政まさ雄おは、姉ねえさんからこさえてもらいました、赤あかい毛けい糸との手てぶ袋くろを、学がっ校こうから帰かえりに、どこでか落おとしてしまったのです。 その日ひは、寒さむい日ひで、雪ゆきが積つもっていました。そして、終いち日にち、空そらは曇くもって日ひの光ひかりすらささない日ひでありましたが、みんなは元げん気きで、学がっ校こうから帰かえりに、雪ゆき投なげをしたり、また、あるものは相すも撲うなどを取とったりしたので、政まさ雄おも、いっしょに雪ゆきを投なげて遊あそびました。そのとき、手てぶ袋くろをとって、外がい套とうの隠かくしの中なかに入いれたような気きがしましたが、きっとよく入いれきらなかったので、途とち中ゅうで落おとしてしまったものとみえます。 政まさ雄おは、家うちに帰かえってから、はじめてそのことに気きづきました。いよいよなくしてしまいますと、なつかしい赤あかい手てぶ袋くろが目めについてなりませんでした。それも、そのはずであって、毎まい日にち学がっ校こうの往ゆき来きに、手てにはめてきたばかりでなく、町まちへ買かい物ものにやらされたときも、この赤あかい手てぶ袋くろをはめてゆき、お湯ゆにいったときも、この赤あかい手てぶ袋くろをはめてゆき、また、夜よる、かるたを取とりに近きん所じょへ呼よばれていったときも、この赤あかい手てぶ袋くろをはめていったからであります。 それほど、自じぶ分んに親したしいものでありましたから、政まさ雄おは、惜おしくてなりません。それよりも、もっと、こんなに寒さむいのに、雪ゆきの上うえに落おちていることが、手てぶ袋くろにとってかわいそうでなりませんでした。 ﹁どんなにか手てぶ袋くろは、家うちに帰かえりたいと思おもっているだろう。﹂と考かんがえると、政まさ雄おは、どうかして探さがしてきてやりたい気き持もちがしたのであります。 けれど、そのとき、やさしい姉ねえさまは、政まさ雄おをなぐさめて、 ﹁わたしが、またいい代かわりをこしらえてあげるから、この風かぜの寒さむいのに、わざわざ探さがしにいかなくてもいいことよ。﹂とおっしゃったので、ついに政まさ雄おは、その赤あかい手てぶ袋くろのことをあきらめてしまいました。 ちょうど、その日ひの暮くれ方がたでありました。空そらは曇くもって、寒さむい風かぜが吹ふいていました。あまり人ひと通どおりもない、雪ゆき道みちの上うえに、二つの赤あかい手てぶ袋くろがいっしょに落おちていました。 いままで、暖あたたかい外がい套とうのポケットに入はいっていた手てぶ袋くろは、冷つめたい雪ゆきの上うえにさらされてびっくりしていたのです。 このとき、町まちの方ほうから、七つ、八つの男おとこの子こが、手てあ足しの指ゆびを真まっ赤かにして、汚きたならしい着きも物のをきて、小ちいさなわらじをはいて、とぼとぼやってきました。 この子こは、遠とおい村むらに住すんでいる乞こじ食きの子こであったのです。昼ひるは町まちに出でて、お銭あしや、食たべ物ものをもらって歩あるいて、もはや、日ひが暮くれますので、自じぶ分んの家いえへ帰かえってゆくのでした。子こど供もはとぼとぼときかかりますと、雪ゆきの上うえに、真まっ赤かな手てぶ袋くろが落おちているのが目めにつきました。 子こど供もは、すぐには、それを拾ひろおうとせずに、じっと見みていましたが、そのうち、小ちいさな手てを出だして、それを拾ひろい上あげて、さも珍めずらしそうに見みとれていました。子こど供もは、前まえには、こんな美うつくしいものを手てにとって見みたことがなかったのです。町まちへ出でまして、いろいろりっぱなものを並ならべた店みせ頭さきを通とおりましても、それは、ただ見みるばかりで、名なすら知しらなかったのであります。 子こど供もは、なんと思おもいましたか、その赤あかい手てぶ袋くろを自じぶ分んのほおにすりつけました。また、いくたびとなく、それに接せっ吻ぷんしました。けれど、それをけっして、自じぶ分んの手てにはめてみようとはいたしませんでした。 子こど供もは、たいせつなものでも握にぎったように、それを抱だくようにして、さびしい、雪ゆき道みちの上うえを、自じぶ分んの家いえのある村むらの方ほうを指さして、とぼとぼと歩あるいてゆきました。 日ひ暮ぐれ方がたを告つげる、からすの声こえが、遠とおくの森もりの方ほうで聞きこえていました。 子こど供もは、やがて大おおきな木きの下したにあった、みすぼらしい小こ屋やの前まえにきました。そこが子こど供もの家いえであったのです。 小こ屋やの中なかには、青あおい顔かおをして、母はは親おやが黙だまってすわっていました。そのそばに、薄うすいふとんをかけて、十ばかりになる子こど供もの姉あねが病びょ気うきでねていました。その姉あねの女おんなの子この顔かおは、やせて、もっと蒼あおかったのであります。 ﹁姉ねえちゃん、いいものを持もってきてあげたよ。﹂と、子こど供もはいって、赤あかい手てぶ袋くろを姉あねのまくらもとに置おきました。けれど、姉あねは返へん事じをしませんでした。細ほそい手てをしっかり胸むねの上うえに組くんで、このときもう姉ねえさんは死しんでいたのです。