むかしむかし大おお昔むかし、今いまから二千年ねんも前まえのこと、一ひと人りの金かね持もちがあって、美うつくしい、気きだ立ての善いい、おかみさんを持もって居いました。この夫ふう婦ふは大たい層そう仲なかが好よかったが、小こど児もがないので、どうかして一ひと人りほしいと思おもい、おかみさんは、夜よるも、昼ひるも、一心しんに、小こど児もの授さずかりますようにと祈いのっておりましたが、どうしても出で来きませんでした。
さてこの夫ふう婦ふの家うちの前まえの庭にわに、一本ぽんの杜とし松ょうがありました。或ある日ひ、冬ふゆのことでしたが、おかみさんはこの樹きの下したで、林りん檎ごの皮かわを剥むいていました。剥むいてゆくうちに、指ゆびを切きったので、雪ゆきの上うえへ血ちがたれました。︵*︵註︶杜松は檜類の喬木で、一に﹁ねず﹂又は﹁むろ﹂ともいいます︶
﹁ああ、﹂と女おんなは深ふかい嘆ため息いきを吐ついて、目めの前まえの血ちを眺ながめているうちに、急きゅうに心ここ細ろぼそくなって、こう言いった。﹁血ちのように赤あかく、雪ゆきのように白しろい小こど児もが、ひとりあったらねい!﹂
言いってしまうと、女おんなの胸むねは急きゅうに軽かるくなりました。そして確たしかに自じぶ分んの願ねがいがとどいたような気きがしました。女おんなは家うちへ入はいりました。それから一月つき経たつと、雪ゆきが消きえました。二月つきすると、色いろ々いろな物ものが青あおくなりました。三月つきすると、地じの中なかから花はなが咲さきました。四月つきすると、木き々ぎの梢こずえが青あお葉ばに包つつまれ、枝えだと枝えだが重かさなり合あって、小こと鳥りは森もりに谺こだまを起おこして、木きの上うえの花はなを散ちらすくらいに、歌うたい出だしました。五月つき経たった時ときに、おかみさんは、杜ね松ずの樹きの下したへ行ゆきましたが、杜とし松ょうの甘あまい香かお気りを嚊かぐと、胸むねの底そこが躍おどり立たつような気きがして来きて、嬉うれしさに我われしらずそこへ膝ひざを突つきました。六月つき目めが過すぎると、杜ね松ずの実みは堅かたく、肉にくづいて来きましたが、女おんなはただ静じっとして居いました。七月つきになると、女おんなは杜ね松ずの実みを落おとして、しきりに食たべました。するとだんだん気きがふさいで、病びょ気うきになりました。それから八月つき経たった時ときに、女おんなは夫おっとの所ところへ行いって、泣なきながら、こう言いいました。
﹁もしかわたしが死しんだら、あの杜とし松ょうの根ねも元とへ埋うめて下くださいね。﹂
これですっかり安あん心しんして、嬉うれしそうにしているうちに、九月つきが過すぎて、十月つき目めになって、女おんなは雪ゆきのように白しろく、血ちのように赤あかい小こど児もを生うみました。それを見みると、女おんなはあんまり喜よろこんで、とうとう死しんでしまいました。
夫おっとは女おんなを杜とし松ょうの根ねも元とへ埋うめました。そしてその時ときには、大たい変へんに泣なきましたが、時ときが経たつと、悲かなしみもだんだん薄うすくなりました。それから暫しばらくすると、男おとこはすっかり諦あきらめて、泣なくのをやめました。それから暫しばらくして、男おとこは別べつなおかみさんをもらいました。
二度ど目めのおかみさんには、女おんなの子こが生うまれました。初はじめのおかみさんの子こは、血ちのように赤あかく、雪ゆきのように白しろい男おとこの子こでした。おかみさんは自じぶ分んの娘むすめを見みると、可かわ愛ゆくって、可かわ愛ゆくって、たまらないほどでしたが、この小ちいさな男おとこの子こを見みるたんびに、いやな気きも持ちになりました。どうかして夫おっとの財ざい産さんを残のこらず自じぶ分んの娘むすめにやりたいものだが、それには、この男おとこの子こが邪じゃ魔まになる、というような考かんがえが、始しじ終ゅう女おんなの心こころをはなれませんでした。それでおかみさんは、だんだん鬼おにのような心こころになって、いつもこの子こを目めの敵かたきにして、打ぶったり、敲たたいたり、家うち中じゅうを追おい廻まわしたりするので、かわいそうな小こど児もは、始しょ終っちゅうびくびくして、学がっ校こうから帰かえっても、家うちにはおちついていられないくらいでした。
或ある時とき、おかみさんが、二階かいの小こ部べ屋やへはいっていると、女おんなの子こもついて来きて、こう言いいました。
﹁母かあさん、林りん檎ごを頂ちょ戴うだい。﹂
﹁あいよ。﹂とおかあさんが言いって、函はこの中なかから美きれ麗いな林りん檎ごを出だして、女おんなの子こにやりました。その函はこには大おおきな、重おもい蓋ふたと頑がん固こな鉄てつの錠じょうが、ついていました。
﹁母かあさん、﹂と女おんなの子こが言いった。﹁兄にいさんにも、一つあげないこと?﹂
おかあさんは機きげ嫌んをわるくしたが、それでも何なに気げなしに、こういいました。
﹁あいよ、学がっ校こうから帰かえって来きたらね。﹂
そして男おとこの子こが帰かえって来くるのを窓まどから見みると、急きゅうに悪あく魔まが心こころの中なかへはいってでも来きたように、女おんなの子この持もっている林りん檎ごをひったくって、
﹁兄にいさんより先さきに食たべるんじゃない。﹂
と言いいながら、林りん檎ごを函はこの中なかへ投なげ込こんで、蓋ふたをしてしまいました。
そこへ男おとこの子こが帰かえって来きて、扉との所ところまで来くると、悪あく魔まのついた継まま母ははは、わざと優やさしい声こえで、
﹁坊ぼうや、林りん檎ごをあげようか?﹂といって、じろりと男おとこの子この顔かおを見みました。
﹁母かあさん、﹂と男おとこの子こが言いった。﹁何なんて顔かおしてるの! ええ、林りん檎ごを下ください。﹂
﹁じゃア、一しょにおいで!﹂といって、継まま母ははは部へ屋やへはいって、函はこの蓋ふたを持もち上あげげながら、﹁さア自じぶ分んで一ひと個つお取とりなさい。﹂
こういわれて、男おとこの子こが函はこの中なかへ頭あたまを突つっ込こんだ途とた端んに、ガタンと蓋ふたを落おとしたので、小こど児もの頭あたまはころりととれて、赤あかい林りん檎ごの中なかへ落おちました。それを見みると、継まま母ははは急きゅうに恐おそろしくなって、﹁どうしたら、脱のがれられるだろう?﹂と思おもいました。そこで継まま母ははは、自じぶ分んの居い室まにある箪たん笥すのところに行いって、手てぢ近かの抽ひき斗だしから、白しろい手はん巾けちを出だして来きて、頭あたまを頸くびに密くっ着つけた上うえを、ぐるぐると巻まいて、傷きずの分わからないようにし、そして手てへ林りん檎ごを持もたせて、男おとこの子こを入いり口ぐちの椅い子すの上うえへ坐すわらせておきました。
間まもなく、女おんなの子このマリちゃんが、今いまちょうど、台だい所どころで、炉ろの前まえに立たって、沸にえ立たった鍋なべをかき廻まわしているお母かあさんのそばへ来きました。
﹁母かあさん、﹂とマリちゃんが言いった。﹁兄にいさんは扉との前まえに坐すわって、真まっ白しろなお顔かおをして、林りん檎ごを手てに持もっているのよ。わたしがその林りん檎ごを頂ちょ戴うだいと言いっても、何なんとも言いわないんですもの、わたし怖こわくなッちゃったわ!﹂
﹁もう一遍ぺん行いってごらん。﹂とお母かあさんが言いった。﹁そして返へん事じをしなかったら、横よこ面ッつらを張はっておやり。﹂
そこでマリちゃんは又また行いって、
﹁兄にいさん、その林りん檎ごを頂ちょ戴うだい。﹂
といいましたが、兄にいさんは何なんとも言いわないので、女おんなの子こが横よこ面ッつらを張はると、頭あたまがころりと落おちました。それを見みると、女おんなの子こは恐こわくなって、泣なき出だしました。そして泣なきながら、お母かあさんの所ところへ駈かけて行いって、こう言いいました。
﹁ねえ、母かあさん! わたし兄にいさんの頭あたまを打うって、落おッことしちまったの!﹂
そう言いって、女おんなの子こは泣ないて、泣ないて、いつまでもだまりませんでした。
﹁マリちゃん!﹂とお母かあさんが言いった。﹁お前まえ、何なんでそんなことをしたの! まア、いいから、黙だまって、誰だれにも知しれないようにしておいでなさいよ。出で来きちまったことは、もう取とり返かえしがつかないんだからね。あの子こはスープにでもしちまいましょうよ。﹂
こういって、お母かあさんは小ちいさな男おとこの子こを持もって来きて、ばらばらに切きりはなして、お鍋なべへぶちこんで、ぐつぐつ煮にてスープをこしらえました。マリちゃんはそのそばで、泣ないて、泣ないて、泣なきとおしましたが、涙なみだはみんなお鍋なべのなかへ落おちて、その上うえ塩しおをいれなくてもいいくらいでした。お父とうさんが帰かえって来きて、食テー卓ブルの前まえへ坐すわると、
﹁あの子こは何ど処こへ行いったの?﹂と尋たずねました。
すると母はは親おやは、大おおきな、大おおきな、お皿さらへ黒くろいスープを盛もって、運はこんで来きました。マリちゃんはまだ悲かなしくって、頭あたまもあげずに、おいおい泣ないていました。すると父ちち親おやは、もう一度ど、
﹁あの子こは何ど処こへ行いったの?﹂とききました。
﹁ねえ、﹂とお母かあさんが言いった。﹁あの子こは田いな舎かへ行ゆきましたの、ミュッテンの大おお伯お父じさんのとこへ、暫しばらく泊とまって来くるんですって。﹂
﹁何なにしに行いったんだい?﹂とお父とうさんが言いった。﹁おれにことわりもしないで!﹂
﹁ええ、何なんですか、大たいへん行いきたがって、わたしに、六週しゅ間うかんだけ、泊とまりにやってくれッて言いいますの。先むこ方うへ行いけばきっと大だい切じにされますよ。﹂
﹁ああ、﹂とお父とうさんが言いった。﹁それは本ほん当とうに困こまったね。全ぜん体たい、おれに黙だまって行いくなんてことはありやしない。﹂
そう言いって、食しょ事くじを初はじめながら、お父とうさんはまた、
﹁マリちゃん、何なにを泣なくの?﹂とききました。﹁兄にいさんは今いまにきっと帰かえって来くるよ。﹂
それから、おかみさんの方ほうを見みて、
﹁おい、母かあさん、これはとても旨うまいぞ!、もっともらおう!﹂といったが、食たべれば食たべる程ほど、いくらでも食たべられるので、﹁もっとくれ! 残のこすのは惜おしい、おれが一人りでいただいちまおうよ。﹂といいながら、とうとう一ひと人りで、みんな食たべてしまって、骨ほねを食テー卓ブルの下したへ投なげました。
するとマリちゃんは、自じぶ分んの箪たん笥すへ行いって、一番ばん下したの抽ひき斗だしから、一番ばん上じょ等うとうの絹きぬの手はん巾けちを出だして来きて、食テー卓ブルの下したの骨ほねを、一つ残のこらず拾ひろい上あげて、手はん巾けちへ包つつみ、泣なきながら、戸おも外てへ持もって行ゆきました。マリちゃんはその骨ほねを杜ね松ずの樹きの根ねも元との草くさの中なかへ置おくと、急きゅうに胸むねが軽かるくなって、もう涙なみだが出でなくなりました。
その時とき、杜ね松ずの樹きがザワザワと動うごき出だして、枝えだと枝えだが、まるで手てを拍うって喜よろこんでいるように、着ついたり、離はなれたり、しました。すると木きの中なかから、雲くもが立たちのぼり、その雲くもの真まん中なかで、ぱっと火ひが燃もえ立たったと思おもうと、火ひの中なかから、美うつくしい鳥とりが飛とび出だして、善いい声こえをして歌うたいながら、中なか空ぞら高たかく舞まいのぼりました。
鳥とりが飛とんで行いってしまうと、杜ね松ずの木きは又また元もとの通とおりになりましたが、手はん巾けちは骨ほねと一しょに何ど処こへか消きえてしまいました。マリちゃんは、すっかり胸むねが軽かるくなって、兄にいさんがまだ生いきてでもいるような心ここ持ろもちがして、嬉うれしくってたまらなかったので、機きげ嫌んよく家うちへ入はいって、夕ゆうご飯はんを食たべました。
ところが、鳥とりは飛とんで行いって、金かざ工りやの家や根ねへ棲とまって、こう歌うたい出だしました。
﹁母かあさんが、わたしを殺ころした、
父とうさんが、わたしを食たべた、
妹いもうとのマリちゃんが、
わたしの骨ほねをのこらず拾ひろって、
手はん巾けちに包つつんで、
杜ね松ずの樹きの根ねも元とへ置おいた。
キーウィット、キーウィット、何なんと、綺きれ麗いな鳥とりでしょう!﹂
金かざ工りやは仕しご事と場ばへ坐すわって、黄き金んの鎖くさりを造つくっていましたが、家や根ねの上うえで歌うたっている鳥とりの声こえを聞きくと、いい声こえだと思おもって、立たち上あがって見みに来きました。けれども閾しきいを跨またぐ時ときに、片かた方ほうの上うわ沓ぐつが脱ぬげたので、片かた足あしには、上うわ沓ぐつを穿はき、片かた足あしは、沓くつ下しただけで、前まえ垂だれを掛かけ、片かた手てには、黄き金んの鎖くさり、片かた手てには、ヤットコを持もって、街まちの中なかへ跳とび出だしました。そして日にっ光こうの中なかへ立たって、鳥とりを眺ながめて居いました。
﹁鳥とりや、﹂と金かざ工りやが言いった。﹁何なんて好いい声こえで歌うたうんだ。もう一度ど、あの歌うたを歌うたって見みな。﹂
﹁いえいえ、﹂と鳥とりが言いった。﹁ただじゃア、二度どは、歌うたいません。それとも、その黄き金んの鎖くさりを下くださるなら、もう一度ど、歌うたいましょう。﹂
﹁よしきた、﹂と金かざ工りやが言いった。﹁それ黄き金んの鎖くさりをやる。さア、もう一度ど、歌うたって見みな。﹂
それを聞きくと、鳥とりは降おりて来きて、右みぎの趾あしで黄き金んの鎖くさりを受うけ取とり、金かざ工りやのすぐ前まえへ棲とまって、歌うたいました。
﹁母かあさんが、わたしを殺ころした、
父とうさんが、わたしを食たべた、
妹いもうとのマリちゃんが、
わたしの骨ほねをのこらず拾ひろって、
手はん巾けちに包つつんで、
杜ね松ずの樹きの根ねも元とへ置おいた。
キーウィット、キーウィット、何なんと、綺きれ麗いな鳥とりでしょう!﹂
﹁母かあさんが、わたしを殺ころした、
父とうさんが、わたしを食たべた、
妹いもうとのマリちゃんが、
わたしの骨ほねをのこらず拾ひろって、
手はん巾けちに包つつんで、
杜ね松ずの樹きの根ねも元とへ置おいた。
キーウィット、キーウィット、何なんと、綺きれ麗いな鳥とりでしょう!﹂
靴くつ屋やはこれを聞きくと、襯シャ衣ツのまんまで、戸そ外とへ駈かけ出だして、眼めの上うえへ手てを翳かざして、家や根ねの上うえを眺ながめました。
﹁鳥とりや、﹂と靴くつ屋やが言いった。﹁何なんて好いい声こえで歌うたうんだ!﹂
そう言いって、家うちの中なかへ声こえをかけました。
﹁女にょ房うぼうや、ちょいと来きなよ、鳥とりが居いるから。ちょいとあの鳥とりを見みな! いい声こえでうたうから。﹂
それから娘むすめだの、子こど供もたちだの、職しょ人くにんだの、小こぞ僧うだの、女じょ中ちゅうだのを呼よびましたので、みんな往おう来らいへ出でて、鳥とりを眺ながめました。鳥とりは赤あかと緑みどりの羽はねをして、咽のどのまわりには、黄き金んを纒まとい、二つの眼めを星ほしのようにきらきら光ひからせておりました。それはほんとうに美みご事となものでした。
﹁鳥とりや、﹂と靴くつ屋やが言いった。﹁もう一度ど、あの歌うたを歌うたって見みな。﹂
﹁いえいえ、﹂と鳥とりが言いった。﹁ただじゃア、二度どは、歌うたいません。それとも何なにかくれますか。﹂
﹁女にょ房うぼうや、﹂と靴くつ屋やが言いった。﹁店みせへ行いって、一番ばん上うえの棚たなに、赤あか靴ぐつが一足そくあるから、あれを持もって来きな。﹂
そこで、おかみさんは行いって、その靴くつを持もって来きました。
﹁さア、鳥とりや、﹂と靴くつ屋やが言いった。﹁もう一度ど、あの歌うたを歌うたって見みな。﹂
すると鳥とりはおりて来きて、左ひだりの爪つめで靴くつを受うけ取とると、又また家や根ねへ飛とんで行いって、歌うたい出だしました。
﹁母かあさんが、わたしを殺ころした、
父とうさんが、わたしを食たべた、
妹いもうとのマリちゃんが、
わたしの骨ほねをのこらず拾ひろって、
手はん巾けちに包つつんで、
杜ね松ずの樹きの根ねも元とへ置おいた。
キーウィット、キーウィット、何なんと、綺きれ麗いな鳥とりでしょう!﹂
歌うたってしまうと、鳥とりはまた飛とんで行ゆきました。右みぎの趾あしには鎖くさりを持もち、左ひだりの爪つめに靴くつを持もって、水すい車しゃ小ご舎やの方ほうへ飛とんで行ゆきました。
水すい車しゃは、﹁カタン―コトン、カタン―コトン、カタン―コトン。﹂と廻まわっていました。小こ舎やの中なかには、二十人にんの粉こなひき男おとこが、臼うすの目めを刻きって居いました。
﹁カタン―コトン、カタン―コトン、カタン―コトン﹂と水すい車しゃの廻まわる間あいだに、粉こなひき男おとこは、﹁コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ﹂と臼うすの目めを刻きって居いた。
鳥とりは水すい車しゃ小ご舎やの前まえにある菩ぼだ提いじ樹ゅの上うえへ棲とまって、歌うたい出だしました。
「母 さんが、わたしを殺 した、」
と
「父 さんが、わたしを食 べた、」
と
「妹 のマリちゃんが、」
と
「わたしの骨 をのこらず拾 って、
手巾 に包 んで、」
と
「杜松 の樹 の」
と
「根元 へ置 いた。」
と
「キーウィット、キーウィット、何 と、綺麗 な鳥 でしょう!」
と歌うたうと、その一ひと人りも、とうとう仕しご事とを止やめました。そしてこの男おとこは、最おし後まいだけしか聞きかなかった。
﹁鳥とりや、﹂とその男おとこが言いった。﹁何なんて好いい声こえで歌うたうんだ! おれにも、初はじめから聞きかしてくれ。もう一遍ぺん、歌うたってくれ。﹂
﹁いやいや、﹂と鳥とりが言いった。﹁ただじゃア、二度どは、歌うたいません。それとも、その石いし臼うすを下くださるなら、もう一度ど、歌うたいましょう。﹂
﹁いかにも、﹂とその男おとこが言いった。﹁これがおれ一ひと人りの物ものだったら、お前まえにやるんだがなア。﹂
﹁いいとも、﹂と他ほかの者ものが言いった。﹁もう一遍ぺん、歌うたうなら、やってもいいよ。﹂
すると鳥とりは降おりて来きたので、二十人にんの粉こなひき男おとこは、総そうががかりで、﹁ヨイショ、ヨイショ!﹂と棒ぼうでもって石いし臼うすを高たかく挙あげました。鳥とりは真まん中なかの孔あなへ頭あたまを突つき込こんで、まるでカラーのように、石いし臼うすを頸くびへはめ、又また木きの上うえへ飛とび上あがって、歌うたい出だしました。
﹁母かあさんが、わたしを殺ころした、
父とうさんが、わたしを食たべた、
妹いもうとのマリちゃんが、
わたしの骨ほねをのこらず拾ひろって、
手はん巾けちに包つつんで、
杜ね松ずの樹きの根ねも元とへ置おいた。
キーウィット﹇#﹁キーウィット﹂は底本では﹁キイウィット﹂﹈、キーウィット、何なんと、綺きれ麗いな鳥とりでしょう!﹂
歌うたってしまうと、鳥とりは羽はねを拡ひろげて、右みぎの趾あしには、鎖くさりを持もち、左ひだりの爪つめには、靴くつを持もち、頸くびのまわりには、石いし臼うすをはめて、お父とうさんの家うちの方ほうへ飛とんで行ゆきました。
居い間まの中なかでは、お父とうさんとお母かあさんとマリちゃんが、食テー卓ブルの前まえに坐すわっていました。その時とき、お父とうさんはこう言いいました。
﹁おれは胸むねが軽かるくなったようで、大たい変へん好いい気きも持ちだ!﹂
﹁否いいえ、﹂とお母かあさんが言いった。﹁わたしは胸むねがどきどきして、まるで暴あら風しでも来くる前まえのようですわ。﹂
けれどもマリちゃんはじっと坐すわって、泣ないていました。すると鳥とりが飛とんで来きて、家や根ねの上うえへ棲とまった。
﹁ああ、﹂とお父とうさんが言いった。﹁おれは嬉うれしくって、仕しか方たがない。まるでこう、日ひがぱーッと射さしてでも居いるような気きも持ちだ。まるで久ひさしく逢あわない友とも達だちにでも逢あう前まえのようだ。﹂
﹁否いいえ、﹂とお母かあさんが言いった。﹁わたしは胸むねが苦くるしくって、歯はがガチガチする。それで脈みゃくの中なかでは、火ひが燃もえているようですわ。﹂
そういって、おかみさんは衣きも服のの胸むねを、ぐいぐいとひろげました。
マリちゃんは隅すみッこへ坐すわって、お皿さらを膝ひざの上うえへおいて、泣ないていたが、前まえにあるお皿さらは、涙なみだで一ぱいになるくらいでした。
その時とき、鳥とりは杜ね松ずの木きへ棲とまって、歌うたい出だしました。
「母 さんが、わたしを殺 した、」
母はは親おやは耳みみを塞ふさぎ、眼めを隠かくして、見みたり、聞きいたり、しないようにしていたが、それでも、耳みみの中なかでは、恐おそろしい暴あら風しの音おとが響ひびき、眼めの中なかでは、まるで電いな光びかりのように、燃もえたり、光ひかったりしていました。
「父 さんが、わたしを食 べた、」
﹁おお、母かあさんや、﹂とお父とうさんが言いった。﹁あすこに、綺きれ麗いな鳥とりが、好いい声こえで鳴ないているよ。日ひがぽかぽかと射さして、何なにもかも、肉にく桂けいのような甘あまい香かお気りがする。﹂
「妹 のマリちゃんが、」
と歌うたうと、マリちゃんは急きゅうに顔かおをあげて、泣なくのをやめました。お父とうさんは
﹁おれはそばへ行って、あの鳥とりを、ようく見みて来くる。﹂というと、
﹁あれ、およしなさいよ!﹂とおかみさんが言いった。﹁わたしはまるで家うちじゅうに火ひがついて、ぐらぐらゆすぶれてるような気きがするわ。﹂
けれどもお父とうさんは出でて行いって、鳥とりを眺ながめました。
﹁わたしの骨ほねをのこらず拾ひろって、
手はん巾けちに包つつんで、
杜ね松ずの樹きの根ねも元とへ置おいた。
キーウィット、キーウィット、何なんと、綺きれ麗いな鳥とりでしょう!﹂
こう歌うたうと、鳥とりは黄き金んの鎖くさりを、お父とうさんの頸くびのうえへ落おとしました。その鎖くさりはすっぽりと頸くびへかかって、お父とうさんによく似に合あいました。お父とうさんは家うちへ入はいって、
﹁ねえ! とても美うつくしい鳥とりだよ。そしてこんな奇きれ麗いな、黄き金んの鎖くさりを、わたしにくれたよ。どうだい、立りっ派ぱじゃないか。﹂
といいましたが、おかみさんはもう胸むねが苦くるしくって堪たまらないので、部へ屋やの中なかへぶっ倒たおれた拍ひょ子うしに、帽ぼう子しが脱ぬげてしまいました。すると鳥とりがまた歌うたい出だしました。
「母 さんが、わたしを殺 した、」
﹁おお、﹂と母はは親おやは呻うめいた。﹁わたしは千丈じょうもある地じの底そこへでも入はいっていたい。あれを聞きかされちゃア、とても堪たまらない。﹂
「父 さんが、わたしを食 べた、」
というと、おかみさんは、まるで
「妹 のマリちゃんが、」
﹁ああ、﹂とマリちゃんが言いった。﹁わたしも行いって見みましょう。鳥とりが何なにかくれるかどうだか、出でて見みるわ!﹂
そう言いって、外そとへ出でました。
「わたしの骨 をのこらず拾 って、
手巾 へ包 んで、」
と
「杜松 の樹 の根元 へ置 いた。
キーウィット、キーウィット、何 と、綺麗 な鳥 でしょう!」
キーウィット、キーウィット、
と歌うたうと、マリちゃんも忽たちまち、軽かるい、楽たのしい気きぶ分んになり、赤あかい靴くつを穿はいて、踊おどりながら、家うちの中なかへ跳とび込こんで来きました。
﹁ああ、﹂とマリちゃんが言いった。﹁わたしは、戸おも外てへ出でるまでは、悲かなしかったが、もうすっかり胸むねが軽かるくなった! あれは気きま前えのいい鳥とりだわ、わたしに赤あかい靴くつをくれたりして。﹂
﹁いいえ、﹂といって、お母かあさんは跳はね起おきると、髪かみの毛けを焔ほのおのように逆さか立だてながら、﹁世せか界いが沈しずんで行ゆくような気きがする。気きが軽かるくなるかどうだか、あたしも出でて見みましょう。﹂
そう言いって、扉とぐ口ちを出でる拍ひょ子うしに、ドシーン! と鳥とりが石いし臼うすを頭あたまの上うえへ落おとしたので、おかあさんはぺしゃんこに潰つぶれてしまいました。その音おとをきいて、お父とうさんと娘むすめが、内うちから跳とび出だして見みると、扉との前まえには、一面めんに、煙けむりと焔ほのおと火ひが立たちのぼって居いましたが、それが消きえてしまうと、その跡あとに、小ちいさな兄にいさんが立たっていました。兄にいさんはお父とうさんとマリちゃんの手てをとって、みんなそろって、喜よろこび勇いさんで、家うちへ入はいり、食テー卓ブルの前まえへ坐すわって、一しょに食しょ事くじをいたしました。