私は今度躯からだに腫でき物ものが出来たので、これは是ぜひ非と共も、入院して切開をしなければ、いけないと云うから、致いた方しかたなく、京きょ都うとの某病院へ入いりました。その時、現い今ま医科大学生の私の弟が、よく見舞に来てくれて、その時は種しゅ々じゅの談はなしの末、弟から聴いた談はなしです。
元来病院というものは、何となく陰気な処ところで、静かな夜に、隣室から、苦しそうな病人の呻うめ吟きごえが聞えてきたり、薄暗い廊下を白い棺桶が通って行ったりして、誠まことに気味の悪わるいものだが、弟はその病院の二階にある解剖室で、或ある晩十時頃まで、色々人骨を弄ひねくって、一人で熱心に解剖学の研究をしていたが、最もは早や夜も更ふけたので、家へ帰ろうと思ってその室へ錠を下ろして、二階から下りて来ると、その下にある中庭の直すぐ傍わきの、薄暗い廊下を通って、小使部屋の前にくると内で蕭しょ然んぼりと、小使が一人でさも退屈そうに居るから、弟も通りがかりに、﹁おい淋しいだろう﹂と談はなしかけて、とうとう部屋へ入いって談はな込しこんでしまった。その時に、弟が小使に向って、﹁斯こ様んな室しつに、一人で夜遅く寝ていたら、さぞ物凄い事もあるだろう﹂と訊ねると、彼は﹁今では、最もは早や馴れましたが、此こ処こへ来た当座は、実に身の毛も竦よ立だつ様な恐ろしい事が、度々ありました﹂というので、弟は膝ひざを進めて、﹁一いっ躰たい、それは如ど何んな事だった﹂と強しいて訊ねたので、遂ついに小使が談はなしたそうだが、それはこうであったというのだ。一いっ躰たい、この小使部屋のあるところというのは、中庭を間に、一方が死体室で、その横には、解剖学の教室があるのだが、この小使が初めて来たのが、恰あたかも冬のことで、夜一人で、その部屋に寝ていると、玻がら璃す窓越しに、戸そ外との中庭に、木こが枯らしの風が、其そ処こに落おち散ちっている、木の葉をサラサラ音をたてて吹くのが、如い何かにも四あた辺りの淋しいのに、物凄く聞きこえるので、彼も中なか々なか落おち々おちとして寝込まれない。ところが、この小使部屋へは、方ほう々ぼうの室から、呼べ鈴るの電線がつづいているので、その室で呼ぶと、此こ処こで電べ鈴るが鳴って、その室の番号のついてる札が、パタリと引ひっ繰くり返かえるという風になっているのだが、何しろ、彼も初めての事なので、薄気味悪わるく、うとうとしていると、最も早う夜も大ふ分更けて、例の木こが枯らしの音が、サラサラ相変らず、聞きこえる時、突然に枕まく許らもとの上の呼べ鈴るが、けだだましく鳴なり出だしたので、おやおや今時分、何ど処この室から、呼ぶのだろう、面倒臭いことだなどと思いながら、思わず、ひょこり頭を擡もたげて、それを見上げると、こは如い何かに、その札の引ひっ繰くり返かえっているのは、正まさしく人も居ない死体室からなので、慄ぞ然っとしたが、無ば稽か無ば稽かしいと思って、恐こわ々ごわ床とこへ入るとまたしきりそれが鳴り出して、パタリと死体室の札が返るのだ。彼も最も早う堪たまらず、震えながらにとうとう夜を明あかしたとの事である。しかし今では奇妙なもので、﹁もうそれも平気になった﹂と彼は頗すこぶる平然として語ったが、この際弟は、思わずそこの玻がら璃す窓越しに見える死体室を見て、身みぶ震るいをしたと、談はなしたのであった。