あめ売うりの吹ふく、チャルメラの声こえを聞きくと、子こど供もの時じぶ分んのことを思おもい、按あん摩まの笛ふえの音ねを聞きくと、その人ひとは涙なみだぐみました。その話はなしを聞きかせた人ひとは旅たびの人ひとです。そして、その不ふ思し議ぎな話はなしというのはつぎのような物もの語がたりです。 ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ 町まちからすこしばかり離はなれた、小ちいさなさびしい村むらでありました。村むらには昔むかしの城しろ跡あとがありました。ちょうど私わたしと同おなじい七つ、八つばかりの子こど供もが、毎まい日にち五、六人にんも寄より集あつまって鬼おに事ごっこをしたり、こまをまわしたりして遊あそんでいました。 ずっと以いぜ前んから、この村むらに一ひと人りのあめ売うりじいさんが入はいってきました。チャルメラを吹ふいて、小ちいさな屋やた台いをかついで町まちの方ほうからやってきました。子こど供もらはみんな、このおじいさんの顔かおをよく知しっていました。 私わたしは、昼ひる寝ねをしている時じぶ分んに、夢ゆめの中なかでこのチャルメラの声こえを聞きいたこともあります。また外そとに遊あそんでいる時じぶ分んに、かなたの往おう来らいにあたって聞きいたこともあります。 木きの葉はが風かぜに光ひかっていたり、とんぼが飛とんでいるのを見みるよりほかに、変へん化かのない景けし色きは物もの憂うく、単たん調ちょうでありましたから、たまたまあめ売うりの笛ふえの音ねを聞きくと、楽たのしいものでも見みつかったように、その方ほうへ駆かけていったものです。 このあめ売うりじいさんは、城しろ跡あとの入いり口ぐちのところに、いつも屋やた台いを下おろしました。そして、村むらじゅうの子こど供もを呼よび寄よせるように、遠えん方ぽうを望のぞんで、チャルメラを吹ふき鳴ならしました。じいさんは、もういい年としであったとみえて、目めのしょぼしょぼとした小こじわのたくさんな顔かおが日ひに焼やけて、黒くろい色いろをしていました。 けれど、私わたしは、またこんな無ぶあ愛いそ想うなじいさんを見みたことがありません。多おおくの子こど供もが、こうしてなつかしそうに、慕したわしそうにそのそばへ寄よってきましても、つい一度どとして笑わらった顔かおも見みせなければ、戯じょ談うだんをいって喜よろこばせてくれたこともなかったのです。 こうして、そこに二、三十分ぷんも屋やた台いを下おろして休やすんでいますが、もうあめを買かってくれる子こど供もがいよいよないとわかると、じいさんは黙だまって屋やた台いをかついで、お城しろの中なかを通とおって、かなたの村むらの方ほうへといってしまいます。私わたしは、いつもさびしそうにして、おじいさんの消きえてゆく姿すがたを見みお送くりました。 昔むかしからある、城しろの門もんの四角かくな大おおきい礎そせ石きは、日ひの光ひかりを浴あびて白しろく乾かわいていました。草くさは土ど手ての上うえにしげっていました。そして、小こと鳥りは四あた辺りの木き々ぎのこずえに止とまってないていました。北きたの方ほうから、悲かなしい風かぜが吹ふいてきて、ほおをなでたのであります。 ﹁さあ、家うちの方ほうへ帰かえろうよ。﹂と、友ともだちの一ひと人りがいいますと、 ﹁ああ、帰かえろう。﹂と、みんながいって、家うちのある方ほうへと帰かえっていきました。 ﹁君きみ、河かわへ泳およぎにいこうか。﹂と、中なかの一ひと人りがいいますと、 ﹁ああ、泳およぎにいこう。﹂と、あるものは同どう意いしましたけれども、また、あるものは、 ﹁僕ぼく、河かわへいくとお母かあさんにしかられるから、いやだ。﹂と、ゆくのを拒こばんだものもあります。 ﹁弱よわ虫むしだなあ、じゃ、僕ぼくらだけ泳およぎにいこうよ。弱よわ虫むしなんかこなくてもいいや。﹂と、二、三人にんが、一つになって途とち中ゅうから別わかれて、田いな舎かみ道ちを歩あるいて河かわのある方ほうへといったのであります。 私わたしは、いつもその弱よわ虫むしの中なかに入はいっていました。私わたしの祖そ母ぼや母はは親おやが、河かわへいくことを危あぶないといってきびしくしかったからです。そして、私わたしはいつも弱よわ虫むしの仲なか間まに入はいって、家うちの方ほうへと帰かえっていきました。 そればかりでありません。私わたしの祖そ母ぼや、母はは親おやは、私わたしを家いえの前まえからけっして遠とおくへはやらなかったのであります。 ﹁一ひと人りで、遠とおくへゆくと、人ひとさらいがきて連つれていってしまうから、家うちの前まえから遠とおくへいってはいけない。﹂と、つねにいいきかされていたのであります。 だから、遊あそぶ友ともだちのない、ただ自じぶ分んひ一と人りのときは、ぼんやりとして、日ひの当あたる路みちの上うえに立たっていました。そして、だれかいっしょに遊あそぶ友ともだちが出でてこないものかと待まっていました。 ある日ひのことです。私わたしは、やはりこうして一ひと人りさびしく往おう来らいの上うえに立たっていました。けれど、犬いぬ一ぴきその姿すがたを見みせなかったのです。ただ路みちの上うえには、なにか小ちいさな石いしが日ひに照てらされて光ひかっていました。そして、とんぼが、かなたの圃はたけの上うえを飛とんでいるのが見みえたばかりです。 私わたしは、退たい屈くつでしようがなかったのです。このとき、遠とおくでチャルメラの音おとが聞きこえました。私わたしは、飛とびたつように勇ゆう気きづけられました。いくらそのおじいさんが無ぶあ愛いそ想うでも、ずっと昔むかしからこの村むらにくるので、まったくの顔かおなじみであったから、けっして他たに人んのような気き持もちがしなかった。そのそばへいって、屋やた台いにさしてあるいろいろな色いろ紙がみで造つくられた小こば旗たの風かぜになびくのを見みたり、チャルメラの音おとを聞きこうと思おもいました。また、きっとよそからも、友ともだちがそこへ集あつまってくるにちがいないと思おもったので、私わたしは、さっそく駆かけだしました。 城しろ跡あとのところにいきますと、いつもおじいさんが屋やた台いを下おろす場ばし所ょに屋やた台いが置おいてありました。そこからチャルメラの声こえが聞きこえてきました。そして、今きょ日うはいつもより、紫むら色さきいろの紙かみの小こば旗たがたくさんにちらちらと見みえましたので、早はやく変かわった光こう景けいをながめたいと走はしっていきました。 すると、それは、いつものおじいさんじゃありませんでした。私わたしは、このはじめて見みるおじいさんを不ふ思し議ぎに思おもいました。おじいさんは、こっちを向むいて、にっこり笑わらっていました。そして、私わたしがだんだん不ふ思し議ぎに思おもいながら近ちかづくと手てま招ねぎをしました。そのおじいさんの顔かおは、白しろくて目めが光ひかっていました。私わたしは、このおじいさんが、いつものおじいさんと異ちがって、愛あい嬌きょうがあるのにもかかわらず、なんとなく気きみ味わ悪るく思おもいました。 ﹁さあ、おいでよ、おいでよ。﹂と、おじいさんはいいました。私わたしは、自じぶ分ん一ひと人りだけで、ほかに友ともだちがなかったから、あまり屋やた台いには近ちか寄よらずに、離はなれてぼんやりと立たっていますと、 ﹁ここまでくると、おもしろいからくりを見みせてやる。さあさあ早はやくおいで、一ひと人りのうちはお銭あしをとらない。さあさあ、早はやくおいで。﹂と、おじいさんはいいました。 私わたしは、からくりを見みたさに、だんだんと近ちか寄よっていきました。 ﹁さあ、その孔あなからのぞき。第だい一は姉あねと弟おとうととが、母はは親おやをたずねて旅たび立だつところ。さあさあのぞき。一ひと人りのうちはお銭あしを取とらない。﹂ 私わたしは、屋やた台いにかかっている箱はこの孔あなをのぞいてみました。すると、旅たび姿すがたをした姉あねと、弟おとうとの二ふた人りが目めに映うつったのであります。 ﹁つぎは、途とち中ゅうで、二ふた人りが悪わる者ものに出であうところ。﹂ と、おじいさんがいって糸いとを引ひきますと、青あおい、青あおい、海うな原ばらが見みえて、怖おそろしい姿すがたをした悪わる者ものが、松まつの木きの蔭かげに隠かくれて、かなたから歩あるいてくる二ふた人りのようすをうかがっていました。 これから、どうなることだろうと思おもっているうちに、おじいさんは孔あなの中なかを真まっ暗くらにしてしまいました。 ﹁さあ、これから二ふた人りが、人ひと買かい船ぶねに乗のせられて沖おきの島しまへやられるところ、もっと先さきまでいくと見みせますよ。さあ、いっしょにおいでなさい。﹂と、おじいさんは屋やた台いをかついで、お城しろの中なかへ入はいっていきました。 私わたしは、悪わる者ものが、姉あねと弟おとうとをどんなめにあわせるだろうと思おもうと、かわいそうになって、ついそれが見みたくて、あめ売うりの後あとについていきました。あたりはまったく圃はたけで、人ひと一ひと人り通とおらなかったのであります。 不ふ意いに、おじいさんは屋やた台いを下おろすと、私わたしを捕とらえました。私わたしはびっくりして声こえをたてる暇ひまもなく、おじいさんは私わたしの口くちに手てぬぐいを当あて、もののいえないようにして、 ﹁いいところへ連つれていってやるから、おとなしくして、この箱はこの中なかに入はいっているのだ。﹂と、私わたしを箱はこの中なかへ入いれてしまいました。それをかついでおじいさんは、とっとと途みちを歩あるいていきました。 狭せまい、身みう動ごきもできないような真まっ暗くらの箱はこの中なかに押おしこめられて、私わたしはしかたなくじっとしていました。おじいさんは、どこを通とおっているのだかわかりませんでした。その後のちはチャルメラも吹ふかずに、さっさと歩あるいていました。 ﹁あんまり、一ひと人りで遠とおくへゆくと、人ひとさらいに連つれられていってしまう。﹂といった、祖そ母ぼや母はは親おやの言こと葉ばが思おもい出だされて、私わたしは、しみじみ悲かなしくなって泣ないていました。 おじいさんは、どこをどう歩あるいているのだか私わたしにはわかりませんでした。だいぶん長ながい間あいだ歩あるいたと思おもう時じぶ分んに、おじいさんは屋やた台いを下おろしました。そして、箱はこの中なかから私わたしを外そとに出だしました。このときよく見みると、おじいさんの顔かおは、まったく気き味みが悪わるいほど色いろが白しろく、目めが光ひかっていました。私わたしはいつも村むらにやってくる無ぶあ愛いそ想うな、あめ売うりじいさんを思おもい出だして、どれほど、その人ひとのほうがいいかしれないと思おもいました。 ﹁さあ、なんにも怖こわいことはない。私わたしといっしょにくるのだ。﹂と、おじいさんは、屋やた台いを木きの下したに置おいたまま先さきに立たって歩あるきました。私わたしは、そこがどこだか、ちっともわかりませんでした。さびしい山やまの間あいだで、両りょ方うほうには松まつの木きや、いろいろな雑ぞう木きのしげった山やまが重かさなり合あっていました。そして、ただ一ひと筋すじの細ほそい路みちが谷たにの間あいだについていました。 おじいさんについて、どんなところへ連つれていかれるのかと心しん配ぱいしながら歩あるいてゆくと、はや、せみの松まつ林ばやしで鳴ないている声こえが聞きこえました。日ひが暮くれたら、どうなるのだろうと思おもうと、もう一ひと足あしも歩あるく気きになれなかったけれど、路みちがわからないので逃にげ出だすこともできなかったのであります。お母かあさんや、おばあさんが、私わたしをたずねて、心しん配ぱいしていなさるだろうと思おもうと、私わたしは胸むねがふさがるような気きがしました。 ﹁さあ、この峠とうげを越こすと、もうじきだ。﹂と、おじいさんはいいました。 どんなところへゆくのだろうと、私わたしはそればかり思おもわれて、心しん配ぱいでなりませんでした。 やがて峠とうげを越こすと、三、四軒けんの古ふるい粗そま末つな家うちが建たっていました。おじいさんは、その一軒けんの家うちに私わたしを連つれて入はいりました。すると、そこには肌はだぬぎになって、大おお男おとこが四、五人にんで、花はながるたをしていました。そして、大おおきな目めをむいて、けんめいにかるたをとっていました。 ﹁こんな子こど供もをつれてきた。﹂と、おじいさんは、みんなに向むかっていいました。けれども、だれも相あい手てにならずに、かるたのほうに気きを取とられて夢むち中ゅうになっていました。 ﹁どれ、湯ゆに入はいってこよう。﹂と、おじいさんはいって出でてゆきました。 そこは沸わかし湯ゆの湯とう治じ場ばであったのです。私わたしは独ひとりすわって、このものすごい室しつの内うちを見みまわしていました。まだランプも、電でん燈とうもなく、ただ古ふるぼけた行あん燈どんが、すみのところに置おいてありました。私わたしは心こころで、これはきっと悪わる者ものどもの巣そう窟くつであると考かんがえました。そして、この間あいだに逃にげ出ださなければならぬと思おもいました。私わたしは、よくそのときのことを覚おぼえています。このとき、按あん摩まが笛ふえを吹ふいて家いえの前まえを通とおりました。 私わたしは決けっ心しんをして、男おとこどもに気きづかれぬように、そっと室しつを出でて、下げ駄たをはきました。そして、だれか見みていぬかと四あた辺りを見みまわしますと、勝かっ手てもとのところで、まだ若わかい女おんなが、白しろい手てぬぐいをかぶって働はたらいていました。私わたしは、その女おんなの人ひとがなんとなくやさしい人ひとに見みえましたので、そのそばへいって、 ﹁小お母ばさん、どうか私わたしを家うちへ帰かえしておくれ。﹂と、泣ないてたもとにすがりました。すると、やさしそうなその女おんなの人ひとは、じっと私わたしの顔かおを見みていましたが、 ﹁知しれるとたいへんだから、早はやく私わたしにおぶさり、あのおじいさんのいないまに逃にげなければならないから。﹂と、女おんなの人ひとはいって、白しろい手てぬぐいをとって、その手てぬぐいで、私わたしの顔かおをわからないように隠かくしました。私わたしは、目めをふさがれて、女おんなの肩かたにつかまり、その脊せにおぶさりますと、女おんなはすぐにそこから音おとのしないように歩あるき出だして、きたときの峠とうげを下くだりました。 やがて女おんなは二、三丁ちょうもくると、息いきをせいて、私わたしを下おろして休やすみました。けれど、まだ私わたしの目めから手てぬぐいをはずしませんでした。 ﹁わたしは、みんなに知しれるとひどいめにあいますから、ここから帰かえりますよ。坊ぼっちゃんは、いまあっちからくる馬うま方かたに頼たのんであげます。﹂と、女おんなはいって、ガラガラと馬うまに車くるまを引ひかせてきた馬うま方かたに、なにやら小こご声えで女おんなはいっていました。 ﹁また、達たっ者しゃだったら坊ぼっちゃんにあいますよ。けれど、だれかがとってくれるまで、独ひとりで手てぬぐいをとってはいけませんよ。﹂と、女おんなはいいました。私わたしは、黙だまってうなずきました。そしてなんとなく、このやさしい女おんなに別わかれるのが悲かなしゅうございました。 私わたしは車くるまの上うえに乗のせられて、長ながい間あいだ、知しらぬ街かい道どうをガラガラと引ひかれていったのであります。どんなところを通とおったか、どんな景けし色きであったか、目めを隠かくされているので、すこしもわからなかったのです。そして、あるところにきたときに、 ﹁ここだ。﹂といって、馬うま方かたは車くるまを止とめ、 ﹁さあ下おりた。そして、すこしここに立たって待まっているのだ。﹂といって、私わたしを抱だき下おろしてくれました。 私わたしは、いわれるままに立たっていました。そのうちに馬うま方かたは、馬うまを引ひいていってしまいました。ガラガラと車くるまの音おとは、しばらく遠とおくなるまで私わたしの耳みみに聞きこえていました。 いつまで待まっても、いつまで待まっても、だれもきてくれなかったのです。私わたしは、ついに悲かなしくなって泣なき出だしました。大おおきな声こえをあげて泣なき出だしました。すると、だれかきて、私わたしの目めかくしを取とってくれました。 見みると、それは私わたしのおとうさんで、私わたしは村むらはずれの大おおきな並なみ木きのかげに立たっていました。 日ひは、もうとっくに暮くれていたのであります。