りむ村らに違ちげえねえ、左そ様うして見れば彼あす所こは焼やけ失うせた真堀の定じょ蓮うれ寺んじに違ちげえねえ、あゝ有あり難がてえ﹂ 馬﹁何ど所この国で﹂ 山﹁ひとつ国さ、此のヤンツウ坂を越せば直すぐ己の家うちまで六町しかない所とこだ、おいなにを泣くのだ﹂ 馬﹁嬉し涙が出ました、私わたくしは百里も先かと心配したが宜いい塩梅で、家うちまで六町の所まで来ていて気をもんだ馬鹿気さてえなございませんねえ、有難うございます、ありがてえ、大津の銚子屋は直じきだ、一町ばかりきゃアねえから銚子屋へ行ってお飯まんまをたべましょう﹂ 山﹁飯めしのことばかり云っているなア﹂ と段々跡を慕って行ゆくと彼等は竹ヶ崎の南山へ這入るから付いて行ゆくと、柱が二本建っている外そと門もんの処へ四人とも這入りました。 山﹁師匠々々、此処へ這入ったが、こんな立派なうちから出る葬とむ式らいに差さし担にないとはへんだなア﹂ 馬﹁へんは宜うございますから銚子屋へ行いきましょう﹂ 山﹁今行ゆくよ﹂ ともとの道へ帰ろうとする山の際きわの、信しん行ぎょ寺うじと云う寺から出て来る百姓体ていの男が、鋤すき鍬くわを持って泥だらけの手で、一人は草鞋一人は素足で前さきへ立って、﹁誠に貴あな方たどうも思おも掛いがけねえ所でお目にかゝりました、貴あん方たは石井の旦那様、東浦賀の新井町の旦那様で、とんだ所で誠に、三年跡に川崎の本藤で侍に切られる所を助けて頂きました私わしは高沢町の米藏で…これはどうも誠に思いがけなくお目にかゝって﹂ 山﹁その後のちは私の所へ来られて種しゅ々〴〵頂戴もので…私も会所へばかり出ていてお目にかゝらんが何い時つも御無事で﹂ 米﹁こう遣ってはア命を助かりまして達者で居りますも旦那様のお蔭で、一日でも旦那様のお噂ばかりして…鹿かの八はちおい、彼あの時お目にかゝった旦那様﹂ 鹿﹁どうも彼あの時は有難うございました﹂ 山﹁まア〳〵大層早くから稼ぐの、農業か﹂ 米﹁なアに葬とむ式らいがありましてねえ、何う云う訳か此の山へ立派な家うちが建ちましたが、何だか元お大名の御家老様でえらい高をとった人だそうで、それが田でん地じや山や林まを買って何不足はねえが、欠けと云うのは奥様がおッ死ちんだそうで、急だから内ない葬そうにしようと云うので、家うちを建った許ばかりで葬とむ式らいを出したくねえてえ、早く穴を掘れって云いい付つかったで急に寺へ手伝いに参りますので、鹿の八と二人で今穴を漸く明けたので、是から葬とむ式らいがあるので﹂ 山﹁彼あす処この山の上の柱が二本ある枳きこ殻くの植うわってある彼あれか﹂ 米﹁はい﹂ 山﹁馬作お前は此の人を知っているか﹂ 馬﹁いゝえ﹂ 山﹁そら三年前あと池上のお籠りの日で、彼あの人だ﹂ 馬﹁おゝこれは妙だ、誠に暫くどうも、お前さんも此の近処で﹂ 米﹁彼あの時よく冗談口をきいて…誠に久し振りで…お前さんも此の近所で﹂ 馬﹁旦那お願いで…飯が食い度たいからおつけでも宜いいから早く行って食べたい﹂ 山﹁騒々しいよ﹂ 米﹁どうぞまア此こち方らへ﹂ 山﹁ありがとうございます﹂二十
井桁屋米藏の家いえの門かどへ来ると、ぷッ〳〵と饅頭屋で煙が出て居ります。 米﹁お直なおやお目にかゝったよ、ソラいつぞや私わしを助けて下すった旦那様にお目にかゝったよ﹂ 直﹁おやまア馬作さん暫く﹂ 山﹁師匠あれは何だ﹂ 馬﹁あれは西の江戸屋に勤めをしていたお直というので、祭の時分から知って居ります﹂ 馬﹁直ちゃん、どうも誠に暫く﹂ 直﹁馬作さん本当に暫く、何うも内の人はねお前さん旦那に助かって、お礼に上っても半間な時分行いくもんですからお目にも懸りませんでねえ、どうも﹂ 馬﹁直ちゃんの家うちとは知らなんだ、饅頭屋の女かみ房さんになっているとは、人間は了簡の付けようですねえ﹂ 直﹁馬作さん、お前さんも知っておいでのあの粥河圖書と云う人が、田地や山を買って鎌倉道へ別荘とかを拵える話をお聞きかえ、それに奥様が死んだてえが其の奥様てえな、それ三年前あと堤つゝ方みか村たむらの葭よし簀ずっ張ぱりに茶の給仕していた岩瀬と云う元は立派な侍の娘が、粥河様と一緒になったと云う事だが、その奥様が死んだと云うと、あのおらんさんと云う嬢こが死んだのだねえ﹂ 馬﹁成程可哀そうな事をしましたねえ、二は十た歳ちぐらいでしょうかもう些ちっと出ましたか、彼あのくれえな別嬪は沢たん山とはありませんよ、彼あれが死ぬような事じゃア馬作なんどは船で死んだっても宜いいのですが、惜しいことをしましたねえ﹂ 山﹁おい〳〵お前は是から其の穴を掘った処へ棺を埋うめる手伝いをするのか﹂ 米﹁へい私わしが埋うずめるので﹂ 山﹁湯ゆか灌んは誰がするのか知らねえが、お前めえの働きで仏の顔を見られようか﹂ 米﹁湯灌は大たい体てい家柄の邸うちでは家うちでするが、殊によるとお香こう剃ぞりの時葢ふたを取ると剃かみ刀そりを当てる時何うかすると顔を見ます事がござります﹂ 山﹁有難い、それじゃア己に鹿の八の扮な装りを貸して呉れないか、穴掘に成ってお香剃の時仏様の顔を見み度たいのだが、馬鹿気ては居るが、友達の積りで連れて行っては呉れまいか﹂ 鹿﹁勿体ねえ訳で、旦那様が穴掘になって﹂ 馬﹁お止よしなさいな、貴方はあの嬢こに未練があるので…旦那は一度半治さんを掛合にお遣んなすったら縁付いたと聞いて、諦めても矢やっ張ぱり惚れて居るので……貴方が穴掘の形は團十郎が狸の角兵衞をするようで、余あんまり旨くは出来ませんぜ﹂ 山﹁黙っていねえ、お前はまア家うちへ帰りなよ﹂ 馬﹁だって腹が減ってどうも﹂ 山﹁飯は喫たべてよ…お母っか様さんには釣に出て颶はや風てをくったなどと云うとお母っかさんが案じるから云うなよ、西浦賀の江戸屋で御馳走になって泊っているが、明あし日たは早く帰ります、他に用がある積りでお前先へ帰んな、帰ってもお母さんに詰らんことを云いなさんな﹂ 馬﹁宜しゅうございます、それじゃアお先へ帰ります﹂ これから着物を借りて山三郎は穴掘の扮な装りになりまして、手拭はスットコ被りにして、井桁屋と二人で埋うめるときの手伝となって行って様子を見ていると、向うも急ぐとみえて、夜よの明けん中うちと云うので、漸く人は五人ばかり付いて来て、仰こう願がん寺じよ様うな蝋燭を点つけて和尚は一人でお経をあげて、棺桶を取って葢を開あけ和尚が髪をすりかけて居るを、山三郎は米藏の後うしろからそうっと葢を押えながら差さし覗のぞくと、少々夜よがしらんで明るくなりましたから、見ると仏は十七八の娘で、合掌は組んで居るが、変死と見えて上うわ歯ばで下唇を噛みまして、上うわ眼めをつかって仰あおのけになって居るから、はてなこれは変死だなと能よく見ると、自分の縁類なる東浦賀の大おおヶがや谷ま町ちの吉崎宗右衞門と云う名主役の娘おみわで、浦賀で評判の美人だから、はてな奥様が死んだと云って吉崎の娘を葬るは、はて訳の分らん事だが是は怪しいと思いまして、山三郎は米藏よりは先きへ逃げ出して来まして、お直の処へ来て着物を着換え、是から急いで真堀の定蓮寺へ参りましたが、夜よはシラ〳〵明けまして、定蓮寺の彼かの本堂へ来まして、喜きつ連れご格う子しを明けて這入りまして、和尚に見咎められてはならんから、彼あ方ち此こ方ちと抜ぬき足あしをして様子を見ると、人も居らん様子で、是から上って畳二畳を明けて根ねだ太い板たを払って、窃そっと抜足をして蓋を取って内を覗くと、穴の下は薄暗く、ちら〳〵灯あか火りが差しますから山三郎は訝いぶかしく思い、棺の中から灯あかりのさす道理はなし、何んでも怪しいと考え、棺桶の葢ふたを力にまかせて取りますと、此の棺の中に何物がおりますか、次席に申し上ます。二十一
新井町の山三郎は真堀の定蓮寺の本堂の床下に埋うずめてある棺桶の蓋を取ると、この中に灯あか火りが点いておりまして、手てし燭ょくに蝋燭が点いて、ぼうっと燃えております。中に居ります婦人は年が二十一二で、色白の品の好いい世にも稀なる美人でございます。扮な装りは黒縮緬に変り裏の附きましたのに帯はございませんで、薄とき紅い色ろのしごきを幾重にも巻附けまして、丸髷は根が抜けてがっくりと横になって、鬢びんの髪も乱れて櫛簪かんも抜けて居てありませんで、何う云う訳か女の前に文ふみ売がらのような物があって、山三郎が覗くと件くだんの女は驚きまして山三郎の顔を見ると直すぐに傍そばにありました合あい口くちを取って今咽のど喉ぶ笛えを突きに掛りますから、山三郎は驚き飛掛ってもぎ取ると、見られてはならんと思いまして前の文ふみ売がらを取り、急いで懐ふと中ころへ入れて隠しまする様子故、まア此こち方らへお出いでなさいと云うので彼かの女を本堂の上へ抱上げまして、彼かの手燭に点いております蝋燭の灯あか火りを女の前へ置きまして、婦人が顔を上げまするを山三郎が見ますると、三年前あと池上のお籠こもりの日堤方村の茶見世に出て居りました岩瀬主水の娘のお蘭で、見覚えがあるから、 山﹁まア思い掛けない事で、お前さんは三年前あとに池上の田たん甫ぼへ出口の石橋の処の茶見世に出ておいでのお蘭さんとか云う娘さんだねえ﹂ 蘭﹁はい﹂ 山﹁何う云う訳でお前まア此こ様んな棺桶へ入れられて埋うめられたのか知らんけれども死んだ人なれば穴を掘って墓場へ埋めなければならんが、本堂の石せき室しつの中へ入れて、殊に棺桶の中に灯あか火りの点いて居るのが誠に私には何うも実に怪しく思わるゝが、一体何う云う訳でお前さんにゃ合口を持って死のうとするのか、是には何か深い訳のある事だろうが、何どう卒ぞ私に聴かして下さい、早まった事をしてはなりません、何うぞ訳を聞かして下さい﹂ 蘭﹁はい、誠に御親切に有難うございます、私わたくしが活いきておりましては夫に済みませんことで、操みさおが立ちません、どうぞお見みの遁がし遊ばして、この儘死なして下さるのが却かえってお情なさけでござります、思いがけなく貴方様にお目に懸り、面目次第もないことで、深くお聴き遊ばすと私わたくしは辛うございますから、此の儘どうぞお殺し遊ばして、何どう卒ぞ合口をお返し下さい﹂ と云いかけまして、わアーっと其そ処こへ泣倒れますから、 山﹁まア〳〵死ぬのは何い時つでも死なれるから、私わたしも斯うやってお前を助けるからはいざお死しになさいと刄物を渡す訳には人情として出来ん、何うでも死なんければならん死なんければ操が立たんと云う訳なら強たって止める訳にもいかんが、私わたしが一通り聴いて成程と思えば決して止めはしません、何しろ此処で話をして居ると死人を掘返したとでも云われては飛んだ罪を被きせられ、人の眼に懸ると面倒だから私わしが連れて往ゆく処へ厭でも往って下さい、何どう卒ぞ私わしの云うことを聞いて下さいよ﹂ とこれから元の如く棺桶の蓋をして、石室も元のようにして蝋燭の火あかりを消して其そこ処い等らをも片付けて、厭がるお蘭の手をとって、連れ立ち、鴨居の横を西に切れて東浦賀へ出まして、徳田屋と申す舟宿がありまして、これは旧来馴染の一番舟のでる家いえでござりますが、其そ処こへ参ると、 舟宿﹁これは旦那お早く何どち方らへ、昨日つりにお出いでなすったてえ﹂ 山﹁あい、釣に往ったが訳があって脇へ廻ったのだが、大急ぎで舟を一艘ぱい仕立て、天神山まで行やって呉んな﹂ 舟宿﹁へい直すぐに、貴方が一人で﹂ 山﹁急の用で一人連れがある…もし其そ処こに立って居ては人の目に懸るから此こっ方ちへ這入って﹂ 蘭﹁はい、御免なさい﹂ と眼も何も泣き腫はらして、無むる類いの別嬪がしごきの扮な装りで家うちへ這入りました。二十二
平ふだ常ん堅い山三郎が、別嬪を引ひっ張ぱって来たから、徳田屋の亭主は早呑込みに思い違えて、 亭主﹁旦那久しいお馴染様じゃアございませんか、何も天神山迄入らっしゃらないでも、お母っかさんに知れて悪くば知れないように何うでも出来ます、奥の六畳は狭いけれども、間まが隔へだって宜うございます、彼あす所こなれば知れませんから、お泊りなすっても宜うございます﹂ 山﹁そう云う訳じゃアない、少し仔細があって此処にゃアいられないから、舟を早く仕立って、親方達者そうなのを遣って呉んな﹂ 亭﹁へい畏かしこまりました、貴方此こち方らへお這入りなさい、そうして旦那、あの御婦人は御番所の前は手形が入りますぜ﹂ 山﹁手形はない﹂ 亭﹁じゃア斯うしましょう、知れないように頭巾でも被かぶらせ、扮な装りを変え、浜町の灯台のところへあの御婦人は待たして置いて、貴方はお一人で御番所を通って、それから岩の処で御婦人をお連れになったら宜うございましょう﹂ 山﹁其そ様んなことをしてはいられない、罪は己が負うから宜いい、人の命に係わる事だから、急いで、布団を三つも入れて板子の下へ隠して行いけば宜いい、食たべ物ものは何も入らん、彼あっ方ちへ行って食うから、早くしろ﹂ 亭﹁かしこまりました﹂ と山三郎の云うことだから大丈夫だと、亭主も急がせまして、前まえ艫ろが二人、脇艫が二人、船頭一人都合五人飛乗りまして、板子の下に四よの布ぶ布と団んを敷いておらんを入れ、 山﹁窮屈でも少しの間の我慢で…陸おかへ着けば何でも有りますから…おい早くしな﹂ と是から舟を漕出しまして番所の前へ出ますと、其の頃番所の見張は正しいが、会所へ日々出まして役人衆とは心易いから山三郎は一人出まして、 山﹁山三郎私用あって上かず総さの天神山まで参ります﹂ と云うと板子の下に別嬪がおります事は存じませんから、役人衆も宜しいと許します。それからこう行ゆくと丁度朔なら風いと申して四月時分も北風が吹く事がありまして、舟は益々早く、忽ち只今なれば四時間ばかりで天神山の松屋と云う馴染の所へ参りました。 松﹁これは旦那、さア此こち方らへ﹂ 山三郎は離れた所が宜いいと云うので奥の離れ座敷の二階へ連れて参りましたが、お蘭は心配のせいかきや〳〵癪しゃくが起って来る様子、薬を取寄せなまじい医者を聘よんで顔を見られてはならんと、眼の悪い針医を呼んで種しゅ々〴〵介抱致して、徐そろ々〳〵お蘭に聞いたが、何うあっても訳を申しません、操が立ちませんからどうぞ私を殺して自害をさして下さいと云うのみ。或る朝二番船も出まして、もう一人も客はおりませんで寂し然んとしております。 山﹁お蘭さん、少しは今日はお気分は宜うございますか﹂ 蘭﹁はい﹂ 山﹁なる程少しはおちついた御様子だ…改って云うまでもないが、お前さんを彼あす処こから連れて参って、今日は十四日かで丁度四日かになります、私は無沙汰に家うちを明けたことは、未いまだにございませんから、定めし母が老体ではあり嘸さぞ案じていましょう、お前さんが自害をしようと云うのを強たって助け、斯うやって連れて来ても、矢やっ張ぱり海へ飛込むの咽の喉どを突くのと云って見れば、それを見捨てゝ帰る訳にもいきません、お前まえ様さんが仔細を話して下さらん中うちは私は何い時つまでも宅うちへは帰りません生涯でもお前さんの傍そばにいなければなりません、左そ様うじゃアありませんか、お前さんが何い時つまでも云って下さらんと私に不孝をさせるようなもの、私は賤いやしい船頭を扱う船問屋の詰らん身の上だから、蓮っ葉にべら〳〵喋るだろうとお思いだろうが、私も男で、人に云って害になることは決して私は云わん、言って呉れるなとお云いなら、口が腐っても骨がくだけても云わん﹂二十三
その時山三郎は、お蘭に向って﹁武士に二言なしと云うが、私わたしも少し武士の方に縁のある身の上で、緩ゆっくり話をしましょうが、お前さんも、元は本多長門守の御家来で立派な武士の嬢さんが、あの堤方村へ茶見世を出し、失礼だが僅かな商いを能よくまアなさる、感心な、母お親やの為に彼あんな真似をなすった、私わたしも通りかゝって見世へ休んだとき、お母っかさんの看病には恟びっくりした、孝心なことで、彼あア云う娘をと陰かげでお前さんを実に賞ほめていたので一層の心配をします、それを恩に被きせる訳でもなんでもないが、何うぞお前さんの力になって上げたいと江戸屋の半治という者を頼んで、お前さんがお独ひと身りみでお在いでならお母っかさんぐるみ引取って女房に貰いたいと話をしにあげた所が、もう粥河圖書と云う人へ縁組が出来たと聞きましたから、それは結構な事だ、何処でも好いい身柄の処へ縁付けば結構だと私わしもお前まえ様さんの事は陰ながら噂をしていたので、処が計らず釣に出て真堀の岸へ吹き上げられ、定蓮寺の床の下へ棺桶を埋うずめるのを見て、怪しいと思って跡を付けて出て往って見ると、道でまた葬とむ式らいに遇あって、それを段々調べて見ると私わしの縁類の吉崎のおみわと云う娘で、其の娘を奥様の積りで蛇じゃヶ沼ぬまの信行寺へ葬むるというのは訳が分らず、奥様と云えばお蘭さんに違いないと、私わたしは取って帰して定蓮寺へ来て見ると、棺桶の中に灯あか火りが点いてありますから訝いぶかしいと思って私わたしが出したので、実に訳の分らん始末、それに今お前まえ様さんがどうしても操を立てなければならん圖書に済まんと云うばかりでは、何な故ぜ死なゝければならんか理わ由けが分らん、私わしも斯うして何ど所こまでもお助け申したからは訳を聞かん中うちは、私わたしも男だ、一生涯でもお前さんの傍にいなければなりません、私わしにそれ程不孝をさせて呉れては困るじゃないか、くどくもいう通り決して口外はしないから訳を話して下さらんか、頼むから何どう卒ぞお蘭さん﹂ と山三郎は手を突いて頼む様にして、柔やさしゅう云われますから、お蘭は親切なお方と顔を上げて山三郎の顔をじいっと見詰めておりましたが、眼に一杯涙を浮うかめまして、 蘭﹁誠に三年跡にお恵みを頂き、蔭ながら貴方のお噂をしておりまして、侠おと気こぎの御気性でよもや世間へ云っては下さりますまいから、段々との御親切ゆえ申しますが、私が活いきていては夫に済まないと申す訳を一通りお話を致した上からは、何うでも活いきてはおられませんから、お聞きの上は合口をお返しなすって、直すぐに此の場で自害をさして下さるならば身の上をお話し致しましょう﹂ 山﹁それは困ります、併しかし何う云う訳か話の様子に依って死なずとも宜よい事なら殺して詮せんがない、まア兎も角もお話しなさい﹂ 蘭﹁はい、実は私わたくしは三年跡粥河圖書方へ余儀ない縁えん合あいで嫁かた付づきまして何不足ない身の上で、昨年九月頃あたりから、夫は鎌倉道の竹ヶ崎の南山と申す所へ田地と山を買い、其そ所こへ別荘を建たてると申して出ました切り手紙を一通送って遣よこさず、まるで音おと信づれがございませんから、悋気ではございませんが、万ひょ一っと外ほかに増ます花はながあって私わたくしに倦あきが来て見捨てられやしないかと、心細い身の上から種いろ々〳〵心配しております所へ、小兼と申す御存知の芳町の芸者が来て、勝手を知っているから船に乗って一緒に行ゆけと、小兼に連れられて南山と申す別荘へ参りました所が、圖書は出ておりませんで、長治と申す下男ばかりで、どうして此の山の中で、酒さけ肴さかなを拵えますにも大抵の事ではございませんのに、長治一人で早く出来ます訳もなし、どうもそんな事も不思議に存じまして、用場へ参ろうと思って、三尺ばかりの開ひら戸きどがありますから其そ処こを開あけますと、用場ではなく、其処は書物棚になっておりまして本箱や何かゞ数々ありましたから、粗忽をしましたと私わたくしが締めようとして其処でつい足が辷すべりまして、書棚の書台へ肘ひじが当りますと、劇しば場いでいたす廻り舞台のようにぎゅーと開ひらきまして、不思議のことゝ後あとへ下りますと書棚の下に階はし梯ごの降おり口くちがありまして、あゝこんな所に階梯の降口はない筈だが、事に依ったら此処から他の座敷へ抜ける道でも附いて在あって、其そ所こに婦人でも隠してありはしないかと、まア悋気ではございませんが私わたくしは案じられますから、その階梯を降りまして漸よう々〳〵手さぐりで参りますと、暫くの間廊下のようになって、先に広い斯う座敷の様な所で、廻りが杉戸のような物が二重に建って居りまして、中に人は居りますが、申すことは些ちっとも分りませんから、欄間から灯あか火りのさすのを見て、はてなと欄間から覗いたら少しは事も分ろうと、机を台にして欄間から覗きまして、実に驚きましたが、どうか世間へは何どう卒ぞ此の事ばかりは貴方だから申しますが、お話しは御無用に願います﹂二十四
山﹁へーえ、其の縁の下へ階はし梯ごが掛って、床の下が通れるようになって、成程、で其そ処こを覗くとどうなって居りました﹂ 蘭﹁その床下へどうして彼あ様んな広い座敷を建てましたか、二ふた間ま程の大広間がございまして、夫圖書もおりますし、千島禮三と申す以前下役の者もおりまして、宅へも参りまする周玄と申す医者も傍におりまして、其の外百人余りも其そ所こにおりましたが、其の者どもは皆夫の同類で、主つれ人あいは其の百人余りの盗賊の頭かし分らぶんになっておりますから、それを見まして私わたくしは実に驚きました﹂ 山﹁成程、浦賀辺へ此の頃は大分盗賊が徘徊して、寺や何かへも強おし盗こみに這入ると聞きましたが、直じき鼻の先の竹ヶ崎へ百人から盗賊が隠れていようとは、ふうんーそれから何うしました﹂ 蘭﹁はい、その傍の柱の所に年の頃十六七になります器量の好よい娘が縛られておりました、あゝ荒々しい情なさけない事をする、何処から勾かど引わかして来たか憫かわ然いそうにと存じまして、其の娘を見ていると多おお勢ぜい寄って其の娘を今晩は□いて□□の□かしめるのといい、終しまいに仲間同志の争いになりましたが、夫が見兼て此の娘は私わしが貰ったと傍に有りました刀掛の脇差の小柄を取りまして投げ附けますと、其の娘の乳の辺へ刺さゝりました、きゃっと云いましたから恟びっくりして机から落ちたとまでは覚えておりましたが、其の折何処か脾ひば腹らでも打ちましたか、それから先は夢のようでとんと解りません、暫く経って私わたくしが気が附きまして眼を開ひらいて見ますと、四あた辺りが暗くろうございますから、出ようと存じても出る事も立つことも出来ませんで、私わたくしは死んで埋められたのではないかと手を撫なでて見ると、私わたくしの手に火打袋が掛っております、これは圖書が野掛に出ます時常に持ちます火打袋で、中には火道具や懐中附木もありますから火道具を出して火を移しますと、傍に燭台も蝋燭もありますから、取敢えず灯あかりを附けて見ますると、私わたくしは白木の箱に這入って居りますから、前を見ますと夫圖書が私わたくしへ贈りました手紙が一通と傍に懐剣が添えてあります、はて不思議な事と直すぐにその手紙を開きまして、読んで見まして、実に私わたくしは棺桶の中に泣倒れて居ります処へ貴方がお出いで遊ばして私わたくしをお救い下すって、斯ういう処までお伴つれ遊ばして、お母っかさんまでに御苦労を掛けますのも私わたくし故で、何とも御親切のお礼の申し様もございませんが、何分私わたくしが活いき存なが命らえておりますと、他から夫の悪事が露見しても私わたくしが申したとしか思われません、左そ様うなりますと私わたくしはどうも、仮たと令え悪人でも一旦連添いました圖書に操が立ちませんから何どう卒ぞ自害をさして下さい、左そ様うすれば女の道も立ちます事で、お情なさけにどうぞ懐剣を返して下さい﹂ と涙ながらに申しました。山三郎はお蘭の話を熟つく々〴〵聞いておりましたが、 山﹁成程妙に巧たくんだもので……お蘭さん其のまアお前の亭主から贈ったという手紙をお見せなさい、まあサ見なくては解らんから﹂ と強いて云うゆえおらんも此の場になってはもう是非がない、 蘭﹁はい、皺だらけに成ってはいますが﹂ と圖書より贈った手紙を出しましたから山三郎は開けて見ますと、文章は至って巧みに、亭主が女房に手を突いて詫あやまるように書いて有ります。 手紙の文意﹁我等儀主しゅ家か滅亡の後八ヶ年の間同類を集め、豪家又は大寺へ強盗に押入り、数あま多たの金銀を奪い、実に悪いという悪い事は総すべて我等が指さし揮ずして是迄悪行を累かさねしが、三年跡其その許もとを妻女に持ってから後は其許の孝行と貞節に愧はじて、何なに卒とぞ悪事を止やめ度たくと心掛け居おるものゝ、同類も追々に殖え何分にも足を洗う事叶わず、然るに此の度たび其許に我等の悪事を見みあ顕らわされ誠に慚愧の至り、さりながら同類の手前何分捨て置きがたく、是非なく真堀の定蓮寺へ気絶の儘埋葬いたすなり、されども気絶の事なれば棺桶の中にて蘇生するようなる事あるも測り難し、されど此の事が其許の口より露顕致せば大勢の難儀になる事なれば誠に非道の夫とも思わんが、何なに卒とぞ此の懐あい剣くちにて是非も無き事と諦め得心の上自害して呉れられよ、尤も我等も遠からず官かみのお手に遇あい死刑に臨む時、冥途にて其許に遇い詫言を申すべし、呉れ〴〵も因果の縁合と諦め自害を御おん急ぎ下され度く候そろ云々﹂ と云う様なる塩梅に旨く書続けてあります。悪人でも連添う夫婦の情じょうで死のうという心になるお蘭の志を考えると、山三郎は憫あわれさに堪えられず、暫くの間文ふみ殻がらを繰返し〳〵読んで考えて居りました。二十五
山﹁お蘭さん、誠にどうも御ごも尤っともで、お前さんは感心な方で、お前さんの御亭主を私わたしが悪くいっては済まんが、此の文面の様子では、三年あとお前さんを女房に持ってから、志を見抜いて、其の孝行と貞節に感じて今迄の悪事を止めようと思い込んだと書いてあるが、其の位見抜いて、頼もしく思って居る可愛い女房が、悪事を見たからと云って気絶した儘埋うめるとは情なさけない、死んだか活いきたか分らんなら何故薬を飲まして手当をして、気が付いての上、偖さて斯う云う訳だからどうかお前を助けたいが助ける訳に往ゆかんから自害して呉れと云えば、それお前さん、はいといって自害もする人だ、其の心底を圖書が知っていながらお前さんを生いき埋うめにしたので、お前さんだから蘇いき生かえった後も自害をしようとしなすったので殊に私わたしが此これ程ほどまでに様々云っても事実を明さないで、是は勿論死を極きわめておいでなさるから云わないので、これが普な通みの女であったらわア〳〵騒いで屹きっ度と人を呼びましょう、それでも助ける人がなければ可愛や食くい物ものはなし棺の中で飢うえ死じにに死んで仕舞うだけ、実にどうも非道の致し方で、お前さんはまア其の非道をも思わず、圖書を思う志こゝろざし、誠に夫を思う貞節、お前さんの志に免じて何うか圖書が改心するようにして遣りたい、私わしが是から浦賀へ帰って役所へ訴えれば直ぐ番所の手を以て竹ヶ崎南山へ手当になる訳だが、なれども左そ様うすればお前さんの志を空むなしくすると云う誠に其れも気の毒な訳だから、圖書に人知れず会って、篤とくと異見をして、圖書が改心の上は元通りお前さんと添わしたく思います、其れゆえ私わたしは是から帰って圖書に逢って、当人に熟つく々〴〵意見をしますから、圖書が改心の実証を見抜くまでお前さんは死を止とゞまって、私わしに命を預けて…いやさそんな事を云っては困るお前さんを殺す訳にはいかん、尤も云うまでもないが、愈いよ々〳〵改心せぬといえば仕方がない其の時はお前さんの望に任かして自害をさせましょう、先まず其れまでは﹂ と事を分けて諭しましたので、お蘭は唯はい〳〵と泣きながら返辞をして居りました。山三郎は又お蘭の心を想いやり頻りに宥なだめて居りますと、後うしろをがらりと開けまして、 男﹁御免なさい﹂ 山﹁おい、其そ所こを無むや暗みに開けては困ります、飛んでも無ねえ﹂ 男﹁御免なすって、もしお宅からお手紙が届きました﹂ 山﹁どうして家うちの奴が知って居たか﹂ 男﹁へい徳田屋の船頭がうっかり喋ってお母っかさんのお耳に這入ったと見えまして﹂ と持って来た手紙を出すを、山三郎は訝いぶかしげに受取って開いて読よみ下くだすと、驚きました。其の母の手紙には﹁お前の留守中妹いもとのお藤を強たって貰いたいという其の人は、旧もと金森家の重役粥河圖書という人で、近頃竹ヶ崎へ田地や山を買い、有ゆう福ふくの人で、奥様が此の間お死かく去れで、何どう卒か跡に嫁を欲しいと思うが、お前の妹お藤が相当な縁だというので真堀の定蓮寺の海かい禪ぜん和おし尚ょうが橋渡しをして媒なこ妁う人どを立てて貰い度いという、向うは急ぐからお前に相談しようと思うが、何分留守で仕様がなし、先さ方きからは急ぐ、何うも角こうも断りようが無いから、今日大津の銚子屋で見合をして、お藤が得心の上は粥河様方へ縁附けるから一ちょ寸っと知らせる、なれども用がなければ帰って来て、用があるなれば別段帰らんでも宜いい、結納を取とり替かわせる、此の段松屋に居るとのことが知れたから知らせる﹂唯たった一人の妹いもうとお藤を盗賊の所へ縁附ける、結納を取替せるとあるから驚いた山三郎、思わず手紙をぱったり落して腕を組み、考えれば考える程可哀想にも、眼の前に居る此のお蘭を女房に持ち、悪事を見たといって生いき埋うめにして、間もなく己が妹を貰おうと云うは如何にも人情にはずれた悪人、併しかし此の事はお蘭には云えず、心一つに憤いきどおって居る。其そんな事とは夢にも知らぬおらん﹁誠に何から何まで御心配下さいまして、貴方のお志は死んでも忘れません、何うぞ此の上何分宜よい様に﹂ 山﹁あの、大急ぎで船を一艘ぱい仕立って呉れんか、一ちょ寸っと浦賀へ帰るから大急ぎで、風が悪いから其の積りで、食くい物ものや何かはどうでも宜いいから…時にお蘭さん、あの母から手紙が来まして、黙って四日も明けたもんだから大分心配して居る様子、一ちょ寸っと行って来なければ成りませんが、今晩は何うせ来られませんが明あす朝のあさ来られなければ明あし日た遅くも夕景までには屹度来ます、それまでの間は何どう卒ぞ自害するの海へ飛込むのなどということは予かね々〴〵申す通り止とゞまって、こりゃア私わたくしがお願いです、若もし左さもないと私わたくしが是まで尽した事は皆みんな水の泡になるから、決して悪くは計らわんから、同じ人間だから悪い心にもなり又善い心にもなるものだから、貴方の思う圖書の心が直る様に何処までも他ひ人とを払って異見するから其の積りで、御亭主が善人になれば貴方の思った心も貫き、其の上何どう卒ぞもと〳〵にしたい心底、其れゆえどうか行って来るまで待って居て﹂ 蘭﹁はい、実に有難うございます、お母っかさまは嘸さぞお案じで、どうか早くお帰り遊ばして下さい、明あし日た夕方までにお出いでになるをお待ち申します﹂ 山﹁お蘭さん、貴方小遣が入いりますから沢山は無いが少しばかり手許へ置いて行ゆきますから、何ぞ好きなものを買って遠慮なしにお上んなさい、気の酷ひどく欝ふさぐ時は、此の頃は旅たび稼かせぎの芸人が居るから其れを呼んで気晴しでもして﹂ 男﹁船が出来ました、直すぐに﹂ 山﹁船が出来た、じゃ行ゆくよ﹂二十六
山三郎は階はし梯ごだ段んを降ります、残り惜しいから、お蘭は山三郎を船の処まで見送ります。山三郎も船に這入って気の毒な女だとお蘭の顔を見る、これが思えば思わるゝと申すのでござりましょう。船頭は山三郎が大急ぎと申すので腕一杯に漕ぎますが、何分風が向い風で船足は埓らち明きません。山三郎はじり〳〵して居りますが、何うも仕方がない、朝の内は西なら風いが吹き、昼少々前から東こ風ちから南みな風みかぜに変って、彼是れ今の四時頃に漸く浦賀へ這入りました。山三郎は早くも船より上あがりまして新井町へ駈けつけて、家うちへ馳かけ上あがって見るとお母ふくろも妹も居りません、其そ処こに留守居をして居るのが馬作一人。 山﹁おい師匠﹂ 馬﹁へい、お帰りなさい、どうも実に驚きましたぜ、何ど処こへ入らっしゃいました﹂ 山﹁わきへ廻って遠方へ行った﹂ 馬﹁どうもお母ふくろさんがお前と一緒に往ったのだから何ど処こかへ行って捜して来いと仰しゃって、それから私わたしは江戸屋に入らっしゃったが、はて何うなすったかと云う様な事をいってお家うちを出ましたが、何処へ往ったってお出いでなさらぬのは知って居るから、ぶら〳〵大りや何かして、程経たって帰って見ても未だお帰りなさらない、はてなと又出掛けて、今度は徳田屋さんで聞いて見ると、貴方は舟の中へ女の子を入れて松屋へお出いでなさったと云うが、あなた酷ひどいじゃアありませんか、私わたくしを捲くなんざア感心しましたぜ﹂ 山﹁なにそう云う訳じゃアねえ﹂ 馬﹁旦那まア板子の下へ女の子を入れて行いくなんざア凄い寸法で、併しかし旦那よくまア彼あの八釜しい御番所の前をねえ﹂ 山﹁それ処じゃアねえ、お母っかさんは何処へ﹂ 馬﹁お母ふく様ろさんはね、いや実に妙不思議な事で、それ例の彼かの粥河様のおらん様が死んだので、不自由だから、他から貰うよりは貴方の妹御をと云うので、寺の坊さんか何か頼んで其れが橋渡で漸く話が極って、それからお嬢さんに話をすると、何かそれ貴方が後見になって妹に聟を取って此の家いえを相続させると仰しゃったのだが、其れじゃア私が済まない、矢やっ張ぱり兄にいさんを此の家うちの旦那にして私は他わきへ縁付きたいと云うので、処がね嬢さんが粥河様を見ると一ちょ寸っと好いい男だもんだから岡惚をして、藤ちゃんはずうっと行きたいという念があるので、お母ふくろさんも遣りたいと云うので、詰り極って、今日大津の銚子屋で結納を取とり換かわせ﹂ 山﹁もうお出掛けになったか、あゝ残念だ﹂ 馬﹁旦那何も残念な事はありません、お蔭で私わたくしも一軒旦那場が殖えたので﹂ 山﹁のべつに喋るなよ、着物を着替えるから早く出せ﹂ 馬﹁着おめ物しをお着替なさい、だが箪笥は錠が下りて居ます、鍵はお母ふくろさんの巾きん着ちゃくの中へ入れてありましたが彼あの儘帯へんで一緒にずうとお出かけで﹂ 山﹁困ったな、じゃア出刄庖丁を出せ﹂ 馬﹁なんです﹂ 山﹁なんでも、喋らずに出せ﹂ 馬﹁だって疵きずだらけになりますぜ﹂ 山﹁構わんから出せ﹂ と山三郎は癇癪紛れにガチ〳〵とやって着物や羽織を引出して、さっ〳〵と着換えて脇差をたが、見けん相そうが変って居りますから馬作は何だか解らん。 馬﹁旦那私わたくしは今日お結納のお取とり替かわせ、お目出度いので御祝儀頂戴と内々悦んで居たので﹂ 山﹁家うちへ帰けえれ﹂ 馬﹁へい、女郎買からお帰りで昨ゆう夜べから持越しの癇癪などは恐れ入りますな﹂ 山﹁斯う云うとき師匠洒落などいうと聞かんぞ、何も云うな、黙って供をしろ﹂ と山三郎は急せきますから、家うちを駈出してどん〳〵谷やん通つう坂ざかを駈下りまして、突いき然なり大津の銚子屋へ飛込んだが、丁度今結納を取替せを為しようとする所、是れを山三郎が﹇#﹁山三郎が﹂は底本では﹁山三郎か﹂﹈反ほ古ごにしようと、是から掛合になりまする所、一と息つきまして次を申し上ます。二十七
引続きまして、山三郎は母と妹いもうとが先に大津の銚子屋に参って居て、此これから見合に相成るという事を聞いて、驚きまして、宅たくを出て大津の銚子屋へ参ったが、もう間に合いません広間の方には粥河圖書を始めとして居並んで居ります者は、前に金森家の同藩のように見せかけましたが、此れは皆同類で、圖書の傍そばに居りまするのが眞葛周玄という医者、立派な扮いで装たちで短みじ刀かいのをば側に引附けて、尤もらしい顔附をして居ります。其の側かた面わらには真堀の定蓮寺の留守居坊主海禪という、此れは破戒僧でございますが、是も外よそ出ゆきの袈裟法ころ衣もでございますが、何か有あり難がたそうな顔附をして控えて居ります。此こち方らの方には母と妹いもとの前に膳部を据えて大勢で何か頻りに勧めるのを両ふた人りは返答に困って居ります。 母﹁どうも御尤も様でございますが、生あい憎にく山三郎も居りませんことで、もう程無く帰りましょうかと存じて居りますが、参って居ります処も漸くに分ったような訳で、もう是も得心致しまして私わたくしもまア有難い事と存じて居る処ではございますが、何を申すも山三郎は留守の事で、あれも名なま前えに人んの事でございますから一ちょ寸っと一言申し聞かせまして、得心の上でございませんければ、それはなんで如いか何よ様うともお話も致しましょうが、今が今どうも御挨拶も出来かねますことで﹂ 海﹁いやお母っかさん、それは至極御尤もじゃが、此処にまア眞葛周玄先生という斯ういう立派な先生の媒なこ妁うどがあって事をなさるし、私わしも坊主の身の上だから余よの事は知らんが、不思議の事で、斯ういう御縁合になれば、私わしも誠にお馴染甲斐もあるような訳、どうかお帰りがあって、それは成らんいやそれは斯うしてと仰しゃれば、それは何うでも内うち々〳〵お話合もつく事で、貴方が御得心になりさえすれば山三郎殿は孝心の方で、お母っかさんの云う事を背そむくようなことはない、それは私わしも心得て居おるが、どうか善は急げで、結納の所だけは一ちょ寸っと此処で取とり替かわせをなすって、左も無いと私わしもまた仲に這入った甲斐もないと云うもので﹂ 母﹁実に海禪さんの仰しゃる通り御尤もでございますが、もう程ほど無のう帰りましょうと存じて居りますから、どうかもう少々お待遊ばして﹂ という所へ、 男﹁へい只今旦那が入らっしゃいました﹂ 母﹁はい、直すぐに何うか此の席へ参るように仰しゃって﹂ と云ううち案内をも待たずつか〳〵と山三郎は母の傍に参りまして、 山﹁誠に恐れ入りました、大きに御心配を掛けまして相済みません﹂ 母﹁本当にまア私はどんなに案じたか知れないよ、何ど所こに何うして居るかと思ったうち漸よう々よう天神山に居ることが知れてねえ、手紙を出したが知れましたろう﹂ 山﹁拝見致して取とり敢あえず立帰りましたが、未だ結納は取とり替かわせますまいな﹂ 母﹁はい結納の事はお前を待って居たので﹂ 山﹁どうか直すぐにお帰り遊ばして﹂ 母﹁直ぐにと云ったってそう帰る訳には往ゆきませんよ、先まずお前それにお出いでなさるお方は粥河様と仰しゃる、元はお大名の御家老役をもお勤めなすった立派なお方で、此の頃竹ヶ崎へお出いでになって結構な御普請を遊ばして、田地やお山をもお購かい求もとめで、何不足なくお暮しで、処が先頃奥様が卒おか去くれになって、早くどうか嫁をと云うので、処が浄善寺へ私がお藤を連れて御法談を聞きに参った其の折に御覧なすって、強たって貰いたいと仰しゃるので、他の者では厭だがお前の妹だからと云うので尚お彼あな方たで欲しいと仰しゃるので﹂ 山﹁左様でもございましょうが、まだ結納の取替せを致さんのは幸いどうか直ぐにお帰りなすって、実に私わたくしは驚きました﹂ 母﹁直ぐに帰れといっても、お前の来るのを待って居て、お前の坐る所へ整ちゃ然んとお膳もお兄あにいさんのと仰しゃって心配をなすって﹂ 山﹁いゝえ見ず知らずの者に馳走になるべきものでは有りませんから、お母っか様さんと私わたくしと藤の料理代だけは当こ家ゝへ別に払いをして参ればそれで宜しい﹂ 母﹁そんな事は出来ませんよ、そんな失礼な事をお云いでない、それよりはお近附になって﹂ 山﹁いゝえお近附どころではありません、直ぐにお帰りを願います﹂ と何かごた〳〵致して居りますから、海禪坊主が見兼て山三郎の側へ参りまして、 海﹁誠に暫く、番場の地蔵堂に居りました海禪で、お見忘れでしょうが今は真堀の定蓮寺の留守居で、雁がん田だに居りました時分は毎度お目に懸りました事もありましたが、あれに御座るは粥河様でござりまして、此の頃近辺に御寮が出来まして、浦賀へお出いでのときお藤さんを御覧で、どうか貰い度いということ、それに土地に名高いお家柄なり、旁かた々〴〵山三郎殿の御おい妹もと御ごなれば是非申し受けたいといって私わたくしへお頼みで、坊主の身の上でなんだけれども実はお母っかさんも御得心又お妹御も納得のことで、結納の取替せまでに至りまして、間際になって肝心の貴方がお出いでがないので大きに心配致しておりました、早速お帰宅で、どうかこれへお席を取って置きましたから、何うかこれへお坐り遊ばして、実にお目出度いことで恐悦な訳で﹂ 山﹁いやお目出度いこともなんにもない、久しくお目に懸らんでしたが、海禪さん、折角の思おぼ召しめしではございますが、妹藤は差上げる訳には参りませんと先方へお断りを願います﹂ 海﹁へえーそれは又何ういう訳ですな、今貴方が御不承知では先方へ私わたくしが何とも云いようがございません﹂ 山﹁云いようが有ろうが無かろうが手前は上げる事は出来ません、母や妹が得心でございましょうが、何と申したか知りませんが、未だ結納の取替せも致さんのは幸いでありますから、此の事はどうか先方へどうも妹は上げられないと云ってお断りを願います、母と妹を連れて直ぐに帰ります、おまえさんも御出家の身で縁談の事なぞには口をお出しなさらんでも宜しかろうと私わたくしも失礼ながら存じます﹂ 海﹁それは左そ様うじゃけれども、今になって其んなに仰しゃって下すっては言訳がない、何うかもし折角の御縁でこれまでに成りましたから﹂ 山﹁折角でも何でもいけませんと先方へお断りを願います﹂ と此の問答を見兼ねて眞葛周玄が側へ来て、 周﹁へい、初めまして、愚老は眞葛周玄と申す至って不ぶこ骨つも物ので、此の後ごとも幾久しゅう御別懇に願います此の度たびは不思議な御縁で粥河氏よりの頼みで、届かんながら僕が媒なこ妁うど役やくを仰せ付けられて、予かねてこの浦賀に於ても雷名轟く処の石井氏の妹いも御とご、願っても是れは出来ん処をお母っかさまもお妹御も御得心で誠に有難いことで、大夫も殊こと無のうお喜びでございます、どうか結納の取とり交かわせを致そうとして、既に只今これへ墨を添え紙をも用意致して、是から書こうという処で、御得心の上は速すみやかに認したゝめます心得で﹂ 山﹁いや何うか此の事は先方へお断りを願います、母が得心でも妹が参りたいと申しましても、此の山三郎一人にん不服でございますから、左さよ様う粥河様とやらへ何うか仰しゃって下さるように願います、貴あな老たも媒なこ妁うど役やくで御迷惑でございましょうが、直ぐに引取りますから左様思おぼ召しめして下さい﹂二十八
周﹁これは当惑致しますな、折角此れまでになって、何うも親御も妹御も御得心であるのに、遅うお出いでになって今になって私わたくしは不服じゃなどとおっしゃっては媒なこ妁うどの立たち端ばがござらんからねえ、斯うやって皆朋友の方も目出度いといって祝いに来て下すって、事がきまろうと申す所で、今になって厭と仰しゃっては誠に困りますねえ﹂ 山﹁困っても何でも上げられんから上げられんと申すので﹂ 周﹁それじゃア何処迄も是れを破縁なさる思おぼ召しめしかえ﹂ 山﹁いや破縁と申すが結んだ縁なら知らん事まだ結ばんに破縁という事はありません﹂ 周﹁貴方がお出いでというので斯う遣って詰らん魚でも多分に取寄せて、先まずお膳まで据えてお待受け申すのでござるからねえ、何うか媒なこ妁うどの届かん所は幾重にもお指図を受けまして致しますから是は何うか先まず御承引を願いたい﹂ 山﹁いゝや御馳走にはなりません、知らん方に仮たと令え酒一杯でも戴いては済みませんから、当家へは三人分だけの料理代を別に払って参りますから左様思おぼ召しめして下さい﹂ 周﹁これは怪けしからん事を仰しゃる、貴方は此の浦賀中で男おと達こだてとか侠客とか人がお前まえ様さんを尊敬する所の現在名主役をも勤めて立派なお方、物の束たばねをもなさる方で礼儀作法もお心得であろうのに、何とも何うも怪けしからん事で、此の方ほうの馳走の代を払うなどゝは以ての外な事、よし其れは兎も角も今になり妹御を遣るの遣らんのとの事を仰しゃっては僕は退ひかれん、君も名高いお方に似にあ合わん事で﹂ 圖﹁これ〳〵控えておれ﹂ と粥河圖書は横着者でございますから末ばっ席せきに下って手をつかえ、 圖﹁初めてお目に懸ります、自分は粥河圖書でございます、此の度たびは又不思議な御縁で、以来は幾久しく何分にも御別懇に願います、此の者は眞葛周玄と申すが、只今喰たべ酔よっておりまして失礼の事のみ申上げ甚だ相済まんが、何なに卒とぞお気に障さえられぬよう、当人に成り代り圖書がお詫を申上げます、殊に自分も尊兄のお出いでをお待受け申すうち大きに酩酊致して失敬の事ばかり、其の辺は幾重にもお詫を申上げますが、何うか只今申し上あぐる通りゆえ、届かぬ所は何どのようにもお指図に従い、斯うしろと仰せがあれば其の仰せに従いまするので、手前も親も兄弟もなし、殊には貴方のお妹御を申し受ければ、貴方のような兄にい様さまを設けるので、此の上の事はありませんし、誠に当地へ参っても心丈夫なり且かつ何事もお兄あに様いさまのお言葉は背かん心底でござるから、何うか御ごふ不ふ服くでもございましょうが、何が斯うすれば御意に入るとか、あゝすれば宜よいとか御腹蔵なく仰せ聞けられて、何うか結納取とり交かわせの所を何分にも御承引下されたい訳で﹂ 山﹁何うも御丁寧なる御挨拶で痛み入ります、何どう卒ぞお手を上げられて、折角の御所望ではございますが、仔細あって妹いもうとを差上げる訳にはゆきません、と申すは妹いもうとには別に婿を取って私わたくしが後見になって石井の家いえを相続させまするので、是には種しゅ々〴〵深い訳のある事で、何うも此の妹いもとは上げる訳には参りません、直ぐこれで引取りますから左様思おぼ召しめして下さい﹂ 圖﹁それでは何うも当惑致します、是までに相成って今不承知じゃと仰しゃっては圖書は立たち端ばがございません、此こ処れに参っておる朋友の者は皆前ぜん々〳〵同屋敷におりました同役の者ばかりで、これにお聞き遊ばせば知れまするが、浪人しても聊いさゝか田地や山を購かい求もとめて、お妹御に不自由をさせるような事は致さん積りで、事によれば母ぼこ公うまで共々お引取り申し度たい心得でおる程でござるから、左様仰せられずに何どう卒か此の事はお聞済相成るように願います﹂ 山﹁いや上げられません、妹いもとが参りたいと申しても母が遣りたいと申しても、此の山三郎だけは差上げることは出来ません﹂ 圖﹁何うあっても御承引はございませんか﹂ 山﹁はい、何うあっても差上げる事は出来ません﹂ 圖﹁何が御意に入りませんか、是までになって遣られないと仰しゃる其の思おぼ召しめしを承わりたい﹂ 山﹁山三郎は男でございますから情なさけと云うことを存じておりまして、斯様な満座の中で申すことは出来ませんが、貴方がお宅へお帰りになって篤とくとお考え下さい﹂ 圖﹁どう考えますか、どのように考えまするのか﹂ 山﹁貴方は御浪人なすっても以前は立派なお武さむ士らい様さまで、私わたくしのような船頭を相手にする廻船問屋如き者の妹娘を貰いたいと仰しゃれば、唯はいと二ツ返辞で差上げんければ成らん処だが、それが上げられんと云うのは何ういう訳だか貴方の心に篤とくとお聞きなすったら解りましょう﹂ 圖﹁心に問えと仰しゃるのか﹂ 山﹁はい貴方のお心に聞けば直じきに分るで有りましょう﹂ 圖﹁心に問いましても分りませんが、何うか仰せ聞けを願います﹂ 山﹁いゝえ此こ所ゝでは申されません、今は分りませんが後あとで分ります…さア行ゆきましょう﹂ と山三郎は母の手を取って表へ引出すと、母も妹いもとも何だか訳が分りませんから、うろ〳〵して居るうちに、山三郎は帳場に参って三人ぶりの酒料理代を払って外へ出ました。妹いもうとなんぞはちと腹を立ちまして、粥河さまは男も好よし人柄もよし、金はあるし、立派な人だから、此こ家ゝに縁かた附づけば仕合せと思って腹の中うちに喜んで居たのに、兄にいさんはそれだのに遣って呉れないのだよ、余あんまりだ、と腹の中なかでは思って居るが、まさかに口には出し得ないで唯たゞしお〳〵として後あとに附いて家うちへ帰って参りました。二十九
家うちへ帰ると、供に立ちました馬作はそこへ飛出して﹁私わたくしもあの前お座敷へ出ようと思いましたが一向様子が分りませんで、旦那今日のはまア一体何うしたんです﹂
藤﹁本当に馬作さん私は冷汗が出たよ﹂
馬﹁旦那はついしか荒い事を仰しゃった事は無いが、それも宜いいが三人前の料理代を払うなんどは本当に愛敬のない仕方で、彼あれはどうも苛ひどい、何でも理わ由けがあるに違いない、理わ由けがなくって彼あん様なになさる気きづ遣かいはねえ、何うも理わ由けがありそうだ﹂
山﹁あゝ家うちへ帰ってまア安心した、さア〳〵お母っかさん此こち方らへ、妹も此こっ方ちへ来な、お前が折角行ゆきたいという処を兄にいさんが止めて定めておつに思ったろうが、そこには種いろ々〳〵深い理わ由けのある事で、又兄さんが粥河よりもそっと立派な優まさった者を見立てゝ遣る、心配しなさんな大きに何うも癇癪に障さわって手荒い事を云って心配させたが、勘忍して呉んな﹂
馬﹁何ういう訳でございますか苛ひどくお怒おこりで、今いう通り何か是にゃア訳があるのでしょうが、是は何うも藤ちゃん仕方がありません、御縁のないのです、その代り今度お兄あにいさんのお見立になるお聟さんはね、是は大した者がありましょう、彼あれよりは好いいと云うんだから何どんなに好いいか知れません、粥河さんはね、あれで好いい様に見えても一ちょ寸っといけすかない処がありますからねえ、いやにこう色は白いようだが何だか煉瓦の裏通りと云うような処がありますからねえ﹂
山﹁まア宜いい、何ぞで一盃遣りましょう﹂
と酒を取寄せ話をして居る中うちに灯あか火りを点けます時分になると、大津の銚子屋から手紙で、小さな文ふば箱この中に石井山三郎様粥河圖書という手紙が届きました。
馬﹁旦那お手紙で﹂
山﹁何処から﹂
馬﹁銚子屋からで、粥河様でしょう﹂
山﹁使つかいの者は待って居るのか﹂
馬﹁へい待って居ります﹂
山﹁なんだ﹂
馬﹁何だって粥河さんは余よっ程ぽど藤ちゃんに惚れてるんで、先さっ刻き彼あの位に云われて見れば、大概の者は腹ア立って、なに彼あればかりが女じゃアねえ、他から貰うと云うのだが、それを又謝り口状を云って遣よこすなんざア惚れてるてえものは妙なもんでねえ﹂
此こな方たの山三郎は封押切って手紙を読みかけると、
馬﹁旦那、なんと書いてありますか心配で、どうか一ちょ寸っと﹂
山﹁なんでも宜いいよ﹂
馬﹁何ういう訳か一ちょ寸っとお見せなさい﹂
山﹁さア﹂
馬﹁此こい奴つア些ちっとも分りませんねえ、残らず字ばかりで書いてありますから﹂
山三郎は読みかけた後あとをだん〳〵見ますと、其の文面に
四月十四日
粥河圖書
石井山三郎様
という書面で是れが
先刻大津の銚子屋にて御面談の儀に付御書状の趣き逐一承知仕 候御申越の時刻無相違 御出合申可 貴殿にも御覚悟にて御出張可有之 此段及御答 候也
四月十四日
四月十四日
石井山三郎
粥河圖書様
という是れが決はた闘しじ状ょうの取とり遣やりでございますが、向むこうは盗賊の同類が多たに人ん数ず居りますから、其それ等らが取巻いて飛道具でも向けられゝば其れ切ぎり、左もない所が相手も粥河圖書だからおめ〳〵とも討たれまい、必ず此の方も切きり死じにをしなければならんが、其の時は松屋に残したお蘭が斯うと聞かば必らず自害して相あい果はてるに相違ない、如何にもそれが不ふび便んなこと、何うかお蘭を助けたいものだがと、母や妹を寝かした後あとで、細こま々〴〵と認したゝめました遺かき書おき二通、一本はお蘭の許もとへ、一本は母へ宛て、封ふう目じめを固く致した山三郎、其の翌晩小原山と申す山の原中に出まして粥河圖書と決はた闘しあいを致しまするお話、一ちょ寸っと一息吐つきまして申上げます。