むかしむかし、ひとりの仕した立て屋やさんがおりました。仕立屋さんは三人のむすこと、それから、ただ一ぴきのヤギをもっていました。 ところでこのヤギは、そのお乳ちちでみんなをやしなっていたのですから、よいえさをもらわなければなりません。それで、まい日草くさ原はらへつれだしてもらいました。むすこたちも、じゅんじゅんにこの役やくめをやっていました。 あるとき、いちばん上のむすこが、それはそれはみごとな草のはえている墓ぼ地ちにヤギをつれていって、草を食べさせたり、そこらをとびまわらせたりしました。 やがて日がくれて、家へかえるころになりましたので、いちばん上のむすこは、 ﹁ヤギや、おなかはいっぱいかい。﹂ と、たずねました。 すると、ヤギはこたえていいました。
おなかはいっぱいだ
もうひとっ葉もいらないよ メエ メエ
もうひとっ葉もいらないよ メエ メエ
﹁それじゃ、うちへかえろう。﹂
と、むすこはいいました。
それから、むすこはヤギのつなをつかんで、ヤギ小ご屋やのなかへつれていき、そこにしっかりとつなぎました。
﹁どうだな、ヤギはえさをたくさん食べたか。﹂
と、年とった仕した立て屋やさんがたずねました。
﹁ええ、ヤギはおなかがいっぱいで、もうひとっ葉もいらないんですって。﹂
と、いちばん上のむすこがこたえました。
けれども、おとうさんはそれをじぶんでたしかめようと思って、ヤギ小屋へおりていきました。そして、かわいいけものをなでながら、
﹁ヤギや、おまえは、ほんとうにおなかがいっぱいかい?﹂
と、きいてみました。
すると、ヤギはこたえました。
なんでいっぱいになるもんかい
お墓 の上をとんでいただけで
葉っぱなんか一枚 もありゃあしなかった メエ メエ
お
葉っぱなんか一
﹁なんてことだ。﹂
と、仕した立て屋やさんはさけびざま、かけあがっていって、むすこにむかって、
﹁やい、このうそつきめ、ヤギは腹はらがいっぱいだなんていいやがって、ひぼしにしたじゃないか。﹂
と、いいました。そして、仕立屋さんは腹だちまぎれに、壁かべからものさしをとって、むすこをピシピシうって、家から追おいだしてしまいました。
そのつぎの日は、二ばんめのむすこの番ばんでした。このむすこは、庭にわの生いけ垣がきのところに、いい草ばかりはえている場ばし所ょをさがしだしました。ヤギはその草をきれいに食べてしまいました。夕がた、むすこは家へかえろうと思って、ヤギにきいてみました。
﹁ヤギや、おなかはいっぱいかい。﹂
するとヤギはこたえていいました。
おなかはいっぱいだ
もうひとっ葉もいらないよ メエ メエ
もうひとっ葉もいらないよ メエ メエ
﹁それじゃ、うちへかえろう。﹂
と、むすこはいいました。
それから、むすこはヤギを家へひっぱっていって、ヤギ小ご屋やのなかにいれて、しっかりつなぎました。
﹁どうだな、ヤギはえさをたくさん食べたか。﹂
と、年とった仕した立て屋やさんがたずねました。
﹁ええ、ヤギはおなかがいっぱいで、もうひとっ葉もいらないんですって。﹂
と、二ばんめのむすこはこたえました。
仕立屋さんはむすこのいうことを信しん用ようしないで、じぶんでヤギ小ご屋やにおりていって、たずねてみました。
﹁ヤギや、おまえは、ほんとうにおなかがいっぱいかい?﹂
すると、ヤギはこたえました。
なんでいっぱいになるもんかい
お墓 の上をとんでいただけで
葉っぱなんか一枚 もありゃあしなかった メエ メエ
お
葉っぱなんか一
﹁なんてえひどいやつだ。﹂
と、仕立屋さんがさけびました。
﹁こんな罪つみもないけものをひぼしにするなんて。﹂
こういって、仕した立て屋やさんはかけあがると、ものさしでむすこをひっぱたいて、戸口から追おいだしてしまいました。
こんどは、三ばんめのむすこの番ばんです。むすこは、なんとかうまくやってやろうと思いました。そこで、それはそれはみごとに木の葉のしげっているやぶを見つけだして、そこでヤギにえさを食べさせました。やがて、日がくれましたので、三ばんめのむすこは家へかえろうと思って、ヤギにきいてみました。
﹁ヤギや、おなかはいっぱいかい。﹂
すると、ヤギはこたえていいました。
おなかはいっぱいだ
もうひとっ葉もいらないよ メエ メエ
もうひとっ葉もいらないよ メエ メエ
﹁それじゃ、うちへかえろう。﹂
と、三ばんめのむすこはいいました。
それから、むすこはヤギをヤギ小ご屋やにつれていって、しっかりとつなぎました。
﹁どうだな、ヤギはたくさん食べたか。﹂
と、年とった仕した立て屋やさんがたずねました。
﹁ええ、ヤギはおなかがいっぱいで、もうひとっ葉もいらないんですって。﹂
と、三ばんめのむすこがこたえました。
仕立屋さんはそのことばを信しん用ようしないで、じぶんでおりていって、ヤギにきいてみました。
﹁ヤギや、おまえはほんとうにいっぱいかい?﹂
すると、このよくないけものはこたえました。
なんでいっぱいになるもんかい
お墓 の上をとんでいただけで
葉っぱなんか一枚 もありゃあしなかった メエ メエ
お
葉っぱなんか一
﹁うそつきの悪あく党とうどもめ。﹂
と、仕した立て屋やさんはどなりました。
﹁どいつもこいつも、ばちあたりのなまけものばっかりだ。そうそう、きさまたちにばかにされちゃいねえぞ。﹂
かんかんにおこった仕立屋さんは、むちゅうで上にかけあがって、かわいそうなむすこの背せな中かをものさしでいやというほどなぐりつけましたので、むすこは家からとびだしてしまいました。
こうして、年よりの仕した立て屋やさんはヤギとふたりきりになりました。
あくる朝は、仕立屋さんがじぶんでヤギ小ご屋やへおりていって、ヤギをなでてやりながら、いいました。
﹁おいで、かわいいやつ、おれがじぶんでおまえを草くさ原はらへつれてってやるよ。﹂
仕立屋さんはつなをとって、ヤギを青あおとした生いけ垣がきのところや、︿ヒツジのあばら﹀という草や、そのほかヤギのすきなもののはえているところへ、つれていってやりました。
﹁さあ、思うぞんぶん食べるがいい。﹂
仕した立て屋やさんはこういって、日がくれるまで、ヤギに草を食べさせておきました。そうして、日がくれたとき、
﹁ヤギや、おなかはいっぱいかい。﹂
と、きいてみました。
すると、ヤギはこたえていいました。
おなかはいっぱいだ
もうひとっ葉もいらないよ メエ メエ
もうひとっ葉もいらないよ メエ メエ
﹁それじゃ、うちへかえろう。﹂
と、仕立屋さんはいいました。
それから、仕立屋さんはヤギをヤギ小ご屋やへつれていって、しっかりつなぎました。こうしておいて、仕立屋さんはでていきましたが、もういちどもどってきて、
﹁なあ、おまえも、これでやっとおなかがいっぱいになったろう。﹂
と、いいました。
ところが、ヤギのほうは相あい手てが仕立屋さんになってもおんなじことで、あいもかわらず、
なんでいっぱいになるもんかい
お墓 の上をとんでいただけで
葉っぱなんか一枚 もありゃあしなかった メエ メエ
お
葉っぱなんか一
と、なきたてました。
仕した立て屋やさんはこれをききますと、あっけにとられてしまいました。そして、じぶんが三人のむすこを、なんの罪つみもないのに追おいだしてしまったのだということが、はっきりわかりました。
﹁やい、待まってろ、恩おん知しらずのちくしょうめ。﹂
と、仕立屋さんはさけびました。
﹁てめえは、ただ追んだすだけじゃあたりねえや。てめえにしるしをくっつけて、ちゃんとした仕立屋なかまにゃ、二度と顔だしのできねえようにしてくれらあ。﹂
仕した立て屋やさんはおおいそぎで上にかけあがって、ひげそり用のかみそりをもってきました。そして、ヤギの頭に石せっけんをぬりつけて、じぶんのてのひらとおなじように、つるつるにそってしまいました。
そして、ものさしではもったいないとでも思ったのでしょう、仕立屋さんはむちをもちだしてきて、それでヤギをピシピシとうちましたので、ヤギは大またにとんでにげていってしまいました。
仕立屋さんは、こうしてほんとうにひとりぽっちですわっていますと、なんだかとてもかなしくなって、むすこたちをもういちどよびもどしたくなりました。ところが、そのむすこたちは、どこへいってしまったのか、だれひとり知っているものはないのです。
いちばん上のむすこは、ある指さし物もの師しのところへ年ねん季きぼ奉うこ公うにいったのでした。そこで、むすこはいっしょうけんめい、うまずたゆまずしごとをおぼえました。
やがて年ねん季きがあけて、いよいよ国ぐにをまわって修しゅ業ぎょうして歩こうというときになりますと、親おや方かたが小さなテーブルをこのむすこにくれました。そのテーブルは、見たところでは、べつにかわったところもなく、ありふれた木でできているのですが、ただそれには、たいへんつごうのいいことがありました。
それはですね、このテーブルをすえて、﹁テーブルよ、ごはんの用よう意い﹂といいますと、このありがたいテーブルには、すぐにきれいなきれがかけられるのです。そしてその上には、おさらが一枚まいと、そのわきにはナイフとフォークがでて、それから、煮にたものや焼やいたものをいれた小さな鉢はちが、ずらりとならぶのです。しかもそればかりか、赤あかブドウ酒しゅのはいった大きなコップまでがきらきらとひかって、人の心をたのしませてくれるのでした。
わかい職しょ人くにんは、
︵これがあれば、一いっ生しょうのあいだじゅうぶんだ。︶
と、考えました。
そして、いいごきげんで世よのなかを歩きまわって、宿やど屋やがよくってもわるくっても、また、そこに食べものがあってもなくっても、そんなことはまるで気にもとめませんでした。
また気のむいたときには、宿屋なんかにはとまらずに、畑でも、森でも、草くさ原はらでも、どこでもすきなところで、背せな中かからあの小さなテーブルをおろしては、それをじぶんのまえにすえて、﹁テーブルよ、ごはんの用よう意い﹂というのでした。すると、職しょ人くにんのほしいと思うものは、なんでもでてきました。
職人は、こうしてあちこちと歩きまわっているうちに、とうとう、おとうさんのところへかえってみようという気になりました。もういまなら、おとうさんのいかりもおさまっているでしょうし、それに、この︿ごはんの用意﹀のテーブルをもっていけば、よろこんで、またうちにいれてくれるだろうと思ったのです。
こうして、うちにかえるとちゅう、日がくれましたので、とある宿やど屋やにとまりました。宿屋はお客きゃくでいっぱいでした。お客たちは職しょ人くにんをよろこんでむかえて、じぶんたちのほうへきていっしょに食べろとさそってくれました。さもないと、食べるものは、なかなか手にはいらないだろうというのです。
﹁いや、あなたがたの食べるものをすこしでもいただこうとは思いません。それよりも、あなたがたがわたしのお客におなりなさい。﹂
と、指さし物もの師しはこたえました。
みんなはわらって、この男はじぶんたちをからかっているのだろうと思いました。けれども、指物師は小さな木のテーブルをへやのまんなかにすえて、
﹁テーブルよ、ごはんの用よう意い。﹂
と、いいました。
と、どうでしょう、またたくうちに、そのテーブルの上には、ごちそうがずらりとならんだではありませんか。それは、とてもこの宿やど屋やの主しゅ人じんなどにはだせそうもない、じょうとうのものばかりです。そのお料りょ理うりからたちのぼるおいしそうなにおいが、お客きゃくたちの鼻はなにぷんぷんとにおってきました。
﹁みなさん、えんりょなくめしあがってください。﹂
と、指さし物もの師しはいいました。
お客たちは、指物師の気持ちがわかりますと、二度もさそわれるまでもなく、すぐにテーブルのそばへよってきました。そして、めいめいじぶんのナイフをとりだして、ものすごいいきおいでごちそうにかぶりつきました。
みんなにとってなによりもふしぎに思われたのは、ひとつのおさらがからっぽになりますと、すぐまた山もりのおさらが、ひとりでにそのかわりにでてくることでした。宿やど屋やの主人はすみっこに立って、このありさまをながめていました。主人はあきれすぎて、なんといったらいいのかわかりませんでしたが、
︵こういう料りょ理うり人にんがいたら、ずいぶん役やくにたつだろうなあ。︶
と、心のなかで思いました。
指さし物もの師しとなかまの人たちは、夜よのふけるまでにぎやかにさわいでいましたが、やがて、みんなはねむりにつきました。わかい職しょ人くにんも寝ねど床こにはいりました。あの魔まほ法うのテーブルは壁かべに立てかけておきました。
主しゅ人じんはいろんなことを考えて、ちっともおちつくことができませんでしたが、そのうちに、ふと、がらくたべやのなかに、このテーブルにそっくりの古テーブルがあるのを思いだしました。そこで、主人はそうっとそれをもちだしてきて、魔まほ法うのテーブルととりかえておきました。
あくる朝、指さし物もの師しは宿やど賃ちんをはらって、あのテーブルを背せな中かにしょいました。もちろん、にせものをもっていようなどとは夢ゆめにも知らず、旅たびをつづけていきました。
お昼ごろ、指物師はおとうさんのところにつきました。おとうさんは、大よろこびでむすこをむかえました。
﹁ところで、せがれ、おまえなにをならってきた。﹂
と、おとうさんはむすこにたずねました。
﹁おとうさん、わたしは指さし物もの師しになりました。﹂
﹁いいしごとだな。﹂
と、おとうさんはこたえました。
﹁だがおまえ、なにか旅のみやげをもってきたか。﹂
﹁おとうさん、わたしがもってきたもののなかで、いちばんいいのはテーブルですよ。﹂
仕した立て屋やさんはそのテーブルを四しほ方うは八っぽ方うからじろじろながめていましたが、
﹁これは、おまえがとくにうでをふるってつくったものとは思えないな。これは古くて、よくないものだぞ。﹂
と、いいました。
﹁ところが、これが︿ごはんの用よう意い﹀のテーブルなんですよ。﹂
と、むすこはこたえていいました。
﹁わたしがこれをすえて、ごはんの用意をするようにいいますとね、すぐに、すばらしいごちそうがならぶんですよ。しかも、気ばらしのブドウ酒しゅまでもでてくるんですからね。えんりょはいりませんから、親しん類るいの人やお友だちをみんなよんでください。みなさんに思うぞんぶんごちそうしてあげましょうよ。なあに、このテーブルがみなさんのおなかをいっぱいにしてくれるんですから。﹂
よんだ人たちがみんなあつまりますと、むすこはテーブルをへやのまんなかにすえて、
﹁テーブルよ、ごはんの用意。﹂
と、いいました。
ところが、テーブルはぴくりともうごきません。まるで、人間のことばのわからない、ほかのテーブルとおなじように、いつまでたってもその上にはなんにもでてこないのです。
これを見て、かわいそうな職しょ人くにんは、テーブルがとりかえられているのに気がつきました。そして、じぶんがまるでうそつきのようになったため、その場ばにいるのをはずかしく思いました。
親しん類るいの人たちは、むすこをあざけってわらいました。そして、みんなは、なにひとつのみも食べもしないで、かえらなければなりませんでした。
おとうさんはまた布ぬのをもちだして、仕した立てしごとをつづけました。むすこのほうは、ある親おや方かたのところにしごとにいきました。
二ばんめのむすこは粉こなひきのところへいって、お弟で子しになりました。
年ねん季きがおわったとき、親方がいいました。
﹁おまえはひじょうによくはたらいたから、おまえにちょっとかわったロバをやろう。そいつは車もひかなきゃ、ふくろもしょわないんだ。﹂
﹁じゃ、いったい、そのロバはなんの役やくにたつんですか。﹂
と、わかい職しょ人くにんがたずねました。
﹁金きん貨かをはきだすんだよ。﹂
と、親方がこたえました。
﹁おまえがそいつを布ぬのの上に立たせて、﹃ブリックレーブリット﹄っていうとな、この感心なけものは、まえにもうしろにも、金貨をはきだしてくれるのさ。﹂
﹁そいつはすばらしいですね。﹂
と、職人はいいました。
それから、職しょ人くにんは親方にお礼れいをいって、世よのなかへでていきました。お金がいるときには、職人はじぶんのロバにむかって、﹁ブリックレーブリット﹂といいさえすれば、それでいいのです。そうすると、金きん貨かが雨のようにふってきます。ですから、職しょ人くにんのほうでは、それを地じめ面んからひろいあげるだけで、なんの苦くろ労うもいらないのでした。
職人にとっては、どこへいっても、いちばんじょうとうのものがよかったのです。値ねだ段んが高ければ高いほど、それが気にいりました。それもそのはずです。職人はいつも、お金かねでいっぱいのさいふをもっているようなものなんですからね。
職人は、しばらく世よのなかを見けん物ぶつして歩いてから、こう考えました。
︵おとうさんのところへいってみなきゃならない。この金きん貨かをはくロバをもっていきゃ、おとうさんもまえに腹はらをたてたことはわすれて、おれを気持ちよくうちにいれてくれるだろう。︶
ところが、この二ばんめのむすこも、にいさんがテーブルをとりかえられた、あの宿やど屋やにとまることになったのです。
職しょ人くにんはロバをひっぱっていきました。宿屋の主しゅ人じんが職人の手からロバをとって、つなごうとしますと、わかい職人はいいました。
﹁ほっといてください。わたしのロバは、わたしがじぶんで馬うま屋やにつれていって、つなぎますよ。だって、ロバのいるところを知っておかなくちゃなりませんからね。﹂
それをきいて、宿やど屋やの主人はふしぎに思いました。そして、ロバの世せ話わをじぶんでしなければならないような男は、どうせ飲のみ食くいする金もそんなにもっちゃいまい、と考えました。ところが、このお客きゃくが、ポケットに手をつっこんで、金きん貨かを二枚まいとりだして、これでなにかうまいものを買ってきてくれというではありませんか。主しゅ人じんはびっくりして、目をまんまるくしました。主人はそこらじゅうをかけずりまわって、手にはいるかぎりでいちばんじょうとうのものを見つけてきました。
食しょ事くじのすんだあとで、お客きゃくは、
﹁どのくらいたりないかね。﹂
と、主人にたずねました。
主人は、こいつからうんとしぼりとってやれと思って、
﹁金きん貨かを二つ三つ、いただかなくちゃなりません。﹂
と、いいました。
職しょ人くにんはポケットに手をつっこみましたが、あいにく、金貨はすっかりおしまいになっています。
﹁ご主人、ちょっと待まっておくれ。すぐにいって、金貨をもってきますから。﹂
職人はこういって、テーブルかけをもっていきました。主人には、なんでそんなことをするのか、さっぱりわけがわかりません。でも、そのわけを知りたくなって、職人のあとからこっそりついていきました。
お客は馬うま屋やの戸に、なかからかんぬきをおろしてしまいました。そこで、主人は節ふし穴あなからのぞいてみました。
すると、お客はロバの下に布ぬのをひろげて、﹁ブリックレーブリット﹂と大声にいいました。と、そのとたんに、ロバはまえにもうしろにも金きん貨かをはきだしはじめました。それこそ、まるで雨でもふるように、金貨がバラバラ、バラバラ地じめ面んにおちました。
﹁なんてえこった。﹂
と、主しゅ人じんはいいました。
﹁これじゃあ、ドゥカーテン金きん貨かがたちまちできらあ。こういうさいふならわるかあないぞ。﹂
お客きゃくは勘かん定じょうをはらって、ねにいきました。ところが主人は、夜のうちに、馬うま屋やへしのびこんで、この金貨をうむロバをつれだして、そのかわりにべつのロバをつないでおいたのです。
つぎの朝はやく、職しょ人くにんはロバをつれてでかけました。もちろん、じぶんでは金貨をうむロバをつれているつもりだったのです。
お昼ごろ、職しょ人くにんはおとうさんのところにつきました。おとうさんはむすこがかえってきたのを見ますと、たいそうよろこんで、気持ちよくむかえいれてくれました。
﹁せがれ、おまえはなんになったのだ。﹂
と、おとうさんがたずねました。
﹁粉こなひきですよ、おとうさん。﹂
と、むすこはこたえました。
﹁なにか旅たびのみやげをもってきたかい。﹂
﹁ロバを一ぴきだけもってきました。﹂
﹁ロバならこのへんにもいくらだっている。どうせなら、ヤギのいいやつをもってきてくれればよかったなあ。﹂
﹁そりゃあそうですがね、こいつはふつうのロバとはちがって、金きん貨かをうむロバなんですよ。わたしが﹃ブリックレーブリット﹄っていいますとね、この感心なやつは、布ぬのにいっぱい金貨をはきだすんですよ。さあ、えんりょなく親しん類るいの人たちをみんなよんでください。わたしがみんなを金かね持もちにしてあげますよ。﹂
﹁そいつはうれしいな。そうなりゃ、おれも針はりをもって、めんどくさいしごとをしなくてもいいわけだ。﹂
仕した立て屋やさんはこういうと、じぶんでとびだしていって、親しん類るいのものをよびあつめてきました。
みんなそろったところで、粉こなひきは、ひとつ場ばし所ょをあけてください、といいました。それから、そこに布をひろげて、ロバをへやのなかへつれこみました。
﹁さあ、よく気をつけていてください。﹂
粉こなひきはこういって、﹁ブリックレーブリット﹂と、さけびました。
ところが、おちてきたのは金きん貨かではありませんでした。これで、このけものが金貨をはきだすわざをすこしもこころえていないことがわかりました。だって、そうでしょう、どんなロバにでも、そんな芸げい当とうができるわけではありませんからね。
かわいそうに、粉ひきはすっかりしょげかえってしまいました。そして、じぶんがだまされたことを知って、親しん類るいの人たちにあやまりました。親類の人たちは、きたときとおなじように、貧びん乏ぼうのままでかえっていきました。
しかたなく、おとうさんはふたたび針はりを手にとりました。むすこのほうは、ある粉こなひきのところにやとわれました。
三ばんめの弟は、ろくろ細ざい工く師しのところへ弟で子し入りしました。これは手のいりこんだしごとですから、ならうのにいちばん長くかかりました。
ところで、ふたりのにいさんたちは、この弟に手てが紙みをやって、じぶんたちがひどいめにあったこと、それも、いよいよさいごという晩ばんになって、あの宿やど屋やの主しゅ人じんに、じぶんたちのすばらしい宝たからものをうばいとられたことを知らせました。
さて、ろくろ細ざい工くの職しょ人くにんがしごとをならいおぼえて、いよいよ修しゅ業ぎょうの旅にでかけようというとき、親おや方かたは、おまえはたいへんよくはたらいたからといって、ふくろをひとつくれました。そして、
﹁このなかには、こん棒ぼうが一本はいっているよ。﹂
と、いいました。
﹁ふくろは肩かたにひっかけられますし、それにいろんな役やくにたつでしょう。しかし、なかにはいっているこん棒ぼうはなんになるんです。ふくろがおもたくなるばかりですよ。﹂
﹁そこだよ、いまおれがいおうと思ってたのは。﹂
と、親おや方かたがこたえました。
﹁だれかおまえによくないことをするやつがあったら、﹃こん棒ぼう、ふくろから﹄っていいさえすりゃいいんだ。そうすると、こん棒がおまえに加かせ勢いして、ふくろのなかから相あい手てのやつらのなかへとびだしていって、そいつらの背せな中かで、おもしろおかしくおどるんだ。おかげで、やつらはたっぷり一週間は身みう動ごきひとつできないようになる。おまえが、﹃こん棒、ふくろへ﹄っていうまでは、けっしてやめはしないんだ。﹂
職しょ人くにんは親方にお礼れいをいって、そのふくろを肩かたにひっかけました。そして、職人のことをばかにしたり、手だしをしようとするものがありますと、そのたびに、職人は﹁こん棒ぼう、ふくろから﹂といいました。
すると、すぐさまこん棒がとびだして、上うわ着ぎといわず、ジャケツといわず、つぎからつぎへと相手の背せな中かをぽかぽかなぐりつけるのでした。
しかも、そのこん棒ぼうは、職しょ人くにんがふくろからひきだすまで待まっているのではありません。そのすばやいことといったら、お話にならないのです。だれでも、あっと思うまに、もうなぐりつけられているのでした。
わかいろくろ細ざい工く師しは、日のくれるころに、にいさんたちがだまされた、あの宿やど屋やにつきました。ろくろ細工師は背せな中かのふくろをじぶんのまえのテーブルの上において、いままでに世よのなかで見てきた、いろんなめずらしい話をはじめました。
﹁そう、そりゃあ、︿ごはんの用よう意い﹀のテーブルだとか、金きん貨かをうむロバだとか、そのほかにもいろんなものがある。みんな、なかなかいいものばかりで、わたしだってそれをばかにしようとは思わないよ。しかし、わたしが手にいれて、このふくろのなかにもって歩いている宝たからものにくらべれば、そんなものは問もん題だいにもならないな。﹂
主しゅ人じんは両方の耳をとんがらして、考えました。
︵いったいぜんたい、なんだろうな。あのふくろには、きっと宝ほう石せきばかり、ぎっしりつまっているんだろう。こいつもちょうだいしなくちゃなるまい。いいものは、なんでも三つそろうっていうからな。︶
ねる時間になりますと、お客きゃくはこしかけの上に長ながとねころんで、ふくろをまくらのかわりにして、頭の下にあてがいました。
主人は、お客がもうぐっすりねこんだと思うころにやってきました。そして、ふくろを、用心しながら、そっとうごかしたり、ひっぱったりしてみました。こうして、このふくろをぬきとって、うまくほかのとすりかえられるかどうか、やってみていたのです。
ところが、ろくろ細ざい工く師しのほうは、もうずっとまえからこれを待まちかまえていたのです。それで、主人が思いきってぐいとひっぱろうとしたとたん、﹁こん棒ぼう、ふくろから﹂と、どなりました。すると、その声といっしょに、こん棒がふくろからとびだして、主人の背せな中かにとびかかり、めちゃめちゃになぐりつけました。
主しゅ人じんは、あわれなほど泣なきさけびました。けれども、主人が大きな声でさけべばさけぶほど、こん棒ぼうはその泣き声に調ちょ子うしをあわせて、ますます力をいれてなぐりつけるのです。とうとう、主人はくたくたになって、床ゆかの上にぶったおれてしまいました。
そこで、ろくろ細ざい工く師しがいいました。
﹁きさまが、︿ごはんの用よう意い﹀のテーブルと、金きん貨かをうむロバをかえさなければ、もういっぺんおどりをおどらせるぞ。﹂
﹁ああ、とんでもない。﹂
と、主人はきこえるかきこえないくらいの、ひくい声でいいました。
﹁みんな、みんなおかえしいたします。どうか、そのいまいましいばけものだけは、ふくろのなかへもどしてくださいまし。﹂
それをきいて、職しょ人くにんはいいました。
﹁おなさけをもってゆるしてやる。だが、二度とひどいめにあわないように、気をつけるんだぞ。﹂
それから職人は、﹁こん棒ぼう、ふくろへ﹂と、さけんで、こん棒をやすませてやりました。
ろくろ細ざい工く師しは、あくる朝、︿ごはんの用意﹀のテーブルと、金きん貨かをうむロバをつれて、おとうさんのうちにかえりました。仕した立て屋やさんは、むすこがふたたびかえってきたのを見て、よろこびました。そしてこのむすこにも、
﹁おまえは、よそへいって、なにをならってきた。﹂
と、たずねました。
﹁おとうさん、わたしはろくろ細ざい工く師しになりました。﹂
と、むすこはこたえました。
﹁手のかかるしごとだな。﹂
と、おとうさんがいいました。
﹁旅たびのみやげになにをもってきた。﹂
﹁ものすごくめずらしいものですよ、おとうさん。ふくろにはいったこん棒ぼうですよ。﹂
と、むすこはこたえていいました。
﹁なんだと。﹂
と、おとうさんは思わずさけびました。
﹁こん棒だって。そいつは、ご苦くろ労うな話だな。こん棒なら、木を切りさえすりゃあ、いくらでもできるじゃないか。﹂
﹁ところが、そんなこん棒ぼうとはちょいとちがうんですよ、おとうさん。わたしが、﹃こん棒、ふくろから﹄っていいますとね、こん棒がとびだしてきて、わたしになにかわるいことをしようと思ってるやつを相あい手てに、ひどいおどりをやらかすんですよ。しかも、そいつが地じべたにぶったおれて、どうかよいお天気になりますようにってお願ねがいをしないうちは、けっしてやめやしないんですからね。ごらんなさい、このこん棒ぼうでね、宿やど屋やのどろぼうおやじが、にいさんたちからとりあげておいた︿ごはんの用よう意い﹀のテーブルと、金きん貨かをうむロバを、とりもどしてきたんですよ。さあ、にいさんたちをよんでください。それから、親しん類るいの人たちもみんなよんでください。みなさんに腹はらいっぱい食べたりのんだりしていただいて、そのうえ、ポケットを金貨でいっぱいにしてあげますよ。﹂
年よりの仕した立て屋やさんは、そのことばをほんとうに信しん用ようしようとはしませんでしたが、それでもとにかく、親類の人たちをあつめました。
そこで、ろくろ細ざい工く師しは布ぬのをへやのなかにひろげて、金きん貨かをうむロバをつれてきました。そしてにいさんにむかって、
﹁さあ、ロバとお話しなさい。﹂
と、いいました。
粉こなひきは﹁ブリックレーブリット﹂といいました。と、またたくうちに、まるで夕ゆう立だちのように、金きん貨かの雨がばらばらと布の上にふってきました。そしてロバは、みんながこれいじょうはもうとてももちきれないというくらいまで、金貨をはきだすのをやめませんでした。
︵あなたも、そこにいたかったなあ、というような顔をしていますね。︶
そのつぎに、ろくろ細ざい工く師しは小さなテーブルをもちだして、いいました。
﹁にいさん、さあ、テーブルとお話しなさいよ。﹂
指さし物もの師しが、﹁テーブルよ、ごはんの用よう意い﹂といいおわるかおわらないうちに、はやくもテーブルの上には布ぬのがかかって、すばらしいお料りょ理うりのおさらがずらりとならびました。そこで、ごちそうがはじまりました。それこそ、仕した立て屋やさんがじぶんのうちではまだいちども食べたことのないようなごちそうです。
親しん類るいの人たちも、みんな夜よのふけるまであつまっていて、だれもかれも大よろこびで、たのしんでいました。
仕立屋さんは、針はりも、糸も、ものさしも、アイロンも、戸だなにしまって、かぎをかけてしまいました。そしてそれからは、三人のむすこといっしょにたのしいまい日をおくりました。
ところで、あのヤギは、いったいどこへいってしまったのでしょう。あのヤギのおかげで、仕立屋さんは三人のむすこを追おいだしてしまったのですがね。では、これから、そのお話をしてあげましょう。
あのヤギは、はげ頭になったのをはずかしく思って、キツネの穴あなにかけこんで、おくにもぐりこんでしまいました。
キツネがうちにかえってきますと、おくのくらやみから、大きな目玉がふたつ、ぴかぴかひかっているではありませんか。キツネはびっくりぎょうてんして、またにげもどっていきました。
すると、クマがキツネにであいました。クマは、キツネがすっかりどうかしてしまっているらしいようすを見て、こういいました。
﹁おい、どうした、きょうだい、なんて顔をしてるんだ。﹂
﹁ああ。﹂
と、キツネがいいました。
﹁おっそろしいけものが、おれの穴あなんなかにすわりこんでてよ、火のような目玉でおれをぐいとにらみつけやがったんだ。﹂
﹁そんなやつは、すぐ追おっぱらっちまおう。﹂
クマはこういって、いっしょにキツネの穴あなへいって、なかをのぞきこみました。
ところが、クマも、火のような目玉を見ますと、やっぱりキツネとおなじように、ぞっとしてしまいました。クマは、こんなおそろしいけものを相あい手てにする気はありませんので、そのままにげだしました。
すると、ハチがクマにであいました。ハチは、クマがなんだか気きぶ分んのわるそうなようすをしているのを見て、こういいました。
﹁おい、クマ公こう、いやにきげんのわるい顔をしてるじゃないか。いつもの陽よう気きな調ちょ子うしはどこへやっちゃった。﹂
﹁大きな口をききゃあがるな。﹂
と、クマがこたえました。
﹁ギョロギョロ目玉のおっそろしいけものが、キツネのうちんなかにすわりこんでて、おれたちにゃそいつを追いだすことができねえんだ。﹂
すると、ハチはいいました。
﹁かわいそうになあ、クマ公こう。おれなんざ、あわれな、ひょろひょろした虫けらなもんだから、おまえたちなんかおれに目もくれねえだろうが、これでも、おまえたちの手だすけぐらいはできると思うぜ。﹂
ハチはキツネの穴あなへとんでいって、毛けをそられて、つるつるしているヤギの頭の上にとまって、いやっというほどさしました。ヤギはとびあがって、メエ、メエなきながら、気がくるったようになって、遠くへにげていってしまいました。
このヤギがどこへかけていったものやら、いまのところでは、だれひとり知っているものはありません。