一 ばけものの起源
妖えう怪くわいの研けん究きうと云いつても、別べつに專せん門もんに調しらべた譯わけでもなく、又またさういふ專せん門もんがあるや否いなやをも知しらぬ。兎とに角かく私わたしはばけものといふものは非ひぜ常うに面おも白しろいものだと思おもつて居ゐるので、之これに關くわんするほんの漠ばく然ぜんたる感かん想さうを、聊いさゝか茲こゝに述のぶるに過すぎない。
私わたしのばけものに關くわんする考かんがへは、世せけ間んの所いは謂ゆる化ばけ物ものとは餘よほ程ど範はん圍ゐを異ことにしてゐる。先まづばけものとはどういふものであるかといふに、元ぐわ來んらい宗しう教けう的てき信しん念ねん又または迷めい信しんから作つくり出だされたものであつて、理りさ想うて的き又または空くう想さう的てきに或ある形けい象しやうを假かさ想うし、之これを極きよ端くたんに誇こて張うする結けつ果くわ勢いきほひ異いげ形うの相さうを呈ていするので、之これが私わたしのばけものゝ定てい義ぎである。即すなはち私わたしの言いふばけものは、餘よほ程ど範はん圍ゐの廣ひろい解かい釋しやくであつて、世せけ間んの所いは謂ゆる化ばけ物ものは一の分ぶん科くわに過すぎない事こととなるのである。世せけ間んで一口くち﹇#ルビの﹁くち﹂は底本では﹁くに﹂﹈に化ばけ物ものといふと、何なにか妖えう怪くわ變いへ化んげの魔まも物のなどを意い味みするやうで極きはめて淺せん薄ぱくらしく思おもはれるが、私わたしの考かんがへて居ゐるばけものは、餘よほ程ど深ふかい意い味みの有あるものである。特とくに藝げい術じゆ的つてきに觀くわ察んさつする時ときは非ひぜ常うに面おも白しろい。
ばけものゝ一面めんは極きはめて雄ゆう大だいで全ぜん宇うち宙うを抱はう括くわつする、而しかも他たの一面めんは極きはめて微びめ妙うで、殆ほとんど微びに入いり細さいに渉わたる。即すなはち最もつとも高かう遠ゑんなるは神しん話わとなり、最もつとも卑ひき近んなるはお伽とぎ噺ばなしとなり、一般ぱんの學がく術じゆつ特とくに歴れき史しじ上やうに於おいても、又また一般ぱん生せい活くわ上つじやうに於おいても、實じつに微びめ妙うなる關くわ係んけいを有いうして居ゐるのである。若もし歴れき史しじ上やう又または社しや會くわ生いせ活いくわつの上うへからばけものといふものを取とり去さつたならば、極きはめて乾かん燥さう無む味み﹇#﹁乾かん燥そう無む味み﹂は底本では﹁乾かん燦さう無む味み﹂﹈のものとなるであらう。隨したがつて吾われ々〳〵が知しらず識しらずばけものから與あたへられる趣しゆ味みの如い何かに豊ほう富ふなるかは、想さう像ざうに餘あまりある事ことであつて、確たしか﹇#ルビの﹁たしか﹂は底本では﹁たかし﹂﹈にばけものは社しや會くわ生いせ活いくわつの上うへに、最もつとも缺かくべからざる要えう素その一つである。
世せか界いの歴れき史し風ふう俗ぞくを調しらべて見みるに、何なに國こく、何なに時じだ代いに於おいても、化ばけ物もの思しさ想うの無ない處ところは決けつして無ないのである。然しからば化ばけ物ものの考かんがへはどうして出でて來きたか、之これを研けん究きうするのは心しん理りが學くの領れう分ぶんであつて、吾われ々〳〵は門もん外ぐわ漢いかんであるが、私わたしの考かんがへでは﹁自しぜ然んか界いに對たいする人にん間げんの觀くわ察んさつ﹂これが此この根こん本ぽんであると思おもふ。
自しぜ然んか界いの現げん象しやうを見みると、或あ﹇#ルビの﹁あ﹂は底本では﹁ある﹂﹈るものは非ひぜ常うに美うつくしく、或あるものは非ひぜ常うに恐おそろしい。或あるひは神しん祕ぴて的きなものがあり、或あるひは怪くわ異いいなものがある。之これには何なにか其その奧おくに偉ゐだ大いな力ちからが潜ひそんで居ゐるに相さう違ゐない。此この偉ゐだ大いな現げん象しやうを起おこさせるものは人にん間げん以いじ上やうの者もので人にん間げん以いじ上やうの形かたちをしたものだらう。此この想さう像ざうが宗しう教けうの基もととなり、化ばけ物ものを創さう造ざうするのである。且かつ又また人にん間げんには由ゆら來い好かう奇きし心んが有ある。此この好かう奇きし心んに刺しげ戟きせられて、空くう想さうに空くう想さうを重かさね、遂つひに珍ちん無むる類ゐの形かたちを創さう造ざうする。故ゆゑに化ばけ物ものは各かく時じだ代い、各かく民みん族ぞくに必かならず無なくてならない事ことになる。隨したがつて世せか界いの各かく國こくは其その民みん族ぞくの差さ異いに應おうじて化ばけ物ものが異ことなつて居ゐる。
二 各國のばけもの
ばけものが國くにによりそれ〴〵異ことなるのは、各かく國こく民みん族ぞくの先せん天てん性せいにもよるが、又また土と地ちの地ちり理てき的くわ關んけ係いによること非ひぜ常うに大だいである。例たとへば日にほ本んは小せう島たう國ごくであつて、氣きこ候う温をん和わ、山さん水すゐも概がいして平へい凡ぼんで別べつ段だん高かう嶽がく峻しゆ嶺んれい深しん山ざん幽ゆう澤たくといふものもない。凡すべてのものが小せう規き模もである。その我わが邦くにに雄ゆう大だいな化ばけ物もののあらう筈はずはない。
古こら來い我わが邦くにの化ばけ物もの思しさ想うは甚はなはだ幼えう稚ちで、或あるひは殆ほとんど無なかつたと言いつて可いい位くらゐだ。日にほ本んの神しん話わは化ばけ物ものの傳でん説せつが甚はなはだ少すくない。日にほ本んの神かみ々〳〵は日にほ本んの祖そせ先んなる人にん間げんであると考かんがへられて、化ばけ物ものなどとは思おもはれて居ゐない。それで神かみ々〳〵の内うちで別べつ段だん異いや樣うな相さうをしたものはない。猿さる田たひ彦この命みことが鼻はなが高たかいとか、天あま鈿のう目づめ命のみことが顏かほがをかしかつたといふ位くらゐのものである。又また化ばけ物もの思しさ想うを具ぐた體いて的きに現あらはした繪ゑも餘あまり多おほくはない。記きろ録くに現あらはれたものも殆ほとんど無なく、弘こう仁にん年ねん間かんに藥やく師し寺じの僧そう景けい戒かいが著あらはした﹁日にほ本んれ靈い異い記き﹂が最もつとも古ふるいものであらう。今こん昔じや物くも語のがたりにも往わう々〳〵化ばけ物もの談だんが出でて居ゐる。
日にほ本んの化ばけ物ものは後こう世せいになる程ほど面おも白しろくなつて居ゐるが、是これは初はじめ日にほ本んの地ちり理てき的くわ關んけ係いで化ばけ物ものを想さう像ざうする餘よ地ちがなかつた爲ためである。其その後ご支し那なから、道だう教けうの妖えう怪くわ思いし想さうが入いり、佛ぶつ教けうと共ともに印いん度どし思さ想うも入はいつて來きて、日にほ本んの化ばけ物ものは此この爲ために餘よほ程ど豊ほう富ふになつたのである。例たとへば、印いん度どの三眼めの明めう王わうは變へんじて通つう俗ぞくの三眼め入にふ道だうとなり、鳥てう嘴しの迦かろ樓ら羅わ王うは變へんじてお伽とぎ噺ばなしの烏から天すて狗んぐとなつた。又また日にほ本んの小せう説せつによく現あらはれる魔まは法ふづ遣かひが、不ふ思し議ぎな藝げいを演えんずるのは多おほくは、一半はんは佛ぶつ教けうから一半はんは道だう教けうの仙せん術じゆつから出でたものと思おもはれる。
日にほ本んが化ばけ物ものの貧ひん弱じやくなのに對たいして、支し那なに入いると全まつたく異ことなる、支し那なはあの通とほり尨ぼう大だいな國くにであつて、西にしには崑こん崙ろん雪せつ山ざんの諸しよ峰ぼうが際はて涯しなく連つらなり、あの深ふかい山さん岳がくの奧おくには屹きつ度と何なにか怖おそろしいものが潛ひそんでゐるに相さう違ゐないと考かんがへた。北きたにはゴビの大だい沙さば漠くがあつて、これにも何なにか怪くわ物いぶつが居ゐるだらうと考かんがへた。彼かれ等らはゴビの沙さば漠くから來くる風かぜは惡あく魔まの吐とい息きだと考かんがへたのであらう。斯かくて支し那なには昔むかしから化ばけ物もの思しさ想うが非ひぜ常うに發はつ達たつし中なかには極きはめて雄ゆう大だいなものがある。尤もつとも儒じゆ教けうの方はうでは孔こう子しも怪くわ力いり亂きら神んしんを語かたらず、鬼きじ神んえ妖うく怪わいを説とかないが道だう教けうの方はうでは盛さかんに之これを唱しや道うだうするのである。
形かたちに現あらはされたもので、最もつとも古ふるいと思おもはれるものは山さん東とう省しやうの武ぶ氏し祠しの浮うき彫ぼりや毛けぼ彫りのやうな繪ゑで、是これは後ごか漢んじ時だ代いのものであるが、其その化ばけ物ものは何いづれも奇きゝ々くわ怪い/々\を極きはめたものである。山さん海かい經けうを見みても極きはめて荒くわ唐うた無うむ稽けいなものが多おほい。小せう説せつでは西さい遊いう記きなどにも、到いたる處ところ痛つう烈れつなる化ばけ物もの思しさ想うが横わう溢えつして居ゐる。歴れき史しで見みても最さい初しよから出でて來くる伏ふく羲ぎ氏しが蛇じや身しん人じん首しゆであつて、神しん農のう氏しが人じん身しん牛ぎう首しゆである。恁こういふ風ふうに支しな那じ人んは太たい古こから化ばけ物ものを想さう像ざうする力ちからが非ひぜ常うに強つよかつた。是これ皆みな國こく土どの關くわ係んけいによる事ことと思おもはれる。 更さらに印いん度どに行ゆくと、印いん度どは殆ほとんど化ばけ物ものの本ほん場ばである。印いん度どの地ちけ形いも支し那なと同おなじく極きはめて廣かう漠ばくたるもので、其その千里りの藪やぶがあるといふ如ごとき、必かならずしも無むけ稽いの言げんではない。天てん地ちか開いび闢やく以いら來い未いまだ斧ふい鉞つの入いらざる大だい森しん林りん、到いたる處ところに蓊おう鬱うつとして居ゐる。印いん度どか河は、恒こう河かの濁だく流りうは澎ほう洋やうとして果はても知しらず、此この偉ゐだ大いなる大たい自しぜ然んの内うちには、何なにか非ひぜ常うに恐おそるべきものが潛ひそんで居ゐると考かんがへさせる。實じつ際さい又また熱ねつ帶たい國こくには不ふ思し議ぎな動どう物ぶつも居をれば、不ふ思し議ぎな植しよ物くぶつもある。之これを少すこし形かたちを變かへると直すぐ化ばけ物ものになる。印いん度どは實じつに化ばけ物ものの本ほん場ばであつて、神しん聖せいなる史し詩しラーマーヤナ等とうには化ばけ物ものが澤たく山さん出でて來くる。印いん度どけ教うに出でて來くるものは、何いづれも不ふ思し議ぎ千萬ばんなものばかり、三面めん六臂ぴとか顏かほや手てあ足しの無むす數うなものとか、半はん人にん半はん獸じう、半はん人にん半はん鳥てうなどの類るゐが澤たく山さんある。佛ぶつ教けうの五大だい明めう王わう等とうも印いん度どけ教うから來きて居ゐる。 印いん度どから西にしへ行ゆくと、ペルシヤが非ひぜ常うに盛さかんである。ペルシヤには例れいの有いう名めいなルステムの化ばけ物もの退たい治ぢの神しん話わがあり、アラビヤには例れいの有いう名めいなアラビヤンナイトがある。埃えじ及ぷともさうである。洋やう々〳〵たるナイル河かは、荒くわ漠うばくたるサハラの沙さば漠く、是これ等らは大おほいに化ばけ物もの思しさ想うの發はつ達たつを促うながした。埃えじ及ぷとの神かみ樣さまには化ばけ物ものが澤たく山さんある。併しかし之これが希ぎり臘しやへ行いくと餘よほ程ど異ことなり、却かへ﹇#ルビの﹁かへ﹂は底本では﹁かへつ﹂﹈つて日にほ本んと似にて來くる。これ山さん川せん風ふう土ど氣きこ候うと等う、地ちり理てき的くわ關んけ係いの然しからしむる所ところであつて、凡すべてのものは小こじんまりとして居をり、隨したがつて化ばけ物ものも皆みな小せう規き模もである。希ぎり臘しやの神かみは皆みな人にん間げんで僅はづかにお化ばけはあるが、怖こわくないお化ばけである。夫それは深しん刻こくな印いん度どの化ばけ物ものとは比くらべものにならぬ。例たとへば、ケンタウルといふ惡あく神しんは下しも半はん身しんは馬うまで、上かみ半はん身しんは人にん間げんである。又またギカントスは兩れう脚あしが蛇へびで上かみ半はん身しんは人にん間げん、サチルスは兩れう脚あしは羊ひつじで上かみ半はんが人にん間げんである。凡およそ眞しんの化ばけ物ものといふものは、何ど處この部ぶぶ分んを切きり離はなしても、一種しゆ異いや樣うな形げう相さうで、全ぜん體たいとしては渾こん然ぜん一種しゆの纏まとまつた形かたちを成なしたものでなければならない。然しかるに希ぎり臘しやの化ばけ物ものの多おほくは斯かくの如ごとく繼つぎ合あはせ物ものである。故ゆゑに眞しんの化ばけ物ものと言いふことは出で來きないのである。然しからば北きた歐よう羅ろつ巴ぱの方はう面めんはどうかと見み遣やるに、此この方はう面めんに就ついては私わたしは餘あまり多おほく知しらぬが、要えうするに幼えう稚ち極きはまるものであつて、規き模ぼが極きはめて小ちいさいやうである。つまり歐よう羅ろつ巴ぱの化ばけ物ものは、多おほくは東とう洋やう思しさ想うの感かん化くわを受うけたものであるかと思おもふ。 以いじ上やう述のべた所ところを總そう括くわつして、化ばけ物もの思しさ想うはどういふ所ところに最もつとも多おほく發はつ達たつしたかと考かんがへて見みるに、化ばけ物ものの本ほん場ばは是ぜ非ひ熱ねつ帶たいでなければならぬ事ことが分わかる。熱ねつ帶たい地ちは方うの自しぜ然んか界いは極きはめて雄ゆう大だいであるから、思しさ想うも自しぜ然んに深しん刻こくになるものである。そして熱ねつ帶たいで多たし神んけ教うを信しんずる國くにに於おいて、最もつとも深しん刻こくな化ばけ物もの思しさ想うが發はつ達たつしたといふ事ことが言いへる。縱たと令へ熱ねつ帶たいでなくとも、多たし神んけ教うこ國くには化ばけ物ものが發はつ達たつした。例たとへば西ちべ藏つとの如ごとき、其その喇らま嘛け教うは非ひじ常やうに妖えう怪くわ的いてきな宗しう教けうである。斯かや樣うにして印いん度ど、亞あ刺ら比び亞や、波ぺる斯しやから、東ひがしは日にほ本んまで、西にしは歐よう羅ろつ巴ぱまでの化ばけ物ものを總そう括くわつして見みると、化ばけ物ものの策さく源げん地ちは亞あ細じ亞あの南なん方ぱうであることが分わかるのである。 尚なほ化ばけ物ものに一の必ひつ要えう條ぜう件けんは、文ぶん化くわの程てい度どと非ひぜ常うに密みつ接せつの關くわ係んけいを有いうする事ことである。化ばけ物ものを想さう像ざうする事ことは理りにあらずして情ぜうである。理りに走はしると化ばけ物ものは發はつ達たつしない。縱たと令ひ化ばけ物ものが出でても、其それは理りせ性いて的きな乾かん燥さう無む味みなものであつて、情ぜう的てきな餘よい韻んを含ふくんで居ゐない。隨したがつて少すこしも面おも白しろ味みが無ない。故ゆゑに文ぶん運うんが發はつ達たつして來くると、自しぜ然ん化ばけ物ものは無なくなつて來くる。文ぶん化くわが發はつ達たつして來くれば、自しぜ然ん何ど處こか漠ばく然ぜんとして稚ち氣きを帶おびて居ゐるやうな面おも白しろい化ばけ物もの思しさ想うなどを容いれる餘よ地ちが無なくなつて來くるのである。 三 化物の分類 以いじ上やうで大だい體たい化ばけ物ものの概がい論ろんを述のべたのであるが、之これを分ぶん類るゐして見みるとどうなるか。之これは甚はなはだ六ヶしい問もん題だいであつて、見みか方たにより各おの〳〵異ことなる譯わけである。先まづ差さし當あたり種しゆ類るゐの上うへからの分ぶん類るゐを述のべると、 ︵一︶神しん佛ぶつ︵正しや體うたい、權ごん化げ︶ ︵二︶幽ゆう靈れい︵生いき靈れう、死しれ靈う︶ ︵三︶化ばけ物もの︵惡あく戲ぎの爲ため、復ふく仇しうの爲ため︶ ︵四︶精せい靈れう ︵五︶怪くわ動いど物うぶつ の五となる。 ︵一︶の神しん佛ぶつはまともの物ものもあるが、異いげ形うのものも多おほい。そして神しん佛ぶつは往わう々〳〵種しゆ々〴〵に變へん相さうするから之これを分わかつて正しや體うたい、權ごん化げの二とすることが出で來きる。化ばけ物もの的てき神しん佛ぶつの實じつ例れいは、印いん度ど、支し那な、埃えじ及ぷと方はう面めんに極きはめて多おほい。釋しや迦かが﹇#﹁釋しや迦かが﹂は底本では﹁釋しや迦かか﹂﹈既すでにお化ばけである。卅二相さうを其その儘まゝ現あらはしたら恐おそろしい化ばけ物ものが出で來きるに違ちがひない。印いん度どけ教うのシヴアも隨ずゐ分ぶん恐おそろ﹇#ルビの﹁おそろ﹂は底本では﹁おそ﹂﹈しい神かみである。之これが權ごん化げして千種しゆ萬ばん樣やうの變へん化くわを試こゝろみる。ガネーシヤ即すなはち聖せう天てん樣さまは人じん身しん象ざう頭づで、惡あく神しんの魔ま羅らは隨ずゐ分ぶん思おもひ切きつた不ふ可か思し議ぎな相さう貌ぼうの者ものばかりである。埃えじ及ぷとのスフインクスは獅しし身ん人じん頭とうである。埃えじ及ぷとには頭あたまが鳥とりだの獸けものだの色いろ々〳〵の化ばけ物ものがあるが皆みな此この内うちである。此この︵一︶に屬ぞくするものは概がいして神しん祕ぴて的きで尊たうとい。 化ばけ物ものの分ぶん類るゐの中うち、第だい二の幽ゆう靈れいは、主しゆとして人にん間げんの靈れい魂こんであつて之これを生いき靈れう死しれ靈うの二つに分わける。生い﹇#ルビの﹁い﹂は底本では﹁き﹂﹈きながら魂たましひが形かたちを現あらはすのが生いき靈れうで、源げん氏じも物のが語たり葵あをひの卷まきの六條でう御みや息すみ所どころの生いき靈れうの如ごときは即すなはち夫それである。日ひだ高かが川はの清きよ姫ひめなどは、生いきながら蛇じやになつたといふから、之これも此この部ぶる類ゐに入いれても宜よい。死しれ靈うは、死し後ごに魂たましひが異いげ形うの姿すがたを現あらはすもので、例れいが非ひぜ常うに多おほい。其その現あらはれ方かたは皆みな目もく的てきに依よつて異ことなる。其その目もく的てきは凡およそ三つに分わかつことが出で來きる。一は怨うらみを報はうずる爲ためで一番ばん怖こわい。二は恩おん愛あいの爲ためで寧むしろいぢらしい。三は述じゆ懷つく的わいてきである。一の例れいは數かぞふるに遑いとまがない。二では謠うたいの﹁善う知と鳥う﹂など、三では﹁阿あこ漕ぎ﹂、﹁鵜うが飼ひ﹂など其その適てき例れいである。幽ゆう靈れいは概がいして全ぜん體たいの性せい質しつが陰いん氣きで、凄すごいものである。相さう貌ぼうなども人にん間げんと大たい差さはない。 第だい三の化ばけ物ものは本ほん體たいが動どう物ぶつで、其その目もく的てきによつて惡あく戯ぎの爲ためと、復ふく仇しうの爲ためとに分わかつ、惡あく戯ぎの方はうは如い何かにも無むじ邪や氣きで、狐きつね、狸たぬきの惡あく戯ぎは何い時つでも人ひとの笑わらひの種たねとなり、如い何かにも陽やう氣きで滑こつ稽けい的てきである。大おほ入にふ道だう、一つ目め小こぞ僧うなどはそれである。併しかし復ふく仇きうの方はうは鍋なべ島しまの猫ねこ騷さう動どうのやうに隨ずゐ分ぶんしつこい。 第だい四の精せい靈れうは、本ほん體たいが自しぜ然んぶ物つである。此この精せい靈れうの最もつとも神しん聖せいなるものは、第だい一の神しん佛ぶつの部ぶに入いる。例たとへば日にほ本んこ國く土どの魂たましひは大おほ國くに魂たま命のみこととなつて神かみになつてゐる如ごときである。物ものに魂たましひがあるとの想さう像ざうは昔むかしからあるので、大だいは山さん岳がく河かか海いより、小せうは一本ぽんの草くさ、一朶だの花はなにも皆みな魂たましひありと想さう像〴〵した。即すなはち﹁墨すみ染ぞめ櫻のさくら﹂の櫻さくら﹁三十三間げん堂だう﹂の柳やなぎ、など其その例れいで、此これ等らは少すこしも怖こわくなく、極きはめて優いう美びなものである。 第だい五の怪くわ動いど物うぶつは、人にん間げんの想さう像ざうで捏ねつ造ざうしたもので、日にほ本んの鵺ぬえ、希ぎり臘しやのキミーラ及およびグリフイン等とう之これに屬ぞくする。龍りう麒きり麟んと等うも此この中なかに入いるものと思おもふ。天てん狗ぐは印いん度どでは鳥とりとしてあるから、矢やは張り此この中うちに入いる。此この第だい五に屬ぞくするものは概がいして面おも白しろいものと言いふことが出で來きる。 以いじ上やうを概がい括くわつして其その特とく質しつを擧あげると、神しん佛ぶつは尊たうといもの、幽ゆう靈れいは凄すごいもの、化ばけ物ものは可お笑かしなもの、精せい靈れうは寧むしろ美うつくしいもの、怪くわ動いど物うぶつは面おも白しろいものと言いひ得うる。 四 化物の表現 此これ等ら樣さま々〴〵の化ばけ物もの思しさ想うを具ぐた體いく化わするのにどういふ方はう法はふを以もつてして居ゐるかといふに、時ときにより、國くにによつて各おの々〳〵異ことなつてゐて、一概がいに斷だん定ていする事ことは出で來きない。例たとへば天てん狗ぐにしても、印いん度ど、支し那な、日にほ本ん皆みな其その現あらはし方かたが異ことなつて居ゐる。龍りうなども、西せい洋やうのドラゴンと、印いん度どのナーガーと、支し那なの龍りうとは非ひぜ常うに現あらはし方かたが違ちがふ。併しかし凡すべてに共けう通つうした手しゆ法はふの方はう針しんは、由ゆら來い化ばけ物ものの形けい態たいには何なん等らか不ふし自ぜ然んな箇かし所よがある。それを藝げい術じゆつの方ちからで自しぜ然んに化くわさうとするのが大だい體〳〵の方はう針しんらしい。例たとへば六臂ぴの觀くわ音んのんは元もと々〳〵大おほ化ばけ物ものである、併しかし其その澤たく山さんの手ての出だし方かたの工くふ夫うによつて、其その手ての工ぐあ合ひが可お笑かしくなく、却かへつて尊たうとく見みえる。決けつして滑こつ稽けいに見みえるやうな下へ手たなことはしない。此こ處ゝに藝げい術じゆつの偉ゐだ大いな力ちからがある。 此この偉ゐだ大いな力ちからを分ぶん解かいして見みると。一方ぽうには非ひぜ常うな誇こて張うと、一方ぽうには非ひぜ常うな省しや略うりやくがある。で、これより各かく論ろんに入いつて化ばけ物ものの表へう現げん即すなはち形けい式しきを論ろんずる順じゆ序んじよであるか、今いまは其その暇ひまがない。若もし化ばけ物もの學がくといふ學がく問もんがありとすれば、今いままで述のべた事ことは、其その序じよ論ろんと見みるべきものであつて、茲こゝには只たゞ序じよ論ろんだけを述のべた事ことになるのである。 要えうするに、化ばけ物ものの形けい式しきは西せい洋やうは一體たいに幼えう稚ちである。希ぎり臘しやや埃えじ及ぷとは多おほく人にん間げんと動どう物ぶつの繼つぎ合あはせをやつて居ゐる事ことは前まへに述のべたが、それでは形かたちは巧たくみに出で來きても所いは謂ゆる完くわ全んぜんな化ばけ物ものとは云いへない。ローマネスク、ゴシツク時じだ代いになると、餘よほ程ど進しん歩ぽして一の纏まとまつたものが出で來きて來きた。例たとへば巴ぱ里りのノートルダムの寺じた塔ふの有いう名めいな怪くわ物いぶつは繼つぎ合あは物せものではなくて立りつ派ぱに纏まとまつた創さう作さくになつて居ゐる。ルネツサンス以い後ごは論ろんずるに足たらない。然しかるに東とう洋やう方はう面めん、特とくに印いん度どなどは凡すべてが渾こん然ぜんたる立りつ派ぱな創さう作さくである。日にほ本んでは餘あまり發はつ達たつして居ゐなかつたが、今こん後ご發はつ達たつさせようと思おもへば餘よ地ちは充じう分ぶんある。日にほ本んは今いま藝げい術じゆ上つじやうの革かく命めい期きに際さいして、思しさ想うか界いが非ひぜ常うに興こう奮ふんして居ゐる。古ここ今んと東うざ西いの思しさ想うを綜そう合がふして何なに物ものか新あたらしい物ものを作つくらうとして居ゐる。此この機きく會わいに際さいして化ばけ物ものの研けん究きうを起おこし、化ばけ物もの學がくといふ一科くわの學がく問もんを作つくり出だしたならば、定さだめし面おも白しろからうと思おもふのである。昔むかしの傳でん説せつ、樣やう式しきを離はなれた新しん化ばけ物ものの研けん究きうを試こゝろみる餘よ地ちは屹きつ度とあるに相さう違ゐない。︵完︶ ︵大正六年﹁日本美術﹂︶
形かたちに現あらはされたもので、最もつとも古ふるいと思おもはれるものは山さん東とう省しやうの武ぶ氏し祠しの浮うき彫ぼりや毛けぼ彫りのやうな繪ゑで、是これは後ごか漢んじ時だ代いのものであるが、其その化ばけ物ものは何いづれも奇きゝ々くわ怪い/々\を極きはめたものである。山さん海かい經けうを見みても極きはめて荒くわ唐うた無うむ稽けいなものが多おほい。小せう説せつでは西さい遊いう記きなどにも、到いたる處ところ痛つう烈れつなる化ばけ物もの思しさ想うが横わう溢えつして居ゐる。歴れき史しで見みても最さい初しよから出でて來くる伏ふく羲ぎ氏しが蛇じや身しん人じん首しゆであつて、神しん農のう氏しが人じん身しん牛ぎう首しゆである。恁こういふ風ふうに支しな那じ人んは太たい古こから化ばけ物ものを想さう像ざうする力ちからが非ひぜ常うに強つよかつた。是これ皆みな國こく土どの關くわ係んけいによる事ことと思おもはれる。 更さらに印いん度どに行ゆくと、印いん度どは殆ほとんど化ばけ物ものの本ほん場ばである。印いん度どの地ちけ形いも支し那なと同おなじく極きはめて廣かう漠ばくたるもので、其その千里りの藪やぶがあるといふ如ごとき、必かならずしも無むけ稽いの言げんではない。天てん地ちか開いび闢やく以いら來い未いまだ斧ふい鉞つの入いらざる大だい森しん林りん、到いたる處ところに蓊おう鬱うつとして居ゐる。印いん度どか河は、恒こう河かの濁だく流りうは澎ほう洋やうとして果はても知しらず、此この偉ゐだ大いなる大たい自しぜ然んの内うちには、何なにか非ひぜ常うに恐おそるべきものが潛ひそんで居ゐると考かんがへさせる。實じつ際さい又また熱ねつ帶たい國こくには不ふ思し議ぎな動どう物ぶつも居をれば、不ふ思し議ぎな植しよ物くぶつもある。之これを少すこし形かたちを變かへると直すぐ化ばけ物ものになる。印いん度どは實じつに化ばけ物ものの本ほん場ばであつて、神しん聖せいなる史し詩しラーマーヤナ等とうには化ばけ物ものが澤たく山さん出でて來くる。印いん度どけ教うに出でて來くるものは、何いづれも不ふ思し議ぎ千萬ばんなものばかり、三面めん六臂ぴとか顏かほや手てあ足しの無むす數うなものとか、半はん人にん半はん獸じう、半はん人にん半はん鳥てうなどの類るゐが澤たく山さんある。佛ぶつ教けうの五大だい明めう王わう等とうも印いん度どけ教うから來きて居ゐる。 印いん度どから西にしへ行ゆくと、ペルシヤが非ひぜ常うに盛さかんである。ペルシヤには例れいの有いう名めいなルステムの化ばけ物もの退たい治ぢの神しん話わがあり、アラビヤには例れいの有いう名めいなアラビヤンナイトがある。埃えじ及ぷともさうである。洋やう々〳〵たるナイル河かは、荒くわ漠うばくたるサハラの沙さば漠く、是これ等らは大おほいに化ばけ物もの思しさ想うの發はつ達たつを促うながした。埃えじ及ぷとの神かみ樣さまには化ばけ物ものが澤たく山さんある。併しかし之これが希ぎり臘しやへ行いくと餘よほ程ど異ことなり、却かへ﹇#ルビの﹁かへ﹂は底本では﹁かへつ﹂﹈つて日にほ本んと似にて來くる。これ山さん川せん風ふう土ど氣きこ候うと等う、地ちり理てき的くわ關んけ係いの然しからしむる所ところであつて、凡すべてのものは小こじんまりとして居をり、隨したがつて化ばけ物ものも皆みな小せう規き模もである。希ぎり臘しやの神かみは皆みな人にん間げんで僅はづかにお化ばけはあるが、怖こわくないお化ばけである。夫それは深しん刻こくな印いん度どの化ばけ物ものとは比くらべものにならぬ。例たとへば、ケンタウルといふ惡あく神しんは下しも半はん身しんは馬うまで、上かみ半はん身しんは人にん間げんである。又またギカントスは兩れう脚あしが蛇へびで上かみ半はん身しんは人にん間げん、サチルスは兩れう脚あしは羊ひつじで上かみ半はんが人にん間げんである。凡およそ眞しんの化ばけ物ものといふものは、何ど處この部ぶぶ分んを切きり離はなしても、一種しゆ異いや樣うな形げう相さうで、全ぜん體たいとしては渾こん然ぜん一種しゆの纏まとまつた形かたちを成なしたものでなければならない。然しかるに希ぎり臘しやの化ばけ物ものの多おほくは斯かくの如ごとく繼つぎ合あはせ物ものである。故ゆゑに眞しんの化ばけ物ものと言いふことは出で來きないのである。然しからば北きた歐よう羅ろつ巴ぱの方はう面めんはどうかと見み遣やるに、此この方はう面めんに就ついては私わたしは餘あまり多おほく知しらぬが、要えうするに幼えう稚ち極きはまるものであつて、規き模ぼが極きはめて小ちいさいやうである。つまり歐よう羅ろつ巴ぱの化ばけ物ものは、多おほくは東とう洋やう思しさ想うの感かん化くわを受うけたものであるかと思おもふ。 以いじ上やう述のべた所ところを總そう括くわつして、化ばけ物もの思しさ想うはどういふ所ところに最もつとも多おほく發はつ達たつしたかと考かんがへて見みるに、化ばけ物ものの本ほん場ばは是ぜ非ひ熱ねつ帶たいでなければならぬ事ことが分わかる。熱ねつ帶たい地ちは方うの自しぜ然んか界いは極きはめて雄ゆう大だいであるから、思しさ想うも自しぜ然んに深しん刻こくになるものである。そして熱ねつ帶たいで多たし神んけ教うを信しんずる國くにに於おいて、最もつとも深しん刻こくな化ばけ物もの思しさ想うが發はつ達たつしたといふ事ことが言いへる。縱たと令へ熱ねつ帶たいでなくとも、多たし神んけ教うこ國くには化ばけ物ものが發はつ達たつした。例たとへば西ちべ藏つとの如ごとき、其その喇らま嘛け教うは非ひじ常やうに妖えう怪くわ的いてきな宗しう教けうである。斯かや樣うにして印いん度ど、亞あ刺ら比び亞や、波ぺる斯しやから、東ひがしは日にほ本んまで、西にしは歐よう羅ろつ巴ぱまでの化ばけ物ものを總そう括くわつして見みると、化ばけ物ものの策さく源げん地ちは亞あ細じ亞あの南なん方ぱうであることが分わかるのである。 尚なほ化ばけ物ものに一の必ひつ要えう條ぜう件けんは、文ぶん化くわの程てい度どと非ひぜ常うに密みつ接せつの關くわ係んけいを有いうする事ことである。化ばけ物ものを想さう像ざうする事ことは理りにあらずして情ぜうである。理りに走はしると化ばけ物ものは發はつ達たつしない。縱たと令ひ化ばけ物ものが出でても、其それは理りせ性いて的きな乾かん燥さう無む味みなものであつて、情ぜう的てきな餘よい韻んを含ふくんで居ゐない。隨したがつて少すこしも面おも白しろ味みが無ない。故ゆゑに文ぶん運うんが發はつ達たつして來くると、自しぜ然ん化ばけ物ものは無なくなつて來くる。文ぶん化くわが發はつ達たつして來くれば、自しぜ然ん何ど處こか漠ばく然ぜんとして稚ち氣きを帶おびて居ゐるやうな面おも白しろい化ばけ物もの思しさ想うなどを容いれる餘よ地ちが無なくなつて來くるのである。 三 化物の分類 以いじ上やうで大だい體たい化ばけ物ものの概がい論ろんを述のべたのであるが、之これを分ぶん類るゐして見みるとどうなるか。之これは甚はなはだ六ヶしい問もん題だいであつて、見みか方たにより各おの〳〵異ことなる譯わけである。先まづ差さし當あたり種しゆ類るゐの上うへからの分ぶん類るゐを述のべると、 ︵一︶神しん佛ぶつ︵正しや體うたい、權ごん化げ︶ ︵二︶幽ゆう靈れい︵生いき靈れう、死しれ靈う︶ ︵三︶化ばけ物もの︵惡あく戲ぎの爲ため、復ふく仇しうの爲ため︶ ︵四︶精せい靈れう ︵五︶怪くわ動いど物うぶつ の五となる。 ︵一︶の神しん佛ぶつはまともの物ものもあるが、異いげ形うのものも多おほい。そして神しん佛ぶつは往わう々〳〵種しゆ々〴〵に變へん相さうするから之これを分わかつて正しや體うたい、權ごん化げの二とすることが出で來きる。化ばけ物もの的てき神しん佛ぶつの實じつ例れいは、印いん度ど、支し那な、埃えじ及ぷと方はう面めんに極きはめて多おほい。釋しや迦かが﹇#﹁釋しや迦かが﹂は底本では﹁釋しや迦かか﹂﹈既すでにお化ばけである。卅二相さうを其その儘まゝ現あらはしたら恐おそろしい化ばけ物ものが出で來きるに違ちがひない。印いん度どけ教うのシヴアも隨ずゐ分ぶん恐おそろ﹇#ルビの﹁おそろ﹂は底本では﹁おそ﹂﹈しい神かみである。之これが權ごん化げして千種しゆ萬ばん樣やうの變へん化くわを試こゝろみる。ガネーシヤ即すなはち聖せう天てん樣さまは人じん身しん象ざう頭づで、惡あく神しんの魔ま羅らは隨ずゐ分ぶん思おもひ切きつた不ふ可か思し議ぎな相さう貌ぼうの者ものばかりである。埃えじ及ぷとのスフインクスは獅しし身ん人じん頭とうである。埃えじ及ぷとには頭あたまが鳥とりだの獸けものだの色いろ々〳〵の化ばけ物ものがあるが皆みな此この内うちである。此この︵一︶に屬ぞくするものは概がいして神しん祕ぴて的きで尊たうとい。 化ばけ物ものの分ぶん類るゐの中うち、第だい二の幽ゆう靈れいは、主しゆとして人にん間げんの靈れい魂こんであつて之これを生いき靈れう死しれ靈うの二つに分わける。生い﹇#ルビの﹁い﹂は底本では﹁き﹂﹈きながら魂たましひが形かたちを現あらはすのが生いき靈れうで、源げん氏じも物のが語たり葵あをひの卷まきの六條でう御みや息すみ所どころの生いき靈れうの如ごときは即すなはち夫それである。日ひだ高かが川はの清きよ姫ひめなどは、生いきながら蛇じやになつたといふから、之これも此この部ぶる類ゐに入いれても宜よい。死しれ靈うは、死し後ごに魂たましひが異いげ形うの姿すがたを現あらはすもので、例れいが非ひぜ常うに多おほい。其その現あらはれ方かたは皆みな目もく的てきに依よつて異ことなる。其その目もく的てきは凡およそ三つに分わかつことが出で來きる。一は怨うらみを報はうずる爲ためで一番ばん怖こわい。二は恩おん愛あいの爲ためで寧むしろいぢらしい。三は述じゆ懷つく的わいてきである。一の例れいは數かぞふるに遑いとまがない。二では謠うたいの﹁善う知と鳥う﹂など、三では﹁阿あこ漕ぎ﹂、﹁鵜うが飼ひ﹂など其その適てき例れいである。幽ゆう靈れいは概がいして全ぜん體たいの性せい質しつが陰いん氣きで、凄すごいものである。相さう貌ぼうなども人にん間げんと大たい差さはない。 第だい三の化ばけ物ものは本ほん體たいが動どう物ぶつで、其その目もく的てきによつて惡あく戯ぎの爲ためと、復ふく仇しうの爲ためとに分わかつ、惡あく戯ぎの方はうは如い何かにも無むじ邪や氣きで、狐きつね、狸たぬきの惡あく戯ぎは何い時つでも人ひとの笑わらひの種たねとなり、如い何かにも陽やう氣きで滑こつ稽けい的てきである。大おほ入にふ道だう、一つ目め小こぞ僧うなどはそれである。併しかし復ふく仇きうの方はうは鍋なべ島しまの猫ねこ騷さう動どうのやうに隨ずゐ分ぶんしつこい。 第だい四の精せい靈れうは、本ほん體たいが自しぜ然んぶ物つである。此この精せい靈れうの最もつとも神しん聖せいなるものは、第だい一の神しん佛ぶつの部ぶに入いる。例たとへば日にほ本んこ國く土どの魂たましひは大おほ國くに魂たま命のみこととなつて神かみになつてゐる如ごときである。物ものに魂たましひがあるとの想さう像ざうは昔むかしからあるので、大だいは山さん岳がく河かか海いより、小せうは一本ぽんの草くさ、一朶だの花はなにも皆みな魂たましひありと想さう像〴〵した。即すなはち﹁墨すみ染ぞめ櫻のさくら﹂の櫻さくら﹁三十三間げん堂だう﹂の柳やなぎ、など其その例れいで、此これ等らは少すこしも怖こわくなく、極きはめて優いう美びなものである。 第だい五の怪くわ動いど物うぶつは、人にん間げんの想さう像ざうで捏ねつ造ざうしたもので、日にほ本んの鵺ぬえ、希ぎり臘しやのキミーラ及およびグリフイン等とう之これに屬ぞくする。龍りう麒きり麟んと等うも此この中なかに入いるものと思おもふ。天てん狗ぐは印いん度どでは鳥とりとしてあるから、矢やは張り此この中うちに入いる。此この第だい五に屬ぞくするものは概がいして面おも白しろいものと言いふことが出で來きる。 以いじ上やうを概がい括くわつして其その特とく質しつを擧あげると、神しん佛ぶつは尊たうといもの、幽ゆう靈れいは凄すごいもの、化ばけ物ものは可お笑かしなもの、精せい靈れうは寧むしろ美うつくしいもの、怪くわ動いど物うぶつは面おも白しろいものと言いひ得うる。 四 化物の表現 此これ等ら樣さま々〴〵の化ばけ物もの思しさ想うを具ぐた體いく化わするのにどういふ方はう法はふを以もつてして居ゐるかといふに、時ときにより、國くにによつて各おの々〳〵異ことなつてゐて、一概がいに斷だん定ていする事ことは出で來きない。例たとへば天てん狗ぐにしても、印いん度ど、支し那な、日にほ本ん皆みな其その現あらはし方かたが異ことなつて居ゐる。龍りうなども、西せい洋やうのドラゴンと、印いん度どのナーガーと、支し那なの龍りうとは非ひぜ常うに現あらはし方かたが違ちがふ。併しかし凡すべてに共けう通つうした手しゆ法はふの方はう針しんは、由ゆら來い化ばけ物ものの形けい態たいには何なん等らか不ふし自ぜ然んな箇かし所よがある。それを藝げい術じゆつの方ちからで自しぜ然んに化くわさうとするのが大だい體〳〵の方はう針しんらしい。例たとへば六臂ぴの觀くわ音んのんは元もと々〳〵大おほ化ばけ物ものである、併しかし其その澤たく山さんの手ての出だし方かたの工くふ夫うによつて、其その手ての工ぐあ合ひが可お笑かしくなく、却かへつて尊たうとく見みえる。決けつして滑こつ稽けいに見みえるやうな下へ手たなことはしない。此こ處ゝに藝げい術じゆつの偉ゐだ大いな力ちからがある。 此この偉ゐだ大いな力ちからを分ぶん解かいして見みると。一方ぽうには非ひぜ常うな誇こて張うと、一方ぽうには非ひぜ常うな省しや略うりやくがある。で、これより各かく論ろんに入いつて化ばけ物ものの表へう現げん即すなはち形けい式しきを論ろんずる順じゆ序んじよであるか、今いまは其その暇ひまがない。若もし化ばけ物もの學がくといふ學がく問もんがありとすれば、今いままで述のべた事ことは、其その序じよ論ろんと見みるべきものであつて、茲こゝには只たゞ序じよ論ろんだけを述のべた事ことになるのである。 要えうするに、化ばけ物ものの形けい式しきは西せい洋やうは一體たいに幼えう稚ちである。希ぎり臘しやや埃えじ及ぷとは多おほく人にん間げんと動どう物ぶつの繼つぎ合あはせをやつて居ゐる事ことは前まへに述のべたが、それでは形かたちは巧たくみに出で來きても所いは謂ゆる完くわ全んぜんな化ばけ物ものとは云いへない。ローマネスク、ゴシツク時じだ代いになると、餘よほ程ど進しん歩ぽして一の纏まとまつたものが出で來きて來きた。例たとへば巴ぱ里りのノートルダムの寺じた塔ふの有いう名めいな怪くわ物いぶつは繼つぎ合あは物せものではなくて立りつ派ぱに纏まとまつた創さう作さくになつて居ゐる。ルネツサンス以い後ごは論ろんずるに足たらない。然しかるに東とう洋やう方はう面めん、特とくに印いん度どなどは凡すべてが渾こん然ぜんたる立りつ派ぱな創さう作さくである。日にほ本んでは餘あまり發はつ達たつして居ゐなかつたが、今こん後ご發はつ達たつさせようと思おもへば餘よ地ちは充じう分ぶんある。日にほ本んは今いま藝げい術じゆ上つじやうの革かく命めい期きに際さいして、思しさ想うか界いが非ひぜ常うに興こう奮ふんして居ゐる。古ここ今んと東うざ西いの思しさ想うを綜そう合がふして何なに物ものか新あたらしい物ものを作つくらうとして居ゐる。此この機きく會わいに際さいして化ばけ物ものの研けん究きうを起おこし、化ばけ物もの學がくといふ一科くわの學がく問もんを作つくり出だしたならば、定さだめし面おも白しろからうと思おもふのである。昔むかしの傳でん説せつ、樣やう式しきを離はなれた新しん化ばけ物ものの研けん究きうを試こゝろみる餘よ地ちは屹きつ度とあるに相さう違ゐない。︵完︶ ︵大正六年﹁日本美術﹂︶