一
三人にんの娘むすめらは、いずれもあまり富とんでいる家うちの子こど供もでなかったのです。 ある春はるの末すえのことでありました。村むらにはお祭まつりがあって、なかなかにぎやかでございました。 三人にんの娘むすめらも、いっしょにうちつれてお宮みやの方ほうへおまいりにゆきました。そうして、遊あそんでやがて日ひが暮くれかかるものですから、三人にんは街かい道どうを歩あるいて家うちの方ほうへと帰かえってゆきました。 すると、あちらの浜はま辺べの方ほうから、一ひと人りのじいさんが一つの小ちいさな屋やた台いをかついで、こっちに歩あるいてくるのに出であいました。それはよく毎まい年ねん春はるから夏なつにかけて、この地ちほ方うへどこからかやってくる、からくりを見みせるじいさんに似にていました。 三人にんの娘むすめらはたがいに顔かおを見み合あって、ひとつのぞいてみようかと相そう談だんいたしました。 ﹁おじいさん、いくらで見みせるの？﹂ と、娘むすめの一ひと人りがいいますと、じいさんはかついでいた屋やた台いを降おろして、笑わらって、 ﹁さあさあごらんなさい、お金あしは一銭せん。﹂ といいました。 三人にんは一ひと人りずつその屋やた台いの前まえに立たって、小ちいさな穴あなをのぞいてみました。すると、それには不ふ思し議ぎな、ものすごい光あり景さまが動うごいて見みました。よくおばあさんや、おじいさんから話はなしに聞きいている人ひと買かい船ぶねに姫ひめさまがさらわれて、白しら帆ほの張はってある船ふねに乗のせられて、暗くらい、荒あら海うみの中なかを鬼おにのような船せん頭どうに漕こがれてゆくのでありました。三人にんは、それを見み終おわってしまうと、 ﹁ああ、怖こわい。かわいそうに。﹂ と、小ちいさなため息いきをもらしていいました。 そのとき、じいさんは、三人にんの娘むすめらを見みて、笑わらっていましたが、 ﹁おまえさんがたは、いずれも正しょ直うじきな、おとなしい、しんせつないい子こだから、私わたしがいいものをあげよう。この紙かみになんでも、おまえさんがたの欲ほしいと思おもうものを書かいて、夕ゆう焼やけのした晩ばん方がたに海うみへ流ながせば、手てに入いれることができる。﹂ といって、じいさんは三枚まいの赤あかい小ちいさな紙かみきれを出だして、三人にんの娘むすめに渡わたしたのでありました。三人にんは、それを一枚まいずつもらって帰かえりました。 三人にんの娘むすめらは、みんなの希のぞ望みを、その赤あかい紙かみに書かきました。一ひと人りは、 ﹁どうかきれいなくしと、いい指ゆび輪わをください。﹂ と書かきました。一ひと人りは、 ﹁わたしにオルガンをください。﹂ と書かきました。もう一ひと人りの娘むすめは、髪かみの毛けの少すくない、ちぢれた子こでありました。その娘むすめは、いたって性せい質しつの善ぜん良りょうな、情なさけの深ふかい子こでありました。彼かの女じょは、死しんだ姉ねえさんのことを思おもわない日ひとてなかったのであります。なんでも希のぞ望みを書かけば、それを神かみさまが聞ききとどけてくださるというものですから、娘むすめは、その赤あかい紙かみに、 ﹁どうか姉ねえさんにあわしてください。﹂ と書かきました。 三人にんの娘むすめは、それぞれ自じぶ分んらの望のぞみを書かいた紙かみを持もって、ある夕ゆう焼やけの美うつくしい晩ばん方がたに浜はま辺べにまいりました。北きたの海うみは色いろが真まっ青さおで、それに夕ゆう焼やけの赤あかい色いろが血ちを流ながしたように彩いろどって美うつくしさはたとえるものがなかったのです。 三人にんはある岩いわの上うえに立たちまして、きれいなたいまい色いろの雲くもが空そらに飛とんでいました。娘むすめらは手てに持もっている赤あかい紙かみに小ちいさな石いしを包つつんで、それを波なみ間まめがけて投なげました。やがて赤あかい紙かみは大おお海うな原ばらの波なみの間あいだに沈しずんでしまって、見みえなくなったのであります。 三人にんは家うちへ帰かえって、やがてその夜よは床とこについてねむりました。そうして、明あくる日ひの朝あさ、目めを開あいてみますと、不ふ思し議ぎにも、一ひと人りの娘むすめのまくらもとには、みごとなくしと、光ひかった高こう価かな指ゆび輪わがありました。また一ひと人りの娘むすめのまくらもとには、いいオルガンがありました。そうして、もう一ひと人りのちぢれ髪げの娘むすめのまくらもとには、赤あかいとこなつ草そうがありました。その娘むすめは、不ふ思し議ぎに思おもって、その花はなを庭にわに植うえました。そうして、朝あさ晩ばん、花はなに水みずをやって、彼かの女じょはじっとその花はなの前まえにかがんで、その花はなに見み入いりました。すると、ありありと姉ねえさんの面おも影かげが、その、日ひに輝かがやいたとこなつの花はな弁びらの中なかに浮うき出でるのでありました。 少おと女めは、声こえをあげんばかりに驚おどろき、かつ喜よろこびました。そして、いつでも姉ねえさんを思おもい出だすと、彼かの女じょはその花はなの前まえにきて、じっとながめたのであります。その姉ねえさんの姿すがたは、ものをこそいわないけれど、すこしも昔むかしのなつかしい面おも影かげに変かわりがなかったのです。 少おと女めは、毎まい日にち、毎まい日にち、その花はなの前まえにきてすわっておりました。二
またほかの二ふた人りの娘むすめらは、一ひと人りは、美うつくしいくしを頭あたまに差さし、きれいな指ゆび輪わをはめています。一ひと人りは、いい音ねい色ろのするオルガンを鳴ならして歌うたをうたっています。ある日ひのこと、ちぢれ髪げの少おと女めは、友ともだちにあってみますと、一ひと人りは、美うつくしいくしと指ゆび輪わを持もっているし、一ひと人りは、いい音ねい色ろのするオルガンを持もっていますので、なんとなく、それを心こころのうちでうらやみました。
彼かの女じょは家うちに帰かえると、独ひとりで、花はなの前まえに立たって、
﹁ああ、わたしも、あんな指ゆび輪わとオルガンが欲ほしいものだ。﹂
と、小ちいさな声こえでいったのであります。
このとき、どこからともなく、白しろい鳥とりが飛とんできました。そして、不ふ意いに庭にわに咲さいているとこなつの花はなをくわえて、どこへとなく飛とんでいってしまいました。
少おと女めは、この有あり様さまを見みて驚おどろきました。そして、そこに泣なきくずれました。
﹁ああ、わたしが悪わるかった、他ひとのものなどをうらやんだものだから……神かみさまにたいしてすまないことをした。ああ、どうしたらいいだろう。﹂
といって、地ちに伏ふしてわめきました。けれど、もはやどうすることもできません。
いくら姉ねえさんにあいたいたって、もはや、とこなつの花はなはなかったのであります。もう二度どと、その花はなの前まえに立たって、なつかしい姉ねえさんの顔かおを見みることができなかったのです。
少おと女めはどうかして、あのとこなつと同おなじい花はなはどこかに咲さいていないかと思おもって、毎まい日にちのように浜はま辺べを探さがして歩あるきました。浜はま辺べにはいろいろな青あおや、白しろや、紫むらさきや、空そら色いろの花はななどがたくさんに咲さいていました。けれどあの赤あかいとこなつと同おなじい花はなは見みつかりませんでした。少おと女めは姉ねえさんの面おも影かげを思おもい出だしては、恋こいしさのあまり泣なきました。そして、その明あくる日ひも、また彼かの女じょは浜はま辺べに出でては、草くさ原はらの中なかを探さがして歩あるきました。
夕ゆう焼やけは幾いくたびとなく、海うみのかなたの空そらを染そめて沈しずみました。少おと女めは岩いわ角かどに立たって、涙なみだながらにそれをながめたのでありました。
ある日ひのこと、彼かの女じょは、いつか赤あかい紙かみに石いしを包つつんで投なげた岩いわの上うえにきて、海うみを望のぞみながら、神かみさまに手てを合あわせて、静しずかに祈いのりました。
﹁どうぞもう一度ど、あのとこなつの花はなをくださいまし。わたしがほかのものをうらやみましたのは悪わるうございました。どうぞおゆるしください。﹂
といいました。
すると、夕ゆう焼やけのしたかなたの空そらの方ほうから、また白しろい一羽わの鳥とりが飛とんできました。そして、少おと女めのすわっている頭あたまの上うえにきて、くわえてきた一本ぽんのとこなつの花はなを落おとしました。少おと女めはそれを見みて、夢ゆめかとばかり喜よろこんで、これを拾ひろいあげました。それは、いつか庭にわに植うえておいた花はなとまったく同おなじでありました。彼かの女じょは、その花はなに接せっ吻ぷんして神さまさまにお礼れいを申もうしました。しかし、その花はなには根ねがなかったのであります。
少おと女めは、せっかく白しろい鳥とりがくわえてきてくれた花はなに根ねのないのを悲かなしみました。けれど、彼かの女じょはどうかして大だい事じにして、いつまでもその花はなを枯からさないようにしなければならぬと思おもって、髪かみに差さして勇いさんで家うちに帰かえりました。すると、花はなはいつのまにやら、まったくしおれていました。少おと女めはあまりの悲かなしさに、花はなを抱かかえて声こえをあげて泣なきました。
みんなは、少おと女めが泣なくもので、どうしたのかと思おもって入はいってきてみてびっくりしました。
﹁まあ、どうしておまえさんは、産うまれ変かわったように髪かみがたくさんになって、しかも黒くろくなって、美うつくしくなったのか。﹂
といって騒さわぎました。
少おと女めはこれを聞ききますと、そんなら自じぶ分んの少すくない、ちぢれた赤あかい色いろの髪かみの毛けが変かわったのだろうかと思おもって、手てを頭あたまに上あげて触ふれてみますと、なるほど、ふさふさとしてたくさんになっています。これは夢ゆめでないかと驚おどろきまして、さっそく鏡かがみの前まえにいって映うつった姿すがたを見みますと、真まっ黒くろなつやつやした髪かみの毛けがたくさんになって、そのうえ自じぶ分んの顔かおながら、見みち違がえるように美うつくしくなっていました。少おと女めは、これを見みると、いままで泣ないていた悲かなしみは忘わすれられて、思おもわずほほえんだのでありました。
日ひごろから、この娘むすめはおとなしい、情なさけ深ぶかい、優やさしい性せい質しつのうえに、急きゅうにこのように美うつくしくなったものですから、村むらの人ひと々びとからはその後ごますますほめられ、愛あいされたということであります。