﹁こどもクラブ﹂では、日曜日ごとに、朝の九時半から正午まで、子供会がありました。このクラブは、町の大人たちのつくつてゐる﹁睦むつ会みくわい﹂の二階で、六畳の間二つが、ぶつ通しになる明るい部屋でした。 表の間の天井のまん中からは、色テープが八方に引きまはされ、それには、葡ぶだ萄うの葉や果がブラ下つたやうに、色さまざまの紙かざりが吊つり下げてありました。折紙細工の鶴つるや舟や兜かぶとや股もも引ひきや、切紙細工の花や魚やオモチヤや動物など、みんな子供会の手工の時間に作つたものです。 壁際には三つの本箱が据ゑられ、それにみんなに寄付してもらつた、色々の本や雑誌がギツシリつまり、﹁資料箱﹂の上には、木琴や積木や智ち慧ゑの環わや、それから地球儀や、環わ投なげ遊びの道具などもありました。 壁には、子供会の写真や図画、それから﹁壁新聞﹂や﹁子供会ニユース﹂、ピクニツクのとき持つて行くリユツクサツクなど、いろいろのものが貼はつたり、懸けてありました。 だが、このキチンとした﹁こどもクラブ﹂も、今日は、ひどくかき乱され、子供会に集つた子供たちも、昂こう奮ふんして立ちさわいでゐました。 ﹁泥どろ棒ぼうのしわざだ!﹂ ﹁泥棒が凧たこなんか滅茶々々にするかしら?﹂ ﹁地球儀がないぞツ。﹂ ﹁頭だけここにあつたわよ。﹂ ﹁足はないかア……地球儀の足々?……﹂ ﹁凧のしつぽなら、ここにあらあ――﹂ ﹁凧の骨も皮も、ここにありまアす。﹂ ﹁犯人を引つぱり出せ!﹂ ﹁凧を破つたのは誰だれだいツ?﹂ ﹁誰か知つてる者はないかア?﹂ 男の子も女の子も、折角この前の日曜日の子供会でつくつた大凧を、何物かに滅めち茶やめ々ち々やにされて大騒ぎなんです。 ﹁みんな静かにしてくれエ! みんな立ちさわがずに、坐すわつてくれたまへ。﹂ 表の間の窓際に立つたコドモ委員の一人が、手をふり上げてかう叫びました。すると他の子供たちも、同じやうに叫びました。 ﹁みんな静かにしろツ!﹂ ﹁みんな坐れエ!﹂ ﹁オーライ! O・K!﹂ ﹁シツ!﹂ ﹁お静かに願ひます。ご順に前へおつめ下さい――﹂ ﹁動きまアす、チン〳〵!﹂ みんなドツと笑ひました。けれど、暫しばらくするとみんな坐つて、窓際に立つてゐるコドモ委員の方を見つめました。 コドモ委員は六人で、男の子も女の子も、みんな選挙された者です。その中で、一番脊の高い木きむ村ら君が、みんなの鎮しづまるのを待つて、突つ立つたまま、かう云ひました。 ﹁みんなの騒ぐのは無理もないと思ふが、でも、てんでにガヤ〳〵やつてたんぢや、いつまでたつても、きりがつかないと思ふ。そこでね、僕たちコドモ委員で相談したんだが、みんな、かういふことにしたらどうだらう。子供会の始まるまでには、まだ少し時間もあるし、先生も来てゐないんだから、それまでにみんなで、誰が僕たちのつくつた凧を滅茶々々にしたり、地球儀の足を折つたのか、それを考へ合つて見ようぢやないか? みんな、どうかね?﹂ ﹁いいわ!﹂ ﹁大さんせい!﹂ ﹁それがいい!﹂ そこで、みんな相談し合ふことになりましたが、いろいろの意見が出て、結局、次の三つに分れてしまひました。
(1)下の部屋には、いつでも留守番のお爺 さんか、お婆 さんがゐるはずだが、ちよつと家 を空 けたすきに、泥棒が入つて、何も持つて行く物がなかつたので、乱暴をして逃げたにちがひない。
(2)どこかのいたづらツ子が、子供会の者のやうに見せかけて、眼 のうすいお爺さんお婆さんをごまかしてしのびこみ、いたづらをして逃げ出したにちがひない。
(3)昼間でもよく天井で鼠 が騒いでゐたし、それに困つて、お爺さんお婆さんが仔猫 を飼つたくらゐだから、きつと、鼠のしわざにちがひない。
(2)どこかのいたづらツ子が、子供会の者のやうに見せかけて、
(3)昼間でもよく天井で
この三つの考へ方には、それぞれ賛成者があつて、さかんに議論をし合ひました。
そこへ先生がやつて来ました。
子供たちは、パチ〳〵と手を叩たたいて先生を迎へ、コドモ委員たちは先生をとりかこんで、今やつてゐることを、くはしく話しました。そしてかう附け加へました。
﹁みんな熱心なので、もう少しつゞけさせて下さい。なか〳〵面白いんです。﹂
﹁いいでせう。やりたまへ。﹂
先生は気持よくさう云つて、長い頭の髪かみ毛のけをグシヤ〳〵とかき上げると、今度はみんなの方へ向いて、かう云ひました。
﹁今日は対話文の作り方と、唱歌をやるはずになつてゐるが、今聞くと、この前、君たちのつくつた凧がこはされてしまつたさうで、そのことについて相談してゐると云いふことだから、僕もその仲間に入つて、これからもう少し順序を立てて、その問題をおし進めて見たいと思ふ。どうだね、いいですか?﹂
﹁さんせい!﹂
みんなパチ〳〵と手を叩きました。
﹁ぢや、どういふ風にやつて行かう?﹂
先生がかう云ふと、すぐ、一人の男の子が突つ立ちました。尋常四年の水みづ野のといふ子で、ほつそりした、色の白い、賢い子供です。
﹁僕は、さつきから黙つて聞いてゐましたが、みんなてんでにしやべるので、いつまでもケリがつかないんだと思ひます。だから、先生に整理係になつてもらひたいと思ひます。﹂
﹁さうだ! それがいい!﹂
﹁さんせい!﹂
また、みんな手を叩きました。
﹁では、僕がさういふことになります。そこで、どんなことからやつて行きませう? 僕の考へでは、みんながいろ〳〵の意見を出すのは勿もち論ろんいいことだが、それより前に、こはされたもの――例へば凧とか地球儀とかについて、そのこはし方を、よく調べて観みる必要はないかと思ふ。泥棒か、いたづらツ子か、鼠か? そのこはし方をよく観察すれば、そこで初めて、大体の見当がついて来るのではないかと思ふ。どうだらうね?﹂
﹁さうだ!﹂と、コドモ委員の吉よし住ずみ君が叫びました。﹁それからだよ。﹂
﹁ぢや、みんな観みなほせエ。﹂
﹁オーライ! さんせい!﹂
みんな立ち上りました。
先生は、素早く、こはれた凧と地球儀とを両手に差上げて、子供たちのまん中に入つて来ました。そして、部屋のまん中どころまで来ると、﹁まるくなれ、環わになれ、坐れ!﹂と叫びました。
﹁押すな〳〵。﹂
﹁静かに坐れエ! 一いちツ、二にツ!﹂
やつと、みんな坐りました。坐つたかと思ふと、まだよく凧や地球儀を観ないうちに、もう﹁猫だ、猫だ!﹂と叫び出した者がありました。
﹁犯人は猫です!﹂
突然、コドモ委員の木村君が叫びました。つづいて、口々にみんな叫びました。
﹁爪あとが何よりの証拠だ!﹂
﹁毛がくツついてらあ!﹂
﹁歯がたもついてらあ!﹂
﹁襖ふすまも引つかいてらあ――裁判にしろ!﹂
すると、デブさんの男の子が突つ立つて、出しぬけにかう云ひました。
﹁僕は、裁判にしたらいいと思ふな。猫をつれて来るぞ。﹂みんなドツと笑ひました。けれどデブさんはお構ひなしに、トツトと階段の方へおりて行つてしまひました。
﹁まあ、猫を裁判するんですか?﹂
﹁猫裁判だア……ドロ〳〵〳〵や……﹂
﹁やれツ〳〵面白いぞオ!﹂
﹁やること、さんせい!﹂
﹁あたしもさんせい!﹂
みんな騒ぎ出しました。
﹁静かに!﹂と先生は遮さえぎつて置いてから、みんなを見みま廻はして、かう訊ききました。
﹁では、凧や地球儀をこはしたものは、猫だとハツキリきまつたわけですね? さうですか?﹂
﹁さうです!﹂と、みんな答へました。
﹁よろしい。僕も仔猫だと思ひます。では仔猫を、どうしますか? いま松尾君の提案されたやうに、裁判にしますか?﹂
﹁裁判、さんせい!﹂
コドモ委員まで﹁さんせい!﹂を叫びました。
﹁では、どんなにしてやりますか? もう十時過ぎです。なるべく僕は傍聴人にさせてもらつて、君きみ達たち子供だけでやつて見たら面白いだらうと思ふ。どうかね?﹂
﹁やらう!﹂と、コドモ委員の木村君が呟つぶやきました。そしてみんなに相談しました。
﹁どんな風にでもいいから、僕たちでやつて見ようぢやないか? みんないいだらう? だが、どんな風にやるもんかなア?﹂
﹁君、裁判官がいるぞ!﹂
﹁弁護士もいるぞ――﹂
みんな口々にしやべり出しました。
﹁おれ、裁判長になりたいなあ。﹂
﹁おれ検事だ!﹂
﹁おれ代議士だぞ!﹂
﹁ばか! 代議士なんか出るもんかア。﹂
また木村君が立ち上りました。
﹁みんな静かにしてくれ。ではね、これから猫の裁判をやらう。ほんとうの裁判はどんな風にやるのかよくわからないが、僕たちの裁判には、一人の裁判長だけ置いて、あとの者はみんな弁護士になつて、猫の悪いことも云へば、善よいことも云つて、それで猫の罪をきめることにしようよ。ね、みんなそれでいいだらう?﹂
﹁うん、いいよ!﹂
﹁それでいい!﹂
﹁それでは、裁判長をきめます。誰か、なりたいものはありませんかア?﹂
﹁木村君! 君がいいぞ!﹂
﹁さんせい、さんせい!﹂
みんなパチ〳〵と手を叩きました。
木村君は、みんなの方へ向いて、自分の顔に八の字のひげを描いて見せると、今度は先生の顔を見ながら、頭をかき〳〵、﹁それぢや僕がやります。﹂と答へました。
﹁前へ出ろ、前へ! 裁判長は正面だ。﹂
木村君は、正面の窓際に出て行きました。それから、かう云ひました。
﹁すぐ猫をつれて来て下さい。﹂
みんな、ドロ〳〵騒ぎながら、階段口になだれて行きました。そして口々に松尾君を呼びました。松尾君は、便所の中から返事をしました。みんな鼻をつまんで笑ひました。
暫くすると、下へおりて行つた子供たちが大騒ぎしながら、仔猫を抱いたお婆さんをつれて上つて来ました。
﹁まあ〳〵、なんて申訳ないことをしでかしたんでせう。一体いつ、そんなことをしたんです。え、タマ、さあお云ひ。今朝、わたしがお掃除に上つたのは八時ごろでしたが、その時まで、なんのこともなかつたのに……いつ、どうして、こんないたづらをしたんです。みなさんは、お前を裁判しようと云つてなさるのに、このたはけもの、あくびなんかしをつて。さあ、あやまりなさい。さあ、みなさんにお詫わびしなさい。……死刑にでもなつたら、どうするのです……﹂
お婆さんはウロ〳〵しながら、仔猫を抱いて、みんなにペコ〳〵と頭を下げました。
﹁お婆さん〳〵。﹂と先生が呼びかけました。﹁そんなに騒ぐことはないんだから、なんなら、その猫を抱いて、あんたも、裁判に加はらしてもらつたらどうかな。裁判長、みんなの意見を聞いて見て下さい。﹂
すぐ、パチ〳〵と手が鳴りました。
﹁では、さんせいされたものと思ひ、すぐさま裁判に入ります。猫は悪いことをしたのですから、裁判長の前に坐らせて下さい。﹂
﹁うまいぞツ!﹂誰かが冷やかしました。
お婆さんは仔猫を抱いて、渋々と、裁判長の木村君の前へ出て坐りました。
木村君は可愛い三毛猫を見ながら、自分の頭をかきかき、かう云ひました。
﹁名を云つて下さい。その方の名は何と申すか?﹂
みんなドツと噴き出しました。
けれどお婆さんは、真面目に答へました。
﹁この子は、ものが云へませんので、わたしが代つて申上げます。この子の名はタマと申します。﹂
﹁よろしい。苗めう字じは?﹂
みんな、またドツと噴き出しました。
﹁苗字は、猫のことで、ございません。﹂
﹁ないかア、よし。そんなら年?﹂
﹁昨年の九月生れですから、まだ、やつと半歳になるか、ならないかでございます。どうぞ、そんなわけで、罪を軽くしてやつて下さい。﹂
﹁よけいなことは云はないで下さい。――では諸君、タマの今日したことを云つて下さい。タマは、どんな悪いことをしたのですか?﹂
﹁裁判長!﹂と云つて、四五人が一度に立ちました。
﹁今いま井ゐ君、君から左へ、順々に云つて下さい。﹂
﹁僕は、タマがどんな悪いことをしたかと云ふことは、そこに置いてある骨ばかりになつた凧と、足のなくなつた地球儀とを見ただけで充分で、くはしく説明する必要はないと思ひます。﹂
﹁わかりました、その次――﹂
﹁僕は、もうすみました。今、今井君が云つてしまつたんだもの。﹂
﹁あたしもいいの。﹂
﹁ぢや、わたしの番よ。わたしはね、タマさんのしたことは、よくないと思ふけど、だつてタマさんは赤ん坊で、よいことか、わるいことかも、知らないんでせう。だから、罪になんか、しない方がいいと思ふのよ。﹂
さう云つて勝かち気きな秀子さんが坐ると、パチ〳〵と、女の子たちは手を叩きました。
﹁ちよつと待つて下さい。﹂と、裁判長の木村君が云ひました。﹁どんな悪いことをしたか、といふことをよく調べてゐるうちに、もうどんな罰にするか、といふところまで来てしまひましたから、では、ドシドシ意見を述べて下さい。﹂
コドモ委員の文ふみ子こさんが、立ち上りました。
﹁わたしに、少し意見を述べさせて下さい。わたしは、小さい時、お友だちのお人形をこはしたことがあります。その時、お家うちに帰つて叱しかられました。そして、よく云ひ聞かされました。私わたしはそれ以来お人形でもなんでも、特に人のものは大切にするやうになりました。だから私は、猫だつて悪いことをしたら、猫にわかるやうに、云ひ聞かせ、叱らなければいけないと思ひます。ライオンや毒どく蛇へびだつて、さうして教へこめば、やがては人の云ふことを、よくきくやうになるんだと申します……﹂
﹁さうだ、さんせい!﹂
﹁さんせエ!﹂
みんなパチ〳〵と手を叩きました。先生もお婆さんまで手を叩いてゐました。
そこで裁判長の木村君は、かう云ひました。
﹁只ただ今いまの文子さんの意見は、満場一致で、賛成されたやうに思ひます。では、どういふ方法でタマをこらし、躾しつけをしますか?﹂
すると、いつ便所から帰つて来てゐたのか、デブさんの松まつ尾を君が、ひよつくり立ち上りました。そして、ブツキラボーに云ひました。
﹁裁判長、僕は猫の頭に頬ほほ冠かむりをさせて、そこいらを逆さに、這ははせたらいいと思ふな。どうだい、おもしろいぞオ。﹂
みんなクス〳〵笑ひ出しました。だが誰か一人パチ〳〵と手を叩いたので、皆なつい釣つりこまれて、賛成するのか、からかふのか、どつち附つかずに手を叩いてしまひました。そして手を叩いてゐるうちに、みんな、猫に頬ほほ冠かむりをさせて逆さに這はすことが、とても堪たまらなく面白く愉快に思はれて来ました。そして裁判長が、今の意見に賛成かどうかをたづねた時には、コドモ委員まで、うつかり巻きこまれて、一人残らず賛成してしまひました。
﹁では、みな賛成のやうですから、これから猫に頬冠をさせることにします。だが裁判長として意見を述べさせてもらへば、かういふことでは、ほんとうは仔猫のいたづらは直せないと思ひます。――とにかく、今日の猫の裁判はこれでをはりにします。﹂
みんな暫くの間、パチ〳〵と手を叩きました。そしてやがて、広い場所をつくるために立ち上りました。
仔猫のタマは、そんなことは少しも気にかけぬらしく、お婆さんの膝ひざの上で長々とあくびをすると、それから唾つばをつけて顔を洗ひ、眉まゆ毛げをなで、口ひげをしごき、しきりに雌めね猫こらしく、おめかしをしはじめました。
―昭和八年三月五日作―