ある日ひのこと、義よし夫おは、お母かあさんにつれられて町まちへいくと、露ろて店んが並ならんでいました。くつしたや、シャツなどを拡ひろげたのや、バナナを積つみ上あげて、パン、パンと台だいをたたいているのや、小こま間も物のを並ならべたのや、そうかと思おもうと、金かなだらいの中なかで金きん魚ぎょを泳およがしているのや、いろいろでありましたが、あるところへくると、ちょうど自じぶ分んくらいの男おとこの子こが、集あつまっている店みせがありました。それは、やどかりのはいった、箱はこをござの上うえへ置おいて、売うっているのでした。やどかりは、小ちいさなはしごの上うえへ登のぼったり、たがいに組くみ打うちをやったり、転ころげ合あったりしていました。どれも脊せな中かにかわいらしい貝かいを負おっている、歩あるくときはかにに似にた不ふ思し議ぎな虫むしでありました。いったいどこから、持もってきたのだろうかと、義よし夫おは、しばらくお母かあさんと立たってながめていました。 ﹁あんな大おおきいのがいるよ。﹂と、このとき義よし夫おは、目めをみはりました。 そのやどかりは大おおきな白しろいとげのある貝かいを負おっていました。 ﹁よくあんな大おおきな貝かいを負おって歩あるけますね。﹂ ﹁おばさん、こんなのどこにいるの。﹂と、きいた子こど供もがあります。義よし夫おは、自じぶ分んも心こころにそう思おもっていたので、いいことをきいてくれたと思おもいました。 ﹁この白しろい大おおきいのは、小おが笠さわ原らじ島まからきたのですよ。みんな、遠とおい南みなみの方ほうからきたものばかりです。﹂と、やどかりを商あきなうおばさんは、いいました。 小おが笠さわ原らといえば、ずっと南みなみのやしの木きが茂しげる熱ねっ帯たいの地ちであると思おもいました。 ﹁お母かあさん、あの爆ばく発はつした三みや宅けじ島まより、もっと遠とおいんですね。﹂と、義よし夫おは、いいました。 ﹁僕ぼく、ほしいな。﹂ ﹁およしなさい。家いえへ持もって帰かえると、じき死しにますからね。﹂と、お母かあさんは、困こまったようなお顔かおをなさいました。 それでほかの学がく用よう品ひんなど買かってもらって、家いえへ帰かえったけれど、やはり、やどかりの姿すがたが目めに残のこっていました。また話はなしが耳みみに残のこっていました。 ﹁どうしてやどかりに、こんないろんな形かたちがあるの。﹂と、ほかの子こど供もが、きいたら、 ﹁やどかりは、自じぶ分んの好すきな貝かいがらをさがして、幾いく度ども、幾いく度ども、その中なかへ入はいってみて、気きにいったのを自じぶ分んのすみかとするのだそうです。﹂と、おばさんのいったことなどが思おもい出だされたのでした。 義よし夫おは、お姉ねえさんにお願ねがいして、買かってもらおうかと思おもいました。そのうちに、晩ばん方がたになると、幾いく度ども時とけ計いを見み上あげて、もうお姉ねえさんはどこを歩あるいているだろうと空くう想そうしました。そして、お姉ねえさんが、お勤つとめから帰かえってくると、 ﹁お姉ねえさん、僕ぼくに、やどかりを買かってくれない？﹂といって、頼たのみました。 ﹁町まちに、売うっていたの？﹂ ﹁うん、お姉ねえさん見みたのかい。﹂ ﹁見みないけれど、明あ日すの晩ばんにいって買かってあげましょうね。﹂と、お姉ねえさんは、答こたえました。 ﹁お母かあさん、お姉ねえさんに、やどかりを買かってもらっていいでしょう。﹂と、義よし夫おは、ききました。 ﹁買かってくださるなら、おもらいなさい。けれど、じきに死しにますが、かわいそうでない？﹂ ﹁塩しお水みずに入いれておけば、生いきているよ。﹂ また、一日にちはたちました。そして、今きょ日うも太たい陽ようは、昨きの日うの夕ゆう方がたのように、雲くもを赤あかく染そめて西にしの空そらに沈しずみました。 ﹁お姉ねえさんは、まだ帰かえってこないかなあ。﹂と、義よし夫おは、外そとをながめていました。 ﹁義よし夫お、お姉ねえさんは、疲つかれてお帰かえりなさるんだよ。お湯ゆに入はいって、ご飯はんを食たべてからにしなさい。﹂と、お母かあさんは、自じぶ分んかってであってはいけないと、おしかりになりました。 お姉ねえさんは、元げん気きよく、いつものように、朗ほがらかな顔かおをして、お勤つとめから帰かえってきました。 ﹁義よし夫おさん、お湯ゆへ入はいると、もう外そとへ出でたくないから、これから、いっしょにいってきましょう。﹂と、昨きの日うの約やく束そくを忘わすれずに、いわれました。 ﹁すぐ、いってもいいの。﹂ ﹁ええ、まいりましょう。﹂ ﹁約やく束そくを守まもって、お姉ねえさんはえらいなあ。﹂ ﹁だれだって、お約やく束そくは守まもらなければ、いけませんよ。﹂ 姉あねと弟おとうとは、出でかけました。燈あか火りがついて、町まちはにぎやかでした。 ﹁あのおばさん、きているかしらん。﹂ しかし、その日ひは、縁えん日にちで、いつもよりかいっそう露ろて店んも人ひと出でも多おおかったのです。 やどかりを売うるおばさんは、いつものところで店みせを出だしていました。子こど供もたちは、昼ひる間まよりかたくさんいました。 けれど、義よし夫おのほしいと思おもった、あの白しろい大おおきなやどかりは、姿すがたが見みえず、売うれてしまったのです。お姉ねえさんからほかのを買かってもらったが、がっかりしてしまいました。 義よし夫おは前まえを向むいて、さっさと歩あるきました。気きがついてうしろを振ふり向むくと、お姉ねえさんは、かくれてしまいました。 ﹁なにしてんだろうな。﹂と、やどかりの入はいったブリキかんを下さげながら、つぶやきました。やっと追おいついたお姉ねえさんは、 ﹁義よし夫おさんは、現げん金きんね。ご用ようがすむとさっさと歩あるくんですもの。﹂ ﹁お姉ねえさんがのろいのだい。﹂ けれど、義よし夫おは、このとき、自じぶ分んのことしか考かんがえぬ自じぶ分んがなんとなくさびしく感かんじられました。町まちをはずれて、たんぼ道みちへさしかかりました。 ﹁あの青あおい火ひはなんだろう？﹂と、ふいに義よし夫おは、立たち止どまって、怖おそろしそうに、ささやきました。 ﹁なんでしょう、子こど供もがいたずらしているのよ。﹂ 青あおい火ひの方ほうへ近ちかづくと、だれか、きゅうりの実みをうつろにして、内うちへろうそくをともして畑はたけの中なかへ立たてておいたのです。二ふた人りが笑わらうと、 ﹁お化ばけだぞう。﹂と、野やさ菜いの茂しげった間あいだから勇ゆうちゃんの声こえがしました。 あたりは、すっかり暗くらくなって、さらさらと風かぜがとうもろこしの葉はを鳴ならして、頭あたまの上うえには、星ほしの光ひかりが、きらきらと輝かがやいていました。