むかし、あるところに、年よりの王さまがおりました。王さまは病びょ気うきで、もう、この寝ねど床こが、どうやらじぶんの臨りん終じゅうの床とこになるらしい、と思っていました。 そこで王さまは、 ﹁忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスをよんでまいれ。﹂ と、おそばのものにいいつけました。 忠義者のヨハネスというのは、王さまのいちばんお気にいりの家けら来いでした。この男は、一いっ生しょうのあいだ、ずっと王さまに忠義をつくしてつかえてきましたので、こんなふうによばれていたのです。 ヨハネスがまくらもとへきますと、王さまはいいました。 ﹁またとない忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスよ、いよいよわしのさいごのときがちかづいたような気がする。ついては、これといって心しん配ぱいになることもないが、ただむすこのことだけが気がかりなのじゃ。あれは、まだ年もゆかないので、どうしてよいかわからぬこともあろう。ひとつ、おまえが親がわりになって、なにかにつけて、あれの知らなければならないことをおしえてやってはくれまいか。さもないと、わしは安あん心しんして目をつぶることができないのじゃ。﹂ これをきいて、忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスはこたえました。 ﹁かならず、王おう子じさまを見すてるようなことはいたしませぬ。わたくしの命いのちにかけましても、きっと忠義をつくしておつかえもうします。﹂ すると、年よりの王さまはいいました。 ﹁それをきいて、わしも安心して、やすらかに死しんでゆける。﹂ それから、さらにことばをつづけて、 ﹁わしが死んだら、王子に城しろのなかをすっかり見せてやってくれ。へやも、広ひろ間まも、穴あなぐらも、またそこにある宝たからものも、のこらず見せてやってもらいたい。だが、長い廊ろう下かのいちばんおくのへやだけは見せてやってはくれるな。あのなかには、金きんのお城の王おう女じょの絵がしまってあるのだ。もしも王子が、その絵えす姿がたをひと目でも見れば、たちまちその王女へのはげしい愛あいを心に感じて、気をうしなって、たおれてしまうだろう。そしてその王女のために、おそろしい災さい難なんにあうことになろう。だから、そういうことのないように、ようく気をつけてやってもらいたい。﹂ そこで、忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスは、もういちど年とった王さまの手をにぎって、かならずそうすると約やく束そくしました。すると、王さまはそれきりものもいわず、頭をまくらにのせて、そのままなくなってしまいました。 年よりの王さまがお墓はかにはこばれてしまってから、忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスはわかい王さまにむかって、じぶんがまえの王さまのおなくなりになるときにお約やく束そくしたことを話して、 ﹁お約束は、かならずおまもりいたします。そして、お父ちち上うえさまにたいするのとおなじように、あなたさまにも、命いのちをなげだして、忠ちゅ義うぎをはげみたいとぞんじます。﹂ と、もうしました。 やがて、喪もがあけたとき、忠義者のヨハネスはわかい王さまにいいました。 ﹁さて、いよいよ、あなたさまのおうけつぎになった財ざい産さんをごらんになるときがまいりました。お父ちち上うえさまのお城しろをご案あん内ないいたしましょう。﹂ それから、ヨハネスはお城じゅうの階かい段だんをのぼったりおりたりして、わかい王さまを案内してまわりました。そして、宝たからものも、りっぱなへやも、ひとつのこらず見せました。ただ、あの危きけ険んな絵えす姿がたのあるへやだけはあけませんでした。 ところでその絵は、扉とびらをあけますと、まっすぐまえに見えるような場ばし所ょにおいてありました。その絵姿は、まことにみごとにできていて、それこそほんとうに生きているのではなかろうかと、しかも、これいじょうかわいらしい、美しいすがたは世せか界いじゅうさがしてもあるまい、と思われるほどだったのです。 ところがわかい王さまは、この扉とびらのところだけは、忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスがいつもすどおりしてしまうのに気がつきました。そして、 ﹁どうしてこの扉とびらはあけてくれないのかね?﹂ と、たずねました。 ﹁そのなかには、あなたさまにとっておそろしいものがはいっているからでございます。﹂ と、ヨハネスはこたえました。 けれども、王さまはいいました。 ﹁わたしはお城しろのなかをのこらず見てしまった。だから、こんどは、このなかにどんなものがあるか、知っておきたい。﹂ こういうと、わかい王さまはその扉とびらのところへいって、むりやりに扉をあけようとしました。忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスはそれをおしとどめて、もうしました。 ﹁わたくしは、このへやのなかにあるものを、けっしてあなたさまにお見せしないと、お父ちち上うえさまにお約やく束そくしたのでございます。もしこの扉をおあけになりますと、あなたさまにも、わたくしにも、たいへんなわざわいがふりかかってまいりましょう。﹂ ﹁いや、いや。﹂ と、わかい王さまはこたえていいました。 ﹁もしこのへやへはいることができなければ、おそらく、わたしはだめになってしまうだろう。この目でそれを見ないうちは、夜も昼も心のおちつくことはあるまい。おまえがあけてくれるまで、わたしはこの場ばを一歩ぽもうごかぬぞ。﹂ さすがの忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスも、こうなっては、もうどうにもならないと思いました。そこで、おもおもしい心で、ふかいため息いきをつきつき、大きなかぎたばからその扉とびらのかぎをさがしだしました。そして扉をあけると、まずじぶんがさきにはいりました。ヨハネスとしては、じぶんがその絵のまえに立って、王さまに見えないようにしようと思ったのです。でも、そんなことがなんになりましょう。王さまはつまさき立って、ヨハネスの肩かたごしにその絵を見てしまったのです。しかも、金きんと宝ほう石せきにひかりかがやく、世よにも美しいおとめの絵えす姿がたを見たとたんに、王さまは気をうしなって、ばったりとその場ばにたおれてしまったのです。忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスは、あわてて王さまをだきおこして、ベッドにつれていきました。しかし、 ︵ああ、たいへんなことになってしまった。これから、いったいどうなるのだろう。︶ と、思いますと、心しん配ぱいで心配でたまりませんでした。 とにかく、ヨハネスは王さまにブドウ酒しゅをのませて、元気をつけました。すると、王さまはようやくわれにかえりましたが、なによりもさきに、 ﹁ああ、あの美しい絵えす姿がたのひとはだれだ。﹂ と、たずねました。 ﹁あのかたは、金きんのお城しろの王おう女じょでございます。﹂ と、忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスはこたえました。 すると、王さまはまたいいました。 ﹁あのひとをしたうわたしの気持ちは、かりに木ぎの葉がのこらず舌したであっても、とうていいいつくすことができないほどなのだ。わたしは一いっ生しょうをかけても、あのひとをじぶんのものにしたい。おまえは忠ちゅ節うせつならぶもののないヨハネスだ。かならず、わたしをたすけてくれるだろうね。﹂ この忠ちゅ義うぎな家けら来いは、いったいこれはどうしたらいいものだろうと、長いこと考えこみました。なぜって、王おう女じょのまえにでることだけでも、とってもむずかしいことなのですから。ヨハネスは、やっとのことである方ほう法ほうを思いついて、王さまにもうしました。 ﹁あの王女の身みのまわりにありますものは、テーブルでも、いすでも、おさらでも、さかずきでも、おわんでも、そのほかすべての家かぐ具る類いがぜんぶ、金きんでできております。ところで、あなたさまの宝たからもののなかには、五トンの金がございます。そのなかの一トンを、国じゅうの金きん細ざい工く師しにおいいつけになって、いろいろなうつわや、道どう具ぐや、またありとあらゆる種しゅ類るいの鳥や、けものや、めずらしい動物のかたちにこしらえるようになさいませ。そうすれば、きっと王女のお気にめしましょう。わたくしどもは、それをもって、船ふねにのってまいり、運うんだめしをすることにいたしましょう。﹂ そこで、王さまは金きん細ざい工く師しという金細工師を、ひとりのこらずよびあつめさせました。金細工師たちは夜も昼もはたらきつづけて、とうとう、世よにもみごとな品しなじなをつくりあげました。
その品物をすっかり船につみおえたところで、忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスは商しょ人うにんの身なりをしました。王さまも、身みぶ分んを知られないようにするため、おなじ身なりをしました。それから、ふたりは海をわたって、長いながい旅たびをつづけました。そうして、やっとのことで金きんのお城しろの王おう女じょの住んでいる都みやこにつきました。 忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスは、王さまに、 ﹁船ふねにのこって待まっていてください。﹂ と、おねがいしました。そして、 ﹁もしかすると、王おう女じょを船におつれするかもしれません。ですから、なにもかもきれいにかたづけて、金きんのうつわをならべさせ、船もりっぱにかざりつけるようにさせておいてくださいませ。﹂ と、いいました。 それからヨハネスは、まえかけのなかに金で細さい工くしたいろいろの品しな物ものをつつんで、陸りくにあがりました。そして、まっすぐ王女のお城しろへむかっていきました。ヨハネスがお城の庭にわにはいりますと、井い戸どのそばにひとりの美しいむすめが立っていました。むすめは手にふたつの金の手おけをもって、それで水をくんでいました。むすめはきらきらひかる水をはこんでいこうとして、なにげなくうしろをふりむきました。と、そこに知らない男が立っていましたので、 ﹁どなたですか。﹂ と、たずねました。 すると、ヨハネスは、 ﹁わたくしは商しょ人うにんでございます。﹂ と、こたえながら、まえかけをひろげて、なかを見せました。 とたんに、むすめは思わず大きな声をあげて、 ﹁まあ、なんてきれいな金きん細ざい工くひ品んでしょう。﹂ と、いいました。そして、手おけを下において、ひとつひとつの品しなを、穴あなのあくほど見つめました。それから、 ﹁これはぜひ王おう女じょさまにおめにかけましょう。王女さまは金細工品がとってもおすきですから、きっと、みんな買いあげてくださいますよ。﹂ むすめはこういって、ヨハネスの手をとり、お城しろのなかへ案あん内ないしていきました。このむすめは、王女のおつきの侍じじ女ょだったのです。 王おう女じょは品しな物ものを見ますと、それはそれはよろこんで、 ﹁とてもきれいにできていますこと。みんな買いとってあげましょう。﹂ と、もうしました。 けれども、忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスはいいました。 ﹁じつは、わたくしは、ある金かね持もちの商しょ人うにんの番ばん頭とうにすぎないのでございます。わたくしがここにもってまいりましたものなどは、主しゅ人じんが船ふねにおいてありますものにくらべますと、まったくとるにたらないものばかりでございます。船ふねにありますものは、金きん細ざい工くひ品んといたしましては、もっともじょうずにできておりまして、またと手にいれることのできない、りっぱなものばかりでございます。﹂ 王女はその金細工品をみんなもってくるようにとのぞみましたが、ヨハネスは、 ﹁そういたしますには、ずいぶん日にちがかかります。それに、たいへんな品しな数かずでございますから、ならべるだけでもたくさんのおへやがいりまして、こちらさまのお城しろではとてもそれだけの場ばし所ょはございません。﹂ と、もうしました。 この話で、王女のめずらしいものを見たい、それを手にいれたいと思う気持ちは、ますますあおりたてられました。そしてとうとう、王女はこういいました。 ﹁では、あたしを船まで案あん内ないしておくれ。じぶんでいって、おまえの主人の宝たからものを見せてもらうことにしましょう。﹂ そこで、忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスは王おう女じょを船ふねに案あん内ないして、たいへんよろこんでいました。王さまは王女を見ますと、あの絵にかかれているすがたよりもはるかに美しいかたなので、いまにも胸むねがはりさけそうな思いでした。 さて、王女が船にのりこみますと、王さまがなかへ案内しました。いっぽう、忠義者のヨハネスは舵かじ取とりのところにのこっていて、船を陸りくからはなすようにいいつけました。 ﹁帆ほという帆をみんなはって、空とぶ鳥のように走らせるのだ。﹂ 船のなかでは、王さまが金きんの道どう具ぐをひとつひとつ、王女に見せていました。おさらだの、さかずきだの、おわんだの、さては、鳥や、けものや、ふしぎな動物などを。王女がそれらをひとつのこらず見ているあいだに、何時間も何時間もたってしまいました。けれども、ながめるのにむちゅうになっていた王女は、船が走っているのにはすこしも気がつかなかったのです。いよいよ、いちばんおしまいの品しなを見おわったとき、王女は商しょ人うにんにお礼れいをいって、かえろうとしました。ところが、船ふなべりへでてみますと、なんということでしょう。船は陸りく地ちを遠くはなれて、ひろいひろい海のまっただなかを、帆ほをいっぱいにふくらませて走っているではありませんか。 ﹁ああ!﹂ と、王女はびっくりしてさけびました。 ﹁あたしはだまされたのだ。あたしはさらわれて、商人の手におちてしまったのだ。これなら、いっそ死しんでしまったほうがいい。﹂ けれども、王さまは王おう女じょの手をとって、いいました。 ﹁わたしは商しょ人うにんではなく、じつは、王なのです。あなたにおとらぬ生まれのものです。あなたを、はかりごとでつれだしたのも、あなたをおしたいするあまりにやったことなのです。あなたの絵えす姿がたをはじめて見ましたとき、わたしは気をうしなってたおれたほどなのです。﹂ 金きんのお城しろの王女は、これをきいて、ようやく安あん心しんしました。そして、王さまがすきになり、お妃きさきさまになることをよろこんで承しょ知うちしました。 さて、船ふねの人たちが大海の上をすすんでいるときのことでした。忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスが船のへさきにすわって、音楽をかなでていますと、三羽ばの鳥が空をとんでくるのが見えました。そこで、ヨハネスはひく手をやすめて、鳥たちの話に耳をかたむけました。だって、ヨハネスには鳥たちのことばがわかるのですからね。
一羽わの鳥がさけびました。 ﹁やあ、あいつ、金のお城しろの王女さまをつれてかえるぜ。﹂ ﹁そうだな。﹂ と、二ばんめのがこたえました。 ﹁だが、王女さまは、まだあいつのものじゃないさ。﹂ すると、三ばんめのがいいました。 ﹁だって、あいつのものじゃないか。船ふねのなかに、ふたりでならんですわっているもの。﹂ すると、さいしょの鳥がまた口をだして、さけびたてました。 ﹁そんなことは、なんにもなりゃあしない。いいか、あいつらが陸りくにつくとだ、キツネ色の馬が一ぴきとんでくる。すると、王さまはそれにとびのろうとする。ところが、のろうもんなら、馬のやつは王さまをのっけたまま走りだして、空中にかけのぼるのさ。で、王さまは二度とふたたびあのむすめにはあえないってわけよ。﹂ ﹁たすかる方ほう法ほうはないのかい?﹂ と、二ばんめのがいいました。 ﹁あるとも。だれかほかのものがすばやくその馬にとびのるんだ。そして、くらのわきについている鉄てっ砲ぽうをとって、そいつで馬をうち殺ころせば、わかい王さまはたすかるのさ。だけど、そんなことは、だれも知りゃあしない。それに、知っていたって、それを王さまにいおうものなら、そいつはひざこぞうから足のつまさきまで石になっちまうんだ。﹂ そのとき、二ばんめの鳥がいいだしました。 ﹁おれはもっと知ってるぞ。たとえその馬が殺ころされたって、わかい王さまは花よめをひきとめておくわけにゃいかないんだ。あのふたりがそろってお城しろにつくと、仕し立たてあがった婚こん礼れい用ようのシャツが鉢はちのなかにおいてある。そいつは、ちょっと見たところでは、金きんと銀ぎんとで織おってあるみたいだが、ほんとうはイオウとチャン︵コールタールなどを精せい製せいしたときのこる黒こっかっ色しょくのかす︶とでできているんだ。もしも王さまがそれをきようものなら、王さまのからだは骨ほねのずいまで焼やけただれちまうのさ。﹂ ﹁で、たすかる方ほう法ほうはないのかい?﹂ と、三ばんめの鳥がいいました。 ﹁そりゃあ、あるさ。﹂ と、二ばんめのはこたえました。 ﹁だれかが手ぶくろでそのシャツをつかむんだ。そして、火のなかにほうりこんで、もやしちまえば、わかい王さまはたすかるんだ。しかし、どうにもなりゃあしないさ。それを知っていたって、王さまにいやあ、その男は心しん臓ぞうからひざこぞうまで、からだの半はん分ぶんが石になっちまうんだからな。﹂ そのとき、三ばんめの鳥がいいだしました。 ﹁おれなんか、もっと知ってるぞ。たとえその婚こん礼れい用ようのシャツが焼やかれたとしたって、まだまだあのわかい王さまは花よめをじぶんのものにしたとはいえないんだ。結けっ婚こん式しきのあとでおどりがはじまって、わかいお妃きさきがおどりだすと、きゅうにお妃はまっさおになって、死しんだようにぶったおれる。そのとき、だれかがお妃をだきおこして、右の乳ちぶ房さから血ちのしずくを三てきすいとって、それをはきださなけりゃ、お妃は死んでしまうんだ。しかし、だれかがこのことを知っていて、つげ口でもすれば、その男は頭のてっぺんから足のつまさきまで、からだぜんたいが石になっちまうんだ。﹂ 鳥たちはこんなことを話しあいながら、とびさっていきました。忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスには、この話がすっかりわかりました。ですから、このときからというものは、ヨハネスは口もきかなくなって、かなしそうにしていました。むりもありません。じぶんのきいたことを主しゅ人じんにだまっていれば、主人がふしあわせになりますし、もしそれをうちあければ、じぶんの命いのちをうしなわなければならないのですもの。でも、とうとうヨハネスは、 ﹁ご主しゅ君くんをおすくいしよう。たとえ、そのために、この命をうしなっても。﹂ と、ひとりごとをいいました。 いよいよ、一いち同どうのものが陸りくにあがりますと、鳥のいったとおりのことがおこりました。キツネ色のりっぱな馬が一頭とう、まっしぐらにとんできました。 ﹁ようし、あれに城しろまでのせていってもらおう。﹂ 王さまはこういって、馬にとびのろうとしました。ところが、そのときいちはやく、忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスは、ひらりと馬にとびのるがはやいか、くらのわきから鉄てっ砲ぽうをとって、いきなりその馬をうち殺ころしてしまいました。しかし、まえから忠義者のヨハネスのことをよく思っていなかったほかの家けら来いたちが、口ぐちにさわぎたてました。 ﹁王さまをお城しろまでおのせするはずの、あんなりっぱな馬を殺すとは、ふとどきしごくのやつだ。﹂ けれども、王さまはいいました。 ﹁だまって、あの男のやるとおりにさせておけ。忠ちゅ義うぎこのうえもないヨハネスのことだ。それに、これがまた、なんの役やくにたつかもしれぬ。﹂ やがて、みんながお城しろのなかにはいりますと、広ひろ間まに鉢はちがおいてあって、そのなかに仕し立たてあがった婚こん礼れい用ようのシャツがはいっていました。ちょっと見たところでは、どうしても金きんと銀ぎんとで織おってあるとしか見えません。 わかい王さまは、つかつかとそのそばにあゆみよって、それを手にとろうとしました。ところが、忠義者のヨハネスは王さまをおしのけて、手ぶくろでそれをひっつかみ、すばやく火のなかへほうりこんで、もやしてしまいました。 それを見て、ほかの家けら来いたちがまたぶつぶつもんくをいいはじめました。 ﹁みろよ、あいつ、こんどは、王さまの婚こん礼れい用ようのシャツまでもやしているぞ。﹂ けれども、わかい王さまはいいました。 ﹁これがまた、なんの役やくにたつかわからないのだ。あの男のするとおりにさせておけ。忠ちゅ義うぎこのうえもないヨハネスのことだ。﹂ まもなく、ご婚こん礼れいのおいわいがありました。おどりがはじまって、花よめもそのなかにはいりました。忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスはじっと気をつけて、花よめの顔ばかり見まもっていました。と、とつぜん、花よめはまっさおになって、死しんだように、床ゆかにうちたおれました。とみるや、ヨハネスはいそいでかけよって、花よめをだきおこし、ひとつのへやにはこびいれました。そして、花よめをそこにねかしますと、じぶんはかたわらにひざまずいて、花よめの右の乳ちぶ房さから三てきの血ちをすいとって、はきだしました。すると、たちまち、花よめは息いきをふきかえして、元気をとりもどしました。 わかい王さまは、そばからこのありさまを見ていました。けれども、忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスがどうしてこんなことをするのか、わけがわからないものですから、すっかり腹はらをたてて、 ﹁あの男を牢ろうにいれてしまえ。﹂ と、どなりました。 そのあくる朝、忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスは罪つみをいいわたされて、首くびつり台だいにひきだされました。そして、高いところにあがって、いよいよおしおきをうけることになりました。そのとき、ヨハネスはいいました。 ﹁死しぬときまりましたものは、だれでも死ぬまえに、ひとことだけいうことがゆるされております。わたくしにもそれをゆるしていただけましょうか?﹂ ﹁よろしい、ゆるしてつかわす。﹂ と、王さまはこたえました。 そこで、忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスはいいました。 ﹁わたくしは、身みにおぼえのない罪つみをいいわたされたのでございます。わたくしは、いつなんどきも、忠義をつくしてまいりました。﹂ そしてヨハネスは、海の上で鳥たちの話をきいたこと、王さまをすくうために、ああしたことをどうしてもしなければならなかったこと、などをものがたりました。 それをきいて、王さまはさけびました。 ﹁おお、忠ちゅ節うせつならぶもののないヨハネスよ、ゆるすぞ。ゆるすぞ。あのものを下へおろせ。﹂ ところが、忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスは、さいごのことばをいいおわるといっしょに、息いきがたえて、ころがりおちました。ヨハネスは、もう石になっていたのです。 王さまとお妃きさきさまは、たいそうこれをかなしみました。王さまは、 ﹁ああ、このようなりっぱな忠ちゅ節うせつにたいして、わたしはまた、なんというむくいかたをしたものだ。﹂ と、いいました。それから、その像ぞうをひきおこさせ、じぶんの寝しん室しつのベッドのそばに立てさせました。そして、それを見るたびに、王さまは涙なみだをながしていいました。 ﹁ああ、おまえをもういちど生かしてやりたいものだ。忠ちゅ節うせつならぶもののないヨハネスよ。﹂ それから、時はたって、やがてお妃きさきさまはふた子を生みました。ふた子は、どちらも王おう子じでした。すくすくと大きくなって、いまでは、王さま、お妃さまのよろこびのたねとなりました。 ある日、お妃さまが教きょ会うかいへでかけてしまって、ふたりの子どもがおとうさまのそばであそんでいたときのことでした。王さまは、またいつものようにかなしい思いで石の像ぞうをながめながら、ため息いきをついて、思わず大きな声でこういってしまいました。 ﹁ああ、おまえを生きかえらせることができたらなあ。忠ちゅ節うせつこのうえもないヨハネスよ。﹂ と、どうでしょう、その石が口をききはじめて、 ﹁はい、あなたさまのいちばんだいじなものを犠ぎせ牲いにしてくださいますなら、わたくしはもういちど生きかえることができます。﹂ と、いうではありませんか。 これをきいて、王さまはさけびました。 ﹁わたしがこの世よにもっているものなら、なんなりとおまえのためにささげるぞ。﹂ すると、石はなおもことばをつづけて、 ﹁もしもあなたさまが、ごじぶんの手でふたりのお子さまの首くびをはねて、その血ちをわたくしにぬってくださいますなら、わたくしは命いのちをとりもどします。﹂ 王さまは、じぶんのいちばんだいじな子どもをじぶんの手で殺ころさなければならないときいたとき、思わずはっとしました。けれども、すぐに、ヨハネスのあのりっぱな忠ちゅ義うぎを思い、しかもそのヨハネスはじぶんのために死しんだことを考えますと、つるぎをぬきはなって、じぶんの手でふたりの子どもの首くびをはねました。そして、その血ちを石にぬりつけました。すると、たちまち、ヨハネスは命いのちをとりもどして、あの忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスが、むかしどおりの元気な、いきいきとしたすがたで、王さまのまえにあらわれました。 ヨハネスは、王さまにいいました。 ﹁あなたさまのこのまごころは、むくいられぬはずはございません。﹂ こういうと、ヨハネスは子どもたちの首をとって、胴どうの上にのせ、傷きず口ぐちに血をぬりつけました。と、みるみるうちに、子どもたちは生きかえりました。そして、まるでなにごともなかったように、元気にはねまわって、あそびつづけました。 王さまの心は、よろこびでいっぱいになりました。やがて、お妃きさきさまがこちらへくるのを見ますと、王さまは忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスとふたりの子どもを大きな戸だなのなかにかくしました。 お妃さまがへやのなかにはいってきますと、王さまは、 ﹁教きょ会うかいでおいのりをしたのかね?﹂ と、たずねました。 ﹁はい。﹂ と、お妃きさきさまはこたえました。 ﹁でもあたしは、あの忠ちゅ義うぎ者もののヨハネスが、あたしたちのためにこんなふしあわせになったことばかり、ずっと考えておりましたの。﹂ それをきいて、王さまがいいました。 ﹁妃きさきよ、わたしたちは、ヨハネスをもういちど生きかえらせてやることができるのだよ。しかし、それにはふたりの子どもが必ひつ要ようなのだ。わたしたちは、あのふたりを犠ぎせ牲いにしなければならないのだ。﹂ お妃さまはまっさおになりました。心のなかでふかくおどろいたのです。けれども、 ﹁あのりっぱな忠ちゅ義うぎのことを思えば、それもいたしかたございません。﹂ と、もうしました。 これをきいて、王さまは、お妃きさきさまもじぶんとおなじ考えであることを知って、心からよろこびました。そこで戸だなのところへつかつかとあゆみよって、戸だなをひきあけました。そして、子どもたちとヨハネスをつれだしてきて、こういいました。 ﹁ありがたいことだ。ヨハネスはすくわれたぞ。子どもたちも、もとのままだ。﹂ そこで、王さまは、お妃さまにいままでのことをのこらず話してきかせました。 こうして、この人たちは、この世よをさるまで、みんなでいっしょに、しあわせにくらしました。