むかしむかしのことだった、エリン(*1)の国くにに王おうさまがいた。王おうさまにはうつくしいお妃きさきがいたが、子こどもはたったひとり、娘むすめがいるだけだった。お妃きさきは病びょ気うきになり、もう長ながくは生いきられないとわかった。お妃きさきは、じぶんのお墓はかのうえに足あしひとつ分ぶんの高たかさまで草くさがのびないうちは、ほかのひとと結けっ婚こんしてはいけないというギャサ︵魔まほ法うの命めい令れい︶を王おうさまにかけた。娘むすめは利りこ口うも者のだったので、まい晩ばんはさみを持もって出でて行いっては、草くさを根ねも本とまで刈かってしまった。 王おうさまは、ぜひともべつのお妃きさきを迎むかえたいと思おもっていたが、どうしてお妃きさきのお墓はかに草くさが生はえないのか、わからなかった。﹁だれかがわしをだましているな﹂王おうさまはぶつぶつ言いった。 ある晩ばん、王おうさまが墓はか場ばに行いってみると、娘むすめがお墓はかに生はえた草くさを刈かっていた。王おうさまはたいそう腹はらをたてた。﹁どんなに年としよりだろうと、若わかかろうと、はじめに見みた女おんなとわしは結けっ婚こんするぞ﹂王おうさまが道みちに出でると鬼おに婆ばばがいた。誓ちかいを破やぶるのはいやだったので、王おうさまは鬼おに婆ばばを連つれ帰かえってお妃きさきにした。 鬼おに婆ばばがお妃きさきとなってからというもの、娘むすめはたいへんつらい目めにあわされたあげく、王おうさまに言いいつけてはいけない、どんなことが起おこったのを見みても、洗せん礼れいをうけたことのない三さん人にんの者ものをのぞいては、だれにも言いってはならないと約やく束そくさせられた。 つぎの日ひの朝あさ、王おうさまは狩かりに出でかけ、その留るす守ちゅ中うに、鬼おに婆ばばは王おうさまのとびきりの猟りょ犬うけんを殺ころしてしまった。帰かえってきた王おうさまは鬼おに婆ばばにたずねた。﹁わしの犬いぬを殺ころしたのはだれだ﹂ ﹁殺ころしたのはあなたの娘むすめです﹂ ﹁なぜわしの犬いぬを殺ころしたのだ﹂ ﹁わたしは殺ころしていません。でも、だれがやったのかは言いえません﹂ ﹁言いわせてやろう﹂ 王おうさまは深ふかい森もりに娘むすめを連つれてゆき、木きに吊つるして両りょ手うてと両りょ足うあしを切きりおとし、そのまま死しんでしまうよう置おき去ざりにした。王おうさまが森もりを出でようとしたとき、足あしにとげがささり、そこへ娘むすめが言いった。﹁わたしに手てと足あしが生はえて王おうさまを治なおすまで、けっしてよくなることがないように﹂ 王おうさまが戻もどると、足あしから木きが生はえてきて、窓まどを開あけて先さきを出だしておかなければならなくなった。 ある身みぶ分んの高たかい男おとこの人ひとが森もりのそばをとおりかかって、王おうさまの娘むすめが悲ひめ鳴いをあげているのを耳みみにした。木きのところへ行いって娘むすめのありさまを見みると、かわいそうに思おもって家いえに連つれて帰かえり、娘むすめのぐあいがよくなると、奥おくさんにした。 一いち年ねんの三さん分ぶんの二にが過すぎて、王おうさまの娘むすめはいちどに三さん人にんの男おとこの子こを産うみ、そこへグラーニャ・オーイ(*2)がたずねてきて、娘むすめに手てと足あしを生はやし、こう言いった。﹁子こどもたちが歩あるけるようになるまで、洗せん礼れいをうけさせてはいけませんよ。おまえのお父とうさんの足あしには木きが生はえて、いくら切きり落おとしてもまた生はえてくるが、これを治なおせるのがおまえです。おまえは、洗せん礼れいをうけていない三さん人にんの者ものいがいには、継まま母ははがしたことを話はなしてはならないという約やく束そくがあるから、神かまさまがこの三さん人にんをさずけてくださったのです。この子こたちが一いっ歳さいになったらお父とうさんのもとへ連つれてゆき、この子こたちの前まえで話はなしをして、それから木きの根ねをこすれば、お父とうさんは生うまれた日ひとおんなじによくなるでしょう﹂ 王おうさまの娘むすめに手てと足あしが生はえたのを見みた夫おっとは、おおいにおどろいた。娘むすめはグラーニャ・オーイが言いったことをすっかり話はなした。 息むす子こたちが一いっ歳さいになると、娘むすめは王おうさまの館やかたへ連つれていった。 エリンじゅうから呼よばれた医いし者ゃたちが、王おうさまにつきそっていたが、だれにもどうにもできなかった。 娘むすめが入はいってきても、王おうさまはだれだか気きがつかなかった。娘むすめは腰こしをおろし、三さん人にんの息むす子こをまわりに座すわらせて、いちぶしじゅうを話はなして聞きかせ、王おうさまもそれを聞きいていた。それから娘むすめが王おうさまの足あしのうらに手てをあてると、木きがはがれ落おちた。 つぎの日ひ、王おうさまは鬼おに婆ばばをしばり首くびにし、領りょ地うちを娘むすめとその夫おっとにゆずった。 (*1) アイルランド (*2) フェアリー・ゴッドマザー︵妖精の名付け親︶のような存在か。原注によれば、グラーニャ・オーイはおそらく﹁処女グラーニャ﹂の意。
底本：Beside the Fire: A collection of Irish Gaelic folk stories by Nutt and Hyde (1910); (https://www.gutenberg.org/ebooks/60782)
翻訳：館野浩美
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2021年9月11日作成
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