一
ある田いな舎かに、二ふた人りの百姓しょうが住すんでおりました。平ふだ常んはまことに仲なかよく暮くらしていました。二ふた人りとも勉べん強きょ家うかで、よく働はたらいていましたから、毎まい年ねん穀こく物もつはたくさんに穫とれて、二ふた人りとも困こまるようなことはありませんでした。 あるとき、甲こうは乙おつに向むかっていいました。 ﹁おたがいに達たっ者しゃで、働はたらくことはできるし、それに毎まい年ねん気きこ候うのぐあいもよくて、圃はたけのものもたくさん穫とれて、こんな幸こう福ふくなことはない。いつまでも仲なかよく暮くらして、おたがいに助たずけ合あわなければならん。﹂と、たばこに火ひをつけて、それを吸すいながらいいました。 ﹁ほんとうでございます。ほかに頼たのみになる人ひともおたがいにないのだから、助たすけ合あわなければなりません。﹂と、乙おつは答こたえました。 太たい陽ようは、晴はれやかに話はなしをしている二ふた人りを照てらしていました。二ふた人りは、のんきに、いつまでも仲なかよく話はなしをしていました。そして、二ふた人りは別わかれて、おたがいに自じぶ分んたちの圃はたけにいって働はたらきはじめました。 二ふた人りの圃はたけは、だいぶ離はなれていました。けれど毎まい年ねん穀こく物もつは、ほとんど同おなじようによくできたのであります。 二ふた人りは、圃はたけに成せい長ちょうする穀こく物もつを見みて、それをなによりの楽たのしみにいたしました。甲こうは乙おつの圃はたけへゆき、乙おつはときどき甲こうの圃はたけへきて、たがいに野やさ菜いや穀こく類るいの伸のびたのをながめあって、ほめあったのであります。二
けれど、こうした野やさ菜いや、穀こく物もつというものは、かならずしも勤きん勉べんや土と地ちにばかりよるものでありません。 ある年とし、どうしたことか、乙おつの百姓しょうのまいた芋いものできが、たいそう悪わるうございました。乙おつは甲こうのところへやってきて、 ﹁どういうものか、私わたしのところの芋いもは、たいへんに不ふできだが、おまえさんのところの芋いもはどんなですかい。﹂といいました。 甲こうは、この四、五日にち、ほかのほうに忙いそがしくて、芋いも畑ばたけへいってみませんでした。 ﹁さあ、どうなったか、明あ日すいってこよう。﹂と答こたえたのであります。 その明あくる日ひ、甲こうは自じぶ分んの畑はたけへいって芋いものできを見みました。すると、いかにも元げん気きよく生いき生いきとして、葉はの色いろは黒くろ光びかりを放はなっていました。 ﹁乙おつのところの芋いもは、今こと年しはすっかりだめだっていうが、俺おれのところの芋いもは、こんなによくできた。きっと乙おつの奴やつがうらやましがって、わけてくれろというだろう。﹂と、甲こうは独ひとり言ごとをもらしました。 はたして、その年としの芋いもの収しゅ穫うかくは、いつものようにやはりよかったのであります。甲こうは、その芋いもをすっかり倉くらの中なかに入いれて隠かくしてしまいました。乙おつが見みつけたら、きっと分わけてくれろというだろうと考かんがえると、甲こうは惜おしくてたまらなかったのであります。三
小こは春るび日よ和りの暖あたたかな日ひのこと、乙おつは、また甲こうのところへやってきました。
﹁甲こうさん、今こと年しの芋いものできは、どんなでございましたか。﹂と聞ききました。
すると、甲こうは急きゅうにしおれたようすをして、
﹁ねっからだめでした。こんな不ふできなことはないものです。﹂と答こたえました。
乙おつは、あたりを見みまわして、
﹁それはそれは、私わたしのところもわるいできでしたが、あなたのところは、それ以いじ上ょうわるいようですね。ほんとうにお気きの毒どくなことです。さぞお困こまりでございましょう。﹂と、乙おつはいいました。
﹁困こまるにも、なんにも、まるでだめでした。﹂と、甲こうは答こたえて、ひとり心こころの中なかで笑わらっていました。
乙おつは、明あくる日ひ、ざるの中なかへいっぱいに芋いもを入いれて、甲こうのところへ持もってきました。
﹁甲こうさん、これは、私わたしのところでとれた、こんなにできの悪わるい芋いもです。中なかでいちばんいいのをよって持もってきました。どうか食たべてください。﹂と、乙おつはいいました
甲こうは、それをもらってから、さすがに気きはずかしい思おもいがして、倉くらの中なかにしまってある芋いもを、いつまでも外そとに出だすことができませんでした。そして、ついに明あくる年としになって、やっとそれを出だしてみますと、すっかり芋いもは腐くさっていました。甲こうは、夜よる、こっそりと、それをみんな河かわへ捨すててしまったそうです。