むかし、ファネットの田舍に、ジェミイ・フリールという青年が母と二人でくらしていた。後ご家けである母はむすこだけをたよりにしていた。むすこはその頼もしいうでで母のため一生けん命働らき、毎土曜日の夜になると、かせぎためた金を母の手にそっくり渡してじぶんは半ペニイのお小づかいをありがたくいただいているのだった。こんな孝行むすこはひろい世間にも二人とはいないと近所の人たちからほめられていたが、ほかにもジェミイのことをよく知っている人たちがいるのだった。それはかれが見たこともない、五月祭の前よみ夜やか萬ハロ聖マ節スの時でなければ人間の眼には見られない人たち、つまり妖フェ精ヤリーたちである。 ジェミイの家からすぐ近くに、くずれかけた古いしろがあって、﹁小さい人たち﹂すなわち妖フェ精ヤリーの住家だといわれていた。毎年萬聖節の前夜になると、古い窓には明るく燈火がついて、しろの中をあそびまわる妖精たちの小さいすがたが道ゆくものにもよく見えて、パイプや笛の音も聞えてきた。それが妖精たちのえん会なのはみんなが知っていたけれどだれもその席にはいって行く勇氣はなかった。ジェミイは遠くから小さい人たちのすがたをながめ、美しい音樂をきいてしろの内部はどんなようすだろうと考えてみたりしたが、ある萬聖節の前夜、かれはぼうしを手にして母にいった。 ﹁母さん、ぼくはいい運をさがしに、おしろにいってみます。﹂ 母はおどろいて、おしろにどんなこわいことがあるかもしれないととめたけれど、だいじょうぶ、すぐ帰ってきますといってでていった。 いも畑をつっきると、もうそこにしろが見えた。窓々にはあかあかと燈火がついて、夜の林の木々にまつわるかれ葉も黄ろく金いろに見えていた。木立のかげにたってジェミイは妖フェ精ヤリーたちのえん会さわぎをきいていると、わらい声や歌の声がかれをさそいこむのだった。小人たちの一ばん大きいのも五つ位の子どもの大きさで、小さいみんなが笛や胡こき弓ゅうの調子にあわせておどっている。おどっていないものは飮んだり食べたりしているのだった。 小人たちは新しいお客を見ると、みんながよんだ。﹁ようこそ、ジェミイ・フリール! ようこそ、ようこそ!﹂このようこその声が傳わってしろじゅうのみんなが﹁ようこそ﹂といいあった。 時間がたって、ジェミイはゆ快になっていると、主人がわの妖精がいった。﹁われわれは今夜ダブリンまで遠乗りして、おじょうさんを一人ぬすんでこようと思うんだ。一しょにゆかないか、ジェミイ・フリール?﹂ ﹁うん、ゆくよ。﹂ 数頭の馬が入口にたっていて、その一つに乗ると、馬はすうっと空中にとび上り、妖精たちの一隊と一しょにもうすぐジェミイの母の家の上をとびこえて、高い山や低い山もどんどんとびこえ、深い湖もこえて、町々や村々の上をとんで行った。地上の人たちはたのしい萬聖節のお祝いにたき火で﹁くるみ﹂を燒いたり、林ごをたべたりしているのだった。アイルランドの國じゅうをとびまわるのかとジェミイが思っていると、デリイの市にきた。お寺の高い塔の上をこえるとき、﹁ここがデリイだよ﹂と一人の妖フェ精ヤリーがいうと、五十人もの小さい声が﹁デリイ、デリイ、デリイ!﹂とくりかえしてさけぶのだった。 とちゅうのどこの市にきてもジェミイはいちいちその名を教えられて、やっとのことダブリンにつくと、銀の鈴のような小さい声々が﹁ダブリン、ダブリン、ダブリン!﹂と教えてくれた。 妖精たちの目あての家はスティヴンスのおかのりっぱな住宅の一つだった。かれらが窓の近くで馬をおりると窓のなかのりっぱなベッドにねむっている美しい顏がジェミイにみえた。妖精たちはおじょうさんをだいて外につれだし、その代りに一本のぼうをベッドにおくと、それがおじょうさんのすがたに変った。 一人の妖精がおじょうさんを自分の前にのせて少し行くと、またべつの妖精にわたし、ゆくときのとおりに町々の名をよびながら馬を走らせる。だんだん自分の家の近くまできたことがわかるとジェミイはいった。 ﹁みんなが代りばんこにおじょうさんを乗せているね、ぼくも、ちょっとでも乗せてあげたい。﹂ ﹁よろしいとも、お前もおじょうさんをのせてあげな。﹂妖精たちがきげんよくジェミイにいうので、ジェミイは大事なおじょうさんをしっかりかかえて、いきなり、母の家の入口にとびおりてしまった。 ﹁ジェミイ・フリール、ジェミイ・フリール、こすいことをするな!﹂妖フェ精ヤリーたちは怒ってみんなが一しょにとびおりた。 ジェミイはしっかりおじょうさんをだいていた。ここまでくるみちみち妖フェ精ヤリーたちはいろんなすがたにおじょうさんを変えたので、ジェミイはいま何をだいているのか自分でも知らない。一度は黒犬になって、かみつこうとした、つぎにはまっ赤な鉄のぼうになったが、すこしも熱くなかった。ジェミイが一生けん命におじょうさんをかかえていたので、妖精たちはあきらめて立ちさろうとしたとき、小人のなかの小さい女がさけんだ。 ﹁ジェミイ・フリールはおじょうさんをとってしまったけど、いいことはないよ。私は、おじょうさんをつんぼのおしにしてやる!﹂そういってかの女じょは何かをおじょうさんにふりかけた。 妖精たちは失望してさってしまうと、ジェミイは家のかけ金がねをはずしてはいった。 ﹁まあ、ジェミイや、妖精たちはどうしたの?﹂母は心配したが、むすこはへいきだった。 ﹁母さん、とても運がよかったよ。母さんの話相手にこんなきれいなおじょうさんをつれてきた。﹂ 母はおどろいて﹁まあ、まあ!﹂というだけだった。ジェミイは今夜のできごとを話して、おじょうさんが妖精たちにつれて行かれて、まよい兒になってはかわいそうだから、助けてきたといった。つんぼのおしのおじょうさんはうすいねまきで寒そうにふるえながら火のそばによっていた。 ﹁かわいそうに、おとなしいきれいなおじょうさんだね! こんな貧ぼうな家でも、何かきせてあげるものはないかしら?﹂母はしばらく考えて、自分の寢部屋にいって、日曜日の教会ゆきにきる茶いろの外とうをだした。それから別のひきだしから、白い靴下や、雪のようにまっ白いリンネルの上着と白いぼうしをだした。おむかえぎといって長い前から用意された死衣しょうなのだが、母はおしげもなくそれをおじょうさんにきせると、おじょうさんはだまってきせられて、それからろのそばのこしかけにしずみこんで、両手で顏をかくしていた。 ﹁あなたのようなりっぱなおじょうさんを、私たちが養ってゆけるかしら?﹂母は心配したが、ジェミイはその日から、お母さんとおじょうさんのためにむちゅうになって働いた。おじょうさんはそれからも長いあいだ悲しそうにしていたが、だんだんジェミイの家の生活になれてくると、ぶたの世話をしたりにわとりのえをやったり、古い毛糸でソックスをあんだりするようになって、一年の月日がすぎた。また萬聖節の祭日がまわってくると、ジェミイはぼうしを持って母にいった。 ﹁母さん、ぼくはいい運をさがしに、もう一度おしろに行ってきます。﹂ ジェミイは去年のとおり林ごの木立のかげにたって、窓のなかの明るい燈火をながめ小人たちのさわぎをきいていると、中ではかれのうわさをして﹁去年はジェミイのやつがひどいことをしたね、きれいなおじょうさんをさらって行って﹂と一人がいっている。すると小人の女が﹁だから私がしかえしをしてやったのよ。あのむすめはつんぼのおしで何もできはしない。私のこのコップの水を三てきだけ飮ませれば、すっかりなおるんだけど、ジェミイはそんなこと知らないんだ。﹂ ジェミイは心がおどるようで、内にはいって行くと、妖フェ精ヤリーたちは声をあわせて歓かんげいした。 ﹁ジェミイ・フリールがきた! ようこそ、ジェミイ、よくきてくれた!﹂その歓げいの声がしずまると、小人の女がコップをだした。 ﹁ジェミイ、私たちの健康を祝って、このコップから飮んでね。﹂ ジェミイはコップを取るがはやく入口をかけだした。まるでむちゅうで、走って走って家にとびこむと、ろのそばにしりもちをついてしまった。きちがいのようにいも畑をかけてくるときコップの水がこぼれてしまったけれど、まだすこし残っていて、三滴の水を大いそぎでおじょうさんに飮ませてあげると、おじょうさんはすぐに口がきけて、まずジェミイのしんせつのお礼をいうことができた。 朝になっておじょうさんは紙とペンとインキをだしてもらって、ダブリンのお父さんに手紙を書いた。だが、その返事はこなかった。何度も手紙をだしても返事がないのだった。 おじょうさんはダブリンまで一しょに行ってくれとジェミイにたのんだが、ジェミイはダブリンまで馬車をやとうお金がなかった。とうとう二人はダブリンまで歩くことにして、遠い道を歩いていった。 ステーヴンスおかのお父さんの家では取次の下ぼくがでてきて﹁ここの家にはおじょうさんはありません。一人いらっしたのですが、去年なくなりました﹂とこのおじょうさんを内に入れようとしなかった。おじょうさんがお父さんかお母さんに会わせてくれとないてたのむので両親がでてきたけれど、 ﹁うちのむすめはもう一年も前に死んでほうむられている。お前はかたりだろう﹂とどうしても受けいれてくれない。一年前にほうむったむすめのことを考えると、どんなによくにていても、かれらにはどうしても信じられないのだった。 ﹁みんなが私をわすれたのね! 母さん、私のくびの﹃ほくろ﹄を見てください。私がわかりませんか?﹂母はそういわれてようやく自分のむすめだとわかったけれど、おかんに入れてほうむったむすめのことがどうにもふしぎに思われた。それでジェミイは去年の萬聖節の夜のぼう險から、おじょうさんが三滴の水の力で救われた話もきかせた。 おじょうさんはジェミイ母おや子こがどんなにしんせつにしてくれたかも話したので、両親は、どうしてこのお礼ができるでしょうと、心から感謝するのだった。ジェミイが帰ろうとすると、おじょうさんは一しょに行くといいだした。 ﹁ジェミイは妖フェ精ヤリーの手から私を救っていままで世話をしてくれました。生きていてお父さんお母さんに会えたのもジェミイのおかげです。私は一しょに帰ります﹂ かたく決心しているので、それでは、ジェミイをおじょうさんのむこにしようとお父さんがいいだし、ジェミイのお母さんをりっぱな馬車でよんできて、すばらしい結こん式をした。 それから、ダブリンの家でみんな一しょにくらして、お父さんがなくなると、ジェミイとおじょうさんと二人がお父さんの財産をゆずられたのであった。