南なん方ぽうの暖あたたかな島しまでありました。そこには冬ふゆといっても、名なばかりで、いつも花はなが咲さき乱みだれていました。 ある早そう春しゅんの、黄たそ昏がれのことでありました。一ひと人りの旅たび人びとは、道みちを急いそいでいました。このあたりは、はじめてとみえて、右みぎを見みたり、左ひだりを見みたりして、自じぶ分んのゆく村むらを探さがしていたのであります。 この旅たび人びとは、ここにくるまでには、長ながい道みちを歩あるきました。また、船ふねにも乗のらなければなりませんでした。遠とおい国くにから、この島しまに住すんでいる、親しん戚せきのものをたずねてきたのであります。 旅たび人びとは、道みちばたに水すい仙せんの花はなが夢ゆめのように咲さいているのを見みました。また、山やまに真まっ赤かなつばきの花はなが咲さいているのを見みました。そして、そのあたりは野のは原らや、丘おかであって、人じん家かというものを見みませんでした。暖あたたかな風かぜは、海うみの方ほうから吹ふいてきました。その風かぜには、花はなの香かおりが含ふくんでいました。そして、日ひはだんだんと西にしの山やまの端はに沈しずみかけていたのであります。 ﹁もう日ひが暮くれかかるが、どう道みちをいったら、自じぶ分んのゆこうとする村むらに着つくだろう。﹂と、旅たび人びとは立たち止どまって思しあ案んしました。 どうか、このあたりに、聞きくような家うちが、ないかと、また、しばらく、右みぎを見みたり、左ひだりを見みたりして歩あるいてゆきました。ただ、波なみの岩いわに打うち寄よせて砕くだける音おとが、静しずかな夕ゆう空ぞらの下したに、かすかに聞きこえてくるばかりであります。 このとき、ふと旅たび人びとは、あちらに一軒けんのわら屋やを見みつけました。その屋や根ねはとび色いろがかっていました。彼かれはその家いえの方ほうに近ちかづいてゆきますと、みすぼらしい家いえであって、垣かき根ねなどが壊こわれて、手てを入いれたようすとてありません。彼かれは、だれが、その家いえに住すんでいるのだろうと思おもいました。 だんだん近ちかづくと、旅たび人びとは、二度どびっくりいたしました。それはそれは美うつくしい、いままでに見みたことのないような、若わかい女おんながその家いえの門もんにしょんぼりと立たっていたのでした。 女おんなは、長ながい髪かみを肩かたから後うしろに垂たれていました。歯はは細こまかく清きよらかで、目めは、すきとおるように澄すんでいて、唇くちびるは花はなのようにうるわしく、その額ひたいの色いろは白しろかったのです。 旅たび人びとは、どうして、こんな島しまに、こうした美うつくしい女おんなが住すんでいるかと思おもいました。またこんな島しまだからこそ、こうした美うつくしい女おんなが住すんでいるのだとも考かんがえました。 旅たび人びとは、女おんなの前まえまでいって、 ﹁私わたしは、お宮みやのある村むらへゆきたいと思おもうのですが、どの道みちをいったらいいでしょうか。﹂といって、たずねました。 女おんなは、にこやかに、さびしい笑わらいを顔かおにうかべました。 ﹁あなたは、旅たびのお人ひとですね。﹂といいました。 ﹁そうです。﹂と、旅たび人びとは答こたえました。 女おんなは、すこしばかり、ためらってみえましたが、 ﹁わたしは、どうせあちらの方ほうまでゆきますから、そこまで、ごいっしょにまいりましょう。﹂といいました。 旅たび人びとは、﹁どうぞそうお願ねがいいたします。﹂と頼たのみました。そして、二ふた人りは、道みちを歩あるきかけたときに、旅たび人びとは、女おんなを振ふり向むいて、 ﹁あの家いえは、あなたのお住すまいではないのですか？﹂とききました。すると、女おんなはやさしい声こえで、 ﹁いいえ、なんであれがわたしの家うちなものですか。今きょ日うはわたしの二ふた人りの子こど供もたちが、遊あそびに出でて、まだ帰かえってきませんから、迎むかえに出でたのです。すると、あの家いえの壁しと板みに、去きょ年ねんいなくなった、わたしの妹いもうとの着きも物のに似にたのがかかっていましたので、ついぼんやりと思しあ案んに暮くれていたのでございます。﹂と、女おんなは答こたえました。 旅たび人びとは、不ふ思し議ぎなことを聞きくものだと驚おどろいて、美うつくしい女おんなの横よこ顔がおをしみじみと見みま守もりました。ちょうど、そのとき、あちらから、 ﹁お母かあさん！﹂ ﹁お母かあさん！﹂ といって、二ふた人りのかわいらしい子こど供もが駆かけてきました。女おんなは、喜よろこんで、二ふた人りの子こど供もを自じぶ分んの胸むねに抱だきました。 ﹁わたしたちは、ここでお別わかれいたします。あなたは、この道みちをまっすぐにおゆきなさると、じきにお宮みやのある村むらに出でますから。﹂と、女おんなは旅たび人びとに道みちを教おしえて、花はなの咲さく、細ほそ道みちを二ふた人りの女おんなの子こといっしょに、さびしい、波なみの音おとの聞きこえる山やまのすその方ほうへと指さしてゆきました。 旅たび人びとは、それと反はん対たいに山やまについて、だんだん奥おくに深ふかく入はいってゆきました。山やま々やまにはみかんが、まだなっているところもありました。そして、まったく、日ひが暮くれた時じぶ分ん、思おもった村むらにつくことができたのであります。 その夜よ、燈とも火しびの下したで旅たび人びとは、親しん戚せきの人ひと々びとに、その日ひ不ふ思し議ぎな美うつくしい女おんなを見みたこと、そして、その女おんなはあちらのさびしい、山やまのすその方ほうへと草くさ道みちを分わけていったことを、話はなしたのであります。 そのとき、親しん戚せきの人ひとは、驚おどろいた顔かおつきをして、 ﹁あんな方ほうには、家いえがないはずだが。﹂といいました。 旅たび人びとは、また、﹁妹いもうとの着きも物のに、よく似にた着きも物のが壁しと板みにかかっていた――その妹いもうとは、去きょ年ねん行ゆく方えがわからなくなった――。﹂といった女おんなの言こと葉ばを、いぶかしく思おもわずにはいられませんでした。 翌よく日じつ、旅たび人びとは、親しん戚せきの人ひとといっしょに、昨きの日う、女おんながその家いえの門かどに立たっていたところまでいってみることにしました。 南みなみの島しまの気きこ候うは、暖あたたかで空そらはうっとりしていました。そして、みつばちは、花はなに集あつまっていました。旅たび人びとは、昨きの日うの黄たそ昏がれ方がた見みたわら屋やまでやってきますと、その家うちは、まったくの破やぶれ家やで、だれも住すんでいませんでした。そして、壁しと板みのところをながめますと、美うつくしいちょうの翼つばさが、大おおきなくもの巣すにかかっていたのでありました。