お秋さんは、山へ柴しば刈かりに行つたかへりに、雪に降りこめられました。こん〳〵と止めどなく降つてくる雪は、膝を埋め、腰を埋め、胸を埋める深さにまで積つてきました。お秋さんは、大きな柴の束を背負つたまゝ、立ちすくんでしまひました。 ﹁もう助かりやうはない。﹂ と思つて、目をつぶつて静かにしてゐますと、だん〳〵気が遠くなりました。そして、何時間たつたことやら分りませんが、誰か自分を呼ぶやうな気がしてひよつと目をあいて見ますと、雪のとんねるが長くつゞいた中に、お秋さんは立つてゐるのでした。 むかうの方が少し明るく見えますので、とんねるの中をとぼとぼ歩いて行きますと、突きあたりが雪の扉とびらになつてゐます。扉をあけて内へはひると、そこは大きな洞ほらでした。洞の隅の方に身の丈一丈もあらうかと思はれる大男が坐つてゐました。 ﹁もつとこつちへお出で。﹂ と大男が云ひました。声は低いが底力があつて、洞一ぱいひゞきわたりました。お秋さんは恐る〳〵三足ばかり前へ出ますと、 ﹁柴しばをおろしな。﹂ とまた大男が云ひました。お秋さんは雪に降りこめられた時のまゝ柴の束を背負つてゐたのです。さつそく背中からおろしますと、 ﹁こゝへ焼くべな。﹂ とまた云ひました。大男の前には炉があつて、とろ〳〵火が燃えてゐました。お秋さんが柴をくべますと、火は勢よく燃えあがつて、洞の上からさがつてゐる氷つら柱らが赤くかゞやきました。 ﹁火を消してはいけない。その柴がなくなるまでだん〳〵焼くべたすのだ。﹂ と男は云つて、もうそれきり何も云ひませんでした。お秋さんは火を焚きながら時々顔をあげて見ますと、大男はいつも目をつぶつたまゝでした。考へごとをしてゐるのか、それとも眠つてゐるのか分りませんでした。体は大きいけれど、顔つきは大そうやさしくて、お寺にある仏さまのやうでした。 ﹁一体この人は何だらう。こんな洞の中にいつも一人でゐるのだらうか。﹂などとお秋さんは考へました。そのくせお秋さん自身が、どうしてこんな洞の中へ来たのか、それについてはちつとも考へませんでした。 その中に柴の束はだん〳〵燃やしつくされて、すつかりおしまひになりました。炉の火が消えてしまふと一所に、男はぱつちりと目をあいて、 ﹁御苦労々々々。もうかへつてもよろしい。﹂ と云ひました。お秋さんは大男を怖いと思ふ心は、全く消えてゐました。けれどこのまゝ洞の中に一しよに居やうとは思ひませんでした。 立ちあがつて洞の外へ出て見ますと、雪のとんねるは、いつか消えてしまつて、あちこちに梅の花が咲いてゐます。うぐひすや目白の声もきこえます。 ﹁あゝもう春だ。﹂ とお秋さんは、ふしぎさうに呟つぶやきました。洞の中にゐたのは一時間ばかりと思ふのに、早くも一冬を過してしまつたのです。お秋さんは無事家へかへることができました。村の人々をさそつて再び山へ来て見ましたが、どうしても大男を見つけることは出来ませんでした。洞のあとも分りませんでした。