私が巴パリ里ーに居た時、一時、リャンコルン街の五十番に家を借りていた事がある、この家屋は四階建で、私の居たのもこの四階の上であった、すると隣とな家りに十二ばかりの女の子を上に八や歳つばかりと五いつ歳つばかりの男の子が居た。父親というのは、何の職務をしていたのか、自分は、終ついぞ家人に訊ねた事もなく、如ど何うも解らなかったが、毎日早朝から丁ちょ度うど巡査の様な服装をして、出て行って、夜に入はいって帰って来るので、自分が其そ処こに居たのも三みつ月きばかりの間だったが、一度も談はな話しした事もなく、ただ一ちょ寸いと挨拶をするくらいに止まっていた、がその三人の子供が、如い何かにも可かあ愛ゆいので、元来が児こ好ずきの私の事だから、早さっ速そく御おな馴じ染みに成なって、ちょいちょい遊びにやってくる、私も仕事の相あい間まの退たい窟くつわすれに、少なからず可かあ愛いがってやった、頃は恰ちょ度うど、秋の初はじ旬め九月頃だったろう、ふと或ある朝――五時前後と思う――寝室の闥ドアがガチリと開あいた様な音がしたので自分は思わず目が覚めてみると、扉のところに隣の主人が、毎日見る、矢やっ張ぱり巡査の様な服装を着けて、茫然と立っている、ハッと思うと、ズーッと自分の寝ねだ台いの二間けんばかり前まで進んで来たが、奇妙に私はその時には口もきけない、ただあまり突然の事だから、吃びっ驚くりして見ていると、先さ方きでも何なに言ごとも云わずにまた後うし方ろへ居おって、何ど処こともなく出て行ってしまった、何なに分ぶん時刻が時刻だし、第一昨夜私は寝る前に確かに閉めた闥ドアが外から明あけられる道理がない、また今見た姿を隣とな人りのひととは思ったが寝ぼけ眼の事だから、もしや盗どろ賊ぼうではないかと私は直すぐに寝ねだ台いから飛とび下おりて行って闥ドアの錠じょうを検しらべると、ちゃんとかかっている、窓の方や色いろ々いろと人の入った形跡を見たが、何ど処こからも入って来た様子もなし、また出た様な迹あと方かたもない、あまりに奇異なこともあると思いながら、それから起きて朝飯を食っていると、突然隣とな家りから何か多くの人声が騒がしく聞こえてきた、隣とな家りといっても、実は壁一ひと重えの事だから、人の談はな話しご声えがよく聞えるので、私は黙って耳をすまして聴いてると、思わず戦ぞ慄っとした、隣の主人が急病で死んだとの事だ、隣とな家りの事でもあるから、黙っていられず、自分も早さっ速そく悔くやみに行った、そして段だん々だん聴いてみると、急病といっても二三日前ぜんからわるかったそうだが、とうとう今け朝さ暁あけ方がたに、息を引ひき取とったとの事、自分がその姿を見たのも、今け朝さがた、自分は決してそんな病気というような事も知らない、談はな話しさえ一度もしない、あかの他人だ、そしてこの無関係な者の眼にかく映じたのだ。