あるところに、お猫ねこさんがありました。誰だれもつきあつてくれません。このお猫さんは、大へんきむづかしやで、年中おこつてばかりゐるからです。 或ある日ひ、椅い子すに腰かけて新聞をよんでゐましたが、眠くなつて寝こんでしまひました。 そこへ、この間生れたばかりで、もうチヨコ〳〵走りまはつてゐるネズミさんがやつてきました。お猫さんがきむづかしやだなんてことは、まだ知りません。お猫さんの椅い子すにはひあがつて、お猫さんのお鼻を一かじりかじりました。そこには、あまいおいしいゼリーのかけらがくつついてゐたからです。 × × その時、お猫さんは、いやといふ程、お鼻をかじられた夢を見ました。よく見ると、近所の動物園の檻おりの中にゐる虎とらさんが、爪つめをとんがらかして、お鼻の先にくひついてゐました。お猫さんは、びつくりして目がさめました。お猫さんは腰をぬかして﹁わあ、虎にかまれた。虎だ、虎だ、助けてくれ――﹂と、大きな声を出しました。 近所のお猫さんや、うさぎさん、犬さん、あひるさん、羊さん、牛さんたちは、腹が立つてはゐましたが、虎さんにかみころされては、あんまりかあいさうだと思つて、ピストルや、てつぱうをさげて、とんできました。消防自動車は火事かと思つて、ピユーピユー四方から走つてきました。 ところが、虎さんなどはどこにもをりません。ベツトの下や、敷物までハガシて見ましたが、足跡もありません。みんなとてもおこりました。そしてお猫さんの家うち中ぢゆうを泥足でふんづけて帰つて行きました。 × × ところが、お猫さんの家うちのお隣りはネズミさんのお家うちです。ネズミさんの赤ちやんは、お猫さんのお家うちの大さわぎが、自分のせいだといふことは知りません。夕方になつて、ノコ〳〵お家うちへ帰つて来て、お母さんにいひました。 ﹁僕ぼく、さつき、お猫さんのおぢさんの鼻の先をかじつたの。だつて、先ツチヨに、ゼリーがついてたんだもの。あんなゼリー、うちでもこさへてね﹂ ネズミさんのお母さんはびつくりいたしました。けれども、おしまひにはおかしくなつて、家うちにぢつとしてゐられません。早速近所の家へこのことをおしやべりしてあるきました。 街中は大さわぎです。皆みんな、窓から首を出して﹁アハハハハハ﹂と、大笑ひいたしました。 お猫さんは、その時牛乳を飲んでゐましたが、恥かしくなつて、のどにつかえて、飲むことができません。新聞社の写真がかりの犬さんが、窓からソツとこのシカメツ面のお猫さんを写真にとつて、あくる日の新聞にのせました。お猫さんはこの写真を見て、自分ながらそのシカメツ面がおかしくなつたので、大笑ひいたしました。あんまり笑つたので、その時からお猫さんはおこるといふことをわすれてしまつて、とてもニコ〳〵したいいお猫さんになつて、お仕舞には街のニコ〳〵クラブの会長さんになりましたさうです。