ヒウザン会とパンの会

高村光太郎




 
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 ()※(「王+干」、第3水準1-87-83)()()
 
 ※(「王+干」、第3水準1-87-83)()
 
 ※(「王+干」、第3水準1-87-83)
 宿()()
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 使西()()()
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泥でこさへたライオンが
お礼申すとほえてゐる
肉でこさへたたましひが

人こひしいと飲んでゐる


 ○


無理は天下の醜悪だ
人間仲間の悪癖だ
酔つぱらつた課長殿よ

さめてもその自由を失ふな


というのがある。
 永代橋の「都川」で例会があった時、倉田白羊が酔っぱらって大虎になり、橋の鉄骨の一番高いところへじ登ったが川風で酔いがめて、さてこんどは降りられない。野次馬がたかって大騒ぎになったことがあった。白羊の眼が悪くなったのは、たぶんこんな深酒がたたっているのだろう。

   ○

「パン」の会の流れから、ある晩吉原へしけ込んだことがある。素見して河内楼までゆくと、お職の三番目あたりにとても素晴らしいのが元禄髷げんろくまげに結っていた。元禄髷というのは一種いうべからざる懐古的情趣があって、いわば一目惚れというやつでしょう。参ったから、懐ろからスケッチ ブックを取り出して素描して帰ったのだが、翌朝考えてもその面影が忘れられないというわけ。よし、あの妓をモデルにして一枚描こうと、絵具箱を肩にして真昼間出かけた。ところが昼間は髪を元禄に結っていないし、髪かたちが変ると顔の見わけが丸でつかない。いささか幻滅の悲哀を感じながら、むを得ず昨夜のスケッチを牛太郎に見せると、まあ、若太夫さんでしょう、ということになった。
 いわばそれが病みつきというやつで、われながら足繁く通った。お定まり、夫婦約束というれ具合で、おかみさんになっても字が出来なければ困るでしょう、というので「いろは」から「一筆しめし参らせそろ」を私がお手本に書いて若太夫に習わせるといった具合。
 ところが、阿部次郎や木村荘太なんて当時の悪童連がぎつけて又ゆくという始末で、事態は混乱して来た。殊に荘太なんかかなり通ったらしいが、結局、誰のものにもならなかった。
 一年ばかり他所へいってしまって、又吉原へ戻って、年が明いたので、年明けの宴を張った。
 阿部次郎が通ったのが判った次第は、彼がやってきて、談偶々たまたまその道に及び「君と僕とは兄弟だぜ」といったことからである。よくあることだが、私にとっては大事件だったわけだ。
 若太夫がいなくなってしまうと身辺大に落莫寂寥らくばくせきりょうで、私の詩集「道程」の中にある「失はれたるモナ・リザ」が実感だった。モナ・リザはつまり若太夫のことで、詩を読んでくれれば、当時の心境が判って呉れる筈である。


  失はれたるモナ・リザ


モナ・リザは歩み去れり
かの不思議なる微笑ほほゑみに銀の如き顫音せんおんを加へて
「よき人になれかし」と
とほく、はかなく、かなしげに
また、凱旋の将軍の夫人が偸見ぬすみみの如き
冷かにしてあたたかなる
銀の如き顫音を加へて
しづやかに、つつましやかに

モナ・リザは歩み去れり


モナ・リザは歩み去れり
深く被はれたる煤色すすいろ仮漆エルニこそ
はれやかに解かれたれ
ながく画堂の壁に閉ぢられたる
額ぶちこそは除かれたれ
敬虔の涙をたたへて
画布トワアルにむかひたる
迷ひふかき裏切者の画家こそはかなしけれ
ああ、画家こそははかなけれ

モナ・リザは歩み去れり


モナ・リザは歩み去れり
心弱く、痛ましけれど
手に権謀の力つよき
昼みれば淡緑に
夜みれば真紅しんくなる
かのアレキサンドルの青玉せいぎよくの如き

モナ・リザは歩み去れり


モリ・リザは歩み去れり
我が魂を脅し
我が生の燃焼に油をそそぎし
モナ・リザの唇はなほ微笑せり
ねたましきかな
モナ・リザは涙をながさず
ただ東洋の真珠の如き
うるみある淡碧うすあをの歯をみせて微笑せり
額ぶちを離れたる

モナ・リザは歩み去れり


モナ・リザは歩み去れり
かつてその不可思議に心をののき
逃亡を企てし我なれど
ああ、あやしきかな
歩み去るそのうしろかげの慕はしさよ
幻の如く、又阿片をく烟の如く
消えなば、いかに悲しからむ
ああ、記念すべき霜月しもつきの末の日よ

モナ・リザは歩み去れり


 雷門の「よか楼」にお梅さんという女給がいた。それ程の美人というんじゃないのだが、一種の魅力があった。ここにも随分通いつめ、一日五回もいったんだから、今考えるとわれながら熱心だったと思う。「よか楼」の女給には、お梅さんはじめ、お竹さん、お松さんお福さんなんてのがいて、新聞に写真入りで広告していた。私は昼間っから酒に酔いれては、ボオドレエルの「アシツシユの詩」などを翻訳口述してマドモワゼル ウメに書き取らせ、「スバル」なんかに出した。

わが顔は熱し、吾が心は冷ゆ
辛き酒を再びわれにすすむる

 







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底本:「昭和文学全集第4巻」小学館
   1989(平成元)年4月1日初版第1刷発行
   1994(平成5)年9月10日初版第2刷発行
※「失はれたるモナ・リザ」の詩は、底本では一行が長くて二行にわたっているところは、二行目が3字下げになっています。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2006年11月20日作成
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