型の如ごとく、青竹につるした白張の提ちや灯うちん、紅白の造花の蓮れん華げ、紙に貼はり付つけた菓子、雀すゞめの巣さながらの藁わら細ざい工くの容いれ物ものに盛つた野だんご、ピカピカ磨みがきたてた真しん鍮ちゆうの燭しよ台くだい、それから、大きな朱傘をさゝせた、着飾つた坊さん、跣はだしの位いは牌い持ち、柩ひつぎ、――生々しい赤い杉板で造つた四斗樽だるほどの棺くわ桶んをけで、頭から白木綿で巻かれ、その上に、小さな印ばかりの天てん蓋がいが置かれてある。棺台に載せて、四人して担かついだ。――そして、そのあとから、身寄りのもの、念仏衆、村のたれかれ、見物がてらの子守ツ子たちがぞろ〳〵と続いた。 チン! カン! ボン! 念仏衆の打ちならす小、中、大の鉦かねの音が静かに、哀かなしげに、そして、いかにも退屈さうに響いた。行列は、それに調子を合せてでもゐるかのやうに、のろ〳〵と、哀しげに、そしていかにも怠たい儀ぎさうに進んだ。 誰もが、唖おしででもあるやうに、重苦しく押黙つてゐた。 チン! カン! ボン! たゞ、鉦の音だけが、間をおいては同じ調子で繰り返へされた。が、小をぐ暗らい村の小こみ径ちを離れて、広々とした耕野の道へ出た時、たうとう我慢がしきれなくなつたといつたやうに、誰かが、前の方で叫んだ。 ﹁鉦を、もつとがつとに叩たゞけや。﹂ と、これも、みんなに寛くつろぎを勧めでもするやうな、殊こと更さらにおどけた調子で、少し離れたところから、ほかの者が、それにつけ加へた。 ﹁ほんとによ、今度の仏は、大分耳が遠かつたんだから。聞えねえと悪い。﹂ チーン! カーン! ボーン! ﹁さうだ、さうだ。もつと、もつと。はゝゝゝ。﹂ ﹁爺ぢいさんな、陰気ツ臭いのが何より嫌きれえだつて、いつも口癖のやうに云つてゐさしたつけよ。﹂と、今度は後の方で、誰か女の人が云つた。 ﹁それに八十二だつて云や、年と齢しに不足はねえんだからの、まあ、目め出で度てえ方なんだ。﹂ ﹁ほんだてば。﹂ ﹁八十二でゐさしたつて、え?﹂ ﹁あ、さうだ、と。﹂ ﹁ほう、それにしちや、まあ、とんだ岩がん畳でふなもんだつたの! 仕事ぢや、何をやらしても若いもんと同じこんだつた。﹂ 縛いましめからでも解かれたやうに、一同は急にくつろいで、陽気に、がやがやとしやべり出した。﹁やれやれ!﹂といつたやうに大きな吐息を洩もらすものさへあつた。 風のない、ぽか〳〵する上天気である。収穫前の田畑はいづれも豊かに、黄に、褐かつ色しよくに、飴あめ色いろに色付いてゐた。あたりには、赤とんぼの群がちら〳〵と飛んでゐた。その或るものは、歩いてゐる青竹に、朱傘に、柩にとまつたりした。 チン! カン! ボン! ﹁爺さんな、今ごろ、どの辺を歩いて居られることやら?﹂ 突然、真中あたりで、こんなことを云ひ出したものがあつた。と、それが、ちやうど波紋かなどのやうに、順々に前後に拡つて行つた。 ﹁三さん途づの川かはあたりだらうかなう?﹂ ﹁なんぼ足が早いつたつて、十万億土つていふから、さうは行かれめえてば。﹂ ﹁なあに、さうでねえと。瞬まばたきしるかしねえうちに向ふへ行きつくもんだつてこんだ。﹂ ﹁そんな事だつたら、何で脚きや絆はんだ、草わら鞋ぢだつて穿はかせてやることがあらうば。﹂ ﹁七日七夜の間は、魂が、まだ家のまはりに止つてゐるもんだつてこんだよ。﹂ ﹁さうだかも知れねえ。﹂ ﹁どれが当つてゐるか、坊様にお尋ね申してみるが、いつちいゝ。﹂ 話の波が、また中まん央なかへ復かへつて来た。が、頭を青々と剃そり立たてた生なま若わかい坊さんは、勿もつ体たいぶつた顔にちよいと微笑を浮べただけで何とも答へなかつた。 しかし、そんな事には一向頓とん着ぢやくなく、別な新しい話が、もう、別なところで持ち上つてゐた。 ﹁爺さんな、わるくすると、地獄街道をどん〳〵行つてしまつたかも知れねえてば。﹂ ﹁なんしてや?﹂ ﹁極楽の道は人通りがすくねえんで草だらけだつてこんだからなう。﹂ ﹁呑のん気きもんだから、そんなことに気がつかれめえも知れねえ。﹂ ﹁さうだてば、真まつ直すぐに、ぶら〳〵と、いつもの鼻唄かなんかでの。﹂ ﹁爺さんの鼻唄か、はつはつはつは。﹂ ﹁ほつほつほ……。﹂ ﹁ばか云ふもんでねえ。おどけでも地獄へおちるなんて、かわいさうによ。……あゝあ……なむあみだぶつ、なむあみだぶつ。﹂ ﹁道を間違はつしやらねえやうに、せつせと鉦を叩けや!﹂ チン! カン! ボン! ﹁もつと、がつとに!﹂ チーン! カーン! ボーン! ﹁だつて、そんな話が出るたんびに、爺さんな、いつも云つてゐさしたつけよ。﹃極楽なんて真平だ。﹄つて。﹃年百年中、蓮はすのうてなとやらの上に、お行儀よくかしこまつて坐りこんでゐるなんて、俺がやうながさつ者にや、とても勤まるめえ。﹄つてよ。﹂ ﹁爺さんの云ひさうなこんだ。﹂ ﹁そして、云ふことが面白え、﹃俺、これで大した悪わる働いてゐねえから、どつちみち、大した苦くげ患んに遇あふこともあるめえ。それどころか、地獄にや、ほれ、でつけえ人煮る釜かまがあるつてこんだから、俺がやうな薪まき割わり稼かげ業ふは案外調法がられめえもんでもねえ。﹄ツてんだ。﹂ ﹁はゝゝ、そんなら、爺さんな、あの世へ行つてからも、薪割でおつ通さうツて考でゐさしたんだつたか。﹂ ﹁いや、さう云や、よう割らしたもんだつたなう!﹂ ﹁ほんにさ、この何十年が間つてもの、村中の薪つて薪、みんな、あの爺さん一人で割らしたんだからなう。﹂ ﹁それから、柴しばまるけるんだつて、それから、根つ子掘りだつて、みんな、まるで爺さん一人の受持ちみてえにして頼んでゐたもんでねえか。﹂ ﹁さう云や、俺、近いうちに、二三日も来て貰もれえてえと思つてゐたんだのに、思ひがけなく、ころつと逝ゆかしつたんでなう、ほんに、はや!﹂ ﹁俺がとこでも、根つ子掘りの約束をして置いて呉くれさしたんだつたのに、よ。﹂ チン! カン! ボン! ﹁なむあみだぶ、なむあみだぶ。﹂ ﹁いゝお天気で結構なこんだ。﹂ ﹁今度は珍しく永く続いたもんだ。今日で五日目かの?﹂ ﹁もう、雨は要いらねえ、これから、照つただけが儲まうけだ。﹂ ﹁爺さんはいゝ時に死なしたもんだ。﹂ ﹁これこそ、ほんとに、爺さんの生涯の功くど徳くといふもんだ。藁わらも薪もから〳〵に干ひてゐるから、さぞ、よう燃えさつしやるこつたらうてば。﹂ ﹁ならうことなら、俺も、こんな日に死にてえもんだ!﹂ ﹁はゝゝゝ、我家の婆さんが、何を云はつしやることやら。縁えん起ぎでもねえ、……しかし、婆さんや、お迎が来たら、そんな、あとの心配なんかしねえで、いつでも心持よう行つてくらつしやい、や。どんな風雨の時だつて、俺、お前のこと半焼のまゝになんかして置かねえから、の。﹂ ﹁さうだとも、さうだとも。﹂ ﹁みんな、そんな話し、もう止やめさつしやい。信じんが何よりだ。後ごし生やうさへ願つてゐれば、それでいゝんだつてこんだ。……なむあみだぶ、なむあみだぶ。﹂ 少し離れたところで、﹁あゝあゝ﹂と大きなあくびをしたものがあつた。と思ふと、また、それより別なところで、﹁はつはつは﹂と大笑ひした者があつた。 ﹁おどけ者の與平次爺さんが居なくなつたんで急に村が淋さびしくなるこんだらう。﹂ ﹁いつも、馬鹿ばつか云つて、みんなを笑はしてゐさしたつけが、ほんに、あんな頓とん智ちのいゝ人つてあつたもんでねえ。﹂ ﹁さう云や、先だつても、飛んだ可をか笑しなことを云つてゐさしたつけよ。だしぬけに、﹃死なば今だ。﹄つて云はつしやるんだ。﹃どうして、え?﹄つて訊きくと、真ま面じ目めな顔で、M︵村の名︶の勇助――ほれ、この春、死んだ歌唄ひさ。――あれが、現い今ま、閻えん魔まの座に直つてゐるからだつてんだ。﹂ ところ〳〵で、笑声が起つた。 ﹁それは、また、どうした訳かつて訊くと、﹂同じ人が、調子づいて続けた。﹁閻魔の前で、勇助が前の世で歌唄ひを渡世にしてゐましたつていふと、それでは一つ唄つて聞せろつてことになつたんだ相だね。すると勇助の奴やつ、いつもの癖で、ちよいと恐おそ入れいつたやうに頭を掻かいて、その実、大得意で勿体ぶつて、へつへつへつと笑つた相だ。そして、場所柄もわきめえねえつて酷ひどく叱しかられたつていふね。それでも、勇助が、﹃なんぼなんでも、裸はだ体かでは唄へません。﹄つていふと、それぢやつていふんで、閻魔が自分の着てゐた衣きも物のを脱ぬいで勇助に着せたんだ相だ。ところが、ちやうどそこへ鬼共がどや〳〵とやつて来て、間違つて、裸体の閻魔を物も云はせねえで引立て行つてしまつたんだ相だ。﹂ ﹁なあるほど、それで、そのまゝ、あの勇助奴めが閻魔様つてわけだね。﹂ ﹁はゝゝゝ、これは面白えや。﹂ ﹁何だつて、え?﹂ ﹁はつはつは。﹂ ﹁ほつほつほ。﹂ 高笑ひが、行列全体をゆるがした。その為めに、白張の提灯をさげた青竹が傾き、朱傘が揺れ、柩ひつぎが波打つた。 ﹁それで、爺さんな、勇助と顔かほ馴なじ染みだから、悪いやうには取計つてくれめえつてんだよ。それでも、もしかして、先方で白つぱくれてゐやがつたら、﹃やい、勇助!﹄つて、地獄中に響きわたるやうな大声で呶ど鳴なつてやるんだつて云つて、自分でも可笑しがつて大笑ひしてゐさしたつけがよ。﹂ ﹁はゝゝゝ、勇助と與平次爺さんとでは、全く、はや、うめえ取組だ!﹂ ﹁はつはつは。﹂﹁ほつほつほ。﹂ みんなが長い間笑つた。やつとそれが止やんだ時、また、誰かが、 ﹁やい、勇助!﹂と、亡き人の仮こわ声いろを使つた。 それで、わけもなく、みんなを、また大笑ひに陥れた。 と、また、別な人が、つゞいて、自分自身笑ひに噎むせながら、一層巧みなところを試みた。 ﹁やい、歌唄ひの勇助!……お前がいくら三円の雪せつ駄たを穿はいてゐるなんて威張つたつて、俺等が唄はしてやらなかつたら、どうもなるもんぢやなかつたらうに。……この恩知らず奴めが!……﹂ ﹁はゝゝゝ。﹂﹁ほゝゝゝ。﹂ ﹁あゝ、もう止めてくれ。後生だから、はゝゝゝ。腹が痛くなつて来た。……あゝ!﹂ ﹁何だと! 薪割の與平次奴!……はつはつは。……﹂と、今度は勇助の仮声を使ふものが現はれて来た。一同が、また、新しくどつと笑ひ崩くづれた。 チン! ボン! カン! カン! チン! チン! ﹁はゝゝゝ、あゝ、鉦かねもなも叩かれたもんでねえ。はゝゝゝ。﹂ それから、また長いこと笑ひが続いた。そして、やつと終つた。ある者は涙を拭ふき、ある者は横腹を叩き、ある者は咳せき入いつて、隣の人から背中を叩いて貰もらつたりした。 ﹁あゝ。あゝ。﹂ あつちでも、こつちでも、笑ひに疲れた後の長い吐息が聞かれた。行列は、いつか識しらぬ間に、火葬場に着いてゐるのであつた。 ︵大正十一年九月︶