寄席風流

正岡容




寄席の庭


町中や庭持つ寄席の畳替
龍雨
 廿
 






 ()()()※(「にんべん」、第4水準2-1-21)
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夏萩や小せんおぶはれ楽屋入り
の句が私にあるが、盲で腰の立たなかつた先代小せんを車夫がおぶつて楽屋入りして行く哀れの姿は、ほんたうは向つて右側の庭を通つていつたのだから、おそ夏の夜更け、病小せんの襟首冷やりと濡らしたものは、じつは夏萩ではなく丈高い若竹の葉の露であつたらう。
白き蝶来るなり昼の寄席の庭
寄席の庭や煙れるごとき藤の花
 
葡萄棚ありし釈場の西日かな
 未だ/\私には此らの拙吟があるが、前述の金車なども猫の額ほどの小庭に、盆栽の鉢五つ六つはおかれてあつた心地がしてならない。通新石町の立花にもお稲荷さまの祠があつたし、四谷の杉大門(若柳亭)の庭も哀れに趣深かつた。「葡萄棚ありし」釈場は八丁堀の聞楽で、中風にならなかつたころの若燕が「松葉屋半七」をギツチリのお客を前に続き読みしてゐた記憶がいとゞなつかしく消えない。
 さりながら此らの小庭は元より庭園法に協つたものでもなければまた庭造りが砕心の製作にかゝるものでもない。むしろその大反対のチヤチな安手なやつつけなもので、寄席の小庭のかそけさ美しさこそは、木下杢太郎氏が青春詩集「食後の唄」に、


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 西



 
 
 
 
 
 
 
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 空襲激化の昭和二十年の日記を繙いて見ると、一月十七日の項には、さる十三日物故せる師父三遊亭円馬よと前書して、
大雪や噺の中のコツプ酒
 
 
初席のがら/\の入りでありにけり
 古来、初席を材とした俳句にしてこのやうなのは稀有と云へよう。
 二月十一日には、小石川音羽蓮光寺に喇叭の円太郎を掃墓して、
春風や屋根に草ある朱き門
 三月廿九日は、ただ只管に平和ぞ恋しく、ありし日の寄席景情を偲べばとの前書下に、
初席や梅の釣枝太神楽
春の夜や花籠二つ鞠の曲
春の夜の囃子の中の米洗ひ
 やがて四月十三日と五月廿五日と、二ど焼かれた私たち一家は、羽後山村へ、ランプの村に起臥四ヶ月、折柄の月明には、佗びしき朽縁に端坐して、
佗居うたた木村重松おもふ月
風悲し重松ありしころの月
と諷ひ、同じころ、現三笑亭可楽と、角舘町に於る、寄席芸術に関する講演に赴いて、偶々席上にて旧著『円朝』へ題句を求められた砌りには、
東京ふるさとの寄席の灯遠き夜長かな




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 調
逢ひに来たやうに紅梅亭を覗き

 
 調



寄席坂と云へる麻布の朧かな
 溜池から六本木へとつうじてゐるあの道ほど、どの横町を覗いても小さな狭い坂の多いとこはなからう。芝の海ならね正しく「横丁に一つづつある」急坂である。
 その坂の上り口には必らず小さな石標が建つてゐてそこに坂の名が刻してあつたが、その中の一つで最も六本木ちかいところの坂の名に寄席坂と云ふ名があつた。商売柄私はその名にひどく親しみをおぼえたけれど、さりとてその坂に添ふて寄席のあるわけでもなかつた。『江戸名所図会』を翻いてもさうした坂の由緒などは誌されてゐない。嘗てその、いかにも山の手々々々したさびしい坂の上あたりに、此も亦いかにも山の手々々々した端席でもさびしい灯かげを坂みちかけて投げかけてゐたのであらうか。
 私は、何となく色気のある名を持つてゐるこの坂の、むらさきも濃き春夜のいろを切りにおもつて、嘗てこの拙吟をばあへてした。
春愁の町尽くるとこ講釈場
 花曇りの深川高橋を北へわたつて、伊勢喜のどぜう屋の看板を右に見て、薄青いペンキ塗りのさびしい塀に沿つて曲ると、そこに人の世から取残されたやうな小さな招き行燈がポツネンと一つ上げられてゐた。さうして「伊東陵潮」とか「神田松鯉」とか「桃川燕楽」とか「宝井馬秀」とか、常に決して花やかな人生のフットライトを浴びてゐないそのくせ達者な瓢逸な軽妙な講釈師たちが佗びしく張扇をば打鳴らしてゐた。好んで私は暇あるとこの木戸をくゞつた。その寄席の名は「永花」と云つた。
君が家も窓も手摺りも朧かな
 
 
 





 ※(歌記号、1-3-28)調
 ※(歌記号、1-3-28)
 
 



 
 
 
 ※(歌記号、1-3-28)



 宿宿
 
 宿
 
  宿宿



 姿退便
 姿退退
 西西西退姿姿
雪の夜の高座をつなぐ一と踊りあはれにやさし君が振袖
美しう楽屋障子にをどる影もの云ふ影を誰とおもふや
悲しくも下座の三味の音ながれくる楽屋に君と語る夜の秋
つれなげに洲崎堤を語るとき君がかざしの揺れうごくとき
悲しさは小雪ふる日の昼席に常磐津ぶしを君唄ふとき
 
 

 

 
 
 使廿歿

 







底本:「東京恋慕帖」ちくま学芸文庫、筑摩書房
   2004(平成16)年10月10日第1刷発行
底本の親本:「東京恋慕帖」好江書房
   1948(昭和23)年12月20日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
入力:門田裕志
校正:酒井和郎
2016年5月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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