みなさん。このおはなしは、うそみたいですけどね、ほんとうのおはなしなんですよ。わたしは、このおはなしを おじいさんからききました。 おじいさんは、はなしてくれるたびに、いつもいつも、こう いっていました。 ﹁こりゃあな、ぼうや。まちがいなく、ほんとうのはなしなんだよ。こうよりほかには、はなしようがないんだからな。﹂ ところで、その おはなしというのは、こうなんです。 秋あきの、ある日にちよう日びの 朝あさのことでした。ちょうど、そばの花がまっさかりでした。 お日さまは、空そらたかくのぼって、あかるく かがやいていました。朝あさ風かぜは、きりかぶの上を あたたかく ふいていました。ひばりは、空そらで 歌うたをうたい、みつばちは、そばの花のあいだで、ブンブン うなっていました。 村むらの人たちは、よそゆきをきて、教きょ会うかいへでかけました。 こうして、生いきているものは、みんな いい気きぶんになっていました。はりねずみも、やっぱりいい気きもちでした。 はりねずみは、じぶんの家いえの、戸とのまえにたって、うでぐみをしていました。朝あさ風かぜにふかれながら、気きもちよさそうに、ちょいとした歌うたを、口のなかで うたっていました。歌うたがうまくても まずくても、そんなことはかまいません。ともかく、はりねずみは、たのしい日にちよう日びの朝あさには、いつも きまって、歌うたをうたうのです。 こうやって、ぼんやり ひとりで、小こご声えでうたっていると、ふっと こんなことをおもいつきました。 ︵そうだ、今いま、かみさんが 子どもたちを、おふろにいれてやっている。そのあいだに、ちょいと はたけへさんぽにいって、かぶのぐあいを みてくるとしよう。︶ そのかぶというのは、はりねずみの家いえの、すぐそばに ありました。はりねずみは、おかみさんや 子どもたちといっしょに、いつも そのかぶをたべていました。 それで、そのかぶはじぶんのものだ、とおもいこんでいたのです。 ︵いいことは、いそいでやるんだ。︶ はりねずみは、おもての戸とをしめて、はたけのほうへでかけました。 ところが、まだ、いくらも いかないときです。はたけのてまえにある 木のしげみのところを、かぶばたけのほうへ まがろうとしました。すると、そこで ばったり、うさぎにであったのです。 うさぎも、やっぱり、おなじようなようじで やってきたところでした。つまり、うさぎのほうは、じぶんのキャベツばたけを、みまわりにきたのです。 はりねずみは、うさぎのすがたをみると、あいそよく、 ﹁おはよう。﹂と、あいさつしました。 ところが、うさぎときたら、いやに こうまんちきで、おえらいだんなのような つもりでいます。だから、はりねずみがあいさつしても、へんじもしません。 それどころか、ひどく ばかにしたような顔かおつきで、 ﹁おいおい。いったい どうしたわけで、こんなに 朝あさはやくから、はたけのなかを、うろちょろしているんだね。﹂と、いいました。 ﹁さんぽですよ。﹂と、はりねずみはこたえました。 ﹁へえ、さんぽとはねえ。いくら、おまえの足あしだって、もうすこしましなことに、つかえるだろうになあ。﹂ と、うさぎは、わらっていいました。 こう いわれると、はりねずみは、ひどく おこりました。 ほかのことなら、なにをいわれても がまんできます。けれども、足あしのことをいわれては、がまんできません。というのも、はりねずみの足あしは、生うまれつき よこっちょにまがっていたからです。 ﹁なんだと。それじゃ きさまの足あしなら、もっと ましなことにつかえるとでも、うぬぼれてるのか。﹂と、はりねずみはいいかえしました。 ﹁あたりまえよ。﹂と、うさぎはこたえました。 ﹁ようし。それじゃ、たしかめてみよう。かけっこをすりゃ、おれのかちに きまってら。﹂と、はりねずみはいいました。 ﹁わらわせるない。その よこっちょにまがった足あしで、かつってのかい。﹂ と、うさぎはいいました。でも、すぐ つづけて、いいました。 ﹁だけどな、おまえが そんなにやりたいんなら、おれは やったっていいぞ。で、なにをかけるんだ。﹂ ﹁金きん貨かをひとつと、さけをひとびんだ。﹂と、はりねずみはこたえました。 ﹁うん よかろう。じゃ、すぐ はじめるか。﹂ ﹁いやいや、そう あわてなくてもいい。おれは、まだ 朝あさめしをくってないんだ。ちょいと うちへかえって、くってくる。三十分ぷんしたら もどってくるよ。﹂ と、はりねずみはいいました。 うさぎはしょうちしました。そこで、はりねずみは、うちへもどりました。 そして、かえる道みちみち、ひとりでかんがえました。 ︵うさぎのやつめ。あのながい足あしを たよりにしているな。なあに、あんなやつにまけるもんか。あいつは おえらいだんなかもしれんが、まぬけだからな。なんとか うまいとこ、だしぬいてやれ。︶ はりねずみは、家いえへかえると おかみさんにむかって、 ﹁おい、はやく したくをしろ。おれといっしょに、はたけへいくんだ。﹂ と、いいました。 ﹁いったい、どうしたのさ。﹂と、おかみさんはたずねました。 ﹁うさぎのやつと、かけをしたんだ。金きん貨かをひとつと さけをひとびんな。これから、あいつと かけっこをするんだ。だから、おまえも、いっしょにきていてくれ。﹂ これをきくと、はりねずみのおかみさんは びっくりして、大きな声こえをだしました。 ﹁あきれたねえ おまえさんは。頭あたまがどうかしたんじゃないのかい。いくらなんでも、うさぎと、かけっこが できるはずがないじゃないの。﹂ ﹁だまってろい。おれさまのすることだ。男の仕しご事とに 口をだすない。さあ、はやいとこ したくをして、いっしょについてくるんだ。﹂ と、はりねずみはいいました。 はりねずみは、いったい、おかみさんを どうするつもりなんでしょうか。おかみさんは、いやでもおうでも、ついていくよりほか しかたがありませんでした。 ふたりは、ならんで あるいていきました。すると、はりねずみが おかみさんにいいました。 ﹁おれのいうことを、ようく きいていてくれよ。ほら、あそこに、ながいはたけがみえるだろ。あそこで、かけっこをするんだ。うさぎのやつが、ひとつの うねのなかをかけて、おれさまは、もうひとつの うねのなかをかける。どっちも、上のほうからかけだすんだ。 ところで おまえは、こっちの 下のほうの うねのなかにたってくれ。それだけで、なんにもしなくていい。ただ、うさぎが むこうにやってきたら、やつにむかって、﹃おれは、もう きてるぞ。﹄と、どなってくれ。﹂ そのうちに、ふたりは、はたけにつきました。はりねずみは、おかみさんに、たっているばしょを おしえてから、はたけの上のほうへ のぼっていきました。 いってみると、うさぎは、もう ちゃんと きて、まっていました。 ﹁どうだ、はじめるか。﹂と、うさぎがいいました。 ﹁いいとも。﹂と、はりねずみもいいました。 ﹁じゃ、いくぞ。﹂ こう いって、ふたりは、それぞれ、じぶんがはしる うねのなかへはいりました。 うさぎは、﹁一、二、三。﹂と、かぞえおわったとたん、あらしのように、はたけをかけおりていきました。 ところが、はりねずみのほうは、ほんの三みあ足しばかり はしったかとおもうと、うねのなかにうずくまって、そのまま じっとしていました。 うさぎは、おもいきり はしっていきました。もうすこしで、下のほうへつきそうです。 ところが そのとき、むこうから、はりねずみのおかみさんが、 ﹁おれは、もう きているぞ。﹂と、どなったではありませんか。 うさぎは びっくりぎょうてん。ふしぎでふしぎで なりません。もちろん、今いまどなったのは、かけっこをしているあいての はりねずみだ、とばかりおもいました。 なぜって、はりねずみというのは、だれでもしっているとおり、おかみさんも、だんなさんと そっくりなんですからね。 ︵こいつは、どうもおかしいな。︶と、うさぎはおもいました。そこで、 ﹁もういっぺん かけっこしよう。それっ まわれ右みぎだ。﹂ と、さけぶといっしょに、またもや、あらしのようにかけだしました。うさぎの耳みみは、頭あたまのところで、ビュウビュウ 風かぜになびきました。けれども、はりねずみのおかみさんのほうは、そのまま、そこに じっとしていました。 うさぎは、はたけの上のほうへ、いっさんに はしっていきました。 こんどは、はりねずみのだんなさんのほうが、 ﹁おれは、もう きているぞ。﹂と、どなりました。 うさぎは、かんかんに おこって、 ﹁もういっぺん やろう。まわれ右みぎだ。﹂と、わめきました。 ﹁ああ、いいとも。おまえの気きがすむまで、いくらでもやるぜ。﹂ と、はりねずみはこたえました。 そこで、うさぎは、それから 七十三べんも、かけっこをしました。そのたびに、はりねずみがかちました。 うさぎが、上へいったり 下へいったりするたびに、はりねずみか、はりねずみのおかみさんの どちらかが、﹁おれは、もう きているぞ。﹂と、どなりました。 けれども、七十四へんめには、とうとう うさぎも、おしまいまで はしることができませんでした。はたけのまんなかで、ばったり たおれてしまったのです。そして、首くびからは 血ちがながれでて、それきり うごけなくなってしまいました。 はりねずみは、かけでかった 金きん貨かとおさけのびんを、とりました。そして、おかみさんを、うねのなかから よびだしました。それから、ふたりでいっしょに、おおよろこびで 家いえにかえりました。ふたりとも、まだ 死しんでいなければ、生いきているはずですよ。 ブクステフードの原はらっぱで、はりねずみとうさぎは、こんなかけっこをしたんです。そして、このときからというもの、ブクステフードのはりねずみと、かけっこをしようなんて 気きをおこすうさぎは、一ぴきもいませんでした。 このはなしをきいて、ためになることがありますね。 まず だい一に、たとえ じぶんが、どんなに えらいとおもっても、うぬぼれて、ほかのものを ばかにしてはいけない、ということです。あいてが、はりねずみみたいなものでもですよ。 そのつぎには、およめさんをもらうなら、じぶんとおなじ身みぶんで、みたところも、じぶんとそっくりの人を もらうといい、ということです。ですから、じぶんがはりねずみなら、およめさんも、やっぱり はりねずみがいい、といったようなことです。