МЕДВЕДЬ

笑劇 一幕

アントン・チェーホフ Anton Chekhov

神西清訳




――N・N・ソロフツォーフに捧げる



人物
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)(エレーナ・イ※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)ーノヴナ) 両頬にエクボのある若い未亡人、女地主
スミルノーフ(グリゴーリイ・ステパーノヴィチ) 中年の地主

ルカー ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)の従僕、老人


舞台は、ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)の地主屋敷の客間。




ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)(大喪の服をきて、一葉の肖像写真から眼をはなさない)とルカー
 使 
※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)  ()
  ()()()()() ()()()()殿   
※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)  ()()()()()  
ルカー まあ、そんなことを仰しゃるひまに、ひとつお庭を散歩でもなさるか、いっそトビーかヴェリカン〔(ともに馬の名)〕を馬車につなげと言いつけて、ご近所へ訪問におでかけになっては……
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) ああ! (泣く)
ルカー 奥さま!……奥さまったら!……どうなさいました? びっくらするじゃございませんか!
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) あの人は、トビーをあんなに可愛がっていた! いつもあの馬に乗って、コルチャーギンやヴラーソフのところへ、出かけてらしたものだっけ。馬がお上手だったわねえ! こう力いっぱい手綱を引きしめてらっしゃる時の姿の、優美なことといったら! おまえ、覚えてるかい? トビー、ああトビー! 今日はあれに、カラス麦を五百、おまけにやるように言っとくれ。
ルカー かしこまりました!
けたたましい呼鈴の音。
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) (身ぶるいして)だれだろう? わたしはどなたにもお目にかかりませんて、そう言うんだよ!

ルカー へ、かしこまりました! (退場)



ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)(ひとり)

※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)   



ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)とルカー
ルカー (登場、おどおどして)奥さま、だれだか、たずねてまいりましたよ。お目にかかりたいって……
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) でもお前は、こう言ったんだろうね?――主人が亡くなって以来、わたしはどなたにもお目にかかりませんって。
 
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) わたしは、お目に、か・か・り・ま・せん!
ルカー それは、よく申しましたが……何しろ、森の主みたいなどえらい男でして、大声でがなり立てて、ずかずかあがりこんで来ますんで……もう、食堂まで来ております……
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) (いらだって)じゃいい、お通し。……なんてまあ無作法な!
ルカー退場。

ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) ほんとに困った連中だこと! わたしに一体なんの用があるんだろう? せっかく人が静かにしているのを、なんだって邪魔するんだろう? (ため息をつく)だめ、だめ、こうなったらもう、ほんとに尼寺へでも行かなくちゃ……(考えこむ)そう、尼寺へ……



ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)、ルカー、スミルノーフ
  ※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)退 
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) (手をあたえずに)どういうご用向きでしょう?
 ()()()()
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) 千二百……。でも、どういうわけで宅は、そのお金を拝借したのでしょう?
スミルノーフ わたしから、カラス麦を買われたのです。
※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) ()退()()()
 ()()
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) 明後日みょうごにちになれば、拝借のお金をお返しいたします。
スミルノーフ こっちが金のいるのは、明後日じゃない、今日なんです。
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) 今日はお支払い致しかねますから、あしからず。
スミルノーフ ところがこっちは、明後日まで待つわけにゃ行かんので。
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) いま手もとにないものを、どうしろと仰しゃるんです!
スミルノーフ すると、払えんと言われるのですか?
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) 致し方ございません……
スミルノーフ ふむ!……それがあなたの、ぎりぎりのお返事ですな?
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) はい、ぎりぎりの。
スミルノーフ ぎりぎりですな? 断然そうですな?
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) ええ、断然。
   ※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)  
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) わたくし、はっきり申しあげたはずですわ、――支配人が町からもどり次第、お返しいたしますと。
スミルノーフ わたしは支配人を訪ねて来たのじゃない、あなたをですぞ! そんな支配人なんか、こう申しちゃなんだが、くそくらえだ!

※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) 調退



スミルノーフ(ひとり)

               ()  



スミルノーフ、ルカー
ルカー (登場)何ご用で?
スミルノーフ ク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)ス〔(無色透明の清涼飲料)〕か水を持ってこい!
ルカー退場。

スミルノーフ いやはや、なんたる論理ロジックだ! 人が金につまって、にっちもさっちも行かず、あわや首っつりの瀬戸ぎわだというのに、あの女ときたら、なんのこったい、金銭のことにかかずらわりたくございませんので、払わないとぬかしやがる!……まさに典型的な女の論理――コルセット論理だ! そいだからおれは、昔から女と話すのは苦手だったし、今だって苦手なんだ。おれにとっちゃ、いっそ火薬の樽にでも腰かけてる方が、女と話すよりゃ気が楽だよ。ブルルッ!……ぞくぞく総毛だって来たわい――よくもおれを、ここまで怒らせやがったな、阿魔っちょめ! おれは、ああした詩的な存在を、遠くからちょいと見ただけでも、とたんに腹わたが煮えくり返って、ふくらはぎが痙攣してくるんだ。助けてくれえ――と、わめきたくなるんだ。



スミルノーフ、ルカー
ルカー (登場して、水を差し出す)奥様はお加減がわるくて、お相手ができねえそうで。
スミルノーフ 出て失せろ!
ルカー退場。
       ()()   ()※(小書き片仮名ト、1-6-81) 
ルカー (登場)何ご用で?
スミルノーフ ヴォー※(小書き片仮名ト、1-6-81)カを一杯もって来い!
ルカー退場。
   
ルカー (登場、ヴォー※(小書き片仮名ト、1-6-81)カを差し出す)旦那、あなたも相当、気ままでいらっしゃるね……
スミルノーフ (ぷりぷりして)なんだと?
ルカー いえなに……わしは……ただその……
スミルノーフ 相手をだれと心得とるか? 黙れ!
ルカー (傍白)ええこの、森の主め、とうとうこのうちに、とっ憑きおったぞ。……悪魔のさしがねに相違ねえ……
ルカー退場。

  



※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) 
スミルノーフ 金さえ払ってくださりゃ、出て行きますよ。
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) わたくし、ロシヤ語でちゃんと申し上げました、――ただいま持ち合せがございませんから、明後日みょうごにちまでお待ちくださいましと。
 ()()
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) でも、手もとにお金がない以上、どうにも仕様がないじゃございませんか? 妙なお話ですこと!
スミルノーフ じゃ、すぐは払えんというのですね? そうですね?
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) 致し方ございません。……
   
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) どうぞお願いですから、そんな大きな声をなさらないで! ここは馬舎うまやではございません!
 
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) あなたは婦人にたいする作法を、ご存じなさすぎます。
スミルノーフ とんでもない、婦人にたいする作法は、ちゃんと心得とります!
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) いいえ、ご存じありません! あなたは無教育な、不作法なかたです! 教養のある人なら、婦人に向ってそんな口の利きかたはしません!
   使    
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) くだらない、失礼だわ。
    ()()  ()()()()()     ()()()() ()()()()     
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) では伺いますが、貞節で心変りのしないのは、いったい誰だと仰しゃるんですの? まさか男ではありますまいね?
スミルノーフ そりゃ無論、男ですとも!
※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)        使
 鹿    ()()()()
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) (カッとして)なんですって? よくもわたしに向って、そんなことが仰しゃれるのね?
スミルノーフ わが身を生きながら埋めてしまった人が、やっぱりお白粉しろいだけは忘れなかったってね!
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) まあ失礼な、よくもそんなことが、わたしの前で!
   
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) 大声を立ててるのは、わたしじゃなくて、あなたじゃありませんか! あなたこそ、いい加減にしてください!
スミルノーフ 金を払ってもらえさえすりゃ、即刻退散しますよ。
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) だれがお金なんか出すもんですか!
スミルノーフ いいや、出してもらいます。
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) こうなりゃ意地にだって、一銭だって出すものですか! そろそろお帰りになったらいかが?
 
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) (忿怒に息をはずませながら)また坐ったのね?
スミルノーフ 坐りました。
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) 後生だから、出て行って!
スミルノーフ お金をください……(傍白)ああ腹が立つ! 腹が立つ!
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) わたし、恥しらずとは話したくもありません! とっとと出て行ってください! (間)行かないんですか? ええ?
スミルノーフ 行きません。
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) ほんとですね?
スミルノーフ ほんとです!

ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) じゃ、よろしい! (呼鈴を鳴らす)



今までのふたり、それにルカー
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) ルカー、このかたをお見送りなさい!
ルカー (スミルノーフに歩み寄る)旦那、言われたら出て行くものですよ! 何もそう……
スミルノーフ (おどりあがる)黙れ! 誰にむかって、そんな口を利くんだ? 小間ぎれに刻んで、サラダにしちまうぞ!
ルカー (胸をおさえて)大変だ!……桑原桑原!……(肘かけ椅子に倒れる)ああ苦しい、胸が悪い! 息がとまった!
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) ダーシャはどこなの? ダーシャ! (叫ぶ)ダーシャあ! ペラゲーヤ! ダーシャあ! (呼鈴を鳴らす)
   
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) さっさと出てってください!
スミルノーフ もう少し丁寧に願えんものですかな?
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) (両の拳をにぎり、地だんだを踏みながら)このどん百姓! がさつな熊! 成りあがり! ずく入道!
スミルノーフ なんだと? なんと言ったんです?
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) あなたは熊だ、ずく入道だと言いました!
スミルノーフ (つめ寄りながら)失礼ですが、ぜんたいどんな権利があって、わたしを侮辱なさるんです?
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) ええ、侮辱しますとも……それがどうしまして? わたしが怖がるとでも、お思いですの?
スミルノーフ あなたは、自分が詩的な存在であるから、いくら人を侮辱したって無事で済む権利があると、高をくくってるんですな? そうですね? よし、決闘だ!
ルカー さあ事だ!……桑原桑原!……み、水を!
スミルノーフ ピストルだ!
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) そんな頑丈な握りこぶしだの、牡牛みたいなノドっぷしだので、わたしがびくびくするとでもお思いなの? ええ? まあなんて、がさつな成りあがり者だろう!
  
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) (どなり勝とうと懸命に)熊! 熊! 熊!
スミルノーフ さあこれでいよいよ、侮辱に報復するのは男子だけの神聖な義務だなんていう、くだらん偏見をかなぐり捨てる時が来たぞ! 男女同権なら同権でよろしい、勝手にしやがれだ! さあ決闘ですぞ!
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) やろうと仰しゃるのね? ええ、いいわ!
スミルノーフ 今すぐですぞ!
※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)    退
  
ルカー 旦那、後生でございます!……(ひざまずく)どうかこの老いぼれを不憫と思って、ここを出ていってくださいまし! 死ぬほどおどかしなすった上に、またピストルだなんて!
       
ルカー 旦那、出てってくださいまし! ご恩は一生わすれませんから!
スミルノーフ あれこそ、女だ! あんなら、おれにもわかる! 正真正銘の女だ! 煮えきらない、めそめそしたのと違って、火の玉だ、火薬だ、烽火のろしだ! 殺すのが惜しいくらいだ!
ルカー (泣く)旦那……お願いです、出てってくださいまし!

    



今までのふたり、それにポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)
※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) 
 退
 ()()()  
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) こうですの?
 ()()
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) わかりました。……部屋のなかじゃ決闘に不便ですから、庭へ出ましょう。
スミルノーフ 出ましょう。ただ前もって言っておきますが、わたしはくうへ向けてうちますよ。
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) この上まだそんなことを! なぜです?
スミルノーフ なぜって……つまりその……。いやなに、こっちの話です!
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) 怖気がついたのね? そうでしょう? へへ、へえーだ! 逃げようったって駄目ですよ! おとなしく、わたしについてらっしゃい! そのおでこに穴を明けないうちは、あたしは気が済まない……そのおでこ、見てもぞっとするわ! ほんとに、こわくなって?
スミルノーフ ええ、こわくなりました。
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) うそばっかり! なぜ決闘がしたくなくなったんです?
スミルノーフ なぜって……それはつまり……あなたが気に入ったからです。
※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)   
 ※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)    
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) そこを、どいてください、――わたし、あなたが大嫌いです!
スミルノーフ いやどうも、なんて女だ! 生まれてこのかた、こんなのにお目にかかったことは一ぺんもないぞ! やられた! 絶体絶命だ! きれいに鼠りにかかっちまった!
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) どいてください、さもないと撃ちますよ!
    
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) (激昂のあまり、ピストルを振りまわす)決闘です! さあ行きましょう!
スミルノーフ おれは気がちがった。……なんにもわからん……(どなる)誰かおらんか、水だ!
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) (叫ぶ)決闘場へ!
      ()   
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) お待ちになって……
スミルノーフ (たちどまる)ええ?
※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)      
スミルノーフ さようなら。
※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)   
    

ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) どいてください! その手をはなして! わたしあなたが……だい嫌いです! さあ決闘! (長い接吻)


十一


今までのふたり、それに斧をもったルカー、熊手をもった庭男、乾草用の大熊手をもった馭者[#「馭者」は底本では「駁者」]、棒ぐいをもった作男たち
ルカー (接吻している二人を見て)あれまあ! (間)
ポポー※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82) (伏眼になって)ルカー、おまえ馬舎うまやへ行ってね、今日はトビーにカラス麦を一粒ひとつぶもやらないように、言って来ておくれ。

――幕――






 11
   196035315
   198055620


2011129
2012221

http://www.aozora.gr.jp/







 W3C  XHTML1.1 



JIS X 0213



●図書カード