それは、ここからは見みえないところです。 そこには黒くろい、黒くろい河かわが流ながれています。どうしたことか、その河かわの水みずは真まっ黒くろでありました。河かわが真まっ黒くろであったばかりでなく、河かわ原らの砂すなもまた真まっ黒くろでありました。そして、その河かわは音おともたてずに、また真まっ黒くろな大おおきな森もりの中なかをくぐって、いずこともなく流ながれているのでありました。 空そらの色いろは、夜よるともつかず、また昼ひるともつかずに、うす暗ぐらくぼんやりとしていました。ただ、ため息いきのように、風かぜが吹ふいて、忍しのび足あしにどこへかいくのでありました。そして、そのところには、生いき物ものというものは、なにひとつ動うごいている姿すがたを見みることができませんでした。ただ河かわ原らを怪あやしげな女おんなが歩あるいているばかりでありました。 いったい、この怪あやしげな女おんなはなにものでありましょうか。年としをとっているのか、また、そんなに年としをとっていないのか、見みただけではわかりませんでした。顔かおも肩かたさきも、その長ながい真まっ黒くろな髪かみの毛けに隠かくれていてよく見みることができませんでした。 たまたま髪かみの毛けの間あいだから血ちの気きのない顔かおが現あらわれたかと思おもうと、ガラス球だまのように光ひかった目めが、氷こおりのように冷つめたくあたりを見みまわしていたのであります。 この怪あやしげな女おんなは、灰はい色いろの着きも物のを着きていました。そして、めったに笑わらうこともありませんでした。女おんなは、やせて骨ほねばかりになった手てをのばして足あしもとの真まっ黒くろな砂すなをすくいました。そして、なにか口くちの中なかで唱となえながら、それを空そらに向むかって投なげていました。また、あるときは、その河かわの真まっ黒くろな水みずを柄えの長ながい杓しゃ子くしですくっては、やはりなにやら口くちの中なかで唱となえながら、それを空そらに向むかってまいていました。そして、その後あとでさも心ここ地ちよさそうに、げらげらと笑わらっていたのです。 この怪あやしげな女おんなは姉あねのほうでありました。 ﹁こうして、わたしは、わざわいの砂すなや、水みずをまいてやる。これはみんな下げか界いに落おちていって人にん間げんどもの頭あたまにふりかかる。この砂すなのかかったものには不ふへ平いがつづき、この水みずのかかったものは死しんでしまうだろう。わたしは、みんなが不ふへ平いに苦くるしみ、そして死しんでしまうことを望のぞんでいる。わたしはこんな醜みにくい姿すがたに生うまれてきた。この宇うち宙ゅうの、ありとあらゆる生いき物ものの命いのちをのろってやる。そうだ、みんな滅ほろぼしてしまうまでは、こうして、わざわいの砂すなと死しの水みずをふりまくことをやめはしない。﹂と、灰はい色いろの着きも物のを着きた姉あねのほうがいいました。そして、彼かの女じょは砂すなをまき、水みずをまいていました。 ここは、また別べつのところであります。 そこには水すい晶しょうのように清きよらかな流ながれがありました。そして、その河かわ原らの砂すなは黄こが金ねのごとく光ひかっていました。大おお空ぞらはいつもうららかに晴はれて、いい香においのする紫むらさきや、赤あかや、青あおや、白しろの花はなが一面めんに咲さいていました。太たい陽ようの光ひかりは、その河かわ水みずの上うえにも、花はなの上うえにも、また砂すなの上うえにもいつもあふれていました。 東しの雲のめの空そら色いろのような、また平へい和わな入いり日ひの空そら色いろのような、うす紅あかい色いろの着きも物のをきた少しょ女うじょが、この楽らく園えんを歩あるいていたのです。その少しょ女うじょは妹いもうとのほうでありましたけれど、ようすも心こころも、まったく姉あねとは反はん対たいでありました。妹いもうとはこのうえなく美うつくしく、また快かい活かつでありましたから、すべての命いのちあるものにはかわいがられていたのです。 彼かの女じょがその星ほしのような瞳ひとみをじっと落おとすと、花はなは生いき生いきとして香かおりました。河かわ水みずは声こえをたてて笑わらいました。そして光ひかる砂すなは、いっそうきらきらと輝かがやいて見みえたのでありました。少しょ女うじょは、白しろい柔やわらかな手てで金こん色じきの砂すなをすくいました。そして、それを清きよらかな水みずの中なかに投なげています。 ﹁どうかこの幸こう福ふくがめぐりめぐって、すべての命いのちあるものの上うえに宿やどるように。みんなが幸こう福ふくで、平へい和わで仲なかよく暮くらすように。﹂といっては、その黄こが金ねい色ろに光ひかる砂すなを河かわの流ながれに投なげていました。清きよらかな水みずの中なかが、たちまち炎ほのおの燃もえたつように明あかるく輝かがやいて見みえました。そして幸こう福ふくのにじは、遠とおく河かわの中なかからわきあがって、下げか界いにまで、長ながい橋はしを懸かけていたのでありました。 このにじが空そらにかかると、下げか界いに幸こう福ふくが降ふったのであります。 ある日ひ、暗くらい空そらのかなたに、美うつくしいにじのたつのを怪あやしげなふうをした姉あねが見みました。そしてガラス球だまのような、冷ひややかに光ひかる目めでじっとそれを見みていましたが、やがて舌した打うちをして、いまいましそうにいいました。 ﹁ほんとうに憎にくい妹いもうとめだ。わたしが、こうして下げか界いのものを苦くるしめ困こまらしてやろうといっしょうけんめいに、黒くろい砂すなをまいたり、河かわ水みずをまいたりしているのに、あちらではその邪じゃ魔まをしている。あんなに幸こう福ふくのにじがかかった。またそれだけ下げか界いの滅ほろびるのが長なが引びくわけだ。よし、妹いもうとがそういうようにみんなを守まもる気きなら、わたしはいっそう根こん気きよくみんなをのろってやろう。﹂と、姉あねはいいました。そして、夜よるも、昼ひるも、小お止やみなく砂すなをまき、水みずをまいていました。 ﹁もう、ずいぶんわたしは、こうしてわざわいの砂すなをまいたり、水みずをまいたりした。たいてい下げか界いのものどもは滅ほろびる時じぶ分んであろうと思おもうが、どうであろうか。あのりこうなからすは、どうしたかやってこない。また、あの智ち慧えのあるふくろうはどうしたか、とんと姿すがたを見みせない。あの二ふた人りがやってきたなら、そのようすは知しれるだろう。﹂と、姉あねは独ひとり言ごとをしていました。 するとある日ひのこと、黒くろい森もりのかなたで、からすのなき声ごえがしました。 ﹁あのからすめがやってきたな。﹂と、姉あねは耳みみをそばだて、口くちもとに気き味みの悪わるい笑わらいを見みせました。すると翼つばさの音おとがして、大おおきな一羽わのからすが降おりてきました。 ﹁よくやってきた。おまえのくるのを待まっていた。下げか界いのようすはどうだ。﹂と、姉あねはからすに向むかってたずねました。 ﹁私わたしはちょうど三百歳さいになります。だいぶん年としをとりました。前まえは百五十日にちめでここまできましたのが、二百十とお日かもかかります。下げか界いは、戦せん争そうがあったり、地じし震んがあったり、海つな嘯みがあったり、また饑きき饉んがありまして、人にん間げんは幾いく百万まん人にんとなく死しんでいます。けれど、まだなかなか滅ほろびるようなことはありません。﹂と、からすは答こたえました。 髪かみの毛けの長ながい、灰はい色いろの着きも物のを着きた姉あねは黙だまって聞きいていましたが、 ﹁おまえは下げか界いを立たったのは、二百十とお日か前まえだ。それまでにわたしは、どれほど砂すなや水みずをまいたかしれない。いまごろはもっとたくさんな人にん間げんや生いき物ものが死しんでいるだろう。その後ごのようすが知しりたいものだ。﹂と、姉あねはいいました。 年としとったからすは、長ながい旅たびに疲つかれて、杭くいに止とまって居いね眠むりをしていました。姉あねは、黒くろい河かわからへびのような長ながい魚さかなをとって、からすに食くわせました。からすはまた下げか界いに向むかって旅たび立だちをしたのであります。 からすが去さってから、約やく十とお日かめにふくろうが帰かえってきました。 ﹁その後ごの下げか界いのようすはどんなであるか。﹂と、姉あねはききました。 ﹁悪あく病びょうが流りゅ行うこうしています。その伝でん染せんの速はやさといったら風かぜのようであります。この分ぶんなら人にん間げんがみんな死しに絶たえてしまうであろうと思おもいます。﹂と、ふくろうはいいました。 姉あねはこれをきくと、たいそう喜よろこびました。 ﹁きっと、そのことは、あのおいぼれたからすめの立たった後のちのできごとであろう。﹂といって、姉あねは河かわの中なかから、長ながいへびのような黒くろい魚さかなをいくつもとって、ふくろうにやっていたわりました。 ふくろうは、黒くろい森もりの王おうさまにされました。 幸こう福ふくを下げか界いに贈おくろうと思おもって、いっしょうけんめいに黄こが金ねい色ろに輝かがやく砂すなを河かわの中なかに投なげていました妹いもうとは、もうこれほどまでに幸こう福ふくを送おくったことだから、きっと下げか界いはどんなにか幸こう福ふくがゆきわたっていることだろうと思おもいました。 ﹁あの元げん気きのいいはとはまだ帰かえってこないだろうか。あれがきたら、すべてのようすがわかるのだが。﹂と、妹いもうとはよく晴はれわたった空そらをながめていいました。 ある日ひのこと、まだ太たい陽ようが出でない前まえでありました。頭あたまの上うえに翼つばさの音おとが聞きこえたかと思おもうと、美うつくしい白しろばとが大おお空ぞらをまわりながら地ちの上うえに降おりてきました。 ﹁お早はよう。おまえの元げん気きのいい顔かおを見みると、わたしの心こころまでせいせいします。なにかいい報しら知せを持もってきたことと思おもうが、きかせておくれ。﹂と、妹いもうとは、はとに向むかっていいました。 白しろばとは、円まるい目めをみはりながら、若わかい女めが神みの顔かおを見みていましたが、 ﹁それは下げか界いはにぎやかなものでございます。毎まい日にち毎まい日にち、たくさんな婚こん礼れいがあって、祝いわいの鐘かねが鳴なり響ひびいています。また、なにかのお祭まつりがあって、そのたびに花はな火びの音おとが、あちらでも、こちらでもしています。また、後あとから後あとからと人にん間げんの家うちでは子こど供もが産うまれています。この分ぶんでゆきましたら、下げか界いはやがて幸こう福ふくでいっぱいになって、人にん間げんはみんな命いのちの短みじかいのを恨うらむばかりであります。﹂と申もうしました。 妹いもうとは笑わらって、はとのいうことを聞きいていましたが、 ﹁それでは、わたしの思おもいがついにかなったというものだ。ああ、こんなうれしいことはない。あのいじ悪わるの姉あねがいくら、みんなを不ふこ幸うに陥おとしいれようとしても、ついに愛あいの力ちからには勝かてなかった。それでこの宇うち宙ゅうは正ただしい目もく的てきを果はたしたというものです。﹂と、妹いもうとは、喜よろこんでいいました。 そのうちに、また、ある日ひのこと、かわいらしいひばりが帰かえってきました。妹いもうとは、ひばりの長ながい旅たびをいたわりました。そして、ひばりに下げか界いの有あり様さまをたずねました。 ﹁ご安あん心しん遊あそばしてください、下げか界いは穀こく物もつがすきまもなく、野のに、山やまに、圃はたにしげっています。また樹き々ぎには果くだ物ものが重かさなり合あって実みのっています。みんなは自じぶ分んたちが食くいきれぬほど収しゅ穫うかくのあるのを喜よろこんでいます。その有あり様さまは、とてもこの天てん国ごくの楽らく園えんの有あり様さまどころではありません。﹂と、ひばりは、驚おどろいたふうをしていいました。 ﹁なに、この楽らく園えんよりも、もっと下げか界いは美うつくしいというのか?﹂と、妹いもうとは、美うつくしい目めを大おおきくしてたずねられました。 ﹁人にん間げんは、このごろいろいろの花はなを、自じぶ分んたちで変へん化かをさせる術じゅつを覚おぼえたので、みごとに咲さかしています。あんな美うつくしい花はなは、この天てん国ごくにきましても容よう易いに見みることはできません。﹂と、ひばりは申もうしました。 妹いもうとの女めが神みは、黙だまってひばりのいうことを聞きいていました。そのうちに、自じぶ分んも一度ど下げか界いへいって、その有あり様さまを一ひと目め見みてきたいものだと思おもわれたのであります。 ついに妹いもうとは、下げか界いへゆく決けっ心しんをしました。けれど、そのようすでは途とち中ゅう、風かぜや、雲くもや、雨あめや、また多おおくの星ほしなどに、どこへゆくかと目めについてたずねられることをうるさく思おもいましたから、はとに姿すがたを変かえてゆくことにしました。 ある日ひのこと、彼かの女じょはまっすぐに下げか界いを目めがけて飛とんできました。 高たかい山やまが目めに入はいり、ついで、いろいろの建たて物ものが目めに入はいるように近ちかづきました。すると、円まるい屋や根ねもあれば、またとがったのもありました。赤あかい色いろで塗ぬった建たて物ものもあれば、白しろい色いろで塗ぬった建たて物ものもあれば、青あおい色いろで塗ぬられた建たて物ものもあります。五階かいも十階かいもある大おおきな家いえもあれば、またこぢんまりとしたきれいな家いえもありました。はとのいったように、いい音おん楽がくの音ねい色ろが街まちの中なかから流ながれていました。そして夜よるになると、街まちは一面めんに美うつくしい燈とも火しびの海うみとなったのであります。 ﹁こんなに美うつくしいとは思おもわなかった。﹂と、妹いもうとは驚おどろきました。 夜よが明あけると、人ひと々びとは、きれいなふうをして自じど動うし車ゃに乗のったり、馬ばし車ゃに乗のったり、また電でん車しゃに乗のったりして往おう来らいしていました。 ﹁なるほど、みんなはしあわせであるらしい。﹂と、妹いもうとは喜よろこびました。 そのとき、ふとしたきたないふうをした人にん間げんが、はだしでみんなの通とおる間あいだを、とぼとぼと歩あるいていました。 ﹁あの人にん間げんは、どうしたのだろう。﹂と、妹いもうとは思おもいました。自じぶ分んの投なげた幸こう福ふくの砂すなが独ひとりこの人にん間げんにだけかからないはずはない。それにしても、この貧まずしげな有あり様さまはどうしたのだろうと不ふ思し議ぎに思おもわれて、なおもその人にん間げんのゆく先さきを見みつづけていました。 そのきたならしいふうをした人にん間げんは、にぎやかな街まちの中なかを通とおって、さびしい町まちはずれの方ほうにやってきました。するとそこには、いままでと反はん対たいに、みすぼらしい破やぶれた小こ舎やが幾いく棟むねもつづいていました。そして、その中なかには、みんなこの人にん間げんのようなきたないふうをした、青あおい顔かおの人にん間げんがうようよとして住すんでいるのでありました。そこでは、子こど供もが泣ないています。病びょ人うにんが苦くるしんでいます。けれどそれをいたわることも、また救すくうこともできないほどに、みんながなにか仕しご事とをしたり、働はたらいています。そして貧びん乏ぼうをしています。 ﹁これは、いったいどうしたことだ?﹂と、妹いもうとの顔かおは、驚おどろきと怪あやしみのために血ちの気けがだんだん失うせてゆくのでした。自じぶ分んの投なげた幸こう福ふくが、この人ひとたちだけゆきわたらないはずがないのに、これはいったいどうしたことだろうと判はん断だんに苦くるしんだのであります。彼かの女じょは、はとや、ひばりのいうことを聞きいて、もしそれだけを信しんじていれば、なにも知しらずにしまったのだと思おもいました。 それから妹いもうとは、もっと道みちを歩あるいていきますと、ある大おおきな木きの下したに、十とおばかりと七つ八つになった、兄きょ弟うだい二ふた人りの子こど供もがうずくまっているのを見みつけました。 ﹁どうしておまえたちはこんなところに、こうしているのか。﹂といって、彼かの女じょはききました。 二ふた人りの子こど供もは、美うつくしい妹いもうとの女めが神みをながめました。 ﹁私わたしたちには家いえというものがありません。毎まい晩ばんこの木きの下したで寝ねるのです。お父とうさんは死しんでおりません。お母かあさんは、ほうぼうを歩あるいて、ものをもらって帰かえってきます。私わたしたちはここにお母かあさんの帰かえるのを待まっているのです。﹂と答こたえました。 これをきくと、やさしい妹いもうとはびっくりしました。そして、 ﹁もうこんな惨みじめな下げか界いには一刻こくもいたくない。﹂といって、妹いもうとはふたたびはとの姿すがたとなって、天てん上じょうの楽らく園えんに帰かえってしまったのです。 妹いもうとは、楽らく園えんに帰かえると、さっそく、風かぜと雨あめとを自じぶ分んの前まえへ呼よび寄よせました。そして、風かぜや、雨あめに向むかって、 ﹁おまえたちは、毎まい晩ばんのように、あの不ふこ幸うな子こど供もたちを吹ふいたり、ぬらしたりして、かわいそうだとは思おもわなかったか。﹂と、やさしい妹いもうとはたずねました。 すると、風かぜも、雨あめも、声こえをそろえて、 ﹁私わたしどもは、かわいそうに思おもっていました。それであの二ふた人りの子こたちを吹ふいたり、またぬらしたりしたときも、強つよくなれ、強つよくなれ、そして、大おおきくなれ! といって、なるだけひどく苦くるしめないようにしました。しかし、不ふこ幸うな子こど供もは、けっしてあの二ふた人りだけではありません。まだたくさんな、たくさんな、子こど供もがあります。﹂と答こたえました。 妹いもうとは、風かぜや、雨あめに、もう帰かえってもいいといいました。そして、独ひとりとなったとき、妹いもうとは考かんがえました。 ﹁わたしは、これまで、幸こう福ふくの砂すなを河かわの中なかに投なげていろいろの喜よろこびを下げか界いに送おくったのも、けっしてある人ひと々びとだけを楽たのしませるためではなかった。みんなのものを喜よろこばせるためであった。それが、ある人ひと々びとだけをあんなに幸こう福ふくにさせ、ある人ひと々びとをあんなに不ふしあわせにしようとは、思おもいもよらないことであった。もうこのうえ幸こう福ふくの砂すなを骨おねをおって、河かわに投なげることもあるまい。こうして見みると、やはり姉ねえさんが、わたしよりもりこうであるかもしれない。冷れい酷こくな姉ねえさんは、よくわたしをわらったものだ。﹂と、妹いもうとは思おもいました。それから妹いもうとは、もう黄こが金ねの砂すなを河かわの中なかに投なげることを止やめてしまいました。下げか界いから遠とおく空そらを仰あおぐと、天あまの河がわの色いろがだんだんと白しろくなって、そのときから黄こが金ねに輝かがやいて見みえなくなったのであります。 一方ぽう、灰はい色いろの着きも物のを着きた姉あねは、ふくろうや、からすのいうことを信しんじて、自じぶ分んも下げか界いへいって、その困こまったり、苦くるしんだりしている人にん間げんのようすを、つくづくと見みてきたいものだと思おもいました。 灰はい色いろの着きも物のを着きた姉あねは、べつに姿すがたを変かえる必ひつ要ようもなかったので、ある星ほしの光ひかりももれない真まっ暗くらな真まよ夜な中かに下げか界いへ降おりてきたのです。 そこは広ひろい野のは原らの中なかでありました。けれどわざわいを下げか界いにまいた姉あねは、どんなさびしいところを歩あるいても平へい気きでありました。野のは原らの中なかには林はやしがありました。林はやしをぬけると大おおきな墓ぼ地ちがあります。そこにはたくさんの墓はかがありました。古ふるいのや、まだ新あたらしいのや、丈たけの高たかいのや、低ひくいのがありました。それをば、闇やみをすかして見みまわしながら、姉あねはさも心ここ地ちよさそうに笑わらいました。そして墓ぼ地ちを過すぎて、丘おかにさしかかりますと、そこには大おおきな病びょ院ういんがあります。髪かみの毛けを長ながくうしろに垂たらした姉あねは、病びょ院ういんの内ない部ぶに忍しのび込こんで、病びょ人うにんのいるへやを、一つ一つのぞいて歩あるきました。中なかには青あおい顔かおをして、うめいて、眠ねむられずにいるのもあります。また、中なかには苦くつ痛うにたえられないで、泣ないているのもあります。中なかには片かた腕うでを切きられ、また両りょ脚うあしを切せつ断だんされて不ふぐ具し者ゃになっているのもあります。そして今こん夜やにも死しにそうな重おもい病びょ人うにんもありました。 姉あねは、これらの人ひと々びとを見みると、さも心こころからうれしそうにほほえみました。 ﹁わたしの顔かおがいくら醜みにくいといったとて、よもやこれほどではあるまい。﹂といって、なおあたりをさまよっていました。すると、すぐ隣となりには狂きょ人うじんを容いれた病びょ院ういんがあったのです。 その精せい神しん病びょ院ういんには、女おんなや、男おとこの白はく痴ちがうようよしていました。昼ひるも夜よるも見み分わけがつかずに、彼かれらは泣ないたり、わめいたり、悲かなしんだり、また声こえをたてて笑わらったりしていました。そしてじっとしているものもあれば、また、たえず歩あるきまわっているものもありました。 これを見みると、残ざん忍にんな姉あねは、あまりのうれしさに身みぶ震るいがしたのです。 ﹁ああ、これでいい。下げか界いの破はめ滅つも近ちかづいた。﹂といいながら、歩あるいていますうちに、いつしか街まちへ出でてしまいました。 そこには、大おおきな建たて物ものが、ひっそりとして死しんだもののように横よこたわっていました。姉あねは、右みぎを見み、左ひだりを見みていますうちに、一軒けん燈とも火しびのついた明あかるい店みせを見みつけました。彼かの女じょは、忍しのび足あしをして、その家いえに近ちかづいてのぞいてみますと、中なかでは美うつくしい女おんなや、男おとこがたくさんに集あつまっていて楽がっ器きを鳴ならし、唄うたをうたい、酒さけを飲のんだり、また、たがいに手てをとりあって、踊おどったりして遊あそんでいたのであります。 ﹁これは、また、なんということだ。﹂と、姉あねはいまいましそうに、ガラス球だまのような冷つめたい目めを光ひからして闇やみの中なかから、それらのおもしろそうに遊あそんでいる人ひとたちをにらみました。ここばかりは、自じぶ分んのまいたわざわいの砂すなや河かわの水みずがかからなかったのかと疑うたがいながら、その家いえの前まえをおそろしい顔かおをして通とおりました。 すると、また一軒けん燈とも火しびのついた家いえがありました。のぞいてみますと、そこにもまた、たくさんの人ひと々びとが集あつまっておもしろそうに笑わらったり、唄うたをうたったりして酒さけを飲のんでいました。 ﹁いよいよ不ふ思し議ぎなことだ。どうしてこれらの人ひとたちには、わたしのまいた砂すなや、水みずはかからなかったろう。﹂と、疑うたがいながら、姉あねはその家いえの前まえを怒いかりながら通とおりすぎました。 この分ぶんなら、まだ世せけ間んには、どんな幸こう福ふくな人ひとたちが住すんでいまいものでもないと、彼かの女じょは不ふあ安んに感かんじてきました。そしてもう一軒けん、念ねんのために、かすかに燈とも火しびのもれる大おおきな家いえの窓まどさきに近ちか寄よって、戸とのすきまからのぞいてみますと、へやのうちでは、美うつくしい姉あねと妹いもうとが、真しん珠じゅや、ルビーのはいった指ゆび輪わや、腕うで輪わを、いくつも取とり出だして見みくらべているのでした。そしてまたそのへやの中なかには、ピアノがあったり、ぜいたくな飾かざりのついた鏡かがみが置おいてあったり、ほかにも大おおきな額がくなどがかかっていました。 ﹁わたしは、みんなの幸こう福ふくをのろったけれど、こういうように、ある一部ぶの人ひと々びとが不ふしあわせで、ある一部ぶの人ひと々びとがしあわせであることを望のぞまなかった。わたしは、なにもある一部ぶの人ひとたちにかぎって憎にくしみがあるのではない。平びょ等うどうにみんなをのろったのであった。それだのに、この有あり様さまはどうしたことであろう。﹂と、灰はい色いろの着きも物のを着きた姉あねは思おもいました。 彼かの女じょは、その夜よの中うちに、黒くろい流ながれのほとりに帰かえってきました。そして、黒くろい森もりの王おうさまにしたふくろうを呼よび出だして、なぜうそをいったかとしかって、森もりの中なかから追おい出だしてしまいました。 うす紅あか色いろの着きも物のを着きた妹いもうとは、このうえ黄こが金ねの砂すなを河かわに投なげることは、かえって不ふこ幸うの人ひと々びとを増ますばかりだといって、ついに幸こう福ふくを下げか界いに送おくることを見み合あわせてしまいました。独ひとり灰はい色いろの着きも物のを着きた姉あねは、どうかしてみんなを、一度どはわざわいの砂すなと水みずに浴あびさせて、苦くるしめてやらなければならないといって、執しゅ念うね深んぶかく、いまだに夜よるも昼ひるも黒くろい砂すなをまき、黒くろい河かわ水みずをすくって下げか界いに向むかってまいているということであります。