あたしの申まを上しあげる事ことを合がて点んなさりたくば、まづ、ひとつかういふ事ことを御ごし承よう知ち願ねがひたい。白しろの頭づき巾んに頭あたまを裹つゝんで、堅かたい木きふ札だをかた、かた、いはせる奴やつめで御ご座ざるぞ。顔かほは今いまどんなだか知しらぬ。手てを見みると竦ぞつとする。鱗こけのある鉛なま色りいろの生いき物もののやうに、眼めの前まへにそれが動うごいてゐる。噫あゝ、切きつて了しまひたい。此この手ての触さはつた所ところも忌いまはしい。紅あかい木この実みを摘つみ取とると、すぐそれが汚けがれて了しまひ、ちよいと草くさ木きの根ねを穿ほじつても、この手てが付つくと凋しぼんでゆく。﹁世よの人ひと々びとの御おん主あるじよ、われをも拯たすけ給たまへ。﹂此この世よの御おん扶たすけも蒼あを白じろいこのわが罪ざい業ごふは贖あがなひ給たまはなかつた。わが身みは甦よみ生がへりの日ひまで忘わすれられてゐる。冷つめたい月つきの光ひかりに射さされて、人ひと目めに掛かゝらぬ石いしの中なかに封ふう込じこめられた蟾ひき蜍がへるの如ごとく、わが身みは醜みにくい鉱くわ皮うひの下したに押おし籠こめられてゐる時とき、ほかの人ひとたちは清しや浄うじやうな肉にく身しんで上じや天うてんするのだらう。﹁世よの人ひと々びとの御おん主あるじよ、われをも罪つみ無なくなし給たまへ、この癩らい病びやうに病やむ者ものを。﹂噫あゝ、淋さむしい、あゝ、恐こはい。歯はだけに、生しや来うらいの白しろい色いろが残のこつてゐる。獣けものも恐こはがつて近ちかづかず、わが魂たましひも逃にげたがつてゐる。御おん扶たす手けて、此この世よを救すくひ給たまうてより、今こと年しまで一いつ千せん二にひ百やく十じふ二にね年んになるが、このあたしにはお拯たすけが無ない。主しゆを貫つき通とほした血ちぞ染めの槍やりがこの身みに触さはらないのである。事ことに依よつたら、世よの人ひとたちの有もつてゐる主しゆの御おん血ちし汐ほで、この身みが癒なほるかも知しれぬ。血ちを思おもふことも度たび々たびだ。この歯はなら咬かみ付つける。真まつ白しろの歯はだ。主しゆはあたしに下くださらなかつたので、主しゆに属ぞくする者ものを捉つかまへたくなつて堪たまらない。さてこそ、あたしは、
ンドオムの地ちから、このロアアルの森もりへ下おりて来くる幼をさ児なごたちを跟つけて来きた。幼をさ児なごたちは皆みな十ク字ル架スを背し負よつて、主しゆの君きみに仕つかへ奉たてまつる。してみるとその体からだも主しゆの御おん体からだ、あたしに分わけて下くださらなかつたその御おん体からだだ。地ちじ上やうにあつて、この蒼あを白じろい苦くげ患んに取とり巻まかれてゐるわが身みは、今いまこの無む垢くの血ちを有もつてゐる主しゆの幼をさ児なごの頸くびに血ちを吸すひ取とつてやらうと、こゝまで見み張はつて来きたのである。﹁恐おそれの日ひに当あたりて、わが肉にく新あらたなるべし。﹂衆みんなの後あとから、髪かみの毛けの赤あかい、血けつ色しよくの好いい児こが一ひと人り通とほる。こいつに眼めを付つけて置おいたのだから、急きふに飛とび付ついてやつた。この気き味みの悪わるい手てで、その口くちを抑おさへた。粗そま末つな布きれの下した衣ぎしか着きてゐないで、足あしには何なにも履はかず、眼めは落おち着ついてゐて、別べつに驚おどろいた風ふうも無なく、こちらを見み上あげた。泣なき出だしもしまいと知しつたから、久ひさしぶりで、こちらも人にん間げんの声こゑが聞ききたくなつて、口くち元もとの手てを離はなしてやると、あとを拭ふきさうにもしないのだ。眼めは他よそを見みてゐるやうだ。
――おまへ、何なんて名なだと質きいてみた。
――ティウトンのヨハンネスと答こたへる其その声こゑが透すきとほるやうで、聞きいてゐて、心こゝ持ろもちが好よくなる。
――何ど処こへ行いくんだと重かさねて質きいた。さうすると、返へん事じをした。
――耶イエ路ルサ撒レ冷ムへ行いくのです、聖せい地ちを恢とり復かへしに行いくのです。
そこで、あたしは失ふき笑だして質きいて見みた。
――耶イエ路ルサ撒レ冷ムつて何ど処こだい。
答こたへていふには、
――知しりません。
また質きいて見みた。
――耶イエ路ルサ撒レ冷ムつて、一いつ体たい、何なんだい。
答こたへていふには、
――私わたくしたちの御おん主あるじです。
そこで、復また、あたしは失ふき笑だして、質きいて見みた。
――おまへの御おん主あるじつて誰だれの事ことだ。
答こたへていふには、
――知しりません。唯たゞ真まつ白しろな方かたです。
此この返へん事じを聞きいて、むつと腹はらが立たつた。頭づき巾んの下したに歯はを剥むき出だして、血けつ色しよくの好いい頸えり元もとに伸のし掛かゝると向むかうは後あと退すざりもしない。また質きいて見みた。
――何な故ぜ恐こはくない。
答こたへていふには、
――何なんの恐こはいものですか、真まつ白しろな方かたですもの。
この時とき涙なみだはらはらと湧わいて来きた。地ぢめ面んに身みを伏ふせ、気き味びの悪わるい唇くちびるではあるが、土つちの上うへに接せつ吻ぷんして大おほ声ごゑに叫さけんだ。
――あたしは癩らい病びやうやみぢやないか。
ティウトンの児こはしげしげと視みてゐたが、透すきとほつた声こゑで答こたへた。
――知しりません。
さてはわが身みを恐こはがらないのか、ちつとも恐こはいと思おもつてゐない。この児この眼めには、あたしの恐おそろしい白しろ栲たへが、御おん主あるじのそれと同おなじに見みえるのだ。急いそいであたしは一ひと掴つかみの草くさを毟むしつて、此この児この口くちと手てを拭ふいてやつて、かう言いつた。
――安やすらかに、おまへの白しろい御おん主あるじの下もとへ行ゆけ、さうして、あたしをお忘わすれになつたかと申まを上しあげて呉くれよ。
幼をさ児なごは黙だまつて、あたしを見みつめてくれた。この森もり蔭かげの端はづれまであたしは一いつ緒しよに行いつてやつた。此この児こは顫ふるへもしずに歩あるいて行ゆく。終つひにその赤あかい髪かみの毛けが、遠とほく日ひの光ひかりに消きえるまで見みお送くつた。﹁幼をさ児なごの御おん主あるじよ、われをも拯たすけ給たまへ。﹂このかた、かた、いふ木きふ札だの音おとが、浄きよい鐘かねの音ねの如ごとく、願ねがはくは、あなたの御おん許もとまでも達とゞくやうに。頑ぐわ是んぜ無ない者ものたちの御おん主あるじよ、われをも拯たすけ給たまへ。
ンドオムの地ちから、このロアアルの森もりへ下おりて来くる幼をさ児なごたちを跟つけて来きた。幼をさ児なごたちは皆みな十ク字ル架スを背し負よつて、主しゆの君きみに仕つかへ奉たてまつる。してみるとその体からだも主しゆの御おん体からだ、あたしに分わけて下くださらなかつたその御おん体からだだ。地ちじ上やうにあつて、この蒼あを白じろい苦くげ患んに取とり巻まかれてゐるわが身みは、今いまこの無む垢くの血ちを有もつてゐる主しゆの幼をさ児なごの頸くびに血ちを吸すひ取とつてやらうと、こゝまで見み張はつて来きたのである。﹁恐おそれの日ひに当あたりて、わが肉にく新あらたなるべし。﹂衆みんなの後あとから、髪かみの毛けの赤あかい、血けつ色しよくの好いい児こが一ひと人り通とほる。こいつに眼めを付つけて置おいたのだから、急きふに飛とび付ついてやつた。この気き味みの悪わるい手てで、その口くちを抑おさへた。粗そま末つな布きれの下した衣ぎしか着きてゐないで、足あしには何なにも履はかず、眼めは落おち着ついてゐて、別べつに驚おどろいた風ふうも無なく、こちらを見み上あげた。泣なき出だしもしまいと知しつたから、久ひさしぶりで、こちらも人にん間げんの声こゑが聞ききたくなつて、口くち元もとの手てを離はなしてやると、あとを拭ふきさうにもしないのだ。眼めは他よそを見みてゐるやうだ。
――おまへ、何なんて名なだと質きいてみた。
――ティウトンのヨハンネスと答こたへる其その声こゑが透すきとほるやうで、聞きいてゐて、心こゝ持ろもちが好よくなる。
――何ど処こへ行いくんだと重かさねて質きいた。さうすると、返へん事じをした。
――耶イエ路ルサ撒レ冷ムへ行いくのです、聖せい地ちを恢とり復かへしに行いくのです。
そこで、あたしは失ふき笑だして質きいて見みた。
――耶イエ路ルサ撒レ冷ムつて何ど処こだい。
答こたへていふには、
――知しりません。
また質きいて見みた。
――耶イエ路ルサ撒レ冷ムつて、一いつ体たい、何なんだい。
答こたへていふには、
――私わたくしたちの御おん主あるじです。
そこで、復また、あたしは失ふき笑だして、質きいて見みた。
――おまへの御おん主あるじつて誰だれの事ことだ。
答こたへていふには、
――知しりません。唯たゞ真まつ白しろな方かたです。
此この返へん事じを聞きいて、むつと腹はらが立たつた。頭づき巾んの下したに歯はを剥むき出だして、血けつ色しよくの好いい頸えり元もとに伸のし掛かゝると向むかうは後あと退すざりもしない。また質きいて見みた。
――何な故ぜ恐こはくない。
答こたへていふには、
――何なんの恐こはいものですか、真まつ白しろな方かたですもの。
この時とき涙なみだはらはらと湧わいて来きた。地ぢめ面んに身みを伏ふせ、気き味びの悪わるい唇くちびるではあるが、土つちの上うへに接せつ吻ぷんして大おほ声ごゑに叫さけんだ。
――あたしは癩らい病びやうやみぢやないか。
ティウトンの児こはしげしげと視みてゐたが、透すきとほつた声こゑで答こたへた。
――知しりません。
さてはわが身みを恐こはがらないのか、ちつとも恐こはいと思おもつてゐない。この児この眼めには、あたしの恐おそろしい白しろ栲たへが、御おん主あるじのそれと同おなじに見みえるのだ。急いそいであたしは一ひと掴つかみの草くさを毟むしつて、此この児この口くちと手てを拭ふいてやつて、かう言いつた。
――安やすらかに、おまへの白しろい御おん主あるじの下もとへ行ゆけ、さうして、あたしをお忘わすれになつたかと申まを上しあげて呉くれよ。
幼をさ児なごは黙だまつて、あたしを見みつめてくれた。この森もり蔭かげの端はづれまであたしは一いつ緒しよに行いつてやつた。此この児こは顫ふるへもしずに歩あるいて行ゆく。終つひにその赤あかい髪かみの毛けが、遠とほく日ひの光ひかりに消きえるまで見みお送くつた。﹁幼をさ児なごの御おん主あるじよ、われをも拯たすけ給たまへ。﹂このかた、かた、いふ木きふ札だの音おとが、浄きよい鐘かねの音ねの如ごとく、願ねがはくは、あなたの御おん許もとまでも達とゞくやうに。頑ぐわ是んぜ無ない者ものたちの御おん主あるじよ、われをも拯たすけ給たまへ。
