上
夏なつの初はじめになると、南みなみの方ほうの国くにから、つばめが北きたの方ほうの国くにに飛とんできました。そして、電でん線せんや、屋や根ねの上うえや、高たかいところに止とまって、なきました。広ひろい野のは原らの中なかを汽きし車ゃがゆくときに、つばめは、電でん線せんの上うえに止とまって、じっとながめていたこともあります。また、青あおい海うみ辺べに連つらなる電でん線せんに止とまって、海うみの方ほうを見みていたこともあります。けれど、また町まちの人じん家かの店みせ頭さきに巣すを造つくって日ひが暮くれるころになると、みんな家いえの中なかの天てん井じょうの巣すの中なかに入はいって休やすみます。そして、夜よが明あけると外そとに出でて、空そらや往おう来らいの上うえをひらひらと飛とびまわってないているのでありました。 太たろ郎うは、ほかの家うちには、つばめが巣すを造つくって毎まい日にち、店みせ頭さきから出でたり入はいったりするのを見みて、なぜ自じぶ分んの家うちにも巣すを造つくらないのかと思おもいました。そして、このことをお母かあさんに話はなしますと、 ﹁つばめが、巣すの造つくれるように、場ばし所ょを造つくってやらなければなりません。﹂ と、お母かあさんはいわれました。 ﹁どうか、つばめが巣すの造つくられるように場ばし所ょを造こしらえてください。﹂ といって、太たろ郎うはお母かあさんに頼たのみました。 太たろ郎うのお母かあさんは、このことを太たろ郎うのお父とうさんに話はなしました。お父とうさんは、店みせ頭さきの梁はりへ箱はこのように板いたをつけました。こうしておけば、どこかいい場ばし所ょがないかと探さがしているつばめが見みつけて、きっとここに巣すを造つくるにちがいないからであります。 太たろ郎うは、早はやくつばめがここにくるようにと待まっていました。すると、ある日ひのこと、つばめが入はいってきてこの場ばし所ょに止とまりました。そのつぎには、二羽わでここにやってきました。そして、そこに止とまって頭あたまをかしげてなにやら考かんがえているようなようすでありましたが、その日ひから毎まい日にち、二羽わのつばめは、どこからか、土つちや、髪かみの毛けや、わらくずなどをくわえて運はこんできて、せっせと巣すを造つくりはじめました。そして、やがて完かん全ぜんに巣すを造つくってしまいますと、雌め鳥すは巣すについて卵たまごを産うみました。夏なつの半なかばころには、もはやつばめの子こど供もがなくようになりました。太たろ郎うはかわいくてたまりませんでした。そのうちに秋あきがきて、秋あきも半なかばを過すぎますと、つばめはどこにか、みんな飛とんでいってしまいました。下
その明あくる年としも、またつぎの明あくる年としも、つばめは夏なつの初はじめになると、飛とんできました。そして、長ながい月つき日ひをそこに送おくりました。やがて秋あきがきてしだいに寒さむくなる時じぶ分んになると、どこへか飛とんでゆきました。
太たろ郎うが、小しょ学うが校っこうの四年ねん生せいになった年としの夏なつの初はじめでありました。どこの家うちにもつばめが帰かえってきました。どうしたことか独ひとり太たろ郎うの家うちにはつばめがきませんでした。太たろ郎うはどうしたのだろうと、毎まい日にち、つばめの帰かえってくるのを待まっていました。
﹁きっと、そのうちに帰かえってくるのでしょう。﹂
と、お母かあさんがいわれたけれど、なかなか帰かえってきそうなようすがありませんでした。太たろ郎うは、心しん配ぱいでならなかったのです。帰かえる路みちを忘わすれてしまったのではないか、それとも変かわったことでもあったのではないかと思おもい煩わずらっていたのであります。すると、不ふ思し議ぎなことにも、ある夜よ、太たろ郎うは夢ゆめを見みました。つばめが帰かえってきて、太たろ郎うに告つげたのであります。
太たろ郎うさん、去きょ年ねんの秋あきのことでありました。私わたしども親おや子このものは、この国くにもだんだん寒さむくなったから、南みなみの暖あたたかな、花はなの咲さいて、木きの実みの熟じゅくしている夏なつの国くにへ帰かえろうと思おもいまして、ある小ちいさな島しままでやってまいりました。その島しまには、同おなじ南みなみの国くにに帰かえる連つれがたくさんいました。
そこから、広ひろ々びろとした海うみを渡わたらなければなりません。しかし、海うみにはいつも多おおくの船ふねが走はしっています。その船ふねのほばしらや、綱つなの上うえに止とまって、疲つかれを休やすめてまた旅たびをつづけるのであります。ある夕ゆう焼やけの美うつくしい晩ばん方がた、私わたしどもの群むれは、いよいよ旅たびに上のぼりました。そして、一日にちも早はやく花はなの咲さいている、木きの実みの熟じゅくしている暖あたたかな国くにに帰かえろうと思おもいました。
すると二ふつ日かめの夜よるのこと、思おもいがけなく暴ぼう風ふう雨うに出であいまして、みんなまったくゆくえ不ふめ明いになってしまいました。私わたしとほかの二、三のものだけが、やっと一そうの船ふねを見みい出だして、そのほばしらに止とまって命いのちが助たすかりました。私わたしは、太たろ郎うさんにそのことを知しらせにまいりました。と、つばめがいうと、太たろ郎うは夢ゆめがさめました。その明あくる日ひ、一羽わのつばめが古ふる巣すにきて、さびしそうにしていましたが、晩ばん方がた、どこにか飛とんでいってしまいました。