書かでもの記

永井荷風






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 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()※(二の字点、1-2-22)()()()()()()
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一 私儀わたくしぎ狂言作者志望につき福地先生門生もんせい相成あいなり貴座きざ楽屋へ出入被差許候上者でいりさしゆるされそうろううえは劇道の秘事楽屋一切の密事決而けっして口外致間敷いたすまじく依而よって後日ごじつのため一札如件いっさつくだんのごとし
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拝啓久しく御無沙汰に打過ぎ候段そうろうだんひら御宥免被下度ごゆうめんくだされたく候しかし毎度新聞雑誌にて面白き御作おさく拝見つかまつりわれら芸術主義ののためかつは徳川の懐かしき趣味のため御奮闘ありがたく奉感謝かんしゃたてまつり候、小生事去年の秋よりついつい上京の機を得ず帝都の眼覚めざましき活動に遠ざかりて残念至極に候まま明日あすは明日はと思ひつつ今日こんにちまでに相成あいなり候が今月末は是非とも東京へ参り御眼にかかりたくぞんじをり候実はただ今すぐにても御面会致し親しく懇願致度いたしたき事件出来しゅったい候が何分意にかさず候故手紙にて申上候
昨年御手紙にて当地高等学校仏蘭西語学教師の件御話これあり候が早速そのむきを探り申候処今年九月よりの事なれば何分まだ人選とうの事は校長にも深く考へをらず従つて御尊父様の御親交ある松井まつい博士の紹介あらば自然御就任の事となるべしと考へ小生もあまり騒立てぬ方かへつてよろしからむとひかえをり候しかし小生の心の底には別に一種の考ありて貴兄の御入洛ごじゅらくを小生自身にとりて非常なる幸福と存ずると共にただ今帝都にて新芸術の華々はなばなしき活動を試みさせ給ふ貴兄をして教育界の沈滞したる空気中に入れしかも京都の如き不徹底古典趣味の田舎へ移す事は貴兄自身にとりてもわが文学のためにも不得策ふとくさくにはあらざるかとやや心進まざるむきもこれあり種々熟考仕候その内段々時日を経てその後の経行なりゆきを観察仕候処一、二の候補者も出来できたれど、どれもまだ確定せず教授の細目も聞合せ候が仏語の極めて初歩のみを教へる事にておもに当地あるひは東京の仏蘭西法科へ入学する者のための如くしたがって狭い田舎の事なれば自然大学の教師なぞよりも幾分か注文も出るならむと考へ候かたがた取集めて考へればあまり面白き事業とは思へずまたたとへ忍び得る事としても貴兄の如き芸術家をかかる刺※[#「卓+戈」、105-5]の少き田舎に置く事はどうしても口惜しい事ならむと確信の度ますます強く相成申候それ故御返事を今日まで怠りをり申候この段まことに失礼に候ひしが何かもつと華々しき事業をと心掛けついつい今日に相成候然るに一月三十一日に至りて急に東京より来信これあり珍らしき事を聞込候
この事は非常に秘密にいたしをり候やうにうけたまわりをり候が実は今度東京の慶応義塾にてその文学部を大刷新しこれより漸々ようよう文壇において大活動をさむとする計画これありそれにつき文学部の中心となる人物を定むる必要を感じ候おもむきに候、そこで三田側の諸先輩一同交詢社こうじゅんしゃにて大会議を開き森鴎外先生にも内相談ないそうだんありしやうに覚え候が、義塾の専任となりてもろもろの画策をする文学家を選び候処夏目漱石なつめそうせき氏か小生をといふ事に相定候由、然るに夏目氏は朝日新聞の関係を絶つ事かたくして交渉まとまらずまた森先生より小生に頼むやうにと義塾の人が千駄木せんだぎを訪問したる時、森先生のいはるるには、京都大学の関係上小生の交渉もむづかしからむと申され候由、そこで先方の言ふには小生のことわりたる時誰がそれならば適当ならむとあるに答へて、森先生は貴兄を推薦なされ候、先方の申すには然らば小生に頼む時いつそ事情を打明けて小生の身上みのうえ動きがたき場合には直ちに小生より貴兄へこの事件交渉してもらひたしとの事に御座候、小生は森先生の手紙に対し種々考を述べ置候が要するにただ今京都を去る事は出来兼ね候おもむき返事いたし、また貴兄を推薦されし森先生の眼光に服しをる旨申送り候、右やうの次第万事打明け候が貴兄はこの交渉に御応じの御心おこころ如何にや、三田の中心となりて文壇にそれより御雄飛の御奮発は小生のひとえに懇願する所何卒御快諾の吉報に接したく存をり候もとより御内意を伺ふまでにて事定らば別に正式の交渉はこれあるべく候
委細の事は御面唔ごめんごの節と存候が小生の聞込みたる処にては、唯学校を盛にするだけの事ではなくもつとだいなる運動の序幕かと存をり候例へば帝国劇場の如きは義塾の側より殆ど自在に使ひ得られべきやう見受けられは言はずとも種々しゅじゅ面白き事ありさうに候、芸術家最高の事業はどうしても劇部にありと信ずる小生はこれを聞いてただちにモリエエルやグリックやゲエテ、ワグナアさてはアントワンを思出し何かの形にてこの愉快なる事業に助力したく自分でもおおいに心を動かし候なほ委しくは森先生と御相談あるもよろしかるべきが、以上の成行なりゆき筆紙にてニュアンスを尽しがたく候がざつと如斯かくのごとくに候
条件については決して不満足のなきやういたすべく、その方は殆どカルト・ブランシュの如き様子に候、これまた御承諾さへ相成らば森先生が万事御含おんふくみのやうに候とにかく芸術のためこの際御快諾の御報ごほうに接するやう祈上いのりあげ候 匆々そうそう
  二月五日
上田敏うえだびん
 永井荷風様侍史
張目飛耳ちょうもくひじ多き今の文界なれば万事決定まで何分内密に願上候
悦子えつこよりもよろしく申上候田舎にありて曾遊そうゆうの地を思ひつづけをり候ままかつてとまりしホテルの紙を用ゐ候
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二月七日の御手紙拝見仕候まずは過日の唐突なる願事御聞届被下くだされ候段深く感謝仕候その後森先生とも種々御打合せの御事と察し申候が何卒折角の壮挙ゆゑ三田の方御助力を懇願仕候御謙遜の御手紙なりしが決して貴兄ならば成功せざるはずなしと確信仕候殊に御自身教鞭を執らるるのみならずその上向後こうごの発展上一種の Elan を与へ奮心を惹起じゃっきする任務は普通の学究にては出来にくかるべしと思へばこそ貴兄へ懇請仕候ひしかと存候小生は本月末か来月早々上京のつもりに候故その時とくと御話申上ぐべく候
京都にては全く話対手はなしあいてなく困却仕候唯宅の者と散歩して食事でもするより他に致方なく候ただ本年は元日より今日まで毎日拙作を起草しそれにてまぎれをり候この地はとにかく読書にも創作にも不適当なるぶるじよあじいの国にて御話にならぬ無聊ぶりょうさとに候唯この頃はルウィエといふ伊東いとうさんのお嬢さんをめとつた若い海軍士官と往来しこのほかに先月より二、三人急に仏蘭西人が加はつてややおもしろく相成候
きのふの御作中柳橋やなぎばしの芸者が新橋しんばしといふ敵国を見る処おもしろく拝見仕候また先日のモリス・バレスが故郷の白楊はくようの並木をおもふ一節感服仕候当地の平田禿木ひらたとくぼく氏はボオ・ブラムメルの処を見て英国好えいこくずきの人なれば甚だ嬉しがりをり候文芸に型や主義は要らず縦横に書きまくるがしと考ふる小生は貴兄の作物さくぶつが鳥の歌ふ如く自然に流れでるのを羨ましく思をり候今後種々の方面へ筆を向けて、あとから追付かむとする評論家の息をはずませてやり給へと遥かに嘱望しょくぼう仕候
有楽座にて二十六日はヴィニエッチ氏の音楽と他に『椿姫』の芝居これあり候由もし上京して間に合はば幸福と存候がちとむづかしく候
過日同座にて一度御眼にかかりしのみなれど何卒御尊父様並に御母堂へよろしく御鳳声被下度ごほうせいくだされたく候 匆々
  二月十一日朝
上田敏
永井荷風様侍史
 かくの如く先生はわが拙作の世にいづるごとにあるいは書を寄せあるいはわが来給きたまひて激励せられき。『三田文学』第一号漸く出でんとするや先生の書簡はますます細事にわたりて懇切をきはめぬ。
拝啓益々御清適の段奉賀がしたてまつり候、その後『三田文学』御経営の事如何いかがに相成候や過日大倉書店番頭はらより他の事にて二回ほど書面これあり候ついでに、はじめは談判不調(もっと与謝野よさの君との間の略式の話について)次にはまた再度貴兄及び塾と談合をはじめたる趣を書添へをり候とにかく雑誌御経営の困難御察申候
これにつき森先生の意見は如何に候や小生の考にては原稿料は多少他よりも高く見積りて置く事必要なるは先日申したる如くに候が何もづぬけて高くするにも及ばずはじめよりあまり多く売らむと計りても無益かと存候、要するに二百頁の雑誌とすれば毎月三百円の総入費あらば事足りむか、自営にすればその幾分は確に戻つて来るはず、書肆しょしの方には一年に月数拾円の損として他方に広告機関ともなる利益もあるはずこの条件に近い所にて大倉もうけ合ひさうなものに候がどういふ工合ぐあいにて謝絶せしやら何はともあれ来月中旬にいづれ雑誌発刊のはこびと存候ついてはほぼ原稿締切期限等御示教被下度ごじきょうくだされたく候小生も何か一文いちぶん寄稿したく候
一昨日より家内および娘とともに宇治川に遊んで河沿かわぞいの宿にとまり翌朝奈良へまかりこして新築の奈良ホテルといふに休み、そこより車を雇ひて春日社頭かすがしゃとうの鹿をはじめ名所遊覧仕候がホテルの赤旗をつけた車にのつた所はまるでめりけんの観光団に御座候ひき、夢見ゆめみさととももうすべき Nara la Morte にはかりよんのおとならぬ梵鐘ぼんしょうの声あはれにそぞいにしえを思はせ候、その時またおもふやう安倍仲麿あべのなかまろがこの小さきむらを出でて大陸の支那しかも唐代の支那を見た時、とても帰られなくなりて今欧洲の大都たいとに遊ぶ人の心の如くに日本を呪詛じゅそせしものと存候このつぎ御来遊のせつは御一所に奈良へ出かけたきものに候さいよりよろしく 匆々
 三月二十一日
上田敏
永井荷風様侍史
 退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
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稿





底本:「荷風随筆集(下)」岩波文庫、岩波書店
   1986(昭和61)年11月17日第1刷発行
   2007(平成19)年7月13日第23刷発行
底本の親本:「荷風随筆 一〜五」岩波書店
   1981(昭和56)年11月〜1982(昭和57)年3月
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
入力:門田裕志
校正:米田
2010年9月5日作成
2011年4月2日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について

「卓+戈」    105-5


●図書カード