牧野富太郎自叙伝

第二部 混混録

牧野富太郎







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 ()※(「穴かんむり/果」、第3水準1-89-51)寿()()()()寿歿()
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 寿()寿()寿



 昭和二十二年十一月一日、東京の中村舜二氏という方から『高齢一百人』と題する書物を用意するために、条項書きで左の回答を求められたので、すなわち筆を馳せて同十二月にその返答を書き綴り同氏へ送ったものが左の通りであった。そして右同氏の書面には「老生事多少たりとも文献報国の微忱びしん不禁此度び現代各階級より御高齢の諸名士一百人を厳選仕りその各位より健康長寿に干する御感想を伺いそれを取り纏めて一本として最も近き将来に出版仕度存候」とあった。

〔一〕特に健康法として日常実行しつつある何等かありや否

 何にも別に関心事なく平素坦々たる心境で平々凡々的に歳月を送っています。すなわちかく心を平静に保つ事が私の守ってる健康法です。しかし長生きを欲するには何時もわが気分を若々しく持っていなければならなく、従って私はこの八十六の歳になっても好んで、老、翁、叟、爺などの字を我が姓名に向かって用いる事は嫌いである。例えば牧野翁とか牧野叟とかと自署し、また人より牧野老台などとそう書かれるのも全く好きません。それ故自分へ対して今日まで自分にこんな字を使った事は一度もなく、「わが姿たとえ翁と見ゆるとも心はいつも花の真盛り」です。

〔二〕最近の日常生活振り

 今日は時節柄止むを得ないから、毎日得られるだけの食物で我慢し生活せねばならぬのだが、しかしなるべく滋養分を摂取する事に心掛け、わが学問のために何時までも自分の体力を支え行かねばならんと痛感しています。それでも元来自分が幸いに至極健康であるが故に今日のところ身体は別に肥える事はないけれど仕合せにはまた敢て弱りもしません。けれども戦前に比ぶれば食の関係で多少痩せた事は事実である。且つこの頃は脂油を得るに難いから、ために皮膚の枯燥を招いています。まことに困ったもんです。

〔三〕食餌法、粗食、小食、菜食、健啖の類、特に好物として快喫するもの

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〔四〕酒と煙草との来歴

 禿()()()()()()便調

〔五〕病歴

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〔六〕配偶者の過去現在

 歿歿

〔七〕父母及祖父母の年齢と家系

 歿
 歿
 歿
 歿
 歿()()

〔八〕睡眠時間、起床、就床

 
 

〔九〕信仰

 信仰は自然その者がすなわち私の信仰で別に何物もありません。自然は確かに因果応報の真理を含み、これこそ信仰の正しい標的だと深く信じています。つねに自然に対していれば私の心は決して飢える事はありません。

〔十〕趣味趣向

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〔十一〕養生訓、処世訓と曰ったもの

 ()退

〔十二〕近什近詠

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赭鞭一撻       結網子 稿
○忍耐ヲ要ス
堅忍不撓ノ心ハ諸事ヲ為スモノノ決シテ欠クベカラザル者ニシテ繁密錯雑ナル我植学ニ在テモ資ヲ此ニ取ラザルハ一トシテ之ナキナリ故ヲ以テ阻心ヲ去テ耐心ヲ存スルモノハ其功ヲス易々タルナリ
○精密ヲ要ス
周密詳細モ亦決シテ失フ可ザルモノニシテ之ニ忍耐ヲ添加シテ其功正ニ顕著ナリ精細之ヲ別テ両トナス心ト事ト是ナリ解剖試験比較記載ヨリ以テ凡百ノコトニ至テ皆一トシテ此心ノ精ヲ要セザルナク又事ノ精ヲ要セザルナシ故ヲ以テ此心ヲシテつねニ放逸散離セシメザレバ一睹いっとスル者此ニ瞭然一閲スル者此ニ粲然
○草木ノ博覧ヲ要ス
博覧セザレバ一方ニ偏辟ス一方ニ偏在スレバ遂ニ重要ノ点ヲ決スル能ハズ要点ヲ発見スル無キハ是レ此学ノ病ニシテ其病タル博覧セザルニ座スルモノナリ
○書籍ノ博覧ヲ要ス
書籍ハ植物記載〔所載ノ意ナリ〕ノ書ニシテ仮令たとヒ鶏肋ノ観ヲ為スモノト雖ドモ悉ク之ヲ渉猟閲読スルヲ要ス故ニ植学ヲ以テ鳴ラント欲スルモノハ財ヲおしム者ノ能ク為ス所ニアラザルナリ
○植学ニ関係スル学科ハ皆学ブヲ要ス
曰ク物理学曰ク化学曰ク動物学曰ク地理学曰ク天文学曰ク解剖学曰ク農学曰ク画学是皆関係ヲ植物学ニ有ス数学文章学ハ更ニ論ヲまたザルナリ
○洋書ヲ講ズルヲ要ス
其堂ニ造ラント欲シ其ししむら[#「栽」の「木」に代えて「肉」、U+80FE、144-12]くらハント欲スル者ハまさニ洋籍ヲ不講ニ置ク可カラザルナリ是レ洋籍ノ結構所説ハ精詳微密ニシテ遠ク和漢ノ書ニ絶聳スレバナリ雖然しかりといえども是レ今時ニ在テ之ヲ称スルノミ永久百世ノ論トスルニ足ラザルナリ
○当ニ画図ヲ引クヲ学ブベシ
文ノミニテハ未ダ以テ其状ヲ模シ尽スコト能ハズ此ニ於テカ図画ナル者アリテ一目能ク其微妙精好ノ処ヲつくス故ニ画図ノ此学ニ必要ヤもっとも大ナリ然而しかりしこうして植物学者自ラ図ヲ製スル能ハザル者ハつねニ他人ヲやとうテ之ヲ図セシメザルヲ得ズ是レ大ニ易シトスル所ニ非ザルナリ既ニ自ラ製図スルコト能ハズ且加フルニ不文ヲ以テスレバ如何シテ其うんヲ発スルコトヲ得ルヤ決シテ能クセザルナリ自ラ之ヲ製スルモノニ在テハ一木ヲ得ル此ニ※(「暮」の「日」に代えて「手」、第3水準1-84-88)シ一草ヲ得ル此ニ写シ更ニ他人ノ労ヲ仮ラズ且加ルニ舞文ヲ以テセバあたかモ晶盤ニ水ヲ加フルガ如ク彰々瞭々其微ヲひらキ其蘊ヲ発スルハ是レ易シトスル所ナリ之ヲ自ラ製スル能ハザルモノニ比スレバ難易ノ懸絶スルヤ一目其大ナルコトヲ知ルナリ
○宜ク師ヲ要スベシ
書籍ノミニテハ未ダ以テ我疑ヲ解クニ足ラズ解疑スルニ足ラザレバ師ニ就テ之ヲ問フノ外ニ道ナキナリ其師トスル処ハ必ズ一人ヲ指サズ我ヨリ先ニ之ヲ聴クモノバ生ルヽノ我ヨリ先後ニ論ナク皆悉ク之ヲ師トシテ可ナリ若シ年ノ我ヨリ幼ナルヲ見テ曰ク我ニシテ彼幼者ニ問フ羞ヅ可キノ至リナリト如此かくのごとくニ至テハ如何シテ其疑ヲ解クヲ得ルカ其疑タル死ニ至テ尚未ダ解ケザルナリ
○吝財者ハ植学者タルヲ得ズ
書籍ヲあがなフ財ヲ要スルナリ器械ヲ求ムル財ヲ要スルナリいやしくモ此学ノ考証ニ備ヘ此学ヲシテますます明ナラシムル所以ノモノハ皆一トシテ財ヲ要セザルナシ財ヲ投ゼザレバ書籍器械等一切求ムル所ナシ故ニ曰ク財ヲおしム者ハ植学者タルヲ得ズト
〇跋渉ノ労ヲ厭フ勿レ
峻嶺岡陵ハ其攀登ニ飽カズ洋海川河ハ其渡渉ヲ厭ハズ深ク森林ニ入リ軽ク巌角ヲヂ沼沢砂場ニ逍遥シ荒原田野ニ徘徊スルハ是レ此学ニ従事スルモノヽ大ニゆるがせニス可ラザル所ニシテ当ニ務テ之ヲ行フベキナリ其之ヲ為ス所以ハ則チ新花ヲ発見シ土産ヲ知リ植物固有ノ性ト其如何ノ処ニ生ズルカヲ知ルニ足レバナリ
○植物園ヲ有スルヲ要ス
遠地ノ産ヲ致シ稀有ノ草木ヲ輸スルトキハ皆之ヲ園ニうえテ之ヲ験スベキナリ又賞玩ノ草木ニ至テハ随在之ヲ自生スルモノニ非ズ故ヲ以テ之ヲ園ニ培養セザルヲ得ズ又山地沼沢等ノ草木ヲ栽蒔さいじシテ他日ノ考ニ備フルハ大ニ便ヲ得ル有ルナリ故ニ植物学ヲ修スルノ輩ハ其延袤えんぼうノ大小ヲ問ハズ当ニ一ノ植物園ヲ設置スルヲ以テ切要トスベシ既ニ園ヲ設クレバ則チ磁盆鋤鍬じょしょうノ類ヨリシテ園ニツノ物ハ一切予置スルハ更ニ論ヲ俟ザルナリ
○博ク交ヲ同志ニ結ブ可シ
道路ノ遠近ヲ問ハズ山河ノ沮遮ヲ論ゼズ我ト志ヲ同クスルモノアレバ年齢ノ我ニ上下スルニ論ナク皆悉ク之ト交ヲ訂シ長ヲ補ヒ互ニ其有スル所ヲ交換スレバ其益タル少小ニ非ズシテ亦一方ニ偏スルノ病ヲ防グニ足リ兼テ博覧ノ君子タルコトヲ得ベシ
○邇言ヲ察スルヲ要ス
農夫野人樵人漁夫婦女小児ノ言考証ニ供スベキモノ甚ダ多シ則チ名ヲ呼ビ功用ヲ称シ能毒ヲ弁ズルガ如キ皆其言フ所ヲ記シ収ムベシ他日其功ヲ見ズンバアラザルナリ故ニ邇言じげん取ルニ足ラズト云ガ如キニ至テハ我ノ大ニ快シトセザル所ナリ
○書ヲ家トセズシテ友トスベシ
書ハ以テ読マザル可ラズ書ヲ読マザル者ハ一モ通ズル所ナキ也雖然其説ク所必ズシモ正トスルニ足ラザルナリ正未ダ以テ知ル可ラズ誤未ダ以テ知ル可ラザルノ説ヲ信ジテ以テ悉ク己ノ心ニ得タリト為シダ一ニ書ヲ是レ信ジテ之ヲ心ニ考ヘザレバ則点一ニ帰スルナク貿貿乎トシテ霧中ニ在リ遂ニ植学ヲ修ムル所以ノ旨ニ反シテ其書ノ駆役スル所トナリ其身ヲ終テ後世ニ益スルナシ是レ書ヲ以テ我ノ家屋ト為スノ弊タルノミ如此かくのごとクナラザル者ハ之ヲ心ニ考ヘ心ニ徴シテ書ニ参シ必シモ書ノ所説ヲ以テ正確ニシテ従フベキト為サズ反覆討尋其正ヲ得テ以テ時ニ或ハ書説ニ与シ時ニ或ハ心ニ従フ故ヲ以テ正ハいよいヨ正ニ誤ハますます遠カル正ナレバ之ヲ発揚シテ著ナラシメ誤ナレバ之ヲしりぞけテ隠ナラシム故ニ身ヲ終ルト雖ドモ後世ニ益アリ是レ書ヲ以テ家屋トズシテ書ヲ友トナスノ益ニシテ又植学ヲ修ムルノ主旨ハ則チ何ニ在ルナリ
○造物主アルヲ信ズルなか

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 ()()鹿



 
 
 綿
 Icones Florae Japonicae
 
 ()()姿稿
 西
 
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  ()  Homo sapiens 
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  稿
  
  
  
  
  
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 () Scirpus Mitsukurianus Makino ()

土屋文明君の詠歌


   




 


 姿
退()
 ()竿
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 ()使
 寿
姿







 
 退






 




時 早春のある日、外にはまだ冷たい風が吹き、薄玻璃うすはりのような空に白雲が流れている。
所 牧野博士邸の椽側、日はうららかに射し込んでいるが、かなりうすら寒い。

 


稿使

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橿



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 馬鈴薯訂正の件につき、私は先日次の書面を森戸〔辰男〕文部大臣宛に文部省に郵送しておいたが、大臣が私の進言に理あるものとして幸いに嘉納せられるか、但しは馬耳東風と聞き流しそれを黙殺せらるるかもとより予想は出来ないが、それは馬鈴薯の字面の出ている文部省編纂教科書、すなわち学生に読ませつつある教科書中馬鈴薯字面の非を認めて、断然その馬鈴薯の字面を仮名と交替せしめて取り除く事を、教育のため、且つまた誤謬を覚え込む児童の不幸を救わんがため要請したものである。それだから私は刮目してその成り行きの注視を怠らないであろう。もしも文部省がその分りきった当然の間違いを改めるに誠意なく、依然としてそれをそのままに捨ておくなれば、私は止むなく更に鉾を磨くより外致し方はないと感ずる。しかし文部省は文教の府だけに済々たる学者の淵藪えんそうでもあれば、必ず理のある我輩の言に耳を傾ける事がないでもなかろう事を期待している。

書面の文
 便
昭和二十二年九月六日
牧野富太郎

森戸文部大臣御中


 その後間もなく同大臣から極めて御丁寧な御返書を頂きました。そして馬鈴薯の出ている教科書の抜き書きまでも御送り下さいまして、その細心な御注意をも感謝しています次第であります。

謹んで広く世間に告げる



牧野植物混混録


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昭和二十七年一月二十日

著者 牧野富太郎


敢て苦言を呈す


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昭和二十七年一月二十日

 



 Systematic Botany
 
 
 ()()()()Mahonia Japonica DC.()()()
 ()()()()
 綿綿
  Nandina domestica Thunb. 
  Vaccinium bracteatum Thunb. 



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JIS X 0213

JIS X 0213-


「栽」の「木」に代えて「肉」、U+80FE    144-12


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